『 雪の日に ― (1) ― 』
雪が 降る ひそやかに かろやかに 舞い落ちる
雪が 降る 石畳の街に 海辺の町に ― ワタシの心に
雪が 降る あのヒトは このヒトは いない
雪が ゆきが ゆき が ふ る ・・・・
§ ジャン
シャ ・・・・ カーテンを開けると 空は灰色に重く垂れこめていた。
「 ち・・・ ! なんて空だ 」
ジャンは悪態をついて ライターに手を伸ばした。
カチ カチ ッ ― 深く吸いこんで一気に吐き出し やっとはっきり目が覚めた。
「 ふん ・・・ なんだ〜 雪かよ? 」
すっきりしたアタマでもう一度外をみれば 細かい雪が舞い始めていた。
灰色の空から それは不意に現れると音もなく霏々と地上へと落ちてゆく。
街の喧騒も車の音も ― そして人々の声も ・・・ すべてを包みこみ覆い隠す。
「 くっそ〜〜〜 どうりで冷えると思ってたんだ〜〜 なんてこった・・! 」
吐き捨てるように独り言をいい、慌ててヒーターのスイッチを入れた。
「 ・・・ 今年は雪が多いな ・・・ この前の雪、まだ裏道には残ってるのに
こりゃ この冬は寒いってことか ふう ・・・」
曇った窓ガラスに紫煙が映り、ますます外はよく見えなくなった。
雪 ・・・ か ・・・
ジャンは くぐもった空をぼんやりと見上げていた。
コドモの頃、雪の朝は本当に明るくてわくわくして家族で一番の早起きをした。
なんの根拠もないのだが幸せの予感いっぱいだった。
なぜって ― 雪はいつだって楽しいコトをつれてきたから。
友達と雪投げをしながら 学校に行った。 母の編んでくれた手袋はしっかりと暖かく
指が凍えることもなかった。 マフラーがきっちり咽喉元を守ってくれた。
「 ジャーン! 早く行こうぜ〜〜 」
「 シモーン! オレたち、校庭に一番のりさ! 」
「 お兄ちゃ〜〜ん ・・・ 」
「 バカ、チビはウチにひっこんでろ〜〜 」
「 ゆき〜〜〜〜 ファンもおそとであそぶ〜〜 」
「 だめだよっ チビ助は家で大人しくしてろよ〜〜
」
「 あはは そうだ そうだ〜〜 早くゆこうぜ! 」
「 おう! じゃな〜〜〜 ファン〜〜 」
「 あ〜〜ん ・・・ お兄ちゃ〜〜〜ん 〜〜〜 」
纏わりつく幼い妹の手を振り解き、少年は仲間と笑いあい 叫びあい ・・・
雪を跳ね飛ばし学校まで駆けていった。
教室のストーブには皆の手袋やら靴下がぶらさがった。いつもの教室とは違う場所みたいだった。
退屈な授業にも 今日はちょっとだけ聞く気分になれた。
あ・・・ ファンのヤツ ・・・ ちょっとカワイソウだったかな〜
うん! ウチに帰ったらゆきだるま つくってやろ!
テームをひねくりつつ 少年はチラっと窓の外を眺めたりしていた。
リセに通う頃になっても雪の日はなんとなくウキウキしていた。
家の前の道路までの雪掻きは 自分の仕事だったがそれも楽しかった。
「 おう ジャン。 上手くなったな! 」
「 パパ。 来年はスコップを買い替えた方がいいよ〜 」
「 あ〜 ウチのは年季モノだかなあ〜 次の日曜にでも買いにゆくか。 」
「 いいよ〜 」
「 ついでに自転車、見ような。 ちょっと早いがお前の誕生日プレゼントだ、ジャン。 」
「 うわ♪ メルシ〜〜 パパ! 」
「 おい? 母さんにはまだナイショだぞ? 」
「 わ〜〜かってるって♪ 」
父との会話も弾んだ。
「 お兄ちゃ〜〜ん 〜〜 」
「 ファン! 気をつけろ〜〜 雪がないトコでも凍ってるからな! 」
「 そう? ・・・ きゃっ〜〜 」
「 ほら みろ〜〜 おい? 足、大丈夫か 」
「 ・・・ ウン ・・・ オシリ、いたい ・・・ 」
「 気をつけろよ〜 バレリーナになるんだろ?
