『 エッセンス ― (1) ― 』
サア −−−−− ・・・・・
朝の風が カーテンを大きく膨らませた。
「 ふうう〜〜〜ん ・・・ ああ 今日は晴れそうね 」
フランソワーズは 窓辺で大きく伸びをした。
彼女の部屋は この邸の二階、南の角にある。
窓を全開にして視線を飛ばす先には 藍色の海原を望むことができる。
わああ ・・・ 海がキレイ ・・
窓辺に立てば水平線は ちょうど彼女の胸先の位置なのだ。
ここの海の色 好きだなあ・・
冬だって ほっこりした色なのよ
夏は 金色に見えるし・・・
海って あたたかい わ
ぼう・・っと視界に消えるまで 海の先を眺めるのが 好きだ。
「 梅雨 っていうのでしょ? 6月に入ってから雨の日が多いもの・・・
ああ でも今日はいい気持ち〜〜〜 お日様ぁ〜〜〜〜〜 」
パジャマのまま 彼女は大きく手を振ってみた。
「 うふふ ・・・ お洗濯、いっぱいやっちゃお♪
裏庭にば〜〜っと干して。 そうね お買いもの、行こうかな。
ジョーが教えてくれた ヨコハマのお店、行ってみたいな 」
とんでもない運命に翻弄され 彼女自身が思い描いていた夢や希望は ―
理不尽にももぎ取られてしった ・・・
その後の大波乱 ― 命がけの決死行 ― の後 ここ に辿り付いた。
大嵐の後 ・・・ とりあえず穏やかな凪ぎの日々が やってきていた。
「 ふんふんふ〜〜ん♪ 朝ご飯は〜〜
ぱりぱりトーストに オムレツ(^^♪ そうそう オ・レ も 」
楽しい気分がどんどん膨らんできた。
ハナウタまじりに着替えをし お気に入りのブラウスを選ぶ。
「 ふんふ〜〜ん♪ これね この前、駅の向うのショッピング・モールで
みつけたのね〜〜 ちっちゃなお花の刺繍が気に入ってて ・・・
あ いい感じね〜〜 」
ドレッサーの鏡の中の姿にウィンクをひとつ、 さ・・・っと髪を
払うと 小走りに部屋を出た。
トントントン ・・・ と階段を駆け下り リビングへ。
「 おう おはよう・・・ 早いねえ 」
「 まあ 博士 ・・・ おはようございまあす。
博士こそ お早いですね 」
リビングでは ギルモア博士が朝刊を広げていた。
「 ああ あんまり天気がよいのでなあ・・・
少し散歩してきたのさ。 この辺りは静かでいい 」
「 ふふふ な〜〜にもありませんものね。
海と空が とても近く感じますわ 」
「 そうだね。 どれ コーヒーでも淹れるかな 」
「 わあ 嬉しい。 そうだわ 昨日買ってきたアレを ・・・ 」
彼女は 足取りも軽くキッチンにゆく。
「 え・・っと ・・・ ああ これ。
とっても美味しそうだったのよね しっかり冷えているかな 」
冷蔵庫を開けて オレンジを取りだす。
「 う〜〜ん いい感じ〜〜 さささっと剥きまして〜〜
さくさく切って ・・・ 」
鮮烈な香りが キッチンに満ちてきた。
「 きゃあ 美味しそう〜〜〜
博士〜〜〜 ご一緒にいかが? 朝ご飯前ですけど 」
ガラスの器にオレンジを盛り リビングに運んだ。
「 ん? おお これは美味しそうだなあ 」
「 ね? 昨日 あんまり美味しそうなので買ってきて・・・
冷やしておきました。 どうぞ 」
「 ありがとう ほい こちらも淹れたてだ。 」
コトン。 湯気のたつカップがテーブルに並ぶ。
「 あ〜〜 いい香〜〜〜〜 」
「 おっと ミルクと・・・ 砂糖は使うかな 」
「 いえ ミルクだけで 」
「 ほいほい 」
博士も身軽にキッチンと行き来をする。
「 あ そしたら ・・・ ささっとトースト 作りますね?
