『  雪の日に ― (1) ―  』

 

 

 

 

 

 

 

    雪が 降る    ひそやかに かろやかに 舞い落ちる

 

            雪が 降る    石畳の街に 海辺の町に  ― ワタシの心に

 

            雪が 降る    あのヒトは このヒトは  いない

   

            雪が ゆきが  ゆき  が   ふ る  ・・・・

 

 

 

  §  ジャン

 

 

   シャ ・・・・    カーテンを開けると 空は灰色に重く垂れこめていた。

 

「 ち・・・ !  なんて空だ  」

ジャンは悪態をついて ライターに手を伸ばした。

カチ カチ ッ  ―  深く吸いこんで一気に吐き出し やっとはっきり目が覚めた。

「 ふん ・・・  なんだ〜 雪かよ? 」

すっきりしたアタマでもう一度外をみれば 細かい雪が舞い始めていた。

灰色の空から それは不意に現れると音もなく霏々と地上へと落ちてゆく。

街の喧騒も車の音も ― そして人々の声も ・・・ すべてを包みこみ覆い隠す。

「 くっそ〜〜〜 どうりで冷えると思ってたんだ〜〜  なんてこった・・! 」

吐き捨てるように独り言をいい、慌ててヒーターのスイッチを入れた。

「 ・・・ 今年は雪が多いな ・・・ この前の雪、まだ裏道には残ってるのに 

 こりゃ この冬は寒いってことか  ふう ・・・」

曇った窓ガラスに紫煙が映り、ますます外はよく見えなくなった。

 

    雪 ・・・ か ・・・

 

ジャンは くぐもった空をぼんやりと見上げていた。

 

 

コドモの頃、雪の朝は本当に明るくてわくわくして家族で一番の早起きをした。 

なんの根拠もないのだが幸せの予感いっぱいだった。

なぜって ― 雪はいつだって楽しいコトをつれてきたから。

友達と雪投げをしながら 学校に行った。 母の編んでくれた手袋はしっかりと暖かく

指が凍えることもなかった。  マフラーがきっちり咽喉元を守ってくれた。

「 ジャーン!  早く行こうぜ〜〜 」

「 シモーン!  オレたち、校庭に一番のりさ! 

「 お兄ちゃ〜〜ん ・・・ 」

「 バカ、チビはウチにひっこんでろ〜〜  」

「 ゆき〜〜〜〜  ファンもおそとであそぶ〜〜  」

「 だめだよっ  チビ助は家で大人しくしてろよ〜〜  

「 あはは そうだ そうだ〜〜  早くゆこうぜ! 」

「 おう!  じゃな〜〜〜 ファン〜〜 

「 あ〜〜ん ・・・ お兄ちゃ〜〜〜ん 〜〜〜 

纏わりつく幼い妹の手を振り解き、少年は仲間と笑いあい 叫びあい ・・・

雪を跳ね飛ばし学校まで駆けていった。

教室のストーブには皆の手袋やら靴下がぶらさがった。いつもの教室とは違う場所みたいだった。

退屈な授業にも 今日はちょっとだけ聞く気分になれた。

 

   あ・・・ ファンのヤツ ・・・ ちょっとカワイソウだったかな〜

   うん! ウチに帰ったらゆきだるま つくってやろ!

 

テームをひねくりつつ 少年はチラっと窓の外を眺めたりしていた。

 

リセに通う頃になっても雪の日はなんとなくウキウキしていた。

家の前の道路までの雪掻きは 自分の仕事だったがそれも楽しかった。

「 おう ジャン。 上手くなったな!  」

「 パパ。 来年はスコップを買い替えた方がいいよ〜 

「 あ〜 ウチのは年季モノだかなあ〜  次の日曜にでも買いにゆくか。 」

「 いいよ〜 

「 ついでに自転車、見ような。 ちょっと早いがお前の誕生日プレゼントだ、ジャン。 」

「 うわ♪ メルシ〜〜 パパ! 」

「 おい?  母さんにはまだナイショだぞ? 」

「 わ〜〜かってるって♪ 」

父との会話も弾んだ。

「 お兄ちゃ〜〜ん 〜〜 

「 ファン!  気をつけろ〜〜 雪がないトコでも凍ってるからな! 

