『 エッセンス ― (3) ― 』
パラリ パラリ ・・・
「 ・・・ すご ・・・ い ・・・ 」
スケッチ・ブックが捲られてゆき それと共に感歎の声 というか
ため息があがる。
フランソワーズは 顔を近づけてみたり わざと遠くから眺めてたり
作品を楽しんでいる。
「 ・・・ ああ これ ・・・ アレグロ ね!
凄いわぁ〜〜 ねえ バレエを知っているの ユウジ? 」
「 ・・・ 」
その描き手は 目を閉じたまま首を振った。
「 本当に 全然知らないの? 」
「 ・・・ 」
彼は頷く。 そのまま保冷剤を額と目に当てた。
「 大丈夫? すこし根を詰め過ぎたのではない?
しばらく横になっていますか? 」
「 ・・・ すいません、大丈夫 ・・・
ちょっとね 張り切っちゃって ・・・ 」
「 三日間 ず〜〜〜っと スケッチしてましたものね
本当に ・・・ ああ スタジオで 皆が 踊ってる ・・・ 」
「 ・・・ そう 見えますか 」
「 はい。 わたしには − 動いて見える ・・・
そうよ 音楽も、ポアントの音や 皆の息づかいが聞こえるわ
これ! この後は マダムのお小言があったの!
それも ・・・ 聞こえる〜〜〜 」
「 それは 嬉しいなあ
あ ひとつ、教えてください。 」
「 はい? 」
「 三日間 レッスンを見学したけど ・・・
皆さん、バー・レッスンの後、真ん中に出てからは
― 三日とも違う踊りでした。
曜日によって踊りが決まっているのですか 」
「 ??? どういうこと? 」
「 だから その・・・ 月曜はこの踊り とか 」
「 ・・・ あ 違うのよ
クラス・レッスンでは 毎日 振りは違うの。
回転が多い振り も 速いテンポの振り も 大きなジャンプが
連続する振り も ね。
毎回 マダムがこう〜〜 順番を説明して わたし達はそれを
順番通りに踊っているの 」
「 え。 ・・・ 毎回 違う・・・? 」
「 ええ。 」
「 でも でも みんな するする踊ってた・・? 」
「 そう ねえ・・・ そういう練習をず〜〜〜〜〜っと
バレエを始めた日から繰り返している っていうことかしら
わたし達 みんな ね 」
「 ・・・ す ご ・・・ 」
「 そう? ユウジが見学してくれたのは 毎日のレッスンで
公演のリハーサルとかになれば 同じ踊りを繰り返し練習するけど 」
「 そうなんですね・・・ 初めて知った ・・・ 」
「 ああ そうよねえ わたし達には < 普通 > でも
関係のないヒトには わからないわよね。
ジョーなんて 初めて会ったとき、 毎日 白鳥の湖 を
踊っているの? って聞いたのよ〜〜〜〜 」
「 あは ・・・ それは さすがに違うんじゃないかなあ〜って
思うけど 」
「 でしょ〜〜 普通・・・ でも真剣な顔で聞いてきたのよね 」
「 仕方ないですよ 」
「 ん〜〜 ・・・ 同じよ! 」
「 ?? 」
「 だから わたし達には ユウジが手元もみないで
さささささ〜〜〜〜〜 って 描いてゆくのが もうびっくり なの。
数本の線なのに しっかりその人の特徴、描いてるし 」
「 あ ・・・ そ うかなあ 」
「 そうです〜〜 スタジオの皆も驚いていたでしょ
もうねえ 写真よりもすごい! ・・って ヘンな言い方だけど。
でもね でもね 本当よ? 写真よりもっとそっくりなの! 」
「 いやあ カメラと勝負は ・・・ 」
「 わたし、 ニンゲンって 機械よりず〜〜〜〜っと
素晴らしいって信じているわ 」
「 そりゃ もともと違うトコロを目指してますからね
カメラと絵画は 」
「 それは そうだけど・・・ わたしは ニンゲンの方が好き!
