『 恋人たちの肖像 ― （２） ― 』
§ やさしいひと
カツカツカツ ・・・・！！！ カッカッカッ ・・・！
我ながらすっごい靴音だと思う。 大通りだからちらちら振り返る人もいる。
ふん・・・ 当たり前だ、今日はおニューのハイ・ヒールなんだもの。
ぴっかぴかの取っておきを履いてきたのよね。 ・・・ デートだもん、張り切って当然でしょ。
な の に ！
ふん ・・・ッ ！
私はますます足を速め、わざわざ固そうなところばかり選んで歩いた。
ホントだったらカカトがダメになるから極力避けるのだけど ― そんなコト 構うもんか。
スカートを蹴飛ばす勢いで歩いた。
なんて歩き難い靴なの？！ それにこの服も ・・・ 最低！
お気に入りのワンピース なはずなんだけど もうどうだってよかった。
あ〜〜〜 むしゃくしゃする・・・！ どうしたらいいの？ ・・・ どうしようもないの？
― ガッツン ・・！
「 いった〜〜〜あ い・・・！ 」
私はなにか派手に蹴っ飛ばし 反動でとうとうヒールが脱げてしまった。
「 ・・・ くそ〜〜って なによ これ？？ あ ・・・あれ。 これって？ 」
ケンケンして靴を拾って 見上げればそれは ― 映画の宣伝看板 だった。
なんで舗道の上に出ているの？！ってムカついたのだけど・・・
もういい加減 周囲の視線を集めてしまっていたので さすがに恥ずかしくなってきた。
そろそろ隠れないとヤバイ。
私は急いで靴を履くと 目の前の映画館に飛び込んだ。
その映画館は ― リバイバル専用、みたいなちっぽけなトコで客の姿はどこにもなかった。
私は改めて ＜絶賛・ 上映中！ ＞ のポスターを見上げた
― ウソ ・・・！？
そこにはよ〜〜く見慣れた、というより懐かしい ＜人物＞ が いた。
え・・・ あれ。 サイボーグ００９ ？ 映画って
・・・ ああ あれかあ。 そ〜そ〜見損ねてたのよね ・・・
リバイバル、やってんだ？ へええ・・・・
おお〜〜 この絵♪
いいや 見ちゃおう！
私はそのまま窓口に突進するとチケットを買った。
もうとっくに上映開始時間は過ぎてたが一番近い入り口から館内に飛び込んだ。
ん？ うわああ〜〜〜〜〜〜〜 ジョー ・・・〜〜〜！！
いきなり目の前に、 ＜かつての恋人＞ ＜週一で会う彼＞ が いた。
その頃 私は大学４年、 就職も内定しあとは卒論を仕上げればオッケ〜・・・な時期だった。
前途洋洋・・・とまでは行かなくても 明日は明るくワカモノの将来には希望がいっぱいあった。
たった一つだけ・・・ いや、私としては一番重要なコトが ＜ やや難あり ＞ なのだ。
「 ― 君の言いたいことはわかった。 しかし もう少しゆっくり考えるのも必要だよ。 」
「 結論を急ぐことはないさ。 大切なのは経過だろ。 」
「 すこし 考えよう。 」
― そう、ずっと付き合っているカレシと間が イマイチ ・・・状態。
将来のコトがそろそろお互いの視野に入ってきたのであるが こればかりは順調ではなかった。
「 ・・・ わかったわ。 私 ― 帰る！ 」
「 − おい！ 」
二つ年上の彼は 一足先に社会人になってからますます慎重になった。
もともと穏やかで優しい性格だったけれど − 私は最近イライラしっぱなし。
デートの度に口げんかをし、 今日はついに決裂してしまった。
・・・ わかるけど でも！
そこはオトコらしく きっぱり言い切ってもいいじゃん！
とにかく！ やってみなくちゃわかんないよね？
心配するのは 後だっていいよ〜〜 若いんだよ〜〜 わ た し ら！
たまには強引に引っ張ってくれてもいいと思うのね〜〜
ほんの些細なことにムカついてるんだ・・・って自分でもわかっているのだけれど、
どうしても引っ込みがつかなかったのだ。
・・・ 今は何も考えたくない・・・ そんな気持ちで足音高く道を蹴飛ばす勢いで歩いていた・・・
「 ・・・ ふうう ・・・・ 」
暗闇の中でもわかるくらいに客席はがらがら ― 私は手近な席に座った。
やたらチカチカする映像の中、かつての ＜カレシ＞ が動いて喋っていた！
「 あ〜〜 ・・・ ジョー♪ うん うん この横顔がねえ〜〜 」
私はたちまち夢中になった。
なにせ 長年の ＜想い人＞ が目の前にいるのだ。
