『  感傷旅行  ― センチメンタル・ジャーニー ― (2)  』

 

 

 

 

*******   初めに *******

この作品は 『 Silent film 』( 2006年発行 ) に

収録された同名のものに加筆・訂正したものです。

 

 

 

 

 

  ・・・・ とても不思議な空間ね ― 静かだけど賑やかだわ。

 

マリーはしーんとした廊下を辿り 耳を澄ます。 

閉じたドアの隙間から 切れ切れにピアノの音が流れてきている  ― 大きくはない。

ヒトの声は 時折これも断片的に聞こえるだけだ。

 ・・・とても静か ― だけど。

 

   カツカツ カツンカツン !!  カッ カッ カッ    キュ・・・!

 

   は  ・・・ はァ ・・・!!  ふ・・・ふ ・・・ 

 

沢山の硬いものが床に当たる音  そして 激しい息遣い 荒い呼吸音  

 ― そう 大勢の人たちの動いている気配 ・・・ !

そしてまた静かにピアノが流れ出す。

 

   あ。 この曲 ・・・ 知ってる・・・みたい・・・・

   なんだか 懐かしい ・・・

   ・・・ 何の曲 ・・・?  

   私 ずう〜っと 前から知っている・・・みたい・・・

   ほら  ほら・・・ こう、でしょう・・・?

 

彼女は自然にメロディーを口ずさみ始めた。 

なんだか とても優しい気持ち、 すうっと心が楽になる・・・

どんな時でも ここは優しく温かい  無条件で自分を受け止めてくれる場所・・・

そっと身体を丸めていれば ・・・ ほら。

 

   いいこね  いいこ いいこ ・・・ マリーは本当にいいこね・・・

 

ふ・・・っと。 そんな声が遠くから聞こえてくる ・・・ 気がした。

彼女はぷるん、とアタマを振る。

 

   ・・・ ずっと 忘れていた ・・・ かも・・・

   でも 心の奥の奥に仕舞ってあったみたい・・・

 

ふん ふん・・・と音を追いかけつつ 彼女は歩いてゆく。

廊下の端には大きく窓が取ってあり、室内が見渡せる。

そうっと そうっと。  聞こえるはずない、と思うけどでも自然に足音を忍ばせて窓に近づく。

「 ・・・ 見ても いいわよね・・・ 」

窓の中の空間には  ―  ダンサーたちが いた。

 

     わ・・・・あ ・・・・!!

 

マリーはたちまち窓に張り付き 彼らの動きに魅入られていった。

 

 

 

「 フランソワ−ズ、 妹さん? 」

「 ・・・え? 」

みちよはフランソワーズをつんつん・・・と突いて ちらり、と廊下側の窓を見た。

「 ほら・・ 待っているわよ。 」

「 あ ・・・ あの子は妹じゃないの。 あの ・・・ 」

「 ああ、従妹さんかな〜  フランスからいらしたの? やっぱよく似てるねえ。 」

みちよは 窓に張り付いている少女はフランソワ−ズの身内と信じきっているようだ。

「 え、ええ・・・ 遠い ・・・親戚 ・・・  」

「 ねえ、彼女も踊るヒト? 」

「 ううん ・・・ 」

「 そうなの? へえ、もったいない。 動けそうなカンジじゃない? 細いし。 」

「 ねえ ・・・ そんなに似てる? わたしと マリー ・・・  」

「 マリーちゃんっていうの? ふうん・・・ 可愛いわねえ 

 え? あら〜そっくりだよぉ。 首から肩へラインとか。 後ろ姿なんかそのまんまかも。 」

「 そう? 自分じゃよくわからないけど・・・ 」

「 ははは・・・身内なんてね、そんなモンよ。

 アタシなんかさ〜 顔は全然にてないけどね、姿形は母方の伯母の若い頃のコピーだって。 」

「 へえ・・・ あ・・・そういえば 兄ってば座ってる恰好、父とそっくりだわ・・・ 」

「 でしょ?  身内って似てるんだよ、なんとなく。 雰囲気とかもね 」

そういえば、ジョ−が目の辺りが良く似ている、と盛んに言ってたっけ、と思い出し

フランソワ−ズは ちょっとばかり可笑しくなった。

「 バカンスで日本に遊びに来たのよ。  今日はこのあとお買い物〜♪ 」

「 いいわね〜。 美人姉妹でお出掛けね。 」

「 美人はマリーだけよ。 ホントに可愛いコなの。  」

「 あは。  相変わらずだねェ フランってば・・・ 」

「 え?  あ ・・・ 」

 

  −  はい! ラスト、一回。 3人づつ! 

 

ぴんとした声が響き、二人はぱっとレッスンに集中した。

 

 

 

<お買い物> に行く約束の朝、 マリーはフランソワーズのレッスンにもくっついて来た。

「 本当にいいの? あの・・・クラスってね・・・ 見ていても退屈よ?

 知ってるかもしれないけど・・・ 作品を踊っているわけじゃないの。 」

「 見学、禁止ですか? ご迷惑なら止めます。 」

「 あ ううん、別にオッケーだけど。 あなたがつまらないかな〜とおもって。 」

フランソワーズは後から駅で待ち合わせましょ、と提案したのだが・・・ 

たちまちジョーから NG が出た。

「 え。 ダメだよ、そんなの。 都心の大きな駅で迷ったらどうするんだい?

 フラン、 ちゃんと一緒に連れて行かなくちゃ!

 知らない街で迷ったら大変だよ、最近はいろいろ物騒なんだから。 しっかり面倒みてやれよ。

「 ・・・ ジョー。 なにムキになっているのよ? 」

「 ! 別にムキになんか・・・! ただ心配しているだけだ。 」

「 心配・・って。 マリーは子供じゃないのよ?  

 ふうん・・・?  わたしが初めて今の稽古場に行く時 ・・・ こんなに心配してくれたかしらねぇ・・? 