あ ねえ 聞いてもいいですか 」
「 ? はい? 」
「 ユウジは どんな作品を描いてゆきたいのですか?
え〜 と どんな画家さんを目指しているの 」
「 ・・・ え ・・・ 」
フランソワーズの無邪気な問いに ユウジは固まっている。
「 あ ごめんなさい ・・・ なにかいけないコト、
聞いてしまったかしら 」
「 ・・・ いえ 全然。
ぼく ずっと 探してたんです ・・・ 」
「 探す?? なにを 」
「 あ え〜〜と ・・・ 進む方向 かな 」
「 ― 皆 そうかもしれない わ 」
「 ・・・ 」
ユウジは 少し眩しそうな笑みをフランソワーズに向けた。
「 ずっと わからなくて ・・・
そう ある時 ― 一個のリンゴを ・・・ 美しいと思えなくなったら
僕は どうしたらいいのでしょう ・・??
なにと描いたらいいのでしょう ・・・ って聞いたんだ 」
「 そうしたら ・・・? 」
「 大学の恩師が 動くものを追ってみては って ・・・ 」
「 動くモノ? 」
「 ん ・・ 生命があるものって言う意味 かなあって思ったんだ。
それで 風景以外に目を向けてみたんだけど ・・ 」
「 ふうん ・・・
わたし 専門的なことはわからないけど
貴方の 風景画も < 動くモノ > も
両方とも とても好き! どっちも素敵よ 」
「 ! ありがとうございます ・・・ ! 」
「 ふふふ ねえ たくさんのデッサン ・・ どうするの?
デッサンは 絵を描くヒトの練習? 」
「 ああ あの中から描きたいテーマをさがして
構成をし直して 水彩で色をのせてみたかったな 」
「 ・・・ すご〜〜〜い 見たいわあ〜〜
デッサンだけでも 色が感じられるのに・・・
天然の色を どう表現なさるのかしら 」
「 うん ・・・ やってみたい事は ・・・
本当にたくさん 数えきれないほどあったんだ 」
「 これからひとつ ひとつ 試してみれば?
学校にいる間だけってことじゃないでしょ? 」
「 ・・・ うん。 そうなんだけど。 そうできたら・・・ 」
ユウジは なぜか言葉を途切らせた。
すう ・・・っと 彼の視線が遠くに飛んでゆく。
「 ・・・? あ の ・・・ ごめんなさい
なにか失礼なこと、言ってしまったかしら。
絵を描く って 間近で見たのは初めてなの。
だからもう無茶苦茶に感動してしまって ・・・ 」
「 あ いや すいません、僕こそ。
本当にありがとうございました。 これだけスケッチができたから
少し整理してきます。 」
「 そして ― 水彩画にするの? 」
「 ・・・ 出来れば 」
「 あの 楽しみにしています! 本当よ 」
「 ・・・・ 」
ユウジは はにかみつつ深い笑みを浮かべた。
「 貴女に会えて ― よかった!
ありがとうございました フランソワーズさん 」
「 え ・・・・ 」
彼は とても丁寧に挨拶をすると す・・・っと踵を返し
遠ざかって行った。
彼女は そんな彼をただ ただ じっと見送った。
― なんか・・・いつも
ふ・・・っと 遠くを見るのね
やっぱり空とか 景色が好きなのかなあ
ああ きっとそうね
彼の瞳って ・・・ なんか水色に見える ・・・
勿論 光の具合だろうけど
空や 海や 緑が好きなのよ
ユウジなら 風 も描けるかも・・・
そうよ 今度聞いてみようっと
舗道の端を歩いてゆく彼から 視線を外すことができない。
雑踏に紛れないで ずっと見ていたい ・・・と思う。
「 ? ユウジ ? 」
思わず 声が出た。
・・・ あれ。
ユウジってば どこへ行くつもり??
なんか こう・・・蛇行していない?
・・・あらら・・・ 車道にでないで〜〜
― 戻った ・・・
なんか グレートが酔っぱらった時みたいよ??
