『 きみは ぼくの ― (1) ― 』
ふう ・・・・
フランソワーズは目の前の建物を見上げると 大きくため息をついた。
「 ・・・ 着いた ・・・ わ ・・・! 」
人と車の喧騒のなか 彼女は半分ぼ〜〜っとしてでこでこしたビルを見ていた。
「 ともかく ・・・ ココよね! ああ やっと 来た わ ・・・ 」
えい、と一足踏み出し店のドアの前に立った。
悪夢なんて言葉では到底表現できない日々の果て ― やっと 本当に やっと
< 普通の生活 > を手にいれた。
この極東の島国で ごく平凡で 当たり前の日々が彼女の周りに流れるようになった時
フランソワーズは長年の、そして生きぬく目標であった望みに再び向き合った。
もう一度 踊りたい ・・・ !
それは あの日 ― 彼女の全てが断ち切られた日からずっとずっと・・・願い続けてきたことなのだ。
とにかくレッスンがしたかった。 何気なくいろいろ探してはいたが、ある時・・・
ジョーの案内でヨコハマまで出かけた時に、偶然 オーディションのチラシをみつけた。
「 ・・・ あら ・・・ 」
「 なに〜〜 なんか気になること? 」
お土産のスコーンを買いに立ち寄った店で テーブルに広げてあったチラシの前で
フランソワーズがじ〜〜っと見つめている。
「 あ ・・・ あの。 これなんだけど ・・・
このバレエ・カンパニーでオーディションします 応募まってます ってことでしょ? 」
「 お〜でいしょん?? 」
「 ねえ 読んで、ジョー。 わたし 自動翻訳機、onにしておくから
お願いシマス。 」
「 え ・・・ いいけど あ〜 え〜と ・・・ おーでいしょん のおしらせ。
『 ねむりのもりのびじょ 』 ぜんまくこうえん で いかのやくを公募します。
1 おーろらの友人 2 ふろりな王女 3 あおいとり
詳細は HPをご参照ください。 お待ちしています ・・・ だって。 」
ジョーはとつとつと音読してくれたけれど 彼自身、意味はイマイチらしい。
「 あの これ・・・ なんかの募集なのかい? 」
「 え そうなのよ。 ねえ ジョー 帰ったら検索の方法教えて! 」
「 検索・・・? スマホの? 」
「 ウウン わたしは PCの方がわかり易いから ・・・ リビングの共用PC、
使ってもいいわよね? 」
「 もちろんだよ〜〜 あれはウチの皆のPCだもの。 ねえ この後さあ、港の方に・・・ 」
「 ・・・ 帰っても ・・・ いい? 」
「 え もう?? 」
「 ごめんなさい〜〜〜 ジョー せっかくヨコハマまで来たのに・・
でもわたし ・・・ これに応募したいの。 」
「 これ・・・って このおーでいしょん に? 」
「 ええ。 わたし ・・・ わたし 踊りたいの ・・・! 」
「 ・・・ あ ああ そう ・・・ だよねえ ・・・ 」
大きな碧い瞳をキラキラさせて見つめてきた彼女に ジョーが勝てるわけはなかった。
う・・・わ〜〜〜 ・・・
フランって こんなにキレイだったっけ???
瞳を煌めかせ頬を染めているその姿に 彼は完全にヤラレてしまった。
「 じゃ 帰って・・・ 検索してみようか お土産も買ったし 」
「 ありがとう〜〜〜 ジョー〜〜〜 嬉しいわ〜〜〜 」
きゅ。 彼女はぱっと抱き付いてきた。
どっぴゃ〜〜〜〜〜 ・・・・!!?!
・・・ でへへへ〜〜〜 いいニオイだあ〜〜
うひゃあ〜〜 こんなに柔らかい髪だったっけ?
