『 雪の日に ― (2) ― 』
§ ジョー ( 承前 )
アナタも一緒に来てちょうだい ― 彼女はそう言った。
ジョーが初めて聞いた彼女の声だった。
なにがなんだか皆目見当がつかず、混乱の極みにいる彼はその声でやっと我に返った。
う・・・? オンナノコ ・・・?
どこだ? だってオトコばっかじゃないか ・・・
目の前の崖には同じ服を着た男たちがずらりと並んでいる。
なんなんだ???
服は同じだけど ― 人種も年もばらばらだぞ
― あ。 オンナノコ みっけ。 かっわい〜〜〜♪
え。 赤ん坊??? あのコの?? うっそ〜〜〜
呆然とした様子で < 仲間 > 達を見上げつつ、彼は素早くチェックしていた。
さあ いっしょに! … 彼女の声につられてふらふらと歩きだした。
ふうん ・・・ 子持ち なのかあ??
そ〜いうのってアリ?? へえ〜〜〜
ま いいさ。 このコの側にいられるなら〜〜♪
最後にやってきた最強の戦士は呆然としている風だったがその実、案外冷静に周囲を観察していた。
「 よう 兄弟 〜〜〜
」
突如 上から人間が降ってきて・・・いや 足の裏からジェット気流を発して
崖上に降り にやり、と笑ったのだ。
「 あ あ あいむ〜〜〜 じょ〜〜 ・・・ 」
「 あ〜〜〜 いいぜ〜〜〜 そのまんまで十分だ。 お前の国の言葉でオッケーさ。 」
「 ??? な ?? 」
「 さあ アナタもこちらへいらっしゃい。 」
わっほ♪ うっひゃあ〜〜 パツキン〜なガイジン美女〜〜〜
ご指名ですかあ〜〜〜って♪
なにがなんだか全くわからない ― そんな風を装って彼はゆっくりと < カノジョ > の
方へと歩いていった。
「 えっと ・・・ 買い物はこれでおっけ〜かな〜〜 」
ジョーは 両手に下げたレジ袋の中身を あれこれ検証していた。
家の前の坂道は 考察するにはちょうど適した距離と勾配をもっていた。
「 ・・・ ん〜〜〜〜 っと?? 」
右手には ゆるやかにたゆたう海原が見渡せる。
ジョーが この地に住まうようになって初めての冬を迎えた。
急坂の先には ちょいと古めにみえる洋館が建っていて ― そこが彼の < 家 >。
同じ屋根の下には 老人と赤ん坊と<あの>美少女が一緒に住んでいる。
なんだかんだ・すったもんだの諸事があり ― 文字通り決死の闘いなんぞもあったわけだが
とりあえず、今は落ち着いた・ごく当たり前の日々を送っている。
「 ・・・ ふ〜ん ・・・ 買い忘れはない な。 この坂はな〜〜〜 いくら
サイボーグだってもちょっとな〜〜〜 」
よいしょ。 荷物を持ちなおしふっと一息 ついた。
「 ふぇ〜〜〜 ・・・・ あ やっぱ寒いよね? この辺りってそんなに冷えないもんだけど・・
なんか今日は空気の肌触りが違うみたいだよ やっぱ冬だもんなあ・・・ 」
よいしょ。 もう一回彼は荷物を持ち直した。 袋の中身は所謂生活必需品ばかりだ。
「 この前はさ ・・・・ 袋の詰め方が問題、とか言われちゃったしな〜〜
オンナノコっていろいろ煩いよな〜 ちゃんと頼まれたモノ、買ってきたんだからい〜じゃん 」
施設にいた頃も <買い物当番> はあったから スーパーへの買い出しは慣れていた。
ただ、以前の荷物は ジャガイモだの人参とか玉ねぎ きゃべつ ・・・
誰でも知っているごく当たり前のものばかりだった。 ( ただし 量はめちゃくちゃに多かったけど )
年長の男子たちでぶつぶつ言いつつも ともかく施設まで運び ― それでオッケーだった。
― けど。 今 同じ屋根の下に暮らす美少女が渡すリストには
「 ・・・ え?? ケイパー?? なんだ それ。 えしゃろっと???
