『 早春ものがたり ― (1) ― 』
カタン ― 東向きの窓は簡単に、そして大きく開いた。
「 あら。 ここからも海が見えるのね・・・ 」
フランソワーズは ちょっとだけ背伸びをして小さく笑みを浮かべた。
「 ふうん ・・・ こんな風に見えるの、いいわねえ・・・
海って 本当は優しくてキレイなのよね ・・・ 」
この地にやってきた当初は 波の音が気になっていた。
今まで ― 特殊な赤い服を纏っている間は ず〜〜〜っと 海は身近にあった。
身近 ? いや そんな言葉では表現できなかった。
あの悪夢の日々、海は監獄であり檻であり彼女たちを閉じ込める壁だった。
身を横たえるだけの狭い空間を含め 日々を送っていた建物の中は
完全な防音だったので ― 波の音は聞こえなかった。
― だから 海は 彼女たちに敵対し打破すべき存在だった。
それが いま。 なんとか手枷足枷から、軛すらからも逃れた今。
海は本来の姿で 彼女の前にひっそりと姿を見せてくれているのだ。
開け放った窓の前で フランソワーズは大きく息を吸いこんだ。
ああ ・・・ 潮の香り ・・・
ふうん ・・・緑の香もするわ まだ二月なのにね
この地域は温暖なのね ・・・
「 このオウチ ・・・ いいかも。 好きになれる かも ・・・
この部屋も 気に入ったわ 」
う〜〜〜ん ・・・ めいっぱい背伸びをすれば 身も心も ぐんっと
新しい空気を取り入れられた気分になった。
くるり、と振り返えれば ― クリーム色の壁とフローリングの床、
窓に近くベッドと机が置いてあり ベッドの隣にはドレッサーまであった。
「 ふふ ・・・ ここがわたしのお部屋なのね。
カーテンとか好きに選んでいいって博士が言ってたわ。 」
夢みたい・・・っと フランソワーズはくるり、と回ってみた。
「 あら〜〜 ステキな床ねえ・・・ 踊れるかも。
踊れるわね ― 踊りたいわ! また 踊りたい。 踊るわ! 」
ずっと心の奥に秘めてきた想いが 思わず口をついてこぼれた。
ぽす・・・ん。 ベッドに腰を下ろしそのまま後ろにひっくり返る。
「 ・・・ ああ 本当に本当に ― 自由になったのね ! 」
口元から自然に笑みが溢れ出て やがてはなぜか涙がほろほろ ほろほろ・・
その笑顔を飾った。
「 や だ ・・・ 泣いてるの、わたし? ヘンなの〜〜
うふ ・・・ う 嬉しいのに ・・ な 涙が ・・・ 」
真新しい部屋で フランソワーズは涙を流しつつ微笑んでいた。
トン トン ・・・ ドアはおずおずとノックの音を響かせた。
「 ! は はい? どうぞ? 」
「 あ〜 起きてる? あのぅ〜〜 よかったらティータイムにしないかな
なんて思って・・・ 博士とぼくだけだけど。 よかったら・・・
」
「 まあうれしい。 すぐに降りてゆきますって博士に伝えてね 」
「 うん! 待ってるね〜〜 あ コーヒーがいい? それとも紅茶? 」
「 う〜〜ん そうね オ・レがいいわ。 」
「 お れ??? そんなの ない かも ・・・ 」
「 あ・・・ あのね、 オ・レって カフェ・オ・レのことよ。
え〜と・・・ そう、ミルク・コーヒー 」
「 あ〜〜 そっか。 熱々〜〜の 淹れるね? 」
「 わたしも手伝うわ。 キッチンに慣れたいの 」
「 わ わ ・・・ 手伝ってくれるの?? 助かるな〜〜〜
えへへ〜〜 あのね オヤツも買ってきたんだ 」
「 オヤツ? 」
「 あ〜 お菓子ってこと。 さっき地元の商店街までひとっ走りいってきた 」
「 ・・・ 加速装置 ? 」
「 え! いやいや〜〜 自転車でぴゅ〜〜〜 ってさ。
晩飯の食材、買うついでにお菓子も仕入れてきた 」
「 へえ ・・・ いいわねえ ティータイムって久しぶりだわ 」
「 コーヒーもさ インスタントだけど新しいの、開けるから。 美味しいよ〜 きっと」
「 そうね。 あ 先にキッチンに行っててね。 着替えてゆくから 」
「 うん♪ 待ってるね〜〜 」
ジョーは 満面の笑みでキッチンに降りていった。
― カタン。 キッチンのドアが開いた。