」
「 ウン! ファンねえ〜 世界でいちばんのばれりーなになるの ! 」
「 そんなら怪我に気をつけろよ。 ほらほら ・・・ 早く家の中にもどれ。 」
「 ん 〜〜〜〜 」
「 学校から帰ったら 一緒に雪ダルマ、作ってやるから! 」
「 わあ〜〜い♪ 」
「 ファン、気をつけて学校、行けよ 」
「 ウン♪ 」
大きく手を振る妹の笑顔は 雪の日の楽しみをますます大きくした。
人生で最高の < 雪の日 > は ― あの日だった ・・・ そう 間違いなく。
「 ジャン! 一番厚いセーターとコート着ろ! 」
父は電話を置くなり 息子に向かって声を張り上げた。
「 パパ? どこへ行くの。 」
「 ああ! 最高のシアワセに会いにゆくぞ〜〜 朝からずっと雪だからな〜
あったかくしておいで。 」
「 う うん ・・・ 」
幼い息子は首を傾げつつ ぱたぱたと子供部屋に駆け上がって行った。
トトトト ・・・! 軽い足音がすぐに戻ってきた。
「 ・・・ ぱ パパ! じゅんびかんりょう〜〜! 」
「 お 早いなあ〜 ジャン、 なかなか感心だぞ。 」
「 えへ ・・・ ぼうしと まふら〜と てぶくろも だよ! ほら〜〜 」
「 うん うん それなら雪の中を走っても大丈夫だよな。 じゃ 行くぞ 」
父はムスコの手を握って玄関のドアを開けた。
「 パパ あの パパ ・・・ 」
「 うん? さあ〜〜〜 メトロの駅まで走るぞっ! 」
「 う うん ・・・うわ〜〜 」
雪が降りしきる中 若い父親は幼い息子の手を引いて本気で駆けだした。
「 う うわわわ ・・・ 」
「 ? おい 大丈夫か〜〜 ジャン ? 」
「 う うん ・・・ けど 雪が・・・つめたい〜〜
」
「 あ〜 かなり降ってきたなあ〜〜 よし! 」
父はムスコの前に屈みこんだ。
「 パパ? 」
「 ほら パパの背中にくっつけ〜〜 」
「 うん!! 」
「 いいか? さあ〜〜 走るから〜〜しっかり齧り付いていろよ!? 」
「 うん !!」
息子を背中に張り付けて 父親はまたまた本気で走りだした。
「 〜〜〜 ジャン!? 大丈夫か ?? 」
「 ぱ〜ぱ〜〜〜〜 すごい〜〜〜〜〜〜
」
「 あはは〜〜〜 だって最高の日だものな〜〜〜 」
「 さいこう? パパ どこにゆくの? 」
「 だから〜 最高の幸せに会いにゆくのさ。 」
「 ? ・・・ あ ママンのとこ? 」
「 そうさ。 ママンと そして ― 女の子だぞ〜〜〜〜 」
「 オンナノコ? 」
そうだよ。 ジャン、 俺の娘さ。 お前の妹だ!
父は歓喜の叫びをあげると いっそう速度を上げて走ってゆくのだった。
― そして深々の雪が降り続く日、 アルヌール家に天使が一人、加わった。
雪は やっぱりジャンにとってシアワセのしるしだった。
ふぅ 〜〜〜〜 ・・・・ もうかなり煙が満ちている天井にもう一筋、紫煙が立ち上った。
「 ふん ・・・ 雪ってヤツは ・・・ こうして家の中から眺めている分には
結構なんだがなあ ・・・ ま 滅多にねえからなあ ・・・ 」
吸い差しをアシュ・トレイに捻り、窓の外を眺めた。 ガラスの向こうは曇っていてよくみえない。
「 ち ・・・ 掃除 してねえもんなあ 〜 」
ちょいと指先でガラスを拭ってみたが 冷たいだけで外の景色は相変わらず曇ったままだ。
「 なんだあ〜〜? そんなに汚れてるってか ・・・ 」
仕方ない、と肩を竦め 彼は窓をほんの細めに開けた。
ひゅるん ・・・ 途端に冷気が飛び込んできた。
「 うわ ・・・ ん? ああ ガラスが曇ってるのじゃないのか ・・・
ずいぶん降ってるなあ・・・ 雪のカーテンが降りてきてるのか・・・ 」
外は深々と ただ 深々と 雪が落ちてきていた。
「 ・・・ こりゃ 積るな。 晩飯・・・ なにかあったか ・・・ 」
ジャンは面倒くさそうにキッチンまでゆき 冷蔵庫を覗いた。
「 ・・・ あちゃ ・・・ ヤバいぜ〜〜 これじゃ餓死するぞ?
