『 待つ人 − (1) − 』
― ガタガタ ・・・・ ガタ ・・・
陽が落ちる少し前から 風が強くなってきた。
この邸は古びてはいるが堅牢な造りで ちょっとやそっとの大風でも平気なのであるが ・・・
年季に入った窓枠が 音をたてて揺れている。
この邸の現在の住人たちは てんでに午後をすごしていたようだった。
そろそろ夕闇がせまってくる時刻だ。
ずっと 共有の居間で読書をしていたアルベルトが ふっと顔を上げた。
「 ・・・ おい。 まだ戻ってこないのか。 」
「 ああ。 ちょいと ・・・ 遅すぎるな。 迷ったか・・?? 」
グレートが眼鏡をずり上げつつ、本を置いた。
「 そんなことないと思うな。 いや 彼女の能力云々・・・という訳じゃなく。
彼女、 カンがいいからね。 まず道に迷う人種じゃあないよ。 」
ピュンマもPCのモニター画面か目を離した。
「 そやなあ〜 あのお嬢はんはえろうお利口さんやで。
無闇矢鱈、歩って迷子ォになったりせえへんお人や。 」
大人が散らばったカップやら湯呑をトレイに集めている。
「 ふむ ・・・ 出かけたのは昼前、だろう? 」
「 ああ。 都心まで出かけて ― 舞台を観て来る・・・と言っておったよ。 」
「 舞台 ? ・・・ バレエか。 」
「 左様。 ・・・ しかし マチネに行ったにしては 」
「 ああ。 帰りが遅いな。 遅すぎる。 この国に知り合いなどもいるはずはないのに 」
パタン。 アルベルトは本を閉じると立ち上がった。
「 ちょっと ― 迎えついでだ、駅の方まで 」
「 ぼくが 行く。 行ってくるよ。 」
何時の間に着替えたのか、しっかりコートまで着込み、ジョーが戸口に立っていた。
「 ― お前が 行っても ・・・ 」
「 もしかしたら、電車を乗り違えたのかもしれないし。 ・・・ 本線をずっと行って
しまったってこともあるよ。 ぼくが行ってくる。 」
「 しかしな boy 万が一 ・・・ 」
「 だから ぼくが行く。 それにこの地域の鉄道網はぼくが一番詳しいし。 地元民だし。
駅まで ― 自転車ならすぐだから。 」
「 おい おい ジョー。 クルマで送る ・・・・ あ もう行っちまいやがった・・・ 」
「 ふふん ・・・ こりゃどうも・・・ なかなか であるなあ・・・ 」
「 あは。 やっぱり? そうだよねえ、僕もなんとなくそんな気がしてたんだけどな♪ 」
「 ええことやで。 あの嬢ちゃんにはちゃ〜んとしたナイトがおらな、あかん。 」
「 ― だ な。 」
― バン ・・・! またまた乱暴にドアが開き、赤毛のノッポが飛び込んできた。
「 ひえ〜〜〜 腹 減ったァ〜〜〜〜〜 ナンカ食い物〜〜〜 」
「 ・・・ふん。 お前はトラか禿鷹か? 」
「 なんでもい〜〜 ともかく メシ〜〜〜 メシメシ! ・・・ あ。
なあ ジョーのヤツ・・・どっかいったのか? 」
「 いや ちょいと駅の方まで ・・・ 」
「 ふん。 アイツ〜〜 自転車 すって〜ぶっ飛ばしてて・・・ オレのこと、気がつかねぇの。
ナンカふつ〜じゃねえ スピードだった〜〜 あ〜 それよか メシ! メシ、まだ〜〜〜?? 」
「「 ・・・ ったく!!! 」」
居合わせた <大人のオトコ達 > は全員が深い溜息を零した。
― ビビビビ ・・・ ビビ ビ ・・・ ビ ビ ビ ・・・・
小型飛行艇は少々速力を落とした。
ふううう 〜〜〜 声にならない吐息がコクピット中に満ちた。
どうにかこうにか あの悪魔の島を抜け出した。
激しい戦闘を続けなんとか追っ手から逃れることができた。
全員が無我夢中だったが ・・・ 特に最後に加わった少年は終始驚愕の連続だっただろう。
「 ふう ・・・ ここまでくれば 」
「 ああ。 なんとか振り切った! ヤツらはしばらくは動けねえだろな〜 」
「 これからどうする? 」
「 ・・・ う〜ん ・・・ 」
「 ― それについてワシから ひとつ、提案があるのじゃが ・・・ 」
すみっこから < 人質 > 役の老人が声をあげた。
「 ! お〜っと ・・・ こりゃすいませんね〜〜 博士。 こっちへどうぞ〜〜 」
スキンヘッドが慇懃な物腰で その老人を労る様子でコクピットの中央に連れてきた。
「 さ ・・・ こっちの椅子の方が楽ですぜ。 」
「 ・・・おお すまんのう ・・・ やれ ・・・どっこいしょ ・・・ 」
「 で。 どっち、行くんだい? 」
「 うむ。 日本へ行こうと思う。 首都の近くじゃ。 」
「 ― 日本?? 」
それまでずっと黙って ― というより声もなく呆然と目をまん丸にして眺めていただけの新入りが 声を上げた。
