『 愛の奥津城 ( おくつき ) ― (1) ― 』
******* はじめに *******
ず〜〜っと以前の拙作 『 熱砂の都 』 と
合わせ読んでいただくと判りやすい かも です。
そこは 太陽と砂と風に護られた 国
それは 富と権力と 奸智と傲慢がつめこまれ
― ただ一人きりで眠る 淋しい国
どんなに多くのものに囲まれても そこを支配するのは永遠の沈黙
常夜の国 漆黒の闇 ひとりぼっちで眠る ・・・ 場所
淋しい 淋しい 冷たい 冷たい ・・・ 場所
・・・ いいえ ・・・!
この花を ・・・! 愛のこの花を ・・・ どうか!
ブロロロロ −−−−− ・・・・・!
ジープが砂埃を舞い上げつつ 猛烈な勢いで突っ走ってゆく。
「 ・・・ ちょ ・・・ ジョー 〜〜〜 少しスピード 出しすぎじゃない? 」
サングラスにスカーフ、 大きな帽子で日焼けから身体全体を護っている女性が声を上げた。
「 ははは へ〜〜き へ〜〜き! ここには信号もないし、横断歩道もないよ。 」
運転席の青年は 陽気に笑うとさらにグイっとアクセルを強く踏み込んだ。
「 ― うわ!? あの〜〜 もしもし? 一応安全運転でお願いします〜〜 」
「 お〜っと っと ・・・・っとと ・・っと。 あ〜〜 よかった〜〜 なんとか停まったあ〜〜
で なんだって?? この車じゃあ お気に召さないのでしょうか? 」
「 うわっぷ ・・・ すごい砂ねえ ・・・ いくら屋根付きっていっても ・・・
ほら 帽子にもこんなに砂がたまっていてよ? うわあ・・・ スカーフもじゃりじゃりしてる!
あのね、 車の問題じゃ ありません〜〜 ドライバーの問題よ。
ジョーってばどうしたの? こんな運転、する人じゃあないでしょう? 」
やっと停まったジープの中で 女性は衣類についた砂をぱらぱらと払っている。
「 やあ〜 ごめんごめん ・・・ いや 本当に凄い砂だよねえ〜
でもな、ここはさあ。 都会の幹線道路でもなければ 高速でもないんだ。
それに距離を稼がなくちゃならないんだからね〜 ぶっ飛ばすしかないだろ〜 」
「 ・・・ ホントは嬉しいのでしょ? ジョーの顔に書いてあるわ。 」
「 あ は ・・・ わかる? じゃあ 〜 あともう少し〜〜 我慢してください〜
さあ 行くよ!? よ〜く掴まっていろよ〜〜 ?
ヴァ −−−ッ !
ジープは急発進し、 再びもうもうと砂煙をあげつつ驀進していった。
「 !? きゃッ・・・・ もう〜 ああ 博士に別のバスで移動していただいて正解だったわ〜〜 」
「 ? なんだって?? 」
「 ・・・ もう諦めたって言ったの〜〜〜 」
「 え なにを〜〜? 」
「 こっちのことよ。 ねえ あとどのくらいなの〜〜 」
「 あと少し さ。 」
「 少しってどのくらいなのよ? もう〜〜 遠くに目的物らしいモノは見えるけど・・・
全然近くならないんですもの〜〜 」
「 あはは ・・・ 対象物が大きすぎるからねえ。 でも目的地はあの手前だよ。 」
「 あら ・・・ そうなの? だってアレがその・・・ お墓、なのでしょう? 」
「 そうだけど。 今回 見学にゆくのはアレの中じゃないんだ。
王家の谷 といってね、 やはり墳墓なんだけど アレとは違う形式なんだよ。 」
「 そうなの? わたし てっきりあの中に入るのかなあ〜って思っていたのよ。 」
「 残念でした。でもな、有名な墳墓だからねえ・・・ 観光スポットになっていて
ちゃんと見学できるようになっているのだって。 」
「 ふうん ・・・ 」
二人のはるか前方に 例のアレ ― ピラミッドが巨大な姿を見せている。
「 墳墓 ・・・ お墓 よね。 ね? ・・・ 本当かしら。 あの話。 」
「 あの話? 」
「 そうよ。 < あの話 > ほら ・・・ ミイラの呪! 」
「 ああ なんか聞いたことはあるけど・・・ 女の子はそういうの、好きだなあ〜 」
「 あら。 この話は有名なんですってよ?