 あの頃  わたし、まだ日本語、よく読めなくて。 駅で苦労したのよね 〜〜 

 アナウンスだけが頼りで ・・・ 泣きそうだったわ。 」

「 き き きみと彼女は違うよ! 」

「 ・・・ どう違うのよ。 」

「 こらこら・・・お前たち。 朝っぱらから喧嘩なんぞするな。 

 ほら・・・ お嬢さんが呆れておるじゃなか。  なあ マリー。 」

「 あ ・・・い、いえ そんな・・・ 」

いつもの二人の痴話喧嘩・・・と博士にもわかっていたが やはり <客人> の手前もある。

博士は やんわりと仲裁した。

「 それに・・・ フランソワーズ? もう出かけた方がいいのじゃないか。 バスの時間だぞ。 」

「 あ!? いっけない・・・  それじゃ  マリー? 本当にいいの? 」

「 はい!  行って来ます〜〜 博士、 ジョーさん。  あ ・・・ピュンマさんにもヨロシク。 」

色違いの髪を揺らし 二人の娘たちはばたばたと出かけていった。

 

「 ふ〜ん ・・・ 女同士で仲がいいんだな・・・ 」

二人を見送り、 ジョーはぶつぶつ言ってコーヒーをガブ飲みしていた。

「 ジョー お前・・・・ そんなに気になるのか? あのコのことが。  」

「 え・・・・ そ、そんなコト な、ないです ・・・けど。 」

「 ふふん ・・・ ま、 いろいろと付き合ってみればいい。 なにもフランソワーズに限らず・・・ 」

「 博士〜〜〜 」

ジョーが半ば本気で泣きそうになっていた・・・

 

    おやおや・・・ この坊主はどうしちまったのかね・・・

 

博士はこっそり笑いを噛み殺した。

「 お早うございます。  ・・・ あれ? フランソワーズは もう出かけたのかなあ。 」

リビングのドアが開き、 ピュンマが顔を出した。

「 お早う! ピュンマ。  へえ? 君が寝坊なんて珍しいねえ。 」

「 お早う ジョー。  ・・・ 君じゃあるまし。 もうとっくに起きていたよ。 

 博士 ・・・ ちょいとハッキングして調査しましたけれど・・・ 」

ピュンマは言葉を切って ちら・・・っとキッチンの方に目をやった。

「 おお ありがとうよ。  うん・・・ 彼女もウチのお嬢さんと一緒に出かけたから大丈夫じゃよ。 」

「 あ、そうですか。 よかった・・・ それじゃ ええと・・?

 そうなんです、 該当するデータは一切ナシです。 捜索願が出ている中には 見当たりません。 」

「 この近辺とは限らんぞ。 」

「 はい、念のため関東一円を調べました。  あの容姿はこの国では目立ちますからね・・・・

 でも 該当者、なし でした。 」

「 ・・・ふむ ・・・? では 計画的に接触してきたのか・・・? 」

「 そうとしか考えられません。 でも 何のために、ですか。 」

「 それが わからんのだ。 少なくとも彼女はここでの滞在を楽しんでおる。 」

「 ええ そうですよねえ。  ジョー、君はどう思う? ・・・ ジョー! 」

「 ・・・・と。  え? なんだい ピュンマ。 」

ピュンマに声をかけられ ジョーはソファの隅からようやく顔をあげた。

「 ごめん、メールしてたんだ。  フランにバレエ団に着いたらちゃんと連絡しろって。

 マリーになにかあったら大変だろ?  」

「 ・・・ はあ??? おいおい、 ジョー ・・・ 君、大丈夫か・・・ 」

「 うん? なにが。 僕は元気だよ?  うん、これで少しは安心だな〜 」」

ジョーは 一人 満足気に頷いていた。

 

 

 

 

「 わあ・・・ 綺麗な道ですね。 両側に大きな樹があって気持ちがいい! 」

「 そうねえ・・・ この辺りはわたしも好き。 ただ ちょっとヒトが多すぎ・・・ 」

「 でも みんな楽しそう・・・ 」

華やかなファッションが溢れる通りを亜麻色と金茶のアタマが並んで歩く。

二人の容姿は勿論、その楽しげな雰囲気に 人々は目を引かれるらしい。

すれ違い様に 振り返るものも少なくはなかった。

「 今朝・・・ ジョ−さん、ご機嫌悪いでしたね。 

 私 フランソワーズさんと一緒に行く・・・って言っていけなかったですか。 」

「 ふふふ ・・・ いいのよ、やきもち焼かしておきましょ。 」

「 え、やきもち、ですか? 」

マリーの瞳が ― フランソワーズそっくりの青い大きな瞳が まん丸になっている。

そんな彼女が 可笑しくて、可愛くて。  フランソワ−ズは思わず声を上げて笑った。

「 そう。  ジョ−ってね、実はかなりの焼餅やきなの。 子供っぽいっていうのかな。 

 ちょっと拗ねちゃうと もう・・・大変。 」

「 え 子供っぽいって そんな・・・。 フランソワ−ズさんに対して、だけでしょ。 」

「 う〜ん ・・・ そうねえ、 今まではそうだったけど。 マリ−、あなたには特別みたいよ? 」

「 ・・・そんなコト、ないと思いますけど。 」

マリーは本当に 困った! と 情けない顔をしてる。

 

     あら ・・・ 可愛いわあ・・・・

     ふふふ・・・ごめん、ごめんね・・・

     ・・・ あら なんだかとっても 温かいキモチ・・・

 

フランソワ−ズは一層艶やかに笑いかけた。

「 いいの いいの。 なんだかね、わたしも楽しいのよ。 ほんわかしてちょっと不思議な気持ち。 」

「 ジョ−さんも ・・・? 」

「 ふふ、ジョ−は完全にあなたに参ってるわよ? あら、いいのよ、気にしてないもの。 」

「 そう ですか・・・  あ あの ・・・ 今日、レッスンで流れていた曲、 なんて曲ですか?

