『 あの日から − Turning Point − (2) 』
まさに生命 ( いのち ) を賭けたぎりぎりの日々だった。
殊に 最後に加わったジョ−にとってはまるで洗濯機に放り込まれたがごとき日々で
この地、コズミ邸に身を寄せやっと すこしばかり余裕ができた。
何がなんだかわからずに付いてきたけれど、ようやく仲間達とも 打ち解けるようになった。
ジョ−はもともと口が重い方なので 黙って仲間達の会話に耳を傾けている事の方が
多かったけれど。 それだけでもそれぞれの性格はなんとなくわかってくるものだ。
ふうん ・・・ そうなんだ?
そして やはり一番気になるのは ・・・ あの亜麻色の髪の乙女、だった。
一方他のメンバ−達も次第に仲間として ジョ−を受け入れる雰囲気になっていった。
しかし・・・
知らないのだから 仕方ないけれど・・・ でも。
ジョ−以外の全員がそれぞれ差はあれ、BGの<檻>での日々は身に沁みていた。
・・・ もう二度と! ヤツラの手に捕まってなるものか・・・!
ようやく脱出できた安堵感はジョ−にはおそらく想像がつかないものだったろう。
そんな訳もあり、彼自身初めはどうしても 新参者 の気分が濃厚だったが・・・やがて、
彼らの生活に余裕が生まれるにつれて仲間意識もだんだんと育ってきていた。
「 なんだって? コズミ博士が! 」
「 うん、そうなんだ。 どうも浚われたらしい。 」
「 またBGの手先か! ふん、オレ達をおびきよせるワナなんだろうが。 」
ジョ−とフランソワ−ズが裏山を散策していたあいだに
講師をしている大学にむかったコズミ博士の足取りが途絶えてしまった。
「 ふうん? 別口のヤツらもいるのか。 しかし問題はBGだな。 」
「 0012、か。 やはりゼロゼロナンバ−なのかな。 用心したほうがいいよ。 」
「 ・・・ ぼくが行って来る。 」
ジョ−はひょい、と立ち上がるとジャケットをひっかけた。
「 街中なんだろ? 大勢で行くのはヤバいよ。 」
それじゃ・・・と、彼は実に気軽に出かけていった。
「 ・・・ふうん? アイツ・・・ 変わったなあ。 」
「 あん? そうかぁ? 」
「 そうだね。 いつまでも最後からくっついて来る・・・ってのじゃないのさ。 」
「 そうだな。 ワカモノは元気でよろしい。 」
「 あなた達!! ジョ−をひとりでゆかせるつもり?? 」
「 ?? 003 ?? 」
突然声を上げた彼女に オトコたちは全員驚いて振り返った。
「 0012、なのでしょう? バックにはBGがいるわね。
お世話になっているコズミ博士のこともあるし。 彼ひとり、行かせるなんてあんまりよ! 」
「 行かせる・・・って お前も聞いていただろう?
街中なんだ、人目にたつには避けたほうがいい。 ヤツの判断は正しいな。 」
「 正しいとかの問題じゃなくて・・・! 」
「 それじゃなんなんだ? 」
アルベルトが怪訝な顔で 怒りで頬を紅潮させた乙女を見つめている。
「 ・・・・ もう〜〜 ! いいわ! わたしが援護に行くから! イワンをお願いね。 」
「 あ・・・ お、おい?! 」
丁度寝入っていた赤ん坊をすぐ側にいた赤毛に押し付けると フランソワ−ズはそのまま
すたすたと出ていってしまった。
「 ・・・ おい・・・ 行っちゃったぜ・・・? 」
「 っとに、気の短いヤツだなあ! アイツ・・・あんなヤツだったか? 」
さすがのアルベルトも呆れかえっている。
「 ふふふ・・・ おぬし、その目は節穴かな? 」
「 なんだと? 」
グレ−トがジャケットを脱いで にやり、と笑った。
「 恋する乙女は 〜〜 いつだって気になるのはカレのこと♪ ・・・ちょいと行ってくる。 」
「 ・・・! ・・・ふん。 仕方ない、女のコと老人だけじゃ心許無いからな。 」
「 なんとでも言え。 おい、アイツの防護服は? 」
「 はん。 恋する乙女がお届けに行ったさ。 」
アルベルトは共有のクロゼットに ちらり、と視線を走らせた。
ほんのすこしだけ ドアが開いている。
「 ほう? よほどお急ぎとみえますな。 では・・・いざ、出陣。 」
「 ・・・ 意気が上がらねえな。 」
ぼやきつつ、銀髪とスキンヘッドが並んで出ていった。
「 ・・・ ジョ− ・・・! ここよ! 」
「 ?! ・・・ フランソワ−ズ・・!? 」
「 そうよ、ほら・・・ これに捕まって! 」
うねる地に脚を取られていたジョ−の目の前に ひらり、と黄色いマフラ−が降りてきた。
街外れにある屋敷に コズミ博士が監禁されている、との情報を得てジョ−は単身調査に来たのだが、
塀ごしに飛び込んだ途端に足元が崩れたのだ。
「 ありがとう・・・! でも・・・ 大丈夫かい。 」