「 そう? ・・・ きゃっ〜〜 

「 ほら みろ〜〜  おい? 足、大丈夫か 」

「 ・・・ ウン ・・・ オシリ、いたい ・・・ 

「 気をつけろよ〜  バレリーナになるんだろ?  

「 ウン! ファンねえ〜 世界でいちばんのばれりーなになるの ! 

「 そんなら怪我に気をつけろよ。 ほらほら ・・・ 早く家の中にもどれ。 

「 ん 〜〜〜〜 」

「 学校から帰ったら 一緒に雪ダルマ、作ってやるから! 」

「 わあ〜〜い♪  」

「 ファン、気をつけて学校、行けよ 

「 ウン♪ 

大きく手を振る妹の笑顔は 雪の日の楽しみをますます大きくした。

 

人生で最高の < 雪の日 > は  ―  あの日だった ・・・ そう 間違いなく。 

「 ジャン!  一番厚いセーターとコート着ろ! 」

父は電話を置くなり 息子に向かって声を張り上げた。

「 パパ? どこへ行くの。 

「 ああ! 最高のシアワセに会いにゆくぞ〜〜  朝からずっと雪だからな〜 

 あったかくしておいで。 」

「 う   うん ・・・ 」

幼い息子は首を傾げつつ ぱたぱたと子供部屋に駆け上がって行った。

 

   トトトト ・・・!   軽い足音がすぐに戻ってきた。

 

「 ・・・ ぱ パパ!  じゅんびかんりょう〜〜! 」

「 お 早いなあ〜 ジャン、 なかなか感心だぞ。  」

「 えへ ・・・ ぼうしと まふら〜と てぶくろも だよ! ほら〜〜 」

「 うん うん それなら雪の中を走っても大丈夫だよな。 じゃ 行くぞ 

父はムスコの手を握って玄関のドアを開けた。

「 パパ  あの  パパ ・・・ 

「 うん? さあ〜〜〜 メトロの駅まで走るぞっ! 

「 う うん ・・・うわ〜〜 」

雪が降りしきる中 若い父親は幼い息子の手を引いて本気で駆けだした。

「 う うわわわ ・・・ 」

「 ?  おい 大丈夫か〜〜 ジャン ? 」

「 う  うん ・・・ けど 雪が・・・つめたい〜〜  

「 あ〜 かなり降ってきたなあ〜〜  よし! 」

父はムスコの前に屈みこんだ。

「 パパ? 」

「 ほら パパの背中にくっつけ〜〜  」

「 うん!! 」

「 いいか?  さあ〜〜 走るから〜〜しっかり齧り付いていろよ!? 」

「 うん !!」

息子を背中に張り付けて 父親はまたまた本気で走りだした。

「 〜〜〜 ジャン!? 大丈夫か ?? 

「 ぱ〜ぱ〜〜〜〜 すごい〜〜〜〜〜〜  

「 あはは〜〜〜 だって最高の日だものな〜〜〜 

「 さいこう?  パパ どこにゆくの? 」

「 だから〜 最高の幸せに会いにゆくのさ。 」

「 ?  ・・・ あ ママンのとこ? 」

「 そうさ。 ママンと そして  ―  女の子だぞ〜〜〜〜 

「 オンナノコ? 

 

    そうだよ。 ジャン、 俺の娘さ。 お前の妹だ!  