しゃ〜ね〜なあ 完全に降り込められる前に買い出しに行っとくか。 」
悪態をつきつつ オーヴァーを羽織り財布をポケットにねじ込んだ。
― ん ・・・?
玄関のドアの前で ほんの少しだが耳を澄ませてしまう。 ほんの一瞬なのだが・・・
それはいつの間にか 彼の習慣になっていた。
だってなあ ― ああ アイツが突然戻ってきたのも こんな雪の日だったんだ
あの日も 朝から雪だった。
「 う〜〜〜 なんだって非番の日に限ってこんな天気なんだ〜〜〜 」
ジャンはぶつぶつ言いつつ 空を睨んだ。
空軍の現役から嘱託に回ったが それなりに多忙ではやり休みは待ち遠しかった。
ふん ・・・ 忙しい方がありがたいが な ・・・
もう 忘れろ、ということなのか ―
灰色の空からは 際限もなく細かい白い粒が落ち続けてくる。
白い粒は地上を蓋い 木々を覆い 建物の輪郭を丸くしてゆき 見慣れたはずの街が
いつの間にか消えてゆくのだ。
― そう ・・・ 彼の妹も < 消えた > それも彼の目の前で。
消えた のではない、 < 消し去られた > ・・・ ごく普通の世界から 当たり前の日々から
彼女の存在は突然と奪い去られてしまった。
あの日から もう何年経ったのだろう。
ジャンは深いため息をはき 窓から離れた。
なぜ 俺は生きているんだろう ・・・
なぜ 正気で当たり前に日々を送っていられるのだろう
なぜ なぜ なぜ
そんな自問自答をため息で濁すことにも慣れてしまった。
「 − コーヒーでもいれるか 」
のろのろとキッチンにゆきケトルをガス台にかけた時 ―
トン トン ・・・ トン ・・・
「 ? あ〜 風が出てきたのか〜〜 ったくこのアパルトマン、老朽化だぜ・・・
最上階なのにドアが風でドアが軋むんだものなあ 」
ガスに火をつけると ほんの少し温まる気分がした。
「 ・・・ この部屋 引き払う か。 どこか他所の街に移る か ・・・ うん? 」
トン トン ・・・ トン ・・・
ドアの音はまた続いている。
「 煩いな ・・・ イスでも立てかけておくか。 え? 」
ドアに近づいた時 彼の耳に届いたのは。
兄さん 開けて。 わたし よ ・・・ 兄さん ・・・
「 !!!! ・・・・ ! 」
ジャンはドアに飛びつくと 躊躇なく大きく開け放った。 そこには ―
フランソワーズ !?
お兄さん ・・・ !!
そう ― あの雪の日、数年ぶりに妹は突然ふらり、と戻ってきた。
「 ・・・ なにも聞かないのね 」
「 言いたくないのなら言わなくていい。 俺は お前がここにいるだけで十分だ。 」
「 ! ・・・ジャン兄さん ・・・! 」
兄妹でただ ただ 抱きしめあった。 そして それで十分だった。
その日から ごく当たり前の兄と妹の生活が始まった。 < あの日 > までと変わることなく。
「 帰ったぞ〜〜 」
毎晩 ドアの前で声かける時がジャンにとって一番幸せな瞬間だった。
「 兄さん お帰りなさい!