 こんなメロディーだったのですけど  」

マリーは ふんふん〜〜♪ と短いフレーズを口ずさんだ。

「 ・・・? ・・・・ ああ  これでしょう? 」

フランソワーズも途中から加わった。  よく似た声が優しいメロディーを歌ってゆく・・・

「 ええ ええ! これです。  私 ・・・ 知らないはずなんですけど ・・・

 なんだかとっても懐かしくて。  自然に一緒に歌っていたみたい。 」

「 フランスではわりとポピュラーな曲だったわよ? 題名は知らないけど。

 そう・・・古い歌で ・・・ わたしのママンも好きでね 小さいころよく歌ってくれたの。 」

「 ・・・ そ そうですか・・・・ あの フランソワーズさんも ・・・好き? 」

「 ええ 大好きよ。 ゴハンつくりながら ふんふん歌ってたりするもの。

 なんかね・・・ ジョーにも伝染したみいで。  この前 彼もハナウタで歌ってたわ。

 ちょっと子守唄みたいよね、 優しい気持ちになるわね。 」

「 ・・・ 子守唄・・・  ああ ・・・ それで・・・! 

「 え? なあに。 」

「 ・・・ いえ。  なんでも・・・ 私も、好きです。 とっても・・・! 」

「 そう?  優しくていい曲よねえ・・・ わたしのママンもきっと小さい時から聞いていたのじゃないかしら。

 わたしもいつか ・・・ 子供に歌ってあげたいわ。 」

「 ・・・ ええ ええ・・・ 優しくて温かい ・・・ 」

「 マリーも聞き覚えがあるんでしょ、きっとね、あなたのお母様も歌ってくださったのよ。 」

「 ・・・ さあ ・・・  そうだったら 嬉しいですけど。 」

「 そうよ、きっと。  小さい頃の記憶って 案外正確だったりするもの。

 あ  ねえ、マリー? 」

「 ・・・ はい? 」 

フランソワ−ズはすっとマリ−の腕を取った。

「 わたしね、兄しかいないし、母も早くに亡くなってしまったの。 

 それにあの家に集まる人たちは 男性ばっかりでしょ。

 こんな風に 女同士でお喋りして、ショッピングして・・・ってずっと憧れていたわ。 」

「 … 私 … も。 」

「 そう? 嬉しいわ。 ああ、マリ−、アナタが本当の妹ならいいのに…! 」

「 … わ … たし … も 」

「 あ、ここ、ここなのよ。 わたしがお気に入りのブティック。 」

なぜか言葉すくなになってしまったマリ−の肩を軽くおして、フランソワ−ズは

一軒の洒落たお店に入っていった。

マリーが低く そっと・・・ あの曲を歌っていることに誰も気がついてはいなかった。

 

 

 

 

「 ・・・あのう。 本当にいいんですか・・・ 」

「 え なにが。 」

「 あの・・・ この席って。 フランソワーズさんの席 でしょう? 」

マリーは助手席でもじもじしている。

そんな彼女を ジョーはちらり、と眺めただけだ。

「 別に彼女専用ってわけじゃない。  今日は君のための席さ、マリー。 

 さあ そろそろ飛ばすぞ〜〜 」

「 あ ・・・  はい。 」

マリーは前を向くとしっかりシート・ベルトを確認した。

 

 

その週末、 ジョーは<予約>通りに彼女をドライブに誘った。

女同士のおでかけの報告は賑やかに終わり、ティータイムは大層楽しい時間になった。

ジョーはずっと聞き役に徹していたが やっと口を開いた。

もっとも ・・・ 彼はず〜っとにこにこ・・・ 女性陣のおしゃべりを楽しんでいたのだが・・・

「 なあ マリー。ちょっとだけ遠出してみないかい。 ぼくは仕事がらみなんだけど・・・一緒にどうかな。 」

「 え・・・ ドライブですか? ジョーさんと・・・ふ 二人で? 」

マリーはどぎまぎし フランソワーズの方をちらちら見ている。

「 あら〜 いいじゃない? 行ってらっしゃいよ。 ジョー、いつものサーキットなの? 」

「 うん。 打ち合わせだけ、と思っていたんだけど。  やっぱり実際に動かしたいからね・・・

 ちょっと行ってくるよ。 」

「 行ってらっしゃい。  ああ、チームの皆さんに宜しくね。 

 マリー、景色もキレイだし なによりものすご〜〜く広くて。 気持ち、いいわよ〜〜。 」

「 ・・・ はあ ・・・ 」

「 あ 女の子はクルマとか興味ないかなあ。  うん、でも景色だけでも充分楽しめるよ。」

「 あ はい・・・ あのう ・・・ フランソワーズさん? 本当に・・・いいんですか? 」

「 え  なにが。 」

「 あのう  私、ジョーさんとドライブに行っても ・・・ 」

「 ええ 勿論。 わたし、今度の週末はリハーサルが入っていて出かけなくちゃならないの。

 わたしからもお願いするわ〜 ジョーに付き合ってやって? 」

「 そうだよ〜 フランってば マリーを独り占めしてさ。

 ぼくだって彼女と出かけたいよ。  ・・・ 準備中のサーキットを見るのも面白いかもしれないし。 」

「 ・・・ あ あの。 そ ・・・それじゃ、 ご一緒させてください、お願いします。 」

マリーはぺこり、と二人にアタマを下げた。

 

      あ ・・・ れ・・・?

      なんか すごく嬉しいんだけど。

      ・・・ へへへ・・・張り切っちゃうなあ!

 

      あら・・・?

      ジョーの嬉しそうな顔 ・・・ がとってもステキ・・・

      ・・・ うふふ ・・・なんだかくすぐったい気分・・・?

 

 

今度は ジョーとフランソワーズがモジモジし。  ふ・・・ と 顔を見合わせ、笑ってしまった。

 

      なんだか ・・・ さ。

      ・・・ ええ なんだか ね。

      あったかくて・むずむず するみたいだな(わ)

      一緒に大切なモノを 抱いているみたい・・・

 

 

 

 

「 お〜〜い ! ジョー −−−−! 」

チームのメンバーが ぶんぶん手を振り走ってきた。

ジョーはピットから離れ もう帰るつもりだったので驚いて足を止めた。

「 ?? なんだ?  まだなにかあったのかい。 」

「 ああ! 重大なことが・・・ ちょっとまってくれ〜〜 」

「 ???  なんだい〜〜 あんまり 時間、ないんだけどなあ・・・ 」

パドックの休憩ブースで マリーが待っている。

レース開催中とは違い、閑散とした中でまつ彼女が気掛かりで ジョーはじりじりしていた。

 

<マリーを予約>した週末に、二人はジョーの所属するチームがホームにしているサーキットを訪れた。

かなりの遠出だったけれど、マリーは途中の風景も充分に楽しんだらしい。

そして 勿論 ジョーも! こちらは 彼女に助手席に座ってもらい、最高にご機嫌だった・・・!

