『 星の見る夢 ― (1) ― 』
― 星の降る村
そんなキャッチ・フレーズが載っていた。
見開きには満天の星空の写真 ― 地上の流れには星影が映りゆらめいている。
「 ・・・ きれい・・・! 本当に星が降っているみたい・・・! 」
フランソワーズは旅行雑誌の写真に大感激している。
「 ねえねえ ジョー ったら。 見て 見て、本当にキレイよね ・・・ 」
「 あ ・・・ う うん 」
ジョーは一応 チラっと彼女の手元に視線を飛ばしたけれど、すぐにまたPCの画面にもどしてしまった。
カチャ カチャ カチャ ・・・・
キーボードの音だけがリビングの中に響く。
・・・ う〜〜ん!! もう〜〜
ずっとPCとにらめっこ。 すこしはお喋りしてくれてもいいのに・・
フランソワーズは雑誌を抱えソファに座り込み、熱心に眺める振りをして、
ページの影でふん・・・と拗ねている。
「 ふう〜ん ・・・ ここって夏のリゾート地としては穴場なんですって。
へえ 〜〜 今、予約してゆけば 30%オフ ! なんだ〜 すご〜い♪ 」
わざとらしく声をあげ ー チラっと視線を上げてみたけれど。
「 ・・・ ふ〜ん・・・ そうなんだ〜 ・・・ 」
生返事が返ってきただけで 肝心のセピア色のアタマはこちらに向かない。
「 あら。 星の降る村 で 星に願いを。 あなたの願い、叶います ですって♪
う〜〜ん なにをお願いしようかしら。 ねえ ジョー? 」
「 ふ〜ん そうなんだ ・・・ 」
一段とトーンを上げてみたのに返ってきたのはまったく同じ <お返事>。
フランソワーズは本格的に ぶ〜〜っとむくれてしまった。
もう〜〜〜・・・! せっかくのバカンスなのにィ〜〜
なんでそんなに無関心なのよお〜〜
夏の休暇を目前に、パリジェンヌはこのところずっとそわそわしていた。
そう、彼女 ― フランソワーズ・アルヌール嬢はパリジェンヌ、
ふらんすはあまりに遠し ・・・と かつてこの国の文人らが焦がれ続けた華の都のご出身。
なにしろ彼女の生まれたお国は 一月はたっぷり休暇があり
家族や友人と徹底的に遊ぶ・・・ というお国柄なのだ。
そんなパリジェンヌは初めての地、魅惑の東洋の島国・じゃぽん に興味津々・・・
そのうえ <同居人> は地元国民となれば 彼女の期待はますます盛り上がる・・・ のに。
豊かな亜麻色の髪をゆらし 海よりも空よりも深い色の瞳の美少女 ―
そんな彼女が側に座っている のに。 お泊り旅行をせがんでいる のに。
この朴念仁クンは ひたすら熱心にキーボードを叩いているだけ。
本人曰く ― レポートォ〜〜 だそうだが・・・
「 ふん・・・! ど〜してそんな知らん顔、できるのよ! 」
心の中で激しく突っ込みを入れてみるが 当然の如く、ご本人の反応は ない。
つれていってほしい・・・ 一緒に旅行したいのに。
バカンスの時くらい 一緒に ずっと一緒に過したい・・・
恨めしげに見つめても PCの前のセピアのアタマは知らん顔 − というよりも
どうも全く周囲のことに気が回っていない雰囲気だ。
ふん。 それなら ・・・ いいわ。
― わたし ひとりで 行くわ!
時刻表の読み方も 習ったし。 日本語、お喋りはおっけ〜ですもん。
この国はとても治安がいいって博士もおっしゃっていたし。
そうよ〜〜 イザ!って時には わたしだって003なんですから♪
心配はいりませ〜ん・・・
・・・ ふんふん ・・そ〜か 予約をいれておけばいいのよね〜
フランソワーズは今度こそ集中して雑誌の記事を読み始めた。
・・・ ふんふん 便利ねえ ・・・なるほど。
ここに アクセスすればいいのね。
http ・・・っと・・・ ふんふん
・・・ よォし・・・それじゃネットから・・・って
? あ〜使用中かあ
うん? あら携帯からもアクセスできるのね!
