『 きみは ぼくの ― (2) ― 』
どきん どきん どきん ・・・
< 耳 > のスイッチなんか入れてないのに 心臓の音がやけにはっきり聞こえる。
聞こえるだけじゃない、 口元から飛び出てきそうなのだ。
なんてことないはずよ? ただの バー・レッスン じゃないの。
言葉だって大丈夫。 街中でのおしゃべりだってわかるし。
ええ そうよ ! バレエは世界共通だわ
いつだって どこでだって ・・・
― わたし。 踊れる わ!
きゅう〜〜〜 必死でバーを握りしめていた。
「 ・・ やだ ・・・ 」
もう一回 タオルで目の縁を拭ったとき ― あの先生がスタジオに入ってきた。
「 おはよう〜〜 始めますよ。 」
ザ ・・・・ ごろごろ床でストレッチなんぞをしていたダンサーたちはさっと立ち上がり
女性は 優雅にレヴェランス、 男性は 胸に手を当てて軽くアタマをさげる。
「 え〜〜〜 二番からね〜〜 」
先生はぱぱぱ・・・っと簡潔に説明したが フランソワーズにも十分聞きとれちゃんと理解できた。
「 はい お願いします 」
ぽん。 ピアノが響きだし ― 朝のクラスが始まった。
< ただの バー・レッスン > だと思っていた。
実際にごく普通、というか プロフェッショナル・クラス のレッスン ― だと思う。
しかし ―
!! な なんだってこんなに速いのぉ〜〜〜〜 ???
この世界に入った日から ― 子供の頃からず〜〜っとやってきた バー・レッスン。
多少順番はちがっても本質に変わりはない ・・・ はずなのだ。
現に 先生は 二番ポジションから ドウミ プリエ 二回 グラン プリエ 一回。
ポール・ド・ブラ は 前 と 後ろ ・・・ と言ったではないか。
ふんふん ・・・と聞きとり理解した。 なのに ・・・
ピアノの音は そして 他のダンサーたちは 彼女が予想していたよりもはるかに速いテンポで動くのだ。
・・・ このカンパニーでは バーは早取りなのかしら・・・
うう ・・・ 付いてゆかなくちゃ!
身体を解すどころじゃなく ― もう順番を追うだけで精一杯になってきた。
「 バットマン タンジュね〜 前前 で二回目はクッぺして。 前 横 で脚変えて〜〜
・・・ で ポール ・ ド ・ ブラ〜〜 前 後ろ ね はいピアノ お願いします 」
ぽ〜ん ・・・ 前奏は二拍だけだ。
え? え?? な なんだっけ・・・?
アームスは ・・? う〜〜〜
先生の説明は一回だけ、これは昔も同じだったけれど・・・
うそ〜〜〜 なんだってこんなにテンポ 速いのぉ???
ああ 覚えた と思ったのに〜〜
わたし ― どうしたの ???
説明を理解し、順番 覚えた! と確信し ― バーについてたった二拍の前奏が
始まった瞬間 ・・・ 彼女のアタマの中は真っ白になった。
え ?!? え〜〜〜 最初 なんだっけ??
・・・ ああ〜〜〜 思い出せない〜〜〜〜
なんで?? わたしって 記憶障害なの?? え?
自分自身に腹を立てていたのも最初だけ ― そんな余裕すらなくなってきた。
全身から汗が噴き出してきて でもそれは決して気持ちのいい汗 じゃないのだ。
「 はい じゃ リンバリングね〜〜 32小節を二回お願いね〜 」
ピアニストに告げると 先生はスタジオから出ていった。
バー・レッスンは 途中でほんのちょっと小休止がある。
あ・・・ ふ〜〜〜〜 はあ〜〜〜
フランソワーズは ストレッチしているフリをしてバーに上げた脚に顔を伏せた。
ばく ばく ばく ― 心臓がいつもと全然ちがう音をたてている。
「 ・・・ わ たし。 壊れちゃったの?? 記憶ソフト ダウンしたの??
