『  きみは ぼくの ― (1) ―  』

 

 

 

 

 

 

   ふう ・・・・ 

 

フランソワーズは目の前の建物を見上げると 大きくため息をついた。

「 ・・・ 着いた ・・・ わ ・・・! 

人と車の喧騒のなか 彼女は半分ぼ〜〜っとしてでこでこしたビルを見ていた。

「 ともかく ・・・ ココよね!  ああ やっと 来た わ ・・・ 」

えい、と一足踏み出し店のドアの前に立った。

 

 

 

悪夢なんて言葉では到底表現できない日々の果て ― やっと 本当に やっと

< 普通の生活 > を手にいれた。

この極東の島国で ごく平凡で 当たり前の日々が彼女の周りに流れるようになった時

フランソワーズは長年の、そして生きぬく目標であった望みに再び向き合った。

 

    もう一度 踊りたい ・・・ !

 

それは あの日 ― 彼女の全てが断ち切られた日からずっとずっと・・・願い続けてきたことなのだ。

とにかくレッスンがしたかった。 何気なくいろいろ探してはいたが、ある時・・・

ジョーの案内でヨコハマまで出かけた時に、偶然 オーディションのチラシをみつけた。

「 ・・・ あら ・・・ 」

「 なに〜〜 なんか気になること? 」

お土産のスコーンを買いに立ち寄った店で テーブルに広げてあったチラシの前で

フランソワーズがじ〜〜っと見つめている。

「 あ ・・・ あの。 これなんだけど ・・・ 

 このバレエ・カンパニーでオーディションします 応募まってます ってことでしょ? 」

「 お〜でいしょん?? 」

「 ねえ 読んで、ジョー。 わたし 自動翻訳機、onにしておくから 

 お願いシマス。 」

「 え ・・・ いいけど  あ〜  え〜と ・・・ おーでいしょん のおしらせ。

 『 ねむりのもりのびじょ 』 ぜんまくこうえん で いかのやくを公募します。

 1 おーろらの友人  2 ふろりな王女  3 あおいとり 

 詳細は HPをご参照ください。 お待ちしています  ・・・  だって。 」

ジョーはとつとつと音読してくれたけれど 彼自身、意味はイマイチらしい。

「 あの これ・・・ なんかの募集なのかい? 」

「 え そうなのよ。 ねえ ジョー 帰ったら検索の方法教えて! 」

「 検索・・・? スマホの? 」

「 ウウン わたしは PCの方がわかり易いから ・・・ リビングの共用PC、

 使ってもいいわよね? 」

「 もちろんだよ〜〜 あれはウチの皆のPCだもの。 ねえ この後さあ、港の方に・・・ 」

「 ・・・ 帰っても ・・・ いい? 」

「 え もう?? 」

「 ごめんなさい〜〜〜 ジョー せっかくヨコハマまで来たのに・・

 でもわたし ・・・ これに応募したいの。 」

「 これ・・・って このおーでいしょん に? 」

「 ええ。 わたし ・・・ わたし 踊りたいの ・・・! 

「 ・・・ あ ああ  そう ・・・ だよねえ ・・・ 」

大きな碧い瞳をキラキラさせて見つめてきた彼女に ジョーが勝てるわけはなかった。

 

   う・・・わ〜〜〜 ・・・ 

   フランって  こんなにキレイだったっけ???

 

瞳を煌めかせ頬を染めているその姿に 彼は完全にヤラレてしまった。

「 じゃ 帰って・・・ 検索してみようか  お土産も買ったし 

「 ありがとう〜〜〜 ジョー〜〜〜 嬉しいわ〜〜〜 」

  きゅ。  彼女はぱっと抱き付いてきた。

 

   どっぴゃ〜〜〜〜〜 ・・・・!!?!

   ・・・ でへへへ〜〜〜 いいニオイだあ〜〜

   うひゃあ〜〜 こんなに柔らかい髪だったっけ?