ジョーの仕事は 現場でのちょっとした打ち合わせだけだったのでそんなに時間は掛からなかった。

 

      うん・・・ いいぞ。 

      この時間なら 帰りはどこかに寄れるな?

      なにか ウマイもの、食べに行きたいなあ・・・

      彼女。 何が好きなんだろう?

 

彼の頭の中はもう楽しい計画でいっぱい・・・ 同僚の声はほとんど耳にはいらない。

「 お〜い! 待ってくれってば。  ジョー ! しまむら・ジョー!! 」

「 ・・・ わかったよ。 なんだい。 」

息せききって チームのメカニックの一人がようやっと追いついた。

「 はぁ ・・・ はぁ・・・・  お、おい  ジョー・・・! 」

「 だから なんだい、用事って。 」

「 うん ・・・ はぁ ・・・ おい、ジョー! あのコ・・・お前のカノジョの妹か? 」

「 ・・・ はあ?  ああ ・・・ マリーのことか。 いいや ちがうけど・・・ 」

「 ふうん ・・・ マリーちゃん っていうのか。 か〜わいいなあ・・・ 

 お前の金髪美人な彼女とよく似てるじゃん? 従妹とか・・・親戚とかなのかい。  」

「 いや 親戚じゃないけど。 まあ・・・身内みたいなもんさ。 

 彼女がどうかしたのかい。  サーキットなんて初めてだから結構、面白がっていたけど・・・ 」

「 うん。 それで な。 あの彼女  ― 紹介してくれ・・・! 」

「 ・・・ はい・・・? 」

「 だ〜から。 彼女に紹介してくれよ。 」

「 ・・・ ここに来た時に紹介したよ? ぼくが所属するチームのメンバーで ・・・ 

 特に技術担当の人たちだよって。 キミもちゃんと居たじゃないか。 」

「 ち が〜う・・・! その、つまり、だな。  マリーちゃんとオツキアイさせてくれってこと。

 ジョー、 お前のカノジョ・・・じゃないんだろ? まさか な?  」

「 ち ちがうよ!! マリーは・・・ ・・・あ   マリーは ・・・ そ そんなんじゃ・・・ない。 」

「 なら いいじゃないか〜〜 なあ、頼む! カノジョ〜〜 もろ、俺のタイプなんだ。 」

「  え ・・・ 」

「 お〜〜い ジョー ・・・ ! 待ってくれ〜〜 ちょいと頼みがあるんだ〜〜 」

別の声が 二人に追いついてきた・・・! 

「 ジョー〜〜 お前 ・・・さっさと帰っちまいやがって・・・!

 なあ たのむ!  あのきらきらロング・ヘアーの美人! 紹介してくれ!! 」

「 な! なんだよ〜〜 てめェ 全然興味もない・・って顔しておいてよッ! ずるいぜ! 」

「 ふ ふん!  油断していたお前が甘いんだ!  なあ、 ジョー〜〜 頼むよ〜 」

 

     な なんなんだ〜〜〜

 

「 ・・・ あの・・・ジョーさん・・・? 」

「 え?  わ!? マ・・・マリー ・・・・ ! 」

マリーがひょい、と顔をだした。

ジョーは 呆然として仲間達の言い合いを眺めていたが、飛び上がらんばかりに驚いた。

「 ど・・・ どうしたんだい!?? な、なにか?? 」

「 え・・・ べつに ・・・ お天気もいいし、広い空が気持ちいいな〜って思って。

 その辺をぷらぷら散歩していたんです。  」

「 あ ・・・ そ そうなんだ?  うん ・・・ それじゃ そろそろ ・・・ 」

「 あ!  島村ジョーさんですね!!!  あ、あのあの〜〜 彼女、ご親戚の方ですか?!  

 ぜひぜひ 僕との交際を許してください!  あ 僕、・・・ 」

彼女の後ろから 脱色パツキンが現れさかんにぺこぺこアタマをさげている。

「 ・・・ え・・・き キミは   ああ 隣のチームの・・・ 」

「 はい! ど〜もぉ〜 やっとライセンスを取ったばかりの新人です! どうぞよろしく!

 そ、それで 彼女と・・・ 」

「 あ!! おいおい〜〜 なんだよ〜〜 お前! 勝手に<彼女>なんて言うな!! 」

「 そうだ、そうだ!  ヒヨっこは引っ込んでな! 」

「 なんだと!  そっちこそ、オッサンの出番じゃね〜や! 」

「  このぉ〜〜〜!! 」

 

      「 だ だめだ、だめだ!  絶対にダメだ! ぼくが許さない。 」

 

「 ・・・ ジョー ・・?? 」

「 島村さん・・・ ? 」

突然の ジョーの怒声にかなり真剣に言い合っていたオトコたちは ぴた・・・っと黙ってしまった。

彼らは オフではいつも穏やかなジョーしか知らないのだ。

「 さ、マリー、 帰ろう!  こんな危険地帯に君を置いておけない! 」

「 え?? ・・・ あ、あの・・・みなさん、 ありがとうございました〜 」

「 いいから! おいで。 」

「 あ・・・ は、はい・・・ 」

マリーは一生懸命笑顔で挨拶をしているのに、ジョーは彼女の腕を引いてずんずん行ってしまった。

 

「 ・・・ な なんなんだ・・・ アレ・・・ ホントに 島村ジョー かい? 」

「 なんだあ〜 ジョーのヤツ。 ヒトが変わったみたいだ・・・ 」

「 マジっすかぁ〜〜   過保護パパかよ〜〜 」

「「 言えてる!! 」」

 

 

 

「 あの〜 ジョーさん ・・・ いいんですか? チームの方々に怒鳴ったりして・・・ 」

「 構わない。  君にちょっかい出すなんて許せないからな! 」

「 ・・・ はあ・・・ 」

しっかりと彼女の腕を掴んだまま、 ジョーは愛車に乗り込んだ。

「 なあ。 マリー そんなことより ・・・ なにが食べたい? 好きなものはなにかなあ。 」

「 え・・・ あの? 」

「 うん、 時間もまだあるし。 食事でもしてゆこうかな〜と思って。

 マリーのリクエストにお応えするよ? 」

「 わあ〜 嬉しい! それじゃ・・・ 」

「 うん? お寿司かい、それとも」

「 ・・・ あれ! 」

「 え・・・ あれ・・・って ・・・あれ かい?? 