「 そうじゃよ。 ワシの学生時代からの旧い友人が住んでおるのじゃ。 」
「 首都の近くって ・・・ 東京ですか。 」
「 いや ・・・ 都心ではなくて カナガワ・ショウナンという地域だよ。
あ〜〜 たしか都心から少し距離がある、と聞いておるが ・・・ワシも不案内でな。
・・・ おお 君は確か ・・・ 出身は日本、じゃったか。 」
博士は ああ、という顔で茶髪の青年の顔を見詰めなおした。
「 はい。 その ・・・ 湘南地方です、ぼくの地元。 」
「 へ〜〜 そりゃ都合いいじゃん? 」
「 ったくカルいヤツだな! 知り合いにでも出会ったら どうするんだ? 」
「 ・・・ あ〜 そりゃ 〜 」
「 いや ・・・ かなり辺鄙な場所じゃ、という話だから ・・・ その点は大丈夫だろうな。 」
「 やっと少しは落ち着けるのね。 ねえ どんなところ? 009。 」
「 え!? ・・・ あ あのぅ〜〜〜 」
金髪碧眼の美少女に突然話かけられ、 茶髪ボーイは耳の付け根まで真っ赤になっている。
「 ? 暑いの? 」
「 い い いえ ・・・ あ〜〜〜 う 海の近くで ・・・ 山もみえます! 」
「 ほう? 山 といはかの名高きフジ山かね? 」
スキン・ヘッドが ちょいと興をそそられた風だった。
「 そ そう! 富士山です。 ・・・ 気候は温暖です、ヒトもそんなに多くないです。 」
ふうん ・・・ と ほっとした雰囲気がコクピットに流れた。
誰も彼も ― ほんの暫くでもいいからゆっくり安心して眠れる日々を過したいと願っていた。
「 ― 博士。 その ・・・ 友人氏に迷惑が、 いや はっきり言うが 危険が及ぶことは
ないのですか。 」
「 なあに。 大丈夫じゃよ。 」
「 は? 軍事・公安関係のご友人ですか。 」
「 いいや。 彼 ― Dr, コズミ はワシと同じ工学研究者じゃよ。 もっとも彼は今、
後進の指導で首都の国立大学で教鞭を取っておるがの。 」
「 それなら ますます ・・・ 危険が ・・・ 」
「 心配はいらんよ。 ― なにか起こっても 君達がおるではないか。 」
博士はにんまり・・・笑ってメンバーたちを見回した。
へ ・・・?? 全員が少しばかり拍子抜けした気分になり ― 同時に緊張感も薄らいだ。
「 ・・・え あ まァ そりゃそうですが ・・・ 」
「 な? コズミ君の安全は折り紙つき、ということじゃ。 」
「 その ― コズミって人自身は ・・・ < 大丈夫 > なんですかね。 」
「 004! 失礼よ! 」
「 いや ・・・ 構わんよ。 気を使ってくれてありがとう、003。
その点は保証する。 アイツは なんというか、些細なことには拘らんやつでな。
アイツの口癖は 一番大切なのは事実 じゃったよ。 」
「 え。 それじゃ俺達の身体のことも ― 」
「 ああ。 可能なかぎりメンテナンス等の応援をする、とさ。
実際科学者としての知識や技量は ワシよりも彼の方が上だと思う。
アイツはそれを現場には用いずに、後進に伝える道を選んだだけじゃよ。 」
「 そうなんですか。 ― 良いご友人だったのですね。 」
「 ああ。 長年連絡を取れんかったが ― 今回、詳細も聞かず、二つ返事で承知してくれたよ。」
「 まあ ・・・ 本当にご迷惑ではありませんの? 」
「 心配無用じゃよ。 彼の邸には敷地内に研究所も兼ねた別棟があるそうじゃ。
そこを提供してくれた。 」
「 ほほう ・・・ しかし近隣の住民には我輩らは奇異に映るのではないですかな?
何せ ・・・ 外国人の集団だ。 」
「 アイツが言うには ― なにせ辺鄙な田舎で 周囲にはほとんど民家はないそうじゃ。 」
「 ― よし。 ともかく今は好意に甘えよう。 」
「 004 ・・・ そうだね。 いかに我々でも休息が必要だよ。
あ ・・・ 009? 君の出身地なんだろう? いろいろ日常生活のこと頼むよ。 」
黒人の青年が朗かに声をかけ、コクピット中にほっとした雰囲気が流れた。
「 あ ・・・ う うん ・・・・ 」
009、と呼ばれた茶髪の青年は 相変わらず一番後ろの隅っこで曖昧に頷いていた。
― そして。 彼らは結局コズミ博士には多大なる迷惑、というか 災厄を被らせてしまい。
つまり 邸は半壊、別棟の研究室は地下室以外は破壊 ・・・ ということになってしまった。
その上 ・・・ サイボーグ達自身も <世話をかける> ハメになった。
「 いやあ〜〜 コズミ君いなかったらどうなっておったことか ・・・
あの解毒薬は君にしか作れんよ 」
「 なあに ・・・ たまたま分析が上手く行った。 運がよかっただけじゃよ。