「 あ・・・ ごめんなさい、お気に入りのシャツがシワになっちゃった? 」
また ぱっと離れると 彼女は晴れやかに、楽しそうに笑った。
「 ね 今晩はジョーの好きなカレーにするわね〜〜〜 」
「 あは 嬉しいなあ〜 ・・・ もう一度 抱き付いてくれないかな〜〜 」
「 え なあに? 」
「 いやな なんでもないよ さあ 帰ろう ウチでお茶だよ〜〜 」
「 ええ。 ― わたし ・・・ ガンバルわ ! 」
その日、フランソワーズはリビングのPCからオーディションにエントリーした。
そして ― その夜から彼女はひっそりとレッスンを始めた。
ギルモア邸はかなりの広さで、特に地下には格納庫の他に ロフト用の空間が多くあった。
その廊下の隅で フランソワーズはまずストレッチから開始した。
「 う〜〜〜ん ・・?? なんか全然・・・ 感覚が違うんですけど??? 」
スウェット姿で、薄暗い廊下の隅で低く音を流し、フランソワーズはツクリモノの
自分自身の身体と格闘し始めた。
覚えている感覚と実際の身体の動きが 全然ちがう。 ギャップがありすぎるのだ。
「 ・・・ く〜〜 なんで〜〜〜 脚、落ちてくるのよ〜〜 もう ・・・
なんでこんな簡単なバランスができないの?? 」
― カタ〜〜ン ポータブルのMDプレイヤーを蹴飛ばしてしまった。
「 あ やだ・・・ 壊れちゃう?? 」
「 ・・・ 大丈夫だよ。 」
転がった機械を拾ってくれたのは ジョー。
「 ジョー ・・・ 」
「 あの さ。 博士がね
必要なものを買っておいで って。
それで ・・・ こっちのロフトをレッスン室にしなさいって 」
「 え ・・・ だってそんな ・・・ 」
「 フランソワーズの夢を応援したいんだって。 ね 頑張れよ〜〜
ぼくも応援する! なにか手つだえること あったら言ってくれ。 」
「 ・・・ ジョー・・・ ! 」
「 きみの夢 だったんだろ? 」
「 ・・・ ええ ・・・ もう絶対に叶わないんじゃないかって諦めて 」
「 諦めちゃ ダメだよ。 」
「 ・・・ ジョー 」
「 ぼく 神父さまから頂いた言葉でね 諦めなければ夢は叶うよ って。
だからフラン、頑張れ。 ・・・ ぼ ぼくも頑張るから 」
「 ・・・ メルシ〜〜〜 ジョー 〜〜〜 」
柔らかい身体が ぱっと飛び付いてきた。
わっはは〜〜〜〜ん♪
それで ― 彼女は ココにやってきたのだ。
ジョーにPCでの検索の方法を教わり < バレエ用品の店 > を探した。
ともかく稽古着とシューズ、ポアントを揃えなければならない。
そして一番始めにヒットした店がココだったのだ。
「 ・・・ ジョー ・・・ ここ わかる? 」
フランソワーズはモニター画面から振り返った。
「 え〜〜と・・?
あ〜 ここかあ〜
・・・
そうだなあ〜センター街突っ切ってロフトの横入ってけば一番近いけど
…
道なりに行った方がいいよ
フラン 」
「 まあ なぜ? 近道の方がいいわ。 」
「 う〜ん 多分ね〜 すごくヒトが多いと思うんだ〜 」
「 そうなの?? なにかイベントでもあるの? 」
「 いや ただ ここっていつもそうなんだよ。 」
「 ふうん ・・・ じゃ こっちの道をゆくわね。 」
「 ウン そのほうが少しは楽だと思うな〜〜 」
「 楽?? 」
「 ・・・ そっちも空いてるわけじゃないと思う・・・ 」
「 そう?? でもわたしもトウキョウに慣れなくちゃ 」
「 あ うん まあ ね 」
でも ぼく、付いてゆかなくてもいい? とジョーは心配そうに何回も聞いた。
「 ありがとう、ジョー。 本当に大丈夫デス。 」
本当は一緒に行ってほしかったけれど 店内には入ってくれないことは
兄と同じだとわかっていたから
大丈夫 一人で行くわ と言ったのだ。
― JRと私鉄を乗り継いでやってきた。 大きなターミナル駅だ。
「 え ・・・ どこ・・・? 」
まず地上にでるまで一苦労だった。
「 え・・・っと? ○○坂口 って ・・・ どこ〜〜〜? 」
A1 とか B3 とかいろいろ書いてある矢印の通りにゆくと いつの間にか
ちがった < 出口 > に来てしまったりする。
「 ウソ〜〜〜 あ インフォメーションがあるわ! 」
特設ブースみたいなところにいたお姉さんたちは さすがにわかり易く教えてくれた。
「 ありがとうございます〜〜 」
「 ゆ〜あ〜 うぇるかむ 」
日本語で聞いたのに 終始英語で応対してくれたのだけど・・・
そして ― 駅前では ヒト波が渦巻いていた。
!!! な なんなのお〜〜〜
そこはどうもかなり有名なトコロ ― スクランブル交差点。
フランソワーズは眩暈がし < 一回見送った >
「 ・・・ ふ〜〜ん ・・・ そうなんだ? 」
ヒトの流れを観察した結果 彼女は彼女なりの結論をだした。
そっか。 自分の行く道をしゃきしゃき進めばいいのね。
ただし 対向車に注意 っことか・・・
街の忙しなさ になんだか 呆れるのを通り越し 感心してしまう。
「 ふうん ・・・ ウチの辺りの町は 穏やかでのんびり 暮らしやすいわよねえ …
あ ともかく!
