『 Sugarplum − シュガ−・プラム − 』 ( 3 )
きゅ・・・・・
念入りにワックスをかけた車体を ジョ−はもう一度丹念に磨きあげる。
艶がのりぴかぴかのボンネットには なぜか不似合いな仏頂面が写っていた。
車を相手にしている時、いつもならそれは彼にとっては最高のお楽しみの時であり、
単なる洗車でも 知らず知らずにハナ歌のひとつも出ようというものなのだが。
「 ほんとうに楽しそうねえ、ジョ−ったら。 ・・・なんか、わたし羨ましいわ。 」
「 そうかな〜 コイツとは長い付き合いだから、さ。 」
休日でもヒマさえあればガレ−ジに篭っているジョ−に フランソワ−ズは呆れているようだった。
それでも 使い古したタオル類をもって来てくれたり、彼女なりに自分の趣味を
理解してくれているはず、とジョ−は思い込んでいたのだが・・・。
− やっぱり 女の子だもんな。 そうそう車には興味はないよな、うん。
迎えに来なくてもいい、と言ってたけど。
そうだ!
いきなり行ったら、びっくりするだろうな。 きっとあの大きな目をまんまるにして喜ぶよ。
そのまま、夜のドライブしたっていいじゃないか。
このごろ ちっとも一緒にいられなかったからさ。 この前は急に帰っちゃうし。
ジョ−は自分の思いつきに大満足して 今度は念入りにフロント・ガラスを磨き始めた。
いつもは大して気にならない長めの前髪が 今日はなぜか煩くて何度もかきあげる。
そのたびに ただでさえあちこち向いる癖ッ毛は ますます気ままに跳ね上がる・・・
そういえば。 あの、今朝の髪・・・
絹糸みたいに さらさらで、うん、金糸ってああいうのなんだろうな〜
どうやったんだろ? アイロンでも掛けたんだろうか・・・・?
ヘン?って聞かれて・・・そりゃヘンじゃないよ、綺麗だよ。 でもさ・・・
「 やぁだったら・・・・ くしゃくしゃになっちゃうでしょ・・・ 」
「 う〜ん。 だってさ、面白くて・・・。 先っちょまでほどいても、手を離すと・・・ほら? 」
くりん・・・と亜麻色の髪が外向きに緩やかに巻いてゆく。
「 癖ッ毛なんだもの。 ジョ−だって同じでしょう。 」
「 僕? こんなに綺麗じゃないよ。 」
「 ・・・・ あら。 」
ギルモア邸のリビングのソファ、日頃なんだかんだとじゃれあっている仔猫たちに
たまに訪れる仲間は苦笑し、見慣れたもの達はやれやれと新聞を広げたりしているのだ。
・・・だからさ。 僕があの柔らかい髪を気に入ってるって知ってると思ってたんだけどな。
そりゃ、どんな髪型だってきみには 似合うけど。
磨き上げたフロント・ガラスに写る自分と ジョ−はぶつぶつ話し合っていた。
− ・・・・・ あれ ・・・? ・・・・ 電話だ!
ガレ−ジのスピ−カ−から呼び出し音が流れ続けている。
? 誰もでないよ ?
・・・・ あ !
博士の研究室は完全防音だし イワンも夜の時間。
フランソワ−ズは・・・ 今日は遅くなるんだっけ!
