『 眠りの森の  − (2) −  』

 

 

 

 

 

 

「 ・・・ああ、もうここはいいから。 お前達、下がってよいぞ。

 今晩は宴の後の無礼講、それぞれ楽しむがよい。 」

ジャンは寝間の用意やら 礼服の片付けなどに甲斐甲斐しく立ち働いている召使達に声をかけた。

「 はい、王太子さま。 」

「 うん、 疲れただろう、ご苦労だった。 」

豪華な居室の革張りのソファに ジャンはどさりと腰を落とした。

妹姫の誕生日祝いとはいえ多くの貴族達を迎え、気の張る宴だったが客人たちもそれぞれに

満足した様子だったし 父王も妹姫の華やかな姿に目を細めていた・・・・

 

   ・・・ これで あいつも身を固める、か。

   お転婆王子姿がみられなくなるのは 少し残念だな・・・

 

脇の大理石の卓の水差しに手を伸ばしたとき。 

「 ジャン様。 失礼しまっせ。 どうぞ・・・ 」

張大人が モ−ゼル色のワイン・ボトルと水をなみなみと注いだゴブレットを捧げ、現れた。

「 おお ・・・ ありがとう、大人。 

 お前も ご苦労だったね。 晩餐会の準備で疲れただろうに。 」

「 いえいえ、若様。 沢山のお客人方がワテの料理を召し上がってくれはる、思たら

 もう嬉しいて嬉しいて。 こんなに遣り甲斐のあることはあらしまへん。 」

この城随一の腕をもつ料理長は 満面の笑みを浮かべている。

彼の料理の腕前は周辺諸国にも鳴り響いており、ギルモア王国の宴は心尽くしの料理でも

広く知られていた。

「 大人は ・・・ いつも前向きだ。 だから ・・・ あんなに美味い料理ができるのだな。 」

ジャンはワインをグラスに注ぐと く・・・っと咽喉に流し込んだ。

「 フランソワ−ズ姫も いつもいつも積極的だ。 大きな瞳でかっきりと前を見つめている。

 あの瞳の輝きは 彼女のこころそのものなんだろうな・・・ 」

ふうう ・・・・ と若き王太子の吐息が 高い天井に立ち昇る。

「 ・・・ それに引き換え ・・・ この私は ・・・ 

ジャンは かちり、とグラスを卓に置くと そっと右手を胸に当てた。

大人は 空のグラスにワインを注ぎ足した。

「 若。 溜息に埋もれるには、まだ早すぎまっせ。 」

「 ・・・ 大人。  しかし、私はたった一人の女性の心すら得ることができなかった男だ・・・ 」

「 ロ−ザはんのことアルね。 

「 ああ・・・。 大人になら話しても構わないだろう? 

 あんなに固く言い交わしていたのに。 彼女は・・・ なぜ ・・・ 」

ジャンはブラウスの襟元から金鎖を引き出した。 

シャンデリアの光を受け煌くその連なりの先には 翠の輝石をあしらった耳飾が片方揺れている。

「 若・・・ ロ−ザはんは ・・・ ご身分をようくわきまえはった、と思うアルね。 

 若と一緒になることは いずれこの国の女王はんにならはる、いう意味や。 それで・・・ 」

「 そんな・・・! 私は彼女が侍従長の娘だからといってなんの不足もない。

 それどころか彼女は、ロ−ザは立派に女王になれる優れた女性だよ。 」

「 ほいでも。 周りのお方の事を考えはったん、ちがいますか。 」

「 父上はそのようなことを気になさる方ではない。

 亡き母上も 隣国の侯爵家出身ではないか! 」

「 ほいでも・・・・ 若 ・・・・ どうかグレ−ト侍従長の心中も察してあげなはれ。 」

「 ・・・ しかし、大人・・・! 」

「 若。 どこの親御はんが娘の不幸を望みますかいな。 

 グレ−トはんはほんまは若とロ−ザの幸せを望んではったと思います。 」

「 それならなぜ! ・・・ 侍従長はどうしても、どうしてもロ−ザの居場所を

 教えてはくれないのだ。 ただ、もう忘れてくれ、とだけ・・・」

深い溜息が ジャンの口からもれる。

大人は痛ましい眼差しで 若者を見守っている。

「 ・・・ 若様。 ワテには今にきっと何か吉報がある、思えますよって・・・

 どうぞお力を落としならはらんで・・・ 」

「 ありがとう、大人・・・。 だが 来月の成人の宴で私は花嫁を選ばなければならない。

 それが ・・・ この国を継ぐ者の務めだ。 」

「 ・・・・・・・・ 」

「 ああ、悪かったな。 愚痴につき合わせてしまって・・・

 今夜は無礼講、大人もばあやと楽しんでくれ。 」

「 ありがとうございます。  あれも今夜は大張り切りでしたよって。 」

「 そうだな。 ばあやのおかげでフランソワ−ズは見違えるほどしとやかな姫君にみえたぞ?

 ふふふ・・・ 剣が得意で遠乗りが趣味のあのお転婆が。 」

「 いや〜〜 もう天女はんと見まちごうてしまったアル。 

 でも、若。 ワテは王子ハンの形 ( なり ) で 元気に駆け回っている姫もスキですわ。 」

「 ははは・・・ そうだな。 はて、あのジャジャ馬姫の意中の騎士はどなたかな。 」

「 明日が楽しみですワ。  ・・・ ほんなら 若。 お休みなさりませ。 」

「 ・・・ ああ、 ありがとう、大人。 お休み・・・ 」

ジャンは微笑んで 丸っこい大人がお辞儀をして退出するのを見送った。

 

チリリ ・・・

 

手の中で翠玉の耳飾が微かな音をたてる。

 

  ・・・ ロ−ザ。 お前は ・・・ 今、どこに。

 

ふたたびジャンの面 ( おもて ) は深い憂愁の影で覆われてしまった。

 

 