「 お待たせ〜〜 わあ〜〜〜 いい香〜〜〜 」
「 あ フランソワーズ ・・・ うわ〜〜ぉ〜〜〜 」
ジョーは ポットを手にしたまま ― 目がまん丸だ。
「 ? なあに 」
「 ・・・ え うん ・・・ あの〜〜 その〜〜〜 いいなって 思って 」
「 いいな? 」
「 あ その ・・・ きみのその〜〜 エプロン姿が さ 」
「 そう? これなんてことない普通のエプロンなんだけど ・・・ 」
「 それがいいんだ ・・・ ウチ〜〜って感じで 」
「 そんなものかしらね ねえ オイシソウな香りがするわ。
< オヤツ > はなあに。 」
「 あ は ・・・ スーパーで買ってきただけなんだけど ・・・
チョコとおせんべい あと ほら いちご! 」
ジョーは がさがさ透明なパックを取りだした。
ふわ・・・ん 甘い香りと共に真っ赤な果実がぱっと辺りを明るくした。
「 まあ〜〜〜 おっきくて美味しそうねえ あま〜〜いにおい・・・
ねえ 日本の苺はもう採れるの? 」
「 うん ハウス栽培だもん。 あ〜〜 いい匂いだね 食べよう 食べよう〜 」
「 あ ・・・ ねえ ちょっと待てる? 」
「 え? 」
「 ふふふ〜〜〜 オヤツ、作るわ。 」
「 き きみが?? 」
「 あらあ〜 わたしだって結構お料理できるのよぉ〜〜〜
え〜〜と・・・ 粉とたまご、ミルクはあるかしら 」
「 粉? 」
「 小麦粉。 薄力粉がいいんだけど
」
「 はくりき・・・ かどうかわかんないけど 小麦粉はあるよ 」
「 よかった〜 じゃ ホット・ケーキ 焼くわ 」
「 え??? ほ ほんと?? 」
「 このオイシソウな苺と一緒に いちご・ケーキ♪ 」
「 わ〜〜〜〜 わ〜〜〜〜〜 わ〜〜〜〜〜〜 」
カッタン ・・・
「 ほい どうしたね 」
博士がのんびり キッチンに顔をだした。
「 あ〜〜 博士 お帰りなさ〜い 散歩はどうでした 」
「 うむ ・・・ なかなかいい日和でなあ 気持ちよかったぞ。
地元の商店街もけっこう店舗がならんでおるな ほい 明日の朝のミルクじゃ 」
「 わ ぼく 忘れてた〜〜 ありがとうございます 」
ジョーはアタマを掻きつつ 牛乳パックを受け取った。
「 あら ミルク? 嬉しいです、今からホット・ケーキ焼こうかなって
思ってて ・・・ 」
「 ほう? それはいいなあ 楽しみじゃ。 」
「 ええ すぐに焼けますから ・・・ 」
「 それじゃ手を洗ってこようかの。 うん うん いい日じゃなあ 」
博士はにこにこ・・・ バス・ルームへとむかった。
「 さあ 焼くわね 」
「 わぉ あ なにか手伝うこと、ある? 」
「 あ それじゃ 粉 ふるってくださる? フルイ とか
調味料は多分あると思うのね 」
「 ん〜〜〜 大人が使っていたからね〜 必要なものはあるはずだよ 」
「 そうね。 ずっと大人に頼っていたから ・・・ ね 今度からは
わたし、ゴハン作るわ 」
「 ぼくもやるよ。 ぼくだって少しは・・ 料理できるんだ 」
「 あら そうなの? え〜〜と ・・・? 」
二人はキッチンの棚を見渡した。
この地にやってきて以来 帳大人が厨房を仕切ってくれていた。
三食はもちろん、デザートやら弁当まで作ってくれたのだ。
そして 二月の声を聞くと ―
「 ほな わて、店の準備があるよって ・・・ ヨコハマの方に行かせて
もらいます。 そやけどな〜 いつだって呼んでな 飛んできまっせ 」
大人は にこにこ ・・・ しかし若干の心配顔を残しつつも
< 自分の店 > の準備へと引っ越していった。
「 うん ・・・ レンジもあるし レトルト食品もい〜〜っぱい買ってきたから
な ・・・ なんとかなる かな 」
「 わたし ・・・ 朝ごはんくらいなら 出来るわ 」
「 頼むね〜〜 普通は三人だからなんとか なるよ 」
「 そう ね 」
ふふふ へへへ ・・・ 寄せ集め だけど 一応一つ屋根の下に暮らすことになった
< 家族 > の二人は困った笑顔を見合わせたのだった。