買い物 をしなくちゃ。
」
そんなこんなで 彼女はようやく目的のバレエ用品の店に辿りついたのだ。
店に入り シューズのフロアまでエレベーターで昇った。
あ 懐かしいにおい
…
そのフロアには覚えのあるにおいが漂っていた。
彼女はポアントがずらりと並んでいる棚に歩みよった。
「 わあ〜
フリードがあるわ! 」
それは英国の老舗ブランドで ソリストになったらフリードのポアントを買うわ が
当時のフランソワーズ達の夢だった・・・。
「 うふ ・・・
初めて舞台でソロをもらった日 お兄ちゃんが買ってくれたっけ … 」
あの頃 履いていたものと同じ記号のものは
なかった。
「 それはそう よねえ ・・・ 何十年も経っているんですもの・・・
いつも履いてたレペットは ・・・ ああ あるわね! 」
フランス製のポアントもちゃんとあったが いろいろな種類が増えていて びっくりだった。
「 うわ〜〜 こんなに軽いの?? でも 耐久性がありそうね・・・ 」
昔と同じサイズとワイズのポアントとバレエ・シューズを買った。
そして ウェアのフロアでは 目移りして 大変だった。
昔好きだったのと同じ形のタンクトップで 似た水色のレオタードを選び
タイツとウォーマーも買った。
そして ―
が 頑張るわ ・・・ わたし ・・・!
結果から言うと ― フランソワーズはオーディションに落ちた。
しかし 彼女はそのバレエ・カンパニーに参加するチャンスを得たのだった。
きゅ。 ・・・ さっきから何回も何回もピンを止め直している。
「 ・・・ ふう ・・・ 」
フランソワ―ズは こっそり、でももうず〜〜〜っと深呼吸を続けている。
「 ・・・ 平気 平気 ・・・ 普通のクラスですもの、いつもと同じよ
ほら ず〜〜っと何年もやってきたでしょう? 」
きゅ。 爪先を伸ばしストレッチをし ― 起き上がってバーに脚を掛ける。
「 ほ〜ら ・・・・ いつもと同じ いえ あの頃と同じよ?
バーはどこだって世界中でダンサーの友達だし・・・ この床も いい感じ 」
ギシ ・・・ バーは懐かしい音をたてた。
そう よ! あの頃と同じ。 レッスンできるのよ ・・・ !
夢にまでみてたレッスン が。
ほら ウレシイはずでしょ フランソワーズ?
ちょこっとだけ 笑おうと思ったけど 口もとは信じられないほど強張っていた。
フランソワーズの夢への第一歩の日 ― レッスン初日。
通うことになった都心近くの稽古場まで 博士が送ってきてくれた。
「 え あの行き方はスマホで調べました ・・・ 最寄りの駅からの行き方は
ジョーが教えてくれましたし ・・・ 」
一緒に行くよ、とすっかり支度を整え現れた博士の申し出に フランソワーズは
目を丸くしてしまった。
・・・ すごく心強い けど。 でもそんな ・・・
「 いやいや。 この国にはこの国の 流儀 というか しきたり があるじゃろう?
