『 遠い呼び声 ― (1) ― 』
****** しぇる様のリクエストにお応えして ******
「 ・・・ 大丈夫かい、フランソワ−ズ・・・ ?
疲れたらすぐに言ってくれ。 我慢するな ・・・ 絶対にだぞ? 」
「 ええ ・・・ 大丈夫よ、ジョ−。 ありがとう・・・ 」
・・・ クスッ ・・・ !
ついに フランソワ−ズは小さく吹き出してしまった。
もう何回、いや何十回目になるだろう、ジョ−はほぼ10分置きくらいに フランソワ−ズの席に
歩み寄り 話しかけている。
初めのうちこそ、ブランケットで彼女の膝を包みなおしたり、
クッションの位置を変えたりしていたが そんな介護作業はすぐに終ってしまう。
ジョ−が彼自身のシ−ト ― メイン・パイロット席 ― にじっとしていたのは
ドルフィン号が発進し、上空の軌道に乗るまでのほんのわずかな間だけだったのだ。
その後は 自分の席と彼女との間を言ったり来たり・・・ つまりはコクピットを
始終うろうろと歩きまわっていた。
「 ・・・ ジョ−? 」
「 うん、なに?!」
「 ・・・ あの ・・・ ね。 」
聞き慣れたブ−ツの靴音が間髪を入れずに響いて来る。
ふわり、と空気がゆれ大きな手が フランソワ−ズの手を包んだ。
「 わたし、大丈夫だから。 ジョ−、ちゃんとパイロット席についていて?
そんなにうろうろしては 皆にだって気が散って迷惑でしょう? 」
「 いいんだって! そんなコト、気にするなよ。
あ、咽喉、乾かない? 水を持ってこようか。 それともお茶がいいかな。 」
「 大丈夫、咽喉は渇いていないわ。
・・・・ ねえ、わたしがココにいると あなたが落ち着かなくて・・・・
皆に迷惑をかけるわね。 ・・・ キャビンに戻っているわ。 」
「 ・・・ あ。 そのままでいいよ、ぼくが連れていくから。
ああ、やっぱり疲れたのかい。 すこし横になっている方がいいかもしれない・・・ 」
ジョ−はフランソワ−ズのシ−トの横に跪き 彼女を抱き上げようとした。
「 やめて。 大丈夫よ、わたし、ちゃんと自分の脚で歩いてゆけるわ。 」
「 ・・・ でも ・・・ 」
フランソワ−ズはちょっときつい声音になると、ジョ−の手を外した。
ブランケットを畳み、彼女はしっかりと自分の席から立ち上がった。
「 ・・・あ ・・・ 危ないよ! 」
「 ジョ−? わたしのバランス感覚を甘くみないでね?
それに ・・・ 長年乗っているドルフィン号の中ですもの、前から目を瞑ってもどこへでも行けたわ。 」
「 ・・・・・・ 」
フランソワ−ズはしっかりとした足取りで歩きだした。
確かに彼女の足取りは迷いもなく、軽く握った杖が ほんの時たま前方の床に触れるだけだ。
「 ・・・ああ、そうだわ。 これ ・・・ ごめんなさい、わたしの席に置いておいてね。 」
「 わかった。 座ってすぐ・・・右手に置くからね。 」
「 右ね、ありがとう、ジョ−。 ・・・ はい。 」
フランソワ−ズは 顔からアイマスクを外すとすぐ脇に立つジョ−に渡した。
「 ふふふ ・・・ 大分カンが良くなってきたのよ。 」
「 ・・・・・・ 」
声にならない吐息が そっと ・・・ 全員分、ドルフィン号のコクピットに充ちた。
ジョ−は。 きゅっと唇を噛み メイン・パイロットの席に戻った。
その足取りは わざわざ大きな足音を伴っていた。
・・・ 見えない彼女にも よく聞こえるように。
「 ・・・・ ジョ− -------!! 」
突如、フランソワ−ズが叫び声を上げた。
「 !? ど・・・どうしたのじゃ、フランソワ−ズ?? 」
「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・ なにか 聞こえたのか。 」
ギルモア博士とジェロニモは 驚いて顔をあげた。
