『 ここに ― (2) ― 』
§ いつでも側に ( 承前 )
ボクの最初の記憶って ふんわり温かくて楽しいことばっかりなんだ。
いつだって父さんと母さんに挟まれて ボクは安心して眠っていた。
父さんも母さんもとてもとても賢くて 二人が < お仕事 > をする時、
ボクは人々が感嘆の声をあげるのを いつだってとても誇らしい気持ちで見ていたんだ。
「 ほうら ごらん? お前の父さんと母さんの賢さにあんなに多くの人達が感心しているよ
嬉しいことよのう・・・ 」
ぽんぽん ・・・ 大きなシワの多い手がボクのアタマを優しく撫でてくれたよ。
「 はい! 」
「 ふぉ ふぉ ふぉ ・・・ お前もなあ 大きくなったら父さんと母さんのように
いやきっともっともっと賢くなるじゃろうなあ。 」
「 ・・・ ボク なれるかなあ・・・ 」
「 大丈夫じゃよ。 ようく父さんと母さんの < 仕事 > を見ておくのじゃぞ。 」
「 はい! 」
ボクは 飼い主の老人 ― 博士 と父さん達は呼んでいたけど ・・・ の手を舐めた。
柔らかくて温かい ・・・ 優しい手なんだ。
この手で撫でてもらうと ボクはとても幸せな気持ちになれるんだ。
父さん達のお仕事が終ると ボクたちは博士を守ってお家に帰る。
古い家だけど 実はね、奥の方には立派な < けんきゅうしつ > があるんだ。
そこには博士のお許しがないと入れないよ。
ボクは子供だから 用事はないけど ・・・ 時々父さんと母さんは博士に呼ばれて
中に入っていった。
博士のお仕事って ボクにはよくわかんない。
でも いつだって優しいしおいしい御飯をくれるし。 ボクは毎日のんびり暮していた。
うん。 楽しい思い出ばっかり さ。
だからね〜 皆 そうなんだろうな〜って思ってたんだ。
チビの頃ってのは 皆 優しい父さんと母さんに挟まれて楽しい日々を送っているんだ ってね。
― けど。 そうじゃなかった。 そうじゃないヒトもいたんだ。
「 そうか〜 いいなあ お前は。 」
ご主人様は にこにこ笑ってボクのアタマを撫でてくれる。
ボクね、 よくご主人様とおしゃべりをするんだ。 小さな頃のこととか・・・いろいろ
お話したよ。 そんな時、いつでもにこにこ・・・聞いてくれるんだ。
「 羨ましいな。 そんなに楽しい思い出が沢山あって ・・・ 」
「 くう 〜〜〜ん ? 」
ご主人様は セピアの瞳がちょっと淋しそうな色になって でも笑っていてくれた。
「 ・・・ くぅ〜〜ん きゅ〜〜ん ・・・? 」
「 あは ・・・ なんでもないよ。 ぼくにはそんな楽しい思い出が無いから・・・
ちょっと羨ましかったのさ。 お前は幸せものだよ、 クビクロ。 」
「 くう〜〜??? 」
「 だってさ、 思い出は宝モノだよ。 お前は両親と幸せな子供時代をすごしたんじゃないか。
父さんと母さんの思い出、沢山あるんだろう? 」
「 ワン!! 」
パタパタパタ ・・・ ボクは盛大にシッポを振った。
「 いいなあ ・・・ ぼくは ― 父さんも母さんも ・・・ 顔も知らないんだ。 」
「 ・・・ きゅ ぅ 〜〜〜 ・・・・? 」
ボクは困ってしまって ・・・ ぺろり〜〜ん・・・!とご主人様の顔を舐めてしまった。
「 うわ・・・っぷ♪ あははは ありがとう、クビクロ〜〜 慰めてくれたのなかなあ 」
「 ぅわん! 」
「 そうかそうか うん、 ありがとう。
でもね〜 今、 ぼくは最高に幸せだもんな〜 だから辛かった思い出ハナシ とか
できるのかもしれないなあ ・・・ 」
「 くぅ〜〜〜?? 」
ご主人様は ボクの首をなでつつ、なんだかとて〜〜も幸せそう〜に笑った。
ボクのご主人様は ― わんこでいったら まあ やっと仔犬の時期を脱却し、
そろそろ縄張り宣言をするかな・・・って年頃の若いオス・・・ じゃなくてオトコノコさ。
ふっふっふ・・・まだまだ仔犬臭くて頼りないって時期だな。
そんなご主人様とボクが出会ったのは ・・・ うん、 雨みたいに葉っぱがくるくる舞い落ちてくる季節だったよ。
・・・ 悲しい日 ボクの一番悲しい日 さ ・・・
あの日 ― 母さんに取り縋って 鳴いて鳴いて ・・・ 泣いて。
どんなに鳴いても呼んでも 母さんは目を開けてくれなかった。
父さんも ・・・ そして博士も。 それでもボクはずっと ― 鳴き続けていた。
落ち葉がボクの涙みたいに ・・・ ぱらぱら はらはら・・・ 散っていたっけ・・・
父さん ・・・ 母さん ! 博士〜〜 おきてよう ・・・・
くぅ〜〜〜ん ・・・ くん くん きゅう 〜〜〜・・・
「 ・・・ 可哀想に ・・・ お前もひとりぼっちかい? 」
温かい手が ボクをひょい、と抱き上げた。
「 ・・・ ク ・・・ クゥ 〜〜〜 ? 」
ボクはびっくりして顔を上げたら ・・・ 茶色の瞳がじ〜っとボクを見下ろしていた。
優しい目 だね ・・・ あ 涙 み〜つけ。
そのヒトはボクをしっかり腕に抱いたまま ・・・ 倒れている父さん達を見ていた。
そして眉を顰め呟いた。
「 ひどいな。 これは単なる事故じゃあないな。 放っては置けない ・・・が 」
そのヒトは マフラーを外すとボクをしっかりとくるんだ。
えへ・・・ あったかい・・・
「 さ ― 吼えるよな? こっそり ・・・電車に乗ってもらうからね。 」
「 わん?? 」
「 なあ ― 一緒に ・・・ 暮そうよ。 な? 」
「 ― わんっ ! 」
