『 エッセンス  ― (1) ― 

 

 

 

 

    サア −−−−− ・・・・・

 

朝の風が カーテンを大きく膨らませた。

「 ふうう〜〜〜ん ・・・ ああ 今日は晴れそうね 

フランソワーズは 窓辺で大きく伸びをした。

彼女の部屋は この邸の二階、南の角にある。

窓を全開にして視線を飛ばす先には 藍色の海原を望むことができる。

 

     わああ ・・・ 海がキレイ ・・

 

窓辺に立てば水平線は ちょうど彼女の胸先の位置なのだ。

 

     ここの海の色 好きだなあ・・

     冬だって ほっこりした色なのよ

     夏は 金色に見えるし・・・

 

     海って  あたたかい わ

 

ぼう・・っと視界に消えるまで 海の先を眺めるのが 好きだ。

 

「 梅雨 っていうのでしょ? 6月に入ってから雨の日が多いもの・・・

 ああ でも今日はいい気持ち〜〜〜  お日様ぁ〜〜〜〜〜 」

 

パジャマのまま 彼女は大きく手を振ってみた。

「 うふふ ・・・ お洗濯、いっぱいやっちゃお♪ 

 裏庭にば〜〜っと干して。  そうね お買いもの、行こうかな。

 ジョーが教えてくれた ヨコハマのお店、行ってみたいな 

 

とんでもない運命に翻弄され 彼女自身が思い描いていた夢や希望は ―

理不尽にももぎ取られてしった ・・・

その後の大波乱 ― 命がけの決死行 ― の後 ここ に辿り付いた。

大嵐の後 ・・・  とりあえず穏やかな凪ぎの日々が やってきていた。

 

「 ふんふんふ〜〜ん♪  朝ご飯は〜〜 

 ぱりぱりトーストに オムレツ(^^♪  そうそう オ・レ も 」

 

楽しい気分がどんどん膨らんできた。

ハナウタまじりに着替えをし お気に入りのブラウスを選ぶ。

 

「 ふんふ〜〜ん♪  これね この前、駅の向うのショッピング・モールで

 みつけたのね〜〜 ちっちゃなお花の刺繍が気に入ってて ・・・ 

 あ いい感じね〜〜 」

 

ドレッサーの鏡の中の姿にウィンクをひとつ、 さ・・・っと髪を

払うと 小走りに部屋を出た。

トントントン ・・・ と階段を駆け下り リビングへ。

「 おう おはよう・・・ 早いねえ 」

「 まあ 博士 ・・・ おはようございまあす。

 博士こそ お早いですね 」

リビングでは ギルモア博士が朝刊を広げていた。

「 ああ あんまり天気がよいのでなあ・・・

 少し散歩してきたのさ。 この辺りは静かでいい 

「 ふふふ  な〜〜にもありませんものね。

 海と空が とても近く感じますわ 」

「 そうだね。 どれ コーヒーでも淹れるかな 」

「 わあ 嬉しい。  そうだわ 昨日買ってきたアレを ・・・ 」

彼女は 足取りも軽くキッチンにゆく。

「 え・・っと ・・・ ああ これ。

 とっても美味しそうだったのよね  しっかり冷えているかな 」

冷蔵庫を開けて オレンジを取りだす。

「 う〜〜ん いい感じ〜〜  さささっと剥きまして〜〜

 さくさく切って ・・・ 」

鮮烈な香りが キッチンに満ちてきた。

「 きゃあ 美味しそう〜〜〜   

 博士〜〜〜 ご一緒にいかが?  朝ご飯前ですけど 」

ガラスの器にオレンジを盛り リビングに運んだ。

「 ん? おお これは美味しそうだなあ 

「 ね? 昨日 あんまり美味しそうなので買ってきて・・・

 冷やしておきました。  どうぞ 」

「 ありがとう   ほい こちらも淹れたてだ。 」

 

 コトン。  湯気のたつカップがテーブルに並ぶ。

 

「 あ〜〜  いい香〜〜〜〜 」

「 おっと ミルクと・・・ 砂糖は使うかな 」

「 いえ ミルクだけで 」

「 ほいほい 

博士も身軽にキッチンと行き来をする。

「 あ そしたら ・・・ ささっとトースト 作りますね?

