『  きみは ぼくの ― (2) ―  』

 

 

 

 

 

 

 どきん どきん どきん ・・・

 

< 耳 > のスイッチなんか入れてないのに 心臓の音がやけにはっきり聞こえる。

聞こえるだけじゃない、 口元から飛び出てきそうなのだ。

 

   なんてことないはずよ? ただの バー・レッスン じゃないの。

   言葉だって大丈夫。 街中でのおしゃべりだってわかるし。

  

   ええ そうよ !  バレエは世界共通だわ

   いつだって どこでだって ・・・ 

 

   ― わたし。  踊れる わ! 

 

きゅう〜〜〜  必死でバーを握りしめていた。

「 ・・ やだ ・・・ 」

もう一回 タオルで目の縁を拭ったとき ― あの先生がスタジオに入ってきた。

 

「 おはよう〜〜  始めますよ。 」

ザ ・・・・  ごろごろ床でストレッチなんぞをしていたダンサーたちはさっと立ち上がり

女性は 優雅にレヴェランス、 男性は 胸に手を当てて軽くアタマをさげる。

 

「 え〜〜〜 二番からね〜〜  」

先生はぱぱぱ・・・っと簡潔に説明したが フランソワーズにも十分聞きとれちゃんと理解できた。

「 はい お願いします 」

ぽん。  ピアノが響きだし ― 朝のクラスが始まった。

 

 < ただの バー・レッスン > だと思っていた。

実際にごく普通、というか プロフェッショナル・クラス のレッスン ― だと思う。

しかし  ―

 

   !! な なんだってこんなに速いのぉ〜〜〜〜 ???

 

この世界に入った日から ― 子供の頃からず〜〜っとやってきた バー・レッスン。

多少順番はちがっても本質に変わりはない ・・・ はずなのだ。

現に 先生は  二番ポジションから ドウミ プリエ 二回 グラン プリエ 一回。

ポール・ド・ブラ は 前 と 後ろ ・・・ と言ったではないか。

ふんふん ・・・と聞きとり理解した。 なのに ・・・

ピアノの音は そして 他のダンサーたちは 彼女が予想していたよりもはるかに速いテンポで動くのだ。

 

    ・・・ このカンパニーでは バーは早取りなのかしら・・・

    うう ・・・ 付いてゆかなくちゃ!

 

身体を解すどころじゃなく ― もう順番を追うだけで精一杯になってきた。

「 バットマン タンジュね〜 前前 で二回目はクッぺして。 前 横 で脚変えて〜〜 

・・・ で ポール ・ ド ・ ブラ〜〜 前 後ろ ね  はいピアノ お願いします 

 ぽ〜ん ・・・ 前奏は二拍だけだ。

 

    え? え?? な なんだっけ・・・?

    アームスは ・・? う〜〜〜

 

先生の説明は一回だけ、これは昔も同じだったけれど・・・

 

    うそ〜〜〜 なんだってこんなにテンポ 速いのぉ???

    ああ 覚えた と思ったのに〜〜

    わたし ― どうしたの ???

 

説明を理解し、順番 覚えた! と確信し ― バーについてたった二拍の前奏が

始まった瞬間 ・・・ 彼女のアタマの中は真っ白になった。

 

    え ?!? え〜〜〜 最初 なんだっけ??

    ・・・ ああ〜〜〜 思い出せない〜〜〜〜 

 

    なんで?? わたしって 記憶障害なの??  え?

 

自分自身に腹を立てていたのも最初だけ ― そんな余裕すらなくなってきた。

全身から汗が噴き出してきて でもそれは決して気持ちのいい汗 じゃないのだ。

 

「 はい じゃ リンバリングね〜〜 32小節を二回お願いね〜 」

ピアニストに告げると 先生はスタジオから出ていった。

バー・レッスンは 途中でほんのちょっと小休止がある。

 

    あ・・・ ふ〜〜〜〜  はあ〜〜〜 

 

フランソワーズは ストレッチしているフリをしてバーに上げた脚に顔を伏せた。

 

 ばく ばく ばく ― 心臓がいつもと全然ちがう音をたてている。

 

「 ・・・ わ  たし。  壊れちゃったの?? 記憶ソフト ダウンしたの??