ボク ・・・ このヒトのこと、 な〜〜んも知らないよ? 父さんと母さんと博士は なんて言うかな。
知らないヒトに かってに付いていってはだめ。
ずっと母さんに言われたいたことなんだけど。 ずっと守ってきたことなだけど。
― でもね。 その時に聞こえたんだ。
さあ 行け! そのヒトがお前のご主人様だ。
父さんと母さんの声が 聞こえたんだ、 確かに 聞こえたんだもん。
ボクは ふんわりしたマフラーにぐるぐる巻きになりつつも ちょっと安心していた。
「 ほら ・・・ 起きろよ? 」
「 ・・・ きゅ ・・? 」
どうやらボクはうとうと ・・・ マフラーに包まれて眠っていたらしい。
「 ・・・ くう? 」
「 さ ここがお前のウチさ。 今日からぼくとお前は 家族 なんだ。 」
「 く〜〜〜う? 」
「 あ ぼくは ジョー。 島村ジョー っていうんだ。 お前は ・・・ う〜〜ん
なんて名前がいいかな? 」
「 わん? 」
< ジョー > は ボクのアタマや身体を優しく撫でてくれた。
「 ・・・チビ ・・・じゃあなあ。 お前、多分でっかくなりそうだし。
・・・ ポチ ってカンジでもないし ラッシー とか ヨーゼフ ・・・は種類が違うよなあ ・・・・
あれえ お前 首の周りだけ黒い縞があるのな? へえ・・・・
そういえば お前の両親は黒毛のと茶毛だったよね。 」
「 ・・・ きゅう ・・・ 」
「 あ ごめん ・・・ 悲しいこと、思い出しちゃった? 」
ぽんぽん ・・・ アタマに乗せたくれた手が温かい。
「 ― クビクロ。 うん、 それでどうだい? 」
「 わんっ! 」
「 あは 決まり〜〜 お前の名前は クビクロ です♪ 」
「 わん わん わん〜〜〜〜♪ 」
えへへへ ・・・ 名前、 もらっちゃった♪ ご主人様にもらったんだよ〜〜
それもね、一生懸命考えてくれたんだ〜 いいでしょ?
― クビクロ。 ふふふふ シロ とか ポチ とか ジョン とか ・・・
ありふれた名前じゃないんだ。 ボクと同じ名前のヤツって いないぜ?
ボクは胸を張って ご主人様の前で大きな声でお返事をした。
「 ボク クビクロです、 ご主人様 ! 」
それからボクたちは 最高に幸せな日々を送ったんだよ。
「 さ〜 ここがお前の新しい家だ。 」
ぐるぐる巻きのマフラーから脱出して ボクは広いポーチに立っていた。
フンフンフン ・・・ 木の匂いとなにか美味しそうな食べ物のにおい、そして
あ ・・・ ここ 海岸のすぐ側じゃん? 潮の香りをボクのハナは感知した。
「 ワン? クンクンクン ・・・ 」
「 ははは もうわかったのかな。 うん ウチは海のすぐ側なんだ。
な〜 毎朝一緒に散歩しようぜ。 海岸沿いをさ ず〜〜〜っと走ろうよ。 」
「 ワン!! 」
「 それに この辺りには民家も少ないから ・・・ 放し飼いしても多分大丈夫さ。
そうだな〜〜 このテラスにお前の小屋を作ろうかな。 」
「 クゥ 〜〜〜 ン ・・・ 」
ボクはもう嬉しくて 嬉しくて ・・・ ご主人様の手をやたらとぺろぺろ舐めてたんだ。
― うん? なんかすごく ・・・ いい匂い !?
ボクたちの後ろから ふわ〜〜〜ん ・・・とステキな雰囲気がやってきたよ。
いい匂い、ってね、 う〜ん ・・・骨付き肉の匂いとボクの母さんの匂いと花の香りと そんなのが
まぜこぜになったみたいな ― ものすご〜〜くステキな匂いなんだ。
「 ・・・ ワン?? 」
「 ― お帰りなさい ジョー。 あら!? ワンちゃん? あらあら ・・・・ 」
ステキな雰囲気 は 白くて細い指を持っていてボクのアタマをふんわり撫でてくれた。
そして ― その後 ボクはその白い手に てきぱきと暖かいお風呂で洗ってもらって
ヴォ〜〜〜って温かい空気で乾かしてもらって ゴシゴシ〜〜って柔らかい布で拭いてもらって
「 ・・・ ほうら ・・・ 出来上がり♪ 」
白い手さん はにっこり笑ってボクを きゅう〜〜〜っと抱っこしてくれた。
あ ・・・ やっぱりちょっとボクの母さんと同じ匂いがする ・・・
「 あは ・・・ 凄いなあ〜 フランソワーズ。 ありがとう〜〜 」
「 うふふ ・・・ 可愛いワンちゃんねえ・・・ ね、 ちょっと怪我をしているわよ。
薬を塗ってあげましょうよ。 人間用のでも ・・・ 大丈夫よね? 」
「 あ ・・・ うん 多分 ・・・ 」
「 ねえ このコ ・・・ どうしたの? 事故にでも遭ったのかしら。 」
「 ウン ・・・ ワケあり、でさあ。 放っておけなくて ― 連れてきちゃったんだけど ・・・
あの ・・・ ウチで飼っても いいかな。 」
「 あら ジョーのワンちゃんなのでしょう? 」
「 あ・・・ うん ・・・ 」
「 なら 別にいいのじゃない? 一応博士に伺ってみるけど ・・・
ウチの番犬になってくれるでしょうし わたしは大歓迎〜〜 ワンちゃん、大好きよ。 」
「 うん 博士には傷薬の件でも相談したいし。 わあ うれしいなあ
なあ クビクロ。 このヒトはこの家の 」
「 ワン !! くう〜〜〜〜ん〜〜 ・・・・ 」
ボクは 白い手さん の腕の中です〜〜りすりすり ・・・ あったかい胸に鼻面を擦りつけちゃった。
うふふふ ・・・ ご主人様〜〜 ボク、わかっちゃった♪
ステキな彼女ですね〜〜 ・・・ ちょっと妬けるけど まあ いいや。
だってボクの母さんと同じ匂いがするもん。
だってボクの父さんと同じ目で彼女のこと、見ているでしょう?