彼女が指差した方向を見つめ ・・・ ジョーは目をぱちぱちしている。

「 ええ。 私ね ず〜〜っと 食べたいな〜って思ってて。 あれがいいです。 」

「 ・・・ あ ・・・ああ うん、  君の希望なら いいけど。 」

ジョーは ぶつぶつ言いつつ、ハンドルを切った。

 

 

「 きゃ〜〜 美味しい♪ ねえねえ 知ってます? ソフトクリームのてっぺんって。

 特別に美味しいの。  きゃ〜〜 」

「 ・・・ ああ  ・・・ 美味しいねえ・・・ 」

「 あ あああ・・・ 溶けてきちゃった・・・あ ああ・・・ 」

サーキットまで続く退屈な道すがらにあるコンビニで。  マリーはジョーにソフト・クリームをねだった。

全国どこででも見られる ありふれたコンビニ・ソフトに 彼女は大はしゃぎだ。

ジョーは 自分の分を持て余しつつ・・・満更でもない顔で眺めていた。

「 あ! ジョーさん! ほらほら〜〜溶けちゃいますよ 〜〜 」

「 ・・・え ・・・あ! いっけね〜〜 」

おっと ・・・  危うく手に溶け落ちそうになったところを ジョーはぺろり、と舐めた。

「 わあ 上手!  ・・・ねえ。 そっちも美味しいそう・・・ですね? 」

「 ・・・ ん・・・! 

「 きゃあ〜〜 ・・・・ うん、最高♪  あははは・・・・ 」

ジョーが差出してくれた分をぺろり・・・と一口。 マリーは口の周りをクリームだらけにして笑った。

 

    あ ・・・ は ・・・ 可愛いなあ・・・ 

    な ・・・んかさ。  いいよなあ・・・こういうのって。

    マリーが笑うと ぼくも幸せな気持ちになるよ

 

結局  ― 二人はソフト・クリームを舐めただけ で帰路についた。

 

 

 

 

     …… コツコツコツ

 

リビングの中を行ったり来たり。

研究所への最後の坂が見渡せる北側のテラスに出たかと思うと 時計を眺めて溜息をつく。

イライラと手持ち無沙汰に 空を見上げてみる。

夏の遅い夕闇もそろそろ夜にその座を空け渡し始めていた。

 

「 …ねえ。 もう8時だよ? 」

「 え、なに? … 時間? 」

フランソワーズはなにやらTV番組に興じていたので 生返事を返した。

「 8時だって言ったんだ。 遅いよね、何かあったのかな。 ニュ−スは? 換えるよ。  」

「 え・・・ ジョ−ったら。 どうしたの。 」

ジョーは 真剣な表情でリモコンを手にした。

そんなことは滅多に無いので フランソワ−ズは少し驚いた。

「 8時過ぎてるんだよ? きみは、心配じゃないのかい。 」

「 … 心配?  ああ、マリ−のこと? 」

「 そうだよ! ああ、じゃないだろ? こんな時間なのにまだ帰ってこないんだよ、

 なにやってんだ、あの二人はさ。 やっぱりぼくが付いてゆくべきだったんだ。 」

ジョ−は一層眉根を寄せると、手の中でちゃりちゃりと車のキ−を弄んだ。

「 ぼく、ちょっと… 駅の方まで迎えに行ってこようかな。 うん、そうするよ。 」

「 ジョ−ォ? 」

「 … なに 」

「 ちょっと ・・・ 座って? 」

ジョーはソファから腰を浮かしかけ・・・フランソワ−ズはあわてて彼の腕を引いた。

「 どうしちゃったの? <まだ>8時なのよ。  それにマリ−はピュンマと一緒よ。

 あなた、なにをそんなにイライラしているの。 」

「 イライラって…。 ぼくはべつに… 」

「 おかしなジョ−ねえ、本当に。  わたしがもっと遅くなっても全然平気なくせに? 」

「 …平気じゃないよ。 でも。 だって、その。 マリ−は … 普通の女の子だし …

 何かあったら大変じゃないか。 」

ジョーは 真剣に 大真面目に心配しているのだ・・・!

 

 

少女がこの邸で暮らすようになってそろそろ二週間が経とうとしていた。

彼女はここでも生活に慣れ、住人達も彼女に <慣れ> た。

そんなある日 少女は都心で上演されているミュ−ジカルを観に行きたい、と言い出した。

フランソワ−ズはリハ−サルが、ジョ−は仕事の打ち合わせが入っていて、

二人とも彼女に付き合うのは 少々厳しいスケジュールだった。

「 あら、大丈夫です、一人で行ってきます。 マチネーですし。 」

「 そう? お付き合いできなくて、ごめんなさいね。 」

「 いえ、私のためにお仕事を休んだりしないでください。 」

「 え、ダメだよ! そんな… 慣れない場所に一人で、だなんて。 それに帰りが遅くなるだろ。

 危ないよ! 来週ならぼくが一緒に行けるから… 」

「 … 明後日までなんです。 」

「 え … う〜ん … そうだ! ピュンマに行ってもらおう? 」

「 あら、彼も忙しいんじゃない? 今度の週末の飛行機が取れたって言ってたし。

 帰国の準備もいろいろあるはずよ。 」

「 でも、半日くらい何とかなるよ、きっと。 とにかく、マリ−をそんな夜遅くまで一人には出来ないよ。」

 うん、今頼んでくる! ・・・ とジョ−はそそくさとピュンマの部屋へ行ってしまった。

「 …なあに、あれ。 急にどうしちゃったのかしら。 」

「 さあ… ジョ−さんって結構心配症なんですね。 」

「 さあねえ・・・ 普段はそんなこと、全然ないのに・・・ 可笑しなジョー・・・ 」

二人の女性は呆れて、 そして一緒にくすくすと笑い続けた。

 