「 ・・・ あ 本当、塩 コショウ ナツメッグ キャラウェイ ・・・
調味料はちゃんとそろってるわね 」
「 ウン ・・・ こっちは味噌 醤油 味醂に ・・・ 酢だろ〜
胡麻油 サラダ油 ・・・ オリーブオイル もあるな。
うわ こっちには中華調味料全般がそろってるぅ〜 」
「 お砂糖に シナモンでしょ あら ベーキングパウダー も バニラエッセンスも
ある〜〜 お菓子、作れそうよ 」
「 さすが〜〜 大人だなあ 〜 えっとフライパンはこっちだよな 」
「 え〜〜と? ああ ボウル ボウルは ああこっちの棚ね フルイもみっけ。
よ〜〜し それじゃ 作りますよ〜〜 」
「 粉でしょ ・・・ あと 卵に ? 」
「 ミルクもお願いね 」
「 ウン! わ〜〜 いいなあ〜〜〜 こんなの、憧れだったんだ 」
「 え なにが 」
「 え ・・・ うん ・ ウチでさ こうやって・・・ オヤツとか作るのって・・・
すご〜くすごく憧れてたんだ 」
「 え そうなの 」
「 ぼく 施設で育ったから ・・・ オヤツは出たけどさ
担当のおばちゃんがぱぱぱ〜〜〜っと市販の駄菓子を配るだけで
ともかく平等に! って雰囲気だったから 」
「 じゃあ 一緒にやりましょ 」
フランソワ―ズは にっこり微笑んだ。
「 う うん !! 」
ジョーは 頬を染めこくこくと頷いた。
粉を振るって 計量して。 卵を割って 白身と黄身にわけて。
ボウルの中で ぐ〜るぐるぐる混ぜて
じゅわ〜〜〜〜〜〜 ・・・ 二人の力作はでっかいフライパンに収まった。
「 ふう〜〜〜 こ これで いいのかな 」
ジョーは大きく息を吐いた。
「 たぶんね。 これでじっくり焼いてゆけばいいと思うわ 」
「 ふ〜〜ん ・・・ すげ〜〜な〜〜〜 ウチでさ 目の前でさ
ホット・ケーキ できるんだ? ね ・・ これ 焼けてる? 」
「 あ 触っちゃだめ。 まだまだよ。 まだ表面がべとべとしてるでしょ? 」
「 ホントだ ・・・ ねえ きみは料理とか得意なの? 」
「 え ・・・ ううん 全然だめ。 でもね ホット・ケーキは
小さい頃 ママンと一緒に焼いたりしたから ・・・ 」
「 そっか〜〜〜 いいな〜〜〜 そ〜いうの、すごくいいな〜〜 ぼくの憧れ 」
「 今も一緒に焼いているわ? お皿の用意 してくれる? 」
「 うん! ・・・ わ〜〜〜〜 なんかいい匂い〜〜〜〜 」
「 ふふふ ・・ ひっくり返す時 手伝ってね? 」
「 ぼ ぼくでもできる?? 」
「 二人でやれば 大丈夫 ・・・ と思います 」
「 あは ・・・頼りないなあ〜 お皿〜〜〜 だすね 」
「 あら さっき淹れてくれたカフェが冷めてしまったわね ・・・ ごめんなさい 」
「 あ? いいよ〜〜 また淹れるから 」
「 うふふ 楽しみ〜〜 」
かなり・・・大騒ぎして ホット・ケーキ をひっくり返し〜〜
ジョーは < まだかな まだかな〜〜 > を連発し ぷす・・・っと
フォークを刺してみて焼け具合を確かめた後 ・・・
ど〜〜〜ん。 大きなお皿にハミ出してホット・ケーキは焼き上がった。
「 うわ〜〜〜〜 でっか〜〜〜い〜〜〜〜〜 クッションみたいだあ〜〜 」
「 うふふ・・・ なんとか お皿にのっけられわね・・・
あ ・・・ やっぱり裏 焦げちゃった ・・・ 」
「 どれ? あ〜〜 ホントだ 焦げてる 焦げてる〜〜 なんかオイシイそう 」
「 そ そう? えっと・・・熱いうちに バターをのっけて・・・
そうそう ハチミツがあったわね、 とろ〜〜り・・・・
」
「 ・・・ うわ ・・・・ すげ〜〜〜 」
大きなフライパンで作ったでっかい座布団みたいなホット・ケーキを前に
ジョーは 目をきらきら・・・ 息をつめて見つめている。
「 味は・・・あんまり自信ないの・・・ 不味かったらごめんなさい 」
「 マズいわけないよ、こんなにいい匂いなんだよ〜〜
博士〜〜〜〜 お茶にしましょ〜〜〜 」
ジョーは キッチンのドアを開け 博士に声をかけた。
「 ほい ほい ・・・ ず〜〜〜っとよい香が漂っていたぞ?