うん このヒトは ご主人様のコドモを生むヒトだね そうでしょ? ボクの直感さ。
「 あは ・・・ コイツめ〜〜〜 もう甘えてる・・・ 」
「 うふふ ・・・ふわふわで暖かい・・・ あ ねえ なんて名前なの。 」
「 あ ・・・ うん ・・・ クビクロ ・・・って。 ヘンかなあ・・・ 」
「 クビクロ? ああ ここに黒い縞が入っているのねえ 可愛い名前じゃない? 」
「 そ そう? あ ・・・ なにかさ、この家に廃材とかあるかなあ。 」
「 廃材? 」
「 うん。 コイツの家を作ってやろうと思ってさ。 」
「 ― それならロフトにいろいろ ・・・ 転がっとるぞ。 」
「 あ 博士 ・・・ 」
ウチの奥から 髪も髭も白いご老人が出てきたよ。 博士 だって。
ボクの < はかせ > と ちょっと似た雰囲気のヒトだ。 匂いも ・・ 似てる。
シワシワのほっぺだけど 目は優しく笑っている。
「 ・・・ ワン? 」
「 おお おお ・・・ 可愛い子犬じゃな。 ジョーの犬かい。 」
「 あ ・・・ 拾って来ちゃったんですけど ・・・ あの〜 飼ってもいいですか。 」
「 あ? 別に構わんじゃろ。 ウチの番犬にもなるじゃろうし。 」
「 わあ よかったなあ〜〜 クビクロ〜〜 この家の主、ギルモア博士 さ。 」
「 ワン!! 」
「 おお 元気がよいうのう〜 ヨシヨシ・・・ 」
大きな、シワっぽい ・・・ でも暖かい手がボクのアタマを撫でてくれた。
「 うむ、 大きくなりそうじゃな。 うん? 怪我をしとるのか 」
「 あ ・・・ はい。 ちょっと事故に遭ったみたいで ・・・ あの 傷薬って
人間用ので大丈夫ですか? 」
「 あ〜 一応すこし 希釈した方がいいじゃろうな。 よしよし、今消毒薬と傷薬を持ってきて
やろうな。 」
「 ありがとうございます! じゃあ ボク 廃材を取ってきます。 」
「 じゃあ わたしはゆ〜〜っくりこのコと遊んでいるわね。 ねえ〜〜 クビクロ♪ 」
「 く ゥ 〜〜〜〜〜ん ・・・ ♪ 」
「 あ〜〜 コイツめ〜〜〜 お前、やっぱオトコだなあ〜 美人が好みかい。 」
「 わん!!! 」
「 ちぇ・・・ いいお返事ですね〜 」
「 わわわん〜〜〜 きゅう〜ん♪ 」
「 うふふ ・・・ さあ一緒に遊びましょ、クビクロ〜 」
ボクはちょんちょん ・・・ このキレイなお姉さんの足元に座り込んだよ。
「 う〜〜・・・・ お前はライバルか〜〜 」
ご主人様は わん!って吼えたそうな顔で 出ていった。
― こうして ボクの新しい生活が始まった。
ボクの家はテラスの端に置いてもらって 番犬の役目を仰せ付かったよ。
うん、とっても嬉しかった。 だって ボクはもう仔犬じゃないもん。
しっかりこのウチの人達を守らなくちゃ ね。
美味しい御飯と快適な小屋に温かい寝床 ― もう最高の日々さ。
朝と晩 ご主人と一緒に海辺を走るんだ。
き〜〜もちいい〜〜〜・・・!!
