『 彼女の微笑 ― (2) ― 』
きゅ。
もう一回、 フランソワーズはポアントのリボンを結びなおした。
「 ・・・ん〜〜 大丈夫。 ちょうどいい固さだし ・・・ 」
とんとん・・と トウの部分を床に軽く打ち付ける。
クラスで二回穿いて すこし柔らかすぎるかな・・・とも思ったけれど
パ・ド・ドウの時には その方が好きなのだ。
「 カカトのゴムも 大丈夫。 当たることはないわ。 」
ふ〜〜〜〜 もう一回 彼女は息を大きく吸って 吐いた。
「 〜〜 大丈夫、 落ち着いて 落ち着いて・・・ フリはちゃんと覚えているし 」
きゅう〜〜 ポアントをすこしだけならし ついでに脚をもって耳の横までもちあげた。
・・・ ウオーミング アップ もできてるわ。
ぁ 汗も ・・・ シャワーしたし、コロンも振ったわ・・・
「 平気 平気 ・・・ 今日は振り合わせだけ じゃない?
ほら フランソワーズ? パリの稽古場と同じよ 」
必死で自分自身に言い聞かせて見るが・・・
・・・ もう! あんたってこんなに意気地なしだったの??
だらしないわよ フランソワーズ!
ジョーや 博士や チビ達にだって応援してもらっているんだから
しっかりしなくちゃだめ!
バンッ ! スタジオのドアが大きく開いた
「 きゃっ!? 」
彼女は 本当に少し跳びあがった。
「 な なに ・・?
」
「 あ? あ〜〜〜 お〜〜っす! 今日からヨロシク〜〜〜 」
長身の青年が ぽん、と軽くジャンプしてから ― ぺこり、とアタマをさげた。
「 ・・・ あ ・・・ タクヤさん ・・・・ 」
「 時間厳守で〜すっと〜〜 あ なんか あった? 」
彼は へ?? っという顔で眺めている。
「 ・・・ あ い いえ ・・・ ちょっとびっくりしただけで ・・・ 」
「 あ? あは〜〜〜 遅刻魔の俺が時間ぴったし、でびっくりした???
へへ ・・・実はさ〜〜 マダムから びしっ! と言われてさ〜〜
時間厳守よっ! って。 フランソワーズは忙しいんだから ってさ〜 」
「 あ・・・ そ そう? 」
「 そ。 ほんじゃさ〜〜 アダージオから始める?
ずっと流す? それとも 止め 止めでゆく? 」
「 あ ・・・ は はい タクヤさん 」
「 あは タクヤさん は ナシ。 タクヤでいいさ。
まだ俺らだけのリハだから〜〜 ま 気楽に行こうぜぇ〜〜 」
彼は にっと笑うと MDプレイヤーの側にゆきリモコンを手にとった。
「 いちお〜 音 流すね〜 」
「 は は はい・・・ タクヤさ ・・・ いえ タクヤ。 」
「 そ〜 そ〜 そんなカンジで ・・・ え〜〜っと? …ん 」
〜〜〜 ・・・♪♪♪
何十回も聴いてきた もういつだって心の中で歌える音楽が静かに聞こえはじめた。
「 あ DVD 見た? 」
「 はい。 ここのスタジオの振り、覚えてきました。 」
「 へ〜〜 すげ〜〜〜 俺なんかさ〜〜 まだ うろ覚えだよ? 」
「 え ・・・ だって ・・・ 」
「 あは〜〜 ま〜 なんとかやっつけようぜぇ〜〜
えっと 始めっからゆくと ・・・ 」
タクヤは マーキングをしつつフランソワーズの方を見た。
