『 永遠に ― (1) ― 』
§ 霧と
カサ カサ ・・・ カサ ・・・・ ・・・・・ パサ ・・・
足元でずっと音をたて纏わっていた枯れ草が 不意に重くなった。
「 ・・・ あ? お兄ちゃん ・・・ 」
「 どうした、 ファン。 」
ずっとしっかり握り締めていた手を引けば 兄はすぐに足を止めてくれた。
「 ・・・ うん ・・・ あの ・・・ 」
「 足、痛いのか。 すこし 休んでゆくかい。 」
「 ・・・ ううん ・・・いたくないの。 あの ・・・あのね 草 が 」
「 草? ・・・ ここの草が どうかしたかい。 」
兄は自分の足元に視線を落とし ぱし・・・と纏いつく草をひと蹴りした。
「 あの ね。 カサカサ・・・ じゃなくなったの ・・・ ほら 」
「 カサカサじゃない? ・・・ あ これだよ、このせいさ。 霧がこんなに ・・・ 」
「 ・・・ きり? 」
「 ほら ・・・ 見てごらん 」
兄の言葉にわたしは 顔を上げてびっくりした。
周りの風景が ― ぼやけている。 なにかひんやり冷たくてしめっぽいものがいっぱい <居た>
「 お兄ちゃん!? これ ・・・ なに?? 」
「 だから 霧 さ。 霧がでてきたから 足元の枯れ草が湿ってきたのさ。 」
「 ・・・ ふうん ・・・ 」
「 ― ちぇ。 マズいなあ・・・ ますます道がわからなくなっちまった・・・ 」
「 お兄ちゃん ・・・ さむい ・・・ 」
びくり、と身体をふるわせ わたしは兄の手に縋りついた。
「 ファン ・・・ お前、 ここで待ってろ。 」
「 ココで?! やだ、お兄ちゃんといく! 置いてっちゃやだ! 」
「 置いてなんかゆかないよ、ファン。 でも こんなに霧がでてきて・・・
ちょっと寒くなってきたじゃないか。 ほら ・・ これ、きてろ。 」
「 ん ・・・・ 」
兄はサマー・ジャケットを脱ぐと わたしに着せてくれた。
「 ・・・ えへ・・・ぶかぶか〜〜♪ 」
「 でもあったかいだろ? それ着て、ここにいろ。 オレは大急ぎでここを抜けて
パパを呼んでくるから。 オレが本気で走ればすぐ戻ってこれる。 」
「 ・・・ ほんとう? ほんとうに すぐ? 」
「 うん。 今までオレがウソついたこと、あるか? 」
「 ううん ・・・! 」
わたしはぶんぶんアタマを振った。 そのついでに涙が飛んでいった・・・
「 ・・・ ほら、顔拭いて。 じゃ ・・・ここ。 このサンザシの木を目印にするよ。
ここで待ってろ。 いいな! これ・・・! 」
兄はハンカチをわたしに押し付けると ぱっと駆け出していった。
「 ・・・・お お兄ちゃん ・・・・!! 」
わたしは心細さに 泣くこともできず、兄のハンカチを握り締めたままぺたん、と座り込んでしまった。
その年の夏、 わたしは家族と一緒に中部フランスの避暑地にヴァカンスにきていた。
パリの街中育ちのわたしには 緑いっぱいの田舎での生活は珍しいことだらけだった。
毎日 外に飛び出し遊びまわった。
野原を駆け回り両手いっぱい花を摘んだり木登りして栗鼠の巣穴をみつけたり。
ゆったり流れる小川の側で 兄が釣りの真似ごとをするのを眺めたりした。
藪の奥に隠れている素晴しく美味しいべリー類を摘んで味わうこともあった。
「 お兄ちゃあ〜〜ん まって〜〜〜 」
「 ファン〜〜〜 遅いぞ〜〜 はやく こ〜〜い 」
「 まって〜 お兄ちゃ〜〜ん 」
「 ほら〜〜 こっちだぞ。 転ぶなよ〜〜 」
幼いわたしを兄はいつでも <待って> いてくれた。
そう・・・・ 兄は < 待って > てくれるのだ。 いつでも ・・・ いつまでも ・・・
「 お前たち、どこへ遊びにいってもいいが、町外れの森には気をつけるんだぞ。 」