コズミ君に聞いたよ。 ワシはお前の親代わりとしての務めがある。 」
・・・ 迷惑かもしれんが ・・ と博士は少し顔を曇らせた。
「 え ・・・ 迷惑 なんてそんな! ものすご〜〜く心強いです〜〜
でも ・・・ 」
「 そうか それでは さあ出掛けよう。 初日から遅刻は厳禁じゃ。 」
「 はい! 」
「 いってらっしゃい〜〜 」
ジョーは 並んで玄関を出る二人をすこし羨ましそ〜〜な顔で送ってくれた。
「 うふ ・・・ ありがとうございます。 」
「 いやいや ・・・ しかしここから都心までは遠いなあ 」
「 あら でも十分通勤圏なんですって。 JRとメトロを乗り継げばいいし。 」
「 まあ な。 所謂ラッシュ・アワーよりは遅いからいいか ・・・ 」
「 ええ。 」
にこにこしていたフランソワーズだが 稽古場に近くになるにつれ口数は減り
表情は硬くなってきた。
うん? 気分でも悪いのか・・・?
いや 緊張しておるのかな
博士はチラっと見たが 気づかぬ風でどんどん歩いていった。
「 ようこそ。 来てくださって嬉しいわ。 待って居ましたよ。 」
都心近くの稽古場の事務室で バレエ団の主宰者の老婦人は笑顔で迎えてくれ
流暢なフランス語で語りかけてくれた。
「 あ あの ・・・ あ おはようございます ・・・
ふ フランソワーズ ・ アルヌールです 」
固い表情で ぺこん、とお辞儀をした少女に 老婦人は満面の笑みだ。
「 はい お早う。 今日から < ウチのダンサー > ね。
更衣室とか案内するわね。 キヨコちゃん よろしくね 」
「 はい。 どうぞこちらです 」
稽古着にニットやらスウェットを着た背の高い女性が フランソワーズを手招きした。
「 は はい ・・・ 」
ちらりと博士の方を振り返ってから 彼女は事務室を出ていった。
「 宜しくご指導お願いします。 」
ギルモア博士は
親代わりの後見人 として 主宰者の女性に丁寧に挨拶をした。
「 はい お引き受けしますわ。 」
彼女は博士ともずっとフランス語で話していた。
「 あの娘 ( こ ) は 日本語で大丈夫ですので 」
「 はい。 フランソワーズさんにとって有意義な日々になることを願っていますわ。」
二人はにこやかに握手を交わした。
「 ・・・ あ ・・・ 」
博士が廊下に出ると フランソワーズが立っていた。
「 じゃ ・・・ これでワシは帰るから。 帰りの道順は大丈夫じゃな? 」
「 は はい 」
「 こら そんな顔するな? 笑ってごらん フランソワーズ 」
「 ・・・ え へ・・・ 」
「 それじゃ しっかり な。 」
「 は い ・・・ 」
「 なんじゃな 情けない顔で ・・・美人が台無しじゃぞ うん? 」
「 ・・・え やだ ・・・ 」
ほんの少し 笑顔が戻った。
「 気持ちのよいバレエ・カンパニーじゃな。 よい先生のようだし。 」
「 あ ・・・ ありがとう ございました・・・ おとうさん ・・・ 」
「 ― 」
なぜか自然にその言葉が口からこぼれた。 本人も 無意識だったのかもしれない。
博士は破顔し フランソワーズの頬にそっと手をふれると 玄関ホールから出ていった。
「 いいお父様ね。 」
「 ・・・あ? 」
振り返れば 後ろにはあの先生が立っていた。
「 は はい ! 先生 ・・・ 」
「 さ あと10分でクラス始めますよ。 ストレッチはいいの? 」
「 あ! は はい ・・・! 」
フランソワーズは ぺこん、と頭をさげると スタジオへ駆けだした。
「 ただいまあ〜〜〜〜 よ・・・っと。 」
ジョーは両手に下げたレジ袋を玄関に置いた。
「 あ まだ帰ってないのかな ・・・ まずは冷蔵庫にいれなくちゃな〜〜 」
ひょい、とレジ袋を持ち上げた。
「 今夜の晩御飯はぁ〜〜♪ っと あれ? 」
ハナウタ混じりにリビングを通ると ― ソファで沈没している姿があった。
「 フラン?? だ 大丈夫かい?? 」
慌てて駆け寄り 彼女の様子を窺った。
「 ・・・ あの どこか具合 悪いの かい ・・・? 」
「 ・・・・・ 」
「 ・・・ あ 寝てるだけ かあ・・・ うん 顔色もいいし〜 よかったぁ〜〜