「 ここで ・・・ リフト な 〜 」
「 はい。 あ あの ! 」
「 え なに? 」
彼女のなにか引き攣った表情に タクヤは驚いて音を止めた。
「 なに? どうかしたかい
」
「 え ・・ あ あのぅ〜〜 わたし ・・・ その ・・・
見かけより・・・その。 重いの。 だからリフトの時 ・・・ 」
「 あは? いや〜〜〜 重いったってきみ、 十分細いじゃんか 」
「 だから その ・・・ 外見よりも 実際には 」
「 あははは な〜にを気にしてるのかな〜って思えば〜〜
へ〜き へ〜き 俺さあ 地元の昔いた稽古場に帰ったときにさ〜
すんげ〜〜 デブの子の相手したもん。 ちょっとくらい平気さ。
重いったって きみ 50キロなんてないだろ? 」
「 え ええ ・・・ 」
「 な〜〜ら楽勝♪ それにさ〜 今 重いんだったら本番までに
ウェイト・ダウンすればい〜んだし〜〜? 」
「 ・・・ そ そうね ・・・ 」
彼女は ぎこちない笑みを浮かべている。
「 さ 細かいコトとかおいといて とりあえず動いてみようぜ〜
」
「 は はい ・・・ 」
「 うん、 でいいよ〜〜 な? 」
「 え・・・ ええ あ < うん > 」
かなり努力した雰囲気だったが 金髪の乙女はにっこり笑った。
うひょ♪ あ〜〜〜 いいなあ〜〜〜 この笑顔♪
マジ タイプ〜〜〜 でへへへへ
「 そんじゃ ・・・ ちょい音戻して 俺の出からいくぜ 」
「 は はい いえ < うん > 」
タクヤはリモコンを操作すると超ご機嫌ちゃんで稽古場の隅から走り寄ってきた。
フランソワーズは 音を聞きカウントをとりつつ ― 心の中で叫んでいた。
わたし ・・・ この身体の中には 重く冷たい機械が入っているの!
******************************
キッチンは 明るい光でいっぱいだ。
テーブルの上には 色違いの小さなカップとお皿が二組ならんでいる。
「 おか〜さん みるく〜〜 もっと〜 」
「 はいはい すぴかさん・・・どうぞ〜 」
母は娘のちっちゃなマグ・カップに ミルクを注ぎ足した。
「 わ〜〜〜い♪ 〜〜〜〜 おいし〜〜〜 」
すぴかは両手でカップをもちあげると こくこく・・・飲み乾した。
「 ま〜 いっぱい飲めたわね〜〜 」
「 すぴか〜 みるく だいすき〜〜 」
「 いい子ねえ すぴかさん。 」
「 ごちそ〜さま して いい? 」
「 いいわよ〜 あ ここにいて すぴか〜 」
「 やあだあ〜〜〜 アタシ ようちえん ゆくも〜〜ん 」
するり、と子供用の椅子から降りると、すぴかはぱっとキッチンから飛び出そうとした。
「 待って! お母さん 送ってゆくから〜〜 」
母は一瞬の差で 娘のエプロンのヒモを捕まえた。
「 え〜〜〜 はやくぅ〜〜〜 」
「 すばるがごちそうさま するの、待っててくれる? 」
「 ・・・う〜ん ・・・ ちょっとだけ〜〜 」
「 ありがとう、すぴかさん。 リビングのソファに 幼稚園おカバンおいてあるわ?
そこで待てるわね? 」
「 うん!
」
すぴかは リビングに飛んで行った。 ホントに < とんで > いったのだ!