「 さあ〜〜 行くぞ クビクロ〜〜 」
「 わわン ・・・! 」
「 お 速いな〜〜 さすが〜〜 」
「 わんっ !! 」
ボクたちは先になったり後になったりしつつ 海岸線を駆け抜ける。
途中の岩場で ちょっと休憩して。
「 よかった。 すっかり元気になったね、 クビクロ 」
「 わん。 」
「 なんかちょっと大きくなった・・・よあな? うん? 」
「 わわん ♪ 」
「 あは ・・・ こらあ〜〜〜 そんなに舐めるなよ〜〜〜 」
「 わわん〜〜〜♪ 」
「 ふふふ ・・・ お前、笑っているね? よかったぁ〜〜 」
「 わん? 」
「 あの事故で ― ずっと元気がないなあ〜って心配してたんだ。
ウチに来てからも ・・・ その ・・・ あんまりはしゃいだりしてないみたいで さ。 」
「 わん! 」
「 あはは そうか〜 それじゃ ・・・ 元気なお前の姿を見て ・・・
お父さんも お母さんも 喜んでいるよ。 ああ きっと な。 」
「 くぅ 〜〜〜ん ・・・・! 」
ボクはなんだか きゅう・・・っとなって思わずご主人様の脚に 鼻面をこすりつけてしまった。
「 うん? なんだ〜 甘えん坊だなあ、クビクロ。 大きくなったのは図体だけかい。 」
ワサワサワサ ・・・ ご主人様はボクのアタマから背中へと撫でてくれる。
「 お前は覚えていないかもしれないけど。 ぼくはお前の父さんと母さんのことも
見たことがあるんだ。 」
「 くう 〜〜〜 ? 」
「 うん、桜の季節だった・・・ とても賢い犬たちで・・・ 小さなお前はちょこん、と座って
誇らし気に父さんと母さんを見ていたなあ ・・・ 」
「 ・・・ あの時 ・・・ ご主人様も見てくださっていたのですか? 」
「 可愛いなあ〜って思ったんだ。 」
「 わん! 」
「 なあ ・・・ クビクロ。 お前が羨ましいなあ ・・・ 」
ご主人様は ボクの首をさすりつつ話しかけてくれているのだけど ・・・
もしかして < ひとりごと > ってヤツかもしれない。
「 父さんと母さんと ― ずっと一緒だったんだろう? 父さんや母さんの温かい腕を
優しい胸を知っているんだもんなあ ・・・ 」
「 くうん ・・・・ 」
「 ぼく さ。 親の顔、知らないんだ。 父さんのことなんて 名前もわからない。
母さんのことは全く覚えていない。 」
「 ・・・ くう〜〜〜 ・・・・ 」
「 だから < 思い出 > もないんだ。 」
「 きゅう〜ん ? 」
「 え? フランのこと? ・・・ 好きさ 大好きだよ。 ぼくの大切なヒトなんだ。
彼女との思い出は これから作ってゆくよ。 けど ・・・ 」
「 ・・・ わん? 」
「 やっぱり親のこと、 知らないって ・・・ さみしいな って思うよ。 」
ご主人様は ず〜っと俯いているから長い茶色の前髪で顔は見えない。
でも ボクにはちゃんとわかる。
ご主人様 ・・・ 泣いてる ・・・・
悲しまないで! これから きっといいことがあります
ボクのカンって当たるんだよ?
ペロリ ・・・ ボクはご主人様の手のひらを舐めた。
「 ・・・あは ・・・ あり がと ・・・ ふふふ ・・・だらしないよな? 」
「 そんなこと ありません! 」
わわん! とひと声鳴いて ボクは岩場から走り出た。
「 わん! ワワン 〜〜〜 」
「 うわ・・・・ 待ってくれよ? もっと走りたいのかい? 」
「 わん!! 」
ボクはひと声高くなくと たたた・・・っと走り始めた。
「 うわ〜〜 おい 待ってくれ〜〜 お前、ズルいぞぉ〜〜〜 」
わんわん わわわん ・・・・! ザザザザザ ・・・・
ボクたちは叫んだり笑ったりしつつ 誰もいない秋の海岸線をず〜〜〜っと
走っていった。
「 あははは ・・・ お前ってすごいなあ〜〜 」
「 わん! わんわん 〜〜〜 」
ボクたちは笑ったり走ったり ― ウチの前まで戻ってきた。
― ばたん ・・・
二階の窓が開いたよ? あ。 あのヒトだあ〜〜♪
「 ジョーォ ? そろそろ晩御飯よ〜〜 上がって手を洗って? 」
「 フラン〜〜〜 ただいま。 あ クビクロの御飯も出来ている? 」
「 ええ。 あのね、肉屋さんに大きな骨があったから貰ってきたの。
それ ・・・クビクロに上げてくれる? 」
「 わお〜〜〜♪ おい 聴いたかい? 骨だってさ 〜〜 」
「 ・・・ く〜〜〜〜ん 〜〜〜 」
「 よかったなあ〜〜 さ お前もちょっと拭いてやるから ・・・ ここでまっておいで。 」
ご主人様はすたすたと裏口の方に回っていった。
あは ・・・ もう さ〜いこう・・・! だなあ〜〜 ボクは満足してパタパタ盛大にシッポを振った。
うん。 ボクはね、皆の言葉も判るし ・・・ 本当の気持ち とかも判るんだ。
ボクの母さんが言ってた。
「 坊や ・・・ お前はとても賢く生まれついたけれど ― それがお前の幸せを
壊すことになりはしないか ・・・・ 母さんは心配だわ。 」
父さんも時々話してくれた。
「 父さんや母さん そしてお前も ・・・ 普通の仲間より賢いんだ。
博士のように理解のある人間もいるが そうでないものもいるだろう。
お前の < ちから > を 人前では使わないほうがいい。 」
ボクの < ちから > ― それは。 できれば使いたくない、って思ってた。
「 はい 父さん。 」
「 お前が ・・・ < ちから > なんかに関係なく幸せに生きてゆけることを祈っているよ。 」
「 はい! 」
― けど。 ボクは決めている。 ボクがボクの < ちから > を使う時のことを。
・・・ だって。 ボクの父さんと母さん、 そして 飼い主の博士は ― 殺されたんだ・・!