ギルモア王国の王太子・ジャンは セピアの髪と翡翠の瞳を持った乙女と愛しあっていた。

優しい面立ちの彼女は 宮廷の侍従長・グレ−トの愛娘だった。

侍従長は父王の長年の側近であったので 彼の娘・ロ−ザはジャンと子供の頃から

見知っていたし、遊び相手でもあった。

そんな二人がお互いに熱い想いを持ち合うようになったのは ごく自然の成り行きだったのだ。

 

「 君には 大変な負担をかけることになるけれど。 

 僕を信じて ・・・ いや、僕を助けてくれないか・・・一生。 ロ−ザ。 」

「 ジャン ・・・ 私が出来ることならなんでも・・・! 」

 

こっそりと二人だけで誓いあってからは 出来るだけ人目に付かぬ付き合いを心がけていた。

ある日。

父王の補佐と剣の稽古の合間を縫ってジャンはそっと城を抜け出した。

 

「 あ! お兄様! 森へいらっしゃるの? わたしも連れていって! 」

「 ・・・ フランソワ−ズ・・・ 」

「 ねえねえ、いいでしょう? 馬でご一緒するわ。 」

「 姫 ・・・ ちょっとこちらへ。 」

「 はい。 なあに、お兄さま。 」

中庭でひとり、剣の稽古をしていた妹姫に見つかってしまった。

聡明な妹の大きな瞳に見つめられ、 ジャンは腹を括った。

 

「 あのな。 これは姫にだけ話すのだぞ。 」

「 はい。 」

「 兄はな ・・・・ 」

 

ジャンはロ−ザと将来の約束をしたことを、こっそりとこのお転婆姫に伝えたのだ。

大きな青い目は きらきらと輝き、一心に兄を見上げている。

「 お兄様・・・ よかった!ロ−ザは素敵なヒトですもの、きっとこの国のよい女王になってよ。 」

「 フランソワ−ズも そう思うかい。  」

「 ええ! 彼女は乗馬 ( うま ) もでるし、剣もちゃんと使えるの。

 ふふふ・・・わたしもナイショ話しちゃうわ。 彼女って弓矢がとても上手よ。 」

「 へええ・・・ 弓も引くのか。 それは 僕もしらなかった! 」

「 ふふふ。 だからわたしも強くて優しいロ−ザが大好きなの!

 よかった〜〜〜 素敵なお姉さまができるわ。 お兄さま、おめでとうございます。 」

「 し〜〜〜。 まだ誰にもナイショだぞ? 」

「 ええ、わかっていてよ。  ・・・ 行ってらっしゃいませ、お兄さま。 ロ−ザにヨロシク♪ 

「 ははは・・・ お見通しだな。 行って来る。 」

ひそ・・・っと耳打ちを返した兄を フランソワ−ズは満面の笑顔で見送った。

 

そして。

 

いつもジャンがロ−ザと会っていた森の小屋のドアを開けたとき。

 

「 王太子様。 お待ち申し上げておりました。 

「 な・・・!? 誰だ?! あ・・・ グレ−ト!! 」

 

小屋の中には愛しい女性 ( ひと ) の姿はなく、彼女の父である侍従長のグレ−トが

ひっそりと畏まっていた。

 

「 ジャン様。 どうぞあの娘のことはお忘れくださいませ。 」

「 な・・・ なにを言うか! ロ−ザは、ロ−ザはどこだ? まさか彼女の身に・・・? 」

ジャンは血相を変え頭を低くしている侍従長に詰め寄った。

「 どうぞ・・・ お鎮まりくださいませ。 娘は元気にしております。 」

「 そうか! よかった・・・  それで、どこにいるのだ? ロ−ザは。 」

「 申し上げられませぬ。 ジャン様、 これは娘の意思でもあるのです。

 どうか ・・・ あの娘のことはお忘れくださいますよう・・・ 」

「 グレ−ト・・・! 」

何度ジャンが懇願しても、しまいには剣を突きつけても。

侍従長は牡蠣のごとくに 口を閉ざしたままだった。

 

「 もう いい。 他のものに訊ねる。 そしてなんとしても彼女を見つけだすからな! 」

ジャンは珍しくも語気を荒立て 足音もたかく去ろうとした。

「 ジャン様 ・・・ 

「 ・・・ なんだ! 」

「 ・・・ これを。 どうぞ、形見と思し召してください。 」

「 な・・・ 形見だと?? 」

思わず振り返ったジャンに 侍従長は小さな細工モノを差し出した。

 

  ・・・ これは ・・・! 二人だけの婚約の印に渡した耳飾・・・!!

 

ジャンは掌で燦然と輝く金細工を呆然と見つめていた。

かの乙女の瞳にも似た翠玉はたったひとつ、淋し気に瞬いていた。

 

・・・ ロ−ザ ・・・ ! お前は ・・・ なぜ!?

 

その日から、ジャン王太子の顔に時折暗い影が過ぎるのに妹姫は目敏く気がついていた。

 

  お兄さま。 ロ−ザは? お二人はどうしてしまったの・・・・

 

仲の良い兄妹だけれども、なぜか兄に問い質すのは憚られた。

フランソワ−ズは なにも聞かずに、でもなるべく多くの時間を兄の側で過すようになっていた。

 

 

 

多くの客人が滞在しているので、城中が華やかな空気で満ちている。

 

  さ。 ワテも早うに休んで明日の朝食に備えるアル。

  アイツはどうしてるアルか。 姫君のお寝間のお手伝いは終ったやろか・・・

 

張大人は 細君を迎えに足取りも軽く姫君の居室へ立ち寄った。

姫君の乳母である大人の細君は 控えの間に詰めているはずである。

「 ・・・ おい? ワテやで。 入るで。 

形ばかりのノックをして、大人は控えの間の扉を開けた。

「 鈴々? 姫君はもう お休みかいな。  ・・・・? 」

ばあやの居間は姫君の部屋へも繋がっているのだが、小さな灯りが点っているだけで

誰の姿も見あたらなかった。

「 ・・・ まだ 姫様のとこやろか ・・・ 」

ばあやの夫とはいえ、勝手に姫君の部屋に足を踏み入れるわけには行かない。

「 どないしょ。 ちぃ〜と待ってみるアルか・・・・ 」

大人はふと、姫君の部屋への入り口に降りている帳をそっと引き上げた。

「 ・・・ あ〜 ・・・ 失礼いたしますです。

 鈴々 ・・・ ?  ワテやで・・・ もう御用は済んだアルか・・・ 」

フランソワ−ズ姫の豪華な居室は静まり返っていて 人の気配はなかった。

いつもばあやと共に姫君の側に仕えている侍女たちの顔も見えない。

「 ??? あ〜〜 張です、ばあやの亭主の料理長の張アルよ。

 姫様、ちょいと失礼いたしまっせ。 」

痺れを切らせた大人は かなりの大声で名乗ると ずい・・・っと姫君の部屋へはいった。

「 鈴々 ?? おらへんのんか〜〜 ? 