ここで皆で食べような 」
博士は にこにこ ・・・ リビングのテーブルを空けてくれた。
「 わ ありがとうございます。 ぼく 運ぶね 」
「 大丈夫? ぐらぐらしない? 」
「 な んとか ・・・ あ お茶もぼくがもってゆくから 」
「 そのくらい わたしがするわ。 」
特大ホット・ケーキを囲んで 賑やかなお茶タイムとなった。
ほんわり切り分けても お皿からハミ出しそうだ。
「 うわ〜
うわ〜 ウチで作ったホットケーキあ〜ぃ
」
ジョーは 張り切ってフォークを刺した。
「 ・・・ ちゃんと焼けてる わ よかった 」
「 ふむ ・・・ これはなんだか懐かし味だのう〜〜 コドモの頃に食べた・・・ 」
「 ・・・ あ ・・・ ごめんなさい… お店のみたいにふんわりしてないわね …
ベーキング・パウダーの量がよくわからくて ・・・ 」
「 ううん ぼく こういうのが 好きなんだ〜 ・・・
あはは うわ〜い 焦げてるぅ〜
・・・ ハチミツじゅわ〜〜で
・・・ うっま〜〜い〜〜〜〜 」
ジョーはおこげの部分でさえ 大喜びだ。
「 やっぱりちょっと失敗作かも ・・・ 」
「 いいじゃん、ウチで作ったんだもんな〜〜〜 あ! 苺! 苺 忘れた〜 」
「 あら ほんと。 冷蔵庫に入れておいたけど 」
「 うん 今 持ってくる。 ホット・ケーキと一緒に食べるんだ〜〜〜 」
「 まだ 食べるの、ジョー? だいじょうぶ ? 」
「 あは ホントはね〜 このケーキ、 全部食べちゃいたいくらいなんだ 」
彼は ぱたぱた・・キッチンに駆けて行った。
「 ・・・ 楽しそうだのう 」
「 ホント・・・ ただのホット・ケーキなんですけど ・・・ 」
「 それが楽しいのだろうよ。 アイツは その ・・・ 結構寂しい少年時代を
送ったらしいのでな 」
「 ・・・そう ですか・・・ 」
「 うむ ・・・ これは本人が話してくれたのだがな〜
孤児でずっと施設で育ったと言っておったよ。 」
「 施設? ・・・ あ さっきそんなこと言ってました 」
ふうん ・・・ 孤児院 とか なのかしら・・・
『 あしながおじさん 』の 主人公がいたホームとか
・・・ そうそう 『 ジェーン・エア 』 の ローウッド学校とか
あんまりいいイメージはないけど ・・・ でも時代ちがうし ・・・
「 まあ 衣食住に欠けることはなかったらしいが の。
・・・ おお 綺麗じゃのう 」
博士は ジョーが運んできた苺に目を細めた。
「 でしょ? ね〜〜 この色で 春だあ〜〜って思いますよね
博士とフラン ・・・ ほら 器にどうぞ。 ぼくは〜〜〜っと 」
彼はボウルから苺をつまむと 食べかけのホット・ケーキに乗せた。
「 えへへ・・・ 苺・ホット〜〜〜って☆ 」
「 ほう ほう ・・・ この国は果物が豊富じゃのう 」
「 そうですねえ でもわたしの国では苺ってこんなに大きくないです。
五月ごろ 小粒な甘酸っぱいのをた〜〜くさん食べましたけど 」
「 ワシもそんな思い出があるな。 どれ ひとつ ・・・ 」
「 わたしも。 ・・・ うわ ・・・あま〜〜い〜〜〜 」
「 うむ うむ ・・・ これはお菓子のようじゃな 」
少々驚きの色を隠せない二人の前で ジョーは苺をホットケーキでくるみ
にこにこしつつ ― かぶりついた。
「 〜〜〜〜 んま〜〜〜〜〜 」
唇が苺色に染まっている。
「 昨今では苺はこういうモノなのかね 」
「 美味しいけど ・・・ なんか違う果物みたい 」
「 ん〜〜〜 え? いちご? あ〜〜 種類 たくさんあるんだ〜〜
もっとでっかいのもあるらしいよ? これは なんとか乙女っていうんだ。