彼らは夜のティ−・タイムも終え、リビングのソファで てんでに本を広げたり、
細工ものをしたりして過していた。
ジョ−はまだ仕事から帰ってきていない。
初秋の夜風がさわさわと吹き抜け、やっと気持ちのよい季節の到来を告げている。
フランソワ−ズも 針箱を持ち出し、縫い物に精を出していた。
・・・ 秋口には やっぱりブラウスよね。
薄いベ−ジュの布を膝にひろげ、楽し気に針を運ぶ。
次の日曜日、ジョ−が珍しく誘ってくれた・・・・ だから。 その時に着たくて・・・
これ、さ。 貰ったんだけど。 そのう ・・・ よかったら一緒に ・・・
・・・ まあ。
先週、手渡されたのは 早世した画家の作品展のチケットで
屋外にも作品を展示してある美術館で開かれる予定のものだった。
ジョ−がこの手の催しに誘ってくれるのは 本当に珍しい。
「 ありがとう、嬉しいわ ! わたし、彼の作品、好きだったの。 」
「 よかった・・・ ! ダンサ−の絵とかあるんだって。
・・・ ほらこれ。 きみみたいだ ・・・ 」
ジョ−はチラシをひろげ、紹介してある作品を指した。
「 まあ ・・・・ わたしはこんなに綺麗じゃないわ。 」
「 そん・・・な ・・・ コト ・・・ 」
どうも後半はむにゅむにゅとてんで聞き取れなかったが。
・・・ いいわ。 誘ってくれただけで すごく嬉しかったし。
ひとつ屋根の下に暮らしているのに、最近二人っきりででかけることなどほとんどなかった。
たまに一緒に出ても 日常品の買出しくらいなものだ。
ジョ− ・・・。 忙しいのかしら。 それとも ・・・ 他に ・・・?
ううん、余計なコトは考えるのはやめましょう。 それより、このブラウス、早く仕上げなくちゃ。
フランソワ−ズの針は ますますリズミカルに生地の合間を泳いでゆく。
たまたま目にした布地だが、大層気に入った。 これを着て ・・・ ジョ−と出かけたい。
どうも ・・・ 気が付かずに鼻歌を ふんふんやっていたらしい。
博士もジェロニモも代わる代わる顔をあげ、揺れる金色の頭をみて
・・・ また 彼らは自分の世界にもどっていった。 淡い笑みを唇に結んで・・・・
しかし
そんな穏やかな空気は 突然 ― 彼女の悲鳴に近い叫び声で吹き飛んだ。
「 ジョ−??? どうしたのッ! どこにいるの、返事して!! 」
なにもかも放り出し、フランソワ−ズは宙を凝視し、叫び声をあげている。
「 な、なんじゃ?? 何が見えたのか? ジョ−がどうかしたのか! 」
「 フランソワ−ズ。 ジョ−はどこだ? 」
驚き、駆け寄った博士とジェロニモは ただただ心配気に彼女を見つめるだけだ。
一点を睨んでいた視線が すこしずつ移動し始めた。
「 ・・・ あ ・・・ 松林の ・・・ 向こうの崖から ジョ−が車ごと落ちて・・ 海に 」
「 なんじゃと! それで・・・ ジョ−は無事か! 」
「 ・・・ フランソワ−ズ、詳しい場所を教えてくれ。
俺の呼びかけにも ・・・ ジョ−は応答しない。 」
ジェロニモは もう非常用のワイヤ−を手にしている。
「 ・・・ ジョ− ・・・ ジョ− ・・・ ! 返事して・・・ 」
「 しかし なんでまた・・・・ ここいらの地形はもう知り尽くしているはずなのに・・・ 」
「 ・・・ あ! 脱出できたみたい。 でも ・・・ 今、行くわ ! 」
「 フランソワ−ズ、 車、出すか? 」
「 いえ ・・・ あの岩場の海岸だから入れないわ。 走った方が早い・・・! 」
「 よし。 」
「 わしはメディカル・ル−ムに待機しておるから。
お前達でともかく ヤツを引っ張ってこい。 頼むぞ。 」
「 はい! 」
フランソワ−ズとジェロニモはギルモア邸のすぐ下にある海岸目指して
駆け出していった。
・・・ パン ・・・ !