腕脚からの神経系回路、 中断してしまったの??? 」
タオルを取って 涙を汗と一緒に拭きとった。
「 ・・ あの さ。 この時間にトイレいってもOKだからね〜〜
」
隣のバーから そっと声が飛んできた。
「 え?? あ ・・・ ありがとうございます みちよさん 」
「 えへ みちよ でいいってば〜〜 」
「 あ はい ・・・ わたしもフランソワーズって呼んでくださいね〜 」
「 うん! あ 水 飲んでもOKだからね〜 」
「 はい! ・・・ あ 先生戻っていらしたわ 」
「 あは ・・・ 一服してきたんじゃな〜い? 」
「 ・・・ はあ 」
「 はい それじゃねえ ・・・・ 」
先生はさっさと次の順番の説明を始めた。
! し しっかり覚えなくちゃ ・・・!
フランソワーズは タオルを首に巻き センターのバーを見つめた。
***** いらぬ説明 *****
クラシック・バレエのクラス・レッスンの構成について説明しますね。
クラスのメニュウ は フルコースのディナー と似ています。
つまり 世界中どこでも クラシックのプロフェッショナル
クラス といったら
出てくる? 料理の順番 は ほぼ同じ
ただ その中身? は いろいろで
毎日同じ
はあり得ないのです。 バー ・ レッスン でも
センター・ワーク でも同じ。 指導する方の指摘する順番を聞き、
理解し アタマの中で組み立て はい どうぞ? と言われ ピアノの音に合わせ踊ります。
ま〜〜 最良のボケ防止かも?? あ 子供クラス とか 初心者クラス、 などは別で
いつも同じこと を繰り返し、訓練し基本的なパを習熟してゆきます。
毎日 『 白鳥の湖 』 を踊ってるんじゃないんですぅ〜〜〜ョ (*´Д`)
「 ・・・ ふ う 〜〜〜〜 」
そのクラスの間中 彼女は何回も 何回もため息をついた ― こっそり。
ともかくテンポが違う。
― バー ・ レッスンからして
めちゃくちゃ速かった。
先生の
説明もさらりと一回だけ、 センターでも え ・・・ これ アダ−ジオなの? と思うテンポだった。
「 ・・・ ああ ・・・ もう〜〜 」
順番は覚えたつもりだ。 しかしいざ動き始めると考えているよりもずっとずっと全てが
速い のだ。
テンポのズレに慌ててしまい、着地が乱れそれは次のパに響く。
その連続で 結果的に一人、遅れしまう。
う〜〜〜 なんで!!?? この組み合わせは得意だったはずなのに〜〜
フランソワーズは最終グループの後列で そっと唇を噛み俯いた。
「 ? 気分 わるい? 」
「 え・・・ あ いいえ ・・・ 大丈夫 ・・・ 」
「 そ? 」
隣にいた みちよ がこそっと声をかけてくれた。
とてもとても嬉しかったけれど それ以上口を開いたら涙が溢れそうだった・・
「 あ 次だよ〜〜 」
「 そ そうね ・・・ 」
慣れ親しんだはずの < 朝のクラス > なのに 全く思い通りに身体が付いてゆかない。
少しは家で自習して 身体慣らしはしてきたつもり だった。
どうして??? 時代がチガウってこと??
でも 音は ・・・ 同じクラシックだわよね?
ピアニストさんが弾いてくれるのは 耳に慣れたバッハやモーツァルト、そして
チャイコフスキー ・・・ バレエ音楽もほとんどが聞き覚えがある。
それなのに ― 思うように動けない。
そして 周囲の黒髪の娘たちは 驚異的に強い腰の持ち主だった!
アクロバット?? と思うようなパの組み合わせも 楽々と脚を耳の横まで上げ
グラついたりすることもなく踊るのだ。
東洋人は ・・・ やっぱり足腰が強いのかしら・・・?
・・・ いえ ・・・ そうじゃない わ ・・・
わたしが ― ダメ なのかも ・・・
アレグロに至っては 高速撮影みたいだった …
ピルエットも トリプルくらい軽く回るし
クラスの最後、グラン フェッテ に至っては ダブルを入れて当たり前、
テクニシャンと思しきダンサーは全部 ダブルで回っていた。
く ・・・ ! これだけは ・・ !
まさに顔を引きつらせ ― ほとんど意地で フランソワーズはなんとか・・・
どうにかこうにか 32回 回った・・・
「 はい。 フランソワーズ〜〜 軸、動きすぎね〜 もっとしっかりカカト踏んで。 」
さっそく注意が飛んできた。
「 は はい ・・・ 」
グラン ・ フェッテ でカカト、着けるの??
今は そう なの?