・・・ それじゃ〜っと!
「 ふんふんふ〜ん♪ それじゃ お休みなさ〜い♪ 」
「 ・・・ ん ・・・ オヤスミ・・・ 」
モニタに前のからセピアのアタマがむにゃむにゃとなにやら返事したけれど。
フランソワーズは歯牙にもかけず ご機嫌ちゃんでリビングを出ていった。
・・・ ふん! わたし だって一人でできるも〜ん♪
やがて ―
カチャ カチャ ・・・ タン。 やっとキーボードの音が止まった。
「 ・・・よし・・・っと。 これでなんとか・・・ レポートできた、かな。
これでや〜〜っと夏休みだァ ・・・
ねえ フラン? 夏休みだけど〜 あの・・・一緒に ・・・ あれ? 」
ジョーがやっと周りに目を向けたとき ― リビングはからっぽになっていた。
「 ・・・ あれェ・・・ もう寝ちゃったのかあ・・・・
うん? さっきなんか言ってたけど〜 ?? そうだよなあ 彼女も忙しいんだよ きっと。
それじゃ 明日にでも相談しよっかな。 ふぁ〜〜〜 」
彼は特大の欠伸をかますと、そのままキッチンへ行き、冷蔵庫から炭酸飲料を一本。
ぺったん ぺったん ぺったん ・・・
ジョーはさらにさらに超特大の欠伸をし スリッパを引き摺ってのんびり寝室に引き上げていった。
「 えへへ ・・・ どっぷり日本、だからきっと面白いよね♪ 喜んでくれるよな〜
だからさ〜 大急ぎでレポート、終らせたんだもん。 あとは 七夕デート♪かな☆
ふんふんふん♪ ぼくだって久し振りだもんなァ〜〜 」
― 翌日の大騒ぎ を彼はまだ しらない。
カタタン カタタン カタタン ・・・
単調な音にいつの間にか 眠気を誘われてしまった。
「 ・・・あ ・・・! 」
カックン・・・! と身体が前にのめって 目がさめた。
あれ・・・っと周囲を見回せば鄙びた客車の座席に一人ぽつん、と座っていた。
ローカル列車の車両にはほとんどヒトがいない。
「 ・・・ やだ・・・ わたしってば居眠りしてたの? ・・・ う〜〜ん ・・・
良い気持ち〜〜 あ 咽喉渇いたなあ ・・・ 」
列車の窓枠に置いた緑色の缶に手をのばす。
「 ・・・あら〜〜〜 もうぬるくなってるゥ〜〜
そうよねえ・・・ この列車、冷房がないのよねえ。 窓が開くから結構涼しいけど。 」
上下に開く列車の窓を少しだけ持ち上げてあるので、
爽やかな風が吹きこみ亜麻色の髪を肩越しに泳がせる。
フランソワーズは髪を押さえつつ、お茶を一口飲んだ。
「 ・・・ う〜ん ・・・ 悪くない、けど。 やっぱりあんまり得意じゃない、かも・・・ 」
少し気取ってお茶缶を買ってみたが 美味しい、とは思えなかった。
ギルモア邸で 彼女はもっぱらコーヒー派なのだ。
・・・ カフェ ・ オ ・ レ が飲みたいなあ ・・・ 缶コーヒーでもいいわ
フランソワーズは溜息をつき、お茶缶を窓の縁にもどした。
「 ・・・ えっと・・? あとどのくらいかなあ・・・ 」
彼女は座席に伏せてある雑誌をとりあげ ページを繰りはじめた。
「 ほうほう・・・ 旅行とな。 星の降る村 とな。 」
「 はい、あのゥ 雑誌に載っていたのです。 それで ・・・行ってみたいなって思って。
コズミ先生なら お勧めの場所とかご存知かなと思いまして。 」
昨晩 フランソワーズは自室にもどるとすぐにコズミ博士に電話を入れた。