「 パパ ・・・ その森に なにかるの? 」
「 ファン。 その森にはね 悪い妖精が住んでいて可愛い女の子が迷いこんでくると
彼らの城につれていってしまうのさ。 」
「 え〜〜〜 よ 妖精? 」
「 ああ。 だから 可愛いファン、あの森には近づかないようにな。 」
「 パパ ・・・ わかったわ。 」
父自身も田舎生活を楽しみつつ、わたし達をからかっていたのかもしれない。
さすがに兄は すぐには信じられない様子だった。
「 パパ ・・・ 妖精って・・・ そんな子供だまし・・ 」
「 いや 本当なんだ。 」
父は厳しい顔をして 兄とわたしを見た。
「 パパが子供の頃にもな、森の奥に行ったきりもどってこなかった子供がいたんだ。 」
「 ・・・ こわ〜い ・・・ お兄ちゃん ・・・ 」
「 それって ・・・ 事故とか誘拐とかじゃないのかな。 」
「 いや ・・・ 俺がちょうどジャンくらいの頃だったけれど・・・
やはり避暑に来ていた子供が 森に遊びに行ったきり、帰ってこなかったんだよ。
町のオトナたちが総出で捜したけれど ・・・ついに見つからなかった。 」
「 ・・・ へえ ・・・ 」
「 まあ ・・・ 気の毒に古井戸に落ちたか 廃墟で迷ったかしたのだろうな。 」
「 廃墟って、 あの森の奥にはそんなものがあるんだ? 」
「 妖精の城があったという言い伝えがあるが・・・ まあ ただの廃墟だろな。
おい ジャン? そんなわけだから絶対に近づくなよ? 」
「 了解〜〜 パパ。 」
「 よし。 ファンのお守り、頼むぞ。 ヴァカンスの後半には飛行場にゆくからな。
約束どおり 乗せてやる。 」
「 わお〜〜 パパ! ありがとう〜 ! 」
兄は大喜びをし 幼いわたしはよくわからなかったけれど兄の笑顔が嬉しかったのだ。
そんな <約束> があったので ―
「 え ・・・ 妖精のお城? 」
「 うん。 あの森の奥にあるんだって。 ちょっと行ってみないか? 」
「 ・・・ 妖精がいるの? 」
「 だって妖精の城 って名前なんだもの、いるに決まっているさあ〜
きっと金や銀の砂の岸があって甘いグミの樹があるんだよ。 」
「 ・・・ すごい ・・・ ! あ でも・・・ パパが行っちゃだめだって・・・
悪い妖精がこどもをさらうのでしょう? 」
「 そんなのは子供だましさ。 古井戸とか壊れかけた建物に注意すればいいんだよ。
あ〜 でもファンはまだちっちゃいから 無理かなあ〜 」
「 ち ちっちゃくなんかないもん! ・・・ 行く! お兄ちゃんと 行く! 」
「 よ〜し ・・・ それじゃちゃんと長袖のパーカーを着てゆくんだ。
森の中は風が冷たいかもしれないからな。 」
「 うん! あと〜〜 グミをいれるカゴも持ってゆくわ。 」
「 うん でも・・・パパにもママンにもナイショだぞ? 」
「 ・・・う うん ・・・! 」
兄とこっそり 謀議 をし、わたし達はあの朝、手を繋いで森の中に入っていった。
ガサガサ ・・・・ ビュ ・・・・・!
どんどん霧が深くなってゆき 周りの景色がぼやけてきた。
「 ・・・ きゃ ・・・! 」
アタマの上になにかが飛んできて 木の枝が大きくゆれた。
「 ・・・ お お兄ちゃん ・・・・ うっく ・・・ 」
きゅうっと握り締めた兄のハンカチは もうくしゃくしゃになりどんなに呼びかけても
応えてはくれなかった。
「 ・・・ うっく ・・・ううう うえぇ 〜〜〜 」
ついに涙の堰が切れ、 わたしはサンザシの根元に座り込んだまま泣き出してしまった。
「 ・・・ うえぇぇぇぇ 〜〜〜 お お兄ちゃん お兄ちゃん〜〜〜 」
ザザザザ −−−−−− ガサガサッ !!!