 

 

「 僕が? 」

ピュンマは熱心に作業をしていたPCから、びっくり顔を上げた。

「 うん、君も忙しいのは判っているんだけど。  ぼくもフランソワ−ズも都合、悪くて。

 まさかマリ−を一人でなんて行かせることはできないし… 」

ジョーは勢い込んでしゃべりまくり、ピュンマの表情など全然目に入っていない。

「 その劇場って遠いのかい。 それともカブキ町とかの繁華街の真ん中にあるとか? 」

「 いや、帝国劇場…って あのお堀端にある劇場さ。 勿論マチネ−( 昼公演 )だよ。 」

「 ああ、日比谷にあるヤツだね。 あそこは いいなあ。 」

「 でも ココからはやっぱり遠いし。 ね、ピュンマ!  お願いするよ。

 君なら絶対に安心だ、マリ−のエスコ−トを頼むよ。 」

日頃の口数の少なさはどこへやら、ジョーは珍しくも滔々としゃべりまくり・・・

そんな彼をピュンマは面白そうに そして半ば呆れて眺めていた。

 

    ・・・ 君なら絶対安心って、どういうコトさ?

 

ピュンマは内心ツッコミをいれて、それでもさり気ない調子で答えた。

「 うん、いいよ。  丁度僕もそれ、観たかったし。  マリ−とデ−トもいいなあ。 」

「 え… デ、デ−ト??  でも、君も忙しいだろ、公演が終わったらまっすぐ帰れば

 夜はちゃんと時間が空くよ? 」

「 べつに急ぎの仕事じゃないしな〜。 ・・・ うん、あそこなら銀座も近いから

 そうだ、一緒に食事してこよう。 あんな可愛い子と銀座を歩けるなんて嬉しいな。 」

ピュンマのうきうきした様子に ジョ−はなんだか微妙な表情をしている。

「 本当はぼくが付いて行くべきなんだけど。 …じゃあ、くれぐれも気をつけてくれよな。 」

「 おい?誰にむかって言ってるのさ。 僕だってサイボ−グ戦士の一人だぜ?

 よし、じゃあマリ−のリクエストを聞いてこよう。 リビングにいるよね、彼女。 」

「 ・・・・・ うん。 」

「 う〜ん♪ 和食 ・・・ いや、オシャレにフレンチかイタリアンかな〜

 そうだ! アフリカ料理を紹介してもいいな! たしか・・・有名な店があったはず♪ 」

ぴゅるる〜〜と口笛を吹き。 ピュンマは上機嫌で部屋を出ていった。

背中にひっかくみたいなジョ−の視線を十分に感じて ピュンマはこみ上げる笑いを

押さえるのに大変な苦労をしていた。

 

  − ジョ−? 僕は安全牌じゃないよ。 自業自得だねえ。

 

「 ( ピュンマ! 門限は8時だからね! ) 」

いきなり飛んできた脳波通信に、ピュンマはついに堪えきれなくなり、リビングに飛び込むなり

しゃがみこんで大爆笑してしまった。

「 きゃ?  どうしたの、ピュンマ? 急に … びっくりするじゃない〜 」

「 ジョ−さんが、何か言ったのかしら。 」

のんびりテレビをみていた女性陣二人は 驚いて顔を見合わせた。

 

 

 

問題の<その日>  ―  ジョ−は出かける間際までそわそわと落ち着かなかった。

TVのチャンネルを総当りして各局の天気予報を見てまわり、

交通情報の検索に何度も何度もPCに向かい 合間に携帯を弄る。

「 …ちょっと <視て> くれないかな。 都心のあたり、事故なんかないよね? 」

「 はい? 」

彼は自分自身出かける支度に忙しいフランソワ−ズを わざわざ呼び止めた。

「 悪いんだけど。 <視て> 欲しいんだ。  こういう情報はリアルタイムじゃないとね。 」

「 ジョ−、あなたどうしたの。 昨日から、ううん、このところちょっとヘンよ? 」

「 …別にぼくは普通だよ。 とにかく… ああ、マリ−。 」

「 あら、フランソワ−ズさん。 急がないといつものバスに遅れますよ? 」

「 え、きゃあ! じゃ、行って来ます。 ごめんなさい、後のことお願いね。 」

フランソワ−ズはジョ−とマリ−の頬にキスをして、小走りに出かけていった。

「 いってらっしゃい、気をつけて。 」

「 いってらっしゃい…  マリ−、気をつけるのは君の方だよ。」

「 はい? 」

 

 

 