それよりも 皆元気になってよかったのう 〜〜 」
「 本当に ― ありがとう! 心から感謝するよ。 」
「 まあまあ ・・・ お。 アルベルト君! 一局、どうじゃな〜 この前の勝負をつけようじゃあないか。 」
日溜りの縁側からコズミ博士は 通りかかった004に声をかけた。
「 ん? いやあ〜〜 コズミの爺様。 俺の勝ちに決まってるが それでもいいのかい? 」
「 ふん! この前のはな、お前さんのビギナーズ・ラックじゃ。 そうに決まっとる! 」
「 さあ な? なんなら決着を付けようじゃないか。 え? 」
「 そりゃワシのセリフじゃよ。 さあさあ ・・・ っと。 」
コズミ博士は004を縁側に呼び込み、 じゃらじゃらと碁笥から碁石を取り出した。
「 へえ ・・・ 俺はどっちでもいいかが ・・・ そんなに言うのなら 」
004も沓脱に履物を揃え、縁側に上がった。
「 ほほう ・・・ 日独対決じゃなあ〜 おや、 003。 どうしたのかな。 」
004に続いて金髪の美少女が 庭先に現れた。
彼女はゆっくりとコズミ邸の方に回ってきて 誰かを探している風情だ。
「 あ ・・・ 博士。 009をしりません? 」
「 うん? ああ 彼は今買出しに行ったよ。 006や007と一緒だ。
どうもなあ〜 地元への用足しにはついつい・・・彼に頼んでしまって ・・・ 」
「 そうなんですか。 あら 困ったわ ・・・ 」
彼女はメモを片手に ちょっとばかり眉根を寄せている。
「 どうしたのかね。 」
「 ・・・ いえ あの ・・・ 博士、 この劇場への行き方、ご存知ですか? 」
「 ・・・ うん? しんこくりつげきじょう ・・・ う〜〜〜ん?? 」
流石のギルモア博士も彼女が差し出したメモを見たが 首を捻っている。
「 コズミ君、 申し訳ないが ・・・ 」
「 ・・・っと。 うん? なんじゃな。 ・・・ ああ ここか。 ここはなあ え〜と・・・
そうじゃった、初台からすぐじゃよ。 行き方をこの下に書いておくよ。 」
「 まあ ありがとうございます。 嬉しいわ 〜 」
「 003、観劇にでも行くのかね。 」
「 いえ ・・・ あの バレエを ・・・ パリオペラ座バレエの公演が ・・・
明日のチケットが取れましたの。 」
「 おお それはいい。 ほれ、この通り行っておいでなさい。
いい劇場ですよ、舞台のあとは銀座にでも出てごらんなさい。 」
「 ありがとうございます。 ・・・ とても便利な世の中になったのですね。
チケットも家から予約できるなんて ・・・ 」
「 そうじゃねえ ・・・ まあ楽しんでおいでなさい。 」
「 ありがとうございます。 あら? 009たちが帰ってきたようですわね。 」
ぱっと笑顔になり 彼女は門の方に駆けていった。
「 ・・・ パリオペラ座バレエ か ・・・ 」
そんな彼女の後姿を見送りつつ ギルモア博士がぽつり、と呟いた。
「 うん? なにかワケがあるのかね 」
「 ・・・ いや。 ・・・ ワシは彼女の夢と希望を この手で打ち砕いた ・・・
最近になって − ますます己の罪の深さに慄いておるよ ・・・ 」
「 ・・・ 気付かないで終るよりも数百倍、マシだと思うがの。 」
「 コズミ君 ― ワシは ・・・ 」
― パチリ ・・・!
碁盤で鋭い音がした。 004がにやり、と口の端をねじ上げた。
「 ― これで俺の勝ち。 」
「 ?? あ〜〜〜〜 待った 待ったァ〜〜〜 」
「 待った はナシだ。 じゃあな〜〜 爺様。 」
「 う ・・・ もう一局! たのむ〜〜 」
「 待ったはナシ、だぜ? 」
「 おう! 武士に二言はないわい。 」
ジャラ ジャラ 〜〜〜 ・・・ 再び烏鷺の勝負が始まった。
「 ただいま〜〜 特価市やってて・・・ラッキーでしたよ。 」
茶髪の青年がにこにこ顔で両手のレジ袋を差し上げた。
「 ほっほっほ〜〜 ほんまにええお野菜やらお魚、ぎょうさん買うてきましたで〜〜
今夜は御馳走や。 グレートはん! しっかり手伝うてや! たのんまっせェ〜〜 」
「 ・・・ うへ ・・・ また下働きかよ ・・・ 」
「 うふふ ・・・わたしもお手伝いしますわ。 と言っても下手クソだけど・・・
ねえ ねえ すごく大きな林檎やらオレンジがあるのね! これは ・・・なあに? 」
「 ・・・ え? それってプチ・トマトだけど ・・・ 」
「 トマト??? 日本のトマトはこんなに小さいの?? 」
「 あ ・・・ ううん、コレはもともと小さいんだ。 普通のトマトは ・・・ これ! 」
「 まあ〜〜 大きい〜〜 これはなに?? この長細いの、セロリ じゃなわねえ?
