*********  はじめに  ********

このお話は  silent film 』 ( 2006.1.25.発行 )に

収録された作品を加筆・訂正したものです。

 

 

 

 

 

  ― それでは 注意事項の最終確認をします。

 

メカニカル・ボイス がヘッド・ホンを通して淡々と流れてくる。

抑揚のない単調なその声は どうしても好きにはなれない。 

聞きたくなくて、いつもはわざと居眠りすることもある・・・

 

    でも 今日はきちんと聞かなくちゃ。

    ・・・ <向こう> で迷惑をかけないためにも。

 

彼女は きゅ・・・っと口を一文字に引き締め、手元のモニターを見つめた。

音声と一緒に文字が現れる。

 

  ―  絶対必須条項。

      申請エリア以外には移動しないこと。 ( X,Y,Z軸上全て )

     外れると フォローできません。

 

  ―  参考資料 : あなたの申請したエリア ( 詳細 ) 

 

画面には彼女の < 申請 > が細かく表示されている。

彼女は 食い入るように見つめ一字一句追ってゆく。

・・・ ファサ ・・・ 豊かな髪が肩からすべり落ちる。

「 ・・・っと。  はい、 了解。 」

白い指が かたり とエンター・キイ を押した。

 

  ―  最終確認 終了。  では  Bonne Voyage ! 

 

くす・・・ッ   最後の文字があまりに古臭い言葉だったので彼女は小さく笑った。

  ― そして

 

音声は消え 彼女は  ―  旅立ちの最終準備に入った。

 

 

 

「 あら、マリ? 特別休暇じゃなかったの? 」

サテライトでぼんやりと時間待ちをしている少女に 通りかかった同年輩の女性が声をかけた。

「 …ああ、ヘザ−。 ええ、今日からやっとね! 二週間なの。 」

「 ふうん…。 ね、<遠く>へ行くみたいね? 」

ヘザ−、と呼ばれた少女は小首をかしげ 座っている友人をしげしげと眺めた。

そんな友人の視線に マリはちょっとばかり首を竦めて笑った。

 

「 ええ、そうなの。  …… センチメンタル・ジャ−ニ− よ 」

 

 

 

 

 

 

 

     『  感傷旅行  ― センチメンタル・ジャ−ニ− ―  (1)  』

 

 

 

 

 

 

  

    ブロロロロロロ −−−−−    ! 

 

打ち寄せる波の音にまじって なめらかな車の音が響いて来た。

道路に沿って ヘッド・ライトが大きく弧を描いて近づいて来る。

この地方は岩場の多い海岸線がずっと続いていて、あまり海水浴には適さない。

海はとても美しいのだが夏も盛りの夜に、人通りはとうに絶えており対向車もない。

ずっと続く松並木の坂道を スポ−ツカ−が一台すべるようにやってきた。

闇から地上の流星が 海に寄り添って走りぬけてゆく ・・・

 

   ― ふわり・・・と なにか薄く透ける白いものが靡いた

 

    ブロロロロロロ −−−−−    !

 

運転しているのは茶髪の青年、 そして彼の横には煌く髪の乙女がいた。

 

「 …わざわざ迎えに来てくれなくてもよかったのに。 」

助手席の彼女が口ぶりだけはさも迷惑そうに − じつはニコニコとして − 言った。

亜麻色の髪が風にゆれ、薄物のスカーフが海風に長く尾を引いている。

そんな彼女にちらり、と視線をながすと青年はハンドルをたくみに捌きつつ低く笑った。

「 …ダメだよ、フランソワ−ズ。  隠したってきみの足が白状しているよ。 

 迎えに来てくれてありがとう。 リハ−サルでくたくたです、助かりましたってね。 」

「 え  ・・・ やだ ! 」

さっと頬を赤らめ、彼女は脱ぎ捨てていたパンプスを探って身を屈めた。

「 ふふふ… ほら、… こっちだよ。 」

自分の足元に転がってきている片方に 青年が手を伸ばした、その時。

 

「 ……! ジョ−っ!! 前! 」

「 …え! 」

 

 

    キキキ −−−−− ッ!!!

 

    ・・・ド ・・・ン ・・・!!!

 

 

 

乙女の悲鳴と青年がブレ−キを踏む音、…そして鈍い衝撃が車に走ったのは ほぼ同時だった。

「 ・・・ ジョー ・・・ なにか ・・・ぶつかった ・・わ ・・・ 」

「 うん・・・ 

一瞬のことに 二人は呆然と前を凝視しているだけだった。

なにか … 白っぽいものが急停車した車の前に横たわっている。

「 ・・・ジョー・・・!  あそこ・・・! 」

「 うん! 」

青年は 確認すると車から飛び出した。 

濃紺のスポーツ・カーの前方に 人が倒れていた・・・・ 長い髪が路面に広がっている。

「 大丈夫ですかっ?! …… ああ … ? 」

駆け寄った青年はそっとその人を抱き起こした。

乱れた髪がはらりと流れ、まだ年若い女性 − 少女といってもよいような − の

ほの白い顔が現れた。

目は閉じているが 胸は規則的に上下しており、顔色もそんなに悪くはない。

彼はすこしだけほっとし、 そうっと彼女を抱きかかえ顔を覗き込んだ。

「 ・・・ 大丈夫ですか?!  しっかり・・・! 」

 

  −  あ ・・・ あれ・・・?  