気分はたちまち あの頃 ― 毎週毎週ＴＶにかじりついて頃に逆戻りしていた。
場面はなんだか夕焼けっぽい空に演歌チックなＢＧＭがながれ ・・・ 恋人たちが向き合っている。
「 ・・・ 君に残ってもらいたいんだよ！ 」
「 そんな ！ 」
「 君に闘いは似合わない。 君にふさわしいのは ・・・ 」
「 ・・・・ ひ ひどいわ ジョー 」
「 ― そんなのって ないわ！ 」
思わず上げてしまった一声・・・ ヤバ・・・！と自分で自分の口を押さえたのだけど。
次の瞬間 ―
ザザザザザ −−−−−
「 ・・・？ な 波の音 ・・・？ 」
ジャリ − 足元で濡れた砂の音がした。 そう・・・私は海辺に立っていたのだ。
「 ― う ・・・ うそ？？？ 」
少し先には ― 恋人たちが立っている。 それでもって ― こっちを見てる。
「 ・・・ あの なにか。 」
００９、いや ジョーが 努めて平静な声で尋ねてきた。
わ・・・ ごめん・・・！ もしかしてラブ・シーン、邪魔しちゃった・・・？
「 あ ギルモア博士がお呼びなんですね？ 」
ささ・・・っと亜麻色の髪をなでつけ、００３もにっこり笑った。
・・・ フランちゃ〜ん！ ほっぺに涙の痕が残ってるじゃないの・・・！
ったく〜〜 召集しておいて ＜残れ＞ なんて言うからじゃん！
許せないわあ〜〜〜 ジョー ・・・！
私は突然の出来事に目が点だったけど、それ以上にムカついていた。
そう・・・ フランソワーズを泣かせるなんて・・！
それに なんなの？ あの偉そうな言い方は！ え！？
「 え・・っと。 は はい。 あのゥ ぜ ００９ ・・・博士が。 」
「 了解。 わざわざありがとう！ 」
ジョーは にこっと極上の笑顔を私に向けると すたすた大股で建物の方に戻っていった。
「 ・・・ あ あの ・・・ 」
「 わたしも戻りますわ。 ・・・ あの どのセクションの方ですか？
初めてお目にかかりますね。 」
「 え あ は はい・・・ 」
わたしはどぎまぎして 俯いてしまったが、ふと自分自身の脚が目に入った。
あれ。 これって・・・・
・・・ あ！ あの！ ナントカ研究所の制服じゃん？
いや ・・・ 訓練用ジャージー・・・？ ダサ〜〜
だはは・・・と思ったけど この恰好のおかげで二人にはすんなりと受け入れてもらえたらしい。
ナニがなんだかよくわからないけど・・・ フランソワーズと一緒に歩けるなんて最高♪
「 一緒に戻りましょう。 」
「 え ええ。 」
「 ・・・ あの 相談にのっていただけます？ 」
「 はい？ ふ フランソワーズさん・・？ 」
「 あの。 ・・・ わたし。 ここに留まった方がいいかもしれません。
ジョ・・・いえ ００９の希望ですので ・・・ 」
００３は 淡い微笑みを浮かべた。 白い頬がとっても淋しそう・・・
私は思わず見とれてしまった ・・・・ が。
「 留まるって ・・・ そのう〜 今回のミッション、パスするってこと・・・ですか？ 」
「 ええ。 本当ならどこまでもジョーと一緒に行きたいのですけど・・・
でも ・・・ ジョーの希望なら・・・ わたしは・・・ 」
「 だ・・・だめよっ！ そ そんなこと、だめよッ！ 」
私は思わず どっかで読んだセリフを大声で怒鳴っていた。
そうよ 冗談じゃない。 ００３が参加しなければ。
― ００９は か 還ってこない かもしれない！
あの星のあのオンナのモトに留まって・・・ いる冗談じゃない展開になってる かも。
そんなこと！ そんなこと、絶対にダメだ！
「 ・・・ え？ 」
「 あ〜〜 い いえ あの！ さ サイボーグ・チームはやはり全員揃わないと・・・
そ それに ００３の能力はミッションには不可欠ですし。 」
「 でも ・・・ 今回はイシュメールという素晴らしい宇宙船もありますし・・・
ジョーが望むなら ・・・ わたしは・・・ 」
ふせた睫毛が濃い影を頬に落とし、 薄い肩がすこし震えている。
く〜〜〜 ・・・・！ なんて可愛いのォ〜〜〜
フランちゃん！ ジョーを離しちゃだめよ！
ジョーォ！ 余所見なんかするなッ！
私は一人、大いに熱くなっていた。
そう・・・これは自分でも不思議なんだけど。
