『 この空の下 』
act 2.
「 あれ。 ねえ、何処へ行くの? 」
キッチンに入ってきたジョ−は 勝手口に立つフランソワ−ズに声をかけた。
「 ゴミ捨て? だったらぼくが行ってくるよ?」
「 あ、ううん。 違うの、ちょっとね・・・。 」
買い物?と 聞いてくるジョ−の眼差しにフランソワ−ズはくすり、と笑った。
・・・なんかね。お散歩に連れてって・・・!っていう仔犬みたい。
「 買い物もあるけど。 うふふ・・・秘密よって言いたいけど、ジョ−には教えてあげるわ。
ちょっと一緒に行かない? 」
「 うん! 門で待ってて・・・スニ−カ−を履いてくるから。 」
「 ええ、いいわ。 」
ばたばたと玄関にむかうジョ−を見送ってフランソワ−ズは勝手口から裏庭に出た。
海っぱたの断崖に立つこの邸の住人となって 2回目の春を迎えようとしていた。
いや、この前の春はまだ周囲のことに気をまわす余裕もなかったから、
今度がここで迎える初めての春、なのかもしれない。
毎夜敵襲に脅え・迎撃に備えることもない日々が日常になった。
周囲( まわり )に 目を向けることができるようになり、フランソワ−ズはすこしづつ
この地に、邸に、 そして 毎日の暮らしに慣れ始めた。
この邸が自分にとっての ホ−ム になり、ようやく地に足がついた。
・・・あら。
表へぬけようとして、フランソワ−ズはちょっと足を止めた。
裏庭の片隅に蒔いたハ−ブたちが 随分と元気にその緑を競いはじめている。
帰ってきたら、すこし摘んで・・・。 そうね、お昼のサラダかパスタに使えるわ。
食卓にも迎える春に心が弾み フランソワ−ズの足取りは一層軽やかなものになった。
「 ・・・お待たせ。」
「 ああ、よかった! 先に行っちゃったのかと思った。 」
「 やだ、待っててって言ったの、ジョ−でしょう。 裏のハ−ブ畑、見てたの。 」
「 そう・・・。 さ、行こうよ。 どっち?街へ下りるの。 」
「 ううん。 ちょっと反対側かな。 」
二人は仲良く肩を並べて 邸から海岸のほうへと断崖ぞいにのんびりと歩いていった。
石ころがあちこちに顔をだしている小道に 二人の姿が淡くその影を落としている。
日差しは随分と柔らかくなってきたが 吹き付ける風はまだまだ寒い。
「 ・・・ねえ、寒い頃からだよね? よく、こっちに来てなかった? 」
「 え? ・・・ううん、実はねココに来てすぐくらいに見つけたの。 」
知っていたの?とフランソワ−ズは驚いてジョ−の顔を見上げた。
「 うん・・・はじめは道を間違えてるのかなあと思ったんだけど。
きみがそんなワケないし。散歩なのかな・・・って。 」
「 散歩ともちょっと違うんだけど。 でも、もともとはジョ−のおかげなのよ。 」
「 ぼくの・・・? 」
「 そう。 ・・・ほうら、 ココよ。 」
「 ・・・え、ここ? ・・・わあ!キレイだね〜 きみが育てたの? 」
「 ううん・・・ 育てたのは お日様と雨と風ね。 ねえ、この花。 覚えてる? 」
「 ・・・え ・・・ ? 」
フランソワ−ズは つ・・っと屈みこんで足元の小さな花を両手で囲った。
かれらの足元には 淡い色の花々が絨毯のように広がり散っている。
そこは 何の変哲もない空き地だったけれど 切り立った崖のお陰か
海風が遮られ 思いがけない温かさで早春の太陽を独り占めしていた。
暦の上ではまだ少し早いけれど でも その空き地は すでに爛漫の春だった。
野の花たちが命の春を 謳歌している。
ひとつひとつに目を当てたら、それはごく地味で目立たない花だったろう。
しかし どの花も葉も芽も。 精一杯身体を太陽に向かって伸ばし謳っていた。
生命の迸りを、 歓喜の叫びを。
「 何世代目の子孫かしら・・・。 ご先祖さまはね、ジョ−、あなたが連れてきたのよ。 」
「 ぼくが・・・? 」
「 忘れちゃった? あなたがわたしにくれた一番最初のプレゼント・・・ 」
「 ・・・・ ? 」
「 ・・・もう〜! あの小さな島で。 そうね、あなたの名前を初めて聞いたわ・・・ 」
「 ! ・・・ああ、あの時! ぼく、なんか崖の窪地にあった花を摘んだんだっけ。 」
「 や〜っと思い出してくれた? あの時、ジョ−がくれた花束・・・・花束なんて言えなかったけど
とっても嬉しかったの。 だから・・・花が終わって綿毛や種になったのを持って帰ったのよ。 」
「 きみの名前、教えてもらったけどよく判らなかったんだ。 発音、難しかったし・・・ 」
「 ふふふ・・・それでもごもご何か口の中で言っていたのね? どうりで・・・結構いつまでたっても
わたしのこと 003 って呼んでたわよね? 」