でも お酒なんか飲んでないし・・・
あ もしかして。
描きたいモノ が あちこちに見えるのかなあ
遠ざかる後ろ姿を 彼女は少し首をかしげて見送った。
画家を志す者には 常人とは違う視線 があるのだろうか・・・
「 カッコいいなあ ・・・
パリでもねえ スケッチ・ブックとか持ってる人って
なんか素敵だったもの ・・・ 」
コトン。 足元に置いた自分の荷物に躓いてしまった。
「 あ。 もう〜〜 やだわあ〜 ぼんやりね、 フランソワーズ。
いっけな〜〜い 早く帰らなくちゃ。
今日は 夕食当番なんだった ・・・ ! 」
タカタカタカ ・・・
フランソワーズも 都会の忙しない人波の中に紛れて行った。
「 ねえ それでね・・・ この前のスケッチにね〜 」
その夜の食卓でも 彼女はこの画家志望の青年の話題で持ち切りだった。
「 静物ってあるでしょう? 果物 とか 花瓶の花 とか。
ああいうモノに 美しさ を見つけられなくて って 」
「 ほう ・・・ 芸術家の悩み ということか 」
「 らしいです。 わたしにはよくわからないけど ・・・
ねえ ジョーはどう思う? 」
「 ・・・ 」
「 ? ジョー? 」
彼は やっと目の前の皿から視線を上げた。
「 あ ・・・ なに? 」
「 もう〜〜 聞いてなかったの? 」
「 ごめん。 ぼく 絵とかわかんないんだ ・・・
描く方も得意じゃなくて。 不器用で さ 」
「 あら わたしだって、絵は描けないわ。
でもね 絵を眺めることはできるし ・・・ 感想を言うことは
できるでしょ 」
「 う・・・ん ・・・ でもぼくには ・・・
よく似てるよ とか 海が写真みたいだね とか ・・・
そんなことしか言えない ・・・ 」
「 それでもジョーの言葉で言えばいいのよ。
誰もが み〜〜んな芸術家なわけじゃないんだもの。 」
「 そう なのかなあ 」
「 わたしは そう思うわ。
ユウジは 神様からた・・・っくさんのエッセンスを頂いているのよ。 」
「 ??? エッセンス ??? 」
「 そう。 こう・・・ なんて言うのかなあ ・・・
才能っていうのが一番近いかしら。 」
「 ふうん? ・・・ そうだなあ
ぼくには 一滴のエッセンスもないんだ それはわかる。 」
「 もう ジョーってば・・・でもね それが現実よ。
こればかりは 神様の贈りモノだから 」
「 ・・・ ん ・・・ それは わかるなあ 」
「 わたし達は 彼がたくさんのエッセンスから生みだす作品を
わくわく・・ 鑑賞できればいいなあ 」
「 そっか ・・・ そんな風に考えるのか 」
「 いやだ これはわたしの気持ち よ。
」
「 気持ち かあ ・・・
あ そうだ。 ずっと疑問に思ってるんだけどさ 」
「 ?? 」
「 どこに住んでいるのかな ・・・ アイツ。 」
「 え ユウジのこと 」
「 ふん そんな名前だったっけ? 」
「 そうです! ・・・ なによ〜〜 カンジわるい〜 」
「 これが ぼく です。 」
「 ・・・ ねえ なぜそんな風に言うの?
いつものジョーじゃないわ なんか 意地悪っぽい 」
「 意地悪なんです、本当は 」
「 ジョー。 やめて、そういうの 」
「 ・・・ ごめん
なんか さ。 ぼく 入れない世界だなあ って思っちゃって 」
「 ・・・ごめんなさい 自分の気持ちばっかり言って。
わたしもちょっとおしゃべりが過ぎたわ
」
「 ねえ フラン。 あの さ。 この前 わんこの散歩の仕事してて・・・
岬の対岸の方まで行ったんだ 」
「 え ・・・ 」
「 アイツ 向こう側に住んでてって言ったんだろ 」
「 え ええ ・・・ いつもウチの方から見たら
どんなふうに見えるのか・・・って思ってたって 」
「 ・・・ バイト先の店長があの辺り、知ってて・・・
今 民家はないって言うんだ。 」
「 え ・・・ 」
「 散歩に行っても 松林ばっかだぜ? 」
「 ・・・ 今は 大学の近くに下宿してるらしいわ
コドモの頃の思い出を言ったのじゃない?