う ・・・ わ・・・すごい臭い〜〜 」
「 ほっほっほ〜〜 お嬢? ようけ説明したげるで、台所へお越し。
さあ〜〜 美味しいお御馳走、つくりまっせ〜〜〜 先生方も楽しみにしはってや〜〜 」
短矩な中国人は 荷物持ちを従え、悠々と厨房へと歩いていった。
「 ふぉふぉふぉ ・・・ いい仲間たちじゃないか。 え・・? アルベルト君や。 」
「 あ ? ふふん ・・・ そうですな。 」
「 ・・・・・・・・ 」
半壊したコズミ邸の縁側には秋の陽射しが溢れ 穏やかな午後の時間が流れていた。
翌日 ・・・ 金髪美人は昼前にコズミ邸から出かけた。
「 おう。 マドモアゼルはお出掛けだな。 」
庭でタバコを吹かしていたスキン・ヘッド氏が 目敏くみつけた。
「 ― 一人、か? ヤツはエスコート、しなかったのか!? 」
銀髪オトコが 吸いさしを持ちそこにはいない相手に非難の視線を浴びせる。
「 一人で行きたかったのではないかな。
彼女は ― ダンサーだな、間違いなく。 あの歩き方や動作でわかるな。
おそらく昔の習慣がでるのだろう。 私服になれば尚の事、な。 」
「 ほう ・・・ というお前は ― 俳優か? 」
「 ご名答。 我輩は役者さ。 シィクスピア役者。 」
「 なるほど ― 通りで固い英語を使うわけだ。 」
「 そういうオヌシは ・・・ 音楽関係 ・・・ ピアニストかバイオリン、いや チェリスト? 」
「 ・・・ は ん 目指していた、というべきだな。 」
銀髪は軽く肩を竦めると タバコを捨て踏みにじった。
「 ― 彼女、観る勇気が湧いただけでも よかった、というべきか 」
「 さあな。 どっちにしろ、コレをチャンスに気持ちを切り替えてほしい。 」
「 それは なあ ・・・ ご婦人にはなかなか難しいこと、のようじゃな。」
「 外出する、いいことだ。 新しい風に当たることができる。 」
縁側の外で 柵を直していた寡黙な巨躯の男がぼそり、と言った。
「 新しい風、 新しい人生の始まり だ。 」
「 ・・・ 良いことをいいなさる。 そうじゃなあ・・・街の風を感じてくるのもいいことじゃろ。 」
コズミ博士が感心した面持ちで うんうん・・・と頷いた。
「 ほ〜い 皆はん〜〜 お昼ご飯やでェ〜〜
さあさあ コズミ先生もギルモア先生も手ェ 洗いはってからいらしてくださいや〜 」
大人が お玉でフライパンを叩きつつ、現れた。
「 お♪ メシ メシ メシ〜〜〜〜 !! 」
赤毛のノッポが一番に部屋に上がろうとした。
「 ちょ〜〜いと待て! お前、吸殻をかたづけゆけよ! 」
「 ・・・ そのカンカラに入れたって。 」
「 だから そのカンカラを始末しろ。 」
「 ・・・う〜〜〜 」
「 ま 夕方には帰ってくるじゃろう ・・・ しばらく都会で羽を伸ばしてくればいいのじゃよ。 」
「 そうですな。 いい気晴らしになってくれるといいが ・・・ 」
オトコたちはてんでに周囲を片付け 邸の中に上がった。
― そして。 その日の夕方以降はてんやわんやの騒ぎとなったのだった。
ふわ ・・・・ 一陣の風が亜麻色の髪を揺すりあげ 逃げてゆく。
「 きゃ ・・・ 風が・・・ あら? なんだかここは暖かいわね? 」
地下のホームから地上に戻り、改札口を出たところでフランソワーズはほんのちょっと足を止めた。
「 ふうん ・・・ 街中はもっと寒いのかと思っていたわ。 」
カツン ― 一歩 駅舎を出ると明るい光が四方八方から彼女を囲んだ。
「 ・・・ きゃ ・・・ 眩しい〜〜 でも空気が円やかだわ? ふんふんふん♪ 」
ゆっくりと周りを眺めると 彼女は颯爽と歩き始めた。
JRを降りた時には ちゃんとトウキョウまで行くつもりだった。
本当に久し振りにステージを見る ・・・ 見ることが出来る! 昨日からもうワクワクしていた。
― しっかし。
・・・ どうしてだか 自分自身でもよく判らない。
気が付いたら 長いエスカレーターを上り切っていた。
「 ・・・ あれ。 わたし ・・・ 乗換えの連絡通路に出るつもり だったのに。
なんで こっちにいるのかしら。 」
エスカレーターを降りて彼女はしばし 呆然としていた。
そう ・・・ さっき電車の中から眺めていた景色 ・・・ とっても綺麗だったのよね
海 ・・・ そうよ、ウチも海の側だけど ・・・ ちょっと違う海 ・・・
港 ・・・ そうなの、大きな船が 遠くの国から来る港 ・・・ そんな海が見えた ・・・
電車から降りようとしていて 目に映った風景になぜかとても ― とても心魅かれたのだ。
あの景色、 とっても綺麗でいいなあ〜 行ってみたいなあ と和みほっこりしていた。
「 ヨコハマ 〜〜〜 ヨコハマです! JR・EAST、K線、 T線、 M線、 乗換えです!! 」
開いたドアからホームに降り、駅ホームのアナウンスが耳に入った瞬間 ― 彼女は足を早めていた。
・・・ なぜか乗換え口ではなく < EXIT > 出口へ。
ふう 〜〜 ・・・・ 大きく深呼吸をしてみた。
「 ま いっか。 今日はこの街を歩いてみようかしら。 ふふふ・・・わくわくするわね〜〜 」
フランソワーズは駅前の案内地図を眺めてから ぷらぷら・・・お昼前の港街を歩き始めた。
コツ コツ コツ ・・・
「 あら ・・・ ここはず〜〜っと石畳なのね。 この足音が好きよ。 」