 チーズとハムもあるから ・・・・ 」

「 おお 朝食ができてしまったな 

「 はい。  お日様と一緒に頂きません? 」

「 いいなあ  ・・・ さあ こっちで 」

「 ええ 」

二人は 朝陽のさんさんと溢れるリビングで 楽し気に朝食の

テーブルを囲んだ。

 

「 ・・・ん〜〜〜 おいし♪ 」

「 ああ ・・・ このオレンジは本当に美味しいなあ 

 この国の果物は おどろくほどオイシイね 」

「 そうですねえ・・・ 大きくて甘いし種類もものすごく沢山あるし

 ね イチゴなんてこ〜〜んなに大きいの、売ってました 」

「 ほう?? そういえば リンゴもシロップで煮たみたいに

 甘いなあ  ワシはリンゴといえば 酸っぱくて甘い という

 感覚なのだが ・・・ 子供の頃に食べていたよ 」

「 そうですよね! わたし あの小さくて青いりんご 好きです。

 日本では 見かけませんねえ 」

「 うん うん  なんでも大きくて甘味が強いな 

「 時々 酸っぱい林檎 とか 小粒のイチゴとか 食べたくなります 」

「 そうだね ・・・ あ〜 でもたしかに これは 美味い! 」

「 ホント(^^♪  素敵な朝ご飯でした ・・・

 あ 博士 今日のご予定は? 」

「 うむ  コズミ君の研究室に行ってくるよ。

 ああ 昼前に出て夕方戻る予定じゃよ 」

「 そうですか。 」

「 フランソワーズ、 君は レッスンだろ 」

「 はい  今朝は朝のレッスンの後、パ・ド・ドゥ クラスがありまして 

 ・・・ 研究生必須なんです   ちょっと緊張してます  」

「 ほう ・・・ 近々公演でもあるのかい 

「 研究生は まだまだ本公演にはでられないんです。

 頑張って ・・・ 勉強会でいい踊りをしないと 

「 そうか!  頑張っておいで  ―  楽しそうでよいなア 」

「 はい   でもね まだまだ 大変です ・・・

 すっかり身体が忘れてしまっていて  」

「 それでも踊れて楽しいのだろう?  もう顔つきが違うよ 」

「 うふふ・・・ そうですか?  本当に楽しみなんです 」

「 うんうん ・・・ その笑顔に安心したよ 

「 ・・・ 博士もどうぞいい一日を 

「 ありがとうよ。     ・・・ っと  ・・・ 時に・・・

 アイツは? 」

博士は 空いている席に視線を送る。

「 え ・・・ ああ この時間はまだ 夜 なんですって。

 今日はバイトはお昼すぎからだから 起こさないでくれって  」

フランソワーズは ちらり、とリビングの鳩時計に目をやった。

凝った木彫りの短針が指すのは 六時。

「 ! いい若いモンが昼過ぎまで寝て居るつもりかね! 」

「 なんか ・・・ 夜遅くまでごそごそやってたみたい・・・ 」

「 ふん。  一度 しっかり説教せんといかんな 」

「 ジョーのご飯 ・・・ サンドイッチでも作って 

「 いらん いらん。  冷蔵庫には卵もハムも野菜もある。

 自分で作らせろ 

「 そうですね〜〜  食糧庫にはカップ麺もあるし 」

「 朝から カップ麺 か! 

「 ・・・ 昼 になりそうですけどね 」

「 ふん! ・・・ まあ 本人がいいというなら 

 放っておくか。 コドモではないのだからして 

「 うふふ・・・ お腹が空けば起きてくるかも・・・ 」

「 そうじゃな  さて ワシは出掛けるかな 」

「 はい 行ってらっしゃい。 わたしも、洗濯モノを乾したら

 準備しますね 」

「 うん 気をつけてな 

「 はい。 博士も ・・・ 」

 ぽん・・・と 博士は 大きな手を彼女の金髪に当てると

さささっと食器類を集め 食洗器に入れてくれた。

「 まあ  ありがとうございます 」

「 共同作業 じゃからな〜   では な 」

「 はあい 

 

明るい朝陽が零れるリビングで 負けないほど明るい笑顔が

交わされていた。

 

 

    パン ・・・ !   