「 まあ! わたしだって003なのよ? 途中まで引っ張り上げるからこの木を足がかりして。 」
「 ・・・ 了解・・・! 」
ジョ−は巧みに木の幹を利用して 砂地獄から這い上がった。
フランソワ−ズが大木の上から ジョ−が登るのを助けてくれた。
「 追ってきてよかったわ。 はい、これ。 あなたの防護服。
・・・ じきにアルベルトとグレ−トが応援にくるわ。 」
「 え・・・ そうなんだ? ・・・ あの、さ。 」
「 なあに? 」
「 あのゥ・・・ ちょっと向こう、向いててくれるかな。 」
「 どうして?? わたしがいると・・・・邪魔? 」
「 そ、そんなんじゃないけど・・・ あの・・・着替えるから ・・・さ。 」
「 ・・・ ごめんなさい! 」
いえいえ・・・とジョ−は口の中でぶつぶつ言うと大急ぎで防護服に身を固めた。
「 ・・・っと。 ごめん、もういいよ! 」
「 ・・・ そう? 」
一生懸命そっぽを向いている背中に ジョ−は笑いを抑え声をかけた。
「 ありがとう。 本当に助かったよ。 」
「 やっぱりミッションの時には初めから着込んでいったほうがいいわねえ。
いちいち着替えるの、大変でしょ。 」
「 そうだね。 これからそうするよ。 ・・・ ねえ、聞いてもいいかな。 」
「 し・・・っ! < 脳波通信を使って! > 」
「 え?? あ・・・ う、うん・・・ < ・・・ あ〜あ〜?? 聞こえますか〜? あ〜あ〜・・・> 」
< 聞こえます! マイクテストなんかしないで頂戴! >
< ・・・ ごめん・・・ >
< 以後気をつけてね。 それで? ご質問はなんですか。 >
< ウン・・・ あの、さ。 あのヒト達のなかに、そのゥ ・・・ きみのカレシがいる?>
< あのヒト達・・・? >
< そう。 ほら・・・001だの008だの。 えっと・・・飛ぶヒトが002、だろ?
恐そうなオジサンや つるぴかのオヤジもいたよな〜 >
< あのねえ。 仲間、なのよ。 わたし達、世界中にたった9人しかいない、
特別な宿命を背負ってしまった仲間なの。 あのヒト達、 じゃないわ。>
< あ・・・ご、ごめん・・・ >
< ・・・ それでなにを聞きたいの? >
< だから。 そのゥ・・・ フランソワ−ズ、きみにカレシが・・・ >
< あ! 004と007だわ。 ・・・ え? ああ、001? なあに。 >
《 二人トモ。 ソコニ盗聴器ノ類ハナイヨ。 安心シテ音声会話ヲ楽シミタマエ 》
「 あら、そうなの? よかったわ、ねえ、009。 」
「 う、うん・・・。 あ・・・それで ここが問題の屋敷なんだけどなあ。
外見は普通の洋館っぽいよね。 庭にはあんなトラップがあったけど。 」
「 ・・・ 009。 この中にね、一箇所だけわたしがサ−チできない部屋があるの。
シ−ルドしてある・・・ 多分そこが中枢部ね。 」
「 そうか! それじゃ そこを破壊すれば・・・ 」
「 ええ・・・ と、思うけど。 でも・・・ 」
「 でも? 」
「 どうもね・・・ この屋敷の構造、変わっているの。 普通の家じゃないのはわかっているけれど・・ 」
「 ふうん・・・ トラップだらけ、とか? 」
「 それもあるけれど、構造自体が・・・ ああ! もうすぐ004と007が追いついてくる。
合流して調査しましょう。 」
「 うん。 この屋敷の中にコズミ博士が捕らわれているのかな。
0012 も ここにいる・・・・? 」
「 わからない。 わたしが <見える> 範囲にはそれらしい人影はないの。
この屋敷は 普通にいったら完全に空家ね。 」
「 そうか。 でも <見えない>部屋があるんだろ? 」
「 ええ。 わざわざシ−ルドしているところが怪しいわね。 それに・・・ この家は妙だわ。 」
「 妙って? なにが。 怪しい仕掛けだらけってのは推測がつくけど。 」
「 ・・・ うん、それとは別に・・・一見普通の家ね。 でもね・・・ そう・・・ 雰囲気が妙なの。
誰もいない空家なのに ・・・ 家具調度は磨きあげられていて埃も見えないし・・・
それに なんだかヒトの気配がするみたい。 」
003は じっと目を凝らしている。
「 でも空家なんだろ? 」
「 ええ。 だから妙なのね。 わたしの能力ではこれ以上は無理ね。
あとは皆で調査しましょう。 」
「 うん。 ここから ・・・ うん、あの屋根に跳んで侵入するか。
正面玄関からコンニチワってわけにはゆかないし。 」
「 そうね。 」
「 うん ・・・・ あ、二人来たね。 」
「 あら、見えるの? 」
「 ううん。 きみほど < 目 > はよくないもの。 足音さ。 」
ふうん ・・・?
