『  愛の奥津城  ( おくつき )  ― (2) ―  』

 

 

 

 

 

 

 

   ザワザワザワ −−−−

 

伸び放題の木立が 霧の中でゆらゆら・・・枝葉をゆすっている。

風もないのに木々は陰気な音をたてる。

白い霧の中に ぽかりぽかりと十字架やら墓碑の一部が浮島のごとくに顔を覗かせる。

 

      ・・・ 海 みたい ・・・

      そうね ・・・ ここは人生終焉の海、 かもしれないわ ・・・

 

フランソワーズは ヒールの足元を気にしつつ、歩いていた。

墓地の中をめぐる石畳の道は狭く うねうねと巡っていて、 辿るのには骨がおれた。

大股でがしがしと進む男性陣に追いつこうと 彼女は草地に踏み入った。

時折 足元はぐしゃり、と陥没した。

 

     うわ・・・?  濡れているの?

     雨でも降ったのかしら  ・・・  あ これ   霧?

 

周囲に満ちる白い霧は そのまま落ちて地をも濡らしている  ・・・ らしい。

灰色の空と くすんだ湿っぽい、少し重い空気と ―  あの地とは全てが正反対だった。

 

     ・・・なんだか息が詰まりそう ・・・

     あのカラリ と熱い空気の中に戻りたい わ ・・・

     じりじり身を焼く太陽が懐かしい ・・・ 

 

     ―  あら?  わたし、なにを言っているの??

     あんな砂塗れの地は もうごめんだわ なんて思ってたのに 

 

     そうよ、 ヨーロッパに帰ってきて ほっとしていたくせに

 

     ああ  ・・・  ここは空気が澱んでいるわ ・・・

     ・・・ 息ぐるしい ・・・

 

彼女の歩みは少しづつ遅くなり、 先を行く二人からはかなり遅れてしまった。

「 ・・・!  いっけない ・・・  よく知らない場所ではぐれてしまったら大変・・・

 それにしても 本当に広い墓地ね? 」

 

  ザワザワザワ  −−−−   コツコツ  ・・・ コッ コッ ・・・!

 

広大な墓地の中をフランソワーズはヒールを鳴らして歩いていった。

 

 

「 ・・・・・・ ・・・・・ 」

三人は まだ新しい墓碑の前で黙祷をした。

「 ・・・ ハーシェル !  こんなことがあっていいものか ・・・! 」

ギルモア博士は黙祷しつつも辛吟していた。

「 ミイラの盗難騒ぎがあったのは聞いていましたが まさか ・・・ 」

「 うむ ・・・ その後の ・・・ ハーシェル君らの罹患については全く情報はなかった。 

 我々が知らされたのは ― ここに埋葬された後じゃ。 」

「 おかしいですね。  急病死、にしてもあまりに急ぎすぎますね。 」

「 全くじゃ。   まるでペスト患者かなにかのように極秘裏に火葬されてしまった・・・ 」

「 ペスト患者?  ・・・ それじゃ ・・・ ハーシェル博士達はなにか悪性の病原菌に? 」

「 うむ。 ・・・ ワシは なにか伝染力が激烈な病、と睨んでおる。 」

「 伝染病 ですか。 」

「 ああ。 ― ハーシェル!  ワシが君の無念を晴らしてやるぞ!

 徹底的に調査し この事件の裏を解明するのじゃ。 」

「 ・・・・・・ 」

怒りがエネルギーとなったのか、博士はかっかと燃えている。

 

    ・・・  ミイラの呪 ・・・ 永遠の眠りを妨げるからだ ・・・

 

「 え?  なんだい、フランソワーズ? 」

「 ・・・え?  あら わたし なにか言った?  」

「 あ ・・・ごめん。 なんかきみの声がきこえたかなと思ったけど ― 気のせい かも ・・・ 」

「 別になにも言わないわ。   ねえ 早く戻りましょう ・・・ ここは空気が重いわ ・・・ 」

「 え?  ああ そうだねえ、湿気が・・・ 」

「 太陽から遠ざかっているからよ。  太陽の光を浴びなければ病になるのは当然だわ。

 はやく 戻りましょうよ。 」

「 あ?  ああ ・・・  おい フラン?? 」

フランソワーズは ジョーの声も耳に入らないのかさっさと来た道を引き返し始めた。

「 博士 ・・・ すみません。 お〜〜い フラン〜〜〜 」

「 ああ 気にせんで ・・・ ここはほんに陰気すぎる・・・ 墓地とはいえ ・・・

 太陽を遺跡を愛したハーシェルも クシャミをしておるかもしれんなあ・・・ 」

博士はもう一度 墓碑を見詰めてからゆっくりと歩き出した。

「 大英博物館内で資料をさがしましょう!  」

「 そうじゃな。  まずは発掘時の例の 事件 からじゃ。 」

「 はい。 」

ジョーは博士の足元に気を配りつつフランソワーズを追って公園墓地を抜けていった。

 

 

 

   シャ −−−−−−     熱い湯がぱちぱちと肌にあたる 

 

「 ふうう〜〜〜 ・・・・ ああ いい気持ち ・・・ 生き返ったわ! 」

きゅ・・・っと亜麻色の髪を絞ってからふわり、と解す。

フランソワーズは  ぽとん・・・とバスタブの中に腰を落とした。

「 ・・・うふふ ・・・ わたしもジョーのクセが移ってしまったかも・・・

 お風呂はねえ〜〜 日本式が最高だわねえ・・・ う〜〜ん 気持ちいい・・・ 」

透明は湯の中に しなやかな腕脚をのばして彼女は大きく吐息をついた。

「 ・・・ ふふふ ・・・ ヘンねえ?  ここはわたしの故郷に近いのに・・・

 あの湿った重い空気は ちょっとねえ ・・・  ああ このお風呂もいいけど

 カラリと乾いた熱い空気の中に帰りたい ・・・ 」

 