ジョーのファンで ００９は心のカレシで 初恋の君 だったけど。
・・・やっぱりジョーのお相手はフランソワーズじゃなくちゃ イヤなのだ。
００９が 他のオンナのものになってフランちゃんが泣く・・なんて許せないのだ。
「 きっと ！ ００１も待っていますよ！
ジョー・・さんは 実は本当は一緒に行って欲しいのです、そうに決まっているわ。 」
「 そう ・・・でしょうか。 」
「 そうです。 」
私は滅茶苦茶に自信たっぷりに言ってのけた。
「 ・・・ そうですか。 それなら・・・ 邪魔にならないように・・・着いてゆくことにしますわ。 」
ありがとう・・・と言って彼女はひっそりと笑った。
その・・・儚い笑みに私は完全に ノック・アウト状態 だった。
うわ〜〜・・・・と 思いつつも ―
・・・・ あ。 これじゃ ＜いくじなし！＞ の回想シーンはなし、かあ・・・
ちょぴっとがっかりしている私が いた。 まあ いいや。
ともかく ・・・ 夢ならどうか醒めないで〜〜！！
綺麗な空だわ ・・・・
あれれ・・・？ 初めて見る空だけど 綺麗だなあ・・・
ここはどこ・・・って周りをみれば 砂っぽい大地に立っていた。
どうやら 遺跡か廃墟に近い場所らしかった。 向こうに大きな柱の残骸がみえる。
「 ・・・ ジョーは どこに行ったのかしら。 」
周囲を慎重にサーチしつつ歩き始め ― 気がついた。
え。 私って。 もしかして フランソワーズと同調してる・・の？！
サク サク サク ・・・・
軽い足音を立てて ＜私＞ は歩いてゆく。 その足先が目に入った。
これって。 防護服のブーツ・・・？ それでもって・・・ これは防護服？
わくわく・どきどきしつつ ＜私＞ は フランソワーズに獲り憑いているっぽい。
「 あ ・・・ あの丘にジョーがいるわ・・・ 」
フランソワーズの足取りが軽くなった。 宮殿から連絡があり、ジョーは朝から出て行ったきりだ。
イシュメールのコクピットで フランソワーズは手持ち無沙汰でうろうろしていた。
「 マドモアゼル？ どうしたね。 たまにはのんびりしたらどうかな。 」
「 え・・・ でも。 ジョー・・・ 遅いわよねえ・・・ 」
「 なあに・・・ いろいろとその・・・打ち合わせがあるだろうよ、 その・・・アチラさんと。 」
「 そやそや・・・ アチラさんもなにかと・・・大変やさかい。
ジョーはんにようけ相談しはりたいんやろ。 」
心配する私に グレートと張大人は 明るく言った・・・ でもちょっとわざとらしくない？
＜私＞は ツッコミを入れたかったけど、フランソワーズは素直に頷いただけだった。
「 それじゃ ・・・ 散歩がてらちょっとそこまで迎えにいってきますね。 」
「 あ ・・・ ああ 」
「 気ィつけてな。 水辺に寄ったらあかんで。 」
「 はい ・・・ 」
フランソワーズは静かに出かけていった。
「 ― なあ、ちょ〜っとヤバくね？ ジョーのヤツってばあの女のトコだろ〜？ 」
「 ああ。 あのなんとかいう王女と一緒だ。 俺はあのオンナの目が気に喰わん。 」
「 へ。 オッサンも気がついたってワケかよ。 」
「 当たり前だ。 」
仲間達は皆、一様に思案顔だ。 そりゃ・・・そうだよねえ・・・
＜私＞ の意識はその様子を見つつも すぐにフランソワーズの中に舞い戻った。
「 ジョーだわ・・・ あら、どなたかと一緒ね？ この星の方かしら。 」
フランソワーズは脚を速めた。
無論、 彼女の ＜耳＞ を使えばこの距離なのだ、会話は筒抜けなはずだ。
しかしそんなことは考えてもみなかった。
慎ましく淑やかな・仏蘭西製ヤマトナデシコ はひたすらジョーの許へと脚をはやめる。
ちら・・・っと赤い服が見えた。
ジョー・・・・！ 一緒に帰ればお夕食に間に合うわね
・・・ 一緒に ・・・ 歩けるかもしれないわ
彼女は駆け出した。
ジョーはこのところ、宮殿に呼ばれ、遅くまで帰ってこない日々が続いていた。
食卓を共にすることも 本当にしばらくぶりなのだ。
古びた石の階段を駆け上がる。
そこはなにか大きな建物の遺跡、みたいな場所だった。
高台になっていて この星の市街地が見下ろせる。 きっと都市再生について協議でもしているのだろう。
「 ― ジョー？ ・・・・ あ ・・・・ 」