「 ・・・・! きゃあ〜〜〜〜 お兄ちゃん たすけて ・・・・ 」
一際大きな音がして木立がゆれ 何かが・・・・いる! サンザシの陰に ・・・!
わたしは悲鳴をあげて その場に蹲った。
「 ― どうしたんだい。 転んだの? 」
爽やかな声が アタマの上から聞こえてきた。
「 ・・・・? 」
お兄ちゃん ・・・ じゃないわ パパでもない・・・
でも ・・・ とってもあったかい声・・・・
わたしは縮こまったまま そう〜っと目を開いて上目遣いに 見た。
目の前には 兄よりももう少し年長の少年が立っていた。
「 ・・・ あ ・・・・ あの ・・・ お お兄ちゃんは ・・・ 」
「 うん? 君のお兄さんか〜 う〜ん、誰も見なかったなあ。 」
ほら、立てるかな? と 彼はそうっと私を抱き起こしてくれた。
「 あ ・・・ め メルシ ・・・ 」
わたしは慌てて立ち上がると、スカートをちょっと摘まみ。 片脚を引いてレヴェランスをした。
「 やあ ・・・ これはちっちゃなレディ・・・ どういたしまして。
それで・・・お怪我はありませんか? 」
「 ウン 大丈夫 ・・・ 」
「 でもなんだか寒そうだね? ・・・ お腹、空いてないかい? 」
「 え ・・・ あ あの ・・・ 」
ぐううう ・・・・・・ わたしの口よりもお腹の方が正直だった。
「 あ ・・・ あの。 きゃ ・・・ 」
わたしは真っ赤になってきゅう〜っとお腹を押さえつけたのだけど・・・
「 おや これは失礼、 マドモアゼル。 僕からお願いがあるんだけど・・・いいですか? 」
「 ・・・お願い? 」
その少年は にっこり笑うとわたしの手をとってちょっとだけ会釈をし ―
「 マドモアゼル? お茶の時間にお誘いすることをお許しください。 」
彼は丁寧に言うと わたしの手にそっと口付けをした。
うわあ ・・・・・!!
物語の中の王子さま みたい ・・・!
「 あ ・・・・ は はい ・・・ 」
「 ありがとう・・・! 誰かとお茶を一緒に飲みたかったんだ。
さあ おいで。 マドモアゼル ・・・ えっと・・・? 」
「 ファン・・・ じゃなくて。 フランソワーズ! フランソワーズよ。 お兄さんは? 」
「 僕は アラン ・・・ お手をどうぞ、マドモアゼル・フランソワーズ 」
「 ムッシュウ・アラン ? 」
わたしは 空腹も恐ろしさもなにもかも忘れ その少年の腕に手を回した。
・・・ 多少、ぶら下がっている風だったけれど。
ずっと握り締めていたクシャクシャのハンカチが 落ちたことにわたしは気がつかなかった。
わたしは彼にエスコートされ 霧が漂うなかさらに森の奥へと入っていった。
「 さあ ここだよ。 」
少年は立ち止まり わたしの顔を覗き込んだ。
― 気がつくと、霧は晴れていた。 足元の草も軽い音をたてている。
小暗い森は切れ、お日さまの光が霧を追い払ったのだろう。
目の前には よく手入れのされたコテージが あった。
「 ・・・あ・・・れ。 」
「 うん? どうしたの、ファンション・・・じゃなくて マドモアゼル・フランソワーズ? 」
「 ここ ・・・ 森の奥の 妖精のお城 でしょう? 」
わたしはコテージを穴のあくほどながめた。
確かにこざっぱりした家だった。 玄関ポーチの柵には蔓薔薇が絡まりピンクの花を咲かせ
大きな窓のガラスはどれもぴかぴかで 内側にはレースのカーテンが見える。
壁はやさしいクリーム色で木目の見えるドアはどっしりとその家を護っている。
そう ・・・ とってもキレイで気持ちよさそうなお家なんだけど。