「 ちゃんとね、彼女にはその・・・いろいろ注意はしておいたんだ。

 帰りだって門限を守るって約束したし。 」

「 門限??  だって まだ8時よ? 」

「 ・・・ あのコは約束をちゃんと護る子だよ。 だからこんなに遅いってことは・・  」

フランソワ−ズの言葉などまるで耳に入らず、ジョ−はリビングを行ったり来たりしている。

「 大丈夫よ、ジョ−。 彼女だって小さな子供じゃないんだし。

 ピュンマと楽しんでいるんじゃないの? 」

「 楽しむ?! 楽しむって…なにをさ? 」

「 ねえ ジョ−。 ちょっと座って頂戴。 」

フランソワ−ズはついに堪りかねジョ−の腕を引っ張った。

「 本当に。 どうしたっていうの? 何をそんなにイライラしているのよ。 」

「 べつにぼくは … 」

彼はすとん、とフランソワ−ズの隣に腰を落とした。

青い大きな瞳が まっすぐにジョーを見つめる ・・・ ジョ−はようやく心の焦点が合った。

「 … ごめん。 なんだか、自分でもどうしていいかわからないんだ。

 もう、ものすごくマリ−のことが気になって… 」

ジョ−は足元に視線を落とし、ぼそぼそと話し始めた。

フランソワ−ズはそんな彼の手を両手で包み込んだ。

「 それは… 彼女が好きってこと? 」

「 う… そこが自分でもわからない。 こんな気持ち、初めてなんだ。

 マリ−が喜んでるいのが嬉しい、彼女の笑顔がぼくを幸せにするよ。 

 … だけど。 ね、信じて。 きみにたいする気持ちとはちがうんだ。

 上手く説明できないけど… 全然ちがうんだ。 」

フランソワ−ズは微笑んでジョ−にぴたりと身を寄せた。

「 ええ、ええ。 ちゃんとわかってるわ。 

 ・・・どんな時だって わたしはジョ−が大好きよ、誰よりも好き。 」

「 … フランソワ−ズ 」

「 マリ−への気持ち、正直に言ってくれて嬉しいわ。 わたしも彼女が好きよ。

 あんな妹がいたらよかったのにって思うわ。 」

「 ああ、そうだね。  <身内> とか <家族> ってこういう感じなのかな。 

 ぼくには … よくわからないけど。  家族ってこんなのかな。 」

「 … そうよ。 ね? 今は、わたしがいるでしょう? 」

「 … うん 」

俯いたジョ−の顔が赤くなっている。 フランソワ−ズは彼の首に腕を絡めた。

「 ジョー。 あなたはわたしの一番大切な家族よ。 」

「 ・・・ うん。 」

「 ねえ・・・ いつか。  わたし、本当の家族が欲しいの。

 あなたの子供が 欲しい・・・  ジョーは ・・・ いや ・・・? 」

「 ・・・・・・・・!!! 」

ジョーは真剣な顔でぶんぶんと首を振ると、返事の代わりに彼のタカタモノに熱い口付けで応えた。

 

 

 

 

「 ・・・ う〜ん・・・ ! 気持ちいい〜〜〜 都会の真ん中に素敵ですね! 

 こんなに広い公園があるなんて・・・! 」

「 ああ そうだねえ。 この狭い首都にしては上出来な設計だよ。 」

「 あ・・・あそこ! 噴水がある ! 」

「 あ・・・ マリー ・・・ もう・・・てんでお子ちゃまなんだからなあ・・・ 」

ピュンマは苦笑して 少女の後を追った。

舞台が跳ねてから 二人はぷらぷら・・・ 道を隔てた公園に脚を伸ばした。

都会の喧騒の中、 案外大きな樹が多くそこは別天地だった。

 

     ああ ・・・ やっぱり僕はこういうほうが安心するな・・・

 

ピュンマはあまり馴染みのない木々や草花でも 緑の多い空間にほっとしていた。

「 ピュンマさ〜ん・・・!  この道・・・でいいんですよね? 」

「 うん? ・・・ ああ そうだね、多分。  ねえ、マリー。 」

「 はい ? 」

「 君は ジョーの身内かい。 」

「 ・・・ え ・・・? 」

突然 単刀直入に訪ねられ少女の脚が止まった。

ピュンマはごく普通の口調だったけれど、 彼の目はぴたり、と少女の瞳を捉えている。

「 あ ・・・ な、なんのこと・・・ ?  」

「 皆はさ、君はフランソワーズにすごく似ているって言ってるけど。

 違うな。 一番そっくりなのは ジョーだね。 」

「 ・・・ さ  さあ・・・・ 」

「 君はジョーにそっくりさ。  いや、容姿じゃないよ、その性格だ。

 君の < 中身 > はジョーに良く似ているよ。 」

「 ・・・・・・・ 」

少女は ただまじまじとピュンマを見つめている。

「 どうしてあの家に ― いや、彼らの所にやってきたのかわからないけど。 

 ・・・なにか事情があるんだろうね・・・ 」

 

   つう・・・・ っと。 少女の見開いたままの瞳から 涙がながれ落ちた。

 

「 ― ごめんなさい。

 でも 信じてください・・・! 私 、皆さんが大好きです! 」

「 うん ・・・ とっくに知ってたさ。  」

「 ・・・ ありがとうございます・・・ 」

真剣に話しあっている二人・・・ 遠目には 恋人同士の語らいに見えたかもしれない。

ピュンマは それ以上、追求しなかった。

さすがの彼も フランソワーズそっくりな瞳に見つめられ涙を零され ・・・ ぐにぐにになっていた!

「 ・・・さ、それじゃ。 銀座へ デートしに行こう!  ・・・・どうぞ? 」

「 ・・・ はい! 」

マリーは 涙を払い差し出された長い手に腕を絡めた。

 

    ああ  ああ・・・! わかったよ。

    わかったから。  

    どうか 微笑んでいてくれ・・・

 

    ・・・ ぼくの ・・・ 妹・・・!

 

 

 

 

 

ジョ−がいらいらし尽し、心配がすでに妄想の域に達したころ。

やっとカップルは帰宅した。

「 ただいま。 」

「 帰りましたあ〜 ああ、楽しかった! 」

「 …… お帰り。 」

「 お帰りなさい! ありがとう、ピュンマ。 」

「 いや、僕も楽しかったよ。 マリ−、付き合ってくれてありがとう。 」

「 あら、お礼を言うのは私です。 」

ピュンマは身を屈め、ナイト然として少女の手に恭しく口付けをした。

頬を染めて嬉しそうなマリ−の傍で、フランソワ−ズもにこにこしている。

…ジョ−は。

ぼんやりソファに座ったまま、賑やかな光景を見つめていた。

「 ピュンマさんって。 優しくて素敵な方ですね。 いろんなこと知っていらっしゃるし。

 も〜エスコ−ト振りもかっこよくて。 方々で羨ましそうな視線が痛かったわ。 」

「 いや、素敵なお姫さまのお相手で緊張しちゃったよ。  ああ、本当に楽しかった。 」

「 そうだわ、イワンちゃんにお土産買ってきたんです。 目が覚めたら見えるところに

 置いてきてもいいですか? 」

「 まあ、ありがとう。 明日あたり起きると思うの。 きっと喜ぶわ。 」

マリ−は華やかな空気を纏ったまま、長い髪を揺らして二階へ上がって行った。

「 ジョ−? どうしたの。 」

ジョーはずっと だんまりを決め込んでいる。

「 …… な なんだか。 気が抜けて立てないんだ … 」

   え……  

一瞬の沈黙の後、ピュンマとフランソワ−ズは顔を見合わせ吹き出してしまった。

 