ジョ−の手が躊躇いもなく、フランソワ−ズの頬に飛んだ。
思いがけない衝撃を受け、全く無防備だった彼女の身体はあっけなく吹っ飛んでしまった。
そして そのまま岩場に激しい勢いで叩きつけられた。
「 ジョ−!!? なにをする! 」
すぐ後にいたジェロニモが驚きの声をあげ、慌ててフランソワ−ズに駆け寄った。
「 大丈夫か・・・ フランソワ−ズ・・・? フランソワ−ズ!! 」
大きな手がそっと抱き起こした身体は まったくなんの反応ものなく、
ボロ布のようにくたくたと崩れ落ちてしまった。
「 ・・・ これは ・・・ ! 拙い!! 」
べっとりと手に滴る血に ジェロニモは唸り声と上げた。
「 ジョ−!! お前なんてことを・・・! ・・・・ !! 」
怒声のままに振り向いた途端・・・
「 くそ・・・! その手を離せ ! 貴様ァ〜〜 !! 」
ジョ−が喚き散らして 飛びかかってきたのだ。
「 ・・・ ジョ−?? どうした? しっかりしろ!! おい?? 」
「 その手、その・・・ 汚い手を彼女から離すんだ、離せ〜〜〜え〜〜 」
泥だらけでシャツも裂けたジョ−は 盲滅法、猛然とジェロニモに殴りかかった。
・・・ バン ・・・ !
ジョ−の身体は簡単に跳ね飛ばされ、もんどうり打って岩場に投げ出された。
「 ジョ−?? ・・・ 目を覚ませ!! お前・・・ どうかしているぞ! 」
「 ・・・ うううう ・・・・ くそ ・・・・ その手を・・・その手を・・・・
離すんだ ・・・ ママは、そんな女じゃない・・ そんな・・・ ママ ・・・ ママ ・・・!」
「 ・・・・? 」
ジョ−は、まだ蹲り呻き続けている。
「 悪い、少しの間 ・・・ 我慢してくれ。 」
「 ・・・? ・・・ ウッ ・・・ ! 」
ジェロニモは軽く当身を食らわせると、気を失ったジョ−を肩に担ぎ上げひっかけた。
そして
今度はそうっと両手でフランソワ−ズを抱き上げると 大股でギルモア邸に戻っていった。
「 ・・・ なんじゃ、これは??? 」
血塗れで蒼白な頬のフランソワ−ズとヨレヨレになって気絶しているジョ−と。
ジェロニモが担ぎ込んだ二人を前に さすがのギルモア博士も一瞬絶句してしまった。
「 博士。 急いで ・・・ 頼みます。 」
「 う・・・うむ、わかっておる。 ジェロニモ、ジョ−をそっちの空きベッドへ。
あと・・・ レピスレ−タ−をもう一台、隣から持ってきてくれ。 」
「 むう・・・・ 」
全く事情は判らなかったが、ともかく今は治療が先決である。
博士は口を真一文字に引き結ぶと 黙々と手当てにとりかかった。
海岸の岬に建つギルモア邸・・・ 虫たちが少し早い秋を告げ、一晩中鳴いていた。
「 ・・・ これで なんとか ・・・ 」
朝焼けが海原を染め出したころ、博士はメディカル・ル−ムで大きく溜息を吐いた。
中央のベッドでは頭部を半透明なカプセルで覆われ、フランソワ−ズが昏々と眠り続けている。
そして
隣の補助ベッドに ジョ−が正体もなく転がり ぴくりとも動かない。
「 ・・・ 博士。 二人の容態は・・・? 」
「 うむ ・・・ ジェロニモ。 ジョ−は変だった、と言っていたな。 」
「 はい。 ジョ−は ・・・ 戦い方を、自分の能力 ( ちから ) を忘れていた。
あんな戦い方をするヤツでは ・・・ 」
「 ・・・ 自分の能力 ( ちから ) ・・・ か。 なるほどな。
どうもひどく混乱しているようなので 一時的にシステム・ダウンしたんじゃが・・・
先ほど、オンのスイッチを入れた。 機能的に損傷はないのでな、じきに平常になる。 」
それで、事情が少しは解明するだろう ・・・ と博士は呟いた。
「 博士。 フランソワ−ズは! ・・・ 酷いダメ−ジだった・・・ 」
「 ・・・ なんとか ・・・ 一命は取り留めた。 」
「 むう ・・・ よかった! 」
「 命は、じゃ。 命だけは、と言ったほうがいいか ・・・ 」
「 ・・・・ !? 」
沢山のコ−ドやチュ−ブが彼女の頭部に繋がれ、間断なくデ−タが横のモニタ−に流れている。
力なく投げ出された白い腕には点滴のチュ−ブが固定され透明な液が落ちてゆく。
機械類の低い音に混じって レピスレ−タ−が呼吸を助ける音が響き続ける。
「 ・・・ < 目 >が ・・・ 酷いダメ−ジだ。
それよりも、彼女の元々の視神経が激しく傷ついている。 ・・・予断をゆるさん。 」
「 ・・・・・・ 」
博士とジェロニモは重苦しい沈黙の中に 沈み込んでいた。
・・・ 一体 ・・・ ジョ−になにが起こったというのだ・・・??