ずっき〜に??? ・・・ グローブ??? 料理するのにグローブするって??? 」
一応、渡されたメモにカタカナで書いてあるのは 全く不可思議な名前ばかりだった。
「 これって 食べ物なのかあ??? 」
「 なあに。 どうか した? 」
メモの作成者が キッチンから顔をだした。
「 あ ・・・ あの〜〜〜 そのう・・・ このメモにあるモノなんだけど。
― これ なに。 」
「 え?? なに・・・って 食材よ? 」
「 ぼ ぼく ・・・ 初めて見るものばっかなんだけどぉ〜〜 」
「 え?? ・・・あ もしかしてこの国にはないのかしら。 」
「 ・・・ わかないけど〜〜 ぼくは知らないよ〜〜 」
「 いいわ、一緒に行きましょう。 駅の向こうにある大きなスーパーに行くのでしょ? 」
「 ・・・ 下の国道ンとこのドラッグ・ストアにはないと思う ・・・ 」
「 そう。 それならちょっと待ってね、すぐに支度してくるから。 」
「 あ 急がなくていいよ〜〜 ( えへ♪ 一緒に、だって〜〜〜 ) 」
彼女は ぱたぱたと階段を上っていった。
結局 彼女のメモにあった食材はぜ〜〜〜んぶ! 揃ったのだった。
「 ふ〜〜〜ん ・・・ これが ぐろ〜ぶ かあ ・・・ 」
「 グローブ じゃなくて クローブ。 これは香辛料よ。 」
「 こうしんりょう??? 」
「 スパイスっていえばわかるかしら。 」
「 あ〜〜 辛いのや匂いがキツいやつ?
」
「 まあ そんなトコかしら。 ね この国のスーパーにはなんでもあるのね!
ねえ 見た? 冬だっていうのにメロンとかあったでしょう?? 」
「 あ〜 だいたい一年中 あるよ。 ふ〜〜ん これが えしゃろっと かあ〜
ちっこい玉ねぎじゃん。 ずっき〜に ってデカイキュウリってか ちょっとヘチマみたい 」
ジョーは買い物の中身に興味深々なのだ。
「 ・・・ あの ね ジョー。 一緒に行ってくれて ありがとう 」
「 え? あ〜〜 いや〜〜〜 」
「 久しぶりにお買い物して楽しかったわ。 」
「 あ・・・ それじゃさ 今度ヨコハマの方に行ってみないかい?
オンナノコが好きそうなファッションの店とか … いっぱいあるし。
あ ほら〜〜 帰りに 張大人のお店にもよれるよ? 」
さり気なくデートに誘ってみたりするのだが ・・・・
「 まあ ステキ。 そうね いつか行ってみたいわね。 あ この食材 キッチンに
運ぶの手伝ってくださる ? 」
「 あ いいよ。 あは なんか調子にのっていろいろ買ったもんね〜 」
ジョーは 大喜びで荷物運びをやっていた。
ふんふんふ〜〜ん♪ えへ ・・・ やっぱ笑顔、カワイイなあ〜〜
― あれ?
・・・ 買い物以外は イヤってことなのかなあ ・・・
彼女はジョーに対して特に不愛想ではないし、日常ではごく普通に接してくれている。
他愛ないおしゃべりに興じることもあるし、キッチンで一緒に皿洗いをしたりも、する。
けど。 < それ以上 > では 決してない。
ガサ ガサ ガサ ・・・
ヘチマみたいなずっき〜に を タマネギそっくりのえしゃろっと を 野菜室に入れつつ
ジョーの手が止まる。
「 ・・・ ぼく 微妙〜〜に避けられているの ・・・ かも ? でも・・・ 」
ジョー ・・・ 貴方ってちょっと似てるわ ・・・ わたしの兄に
以前 何気なく彼女が呟いた言葉を思い出したのだ。
「 ・・・! ってことは。 身内と同じってことか? え〜〜 兄貴?