ボクは心の奥で いつもいつもいつも ずっとずっとずっと 泣いていた。
「 ・・・ あらぁ ・・・ キレイな空ねえ。 お星様があんなに ・・・ 」
「 うん ・・・ ここは空気もキレイだし ・・・ 満天の星空ってこのことかなあ 」
ご主人様と あの白い手さん が並んで夜空を見上げているよ。
「 ほら あれが カシオペア こっちが 白鳥座 さ。 」
「 え ・・・ どれ どれ? 」
「 北極星がアレだろう? あそこからね ― 」
ご主人様は 夜空を差して一生懸命説明しているよ。
「 ええ ああ そうなの? 」
白い手さんは 熱心に聴いているけど ― ご主人様の横顔しかみていない。
「 で ・・・ こっちのね ・・・ 」
「 ええ? 」
すすす ・・・ ご主人様の手がテラスの手すりを滑って あ。 たっち♪
やったじゃ〜〜ん♪♪
「 ・・・ あ え ええ そう ね ? 」
「 くゥ〜〜〜〜ん わん! 」
「 わ ・・! びっくりしたぁ〜 なんだ お前、こんなトコにいたのかい。 」
「 ぅわ〜〜ん♪ やったネ! ご主人様〜〜〜 放しちゃ ダメですよ? 」
「 え!? あ ・・・ うん 勿論さ! 」
「 くぅ〜〜ん ? ずっと ですよ? 」
「 ああ! ― ・・・ 一生!!! 」
「 きゅ〜〜〜〜〜ぅん ・・・ ! 」
「 なあに? ジョーったら クビクロとなんのお話をしているのォ? 」
「 え ・・・ あ〜〜〜 へへへ ・・・ ナイショ。 なあ クビクロ? 」
「 わわん! そうですとも。 ・・・ あ でもね あとでこっそり〜〜 」
「 そう? じゃ ・・・ あとで ね。 」
「 わん♪ 」
ボクはすごく すごく 満足だなあ。
「 ・・・ おお 天の川が見事じゃなあ ・・・ 」
「 博士。 ええ 今晩は一際見事ですわね。 」
「 あ ・・・ なにか飲み物でも持ってくるね。 星見会ってことで♪ 」
「 おお それはいいのう 納涼 星を見る夕べ じゃな。 」
「 ステキ! あ ジョー、 クビクロにも冷たい牛乳 お願いね。 」
「 了解〜〜 」
この夏の夜 ・・・ ボクは一生忘れない
カチャ カチャ ・・・ ガラスが触れる音 清んだ音が聞こえてきて ・・・
「 お待ちどおさま〜〜 はい どうぞ。 」
ご主人様は 皆に ― ボクにも♪ ― 飲み物を配った。
「 ほ〜〜ら 冷たいぞう〜〜 あ そうそう・・・ あの事故の犯人、検挙されたよ。 」
「 事故? 」
「 うん。 ほら ・・・ コイツの両親を 」
「 おお あの研究者のヒトも斃れた事件じゃな。 ・・・ 轢き逃げ か? 」
「 ― 多分。 あのご老人の服に車の塗料がほんの微量、付いていたらしくて。 」
「 ほう それはすごいな。 しかし無謀なやからもおったものじゃ。
許しがたいのう ・・・ 」
「 本当に ・・・ クビクロ? あなたの両親も浮かばれるわねえ ・・・ 」
「 そうだねえ。 もう ・・・忘れちゃってるかな コイツ。 」
「 きゅう〜〜ん! 」
「 ほらほら そんな忘れっぽくないよ!って。 でも ・・・ もう忘れて? 」
「 うん。 お前はウチのコだ。 ウチで幸せに暮らすんだよ。 」
ご主人様と白い手さんは代わる代わるボクを優しく撫でてくれた。
― ごめんなさい ・・・ 忘れることは できない ・・・
ボクは あの声に逆らえないんです。
ああ ・・・ ずっと ずっと ・・・ ここのウチで暮せたら ・・・!
ずっと ずっと ご主人様と海岸線を走れたら ・・・
いつも いつも 白い手さん の膝に顎をのせられたら ・・・
ああ そうなんだ ・・・ いつかご主人様のコドモたちと遊びたかった ・・・
ちっちゃな可愛いいコドモたち ボクがきっと! 守るからね!
・・・ ホント ・・・ そんな日が くればよかった のに ・・・
けど。 ボクは。 あの声の逆らえない
そうなんだ。 心の奥で ボクに命じる声がある ― 仇 を 討て! 親の仇を!
この声には絶対的でボクは逆らったり無視したり できっこない。
― その夜。 ボクは初めて 独りで遠出をした。
カタン ・・・ テラスに登ってきたら ほんのちょっとだけ音がした。
「 ・・・ いけない ・・・ だれか起きてしまう かな? 」
ボクは慎重に周囲を見回し 窓をず〜〜っと見上げたけれど ― 誰も現れなかった。
「 ふう ・・・ よかった ・・・ まだ夜明けまでちょっとあるなあ ・・・
少し眠ろうかな ・・・ 」
ボクはボクの小屋に静かに近づいて ― ・・・・ え !?
「 ・・・ んん? あ〜 ・・・ 帰ってきたかぁ〜〜〜 クビクロ〜〜〜 」
うそ― ! ご主人様がボクの小屋に寄りかかって寝ていたんだ!
「 きゅう 〜〜〜 ん ・・・・ 」
ボクは飛んでいって ぺろぺろ ・・・ ご主人様の手やらほっぺを舐め捲くったよ。
「 ? あ あははは ・・・ こらぁ〜〜〜 くすぐったいじゃないか〜〜
コイツめ〜〜 朝帰りの感想は? なあ いいオンナはいたかい? 」
「 ・・・ くぅ 〜〜〜ん ・・・ 」
「 あは そっか〜〜 まあ また探すさ。 お前にぴったりないいコはきっといるよ。 」
「 ・・・わん? 」
「 ああ 保証するよ。 ・・・ ふぁ〜〜〜〜 ・・・ ねむ・・・・
ちょ っと ・・・ 寝かせろ ・・・ 」
あ〜〜〜 ご主人様ってば〜〜 ソコはボクの寝床ですよ〜〜う〜〜
「 ・・・ あ そうだ ・・・ クビクロ ・・・ お前はぼくと幸せに生きれば いいんだよ
悲しい思い出は ・・・ 忘れて ね。 うん ・・・ 明日の幸せをみつめて さ ・・・ 」
もごもご言うと ご主人様は かくん、と眠ってしまった。
「 くぅ〜〜〜ん?? 」
ボクは一生懸命、ご主人様のほっぺたを舐めたりシャツを引っ張ったりしたけど。
彼は全然起きてくれない〜〜〜 気持ちよさそう〜にく〜く〜寝てるんだよ。
「 もう〜〜〜 起きてくださいよ〜〜う ふぁ〜〜 あ ぼ ボクも 眠いなあ ・・・ 」
― カタン テラスのサッシが開いたよ。
「 ― ? あら ・・・まあ うふふふ ・・・ 」
・・・ うん? あれ 白い手さん の声だよ? あ〜〜〜! しまったぁ〜〜
ボクは飛び起きた!!