「 すぴかさ〜〜ん そこで待っているのよ〜〜 」
「 は〜い 」
素晴らしいお返事だが アテにはならない。 ともかく急がなくては・・・
「 ねえ すばるくんは? ミルク もっと飲む? 」
「 ・・・ ん〜〜〜 僕 じゃむ。 」
「 ジャムはもうトーストの上にのっかってるでしょう? 」
「 ・・・ もっと〜〜 」
「 ジャムはこれでおしまいよ ほら パン、食べちゃいなさい。 」
「 う〜〜ん ジャム〜〜〜 」
「 おか〜〜さ〜ん アタシ〜〜 ようちえんおかばん もった〜〜 」
「 ああ はいはい ちょっと待っててね〜〜 」
「 ようちえん いく〜〜〜 」
「 ちょっとだけ待ってね〜 すばる ほら あと一口、みるく飲んで〜 」
「 じゃむぅ〜〜〜 」
「 すばるくん! ジャムはもう食べたでしょう?! 」
「 ・・・ う〜〜〜〜〜 ぇ〜〜〜〜〜 」
「 泣いたってダメですっ ! 」
「 おか〜さ〜ん〜〜 アタシ ようちえん いく〜〜〜 」
すぴかは園バッグをたすき掛けにして キッチンに戻ってきた。
「 はい もうちょっとだけ 待ってね〜 」
「 じゃむぅ〜〜〜 え〜〜〜〜ん ・・・ 」
「 すばる〜〜 あっちいって〜〜 」
「 いった〜〜 おか〜さん すぴかが どん! したあ〜〜 」
「 してないもん アタシ ようちえん〜〜 」
「 じゃむぅ〜〜〜 」
二人はてんでにわめきだしキッチンは大騒ぎだ。
「 ああ お願いだから静かにご飯食べてちょうだい もう〜〜 」
フランソワーズは もう頭ががんがんしてきた。
「 ほら 幼稚園に行く時間よ? すぴかさん、お帽子被ってね
すばる君〜〜 お顔、洗っていらっしゃい べとべとよ 」
「 アタシ〜〜 ようちえん〜〜〜 ばいば〜〜い 」
すぴかは するり、とドアから出ていってしまった。
「 やだ〜〜〜 僕 じゃむぅ〜〜〜 」
「 あ すぴかさん 待って! も〜〜〜 すばるくん! 」
「 おはよう〜 あれえ? すばる どうしたのかなあ〜〜
お父さんと幼稚園 行こうよ 」
カタン。 キッチンのドアが開き ジョーがすぴかを肩車して入ってきた。
「 あ〜〜〜 おと〜〜さ〜〜ん ! 」
すばるは 齧りかけのトーストを放りだし 父親の脚にひっついた。
「 あ お早う、ジョー。 ごめんなさい 煩くて目が覚めてしまった? 」
「 え? そんなことないよ。 さあ すばる、ご飯 食べなさい。
それでお父さんを一緒に幼稚園に行こうよ。 」
「 ジョー わたしが送って・・・ 」
「 いいよ ぼくが担当する。 きみは レッスンにゆく用意しろよ。 」
「 え ・・・ でも ・・・ 」
「 ぼくは今日 遅番だし。 さ〜〜 お父さんと行こう。 な〜〜 すぴか? 」
「 ウン♪ 」
「 ぼ 僕もぉ〜〜 おと〜さんと いくぅ〜〜 」
「 それじゃ すばる? トーストの残りを食べてみるくを飲みなさい。
それから顔洗って − ほら 頑張れ! 」
「 う うん ・・・! 」
のんびり坊主も 父親にハッパを掛けられ、パンの残りを急いで口に押し込んだ。
「 じゃ あとは引き受けたから。 きみはレッスンに行け。 」
「 え でも ・・・ 」
「 いいってば。 きみは今、次の舞台に集中しろよ 」
「 ・・・ ジョー ・・・! 」
「 それが今のきみの < しごと > さ。 あ お迎えは心配いらない。
博士が担当するって。 」
「 ああ 任せなさい。 」
今度は 博士が新聞を持ちつつのんびりキッチンに入ってきた。
「 あ〜〜 おじ〜ちゃまあ〜〜〜 」
すぴかは 父の肩車から下ろしてもらうと ぱふん、と博士に飛び付いた。
「 おお おお お早う すぴか。 あのな〜 今日はワシがお迎えに行くぞ 」
「 おじ〜ちゃま おむかえ? じてんしゃ? 」
「 おう 自転車で ぴゅ〜〜〜っと行くからね。 」
「 わあい♪ アタシ いってきます〜〜〜 だよ〜〜 」