チーズとハムもあるから ・・・・ 」
「 おお 朝食ができてしまったな 」
「 はい。 お日様と一緒に頂きません? 」
「 いいなあ ・・・ さあ こっちで 」
「 ええ 」
二人は 朝陽のさんさんと溢れるリビングで 楽し気に朝食の
テーブルを囲んだ。
「 ・・・ん〜〜〜 おいし♪ 」
「 ああ ・・・ このオレンジは本当に美味しいなあ
この国の果物は おどろくほどオイシイね 」
「 そうですねえ・・・ 大きくて甘いし種類もものすごく沢山あるし
ね イチゴなんてこ〜〜んなに大きいの、売ってました 」
「 ほう?? そういえば リンゴもシロップで煮たみたいに
甘いなあ ワシはリンゴといえば 酸っぱくて甘い という
感覚なのだが ・・・ 子供の頃に食べていたよ 」
「 そうですよね! わたし あの小さくて青いりんご 好きです。
日本では 見かけませんねえ 」
「 うん うん なんでも大きくて甘味が強いな 」
「 時々 酸っぱい林檎 とか 小粒のイチゴとか 食べたくなります 」
「 そうだね ・・・ あ〜 でもたしかに これは 美味い! 」
「 ホント(^^♪ 素敵な朝ご飯でした ・・・
あ 博士 今日のご予定は? 」
「 うむ コズミ君の研究室に行ってくるよ。
ああ 昼前に出て夕方戻る予定じゃよ 」
「 そうですか。 」
「 フランソワーズ、 君は レッスンだろ 」
「 はい 今朝は朝のレッスンの後、パ・ド・ドゥ クラスがありまして
・・・ 研究生必須なんです ちょっと緊張してます 」
「 ほう ・・・ 近々公演でもあるのかい 」
「 研究生は まだまだ本公演にはでられないんです。
頑張って ・・・ 勉強会でいい踊りをしないと 」
「 そうか! 頑張っておいで ― 楽しそうでよいなア 」
「 はい でもね まだまだ 大変です ・・・
すっかり身体が忘れてしまっていて 」
「 それでも踊れて楽しいのだろう? もう顔つきが違うよ 」
「 うふふ・・・ そうですか? 本当に楽しみなんです 」
「 うんうん ・・・ その笑顔に安心したよ 」
「 ・・・ 博士もどうぞいい一日を 」
「 ありがとうよ。 ・・・ っと ・・・ 時に・・・
アイツは? 」
博士は 空いている席に視線を送る。
「 え ・・・ ああ この時間はまだ 夜 なんですって。
今日はバイトはお昼すぎからだから 起こさないでくれって 」
フランソワーズは ちらり、とリビングの鳩時計に目をやった。
凝った木彫りの短針が指すのは 六時。
「 ! いい若いモンが昼過ぎまで寝て居るつもりかね! 」
「 なんか ・・・ 夜遅くまでごそごそやってたみたい・・・ 」
「 ふん。 一度 しっかり説教せんといかんな 」
「 ジョーのご飯 ・・・ サンドイッチでも作って 」
「 いらん いらん。 冷蔵庫には卵もハムも野菜もある。
自分で作らせろ 」
「 そうですね〜〜 食糧庫にはカップ麺もあるし 」
「 朝から カップ麺 か! 」
「 ・・・ 昼 になりそうですけどね 」
「 ふん! ・・・ まあ 本人がいいというなら
放っておくか。 コドモではないのだからして 」
「 うふふ・・・ お腹が空けば起きてくるかも・・・ 」
「 そうじゃな さて ワシは出掛けるかな 」
「 はい 行ってらっしゃい。 わたしも、洗濯モノを乾したら
準備しますね 」
「 うん 気をつけてな 」
「 はい。 博士も ・・・ 」
ぽん・・・と 博士は 大きな手を彼女の金髪に当てると
さささっと食器類を集め 食洗器に入れてくれた。
「 まあ ありがとうございます 」
「 共同作業 じゃからな〜 では な 」
「 はあい 」
明るい朝陽が零れるリビングで 負けないほど明るい笑顔が
交わされていた。
パン ・・・ !