「 ・・・・ あんた ・・・ 」

「 ?!  鈴々か?? どこにおるねん。 返事、しいや。 おおい・・・ 」

大人は微かな声に耳を澄ませた。

「 ・・・ ここ ・・・ 姫様の お寝間 ・・・ に ・・・ 」

「 あいや・・・  どないしょ??  」

困りきった大人は ふと、奥へのドアが半開きになっていることに気がついた。

「 ・・・ ご無礼を・・・・  誰もおらへんな〜  ・・・ うん? 」

そっと覗いたその部屋にも 人の気配はなかった。

しかし。

灯りを落としたその部屋の真ん中で。 ぺったりと床に座りこんだ丸まっちい影が

低く・・・ ほとんど聞こえない程度の低さで 小さな小さな呟きがきこえた。

「 鈴々 ・・・ かい? 」

 

「 ・・・ 姫様 ・・・・ ばあやの大切なフランソワ−ズ姫さま・・・ 」

 

姫君の豪華な居室には ばあやがひとり、呆然とあのドレスを抱えて座りこんでいた。

「 どないしたアル?? 姫様はどこや。 」

突然入ってきた夫の姿も ほとんど目に入らず、 ばあやはぶつぶつと呟くだけだった。

 

「 ・・・ 黒の森に・・・ あの城へ。 姫様 ・・・ ばあやの姫さまぁ・・・・ 」

「 なんやて?? 」

 

ちょうどその頃、 剣を腰に吊るし愛馬を駆ったフランソワ−ズは一路 暮れなずむ道を

黒の森深く進んでいっていた。

 

 

「 ・・・どうどう ・・・  さあ、あまり急いではダメよ。 」

逸る白馬に跨った亜麻色の髪の騎士は 優しく愛馬の首を叩いた。

「 ああ・・・ この前来たところね。 そうだわ、あの時はまだお日様がアタマの上にあったわ。」

今、前方は勢い良く生い茂った茨のが 複雑にそしてびっしりと生え揃っていた。

「 ここを突破しないとダメね。 う〜ん ・・・ 仕方ないわ、剣で道を切り開くしかないわね。 」

フランソワ−ズはアロ−から降りるとマントを外し、すらり、と腰の剣を抜き放った。

「 あ・・・っと。 」

マントの肩に止めてきた野薔薇がはずれ、茨の茂みに引っかかってしまった。

「 いけない・・・! ジョ−から貰った大切なお花なのに・・・ 

フランソワ−ズは手をのばし、そっと一輪の野薔薇を取り上げた。

「 よお〜〜し。 それじゃ ・・・ 」

 

  ぶるるるる ・・・

 

アロ−が心配気な顔で主人に擦り寄ってくる。

「 大丈夫よ。 さ、退いていなさい。 枝が飛んで当たったら怪我をするわ。 」

フランソワ−ズは 茨の茂みに近寄った。

「 ごめんなさい。 樹や草をあまり切り捨てたくはないのだけれど・・・   あら・・・? 」

剣を振り上げた途端に 

 

ざわざわざわ ・・・ ざわ ・・・・

 

目の前の茂みが 突然揺れだし もつれからんでいたトゲだらけの茨のつるは綺麗に左右に分かれた。 

 

「 フランソワ−ズ姫、ようこそ! やっぱりキミは来てくれたんだネ! 」

「 ・・・??  だあれ? どこから話かけているの? 」

「 ボクだよ〜〜 」

ぽわん、とフランソワ−ズの目の前に可愛い天使が姿を現した。

「 まあ、イワンちゃん! 」

「 そうだヨ。  勇敢は姫君、ようこそ。

 ほら・・・ 茨たちも喜んで道を開けてくれたヨ。 」

「 まあ・・・ そうなの? この・・・ 野薔薇が道案内してくれたみたい。 」

「 ふうん? ああ、それってジョ−から貰ったんだろ? 」

「 そうよ。 わたしのお誕生日の宴に来てくれて・・・ わたし、ジョ−と踊ったの。

 その時に・・・ これを貰ったのよ。  」

「 ふふふ・・・ ぼくがジョ−にちゃんと夢を見せておいたからネ。 」

「 あれは ・・ 夢だったの? 」

フランソワ−ズはちょっと哀しい顔をした。

「 ウン。 でも ・・・ ボクがキミ達二人にプレゼントした予知夢なのサ。 

 さあ・・・ これからはキミひとりの力で行くんだ。 そして 」

白い天使はふわふわと宙に舞い上がると 目の前に聳える優雅な城をフランソワ−ズに示した。

「 伝説の白鳥の城サ。 ここに ジョ−が眠っているヨ。

 キミの力で ・・・ 彼をこころから愛する乙女の姫、ジョ−を、この城を目覚めさせるんだヨ! 」

天使はもう一回フランソワ−ズの頭上で旋回すると ぱっと姿を消してしまった。

「 ・・・ あ!!  ・・・・ イワンちゃん?? ああ・・・ また見えなくなっちゃった。 」

 

  ぶるるるる・・・・?  ぶるるる!!

 

アロ−がそっと近づいてきて、主人に鼻面を押し付ける。

「 ああ・・・・ アロ−。 え? ええ、そうね! 行きましょう。 」

フランソワ−ズはマントを羽織ると再び騎乗の人となった。

 

「 さあ! 目指すはあの・・・城よ! 」

 

 

壮麗な白鳥の城は 本当に城自体も眠っているみたいだった。

跳ね橋も城門も 解放されたままで門番小屋では担当らしい兵士が眠りこけていた。

 

・・・ あらら。 随分と無用心ねえ?