けど ・・・ ここは ・・・ 妖精の棲み処 には見えない。
「 え?? 妖精のお城だって? 」
「 そうよ、ムッシュ・アラン。 この森の奥には妖精のお城があって・・・
悪い妖精が迷い込んだコドモをさらってゆく・・・ってパパが教えてくれたの。 」
「 アラン、でいいよ、マドモアゼル。
ここはただの・・・普通のコテージだよ? 僕の家の夏の別荘さ。
悪い妖精かあ・・・ こりゃ参ったなあ・・・ 」
「 ・・・ ち ちがうの? 」
「 ちがいます。 僕は友達としてマドモアゼルをお茶に招待しました。 」
「 あの ・・・わたし、マドモアゼル・・・じゃなくて フランソワーズ 」
「 フランソワーズ。 どうぞ? 」
「 あ ・・・ メルシ・・・ ムッシュ・・・じゃなくて アラン。 」
わたしはアランにエスコートされて コテージのポーチに上がった。
― お茶は、そしてお菓子はとびっきり美味しかった。
コテージの中は意外なほど広く明るくて お日さまとサンザシの香りでいっぱいだった。
少年の父母だという背の高いムッシュウと長い裾の優美なドレスを着たマダムが
優しくわたしを迎えてくれた。
真っ白なエプロンをした召使がでてきて べとべとのわたしの手やら顔を洗ってくれた。
「 お着換えになってくださいな。 お嬢さま。 」
「 え・・・ 着がえるの? 」
「 お召し物に綻びが見えますから ・・・ お直しいたします。 」
「 ・・・あ ・・・ 」
森を歩いているときに 枝にひっかけたり野薔薇の棘に裂かれたらしい。
わたしの服はあちこちに小さな裂け目があった。
「 ・・・ どうもありがとう・・・ うわあ〜・・・・ 」
どうぞこれをお召しください、と召使が服をもってきた。
わたしはふんわりした裾のスカートに ひらひらかざりのある白いエプロンを着せてもらった。
「 おお ・・・ よくお似合いだな、小さなマドモアゼル。 」
「 まあまあ可愛いこと! さあさ、お掛けなさい。 お茶の時間にしましょうね。 」
「 ・・・ メルシ ・・・ ムッシュウ エ マダム ・・・ 」
「 フランソワーズ? ジャムはなにがすき? ラズベリー それとも マーマレード? 」
「 え ・・ えっと ね ・・・ 」
メイドさんやら アランに手伝ってもらい、 わたしは優美なお茶タイムに参加した。
ムッシュとマダムはオトナ同士の話をしていたが 時折ちゃんとわたしに声かけてくれたし、
アランはお菓子の話をして 楽しませてくれた。
「 ・・・ あ〜 ・・・・ 美味しかった・・・! 」
「 それはよかった ・・・ ところで小さなマドモアゼル?
あなたはどうして森の中を彷徨っていたのかな。 」
ムッシュウが紅茶の湯気の陰から穏やかに聞いてきた。
「 ・・・ あの あの ムッシュ・・・ お兄ちゃん・・・じゃなくてお兄さんが
よ 妖精の城があって ・・・甘いグミの樹があるから捜しに行こうって・・・ 」
「 あら 妖精の城? ステキね! それで・・・見つかったの? 」
「 ・・・ ウウン ・・・ それで道がわからなくなって・・・ 霧が出てきて
お兄ちゃんが先に走ってゆくから 待ってろ、って言うの。 だから わたし 」
「 ― そうか。 あの森にな ・・・ 」
「 ああ 本当に可愛いわ! 一緒に連れてゆこうかしら。 いいでしょう? 」
「 ふむ? すこしお待ち。 」
ムッシュウの鳶色の瞳がじ・・・・・っとわたしに注がれる。 それはほんの1〜2分のことだった と思う。
「 この娘は ― 止めたほうがいい。 」
「 なぜですの? 」
「 ・・・ 見てごらん。 」