博士が教えてくださったけど。 本当に発掘に携わった人々が何人も亡くなっているですって。
だからね。 勝手にお墓を暴いた報いなんだ・・・って。 ミイラの呪 よ! 」
「 ま〜たまた ・・・ それは多分偶然だよ。
そうでなければ ほら。 この過酷な環境での作業で病気になったとか さ。 」
「 う〜ん でもねえ・・・ ここの発掘に携わった人達だけなのよ? 」
「 だからさ。 特にその時の環境が特に悪かった、とか 害虫が媒介する病気とか・・・ 」
「 あらァ こんなに過酷な環境でも 害虫 っているの? 」
「 ・・・ いない、とは言い切れないだろ? ともかく死亡した人の割合が多かったってだけ
のことだろ。 」
「 ジョー。 あなたって ! 」
ふう 〜〜〜〜 ・・・・ !! 助手席の女性は ふか〜〜〜〜い溜息を吐いた。
「 ? なに フラン ? 」
「 あなたって。 ほっんとうに〜〜 ロマンの欠片も感じない人なのねえ〜〜 」
「 はい?? ロマン?? こんな砂ばかりの場所にロマン?? 」
「 ・・・ ああ もういいわ ・・・ ふう ・・・ 期待する方がバカでした。 」
「 ??? なんかよくわからないんだけど ・・・
あ ほら〜〜 前方にちょっと崖みたいな岩山が見えてきただろう ? 」
「 え・・・・ ああ そうね。 アレはまだ遠いけど ・・・ 」
「 あはは ・・・アレはあまりに巨大だから遠くてもはっきり見えるのさ。
ぼくたちの目的地は ― あの岩山だよ。 」
「 そうなのね? うわ〜〜〜 ワクワクしてきたわ♪ 」
「 ?? また ロマンかい? ふうん ・・・ 女の子ってほっんとうに想像力過多なだからなあ 」
「 ふん。 ロマンチック と言ってちょうだい。
博士だって楽しみにしていらっしゃったわ。 もうとっくに到着しているわよね? 」
「 うん。 ホテルからの観光用バスだから ・・・ずっと快適だったと思うよ。 」
「 そうね。 ― ジョーのこの運転じゃ ・・・ 博士にバスで行っていただいて大正解よ。 」
「 ふ〜〜ん・・・・? 広大な砂漠の自然を味わいたい ・・・ なんて言ったのは誰だったっけ?」
「 あ あら・・・ 砂煙の中を突っ走りたい・・・とは言いませんでした。 」
「 いくら屋根つきってもジープなら当然 ・・・ あ れ? 」
「 あら なあに、どうしたの? 」
「 ほら ・・・ なんか ・・・ 検問? 」
ジョーは車の速度を落とし始めた。
「 え・・・ どこ? ああ あそこね ・・・ え〜 でも検問 ・・・ とは違うみたいよ? 」
「 ふうん? 何だろう ・・・もう 王家の谷 は目の前なのに。 」
「 そうねえ ・・・ 」
前方には車止めが設置され 数人の係官らしき男たちが立っていた。
無論、 武装などしてはおらず、工事関係者といった人々だった。
ジョーはスピードを落とし急ごしらえのゲートの前に車を寄せた。
「 あの〜〜 見学にきたのですが。 え? 」
「 どうしたの? なにか ・・・ あったのかしら。 」
「 なんか ・・・ 見学は不可能、 みたいなことを言ってるっぽいんだけど ・・・ 」
「 え〜〜 どうして せっかく遥々来たのに・・・ あら? それじゃ博士はどうなさっているのかしら。 」
「 うん ・・・ なんかさ〜 一応英語なんだけど・・・その〜発音がさ、よく聞き取れないんだ。 」
「 あら。 それじゃちょっと代わって? 」
「 いいけど ・・・ 」
ジョーは身体をずらせて フランソワーズを窓側に越させた。
「 ボンジュール? 〜〜〜〜〜〜〜 」
満面の笑顔で 彼女は囀るみたいな流麗なフランス語で話はじめた。
現地人と見られる係官たちは もう〜目尻をでれでれ下げてにこにこ・・・応対する。
う わ ・・・ 自動翻訳機 ・・・付いていけてねェや〜〜
ふうん ・・・ フランス語の方が通じるんだ?
・・・ あ〜〜! おい ! てめ〜〜 なんて目付き してんだ!
ジョーは油断なく周囲を見張りつつ ― 彼女に色目を使う不逞のヤカラを睨みつけていた。
「 〜〜〜〜 ? 」
「 〜〜〜 〜〜〜〜 ===== 。 」
「 〜〜〜〜 メルシ〜〜 ♪ 」
彼女は再び満面の笑顔をみせると 窓から引っ込んだ。
「 ジョー。 大丈夫よ、 このゲートを越えて進めるわ。 でもねえ 見学は中止なんですって。 」
「 え〜〜 なんで。 事故・・・とかじゃないよね? 」
「 そうね、そんな気配はないし、皆のんびりしているし・・・ 危険なことじゃないみたい。 」
「 じゃあ どうして さ。 」
「 なんかね・・・ 調査 とか 点検 とか 言ってるのね。 」
「 点検?? 」
「 ええ。 それでね、やっぱり外国から来たヒトが 先の宿舎に行ったって。 」
「 あ ・・・ もしかして 」
「 ええ 多分 ギルモア博士だわね。 お友達の方が待っていましたって。 」
「 そりゃよかった。 じゃあ このまま進むね?