フランソワーズの脚が ぴくり、と止まった。
柱の陰で ジョーは。 彼は ― 誰かをその腕に抱いていた。
ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ 〜〜〜〜〜〜 ！！！
彼女の中で ＜私＞ が喚いた。
「 ジョー！ そのヒトは誰？！ 」 ・・・と詰め寄ろう！ としたのだけれど。
フランソワーズは そんなこと、しなかった。
「 ・・・ ジョー ・・・・ 」
彼女は とてもとても静かに彼の名を呼ぶとじっと見つめた。 ただ ただ 見つめた。
温かな光を湛えた青い大きな瞳が 優しく彼に注がれる。
・・・ え ・・・？
ほんの僅か 風が吹いた。 さわ ・・・・ 亜麻色の髪が煌いた。
彼がゆっくりとこちらを振り向くのが見える。
― いや、顔だけじゃない。 ジョーの全身・全霊がゆっくりとフランソワーズへ向いた。
それはただ単に姿勢を変えただけ、じゃなかった。
見える・・・見える・・・わ。
今 ジョーの心はあのオンナから離れたんだ・・・！
＜私＞ は フランソワーズの中で目をまん丸にしてただただ見つめている。
ジョーを真ん中に 二人の女性は挨拶を交わした ― とてもぎこちなく。
・・・ それから後の展開は もうわかった。
オンナ同士の対決、なんていらないのだ。 だってもう勝負は決まっている。
フランソワーズのあの眼差しに ジョーは完全に絡め捕られていたもの。
＜私＞が わあわあ喚いたり詰問したりする必要なんか ないのだ。
＜私＞ は大人しくフランソワーズと同調していた。
― そうして まあ紆余曲折はあるのせよ、ジョーとフランソワーズは ハッピー・エンド になった。
「 ・・・ はあ 〜〜・・・ 」
フィルムのクレジットを最後までぼ〜〜〜っと眺め 私はやっと席を立った。
がらがらに近い劇場には 残っているヒトはいなかった。
私はのろのろと通路を歩きだした。
あの場面ばかりが目の裏に焼きついている。
極力控えめに振る舞うフランソワーズ ・・・ いや、振る舞う、じゃなくて彼女は元来そういう人柄なんだ。
私的にはどうもしっくり来ないけど。
・・・でも その控えめさにジョーが魅かれている。 ジョーはそんなフランソワーズが好きなのだ。
独りよがりで強引で。 先頭を突っ走り、命令だ！ なんて言っちゃうジョーは ・・・
いつもひっそり後ろで控えていてくれる女性 （ ひと ） がいいのだ。
・・・ そうだよねえ・・・
強気なオンナじゃ ・・・ 衝突するだけだものね・・・
あ そっか ・・・
なぜか ぱか〜〜ん・・・とアタマの中でなにか が弾けた。
「 ・・・・・・・」
「 ・・・え？ 」
いきなり名前 呼ばれて、びっくり振り返れば ― アイツがいた。
「 ・・・ やだ なんで？ 」
「 追いかけてたら ここに入るのが見えた。 オレも入っちゃったよ。 」
「 ・・・ 見たの？ ・・・ アニメ。 」
「 ああ。 懐かしかったなあ・・・ ＴＶのヤツ、見てたから。 」
「 そ？ 初めて聞いたよ 」
「 あ〜 そうだっけか。 結構ファンだったな〜 」
「 ・・・ そうなんだ〜 」
アタシもよ、って私は口の中でこっそり言った。
「 うん。 いやあ〜〜 でもさ ００９ってあんなカンジだっけか？
なんかもうちょっとナイーヴだった気もするけど・・・ 」
「 あは ・・・ そうね、ほら 涙がさ〜 」
「 そうそう！ こう・・・ぱあ〜〜っと風に散るの な。 」
「 うん♪ 映画のジョーは ・・・ 涙とは無縁かもね。 」
「 あはは・・・言えてる〜〜 」
アイツは楽しそうに笑ってる。 デート、ほっぽリ出した私の前で・・・怒りもせずに・・・
今、見てた ＜ジョー＞なら どうしただろう。
いや、そもそもフランソワーズなら 私みたいなこと、しない。
そして 私もあんなに優しくもお淑やかでもない。 あのジョーとだったらきっといつも衝突してただろう。
そうよ、私、フランソワーズみたく ・・・ ヤマトナデシコ じゃないんだもん・・・・
でも ―
そっか ・・・ そう なんだ・・・・
・・・ 私ってば。
やさしい相手にイライラするけど。 でも・・・
強引な相手とは 上手くゆくわけ ないよね