裏庭の洗濯モノ干し場はリネン類やらシャツやらタオルやら・・・
満艦飾になった。
「 う〜〜ん いい気分〜〜〜
これならお昼すぐには ぱりぱりに乾くわね〜〜〜〜 」
フランソワーズは はためく衣類を見上げ満足そうだ。
「 うふふ・・・ お日様の匂い〜って幸せを運ぶと思うの。
この国は晴れの日が多くて 素敵よ♪
あ ・・・ まだ時間 あるから表の花壇にお水・・・と
そうそう 郵便屋さんが来てるかも 」
空の洗濯カゴを勝手口に戻すと 表庭に周った。
テラス脇の水道から 如雨露に水をいっぱいにする。
「 よ・・・ いしょ・・・っと。
水って案外重いのねえ 」
ババババ ・・・ 軽いバイクの音が聞こえた。
「 え・・・っと・・・ あ 郵便屋さんだわ〜〜
ご苦労様で〜〜〜す〜〜〜 」
この地域担当の配達さんは 大きく手を振ってくれた。
「 ・・・ わ たくさん ・・・
あ 雑誌 届いたわ〜〜 嬉しい♪ こっちは ・・・
バイク・ライフ? ああ ジョーのね ・・・
これは 学会会報 ・・・ 博士のだわ 」
門を出て 外から郵便箱を開け中身を取りだした。
ふっと外の景色に目がゆく。
「 あらら ・・・ いっぱいねえ・・・
まあ 門の外 ・・・ 草ぼうぼうだわ ・・・
雨が多いから草たちも ぐんぐん伸びてゆくわあ
ジョーに 頼んで少し刈り取ってもら ・・・
あ ? 」
視線も 足も ― 止まった。
?? だ ・・・ れ ・・・?
緑の植物群の中に 白いシャツの背中が 見えたのだ。
「 ・・・ 洗濯モノが飛んだ ・・・のじゃあない わ ・・・
ここは ・・・ 門の外だけど 一応ウチの土地だし ・・・
だれかが なにか 探している のかしら 」
ゆっくりと近づいてみたが ― それは白いシャツの若い男性 らしかった。
彼は 動かない。 なぜかぼうぼうと茂った雑草群の中に いる。
・・・ なにをしてるの・・・?
あ? もしかして
具合が悪いのかしら ・・・
ジャリ。 足の下で砂利が音を立てた。
でも 白いシャツは 動かない。
咄嗟に < 眼 > を使った。 身の安全のためには必須なのだ。
・・・ 銃やナイフは 見えないわ
― ようし。
ふふん。 003ですからね、
そんじょそこらの野郎よりも 強いのよ!
フランソワーズは しっかりとサンダルを履き直すと
その白いシャツ姿に 近寄った。
「 ・・・ あのう? すみません。
ここは ・・・ 私有地ですので 立ち入らないで頂きたいのですが 」
「 !? あ ・・・ はい??? 」
白いシャツは ― びっくり顔で振り返ったのは ひょろりとした
年若い男性だった。
「 あ あのぉ? な なにか ?? 」
「 あの、ですね。 ここは私有地なので ・・・ 」
「 え!? あ そうなんですか???
すいません〜〜〜 全然気づかなくて ・・・
どうしても ここからの眺めが 描きたくて 」
「 ― え ? 描く・・・? あら。 」
振り返った彼は 大きめのスケッチブックを抱えていたのだ。
「 すいません! ・・・ 勝手に上ってきちゃって 」
「 まあ ・・・ 画家さん ・・・ですか? 」
「 いえいえ ただの画学生です ・・・ 描きたいってずっと
思ってて・・・ 向うの海岸からもよく見てたんです 」
男性は 抱えていたスケッチブックを 彼女に見せた。
「 まあ そうなんですか ・・・・
あ うわあ〜〜〜〜〜 すご〜〜〜い〜〜〜〜〜〜 」
画鉛筆で描かれた、それは ― 白黒の淡彩のはずなのに ―
眼下に広がる海原と頭上に広がる中天の饗宴 だった。
足元からは 波の音が そして 天上からは 潮風の香が
やわやわと 漂ってくる ― 絵の中から!