 

「 あ・・・ ごめんなさい、お気に入りのシャツがシワになっちゃった? 」

また ぱっと離れると 彼女は晴れやかに、楽しそうに笑った。

「 ね 今晩はジョーの好きなカレーにするわね〜〜〜 」

「 あは 嬉しいなあ〜 ・・・ もう一度 抱き付いてくれないかな〜〜 」

「 え なあに? 」

「 いやな なんでもないよ さあ 帰ろう ウチでお茶だよ〜〜 」

「 ええ。  ― わたし ・・・ ガンバルわ ! 」

 

その日、フランソワーズはリビングのPCからオーディションにエントリーした。

そして ― その夜から彼女はひっそりとレッスンを始めた。

ギルモア邸はかなりの広さで、特に地下には格納庫の他に ロフト用の空間が多くあった。

その廊下の隅で フランソワーズはまずストレッチから開始した。

 

「 う〜〜〜ん ・・?? なんか全然・・・ 感覚が違うんですけど??? 」

スウェット姿で、薄暗い廊下の隅で低く音を流し、フランソワーズはツクリモノの

自分自身の身体と格闘し始めた。

覚えている感覚と実際の身体の動きが 全然ちがう。 ギャップがありすぎるのだ。

「 ・・・ く〜〜 なんで〜〜〜 脚、落ちてくるのよ〜〜  もう ・・・

 なんでこんな簡単なバランスができないの??  」

  ― カタ〜〜ン  ポータブルのMDプレイヤーを蹴飛ばしてしまった。

「 あ やだ・・・ 壊れちゃう?? 」

「 ・・・ 大丈夫だよ。 」

転がった機械を拾ってくれたのは ジョー。

「 ジョー ・・・ 

「 あの さ。 博士がね   必要なものを買っておいで って。

 それで ・・・ こっちのロフトをレッスン室にしなさいって 」

「  ・・・  だってそんな ・・・ 」

「 フランソワーズの夢を応援したいんだって。 ね 頑張れよ〜〜 

 ぼくも応援する! なにか手つだえること あったら言ってくれ。 」

「 ・・・ ジョー・・・ ! 」

「 きみの夢 だったんだろ? 」

「 ・・・ ええ ・・・ もう絶対に叶わないんじゃないかって諦めて 」

「 諦めちゃ ダメだよ。 

「 ・・・ ジョー 」

「 ぼく 神父さまから頂いた言葉でね  諦めなければ夢は叶うよ って。

 だからフラン、頑張れ。 ・・・ ぼ ぼくも頑張るから 」 

「 ・・・ メルシ〜〜〜 ジョー 〜〜〜 」

 柔らかい身体が ぱっと飛び付いてきた。

 

    わっはは〜〜〜〜ん♪ 

 

 

 

それで ― 彼女は ココにやってきたのだ。

 

ジョーにPCでの検索の方法を教わり < バレエ用品の店 > を探した。

ともかく稽古着とシューズ、ポアントを揃えなければならない。

そして一番始めにヒットした店がココだったのだ。

「 ・・・ ジョー ・・・ ここ わかる? 」

フランソワーズはモニター画面から振り返った。

「 え〜〜と・・?   あ〜 ここかあ〜   ・・・ 

そうだなあ〜センター街突っ切ってロフトの横入ってけば一番近いけど 

 道なりに行った方がいいよ フラン  」

「 まあ なぜ? 近道の方がいいわ。 

「 う〜ん 多分ね〜 すごくヒトが多いと思うんだ〜 」

「 そうなの?? なにかイベントでもあるの? 」

「 いや ただ ここっていつもそうなんだよ。 」

「 ふうん ・・・ じゃ  こっちの道をゆくわね。 」

「 ウン そのほうが少しは楽だと思うな〜〜 」

「 楽?? 」

「 ・・・ そっちも空いてるわけじゃないと思う・・・ 」

「 そう??  でもわたしもトウキョウに慣れなくちゃ 」

「 あ うん まあ ね 」

でも ぼく、付いてゆかなくてもいい? とジョーは心配そうに何回も聞いた。

「 ありがとう、ジョー。 本当に大丈夫デス。 

本当は一緒に行ってほしかったけれど 店内には入ってくれないことは

兄と同じだとわかっていたから  大丈夫  一人で行くわ  と言ったのだ。

 

 ― JRと私鉄を乗り継いでやってきた。 大きなターミナル駅だ。

「 え ・・・ どこ・・・? 」

まず地上にでるまで一苦労だった。

「 え・・・っと? ○○坂口 って ・・・ どこ〜〜〜? 」

A1 とか B3 とかいろいろ書いてある矢印の通りにゆくと いつの間にか

ちがった < 出口 > に来てしまったりする。

「 ウソ〜〜〜   あ インフォメーションがあるわ! 」

特設ブースみたいなところにいたお姉さんたちは さすがにわかり易く教えてくれた。

「 ありがとうございます〜〜 

「 ゆ〜あ〜 うぇるかむ 」

日本語で聞いたのに 終始英語で応対してくれたのだけど・・・

そして ―  駅前では ヒト波が渦巻いていた。

 