 腕脚からの神経系回路、 中断してしまったの??? 」

タオルを取って 涙を汗と一緒に拭きとった。

 

「 ・・ あの さ。 この時間にトイレいってもOKだからね〜〜  

隣のバーから そっと声が飛んできた。

「 え??  あ ・・・ ありがとうございます みちよさん 」

「 えへ みちよ でいいってば〜〜 」

「 あ はい ・・・ わたしもフランソワーズって呼んでくださいね〜 」

「 うん!  あ 水 飲んでもOKだからね〜 」

「 はい!  ・・・ あ 先生戻っていらしたわ 」

「 あは ・・・ 一服してきたんじゃな〜い? 」

「 ・・・ はあ 」

 

「 はい それじゃねえ ・・・・ 

先生はさっさと次の順番の説明を始めた。

 

    !  し しっかり覚えなくちゃ ・・・!

 

フランソワーズは タオルを首に巻き センターのバーを見つめた。

 

 

    *****  いらぬ説明   *****

 

クラシック・バレエのクラス・レッスンの構成について説明しますね。

クラスのメニュウ   フルコースのディナー と似ています。  

つまり 世界中どこでも  クラシックのプロフェッショナル クラス といったら  

出てくる? 料理の順番 は ほぼ同じ  ただ その中身? いろいろで 

毎日同じ  はあり得ないのです。  バー ・ レッスン でも

センター・ワーク でも同じ。 指導する方の指摘する順番を聞き、

理解し アタマの中で組み立て はい どうぞ? と言われ ピアノの音に合わせ踊ります。

ま〜〜 最良のボケ防止かも??  あ 子供クラス とか 初心者クラス、 などは別で

いつも同じこと を繰り返し、訓練し基本的なパを習熟してゆきます。

毎日 『 白鳥の湖 』 を踊ってるんじゃないんですぅ〜〜〜ョ (*´Д`)

 

 

「 ・・・ ふ う 〜〜〜〜 」

そのクラスの間中 彼女は何回も 何回もため息をついた ― こっそり。

ともかくテンポが違う。   ―   バー ・ レッスンからして めちゃくちゃ速かった。

先生の  説明もさらりと一回だけ、 センターでも え ・・・ これ アダ−ジオなの? と思うテンポだった。

 

「 ・・・ ああ ・・・ もう〜〜 」

 

順番は覚えたつもりだ。 しかしいざ動き始めると考えているよりもずっとずっと全てが 

速い のだ。

テンポのズレに慌ててしまい、着地が乱れそれは次のパに響く。

その連続で 結果的に一人、遅れしまう。

 

   う〜〜〜 なんで!!??  この組み合わせは得意だったはずなのに〜〜

 

フランソワーズは最終グループの後列で そっと唇を噛み俯いた。

「 ? 気分 わるい? 」

「 え・・・ あ いいえ ・・・ 大丈夫 ・・・ 

「 そ? 」

隣にいた みちよ がこそっと声をかけてくれた。

とてもとても嬉しかったけれど それ以上口を開いたら涙が溢れそうだった・・

「 あ 次だよ〜〜 

「 そ そうね ・・・ 」

 

慣れ親しんだはずの < 朝のクラス > なのに 全く思い通りに身体が付いてゆかない。

少しは家で自習して 身体慣らしはしてきたつもり だった。

 

   どうして???  時代がチガウってこと?? 

   でも 音は ・・・ 同じクラシックだわよね?

 

ピアニストさんが弾いてくれるのは 耳に慣れたバッハやモーツァルト、そして

チャイコフスキー ・・・ バレエ音楽もほとんどが聞き覚えがある。

それなのに ― 思うように動けない。

そして 周囲の黒髪の娘たちは 驚異的に強い腰の持ち主だった!

アクロバット?? と思うようなパの組み合わせも 楽々と脚を耳の横まで上げ

グラついたりすることもなく踊るのだ。

 

   東洋人は ・・・ やっぱり足腰が強いのかしら・・・?

   ・・・ いえ ・・・ そうじゃない わ ・・・

 

   わたしが ― ダメ なのかも ・・・

 

アレグロに至っては 高速撮影みたいだった   ピルエットも トリプルくらい軽く回るし 

クラスの最後、グラン フェッテ に至っては ダブルを入れて当たり前、

テクニシャンと思しきダンサーは全部 ダブルで回っていた。

 

   く ・・・ !  これだけは ・・ !

 

まさに顔を引きつらせ ― ほとんど意地で フランソワーズはなんとか・・・

どうにかこうにか 32回 回った・・・

 

「 はい。  フランソワーズ〜〜 軸、動きすぎね〜 もっとしっかりカカト踏んで。 」

さっそく注意が飛んできた。

「 は はい ・・・ 」

 

   グラン ・ フェッテ でカカト、着けるの?? 