 

父は歓喜の叫びをあげると いっそう速度を上げて走ってゆくのだった。

 ― そして深々の雪が降り続く日、 アルヌール家に天使が一人、加わった。

雪は やっぱりジャンにとってシアワセのしるしだった。

 

 

 ふぅ 〜〜〜〜 ・・・・  もうかなり煙が満ちている天井にもう一筋、紫煙が立ち上った。

「 ふん ・・・ 雪ってヤツは ・・・ こうして家の中から眺めている分には

 結構なんだがなあ  ・・・ ま 滅多にねえからなあ ・・・ 」

吸い差しをアシュ・トレイに捻り、窓の外を眺めた。 ガラスの向こうは曇っていてよくみえない。

「 ち ・・・ 掃除 してねえもんなあ 〜  」

ちょいと指先でガラスを拭ってみたが 冷たいだけで外の景色は相変わらず曇ったままだ。

「 なんだあ〜〜?  そんなに汚れてるってか ・・・ 

仕方ない、と肩を竦め 彼は窓をほんの細めに開けた。

 

    ひゅるん ・・・  途端に冷気が飛び込んできた。

 

「 うわ ・・・ ん?  ああ ガラスが曇ってるのじゃないのか ・・・

 ずいぶん降ってるなあ・・・ 雪のカーテンが降りてきてるのか・・・ 」

外は深々と ただ 深々と 雪が落ちてきていた。

「 ・・・ こりゃ 積るな。  晩飯・・・ なにかあったか ・・・ 」

ジャンは面倒くさそうにキッチンまでゆき 冷蔵庫を覗いた。

「 ・・・ あちゃ ・・・ ヤバいぜ〜〜 これじゃ餓死するぞ? 

 しゃ〜ね〜なあ 完全に降り込められる前に買い出しに行っとくか。 」

悪態をつきつつ オーヴァーを羽織り財布をポケットにねじ込んだ。

 

  ―  ん ・・・?   

 

玄関のドアの前で ほんの少しだが耳を澄ませてしまう。 ほんの一瞬なのだが・・・

それはいつの間にか 彼の習慣になっていた。

 

   だってなあ ―  ああ アイツが突然戻ってきたのも こんな雪の日だったんだ

 

 

あの日も 朝から雪だった。 

 

「 う〜〜〜 なんだって非番の日に限ってこんな天気なんだ〜〜〜 」

ジャンはぶつぶつ言いつつ 空を睨んだ。

空軍の現役から嘱託に回ったが それなりに多忙ではやり休みは待ち遠しかった。

 

   ふん ・・・  忙しい方がありがたいが な ・・・

   もう 忘れろ、ということなのか ―

 

灰色の空からは 際限もなく細かい白い粒が落ち続けてくる。

白い粒は地上を蓋い 木々を覆い 建物の輪郭を丸くしてゆき 見慣れたはずの街が

いつの間にか消えてゆくのだ。

 ― そう ・・・ 彼の妹も < 消えた >  それも彼の目の前で。

消えた のではない、 < 消し去られた > ・・・ ごく普通の世界から 当たり前の日々から 

彼女の存在は突然と奪い去られてしまった。

 

あの日から もう何年経ったのだろう。  

ジャンは深いため息をはき 窓から離れた。 

 

   なぜ 俺は生きているんだろう ・・・

   なぜ 正気で当たり前に日々を送っていられるのだろう 

   なぜ  なぜ  なぜ 

 

そんな自問自答をため息で濁すことにも慣れてしまった。

「 − コーヒーでもいれるか 」

のろのろとキッチンにゆきケトルをガス台にかけた時 ―

 

   トン トン ・・・ トン ・・・  

 

「 ?  あ〜 風が出てきたのか〜〜  ったくこのアパルトマン、老朽化だぜ・・・

 最上階なのにドアが風でドアが軋むんだものなあ 」

ガスに火をつけると ほんの少し温まる気分がした。

「 ・・・ この部屋 引き払う か。 どこか他所の街に移る か ・・・  うん? 」

 

   トン トン ・・・ トン ・・・

 

ドアの音はまた続いている。

「 煩いな ・・・ イスでも立てかけておくか。     え? 」

ドアに近づいた時 彼の耳に届いたのは。

 

   兄さん 開けて。 わたし よ ・・・ 兄さん ・・・

 

「 !!!!   ・・・・ ! 」

ジャンはドアに飛びつくと 躊躇なく大きく開け放った。  そこには ― 

 

    フランソワーズ !?