いや 年齢的には弟ってことかぁ? 」
ふうう ・・・
先ほどまでのハナウタ気分はどこへやら、おも〜いため息がこぼれ出てしまった。
「 めっちゃタイプ〜〜 なんだけどなあ・・・ カノジョがさ〜〜 見つめて
呼んでくれたから ・・ 着いてきたんだぞ〜〜〜 」
誰にも言ってなかったホンネが ぽろり、とこぼれ落ちた。
「 いっけね ・・・ これは絶対にナイショなんだから ・・・
あれ? ・・・ やっぱ天気悪くなってきたなあ 買い物、済ませておいてラッキ〜 」
キッチンの中が 急に暗くなってきた。
冷蔵庫からアタマをだして シンクの上の窓を開けた。
「 ・・・ うわ ・・・ こりゃ 雨・・・いや 雪かあ ・・・ 冷えるわけだよ〜 」
そんな必要もないのだが、ジョーはトレーナーの袖を引っぱり下ろした。
「 そうだ! あつ〜〜〜いコーヒーでも淹れようかな。 紅茶もいいかもね。
そうそう グレートが送ってくれた紅茶があったっけ ・・・ 皆でティータイム〜♪ 」
冷蔵庫を閉めると、ジョーは戸棚を覗き込んだ。
「 あら〜〜 ジョーって案外気がきくのね〜〜 なんちゃって♪
いやあ〜 きみが好きなことはなんだってわかっているよ。
あら ・・・ そうなの? うれしい・・・
うふふ さあ 熱いうちに一緒に飲もうよ
ええ ・・・ メルシ ジョー ・・・ ( ちゅ♪ ) なあ〜〜んてな〜〜 」
ふんふんふ〜〜〜ん♪ ハナウタ混じりにごそごそ戸棚の中を掻きまわし・・・
「 ん〜〜〜・・・ あ あった あった! よ〜〜〜し☆
こ〜れで 彼女にろっくおん〜〜〜♪ 」
紅茶のカンに手を伸ばした時 ―
バンッ !!! キッチンのドアが勢いよく開いた。
「 雪!!! 雪よ〜〜〜〜〜 」
亜麻色の髪を揺らめかせ、フランソワーズが駆けこんできた。
「 へ ・・・? 」
「 だから 雪! ねえ ほら〜〜〜 外! 雪よ〜〜 」
「 ? ・・・ あ ああ 雪 だねえ 」
「 ね! すごいわあ〜〜〜 ねえねえ〜〜 積るかしら!? 」
「 さあ ・・・ 」
「 電車とかも止まってしまうのでしょ? 高速は通行止めで普通の道路は大渋滞〜〜 」
「 いや この分だとじきに雨になるよ
」
「 え〜〜〜 そんなのつまんないわ〜〜〜 明日の朝とかきっと一面の銀世界〜〜 」
「 えっとぉ・・・ せっかく盛り上がっているのに申し訳ないんですが〜〜
この辺りでソレはちょっとばかり 難しいですよ〜 」
「 ?? おお ムッシュウ? いきなりそんなこと、おっしゃらないでえ〜〜 」
「 だってしょうがないさ。 まあ この辺りで大雪 ってのは ふる〜〜い爺様やら
婆さま連中に聞いても珍しいんでね? 」
「 ふうん ・・・ 冬にはやっぱり雪があったらなあ〜〜 って思うわ。
ここのお家はとても快適だけど ・・・ お庭とかもキレイで冬でも暖かいけど・・・
雪だけはね! 特別なの。 」
「 へえ ・・・ 」
「 あ ほら! どんどん降ってきたわ〜〜〜 きれい ・・・ ! 」
「 あ フラン〜〜〜 あの お茶 ・・・ 」
彼女は ぱっと勝手口のドアを開けると嬉々として裏庭に飛び出してしまった。
「 ・・・ あ ・・・・ う〜〜 せっかくお茶タイムにしてよ〜と思ったのに〜〜〜
雪見カフェ〜〜 なんていい感じだな〜〜〜ってさあ・・・ 」
「 お〜〜い ・・・ ああ ジョー こっちにおったのか。 」
今度は博士が顔をだした。
「 はい? あ なにか ・・・ 」
「 いや ちょいと出かけてくるからな。 戸締りを頼むぞ〜 」
「 あ 行ってらっしゃい。 ・・ってどこへ・・・ 」