   今は そう なの?

 

クラスの最後まで 逃げ出さずにいられたのは我ながらスゴイと思った。

いや ・・・ リタイアしよう!なんて思う余裕はなかっただけかもしれない。

 

    ― ・・・ やっぱり 無理 なのかも ・・・

 

タオルに顔を埋めている彼女に 周囲のダンサーたちは温かい視線を送っていたのだが

本人は気がつくはずもなかった。

 

 

やっとの思いでウチに帰り ― 誰もいないリビングに入ったとき

 

  ぽとん。  荷物と一緒に涙が落ちた。

 

「 ・・・ わたし ・・・ 」

晩御飯の準備をするつもりだったのだが そのままくたくたとソファに座り込んでしまった。

 ― そして  そのままぐっすりと眠り込んだのだった。

 

 

 

「 あ ・・・ ほっとして気が抜けるとさ〜 眠くなるよな〜 うん ぼくもさ〜 」

ジョーは 明るく言って新しいお茶を注いでくれた。

「 ・・・ そ そう ・・・? 」

「 そうさ。 朝から大変だったよね〜 頑張ったじゃん 」

「 ウウン ・・・ だから 全然ダメで ・・・ 」

「 え〜〜 そんなのさ〜 すぐにわかんないよ 」

「 ・・・ え? 」

「 今日は初日じゃないか、フランソワーズ。

 物事、 最初からそうそう上手くゆくとは限らんぞ 」

いい匂いの湯気のむこうから 博士がのんびり微笑んでいる。

「 ・・・ あ ・・・  」

「 最初はさ〜〜 慣れる ってことだと思うよ?  

 初日なんてさ〜 ワタワタして当たり前じゃん? 」

ジョーも 苺パイをぱくぱく食べつつ口を挟む。

「 ・・・ そ う ・・・ ?  でも ね ・・・ 

 なんかこう・・・ なにもかも スピードが 全然ちがうのね 

「 スピード?? レッスンの? 」

「 ええ ・・・ あ。 」

「 なに? 」

「 あ あのね ・・・ ちょっと思い出したの。

  トウキョウの大きな交差点や繁華街で 皆ものすごく速く歩いているなあ・・・って。

「 あ〜〜 渋谷とか新宿はね〜 人も多いし ・・・

 でもこの辺りはのんびりしてるよ? 」

「 そ そうよね ・・・  そうかも   だったらあの速さに慣れればいいのよね?

 目を回して引っ込むのは イヤだわ。 」

「 あは ぼくだって都心は苦手だよ。 」

「 え〜〜 ジョーも?? 」

「 皆だって最初から得意じゃないと思うけどなあ・・・ だんだんスピード アップしてけば? 」

「 ウン ・・・ わたし  やってみる ・・・! 」

「 わ〜〜〜がんばれ〜〜  ね この苺パイ美味しいよぉ〜〜 」

ジョーの屈託のない笑顔に、フランソワーズはなぜかほっとする気がした。

「 ほんとう・・・!  いっただっきま〜〜す♪ 」

「 疲れた時にはなあ 甘いモノが一番じゃよ。 」

「 はい!  〜〜〜〜 美味しい〜〜〜〜 」

 

    そう よね! ええ もうあとは   慣れるだけ!  なのよね!

 

甘酸っぱい苺を頬張りつつ フランソワーズは腹を括った。

 

    踊れる のよ!!  やっと やっと掴んだチャンスよ〜

    ・・・ ここで引き下がるなんて できない ・・・ !

 

「 ・・・ んん オイシイ ・・・ 」

苺と一緒にこっそり涙も飲みこんだ。  

そんな彼女の涙の痕が残る頬を < 家族 > は 暖かく見守るのだった。

 

 

 こうして フランソワーズの奮闘の日々が始まった ―

 

数日後 ・・・

「 ただいまあ〜〜 」

「 あ ジョー お帰りなさい! 」

「 ?? な なに?? 」

勢いよくフランソワーズが飛び出してきたので ジョーは少しばかり後ずさりしてしまった。

「 あのね! ジョー お願いがあるの。 」

碧い瞳が 熱心に彼を見つめる。

「 なに?  あ ・・・ ぼくに出来るかなあ ・・・ 」

「 あの ね。 わたしのレッスンを写真に撮ってほしいの。 」

「 写真に??? れ レッスンを?? 」

「 ええ。 それで どこがどうダメなのか じっくり研究したいの。 

 あ ウチのロフトで自習してるとこ、撮ってください。

「 研究?  あ それならさ 動画の方がいいよ。 」

「 どうが? 