「 はいよ、すぴか。 ほら〜 すばるも ゆくぞ〜 」
「 う うん ・・・ 」
母にべたべたの顔を拭ってもらい、すばるはなんとか朝ごはんを終えた。
「 じゃあね 二人とも。 お母さんに お仕事 がんばって〜〜 って言って
あげなさい。 」
「 おしごと? 」
「 そうだよ。 おかあさんのお仕事さ。 」
「 ふうん ・・・ おか〜さん おしごと がんばってね〜 」
「 ばってね〜〜 」
「 すぴか すばる・・・ 」
ちっちゃな声援を受けて フランソワーズは咽喉が詰まってしまった。
「 はい それじゃ〜 幼稚園 行こうね〜 」
「「 うん!! 」」
「 じゃ 行ってくるね きみはしっかり練習してこいよ 」
「 あ お願いします。 はい。 」
ジョーはフランソワーズと玄関で軽くキスを交わすと チビ達を連れて出かけていった。
「 いってらっしゃい ・・・ ああ わたしも急がなくちゃ 」
が 頑張らなくちゃ ・・・ わたし!
博士や ジョーや 子供たちも応援してくれるんだもの・・・
しっかり踊らないと !
フランソワーズは きゅ・・・っと口元を引き締めた。
******************
駆け寄ってくる男性に向かって 女性はほぼ真上にジャンプする。
男性は仰向け状態の彼女を真下から垂直方向に支え上げる ・・・
パ・ド・ドウ の前、 冒頭のリフトだ。
情景的には 沼のほとり、現れた愛しい人との、亡くしてしまった女性 ( ひと ) との
束の間の逢瀬の始まり である。
「 あ・・・ 」
フランソワーズは ジャンプしそこなった。
「 おわ? あ わり〜〜 俺 タイミング ヘン? 」
タクヤは勢い余り 彼女の側を通りすぎてしまった。
「 う ううん ううん! ごめんなさい! わたしがいけないのっ!
ちょ ちょっと音の取り方、 間違えたわ ごめんなさい! 」
「 あは? そう・・・ かな? ほんじゃ もう一回〜〜〜 」
「 え ええ ごめんなさい、 お願いします 」
「 気にすんなって。 ほんじゃ〜〜〜 っと 」
彼はリモコンで音を戻すと ―
「 いくよ〜 」
「 はい お願いします 」
たたた ・・・ 軽く彼が駆け寄ってきて − さあ 次にジャンプ・・・!
「 あ ・・・ ! 」
「 ・・ っと〜〜〜 あ〜 もうちょい、早く跳んでくれるかな〜 」
「 ご ごめんなさい ・・・ 」
またしてもリフトは成功せず、 彼は彼女をほんのすこし持ち上げただけだ。
「 あのさ〜 ・・・ 今更っぽいけど。 こ〜〜んなカンジで さ 」
ぽ〜〜〜ん ・・・ 彼女のウエストを支え持ち上げた。
「 あ ・・・ は はい ・・・ 」
「 な? きみのジャンプ力だったらカルイ カルイって。 」
「 ・・・ あの かるくない ・・ の 」
「 へ? 」
真顔、それも少し泣きそうな彼女の顔を 彼は驚いて見つめた。
「 あ あの。 今 持ってくれてわかったでしょ・・・? 」
「 ??? なに?? 」
「 わたし ・・・ あのぅ ・・・ 重い でしょ
」
「 へ??? なに言ってんだよ? ぜ〜〜んぜん 」
「 ううん ・・・ 」
「 俺さ〜〜 地元のトコの発表会でさ。 もんのすげ〜〜 デブなコ、持ち上げた
こともあるんだ。 へへ ・・・さっすがに大変だったけど 」
「 だから その ・・・ 」
「 君 カルイよ〜〜 こんなに細いじゃん? 」
「 あの その ・・・ つまり ね。 見かけよりずっと重いの ・・・ 」
「 ? あ〜〜 骨太ってヤツ? いいじゃん、丈夫で。
な〜 そんな事 気にして引いてると〜 マジ腰が引けて跳べないぜ? 」
「 ・・・・ 」
「 あのな リフトって。 持ち上げる方から言わせてもらうと
重さとかなんとかより タイミング! これ 最重要! 」
「 え ・・・ そ そう? 」
「 そう! かる〜〜いチビっこでもね タイミング合わなければ持ち上がらないよ?