・・・ そうよ ・・・ そうなんだよ
コイツが 私のこと、ずっと追いかけて来てくれた ・・・ それでいいじゃん
あは ・・・
・・・ いつか さ。 ジジイとババアになったら
日向ぼっこしながら００９の話 するのも ・・・ いいかも ・・・
私は 先にゆくアイツの背中を見つつ、そんなコトをぼんやり考えていた。
「 ？ どうした？ 」
ぽこぽこ先に歩いていたアイツが 怪訝な顔で振り返る。
「 ― なんでもなぁ〜い！ ・・・ ごめん！ 」
「 え なに？ 」
「 わ〜〜い♪ 」
ぱ・・・っと私は駆け出した！ ・・・ アイツの腕、めがけて。
§ 一緒に
「 あ〜〜 ほら そこで手を握る とか〜〜 ・・・ 」
「 え〜〜 ソレはないでしょう？ いくらこの時間帯でも〜〜 」
「 ・・・ どうして名前、呼んであげないの？？ 信じられない・・・ 」
「 え。 アレ、やるわけ？？ 時系列、滅茶苦茶じゃない〜〜 」
「 〜〜♪ ふんふん〜〜 'cause I love you〜〜〜♪ 〜〜
・・もうすぐ もうすぐ〜〜 ああッ・・・ もう〜〜 この顔、たまんない〜〜〜 」
はあ 〜〜〜 ・・・ ― ぼすん。
クッションが 拳骨くらって落ちた。
ふん ・・・！ 私は黙って拾い上げ黙って椅子の上に戻し 黙ってＴＶのスイッチを切った。
「 あ〜あ ・・・ 終っちゃった・・・ しっかし！ なんだってこう〜〜
毎週 毎週消化不良というか不完全燃焼というか・・・ ふん ・・・！ 」
盛大にブーイングを吐いてみたけれど 賛同の声はおろか耳を傾けるヒトは いない。
ふう 〜〜〜〜 ！ ゴハンでも作るか・・・
私はのろのろと立ち上がった。
「 ００９ なのに〜〜 ああ 動いて喋るジョーが見られる！って感動したんだけどなあ・・・ 」
その年、 ＜ ００９ ＞ は赤っぽいセピアの瞳のオトコノコになってＴＶの画面に現れた！
そう ・・・ このトシになってもう一度 ＜ ジョー ＞と会えるとは思ってもみなかった。
信じられないラッキーな巡り合せに、子供たちも旦那も帰りが遅いのを幸い、
私は小躍りして毎週ＴＶに齧り付いた・・ のだけれど。
優しいセピアの瞳をした ＜ ジョー ＞ は ＜ 私のジョー ＞とはちょっと違っていた。
私は少々フクザツな心境で ＜初恋のヒト＞ を毎週毎週眺めていた。
それはそれで 楽しい一時だった・・・
多忙、なんてもんじゃない月日が過ぎると 現実は ・・・
「 こら〜〜〜 ケン！ ランドセルくらい自分で持ちなさいッ ！ 」
私は思いっきり怒鳴り捲くったのだけれど、返ってきたのはわあわあいう声だけだった。
走りながら喚くので なにを言ってるのか全然わからない。
いや ・・・ わかったところでどうすることもできない。
息子は友達を笑いつつ走っていってしまったのだから・・・
「 もう・・・ ちっとも言うことなんか聞かないんだから・・・ ホントに！ 」
ヨイショ・・・と私は息子のランドセルに腕を通した。
学校から塾に直行するから 荷物〜〜って喚きランドセルを押し付け
息子は友達と振り向きもしないで駆けていった。
中学生の娘は部活のあと 塾に回るからこちらも帰りは遅い。
企業戦士な旦那が 早く帰宅する、など端から期待なんぞしていないし。
ふん ・・・
私はかな〜り憮然とした表情で、息子のランドセルを持って歩き始めた。
夕暮れの街、 空気はどことなくざわざわしている。
あ〜あ ・・・ もう・・・
・・・ あ。 今日は ００９ だわねえ・・・
やれやれ・・・と溜息をひとつ。 ぽっかり空いた時間が手持ち無沙汰だ。
― とん ・・・。
なにか、 いや 誰かが軽く私の背中にぶつかった。 ぶつかった、というより触れた感じだけど。
「 あ・・・ すみません！ 」
私が振り向くより前に 穏やかな声が飛んできた。
え。 こ この声って・・・？！
慌てて振り返った私の目の前には ― セピアの髪の青年が赤ん坊を抱いて立っていた。
・・・・ うそぉ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「 すみません、ぼんやりしてて・・・ ぼくの前方不注意でした。 」
「 あ ・・・え・・・いえ・・・私もぼ〜っと立っていたから・・・