   ポチャン ・・・  カモミールのバス・オイルの香りがほんわりと彼女を包む。

 

「 ・・・ この香り ・・・ ジョーも好きよねえ ・・・ そうだわ、香油ももっと取り寄せなくちゃ 」

フランソワーズはうっとり ― 目を瞑った。

 

 

「 王妃さま? こちらでお宜しいでしょうか ・・・ 」

「 ―   え ・・・? 」

すこし重い瞼をゆっくり開けてみれば ―   目の前には透明な湯がたっぷりとたゆたう。

ふんわり と甘い香りもながれている。

「 西の国から届きました花でつくったそうです。 」

「 まあ そうなの? ・・・ ふうん ・・・ いい香りねえ・・・  そうね 今日はこれでいいわ。 」

「 ・・・・・・・ 」

召使の小女はひくく身を屈めると フランソワーズの側から下がっていった。

「 ホント ・・・ いい香りだわ。  ジョーも喜んでくれるかしら。 」

別の奴隷が捧げもつ鏡の中に、我が姿をじ〜っと見詰める。

 ・・・ シャラリ ・・・  耳飾やら腕輪の金細工が繊細な音を立てた。

 

「 失礼いたします。   王妃様  近衛連隊長さまがお越しでございます。 」

「 まあ お兄さまが?  今 参ります。  あ ・・・ ジョー ・・・ いえ ファラオ様にも

 お伝えしてちょうだい。 」

「 畏まりました。 」

「 それから 冷たい飲み物を。  ほら 先日とどいた東の地の果実ね、あれを搾ってきて。 」

「 畏まりました。 」

 カチャ ・・・  召使と入れ違いに 剣の鞘が揺れる音が聞こえてきた。

「 ―  王妃様 ・・・ お久し振りでございます。 」

背の高い武人が 入り口で片膝をついて挨拶をしている。

「 連隊長さま  よくお越しくださいました。  本当に久し振りですね。 」

フランソワーズも 威を正し丁寧に挨拶を返す。

「 は。  東の国境まで出かけておりましたので  ・・・  」

「 まあ  そうなのですか。  遠くの地までお勤め、ご苦労さまです。 」

 にゃあ 〜〜〜   ・・・!

茶色の猫が駆けてきて ぴょん ・・・と武人の脚の飛びついた。

「 ・・・ やあ トトメス〜〜 元気かい? 」

 にゃあ〜〜ん ・・・ 

「 あら ・・・ トトメスったらずるいわ〜〜 わたしが先よ?  

 お帰りなさい 〜〜〜 ジャン兄さま ! 」

フランソワーズは 満面の笑顔になるとぱっと武人に  いや 兄に抱きついた。

「 うわ〜〜・・・っと ・・・  ふふふ ただいま アンケセナーメン ・・・ 元気だったかい。 」

「 ええ ええ。  ジャン兄様も ・・・ ずいぶん日焼けなさったわね?

 お土産が先に届きましたわ。 ありがとうございます! 」

「 ああ? 急がせておいて正解だったな。  おい こら〜〜 トトメス?  

 お前〜 嫁さんがいるんだって? 」

 にゃう にゃう〜〜 ・・・・ 

「 ええ そうなのよ。 イシスっていってね、 ジョーと一緒にいた子なの。 」

「 ああ〜 覚えてるよ。  ずっとアイツの側にいた青い眼の仔猫だろ? 」

「 そうなの。  もうねえ〜  わたし達よりも先に仲良しになったみたい・・・ 」

「 そりゃよかった ・・・  で  アイツは? 元気かい。 」

「 ええ。 でもとても忙しくて ・・・  気侭に外出もできなくて 可哀想だわ ・・・ 」

「 ヤツは昔から街や郊外までも出歩くのが好きだったからな。

 しかし ファラオ様がそうそう簡単にはほっつき歩くことはできまいよ。 」

「 そうねえ ・・・ でも ・・・・ あ?  来たみたい・・・ 」

 

   カツカツ  カツ ・・・!    軽い足音が聞こえてきた。

 

 ― ファラオ様〜〜〜 お待ちくださいませ〜〜〜 

足音を追いかけて 召使らの声が慌てて追いかけてくる。

 ―  あ ・・・ どうぞ ・・・!  

入り口の衛兵が わたわたと道を空けている。

 

 カタン  ・・・ ファサ。   王妃の居室のドアが開き幾重もの紗の帳が払われる。

 