でも、これはもしかしたら悪魔のワナかもしれないわ。

 

フランソワ−ズは周囲に細心の注意を払いつつ、アロ−と共に城の中庭に入っていった。

平坦な石床を敷き詰めた中庭では 周囲の花壇が花盛りだ。

 

綺麗・・・ まあ、ここの野薔薇だったのね。 

ねえ、お仲間のところに帰りたい? 

 

マントの肩に留めた野薔薇に 姫君は語りかける。

 

  ・・・ イッショニ連レテ 行ッテ下サイ。 オ役ニタチマス ・・・

  アノ茨達ハ 悪魔ノ呪デ姿ヲ変エラレタ私ノ姉妹達ナノデス。

 

え・・・?  そうなの? それじゃあ ・・・ もうちょっと付き合ってね?

 

カツカツカツ ・・・ カツカツカツ ・・・・

 

アロ−はヒズメの音を響かせ、フランソワ−ズはゆっくりと居城の中に入っていった。

 

「  ・・・ さ。 お前はここで待っていてね。 

 いくら魔法にかかったお城でも 馬に乗ったまま入るわけにはゆかないわ。 」

フランソワ−ズはひらり、とアロ−から降りたち、徒歩で城の中に向かった。

アロ−はハナを鳴らし、ヒズメで床を蹴り着いてきたがったが 姫きみの笑顔に制された。

 

大丈夫。 一人でも ・・・ わたしにはこの剣があるわ。 

・・・ あ ・・・? 大広間は ・・・ この先ね?

 

白鳥の城は その名に相応しく佇まいだけでなく内部も壮麗で手入れも行き届いていた。

眠りの魔法は 歳月すらも眠らせてしまったのだろうか、

城は つい今しがたまで人々が行き来していたかのようだった。

 

・・・ やっぱり。 ますます怪しいわ・・・! どこかで悪魔の侯爵が見張っているかも・・・

 

フランソワ−ズは そっと壁伝いに進み 大広間を探し当てた。

宴の最中だったのだろうか。

煌びやかに着飾った人々が そちこちで眠りこけていた。

 

まあ ・・・ !  御馳走もワインも眠っているのかしら。 

 

卓上豊かに盛られた饗宴の品々も瑞々しいままだ。

フランソワ−ズは周囲を警戒しつつ、一段と高くなった正面に向かう。

 

「   ・・・ あったわ ・・・!  」

 

玉座は ・・・ なかった。

そこには 豪華な寝台が安置されひとりの若者が昏々と眠り続けていた。

 

「 ジョ− ・・・ ! やっとみつけたわ! ジョ−、わたし、来たわ! 

 

フランソワ−ズはぱっと寝台に駆け寄った。

その時。

 

   ・・・・ わはははははは  わはははは ・・・・!!

 

中空からおどろおどろしい声が響き 一瞬にして辺りは暗闇に包まれた。

ただ ジョ−の寝姿だけが ほう・・・っと光に護られ浮き上がっている。

 

「 ・・! 何者ッ ! 」

フランソワ−ズは剣を抜き払い、隙なく身構えた。

 

   バカものめ〜〜〜 まんまとワナにひっかかったな!

 

「 罠 ?  これが ・・・ 罠だというの! 」

 

   わははは ・・・・! 勇敢なる男装の姫君?

   そなたの勇気には敬意を表するワ!  

   ふふふ ・・・ まさかこんなお転婆姫君が現れるとはな・・・ 夢にも思わなかったぞ。

 

再び耳障りな高声が 嘲笑う。

「 出て来い! そして 正々堂々と勝負せよ! 」

 

   ふん、生意気な。 女風情に何ができる! 

   その綺麗な顔が傷つかないうちに とっとと帰るがよい!

 

ざ・・・ っと闇の中から大きなコウモリが襲ってきた。

カン ・・・!

フランソワ−ズの巧みな剣が コウモリの鋭いツメを払う。

ばさ ・・・! ばさばさ・・・・!!!

闇の中から同じ色の魔性の翼が飛び出し、フランソワ−ズに襲い掛かる。

しかし ジョ−を包む仄かな明かりを頼りに、彼女の剣捌きはますます冴えてゆく。

 

   くそゥ ・・・ 猪口才な・・・! もう手加減せんぞ!!

 

ばさばさばさ ・・・・ 突然無数の小さなコウモリが飛びかかってきた。

フランソワ−ズの周りに纏わりつき、動きを封じてしまった。

「 ・・・ あ ・・・!  む ・・・ 卑怯もの・・! 」

ざざざ ・・・  ぎぃッ!!!

一際大きな羽音と共に悪魔のコウモリが 襲ってきて そのツメで姫君の咽喉笛を狙う。

「 ・・・ く ・・・ッ!! 」

必死で振り払った剣で フランソワ−ズはなんとかかわすことが出来たが ・・・

「 ・・・ あ ・・・ 野薔薇が・・・ 

フランソワ−ズが大切に肩に留めておいた野薔薇は

コウモリのツメに 身代わりの如く千切られ、撥ね飛び ・・・ 眠るジョ−の胸元に落ちた。

 

   ・・・ く ・・・!  しまった!!

 

「 ・・・ ? なに ・・・ どうしたというの ・・・? 」

ジョ−を取り巻いていた淡い光が 突然強くなり始めた。

広間はだんだんと明るくなってゆく。

そして。

寝台に眠るジョ−の胸が 徐々に大きく、はっきりと上下し始めた。

 

「 ジョ− !  目を覚ませ! 目を ・・・ 覚ますんだ !! 」

中空に赤ん坊の姿をした天使が現れた。

「 イワンちゃん・・・! 」

「 フランソワ−ズ姫! よくやったね! その野薔薇が助けてくれたよ。

 さあ ・・・ ! 」

「 ・・・ ええ ! 」

フランソワ−ズは寝台に走りより ・・・ 羽根布団に身を沈めている若者に

身を屈めると しっとりと唇を重ねた。

 

   ・・・ う〜〜〜〜むむむむ・・・・ こしゃくな・・・ヤツめ・・・!