― なにか気になるの ジョー 」
「 う ・・・ ん ・・・ いや 多分・・・
彼は懐かしい気分で この辺りを眺めていたの かな 」
「 きっとそうよ。
コドモの頃は この辺りの海で泳いだり
海岸で遊んだりしたのじゃないかしらね 」
「 ああ ・・・ たぶん。
でも この絵 さ ・・・ 」
ジョーは 一枚飾ってあるスケッチを しげしげと眺める。
「 なあに? 」
「 う ん ・・・ 」
これは! どう見たって告白じゃん?
好きです〜〜〜 って 声 溢れてる・・・
オンナノコには 聞こえないのかなあ??
「 ・・・ 素敵よねえ ・・・ この向日葵の葉っぱ、
濃い緑色が見えるわ・・・ 」
「 フラン。 きみはこの絵 好きかい 」
「 ええ 大好き! 夏が近いなあ〜 ってすごく感じるし 」
「 きみのことも描いてあるからかい 」
「 あ〜 それもあるけど・・・でも わたしは横顔だけだし隅っこだし
他の人にはよくわからないと思うわ。 」
「 ぼくには わかるけど? 」
「 あら だってジョーは < 他の人 > じゃないでしょ
ふふふ・・・ そうねえ ホント言ったら
絵に描いてもらったことなんかないから 嬉しいかも 」
「 ・・・ また来るのかな きみの稽古場に 」
「 え ・・・ スケッチはたくさん出来たって言ってたわ。
ユウジは 水彩画 を描く画家になりたいのね
だから これから色を塗る・・・ いえ < のせる >って
いってたわ 」
「 これにも いずれ色 塗るのかなあ 」
「 さあ ・・・ でもこれはこのままがいいわ わたし。
だって じ〜〜っと見て 空の色やら向日葵の蕾の色を
想像するの 楽しいじゃない? 」
「 ふうん ・・・ 一度 やっぱり会ってみたいな 」
「 そうよ〜〜 ジョーもね 彼が描いているところを
見てみて。 本当にすごいの 指先にも目があるみたいよ 」
「 ・・・ ふうん ・・・ 」
自分で言い出しておいて ジョーはあまり気乗りのしない様子だ。
・・・ ヘンなジョー・・・
ユウジの話になると
どうして機嫌が悪くなるのかなあ
そりゃ 全然違うタイプだけど。
絵とか興味がないから?
でも 一度会って 描いてるとこみれば
ジョーだってファンになるわ きっと!
ユウジに連絡してみよっと
・・・ あ でも制作の邪魔かしら
フランソワーズは 自然にうきうきと笑みがこぼれてしまう。
それが ― ジョーの不機嫌の原因 とは どうも気が付いてはいない。
「 週末は雨・・・って予報でしょう?