わ・・・! 駆け出した途端に足許のホ−スに足を取られ、
なんとかつんのめりがならも 脱出すると・・・
がしゃ−ん! がらがらがら・・・・
思いっきり蹴飛ばしてしまったバケツは 派手に音と水を撒き散らしガレ−ジの隅までころがった。
本気で加速装置を使おうかとちらっとまで思い。
それでもとにかくなんとかジョ−は 電話が鳴り響いている間にリビングへ飛び込んだ。
「・・・・も、もしもし・・? 」
「 あら、ジョ−さん? よかった〜 お留守かとおもったわ。 」
かなり待たせてしまったが 相手は上機嫌で話だした。
「 はい? ・・・・ 島村ですが。 ?? ああ、玲子さん・・・ 」
ジョ−の担当の雑誌編集者女史は てきぱきと仕事の確認を始めた。
「 はい、わかりました・・・。 うん、多分大丈夫・・・。 え? 」
「 あ〜 ねえ? この前のあの可愛いカノジョ・・・・フランソワ−ズさん。
怒ってるんじゃない? 」
「 怒るって・・・ どうしてですか? 」
全く思ってもいなかったことを言われ 思わずジョ−は受話器を握りなおす。
「 ジョ−さん、あなた無神経だわ。 他の女の前で恋人に<妹か姉みたいな>
なんて言われたら・・・ 大抵の女の子はアナタに幻滅するか怒るわよ? 」
「 え・・・・。 だって その。 誤解されたら悪いと思って・・・ 」
「 誤解? 」
「 う・・・・ あ、お、奥様なんて・・そんな 僕たちは別に・・・ 」
「 ジョ−さん? 妙な意地を張ってると捕られちゃいますよ? カノジョ、すごく魅力的だもの。」
「 ・・・・・ 」
「 もしもし? ジョ−さん、 聞いてます? 」
「 ・・・・ はい・・・ 」
「 彼女、結構有名なバレリ−ナさんなのね? なんかどこかで見たな〜と思って
ウチの学芸部で調べてすぐわかったわ。 」
「 ・・・・はあ。 」
「 そろそろクリスマス公演でしょう? 素敵なお相手と組むみたいよ。 前評判は上々。
ロマンス説もちらほら、とか。 」
「 ・・・そ、そうなんですか? 」
「 ああ、もう! あのね。 大事な事はちゃんと言葉にしなくちゃいけないのよ? おわかり? 」
「 大事なこと・・・って・・・ あの・・ 」
「 じゃあ。 ほんとはね、仕事のことなんかどうでもいいですから。
ちゃんと彼女を捕まえとかなくちゃ ダメですよ! いいわね? 」
しどろもどろのジョ−をおいて 電話は一方的に切れてしまった。
− ・・・・・なんだよ。 なんだって・・・・ んだ・・・・
ぼすん・・っとソファに沈み込んで ふとズボンの裾が盛大に濡れているのに気づく。
あ・・・しまった・・・!
がばっと立ち上がった拍子にコ−ナ−机に乗せてあった雑誌がばさりと落ちる。
・・・っとに、もう・・・・
自分自身に悪態をついて拾った雑誌は フランソワ−ズが購読している舞台関係のもの。
玲子の言葉が思い出され ジョ−は日頃手に取ったこともないその雑誌を
熱心に捲りだした。
− ええと・・・・ クリスマス公演・・・ あれ?なんていうカンパニ−だっけ・・?
くぐもった音が 響いている。
それは とおい所から聞こえてくるようで雑誌を読みふけっているジョ−の意識からも 遠かった。
− ・・・・? ・・・あ!
やっと自分の携帯の着信音だと気付いたジョ−は
リビングのどこかで鳴る音に またもやあたふたと放りっぱなしの携帯を捜した。
クッションをどけたり、ソファの下をのぞきこんだり。
果てはマガジン・ラックの中まで覗いてみた・・・・ あった!
「 ・・・も、もしもし・・? 」
「 ・・・・あ、ジョ−? わたし。 あのね、今日ちょっと遅くなるの。
お夕食の用意お願いできるかしら? ・・・・え? そうなの、リハ−サル・・・ 」
ごめんなさい、と言いながらもフランソワ−ズの声はうきうきと弾んでいる。
バックに聞こえるピアノの音が いっそうその華やかさを際立たせている。
「 そう。 わかった・・・。 」
「 なんにも用意してないんだけど。 大丈夫? あ、冷凍庫にね・・・ 」
「 ああ、大丈夫。 」
「 ほんとにごめんなさいね! ああ、でもジョ−がお休みでよかったわ! お願いします。
帰りは待たないでね、先にやすんでて・・・ 」
「 でも。 迎えに行くから。 終わったら電話して? 」
「 ・・・あのね、本当に大丈夫なの。 わたしだって・・・・、ね?
それに 今日はこれから別のスタジオへゆくから・・・ 」
「 別のって。 いつものバレエ団とは違うの? 場所は? 何時ころまで? ・・・・ひとり? 」
「 ・・・・ ジョ− ・・・。 」
「 ・・・あ。 ・・・・・ごめん・・・・ 」
「 いいけど。 わたし、子供じゃないのよ? Sにある△△スタジオ。 」
「 ・・・ごめん。 」
「 いやあねえ、何回謝るの? じゃあね、お願いします。 」
ジョ−が、誰と、という言葉を喉下で持て余しているうちに 今度も電話は一方的に切れてしまった。
耳の奥に残る楽しそうな・華やいだ彼女の声・・・・
ほほをちょっと紅潮させ はずんだこころそのままに瞳をきらきらさせている彼女。
そんな姿が くっきりと眼裏にうかびあがってくる。
なぜか、彼女が今朝はじめて見たあのベ−ジュの手袋を填めている・・・気がした。
− 僕は。 なにを見てたんだ・・・!