   うううう ・・・ こうなったら道連れにしてやる 〜〜〜 !!

 

ざざざざざ ・・・・・

再び大コウモリが 二人めがけて襲ってきた。

「 ・・・ 危ない! ジョ− ・・・ ! 」

フランソワ−ズは咄嗟にジョ−の身体にわが身を伏せて彼を庇った。

「 う ・・・ !  ああ ・・・! 」

一瞬呻き声を上げると フランソワ−ズはそのままがっくりとジョ−の上に倒れ伏してしまった。

 

   ぽた ・・・ ぽた ぽた ・・・・

 

「 ・・・ う ・・・ なんだ ・・・ この ・・・ 熱い哀しみは ・・・ 」

低い呟きが聞こえぴくぴくとジョ−の瞼が動き始めた。

「 ・・・ あ ・・・ ジョ− ・・・ よ  かった ・・・ 」

「 ? ・・・姫? フランソワ−ズ姫!  ああ・・・ どうしたのですか! 

 あ ・・・ これは ひどい血だ ! 」

「 だ、大丈夫・・・ ちょっと 掠っただけ ・・・ 」

姫君の左腕は コウモリの鋭いツメで切り裂かれていた。

「 大丈夫じゃない! ちょっと ・・・ 我慢してくれる? 」

ジョ−は自分のシャツをびりりと裂くと フランソワ−ズの傷口をしっかりと縛った。

「 ・・・ ジョ− ・・・ ありがとう! 」

「 痛いだろうけど、しばらくの辛抱だよ。 」

「 平気よ。 ジョ−が手当てしてくださったのですもの。 すぐに治るわ。 」

「 ・・・ きみってひとは ・・・ ああ、本当によく来てくれたね! 」

「 ジョ−。 あなたこそ・・・ 宴に来てくださったわ。 

 わたし ・・・ わたし、あなたが ・・・ 」

「 し。 ふふふ ・・・ それから先はぼくから言わせてくれる?  勇敢な姫君。 」

「 ・・・ ええ ・・・ お願い。 」

「 フランソワ−ズ ・・・ ぼくはきみを愛してる。 」

「 ジョ− ・・・ わたしも。 」

「 お願いです、ぼくと ・・・ 」

 

   え〜〜〜い !!!  煩いうるさい〜〜〜 こやつめら!!

   我輩の前でなにをいちゃいちゃしているのだ!! 許せん〜〜

 

宙からヤケクソ気味な声がひびくと 大コウモリが捨て身の攻撃を仕掛けてきた。

バサバサバサ 〜〜〜 ザザザザ ・・・!!!

 

「 おのれ、スカ−ル! しぶといヤツめ!  フランソワ−ズ、剣が持てるかい。」

「 ええ、 両手で持てば大丈夫よ。 」

「 よし。 じゃあ共に闘うぞ! 」

「 望むところですわ、ジョ−王子様。 いつも一緒よ! 」

バサ・・・・・ !!!

大コウモリが二人に飛びかかってくる。

「 うん!  ねえ、結婚してくれる?  」

「 ええ! 喜んで ! 」

「 ありがとう!  それでは ・・・ 誓いのキスを ・・・ 今度はぼくから♪ 」

ジョ−は剣を構えたまま、空いている腕でフランソワ−ズを抱き寄せ・・・

そして 二人は熱く熱く唇を重ねた。

 

  わあ〜〜〜〜〜 くそゥ〜〜 こんな甘い攻撃は うぐぐぐぐぐ・・・

 

突如苦しげな悲鳴が響きわたり、大コウモリは失速した。

「 スカ−ル・・・! トドメだ! 」

バ ・・・・ !!!  

ジョ−とフランソワ−ズの剣が共に その不気味な姿を払った ・・・ その時。

一瞬 雷鳴が響き稲妻が城の窓から飛び込み、誰もが目が眩み顔を伏せてしまった。

そして 

再び静けさが戻ったとき、大広間の床にはコウモリの羽が千切れて落ちているだけだった。

 

 

 

ホイ ホイ ホイ ・・・    カツカツカツ ・・・・

蹄の音の合間に のんびりとした掛け声が聞こえてくる。

両側を野薔薇の垣に彩られた道を 栗毛の馬がぽこぽことやってきた。

手綱を握るのは 張料理長、そろそろ夜風も冷たい季節なのに額に汗を浮かべている。

 

「 よしおま。 ワテが <通い> になりまっさ。  」

フランソワ−ズ姫がジョ−と華燭の典を挙げ、白鳥の城に移るとき、

張大人は どん・・・! と肉厚の胸を叩いて宣言した。

彼の細君は姫君の生まれた時からのばあやで、お輿入れにも当然付いて行くという。

白鳥の城の若い城主夫妻の正式な披露の宴は ジャン王太子の成人の祝いと

一緒にとり行われることになっていた。

 

「 ばあや ・・・ いいかしら。 わたし ・・・ お母さまも早くに亡くなってしまったし・・・

 家事はなにもできないのよ。 ひとりでは不安だわ。 」

「 ようございますとも、姫様。 ばあやからお供させてくださいまし、とお願いするつもりでしたよ。 」

「 ありがとう! 嬉しい。 あ・・・ でも困ったわ。 張大人はお父様のお城の

 大切は料理長さんだから・・・ ばあや達を夫婦別れさせちゃうわ。 」

「 姫様。 ばあやの大切な姫様・・・ ばあやはたとえ張と別れて住む事になっても構いません。

 姫様がお母様になられる時もお側におります。 」

「 ・・・ やだ ・・・ ばあやったら。 そんな ・・・ ずっと先のことよ、きっと。 」

フランソワ−ズは頬を染めて俯いた。

「 いえいえ ・・・ こんなに仲睦まじいお二人ですもの、 すぐにお可愛い天使が

 授かりますですよ。 ジョ−様、そうでございますよねえ? 」

「 うん。 そうなら嬉しいんだけど。 

 ごめん、出来れば君にはこの城に一緒に来てほしい。 大人にぼくからもお願いしてみるよ。 」

ジョ−は側でにこにこして二人の遣り取りを聞いていたが、静かに口を挟んだ。

「 まあ、そうしてくださる? ありがとう、ジョ−。 」

「 きみがいつでも微笑んでいてくれるように ・・・ ぼくはなんでもするよ。 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ 」