梅雨明け ってもうすぐかしら 」
「 ああ そんなこと、予報で聞いたけど 」
「 じゃあ 来週! ユウジに聞いてみるわ。
時間があったら またスケッチにどうぞ って。
ウチの方から見た崖からの景色 描きたいっていってたし 」
「 ふ ん ・・・ 」
「 ユウジのスケッチは 色が見えるわ ・・・
わたし 大好きよ あ そうだわ 」
クスクスクス ・・・ 彼女は笑いだした。
「 ?? ・・・ なに? 」
「 あ あのねえ オトコノコって夢中になっちゃうと
そっちの方向ばかり見ちゃう? 」
「 え?? 」
「 もうねえ 彼ってば道 歩いてても こう〜〜〜 なの。
あっち見たり こっち見たりしてるのよ きっと 」
彼女は宙に Sの字を描いてみせた。
「 ・・・ それって どこで? 」
「 え 普通の街中で よ。 ちょっと危ないなあって思ったから
今度 会うときに言うわ 道はまっすぐ歩きましょう〜ってね 」
クスクス ・・・ 彼女はまだ笑っている。
「 街中で? ・・・ 眩しいのは苦手って言ってた? 」
「 え? ああ そうね そんなコト 言ってたわ
ウチの門のとこでスケッチしてた時は なんかこう〜〜
目を細めてたけど
」
「 ― 会ってみたいな。 気になること あるし 」
「 ジョー 嬉しいわ〜〜 そう言ってくれて・・・・
連絡してみるわね 友達が増えるって楽しいわあ〜 」
フランソワーズは 明るく笑った。
「 ・・・ ああ ・・・ うん ・・・
蛇行して歩く? ワカモノが?? 眩しいって言ってたな
それは ・・・ 」
ジョーは 浮かない表情を消すことができなかった。
― 出会い は 案外早くやってきた。
夜半 雷と共にやってきた豪雨は 激しく大地を叩き付け・・・
去って行った。
翌日は カラリと晴れ上がり真っ青な空が広がった。
「 わあ〜〜〜 キレイな空〜〜〜 」
フランソワーズは 声を上げ寝室の窓を全開にした。
「 やったあ〜〜〜 これで梅雨明け かしら。
とにかく 今日はお洗濯よ〜〜〜
ジョー〜〜〜〜〜〜 !!! 起きて〜〜〜
シーツと枕カバー〜〜〜 パジャマも全部 だしてっ ! 」
ぱたぱたぱた・・・ ギルモア邸の明るい朝が始まった。
カタン キュ。 ぱたぱたぱた・・・
物干し場いっぱいに張ったロープは 洗濯モノ満艦飾となった。
「 ・・・ ふう〜〜 これで いいかなあ
うっひゃあ・・・ さすがに ・・・・」
ジョーが とんとん 腰を叩いている。
「 うふふ ・・・ な〜に言ってるのぉ 009が 」
「 009のメニュウに 洗濯モノ干し はありませ〜〜ん。
あ は ・・・ でも気持ちいいねえ 」
「 で しょ? ふふふ〜〜〜 ジョー、全部洗っちゃったものね 」
「 そ。 これだけさ 残してもらったの〜〜 」
彼は ちょいとクタビレタTシャツとジーンズを引っ張った。
「 でもね さっぱりよ! 今晩 キモチいいわよ〜〜 」
「 布団もタオルケットもなんもかんも乾したもんなあ・・・
あ・・・ なんかさあ 腹 減ったぁ〜〜 」
「 あは そうね ちゃんと朝ごはん 食べたのにね
ちょっと早いけど 十時のお茶にする? 」
「 うん いいね! あ 博士は? 」
「 盆栽と表庭の剪定に熱中していらっしゃるわ。
この時期の手入れが肝心なんですって 」
「 ふうん ・・・ あ じゃあ ぼく コーヒー 淹れるね
ねえ パンケーキ ある? 」
「 ホット・ケーキでよかったら ささっと焼けるわ
ホット・ケーキミックス があるから 」
「 わああい〜〜〜 みんなでお茶だあ〜〜
あ アイス 乗っけようか〜〜 」
「 あら いいわね レーズン、入れて焼くわね 」
「 わっほっほ〜〜 博士ぇ〜〜 お茶でぇす〜〜〜 」
からり と晴れた空の下、 皆の笑顔が集まった。
カタカタカタ ・・・
フランソワーズはサンダルを鳴らし門までやってきた。
「 あ〜らら・・・ いっぱいねえ よ・・・いしょっ 」
彼女は 郵便受けの戸口をチカラいっぱい引っ張った。
ドサドサドサ〜〜〜 郵便物が零れ出てきた。
「 あっとっと〜〜 今朝はいつもより多いわねえ 」
洗濯モノやら お茶たいむ そして 家中の空気の入れ替えなどに紛れ
郵便受けを確かめるのが遅くなってしまった。
「 落とさないようにしなくちゃ・・・ え 〜〜〜 と …
あら 大きな封筒 ・・・ ユウジだわ! 嬉しい♪
わ ・・・ 落ちる〜〜 」
彼女は両腕いっぱいに郵便物を抱え 玄関まで戻ってきた。
「 ふう〜〜 え・・・っと これと これとこれ は博士・・
あ これはジョーね。 ジョー〜〜 バイク雑誌が来たわよぉ〜〜〜
こっちは わたし・・・ ダンス・マガジン ね 」
仕分けをしてから 一際大きな封筒、というより 包を手に取った。
「 フランソワーズ様 へ ・・・ ? あら 住所が書いてない・・・?