「 ああ コズミ君の家じゃよ。 ちょいと話が長引きそうじゃで 今夜は泊まってくるぞ。 」
「 は はい ・・・ あ 博士〜〜 今 雪が降ってきたって・・・ 」
さすがにジョーは心配になったのだが ・・・
「 雪? ・・・ああ すぐに止むさ じゃ 行ってくるからな。 」
博士は意にも介さず 分厚いオーバーをひっかけると 飄々と出かけてしまった。
「 ・・・ な なんなんだよ 〜〜 」
ひょい、と外を見れば 裏庭で金髪美女が雪と戯れている。 満面の笑顔で・・・
「 かっわいいなあ〜〜〜 ・・・ ちぇ。 」
雪はやっぱり好きじゃないや ・・・ 島村ジョーはぼそり、呟いた。
穏やかに雪を眺めていられたのは ほんの短い期間だけだった。
崖っ縁の家での生活は ジョーの短い休息の日々・・・彼らは再び闘いの日々に巻き込まれてゆき
その果てに 仲間達はそれぞれ世界各地へと散って行った。
雪が降る 彼女のココロは ― どこにある?
§ フランソワーズ
雪は楽しい思い出を彩る大切な脇役だった。
子供の頃は 雪の日は最高のパフォーマンスだった。
多くの友達と同じにアパルトマン住まいで庭なんかなかったけれど、
広い公園がすぐ側にあったし道に積る雪だってわくわくした。
「 わあ〜〜〜 いっぱい! ねえねえ ママン、公園までいってきてもいい? 」
朝 起きるなり小さなファンションは寝間着のまま居間に飛び込んできた。
「 あらあら・・・ファン。 ちゃんと着替えていらっしゃい。 今日はとても冷えるから
風邪を引きますよ 」
「 う ・・・ん ねえ ねえ 公園〜〜 」
「 まず着替えてお顔を洗って。 朝ご飯を食べてから よ。 」
「 はあい ・・・ あ お兄ちゃんは? 」
「 ジャンはもうとっくに登校したわ。 パパもお仕事よ。 お寝坊さんのファン。 」
「 お顔 あらってくる! 」
幼い娘は ぱたぱたとバスルームへ駆けて行った。
公園で同じ年頃の友達を雪投げをし、家に帰れば母の暖かいパン・プディングが待っていた。
「 うわ〜〜〜 オイシイ〜〜〜 けど あつ・・・ 」
「 ふふふ・・・ ヤケドしないように気をつけなさいね。 」
ふがふが言って喰らいついている娘に マダム・アルヌールはにこにこ顔だ。
「 ん〜〜〜 りんごとレーズン、だいすき〜〜〜
」
「 美味しくできてよかったわ。 今晩、ジャンにもとっておかなくちゃ。 」
「 お兄ちゃんね〜〜 かえってきたら ゆきうさぎ 作ってやるって! 」
「 まあ それはよかったわね〜 さて 晩ご飯の煮込みはどうかしら 」
母は娘の金髪を丁寧に撫でると キッチンに行ってしまった。
「 ん〜〜〜 オイシかったあ〜〜 あ 雪 ・・・? 」
娘は窓辺に駆け寄った。 背伸びをしてやっと高い窓わくからアタマがでた。
「 うんしょ ・・・ わあ〜〜〜 すご〜い・・ 真っ白ぉ〜〜〜 」
分け払ったカーテンの向こうには 白く霞んだ < 外 > が見えた。
先ほどは小降りだった雪が 今は雨のごとくに霏々と降り注いでいる。
「 すご〜〜い ・・・ きれい ・・・ あ〜〜 はやくお兄ちゃん、かえってこないかなあ〜〜
ゆきうさぎ だけじゃなくて、 スノウ・マン も作ってもらお♪ 」
窓ガラスはぴんぴんに冷えていたけれど 小さな娘はオデコを付けて熱心に外を眺めていた。
― あの日、 兄はゆきうさぎを作ってくれたか ・・・ もう忘れてしまった。
「 フランソワーズ〜〜〜 いつまで外を眺めているの〜 」
「 ・・・ え? 」
相部屋のカトリーヌに声をかけられ フランソワーズは我に返った。
「 冷えちゃうわよお〜 ねえ先にバス・ルームつかっていい?