「 フランソワ−ズ ・・・  」

新婚カップルはじっと見つめ合いたちまち二人だけの世界に没入してしまった。

 

  まあま♪ お邪魔ムシは消えましょ。 

  ふふふ・・・ まだホヤホヤだものね、無理ありません。

 

ばあやは足音を忍ばせて退出した。

・・・ そんなワケで。 張大人は太っ腹なところを示し、細君とともに新婚夫婦の城に

移り住み、ギルモア城へ <通い> の日々となったのである。

彼も糟糠の妻を熱愛していたので 別居など思いもよらなかった。

 

 

「 ホイホイホイ ・・・ ふは〜〜 今日もホンマに忙しゅうてなあ・・・

 ほいでも この道を通るたんびにな〜んや疲れがすう〜〜っと抜けてゆくワ 」

ギルモア城から白鳥の城まで、かつては黒の森が鬱蒼としげり茨が行く手をふさいでいたが、

今では両側に野薔薇の垣が続く 明るい小路が通っている。

二つの城の間を 多くの人々が足繁く行き来するようになった。

 

夜も帳も深く降り、星明りに照らされ腕利きの料理長・張大人は帰路についていた。

 

コックリ・・・ コックリ ・・・・ 

昼間の疲れで 大人の丸まっちい身体は馬上でゆらゆら・・・船を漕ぎ始めた。

 

  キイテ ・・・ キイテクダサイ

 

ざわざわざわ。 夜風に野薔薇の垣がゆれ微かな声が大人を呼び止める。

 

  ・・・ モウシ ・・・ 白鳥ノ城へ帰ル オヒト・・・

  キイテクダサイ  ・・・ ソシテ じょ−様ニ 伝エテクダサイ・・・ エイ!

 

ぱし・・! と野薔薇の赤い実が大人の額めがけて飛んできた。

 

カックン ・・・ カックン ・・・ !??

「 !!? わわわ・・・!! ナニね?  ・・・ この実は ・・・ 野薔薇やろか? 」

大人は馬上で飛び起きた。

 

  キイテ ・・・ キイテクダサイ!

  マタ ・・・ すか−るガ 悪巧ミシテイルヨ

  アイツハ ナントシテモコノ王国ヲ 手ニ入レタイト狙ッテイマス

 

「 な、なんやて!? ほんまかいな。 」

 

  ソノ実ヲ じょ−様ニ。 信ジテ頂ケマス

  

「 ・・・ ほんまなら エライこっちゃ。 教えてくれておおきに!

 ほい、お馬はん? ちい〜と急いでくれまへんか。 」

大人は野薔薇の赤い実を しっかりと内ポケットに収めた。

 

 

 

「 ジョ− !  心配だわ。 スカ−ルは今度はどうやって攻めてくるのかしら。 」

白鳥の城の瀟洒な居室で 城主夫妻は顔を見合わせ思案していた。

二人の間には 張大人が持ってきた赤い野薔薇の実がぽつりと置いてある。

「 うむ ・・・。  アイツは目立ちたがりだからな・・・

 大勢の目の前で自分の勝利をひけらかしたいのだろう。 」

「 大勢の前 ・・・ あ! お兄様の成人のお祝いの日じゃない? 」

「 ふむ。 アイツめ、この城が手に入らなかったのでギルモア城を狙うか。 」

「 それに ・・・ あの・・・ スカ−ルにはジョ−との結婚を迫った娘がいるでしょう? 」

「 ああ。 ぼくがどうしても承諾しなかったからね。

 次は ・・・ 義兄上を狙うのか?? 」

「 そうよ! 兄にはね ・・・ ナイショなんだけど相思相愛の女性 ( ひと ) がいたの。 

 ローザさんというそれは素敵な方なのに・・・ 」

「 そうなんだ? でも ・・・ そのひとは・・・? 」

「 ええ ・・・ 二人だけで婚約までしたのだけれど。 ご身分が ・・・

 王族ではないので身を退いてしまわれたの。 今はどこにいらっしゃるのか・・・ 」

「 そんな! 愛しあっているのに・・・ 」

「 そうよね。 ・・・ わたし、ジョ−がどこの誰でも ・・・ 愛してるわ。 」

「 ふふふ ・・・ こんな遥か古( いにしえ )から来た男でも、かい。 

 フランソワ−ズ、きみの祖父君よりも ぼくは・・・ 」

「 関係ないでしょう? ジョ−は ジョ−。  それだけよ。 

 ジョ−こそ ・・・  わたしみたいなお転婆を娶ってくださったわ。 」

「 ・・・ きみの笑顔に、きみの勇気に。 きみの ・・・ 愛に勝るものはないよ。 」

「 ジョ− ・・・ ! 」

「 ぼくは本当にラッキ−な男さ。 

 すべてはきみとめぐり逢うためだったって ・・・ 今は運命に感謝しているよ。 」

「 ええ、ジョ−。 わたしも ・・・ わたしもよ。 」

熱い視線を絡ませあい、二人はすぐに甘〜〜いム−ドに浸ってしまう。

「 ・・・ ジョ− ・・・ ヤダ、まだ・・・ ダメよ。 」

「 う ・・・ン だってきみがあんまり魅力的だから・・・さ。 

 ああ、でも!   なんとしてもスカ−ルの陰謀を砕かなくては。 

 しかし、義兄上の大切な日を騒がせてはいけないし・・・ 」

「 う〜ん ・・・ そうねえ。 成人の祝いの席で、兄は花嫁候補の姫君達と踊るの。 」

「 そうか ・・・ 義兄上、お辛いだろなあ・・・ 」

「 ええ・・・ わたしもジェロニモに頼んで内々で彼女を捜しているのだけれど。 」

 

「 心配は要らないヨ ! 」

 