いままで気にも留めていなかったのは それがいつも自分に向けられている、と思い込んでいたから。
ジョ−は 自分でも気付かないうちにしっかりと握り締めていた携帯を放り出した。
まずいよ、・・・ほんとに 僕って・・・!
ばさばさ・・・・
独特の色のついた薄いペ−ジが 音を立て破けそうな勢いで捲られてゆく。
電話帳なんて見るのは 初めてかもしれない。
・・・ う〜〜ん???
いくつかのナンバ−を書き抜き ブルゾンをひっかけマフラ−を巻いただけて
ジョ−はギルモア邸の玄関を飛び出した。
「 やれやれ・・・・。 やっとお神輿を上げたか。 困った坊やじゃ、なあイワン?
本降りに なって駆け出す 雨宿りって そんな川柳があったがのう・・・ 」
普段のジョ−には似合わない乱暴な運転で走り去る車を研究室の窓からながめ、
脇のゆりかごの赤ん坊に ギルモア博士はにこにこ顔で話かけていた。
「 さて。 雨は恵みの雨、になるといいがな・・・ 」
「 ・・・え〜と・・ 貸しスタジオ・・・あ、これは音楽専門ね・・・ 」
ざわざわと常に誰かが行き来しているバレエ団のロビ−、その片隅でフランソワ−ズは
熱心に電話帳と携帯を相手にしていた。
− ちょっとマズいんだわね・・・。 なんとかしなくちゃ。
このカンパニ−で初めて貰ったパ・ド・ドゥに 有頂天になってたけど。
ヒロキと踊れるのも嬉しかったし、クリスマス公演ってなんとなく心が弾むじゃない?
・・・ あ〜あ。 わたしってもうちょっと上手かな〜って思ってたんだけど。
今日のリハ−サル、イマイチっていうか・・・ どうもねえ・・・
時間が足りないわ! 自習しておかなくちゃ、ね。
「 ・・・・ ほら、これ。 」
ぺたりと床に座り込んでいるフランソワ−ズにいつの間にやってきたのか、
ヒロキがだまって携帯を差し出す。
「 ・・・なに? ヒロキさん・・・! 」
「 貸しスタなら。 僕が知っているところがあるから、そこに行こうよ。
それにせっかく 自習するならパ−トナ−がいた方がいいだろ? 」
「 ・・・・ ヒロキさん・・・・ 」
「 さ、コ−ト着て? ああ、今日の髪、とっても素敵だね。 新しい魅力をみつけたよ。」
「 ・・・・ ありがとう・・・! 」
「 ほらほら・・・ また泣き虫が始まった♪ 」
「 そんなんじゃないわ・・・ あ、ちょっと待ってね、ウチに電話しとかなくちゃ。 」
「 うん。 あ、落としたよ? ほら・・・ 」
コ−トを取りに駆け出したフランソワ−ズに ヒロキは声をかけた。
「 あ・・・ ありがとう!」
「 ・・・? 手袋? あれ・・・これ、この前かたっぽだけはめてたヤツ? 」
「 え、あ、そうよ。 ちょっと待っててね! 」
「 ・・・ふうん・・・ 」
大急ぎで更衣室へ向うフランソワ−ズは ヒロキのちょっと複雑な呟きは耳にはいらなかったようだ。
さして広くないスタジオは 二人の熱気で一杯になっている。
華やかで甘い音楽には 不似合いな表情の二人がむきあっている。
「 だから・・・ 」
ふう・・っとヒロキが大きく息を吐いた。
「 きみはこの手の踊りは得意なはずだろ? 」
「 ・・・・ そんなに・・・ヘンですか、下手ですか、わたし? 」
「 下手っていうか・・・。 う〜ん、そぐわないっていう感じだな。 」
「 そぐわない? 」
「 そう・・・。 これはクリスマスの夜にクララがみた夢だろう?