フラン〜〜〜 お茶 淹れるよぅ〜〜 」
ガチャ。 ドアが開いて博士が顔をだした。
「 おう ジョー。 お帰り。 し〜〜〜〜 そっとしておいておやり。 」
「 博士〜〜 ただいまもどりました。 え ・・・っと? 」
ジョーは慌てて口を噤むと 黙って眠っている仲間を指した
「 お疲れのようじゃよ? 帰ってくるなり寝てしまったよ 」
「 へえ・・・・ 珍しいなあ〜 あ ともかく買い物を冷蔵庫に〜〜っと 」
「 ワシも手伝うぞ。 晩飯はわしらで作った方がよさそうじゃ。 」
「 え〜〜〜〜 博士、 作れるんですかあ〜〜 」
「 シツレイな! これでも若い頃はちゃんと自炊しておったぞ
ジョーのカップ・ラーメンよりマシ ・・・ なはずじゃ 」
「 あは ・・・ 博士〜〜 チン! で大丈夫なモノ、いっぱい買ってきたから
安心してください。 」
「 それはありがたいのう ・・・ま お姫サマはお疲れのようじゃ 」
「 初日だから 緊張してたんですよ きっと。 」
「 おそらくな。 どれ ・・・ なにを買ってきたのかな? 」
「 え〜と 」
二人は レジ袋をガサガサさせつつキッチンに入った。
やがて 紅茶の香がふわ〜〜〜ん・・・とリビングに満ちてきた。
「 ・・・ フラン〜〜〜 ? お茶 ・・・ どう? 」
ジョーはカップを持ったままソファに近づくと そうっと声をかけた。
「 ・・・ う ・・・ん ・・・? 」
「 この前 グレートが送ってくれたヤツ・・・ 上手に淹れられたよ?
ミルク いれる? 博士は苺ジャムだって。 」
「 ・・・ う〜〜ん ・・・ え ・・・ 」
クッションに埋っていた金髪のアタマが やっと少し動きだした。
「 え ? ・・・ わたし ・・・ 」
「 あは 起きた? ねえ お茶にしようよ〜〜〜 」
「 ・・・ や だ ・・・! わたし ほんのちょっとって思って・・・ 」
フランソワーズは慌ててソファに起き上がった。
「 帰ってきて・・・ 晩御飯の準備するまでほんのちょっと・・って思って
ソファに座ったのよ そしたら ・・・ああ ごめんなさい! 」
「 いいよぉ〜 買い物はぼく、してきたし。 今日はゆっくり休みなよ。
ほら 〜〜 お茶。 甘いモノ食べると元気になるよ〜 」
ジョーはにこにこ・・・ 手を差し出す。
「 あ ・・・ ありがとう〜〜 ジョー ・・・ 」
「 博士がね〜〜 苺パイ を買ってきてくださったんだ。
皆で食べようよ ね? 」
「 ・・・ ありがとう ・・・ 」
「 ほらほら・・・ 食べようよ 」
なんだか涙目になってる彼女を ジョーは気づかないフリでお茶の席につれていった。
「 ん〜〜〜 ジョー、合格じゃ。 」
博士は 紅茶のカップを口元から離し、にっこり笑った。
「 うわ〜〜〜 やったあ〜〜 へへへ これでグレートにも怒られないぞ〜 」
「 ははは・・・まあなあ 紅茶についてはあの英国紳士の大将はウルサイでの・・・
うん 美味い ・・・ 」
満足そうに味わう博士に ジョーはもう大にこにこだ。
「 ね フランも〜〜 飲んでみて? 」
「 あ・・・ ありがとう ジョー ・・・ 」
フランソワ―ズはすこしぼんやり・・・二人のやりとりを眺めていたが
ゆっくりとカップを口に運んだ。
「 ・・・ ん〜〜〜 ああ オイシイわあ〜〜〜
ミルクとお砂糖 たくさん入れてくれたのね ジョー 」
「 えへ・・・ 疲れている時にはさあ 甘いモノが一番! だからね。 」
「 ああ 本当ね ・・・ 身体中にオイシイ味がひろがってゆくわ 」
「 えへへ〜〜〜 やったぁ〜〜 さ こっちのパイも食べようよ 」
「 海岸通り商店街のケーキ屋のじゃて、ホンモノの手作りじゃよ。 美味そうじゃな 」
「 ね! ・・・・ ん〜〜〜 うっわ〜〜 ぼく、苺パイって初めてだけど
おいしい〜〜〜 」
「 うむ うむ ・・・ これはよいな、苺の甘味と酸味が絶妙じゃ 」
「 フラン どう?? 」
「 え・・・ ええ 美味しいわ うふ ・・・ 」
「 博士〜〜〜 ご馳走さまで〜す♪ 」
「 いやいや ・・・ フランソワーズ、 レッスンはどうじゃった?