「 ・・・ わ わん!? 」
「 うふふ ・・・ お早う クビクロ。 ねえ ジョーと一緒に寝たご感想は? 」
「 ・・・ え あの その ・・・ きゅう〜〜ん ・・・ 」
「 新聞取りにきて びっくりよ? もうすぐ朝御飯なの、彼を起こしておいてね? 」
「 くぅ〜ん ・・・・ 」
白い手さんは 爽やかに笑ってボクをちょいちょい・・・と撫でてくれた。
「 ・・・ ごめんなさい〜〜 先に < 一緒に寝 > ちゃって ・・・ 」
ボクは謝って ― それで〜〜〜 ご主人様を起こしにかかった! ( これが大変! )
― あれは あの楽しい日々はついこの間のことなんだ ・・・
皆で笑いあっていた あの輝く夏の日 は ・・・
ひゅう 〜〜〜 ・・・ 冷たい風が吹きぬける。
今夜 なんだ。 そう ― ボクは。 ボクは ・・・ やらねばならない。
どんなに辛くても 悲しくても。
・・・ ううん、辛くて悲しいのは ボクじゃない、 ご主人様なんだ。
ボクは闇に隠れて ひたひたと歩いてゆく。
冷たい風に もうとっくに凍て付いてしまったはずの心が 震えるよ。
ご主人様 ― どうか ボクの最後の願いを 叶えてください ・・・ !
空気はますます冷たくなってゆく。
大勢の人間が いる。 ・・・ ご主人様も いる。
ちら ちら ちら ― 冷たい小さなものが落ちてきた。 雨 じゃない。
ボクは落ちてくる冷たいモノに隠れて 移動する。
クビクロ ! どうして ・・・ あんなこと、したんだ!?
ご主人様の悲痛な声が 聞こえるよ。
ごめんなさい。 ボク ・・・ でも どうしても どうしても 許せなかったんだ。
ボク このためにこんな風に生まれてきたのかも しれない。
ねえ ご主人様? ひとつだけボクのわがまま ・・・ 聞いてくれますか?
ザ ・・・・ッ !! ボクは大勢の人間の前に飛び出した。
「 ― !!!! 」
ご主人様が ボクの名前を呼んだよ ― とってもつらそうに呼んだよ ・・・
ボクは ― 地を蹴った そうさ、ご主人様めがけて。
ご主人様 .・・・ ボクは あなたに撃ってほしくて
ガーーーーン ダダダダ ・・・・! 灰色の空気を激しい音が震わせた。
― ああ うれしい ・・・
ボクは歓喜に満ち ― 地上に落ちた。 ご主人様はちゃんとボクの願いを聞き入れてくれたよ。
どうか 泣かないで。 ボクのご主人様 ・・・ ボク ・・・ とっても幸せです ・・・
あの ・・・ これからもずっと側に居ても いいですか?
ずっと一緒にいて いい ですか ・・・
ボクは至福の想いで舞い散る雪のなか、 微笑みつつ目を閉じた。
ぎらぎらの陽射しの下で 小さな子供が二人、固まっていた。
男の子は ― ボクのご主人様にそっくりで ・・・ 同じ匂いがした。
うん! このコたちは絶対にご主人様と白い手さんの家族なんだ。
「 あ わんこ! ほら〜〜 ちゃいろとくろのわんこだあ〜〜 うわ〜い 」
「 ・・・ わんこ? わんわん〜〜 おいで〜 ・・・ 」
ちっこい坊ちゃんはボクに手を伸ばす。 ・・・ そうです、坊ちゃん、・・・こちらへ!!
ボクはもう必死で小さい坊やとお嬢ちゃんを 木陰に連れてゆこうとしていた。
§ ある夏の日 ・ 再び
陽射しは ぐん! とその勢いを増していた。
「 ! し しまった ・・・! ちょっとの間、と思っていたんだけど ・・・ 」
ジョーは両手に水のペット・ボトルを抱えると 公園に駆け込んだ。
「 すぴか!! すばる〜〜〜 大丈夫か!? どこだ~~~!? 」
木の側のベンチは ― からっぽ。
ジョーは一瞬血の気が引く思いがした ・・・ が。
「 あ おと〜〜さ〜〜ん あのね あのね〜〜 にゃんこがね〜 」
「 おとうさん〜〜〜 う うっく うわぁ〜〜〜〜 」
少し離れた茂みの中から 双子がぽろり、と顔をだした。
子供たちは父親の姿を見るや、もうがまんも限界! とわあわあ泣き出した。
「 ごめん! ああ ああ 二人とも真っ赤な顔して ・・・ ごめん ごめんよ〜〜
よし・・・ ちょっと冷たいけど 我慢しろよ! 」
ジョーはペット・ボトルを取り出すと 子供たちのアタマの上から じゃばじゃばと掛け始めた。
「 ・・・?? あ きゃわ〜〜〜 」
「 ・・・? う う うっく うわぁ〜〜〜 」
「 じっとしてて! 気持ち、悪くないか。 アタマ痛くないかい? 」
「 きゃい きゃい〜〜〜 あ〜〜〜 つめた〜〜〜い いいきもち〜〜〜 」
真っ赤な顔をしつつも すぴかはきゃいきゃいはしゃいでいる。
あ ・・・ ともかくこっちは大丈夫 か・・?