あま〜い、オンナノコの夢の国の姫なんだよ、君が踊るのは。 」
「 はい・・・。 」
「 なんて言うのかな、その甘いム−ド、いつものきみ独特のふんわりした甘いカンジが
ぜんぜん伝わってこない。 」
「 ・・・・ でも。 テクニックはちゃんと ・・・・ 音も・・・ 」
「 フランソワ−ズ? 発表会、じゃないんだぜ? 」
「 それは・・・そうですけど。 」
「 順番通り ぎすぎす踊っても意味ないと思うよ。 なにか、あったの? 」
「 ・・・・いいえ・・別に。 ごめんなさい、アタマを切り替えるわ。 」
「 じゃあ、その辺をアタマにいれて・・・ やってみようよ? アダ−ジオから。 」
「 ・・・ はい。 」
華やかな・甘い音色が流れ出す。
今までの硬い表情をさっぱりと捨てた二人が 微笑み合い視線をからませる。
二人きりの世界に 身もこころも熱く昂ぶらせ手を取り合って・・・
観客には 熱烈な恋人同士にも見える二人、実際は真剣そのもの。
そんな 二人の様子にじっと眺めいっている人影が窓の外にあった。
− な、なんだ・・・! なんだってあんなにくっ付き合って・・・ああ・・!
傍目には 淫秘なやりとりに見えなくもない二人の様子に
そっと見ているのだ、ということなど吹っ飛んでしまったジョ−は手に汗を握る想いで
じっと身を固くしていた。
− ・・・・ これって。 なんかノゾキみたいじゃないか・・・!
とんでもない考えが浮かび、赤面しながらもジョ−はそこを離れることができない。
それどころか ますます身を乗り出してしまう。
「 ・・・・ちがうって! 」
「 え・・・・ どこが? この音取りでいいはずよ。 」
「 それじゃ 面白くもなんともないだろ! 今のところ、もう半拍早くピルエットに入れない? 」
「 そんなのヘンよ、エレガントじゃないわ。 」
「 そうかな? とにかく一回やってみて。 」
「 わたし、音を無視しろなんて言われたの、初めて! 」
「 ・・・・ そんなこと、言ってない。 やってみて。 」
「 ・・・・ 無駄だと思うけど・・・ いいわ。 」
額にまつわる髪を掻きやって フランソワ−ズはヒロキの向き合った。
「 あのねえ・・・。 そんなに怖い顔、するなよ。 」
「 これが普通です、わたし。 」
「 もう ・・・。」
ヒロキは 大きく手をひろげて溜め息を吐く。
「 なんかさ、・・・こう、楽しいことを思い出してみたら?
きみがイチバン一緒にいたい、と思う人のこと、とかさ。 」
「 ・・・・ 楽しいこと・・・ 」
「 そうそう。 誰でもなんでもいいから。 じゃあ、もう一回・・・ 」
「 ・・・・・ ええ ・・・ 」
気まずい雰囲気に 音楽までも申し訳なさそうに流れ出す・・・
「 7・8・・・・・で踏んで。 ・・・・そう、・・・ 」
「 ・・・・あら・・・・ 」
「 ほうら。 いいかんじ・・・ そのまま続けよう? 」
「 ええ。 」
中の熱気は 窓にへばりついているジョ−にも十分感じられる。
それは、決して狎れあった男女の戯言などではなかった。
二人の真剣な思いが みごとなハ−モニ−を奏で踊り出す・・・
ほう・・・・ ジョ−は出切るかぎり そうっと溜め息をもらした。
いや 苦しくなるまで詰めていた息を吐き出したのかもしれない。
− あんな真剣なフランソワ−ズって。 ・・・<普通の>時には初めて見る・・・
ああ、これは彼女の、彼女たちの<仕事>なんだ・・・・ 真剣勝負なんだ。
ヘンな想像をした僕の方が よっぽどいやらしいね・・・。
ジョ−は 足音をひそめてその窓から遠ざかった。
待っているから。 ・・・帰っておいで、きっと。
存分に どこまでも飛んでゆけばいい。 大空を自由に舞うがいいさ。
でも。
きみが 疲れた羽を休めるところ、 明日のために心と身体を癒すところ。
それが・・・・ 僕の側であってほしい。
きみは 僕の 妹であり姉であり。 恋人であり母であり。
僕の・・・・全てなのかもしれない、からね。
いつもいつも どんな時も。
自分を待っていてくれたフランスソワ−ズ。
いつしか それが当り前に思えてきていたけれど・・・
今度は、僕の番さ。 僕がきみを待つんだ。