クラスの最後まで 逃げ出さずにいられたのは我ながらスゴイと思った。
いや ・・・ リタイアしよう!なんて思う余裕はなかっただけかもしれない。
― ・・・ やっぱり 無理 なのかも ・・・
タオルに顔を埋めている彼女に 周囲のダンサーたちは温かい視線を送っていたのだが
本人は気がつくはずもなかった。
やっとの思いでウチに帰り ― 誰もいないリビングに入ったとき
ぽとん。 荷物と一緒に涙が落ちた。
「 ・・・ わたし ・・・ 」
晩御飯の準備をするつもりだったのだが そのままくたくたとソファに座り込んでしまった。
― そして そのままぐっすりと眠り込んだのだった。
「 あ ・・・ ほっとして気が抜けるとさ〜 眠くなるよな〜 うん ぼくもさ〜 」
ジョーは 明るく言って新しいお茶を注いでくれた。
「 ・・・ そ そう ・・・? 」
「 そうさ。 朝から大変だったよね〜 頑張ったじゃん 」
「 ウウン ・・・ だから 全然ダメで ・・・ 」
「 え〜〜 そんなのさ〜 すぐにわかんないよ 」
「 ・・・ え? 」
「 今日は初日じゃないか、フランソワーズ。
物事、 最初からそうそう上手くゆくとは限らんぞ 」
いい匂いの湯気のむこうから 博士がのんびり微笑んでいる。
「 ・・・ あ ・・・ 」
「 最初はさ〜〜 慣れる ってことだと思うよ?
初日なんてさ〜 ワタワタして当たり前じゃん? 」
ジョーも 苺パイをぱくぱく食べつつ口を挟む。
「 ・・・ そ う ・・・ ? でも ね ・・・
なんかこう・・・ なにもかも スピードが 全然ちがうのね 」
「 スピード?? レッスンの? 」
「 ええ ・・・ あ。 」
「 なに? 」
「 あ あのね ・・・ ちょっと思い出したの。
トウキョウの大きな交差点や繁華街で 皆ものすごく速く歩いているなあ・・・って。 」
「 あ〜〜 渋谷とか新宿はね〜 人も多いし ・・・
でもこの辺りはのんびりしてるよ? 」
「 そ そうよね ・・・ あ そうかも … だったらあの速さに慣れればいいのよね?
目を回して引っ込むのは イヤだわ。 」
「 あは ぼくだって都心は苦手だよ。 」
「 え〜〜 ジョーも?? 」
「 皆だって最初から得意じゃないと思うけどなあ・・・ だんだんスピード アップしてけば? 」
「 ウン ・・・ わたし やってみる ・・・! 」
「 わ〜〜〜がんばれ〜〜 ね この苺パイ美味しいよぉ〜〜 」
ジョーの屈託のない笑顔に、フランソワーズはなぜかほっとする気がした。
「 ほんとう・・・! いっただっきま〜〜す♪ 」
「 疲れた時にはなあ 甘いモノが一番じゃよ。 」
「 はい! 〜〜〜〜 美味しい〜〜〜〜 」
そう よね! ええ もうあとは
慣れるだけ! なのよね!
甘酸っぱい苺を頬張りつつ フランソワーズは腹を括った。
踊れる のよ!! やっと やっと掴んだチャンスよ〜
・・・ ここで引き下がるなんて できない ・・・ !