」
どんなに遅くなっても ドアは軋みつつ開き妹の笑顔が待っていた。
「 お疲れさま〜〜 ねえ < タダイマ > って言ってみて? 」
「 タダイマ?? なんだ それ。 」
「 あのね、 家に帰ってきた時の挨拶なの。 ほんとうはね〜 只今帰りました なんだって。
でもね みんな言うのよ〜 玄関のドアをあけて ・・ ただいま って 」
妹は笑いを含みつつ少し遠くを眺めている。
「 へええ??? でも そりゃ何語かい? 中国語かチベット語か?? 」
「 日本語よ! ねえ いいと思わない? ただいま って言われたら家に居る人はね
ちゃんと顔を見て お帰りなさい って返事するのよ。 」
「 は〜〜ん??? 家族の間で かあ?? 」
「 そうよ。 これは同じ家に住む家族同士の < ご挨拶 > なのよ。 」
「 な〜んで家族で挨拶 するんだ? 」
「 あら ・・・ 気持ちいいじゃない? 帰宅する時ものね〜 なんか タダイマ っていうと
あ〜〜〜〜 ウチに帰ってきたな〜〜〜って気分になれるでしょ 」
「 そんなモンかね〜〜 」
「 そんなモンなの! だから〜〜 兄さんも言ってね ! 」
「 へいへい ・・・ 」
言いだしたら聞かないのは 妹のチビのころからのこと・・・ 兄は肩を竦めて苦笑する。
すぐにキッチンから良い香が漂ってくる。
「 ふんふ〜〜〜ん ・・・ 煮込み か? 」
「 ええ もうすぐ温まるわ〜〜 ねえ 手を洗ってきて〜〜〜 」
「 はいよ ・・・ あ〜〜 うるせ〜〜 」
「 なんか いった?? 」
「 いや なにも。 」
「 だったら早く〜〜 わたしもお腹 ぺこぺこなの〜〜〜 」
「 え。 なんだ〜〜 ファン、先に食べてろよ 〜 」
「 だって。 一緒に食べた方がオイシイでしょ? ねえねえ〜〜 早く手を洗ってきてよ?
今日の ラタントゥイユはちょっと自信作なの〜〜 」
「 へいへい・・・ 」
兄は ほうほうの態でバス・ルームに行った。
食事の間もとりとめのないおしゃべが続く。
ふうん・・・ と 軽く聞き流しつつもやはり賑やかなのはいいな と思う。
はは。 相変わらずだなあ ・・・ ちっちゃな・ファン のまんまだ
平凡にそして穏やかに。 兄妹はごく当たり前の日常に埋もれ静かに暮らした。
「 ねえ 聞いて! 次の舞台でソロをもらったわ! 」
「 地方への旅公演のメンバーに入れたの。 うん、オルレアン。 行っていいでしょ? 」
妹は すぐに踊りの世界へと戻り、着実に腕を上げていった。
頬を染めての報告に 兄も共に喜んでくれた。
「 ほう〜〜 頑張れよ〜〜 都合ついたら観にゆくぞ。 」
「 ありがと! あ ・・・ でも演習とか・・・あるよね? 」
「 あ〜 だいたい普通の時間帯の勤務だから。 お前のステージには間に合うさ。 」
「 兄さん ・・・ 仕事 ・・・ 飛行機に乗っていないの? 」
ある日、夕食の席で妹はすこしためらいつつ 尋ねた。
「 〜〜〜〜 これ 美味いなあ・・・ え なんだって? 」
「 だから ・・・ 兄さんの仕事のこと。 」
「 ああ。 現役パイロットは卒業した。 一応空軍に籍はあるが嘱託ってとこだな。 」
「 え ・・・ 飛んでいないの? 」
「 まあ な。 もうトシだし〜〜 」
「 冗談はやめて。 真面目に聞いているのよ、わたし 」
「 ― だから 操縦桿はもう握っていない。 時間的に制約が多かったし な 」
「 ・・・! それって ・・・わたしのせい?
わ わたしが ・・・ 行方不明になったから ・・・? 」
「 ば〜か お前はお前の信じる道をゆけよ。 俺は飛ばなくてもいいんだ。 」
「 ・・・ 兄さん ・・・ 」
「 だから。 たとえどんなコトがあっても 幸せめざして進んでゆけ。 いいな。」
「 兄さん それって ・・・ 」
「 ともかく。 そういうことさ。 ― 好きなヤツにはしっかりとついてゆけ。 」
「 ・・・・ 」
妹は一言も発せずにただ こくん、と頷くのだった。
ああ ・・・ いつかまた 行くんだな
理由もなくそんな気がした。 実際妹は彼の目の前にいるし、これからの予定なども
ちゃんと話してくれている。
けど。 いいんだ。 お前がシアワセになるのなら。
俺は いつだって祝福して送りだしてやるよ ・・・!