 

裏庭の洗濯モノ干し場はリネン類やらシャツやらタオルやら・・・

満艦飾になった。

 

「 う〜〜ん  いい気分〜〜〜  

 これならお昼すぐには ぱりぱりに乾くわね〜〜〜〜 

フランソワーズは はためく衣類を見上げ満足そうだ。

「 うふふ・・・ お日様の匂い〜って幸せを運ぶと思うの。

 この国は晴れの日が多くて 素敵よ♪ 

 あ ・・・ まだ時間 あるから表の花壇にお水・・・と

 そうそう  郵便屋さんが来てるかも 」

空の洗濯カゴを勝手口に戻すと 表庭に周った。

テラス脇の水道から 如雨露に水をいっぱいにする。

「 よ・・・ いしょ・・・っと。

 水って案外重いのねえ 」

 

   ババババ ・・・  軽いバイクの音が聞こえた。

 

「 え・・・っと・・・ あ 郵便屋さんだわ〜〜

 ご苦労様で〜〜〜す〜〜〜 」

この地域担当の配達さんは 大きく手を振ってくれた。

「 ・・・ わ  たくさん ・・・

 あ 雑誌  届いたわ〜〜 嬉しい♪    こっちは ・・・

 バイク・ライフ?   ああ ジョーのね ・・・

 これは 学会会報 ・・・ 博士のだわ  」

 

門を出て 外から郵便箱を開け中身を取りだした。

ふっと外の景色に目がゆく。

 

「 あらら ・・・ いっぱいねえ・・・

 まあ 門の外 ・・・ 草ぼうぼうだわ ・・・

 雨が多いから草たちも ぐんぐん伸びてゆくわあ 

 ジョーに 頼んで少し刈り取ってもら ・・・    

 

               あ ?    

 

視線も 足も ―   止まった。

 

 

     ??     だ  ・・・ れ ・・・?

 

緑の植物群の中に 白いシャツの背中が 見えたのだ。

「 ・・・ 洗濯モノが飛んだ ・・・のじゃあない わ ・・・

 ここは  ・・・ 門の外だけど 一応ウチの土地だし ・・・

 だれかが なにか  探している のかしら 

 

ゆっくりと近づいてみたが ― それは白いシャツの若い男性 らしかった。

彼は 動かない。  なぜかぼうぼうと茂った雑草群の中に いる。

 

    ・・・ なにをしてるの・・・?

    あ?   もしかして

    具合が悪いのかしら ・・・

 

 ジャリ。  足の下で砂利が音を立てた。

でも 白いシャツは 動かない。

咄嗟に < 眼 > を使った。  身の安全のためには必須なのだ。

 

    ・・・ 銃やナイフは    見えないわ

    ―  ようし。

 

    ふふん。 003ですからね、

    そんじょそこらの野郎よりも  強いのよ!

 

フランソワーズは しっかりとサンダルを履き直すと

その白いシャツ姿に 近寄った。

 

「 ・・・ あのう?  すみません。  

 ここは ・・・ 私有地ですので 立ち入らないで頂きたいのですが 」

 

「 !?  あ  ・・・ はい???  」

 

白いシャツは ―  びっくり顔で振り返ったのは  ひょろりとした

年若い男性だった。

 

「 あ  あのぉ?  な なにか ?? 」

「 あの、ですね。 ここは私有地なので ・・・ 」

「 え!?  あ  そうなんですか??? 

 すいません〜〜〜  全然気づかなくて  ・・・ 

どうしても  ここからの眺めが 描きたくて 

「 ―  え ?  描く・・・?  あら。 」

 

振り返った彼は 大きめのスケッチブックを抱えていたのだ。

 

「 すいません! ・・・ 勝手に上ってきちゃって 」

「 まあ ・・・ 画家さん ・・・ですか? 」

「 いえいえ ただの画学生です  ・・・ 描きたいってずっと

 思ってて・・・  向うの海岸からもよく見てたんです 

男性は 抱えていたスケッチブックを 彼女に見せた。

 

「 まあ そうなんですか ・・・・  

 あ  うわあ〜〜〜〜〜 すご〜〜〜い〜〜〜〜〜〜 」

 

画鉛筆で描かれた、それは ―  白黒の淡彩のはずなのに ―

 眼下に広がる海原と頭上に広がる中天の饗宴 だった。

足元からは 波の音が  そして 天上からは 潮風の香が

やわやわと 漂ってくる ― 絵の中から!

 

「 ・・・ す ごい ・・・ !  」

「 え ・・・ いやあ  ただの走り描きなんで ・・・ 

 でも ず〜っとね あの崖の上からは どんな風に見えるのかなあ〜

 って 想像してたんです  」

「 あ  あのう ・・・ 学校の課題 かなにかですか? 