「 そ。 カンタンなビデオ撮影さ。  」

「 え・・ 家でできるの?? 」

「 ウン。 スマホでもできるけど ・・・ 研究室にはもうちょっと感度のいいビデオカメラ 

あると思うな〜〜    それ、借りるよ 」

「 お願い できる?? 」

「 ウン! 写真も撮ってみるね〜 ・・・ 上手く撮れるといいなあ 」

「 お願いシマス! 」

 その日の夜から さっそく <撮影会> が始まった。

 

「 ・・・・・・・ 」

フランソワーズは 動画をじっと見ている。 きゅっと唇を噛み食い入るように見つめている。

「 ・・・ あ〜〜 こんなカンジでよかったかなあ 」

「 ・・・・・・ 」

「 ・・・ ごめん、ヘタクソだった・・・? 」

「 え?  ・・・ ううん、ヘタクソなのは わたし。 

「 ??  あの〜〜 写真も ・・・ ほら 」

「 ・・・・・ 」

ジョーが差し出したタブレットを 彼女は再びじ〜〜〜っと見つめる。

 

    ちがうわ。  わたし、こんな風に踊ってなかったわ!

    もっと軽く 滑らかに 優雅に ― 羽根みたいに踊ってた・・・

 

    ― こんなの わたしの踊りじゃない ・・・!

   

「 わたし ・・・ もう以前のフランソワーズじゃ ない・・・のね 

「 ?? きみは きみさ。 ぼくは このフランソワーズが ・・・ す 好きさ! 」

「 ・・・ え?? 」

 

    ことん。  なにか小さな、温かい音が フランソワーズの心に響いた。

 

「 ― わたし ・・・ 」

「 あ あの ・・・? 」

ジョーは ひとりドギマギ・・・彼女をこっそり見つめていた。

 

   

そしてまた日々は過ぎてゆき ―

 

「 ・・・ ただいまあ〜〜〜 戻りましたあ〜〜 」

バタン ・・・ どん。  どさ。

玄関に辿りつくなり フランソワーズは大きなバッグを放りだして ついでに上がり框に

座りこんだ。

「 ・・・ いった〜〜〜〜・・・・ 」

ぱこん、と靴を脱ぎすて爪先をさする。

「 ううう … いった〜〜い〜〜〜〜  ああ わたしってどうしたって

 人魚姫にはなれないなあ・・・ 脚なんかいりませんって言うわよぉ・・・ 」

「 ― フランソワーズかい?  お帰り ・・・ 」

リビングのドアから 博士が顔をだした。

「 あ た タダイマで〜す ! 」

「 うん ・・・ どうかしたのかい? 具合悪いのか・・・ 」

玄関に座っている彼女に 博士は気がかりな視線を向けた。

「 え いえ!  ・・・ えへへ ちょっとクタビレたな〜〜〜って・・・ 

 もう平気です!  え〜と 晩ご飯は〜〜 」

あわてて立ち上がり 帰りに買ってきたスーパーのレジ袋を持ち上げたが

「 ・・・あ! 」

ぐらり、と身体が傾いだ。

「 いった〜〜〜〜 ・・・ 」

「 ! どこか傷めたのかい、 診せてごらん 」

「 あ ・・・ 傷めたっていうわけでは ・・・ 」

「 いいから。 靴下を脱いで 」

「 ・・・ 」

渋る彼女を促し 博士は白い素足に手を当てた。

「 ・・・ 表面の損傷はない な。 

「 ええ  どこも切れないですし ・・・ だから 大丈夫 」

「 いや。  少々浮腫があるな?  なぜこんな場所に?? 」

博士の手が 足指の節に触れた。

「 ・・!!!  いった〜〜〜 」

「 ?? ここを打ったのかね?? 」

「 あの ・・・ そうじゃなくて ・・・ ずっとポアントで当たって・・・ 」

「 ポアント?? 」

「 え あの トウ・シューズ ・・・ 」

「 ふむ ・・・ その靴も見せておくれ。

 こんなに足指やらその先に負荷がかかるとは ・・・ まるっきり想定外じゃ 」

 

 ( そりゃそうだろう。 BGは 戦闘用サイボーグが 爪先立って跳んだり

 回ったりして踊る などという概念はま〜〜〜〜〜ったく想定などしていなかったから。)

 