「 ・・・  ジャンさん!  お帰りなさい! 」

茶色の髪を乱し 頬を紅潮させて若いファラオが立っていた。

  ・・・ みゃう〜 !  いつの間にか彼の足元には茶色の雌猫が控えている。

「 やあ ・・・ って 正式な挨拶はまだですが ― ファラオ様 ただ今もどりました。 」

ジャンは トトメスを妹に渡して 正式な作法で挨拶をした。

「 うう〜〜ん ・・・ それは後で!  ここでは  < ただいま > だけでいいですよ〜

 なあ フラン? 」

「 ええ ええ そうよ。  ここには家族しかいませんもの。 」

「 ―  そうだね。   ジョー・・・元気そうだな。 」

「 ジャン義兄さんも!  どうでしたか? 東の国境への旅は ? 」

「 ふむ ・・・  ジョーにはいろいろ・・・話しておきたいことがあるんだ。 」

「 ジョー ・・・ どうぞ? 」

フランソワーズは 黄金の杯に飲み物を注ぎ夫の前にすすめた。

「 あ ありがとう!  ・・・ う〜〜ん ・・・ 美味しいな! 」

「 これねえ ジャン兄様のお土産の果実を大急ぎで搾らせたの。  いい香りでしょ。 」

「 うん ・・・ とっても爽やかだねえ。 ジャンさん、なんという果実なのですか。 」

「 海に近い地域で取れる果実だそうだ。  おれんじ とか聞いたな。 」

「 おれんじ?  ふうん ・・・ こんなのがこの国でも沢山栽培できるといいですよねえ。

 柘榴も美味しいけど ・・・ 果実はいろいろな種類があると楽しい。 」

「 そうね ジョー。  今度 海沿いの地から苗とか ・・・ 取り寄せたら? 」

「 うん  ただ気候とかが合うかな? 」

「 そうねえ ・・・ あ でも西のオアシスみたいに水量が豊富で緑の陰が多い場所なら ? 」

「 ああ  それ、いい考えだね! さすがフラン ・・・・ 」

「 あら ジョーが考えているだろうな〜って思ったことを言っただけよ? 」

「 ・・・ うん ・・・ そうかも ・・・ 」

セピアと青い瞳が 見合ってくすくす笑い出す。

「 へいへい〜〜 新婚サンはそうやって二人っきりで楽しく過してください〜〜

 ジャマモノは消えます。  なあ トトメス  なあ イシス? 」

ジャンは ちょっと拗ねた風を装い足元の猫たちを掬いあげた。

 

 にゃあ〜〜〜ん   みゃう〜〜〜

 

「 ははは ・・・ コイツらも言ってるぞ? ココは熱くてにゃ〜〜だってさ。 

 さあ トトメス、 イシス? 俺たちは出てゆこうか〜 」

「 あ ダメですよ〜〜 ジャンさんってば。 」

「 そうよ そうよ ジャン兄さま〜〜 久し振りで <家族> だけなのですもの〜〜

 もっといらして。  昼餉もご一緒したいわ。  ねえ ジョー? 」

「 うん うん。  東の国境の話とか伺いたいし。 お願いしますよ、ジャン義兄さん。 」

「 しかし ・・・ いくらなんでもファラオ夫妻と ― 」

「 ね!  決まり 決まり〜〜  ジョー、わたし、ばあやに頼んでくるわね。

 兄様のお土産の果実も もう一度頂きましょう。 」

王妃は満面の笑みで 裳裾をちょっと持ち上げると軽やかに居室から駆け出していった。

「 ・・・ ちょ・・・おい〜〜 ファラオの妃が〜 はしたないぞ!  もう〜〜 」

ジャンは渋面して小言を言ったが ― ご本人には聞こえていなかった。

「 あはは ・・・ いいんですよ、ジャンさん。 フランが元気で溌剌としていてくれて ・・・

 ぼくも元気になれるんですから。 」

「 ・・・でもなあ・・ おい、ジョー? アイツをあんまり甘やかすなよ? 」

「 ぼくが甘やかしてもらってます。 」

「 お〜〜 これはゴチソウサマ。 新婚さんはいいなあ 〜〜 」

「 えへ ・・・  でも ぼく。  こんなに幸せでいいのかな って時々思います。

 ぼくは ― 王宮でずっと一人だった ・・・ 本当はファラオになんかなりたくなかったけど・・・

 でも フランと一緒になれるなら ・・・ フランと一緒なら! って決心したんです。 」

「 ほ〜〜〜お?  おい〜〜真顔で盛大に惚気るなってば ・・・ 」

「 ノロケじゃないです、本心ですってば。 」

「  だ〜〜から それが・・・ あ そうだ ・・・その < ふらん > ってなんだ? 」

「 え?   ・・・ ああ 彼女の本当の名前 なんだそうです。 」

「 本当の名前??  なんだ そりゃ。 妹の名前は アンケセナーメン 以外にないぞ? 」

「 ええ  でもそう呼んでほしいって。  本当の名前 は ふらんそわーず だ ・・・って。」

「 ふ・・・ふらんそ???  異国の名前じゃないか。 」

「 ですよねえ ・・・ でも なんとなく彼女らしくていいなあ〜 可愛いなあ〜って思って。

 ぼく達の間では  ジョー と フラン なんです。 」

「 は〜い はいはい ・・・ ほっとんと〜にゴチソウサマ。

 まあなあ ・・・アイツはチビの頃から想像力過多で ・・・次の世には 舞姫になる とか

 女戦士になる とか いろいろ言っていたからなあ。 」

「 ふふふ ・・・ 楽しいですよねえ。 ああ それで舞いが上手なんだ〜。 」

「 は ・・・! まあ それでジョーが陽気で元気でいられるならいいさ。

 お前たちは最高の組みあわせってことだな。 」

 

 

    「 ― そうよ。 兄さま。 わたし達はベスト・カップルなの。 」

 

   バサ ・・・・   分厚い本が一冊滑り落ちた。

 

「 うわ ・・・っと ・・・  うん?  ベストがどうかしたのかい? 」

ジョーが革張りの本を よいしょっと拾い上げる。

「 ・・・   え  ・・・・? 」

「 ベストがどうとか・・って聞こえたけど。  なにかみつけた? 」

「 ・・・ あ  ・・・ あの ・・・? 」

 

     こ   ここは   ・・・・ どこ???

 

一瞬にして周囲が変わってしまった。

たった今まで 熱く乾いた風が吹きぬける居室にいたのに ・・・ 目を上げれば周囲は薄暗く

カビ臭い空気の中、ぐるりを囲むのは どうやら本 本 本 ・・・ の壁 らしい。

目の前の机にも さまざまな形の本が重なり積み上げられている。

 

     ほん ・・・?  でもヘン  形が違うわ ・・・

     なぜ こんなに暗いの ・・?  夜 ・・・ともちがう 

     ―  ああ 空気が  空気が 重いわ 

   

「 どうもなあ ・・・ なにせ文献が多すぎるんだ。  ぼく達だけで大丈夫かなあ ・・・ 」

ジョーはぐしゃぐしゃと髪の毛を掻きまわし ・・・ 溜息をついた。

「 まったく 〜〜  どこから攻めていいのかすら わからないんだから・・・ 」

「 うむ ・・・ ともかく当時の様子をできるだけ詳細にチェックしてゆこう。 

 その上で なにか ―  実にあやふやなのだが  その なにか を発見せねば。 」

「 そうですね ・・・ よ〜し 次はこっちか ・・・ 」

ジョーは うん・・・!っと伸びをすると 一冊の本を山の下から抜き 広げた。

「 フラン ? 疲れたかい?  だったら今日は先に休んだら?