「 あ〜〜〜 美味かった。 ファン、料理の腕 あげたな〜〜 」
「 うふふ ・・・ 実はね〜 中華料理の達人にね、レクチュアしてもらって・・・
っていうか〜 鍛えてもらったのよ。 」
「 ふうん ・・・ あは 俺、太っちまうぜ 」
「 兄さん 少し太った方がいいわ。 当分しっかり食べてもらいますからね? 」
「 うひゃあ〜〜 」
他愛ないやりとりに笑い合う・・・ そんなひと時を二人は心から楽しんでいた。
― そして 雪になりそうなじくじくと冷え込む夜 彼女は再び行ってしまった。
たった一枚の紙を残して。
Au revoir ・・・ ! Francoise
「 そっか ・・・うん シアワセを掴め。 ファン ・・・! 」
ひやり となにかがジャンの頬に触れた。
「 ? ・・・ ああ とうとう降りだしたか ・・・
ファン ― お前は お前の意志で行ったんだな? お前はお前のシアワセに向かって
出発したんだな? それなら ― いいさ。 」
彼がいつも耳を澄まし聞きたいのは 彼女がシアワセへと出発する足音。
雪が 降る 彼女は 駆けてゆく
§ ジョー
雪は 嫌いだった。 コドモの頃から ずっと。
「 ・・・ジョー? 」
「 ええ あの・・・ 教会の前で保護した子供です。 」
「 ・・・ ああ! あの雪の日に捨てられてた子ね? 」
「 いえ 保護したのです。 マリア像の前で 」
「 あ は そうですねえ〜 で 母親については? 」
「 ・・・・ 」
それ以上 神父様の声は聞き取れなかった。
小学生のころ、当番で廊下の掃除をしている時に 神父様の部屋からこぼれてきた言葉 ・・・
聞くつもりじゃなかったし オトナの話なんかに興味はなかった。
― けど。 < ジョー > という発音に ふいに耳が傾いた。
なに !? ぼ ぼくの こと ??
あ。 もしかしたら ・・・ 誰かが迎えにきてくれたのかも??
彼は全身が耳になって 箒なんか放り出してドアの側に立っていた。
「 ・・・・・? ・・・ 」
「 ・・・。 ・・・! 」
客人と神父様は なにやらぼそぼそ・・・低い声で話を始めてしまった。
!? ちぇ〜〜〜 全然きこえない〜
ま いっか〜〜 大事なコトなら神父様が後で教えてくれるよ
ジョーはとっとと廊下の掃除をすませ、裏庭へと遊びに出ていったのだが。
あの雪の日に捨てられていたコね?
あの時漏れ聞こえた言葉の中でなぜか今でも鮮明に覚えている。
いや ― 忘れたくて わざと覚えていない振りもしたけれど ― あの数語は
いつもいつも 彼の心の底で陰鬱に響いている。
― 雪の日に 捨てられてたコ ね?
捨てられてた ・ 子 ― それが彼、島村ジョーの本当に姿なのか・・?
「 捨てられた? ううん ちがうよ。 ぼくはこの教会に預けられたんだって
神父さまはおっしゃったもの。 お母さんはきっといつか迎えにきてくれるもん! 」
ジョーは幼い心で自分自身に言い聞かせていた。
彼は固く信じていたけれど ― < あの声 > を忘れることもできなかった。
ただ 雪の日 はキライだった。
払っても払っても纏わりつくクセに アタマに肩に落ちればたちまち水となってじくじくと
冷たく浸み込んでくる。
雪だあ〜〜〜〜 あはは あはは〜〜〜 もっと降れぇ〜〜〜
単純に喜んで雪まみれになっている施設の仲間たちを 醒めた目で見ていた。
中学生になった時 ― つまりはもう当てもなく < 迎えにきてくれる > ヒトを
まつことはなくなった頃、彼は意を決して神父様に尋ねた。
ぼくは捨て子だったのですか?