「 ・・・ んん オイシイ ・・・ 」
苺と一緒にこっそり涙も飲みこんだ。
そんな彼女の涙の痕が残る頬を < 家族 > は 暖かく見守るのだった。
こうして フランソワーズの奮闘の日々が始まった ―
数日後 ・・・
「 ただいまあ〜〜 」
「 あ ジョー お帰りなさい! 」
「 ?? な なに?? 」
勢いよくフランソワーズが飛び出してきたので ジョーは少しばかり後ずさりしてしまった。
「 あのね! ジョー お願いがあるの。 」
碧い瞳が 熱心に彼を見つめる。
「 なに? あ ・・・ ぼくに出来るかなあ ・・・ 」
「 あの ね。 わたしのレッスンを写真に撮ってほしいの。 」
「 写真に??? れ レッスンを?? 」
「 ええ。 それで どこがどうダメなのか じっくり研究したいの。
あ ウチのロフトで自習してるとこ、撮ってください。 」
「 研究? あ それならさ 動画の方がいいよ。 」
「 どうが? 」
「 そ。 カンタンなビデオ撮影さ。 」
「 え・・ 家でできるの?? 」
「 ウン。 スマホでもできるけど ・・・ 研究室にはもうちょっと感度のいいビデオカメラ
あると思うな〜〜
それ、借りるよ 」
「 お願い できる?? 」
「 ウン! 写真も撮ってみるね〜 ・・・ 上手く撮れるといいなあ 」
「 お願いシマス! 」
その日の夜から さっそく <撮影会> が始まった。
「 ・・・・・・・ 」
フランソワーズは 動画をじっと見ている。 きゅっと唇を噛み食い入るように見つめている。
「 ・・・ あ〜〜 こんなカンジでよかったかなあ 」
「 ・・・・・・ 」
「 ・・・ ごめん、ヘタクソだった・・・? 」
「 え? ・・・ ううん、ヘタクソなのは わたし。 」
「 ?? あの〜〜 写真も ・・・ ほら 」
「 ・・・・・ 」
ジョーが差し出したタブレットを 彼女は再びじ〜〜〜っと見つめる。
ちがうわ。 わたし、こんな風に踊ってなかったわ!
もっと軽く 滑らかに 優雅に ― 羽根みたいに踊ってた・・・
― こんなの わたしの踊りじゃない ・・・!
「 わたし ・・・ もう以前のフランソワーズじゃ ない・・・のね 」
「 ?? きみは きみさ。 ぼくは このフランソワーズが ・・・ す 好きさ! 」
「 ・・・ え?? 」
ことん。 なにか小さな、温かい音が フランソワーズの心に響いた。
「 ― わたし ・・・ 」
「 あ あの ・・・? 」
ジョーは ひとりドギマギ・・・彼女をこっそり見つめていた。
そしてまた日々は過ぎてゆき ―
「 ・・・ ただいまあ〜〜〜 戻りましたあ〜〜 」
バタン ・・・ どん。 どさ。
玄関に辿りつくなり フランソワーズは大きなバッグを放りだして ついでに上がり框に
座りこんだ。
「 ・・・ いった〜〜〜〜・・・・ 」
ぱこん、と靴を脱ぎすて爪先をさする。
「 ううう … いった〜〜い〜〜〜〜 ああ わたしってどうしたって
人魚姫にはなれないなあ・・・ 脚なんかいりませんって言うわよぉ・・・ 」
「 ― フランソワーズかい? お帰り ・・・ 」
リビングのドアから 博士が顔をだした。
「 あ た タダイマで〜す ! 」
「 うん ・・・ どうかしたのかい? 具合悪いのか・・・ 」
玄関に座っている彼女に 博士は気がかりな視線を向けた。
「 え いえ! ・・・ えへへ ちょっとクタビレたな〜〜〜って・・・
もう平気です! え〜と 晩ご飯は〜〜 」
あわてて立ち上がり 帰りに買ってきたスーパーのレジ袋を持ち上げたが
「 ・・・あ! 」
ぐらり、と身体が傾いだ。
「 いった〜〜〜〜 ・・・ 」
「 ! どこか傷めたのかい、 診せてごらん 」
「 あ ・・・ 傷めたっていうわけでは ・・・ 」
「 いいから。 靴下を脱いで 」
「 ・・・ 」
渋る彼女を促し 博士は白い素足に手を当てた。
「 ・・・ 表面の損傷はない な。 」
「 ええ どこも切れないですし ・・・ だから 大丈夫 」
「 いや。 少々浮腫があるな? なぜこんな場所に?? 」
博士の手が 足指の節に触れた。
「 ・・!!! いった〜〜〜 」
「 ?? ここを打ったのかね?? 」
「 あの ・・・ そうじゃなくて ・・・ ずっとポアントで当たって・・・ 」
「 ポアント?? 」