初日なので緊張しすぎたんじゃないのかい 」
どこかまだぼ〜〜っとしているフランソワーズに 博士は何気なく尋ねた。
ジョーも 勿論気になっていたのだが、パイに夢中になっているフリをしつつ
さりげなく耳を傾けた。
「 ・・・ え ・・・ はい ・・・なんか もう ・・・ 目が回りそうで ・・・ 」
「 頼もしい先生じゃったなあ。 お若い頃にパリに留学していたそうじゃよ。 」
「 ええ ・・・ でも なんか わたし・・・・ 」
ぱた。 ぱた ぱた ・・・ 突然 涙がケーキ皿に落ちた。
朝のレッスンは 広いスタジオで行われた。
隅の棚に荷物を置いてみれば バーの前には八割がたダンサーたちの姿があった。
「 じゃ こっちのバーを使ってね。 」
更衣室から案内してくれた女性は 壁際のバーを指した。
「 ハイ。 ありがとうございます。 」
「 い〜え ・・ がんばってね フランソワーズさん 」
「 はい キムラさん 」
「 あは キヨコでいいのよ〜 」
「 はい ・・・ 」
彼女はに・・・っと笑うと鏡側のバーの方へ行った。
「 ・・・ ふう ・・・ 」
ああ やっとバーまでたどりついたわ ・・・
ああ ・・・ 遠かった ・・・!
フランソワーズは大きくため息をついた。
実際の距離もだが 再びこうしてレッスンができるまで ― なんと 遠かった ことだろう。
彼女は こそ・・・っとバーを握った。
あの頃 故郷の街で 本来生きるべき時代で 日々握っていたバー・・・
「 ・・・ おなじ だわ ・・・ 」
ちょっぴり涙が滲んできてしまい、彼女は慌ててタオルで拭った。
「 おはよ〜 ございま〜す 」
「 ! あ は はい おはようございます! 」
隣のバーの前でストレッチをしていた女性が 声をかけてくれた。
小柄だが まん丸な瞳が愛らしい。 おそらく同年代だろう。
「 あ あの! 今日から ・・・ きました。 どうぞよろしくお願いします〜 」
「 よろしく〜〜〜 アタシ みちよ。 アタシも新米に近いよ〜 」
「 ふ フランソワーズ・アルヌール といいます 」
「 うふ あなた、先月のオーディションにいたでしょう? 目だってたよ〜〜 」
「 え ・・ あ でも落ちましたし・・・ 」
「 アタシもさ、落ちたんだよ〜 内部のコは皆落ちたな〜 」
「 え・・・・ そ そうなんですか?? 」
「 そ〜。 でもレッスンにこれてよかったね〜〜 宜しく〜〜
あ。 フランソワーズさんは日本語 上手だね 」
「 そ そうですか? あの フランソワーズって呼んでください。
え〜〜 こっちで暮らしてるから・・
でもヘンな言い方だったら教えてくださいね みちよさん。 」
「 みちよ でいいよ〜 あ〜〜 あと5分だよ、トイレとか大丈夫? 」
「 は はい ・・・ 」
フランソワーズは再び タオルで顔をぬぐった。
しっかりするのよ フランソワーズ ・・・!
彼女は もう一度ポアントのリボンを結びなおした。
Last updated : 04,26,2016.
index / next
********** 途中ですが
何回か書いてきましたが フランちゃんの職業復帰?話です。
案外地味でキツイのですよぉ〜〜〜
ふわふわ〜 ひらひら〜〜 だけの世界じゃないよ
お絵描きする方、 よ〜〜く写真とかで観察してくださいね〜