美味しいよね〜〜〜 」
「 なんとかおとめ? へえ・・・ 苺に名前がついているの? 」
「 うん いろいろ ・・・ 給食で食べたのはもっとちっこいヤツだったけど
あ〜〜〜〜〜 美味しかった〜〜〜 ね 残ったホット・ケーキ・・・
明日の朝、食べてもいい? 」
「 もちろんよ 食べてくれるの? 」
「 だってこんなにオイシイんだもんな〜〜〜
朝ごはんにも食べられなんて ! ああ 幸せ・・・ 」
ジョーはとても嬉しそうなのだ。
ふう ん ・・・ ジョーって こういうコ なんだ?
ずっと行動を共にしてきたけれど フランソワーズは改めてしげしげと
島村ジョー という存在を眺めるのだった。
先ほどの博士のハナシとも相まって 彼の本質を垣間見る気分だ。
なんか ― 彼の素顔って初めて見た気分 ね・・・
・・・ 009 とは別人みたいだわ
あ〜〜 オイシイ ・・・と彼は満足の吐息をついている。
「 ワシもいただこうかな。 チーズをのせて温めたら朝のトーストじゃ 」
「 あら 本当。 大きなクッションですもの、明日の朝も食べましょう。
」
「 うわ〜〜い♪ あ 片づけ ぼくがやるからね〜〜 」
ジョーは立ち上がると 習慣的にテレビをつけた。
「 あら
なにか見るの? 」
「 え? いや
別に … 」
「 ・・・? 」
「 あ〜 美味かったぁ〜〜 」
ハナウタ気分でジョーは食器をまとめると とっととキッチンへ行った。
?? 別に見ないのにテレビ つけるの?
あ ・・・ そういえば ・・・ リビングにくると
いつもテレビをつけるわよね ジョーって。
彼自身はキッチンで洗い物をしている ― なのに 彼はテレビをつけて行ったのだ。
ふうん? そんなにテレビ、好きなのかしら???
「 ジョー ・・・ テレビ 消していい? 」
何気なくキッチンに声をかけてみた。
「 うん? あ〜 つけといて〜 なんか音がないと寂しいだろ〜 」
「 ・・・ あ そ そうねえ ・・・ 」
寂しい か。 ふうん・・・
一人はキライってこと?
今までってず〜〜〜っと集団行動だったからよくわからないけど
そういえば 一人が好き って雰囲気でもなかったわね?
逃避行の間はもう全員がごっちゃになって行動、というか生きるか死ぬかの瀬戸際
孤独だのなんだの構っている暇はなかった。
なんとか逃げ切り、 この地に根を下ろすことになって
やっとお互いの < にんげん > に 注意を向ける余裕が生まれたのかもしれない。
「 わたしもやるわ、片づけ! 」
彼女もエプロンを付け直すと ぱたぱた・・キッチンに駆けこんだ。
「 うん? あ〜 いいよ すぐに終わるもん〜〜
フラン きみ テレビでも見てて 」
「 そ そう?? 「
「 ウン きみは作ってくれたんだもん。 後片付けくらいするよ 」
「 じゃ お願いしていい? 」
「 もっちろん あ〜もうすぐ終わるからさ〜〜
」
「 そ ・・・? 」
なんとな〜〜く手持ち無沙汰で フランソワーズはリビングに戻り
ぽすん ・・・と ソファに座った。
・・・ うん? なあに これ ・・・
付けっ放しなテレビの画面には なにやら大勢の人たちが集まっている・・ ふうに
みえた。 なにかの事件か? いや それにしては和やか というか 華やかな雰囲気が
伝わってくる。
「 え ・・・ あら 女性がほとんどねえ ・・・ 何をしているのかしら
え でぱちか? でぱちか ってなに? 」
フランソワーズはソファに座りなおし 画面と音声に集中した。
「 ・・・ あ〜〜〜 ばれんたいん ね。 ふうん この国では女性で賑わうのね?