」
「 ええ どうぞ あら もうこんな時間なのね 」
低くつぶやき、彼女はやっと窓辺に引っ張っていったイスから立ち上がった。
「 あ〜〜〜 あと一日ね! 長かったわあ〜〜〜 」
「 そうね ・・・ 」
バスルームの手前で カトリーヌはぱらぱら服を ― といってもジャージだが ― 脱ぎ始めた。
「 ねえ フランソワーズ? ご感想は? 」
「 え? なあに。 」
「 だから〜〜〜 初めて芯を踊った感想はいかが〜〜〜 」
「 後半の一日置きですもの、わたしはオマケっていうか ピンチ・ヒッターよ 」
「 あ〜ら そんなコト。 どんな理由があっても芯は 芯よ。 オデットさん? 」
「 や〜だ〜〜 その言い方〜〜〜 やめて〜〜 先生みたい〜〜 」
「 あは ・・・ そ〜だわね。 ムッシュウは 注文を付ける時っていつも 」
「 そ。 そこはもっと速く。 オデットさん ってね。 」
「 あはは ・・・ アレはね〜〜 嫌味よねえ〜〜 」
「 そうよ〜〜 普通にチビの頃みたいにストレートに怒鳴ってくれた方がず〜〜〜っと気が楽よ。 」
「 そうだ そうだ ・・・ あ お湯!! 出しっぱなし〜〜 」
カトリーヌは下着姿で バスルームに飛び込んだ。
「 うふふ ・・・ あ〜〜〜 ・・・ あと一日 ね。 千秋楽 か ・・・ 」
化粧台にもどってポーチを取り上げれば 白い封筒が顔をだす。
彼女はそっとその封筒を撫でる。
Mademoiselle Francoise Arnoul
かっきりとした筆跡で 自分の名前が書かれているが 差出人の名はないのだ。
「 ・・・ 本当に来てくれるの? 本当に あのヒトなの ・・・? 」
中にはごく普通のレター・ペーパーが一枚、何回も読み返した短い内容はとっくに暗記している。
「 千秋楽を観にゆきます ジョー ・・・ 本当に? 会えるってこと??
それとも ・・・ これは ― 」
ひやり、と冷たい感覚が背筋を這い上る。 彼が、 いや < 仲間 > が来る、ということは。
「 ・・・ そんなこと! いいえ ただ観光でたまたまこっちに来ているっていう ・・・
でもわざわざここまで来るかしら。 パリならまだわかるけど ・・・ 」
彼女たちは 地方公演の最中で中部フランスの地方都市まで来ていた。
「 ・・・ バレエ団宛に届いたけど ・・・ このホテルに滞在していることも知ってるのね
どうしても会いたいっていうことなの? 」
甘い期待を探そうとするけれど 後から後から浮かんでくるのはやはり暗い現実ばかりだ。
「 そんなこと ・・・! だって世の中はこんなに平和だわ!