   !!! な なんなのお〜〜〜

 

そこはどうもかなり有名なトコロ ― スクランブル交差点。

フランソワーズは眩暈がし < 一回見送った >

「 ・・・ ふ〜〜ん ・・・ そうなんだ? 」

ヒトの流れを観察した結果 彼女は彼女なりの結論をだした。

 

    そっか。  自分の行く道をしゃきしゃき進めばいいのね。

    ただし 対向車に注意 っことか・・・

 

街の忙しなさ になんだか 呆れるのを通り越し 感心してしまう。

「 ふうん ・・・ ウチの辺りの町は 穏やかでのんびり 暮らしやすいわよねえ  

 あ ともかく!  買い物 をしなくちゃ。 

 

そんなこんなで 彼女はようやく目的のバレエ用品の店に辿りついたのだ。

 

 

店に入り シューズのフロアまでエレベーターで昇った。

 

        懐かしいにおい

 

そのフロアには覚えのあるにおいが漂っていた。

彼女はポアントがずらりと並んでいる棚に歩みよった。

「 わあ〜  フリードがあるわ! 

それは英国の老舗ブランドで ソリストになったらフリードのポアントを買うわ  が

当時のフランソワーズ達の夢だった・・・。

「 うふ ・・・  初めて舞台でソロをもらった日 お兄ちゃんが買ってくれたっけ  」

あの頃 履いていたものと同じ記号のものは  なかった。

「 それはそう よねえ ・・・ 何十年も経っているんですもの・・・

 いつも履いてたレペットは ・・・ ああ あるわね! 」

フランス製のポアントもちゃんとあったが いろいろな種類が増えていて びっくりだった。

「 うわ〜〜 こんなに軽いの?? でも 耐久性がありそうね・・・ 」

昔と同じサイズとワイズのポアントとバレエ・シューズを買った。

そして  ウェアのフロアでは 目移りして 大変だった。

昔好きだったのと同じ形のタンクトップで 似た水色のレオタードを選び 

タイツとウォーマーも買った。

そして ―

 

    が 頑張るわ ・・・ わたし ・・・!

 

 

結果から言うと ― フランソワーズはオーディションに落ちた。

しかし 彼女はそのバレエ・カンパニーに参加するチャンスを得たのだった。

 

 

 きゅ。 ・・・ さっきから何回も何回もピンを止め直している。

 

「 ・・・ ふう ・・・ 」

フランソワ―ズは こっそり、でももうず〜〜〜っと深呼吸を続けている。

「 ・・・ 平気 平気 ・・・ 普通のクラスですもの、いつもと同じよ

 ほら ず〜〜っと何年もやってきたでしょう?  」

きゅ。 爪先を伸ばしストレッチをし ― 起き上がってバーに脚を掛ける。

「 ほ〜ら ・・・・ いつもと同じ いえ あの頃と同じよ?

 バーはどこだって世界中でダンサーの友達だし・・・ この床も いい感じ 」

  ギシ ・・・  バーは懐かしい音をたてた。

 

    そう よ!  あの頃と同じ。 レッスンできるのよ ・・・ !

    夢にまでみてたレッスン が。

    ほら ウレシイはずでしょ フランソワーズ?

 

ちょこっとだけ 笑おうと思ったけど 口もとは信じられないほど強張っていた。

 

 

 

フランソワーズの夢への第一歩の日 ― レッスン初日。  

通うことになった都心近くの稽古場まで 博士が送ってきてくれた。

「 え あの行き方はスマホで調べました ・・・ 最寄りの駅からの行き方は

 ジョーが教えてくれましたし ・・・ 」

一緒に行くよ、とすっかり支度を整え現れた博士の申し出に フランソワーズは

目を丸くしてしまった。

 

    ・・・ すごく心強い けど。  でもそんな ・・・ 

 

「 いやいや。  この国にはこの国の 流儀 というか しきたり があるじゃろう?