あ・・・ あの 赤ちゃん おっきしなかったかしら 」
「 ええ 大丈夫・・・・とってもよく寝るコなんです。 」
＜彼＞ はにこにこして腕の中の赤ん坊を見ている。
・・・ 随分若い。 父親、というよりも年の離れた末弟のお守りをする兄、と行った風情だ。
ほ ・・・ 本当に ＜ ジョー ＞ なの？？
多分 私はそれこそ穴の開くほどじ〜〜っと彼の顔を見つめていたのだろう。
「 あの ・・・なにか。 」
明るいセピアの瞳が にこ・・・っと私に笑いかけた。
「 い いえ いえ・・・ あ あのう〜〜 可愛い赤ちゃんね。 あら 脱げそうよ？ 」
私はどぎまぎしつつ、そうっとタオルの帽子を赤ん坊のぽやぽやした髪にずり上げた。
そのコは本当にぐっすりと眠っていて、知らないオバチャンになでられてもぴくり、ともしなかった。
「 ぷくぷくのほっぺが可愛いわね〜〜 」
「 ありがとうございます。 」
「 ・・・ よくネンネしていること・・・ ボクでしょう？ 」
「 はい。 ほんと、よく眠るコで・・・ それだけはとても助かっています。 」
「 あら それはポイント高いわよ〜〜 」
「 そうですよねえ。 寝ている間だけは天使ですから 」
＜ 彼 ＞は声を上げて笑い、 私も釣り込まれわらってしまった。
で、思わず出すぎたコトを聞いちゃったわけなんだけど。
「 あ ・・・ ごめんなさい。 引きとめてしまったわね。
あの・・奥様・・・と待ち合わせ・・・なのかしら。 」
「 え ええ ・・・ あの つ ・・・妻は その。 出かけていて・・・ 」
＜ 彼 ＞は 耳の付け根までまっかっかになっている。
「 まあ 子守りパパなの？ いいわねえ、オトコの鑑よ〜〜 」
「 い いや ・・・ その あの。
ぼく ・・・ これから彼女を迎にゆかないと。 約束の時間なのに戻ってこないから・・・ 」
「 あら ・・・ 」
「 ここで ・・・ ボーパスで待っているから、って。 でも心配なんだ 」
え ・・・？
私はまじまじと青年の顔を見つめてしまったが ― だって ここって なに？？
・・・ 水音がした。 ゆらり、と足元が揺れ、そこが船の上だ、ということがわかった。
夜 だった。 それもかなり遅い、深夜に近い夜のにおい・・・
ななな なんなの〜〜 これって 夢？！
「 ぼく、街の方まで捜しに行ってきます。 」
「 ・・・ 街って？ 」
「 ここ、セーヌの岸辺なんですよ。 パリの街中まで。 それじゃ！ 」
青年は黄色いマフラーを翻し た・・・っと岸辺に飛び移った。
わ・・・・！ ぼ 防護服じゃない〜〜〜♪
彼ってやっぱり ジョーなんだ〜〜〜
「 待って！！！ 私も一緒に行くわッ！ 」
私は夢中で叫ぶと ＜ジョー＞ の後を追った。
そこは異国の街、 華やかなイルミネーション渦巻く夜だった。
木枯らしが足元を浚ったが 人々は陽気に騒ぎ盛り上がっていた。
「 ・・・ あの。 どこへ？ 」
「 うん ・・・ 当てはないんだけど。 彼女が以前に住んでいた町の方へ・・・ 」
「 そうよね！ 早くみつけて上げなくちゃ！ 」
私はジョーの腕を引っ張るとずんずん歩きだした。
「 え あ うん ・・・ 」
彼はセピア色の瞳をまん丸にしつつも付いてくる。
私たちは急ぎ足で市街地に入った ― そう・・・もうちょっとで見えるはずなのよ！
「 え〜と・・・？ 確か あの辺り・・・ 」
私は夜空を見上げきょろきょろした。
「 あの・・・なにか探しているんですか？ 」
「 ええ！ ジョーも捜して！ 急いで〜〜 ！ 」
「 は はい・・・・って なにを？ 」
「 ！ だから〜〜 飛行機よ！ 」
「 ひ 飛行機？ この時間なら・・・テール・ランプくらいしか 」
「 ううん、見えるの。 ちゃんと見えるから！ 赤い複葉機を捜して。
その下に・・・彼女がいるのよ！ 」
「 は はあ・・・ 」
「 だからね！ 急いで迎に行ってあげて。 そして抱き締めてあげるのよ！ 」
「 え ・・・ 抱き締め・・・ってそんな ぼく達は 」
「 それ以上言わない！ あ！！ あそこだわ〜〜 ほら ほら！！ 」
「 へ？？ あ あの〜〜 」
私はジョーの腕をがっちり掴んだまま 駆け出した。
こ このシーン、大好きだったのよ〜〜〜