彼の真摯な問いに神父様はしっかりと対峙してくれた。
「 私も本当のことはわかりません。 ただ ・・・ ジョー、君のお母さんは
必死の想いで君をここまでつれてきました。 そして マリア様に君を託したのです。 」
「 ・・・ やっぱり 捨てられてたんだ ・・・ 」
「 それは違います、ジョー。 君のお母さんは最後まで君のことを護ろうとしていました。
君はお母さんの手で ここに預けられた子供なんだよ 」
「 ― 神父様 ・・・ ! 」
「 捨てられた子供なんて この世に一人もいません。 皆 神様の子供なのですから。
君のお母さんは最後の最後まで 君のことだけを考えていたのですよ。 」
「 ・・・ ぼ ぼくの お かあさん ・・・は 」
「 そして ジョー、 君は愛された子供なんです。 」
「 し 神父 さ ま ぼく ぼく ・・・ 」
ジョーは 久しぶりに育ての親の膝で泣いた。
それなのに。 彼はその人を殺めたと疑われてしまい その結果
・・・ 彼は信じられない運命の暴風雨にもみくちゃにされた。
― そして
ひらり ・・・ ひら ・・・ なにか冷たいものが宙を舞っている。
「 ? ・・・ああ 雪 か ・・・ 」
ジョーはふと顔をあげた。 家への坂道をたどっていたので足元に視線が落ちていたのだ。
「 ふうん? ここいら辺じゃあ珍しいなあ でもすぐに止むさ ・・・ 」
たいして興味も示さず 歩みを止めることもない。
「 でも冷えるかな ・・・ 暖房の温度、上げておくか ・・・ 」
ひら ひら ひらり 次第に白い粒は増えてきた。
「 ・・・ 積るほどじゃない。 ああ やっぱり雪は好きになれないな 」
ひらり ひらひら ・・・
舞う白いものの向こうには哀しい思い出しか見えないのだから。
ひらひら ひらひら ・・・ あの時もこんな風に軽やかに宙を舞うものがあった。
「 わあ〜〜〜 賢い犬だね〜〜〜 」
「 ホント! ちゃんと算数ができるのね 」
「 ひえ〜〜 お前よかアタマいいんでね? 」
「 ・・・ 偶然だよ! 」
わいわいがやがや・・・賑やかな人垣の外に ジョーはぼうっと立っていた。
輪の中心には < 天才・学者犬 > が 計算をしたり英単語のカードを選んだりして
人々の喝采を受けていた。
ふうん ・・・ あ? あそこに仔犬がいる!
かっわいいなあ〜〜〜
あは ・・・ 花びらにじゃれてる〜〜
お〜〜い ・・・ チビ助〜〜〜
肝心の見世物よりも ジョーは隅っこにチョコンと座っている仔犬に目を魅かれていた。
雪みたいに春の花が散りしきる中 彼はなぜか <仲間> をみつけた気分だった。
ひらひら ぱさり ぱさり ・・・ あの時もあんな風に舞い落ちるものがあった。
「 ! ひどい ・・・! これは事故じゃないぞ。 」
色づいた葉が落ちる中、あの仔犬は両親と飼い主を轢き殺され ― 泣いていた。
「 ・・・ おいで。 ああ お前も怪我をしている ・・・ 手当しなくちゃ。
ウチにおいで。 一緒に暮らそう! 」
ジョーは仔犬を抱き上げると ジャンパーの中に隠しそっと家につれて帰った。
ひらひら ひら ひら ・・・ その時もそんな風に降っていた 雪 が。
心を許し心を通わせあった相棒は ジョーの腕の中で逝った。
ジョーが育て ジョーが愛し ジョーを愛した 相棒を ジョーは自身の手で始末した。
動かなくなった相棒の身体を抱えて慟哭するジョーに 雪が降り注いだ。
・・・ ああ ああ また 雪 ・・・・ だ!
雪なんか 嫌いだ・・っ!
雪は ぼくから愛を取り上げて ぼくを独りぼっちにするよ
・・・ 雪なんか 雪なんか ・・・ 大嫌いだ!!
彼が愛し彼を愛した相棒を失い ジョーは再びひとりになってしまった。
今 共に一つ屋根に暮らす人々は いる。
けれど それは一緒に生活をしているだけだ。
・・・ フランって。 ぼくのコト・・・どう思っているのかな
ここにいるんだ ぼくはずっと。
ひらり ひらひら ・・・ 穏やかな海に大きな雪が落ちてゆく。
温暖なこの地域のことだ、雪はすぐに止むだろう。
「 ・・・ 暖房を強くして そうだ、裏の温室も見ておかなくちゃ。
買い物はしてきたし ・・・ あ。 イワンのミルク、まだ大丈夫だっけか ・・・ 」
フランソワーズに確かめておかなくちゃな ・・・ と呟きつつ ジョーは坂道を上がってゆく。
「 ここから電話しちゃお。 ・・・ あ〜〜 フラン? 」
彼は立ち止まって携帯を弄る。
「 ・・・ あ うん ぼく。 イワンのミルクだけど まだある?
・・・ うん うん ・・・わかった。 なにか買う物 ある? あ〜わかった 」
ちょいと肩を竦め 彼はまた歩きだした。
ふう ・・・ オンナノコってよくわかんないなあ〜〜
雪が 降る 彼は まだ独り
Last updated : 02,03,2015.
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******** 途中ですが
う〜〜〜 短くてすみません〜〜〜〜 <m(__)m>
原作・ジャン兄 に 平ジョー・・・っつ〜
めちゃくちゃな組み合わせで またまた <m(__)m>