洒落た舗道は彼女を商店街へと案内してくれた。
ブティックやら アクセサリー、雑貨に靴やらバッグ ・・・ 女の子の心をそそる店が
ずう〜〜っと軒を連ねている が ・・・ まだお昼前なので全部はオープンしていない。
行き交うヒトも少ない。 明るい光だけがしらじらと店々を照らしている。
「 ふうん ・・・ 今はこんなのが流行っているのね ・・・ 」
それでもフランソワーズはウィンドウ・ショッピングを楽しみ、 途中で見つけた自販機で
エヴィアン水を買い、上機嫌で歩いてゆく。
「 ・・・ あら〜〜〜 懐かしい! このバッグ・・・ まだ売っているのね〜〜
あ ・・・ そっか。 このブランドは老舗ですものねえ・・・あら。 これいいわね〜〜
・・・ うわ。 たっか 〜〜〜い ・・・ 」
「 あ♪ このブーツ、もこもこが付いてて 可愛いわあ〜〜〜♪ 買っちゃおうかな・・・ 」
「 あら。 バレエショップ ・・・? ちょっと入ってみよ ・・・ 」
見るだけ、のつもりで入ったバレエ・ショップで ついつい買い物をしてしまった。
「 ・・・ repetto が日本にもあるなんて ・・・ 信じられないわ〜〜
うふ ・・・ わたしが履いていたのとは違う種類だけど ・・・ 似てるから大丈夫♪ 」
ポアント ( いらぬ注 : トウシューズのこと ) の入ったロゴ入りの袋をしっかり抱き締め
彼女は ふ・・っと横道を曲がってみた。
ザワ ・・・ ザザザザ ・・・〜〜 風がますます強くなってきた。
「 ・・・ わあ・・・ こんなに緑が多いのねえ・・・ 」
何気なく曲がった道はすぐに坂道となり かなりの急勾配を辿ってゆくこととなった。
「 ・・・ふぅ ふう ・・・ ふぅ ・・・ イヤねえ、こんな坂くらいで ・・・ でも きれいねえ・・・ 」
まだ春まで間があるというのに、そこは緑のトンネルだった。
「 すご〜い ・・・ ウチの近くも緑が多いけど、ここはまた格別ねえ ・・・
あら。 こんなトコロにも住んでいるヒトがいるのかしら。 ・・・ 庭 ? 」
坂の途中、 ぽっかりと空がみえる空間があった。 なにやら柵もあるらしい。
「 ・・・ どこかのお邸の裏手、なのかなあ・・・ あ。 」
― カツン。 フランソワーズの足が止まった。
そこは ― 墓地 だった。
古びた墓碑が多い。 十字架だの石碑型だの、所々にある天使やら聖母の石像も
苔むしていたり、欠けて損傷していたり ・・・ がほとんどだ。
「 ・・・ 手入れをしないのかしら。 それとも ・・・ とても古い墓地なの? 」
ザワザワザワ ・・・・ ぐるりには木々が生い茂り、風に揺れている。
「 なんか ・・・ ちょっとだけ ペールラシェールに似てる ・・・ かも。
あそこはもっともっと広大だけど ・・・緑も多くて こんなカンジだったわよねえ ・・・ 」
( いらぬ注 : ペールラシェール パリ市内にある広い墓所。 )
柵に寄って 墓地の中を眺めてみた。
「 ・・・ふうん ・・・ < 永久の愛を > < 最愛の妻へ > < 愛し子・マリー >
・・・ へえ ・・・ この国は墓碑には英語で刻むものなの? 」
彼女は熱心に墓碑を読んでゆく。 崩れた石碑はそのままになっていて少し悲しい。
「 異国の地 とか 祖国を遠く離れて とか そんな言葉が多いのね。 」
自分自身、 遠い異国の地に住まう身、ちくん ・・・と胸の奥が痛む。
「 ステキな石像も多いけど なとなく荒れ果ててる気もするわねえ・・・ それに ・・・ 」
墓碑に刻まれた没年が ― とても古い。
「 ・・・ ふうん ・・・ あら、随分旧いものばかり、 ねえ ・・・
この国は旧い墓地に皆一緒に眠る習慣なのかしら??? 」
ザワ ・・・ ザワ ザワ ・・・・
大きく枝を伸ばした木々が揺れだした。 風が強くなってきたのかもしれない。
市街地にもどろうか、とフランソワーズは立ち上がった。
「 よっいしょ ・・・ あらら ・・・? どっちから来たのだっけ ・・・ え〜と ・・・・ 」
きょろきょろ周囲を見回すが ― シン ・・・とした墓地に人影はない。
「 ・・・ 困ったわ ・・・ < 眼 > 使っちゃおうかな。 う〜ん ・・・と ・・・・ あ? 」
超視覚のスイッチをオンにしようとしたとき、 視界の隅に人影が写った。
「 あ ・・・ よかった〜〜 」
フランソワーズはそうっと ・・・ 柵の途中にあったアイアン・レースのドアを押した。
キ ・・・ キ ・・・ −−−−
耳障りな音と共に ドアはぎしぎしと少しだけ開いた。
「 うわ ・・・ 酷く錆びているのねえ。 この墓地、管理があんまりよくないね。
これじゃ訪ねてきたヒトだってがっかりだわ。 よ いしょ・・・っと。 」
中に入ると彼女は先ほどのヒトを探した。
「 えっと・・・? あ あそこだわ ・・・ 」
そのヒトは 立派な十字架の墓碑の側に立っていた。
彼女よりは年上の女性だった。 と言っても 中年までにはまだ間がある ・・・ 既婚婦人か。
「 あの ・・・ すみません? 道をお尋ねしたいのですが ・・・ 」
フランソワーズは小走りに駆け寄った。
「 ― はい ・・・? 」
女性はゆっくりと顔をあげ ― フランソワーズを見詰めた。
うわ ・・・ 綺麗な瞳 ・・・!