博士は楽しそうに彼女の話を聞いてくれ あれこれアドバイスをしてくれた。
「 ほうほう ・・・ それではお嬢さんお一人でも安心なお宿をご紹介しましょうな。 」
「 まあ ありがとうございます。 」
「 な〜に ・・たまにはお一人でのんびり・・・日本の田舎の夏をお楽しみなさい。」
「 はい 嬉しいですわ。 ・・・ 本当は ジョーと一緒に行きたかったんです・・・ 」
「 ほっほ・・・まあまあ・・・オトコにはいろいろありますがな。
ま ・・・ お嬢さんはのんびり・・・おひとりでぷらぷら・・・そんな休暇も楽しいもんです。
そうさな ・・・ ちょっとお待ちくださいな。 確かそちらには知り合いがおったはず・・・
宿はワシの方から連絡を入れておきましょう。 その方がご安心じゃろ。 」
「 コズミ先生〜〜 ありがとうございます。 」
「 ふォ ふぉ ふぉ ・・・ ワシもギルモア君に恨まれたくないからのう。
大切な一人娘さんをしっかりガードせにゃ・・・ なに、ちょいと古めかしい宿ですがな。 」
「 あら・・・ ありがとうございます♪ 楽しみですわ。 」
こうしてフランソワーズの <夏休み旅行> が始まった。
ガタタン ガタタン ・・・
ローカル線のがたごと列車が減速を始めた。
カーブに差し掛かったのか揺れも一段と大きくなった。
「 おっと・・・ 缶を降ろしておいたほうがいいわね。 あら どこで降りるんだっけ・・・?
え〜と ・・・ 駅の名前、 ほし の さ と・・・ だったっけ? 」
フランソワーズは雑誌を開いてあちこち捜している その時 ―
≪ 次は 星の里 星の里 ・・・ ≫
のんびりしたアナウンスが雑音の間から聞こえてきた。
「 ほしの さと・・? え!?! いっけない、降りなくちゃ! いや〜〜ん!! 」
それからが大騒ぎ・・・ 網棚からバッグを下ろすやら広げいてたモロモロを紙袋につっこみ。
「 あ〜ん?? えっと傘・・・日傘は・・? あ〜網棚の上〜〜 」
金髪碧眼の美女が大慌てしている、というのに手を貸してくれる日本男児は ― いなかった。
・・・いや、 そもそもその車両には 他に人影はない。
「 あ〜〜ん ・・・ ジョー〜〜 ・・・ってどうしていないのぉ〜 」
半分ベソかきつつ、それでもなんとか荷物をまとめてひっつかみデッキまで突進し。
ガッタ −−−−−ン ガッタ ガッタ ガッタ ゴトゴト ・・・
ローカル列車はのんびりとホームから離れていった。
「 ・・・ ふう 〜〜〜〜 」
足元に荷物を放り出し フランソワーズは大息で遠ざかってゆく列車を見送った。
「 ・・・ あは ・・・降りれたわ・・・ ほしのさと ここね。 」
ジーーーワ ジーーーーワ ジーーーーワ ・・・・
やっと周囲を見回せば 緑 ・ 緑 ・ 緑 ・・・ 猛々しいまでの緑に囲まれ、
耳を劈くほどのセミの大合唱だ。
そして 崩れそうなホームにいるのも 彼女ひとり、だった。
「 すご〜い ・・・! 指の先から緑いろに染まりそう・・・ こんなトコ、初めて・・! 」
えいや、っとバッグから丸めた雑誌を引っ張り出す。
「 えっと ・・・ コズミ先生のご紹介の りょかん は ・・・ 緑陰館?? え・・・読めない・・
あ! この字はね・・・ < みどり >! つぎは ・・・??