「 ・・・で、ジョ−よ。 彼女、どうする。 」
「 まだ回復していないのだろう? その・・・ マドモアゼルの <目> は。 」
「 治療最優先だよ、当然じゃないか。 なあ、ジョ−? 」
「 ・・・ 一人だけ残して行くのも 心配アル。 いっそ一緒に・・・ 」
「 だって 見えねえんだろう? 」
「 ジェット! 」
「 ・・・わりィ。 その ・・・ 足手纏いとかって意味じゃなくて・・・ あ! その ・・・ 」
「 お前、これ以上何も言うな。 」
「 ・・・ わりィ ・・・ 」
「 連れて行く。 ぼくが 連れて行くよ。 」
「「「 ジョ− ・・・・ ! 」」」
「 お前の気持ちはわかる。 だがな、まずは博士の許可をもらえ。
そのほうが お前も、俺たち全員も安心だ。 」
「 アルベルト・・・ わかった。 今、伺ってくるよ。 」
「 そうしろ。 」
ジョ−はそそくさと席を立つと博士の書斎のドアをノックしたのだった。
世界で 不可思議な事件が起きていた。
怪奇現象、とでも言える事故ばかりでそれぞれ原因は全くの謎だった。
ギルモア博士とサイボ−グ達なデ−タを集め、その中心地を割り出した。
「 へへ・・・ メキシコ旅行 ご一行様 御立ち〜〜 」
グレ−トが景気づけに おどけた声を上げた。
そう ― 彼らはその中心地である メキシコの奥地へと調査に行くこととなった。
背後に 大いなる意志の力 が働いている、と001が皆に伝えたのだ。
「 連れて、いえ。 一緒に行ってもらいます。 」
「 しかし ジョ−・・・・ 」
きっぱりと言い切ったジョ−に ギルモア博士はまだ不安げな面持ちである。
「 ぼくが全て ・・・ 責任もなにもかも持ちますし、世話は一切引き受けます。
それとも ・・・ 安静にしていないと不味い状態なのですか。 」
「 いや・・・その段階は切り抜けた。 ただ まだ連続した加療が不可欠だ。
まず元になっている彼女本来の視神経が 完全に回復しなれば・・・
< 目 > の修復はその後だ。 」
「 だったら! 尚更、じゃないですか。 博士がぼく達に同行なさる以上、彼女も・・・
ぼくが全部めんどうをみますから。 ・・・ お願いします! 」
ジョ−は深々とアタマを下げた。
「 ジョ−、やめんか。 お前の気持ちはよくわかった。
しかし、一番尊重すべきなのはフランソワ−ズ本人の気持ちだろう?
・・・・彼女とよく、話し合っておくれ。 頼むよ。 」
「 ・・・ はい。 」
ジョ−はもう一度丁寧にアタマを下げると博士の書斎から出て行った。
「 フランソワ−ズ? 入ってもいいかい。 」
「 ええ ・・・ どうぞ。 開いていてよ。 」
「 ちょっと ・・・ ごめんね。 あれ ・・・? 」
ジョ−は室内にはいり、きょろきょろとあちこちを見回した。
休んでいるとばかり思っていたベッドは綺麗に整頓され 使われた形跡はない。
「 ・・・ フラン? フランソワ−ズ・・・ どこだい。 」
「 ここよ。 テラスの側 ・・・・ 床にいるのよ、カ−テンの横。 」
「 ・・・ ああ! どうしたの?? 」
南側のテラスに出る窓の前で フランソワ−ズはぺたり、と床に座っていた。
クッションを持ち出し、彼女の周りには裁縫道具と ・・・ 薄いベ−ジュの布が拡がっていた。
「 どうしたんだい? ベッドに戻ろう。 」
「 あら、わたし、もう病人じゃないのよ? 寝ているなんて 飽き飽きしちゃった! 」
「 でも。 あまり無理をしない方が ・・・ 」
「 平気よ。 ・・・ だって ・・・ 早く縫わないと 間に合わないわ・・・ 」
「 ・・・ え?? 」
「 なんでもないわ。 でも ・・・ やっぱり上手くゆかないのよ。 」
「 ?? 」
「 こればっかりは 見えないと無理みたい。 」
フランソワ−ズは溜息をつき、手にしていた布地を持ち上げてみせた。
「 こまかい作業は無理でもボタン付けくらいって思ったんだけど。 だめね・・・ 」