・・・・ほんと言えばさ。 きみの柔らかく波打つ髪が大好きなんだけど。
でも、きみはきみだよね。 どんな恰好をしていても・・・・
振り向きたい衝動と必死で闘って ジョ−は大股で去っていった。
音楽はもうとっくに消えていたが、その空間は華やかな雰囲気で満ちていた。
聞こえるのは・・・・ 二人の荒い息使いだけ。
「 ・・・・・ けっこう・・・・いいセンいったと 思わない? 」
「 ・・・そうかしら? 」
「 君・・・・? 」
「 わたし、 凄く上手くいったと思ってるんですけど? 王子さま・・・・ 」
「 ・・・はっははは・・・ まいった〜 君には、もうお手上げだよお〜〜 」
一瞬 顔を強張らせていたヒロキは すぐに破顔して手にしていたタオルを放り上げた。
「 ・・・・あ ・・・・・ 腹へったあ〜〜〜 」
ぱさり・・・・ 派手に後ろへひっくり返った彼の上にタオルが降ってきた。
「 はい、タオル投入で、リタイアです? ねえ、中華料理ってお好き? 」
「 ・・・・・うわお〜〜♪♪ 」
まとめた荷物の間から 薔薇色の手袋が落ちる。
「 あ、手袋。 ほら、また〜 」
「 ・・・ ありがとう! 」
「 ・・・この前の、気に入らなかった? 」
「 え? いいえ、いいえ! とんでものない、もうわたしのタカラモノよ。
これは ・・・そうね、マスコット、 <御守り>っていうの? 」
「 ふうん・・・ 」
「 さ、行きましょ! ぜったい気に入るわ、保証つきよ? 」
「 どう? 口にあった? 」
「 ・・・・ すご・・・・ 最高! 」
ふとっちょのマスタ−が経営する中華飯店で ヒロキは感嘆と満足の溜め息をもらした。
見た目は地味で こんなところに中華飯店があったのか、と思わせる店構えだったのだが。
「 ほ〜い、いらっしゃい。 なに、フランソワ−ズのパ−トナ−さんアルか! 」
厨房と行ったりきたりしているマスタ−は どじょうヒゲをくゆらせ気さくに挨拶をした。
それじゃ〜ますます腕を振るうネ、と二人の前にたちまち湯気の立つ皿がいくつも並ぶ。
「 こんばんは。 偶然ですね? 」
窓際の席から オフ・ホワイトのスーツ姿の女性が歩み寄ってきた。
「 ・・・? あら・・・えっと・・・・ レイコさん・・・ 」
「 小松玲子です。 今季話題のカップルさんにお目にかかれて光栄ですわ。 」
「 話題だなんて、そんな・・・・。 ・・・あの、どうしてココを・・? 」
なんとなく伏し目勝ちなフランソワ−ズに 小松玲子はくすくすと笑いかえた。
「 島村さんのご紹介です。 そんな顔、なさらないで?
パ−テイ−っていうか、二次会の場所探しなんです。 」
「 ニジカイ? 」
「 そうアル! ほい、明日の花嫁さんのために〜♪ 」
太っちょのマスタ−がいつの間にか 点心のトレイを持って立っている。
「 まあ、ご結婚なさるの? おめでとう! 」
「 ありがとう。 あ、仕事はやめません、勿論。 島村さんに宜しく!
ね? 妹か姉みたいって、カレにとっては一番身近なひとっていう意味なんじゃない? 」
「 ・・・・え? 」
こそっとフランソワ−ズの耳元で囁いた玲子は すぐに朗かな声を上げた。
「 こんな素敵な場所を紹介していただいて・・・ウチの彼も大喜びなのよ。 」
「 あ・・・どうぞお幸せに・・・。 あら、これは・・・? 」
フランソワ−ズは 自分の前に張大人が置いた小さな袋に眼を見張った。
クリスマス限定プレゼントあるね、と大人は小さな目で無理矢理ウィンクしてみせた。
花嫁さんと未来の花嫁さんにもネ・・・・
「 なあに? わあ・・・・ 可愛いわね! でこぼこして・・・お星さま? 」
細い指先で色とりどりの砂糖の塊を摘んでいるフランソワ−ズの 手許をヒロキが覗き込む。
「 え、きみ、知らないの? 金平糖だよ、まさにきみにぴったり。 」
「 こんぺいとう? なんで? 」
「 なんでって・・・・・ ああ! そうかあ・・・ あのSugarplumは 日本では
金平糖の精、っていってるんだよ。 <さとう菓子>っていうより夢があるよね。 」
「 ああ そうなの ・・・・ これが日本の Sugarplum ・・・・ 」
甘くて きらきら可愛いのに。 このとげとげ? ツノは・・・なあに?