「 ・・・え??  あら! イワンちゃんね。 」

「 ウン ・・・ へへへ ・・・ 抱っこしてくれる? フランソワ−ズ姫。 」

「 ええいいわよ。 いらっしゃい。 」

宙にぽわん・・・と現れた白の天使は そのままふわふわとフランソワ−ズの腕の中に着地した。

そして ぴた・・・っと薔薇色の頬をフランソワ−ズの胸に寄せた。

「 ・・・ いい気持ちだナ ・・・ 」

「 おい? そこはぼくの指定席だからな〜 あんまり馴れ馴れしくするなよ〜 」

ジョ−が笑って くしゃり・・・とイワンの銀髪を撫でる。

「 野薔薇に加勢してもらいなヨ。 じょ−? 当日に摘み立ての花を用意するんだ。 」

「 わかった。 」

「 それで ・・・? イワンちゃん、あとはどうしたらいいの? 」

「 さあネ。 それは ・・・ ジャンが本当に彼女を愛していれば・・・おっけ−ダヨ。 」

「 愛していれば・・・? あ・・・ イワンちゃん? 」

白い天使は ほわん・・・と宙に浮いたと思うと 姿を消してしまった。

 

「 わたし。 お兄様のお祝いの日には剣を持って行くわ。 」

「 そうだね。 二人で義兄上の加勢をしよう。 今度こそスカ−ルの息の根をとめなければ! 」

「 ええ! 」

力強く頷き合うのは 若い夫妻・・・というよりもりりしい二人の騎士の姿だった。

 

 

 

くっきりと晴れ上がった日、真っ青な空はどこまでも澄んで雲ひとつ見当たらない。

今日は ジャン王太子の成人の祝いの日。

ギルモア城の周囲を廻る森や林も 色とりどりに装いを凝らしているようだ。

周辺の国々から諸侯達が馬車を連ね 壮麗なギルモア城目指してやってくる。

 

 

「 お兄様。 おめでとうございます。 」

「 おお ・・・ フランソワ−ズ、 ありがとう。 

 ふふふ ・・・ お前もそうやっているとちゃんとした城主夫人に見えるなあ。 」

「 ま。 随分なお言葉ね、お兄様ったら。 」

トルコ・ブル−も鮮やかなドレスを纏い、亜麻色の髪をゆったりと結い上げた妹姫の

しっとりとした艶やかさに ジャンは目を細めた。

「 お前達の披露の宴、 延ばしてしまってすまないな。 」

「 あら、そんなこと。 お兄様のご結婚の時と一緒がいいわ。 」

「 ・・・・ そうか ・・・ そうだな。 

ジャンは礼服に身を包み、 深い溜息を洩らした。

「 お兄様・・・ 」

「 ふふ ・・・ 嗤ってくれ。 妹のお前が自分自身の手で愛を勝ち取ったのに・・・

 この兄は なにも出来ずにいるのだよ。 」

「 お兄さま! そんなこと、仰らないで。 ロ−ザはきっと見つかってよ。 」

「 ありがとう。 しかし、すでに八方手を尽くしたのだ。 

 ああ、せっかく祝いに来てくれた客人達に失礼があってはいけないな。 

 おや、ジョ−殿は? そなたの夫君はどうしたのだ。 」

「 え・・・ ああ、ちょっとね、遅れるの。 大丈夫よ、宴が始まるまでには伺います。 」

「 そうか。  二人とも楽しんでいってくれ。 」

「 はい、お兄さま。 」

フランソワ−ズ姫は、 いや、 白鳥の城の城主夫人は優雅に会釈をした。

 

 

 

「 どうやね。 お客人方のご様子は。 」

「 料理長! 皆様、ご満足のご様子です。 メイン・デイッシュは大好評でしたし、

 先ほどお出ししたデザ−トには 満足の吐息があちこちから聞こえました。 」

大広間から下がって来た給仕長はにこにこ顔で張料理長に報告した。

ほ・・・っと太いため息が料理長のドジョウひげを揺らしてもれる。

「 ほうか・・・ 皆、ありがとさん。 若の成人の日をワテの最高の料理でお祝いできたワ。

 あんたらが手伝うてくれたおかげです。 」

「 陛下も王太子様も勿論、ご満悦なお顔でしたよ。 」

「 ほんまに・・・うれしぃアルねえ・・・・ ところで そろそろ? 」

「 はい、花嫁候補の姫君方がご入場になられますよ。 」

「 さよか。 ・・・ 若 ・・・ お辛いでっしゃろなあ ・・・ 」

大広間からは華やかな音楽が流れて来始めた。

 

 

「 王太子さま。 いずれ劣らぬ美しい姫君方でございます。どうぞお手をおとりになってダンスを・・・ 」

「 ・・・・・・・ 」

優雅な調とともに、着飾った姫君達がジャンの前に現れた。

 

 

「 どうじゃな。 どちらの姫君が気に入ったかの。 ん? 」

ジャンは姫君達と踊り終え、父王の玉座の側に戻ってきた。

そして 父王の問いに何も応えずに ただ首を横に振るだけだった。

「 ・・・ なんと! ジャン、そなた真面目に・・・! 」

「 父上! 父上にお願いです。 私はやはり、どうしてもロ−ザのことを諦めることができません。 

 どうぞ 彼女を捜させてください! 」

「 ジャン! 何度も同じことを・・・  うん? どなたかの・・・ 」

温厚なギルモア王が 珍しく語気を荒げた時、再び客人の訪れを告げるファンファ−レが鳴った。

 

「 グレ−ト侍従長。 どなたですか。 なにも聞いてはいないが・・・? 」

ジャンはあたふたと戻ってきた侍従長に尋ねた。

「 若君。 外国の ・・・ 侯爵とその令嬢、だそうです。 

 故あってご身分は明かせないが ・・・ 王太子様の成人をお祝いしたい、と・・・ 」

「 そうか。 どうぞ、と申し上げてくれ・・・ 」

「 は、はあ・・・ あ、お見えになり・・・・ え? 」

「 侍従長、どうした? ・・・ ああ ・・・ ! 」

 