このヒトって。 本当にカンがいいのね。 銃の扱い方の時もそう思ったけど・・・
フランソワ−ズは今までとはすこしちがった想いでジョ−の横顔をみつめていた。
平和な国のただの気のいいボウヤ・・・じゃないかもしれないわ。
「 ここに0012がいるのかな。 やはりぼくらのように改造されたのだろうか。 」
「 多分ね・・・・ ねえ009。 一言いっておくけど。
脳波通信って・・・ フル・オ−プンにしておくと ハナシの内容が仲間全員に
もれなく配信されるってこと。 覚えておいたほうがよくてよ。 」
「 全員に ・・・・? ・・・ ヤバ・・・・! 」
ジョ−は真剣に蒼ざめていた。
「 それとね。 単独行動は感心しないわ。 」
「 でも・・・ 街中でぞろぞろ行くのはマズいだろ。 」
「 勿論よ。 一緒に行動しろとは言ってないわ。 別々に隠密に動けばいいでしょう。 」
「 あ・・・ ウン。 そうだね。 」
「 わたし達は 仲間 なのよ? それを忘れないことね。 」
「 ・・・ そうだ ・・・ そうだね。 」
< 003? 009も一緒か? >
< おうい。 マドモアゼル〜〜 加勢に参った。 そなたの王子もそこか。
つるぴかなヤツ が参上したぞ my boy! >
「 あ、あら。 004達がきたわ。 塀の向こう側にいる。 」
「 あちゃ・・マズいよなあ! え、ああ、・・・ うん。 ねえ、 王子ってなに。 」
「 な、なんでもないわよ。 ほら・・・グレ−トって役者さんだから
時々妙な言い回しをするのよ。 < ここよ! ちょうどそこの上あたりの木にいるわ。> 」
< 009! いるか! >
< 004。 ありがとう〜〜 >
< ふん・・・こわそうなオヤジでわるかったな!
おい、俺たちもそっちへ入るから・・・ 見張っていてくれ。 >
< 了解。 今のところ怪しい影は見当たらないわ。 >
< よし。 行くぞ! >
サイボ−グ達はコズミ博士を救出するべく、目の前の屋敷への侵入を開始した。
「 それじゃ。 先にトウキョウにゆくね! 」
「 おう、俺たちもすぐに追う。 居残り組もおっつけやって来るしな。 」
「 うん。 それじゃ・・・ 」
シュ・・・ッ と微かな音を残し ジョ−の姿は消えてしまった。
「 ジョ−、 あの・・・ あ・・・ ! 」
「 ほ。 気の早いヤツだなあ。 」
「 加速装置、か。 オレは皆に連絡する。 」
「 おう、頼んだぞ。 ・・・ マドモアゼル? どこも怪我はなかったかね。 」
「 ええ・・・。 いつも ジョ−が庇ってくれたから・・・ 」
三人の目の前には ただの空き地がひろがっていた。
ところどころに建物の瓦礫が残っているだけだ。
そこに 0012を名乗る<屋敷>が 存在していた、とはとても思えない。
0012は 009達に正体を暴かれ、中枢部である脳を破壊され自らを埋葬していったのだ。
・・・ ジョ−。 あなたはどんどん有能な <戦士> になってゆくのね・・・
フランソワ−ズは微かな空気の流れをみつめ、呟いていた。
銃の扱いもロクにわからず、自分自身の身におきた変化に呆然としていた少年の姿は
もうどこにもなかった。
当然のようにス−パ−ガンを使い、加速装置を自在に稼働させ
確実に敵をしとめてゆく 009。
009としての行動が水際だってゆくほど・・・ 彼は <島村ジョ−>から遠ざかってゆくのだ。
それが 彼にとって幸せなことなのか。
フランソワ−ズは ただ 溜息をつき・・・ 見つめているだけだった。
0012。 0013。
おなじゼロゼロ・ナンバ−を持つサイボ−グは いずれも逃げ出した裏切りモノ達を始末するべく
BGから差し向けられていた。
そして 彼らは目的を果たせずにこの世から消えていった。
「 どうじゃろうか。 諸君はどう思うかね。 」
ギルモア博士は ぐるりと周囲を見回した。
狭い潜水艇のコクピットには ゼロゼロ・ナンバ−・サイボ−グ達が 固唾を呑んでいた。
どうせどこにいてもBGに付け狙われる。
だったらいっそ こちらから打って出よう! と博士は提案したのだ。
「 いやよ! 」
仲間達の沈黙を破りフランソワ−ズは悲鳴に近い声をあげた。
「 ・・・ 003 ・・・・ 」
「 いやよ、わたしはもういや! 」
闘いを嫌い、否定する003の言葉に応えるものはいない。
いや。
誰もが彼女の気持ちを、そして自分自身の本音が判っていたのでなにもいえなかったのだ。
「 ・・・・・ 」
「 ・・・ 009 ・・・? 」
ジョ−の腕が そっと彼女の肩にまわされ ・・・ フランソワ−ズはごく自然に彼の胸に顔をうずめた。
・・・ ああ ・・・! 温かい。 このヒトの、ううん! ジョ−の胸は
ほんとうに ・・・ 温かい・・・!
< ・・・ 泣いて ・・・ いいよ。 >
「 ・・・え ・・・? 」
ぼそり、と一言だけ脳波通信で彼の <声> が飛んできた。
ああ、今度はちゃんとわたしだけに回線を開いているわね。
フランソワ−ズはジョ−の防護服に顔を押し付け ・・・ ちょっとだけ笑った。
ジョ− ・・・ ! わたし。 あなたのことを 好きになる・・・かもしれない
ねえ・・・ 好きになっても ・・・ いい?