 

    お兄さん ・・・ !!

 

 そう ―  あの雪の日、数年ぶりに妹は突然ふらり、と戻ってきた。 

「 ・・・ なにも聞かないのね 」

「 言いたくないのなら言わなくていい。 俺は お前がここにいるだけで十分だ。 」

「 ! ・・・ジャン兄さん ・・・! 」

兄妹でただ ただ 抱きしめあった。 そして それで十分だった。

その日から ごく当たり前の兄と妹の生活が始まった。 < あの日 > までと変わることなく。

 

 

「 帰ったぞ〜〜 」

毎晩 ドアの前で声かける時がジャンにとって一番幸せな瞬間だった。

「 兄さん  お帰りなさい!  

どんなに遅くなっても ドアは軋みつつ開き妹の笑顔が待っていた。

「 お疲れさま〜〜  ねえ  < タダイマ > って言ってみて? 」

「 タダイマ??  なんだ それ。 

「 あのね、 家に帰ってきた時の挨拶なの。  ほんとうはね〜  只今帰りました  なんだって。 

でもね みんな言うのよ〜 玄関のドアをあけて ・・  ただいま   って 」

妹は笑いを含みつつ少し遠くを眺めている。

「 へええ??? でも そりゃ何語かい? 中国語かチベット語か?? 」

「 日本語よ!  ねえ いいと思わない?  ただいま って言われたら家に居る人はね

 ちゃんと顔を見て   お帰りなさい   って返事するのよ。 」

「 は〜〜ん??? 家族の間で かあ?? 

「 そうよ。 これは同じ家に住む家族同士の < ご挨拶 > なのよ。 

「 な〜んで家族で挨拶 するんだ? 」

「 あら ・・・ 気持ちいいじゃない? 帰宅する時ものね〜 なんか タダイマ っていうと 

あ〜〜〜〜 ウチに帰ってきたな〜〜〜って気分になれるでしょ 

「 そんなモンかね〜〜 

「 そんなモンなの!  だから〜〜 兄さんも言ってね ! 」

「 へいへい ・・・ 」

言いだしたら聞かないのは 妹のチビのころからのこと・・・ 兄は肩を竦めて苦笑する。

すぐにキッチンから良い香が漂ってくる。

「 ふんふ〜〜〜ん ・・・ 煮込み か? 」

「 ええ  もうすぐ温まるわ〜〜 ねえ 手を洗ってきて〜〜〜 」

「 はいよ ・・・ あ〜〜 うるせ〜〜 」

「 なんか いった?? 」

「 いや なにも。 

「 だったら早く〜〜 わたしもお腹 ぺこぺこなの〜〜〜 

「 え。  なんだ〜〜 ファン、先に食べてろよ 〜 」

「 だって。  一緒に食べた方がオイシイでしょ? ねえねえ〜〜 早く手を洗ってきてよ?

 今日の ラタントゥイユはちょっと自信作なの〜〜 」

「 へいへい・・・ 」

兄は ほうほうの態でバス・ルームに行った。

食事の間もとりとめのないおしゃべが続く。 

 ふうん・・・ と 軽く聞き流しつつもやはり賑やかなのはいいな と思う。

 

    はは。 相変わらずだなあ ・・・ ちっちゃな・ファン のまんまだ 

 