えっと えっと・・・ みどり なんとか やかた ? 」
フランソワーズは雑誌をにぎり うろうろと歩き始めた。
それにしても 誰もいない。 駅員も列車が行ってしまえば引っ込んでしまうのだろうか。
改札もふりー・パスだ。
「 ・・・ふうん・・・ 日本も田舎だとずいぶんおおらかねえ・・・ 」
よいしょ・・・と荷物を持ち、駅前広場、とおぼしき所にでた。
「 あら。 タクシー ・・・いないわ。 それじゃバス・・ いないわねェ・・・ 」
ぐるぐる辺りを見るけれど、広場とは名ばかりのがらんとした空間で ― なにもなかった。
「 こまったなあ・・・ みどり・・なんとかやかた までどうやって行ったらいいのかしら。
うわあ・・・暑くなってきたわ・・・ 」
陽射しが強くなってきた。 ぱちん、と日傘を広げる。
白々とした道には フランソワーズ自身の影が濃く足元に溜まる。
「 どこかお店とか ・・・ ないかしら。 あ あそこ・・・ 」
広場の出口あたりに古びた日本家屋があり、道に面した戸口が開いていた。
ちら・・・っと覗けば なにやら石鹸とか箒・・・ フランソワーズには初めて見る道具類が
しょぼしょぼと並んでいた。
すみっこの方に これもかなり年季の入ったジュースの販売機が見えた。
「 あの ・・・ ? あ、ジュース、売ってるのね。 よかった・・・!
あの〜〜 ジュース、買いたいのですけど〜〜 ? 」
彼女は 奥に向かって声を張り上げた。
「 お姉さん アイスの方が 美味しいわ。 」
すぐうしろから子供の声がした。
「 えええ? 」
振り向けば ― ストロー・ハットを被った8歳くらいのオンナノコが立っていた。
「 ― え? 」
「 こんにちは。 あたし アリス。 お姉さんは? 」
「 こ こんにちは ・・・ あ あの フランソワーズ ・・・ 」
「 ふうん? ね ほら。 これ 美味しいのよ? 」
オンナノコは に・・っと笑ってアイスを差し出した。 それは空を切り取ったみたいに真っ青だった。
ペッタン ペッタン ペッタン ・・・
のんきな音が響いてきて のんきな寝起き顔がリビングに現れた。
「 おはよう〜〜〜 フラン。 ・・・あれ? 」
翌朝 ジョーが眠い目をこすりこすり、キッチンに降りてきたとき ・・・ そこには静寂が広がっていた。
・・・・・・・・・
いつもはお茶やコーヒー用のお湯を沸かす音やら サラダの材料を洗う水音、そして
オムレツを焼く音 ・・・ が にぎやかに響く空間に 今朝は音はなかった。
「 ・・・?? あれ・・・ フランってば 寝坊したのかなあ・・・ 」
珍しいな〜 とそれでも暢気に彼はキッチンに入り習慣的に冷蔵庫を開けようとした。
「 ・・・んん・・?? なんだ コレ 」
冷蔵庫の ちょうど彼の目の高さになにかメモが止めてある。
「 ・・・ こんなの、あったっけか。 ・・・ え〜 ・・?? 」
【 2〜3日 出かけてきます。 夏休みよ、心配しないで F 】
「 ・・・・・・・・・ 」
たっぷり3分間 ジョーはじ〜〜〜〜っとその紙を見つめていた。
一字一字 目で追い、指で拾い、 最後は声にだして、読み上げた。
そして。
「 うわ〜〜〜〜〜〜〜〜 !!! たいへんだァ〜〜〜 !! 」
ダダダダダ ・・・・ 彼は廊下に駆け出していた。
「 博士? 博士〜〜〜 大変です フランが 出ていっちゃったァ〜〜 」
どんどんどん!!!
博士の部屋のドアを思いっ切りたたいたけれど 返事はなく、勿論ドアも開かない。
「 ・・え! も もしかして正体不明の ど 毒ガスとか??