 ずっとここに詰めっぱなしだからなあ。  」

「 え ・・・ いえ 大丈夫よ ・・・ 」

「 いや どうも顔色が冴えんようだよ。 今日はもうよいよ、先にホテルに戻りなさい。 」

「 でも ・・・ 博士こそお疲れでしょう? 」

「 いいや。 ワシは大丈夫じゃよ。  こういったカンヅメ状態にはなれておるからの。

 研究中には徹夜をすることもしばしばじゃからなあ 」

「 博士〜〜  徹夜はやめてくださいよ?  」

「 ・・・ それなら ・・・ 今日は一足先に失礼させて頂きますね。 」

フランソワーズはゆっくりと立ち上がった。

くらり、と眩暈がする。  

 

     ・・・  ああ  熱くて乾いた空気が 吸いたい ・・・!

     ここは空気が篭っていて ・・・ いやな臭い ・・・

 

     そう  ―  空気に生命が  ない  わ ・・・

 

「 ここには   花がない  わ  」

「 ・・・ う〜ん ・・・  あ   なにか言ったかい? 」

ジョーが本から顔をあげた。

「 ・・・え??  なあに。 」

「 いや ・・・ きみがなにか言ったみたいな気がしたから 」

「 ジョー ・・・ あなたこそ疲れているのじゃない?  なにも言っていないわ。

 ただ ・・・  ここは空気が澱んでいるわね。 」

「 え  そうかなあ ?  博物館内の書庫だけど空調はちゃんとしているはずだけど 」

「 でも 空気に生命がない の 」

「 ・・・ は??  いのち ??? 」

「 じゃあ お先に ・・・ 」

フランソワーズは静かに部屋を出ていった。

「 ・・・ フラン ・・・ 相当疲れているみたいですねえ ・・・ 大丈夫かな ・・・ 」

ジョーは本の陰から 心配の眼差しを送る。

 

     いつも元気なのに ・・・ 激しいミッション中だって 

     疲れた なんて口にしたこともなかったのになあ 

 

 

「  ―  誰か ・・・ 妃の部屋に花をお持ちしてくれ。  」

ごく自然に 言葉が口から零れた。

 

     ―   え??  ぼく いま  なにを言ったんだ ??

 

自分自身の言葉に戸惑い 周囲を見回せば ―   明るく乾いた空気に満ちた居室。

「 ・・・  あ ・・・? 」

戸惑っていると、 低い影がささ・・・っと近寄ってきた。

「 ファラオさま  どのようなお花にいたしますか。 」

「 ・・・ え   あ  ・・・ う〜〜ん ・・・? 」

「 離宮の室 ( むろ ) は 今、花盛りでございます。 」

「 そ そうか ・・・ それじゃ ・・・ そうだ、妃の好きな紅い花がいい。 」

「 あかいはな?   紅花でございますか。 」

「 うんうん ・・・ アレをたのむ。 そうだなあ できれば鉢植えのままがいい。

 妃は 花を育てるのが上手だから な。 」

「 畏まりました 」

召使は音もなく 消えた。

「 ふう ・・・  なんだかとても暗い場所にいた ・・・ 気がしたんだけれどなあ  

 ああ 最近妙な夢ばかりみるよ。 」

 

   にゃあ〜〜ん ・・・ 茶色いしなやかな猫が足元で鳴いた。

 

「 お?  やあ トトメス。  きみのご主人様のところにゆかなくていいのかい。 」

彼は ひょい、と猫を抱き上げた。

「 きみはいつでも元気だね。  なあ ・・・ きみにお願いがあるんだ。

 ぼくがいないとき ぼくの代わりに彼女を 妃を ・・・ 護ってくれないか。

 いつでも一緒に居たいのに ・・・ 政 ( まつりごと ) に邪魔ばかりされているんだ。 」

 にゃあ〜〜あ ・・・?    青い瞳がじっと彼を見上げる。

「 ああ ・・・ その瞳の色 ・・・!  妃とよく似ているね ・・・

 頼むよ、 トトメス。  ぼくは彼女が居なければ生きてゆけない。 ずっと一緒にいて護りたい。

 けど ・・・ ぼくにはそれが許されないから。 ぼくが居ない時にはお前が彼女を 護ってくれ。 」

 にゃあ〜〜〜 ・・・!  猫は一際高く鳴いた。

「 よし。 男同士に約束だからな。 トトメス、お前の一族はこれからずっと王家と共にあるのだ。」

 にゃああ〜ん?   当たり前ですよ? というよう猫は長い髭をふるふると揮わせた。

「 あは そうだよねえ ・・・ お前の方が彼女とは長い付き合いなんだものなあ・・・

 なあ トトメス。 君達の中にぼくとイシスも混ぜておくれ。 」

 な〜〜お〜〜・・・!   くるり、と長いしっぽが 同意 を示した。

「 わあ ありがとう〜〜  ぼくは ― フランがいてくれれば なんだってできる。

 彼女の笑顔を護るためだったら なんだってするさ。  なあ? 」

 にゃお〜〜〜ん ・・・!  茶色猫はもう一度、高く鳴いた。

 

    シャラリ ーーーー    簸璃玉を連ねた玉廉を揺らし 王妃が顔をだした。

 