「 え あの トウ・シューズ ・・・ 」
「 ふむ ・・・ その靴も見せておくれ。
こんなに足指やらその先に負荷がかかるとは ・・・ まるっきり想定外じゃ 」
( そりゃそうだろう。 BGは 戦闘用サイボーグが 爪先立って跳んだり
回ったりして踊る などという概念はま〜〜〜〜〜ったく想定などしていなかったから。)
「 ・・・ これ です 」
彼女は袋の中からポアントを出し くるくるリボンを解いた。
「 おお ・・・ こんなに固いモノを履いておるのか 」
「 え でも この靴はもう大分柔らかくなったんです ・・・ もうすぐダメかなあ 」
「 ・・・ 他の人たちも足指を傷めておるのかい 」
「 あ〜 普通 慣れるんです。 それにトウ・パッドとか入れるし。 」
「 とう・ぱっど?? 」
「 ええ クッションみたいなもので爪先に入れるんです。 」
「 お前はいれんのかい 」
「 ・・・ あの わたし・・・市販のものだと・・・すぐに潰れてしまって 」
「 ! ― ワシが作る。 ちょっとだけ待っておくれ。
ああ ほんの少し、この靴を借りていいかい。 」
「 はい どうぞ。 あとは乾しておくだけですから 」
「 ・・・ すまんな ・・・・ 」
博士は 少し辛そうな目で彼女を見るとそそくさと研究室へと消えた。
「 ・・・ 博士 … スゴイわあ ・・・
ああ でも足だけじゃないのよねえ ・・・ 身体中がイタイ・・・けど〜〜
晩御飯の準備 しなくちゃ・・・ 」
フランソワーズは 荷物をまとめるとよっこらしょっと立ち上がった。
「 これを試してみておくれ。 」
キッチンに博士が顔をだした。 手につるりとしたモノを持っている。
「 はい? ・・・ それ ・・・ なんですか? 」
「 あ〜〜そんなにヘンかのう・・・ それ お前が言っておったパッドじゃよ。
一番体重がかかりそうな場所を保護するようにしてみたよ 」
「 わ♪ ありがとうございます〜〜 履いてみますね〜〜 」
「 ほれ これ 返すぞ。 」
ポアントの片方を差し出された。
「 あ・・・ ありがとうございます えっと ・・・ う〜〜〜〜 履けない〜〜
きっつ・・・い ・・・ 」
「 !! 大きすぎたか ・・・ 」
「 ・・・ ひとつ上のサイズの靴にすれば ・・・ 」
「 いやいや・・・ 同じ性能でもっとコンパクトにしてみるぞ。 待っててくれ 」
「 は はい ・・・ 」
博士は 小走りに研究室に消えていった。
「 ・・・ すご ・・・・ 」
「 ただいま〜〜〜 」
玄関で ジョーの声がした。
「 あ ! お帰りなさ〜〜い 」
フランソワーズはエプロン姿で玄関に飛んでいった。
その日のうちに博士は特製トウ・パッドを作り上げてくれた。
「 どうじゃね? 」
「 はい ・・・ 」
フランソワーズはリビングでトウ・シューズに入れて履いてみた。
博士はものすご〜〜〜く真剣な顔だ。
「 ・・・ ん〜〜〜 あ ・・・ いいカンジです〜〜 」
「 おお そうか!!! うむ うむ ・・・ 」
「 これなら 指、痛くないかも〜〜 」
リビングの隅で 彼女はパ・ド・ブレ をしたり アチチュードのポーズをとったりした。
「 回ってみても いいですか? フロ―リング、傷がつくかも 」
「 構わんよ、直せばいいんだ。 回ってごらん? 」
「 ええ ・・・ あ いい感じ〜〜〜 」
くるり、くるくる・・・軽く何回かピルエットをすると彼女はぱあ〜っと笑った。
「 そうか そうか〜〜〜 ふむ あとは耐久性じゃな。 」
「 博士〜〜 ありがとうございます。 」
「 もうちょっと改良したいでな 不都合があったらすぐに教えておくれ。 」
「 はい。 」
「 それと これは消炎剤じゃ。 」
博士は一見 シップ剤にみえるうすいシートを取りだした。
「 指先やら足の甲に 重点的に負荷がかかるわけじゃから ・・・ それによる
皮膚と筋肉の損傷を防ぐものじゃ。 」
「 あ ・・・ いい気持ち・・・ 」
「 レッスンの後、クールダウンするときに使いなさい。 」
「 ありがとうございます! わあ〜 頑張っちゃう〜〜わ〜〜 」
「 そうじゃ 少し多めに用意しておこう。 毎日使うものじゃからな ・・・ 」
博士は再び そそくさ〜と研究室に戻っていった。
「 ・・・ すごいなあ〜〜〜 」