む・・・侵入者の仕業か? 博士、失礼します! 」
― メキ・・・ッ 009の手にかかればドアの鍵なんぞイチコロである。
「 ・・・ 博士 ・・・! ご無事ですか? 」
おそるおそる室内に踏み込んでみれば ― そこには変わり果てた博士の姿・・・
などあるわけなく、きちんと整えられたベッドの上にそよそよ・・・朝の風が流れていた。
「 ・・・ あ ・・・ もう起きてるの か。 あ! それじゃ研究室か!? 」
ダダダダ ・・・! またしても彼は廊下をすっ飛び地下まで階段をイッキ飛びしていった。
そして ― めき。 再びカギを破壊し乱入した研究室には ・・・ 勿論静寂だけが彼を迎えた。
ジョーはすっかり打ちのめされ とぼとぼとリビングまで戻ってきた。
夏の朝、 明るい、あまりにも明るい陽射しに照らされたリビング ・・・
でもそこには 誰もいない。 動くものは風と光と ジョーだけ。
「 そんな ・・・ だ 誰もいない、なんて。 あ! も もしかしたらまた・・・加速装置が・・・
うそだ、そんな・・・!! あの孤独には耐えられない・・・ しかし 確認してみなければ! 」
ジョーはリビングの真ん中に立ち おそるおそる奥歯の横のスイッチを 噛んだ。
― カチッ !!! シュ ・・・・!!
「 うわ・・ 」 叫び声がぷつり、と途絶え同時に009の姿も消えた。
そしてちょうど・ たまたま・その時
「 ・・・ ただいま。 いやあ〜 朝の散歩は気持ちいいのう 」
ギルモア博士が 麦藁帽子をばふばふ揺らしてリビングに入ってきた。
「 うん? あれまあ ・・・ ジョーはまだ寝ておるのかね。 ったくなあ・・・
いい加減にせんとフランソワーズに愛想を尽かされるぞ ・・・ 」
どれ、 お茶でも ・・・と思った瞬間 ―
シュ・・・・ッ !!!!! ドタ 〜〜〜〜!!
焦げ臭い匂とともに ジョーの姿が空間から転がり出てきた。
「 おわ?!!? な、 なんじゃ?? ジョー 〜〜〜 ど どうした?? 」
「 ・・・?! は はかせ ・・・ ああ よかった〜〜 壊れて ・・・ ない・・・! 」
こげこげを纏い、いや、ほとんどハダカ状態のジョーは そのままがっくり・・・膝を突いてしまった。
「 ?! おい! ジョー!? うわ・・・ 床が・・・! 」
ブスブスとリビングの床が燻り始めた。
「 み 水じゃ〜〜〜 !!! 」
博士はどたどたとキッチンに駆け込んでいった。
カチャカチャ ・・・ ギリ! トントン トン!
ジョーは博士の部屋の前で <作業中> だ。
「 もう少し左じゃ、ジョー。 」
「 ・・・ す みません ・・ あの これで? 」
「 む。 よし。 ・・・ それで 加速してみた、というのか。 」
「 ・・・ ハイ ・・・ あの。 これで直ったと・・・ 」
「 ふむ。 ( ガチャ。 ) よし。 それでは次は 研究室だ。 」
「 ・・・ ハイ。 」
ジョーは工具箱を持ち上げると しおしおと地下へ向かい階段をおりてゆく。
「 ジョー。 お前な・・・ そんなに心配するな。 」
「 ・・・ でも! 」
「 このメモの通りなんじゃろうよ。 彼女はちょいと・・・ 気晴らしの旅の出ただけさ。 」
「 ハア・・・ 」
「 それをまあ・・・ 大騒ぎしてカギをぶち壊しリビングで加速して床を焦し。
あまつさえ おまえ自身も焼け焦げたってわけか。 」
「 ・・・ す すいません・・・ でも 博士! フランはオンナノコなんですよ! 」
「 ああ そうじゃな。 それでもって 003 なんだ。
ジョー。 そっちのドアを直したらリビングの床じゃ。 」
「 ・・・ ハイ ・・・ 」
「 ったく ・・・ それだけ気が回るなら、彼女の気持ちもよ〜〜〜く考えてやれよ。 」
「 ・・・ は はあ ・・・。 」
わかっているのかどうだか ・・・ 相変わらずジョーは曖昧な返事をした。