「 ああ ・・・ こちらでしたのね?  トトメスの声でわかりましたわ。 」

「 やあ フラン。  どこへ行っていたんだい。 」

ふわり、と王の居室に入ってきた彼女は 少しの熱気と甘い香りを漂わせている。

「 西の宮の室まで ・・・  花を集めに行きましたの。 」

「 花を?  ああ いまね、きみの部屋に紅花を届けさせたところさ。 」

「 まあ  うふふ・・・偶然ね。 わたしもほら ・・・ これをジョーにって思って。

 西の室から持ってきましたの。 」

 

   コトン。  小さな鉢植えが御影石のテーブルの上に置かれた。

 

「 あ  きみもこの花を?  ・・・ やあ 沢山咲いているね ・・・ 」

「 あのね、 この花はわたしの母が輿入れと一緒にこの国に持ってきたのですって。

 だから西の宮の室には 沢山の紅花があります。 」

「 ふうん ・・・ 綺麗なあ・・・ それに ・・・この花が側にあるととても気持ちがいいんだ。 」

「 それはよかったわ。 わたしも大好きですから髪飾りにしたり服に留めたり ・・・ いつも

 紅花を身につけているのよ。 」

「 あ それでかあ・・・ うん。  やあ 今日は耳飾に絡ませてあるね。 」

ジョーはそっと妃の耳飾に触れた。

「 うふふ ・・・ そうなの。  うれしいわ〜 ジョーもこの花が好きで ・・・

 ねえ トトメス?  お前も大好きよねえ? 」

 にゃう〜〜 ・・・  猫は妃の足元にすり寄ってゆく。

「 お前たちの籠にも乾した紅花を敷いてあげてよ?  気持ちがいいでしょう?

 ああ そうだわ、さっきイシスが探していたわよ。 」

  にゃあ 〜〜〜 ん ・・・・  青い瞳がじっと女主人を見上げる。

「 そうだよ、イシスはどこにいるのかい。 お前の奥方は さ。 」

「 ジョー。 イシスは北の部屋にいます。  風通しのよい場所で休んでいるの。 」

「 休む?  え  どこか具合が悪いのかい?? 」

「 うふふ ・・・ いいえ そうじゃなくて。 イシスはねえ オメデタ なのですって。 」

「 は!?  ・・・ あ   ああ そうなのか〜〜  おい〜〜 トトメス〜〜 お前 ヤルな。 」

 にゃお にゃお〜〜ん ・・・  くるりくるりと長いシッポが回っている。

「 いいなあ〜  ふふふ もうすぐこの宮も賑やかになるねえ。 」

ジョーはにこにこしつつ愛猫の頭を撫でる。

「 ・・・ ジョー ・・・ あの ごめんなさい ・・・ 」

「 え  なにが。 

「 あの ・・・ わたし、 まだ ・・・あなたの赤ちゃんを ・・・ 」

「 きみが居れば、居てくれればそれだけでいいんだ。 」

彼は腕を伸ばすと 彼女をしっかりと抱いた。

「 きみが ぼくの側にいてくれれば ― それでぼくは幸せさ。 」

「  ・・・ ジョー ・・・! 」

 

 失礼いたします、 と部下が扉の外から声をかけた。

「 近衛連隊長殿が お越しになられました。 」

「 うん?  ああ 通せ。 」

 

   ― カタ  ン  ・・・ カチャ カチャ    ドアが開くとジャンが剣を鳴らしつつ入ってきた。

 

「 ファラオ様には ご機嫌麗しく ― 」

「 ジャンさん。  ここにはぼく達だけですから ・・・ どうぞ? 」

「 うん?  ああ そうか?   ―  急に来てすまない。 妙なことを耳にしたので ・・・

 内密で話をしたくてな。 」

「 ジャン兄さま。 どうなさったの?  もっと奥にいらして。 風が抜けて涼しくてよ。 」

「 そうだね。  フランが持ってきてくれた紅花もあるし  こちらへ・・・ 」

「 ありがとう! ・・・ それでは ・・・ 」

ジャンは部屋の奥に入り 奴隷たちも遠ざけた。

 

「 ・・・ ここは いいな。  ここに来るとほっとするよ。 」

「 ジャンさん。  いつでもご自由にいらしてください。  大歓迎ですよ。 」

「 ははは  ありがとう。   よう、トトメス。 元気かい。 」

  にゃ〜〜お ・・・!  茶色猫も身をくねらせて歓迎している。

「 で なにがあったのですか。 

ジョーは 義兄に椅子をすすめ彼もとなりに腰を降ろした。

「 うむ ・・・ ちょいとイヤな話なんだが。

 先代ファラオ様の施政に不満をもつヤカラが・・・ またぞろ動き始めているらしい。 」

「 ―  そうですか ・・・ 」

「 ジャン兄様!  それはほんとうなのですか。 」

「 ああ。  こちらも秘密裏に得た情報だが確かだ。 

 で  なにか変わったことはないかい。  身の回りで ・・・ 」

「 ここは王宮よ? そして奥の宮だわ。  衛兵もたくさんいるし ・・・ 大丈夫よ。 」

「 いや フラン。   そういう輩 ( やから ) は するりと蛇のように

 密かに侵入してくるんだ。 どこへでも、な。  ファラオの住まう奥宮にだってな。

 警備を増やすことは手配してきたけれど ― 気をつけろ。 」

「 だって ・・・ なにに?  ジョーは先代様じゃあないわ。

 ジョーの政( まつりごと ) に不満があるというの? 