ジャン兄さま〜〜〜 しっかりジョーを届けるから！
カンカンカン ・・・！ カツカツカツ ・・・・！
凍て付く石畳に 私とジョーの靴音が響く。 ほら あの教会跡はもう目の前だ。
「 あそこ！ あそこに 彼女、いるから！ 」
「 え。 ど どこに？？ 」
「 その目の前の廃墟よ！ ベランダにいるの〜〜〜 」
「 あ は はい！ 」
ジョーはようやっと納得したらしく、先に立って駆け出した。
今度は私が引っ張られつつ、こけつまろびつともかく付いてゆく。
壊れかけたテラスに出た。
外の灯りだけなので、 二人の表情はよく見えなかった。
「 ― フランソワーズ・・・！ 」
ジョーは ちゃんと彼女の名前を呼んだ♪
「 ・・・・・！ ・・・・・・！！ 」
フランソワーズが スーパーガンを構えつつ叫んでいる。
さあ ジョー！ ここで見せ場をつくるのよ！ ほら 頑張れ！
私ってば とん、とジョーの背中を押してしまった。
ジョーは驚いて踏鞴を踏み フランソワーズも反射的にトリガーを引いてしまった。
・・・・・ ！！！
ジョーは ・・・ 撃たれて蹲った。
「 ・・・・・・ ・・・・！！ 」
フランソワーズが駆け寄ってきた ― ほら そこで・・・！
私はジョーの背中をそっと押した。
「 ・・・ね？ 抱き締めてあげてよ。 ね・・・ 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
「 ジョー ・・・！ わたし・・・なんということを・・・！ 」
「 フラン ・・・ 気が・・・ついたかい。 」
ジョーはしっかり彼女の瞳を見つめている。
「 ジョー・・・ ジョー・・・！ 」
「 ・・・ 泣かなくていいよ ・・・さあ 一緒に帰ろう ・・・ 」
ジョーはそっと彼女を抱き寄せると 熱く口付けをした。
「 ・・・・・・・・ 」
「 一緒にいる。 ずっと一緒にいて きみを護るから・・・ フランソワーズ！ 」
「 ジョー ・・・ どうしてここが わかったの？」
「 ・・・ 飛行機がね。 」
「 飛行機？？ 」
「 ウン。 赤い複葉機が ― ぼくを案内してくれたんだ。 」
「 ・・・赤い ・・・複葉機・・・？ そ それって ・・・ お兄ちゃん・・・！
あ ・・・ ううん そんなはず、ないわよね・・・ 」
折角微笑んだのに、フランソワーズは涙ぐんで俯いてしまった。
ほらほら！ ジョー・・・ 慰めてあげてよ〜〜
私はお節介・オバサン丸出しで二人の端でイライラしていた。
「 いや ・・・ ほら ごらん・・・ ？ 」
ジョーはフランソワーズの肩を抱いてゆっくりと立ち上がった。
「 あ ・・・ 危ない・・・ジョー・・・ 」
「 ありがとう ・・・ フランソワーズ・・・ほら ごらん？ 」
「 ・・・え？ あ ああ ・・・・ ！！ 」
見上げたパリの夜空には 古びた複葉機が翼をゆらしつつ旋回していた。
「 ・・・あれは！ お お兄ちゃん・・・！ 」
「 お兄さんが ・・・ ぼくにここを教えてくれた・・・ 」
「 ・・・ そう ・・・・ 」
いつの間にか 複葉機は夜の闇に消え ― パリの空には花火が上がり始めた。
「 メリー・クリスマス ・・・ ！ 」
二人はしっかりと抱き合って唇を重ねた。
ああああ〜〜〜〜 よかった・・・！！！
そうよ〜〜 これが これが見たかったの・・！
よかったね〜〜 ステキな 幻影のイブ になったね♪
私は恋人たちの姿をもう一度しっかり見ると 踵を返した。
あ ・・・ れ？
振り向いたら ― 目の前に赤ん坊を抱いた ジョー がいた。
「 ・・・ あ？ 」
「 やあ ・・・ 彼女が来ました。 お〜い ・・・ フラン〜〜 」
彼は私の後ろに向かってわさわさ手を振っている。
「 あ・・・危ない ・・・赤ちゃん！ 」
私は咄嗟に手を出し、ずり落ちそうになった赤ん坊を支えた。
「 わ・・・ あ ありがとうございます！ 」
「 おっとっと・・・・ はい、ここを支えてあげて・・・ 」
「 はい・・・ これでいいかな〜 」
「 そうね。 ほ〜ら これでいいでしょう？ 」
私はあやそうと赤ん坊の顔を覗き込んだけど ― 相変わらずよ〜くネンネしていた。
「 あら ・・・ 」