「 ・・・ こっち? 」
「 そう こっちよ。 お姉さん みどり屋に行きたいのでしょう? 」
「 ・・・たぶん。 みどり ・・・なんとか やかた・・・ 」
「 じゃあ こっちよ。 」
「 ・・・・・ 」
誰もいない真昼の田舎道を 乙女と少女が手を繋いで歩いてゆく。
ジーーワ ジーーーーーワ ジーーーーワ
蝉の声だけがここで聞こえてくる唯一の音だ。
つつ・・・っと汗が伝い落ちるが 吹きぬける風にたちまち浚われてしまう。
陽射しはきつく、じりじりと肌に照りつける。 しかし不思議と不快な暑さを感じない。
光の白さ、 真夏の真っ白な空間をオンナノコが二人、 歩いてゆく。
「 もうすぐよ。 あ。 お姉さん ・・・? 」
「 なあに。 」
「 それ。 」
「 え? 」
少女は フランソワーズが持っているアイス・バーを指した。
「 それ 溶けちゃうわよ? 」
「 え? ・・・ あ、 きゃ・・・! 」
フランソワーズはあわてて真っ青な氷菓に口を付けた。
「 ねえ ・・・ お姉さんの願い事はなあに。 」
「 願い事? 」
「 そうよ。 この里にくるヒトはね、 みんな願い事をもってくるの。 」
そういえば、 とフランソワーズは思い出していた。
星の降る村で 星に願いを ― そんなキャッチ・フレーズが雑誌に載っていたっけ。
「 願い事・・・ そうねえ ・・・ わたしは 」
「 うん なあに。 」
「 ・・・ 会いたいヒトに 会えるといいな ・・・ 」
「 会いたいヒト? あ ・・・ カレシ? 」
「 ま、オマセさん。 ・・・ 違・・・わくないわ、 でも みんな に会いたい・・・ 」
そう? アリス、と名乗った少女はちょこっと首を傾げて笑った。
「 なら みどり屋が一番よ。 さ ・・・行こ。 」
「 え ええ ・・・ 」
少女はフランソワーズの手をひいてずんずん真昼の道を歩いてゆく。
みどり や ・・・だったかしら?
・・・ ま いっか。 このコ、怪しいカンジでもないし・・・
ジ −−−− −− ワ ジ −−−− ワ
蝉の声がだけが聞こえてくる中、 やがて前方に大きな木造の建物が見えてきた。
周囲は木々が取り巻き、重厚な瓦屋根が見え隠れしている。
所謂明治・大正の和洋折衷建築なのだが、欧州人の彼女の目にはとてもエキゾチックに映った。
「 わあ ・・・ ねえ 森の奥にある ・・・ 魔女の館・・・みたい? 」
「 まじょ? ・・・ ああ まほうつかい のことね。 う〜ん ・・・そうかも。 」
「 ・・・ え? 」
「 なんでもない。 ここが みどり屋 よ、 お姉さん。 」
「 ・・・ ここが? 」
石造りの門を見上げ フランソワーズが目を見張っている。
「 そうよ ここ。 ず〜〜〜っと昔からある老舗旅館 なのですって。 」
「 まあ ・・・ 」
おしゃまな口を効く少女が ちょっと可笑しくてフランソワーズはくす・・っと笑ってしまった。
「 ? なあに、 お姉さん。 」
「 ううん なんでもないの。 あ ・・・ あなたはここの、みどり や ・・・の子供なの? 」
「 ちがうよ〜 でもよ〜く知ってるのよ。 あ こっちね。 」
「 ・・・?? 」
少女はフランソワーズを引っ張ると 正面の大きな入り口ではなく建物の脇にまわった。
「 あ・・・ 待って・・ お玄関は正面じゃないの? 」
「 ええ お客さん用 はね。 」
「 え?? 」
「 こっち、 こっちよ お姉さん。 」
「 ・・・ ああ? 」
案の定 怪訝な顔をされてしまった。
裏手の入り口、その上がり框でさんざん待たされ、やっと出てきた中年のオバチャンは
フランソワーズのことをアタマのてっぺんから爪先までじろじろと見つめた。
「 ( アリスちゃん! なんとか言って・・・) あ あら?? 」
ふと気がつけば 脇にたっていたはずの少女の姿は消えていた。
― え ・・・ うそ ・・・!