せっかくここまで来て Uターンじゃね ・・・ でもさ〜 ここの共通語ってフランス語なの? 」
「 え? ・・・ ああ ・・・ 共通語、というか ・・・
この周辺はヨーロッパの国々が旧宗主国だったから ― 社交の言葉はフランス語が多いのよ。」
「 ふ〜ん ・・・ ( な〜んか 疎外感 ・・・ ) あ あの建物かなあ? 」
前方の大きな崖の続く岩山の手前に 近代的な建物が見えた。
「 そう 多分 ・・・ あ ほら! 博士がいらっしゃるわ〜〜 ねえ? 」
「 ・・・ 見えないってば。 」
「 あ ごめんなさい ・・・ さっきから目のスイッチ、入れてるから・・・ 」
「 じゃ あそこに止めるよ。 あ〜 やっと着いたよ〜 」
二人と乗せた車は 延々と続く砂埃の中を進み ようやく目的地に達したらしい。
ファサ ファサ ファサ ・・・
奴隷たちが大きなウチワで風を送っている。
― カチャ。 ほんの小さな音をたて、黄金の杯がファラオの脇に置かれた。
ん ・・・ と軽く頷き 玉座に座る壮年の王はその杯を取り上げる。
「 ― うん ・・・ 今年の柘榴はよい出来なのだな。 」
彼は一口含み 満足そうに頷いた。
「 まことに ・・・ 陛下。 」
前に立っていた男は うやうやしく頭を下げた。
『 農作地も 旱魃はなかったし ― オアシスの水量も豊か・・・と聞く。 」
「 はい。 おや それはどちらからの報告でしょうか。 」
「 うん? ああ ・・・ 皇子がな。 教えてくれたよ。 アイツはこの辺りをいろいろ・・・
歩き回っているらしい。 」
「 それは それは。 次代を担う方としてお頼もしいことでございますな。 」
「 さあなあ ・・・ 何分まだ年少だからなあ。 」
「 なに、もうしっかりなさっておられますよ。 剣の稽古もご熱心とか。 」
「 モノになれば な。 で ― 皇子は? 」
「 朝の散策に出られました。 」
「 そうか。 ・・・ では姫の母親にあの話を通しておいてくれ。 」
「 御意。 亜麻色の髪も豊かな大変お可愛らしい姫、と伺っております。
若君さまもお喜びでしょう。 」
「 だといいが。 なにぶん、二人ともまだ幼いゆえ ― 少々心配でな。 」
「 いえいえ ・・・ こういうお話は早すぎる、ということはございませんです。
ご聡明は若様には誠に相応しいご縁かと ・・・ 」
「 うむ。 そうなってほしいものだ。 ― 今年の夏も激しいそうだな。 」
黄金の杯を傾けつつ ・・・ 壮年の王は玉座でひくく溜息を吐いていた。
熱砂の地を 今日も太陽は強烈に照り付けていた。
「 わ 若様 〜〜〜 お待ちくださいまし〜〜 」
「 ははは ははは ・・・ じいはそこで待っていろ。 」
「 いや! そんなわけには ・・・ 若様のお散歩にはこの爺が ・・・
お側を護るものがおりませんと 〜〜〜 」
「 いいよ そんな。 ・・・ ここは宮殿の奥庭だよ? 危険なんかないよ。 」
「 し しかし ・・・ ハア ハア ・・・ 」
「 ほ〜ら ゼイゼイ言ってるじゃないか。 お前はほら・・・ そこの木陰でまっていろ。
ぼくは西の泉のオアシスまで行って すぐに戻ってくるから。 」
「 若様 〜〜〜 」
「 じゃ 行ってくるから。 父上には適当に報告しておいてくれ、たのんだよ〜〜 」
「 あ ・・・! 」
少年は軽やかな足取りで 石を敷き詰めた踏み道を駆け去っていった。
「 ・・・ ああ ・・・ 若様 〜〜 ほんにお元気でいらっしゃる ・・・ 」
老人は溜息をつきつつ潅木の根方にある石のベンチに腰を降ろした。
「 ・・・ しっかりなさっているが。 まだまだ幼くていらっしゃる・・・
まだまだ 遊び戯れていてもいいお年頃 ・・・ いかに陛下のご意志とはいえ
― ご婚儀はちとお可哀想だなあ ・・・ 」
サワワ ― 熱く乾いた風が老人の繰言を吹き飛ばしていった。
タタタタ ・・・・
足元の石はまだすこしも熱くはなっていない。 早朝の空気はまだ柔らかく爽やかだ。
少年は軽やかに 駆けて行く。
前方には ぽこり、と緑の離れ小島 ― オアシスが見える。
奥庭には多くのオアシスが作られているが 今、先に見える西のオアシスは天然のものだった。
滾々と湧き出る泉の水はつめたく透明で 周囲には緑の木々が広く陰を落としている。
心地好い場所なのだが 宮殿からかなりの距離があるので訪れる人はあまりいない。
泉の側の東屋は 少年のお気に入りだった。
ああ ・・・ ここはいつでも気持ちがいいや ・・・
誰もいないからよけいに ― あ れ?
木々の奥から きらり、と日を受けて輝くものがみえた。
チロロ チロロ と清んだ音も聞こえてくる。
・・・ 誰か ・・・ いるんだ ・・・
え ・・・ 歌? なにかキラキラ ・・・ 光ってる?