「 え?  いえいえ ただの僕のイタズラ描きです ・・・

 ああ ホントに勝手に入り込んで すみませんでした。

 ここも ずっと公共の道かなあ って 思ってて・・・・ 」

彼は スケッチブックを畳むとガサガサと草むらから出てきた。

「 どうもすいませんでした。 」

「 あ いえ  あのう・・・スケッチ なさりたいのなら 

 一言 声をかけてくだされば・・・  」

「 え でも ご迷惑でしょう? 」

「 ううん ううん 全然。  ごめんなさいね こんな辺鄙な場所でしょ

 知らないヒトがいると ドキドキしちゃうんです。 」

「 そうですよね〜〜  僕、もう景色しか見てなくて ・・・

 海しか目に入ってなくて どんどん来ちゃって・・・

 ああ 住んでいる方にとっちゃ < 不審者 > ですよね。

 あ   僕 ・・・ これ 学生証 ・・・ 」

もそもそ 彼はポケットからパス入れを取りだした。

「 まあ ありがとう ・・・ あら 」

フランソワーズでも知っている美術大学の名前があった。

「 あのう この付近に住んでいるのですか? 」

「 え   いえ   あの対岸の向うに実家があって ・・・

 この辺りで生まれ育ったんですけど ―  ここの崖の景色は

 全然気がついてなくて 

「 まあ そうなの ・・・ 」

「 あのう ・・・ 日本の方 じゃあないですよね?  日本語 上手だけど・・・・

 すいません、立ち入ったこと、聞いて 

「 いいえぇ  わたし パリで生まれ育ったの。

 ここには ・・・ ち 父が仕事の関係で ここに ・・・ 

 あ〜  ほら あそこに研究所を建てて 

「 ああ そうなんですか  僕  大学の近くに下宿してて・・・

 久し振りに こっち、戻ってきたんです 」

「 夏休み・・? 」

「 いえ ・・・ 」

彼は言葉を濁し 答えなかった。

「 画学生さんなら  どうぞ。 ゆっくりスケッチして下さい。

 ウチの家族にも話しておきます 」

「 ありがとう!  ・・・ ここからの眺めは ・・・

 もう どこを取っても最高ですね!  

 ああ 描きたい・・・!  全部  全部 ・・・ 描きたい 」

「 たくさん描いてください。 

 ああ そうだわ ・・・ こんど スケッチ、貸してくださいます?

 父にも見せたいので 」

「 ええ 喜んで!  ・・・ あの パリにいた って・・・

 パリジェンヌ ってことですか ? 」

「 はい。 」

「 ・・・ パリ  フランス ・・・  行きたかった  な ・・・

 スケッチ・ブック だけ持って 描きまくりたかった 」

「 あら これからいらしたら?  これから画家になる方でしょ ? 」

「 ・・・ そうなんですけど  」

「 パリでね わたしが通っていたスタジオにも よく学生さんが来たわ。

スタジオの隅で レッスン中に何枚も 何枚もスケッチしてたっけ 」

「 レッスンって ・・・ 君は ・・・ ダンサー ですね? 」

「 え  ええ  」

「 やっぱり!  なんか ・・・ 身のこなしっていうか

 動きが違う・・・  音が聞こえる 」

「 そう かな? 」

「 ちょ・・っと  そこに ・・・ ええ そこに立ってくれます? 」

「 え?  ああ はい ・・・ 」

フランソワーズは 言われるままに伸びてきた向日葵の前に立った。

「 うん  そこがいいな ・・・ え〜〜と 」

 

      ササササ    ススス ・・・   シャ ・・・

 

彼は スケッチ・ブックを広げると 鉛筆を動かし始めた。

 「 あ うん その大きな葉っぱの陰が いいな 」

「 これ  向日葵 よ 」

「 へえ・・・?  ああ あのでっかい黄色の花 」

「 そう  ・・・ わあ ・・・ 」

彼は フランソワーズと話をしつつ 手は自在に動き ・・・

白い画用紙の上には するするとスケッチが描かれてゆく。

フランソワーズは目を離すことができない。

スケッチを覗きこみたくて どんどん前のめりになってしまう。

 

「 す ・・・ご ・・・  あの 手元、 見ない・・? 」

「 え?  ああ べつに見なくても手の位置はわかりますよね? 」

「 それは  そうだけど でも ・・・ うわあ〜〜 」

「 あ  すいません   さっきの位置にちょっと・・・ 」

「 あ。 ごめんなさい  ・・・ ここ でした? 」

「 ああ うん そこ かな〜〜 ああ 葉っぱの陰がいい感じだあ 」

「 ・・・ うそぉ〜〜〜  ねえ 向日葵、紙の中で 揺れてる?? 