今度はマダムの深い緑の瞳がわたしをつつんだ。
「 ・・・・ まあ 可哀想に。 ねえ それならいっそ私たちと・・・
だめかしら、 私ずっと娘が欲しいなあって思っていましたもの。 」
「 パパ ママン ・・・ 」
アランお兄ちゃんが、ううん お兄ちゃんもじ〜〜〜っとわたしを見た。
「 僕も 妹がほしいな。 」
カチン ・・・・
わたしの手からマーマレードを掬っていたすぷーんが落ちた。
「 ・・・ あ あの わたし ・・・ わたし、ジャンお兄ちゃんの妹 よ。 」
「 勿論だよ。 でも 僕の妹にもなってくれたら ・・・ 嬉しいな。 」
「 あ ・・・ わたし・・・ 」
ずっとわたしを見つめていたムッシュウが 静かに目を逸らせた。
「 アラン。 この娘には 強力な守護神がいる いや 未来の護り主かな 」
「 どれどれ・・・ おやまあ・・・ これはこれは・・・ 」
今度はマダムがじ・・・っとわたしを見てから微笑んで訊いた。
「 ねえ ちっちゃなマドモアゼル? あなたのお兄さまはセピアの瞳なの? 」
「 ・・・ ううん。 ジャンお兄さんはわたしと同じ色の目よ。
ママン譲りの碧い瞳だわ。 」
「 ほう? ・・・それでは あの少年 は。 マドモアゼルの運命のひと、というわけか。 」
「 ええ。 そうですわね。 ステキだわ、ちっちゃいマドモアゼル・・・ 」
マダムが いい匂いのするキスをわたしの頬にくれた。
― カタン
アランが静かに立ち上がった。
「 パパ ママン ! 僕 ・・・ ちょっと <行って> きていいですか。 」
「 行って どうするのだ。 」
「 守護神 もつれてきます。 そうすれば・・・ 」
「 好きにするがいい。 森にこの霧が立ち込めている間はここにいるから。 」
「 はい。 フランソワーズ、ちょっとだけ・・・待っていてくれるかい。 」
「 アラン ! どこかへ・・・行くの ・・・? 」
「 すぐに帰ってくる。 だから ちょっとお昼寝でもしていて・・・ 」
「 わたし 眠くなんか ・・・・ ふぁ〜・・・・ あ あれ ・・・ 」
「 あらあら・・・ マドモアゼルはおねむなのね? じゃあ こっちへ ・・・ 」
ふわり、といい匂いがわたしを包んだ。
マダムが抱き上げて 部屋の隅にあるカウチにつれていってくれた。
「 ・・・・ ふぁ ・・・ お お兄ちゃん ・・・・ 」
「 ほうら・・・ お休みなさいな? ほんのちょっとの間 ・・・ 」
「 すぐに帰ってくるよ。 ・・・できれば君の守護神をつれて。 」
「 ・・・ 守護神 ・・・? ふぁ ・・・・ 」
急に重くなった瞼は もうこれ以上瞳を見開いているのは無理ですよ、と告げていた。
「 さて。 どうなることか な 」
「 ええ ・・・ 霧はまだまだ・・・深いですわ。 」
ムッシュウとマダムは 静かに庭を見やっていた。
― 急に辺りがひんやりとしてきた。
「 ??? 雨 かな? ・・・ いや ちがうな。 これは・・・ 霧 か? 」
少年は 空中をじっと見つめてからトレーナーの前のジッパーを上げた。
「 ふうん ・・・ 海から上がってきたのかな。 ここいらでは珍しいよなあ ・・・ 」
彼は周囲を見回すと、両手の荷物を持ち直した。
「 ったく〜〜 ケンイチにヒロシ〜〜 どこまで行っちゃったんだ〜〜〜
まさか ・・・ この雑木林の奥まで入ったんじゃないだろうなあ・・・ 」
彼は目の前に広がる木々のざわめきを眺めていた。
「 お〜い・・・! ケンイチ! ヒロシ! 早く帰って神父さまの手伝いをしろよ〜 」
ガサガサ ・・・・ カサ ・・・!