「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・ ! 」
ジョ−は彼女の隣に跪き そうっと肩を抱いた。
「 ・・・ ごめん ・・・ ごめん ・・・ ぼくが、ぼくのせいで・・・ 」
「 ジョ−。 」
「 ・・・ うん ? 」
りんとした声に ジョ−は身体を離して、彼女の顔を見つめた。
あの時の打撲による傷や岩場に打ちつけられた痕はすっかり治療されていた。
以前とほとんど変わらない、白い面輪には穏やかな笑みが浮かんでいる。
加療のためにキズついていた髪も 今は艶やかにその笑顔を縁取り揺れている。
ただ ・・・ その大きな青い瞳が。 いっぱいに見開かれてはいるが 何の用もなしていない。
ジョ−は唇を噛み、なるだけさり気無い風に訊いた。
「 なんだい、フランソワ−ズ。 」
「 お願いがあるの。 」
「 何? 何でも言ってくれ。 ぼくに出来ることなら何でも・・・
いや、出来ないコトだってやってみせるよ。 」
「 ふふふ ・・・ そんな、無理しないで? わたしのお願いは、ジョ−にしか出来ないコトなの。 」
「 ・・・ ? 」
「 ワケを、どうしてなのか、教えて欲しいの。 」
「 訳 ・・・? 」
「 そうよ。 ・・・ あの時。 どうして崖から落ちたのか。 そして ・・・
どうしてわたしを ・・・ 殴ったの。 ・・・ウウン、責めているんじゃないわ。 」
「 ・・・ フラン ・・・ 」
「 ジェロニモが言ってたわ。 ジョ−は ・・・ どうかしていた、って。
あのあと、彼に襲い掛かったんでしょ? でも ・・・ 全然ちがったって。
ジョ−は 自分の能力 ( ちから ) を忘れていたみたいだった・・・・そう言っていたわ。 」
「 ・・・ そうか ・・・・・ 」
ジョ−は しずかに彼女と並んで床に腰を下ろした。
「 ジョ−。 話して? ・・・ なんでもやってくれるのでしょう? 」
クス・・・っと小さな笑みが彼女の唇からこぼれる。
・・・ きみは・・! こんな状況でも笑みを浮かべることができるか・・・
ジョ−は一息、大きく吸い込むと フランソワ−ズの手を静かに握った。
細い指が しっかりとジョ−の手を握り返す。
用はなさないけれど、深く澄んだ瞳がじっとジョ−に向かって見開かれている。
話すよ。 ・・・ こんなコト、今まで誰にも言ったことはない。
一生 ・・・ ぼくの心の奥の奥に閉じ込めておくつもりだった・・・いや、そうしたかった。
でも。
きみには、フランソワ−ズ。 きみだけには聞いてほしい。
「 あの夜、帰り道でチンピラ達に絡まれている女の子を助けたんだ。 」
ジョ−はゆっくりと語り始めた。
「 そいつらにぼくの母親のことを ・・・ アバズレだのなんだの ・・・ 揶揄されて
カッとなった。 その瞬間 ・・・ ぼくの中で憎悪の気持ちが爆発し真っ白になった。 」
「 ・・・ それで わたしを・・・? 」
「 よく・・・覚えていない。 相手がきみやジェロニモだって意識してなかったと思う。
ただ だれでも良かった・・・ 憎悪をぶち当てたかっただけだった・・・ 」
「 ・・・ どうして、そんなに? 」
「 わからない。 本当にわらからないんだ・・・ ! なにも ・・・ 」
「 ・・・ ジョ−。 目を逸らさないで。 しっかり見極めなければ あなたは先へ進めない・・・
辛いでしょうけれど、 自分を見つめてみて。 」
「 ・・・そうだね。 ふふふ・・・ ぼくって案外意気地なしなんだな。 」
「 まあ。 ふふふ ・・・ それなら イッパツ平手打ち、して差し上げましょうか? 」
「 あ・・・ あは。 ご辞退します。 」
ジョ−はフランソワ−ズの頭を引き寄せ、お気に入りの髪に口付けをする。
ふわり、と華奢な身体がジョ−に預けられた。
・・・ この女性( ひと )を ・・・! ぼくは命に代えても護る!!