「 わからない。  しかし ああいうヤツラは実に巧妙な手を使うからなあ。

 オレもできるだけこちらでの警備に加わるつもりだよ。 」

「 ジャンさん ありがとう!  ジャンさんがいてくれれば 大丈夫ですよ、 なあ フラン? 」

「 ええ ええ。  お兄様 ・・・ お兄さまこそお気をつけになってね。 」

「 ははは ありがとう。   うん? なにか涼しげな香りするけど ・・・ 香かい? 」

「 ふふ ちがいます。  これはね この花の香りなの。 」

妃は さきほどもってきた鉢植えを見せた。

「 ほう ・・・?   あ ・・・ この鉢植え 見覚えがあるなあ?  う〜ん・・・・ 」

ジャンは 紅花の鉢を取り上げじっと見つめている。

「 まあ 覚えていらっしゃるの?  これ ・・・ 里の宮から持ってきたのよ。

 お母様から教わって植えた鉢のひとつ。 」

「 ! ああ  ああ そうだった ・・・  ウチの室にはいっぱいあの花があったっけ ・・・ 」

「 へえ ・・・すごいですねえ。  」

「 今にね、ジョー。  こちらの室でもこの花をたくさん作らせましょうよ。 

 香りもいいし なにより元気になれるし。  お風呂で使うとさっぱりした気分になるでしょ 」

「 ああ  ああ そうだね。  ぼくもね、この花が近くにあるとほっとします。

 それに本当に勇気が湧いてくる・・・ みたいな ・・・ 」

「 うふふ ・・・ それじゃこちらのお部屋でもたくさん飾りましょう。

 ほ〜ら? トトメス? いい香りでしょう?  あなたの籠に敷いてある花と同じものよ。 」

  ・・・ にゃあ〜〜〜・・・ん    茶色猫ものんびりと声を上げる。

「 それじゃ 自分は失礼いたします。  ―  ジョー。 くれぐれも気をつけてくれ。 」

「 ジャン兄さま。  ここは ― ファラオの奥宮は。 わたしが護ります。 」

   にゃお〜〜う・・・!   茶色猫が一際高く鳴く。

「 ほうら ・・・ トトメスもどうぞお任せください・・・って。 」

ジョーは くるり、と愛猫の頭をなぜてからきっぱりと言った。

「 ジャン連隊長殿。  遠方の地への任務、ご苦労様でした。 有益な報告、ありがとう。 」

「 は。 」

ジャンは近衛連隊長としてファラオに挨拶を返す。

「 貴殿の妹御は ぼくがしっかりと護ります。  どうぞ安心してください。 」

「 は。  ありがとうございます ファラオ様 」

連隊長は 片膝を突いて礼をして 御前から下がった。

「 ・・・ ふふふ ・・・ ジョーのヤツ・・・ 随分としっかりしてきたな。

 妹が輿入れしてからファラオの宮は明るくなったし ・・・  よい治世を頼むぞ。 」

ジャンの手にも 紅花の束があった。

 

    ジャン兄さま。 兄さまのお部屋にも この花を!

    お母様のお国のこの花が 護ってくださるわ。

 

妹は真剣な顔で花束を渡してくれたのだ。

「 はいはい わかったよ。  お前は本当に紅花が好きだからなあ・・・

 チビの頃から部屋中に飾っていたし・・・服とか髪にも挿して喜んでいたっけ。

 ふふ ・・・ 王妃サマになっても変わらないってことか。 」

「 いいでしょう? この香り ・・・ 好きなのですもの。

 お母様もばあやも 紅花はお護りです て仰るわ。 」

「 あ〜 確かに薬効もあるらしいな。  まあ 将来は王宮だけではなく

 ファラオの荘園でも沢山栽培したらいい。 」

「 そうね!  民たちの間にも広まるといいわね。  」

「 うむ。  ナイル河畔の肥沃な台地で栽培できればいいな。 」

「 ほんと! さっそくジョーと話し合ってみるわ。 」

「 ・・・ お前 ・・・ 立派になったな。 」

「 え〜 やあだあ〜〜 オバサンになったってこと?? 」

「 ちがうよ。  甘えん坊の三の姫が立派にファラオの妃になった、ということさ。 」

「 兄様・・・ 」

「 ジョーのこと ・・・ しっかり護ってやれ。  それがお前の務めだ。 」

「 はい。  大丈夫、愛しているんだもの。 」

「 コイツ〜〜〜 もう〜〜 」

「 うふふふ ・・・・ 」

兄妹は 屈託なく笑った。

年若くはあっても聡明なファラオの下 ・・・ 王国はますます発展してゆく ― と誰もが思った。

 

 

 