「 えへへ・・・ なにせよく寝るコなんで・・・ 」
「 ジョー！ どうしたの？ 」
綺麗な声が飛んできた。
うわ・・・！ も・・・もしかして〜〜 ― 私はドキドキもんで振り返ったら。
碧い大きな瞳が じっと見つめていた。
きゃい〜〜〜〜ん♪ ふ フランちゃんだあ〜〜〜♪
「 フラン〜 この方が助けてくださったんだ。 」
「 まあ そうなんですか。 」
「 あ え いえ・・・ 」
私はひたすらドギマギして大汗を掻いていて・・・
「 こんにちは。 あの・・・ ありがとうございました。 」
フランソワーズは にっこり笑って会釈してくれた。
「 ・・・ ステキなイブ でした ・・・ 」
― え！？
もしかして、ソレは私の空耳だったのかもしれないけど。
でもとびっきり幸せな彼女の笑顔を見られた。
それじゃ・・・って 一見若夫婦、は赤ん坊と一緒に帰ってゆく。
二人ともいい笑顔だ いい光景じゃん・・・
私はなんだか滅茶苦茶に満足して 夕暮れの道を歩きだした。
腕にずっしりくる息子のランドセルも あまり気にならなくなっていた。
「 ― ただいま ・・・ あれ？ 」
玄関を開けると 旦那の靴があった。
「 ・・・ やだ、遅いって言ってたのに・・・ 」
私は慌ててキッチンに駆けていった。
「 おかえりなさい。 早かったのね・・・ 」
「 あ うん ただいま。 まあ たまには さ・・・ 」
「 ゴハン、 ちょっと待ってて・・・ あ お風呂 先？ 」
「 う 〜 ん ・・・ どうしようかなア 」
「 ね。 たまにはさ、一緒にＴＶ，見ない？ 」
「 ・・・ ＴＶ？ なに。 」
「 あは ・・・ サイボーグ００９ 」
「 お。 いいねえ〜〜 」
私たちはソファに並んで ＴＶのスイッチを入れた。
そう・・・たまには 一緒に さ。
§ 永遠 （ とわ ） に
「 ちょっと待ってよ、タク〜〜 」
「 おば〜ちゃ〜〜ん はやくぅ〜〜〜 」
「 こら 待てってば！ 」
私は小走りになって や〜〜〜っと腕白坊主を捕まえた。
ほっんとうにチョコマカ・チョコマカ・・・ 誰に似たんだろ。
あ〜・・・そうだ、コイツの母親は徒競走だけは一番！だったっけ・・・
「 ほら！ 手、繋いで。 ダメよ、この道は危ないんだから。 」
「 ・・・ う〜ん 」
「 もうすぐママが帰ってくるから。 ゆっくりでいいの。 」
「 ん〜〜 でも〜〜 てれび〜〜 」
今年一年坊主の孫息子は 強硬に主張する。
「 てれび？ あ〜 なんとかレンジャー？ 」
「 ちがうよ〜〜 ぜろぜろないん 」
「 ― え？ 」
孫の言葉に ドキン ・・・と胸が震えた。
「 今日から始まるんだ！ さいぼーぐ ００９ さ！ 」
「 あ ・・・ そうなの ・・・？ 」
「 うん！ だから〜〜 はやくかえろ〜〜 おばあちゃん！ 」
ゼロゼロナイン ・・・ か。
私はこっそりその単語を口にしてみた。
― ００９。 ジョー ・・・
途端にセピアの瞳やら金髪やら風に飛び散る涙やら ・・・ が目の前に浮かんだ。
長い歳月に 私自身でももうとっくに忘れてしまったかと思っていたけれど、
ジョーも フランソワーズも ― ちゃんと私の中に いた。
思えば いつも いつも あの頃も あの時も追っていた。
そして いつも 一緒だった・・・
ありがとう ジョー ありがとう フランソワーズ・・・
これからも 一緒よね。
おばあちゃんになっても ほら・・・こんなに好きよ
私は 誰もいない空に向かって最高の笑顔を向けた。
永遠の恋人たちが にっこり・・・笑って手を振っている。
「 さ〜あ！ それじゃ 一緒にぜろぜろないん、 見ようか。 」
「 うん！！ 」
私は 孫息子と手を繋いで張り切って歩き出した。
**************************** Fin. ************************
Last
updated : 08,02,2011.
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*********** ひと言 **********
最後の章は 願望です〜 いつの日か ・・・ そんな日を夢みて・・・
たびたび申しますが 私 ＝ 書き手 ではアリマセン★