     この…ヒト? どこかで …… ?

 

擦り傷のある顔は彼にはとても見慣れた顔 ・・・ に思えた。

そんなはず・・・ない・・・!

しかし そう思えば思うほど、彼の目は少女の顔に釘付けになってしまう。

 

     誰 だ・・・? 

     君は ・・・ 誰なんだ・・・?

 

「 ジョ−! はやく、この方を研究所へお連れしましょう。

 あ ・・・ 警察を呼ばないといけないわよね・・・ 」

「 あ ・・・ ああ。  」

フランソワ−ズに声を掛けられ、ジョ−ははっと我に返った。

「 うん ・・・ そうなんだけど・・・ ぼく達のこと、あまり調べられたくないからなあ。

 ひとまず 家へ・・・ フラン、なにか荷物とかないか、見てくれないか? 」

「 わかったわ。  ・・・ あら?  ジョー! 怪我したの? 」

「 え? ぼくは別に ・・・ ああ ・・・ この人・・・! 」

少女の腕から滴った血が ジョ−のTシャツを染めていた。

 

 

 

「 …どう、少し落ち着いた? 」

そうっとドアをあけ、ジョ−が忍び足で入ってきた。

深夜の事件、 ギルモア博士は実に手際よく少女の治療をしてくれた。

「 し―。 ええ、今しがた眠ったわ。 お薬が効いたようよ。 軽い沈静剤を処方してくださったの。 」

「 そうなんだ… よかった。 」

「 そうね、明日目が覚めたらいろいろわかると思うわ。 今晩はとくかく安静に…

 たいした怪我ではなかったそうよ。 博士がまず心配はないだろうって。

 でも一応、明日朝一番で検査しようって・・・ よかったわ・・・ 」

「 …… う? うん … 」

「 … ジョ−? どうかしたの。 」

「 あ、ごめん。   あの、さ。 なんか、どうも … このヒト、見覚えがあるんだ。

 どこかで会ったことがある、かもしれない。 」

「 まあ、そうなの? あ… 」

二人のひそひそ話を遮るように 少女が身動ぎをした。

  ― パサリ ・・・・  豊かな髪が揺れ彼女の顔がむき出しになった。

 

    ・・・ !  この子の 顔 ・・・!

    やっぱり ぼくは ・・・  どこかで・・・

    ぼくは 知っている・・・?

 

ジョーはベッドに脇に立っていたのだが ついついじっと見つめてしまう。 

いや・・・目が勝手に張り付いてしまうのだ。

枕に拡がる髪が 豊かに波打ち白い頬を縁取っている。

擦り傷の残るその頬から顎にかけて 円やかなラインが続く・・・

彼女は まだ、若い、そう10代も後半の<女の子>に思えた。

 

    若い よな。  フランとそんなに違わない歳かな・・・

 

    あ ・・・・ !

 

なにか がジョーに中でぱちん、とはじけた。

「 … そうか! わかったよ、このコ。 きみに似てるんだよ、フランソワーズ !

 ほら、目の辺りなんか…特にさ。 目の色も同じだったよね? 」

「 青い瞳だったけど… そう?そうから …… ? 」

はた、と手を打つジョ−の横でフランソワ−ズはそっと少女の髪に触れた。

さらさらと金茶の絹糸が 彼女の指からすべり落ちる。

「 可愛い人ね。 それにしても…なんて豊かで素敵な髪!

 金色と茶色がこんなに綺麗に交じり合っているのって初めて見るわ。 」

「 そうだね。 ああ、こうやって一緒に見ると、本当によく似ているよ!

 ふふふ・・・ 寝顔なんか、特にさ。 」

「 やだ… ジョ−ったら。 」

ジョ−の何気ないコトバにフランソワ−ズは頬を染めた。

「 …あ、ごめん…… 」

「 ううん … わたしこそ …… 」

赤くなってそっぽを向いた彼女の腕を ジョ−は黙って引き寄せた。

「 ごめん・・・ 疲れて帰ってきたのに。 

 ぼくの不注意で 事故ってさ ・・・ こんな時間まで付き合わせちゃったね。 」

「 ううん、ジョーのせいじゃないわ。 モトはと言えばわたしが靴を脱いでいたから・・・ 」

「 きみは悪くない。  ・・・ フラン・・・? 」

ジョーはするり、とそのほっそりした身体を抱きこんだ。

「 … ヤダ … こんな人前で … 」

「 大丈夫、見ないでいてくれるって… 」

「 あ … ジョ− … ったら  あん … 」

窓辺に寄り見詰め合えば、もう二人だけの世界 ・・・ 目に入るのは愛しいひとのことばかり。

 