どこだって皆 穏やかに暮らしているじゃない?? もう ・・・ サイボーグ戦士なんて
必要ないのよ!! ・・・ ねえ お願い、そうだよって言って ・・・ ジョー ・・・」
どん。 ドレッサーの上の手紙を叩いてしまった。
「 ・・・ いっけない! 聞こえたかしら ・・・
」
慌ててバスルームを窺ったが シャワーの音にまじってハナウタが聞こえるだけだ。
「 よかった ・・・ カトリーヌ、ご機嫌ね 」
ほっと吐息をついて フランソワーズは自分の明日の荷物を開けた。
「 えっと? ポアントは ・・・ もう一足、もって行こうかしら・・・
でも荷物よねえ・・・ ううん もしものことがあったら困るでしょう?
ジョー ・・・ ! 来てくれるの? わたしのオデット姫を見てくれる?
・・・ ジョー ・・・ ああ あのヒトと会いたい でも こ わ い ・・・ 」
明日へ準備を確認しつつも 想いはあの日 この日 へと飛んでゆく。
「 ・・・ ねえ ジョー。 覚えてる? あのお家での暮らし・・・ 楽しかったわ・・・
お買いものに行ったわね ・・・ あなたの国のストアはなんでもあって。
そうそう 雪のふる季節にもメロンが店に並んでいたわ 」
明日の終演後は チェック ・ アウトをしてパリに戻る。 その準備もしなければならない。
「 兄さん ・・・ 次はきっと見にきてね。 ああ お土産話がたっくさんになったわ。
なんだか面白そうなショコラを買ったわ。 おいしいお茶タイムにしましょう? 」
兄の顔を思い浮かべ ― 次第に あのヒト へと代ってゆく・・・
「 ・・・ ジョー ・・・ もっともっとおしゃべりしたかったわ ・・・
ねえ ジョー。 わたし、アナタのこと ちっとも知っていなかったの。
しばらくの間でも 一緒にひとつのお家で暮らしていたのに ・・・ わたし ・・・ 」
想い浮かぶのは 茶髪の彼のちょっとはにかんだ笑顔ばかり。
「 不思議 ね。 赤い服でスーパーガンを構えるアナタの姿、アタマに残っていないのね。
ジョーとの思い出は 皆楽しくてほんわかした気持ちだけに包まれているわ 」
会いたくて 会いたくて。 でも 会いたくない ・・・
ふうう ・・・・ ため息がひとつ。 重い視線がひとつ。
「 ! いっけない ・・・ 聞こえちゃったかしら ・・・ 」
不安な視線をバスルームに向けたが、 まだ水音が響いていて少し安心した。
「 ・・・さ。 ともかく荷物、纏めておかなくちゃ ・・・ 」
― バタン。 バスルームのドアが開き いい香が流れてきた。
「 ふぁ〜〜〜 お待たせ〜〜〜 フラン〜〜 」
カトリーヌが 部屋着をひっかけて出てきた。
「 カトリーヌ。 ゆっくり温まった? 」
「 ・・・ え〜 なに? あたたまる? 」
「 あ ・・・ いえ なんでもないわ。 リラックスできた? 」
「 う〜〜〜ん まあまあかな〜 あ ねえ フラン〜〜 傷テープ 持ってる?
マメが剥けちゃったよ〜〜 」
「 ええ ・・・ ほら これでいい? 」
「 メルシ〜〜〜 あれ スーツ・ケース?