 コズミ君に聞いたよ。  ワシはお前の親代わりとしての務めがある。 

・・・ 迷惑かもしれんが ・・ と博士は少し顔を曇らせた。

「 え ・・・  迷惑 なんてそんな! ものすご〜〜く心強いです〜〜

 でも ・・・ 

「 そうか それでは さあ出掛けよう。  初日から遅刻は厳禁じゃ。 

「 はい! 

「 いってらっしゃい〜〜 」

ジョーは 並んで玄関を出る二人をすこし羨ましそ〜〜な顔で送ってくれた。

「 うふ ・・・ ありがとうございます。 」

「 いやいや ・・・ しかしここから都心までは遠いなあ 」

「 あら でも十分通勤圏なんですって。 JRとメトロを乗り継げばいいし。 」

「 まあ な。 所謂ラッシュ・アワーよりは遅いからいいか ・・・ 」

「 ええ。 」

にこにこしていたフランソワーズだが  稽古場に近くになるにつれ口数は減り

表情は硬くなってきた。

 

    うん? 気分でも悪いのか・・・?

    いや  緊張しておるのかな 

 

博士はチラっと見たが 気づかぬ風でどんどん歩いていった。

 

 

「 ようこそ。 来てくださって嬉しいわ。 待って居ましたよ。 」

都心近くの稽古場の事務室で バレエ団の主宰者の老婦人は笑顔で迎えてくれ

流暢なフランス語で語りかけてくれた。

「 あ  あの ・・・ あ おはようございます ・・・ 

 ふ フランソワーズ ・ アルヌールです  」

固い表情で ぺこん、とお辞儀をした少女に 老婦人は満面の笑みだ。

「 はい お早う。 今日から < ウチのダンサー > ね。

 更衣室とか案内するわね。  キヨコちゃん よろしくね  」

「 はい。 どうぞこちらです  」

稽古着にニットやらスウェットを着た背の高い女性が フランソワーズを手招きした。

「 は はい  ・・・  」 

ちらりと博士の方を振り返ってから 彼女は事務室を出ていった。

 

「 宜しくご指導お願いします。 」

ギルモア博士は  親代わりの後見人 として 主宰者の女性に丁寧に挨拶をした。

「 はい お引き受けしますわ。 」

彼女は博士ともずっとフランス語で話していた。

「 あの娘 ( こ ) は 日本語で大丈夫ですので 」

「 はい。 フランソワーズさんにとって有意義な日々になることを願っていますわ。」

二人はにこやかに握手を交わした。

 

「 ・・・ あ ・・・ 」

博士が廊下に出ると フランソワーズが立っていた。 

「 じゃ ・・・ これでワシは帰るから。 帰りの道順は大丈夫じゃな? 」

「 は はい 

「 こら そんな顔するな? 笑ってごらん フランソワーズ 」

「 ・・・ え へ・・・ 」

「 それじゃ しっかり な。 」

「 は い ・・・ 」

「 なんじゃな 情けない顔で ・・・美人が台無しじゃぞ うん? 」

「 ・・・え やだ ・・・ 」

ほんの少し 笑顔が戻った。  

「 気持ちのよいバレエ・カンパニーじゃな。 よい先生のようだし。 」

「 あ ・・・ ありがとう ございました・・・ おとうさん ・・・ 」

「 ―  」

なぜか自然にその言葉が口からこぼれた。 本人も 無意識だったのかもしれない。

博士は破顔し フランソワーズの頬にそっと手をふれると 玄関ホールから出ていった。

 

「 いいお父様ね。  」

「 ・・・あ? 」

振り返れば 後ろにはあの先生が立っていた。

「 は はい !  先生 ・・・ 」

「 さ あと10分でクラス始めますよ。 ストレッチはいいの? 」

「 あ! は はい ・・・! 」

フランソワーズは ぺこん、と頭をさげると スタジオへ駆けだした。

 

 

 