・・・ ステキなドレスね、スタンド・カラーはホンモノのレースかしら。
コート ・・・ これ って サガ・ミンク じゃない?
「 あ あの ・・・ 」
「 ― あなたも 待っていらっしゃるの お嬢さん。 」
「 ・・・ え ・・・・? 」
彼女は艶然とフランソワーズに微笑みかけた。
rrrrrr ・・・・! rrrrrrr ・・・・!
「 ほい〜〜 ほい ちょいと待ってくれ ・・・ 」
グレートは よいしょ・・・っとソファから立ち、部屋の隅にある電話に手を伸ばした。
「 ・・・ほい。 ハロー ・・・ ではなくて あ〜 モシモシ? 」
「 あ! ぼくですけど。 あの! 居ないんだ! 」
受話器の向こうから怒鳴り声に近い声が飛んできた。
「 お〜〜っと ・・・・ おい boy? もう少しヴォリュームを落とせ。
いくらなんでも我輩の聴覚がイカレてしまうわな。 」
「 ・・・ あ ごめん ・・・ グレート?
あの! 劇場まで行ったんだ! 調べてもらったんだけど ! 」
「 ほいほい それでどうした? 」
「 だから〜〜〜 だからね! 彼女 ・・・ 来てないんだ。 」
「 来てない? 劇場にか? つまり、公演を観ていないということか。 」
「 うん。 彼女の席のチケットは使用されなかったんだ。 」
「 それじゃ ・・・ マドモアゼルはどこに行ってしまったんだ? 」
「 わからないよ! ともかくぼくは帰るから! 」
「 あ ああ。 それじゃ boy, お前さんも気をつけて帰れよ。 」
「 ― カチッ !! 」
「 あ ・・・ ん ・・・? 」
007は 受話器を握ったまま立ち尽くしている。
「 どうしたんだ? 007。 」
「 あ ああ。 boy からだったんだが。 」
「 ああ トウキョウからかい。 それで ・・・ 003は見つかったのかな。 」
「 いや それが なあ。 彼女、 あっちに行ってなかったらしい。 」
「 ― 行ってない? 」
「 と、 彼は言った。 そして ― 」
― バタンッ !! ・・・ シュッ !
ドアがすごい勢いで開き ・・・ 一陣の風が、いや、一人の青年が 飛び込んできた。
「 ねえ!? なにか連絡、入っていない? 」
「 ― おい ジョー。 お前 ・・・ いくら仲間内とはいえ、その恰好は 」
「 え? なに? 」
「 boy? お前さんの国には R指定 とか 18禁 とかいうジャンルがあるのだろう? 」
「 へ??? ・・・ああ アニメとか漫画とかの話? 」
「 いや ・・・ 俺が言うのは現実の問題だ。 現実の! この眼の前の光景だよ! 」
「 現実? ふぁ〜〜〜っくしょん!! 」
ジョーは盛大なクシャミをし ― 初めて己が姿に気がついた。
「 え!?!? う うそ〜〜 わわわわ! だってちゃんと服、 着てたのに〜〜 」
彼は本当にちょっとばかり飛び上がり、ソファの背に掛けてあったレースをひったくって < 着た >。
「 ・・・ なんで ・・・ 」
「 あのなあ。 加速して帰ってきたんだろう?
防護服以外の衣類で加速したらどうなるか ― 経験が無いわけじゃあるまい? 」
「 ・・・ あ ・・・ そっか ・・・ 加速したんだ、ぼく。 」
「 はあああ??? 」
「 あ あの・・・ ぼく、夢中で ・・・ ともかく急いで帰らなくちゃ! ってだけ思って・・・ 」
「 で もって加速装置 か? ふうん ・・・ お前さん、少し変わったな。 」
「 変わった?? 」
「 ああ。 そんな風に誰かに対して < 夢中 > にはならんヤツだったぜ? 」
「 ・・・ と ともかく! ぼく、もう一度探しにゆくから! 」
「 ― おい 待て。 」
「 ・・・ 004? なんだい。 」
「 ちょっと待て、と言ってるんだ。 探しに行くってどこへ行くつもりなんだ。 」
「 え あ ・・・ そのう〜〜 まずは あ〜〜 地元・・・? 」
「 あのなあ。 彼女は昼前にはここを出たんだぞ?