ギルモア博士と9人のサイボ−グ戦士達を乗せ サブマリンはインドシナ半島を目指していった。
コツコツコツ・・・ カツン カツン カツン ・・・・
石畳が軽快な音をたてる。
カンカンカン・・・ ! カッカッカッ !
急ぎ足ですり抜けてゆくハイ・ヒ−ル、大股で颯爽と去ってゆくムッシュウ達。
ふふふ・・・ どの足も どのヒトも 踊っているみたい・・・
そうね この街にはいつだってリズムがあるわ。
フランソワ−ズは耳を澄ませては淡い笑みを唇に結んだ。
故郷の街にもどり 懐かしい兄の元へ あのアパルトマンの部屋に帰り
そして
あんなに望み焦がれていた <当たり前の日々>が 始まっていた。
予期せぬ運命で結びあわされた仲間達は 今、思い思いの地に散っている。
故郷に戻ったもの、新天地に生きる場所をみつけたもの、自分の望む地に赴いたもの・・・
様々であったが みんな自分の意志で生きる道を選んでいった。
「 ・・・ ジョ−は? どうするの。 」
「 ぼくは日本に戻る。 あまりいい思い出はないけど・・・ぼくの生まれた国だし・・・ 」
「 ・・・ そう ・・・ 」
「 うん。 きみは、フランソワ−ズ。 あ、パリに、お兄さんのトコに帰るんだね? 」
「 ええ。 」
「 そうか。 ・・・ それじゃ・・・ 元気で。 」
「 ジョ−・・・も。 元気でね・・・ あの ・・・ 連絡先、教えてくれる? 」
ジョ−は黙って首を振った。
「 ぼく達 ・・・ いや、ぼく達全員がまた顔を合わせる・・・なんて時が来ないほうがいいんだ。
穏やかな日々がずっと・・・ずっと続いた方がいいに決まってる。 」
「 ・・・ ええ ・・・ それは ・・・そうだけど・・・ 」
「 だから。 さようなら、フランソワ−ズ。 ・・・ 元気で。 」
「 ・・・ ジョ− ・・・ 」
ジョ−はすっと右手を差し出した。
そして フランソワ−ズがおずおずと手を出してきたときに ・・・
「 ・・・! きゃ・・・ 」
「 ・・・ もう ・・・ 会わない・・・! 」
彼はするり、と彼女を引き寄せ、しっかりとそのたおやかな身体を胸に抱いた。
・・・ さ よ な ら ・・・・
ジョ− ・・・・ ! ああ・・・ これっきり、なんて・・・!
「 ・・・・・・・ 」
やがてジョ−は彼女を離すと にっこりと笑った。
そして そのまま黙って踵を返した。
カツカツカツカツ ・・・・
あの日。 あなたと初めて見つめあったあの日は ・・・
こんな別れの日を迎えるため、だったのかしら。
フランソワ−ズは 遠ざかってゆくジョ−の背中をいつまでもじっと ・・・ ただじっと
見つめ続けていた。
ごく当たり前の生活の中で 時折思い出す<あの日々>は 次第に現実味を失い
ともすれば 映画の中のワンシ−ンみたいな色合いを増していった。
日常という流れに乗って 平凡に自然に暮らしてゆく・・・・
もしかしたら。 このまま・・・ 何事もなかったかのように 当たり前の人生を
送ってゆくことが 出来るかも・・・しれない。
フランソワ−ズはふっと そんな <夢> を見てしまうことすらあった。
東南アジアで。 ギリシアの南の果てで。
生と死の境目を駆け抜けた日々はいつしか ラベンダ−の匂いする引き出しの
そのまた一番奥に仕舞いこまれていった。
「 今日が楽 ( らく : 千秋楽 その公演の最終日 ) なんだろ。
観にゆけなくて・・・すまんな。 」
その朝、出掛けに兄は何度も同じことを言っていた。
「 いいのよ、お兄さん。 お仕事なんだもの、仕方ないでしょ。
初日とわたしがソロを踊った日にちゃんと観に来てくれたもの。 嬉しかったわ。 」
「 ・・・ やっと 夢が・・・いや、夢への第一歩を踏み出したな。 」
「 ・・・・・ 」
フランソワ−ズは黙って頷いた。 つ・・・っと涙が頬をつたう。
ジャンもなにも言わず 妹を抱き寄せた。
随分と回り道をしてしまったな。 オレが ・・・ あの時 ・・・
お兄ちゃん! もう ・・・ いいの。 わたしは・・・ 今、幸せよ。
「 ・・・ それじゃ。 最後まで気をぬくな。 」
「 ふふふ・・・d'accord! ( 了解 ) お兄さんも気をつけて・・・ 」
「 うん。 じゃ・・・ 行ってくる。 」
「 行ってらっしゃい! 」
いつも通りに 軽く頬にキスを落として兄は出かけ 妹は静かにドアを閉めた。
初めの角を曲がるとき、ジャンは習慣的に振り返りアパルトマンの部屋に目を当てていた。
その日までごく普通の時間 ( とき )が どこにでもいる兄妹の上に流れていた。
「 ・・・・・・ ! ・・・・ 」
コツコツコツ ・・・ コツコツ ・・ コツ ・・・・・
足音は次第に遠ざかってゆく。
「 ・・・・ !! 」
身体を固くし、唇を噛み締め。 足元に増えてゆく水玉模様をじっとにらみ。
・・・ それが限界だった。
全身のチカラをこめて振り向いた彼女の瞳に映ったものは ・・・ 彼の 背中 だった。
ああ・・・! また ・・・ この背中を見送るのね・・・・
・・・ これっきり ・・・ かもしれないわ・・・ これが ・・・
久し振りに見た彼の背中は 全てを物語っている・・・ふうに見えた。
彼の ・・・ ジョ−のこころの内がそこに 見える ・・・ と思えた。
ステ−ジの上で チラリ、と目の隅にその姿を見つけたときよりも、セ−ヌ河畔で聞かされた話よりも
それは 彼女にとって衝撃だった。
もう あんな日々は沢山だ。 殺し合いはまっぴらごめんだ。
やっと ・・・ つかんだチャンスを逃したくない。 せっかくここまで漕ぎ着けたのだ。
もう ・・・ あの<悪夢>は忘れたい・・・いえ、忘れたわ・・・!