まあ ・・ そ〜いう時には腕力駆使〜だけどね 」
「 え ・・・た 大変ね ・・・ 」
「 だ〜から! タイミングさえ合えば 重い軽いはそんなに関係ね〜の。
そりゃ〜 軽い方がいいけどね 」
「 ・・・ だから その 」
「 フランソワーズ。 重くなんかないって。
気にして タイミング外される方がさ〜 ずしっ! って俺らの腕とか腰に負担なんだ 」
「 ・・・ よく知ってるのね まだ若いのに 」
「 あは? きみとそんなに変わんね〜よ〜〜
俺 留学してただろ? あっちでさ〜 ボーイズ・クラスとか
パ・ド・ドウ・クラス とか結構あって。 最初は体当たりっぽかったけど 」
「 あ ・・・ そう そうだったわ ・・・ 」
「 きみもさ〜〜 パリでのレッスン、そ〜いうクラスあっただろ? 」
「 え ええ ・・・ でもね 『 ジゼル 』 は踊ったことがないの。 」
「 オレもさ。 『 海賊 』 とか 『 ドンキ 』 で 体力勝負はしたけど 」
「 ・・・ あの。 もう一回 お願いします 」
「 おう〜〜 音 合わせて〜〜 タイミング合わせよぜ 」
「 ええ。 」
ゆくぜ〜〜 と タクヤは稽古場の後ろにスタンバイし、リモコンを操作した。
甘い でも 切ない音楽がゆっくり流れはじめた。
*******************
「 ただいま戻りました・・・ 」
カタン ― フランソワーズは小さな声で言いつつ玄関のドアを開けた。
いつもは 誰もいなくても大きな声で挨拶をするのだが・・・
彼女が買い物袋を ドサっと上がり框に置こうとした時 ―
「 おか〜〜さ〜〜〜んっ おかえりなさ〜〜い〜〜〜〜 」
「 さ〜〜い〜〜〜 おか〜さ〜〜〜んっ ! 」
バンッ! 子供たちがリビングから飛び出してきた。
「 すぴか すばる ただいま〜〜〜 いいコにしてたかな〜〜 」
「 わ〜〜〜い おか〜〜さ〜〜〜ん 」
ぽん。 すぴかが飛び付いてきた。
「 うわ・・ はい ただいま〜〜 すぴかさん 」
母は小さな娘を抱き留めくるくるした金色の巻き毛をなでた。
「 うんッ おじ〜ちゃまと〜〜〜〜 まってた〜 」
「 僕も僕も〜〜〜〜 おか〜〜さ〜〜〜ん 」
ぴと。 すばるが彼女の脚に抱き付いた。
「 ただいま〜〜 すばる君。 あらら お顔になにか付いているわよ?
・・・ あ〜〜 チョコレートかしら? 」
息子のぷくぷくのほっぺを 指で拭った。
「 えへ〜〜〜 おやつ ・・・ 」
「 オヤツ〜〜 おじ〜ちゃまとオヤツ〜〜 」
「 まあ オヤツを頂いていたの? ・・・ まあ すみません〜〜 」
! いっけない! チビたちのオヤツ、 用意しておくの忘れた!