それ以後 現在に至るまでどこからも何の連絡もない。 悪い知らせすら、ない。 」
「 悪いって! そんな 」
「 まあ黙って聞け。 ということは、ともかく地元にはいない、ということだ。
そして ― 現在、ココと都心の間で大きな事故のニュースはない。 」
「 ・・・ うん。 」
「 さらに、 彼女は地理には不案内だがコドモじゃない。 日本語もかなり堪能なはずだ。
普通なら迷子になってもなんとかして戻れるだろう。 」
「 < 普通 > じゃないかもしれないよ!! だから ぼくが 」
「 boy ・・・ 彼が言いたいのは だな。 敵さんの出方を待て、 ということさ。 」
「 て 敵!?? ブラック・ゴースト・・? 」
「 わからん。 ともかく出来る範囲を捜索し ― 待機だ。 確か携帯を持って出たはずだ。
博士に GPS解析を頼んでくれ。 」
「 え ・・・ 携帯? スマホじゃないの? 」
「 なんだ そりゃ? ともかく ― 」
「 ぼくがやる。 ・・・ はっくしょん!! 」
009はもう一度 盛大なクシャミをした。
「 ダメだ。 その前に 着替えて ・・・ いや、 服を着て来い! 」
「 わ ・・! 」
今度はさすがに < 現実の速さ > で 茶髪君は二階の私室へと疾走していった。
「 ・・・ ふん ・・・ ったくなあ・・・ 」
「 ま。 あのボウヤもちゃんとお年頃の坊主だった、ということさ。 」
「 ふふん ・・・ 」
「 だけど彼女 何処へ行ってしまったのかなあ ・・・ 都心の劇場に行かなかったとなると・・・ 」
ピュンマがやっと話題を正常な方向い軌道修正した。
「 ふん ・・・ 相手の出方を待つしかないだろう。 」
「 相手? じゃあ ・・・ やっぱり? ヤツらはまた執念深く追って来たってことかい。 」
「 わからん。 しかしその可能性は十分にある。 」
「 左様。 今は ― 待ち、だな。 迂闊には動けんさ。 」
「 わかったよ。 じゃあ僕は出来るだけ情報の収集をするよ。 」
「 おう 頼むぞ。 ・・・ さて ・・・ どう出てくる、か ・・・ 」
「 ふん ・・・ 次の石はどこに置かれるか ・・・ってことさ。 」
アルベルトは宙にぴしり、と布石した。
「 どうぞ、こちらですのよ。 」
「 あの ・・・ 本当にお邪魔しても宜しいのですか? 」
「 ええ もちろん。 いらしてくださったら 嬉しいわ。 」
「 は はい ・・ 」
フランソワーズは自然に笑みを浮かべていた。
その女性も艶然と微笑むと 先に立って歩き始めた。
墓地の中で 静かに佇んでいる女性を見つけた。
道を訪ねたくて声を掛けたのだが ― 女性は思いがけない応えを返した。
― あなたも 待っているの ・・・?
「 ・・・ あの ・・・ ? 」
「 あら 失礼。 お嬢さん、 なにか御用ですか。 」
「 え あ あ あの ・・・ 市街地へ降りる道がわからなくて ・・・ 」
「 まあ ・・・ ずっと歩き回っていらしたのね? この辺りは道があまりよくありませんの。 」
「 え あ ・・・ 」
彼女は自分の足元に眼を落とし、 少し赤くなった。
お気に入りの外出用の靴は かなりホコリをかぶり汚れていた。
「 やだ ・・・ あ は はい ・・・ 」
「 それじゃお疲れでしょう? お茶でもご一緒に如何? わたくしの家で・・・ 」
「 え そんな ・・・ 見ず知らずの方に ・・・ 」
「 構いませんわ。 それに ・・・ふふふ 貴女、似ているのよ。 」
「 似ている? 」
「 ええ。 幼い頃になくした娘に ・・・ 」
「 まあ ・・・ あの もしかしたら ・・・お嬢さんのお墓参り中 でしたか? 」
「 いいえ ・・・ さァ どうぞ? 」
「 本当に ・・・ お邪魔ではありませんか? 」
「 ご招待しますわ、お嬢さん。 ― お国はどちら? 」
「 あ ・・・ あの。 フランス・・・パリ生まれです。 」
「 まあ ステキ♪ ね? 今、 パリで流行っている色は どんな色?
春服はどんなデザインが主流なのかしら。 」
「 ・・・ あの ・・・わたし、 事情があって帰ってなくて・・・その ずっと ・・・ 」
「 ごめんなさいね、余計なことを言ってしまったわね。 」
「 いいえ いいえ。 それにわたし ・・・ 近いうちに一回、帰ってみようと思っています。 」
「 まあ それはいいわね。 ・・・ そう ・・・ 故郷は いいわ。 」
「 ・・・ あの? マダム ・・・ ずっとこの国にお住いですか? 」
「 生まれは違いますわ。 夫に付いて極東のこの島国までやってまいりました。
そして ― ずっとおりますの。 そう ・・・ ずっと ・・・ 待って ・・・ 」
「 ― え? 」
「 いいえ、なんでも。 ねえ お嬢さん。 この国はなかなか素適ですわよ?
そう ・・・ 特に港が見えるこの街は ・・・ 」
「 ええ そうですねえ ・・・ わたしも一目で気に入りましたもの。 」
「 ねえ ・・・ ずっと ・・・ いらっしゃらない? 」
「 はい? 」
「 あ・・・ ほら。 もう着いてしまったわ。 」
女性に促がされ ふと前をみれば ― 古風な洋館がどっしりと構えていた。
「 どうぞ ・・・ ? 」
「 ・・・ はい ・・・・ あら? この近くにこんなに大きなお邸があったのですか?