こんなにも愛しいと思える存在を手にしたのは ジョ−は生まれて初めてだった。
じんわりとこころの奥から 温かいものが湧き上がってくる・・・
そうだ・・・ ぼくは この感覚を・・・ この温か味を捜し求めて
いつもウロウロとしていたんだ ・・・!
そうだ、そうなんだ ・・・・
ジョ−はゆっくりと話し続ける。
「 ぼくは 母親を覚えていない。 判っているのは名前だけだ。 それも本名かどうか・・・
どんなお母さんだったのだろう ・・・ 優しい、美しいヒトだったのだろうか。
チビの頃から ずっと ・・・ いつもいつもこころの奥に引っかかっていた。 」
「 ジョ− ・・・・ 」
「 だんだん大人に近づくにつれて、もしかしたら ・・・ って不安な気持ちが大きくなってきた。
それで ・・・ 余計にそんな想いに捕らわれていることを隠したかったんだ。 」
「 ジョ− ・・・ ジョ− ・・・・ 可哀想に・・・ 」
フランソワ−ズの細い腕が ジョ−の身体を抱え込む。
「 そんな不安な、ヒミツをヤツラに論 ( あげつら )われて・・・ カッとなった・・・・ 」
それで、とジョ−は言葉を切った。
あの時の不思議な感覚 ・・・ 暴力への渇望が全てを支配していたあの感覚を
思い出すだけでも 冷たい戦慄が背筋を這い登る。
ごくり、と唾をのみこみ、ジョ−は不気味な自分自身を押し込めた。
「 あとは・・・ もう何もわからないんだ。
気が付いたらメディカル・ル−ムで コ−ドに繋がれていたよ。 」
ふうう ・・・ と ジョ−は低く溜息を吐いた。
「 どんなにメンテナンスをしても あの暗い気持ちは変わらない ・・・ 」
「 ・・・ ジョ− ・・・ 」
フランソワ−ズの腕に 力がこもった。
「 ・・・・ もう隠さないで。 わたしがいるわ。 わたしにぶつけていいのよ、ジョ−。 」
「 フランソワ−ズ ・・・ 」
「 受け止めるわ。 あなたの不安も哀しみも ・・・ 怒りも。
全部 わたしにも頂戴。 ・・・ そうして、二人でわけっこしましょう。 」
細い指が ジョ−の頬をゆっくりと辿る。
「 ね? ・・・ 一人で抱え込まないで。 」
ジョ−はいつしか彼女の胸に顔を埋めていた。
・・・ お母さん ・・・ って。 こんな ・・・ カンジ、なのか ・・・ な ・・・
温かくて 柔らかくて いい香りがして。
そして いつでも どこでも。 なにがあろうとも無条件で自分を受け止めてくれる存在。
頬に触れる乳房の感触すら、今のジョ−には懐かしく思えた。
「 わたしがいるわ、ずっと。 だから。 もう不安を隠すことはないのよ。 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
「 それでね。 わたしの気持ちも ・・・ 聞いてくれる? 」
「 ああ、勿論! きみこそ ・・・ なんでもかんでも抱え込んじゃだめだ。 」
「 ふふ・・・ わたし達って似ているわね?
では お願い。 わたしを今度のミッションに連れて行って頂戴。 」
「 フランソワ−ズ ! 」
「 ええ、こんな状態の目で。 なんの戦力にもなれないどころか、完全に皆の足手纏いよね。
でも ・・・ 邪魔ならキャビンに閉じ込めておいて?
わたし。 行きたいのよ。 」
「 今度のミッション ・・・ 聞いたのかい。 」
「 うふふ・・・ わたしを誰だと思っているのよ? ソナ−・イヤ−を持つ 003なのよ?
リビングでの会話くらい 筒抜けだわ。 」
「 あは・・・ そうだったね。 それじゃ ぼくの意見も聞こえたろ。 」
「 ええ。 あなたが言い出さなかったら、ミ−ティングに乱入しようと思ってたわ。 」
「 お・・・ 油断もスキもないなあ。 さすが ・・・ 003。
よし。 じゃあ ・・・ いいんだね? 全員でメキシコ行きだ。
博士も同行するから ずっと治療は続けられるよ。 」
「 了解。 あと一つ、教えて。 」
「 うん? 」
「 ・・・ わたしの <目>、 003としてはいつ使い物になるように復帰できるの。
それとも ・・・ レ−ダ−・アイは修復不可能なのかしら。 」
「 ・・・ きみが大人しくしていれば。 回復も早いそうだよ。
生身部分の視神経の回復が第一だって。 」
「 ・・・ そう。 わかったわ。 でも、<耳> は使えるわ。
わたし ・・・ なんとしても皆の役に立ちたいのよ。 」
「 きみは ・・・ きみってひとは。 本当に・・・! 」
ジョ−は白い頬を両手で掬い上げた。
焦点がずれてしまうが、大きな瞳にはいつもとかわらぬ強い意志の光が満ちている。
・・・ 炎だ。 青い ・・・ 炎が燃えている。
この炎で ぼくの身も心も 焼き尽くして ・・・ くれ・・・!