雑木林の中から 人影が現れた。
「 ・・・ わ ・・・! あ ああ ・・・・ なんだ 人か〜・・・ びっくりした・・・ 」
少年の前に すっきりした夏用のジャケットを着た青年がたっている。
暗い色の髪をゆらし、きょろきょろあたりを見回している。
「 ・・・ あの? すみません 〜 」
「 は はい?! うわ・・・ガイジンさんだあ〜〜 は はろ〜? 」
「 日本語、わかりますよ。 ・・・ 君はここに住んでいるひとですか? 」
「 いや・・・ ぼくが世話になっている施設がすぐむこうにあるんですよ。 」
「 施設 ・・・ そうですか。 ・・・ やっぱり君なのか。 」
青い瞳がじっと少年に注がれる。
「 はい? ・・・あの ぼくになにか? 」
「 いや ・・・ なんでもありません、失礼しました。 」
青年は ふ・・・ッと視線を逸らせ少年の横を通りすぎようとした。
「 あ あの! 今 ここの奥で 小学生くらいのオトコノコ 二人・・・見ませんでしたか? 」
「 いいえ? 見ませんでしたが。 お役に立てずに、すみません。 」
「 ・・・ そうですか。 アイツら〜〜 どこに行ったんだ! 」
「 君の弟達ですか? 」
「 え? いや ・・・ 同じ施設に暮らす仲間達です。 ・・・弟みたいなもんだけど・・・ 」
「 君は ・・・ 一人 なのかな。 」
「 ― ぼく達は皆 一人ですよ。 ・・・すいません、急いで帰らないと。
施設はいつだって人手が足りないから手伝わないと大変なんです。 」
「 ああ 引きとめて悪かったね。 それじゃ・・・ 」
「 失礼します。 」
― ジョー ・・・?
「 ・・・・え ・・・? 」
セピアの髪の少年が ぎくり、と脚をとめ振り返った。
ジョー ・・・ ひとりぼっちなら ― 一緒に 行こうよ ・・・!
「 一緒に・・・って ― どこへ 」
「 君の運命の人のところに。 」
「 ・・・ 運命のひと? 誰のこと? 」
「 君がやがて ・・・ 運命を分け合う人。 待っているよ、君のこと。 」
「 え で でも ・・・ ― 買い物が ・・・ 食事の用意が 」
「 それは私が届けておく。 さあ おいで ジョー。 」
「 ― あ ・・・!! 」
一瞬のうちに 少年の目の前から雑木林を臨む光景が消え同時に両手に下げていた
スーパーの袋もどこかへ飛んでいった。
「 ― う ・・・ ん ・・・? お兄ちゃん・・・ あ ちがうわ・・・? 」
ゆらゆら優しくゆすられ 眼を開ける前からいい匂いがした、そしてキレイな声も ―
「 マドモアゼル? アランが帰ってきたわ。 ほうら ・・・ 」
「 マダム ・・・ 」
「 よくお昼寝したわね。 ・・・ ご覧なさい? 」
「 ・・・・? 」
わたしは眼をこすりこすり ― カウチから起き上がった。
部屋は すこしだけ暗くなっていたけれど、レースのカーテンの外にはお日さまが輝いている。
「 よかった・・・ そんなに遅くなってないわ ・・・ 」
つる薔薇が絡まるテラスに 人影がみえた。
「 ただいまもどりました、パパ ママン。 マドモアゼル? お目覚めですか・・・ 」
「 ムッシュ ・・・じゃなくて アラン! 帰ってきたのね。 」
わたしはカーテンを押しのけてテラスに飛び出してゆき ― 脚がとまった。
― だれ ・・・?
アランの隣には少年が一人、立っていた。
茶色の髪がとってもきれい ・・・ やさしい顔のひとだな、と思った。
じ〜〜っと見ているわたしに、アランはにこにこして言った。
「 マドモアゼル? 友達をつれてきましたよ。 」
「 と も だ ち ? アランのお友達なの? 」
「 いや ― きみの ひと。 」
「 わたしの? 」
わたしはアランの側に駆け寄り、しっかり腕に捕まり反対側に立っている人をみた。
「 ・・・ ・・・・ しらない人 よ? 」
そのヒトは アランより年下でほんのちょっとだけジャンお兄ちゃんと似ていた。
ううん、髪も瞳もセピア色で ジャンお兄ちゃんとは全然ちがうのだけど・・・
なぜか なんとなく ・・・ 似ていた。
少年は わたしに気づき、ちょ・・・っと微笑んでくれた。
「 こんにちは。 きみは誰ですか、このウチの人? 」
「 え ・・・ ううん。 あの わたし ・・・ 」
「 彼女は 僕がお茶にご招待したお客さんです。
ご紹介します、マドモアゼル。 こちらムッシュ ・ ジョー。
ジョー? 彼女は マドモアゼル ・ フランソワーズ 。 」
「 ・・・・・・・・・・・ 」
二人は 挨拶も微笑みも忘れただひたすら見つめあっていた。
― ・・・ だ 誰 ・・・???