へえ ・・・ 女性から チョコ ねえ ・・・ 」
画面では さまざまな年代の女性たちがにこにこ ・・・ 小さな包みを複数
手にしていた。
え〜 自分に ですよ〜 ま〜
いちお〜 ダンナに ・・・
頑張って伝えます! あはは ギリです 義理〜〜
取材に応え だれもが楽しそうに答えている。
「 へえ ・・・ 自分用? おせわになった人へ ・・・?
それなら コズミ先生や 博士には差し上げたいわね〜 張大人やグレートにも・・
あ。
ジョー。 … わたし なんかから貰ったら
迷惑かしら
笑われたら … イヤだし でも いろいろお世話になってるし …
チョコ … 高いものは買えないし ・・・作ってみようかな
― そうよ 作り方の本 とかあるはずよ ね!
あ ネットで調べれば フランス語のレシピだって あるわ きっと うん! 」
彼女は力強くうなずいた。
「 え〜 なにか面白いこと、やってる? 」
ジョーがエプロンをはずしつつ キッチンから戻ってきた。
「 わたし やるわ! ・・・ え? あ ジョー ・・・
」
「 なにをやるって? あ バレエの番組とかなのかな 」
「 え あ ち ちがうの〜〜 あの ほら ・・・ ショッピングのハナシ。
トウキョウのでぱ―とって華やかねえ 」
「 うん? あ〜 そっか〜〜 オンナノコは好きだよね〜〜
ヨコハマのモトマチとかもオシャレなお店 多いってきくよ 」
「 あ そ そうなの? 」
「 ウン。 女の子が好きそうなお店ばっかこう〜〜 ずっとならんでいる通りが
あるんだ。 」
「 まあ よく知っているのね。 」
「 あは ぼくは通ったことがあるだけ。 」
「 そうなの? ・・・ あの そこにお菓子屋さん、あるかしら。 」
「 お菓子屋? ケーキ屋さんってこと? 」
「 ううん ・・・ あの〜〜 材料とか売ってるお店よ 」
「 多分 あると思うな〜 ヨコハマは昔から舶来品の店、多いって 」
「 はくらいひん?? 」
「 あ〜〜 輸入品ってこと。 昔の言い方さ 」
「 ふ〜ん ・・・ わたし 行ってみたいわ。 行き方、教えてくださる? 」
「 おっけ〜 ― あ あの一人で行くの ? 」
「 ええ。 一人で大丈夫。 」
「 あ ・・・ そ っか ・・・ 」
ジョーは なんだかちょっとがっかりした顔をしたけれど 詳しく教えてくれた。
「 ん〜〜 わかったわ! ありがとう〜〜〜 ジョー! 」
ちゅ。 ジョーのほっぺに小さなキスが飛んできた。
「 !? うわ〜〜〜ぉ〜〜〜♪ 」
「 明日さっそく行ってみるわね〜〜 うふふ ・・・ 」
リビングには おいしそうな香とウキウキした雰囲気がほわ〜〜ん と漂うのだった。
― その翌日。
「 え〜〜〜
なんで〜 固まらないのぉ ・・・ 」
キッチンで フランソワーズが半ベソになっていた。
ベソをかいてもじ〜っと見つめても 型に流し込んだチョコの表面は
とろ〜〜〜ん ・・・ と波打っているのだった。
「 おねがい かたまってぇ〜〜 」
彼女は じ〜〜〜〜〜っと 茶色の液体を見つめ続け 見つめて見つめて ―
ほんの一瞬 目を閉じた とき。
「 おか〜〜さ〜〜〜ん! おやつ ぅ〜〜〜〜 ! 」
「 おかさ〜〜〜ん ちょこ〜〜 」
甲高い声が耳に入ってきた。
えええ?? おかあさん ???
Last updated : 02,14,2017.
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******* 途中ですが
一応 ヴァレンタイン話 のはず・・・
後半で チョコ話 になる はず ・・・