「 ・・・ す ごい ・・・ ! 」
「 え ・・・ いやあ ただの走り描きなんで ・・・
でも ず〜っとね あの崖の上からは どんな風に見えるのかなあ〜
って 想像してたんです 」
「 あ あのう ・・・ 学校の課題 かなにかですか? 」
「 え? いえいえ ただの僕のイタズラ描きです ・・・
ああ ホントに勝手に入り込んで すみませんでした。
ここも ずっと公共の道かなあ って 思ってて・・・・ 」
彼は スケッチブックを畳むとガサガサと草むらから出てきた。
「 どうもすいませんでした。 」
「 あ いえ あのう・・・スケッチ なさりたいのなら
一言 声をかけてくだされば・・・ 」
「 え でも ご迷惑でしょう? 」
「 ううん ううん 全然。 ごめんなさいね こんな辺鄙な場所でしょ
知らないヒトがいると ドキドキしちゃうんです。 」
「 そうですよね〜〜 僕、もう景色しか見てなくて ・・・
海しか目に入ってなくて どんどん来ちゃって・・・
ああ 住んでいる方にとっちゃ < 不審者 > ですよね。
あ 僕 ・・・ これ 学生証 ・・・ 」
もそもそ 彼はポケットからパス入れを取りだした。
「 まあ ありがとう ・・・ あら 」
フランソワーズでも知っている美術大学の名前があった。
「 あのう この付近に住んでいるのですか? 」
「 え いえ あの対岸の向うに実家があって ・・・
この辺りで生まれ育ったんですけど ― ここの崖の景色は
全然気がついてなくて 」
「 まあ そうなの ・・・ 」
「 あのう ・・・ 日本の方 じゃあないですよね? 日本語 上手だけど・・・・
すいません、立ち入ったこと、聞いて 」
「 いいえぇ わたし パリで生まれ育ったの。
ここには ・・・ ち 父が仕事の関係で ここに ・・・
あ〜 ほら あそこに研究所を建てて 」
「 ああ そうなんですか 僕 大学の近くに下宿してて・・・
久し振りに こっち、戻ってきたんです 」
「 夏休み・・? 」
「 いえ ・・・ 」
彼は言葉を濁し 答えなかった。
「 画学生さんなら どうぞ。 ゆっくりスケッチして下さい。
ウチの家族にも話しておきます 」
「 ありがとう! ・・・ ここからの眺めは ・・・
もう どこを取っても最高ですね!
ああ 描きたい・・・! 全部 全部 ・・・ 描きたい 」
「 たくさん描いてください。
ああ そうだわ ・・・ こんど スケッチ、貸してくださいます?
父にも見せたいので 」
「 ええ 喜んで! ・・・ あの パリにいた って・・・
パリジェンヌ ってことですか ? 」
「 はい。 」
「 ・・・ パリ フランス ・・・ 行きたかった な ・・・
スケッチ・ブック だけ持って 描きまくりたかった 」
「 あら これからいらしたら? これから画家になる方でしょ ? 」
「 ・・・ そうなんですけど 」
「 パリでね わたしが通っていたスタジオにも よく学生さんが来たわ。
スタジオの隅で レッスン中に何枚も 何枚もスケッチしてたっけ 」
「 レッスンって ・・・ 君は ・・・ ダンサー ですね? 」
「 え ええ 」
「 やっぱり! なんか ・・・ 身のこなしっていうか
動きが違う・・・ 音が聞こえる 」
「 そう かな? 」
「 ちょ・・っと そこに ・・・ ええ そこに立ってくれます? 」
「 え? ああ はい ・・・ 」
フランソワーズは 言われるままに伸びてきた向日葵の前に立った。
「 うん そこがいいな ・・・ え〜〜と 」
ササササ ススス ・・・ シャ ・・・
彼は スケッチ・ブックを広げると 鉛筆を動かし始めた。
「 あ うん その大きな葉っぱの陰が いいな 」
「 これ 向日葵 よ 」
「 へえ・・・? ああ あのでっかい黄色の花 」
「 そう ・・・ わあ ・・・ 」
彼は フランソワーズと話をしつつ 手は自在に動き ・・・
白い画用紙の上には するするとスケッチが描かれてゆく。
フランソワーズは目を離すことができない。
スケッチを覗きこみたくて どんどん前のめりになってしまう。
「 す ・・・ご ・・・ あの 手元、 見ない・・? 」
「 え? ああ べつに見なくても手の位置はわかりますよね? 」
「 それは そうだけど でも ・・・ うわあ〜〜 」
「 あ すいません さっきの位置にちょっと・・・ 」
「 あ。 ごめんなさい ・・・ ここ でした? 」
「 ああ うん そこ かな〜〜 ああ 葉っぱの陰がいい感じだあ 」
「 ・・・ うそぉ〜〜〜 ねえ 向日葵、紙の中で 揺れてる?? 」
「 ははは まさか ・・・ ああ でもここはいいなあ
どこもかしこも 描きたくなる ・・・ 」
ササササ ・・・ シャ ・・
「 ・・・ ん〜〜 こんなカンジ かなあ 」
「 わ ・・・!! 」
彼はスケッチ・ブックを立てて 作品を見せてくれた。
― そこには 大きな葉を重ねて広げあっている向日葵の陰に
さらり、と金色の髪を靡かせ 碧い瞳の女性の横顔が 見え隠れしていた。
「 う ・・・ そ ・・・ だって鉛筆で描いてますよね? 」
「 うん。 今日は鉛筆しかもってきてないし 」
「 そうよね でも! でも わたし、色が見えるわ!