「 う う う ・・・ うっく うぇ 〜〜〜 」
すばるは やっぱり赤い顔のままべそべそ泣き出した。
やば ・・・ 気分 悪いのかな? 救急車 ・・・呼ぶか?
「 おい すばる? アタマいたいかい、気持ち悪いのかい? 」
「 うぇ 〜〜〜〜 ・・・ おと〜さ〜〜ん ・・・ だっこォ 〜〜〜 」
小さな息子は ジョーにぴたり、と抱きついてきた。
なんだ、甘ったれているのか ・・・・ ジョーは少し安心した。
「 二人とも ごめんな! お父さんが悪かった。 でもえらいぞ〜 ちゃんと日陰に
移動していたんだね。 」
「 あのね あのね〜〜 にゃんこ! ちゃいろ・にゃんこがね〜〜〜
こっちです〜〜 って。 ひっぱったの〜〜 にゃんこ! 」
「 わんこだよ〜〜 ちゃいろ・くろ わんこ がね〜〜 ぼっちゃん って〜〜 」
「 そうかそうか ・・・ そりゃよかった ・・・ 夢でも見たのかなあ・・・
なあ二人とも。 もう一本 じゃばじゃばしてほしいかい? 」
「 ん〜〜〜 あ お父さん! アタシ ・・・ ぱ ぱんつ ぬれちゃった かも ・・・ 」
「 あ〜 大丈夫だよ、ちゃんと換えの、もってきるから。 それより、もう熱くない? 」
「 ん〜〜〜 」
「 おい すばる? お前は大丈夫かい。 きもち、わるくないかな。 」
「 ・・・ ん ・・・ くすん くすん ・・・ うっく ・・・ 」
すばるもようやく泣きやみ ― まあ これだけ元気な声が出るなら安心、だろう。
ふわ 〜〜り ・・・ すこしだけ < 熱くない > 風が 皆の汗を拭いてゆく。
「 どうしたのですか。 ・・・チビちゃんたち、二人ともまだお顔が ほっぺがまっかですよ? 」
「 え ・・・ 」
心配気な声に振り返れば ― 老女が独り、買い物カートを押して立っていた。
「 あらあら そんなにお水をかけて ・・・ どうしたの? 」
「 え ・・・ あ あの。 このコ達、 熱中症かもしれないので 」
「 まあ〜 あら あなた さっきのお兄さん ・・・ 」
「 え? あ ああ コンビニの ・・・ 鍵のおばあちゃんですね。 」
「 ええ ええ そうですよ。 さっきは本当にありがとうございました。
・・・ この坊やとお嬢ちゃん・・・ お兄さんの兄弟なのかしら。 」
「 あ いえ 〜〜 ぼくの子供達なんですが ・・・ 」
「 まあ〜〜〜 そうなの!? 可愛いわねえ ・・・
でも熱中症って ・・・ どうして? あらあら ・・・ 泣かないで ・・・ 」
「 うっく ・・・ う う 〜〜〜 」
「 うぇ 〜〜〜〜〜 うぇ 〜〜〜〜〜〜 うわあ〜〜〜ん ・・・ 」
「 こ こら ・・・ 泣くな すぴか。 姉さんだろ? すばる、オトコだろ お前 〜 」
「 まあ まあ お父さん、そんなに叱らないで ・・・ きっとね、くたびれてしまったのよ。
あの ・・・ よかったらちょっとの休憩にウチに来ない?
すぐそこだし 私は気楽な独り暮らしですよ。 」
「 え ・・・ そ それはいくらなんでも ・・・ 」
「 遠慮はナシよ。 ほら チビさんたち、ゆっくり休ませてあげなくちゃ。
油断をしてはだめですよ。 熱中症は 本当に怖いからね。 」
「 は はい ・・・ あの それじゃ ・・・ ちょっとだけ 」
「 はいはい どうぞ。 さあ こっちなのよ。 」
ジョーは 髪の毛びちょびちょの子供達の手を引いて おばあさんの後に付いていった。
おばあさんのお家で 双子たちはお風呂場を使わせて頂いたのだ。
そして
「 ねえ お父さん? これ ・・・ チビちゃん達に着てもらってね。 」
「 え ・・? これ ・・・ 」
おばあさんは子供用の浴衣を出してくれたのだ。
「 ふふふ ウチの息子達の古着ですけどね ・・・ちゃんと洗濯はしてあるから。
お洋服が乾くまで ね? 」
「 あ ありがとうございます〜〜〜〜 」
それでもって
「 きゃ〜〜〜 きゃ〜〜〜 これ おもしろい〜〜 」
「 ばふばふ ばふ〜〜〜 ばふばふ〜〜 」
子供たちは ぱりっと糊の効いた浴衣を着せてもらって大はしゃぎである。
「 こ こらこら〜〜 静かにしなさい! 」
ジョーは もう必死で二人を追いかけるのだが ・・・ 広い座敷でチビ達は大騒ぎだ。
「 あらあら もうすっかり元気になりましたね。 」
「 あ おばあさん ・・・ すみません、煩くて ・・・ 」
ジョーは恐縮して縮こまってお辞儀ばかりしている。
「 ほほほ ・・・ いいんですよ、この年頃の子供たちが大人しい方が問題ですもの。
今日は大事には至らなかった ・・・ってことですよ。 」
「 はあ〜〜 どうも本当にいろいろすみません ・・・ 」
「 いいえェ 久し振りに子供たちの声が聞けて嬉しいですわ。 」
「 ・・・ はあ ・・・ 」
「 息子達は皆 独立しましたし、孫たちももう大きいのですよ。 」
「 ・・・ はあ ・・・ 」
「 チビちゃん達のお母さんは? お仕事ですか。 」
「 ええ そうなんです。 今日はぼくが休みを取れたので・・・チビ達を引き受けたんですけど・・・
やっぱ普段 もっと相手してないと ・・・ダメですねえ・・・ 」
「 そんな ・・・ 今回のことはね、私にも責任はありますからね。
ゆっくり休んでいってくださいな。 あ ・・・ あのお昼御飯 は 」