少年は速度を落とし そっと ・・・ 木々の間から泉の脇の東屋を眺めた。
「 ・・・ あ ・・・ 」
そこには ― 泉を中心にした石畳の中庭で 少女が舞っていた。
ぶう〜〜〜ん ・・・・ ぶう〜〜〜ん ・・・・
ひどく旧式は扇風機が 天井でのんびりと回っている。
金属の大きな羽が はらり はらりと回り、食堂内の熱い空気をただただかき回すだけだ。
「 いやあ〜〜 よくいらっしゃいましたなあ〜 」
「 うむ うむ ・・・ 無事に到着してなによりじゃよ 」
大きなテーブルの前で 老博士が二人、からからと笑っている。
「 お邪魔いたします。 やっと着きましたわ。 」
「 こんにちは。 あのう ・・・ お邪魔してもよかったですか? 」
若いカップルは 行儀よく挨拶をし、少し恐縮した様子だ。
茶髪の青年は 物珍しそうに辺りを見回し 連れの若い女性は静かに一点を見詰めている。
「 いやいや ・・・ こちらこそ、せっかくご招待しましたのに申し訳ない。
本来 一般公開を続けつつ ミイラの保守・点検をする予定じゃったのですがなあ 」
「 うむ。 ワシもその主旨を確認したのじゃが。 ここに着いたら ・・・ なあ ハーシェル君。 」
「 そうなんだ。 政府筋から急な変更指示がきてなあ ・・・
なんでもナイル西岸の地区で 展示館周辺でも盗掘が相次いで発生したとかでな。
この王家の谷の資料センターも 急遽休館が決まったんじゃ。 」
「 盗掘 ですか。 でも あのう ・・・ もう ・・・? 」
「 そうです、島村クン。 王家の谷 の墳墓はほとんど盗掘され尽くしていて 今更盗むものも
残ってはいないのですがねえ ・・・ 」
「 それで なにか盗まれたのですか? 副葬品とか? 」
「 いや。 所謂金目のモノは全然 ・・・ 盗掘現場には黄金の腕輪やら
輝石をちりばめたマスクは ちゃんと残っていたそうです。 」
「 じゃ ・・・ なにを ・・・? 」
「 ― ミイラ じゃよ。 ミイラそのものだけを盗んで行きおったんだと。
他にも 一般人のものとか 猫などの動物のものもごっそり ・・・ 盗まれたそうな。 」
「 え。 ミ ミイラ を ですか? 」
「 そうなんじゃよ。 その他、わざわざ買い付けにきた者もおったそうな。
やはりミイラばかりを多数 ・・・ それこそ二束三文で買い取っていった とな。 」
「 ・・・ ミイラって なにかに利用できるのですか??
「 いやあ〜 考古学的な価値以外はなにもない。 観光用に展示するのがせいぜいでな
盗まれた方も さっぱりわからん、と首を捻っているそうな。 」
「 へえ ・・・ いったいどういうつもりなのでしょうね? 」
「 全く不可解じゃよ。 まあ そんな訳でここも用心をするにこしたことはない、となってな。
急遽 休館が決まったのじゃよ。 」
「 う〜ん ・・・ それはとっても残念です〜 」
「 なに ・・・ ワシの権限で保守・点検に立ち会う ・・・という名目にするから
その間に見学なさったらいい。 せっかく脚を運んでくれたのですからな。
そうそう 発掘当時の写真資料なんぞもあるぞ。 ちょっと待っていてくれたまえ。 」
ハーシェル博士は 気軽に席を立って食堂を出ていった。
「 ・・・ 赦さぬ。 魂の寄る辺となる身体を 盗むとは ! 」
鋭い言葉が隣から聞こえ ジョーははっとした。
それはとても低く小さな声だったので ジョーの耳にしか入らなかった。
「 え なんだい フランソワーズ ? 」
彼も小声で訊いた。
「 ― え ?? あ なあに、 ジョー。 」
「 なに・・・って きみ、今 」
「 え? ああ ちょっと・・・ぼんやりしていて ・・・ ごめんなさい。
わたし ・・・ なにか言った? 」
「 いや なにも ・・・ 」
「 そ そう・・・? ここは空気が澱んでいるわね ・・・ 」
「 え ? 」
ジョーはもう一度、彼女の顔をまじまじと見詰めた。
「 フラン。 きみ、疲れているんじゃいのかな。 今日の見学はやめたほうが 」
「 そんなこと、ないわ。 ここの見学、とてもとても楽しみにしてきたのよ。
大丈夫。 この空気にも慣れたし 」
「 そうかい。 それならいいけど ・・・ 少し 外の空気を吸ってくる? 」
「 え なぜ? 外は直射日光が強烈だし砂が飛んでくるじゃないの。 」
「 ・・・ でも 空気が澱んでいて・・・ 気になるって言ってたのじゃないかい。 」
「 澱んでいる? そんなこと、言わないわよ。
ほら ・・・ちゃんと扇風機が回っているじゃない? 」
フランソワーズは笑いつつ天井の大仰な < 扇風機 > を見上げた。
「 あ ・・・ うん ・・・ 」
「 やあ お待たせ ・・・ ほら これじゃよ。 」
ハーシェル博士は 抱えてきた書籍をテーブルに広げた。
「 ― 素晴しかったわねえ ・・・ なんだか感動してまだ興奮しているわ。 」
「 うん ・・・ 」
「 ジョー ・・・ 疲れた? やっぱり砂漠の往復は大変だったわよねえ ・・・ 」
「 え ・・・ あ そんなこと、ないよ。 」
そんな言葉とは裏腹に ジョーの足取りは重い。
ここは 都市中心部に近いホテル ・・・ 二人の宿泊地だ。
高級ホテルの一室は冷房も空調もばっちり、で 外とは別世界になっている。
二人は 王家の谷 での見学を終え、 その日の夕方には街中に戻ってきていた。
「 そう? でも ・・・ ねえ 先にバスを使って? ゆっくり入っていらっしゃいよ。 」
「 え ・・・ ああ うん ・・・ そうだな ・・・
あ でも きみだって疲れているだろう? 砂まみれにもなったし きみからバス ・・・ 」
「 わたし、荷物の整理とかしたいから ・・・ どうぞお先に? 」
「 そうかい ・・・ それじゃ ありがとう、フラン。 」
「 ほら ゆ〜っくり 日本式に浸かっていらっしゃいよ? 明日の朝は早いし。 」
「 うん ・・・ 」
ジョーは 彼らしくもなく物憂い様子で立ち上がると バス・ルームに行った。
なんだかすごく疲れている みたい ・・・
確かに砂漠のドライブは大変だったけど
難所のドライブ、 大好きなはずよねえ ?