平凡にそして穏やかに。  兄妹はごく当たり前の日常に埋もれ静かに暮らした。

「 ねえ 聞いて! 次の舞台でソロをもらったわ! 」

「 地方への旅公演のメンバーに入れたの。  うん、オルレアン。 行っていいでしょ? 」

妹は すぐに踊りの世界へと戻り、着実に腕を上げていった。

頬を染めての報告に 兄も共に喜んでくれた。

「 ほう〜〜 頑張れよ〜〜 都合ついたら観にゆくぞ。 」

「 ありがと!  あ ・・・ でも演習とか・・・あるよね? 」

「 あ〜 だいたい普通の時間帯の勤務だから。 お前のステージには間に合うさ。 」

「 兄さん ・・・ 仕事 ・・・ 飛行機に乗っていないの? 」

ある日、夕食の席で妹はすこしためらいつつ 尋ねた。

「 〜〜〜〜 これ 美味いなあ・・・  え なんだって? 」

「 だから ・・・ 兄さんの仕事のこと。 」

「 ああ。  現役パイロットは卒業した。 一応空軍に籍はあるが嘱託ってとこだな。 」

「 え ・・・ 飛んでいないの? 」

「 まあ な。 もうトシだし〜〜 」

「 冗談はやめて。 真面目に聞いているのよ、わたし 」

「 ― だから 操縦桿はもう握っていない。 時間的に制約が多かったし な 」

「 ・・・!  それって ・・・わたしのせい?  

 わ わたしが ・・・ 行方不明になったから ・・・? 」

「 ば〜か お前はお前の信じる道をゆけよ。 俺は飛ばなくてもいいんだ。 」

「 ・・・ 兄さん ・・・ 

「 だから。  たとえどんなコトがあっても 幸せめざして進んでゆけ。 いいな。」

「 兄さん  それって ・・・ 」

「 ともかく。 そういうことさ。  ― 好きなヤツにはしっかりとついてゆけ。 」

「 ・・・・ 」

妹は一言も発せずにただ こくん、と頷くのだった。

 

    ああ  ・・・ いつかまた 行くんだな 

 

理由もなくそんな気がした。 実際妹は彼の目の前にいるし、これからの予定なども

ちゃんと話してくれている。

 

    けど。 いいんだ。 お前がシアワセになるのなら。

    俺は いつだって祝福して送りだしてやるよ ・・・!

 

「 あ〜〜〜 美味かった。 ファン、料理の腕 あげたな〜〜 」

「 うふふ ・・・ 実はね〜 中華料理の達人にね、レクチュアしてもらって・・・

 っていうか〜 鍛えてもらったのよ。 」

「 ふうん ・・・ あは 俺、太っちまうぜ 」

「 兄さん 少し太った方がいいわ。 当分しっかり食べてもらいますからね? 」

「 うひゃあ〜〜 」

他愛ないやりとりに笑い合う・・・ そんなひと時を二人は心から楽しんでいた。

 ― そして 雪になりそうなじくじくと冷え込む夜 彼女は再び行ってしまった。

たった一枚の紙を残して。

 

    Au revoir  ・・・ !  Francoise

 

「 そっか ・・・うん  シアワセを掴め。 ファン ・・・! 」

 

  ひやり となにかがジャンの頬に触れた。

 

「 ?  ・・・ ああ  とうとう降りだしたか ・・・

 ファン ― お前は お前の意志で行ったんだな? お前はお前のシアワセに向かって

 出発したんだな?  それなら ―  いいさ。  」

彼がいつも耳を澄まし聞きたいのは 彼女がシアワセへと出発する足音。

 

 

       雪が 降る    彼女は 駆けてゆく 

 

 

 

  §  ジョー

 

 

雪は 嫌いだった。  コドモの頃から ずっと。

 

「 ・・・ジョー?  」

「 ええ あの・・・ 教会の前で保護した子供です。

「 ・・・ ああ!  あの雪の日に捨てられてた子ね? 」

「 いえ 保護したのです。 マリア像の前で 」

「 あ は そうですねえ〜  で 母親については? 」

「 ・・・・ 」

それ以上 神父様の声は聞き取れなかった。

小学生のころ、当番で廊下の掃除をしている時に 神父様の部屋からこぼれてきた言葉 ・・・

聞くつもりじゃなかったし オトナの話なんかに興味はなかった。

 ― けど。   < ジョー > という発音に ふいに耳が傾いた。

 

   なに !? ぼ ぼくの こと ??