「 ・・・なんの用だね。 」
ためつすがめつ眺めた果てに やっとそのオバチャンは口をひらいた。
彼女は両手で大きなザルを持ち、その中には根っこにまだ泥のついた葉モノが入っている。
フランソワーズは えいや!とばかりに前に一歩でた。
「 ・・・ あの ・・・ コズミ先生からのご紹介で ・・・ 」
「 はん? ・・・ ああ コィズミ先生ね。 あ〜 なんだ、それを早く言いなって。
それじゃアナタ こっちへ。 」
「 ・・・ はあ? 」
くい、と腕をひっぱられ ― フランソワーズはトトトト・・・と戸口から中に入っていった。
え〜〜 ??? なんなのぉ〜〜〜
「 ほい、これが制服。 ウチはね〜 ガイジンさんのお客が多いから・・・・
あんたみたいなヒトがちょうどいいんだ。 そんじゃ 身支度したら突き当たりの部屋においで。 」
「 ・・・ はあ・・・ 」
ずんずんと連れてこられたのは 納戸か?? と思わせる雑然とした部屋だった。
明らかに <今は使いません> 風なブツ ・・・ 石油ストーブやら厚ぼったい布団類が
積み上げてあり、 隅っこのハンガー・ラックには同じような服が並んでかけてある。
「 あの・・・わたし 〜〜 」
「 え? ああ ・・・ アンタ 名前は? 」
「 ・・・ フランソワーズ 」
「 ? 風蘭さん? きれいな名前だね。 じゃ さっさと着替えてね〜 」
「 ・・・ あ ・・・ 」
そのオバチャンは 言いたいことだけ言うととっとと出ていってしまった。
・・・・ な なんなのよぉ ・・・・
フランソワーズはずっと目が点・・・というよりまん丸状態・・・
とりあえず荷物だけはちゃんと持っているけれど ― ここは なんなんだ??
< これが制服> と言われたモノを 手に取ってみる。
な・・・! こ これって・・・ め メイドさん???
はらり、とレースひらひらのエプロンが足元に落ちた。
ウソぉ〜〜〜 わたし、バイトに来た・・・んじゃないわよね??
のんびり日本の田舎の夏を楽しみに来た・・・ はず よね??
あ・・・でも。 もしかして。
コズミ先生の < のんびり 休暇 > って そういう意味なの?
・・・ どうしよう ・・ これ ・・・・
ホコリと日向臭い納戸部屋っぽい場所で フランソワーズはメイド服を手に呆然と立ち尽くしていた。
「 女将さん。 ・・・ 新しく来たメイドさんです。 」
「 ・・・ そう お入りなさい。 」
部屋の中から りんとした声が聞こえた。
「 さ ・・・ あんた。 女将さんに御挨拶だよ。 」
「 ・・・ は はあ・・・ 」
相変わらず訳わかんないまま、フランソワーズは件のオバチャンに連れられ部屋の前で畏まっていた。
・・・ めいどさん??? ・・・ ええ???