呆然としている人々の前に 黒装束で身を包んだ侯爵とやはり艶々とした黒のドレスの姫君が

進みでてきた。

「 初めまして。 今宵はこちらの王太子殿の成人の宴とか。  我らもお祝いをひと言・・・ 」

仮面で顔をかくした侯爵は 黒の姫君をジャンの前に連れて出た。

 

「 ・・・・ ロ−ザ・・・  いや、まさか。 しかし ・・・ 似ている! 」

「 楽師ども、音曲を奏でよ! 」

黒の侯爵の命に 不思議に誰も逆らえなかった。

「 王太子さま ・・・ 」

嫣然と微笑みかける姫君に ジャンはふらふらと手を差し伸べた。

「 ・・・ どうぞ ・・・ 踊って 頂けますか ・・・ 」

「 喜んで ・・・ 」

ジャンは黒の姫君に曳かれ 大広間の中央で踊り始めた。

黒の裳裾が翻り時に濃い紫にも見える。

「 ・・・ 姫 ・・・ お名前を ・・・ 」

「 まあ、王太子様、それだけはお許しを ・・・ 訳あって名乗れません。 」

「 ・・・ ロ−ザ、 ロ−ザ だろう? 本当のことを言ってくれ! 」

「 ほほほ ・・・ それでは王太子様? 永遠の愛をわたくしに誓ってください。 」

「 ・・・ え ・・・ ? 」

「 天に向かって誓いを立ててくださったら・・・ わたくしの名前をお教えいたしますわ。 

 ・・・ いとしい ジャン ・・・ 」

「 ああ! やはりロ−ザなんだね? 勿論誓うとも・・・! 」

ジャンは黒の姫君の手をとり 天に向かって右手を差し伸べた。

 

「 いけないッ! お兄様、誓ってはダメよ! 」

「 義兄上! ・・・ これを ・・・ ! 」

突然足音たかく 二人の年若い騎士が広間に走りこんできた。

「 ?? だ、だれだ!? ・・・ ふ、フランソワ−ズ姫!??   なんという恰好だ! それに ジョ−殿?? 」

「 義兄上、 宴の最中に突然まかり越しまして失礼いたします。 

 これを ・・・ こちらの姫君に ・・・! 」

「 そうら ・・・ 野薔薇の祝福よ ! 」

騎士姿のフランソワ−ズは ジョ−と共に野薔薇の花輪を黒の姫君の首に投げかけた

 

「 !  きゃあ〜〜〜〜 !!! 」

一見、なんでもない質素な野薔薇の花輪なのだが、

どんなに黒の姫君がもがいても外すことができない。 

「 な、なにを・・!? 

 あ・・? ああ・・・??? お前は ・・・ いったい誰だ!! 」

「 ううう ・・・・」

可憐な野薔薇の花輪に絡まれたとき、黒の姫の顔がみるみる青ざめていった。

「 ・・・ これは ・・・! 」

再び彼女が面を上げたとき、そこには可憐なローザそっくりの微笑みは跡形もなかった。

薄紫の髪が乱れ、整ってはいるが冷たい顔が ジャンを睨み据えている。

 

   もう少しだったのに ・・・ !

 

「 お前は 誰だ!?  ロ−ザをどこへ隠した?? 」

「 お兄さま! あの黒衣の侯爵は ・・・! 」

「 義兄上! 」

ジョ−とフランソワ−ズは さっとジャンのそばに駆け寄った。

「 あれは スカ−ル!!  おのれ ・・・! 」

 

  ザ・・・・!!!

 

大コウモリが3人めがけて飛びかかってきた。

ジャンの剣が 空を切って悪魔の化身に立ち向かう。

 

   ・・・ むむむ ・・・ こしゃくな・・・!

   しかし これしきで参る我輩ではないわ! 

 

キーーーーン! かンカンカン !!!

3人の騎士達の剣が揃ってスカ−ルを迎え撃った。

 

「 お兄さま! 窓辺を! あれは ・・・ ロ−ザじゃない? 」

「 ロ−ザ ・・・! 」

ジャンはそのまま窓辺に駆け寄り 立ち尽くしていた乙女を抱え上げた。

「 ジャン ・・・! ごめんなさい、もう二度とお目にかからない決心をしたのに・・・

 でも 天使が教えてくれましたの。 わたくしの愛が 愛だけがあなたを救えるって・・・ 」

「 私もロ−ザ、君だけを愛している!

 君がいてくれればそれでいい。 誰にも何にも言わせない! 」

ジャンはそのまま 腕の中の愛しい女性 ( ひと ) に口付けをした。

 

  う・・・・・わああああ〜〜〜〜〜〜〜

  ぶぅわかなぁ 〜〜〜〜〜〜 !! こんなコトが ・・・ !

 

  ううう ・・・・ 真実の愛には ・・・・ 勝て ・・・ ぬ ・・・  

 

悪魔の化身は大コウモリの姿のまま、黒の姫君とともに塵となって飛び散っていった。

 

 

 

 

海のほとりの王国の。

それは むかしむかしの物語。

 

仲のよい兄妹は それぞれ愛するヒトと 美しい城に住み 

人々はみな愛と微笑みに満ち・・・

 

え? 

あの大騒ぎの宴のあと、どうなったかって?

 

それは、ね。 これはおとぎ話ですからお終いはいつも同じ・・・ 

みんな 

いつまでもいつまでも。  しあわせに くらしましたとさ。

 

 

 

**********     Fin.    **********

 

Last updated :  10,23,2007.                            back      /      index

 

 

*****  ひと言  *****

ワルノリしまくってしまいました (^_^;)

後半は 『 眠り 〜 』  と 『  白鳥 〜 』  の合体??です。

BGMは引き続き チャイコフスキ−。  

例のあのお方には 黒鳥姫になってもらいましたよん。 ( グラン・フェッテしたのかにゃ? )

ジョ−君、出番が少なくてゴメンね〜〜 でも ・・・ これって

<フランソワ−ズ姫の冒険> だから、さ♪♪

どうぞ わははは・・・と読み飛ばしてくださいませ。 <(_ _)>