「 ただいまあ〜〜〜〜  よ・・・っと。 」

ジョーは両手に下げたレジ袋を玄関に置いた。

「 あ まだ帰ってないのかな ・・・ まずは冷蔵庫にいれなくちゃな〜〜  」

ひょい、とレジ袋を持ち上げた。

「 今夜の晩御飯はぁ〜〜♪ っと   あれ? 」

ハナウタ混じりにリビングを通ると  ―  ソファで沈没している姿があった。

「 フラン??  だ 大丈夫かい?? 」

慌てて駆け寄り 彼女の様子を窺った。 

「 ・・・ あの どこか具合 悪いの かい ・・・? 」

「 ・・・・・ 」

「 ・・・ あ 寝てるだけ かあ・・・ うん 顔色もいいし〜 よかったぁ〜〜

 フラン〜〜〜 お茶 淹れるよぅ〜〜 」

  ガチャ。 ドアが開いて博士が顔をだした。

「 おう ジョー。 お帰り。 し〜〜〜〜 そっとしておいておやり。

「 博士〜〜 ただいまもどりました。 え ・・・っと? 」

ジョーは慌てて口を噤むと 黙って眠っている仲間を指した

「 お疲れのようじゃよ?  帰ってくるなり寝てしまったよ 」

「 へえ・・・・ 珍しいなあ〜 あ ともかく買い物を冷蔵庫に〜〜っと 」

「 ワシも手伝うぞ。  晩飯はわしらで作った方がよさそうじゃ。 」

「 え〜〜〜〜 博士、 作れるんですかあ〜〜 

「 シツレイな!  これでも若い頃はちゃんと自炊しておったぞ

 ジョーのカップ・ラーメンよりマシ ・・・ なはずじゃ 」

「 あは ・・・ 博士〜〜 チン! で大丈夫なモノ、いっぱい買ってきたから

 安心してください。 

「 それはありがたいのう   ・・・ま お姫サマはお疲れのようじゃ 」

「 初日だから 緊張してたんですよ きっと。 」

「 おそらくな。  どれ ・・・ なにを買ってきたのかな? 」

「 え〜と 」

二人は レジ袋をガサガサさせつつキッチンに入った。

 

 

やがて 紅茶の香がふわ〜〜〜ん・・・とリビングに満ちてきた。

「 ・・・ フラン〜〜〜 ?  お茶 ・・・ どう? 」

ジョーはカップを持ったままソファに近づくと そうっと声をかけた。

「 ・・・ う ・・・ん ・・・? 」

「 この前 グレートが送ってくれたヤツ・・・ 上手に淹れられたよ?

 ミルク いれる? 博士は苺ジャムだって。 」

「 ・・・ う〜〜ん ・・・ え ・・・ 」

クッションに埋っていた金髪のアタマが やっと少し動きだした。

「 え ? ・・・ わたし ・・・ 」

「 あは 起きた?  ねえ お茶にしようよ〜〜〜 」

「 ・・・ や だ ・・・! わたし ほんのちょっとって思って・・・ 」

フランソワーズは慌ててソファに起き上がった。

「 帰ってきて・・・ 晩御飯の準備するまでほんのちょっと・・って思って

 ソファに座ったのよ  そしたら ・・・ああ ごめんなさい! 」

「 いいよぉ〜 買い物はぼく、してきたし。 今日はゆっくり休みなよ。 

 ほら 〜〜 お茶。 甘いモノ食べると元気になるよ〜 」

ジョーはにこにこ・・・ 手を差し出す。

「 あ ・・・ ありがとう〜〜 ジョー ・・・ 」

「 博士がね〜〜 苺パイ を買ってきてくださったんだ。

 皆で食べようよ ね? 」

「 ・・・ ありがとう ・・・ 」

「 ほらほら・・・ 食べようよ 」

なんだか涙目になってる彼女を ジョーは気づかないフリでお茶の席につれていった。

 

「 ん〜〜〜 ジョー、合格じゃ。 」

博士は 紅茶のカップを口元から離し、にっこり笑った。

「 うわ〜〜〜 やったあ〜〜 へへへ これでグレートにも怒られないぞ〜 」

「 ははは・・・まあなあ 紅茶についてはあの英国紳士の大将はウルサイでの・・・

 うん 美味い ・・・  」

満足そうに味わう博士に ジョーはもう大にこにこだ。

「 ね フランも〜〜 飲んでみて? 