・・・ あ そうよねえ 荷造りもしなくちゃねえ 帰るんだわねえ ・・・ 」
カトリーヌはドライヤーを取り出して 肩を竦めていている。
「 ええ ・・・ ホント、あっという間だったわね 」
「 そ〜ね〜〜 せっかく地方に来たのにな〜んの観光もできなかったわ 」
「 うふ ・・・ リハーサルと本番と あとは疲れ切ってベッドになだれ込んだだけ 」
「 そ〜よ〜〜〜 あ〜あ〜〜 ねえ? 明日の終演後、ちょっと繁華街のほうまで
行ってみない? 洒落たワイン・バーがあるんだって! 」
ずい、とカトリーヌは湿った髪のまま フランソワーズに身を寄せてきた。
「 おお カトリーヌ〜〜 知ってた? 明日は終演後 夜行バスでパリへ! 」
「 ・・・ 今 思い出した! う〜〜〜〜〜〜 ちょっと一杯飲みたい〜〜
ね? ルーム・サービス、頼んじゃおうか? 」
「 カトリーヌ〜〜〜 まだ明日、踊るのよぉ〜〜 」
「 ああ 急にチカラが抜けたわぁ ・・・ さすがね、オデット姫さんは 」
「 なに言ってるのよ? 体力的にはカトリーヌの方が大変じゃない?
1幕から4幕まで出ずっぱりでしょう? わたし、一幕は出番ないもの。 」
「 ・・・ うう ・・・ トロワ やって 大きな白鳥 やって スペイン やって
・・・トドメは終幕 白鳥達のコルフェ 〜〜 」
「 でしょ? ともかく今晩は大人しく優等生にベッドにで休みましょ。
」
「 ・・・ ううう ・・・ なにも言えないわ ・・・ 」
ベッドに潜り込む彼女をちらり、と見てからフランソワーズはバスルームに向かった。
( いらぬ注 : カトリーヌの出番は 一幕より、パ・ド・トロワ
二幕より 大きな白鳥達の踊り 三幕より 各国のおどり から スペインの踊り
そして 終幕では 白鳥達群舞の先頭 実際全幕フル出演もあります )
わ〜〜〜〜〜 ブラヴォ 〜〜〜 パチパチパチ 〜〜〜〜
人々の歓声が心地よい刺激となって 体中に突き刺さる。
王子役と蕩けるような笑みを交わしてから 客席に向かって優雅にレヴェランスを繰り返す。
「 ・・・ メルシ ・・・ 皆さま〜〜〜
あ り が と う ・・・ 」
最後の一言はあの懐かしい国の そして 彼の母国語。
客席を埋めた人々の誰一人にも理解されないだろうな と思いつつ彼女は顔を上げ、
二階の貴賓席へ蕩けるような笑みを見せた。
千秋楽 ― グラン・アダージョは 自分でも最高の踊りだった と思った。
「 ・・・・・・・・・・ 」
万雷の拍手に挨拶をしつつ 劇場中を見回した。 もうわかっていた。
二幕の途中で 彼の存在 に気がついた。 だから ― その後の踊りにはいっそう熱が入った。
ジョー ・・・! アナタを想って踊ったわ ・・・
ごく自然に その言葉が頭の中に浮かんでいた。
「 フランソワーズ〜〜 どうしたんだい、もう最高〜〜 」
「 え? 」
隣でやはり最高の笑顔と凛々しさで オデット姫 をリードしている王子が
ぼそ・・・っと呟いた。
「 君のさ、あんな眼差しって 初めてさ! 俺、興奮しちまった〜〜 」
「 うふふ・・・だから トウール・ザンレール が滅茶苦茶高かったのね♪ 」
「 そ〜いうこと。 次の公演は君とカトリーヌが芯だな〜 」
「 あら 嬉しい〜 メルシ〜〜 ジークフリート王子〜〜 」
何回もにこやかにレヴェランスをしつつ、二人は本当に幸福そうに囁きあっていた。
― でも。 アナタが 来た わ ・・・
喜びと一抹の不安がフランソワーズの笑顔の裏から這い上がってきていた。
雪は 降っていない。 あなたは 来たわ ・・・
*****************************
カツカツカツ ・・・! 軽やかな足音が近づいてくる。
「 ジョー 〜〜〜 ! 」
懐かしい声 そして 愛しい姿が ジョーに向かった駆けきた。
「 やあ ・・・ 」
ジョーはぎこちなく手をあげ 照れたみたいに微笑んだ。