ソファの隅に待避していたジョーは もうぽか〜〜〜んとした顔で二人を見ていた。
「 ? なあに ジョー ? 」
「 え うん ・・・ ぼくさ〜〜 そういうの、目の前で見たのって初めてだから・・
ホントに爪先で立ってるんだねえ 」
「 え〜〜 そうよぉ〜〜 」
「 ずっとさ〜 靴の先になにか固いモノ、金属みたいなものがくっついてるんだと思ってた
し・・・ 」
「 え〜〜 ヤダわあ〜 この靴はね 布と紙と ・・・ 靴底にすこし革が使ってあるだけよ 」
「 ウン ・・・ すご〜〜い〜〜〜 人間の足ってすごいなあ・・・ 」
「 ね? わたしもそう思うの。 生身の足って 本当にスゴイわ。 」
「 ― フラン ・・・ 」
「 いいの。 だって それが現実ですもの。 」
「 ・・・・ 」
「 うふ 気にしないで。 ・・・ あのね この前ジョーに撮ってもらった写真、
あるでしょ。 」
「 あ〜〜 なんかヘタクソでごめん・・・ 」
「 ううん そうじゃなくて。 わたし、アレをじ〜〜っと見てて
なんか少し吹っ切れたの。 」
「 え ・・・ 」
「 わたし ― 以前のわたし じゃないのよ ね。 」
「 フランソワーズ ・・・ 」
「 もう ・・・ 戻れないのよ。 それが現実。 」
「 ・・・ そうだね 」
「 だから 以前に戻ることを目指すのは無理だわ。 」
「 うん 」
「 ジョーの撮ってくれた写真見てて はっきりわかったの。
ふふふ ・・・ それでもね〜 踊りたいって思えたのよ 」
「 ・・・ いいなあ ・・・ 」
「 え?? 」
「 いいなあ 〜〜 そんなに一生懸命になれることがあってさ 」
「 ・・・ そ そう? 」
「 ウン。 バレエのこと てんでわかんないけど ― 今のきみの踊り、目指せば? 」
「 い 今の ・・・? 」
「 ウン、いま ここにいる フランソワーズの。 」
茶色の瞳がほんわ〜り 彼女に注がれる。
「 あ ・・・ そ そうよ ね ! 」
碧い瞳が ぱあ〜〜〜っと輝く。
う わ 〜〜〜〜 ・・・・ ! カワイイ〜〜〜
ジョーは彼女が眩しくて目を細めてしまった。
すると ―
ふっと 小さな影が二つ彼女を追って スカートの裾に縋り付くのが見えた。
「 ・・・え?? 」
思わず目を拭っていたら ― その影たちは今度は彼に向かって駆けてきて
― と〜〜ん・・・と飛び付いてきた。
「 !!? う わわ・・・? 」
あわてて広げたジョーの両腕に 二つの影は飛び込んで しゅ・・っと 消えた。
きゃ きゃ 〜〜 あはは 〜〜〜 おと〜さ〜〜ん !
小さな笑い声が二つ 確かにジョーの耳に聞こえた。 いや 聞こえた 気がした。
な なんなんだ ・・・?
― あ ・・・ そ そういう こと ・・・ ?
ジョーは 温かい、とても温かいモノ を しっかりと受け止めた。
そして しっかり顔をあげ、フランソワーズを見つめた。
「 なんか さ。 うらやましいや 」
「 え なにが。 」
「 きみが さ、フランソワーズ 」
「 わたし?? どうして??? 」
「 だって ホント、そんなに好きなコトがあるって すご〜〜い よ〜〜〜 」
「 そ そう?? ジョー だって ・・・ 」
「 ぼくには なんにもないもん。 」
「 ・・・ あ じゃあ これから見つければいいのよ 」
「 あ ・・・ うん えへ 実はね〜 あるんだ。 」
「 なになに? 」
「 えへへ ・・・ き み。 」
「 ?? わたし??? 」
「 そ。 きみを きみの笑顔を護ること。 それがぼくが続けたいことさ ・・・
あ あの ・・・ できれば 一生・・・! 」
「 ・・・ ! ジョー ・・・ それって ・・・ 」
「 きみは ぼくの 」
「 ― ジョー ! 」
************************** Fin. ************************
Last updated : 05,03,2016.
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*********** ひと言 **********
博士〜〜〜〜 ワタシにも 特製・トウ・パッド 作ってくださ〜い・・・
バレエってはっきし言って 肉体労働 なんですう〜〜〜