誰なんだ ・・・ この少女は ・・・・
「 みなさん ・・・ そろそろ風が出てきますわ。 霧がこちらに流れて冷たくなるの。
お茶を淹れ直しました。 軽いお食事も ・・・ どうぞお入りなさい 」
「 ママン。 ありがとうございます。 」
「 アラン 皆様を御案内して? あら マドモアゼルもお手伝いしてくださるの? 」
セピアの髪の少年の手を 亜麻色の髪の少女がぎゅ・・っと掴んでいる。
「 ・・・・ ん ・・・・ どうぞ? 」
「 ・・・ あ ああ ・・・ あの? 」
「 なあに? セピアの髪のお兄さん 」
「 あの。 ぼくはきみと会ったこと ・・・ ある? 」
「 ない けど ある ・・・みたい。 」
「 え?? 」
「 あの ね。 お兄さんと会ったことはないの、でもとっても とっても懐かしいカンジ。
わたしのジャンお兄さんと ちょっと似てる のかな・・・ 」
「 ふうん お兄さんがいるんだ。 」
「 うん♪ わたしのこと、いつでもずっと待っていてくれるのよ・・・ ?」
「 ・・・ いいお兄さんなんだね。 ここの ・・・お家のひとの親戚なのかい。 」
「 う ううん ・・・ わたし・・わたしとお兄ちゃんね、森の中で道に迷って・・・・
ここのアランお兄さんに助けてもらったの。 」
「 ふうん ・・・ きみのお兄さんは? 」
「 ・・・ 待ってろ、って・・・・ 先に道を探しにいったんだけど・・・
ねえ セピアの髪のお兄さん、 あなたは? アランお兄さんのお友達なのでしょう? 」
「 う ・・・ うん ・・・ 友達、というか・・・ 」
ジョー、 という名の少年は まじまじとわたしを見つめている。
「 ぼくは ・・・・ きみに初めて会ったけど でも・・・ 」
「 でも なあに。 」
「 自分でもなんて言っていいのかよくわかんないんだ。 あの・・・ちょっとごめん! 」
「 え・・? あ ・・・! 」
少年はぱっとわたしの手を握った。
「 ぼく、忘れない。 きみのこと、忘れないよ。 」
「 わ わたしも ・・・ きっと忘れない ・・・ 」
じ〜っとセピア色の瞳がわたしをみつめている。 わたしも彼から眼を逸らせることができない。
「 あらあら・・・ やっぱりこの二人は。 ねえ あなた? 」
マダムがとても楽しそうにムッシュウに語りかける。
「 そうだなあ。 二人なら ― 同じことだから な。 」
ムッシュウは頷いて アランお兄さんに笑顔を向けた。
「 アラン ― 訊いてごらん。 」
はい、とアランお兄さんは頷くと、わたし達の前にきた。
彼は 片膝を付き、わたしとジョーの目をじっとみつめた。 しずかに手をとり、訊ねた。
「 僕たちと一緒に ずっと遠くへ 行く ? 」
彼の青い瞳が強く瞬きわたし達を捕らえる。
「 ・・・ ジャンお兄ちゃんが 待ってるの。 」
「 ぼくは ・・・ 神父さまのお手伝いが ・・・ 」
わたし達は一緒に口を開いた。 なぜかわからないけれど・・・ぎゅっと手を繋ぎあって。
「 ― そうか。 それじゃ ・・・ また いつか ね。 」
「「 ・・・・え ? 」」
ざわざわざわ −−−−− 突然木立が揺れる音が強くなった。
同時に さ・・・っと冷たくて白いモノが テラスから這い登ってきて ・・・ なにも見えなくなった。
「 ・・・? アランお兄ちゃん? どこ・・・・ 」
するり、と握っていたはずの手が 居なくなった。
「 え・・・ セピアの髪のお兄さん?? 皆 ・・・ どこ。 どこ・・・? 」
わたしの周りはますます真っ白になり あまりの心細さに膝を抱えて蹲ってしまった。
― ゆら ゆら ゆら・・・
「 ・・・ んん ・・・・ ? 」
なんだかとってもいい気持ち ・・・ あったかくて安心で・・・ ゆらゆら・・・
「 ジャン。 重かったらパパが代わるぞ? 」
「 ・・・ へ 平気。 ファンは僕がウチまでおぶって行く! 」
「 そうか。 よし、 頑張れ ジャン。 」
「 うん。 パパ。 」
パパとジャンお兄ちゃんの声が聞こえる、それもすぐ側で・・・!