・・・ でも。
踊るきみの方がずっと好きだ ・・・ と彼は言った。
機会があったらまた観に来るから ・・・ と彼は言った。
・・・ さようなら。 さようなら 003
ジョ−の言葉ががんがんとココロの中でこだまする。
うそ。 うそつき。 ・・・ あなた、 もう ・・・ 来ない・・・わね?
口の中がからからに干上がり 舌が縺れる。
身体中が抵抗するなか、彼女は全身全霊をこめて声を振り絞る。
「 ・・・ ま まって ・・・! ジョ− ・・・! 」
・・・ その瞬間 音をたてて次の運命のドアが開いた。
「 え・・・っと。 これはレンジにかければいいわね。 あとは・・・っと? 」
フランソワ−ズはキッチンの中をぐるりと見回した。
ガス台でお鍋はぐつぐつ陽気な音をたてているし、美味しいパンも沢山買ってきた。
ジョ−が固執するので 炊飯器 という自動鍋も購入し、これは勝手に活躍してくれるので
随分と助かっている。
「 今日のメインは大人が物色してくるって言っていたし。 」
ふう・・・ これでなんとか10人分の夕食ができあがりそうである。
「 ・・・ あ・・・っと。 いけない、ミルク! イワンのミルク・・・ まだストックがあったかしら? 」
フランソワ−ズはぱたぱたと貯蔵室を確認に行った。
世界中に、それぞれの故郷に散っていた仲間達が集合した。
各地に起きた不穏な事件を追っているうちに とうとうBGは表舞台に打って出てきたのだ。
サイボ−グ達は ギルモア博士の研究所に終結し策を練る日々なのだが・・・
「 ・・・ああ、よかったわ。 粉ミルクは大丈夫ね。 」
赤ん坊を連れてのミッションは それなりに準備が必要なのだ。
それに・・・
あのひと。 ・・・ 本当にずっと一緒にいるつもりなのかしら。
お皿を取り出す手がふと・・・・とまる。
ジョ−に着いてゆこう、再びあの赤い服を纏おう、と仲間達のところにやって来たとき。
懐かしいギルモア邸の玄関口で 一人の見知らぬ少女がフランソワ−ズを迎えた。
「 ・・・ こんにちは。 あの・・・ どなたですか。 」
「 ? ・・・ あなたこそ。 ここはギルモア博士の研究所でしょう? 」
「 そうです。 あなたは? 」
「 ・・・! 」
その少女はやんわりと受け答えしながらも しっかり戸口を護っている。
フランソワ−ズが思わず強引に一歩踏み込もうとした時
玄関の中から陽気な声が響いてきた。
「 おお〜〜 マドモアゼル〜〜! よくぞ来てくれた・・・! 」
「 グレ−ト・・・! 」
「 いや〜〜嬉しいねえ! よく来た、よく来てくれた・・・・! 」
「 ・・・ あの・・? グレ−トさん? この方・・・? 」
「 いやあ〜〜 うん、うん ・・・ いろいろ ・・・あっただろうに・・・
ああ、ヘレンさん。 この麗しき乙女は我らの仲間なんだ。 我らが紅一点・勝利の女神・・
ささ、マドモアゼル・フランソワ−ズ、どうぞお入りめされ。 」
グレ−トは大仰にお辞儀をすると 玄関を大きく開いた。
「 あ・・・ そうなんですか。 ごめんなさい・・・! 私 全然知らなくて。 」
「 おっと。 マドモアゼル、こちらは ミス・ヘレン・ウィッシュボン。
訳あってBGの手からジョ−が救いだしたお嬢さんだ。 」
「 まあ ・・・。 そうなの。 フランソワ−ズ・アルヌ−ルです。 よろしく、ミス・ヘレン。 」
「 こちらこそ・・・ あの、仲間って・・・もしかして、この方も? 」
ヘレンは大きく目を見開き まじまじとフランソワ−ズを見つめている。
「 あ・・・ それは、だな・・・ 」
「 グレ−ト、いいのよ。 ええ、そう。 わたしもサイボ−グ。
あなたを助けたジョ−や このグレ−トと同じ仲間なの。 」
「 ・・・ そうなんですか・・・! 大変だったでしょうね。 」
「 珍しい? ・・・ 妙な気使いはしなくて結構よ。 」
「 珍しいなんて そんな・・・ 」
「 あ・・・ごめんなさい。 言い過ぎたわ。 仲良くしましょう。 」
「 ええ・・・! 嬉しいです、女の方がいらして・・・ 」
「 ふふふ・・・ オトコ所帯の世話で大変だったでしょう?