いつも 迎えに行ってから一緒に出すから・・・
彼女は 買い物袋をがしっと掴むと慌ててリビングに入っていった。
「 博士! すみません〜〜 」
「 おお お帰り。 リハーサルは首尾よく進んだかい 」
「 え ・・・ ええ ・・・ あの! オヤツ ・・・ 」
「 ああ チビさん達にリクエストを聞いて 出しておいたよ。
すぴかは 煎餅、 すばるはチョコレート ・・・ あと ミルク・テイを
淹れてやったが それでよかったかな? 」
「 ありがとうございます! すみません、用意しておかないで ・・・ 」
「 なんの ワシでもこれくらいはできるさ。
な〜 すぴか すばる? 今日のオヤツ 美味しかったかい? 」
「「 うん!!! 」」
「 まあ よかったこと・・・ すみません、明日からちゃんと用意しておきますから 」
「 よいよ パントリーを覗いて適当に出すから・・・
ああ それとも 食べさせてはマズいものとかあるかい。 」
「 いえ ・・・ でもすばるはチョコばっかり食べたがるので 」
「 ははは それはよ〜くわかったよ。 三つだけ、と言ったら大事に
ず〜〜っと舐めておったよ 」
「 まあ まあ 本当にありがとうございます。
後片付け、します。 お迎えからずっとありがとうございました。 」
「 なんの なんの・・・ ワシでもこれくらいは役に立つでの〜〜
うんと使っておくれ。 ゆっくり練習はできたかい 」
「 え ええ ・・・ なんとか ・・・
さ〜〜 すぴかさん すばるくん? お買いものを片づけるのよ、お手伝いして? 」
「 やる〜〜〜〜 うんしょ ・・・ 」
「 僕も〜〜 」
すぴかさっそく 買い物袋からキャベツをひっぱりだした。
すばるもごそごそ やっている。
ふうう ・・・ チビたち、いいコで助かったわ・・・
さ! 晩御飯の支度 始めなくちゃ・・・
エプロンを手にとると 着替えをする間もなく彼女は主婦業を開始した。
トン トン トン ・・・ キュウリをさっと洗って切り始める。
これは庭の温室に生ったモノなので 曲がっているものばかりだけれど味は最高なのだ。
トン トン トン ・・・ ふん ふんふ〜〜ん♪
手はキュウリを切っているけれどまな板の音で 自然に彼女はカウントをとり始めていた。
1 2 3 〜〜 で ぽん、とジャンプすればいいのよね
そんなに難しいタイミングじゃない はず なのに・・・
・・・ 最初のリフト ・・・ ああ どうしても どうしても・・・
思い切りが悪いのかしら わたし・・・
結局 『 ジゼル 』 パ・ド・ドゥに入る前の冒頭のリフトは上手くゆかなかった。
他の部分は なんとか二人で合わせることができたのだが・・・
最初のリフトだけは どうしてもタイミングが合わなかったのだ。
意気地なしね フランソワーズ! ほんとうに!
自分自身に呆れ 溜息ばかり溢れてきてしまう。
「 ああ ちゃんとご飯、作らなくちゃ!
えっと ・・・ チキンは解凍できたかしら ・・・
今晩はね〜 お野菜たっぷりな < 酢豚 > じゃない < 酢鳥 >
これ チビ達も好きだし 博士もお好きなのよね。
え〜と 玉ねぎとニンジンと ・・・ ほら とん、と跳べばいいだけ よねえ 」
手に人参を持ったまま 彼女はぽん、とジャンプをしてみた。
「 重くない ってタクヤも言ってくれたでしょう?