   あ。  もしかしたら ・・・ 誰かが迎えにきてくれたのかも??

 

彼は全身が耳になって 箒なんか放り出してドアの側に立っていた。

「 ・・・・・? ・・・ 」

「 ・・・。  ・・・! 」

客人と神父様は なにやらぼそぼそ・・・低い声で話を始めてしまった。

 

   !? ちぇ〜〜〜 全然きこえない〜

   ま いっか〜〜 大事なコトなら神父様が後で教えてくれるよ 

 

ジョーはとっとと廊下の掃除をすませ、裏庭へと遊びに出ていったのだが。

 

   あの雪の日に捨てられていたコね?  

 

あの時漏れ聞こえた言葉の中でなぜか今でも鮮明に覚えている。

いや ―  忘れたくて わざと覚えていない振りもしたけれど ― あの数語は

いつもいつも 彼の心の底で陰鬱に響いている。

 

      ― 雪の日に 捨てられてたコ ね?

 

捨てられてた ・ 子  ―  それが彼、島村ジョーの本当に姿なのか・・?

 

「 捨てられた? ううん ちがうよ。 ぼくはこの教会に預けられたんだって

 神父さまはおっしゃったもの。  お母さんはきっといつか迎えにきてくれるもん! 」

ジョーは幼い心で自分自身に言い聞かせていた。

彼は固く信じていたけれど ― < あの声 > を忘れることもできなかった。

ただ  雪の日 はキライだった。

払っても払っても纏わりつくクセに アタマに肩に落ちればたちまち水となってじくじくと

冷たく浸み込んでくる。

 

   雪だあ〜〜〜〜   あはは あはは〜〜〜 もっと降れぇ〜〜〜 

 

単純に喜んで雪まみれになっている施設の仲間たちを 醒めた目で見ていた。

中学生になった時 ― つまりはもう当てもなく < 迎えにきてくれる > ヒトを

まつことはなくなった頃、彼は意を決して神父様に尋ねた。

 

    ぼくは捨て子だったのですか?   

 

彼の真摯な問いに神父様はしっかりと対峙してくれた。

「 私も本当のことはわかりません。  ただ ・・・ ジョー、君のお母さんは

 必死の想いで君をここまでつれてきました。 そして マリア様に君を託したのです。 」

「 ・・・ やっぱり 捨てられてたんだ ・・・ 

「 それは違います、ジョー。  君のお母さんは最後まで君のことを護ろうとしていました。

 

     君はお母さんの手で ここに預けられた子供なんだよ   」

 

「 ― 神父様 ・・・ ! 」

「 捨てられた子供なんて この世に一人もいません。 皆 神様の子供なのですから。

 君のお母さんは最後の最後まで 君のことだけを考えていたのですよ。 」

「 ・・・ ぼ ぼくの お かあさん ・・・は 」

「 そして ジョー、 君は愛された子供なんです。 」

「 し 神父 さ ま    ぼく ぼく ・・・ 」

ジョーは 久しぶりに育ての親の膝で泣いた。

 

  それなのに。    彼はその人を殺めたと疑われてしまい その結果

・・・ 彼は信じられない運命の暴風雨にもみくちゃにされた。

 

 

 ― そして

 

  ひらり ・・・  ひら ・・・ なにか冷たいものが宙を舞っている。

 

「 ?  ・・・ああ  雪  か ・・・ 」

ジョーはふと顔をあげた。  家への坂道をたどっていたので足元に視線が落ちていたのだ。

「 ふうん?  ここいら辺じゃあ珍しいなあ  でもすぐに止むさ ・・・ 」

たいして興味も示さず 歩みを止めることもない。

「 でも冷えるかな ・・・ 暖房の温度、上げておくか ・・・ 」

 

   ひら  ひら  ひらり    次第に白い粒は増えてきた。

 

「 ・・・ 積るほどじゃない。  ああ やっぱり雪は好きになれないな 」

 

   ひらり ひらひら ・・・  

 

舞う白いものの向こうには哀しい思い出しか見えないのだから。

 