「 あ・・・ ありがとう ジョー ・・・ 」

フランソワ―ズはすこしぼんやり・・・二人のやりとりを眺めていたが 

ゆっくりとカップを口に運んだ。

「 ・・・ ん〜〜〜 ああ オイシイわあ〜〜〜 

 ミルクとお砂糖 たくさん入れてくれたのね ジョー 

「 えへ・・・ 疲れている時にはさあ 甘いモノが一番! だからね。 」

「 ああ 本当ね ・・・ 身体中にオイシイ味がひろがってゆくわ 」

「 えへへ〜〜〜 やったぁ〜〜 さ こっちのパイも食べようよ 」

「 海岸通り商店街のケーキ屋のじゃて、ホンモノの手作りじゃよ。 美味そうじゃな 」

「 ね! ・・・・ ん〜〜〜 うっわ〜〜 ぼく、苺パイって初めてだけど

 おいしい〜〜〜 」

「 うむ うむ ・・・ これはよいな、苺の甘味と酸味が絶妙じゃ 」

「 フラン どう?? 」

「 え・・・ ええ 美味しいわ  うふ ・・・ 」

「 博士〜〜〜 ご馳走さまで〜す♪ 」

「 いやいや ・・・ フランソワーズ、 レッスンはどうじゃった?

 初日なので緊張しすぎたんじゃないのかい 」

どこかまだぼ〜〜っとしているフランソワーズに 博士は何気なく尋ねた。

ジョーも 勿論気になっていたのだが、パイに夢中になっているフリをしつつ

さりげなく耳を傾けた。

「 ・・・ え ・・・ はい ・・・なんか もう ・・・ 目が回りそうで ・・・ 」

「 頼もしい先生じゃったなあ。 お若い頃にパリに留学していたそうじゃよ。 」

「 ええ ・・・ でも なんか わたし・・・・ 」

 

  ぱた。 ぱた ぱた ・・・  突然 涙がケーキ皿に落ちた。

 

 

朝のレッスンは 広いスタジオで行われた。

隅の棚に荷物を置いてみれば バーの前には八割がたダンサーたちの姿があった。

「 じゃ こっちのバーを使ってね。 」

更衣室から案内してくれた女性は 壁際のバーを指した。

「 ハイ。 ありがとうございます。 」

「 い〜え ・・ がんばってね フランソワーズさん 」

「 はい キムラさん 

「 あは キヨコでいいのよ〜 」

「 はい ・・・ 」

彼女はに・・・っと笑うと鏡側のバーの方へ行った。

「 ・・・ ふう ・・・ 」

 

   ああ やっとバーまでたどりついたわ ・・・

   ああ ・・・ 遠かった ・・・!

 

フランソワーズは大きくため息をついた。

実際の距離もだが 再びこうしてレッスンができるまで ― なんと 遠かった ことだろう。

彼女は こそ・・・っとバーを握った。

あの頃  故郷の街で 本来生きるべき時代で 日々握っていたバー・・・

「 ・・・ おなじ だわ ・・・  」

ちょっぴり涙が滲んできてしまい、彼女は慌ててタオルで拭った。

 

「 おはよ〜 ございま〜す 

「 !  あ  は はい おはようございます! 

隣のバーの前でストレッチをしていた女性が 声をかけてくれた。

小柄だが まん丸な瞳が愛らしい。 おそらく同年代だろう。

「 あ あの!  今日から ・・・ きました。 どうぞよろしくお願いします〜 」

「 よろしく〜〜〜 アタシ みちよ。 アタシも新米に近いよ〜 」

「 ふ フランソワーズ・アルヌール といいます 

「 うふ あなた、先月のオーディションにいたでしょう? 目だってたよ〜〜 」

「 え ・・ あ でも落ちましたし・・・ 」

「 アタシもさ、落ちたんだよ〜 内部のコは皆落ちたな〜 」

「 え・・・・ そ そうなんですか?? 」

「 そ〜。 でもレッスンにこれてよかったね〜〜 宜しく〜〜

 あ。 フランソワーズさんは日本語 上手だね 」

「 そ そうですか? あの フランソワーズって呼んでください。

 え〜〜 こっちで暮らしてるから・・

 でもヘンな言い方だったら教えてくださいね みちよさん。 」

「 みちよ でいいよ〜  あ〜〜 あと5分だよ、トイレとか大丈夫? 」

「 は はい ・・・ 」

フランソワーズは再び タオルで顔をぬぐった。

 

   しっかりするのよ フランソワーズ ・・・!

 

彼女は もう一度ポアントのリボンを結びなおした。               

 

 

 

Last updated : 04,26,2016.                  index       /       next

 

 

**********   途中ですが

何回か書いてきましたが フランちゃんの職業復帰?話です。

案外地味でキツイのですよぉ〜〜〜

ふわふわ〜 ひらひら〜〜 だけの世界じゃないよ

お絵描きする方、 よ〜〜く写真とかで観察してくださいね〜