「 ・・・ これ です 」

彼女は袋の中からポアントを出し くるくるリボンを解いた。

「 おお ・・・ こんなに固いモノを履いておるのか 」

「 え でも この靴はもう大分柔らかくなったんです ・・・ もうすぐダメかなあ 」

「 ・・・ 他の人たちも足指を傷めておるのかい 」

「 あ〜 普通 慣れるんです。 それにトウ・パッドとか入れるし。 」

「 とう・ぱっど?? 」

「 ええ クッションみたいなもので爪先に入れるんです。 」

「 お前はいれんのかい 」

「 ・・・ あの わたし・・・市販のものだと・・・すぐに潰れてしまって 」

「 !  ― ワシが作る。 ちょっとだけ待っておくれ。

 ああ ほんの少し、この靴を借りていいかい。 」

「 はい どうぞ。 あとは乾しておくだけですから 」

「 ・・・ すまんな ・・・・ 」

博士は 少し辛そうな目で彼女を見るとそそくさと研究室へと消えた。

「 ・・・ 博士 … スゴイわあ ・・・ 

 ああ でも足だけじゃないのよねえ ・・・ 身体中がイタイ・・・けど〜〜

 晩御飯の準備 しなくちゃ・・・ 」

フランソワーズは 荷物をまとめるとよっこらしょっと立ち上がった。

 

 

「 これを試してみておくれ。 」

キッチンに博士が顔をだした。 手につるりとしたモノを持っている。

「 はい? ・・・ それ ・・・ なんですか? 」

「 あ〜〜そんなにヘンかのう・・・ それ お前が言っておったパッドじゃよ。

 一番体重がかかりそうな場所を保護するようにしてみたよ 」

「 わ♪ ありがとうございます〜〜  履いてみますね〜〜 」

「 ほれ これ 返すぞ。 」

ポアントの片方を差し出された。

「 あ・・・ ありがとうございます えっと ・・・ う〜〜〜〜  履けない〜〜

 きっつ・・・い ・・・ 」

「 !! 大きすぎたか ・・・ 」

「 ・・・ ひとつ上のサイズの靴にすれば ・・・ 」

「 いやいや・・・ 同じ性能でもっとコンパクトにしてみるぞ。 待っててくれ 」

「 は はい ・・・ 」

博士は 小走りに研究室に消えていった。

「 ・・・ すご ・・・・ 」

「 ただいま〜〜〜 」

玄関で ジョーの声がした。

「 あ !  お帰りなさ〜〜い 」

フランソワーズはエプロン姿で玄関に飛んでいった。

 

 

その日のうちに博士は特製トウ・パッドを作り上げてくれた。

「 どうじゃね?  」

「 はい ・・・ 」

フランソワーズはリビングでトウ・シューズに入れて履いてみた。

博士はものすご〜〜〜く真剣な顔だ。

「 ・・・ ん〜〜〜  あ ・・・ いいカンジです〜〜 」

「 おお そうか!!! うむ うむ ・・・ 」

「 これなら  指、痛くないかも〜〜  」

リビングの隅で 彼女はパ・ド・ブレ をしたり アチチュードのポーズをとったりした。

「 回ってみても いいですか? フロ―リング、傷がつくかも 」

「 構わんよ、直せばいいんだ。 回ってごらん? 