「 う・・・うん、まあね。 もうムカシ話はよそうよ〜 それで、あの花の種をここに蒔いたわけ? 」
「 ええ、そうなの。 ココに来てすぐの頃、道を間違えてたまたまこっちに出ちゃって・・・
それで、ね。 ここもちょっと窪地になっているでしょう、だから丁度いいかなって。 」
「 ふうん・・・。 なんかさ、花や草が歌を歌ってるみたいだね。 それに綿毛がいっぱいだ・・・・ 」
「 歌、ねえ。 ふぅ〜〜〜って・・・? 」
フランソワ−ズは屈んで綿毛を湛えた一叢を 思いっきり吹いたから、たまらない。
「 ・・・わ! なんだ、なんだ・・・わぁ・・・ 」
「 うふふふ・・・ジョ−ったら雪だるまみた〜い。 平気よぉ、そんなに慌てなくても・・・ 」
ばさばさと服を髪をはらうジョ−を フランソワ−ズはくすくすと笑って眺めていた。
「 ・・・もう、フランってば・・・ コドモだなぁ。 綿毛や種は大事なんだぜ? 」
今度はジョ−が手折った一本の草の綿毛を吹いた。
草むらから湧き立った小さな使者たちと一緒になり それは海風に誘われて宙に白い河をつくった。
ふたりの視線が その白い流れを追う。
ここの種が綿毛が ・・・ また どこかに飛んでゆくといいね。
今のこの平和の種が 一緒に飛んでゆけばいい・・・
まっすぐに宙を見つめる横顔は 相変わらず淡々と何の屈託もない・・・ように見える。
波うつセピアの髪に見え隠れする おなじ色の瞳は今日も穏やかだ。
でも、とフランソワ−ズはそっとこころに吐息をもらす。
・・・ジョ−。
わたし、知っている、感じているのよ。
あなたが その頬に人知れず流した涙を。 黙って呑み込んだ苦味と悲しみを。
・・・ほんとうに。 いろいろなコトがあったわね。
失った友、心ならずも銃を向けなければならなかったこと、無残に毟り取られた命・・・
否応なしに拘るハメとなり流した血の涙を あなたは穏やかな微笑みに換えることができるのね。
・・・でも そのためにあなたはどんな痛みも受け入れてしまうの。
ー わたし。 ・・・そんなあなたが とても・・・・。
触れ合うほどに肩をならべ、一緒に空を振り仰ぎ・・・ でもいま、彼女の目にはジョ−しか映らない。
綿毛を追う彼の瞳は晴れ上がった空を映し、ときにすみれ色にも見えた。
この瞳に いつからこんなにも心が惹かれるようになったのだろう。
そうね、ジョ−。
あの緑の島から この地にこれだけの花が・草が根付いたように・・・・
世界中に ・・・ 天にも地にも。 そう、星々の彼方までこの平和の種が届いたらいいわね。
フランソワ−ズも 足元の一本を宙に掲げた。
この種が いつかどこかで根付き花ひらき・・・ 誰かの微笑みの素になりますように・・・
空に差し出された綿毛にむけて ジョ−はもう一度ふう・・・っと息を吹きかけた。
ちいさな種は その白い羽をふるわせて 一斉に空へとはばたく。
そうだね・・・。 どこまでも、空たかく、天までも、星々の彼方まで ・・・・
セピアの瞳は ひとり、綿毛の後を越えて遥かな高みへとその煌きを飛ばす。
ー ねえ。 置いて行かないで・・・
急に立ち昇った想いに堪らずフランソワ−ズはひっそりとジョ−に身を寄せる。
目の前にある横顔は 少しもかわらない。
・・・なのに。 この不安は なに。
なにを見ているの、ジョ−・・・?
空が青くて・・・綺麗だなと思って・・・。
・・・きみの瞳と おんなじだ。 きみの瞳にも空があるよ、ほら・・・・
ー え・・・ 。 あ・・・・
ふいにジョ−の大きな手がフランソワ−ズの頬に触れた。
セピアの髪が、瞳が、彼女の視界を遮り、覆いかぶさってきた。
ー アイシテル キミヲ ア ・ イ ・ シ ・ テ ・ ル ・・・・!
・・・ふれあった一点から 口下手な彼の想いが雪崩を打って流れ込んできた。
その奔流はフランソワ−ズの中で逆巻き 飛沫をあげ たちまち彼女の理性を押し流していった。
・・・・ ジョ、 ジョ− ・・・・ !!
−ぼくは いつもここにいるよ。
フランソワ−ズはかすかに残った意識の隅でそんな呟きを聞いた・・・気がした。
かれの唇は 大地と太陽の香りがした。
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updated: 05,10,2005.
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**** ひと言 ****
平ゼロ、とにかくヨミ編突入以前。 オン・エアでギルモア邸はログ・ハウスでしたが
ここでは原作風に断崖の上ってことにしてください。
どうってあまり進展のない二人なのですが。 フランソワ−ズの心境の変化を
追ってみたかったのです。