そういえば ― 展示施設の中でも静かだったわ
あんまり興味がないのかしら?
ううん ・・・ だってこの旅行、誘ったのはジョーよね?
スーツ・ケースを開けて 衣類を詰めなおしつつ彼女はあれこれ思いをめぐらせていた。
明日には博士も、合流し帰国することになっている。
・・・ ふう ・・・ あら わたしも少し疲れた かな。
あの地は やっぱりちょっとショックだったわ
でも なぜかとても懐かしい気持ちになったのね
― ただいま ・・・って思ったわ ・・・
ふふふ 可笑しいわね ・・・・
あ。 でも ジョーは ― 途中から とても静かだった・・・
ミイラとか副葬品には あまり興味がなかったみたい
う〜ん ・・・ でも それはヘンよねえ ・・・
いろいろ資料を見せて 是非、行こう!って行ったのは
・・・ ジョーじゃない?
いつしか荷物整理の手が止まっていた。
チャポン ・・・ バスタブの中で透明な湯が揺れている。
ジョーは ゆっくり身を沈めた。
「 う〜〜ん ・・・ やっぱりちょっとなあ〜〜 西洋式のバスタブは浅いんだもんなあ〜
疲れを取るには どっぷり浸かれる日本の風呂が一番 さ。 」
砂漠のドライブ、とはいえ、サイボーグの身。 そしてただの観光目的なのだから
たいしたことはない ― と思っていた。
むしろ 平坦な道を行くよりも面白そう 〜〜 と多少期待もしていたのだが ・・・
「 ・・・ あ〜 ・・・ なんでこんなに疲れてるのかなあ ・・・ 」
バスタブの中で う〜〜ん ・・・ と伸びをした。
砂嵐に巻き込まれることもなく、 ほぼ予定通りに街まで帰ってきた。
しかし ― この現代的なホテルに戻ったととたんに どっと身体が重くなった。
「 ・・・ ドライブの疲れ ・・・ じゃあないよなあ ・・・
う〜ん ・・・ ミイラの見学も歩き回ったわけじゃないのに ・・・ なんだろう。 」
ギルモア博士も フランソワーズもとても熱心に見学していた。
特にフランソワーズは ミイラに添えられた花の痕跡にとても心を魅かれたらしかった ・・・
「 ステキねえ・・・ この花は二人の愛の永遠の証、なのよね ・・・
幾千年経っても 愛は色褪せることがないのよ。 」
「 ふふふ ・・・ マドモアゼル? さすがフランスのお方 ・・・ 愛の詩人じゃな。 」
「 え ・・・ あら そんな ・・・ ハーシェル博士 ・・・ 」
「 いやいや 実際にこのミイラ ― 少年王は短くても幸せな人生を送ったのかもしれませんな。」
「 ― そのとおりだ。 ぼくたちは 幸せだった ― 」
「 え? なあに ジョー。 なにかみつけたの? 」
「 ・・・ あ? ぼく ・・・ なにか言ったかい? 」
「 いいえ でもじ〜〜っと壁画とか見詰めているから ・・・ 」
「 あ そ そうかい? ・・・ なんか こう ・・・ あまり馴染めないなあ〜って ・・・ 」
「 ええ? そりゃそうでしょ。 ここはお墓なんですもの。 」
「 あ ああ そう だったね・・・ うん ・・・ 」
「 ?? おかしなジョー ・・・ ねえ それよりもさっきからずっと ・・・ 聞こえない? 」
「 え なにが。 」
「 うん ・・・ 小さな とても小さな声なの 沢山の小さな声が ・・・ 」
「 ・・・・ 別になにも聞こえないよ? あ < 耳 > のスイッチ、入れてるのじゃないかい。 」
「 ううん。 ここに着いてから切ったままよ。 不快な音じゃあないのだけれど ・・・
ずっと ・・・ ここに来てから ・・・ 」
「 きっと君も疲れているんだよ。 ほら 砂嵐 とかの音とか。 」
「 ああ そうかもしれないわ ・・・ 帰ってシャワー浴びたらすっきりするかも 」
「 そうだよ、 ぼくも風呂に入りたい。 」
「 そうよねえ ・・・ せっかく頂いたこの花も枯れてしまうわ。 」
彼女は小さな鉢植えの花を熱心に眺めている。
「 紅花 ・・・だっけ? ふうん ・・・ 鮮やかな色だねえ ・・・ 」
「 ね? ・・・ ミイラにも添えてあったわよね ・・・ きっとこの花は愛の花なのよ。 」
「 ぼくにもくれる? 」
「 あ〜ら ・・・ < ろまんちっく > なことには興味ないのじゃなかったァ? 」
「 ・・・ きみがくれるなら 別。 」
「 ふふ・・・ この鉢植え ・・・ お部屋に置いておきましょう。 あ ギルモア博士にも・・・
こうしてお部屋に置いて頂いたらいいわね。 」
フランソワーズは 一輪、花を折るとコップの水に挿した。
「 ああ そうだね。 なんか気分が和むもの。 」
「 ね ? 」
くすくす・こそこそ囁きあっている二人は ― どうみても < 立派な恋人同士 > に見えた・・・
チャポン ・・・ ! 湯が跳ねて 強烈な芳香が浴室に満ちた。
「 あ れ ・・・? 入浴剤 とか使ってないはずなんだけど ・・・ 」
ジョーは 首を捻りつつ、 湯を眺めた ― そこはバスタブあるホテルの浴室ではなく。
御影石で組まれた大きな湯船だった。
え ・・・??