ね ほらほら 向日葵は濃い〜〜〜緑で こっちの草はもうちょっと
薄い緑でしょ。 それで わたしの髪 が ・・・ 光ってる! 」
「 綺麗な髪ですねえ ・・・ 君の瞳は 空の色だ ・・・ 」
「 きゃ ・・・ すごい素敵!!
ねえ ねえ どしたら こんなすごい作品
わたしとおしゃべりしながら ・・・ 描けるの?? 」
「 どうして・・・って さあ ・・・
僕が描きたい って思っただけ で 」
「 すごい ・・・ !
ね これ。 貸してください! 家族に あ〜〜 父に見せたいの。
ご住所 教えてくだされば宅急便でお返します 」
「 え ああ これなら こんなんでよければ どうぞ? 」
ぺりり ― 彼は何気ない様子で画用紙を剥ぎ取った。
「 はい。 」
「 え え〜〜〜〜 そ そんな ・・・ だめよ
この作品は 拝借します。 ちゃんとお返ししたいもの 」
「 え・・・ 走り描きってか 下書きみたいなもんで 」
「 いいえ いいえ ・・・ すご〜〜い〜〜〜
夏への扉 って感じ・・・ 」
「 ははは そりゃモデルがいいからでしょ 」
「 ううん とんでもない! ・・・ ねえ どうぞ!
お好きなだけ ここでスケッチでもなんでも ・・・
ほら なんていうの? こう・・木の三脚みたいなの、立てて
じっくり作品を仕上げてください 」
「 イーゼルですか? う〜ん ぼくは油は やらないんだ 」
「 あぶら?? 」
「 ああ 油絵 のこと。 美術館とかに飾ってある こう〜〜
絵具がでこでこ・・っとした感じの作品 あるでしょう?
あれが油絵。 」
「 ふうん ・・・ あ 貴方はなにがご専門なの? 」
「 僕は 一応 水彩を目指していたんだけど 」
「 すいさい? あ それは分かるわ!
こう・・・ ほわあ〜〜〜っと色が滲んでゆくみたいなの、でしょ? 」
「 うん。 ・・・ 素敵な表現ですね
僕は できれば 動いているヒトたち を描きたいんだけど・・・
風景や静物も 勿論だけど ・・・・ 」
「 動いているヒト? あら それなら稽古場に来ない?
もう < 動いているヒト > だらけだわ 」
「 え ・・・ いいのですか 」
「 もちろん〜〜 今までにも何回か 美大生の方が来ましたよ?
・・・ パリのお稽古場にもね 来てました。
皆さん すご〜〜く上手で わたし達感心してました 」
「 わ ・・・ 出来たら・・・是非!