わたしはそう・・・っと目を開けた。
「 ・・・ お兄ちゃん ・・・ パパ ? 」
「 おう ファンション。 お目覚めかな〜〜 」
パパの笑顔が見えて 大きな手がくしゃ・・・・ってわたしの髪をなでた。
「 ファン! ・・・ ごめん。 」
ゆらゆらゆれる背中の奥から お兄ちゃんの声がした。
「 ・・・ あ ・・・ わたし・・・? 」
「 お前はねえ、ジャンを待ちくたびれて 森の奥のサンザシの樹の下で眠っていたんだ。
このハンカチが サンザシの枝にひっかかってて・・・見つけることができたんだよ。 」
「 サンザシの樹 ・・・? 」
「 そうだよ。 なあ ファン。 もうあんな森の奥まで行ってはいけないよ。 」
「 ・・・ ごめんなさい、パパ。 」
「 パパ。 僕が行こう、って言ったんだ。 ファンはついてきただけ・・・ 」
「 ち ちがうの。 パパ! わたしが ・・・甘いグミの実が欲しいって・・・ 」
ぽん ぽん ・・・ パパの暖かい掌が わたしとお兄ちゃんのアタマにのっかった。
「 わかったよ。 もう行かない ― それだけでいい。 」
「「 うん ・・・! 」」
「 さあ 急いで帰ろう。 ママンがお得意のラズベリー・パイ を焼いて待っているよ。 」
「 うわ〜〜〜〜い ・・・・!! 」
お兄ちゃんの背中も おっきく揺れた。
「 よ〜し ・・・! ウチに向かって出発〜〜 」
パパの号令で お兄ちゃんはぐん!と勢いよく歩き出した。
ゆら ゆら ゆら ・・・・・
「 ・・・ファン ? 」
「 なに、 お兄ちゃん。 」
「 うん ・・・ その ・・・ 妖精に会った? 」
「 え ・・・? 」
「 森の奥で さ・・・ 妖精はいたかい。 」
「 ― ううん。 妖精は いなかったわ。 」
「 そっか〜〜 」
― そうよ ・・・ わたしは小さくつぶやいて明るい田舎の空を見上げた。
§ 薔薇と ( すこしだけ )
カチン カチン ・・・
カップの中でお砂糖を溶かすスプーンが 清んだ音をたてる。
「 ・・・ あの夢は なんだったのかなあ・・・ 」
「 ん〜? なんだあ? 」
相変わらず新聞の後ろから兄の声がもれてきた。
「 覚えてない、お兄さん ほら ヴァカンスで 森の中で迷子になって ・・・ 」
「 ・・・?? そうだったっけ? 」
「 もう〜〜 覚えてないの? 」
「 わ〜すれちまった〜 お いかん、時間だな〜 」
バサ ・・・! やっと新聞の影からご本尊がお出ましになった。
「 じゃな〜〜 戸締り、気をつけろ。 」
「 ・・・ はいはい。 行ってらっしゃい。 」
「 おう。 」
軽く 頬にキスをして 兄は海外勤務に出かけていった。
「 ― 行ってらっしゃ〜〜い !! 」
わたしは窓をあけて 兄の後姿に手を振った ・・・・
Last updated : 08,23,2011. index / next
*********** 途中ですが
続きます。 例によって 全然009じゃないです。 一応平ゼロ設定っぽいです。
それでもいいよ、という方、お付き合いくださいませ <(_
_)>