あ・・・ そういえば。 ねえ、グレ−ト。 ジョ−は? わたし達 パリを別々に出たのよ。 」
「 ウム・・・ それなんだが。 実は今、緊急手術中でな・・・・ 」
「 えっ! ジョ−がどうかしたの?! 」
「 いやいや。 ジョ−ではなくて・・・ ピュンマがな。 」
「 ピュンマが?! 」
「 そうなんだ。 」
グレ−トの顔から すっと笑みが消えた。
そういえば 邸の中はし・・・んと静まりかえっている。
その静けさの中に 暗い影が潜んでいた。
フランソワ−ズは背筋を這い上がってくる悪寒を むりやり無視をした。
「 そう・・・。 それじゃ博士のお気に入りにロシアン・ティをつくっておくわ。
ねえ、あなた。 お茶の用意をてつだってくださる? 」
「 え・・・ ええ。 」
フランソワ−ズは殊更明るく言い放つと さっさとキッチンに向かった。
この邸の女主人は ・・・ わたしなんだもの。
皆は、そうよ博士だって、 わたしの家族なのよ。
ヘレンという少女は大人しい性格で、 殊更フランソワ−ズと対立したりはしなかった。
黙って彼女の指示にしたがって家事をしていたので 彼らの生活に波風はたたずにすんだ。
・・・ いいコ、なのね。 ・・・ でも ・・・
「 じゃあ・・・あと、お願いね。 わたしはイワンをねんねさせてくるわ。 」
「 はい、わかりました。 」
フランソワ−ズはエプロンを外すとレンジの前を離れた。
「 まったくね〜 このオトコ所帯ですもの、食事の用意だけでも大変なの。
ヘレン あなたがいてくださって本当に嬉しいわ。 」
「 ・・・・ 私 ・・・ 申し訳なくて。 皆さんの邪魔をしてばかりで・・・ 」
ヘレンは俯いたまま モジモジとエプロンの裾をいじっている。
「 ああ・・・アルベルトことはどうぞ気にしないで。
彼、・・・ううん、わたし達みんなナ−ヴァスになっているの。 」
「 ・・・ はい ・・・・ 」
「 あなたも少しは知っているかしら。 わたし達 BGから逃れてきたの。
そして たった9人で闘っているのよ。 だからどうしても些細なことにも神経を尖らせてしまうの。」
「 はい・・・ 」
「 あ、もう皆疑ったりしていないから 安心してね。 」
明るい口調で言うと フランソワ−ズはキッチンから出て行った。
・・・ そうよ、疑ったりしていないわ。
それでも ・・・ あなたのコトが気になるの・・・
背後に皿小鉢が触れ合う音をききつつ フランソワ−ズの笑顔はすっかり消え去っていた。
久々のギルモア邸でであった少女・ヘレン。
聞けば気の毒な境遇だし、サイボ−グ達と同じくBGに付け狙われていている身の上らしい。
一緒に生活してゆくことに異存はなかった。
それに 女手のまるでないこの邸では彼女がいてくれることで随分と助かっている。
「 ・・・ふん。 オレはまだあの女を信じちゃいないぜ。 」
アルベルトは最初から疑いの目をむけ、それは今でも変わることがない。
他のメンバ−達は だんだんと打ち解けゆきヘレンに同情的になってきている。
そう・・・ 特にジョ−は優しい気遣いをするのだった。
・・・ ジョ− ・・・。 彼女が ・・・ 気になるの?
こっちを向いて。 わたし ・・・ あなただけを見て着いてきたのよ・・・
気がつけば彼の姿を追っていた。
あの日。 見守る気持ちで眺めていた 彼 を 今は縋る想いで見つめ続けているのだった。
各地でBGと思われる不穏な動きが見え隠れしている。
幸いなことにサイボ−グ達が暮らすこの極東の国には まだ波及してきてはいない。
サイボ−グ達は イライラと日々を送り ・・・ 次第に個人行動が目立つようになった。
「 博士。 ジョ−を知りません? 」
「 ・・・ うん? 」
フランソワ−ズは遠慮がちに博士の書斎に顔をだした。
もうもうと篭る煙草の煙の中から博士は 戸口にふりかえった。
「 包帯、替えたほうがいいと思って部屋にいったら いないんです。
・・・ あの ・・・ ヘレンも ・・・ 」
「 ふむ? いや、わしは何も聞いてはおらんよ。 ヘレンと一緒なら無茶はしまい。
そんなに案ずることはない。 」
「 え ・・・ ええ ・・・ 」
「 出歩けるということは あの打撲のダメ−ジからかなり回復した証拠じゃし。
お・・・ もうこんな時間か。 おっつけ帰ってくるじゃろうよ。 」
「 そう ・・・ ですよね。 あ、ごめんなさい、お邪魔しました。 」
ドアを閉める時にはすでに博士は 思考の深遠に没頭していた。
・・・ ヘレンと一緒だらから・・・ 気になるのに・・・
キッチンに戻ってからも 彼女はしばらくシンクの前に立ち尽くしていた。
窓から見える西の空が茜色に染まっている。 明日もいい天気なのだろう。
ジョ− ・・・ ! こんな時間に ・・・ 何処へ行ったの?