「 ええ ・・・ あ いい感じ〜〜〜 」

くるり、くるくる・・・軽く何回かピルエットをすると彼女はぱあ〜っと笑った。

「 そうか そうか〜〜〜  ふむ あとは耐久性じゃな。 

「 博士〜〜 ありがとうございます。 」

「 もうちょっと改良したいでな 不都合があったらすぐに教えておくれ。 

「 はい。 

「 それと これは消炎剤じゃ。 」

博士は一見 シップ剤にみえるうすいシートを取りだした。

「 指先やら足の甲に 重点的に負荷がかかるわけじゃから ・・・ それによる

 皮膚と筋肉の損傷を防ぐものじゃ。 」

「 あ ・・・ いい気持ち・・・ 」

「 レッスンの後、クールダウンするときに使いなさい。 」

「 ありがとうございます! わあ〜 頑張っちゃう〜〜わ〜〜 

「 そうじゃ 少し多めに用意しておこう。 毎日使うものじゃからな ・・・ 」

博士は再び そそくさ〜と研究室に戻っていった。

「 ・・・ すごいなあ〜〜〜 」

ソファの隅に待避していたジョーは もうぽか〜〜〜んとした顔で二人を見ていた。

「 ? なあに ジョー ? 」

「 え うん ・・・ ぼくさ〜〜 そういうの、目の前で見たのって初めてだから・・

 ホントに爪先で立ってるんだねえ 」

「 え〜〜 そうよぉ〜〜 」

「 ずっとさ〜 靴の先になにか固いモノ、金属みたいなものがくっついてるんだと思ってた

 し・・・ 」

「 え〜〜 ヤダわあ〜 この靴はね 布と紙と ・・・ 靴底にすこし革が使ってあるだけよ 」

「 ウン ・・・ すご〜〜い〜〜〜  人間の足ってすごいなあ・・・ 」

「 ね? わたしもそう思うの。  生身の足って 本当にスゴイわ。 」

「 ― フラン ・・・ 」

「 いいの。  だって それが現実ですもの。 」

「 ・・・・ 」

「 うふ 気にしないで。  ・・・ あのね この前ジョーに撮ってもらった写真、

 あるでしょ。 」

「 あ〜〜 なんかヘタクソでごめん・・・ 」

「 ううん そうじゃなくて。 わたし、アレをじ〜〜っと見てて

 なんか少し吹っ切れたの。 」

「 え ・・・ 」

「 わたし ― 以前のわたし じゃないのよ ね。 」

「 フランソワーズ ・・・ 」

「 もう ・・・ 戻れないのよ。 それが現実。 」

「 ・・・ そうだね 」

「 だから 以前に戻ることを目指すのは無理だわ。 」

「 うん 」

「 ジョーの撮ってくれた写真見てて はっきりわかったの。 

 ふふふ ・・・ それでもね〜 踊りたいって思えたのよ 」

「 ・・・ いいなあ ・・・ 」

「 え?? 」

「 いいなあ 〜〜 そんなに一生懸命になれることがあってさ 」

「 ・・・ そ そう? 」

「 ウン。 バレエのこと てんでわかんないけど ― 今のきみの踊り、目指せば? 」

「 い 今の ・・・? 」

「 ウン、いま ここにいる フランソワーズの。 」

茶色の瞳がほんわ〜り 彼女に注がれる。

「 あ ・・・ そ そうよ ね ! 」

碧い瞳が ぱあ〜〜〜っと輝く。

 

   う わ 〜〜〜〜 ・・・・ !  カワイイ〜〜〜

 

ジョーは彼女が眩しくて目を細めてしまった。

 すると ― 

ふっと  小さな影が二つ彼女を追って スカートの裾に縋り付くのが見えた。

「 ・・・え?? 」

思わず目を拭っていたら ― その影たちは今度は彼に向かって駆けてきて

  ― と〜〜ん・・・と飛び付いてきた。

「 !!?  う わわ・・・? 」

あわてて広げたジョーの両腕に 二つの影は飛び込んで しゅ・・っと 消えた。

 

     きゃ きゃ 〜〜 あはは 〜〜〜   おと〜さ〜〜ん !

 

小さな笑い声が二つ 確かにジョーの耳に聞こえた。 いや 聞こえた 気がした。

 

    な  なんなんだ ・・・?  

    ―  あ   ・・・  そ そういう こと ・・・ ?

 

ジョーは 温かい、とても温かいモノ を しっかりと受け止めた。

そして しっかり顔をあげ、フランソワーズを見つめた。

「 なんか さ。 うらやましいや 」

「 え なにが。 」

「 きみが さ、フランソワーズ 」

「 わたし?? どうして??? 」

「 だって ホント、そんなに好きなコトがあるって すご〜〜い よ〜〜〜 」

「 そ そう??  ジョー だって ・・・ 」

「 ぼくには なんにもないもん。 」

「 ・・・  あ じゃあ これから見つければいいのよ 」

「 あ ・・・ うん えへ 実はね〜 あるんだ。 」

「 なになに? 」

「 えへへ ・・・   き  み。 」

「 ?? わたし??? 」

「 そ。  きみを きみの笑顔を護ること。 それがぼくが続けたいことさ ・・・ 

 あ  あの ・・・ できれば  一生・・・! 」

「 ・・・ !  ジョー ・・・ それって ・・・ 」

「 きみは ぼくの 」

「 ― ジョー ! 」

 

 

 

**************************     Fin.     ************************

 

Last updated : 05,03,2016.                  back      /     index

 

 

***********    ひと言   **********

博士〜〜〜〜 ワタシにも 特製・トウ・パッド 作ってくださ〜い・・・

バレエってはっきし言って  肉体労働 なんですう〜〜〜