視線を湯から上げれば ― 周囲は石壁に囲まれ 湯船の脇には奴隷たちが控えており、
大きな団扇で風を送っている。
その浴槽には 大きな花がそちこちに浮いていた。
噎せ返るような強い香りは この花から立ち昇っているらしい。
「 ・・・ こ ここ ? 」
「 ? 若君さま 御用でございますか? 」
小声がしてすっと細っこい少年が浴槽の脇に立った。
「 え??? あ ・・・ あの ここ ・・・ 」
「 香り花をもっとお持ちいたしますか。 」
「 あ ・・・ いや ・・・ こ これでいいよ ・・・ 」
「 では なにか御用がございましたら いつでもお呼びください。 」
褐色の肌をした少年はひくく腰を折ると 素早く立ち去った。
「 ここ ・・・ も 風呂 だけど ・・・ どこの風呂だ ??
・・・ ああ さっきの香りはこの花 か ・・・ 」
トン ・・・ 花が彼の肩に触れた。 それだけで 新たな香りが立ち昇る。
「 ― 服を もて 」
ジョーが浴槽から立ち上がると 布やら小さな壷やらを手に召使たちがすぐに寄ってきた。
「 若君さま ― 香油をお塗りもうしあげます 」
「 うん ・・・ 頼む。 」
彼は当然のように言い、浴槽の隣にある寝椅子に横になった。
香り高い油が 身体に塗りこまれてゆく ・・・ これはマッサージも兼ねているらしい。
「 ・・・ なんだかぼう〜・・・っとしてしまったな ・・・
きっと夢でも見ていたんだろう。 見たこともない部屋に居たけど ・・・ 」
ふううう −−−− 彼は大きく息を吐いた。
ふふふ ・・・ きっと朝早くにステキなコトがあったから
浴槽で 居眠りでもしちゃったんだろうな〜
ファサ ・・・ ファサ ・・・ 奴隷たちが風を送る。
「 若君様。 お召し物をどうぞ。 」
「 あ〜 うん ・・・ 」
彼は物憂く寝椅子から起き上がり セミの羽みたいに薄くて軽い服を纏い始めた。
「 父上は婚儀のことをおっしゃるけど ・・・ あんまり興味ないんだなあ〜
でも あんな可愛いヒトを 妃にできるなら ・・・ いいな
爺やはいろいろ言うけど ・・・ ホントはファラオなんてなりたくないんだ。
父上はまだまだお若いから ご治世はずっと続くからいいけど さ。 」
カチリ ・・・ 輝石を散りばめた革のベルトを締め剣をつるす。
ぼくは ― この国の多くの人々を豊かにしたいな。 ナイルの河のように ・・・
それで ・・・ あのヒトが妃になってくれるなら ファラオになっても いいかも
うん・・・! あのヒトと一緒なら この国を治めるのも ・・・ 楽しいよね きっと。
少しばかり陽気な気分になってきた。
「 若君様 ― お客様がお待ちです。 」
「 客人 ? だれだい。 」
「 ― 近衛連隊長殿です。 」
「 あ いっけない! 約束していたんだ! 隊長殿に飲み物を差し上げてくれ。 」
「 はい 畏まりました 」
「 そうだよ〜〜 街の話を聞かせてもらう約束だったんだ。 」
彼はいそいで身支度の仕上げをはじめた。
「 やあ ・・・ ジャンさん。 」
「 皇子様。 ご機嫌麗しく ・・・ 」
居間に入ってゆくと 背の高い青年が礼儀正しく挨拶をした。
亜麻色の髪がきらり光る。 端正な顔立ちの上、鍛えた身のこなしが素晴しい。
ジョーは惚れ惚れとした眼差しを向ける。
「 やだなあ 〜 ジョーって呼んでくださいよ。 ジャンさん。 」
「 いやいや ・・・ 皇子様にむかってそんな呼び方は無礼でありましょう。 」
「 だったら ・・・ ジャンさん じゃなくて ジャンニムール義兄上 って呼ばなくちゃ。 」
「 やめてください。 ― それじゃ < ジョー >。 」
「 ありがとう、 ジャンさん!
ジョー ・・・って。 小さいころ、ぼくの母上がそんなふうに呼んでくださったんだ ・・・
異国っぽい響きだけれど ぼくは好きさ。 」
若君は ぱっと顔を綻ばせ 青年は苦笑しつつも ―楽しそうだ。
「 召使いは追い払ったし。 飲み物はたっぷり用意させてあります。
街の話、聞かせてください。 」
「 あは ・・ なかなか策士になってきたなあ〜 」
青年も楽しそうに笑い、織物を敷いた長椅子にゆったりと腰をかけた。
彼は近衛連隊長として少年の宮に仕えているが 親しい友達でもある。
出自は れっきとした現ファラオの王子 ― ジョーの異母兄なのだ。
ジョーの生母は ファラオの第一の妃だったので ― 彼女は早くに亡くなっている ―
年下のジョーがファラオの跡継ぎとされている。
現在の正妃は ネフェルティティ、 ジャンの母である。
「 でも ・・・ どうしてジャンさん、臣籍降下なんかしたのです?