ああ あなたはとても素敵な感性の持ち主ですね 」
「 そう? あ わたし、 フランソワーズ。
ここの家に 家族と住んでいます。 」
「 フランソワーズさん ・・・ 初めまして。
僕は ユウジ。 サトウ・ユウジ といいます。 よろしく 」
きゅ。 二人は陽の当たる道路で握手を交わした。
「 それじゃ これ ・・・ 拝借します。
ね 明後日 また この時間にいらしてください。 」
「 ・・・ 本当にいいのですか 」
「 勿論。 バレエ団の先生にも了解を取っておきます。
どうぞ 好きなだけ 動くダンサーをスケッチして 」
「 ありがとう !! ・・・ うわ ・・・? 」
姿勢を変えた途端 ― ぐらり、 彼 ユウジの姿勢が崩れた。
「 ! ど どうしたの??? 大丈夫?? 」
「 ・・・ え ええ ・・・ ちょっと・・・ 眩しくて ・・・ 」
彼は 眼を押さえしばらく屈みこんでいた。
「 眩しい? ・・・ ああ そうね そんな季節よね 」
フランソワーズは 少し淋し気な視線を空に向けた。
まぶしい ・・・ っていう感覚 ・・・
― 忘れてたわ ・・・
もう二度と 味わえない のね・・・
「 ・・・ す すいません ・・・ 」
彼はゆっくりと立ち上がった。
「 大丈夫? お日様に当たりすぎたかしら ・・・
あ ウチで休んで行かれます?
そうだわ 今 お水 持ってきます! 」
「 い いえ もう大丈夫ですから ・・・
あんまり 天気がいいので ・・・ 」
「 そう ? ね あ 帽子! 帽子をお忘れなく ね 」
「 ありがとうございます 」
彼 ― ユウジは 描いたばかりのスケッチを一枚 彼女に渡し
坂道を降りていった。
「 ・・・ すごい ・・・ わ これ ・・・
鉛筆で描いてあるのに 写真より色彩が豊かにみえる 」
サワサワサワ −−−−−
朝の風に 少し熱が加わってきた。
「 ! いっけな〜〜い ! 急いで支度しないと〜〜〜
遅刻だわ 」
バタバタバタ ― フランソワーズは玄関へと駆けて行った。
― その夜のこと
「 ・・・ ほう〜〜 これを 走り描き と言ったのかい 」
博士は スケッチを手に感歎の声を上げている。
「 そうなんです。 ホントにね わたしと話 しながら
さささ ・・・・ って。 」
「 ・・・ そう か・・ 凄いなあ 」
「 ですよね!? ねえ 色 見えますよね 」
「 ああ ・・・ 陽の光も見えるよ 」
「 ― これ 白黒ですよね 」
二人で盛り上がっていると ジョーが淡々と言った。
「 え? ええ そうなんだけど でも ね
ほら ・・・ 向日葵の緑が 見えてこない? 」
「 陽の光が 差しているなあ 」
「 ・・・ そっかなあ ・・・ 」
ジョーは 首を捻っている。
「 これ 下書きで この上に絵具とか塗ります よね?
小学校の時 写生でやった かも ・・・ 」
「 ちょっと・・・ 違うかも ・・・
あ ジョーは 写生とか好きだった? 」
「 え 僕? うう〜〜ん 全然。 図工はあんまり好きじゃなかった
なんかさ〜 絵具とかめんど〜で 」
「 ・・・ そう なんだ? 」
「 ははは まあ 好みはヒトそれぞれ・・・・ということじゃよ 」
「 そう ですけど ・・・ 」
「 食べ物と同じさ 好き嫌いはそれぞれさ。 」
「 ・・・ そうですけど わたし このスケッチ 好き 」
「 うむ ワシもいいと思うな。 その青年が譲ってくれるなら
買い取りたいなあ 」
「 ね!? ・・・ ここに飾っておきましょう 」
大きなトレイに立てかけるみたいにして 暖炉の上に飾った。
「 ね ジョー? どう? 」
「 ・・・ う〜〜ん ・・・・ 」
ジョーは なんとも言えない、といった表情で
画用紙の中の 彼女の横顔 をしげしげと見つめていた。
Last updated : 06.29.2021.
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********* 途中ですが
ジョー君は どうやら芸術関係には 疎いようですねえ・・・
ま そこが ジョー君らしさ なのかもしれませんが。
アルベルトなら スケッチに似合う曲を
即興で弾いてくれるでしょうね ・・・