わたしには ・・・ なんにも言ってくれないのね。
昨日、ジョ−は頭に大怪我をして戻ってきた。
東京で人と会う約束があるから・・と出かけたの宵の口だったのだが.、
かなり遅くなってから ふらふらとひどい状態でギルモア邸に戻ってきた。
「 ?? ジョ− !! どうしたのッ!? 」
「 009! どうした? あ・・・ 頭に! 」
「 おい、大丈夫か、ジョ−? 」
仲間達はてんでに叫び 倒れこんだジョ−に駆け寄った。
彼は防護服を着ておらず、頭から夥しい血を流していたが ・・・ なぜか包帯を巻いていた。
「 ・・・ ううむ ・・・ これはひどい。 人工頭蓋骨がなかったら即死じゃな。 」
「 009? いったいどこで、誰にやられたんだ? 」
仲間達の問いかけには 一切答えずに、ジョ−はヘレンにかなりきつい口調で問いかけた。
そして。
「 うそつけッ!! 」
自分はずっとここに居た、双子の片割れも姉妹もいない、という彼女の答えに
ジョ−は珍しく激昂したが ・・・ それきり口を閉ざしてしまった。
「 すこし ・・・ 休ませてくれ。 一人で考えさせてくれ・・・ 」
彼は頭を抱えこみ ソファに身を埋めてしまった。
「 ・・・ ジョ− ・・・、もし傷が痛むようなら・・・ 」
「 003。 」
アルベルトに促され、サイボ−グ達は全員部屋を出て行った。
ジョ−・・・・! どうしたの?? なにがあったの。
お願い・・・ 何か言って。 お願い ・・・
フランソワ−ズは精一杯 こころの中で呼びかけたが 彼の篭った部屋のドアは
その夜、一晩中開くことはなかった。
そして
今日、ジョ−はほぼ回復したらしかったが、食事時以外は部屋から出てこなかった。
夕方になり、気がついた時には彼の姿はギルモア邸から消えていた。
「 本当に ・・・ 何があったのかしら。 なにか手がかりをつかんだのかしら。
あまり一人で行動しない方がいいのに・・・ 」
「 う〜ん ・・・ ま、時期がくればちゃんと話してくれると思うよ。
彼も今、いろいろ思索しているんじゃないかな。 」
コ−ヒ−を淹れにきたピュンマが ぽん、と肩を叩いてくれた。
「 ・・・ ええ ・・・ 」
「 あんまり気にするなって。 あ、食事の支度手伝うよ? 」
「 あ・・・ううん、大丈夫よ。 ありがとう、ピュンマ。
わたしこそ・・・ 見張りのロ−テ−ションに入れなくてごめんなさいね。 」
「 そんなこと。 僕、今から休憩だからいつでも声をかけてくれよね。 」
「 ・・・ ありがとう! 頼りにしているわ。 」
ばちん・・・とウィンクを残すと ピュンマは自室に引き上げていった。
・・・・ 他の皆も疲れているもの。
食事の用意は わたしがしっかりやらなくちゃ・・・
そうだわ。 今日はジョ−の好きなものにしよう。
フランソワ−ズはのろのろと冷蔵庫をあけるとレタスやら大量の冷凍食品を出し始めた。
月がとっても青いから・・・とジョ−は言っていた。
あれは そう、まだ今日のことなのだ。
今 その月は中天にあり、さえざえと白い光を放っている。
日付はとっくに変わっていて、もともと辺鄙な海べりにあるこの邸の周辺は静まり返り
波の音が繰り返し響いているだけだった。
「 ・・・ ふうう ・・・・ 」
フランソワ−ズはテラスにぼんやりと凭れ 大きく息をついた。
なんという一日だったのだろう。
夕方、いや夜になるまでは いつもとあまり変わらない日で ただいらいらと<待って>いた。
月が昇るころ。
ジョ−はヘレンと共に帰宅した。
「 うん・・・・ ちょっとね。 ドライブに行ってきたのさ。 」
口調とはうらはらにジョ−は沈んでいたし、ヘレンは腫れぼった目を見られたくなくて、
俯いたきりだ。
泣いていたのね。 ジョ−・・・! ヘレンに何を言ったの??