ジャンさんこそ ファラオになるべきヒトなのに ・・・ 」
若君は ジャンの杯に飲み物を満たす。
「 お・・・ ありがと! え〜 いや 別にたいした理由はないよ。
まあ ・・・ 妹を護ってやりたかった ・・・ってとこかな。 」
「 妹姫? じゃあ王妃様の姫君ですか。 」
「 ああ。 6人も姉妹がいるんだけどな〜 三番目の妹姫が一番オレとよく似ていて・・・
まあ それだけに一番気になるんだ。 」
「 へえ ・・・ きっと可愛らしい姫君なのでしょうね。 」
「 ああ! ジョーとほとんど同じ年だけど 可愛いぜ〜〜 」
「 どこかの外国 ( とつくに ) の妃になられるのでしょうか ・・・ 」
「 う〜ん・・・ オレとしてはあまり遠くに行ってほしくないな。 ともかく幸せになって欲しくてな。 」
「 ・・・ あのう ・・・ その姫に会わせてもらえませんか。 」
「 ダメだ。 ジョーにはもうファラオ陛下が決めた姫がいるのだろう? 」
「 え そんなこと、聞いていませんが。 」
「 ふうん? そんなウワサが流れているぞ。 皇子のご婚儀が近いってな。 」
「 そんな ― ぼくは まだ ・・・ 」
みにゃあ 〜 ・・・・ 足元で茶色の仔猫が声をあげた。
「 あ ・・・イシス ・・・ 朝御飯はもう終ったのかい。 」
にゃあ ・・・ 青い眼の仔猫がくるり、とシッポを回す。
「 そっか ・・・ それじゃ こっちへおいで。 ここが一番風通しがいいからね。 」
ジョーは仔猫をそっと抱えると 自分の御影石の椅子に乗せてやった。
「 あ〜 ここにも猫がいるんだな。 」
「 ええ。 このコ、ぼくの大切な友達なんです。 このコの母親と一緒にぼくは
この宮に移ってきたので ・・・ 」
「 そうか。 ヨシヨシ ・・・ ああ 妹もこんな猫を可愛がっているよ。 」
「 そうですか ・・・ きっと可愛いのでしょうね ・・・ 」
ジョーは うっとりした顔になり宙をみつめている。
「 ふ〜〜ん? 可愛い のは 猫かい それとも 妹かな〜〜 」
「 え?! あ ・・・ そ そんな 〜〜 え〜〜 両方! 」
「 ははは 正直でいいぞ〜〜 」
「 ジャンさんってば〜〜〜 からかわないでくださいよ。
・・・ ねえ ジャンさん。 ずっと ― こうやってぼくの 兄さん でいてください。
その ・・・ ぼくが ・・・ 」
「 ああ。 ジョーさえ許してくれるなら オレは一生ジョーの治世を支える覚悟だよ。 」
「 ジャンさん・・・! ありがとう!
ジャンさんがいてくれるなら ・・・ ぼく ・・・ 」
「 ジョー。 きみの治世に期待しているよ。 」
「 ・・・ ジャンさん ・・・・ あ イシス!? 」
茶色の仔猫は しばらく二人の遣り取りを聞いていたのだが 不意に椅子から飛び降りると
開いていた窓から ぴょん ・・・と飛び出していった。
「 お〜い ・・・! 外は暑いよ〜〜 もどっておいで !
ジャンさん、 すいません〜〜 ちょっと待っててください 〜〜 お〜〜い イシス〜〜 」
ジョーも 仔猫を追って駆け出していった。
「 あれ ・・・ まあまだコドモだってことか。
うん ・・・ 猫と遊んでいられるのも今の間だけだからなあ ・・・ うんと楽しんでおけ・・・ 」
ジャンは腕組みをして 窓辺から異母弟の後姿を見守っていた。
ファサ −−−− ・・・・ 熱い風が王宮にも吹きこんできた。
「 ・・・ イシス ! 」
― バン ・・・! バス・ルームのドアからジョーが飛び出してきた。
「 !? ジョー ・・・ どうか したの? 」
「 ― え ・・・? 」
フランソワーズが 目をまん丸にしている。
「 ・・・ あ ・・・ そ その ・・・ ご ごめん ・・・! 」
やっと我に帰れば ・・・ バスタオルも巻かずに そのまんまバスタブから飛び出してきていた!