「 ・・・ わ たし が ・・・ 護る わ ・・・・    え ? 」

「 ・・・ 眠れないのかい ・・・ 」

隣から ジョーが低く呟いた。

「  え ・・・・?  あ あら ・・・ ジョー 起こしてしまったかしら・・・ 」

寝返りを打ったばかりのフランソワーズは 慌てて彼の方を向いた。

「 いや ・・・ ずっと起きていたから ・・・ 」

「 ・・・ まあ ・・・ 」

かさり、と長い腕が伸びてきて 彼女の細い肩を引き寄せる。

「 ・・・ あ  ん  」

「 ここに ちゃんときみがいるのに  な ・・・ 」

長い指がこそ・・・っと 彼女のネグリジェの襟元から忍び込む。

「 ・・・ や ・・・ なあに ・・・? 」

「 うん ・・・ ずっとヘンな夢、ばかり見てて さ ・・・  」

「 ・・・  夢?  ヘンって ・・・ どういうこと 」

「 ・・・ うん   きみはぼくの妃で とても熱い王国にいるんだ ・・・

 太陽がぎらぎら輝いていて 広大な砂漠が広がっていて ―  とても明るい国 ・・・

 それで ずっと幸せだったんだけど ・・・ ぼくは 」

「 ジョー  !  わたしも 同じ夢を見ているのかも ・・・ 」

「 え??  ・・・まさか そんなコトってありえないよ。 」

「 そうかしら?  じゃあね?  ・・・ ジョーには、可愛がっているペットがいたわ。

 ええ わたしの夢の中で、だけれど ・・・ なんという名前だった? 」

「 え??  ・・・ ああ  そう ・・・だった・・・ とても懐いていて可愛いくて・・・

 きみと一緒に暮すようになった時も連れて行った よ ・・・ 茶色の可愛い仔猫 さ

 ・・・え〜と ・・・そうだ、  イシス 。 」

「 そうよ!  そしてわたしも可愛がっていたペットと一緒に ― お嫁入りしたの。

 その子はね 」

「 まって! 覚えているよ  ―  う〜ん と ・・・  トトメス  だ! 」

「 そうよ!    ねえ ・・・ わたし達 ・・・ 」

ジョーは静かに起き上がった。

「 うん ・・・ これはただの 偶然の一致 じゃない。 きみとぼくは  前の世では

 夫婦だったんだ。  」

「 ええ ええ そうよ ・・・ それも エジプトのファラオとその妃 ・・・ 」

フランソワーズも身を起こし 正面からジョーをみつめる。

「 なぜ こんな夢を見るのかしら。 ―  なにか理由があると思うのよ。 」

「 うん。  きっと ・・・ な。  なにか ― 伝えたい のかな  

 あの少年王と年若い妃は ・・・ 」

「 わからない ・・・ でもなにかきっと あるのよね。 」

「 と 思う。  ぼくはなぜかこのホテルに馴染めなくて ・・・ 落ち着かないんだ。 」

「 まあ ジョー も?  」

「 熱い空気の中に帰りたい って気がつくとそんなことばかり考えている・・・ 」

「 ジョー ・・・! 同じよ おなじなの。 わたくしもそうなの!

 あのエジプト旅行から帰ってから ・・・ いいえ この霧が立ち込めるロンドンに

 着いてからなの。   帰りたい・・・って。 」

「 そうか!   やはり な。  いったい何があるんだ?  何を伝えたくてこんな ・・・ 」

「 そうだわ ・・・ これを ・・・ 」

フランソワーズはベッドを抜け出すと、 サイド・テーブルの上から小さな鉢植えを取り上げた。

「 これ ・・・ たぶん この花が助けてくれると思うのよ ・・・ 」

彼女はその鉢を そっと二人の臥所の枕元に置いた。

「 あ!  いいアイディアだね!  」

「 ね? わたし、小さい頃から この花 ・・・ 大好きだったの。

 宮の室にはたくさん咲いていて  よく姉様方と花摘みに出かけたりしたの ・・ 」

「 う ・・・?  う  ん ・・・・ ?  姉様方?  きみはお兄さんが一人って聞いたけど? 」

「 ええ 兄は一人。 わたしは六人姉妹の三番目なのよ。 

 里の宮ではいつも身近にこの花があったわ。  衣裳部屋にも置いていたし ・・・ 」

「 へえ ・・・ きみ自身が紅花に埋もれていたみたいだったんだ? 」

「 うふふ ・・・ そうかもしれないわ。 」

「 そっか ・・・ だからぼくは きみが側にいてくれると元気で気力も湧いたのかもしれない。 」

「 いいえ ちがうわ。 」

「 え? なぜ そう思うのかい。 」

「 あの花には確かに 不思議な力があるけれど ― ジョーがわたしを愛してくれたから。 

 そしてわたしがジョーを愛したから。  二人とも元気で何でもできたのよ。 」

「 あ そっか ・・・ そうだよね。  トトメスがいつだって勇敢だったのは  」

「 そうよ。 イシスと仔猫たちがいたから よ。 」

「 そっか ―   フラン ・・・ きみと逢えて よかった ・・・

 また ・・・ 逢えるよね。   きっときみとまた巡り逢うよ  ・・・ だから 淋しくない ・・・ 」

ジョーの声が突然に 低く小さくなってきた。

「 ?? どうしたの?? ジョー   なにを言っているの?? 」

「 ほんの少しの間だけ さ。  ぼくときみは 必ず出会う そして 愛し合うよ。 」

「 ジョー ・・!  どうしたの、しっかりして・・・!  ジョー ・・・! 」

 

 

 

「 おい・・・?  アンケセナーメン? どうしたんだい。 」

「  ・・・ え・・・? 」

肩を軽くゆすられて 気がつけば ― 自分のよく似た色の瞳が心配そうに覗き込んでいる。

「 ・・・ あ ・・・ ジャン兄さん ・・・ 」

 

    え ・・・?  ここ ・・・?  ロンドンのホテル  じゃないわ 

 

    でも でも ・・・ あの熱くて乾いた風が気持ちよく通りぬける

    ファラオの宮殿 でもないわ ・・・

 

    ・・・ 毛皮?  わたし、毛皮の上に寝ているわね ・・・

    それに ここ ・・・ テントみたい ・・・ 大きなテント だけど・・・

 

「 おいおい・・・寝ぼけたのかい。 」

「 お兄様 ・・・ ここは ・・・ 仮宮の中? 」

「 ああ そうだよ。  東の国境での大祭に来たんじゃないか。 」

「 ・・・ そ うだった ・・・かしら ・・・ 」

「 おい、しっかりしろよ。  お前はファラオの代行でわざわざこんな遠くの大祭まで来たんだぞ。」

「 代行 ・・・?  じゃあ ジョーは ・・・ 」

「 あいつは政 ( まつりごと ) で都を離れることはできないからさ。

 神官たちのたっての願いで アンケセナーメン妃がおでまし、というわけさ。 」

「 ・・・え!  じゃあ じゃあ ・・・ ジョーは一人で王宮にいるのね? 」

「 ファラオ様がふらふら出歩くわけには行かんだろ。 安心しろ、オレがちゃんと警護して 」

「 戻らなくちゃ!!  今 すぐ ・・・!! 」

「 は??? 」

「 兄様!! 今 ・・・ すぐにわたしをジョーの側に戻して! 