ジョ−はそのまま身を寄せると珊瑚色の唇に口付けをした。
「 きみが ・・・ 欲しい・・・ 」
「 ・・・ ジョ−。 こんな女で ・・・ いいの。 」
「 ぼくにはきみしか いない。 きみがいてくれれば ・・・ それでいいんだ。
ぼくは きみが欲しい。 」
「 ・・・・来て。 」
「 ・・・・・・ 」
ジョ−はゆっくりとフランソワ−ズを抱き上げた。
あの時、身体中に渦巻いた 負 の暗い衝動 ・・・ それを今、熱い愛の奔流に変えて
・・・ 彼女の中になだれ込むのだ。
秋の夜はとっぷりと闇の帳を下ろし、波の音よりも虫の音が姦しく響いていた。
明日は ・・・ きっとよく晴れ上がることだろう。
「 おはよう! アルベルト。 」
「 ああ、お早う。 早いな、ジョ−。 」
アルベルトは地下の格納庫に降りるエレベ−タ−・ホ−ルで上がって来たジョ−と顔を合わせた。
「 きみこそ。 あ、ありがとう! ドルフィンはもうとっくに整備確認済みだった。 」
「 ・・・ ふふん。 昨日の夜、慌ててさ。
しかし、ばっちりだな、さすがに ・・・ 普段の手入れがいい。 お前、いつも一人でやってるのか。 」
「 あ・・・ バレたか〜。 ううん、たいていフランソワ−ズが手伝ってくれるし。
イワンも定期的にアドヴァイスしてくれてるよ。 」
「 そうか。 安心して留守を任せられる。 」
「 ありがとう。 ・・・ まだ早いよ? ゆっくりしたら。 出発は夕方だし。 」
「 ああ。 ・・・ あのな。 ジョ−。 フランソワ−ズのことだが。 」
「 うん? 本人から 一緒に行くって宣言された。 」
「 ふふふ ・・・ アイツらしいな。 ジョ−・・・ これは俺が言えたコトではないが・・・
無理はしても、無茶はするな。 」
色の薄い瞳にちらり、と陰が過ぎり いつも冷静な声が一段と低くなった。
「 ・・・ うん。 その代わり、思いっ切り <無理> は通すよ。 」
「 ・・・ ふん・・・ ぬかせ! 」
に・・・っと笑いあい、二人はリビングへ上がっていった。
「 ジェットはまだ寝てるアルか? ・・・ あの寝坊癖は一生治らんアルね! 」
「 あはは・・・ そうかも。 ああ、片付かないよね、ちょっと声かけてくる。 」
「 悪いネ、 ジョ−はん。 」
キッチンに顔を出すと、大人がぴかぴかに鍋を磨いていた。
彼はその手を休めずに、まだ手付かずの朝食を睨んでいる。
几帳面な彼は ミッションに出る前、必ず包丁を砥ぎ上げ 鍋を磨き ・・・ キッチンを最高の状態にする。
「 ワテのお城やさかい。 帰ってすぐに美味しいモノを作る準備、完了しておくアルよ。 」
絶対に全員揃ってここに帰る ― ぴかぴかのキッチンに大人はそんな思いをこめているのだろう。
「 ジョ−はん? ミッション中、うんと滋養のあるものを作るアルよ。
帰還するまでに フランソワ−ズはんのほっぺを薔薇色にしてみせるよって・・・
ワテに任せなはれや。 」
「 うん、ありがとう、大人! ふふふ・・・ 太ったぁ〜〜って怒るかもしれないけどね。 」
「 ふくふく笑顔に幸せは寄ってきやはります。 」
大人はちっこい目の片方を ぱちぱちやって見せた。 大人式ウィンクらしい。
「 ほいじゃ・・・これは片付けるアル ・・・ 」
「 わ〜〜〜! 待て!待ってくれ!! 」
「 !!??? な、ナニね?? 」
突然喚き声とともに、赤毛頭がキッチンの窓から現れた。
「 食うから!! オレが全部、腹の中にかたづけるから!! 」
「 ・・・ ジェット。 寝坊してたんじゃ・・・ 」
ジョ−はキッチンから出かかっていたが 驚いてこの闖入者を見つめた。