「 ・・・ いいけど ・・・ 風邪 引くわよ? なにか あったの。 」
フランソワーズが ぽ〜〜ん ・・・・とホテル備え付けのガウンを投げてくれた。
「 ・・・ う ううん ・・・ あの ちょっと その ・・・・ 」
「 ねえ イシス ってなあに。 」
「 え?? そ そんなこと 言ったかい? 」
「 ええ。 イシス ・・・ エジプトの女神の名前 だったわね? 」
「 へえ〜〜 そんなんだ? 」
「 へえ ・・って。 だってジョーが呼んでいた名前よ。 」
「 あ・・・ そんな名前の仔猫がいて ・・・ 追いかけていたんだ。 」
「 ― ジョー。 大丈夫? やっぱり頭を冷したほうがいいのかもしれないわね ・・・
砂漠の暑気あたりと 湯中りが重なったのかしら 。 ほら 横になって? 」
「 え ・・・ あ ・・・ うん ・・・ 」
「 ねえ 本当に大丈夫? 博士に連絡してみましょうか? 」
フランソワーズは さらにタオルを渡し彼の額に手を当てた。
「 熱は ないみたいね。 やっぱり疲れたのよ。 わたしも ・・・ちょっと暑気あたりっぽいわ。
ほら ・・・ これでも飲んで? 」
部屋備え付けの冷蔵庫から ミネラル・ウォーターのボトルを取り出してきた。
「 あ ・・・ 冷たくて いい気持ちだね ありがとう。 」
「 ね? わたし ゆっくりお風呂に入ってくるから ・・・ 先に休んでいてね。 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
まだ すこしぼんやりしているジョーに フランソワーズは軽くキスをするとバスルームに消えた。
・・・ これ つめたい な。
イシスにも飲ませてやりたいなあ ・・・
・・・ イシス 〜〜 待ってくれよ〜〜
ジョーは水のボトルを手にしたまま ことん・・とベッドに座り込むと、そのままふわ〜っと横になり
たちまち眠りに落ちてしまった。
・・・ ァ ・・・ フラン ・・・・ ちょっとだけ眠らせてくれるかな・・・・
うん きみがお風呂から出てくるまで ・・・・
・・・ うん、 今夜は きみと ・・・ ね? だから ・・・
バスルームからは 彼女のハナウタが低く聞こえてきていた。
― サワサワサワ ・・・・ 緑の木立が揺れて微かに音をたてている。
離宮の周辺はオアシスが多く、流れてくる風も少しは爽やかだ。
「 ねえ・・・ トトメス? 今朝 お会いしたあの方 ・・・ステキだったわねえ ・・・ 」
「 ・・・ みにゃあ〜 ? 」
姫君は うっとりした瞳で話しかけるのだが ・・・ 茶色の仔猫は首をかしげるばかり。
「 あら。 トトメスはあの皇子さまがきらい? 」
「 ・・・ うにゃ〜〜ん ・・・ 」
「 よく考えてみる って? そうなの? ・・・ それじゃ わたしはトトメスの判断に
従うわ。 お前って本当にお利口さんなんですもの。 」
「 みゃう。 」
「 そろそろ暑くなるわね。 さあ 風通しのよいところにいらっしゃいね。 」
姫君は仔猫をお気に入りの場所に 下ろしてやった。
「 え・・・っと。 それじゃ このお花を花瓶に挿してっと。 そうだわ。
ジャン兄様のお部屋にもお持ちしようかしら。 ほんとうにきれいですもの。 」
彼女は忙しく広い部屋の中を動き回っていた。
すると ・・・
「 にゃあ〜〜ぉ ・・・! 」
「 ? まあ どうしたの、トトメス? 」
窓辺には葦で編んだ籠で彼女の愛猫がの〜んびりと朝寝を楽しんでいるはずなのだが。
日頃からとても利発なその仔猫は めったなことでは騒ぎ立てたりはしない。
いつも少女の側にいて その丸いひとみをかっきりと見開いている ・・・ それが・・・
「 にゃお〜〜〜 ・・・ にゃお〜 」
「 ?? なあに、 どうしたの? ― あら? 」
窓辺に駆け寄った少女は さらに驚きの声をあげた。
「 ・・・・ みゃお 〜〜 ・・・・ 」
窓の下のかんかん照る日が差し込む廊下に 小さな仔猫が座っていたのだ。
「 まあ ・・・ そんなところにいたら病気になってしまうわよ? おいで? ほら ・・・ 」
彼女が腕を伸ばすと ぴょん ・・・ と その仔猫は上手に飛びついてきた。
「 おいで ・・・ あらじょうずねえ ・・・ 爪も出さないでお利口さん ・・・ 」
丸い頭を撫でてやれば 仔猫はすりすりと身を寄せてきた。
「 どこから来たの? トトメスのお友達かしら・・・・ 女の子ね。
まあ ・・・ 綺麗な首輪をしているのねえ この青い石はなにかしら ・・・ 」
「 みゃお〜〜〜 ・・・ 」
「 にゃ! にゃ〜〜〜 」
その仔猫とトトメスは すぐに鼻先をすり合わせはじめた。
「 まあよかった ・・・ 仲良しさんなのね。 あら? 」
タタタ ・・・・ タタタ ・・・・
今度は窓の下の回廊で 軽い足音が聞こえた。
王宮の誰かが通り過ぎるだけだ と思っていたのだが。
カタン。 ・・・・タタ ・・?
足音は窓の付近で 行きつ戻りつしている。
誰 ・・・? この離宮に来る人ってめったにいないのに・・・
・・・ ジャン兄様かお母様のお使いの方 くらい・・・
姫君は そう〜〜っと窓に近づくと紗の帳の陰から外を見た。
窓のすぐ下の回廊には少年が立っていた。
― あ ・・・! 今朝 お会いした ・・・ あの方 ・・・!
「 イシス〜〜 お〜〜い どこに行ったんだい ・・・ 」
少年はあちこちを眺めつつ 困惑した表情だ。
「 みゃお 〜 ! 」
「 ・・・ にゃあ〜〜 」
いきなり二匹の仔猫が紗の帳を跳ね除け 窓から飛び出した。
「 あ!? トトメス〜〜 どこへ行くの?! 」
姫君は思わず帳の陰を離れ 窓から顔を出した。
「 ・・・ !? あ。 き きみは ・・・ 朝方の姫 ? 」
「 え ・・・ あ あの ・・・ 」
― こうして 運命の車が回り始めた。
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updated : 06,11,2013.
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******** 途中ですが
え〜 例によって 姻戚関係?等は
アンケセナーメンがネフェルティティの三女だった ということ以外は!
ウソ800万です〜〜〜 <(_ _)>
原作あのお話の、そして もう7年近く前の拙作の補完版です〜〜