ちっとも気がつきませんでした。 」
「 貴女、 裏手の道をいらしたからではないかしら。
ほら ・・・ さきほどの墓所に通じる道 ・・・ 樹が多くてトンネルみたいだったでしょう? 」
「 ああ そうですね。 ふうん ・・・ 表通のほうはこんな風なんですねえ・・・ 」
フランソワーズは周囲を見回した。
思いがけず開けた場所で 広い庭を隔てて別の洋館の門も見え隠れしていた。
「 ステキ・・・・! お庭も広くてキレイですね。 」
「 うふふ ・・・ 薔薇が好きなの、5月には見事に咲きますわ、そりゃあ素適なのよ。 」
「 まあ 是非拝見したいです。 わたしもお花とか木を育てるのが好きです。 」
「 そう? 」
門からずっとお喋りをしていたので、 玄関の前に立ち、フランソワーズは初めてじっと
目の前の邸を見た。
うわあァ ・・・ 年代モノだけどすごく立派なお屋敷 ・・・
ひょっとしてセレブのマダムなのかしら
「 ― 私。 お客様をお連れしたわ。 」
彫刻のある堅牢なドアの前で女性は 朗かに告げた。
ス ・・・・ 思いがけない軽やかさで 玄関のドアが開いた。
「 ― お帰りなさいませ、奥様。 」
「 ただいま。 お客様にお茶の用意を。 こちら、 え〜と ・・・・? マドモアゼル〜〜 」
「 あ ・・・ フランソワーズ、です。 」
「 ああ そう? マドモアゼル・フランソワーズよ。 この節 いっとう仲良しなの。 」
「 ・・・・・・ 」
女性を迎えたのは蝶ネクタイの執事氏で フランソワーズにも慇懃にアタマを下げた。
「 奥様。 ジロウ様がお見えです。 」
「 まあ ちょうどよかったわ。 それじゃ ・・・ ティー・タイム じゃなくて。
ティー・パーティにしましょう。 準備をお願いね、温室のイチゴも ね? 」
「 かしこまりました。 」
「 フランソワーズ? ねえ バスルームをお使いにならない? 」
「 え ・・・ 」
「 ね? 疲れていらっしゃるみたいだし。 ゆっくりしていらして。
さあ 二階はこちらよ。 」
「 は はい ・・・ 」
女性はフランソワーズの肩を軽く抱くとアラビア絨毯の敷いてある階段を 共にゆっくりと登っていった。
「 ― なんじゃ 〜 この地域におるぞ。 」
「 え?? 」
ギルモア博士は 安堵半分、呆れ半分な声を上げた。
「 首都ではない。 え〜〜 ・・・ ヨコハマじゃ。 それも港に近いな、これは。 」
「 じゃあ 東京にはもともと行かなかったのかな。 」
「 う〜ん ・・・ それは判らんが。 ともかく、 ここ ・・・ このポイントで
彼女に持たせた携帯は反応しておるよ。 」
「 それじゃ! すぐに迎えにいって 」
「 ― 待て、 ジョー。 」
アルベルトが びし!っとひと言、口を挟んだ。
「 なんだよ? 」
「 お前。 よく見ろ。 」
黒革手袋の指が モニターを映像に切り替えた。
「 この近辺にいるんだよね、彼女。 」
「 彼女の携帯は、な。 おい、よく見てみろよ。 」
「 ? だから なにを! 」
「 ここ だよ。 ― 遠くには雑木林が見えるだけ。 簡易舗装の一本道が通っている・・・
こんな場所で 彼女は何をしているんだ? 」
「 ・・・ あ ・・・ 」
「 携帯だけが、放置されている、と考えるのが妥当じゃないか。 」
「 だったら! なおのこと、すぐに行かなくちゃ!
ぼく、行きます! 皆がなんと言おうが 行くからね! ぼく 一人で行く! 」
ジョーは ぱっと立ち上がり、 ジャケットを掴んだ。
「 おいおい ・・・ boy? そう焦るなって。
誰も 行かない とは言っておらんぞ? ただ 用心しろ、と言っておるのさ。 」
「 用心? 」
「 ああ。 これは ― トラップ のニオイがする。 」
「 左様。 我輩らもすぐに追う。 boy, お前、先発で斥候しろ。 」
「 ― わかった。 」
「 いいか? くれぐれも ・・・ 一人で突っ走るなよ??
そして脳波通信は常にオープンにしておけ。 」
「 了解。 じゃ・・・・
シュ ッ ・・・・!
茶髪の青年の姿は 宙に消えた。
「 お〜 boy はこんなにせっかちだったか? ・・・ 恋のチカラは偉大だな。 」
「 ふん。 我々も支度しよう。 」
「 合点承知の助 〜〜〜 」
「 なんだ そりゃ。 」
「 わからんが。 この国ではそう言うらしいぞ? 先日の歌舞伎中継で聞いた。 」
「 訳のわからんヤツだな。
俺たちは防護服持参、だな。 途中市街地を通る。 」
「 うむ。 ― いざ 参ろうか、ご同役。 」
「 ・・・・・・ 」
ガタガタガタ −−−− ・・・・ 夕闇と共に風は一層強くなってきた。
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updated : 02,26,2013.
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*********** 途中ですが
原作 + 平セロ?? ええ あのお話です〜〜
でもって舞台を変えてみました。
本当にあの近辺には薔薇園があって
初夏にはそれはそれは素晴しいのであります♪
・・・ で 続きます ・・・