「 ジョー! 見に来てくれたのね! 」
「 あ うん ・・・ 手紙 ・・・ 着いたかい。 」
「 ええ ちゃんと。 ジョーが見ててくれるから ― 踊れたの。 」
「 すごく ・・・ すごくよかった! ぼくなんかでもものすごく感動したよ。
あは ・・・ ちょっと妬けちゃったよ〜 」
「 妬ける? 誰に? 」
「 だって ・・・ あんなに熱い視線、絡ませて踊ってるんだもの。
あの王子のヤツ〜〜〜 決闘だ! って思っちゃった ・・・ あは ・・・ 」
「 ・・・ ジョー ありがとう! 誰に褒められるよりもアナタの言葉が一番うれしい・・・ 」
「 だって! 本気で本当に感動したんだ! きみは ・・・ ステキだ 」
「 ・・・ ジョー ・・・ 」
じっと見つめあっていたが どちらからともなく視線を外してしまった。
「 あ ・・・ あの? フランスへは観光で来たの? 」
「 ― フランソワーズ ・・・ 」
「 それとも お仕事かしら。 もし時間があるならパリをご案内する ・・・ 」
「 フランソワーズ。 」
ジョーの声音が代わり 彼はまっすぐに彼女を見た。
「 ・・・・・・ 」
碧い瞳が しっかりと彼を見つめ返した。
カツカツカツ ・・・・ 足音はどんどん遠ざかってゆく。
― 行ってしまった。 彼女の姿はすぐに夜の闇にまぎれてしまった。
ジョーの渡仏の本来の目的 ― 新たなる闘いへの参加要請 ― を聞くと フランソワーズは
きっぱりと言い切った。
あんまりだわ! わたしは絶対に行かないわ!
さようなら。 その言葉を残し、彼女は踵を返し去っていった。
ジョーは黙って見送った。 追う資格も説得する必要もない、とわかっている。
「 きみの人生なんだ。 決めるのは ― きみ だ ・・・
ぼくはきみがシアワセなら それで十分さ。 ああ それでいい ・・・ 」
彼も静かに歩み去った。
集合時間ぎりぎりに駆け付けたダンサーを含めバレエ団の一行はパリに戻った。
「 あれ ・・・ 雪 ? 」
「 ぶるる 〜〜〜 やっぱパリは冷える〜〜〜 」
「 ううう ・・・ 早くベッドに潜りこみたい〜〜 」
ダンサーたちは 疲れた顔でてんでに帰宅して行った。
― 雪 ・・・ 雪が 降るわ ・・・
フランソワーズもアパルトマンに戻った。 兄はまだ地方出張中だ。
「 お兄さん ・・・ ごめんなさい。 」
彼女は短い手紙を残し 再びアパルトマンを出て ― 空港に向かった。
ヴィ −−−− 微かな振動を感じさせつつ旅客機は高度を上げてゆく。
「 来て ・・・ しまったわ ・・・ 」
ジョーの隣の席で 亜麻色の髪の乙女は静かに涙を流した。
「 ありがとう フラン。 」
彼はそっと彼女の手に大きな手を重ねた。
「 あら。 買い被らないでね? わたしが 来たのは ・・・ 」
「 きみがきてくれたのは ・・・? 」
雪 だったから よ ・・・
ヨミへ! ― 彼らは最も悲惨は闘いに赴くことになる。
*************************
あの日 も 雪だった ・・・
踊りを捨てて 彼の後を追った日
平穏な日々を捨てて 赤い服の纏った日
俺との暮らしを捨てて 妹が行ってしまった日
雪が 降る あなたは きみは おまえは
雪が 降る ・・・ どこへゆくのだろう
雪が 降る あなたは きみは おまえは
シアワセ ですか?
********************************** Fin.
*****************************
Last updated : 02,10,2015.
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**************** ひと言 ****************
ヨミ前夜 って 大好きなんですね〜〜〜
あのお話の裏側では こ〜〜んな事情があった・・・りして?