ほら フランソワーズ。 うじうじしていないで ― 跳ぶ! 」
「 ? とぶ〜〜〜〜 すぴかも〜〜〜 」
とん。 キッチンに駆けてきたすぴかは ぽん、と母に飛び付いてきた。
「 わお。 まあ すぴかさんは高く跳べるのねえ 」
「 おか〜さ〜〜〜ん♪ 」
ちっちゃな金色のアタマがすりすり〜〜母にすり寄っている。
「 うふふ・・・ どうしたの〜 甘えん坊さん♪ 」
「 アタシ ・・・ おじいちゃま すき〜 おと〜さんもすき〜〜
でもね でもね〜〜〜 おむかえは おか〜さん がいい〜〜〜 」
「 え? ごめんね〜〜 明日はちゃんとお母さんがお迎えにゆくわ 」
「 わい〜〜〜
」
「 あ 〜〜 僕もぉ〜〜〜〜
」
どん。 今度はとてとて走ってきたすばるが 彼女のスカートの裾を掴んだ。
「 あ〜〜 ら〜〜 重いなあ〜 すばるく〜〜ん 」
「 えへへへ〜〜 」
「 え アタシの方がおもいよぉ〜〜〜 アタシのほうが せ たかいもん〜 」
「 ちょっとじゃん〜 」
「 でもアタシのがおおきいの! 」
母にくっついたまま 姉弟ケンカが始まった。
「 あらら・・・ケンカ なし。 ねえ 二人とも?
お庭の温室からねえ あとふたつ、キュウリをもってきてくれるかな〜 できる? 」
「 「 できる〜〜〜〜 」」
とたとたとた〜〜 母から飛び降りると二人は裏庭に駆けていった。
「 ふう ・・・・ まったく賑やかなんだから ・・・
・・・ あら? すぴかの方が少し軽く感じたわ? きゅっとくっついていたから?
すばるは べろ〜んとぶら下がっていたから重く感じたのかしら・・・ 」
ふうん? ・・・ そうよ リフトを初めて教わったときにも・・・
またまた 彼女の包丁は止まってしまった。
「 ただいま ・・・ 」
「 お帰りなさい ジョー 」
二人は玄関であつ〜〜くキスを交わす。
「 遅くまでお疲れ様。 晩御飯はね <酢鳥> よ。 」
「 わお♪ 手 洗ってくるね〜〜 」
「 ええ ・・・ あ ジョー ありがとう。 」
「 ?? 」
「 朝・・・ チビたちを幼稚園まで送ってくれて ・・・ 」
「 あは 楽しかったよ〜〜♪ チビ達とあんまり遊ぶ時間 ないから・・・
二人とも面白いなあ 」
「 そう? 明日からわたしが行くわ。 」
「 え ぼくがゆくよ。 ぼくに任せて。 な? 」
「 え ええ ・・・ 」
「 さ〜〜〜 ご〜はんだ ごはん〜〜だ〜〜♪ 」
ジョーはハナウタを歌いつつ バス・ルームに行ってしまった。
・・・ ありがとう ! ジョー ・・・!
フランソワーズは 溢れてきた涙をそっと指で払った。
「 あ〜〜〜 美味かったぁ〜〜 ・・・ あれ すばる?? 」
遅い晩御飯の後、ジョーがのんびりリビングに戻ると ― ソファにすばるが寝ていた。
「 お茶 ・・・ そっちにもってゆくわね 」
「 ああ ありがとう。 な〜 すばるがここで寝てるよ? 」
「 ・・・ そ〜なのよ〜 お父さんを待ってるって聞かないの。
ふふふ でもね すぐに沈没しちゃったんだけど 」
「 あは ・・・ かっわいい顔して ・・・ ちょい、ベッドに連れてゆくね。 」
「 お願いね〜
」
「 よ〜し よい・・・しょ ・・・っと うわ〜 コイツ 重くなったなあ 」
ジョーは にこにこして息子を抱き上げると 子供部屋へと上がっていった。
すばるって ― ジョーにとっては そんなに重くないはずよね?
― あ。
あの子・・・ 眠っていてだら〜んとしているから ・・・・?
ぱちん。 なにかが彼女の中で 弾けた。
Last updated : 07,26,2016.
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********** 途中ですが
え〜〜〜 フランちゃん 奮戦中〜〜
で 次は 例のカレシ側の <事情> デス♪