「 失礼します。 」
オバチャンは 膝をついてからり、と唐紙をあけた。
― 突き当たりの部屋 は 和洋折衷・・・不思議な空間だった。
ペルシア絨毯を敷き猫足のソファ、部屋の隅の小机にはアール・ヌーボー調のガラス器が飾ってある。
灯りは雪洞ふうなシャンデリアが下がっている。
しかし 部屋へは唐紙を開けて出入りし、奥には床の間、その横にはガラスの入った障子が見えた。
そして そのソファの上には ― 地味な色彩だが仕立てのよい着物姿の初老の婦人が いた。
「 ほうほう ・・・ なかなか良く似会うじゃないの。 えっと・・? 」
「 風蘭さん、だそうです。 女将。 」
「 ああ そう、 しっかりお願いしますよ。 じゃ ・・・お松さん、よろしくね。 」
「 はい、女将。 さ ・・・ アンタはこっち。 」
「 ・・・ はあ 」
フランソワーズはひっぱられるままにオバチャンと一緒に廊下を歩いてゆく。
よ〜〜く磨きこまれた廊下はつるつるで 顔が写るくらいだった。
「 さ、 これを持って。 」
― カチャリ ・・・・
配膳室 ・・・ みたいな部屋でオバチャンはフランソワーズに銀盆を渡した。
盆の上には ガラスの水差しとカット・グラスが乗っている。
「 お部屋に なにか御用はございませんか? とご挨拶しておいで。 」
「 ・・・ お部屋? 」
「 そうだよ。 まずはね。 二階の 『 空の間 』 さ。 」
「 そらのま? 」
「 ほらほら・・・ 気をお付け。 グラスを落とすんじゃないよ! 」
「 ・・・ ハイ 」
これって。 夢 なの〜〜〜???
ねえ 夢なら ・・・覚めてくださ〜〜い ・・・ おっとォ〜
フランソワーズはちょっとばかりあぶなっかしい手つきで お盆を捧げていった。
「 ・・・ 空の間 ・・・ ここね。 」
― トントン ・・・
ノックをしたのは普通のドアだった。 ドアの上に凝ったプレートがあり 空の間 と彫り付けてある。
「 ・・・ あ あの ・・・ なにかごようは 」
フランソワーズは おそるおそる声をかけた。
「 あ〜 どうぞ 」
「 ・・・ え ・・・?? 」
聞き覚えが、いやいや懐かしくてたまらない声が中から応えた。
「 え・・・ ウソ ! お お兄ちゃん ・・??? 」
フランソワーズの足は勝手に進み ドアをあけ、中の控えの間を抜け唐紙をあけ ―
数分後。 よく似た髪の色の兄妹はテーブルの前でリラックスしていた。
部屋の中には ― そこはパリの古いアパルトマンの一室で シミの場所まで知っているカーテンが
揺れていた。
「 お帰り。 早かったな。 」
兄は当たり前の顔で ちら・・・っと彼女をみただけでまた新聞に顔を隠した。
「 ただいま〜〜 ねえ お腹すいたの、なんか ある? 」
妹も当たり前の顔で テーブルにつくとどさ・・・っと椅子に座った。
ズ ・・・ 兄は自分の前にあった大きなグラスを妹の方へ押しやった。
「 さっき淹れたばっかりだ。 ・・・ 飲んでないぞ。 」
「 ・・・ オ・レ? 」
「 ああ。 冷たいヤツ 」
「 わお♪ メルシ、 お兄ちゃん〜〜 」
妹はグラスを引き寄せると 両肘をついてズズ・・・っとストローで飲んだ。
「 おい! 行儀わるいぞ! 嫁入りまえの娘が! 」
「 ふ〜〜ん だ ・・・ 」
あ あれれ???
これ ・・・ これが 夢なの ・・・?
でも この味。 この冷たいカフェ・オ・レは お兄ちゃんの味、よね。
・・・ あれ? さっきはメイド服で・・・?
「 − なんだ、 じろじろヒトのこと、見て。 」
「 ・・・ なんでもなァい。 夢なら覚めたくないな〜〜って・・・ 」
「 ?? お前 ・・・ 暑さに中ったのとちがうか?? 」
「 ふ〜〜ん だ・・・ 」
ファサ −−−−−
風がレースのカーテンを揺らす。 これは夏の風だ ・・・
お姉さん。 会いたいヒト に 会えた ?
そんな風と一緒に あの女の子の声が流れてきた。
・・・! アリス?? どこにいるの?? ここは いったい・・・?
フランソワーズは <ウチの居間>で寛ぐ自分自身を見つめていた。
Last updated
: 07,12,2011. index / next
******** 途中ですが
あのコが出てくるので ・・・ こりゃ平ゼロ設定、かな??
あの・アニメみたい? まあいいじゃないですか。
続きます、もし ご興味があればおつきあいください。