「 ははは  まさか ・・・ ああ でもここはいいなあ

 どこもかしこも 描きたくなる ・・・ 」

 

     ササササ  ・・・ シャ ・・

 

「 ・・・ ん〜〜  こんなカンジ かなあ 

「 わ ・・・!! 」

彼はスケッチ・ブックを立てて 作品を見せてくれた。

 

 ― そこには 大きな葉を重ねて広げあっている向日葵の陰に

さらり、と金色の髪を靡かせ 碧い瞳の女性の横顔が 見え隠れしていた。

 

「 う ・・・ そ ・・・  だって鉛筆で描いてますよね? 」

「 うん。 今日は鉛筆しかもってきてないし  」

「 そうよね でも! でも わたし、色が見えるわ!

 ね ほらほら 向日葵は濃い〜〜〜緑で こっちの草はもうちょっと

 薄い緑でしょ。  それで  わたしの髪 が ・・・ 光ってる! 」

「 綺麗な髪ですねえ ・・・ 君の瞳は 空の色だ ・・・ 」

「 きゃ ・・・ すごい素敵!!

 ねえ ねえ どしたら こんなすごい作品 

 わたしとおしゃべりしながら ・・・ 描けるの?? 

「 どうして・・・って  さあ ・・・

 僕が描きたい って思っただけ で 」

「 すごい ・・・ ! 

 ね これ。 貸してください!  家族に あ〜〜 父に見せたいの。

 ご住所 教えてくだされば宅急便でお返します 」

「 え ああ これなら こんなんでよければ  どうぞ? 」

 

   ぺりり ―  彼は何気ない様子で画用紙を剥ぎ取った。

 

「 はい。 」

「 え え〜〜〜〜 そ そんな ・・・ だめよ 

 この作品は 拝借します。 ちゃんとお返ししたいもの 」

「 え・・・  走り描きってか 下書きみたいなもんで 」

「 いいえ いいえ  ・・・ すご〜〜い〜〜〜

 夏への扉 って感じ・・・ 」

「 ははは そりゃモデルがいいからでしょ 」

「 ううん とんでもない!  ・・・ ねえ どうぞ!

 お好きなだけ ここでスケッチでもなんでも ・・・

 ほら なんていうの? こう・・木の三脚みたいなの、立てて 

 じっくり作品を仕上げてください 」

「 イーゼルですか?  う〜ん ぼくは油は やらないんだ 」

「 あぶら?? 」

「 ああ 油絵 のこと。 美術館とかに飾ってある こう〜〜

 絵具がでこでこ・・っとした感じの作品 あるでしょう?

 あれが油絵。 」

「 ふうん ・・・ あ 貴方はなにがご専門なの? 」

「 僕は 一応 水彩を目指していたんだけど 」

「 すいさい?  あ  それは分かるわ!

 こう・・・ ほわあ〜〜〜っと色が滲んでゆくみたいなの、でしょ? 」

「 うん。  ・・・ 素敵な表現ですね 

 僕は できれば 動いているヒトたち を描きたいんだけど・・・

 風景や静物も 勿論だけど ・・・・ 」

「 動いているヒト?  あら それなら稽古場に来ない?

 もう < 動いているヒト > だらけだわ 

「 え ・・・ いいのですか 」

「 もちろん〜〜  今までにも何回か 美大生の方が来ましたよ?

 ・・・ パリのお稽古場にもね 来てました。

 皆さん  すご〜〜く上手で わたし達感心してました 」

「 わ ・・・ 出来たら・・・是非!