今のあんたみたいねえ? フランソワ−ズ・・・・
『 くるみ割り人形 』 はクリスマスの夜少女が見た華やかで甘い・楽しい夢物語。
Sugarplum は その一番のシンボルのはずなのに・・・
・・・・ わたし。 なんか 忘れてる・・・?
掌で ころころとぶつかり合う小さな星たちに フランソワ−ズはとっと話しかけた。
「 あ〜あ・・・・ 腹いっぱ〜い! 」
「 ふふ・・・。 王子様がそんなこと言ってもいいのかしら? 」
「 う〜ん ・・・・ 」
いい加減 アルコ−ルも入ったし、腹ごなしに駅まで歩こうね、と
張々湖飯店を出た二人は 夜道をぶらぶらと辿っていた。
真冬なのに 美味しい食事の余韻で身体はぽかぽかである。
「 ・・・・ フランソワ−ズ・・・ 」
急に 自分の肩を抱き寄せたヒロキに フランソワ−ズは驚いて身を捩った。
「 ! ・・・ いや! ヒロキさんったら。 酔ってるんでしょう、ふざけないで・・・ 」
「 ・・・ ふざけてなんか・・いない。 酔いなんて とっくに醒めてるさ・・・ 」
「 お願い、 やめて! 」
自分の方が酔いで少々足許がもつれたフランソワ−ズを ヒロキは巧みに抱きしめた。
「 本気だぜ、僕は。 」
意外な力強さで 彼はもがくフランソワ−ズを押さえ唇を求めてきた。
「 好きだって・・・ 言ってなかったっけ ・・・? 」
「 いや! ・・・・ ジョ−じゃなくちゃ ・・・ イヤなの!! 」
急に彼の腕がするりと解けた。
はあ〜〜〜 夜空に大きな溜め息がひとつ。
「 ・・・・わかった? 」
ふふ・・・っと照れ臭そうにヒロキはフランソワ−ズの顔をながめた。
「 ・・え・・・ なにが・・。 」
「 君の、自分自身のほんとうの気持ち。 ジョ−っていうんだ? 君の大事なヒト。 」
「 ・・・・ あ ・・・・ 」
気が抜けたのと同時に フランソワ−ズは恥ずかしさで耳の付け根まで真っ赤になった。
あのさ、とヒロキが足許の小石をけとばす。
「 気付かなかった? 貸しスタの窓から彼氏、ずっと君のこと見てた・・・ 」
「 ええ?! うそ・・・・ ぜんぜん・・・・ 」
「 それに、さ。 まいったよなあ ・・・ さっき。 」
「 さっき? 」
「 ああ・・・。 大事なヒトのこと考えてって言ったろ。 君、とたんに真剣になったけど
僕のこと、ちらっとも見ないんだもんな〜 視線、素通り。
そのくせ、踊り出したら・・・ もう 別人みたいな・・・あま〜い雰囲気!