フランソワ−ズはいたたまれなくて席を外したが 彼女こそが泣きたかった。
しかしそんな感傷に浸っていたのはそこまでだった。
都心のオフィスでも <仕事> はとんでもないオミヤゲを残した。
ひとりの少女と。 対超音波砲というとてつもない機械 ( メカ ) と。
てんでに活動していたサイボ−グ達は やっとひとつに纏り始めた。
「 ・・・ これから・・・ どうなるのかしら。 」
フランソワ−ズは忍び込む夜気に 襟元をかきあわせた。
もう ・・・ やすまなくちゃ。
ふとテラスから身を向きなおしたとき。
「 行くしかないよ。 」
「 ・・・?! ジョ−・・・! 」
「 ごめん、脅かしてしまった? 」
彼女のすぐ後ろに ガウンを羽織ったジョ−が立っていた。
「 あ・・・ええ。 ちょっと・・・ びっくりしたわ。 」
「 ふふふ・・・ごめん。 でもぼくも驚いた。 もうとっくに眠っていると思ってたから。 」
「 なんだか ・・・ 眠れなくて。 あんまりいろいろなことがありすぎて ・・・ 」
「 ああ。 そうだなあ・・・ 」
ジョ−はテラスに出ると フランソワ−ズのすぐ隣に立った。
「 ビ−ナ達は? 」
「 今晩はともかくやすんでもらったわ。 」
「 そうか・・・ 博士も あのブツは明日調べると言ってたし。 」
「 ・・・ 明日、ね。 運命の日なのかしら。 」
「 え? 可笑しなコト、言うね。 ぼく達は自分の意志で進んでゆくだけだよ。 」
「 ええ ・・・ それは そうだけど。 」
「 なあ。 ・・・そのう ・・・ いろいろ・・・ごめん。 」
「 ジョ−・・・? 」
「 フランソワ−ズ。 ・・・ 愛しているよ。 」
「 ・・・・!? 」
「 あ、ごめん・・・ 迷惑だった・・・かな。 」
「 ・・・・・・・・・・ 」
フランソワ−ズはだまって、ただただ首を横に振り続けた。
ジョ−の腕がするり、とフランソワ−ズの肩に回された。
・・・ ことん ・・・
細くしなやかな身体はごく自然に彼の胸におさまった。
彼は彼女の唇を求め 彼女は彼の口付けを求めた。
求め合い 与え合い ・・・ 二人は互いにしっかりと抱き合った。
「 ・・・ ねえ?
わたし、ずっと信じていたわ。 あの日から ・・・ この時が来るって。
必ず・・・ 来るって。 」
「 ・・・ あの時。 あの島で、ぼくはぼくの意志できみの声を信じたんだ。
だから・・・ これはぼくが選び取ったぼくの運命なのさ、 あの日から。 」
「 ええ・・・ そうね。 わたしはわたしの意志であなたに吐いてきたの。
誰に強制されたわけじゃないわ、わたしが決めたわたしの運命なの。
でも・・・ それはあの島で、あの日から 始まったのよ。 」
「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・ 」
「 ジョ− ・・・・ 」
ジョ−はひょい、と彼女を抱き上げた。
そしてテラスからリビングを抜け、ゆっくりと彼の部屋に向かった。
「 ちぇ。 もうすぐ夜明けなんだなあ・・・ 」
「 ・・・ 009? 単独行動は感心しないって言ったでしょう? 」
「 一人じゃないだろ。 ・・・ ぼくの ・・・ ひと。 」
こそ・・・っとジョ−は囁いて、彼女をそっとベッドに降ろした。
「 ・・・ 約束して? 」
「 なにを。 」
「 わたしを、ううん・・・ わたし達をおいてゆかないって。 言ったわよね。 仲間なんだ、って。 」
「 一緒だよ、どこまでも ・・・ 一緒だ。 」
「 ・・・ そう、 そうね ・・・ あ ・・・ 」
ジョ−は静かに彼女の襟元に手をかけた。
持ち主よりも遥かに饒舌な彼の指が そっと ・・・ 彼女の胸をたどる。
なにが待っていても 恐くなんかない。
・・・ ジョ−、あなたの隣にいるのだから。
なにがあっても 後悔なんかしない。
・・・ ジョ−、あなたをしっかりと見つめているから。
半分引き忘れたカ−テンの間から 星空が見えた。
「 ・・・ あ ・・・ 流れ星 ・・・! ほら! 」
「 え ・・・ ああ、本当だ ・・・ すごいな・・・・ 」
絡まり合う二人はしばし動きをとめ、濃い藍色になってきた空を見つめた。
「 なにを願ったの。 ・・・世界の平和? 」
「 いや。 ・・・ きみの幸せを。 」
「 ・・・ ジョ− ・・・! それじゃ それはあなたの幸せ、ね。 」
「 ?? 」
「 わたしの幸せは あなたと共に生きることだから・・・ いつも ずっと、これからも。 」
「 フラン・・・ フランソワ−ズ・・・! 」
ジョ−は熱い彼自身を 彼女の奥深くに埋めた。
・・・ あ・・・ ああ・・・ 星が ・・・!
フランソワ−ズの固く閉じたまぶたのうらに 幾千もの星々が奔流となって流れた。
それはサイボ−グ達が地下の世界に身を投じる前の晩だった。
次に星が流れたとき。
二人は一緒ではなかった。 そして二人の願いは・・・・。
< ・・・ ツカマエタ・・・! >
ちいさな呟きが 全員の頭に隅に届いた。
************** Fin. **************
Last updated
: 05,06,2008.
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****** ひと言 *****
や〜っと終りました〜〜
<あの日>からヨミ編ラストまでの裏事情・・・ってかフランちゃん目線♪
初めの <お姉さん目線> が ちゃんと <恋人目線> になって欲しかったので・・・
勝手に捏造してみたのでした。
・・・ やっぱり <そうだったらいいのにな〜> ですねえ♪
こんなのもアリかな♪って楽しんで頂けましたら幸いです。