 

 

 

『 ……こんにちわ。 君がマリ−かい? 』

少女がベビ−ベッドを覗くと、アタマのなかに声が飛んできた。

「 あら、お目覚め?  一日早いわね。 」

別段驚く様子もなく、彼女は声に出して返事をした。

『 うん。 キミとハナシがしたかったから。 』

「 そう? 私も会えてよかったわ。  ごめんね、<夜>の間を選んでこの時代に来たの 」

『 知ってた。 』

「 さすが イワンね。 」

少女はゆっくり赤ん坊をベッドから抱き上げた。

寝癖の付いた柔らかい銀髪を 白い指が丁寧に梳る。

『 ボクは キミに会うね? 」

「 ええ。 もっとも、もう小学生の坊やだけど。 」

『 そうか。 …キミは行くんだね。 星々の彼方へ 』

「 ええ。 折角のチャンスだし。 太陽系から出てみるのもいいかなって思ったの。

 あなたも賛成してくれたのよ? 」

『 …それで、その前にココに来たんだ? <彼ら>に会うために。』

少女は黙って頷いた。 ほろほろと透明な雫が白い頬を伝い落ちる。

『 ふうん。 ひとつだけ聞いてもいいかな。 』

「 ええ、なあに。 」

『 キミは両親を覚えていないのかい。 その… <彼ら>のこと。 』

「 写真で、だけ。 二人とも ・・・私が物心つく前に、ね。 詳しいことは言えないの、ごめんなさい。 」

『 そうなんだ。 どうにもならないコトなんだね、きっと。 』

こくん、と頷くと少女は指で涙を払った。

「 これで満足よ。 もう、帰るわ。 その前にお願いがあるの。 」

『 わかってる。 …キミのことは、誰も覚えていないよ。 』

「 ありがとう。 …… じゃあ、またね。 」

『 …… 』

少女は赤ん坊を再びベッドにもどすと、ちょっと微笑みオデコにキスをし。

そしてゆっくりとドアを開け … 姿を消した。

 

 

 

「 さあ、もう安心したでしょ。 」

「 うん… 」

フランソワ−ズは微笑んで、ジョ−に麦茶のグラスを渡した。

ちろり ・・・ と氷が涼しげな音をたてる。

ジョ−はテラスに佇んでぼんやりと手の中のグラスを見つめていた。

「 なあに、まだ気にしているの? 」

「 いや。 なんだか、ほっとしたみたいな、淋しいみたいな…

 とても妙は気分なんだ。 マリ−が本気でピュンマを選んでも…ぼくは満足だよ。 」

そう?とフランドワ−ズはジョ−の肩に頭を預けた。

「 ほら? 星が綺麗よ… 」

「 ああ… 本当だ 」

研究所の上空には数多の星々が華麗に夏空を飾っている。

「 フランソワ−ズ ・・・ 」

「 ・・・ ジョ− 」

ふたりはどちらからともなく、腕を絡ませ熱く唇を重ねた。

 

 

 

         「 ・・・ あれ  」

         「 あら ・・・ 」

 

 

 

再び見つめ合ったとき、二人は同時に声をあげた。

「 ぼく達 ・・・ なにか話てたよね? 」

「 そう ・・・ なにか暖かくて素敵なコト、だったみたいなんだけど。 」

首をかしげるフランソワ−ズをジョ−はもう一度抱き寄せた。

「 きっと これからなにか素敵なことが待っているっていう予感かな。 」

「 ・・・そう、そうね。  お星様の予言ね。 」

「 うん。 きっと叶うよ・・・って星が言ってたんだ、きっと。 」

しっかりと寄り添ったまま、二人は部屋に戻って行った。

 

 

    いつか 本当の家族がほしい ―  二人はこころの底から願った。

 

    ええ ええ。 必ず叶いますよ ・・・ 星々は優しく瞬いていた。

 

 

 

 

  ああ・・・ 久し振りで楽しかったな。 たまには観劇もいいな・・・

  そうだ、今度 あの彼女を誘ってみよう…・

 

ピュンマは帰国の準備をしつつ、祖国の事務所で知り合った女性に想いを馳せていた。

彼女の黒曜石の瞳が懐かしい。

 

  … でもなあ。 

  なんでミュ-ジカルなんか観に行く気になったんだろう?  

  それも、一人でさ。

 

ピュンマは机の上に広げられたプログラムを眺め、さかんに首を捻っていた。

 

 

 

 

「 … 休暇はどうだった? マリ? 」

「 うん、ヘザー … 一番会いたかった人達のところへ行って来たの。 」

ああ、それで時間旅行にしたのね。 」

そうなの。 海も空も街も … 人々も。 <会いたかったひとたち>も。 

 みんな素敵だったわ。 行ってよかった … 」

「 ふふふ … まさに 感傷旅行ね。 」

「 そうね。 とても満足よ。 これで安心して < 外 >の仕事に行けるわ。 」

「 ん。  そうね。 」

「 ええ。  ―  さあ、そろそろ時間ね。 」

スマートなユニフォームに身を包み、彼女たちは悠然と立ち上がった。

 

      ・・・ 行ってきます。  パパ、 ママン 

 

アナウンスが流れ サテライトのざわめきが一瞬 静まった。

 

     星々の彼方へ ・・・!

 

島村マリは すっと背筋を伸ばして出発ゲートへと歩いていった。

 

 

 

 

*************************       Fin.      ***********************

 

Last updated: 06,29,2010.                      back        /       index

 

 

 

 

 

**********   ひと言  *********

二週に渡り お付き合いくださいました方々、ありがとうございました<(_ _)>

リメイク作品ですが オフ本掲載時と大きな流れは変えていません。

彼女が生まれたのが いつなのか・・・ それは皆様のご想像にお任せします。

多分 随分と先の話・・・ かも・・・

ほんの数年前の作品ですのに、加筆・訂正にかなり苦心してしまいました。

ずっと未来の 原作93 に こんな日々があっても いいかな〜〜・・・なんて(^_^;)

ご感想、頂戴できましたらものすご〜〜く嬉しいです、 お願いします〜〜 <(_ _)>