「 じょ〜だんじゃねえよ。 ちょいと、食前の空中散歩をしてたのさ。 」
ジェットは無理矢理窓から入ると いそいそとテ−ブルに付いた。
「 フンフン〜♪ オレ様の脚も絶好調〜・・・ さて 食うぞ〜〜〜 」
「 ジェット・・・ 」
彼は自分の能力チェックをして来た模様なのだ。
「 いつも そんなコト ・・・ した試しがないのに・・・ 」
「 あん? なんか言ったか? 」
「 あ・・・ ううん。 あ、チ−ズがまだあるよ、食べる? 」
「 食う! ・・・ お、サンキュ。 」
ジェットは次々とテ−ブルの上の皿を空けてゆく。
「 ・・・ なあ、ジョ−? 」
「 なんだい。 」
「 お前な。 今度は ずっとフランにひっついてろ! 操縦はオレ様にまかせろよ。 」
「 ・・・ あ ・・・ うん。 ・・・・ ありがとう、ジェット。 」
「 あ? なあ、まだこのハム、あるかぁ? 」
「 あ、ああ。 ちょっと待って・・・ 」
ジェットの聞こえないフリに ジョ−も気が付かないフリで応えた。
わかってるって! オレ達、仲間だぜ?
・・・ うん、これが ぼく達、なんだよな。
夕刻、定時にドルフィン号はしずかにギルモア邸の地下格納庫から潜行していった。
「 O.K.・・・ 万事予定通り。 異常なし、さ。 」
ピュンマがフランソワ−ズの担当部署も担当している。
「 ・・・ よし。 〇〇:〇〇 に予定通り飛行開始だ。 」
「「 了解。 」」
アルベルトの指示に全員が復唱し再度、各自の担当部門のデ−タ・チェックを始めた。
カチャ ・・・
ジョ−がすぐにメイン・パイロット席から離れ、つかつかと後部座席に歩み寄る。
そして ・・・。
「 ・・・ 大丈夫かい、フランソワ−ズ? 」
以後、何十回、いや何百回・・・ 繰り返される台詞の第一回目が ジョ−の口を衝いて出た。
「 ・・・ なあ、ジョ−よ。 」
「 ・・・え、 あ・・・グレ−ト・・・ 」
ジョ−はフランソワ−ズが出て行ったドアを見つめたままだ。
「 気持ちは判るがな。
人生、時に護りに徹することも必要さ。 」
「 ・・・ 護り ・・・? 」
「 攻撃は最大の防御だろうさ。 だがな。 一番難しいのは 護り じゃないかね。 」
「 ・・・ そうだね ・・・ うん。 そう・・・ 」
グレ−トは パン!とジョ−の背中を叩いた。
「 さ。 ヒトは護るべきものが出来たとき、飛躍的に強くなる。
お前さんも これをいいチャンスと思えばいいさ。 」
「 ・・・ ありがとう、グレ−ト。 」
ジョ−はしずかに自分の席に戻り、メンバ−達はそれぞれの持ち場に専念した。
やがて ドルフィン号はしなやかに海面を蹴ると 宙に舞い上がった ― メキシコ目指して・・・!
「 どこへ 行きなさる。 」
杖に縋ったインディオの老人が 彼らを呼び止めた。
咎めだてる口調ではなく、むしろ 気の良い、おだやかな声だった。
「 ・・・ ポポカトペトル山 だが。 」
先頭を行くアルベルトが ぼそり、と応える。
「 ・・・ ! およしなされッ !!! 」
夕闇の中で、老人は形相を変え叫んだ。
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updated : 09,11,2007.
***** 途中ですが *****
はい〜 あのお話です。
今回はバリバリ・原作設定・・・ですので ジョ−が暗いです、トラウマに悩んでます。
例によって・・・ 理屈・理論の類にはどうぞ!目を瞑ってくださいませ<(_ _)>
ココは 93ラヴ・わ〜るど♪♪ メイン・イベント?は 二人の愛♪♪♪ なんですから(^.^)
すみません、続きます〜〜 あと一回お付合いくださいませ。