 ああ あなたはとても素敵な感性の持ち主ですね 」 

「 そう?    あ  わたし、 フランソワーズ。 

 ここの家に 家族と住んでいます。 」

「 フランソワーズさん ・・・ 初めまして。

 僕は ユウジ。 サトウ・ユウジ といいます。 よろしく 」

 

     きゅ。   二人は陽の当たる道路で握手を交わした。

 

 「 それじゃ これ ・・・ 拝借します。

 ね 明後日 また この時間にいらしてください。 」

「 ・・・ 本当にいいのですか 

「 勿論。 バレエ団の先生にも了解を取っておきます。

 どうぞ 好きなだけ 動くダンサーをスケッチして 

「 ありがとう !!   ・・・ うわ ・・・? 」

 

姿勢を変えた途端 ―  ぐらり、 彼 ユウジの姿勢が崩れた。

 

「 ! ど どうしたの???  大丈夫?? 」

「 ・・・ え ええ ・・・ ちょっと・・・ 眩しくて ・・・ 」

彼は 眼を押さえしばらく屈みこんでいた。

「 眩しい?  ・・・ ああ そうね そんな季節よね 」

フランソワーズは 少し淋し気な視線を空に向けた。

 

     まぶしい ・・・ っていう感覚 ・・・

     ― 忘れてたわ ・・・

 

     もう二度と 味わえない のね・・・

 

「 ・・・ す すいません ・・・ 」

彼はゆっくりと立ち上がった。

「 大丈夫?  お日様に当たりすぎたかしら ・・・ 

 あ ウチで休んで行かれます? 

 そうだわ 今 お水 持ってきます! 」

「 い いえ   もう大丈夫ですから ・・・

 あんまり 天気がいいので ・・・ 」

「 そう ?    ね   あ 帽子! 帽子をお忘れなく ね 

「 ありがとうございます 」

 

彼 ― ユウジは 描いたばかりのスケッチを一枚 彼女に渡し

坂道を降りていった。

 

「 ・・・ すごい ・・・ わ   これ ・・・

 鉛筆で描いてあるのに 写真より色彩が豊かにみえる 」

 

    サワサワサワ  −−−−−

 

朝の風に 少し熱が加わってきた。

 

「 ! いっけな〜〜い ! 急いで支度しないと〜〜〜 

 遅刻だわ 」

 

バタバタバタ  ―  フランソワーズは玄関へと駆けて行った。

 

 

 ―  その夜のこと

 

「 ・・・  ほう〜〜  これを 走り描き と言ったのかい 」

博士は スケッチを手に感歎の声を上げている。

「 そうなんです。  ホントにね わたしと話 しながら

 さささ ・・・・ って。 」

「 ・・・ そう か・・ 凄いなあ 

「 ですよね!?  ねえ 色 見えますよね 

「 ああ ・・・ 陽の光も見えるよ 」

 

「 ―  これ 白黒ですよね 」

 

二人で盛り上がっていると ジョーが淡々と言った。

「 え?  ええ そうなんだけど でも ね

 ほら ・・・ 向日葵の緑が 見えてこない? 」

「 陽の光が 差しているなあ 」

「 ・・・ そっかなあ ・・・  」

ジョーは 首を捻っている。

「 これ 下書きで この上に絵具とか塗ります よね? 

 小学校の時 写生でやった かも ・・・ 」

「 ちょっと・・・ 違うかも ・・・

 あ   ジョーは 写生とか好きだった? 」

「 え 僕?  うう〜〜ん 全然。  図工はあんまり好きじゃなかった

 なんかさ〜 絵具とかめんど〜で 

「 ・・・ そう なんだ? 」

「 ははは まあ 好みはヒトそれぞれ・・・・ということじゃよ 

「 そう ですけど ・・・ 」

「 食べ物と同じさ  好き嫌いはそれぞれさ。 」

「 ・・・ そうですけど  わたし このスケッチ 好き 」

「 うむ ワシもいいと思うな。  その青年が譲ってくれるなら

 買い取りたいなあ 」

「 ね!?  ・・・ ここに飾っておきましょう 」

 

   大きなトレイに立てかけるみたいにして 暖炉の上に飾った。

 

「 ね ジョー?  どう? 」

「 ・・・ う〜〜ん ・・・・ 」

 

ジョーは なんとも言えない、といった表情で 

画用紙の中の 彼女の横顔 をしげしげと見つめていた。

 

 

Last updated : 06.29.2021.                index       /      next

 

 

*********   途中ですが

ジョー君は どうやら芸術関係には 疎いようですねえ・・・

ま そこが ジョー君らしさ なのかもしれませんが。

アルベルトなら スケッチに似合う曲を 

即興で弾いてくれるでしょうね ・・・