 花を ・・・ あの花を側に置いておかないと ・・・! 」

「 おい 何を言っているんだ?  花・・・って ・・・例の紅花かい。 」

「 そうよ!  あの花・・・紅花には ― 病を追い払う力があるの! 」

「 なんだって?  オレはそんなこと、知らないぞ? 」

「 これは ・・・ ね。 ジョーとの婚儀が決まった時にお母様が教えてくださったの。

 紅花は お母様のお里・・ミタンニの花。 不思議な力を持つ花なのですって。 」

「 ・・・ふうん ・・・ それでジョーはお前と一緒だと元気になる・・・って言ってたのか。 」

「 そうなの! だからわたし・・・ ジョーの周りにもできるだけあの花を置いていたの。

 ああ ああ それなのに! なんだってわたし 彼の元を離れてしまったのかしら! 」

「 よし。  わかった。 すぐに輿を用意させる。 お前も支度をしろ。 」

「 ありがとう!! ジャン兄様!  」

王妃一行は 途中の町ごとに輿を換え、日に夜を継いで都へと戻っていった。

 

 

 

 ― カチャ ・・・  帳の向こうで小さな音がした。  

 

「 ・・・ 誰? 」

王妃は瞬間、ファラオの寝台の前に立ち身構えた。

「 ・・・ 姫様 ・・・ ばあやでございます・・・ 」

「 ああ  ・・・ ばあやなの ・・・ よかった・・・・ 」

「 柘榴の実を絞って参りました。 あと ・・・ ジャン様からの果物も ・・・ 」

「 ありがとう ・・・ ああ もう安心できるのはお母様の宮から一緒にきたばあやだけだわ。 」

「 どうぞ ・・・ 」

「 ・・・ ジョー ・・・?  お飲みになってみます? 」

王妃はそっと・・・寝台に声をかけた。

 

 

  若きファラオが原因不明の病に倒れたのは まだほんの一月ほど前のことだ。

突然の病に 周囲の者達が驚いている最中に 国境まででかけていた王妃の一行が

まさに飛ぶ勢いで駆け戻ってきた。

しかし ― ファラオの病は 悪化の一途を辿った。

 

「 ・・・ いつだって陽気な笑い声と歌が満ちていたのに ・・・ 」

ファラオの急な、そして謎の病の後 王宮はどんどん淋しくなっていった。

取り巻き経ちは 潮を引くように去っていったのだ。

 

   ファラオの病は ― 崇りだ  先王から続く 呪だ 

 

そんな黒いウワサが横行し 奴隷たちまでものがぽろぽろと逃げ出し始めていた。

 

 

「 ・・・ フラン ・・・? 」

熱に浮された声が愛しい妃を呼んだ。

「 あ ・・・ ジョー? お目覚めでした?  ほら ・・・ 柘榴の果汁ですわ いかが? 」

「 ・・・ ありがとう ・・・  きみが飲んでくれ。 」

「 わたしは後で頂きますから。 ジョー・・・ 熱が高くて咽喉が渇くでしょう? 」

「 ・・・ フラン。  ごめん ・・・ 」

「 え?  なに・・・? 」

「 ごめん ・・・ きみを一生 護る・・・って誓ったのに・・・ 出来ない・・・・ 」

「 あ あら ・・・ これからず〜〜〜っと一緒でしょう? しっかり護ってもらうわ? 」

「 フラン ・・・ ありがとう ・・・ 」

「 ・・・ え 」

「 ぼくと・・・ 一緒になってくれて。 この巨大な王宮の中で一人ぼっちだったぼくを救ってくれた。

「 ・・・ ジョー ・・・・ だからこれからも ・・・! 」

「 いや。 ぼくは もう ・・・ だめだ。 」

「 ジョー ・・・ そんなこと、言わないで! 」

ぽと ぽと ぽと  ― 王妃の瞳からは熱い涙がほろほろと落ち続ける。

「 ・・・ 泣かないで? ねえ ・・・お別れ じゃないよ。 」

「 ・・・ え ・・・ 」

「 ね。 ほんのちょっと ・・・ 別々になるだけ。

 また会える。  そう思えば 今ちょっとだけ目を閉じるのはそんなにツライことじゃない。 」

病篤い王者の手が しっかりと白く細い手を握った。

 

       きみに会えて よかった ・・・   

 

       わたしも ・・・ あなたと会えて 幸せでした

 

 

       泣かないで ・・・ ねえ 別れじゃないよ。  

       また ・・・ 逢おう 

 

       ええ そうね。 また逢いましょう

 

       いつでも どこでも。 ぼくはきみをみつけるよ

       何回生まれ変わっても  きみと逢うよ

 

       わたしも。 あなたを待っているわ。

       どこにいても あなたを見つけるわ!

 

 

       だから ほんの少しの間だけ   さようなら 

 

       さようなら アナタ   ・・・ 少しだけ ね

 

 

        ・・・ ありがとう ・・・

   

        ああ あなた  この花を ・・・ また逢う時までのお護りに ・・・!

 

 

 

                 花を ・・・ 紅花を ・・・!!!

 

 

 

「 そうよ!!  あの 花だわ。  紅花よ! 」

 

フランソワーズの、いや アンケセナーメン王妃のひと言が凶悪なバイオ・ハザードを見事に阻止したのだった。

 

 

 

      そこは 太陽と砂と風に護られたところ

 

      それは 富と権力と 奸智と傲慢がつめこまれ

 

       ― ただ一人きりで眠る 常夜の国 寂寞の国 

 

 

 

      いいえ。     そこは ―  愛の奥津城

 

      そこには  いつまでも消えない愛が眠っている

 

 

 

 

*********************************      Fin.      *******************************

 

Last updated : 06,18,2013.                      back        /        index

 

 

 

 

************    ひと言   ***********

やれやれ ・・・ 終りました・・・

フランちゃんがいろいろ・・・言ってるのにさ〜

ジョー君、知らん振りじゃん? @原作

ってのが 補完編を書くきっかけ であります〜

トトメスの冒険 については前作をど〜ぞ☆