「 ああ チビ達もぼくも弁当を持ってます。 フラン ・・・ いや 妻が作ってくれまして 」
「 まあ まあ それじゃ・・・ ここで召し上がれ。
チビちゃんたちには そうね・・・冷たい麦茶でも振る舞いますわ 」
「 す すみません 〜〜〜〜 」
ふぁ〜〜〜 ・・・ こっくん こっくん
・・・ むにゅぅ〜 ・・・ かっくん かっくん
冷たい麦茶を頂いて、お母さんのお弁当を食べ終わるか終らないか ・・・ のうちに
すぴかもすばるも 身体がゆらゆら揺れだした。
「 ・・・ おい? ちゃんと残さずに食べなくちゃ ダメだろう? 」
「 ・・・ う 〜〜〜〜 ・・・ むぐ むぐ ・・・ アタシ あとでたべる ・・・ 」
「 僕ぅ ・・・ もう いい ・・・ 」
「 こらこら すぴか〜〜 お口の中のもの、食べちゃえよ〜〜
すばる? 半分も食べてないよ? 」
「 ・・・ ん 〜〜〜〜 ・・・ あと で ・・・ 」
「 ・・・ ん ・・・・ 〜〜〜〜 」
ちっちゃな身体はころん・・・とタタミの上に丸まってしまった。
「 おい〜〜〜 すぴか〜〜 すばる〜〜〜 食事中だぞ〜〜 」
「 あらあら ・・・ オネムのようね? 疲れているんですよ、さあさ こっちに ・・・ 」
おばあさんは手際よく 子供達を座敷に運び タオルケットをかけてくれた。
「 ・・・ほっんとうにすみません〜〜〜 あの! 掃除とか片付け物とか!
なんでもやります、なんでも言いつけてください〜〜 」
ジョーはもう万能ボランティア気分である。
「 まあまあ ほほほ ・・・ そんなに張り切らなくてもいいですよ。
じゃあ ・・・ 庭に水でも撒いてくださいますか。 」
「 はい! 」
ジョーは子供たちのお弁当を片付けると この古い家の庭に飛び出していった。
「 わぁ 〜〜〜 ちゅるるるるる ・・・・ おいしい〜〜〜 アタシ、これ だいすき〜〜〜 」
「 とぅる〜〜ん♪ とぅるる〜〜ん♪ 僕 これ だいすき〜〜〜 」
お昼寝から醒めた双子を待っていたのは ― おばあさんのお手製のオヤツだった。
すばるには 冷し白玉団子 と すぴかには ところてん !
「 まあまあ 気に入ってもらえたかしら? さあ お父さんにはこれがいいのじゃないかしら。 」
またまた恐縮するジョーの前には 冷や麦 が出てきた ・・・!
― トクトクトク ・・・ おばあさんは 縁側に置いたスープ皿にミルクを注いでいる。
「 ・・・・ん? なにか飼っていらっしゃるのですか。 」
「 いいえ うちではなにも。 ただ ・・・ さっきお嬢ちゃんと坊やが ・・・
にゃんことわんこがいた〜〜 にゃんこがね〜 わんこがね〜 ひっぱってくれた〜
・・・って仰っていたでしょう?
二人を守ってくれた 猫さんだか犬さんに、御馳走しようと思って。 」
「 あ ・・・ ああ きっと喜びますよ。 ええ きっと ・・・ 」
わん ・・・! にゃあ〜〜〜お !
一瞬 ジョーには 黒い縞のある犬と茶色のしなやかな猫の姿が見えた。
「 ・・・ お前たち ・・・ ありがとう! ありがとうな ・・・! 」
わんわんわん ・・・ よかった ・・・ よかったですね〜〜 ご主人さま!
にゃ〜〜〜ぉぅ〜〜〜 姫様によろしく〜〜 ファラオ様 〜〜
カッツン カッツン ・・・ コツ コツ コツ ・・・
夜の道、 この辺りはあまり街灯もないので星明かりがよくみえる。
「 あ〜〜あ ・・・ なんかすっかり ・・・ 」
「 ふふふ ・・・ でもとっても楽しかったじゃない? 子供たちも ・・・ 」
「 そうだねえ〜〜 ・・・ ご機嫌ちゃんだったもんなあ〜〜 」
「 ジョーも楽しそうだったわよ? 」
「 あは ・・・ あんな風な < おばあちゃんち > に憧れててさ ・・・ 」
「 そうなの? わたしも楽しかったわあ〜〜 」
「 ぼく達も 夏休みってことかもなあ・・・ 」
「 そうねえ ・・・ 」
ジョーの背中にはすばるが そして フランソワーズの背中ではすぴかがくうくう寝息を立てている。
― 結局 帰宅途中のフランソワーズもあの おばあさんのお家 に 寄ってもらい
晩御飯は < お父さんのカレー > で ジョーが腕を揮う、というコトになり。
ねんねした双子を オンブして二人はおばあさんちを辞去した。
カッツン カッツン コツ コツ コツ ・・・
満天の星を眺めつつ 夫婦はのんびり歩いて行く。 ウチはもうすぐだ。
ながい影法師が二つ ― そうしてね、 その後ろには ・・・
きりり! と巻き上げたシッポのりりしい犬 と ぴん!っと張った長いお髭が自慢のしなやかな猫の影が
ぴたり、と一緒に付いていった。
ここに。 いつもお側に ・・・ 姫様!
ここに。 いつでも側に。 ご主人様!
***************************** Fin. ****************************
Last
updated : 08,27,2013.
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************** ひと言 *************
え〜 このクビクロは 平ゼロ版です。
ジョーと二人で楽しそう〜〜に海岸を走っていたクビクロです