あ〜・・・こりゃ、勝ち目はないナって思ったよ。 」
「 ヒロキさん・・・・ 」
ヒロキは ぱっと歩みを止めた。
「 さあ。 僕は送らないから。
ほら、きみの髪・・・ もういつもみたいに綺麗な巻き毛にもどってる・・・ 」
「 ・・・ふふ・・・ 無理して真っ直ぐにしてみたけど・・ ダメね。 」
「 髪もやっぱり 強情っぱり、か。 」
「 え? 」
「 いや・・。 ねえ、マドモアゼル・フランソワ−ズ? 」
ヒロキは フラソソワ−ズの前に悠然と手を出した。
「 ・・・はい・・? 」
「 人生のパ−トナ−はカレに譲るけど。 舞台での相手は僕だからね! 」
「 ・・・・・ ありがとう・・・! ヒロキさん。 」
舞姫は王子の頼もしい手に白い手を委ね、優雅にレベランス( お辞儀 )をした。
フランソワ−ズが駆けて来る。
いつでも外へ外へと跳ねてゆく柔らかい髪を なびかせて。
小鳥よりも軽く 蝶よりも楽しげに
岬の家へ、 大事なヒトが待つ家へ・・・
ジョ−は黙って座り込んでいる。
夕食の後片付けのエプロンもそのままで、 落ちてくる前髪に半分顔をかくして。
機嫌がいいのか 曇り気味なのか それは彼にもわからない。
− ピンポ−ン・・・・
ドア・チャイムが 二人の甘い時間の始まりを告げた。
残骸の中を 砂をふくんだ風が吹きぬける。
頭上に輝く星々が この地の季節が確かに真冬であることを示している。
時折遠くで爆音と一瞬の火の手が上がるが じきにまた暗闇に呑み込まれた。
砂嵐と敵襲をさけて 009と003は廃墟の中に身を潜めている。
「 − O.K〜。 じゃあ ドルフィンで合流しよう。 − 」
009と逆の方向に眼を凝らしていた003が振り向いた。
「 ピュンマから? 」
「 ああ。 あっちは完了だそうだよ。 」
「 まあ、早いわね。 」
「 そうそう慌てることはないって・・・ 」
くるり、とホルスタ−からス−パ−ガンをぬくと009は小さく口笛を吹いた。
「 あら、そういえば今日って・・・・。」
「 なに? 」
フランソワ−ズは伸び上がるように彼に抱きついていきなり唇を重ねた。
「 ・・・・ メリ−・クリスマス♪ ジョ− 」
「 ・・・ぅわ・・・ め、メリ−・クリスマス・・・ 」
「 なにもプレゼントがないから・・・ 今日はコレで我慢して? 」
「 Merci, Mademoiselle! 」
ひゅう・・・・っとまた低く口笛を鳴らし、ジョ−は華やかな音を数小節吹いた。
「 ジョ−ったら。 その曲、口癖になった? 」
「 うん、まあね・・・。 きみの<金平糖の精>が踊ってるよ。 」
「 ・・・こんな戦場で クリスマスを迎えるなんて。 わたしたちらしいわね。 」
「 ふふ・・ねえ? そういえば ・・・・ あの手袋の彼氏は? 」
「 もうとっくに現役は引退して。 今は振り付け師として海外でも人気者よ・・・・ 」
「 そうなんだ・・・ 」
「 オペラ座のダンサ−と結婚して、お嬢さんが同じ道を歩んでいるらしいわ。 」
遮るもののない砂漠の廃墟、頭上には文字通り降るような星空がひろがっている。
モノト−ンと静寂の世界に ジョ−の口笛が華やかな色を描きだす。
−あ、 そうだ・・・
フランソワ−ズは防護服のポケットをさぐった。
「 ・・・・これ、覚えてる? 」
「 え? ああ! 勿論。 」
「 はい。 片っ方はあなたに預けるわ。 」
「 ? 」
「 御守りよ! 必ず両方が一緒になれますように。 」
「 フランソワ−ズ・・・・ 」
ジョ−は 手許の薔薇色の手袋をじっと見詰め、フランソワ−ズの肩を引き寄せ囁く。
今夜は。 二人で踊ろうよ。
え???
「 009! 北へ10キロのところに・・・ 機影が現れたわ! 」
「 ほ〜ら おいでなすったぜ? ああ、004。 どうだ、そっちは? ああ。
いや、援護はいらない、僕たち二人で十分だよ。」
脳波通信を切った009は 傍らの003にやわらかく微笑みかけた。
「 さあ、僕ら二人で 最後の後始末だ。 」
「 ふふふふ・・・・・ ジョ−とのパ・ド・ドゥは ぜったいに最高よ。 」
では、お姫さま。 お願いします。
はい、王子様。 よろしく。
− 009! 左後方から無人機・・・・20機!
− 了解! 003、 サイドの奴等を頼んだよ。
− d'accord! ( 了解 )
よし・・・・ 行くぞ! ジョ−はトリガ−にゆっくりと指をかけた。
ベツレヘムの片隅でひとりの赤子が生まれたその夜から 2000年以上ののち。
世界中が愛と平和への祈りに満ちる夜、赤い服の金平糖の精と王子は戦場で鮮やかに舞った。
***** Fin. ******
Last
updated: 06,30,2004.
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**** 後書き by ばちるど ****
やっと・・・終わった・・・。 何度か誘惑に負けそうになりましたが、とにかく
甘・甘・路線、初志貫徹♪ バレエ 『 くるみ割り人形 』 は冬の定番、
それなのでこんな季節はずれモノになってしまいました。