 

 

  ひらひら  ひらひら ・・・  あの時もこんな風に軽やかに宙を舞うものがあった。

 

「 わあ〜〜〜 賢い犬だね〜〜〜 」

「 ホント! ちゃんと算数ができるのね 

「 ひえ〜〜 お前よかアタマいいんでね? 」

「 ・・・ 偶然だよ! 」

わいわいがやがや・・・賑やかな人垣の外に ジョーはぼうっと立っていた。

輪の中心には < 天才・学者犬 > が 計算をしたり英単語のカードを選んだりして

人々の喝采を受けていた。

 

   ふうん ・・・ あ? あそこに仔犬がいる! 

   かっわいいなあ〜〜〜  

   あは ・・・ 花びらにじゃれてる〜〜

   お〜〜い ・・・ チビ助〜〜〜

 

肝心の見世物よりも ジョーは隅っこにチョコンと座っている仔犬に目を魅かれていた。

雪みたいに春の花が散りしきる中 彼はなぜか <仲間> をみつけた気分だった。

 

  ひらひら  ぱさり  ぱさり ・・・ あの時もあんな風に舞い落ちるものがあった。

 

「 !  ひどい ・・・! これは事故じゃないぞ。 」

色づいた葉が落ちる中、あの仔犬は両親と飼い主を轢き殺され ― 泣いていた。

「 ・・・ おいで。  ああ お前も怪我をしている ・・・ 手当しなくちゃ。

 ウチにおいで。 一緒に暮らそう!  」 

ジョーは仔犬を抱き上げると ジャンパーの中に隠しそっと家につれて帰った。

 

  ひらひら  ひら  ひら  ・・・  その時もそんな風に降っていた 雪 が。

 

心を許し心を通わせあった相棒は ジョーの腕の中で逝った。

ジョーが育て ジョーが愛し ジョーを愛した 相棒を ジョーは自身の手で始末した。

動かなくなった相棒の身体を抱えて慟哭するジョーに  雪が降り注いだ。

 

   ・・・ ああ  ああ  また  雪 ・・・・ だ!

   雪なんか  嫌いだ・・っ!

 

   雪は ぼくから愛を取り上げて ぼくを独りぼっちにするよ

   ・・・  雪なんか  雪なんか ・・・ 大嫌いだ!! 

 

彼が愛し彼を愛した相棒を失い ジョーは再びひとりになってしまった。

 

今 共に一つ屋根に暮らす人々は いる。

けれど それは一緒に生活をしているだけだ。 

 

   ・・・ フランって。 ぼくのコト・・・どう思っているのかな

   ここにいるんだ ぼくはずっと。

 

ひらり  ひらひら ・・・  穏やかな海に大きな雪が落ちてゆく。

温暖なこの地域のことだ、雪はすぐに止むだろう。

「 ・・・ 暖房を強くして そうだ、裏の温室も見ておかなくちゃ。

 買い物はしてきたし ・・・ あ。 イワンのミルク、まだ大丈夫だっけか ・・・ 」

フランソワーズに確かめておかなくちゃな ・・・ と呟きつつ ジョーは坂道を上がってゆく。

 「 ここから電話しちゃお。  ・・・ あ〜〜 フラン? 」

彼は立ち止まって携帯を弄る。

「 ・・・ あ  うん ぼく。 イワンのミルクだけど まだある? 

 ・・・ うん  うん ・・・わかった。  なにか買う物 ある?  あ〜わかった 」

ちょいと肩を竦め 彼はまた歩きだした。

 

   ふう ・・・ オンナノコってよくわかんないなあ〜〜

   

 

     雪が 降る    彼は まだ独り

 

 

 

Last updated : 02,03,2015.                    index        /       next

 

 

 

********  途中ですが

う〜〜〜 短くてすみません〜〜〜〜 <m(__)m>

原作・ジャン兄 に 平ジョー・・・っつ〜

めちゃくちゃな組み合わせで またまた <m(__)m>