切手も貼ってない ってことは え ・・・?? 」
その包は 端が少し湿り気を帯び色が変わっていた。
「 え・・・ これ ・・・ 持ってきた の??
昨夜の雨の中 ?? でも でも どうして・・?? 」
なぜか嫌な感覚がわき 背中に冷たい汗が落ちる。
ま まさ か ・・・ ユウジ ・・・
震える手で 上手く動かない指がまどろっこしく
ますます焦りつつ ばりばりとその包みを開けてゆく。
「 ・・・ デッサン画 ・・・ あ パネルに貼ってある・・・
・・・ 色が! ・・・ 薄く色彩が !
これも ああ これも これも ・・・ 」
玄関の上がり框は たちまちパネルでいっぱいになった。
「 あ これ。 最初に描いてくれた向日葵とわたし・・・ 」
見覚えがある作品を手に取ったとき ―
― ひらり。 裏から封筒落ちた。
「 ・・・ な な に ・・・ 」
彼女は 震える指でそれを開く。 読みたくは ― なかった。
だって ・・・ もうわかっていたから。
それなのに 彼女の眼はひた、と紙面を食い入るがごとく
見据えてしまう。
「 ・・・ 読みたくない! でも でも 読まなくちゃ。 」
白い紙面に かっきりとブルー・ブラックの文字が書かれていた。
文字にいささかの乱れもなく 描き直した跡もみられない。
「 ・・・ ユウジ ・・・ ま さか ・・ 」
優しい字がはっきりと ― 温かい言葉を記している。
「 僕の眼は もうどうしようもなくて。
全身に症状が出るのも時間の問題、と言われてる。
― 最後に 君を描くことができて 僕は幸せでした。
ありがとう !
僕に 命のエッセンス を描かせてくれて・・・
もっと君を描きたかった ・・・ もっと もっと。
君と初めて出会った時 ― ウソ言って ごめん。
僕は ― 飛び降りようと あそこへ行ったんだ。
生きる勇気もない意気地なし って言われるね。
そうだよ 本当に。
見えなかったら ・・・ 僕の存在意義はない。
ありがとう 本当にありがとう。
フランソワーズ。 君が好きでした。
どうぞ しあわせに ・・・ 」
「 !!! そ んな ・・・ ユウジ ! 」
梅雨明け前の雨の夜 ユウジは 作品を持ってきて
そのまま ・・・ 崖から身を踊らせてしまったのだ。
「 フラン ! ど どうした??? 」
彼女に悲鳴に ジョーが飛んできた。
「 な・・・ んだって! この下は 潮流が激しいんだ ・・・
でも 今からでも探せば そして 博士に頼んで 」
「 ・・・!!! 」
― フランソワーズは 泣きながら首を振り彼の手を押さえていた。
「 ・・・・ 」
やがて ジョーも ゆっくりと頷き泣きじゃくる彼女を優しく抱きしめた。
都心近くの あるバレエ団のロビーには ダンサー達のデッサン画が飾られている。
どの作品も 音楽と踊り そして 足音が 溢れている。
『 エッセンス 』 というその作品のタイトルから 見る人はなにを思うのだろう
******************************** Fin
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Last updated : 07.13.2021.
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************** ひと言 *************
重ねて 言いますが 原作あのお話 とは 全く違う話です〜〜
芸術関係には 本当に 神様からのエッセンス が全てを
左右すると思うのです ・・・ 無慈悲ですけど ね ・・・