     ス ・・・・

 

透明な雫がしっかりと閉じられている長い睫毛を伝い白い頬を 転げおちた。

抱きあい唇を重ねている恋人たちは 傍に眠るっているはずの少女の閉じた瞳から

涙が一筋流れ落ちたのに全く気付かなかった。

 

 

 

 

翌朝は すっきりと晴れ上がり梅雨の合間にお日様が笑顔をみせてくれた。

崖っぷちの洋館も 窓を開け放ちレースのカーテンが海風に揺れている。

「 ああ いい気持ち!  さ〜あ・・・張り切って美味しい朝ご飯、つくらなくっちゃ。

 ふふふ ・・・ お寝坊さん♪  お  は  よ ・・・・ 

隣に眠る茶髪の頬に フランソワーズはキスをひとつ。 そして そっとベッドから滑り出た。

「 あのコ ・・・いえ、 マリーはきっとお腹空いてるはずよね。

 ・・・ あ。 で でも・・・ 彼女・・・何が好きかしら ねえ・・? 」

朝日の差すキッチンに入り、 冷蔵庫のドアを開けたまま ― フランソワーズはしばし固まっていた・・・!

 

 

少女は マリ− と言った。

おかしなことに、彼女はそれしか思い出すことができなかった。

怪我は打撲と擦り傷、そして左足の軽い捻挫だけですんだ。

頭を打ってはいないか、と心配したギルモア博士ができる限りの検査をし、

さらに丹念に問診( インタヴュ− )を試みた。

しかし 彼女は自分の名前しか思い出すことができなかった。

少女は、ただいっぱいの涙を大きな青い眼に浮かべた。

「 ・・・・ ごめんなさい ・・・ 私 ・・・ 」

「 ああ ああ! よいよい・・・泣かんでもよいよ・・・ ほらほら・・・

 うん? 美人が台無しじゃぞ。  今朝の空みたいな目が曇ったら可哀想じゃ・・・ 」

「 ・・・ は  は い ・・・   」

「 うむ うむ・・・ そうやって笑っておいで。  うん、いいこじゃな・・・ マリー  」

「 ・・・・・・・・ 」 

博士の大きな手で ぽんぽん・・・と頭を撫でられ、少女はほんのり微笑んだ。

 

    おお ・・・ 可愛いのお・・・

    ・・・ うん? この笑顔は ・・・ ああ! フランソワーズによう似ておるな・・・

 

博士も笑みを浮かべ少女を見つめていた。

「 失礼します ・・・ 博士。  研究室からご指定の薬、持って着ました。 」

そっとドアを開け ジョーが顔をだした。

「 おお ありがとうよ。 あ ・・・ でもなあ・・・あまり必要はない・・・な。

 このお嬢さんは ほぼ、健康体じゃ。 」

「 あ ・・・ それはよかったですねえ! じゃ、 冷たい水だけでも どうぞ。 」

「 ・・・ ありがとうございます。 あの・・・? 」

「 あ! ぼく! 島村ジョー といいます。

 すみません・・! あの車、運転していたの、ぼくです。 あなたに怪我をさせてしまった・・・ 」

ぺこり、と頭を下げるジョーを 少女は目を丸くしてじっと ・・・・ ひたすらじっと見つめていた。

そんな彼女の瞳を、ギルモア博士はにこにこと見守る。

「 このお嬢さんの瞳はウチのお嬢さんとそっくりじゃのう ・・・ なあ、ジョー。

 美人は似るのかもしれんぞ? 」

「 あ・・・ ああ そ、そうですねえ・・・ 」

またも 彼女、マリーを見つめていたジョーは 慌てて視線を外した。

そんな彼に 博士は笑いが隠せない。

「 …まあ、なあ。 他に異常は見当たらんし。 しばらくのんびり養生してみるといい。

 なあ、お嬢さん・・・じゃなくて マリーさんや。 」

「 はい ・・・ ありがとうございます。 」

誰もがなにかとても温かいキモチで 微笑みあった ― まるで 家族のように。

今日はともかくのんびりしておいで・・・と言い置き、博士とジョーは彼女の部屋を出た。

 

「 ジョー。  あの子の身元捜しを頼む。  」

「 はい。 それとなく行方不明者を問い合わせてみます。

 やっぱりぼくが起こした事故ですから。 本当はちゃんと届けなくちゃいけないんだけど・・・ 」

「 ふむ…。 イワンが昨日<夜>になったばかりじゃからのう。  それしか、あるまい。 」

「 はい。  彼女、フランソワ−ズの丁度いい話相手かもしれませんよ。 」

「 おお そうじゃなあ。

 ふふふ…。 ジョ−よ、これに懲りて、たとえお前といえども闇夜はしっかり前を見て運転することじゃ。 

 フランソワ−ズの顔ばかり見とれておらんで、なあ? 」

「 …え、見とれるなんて… そんな …… 」

博士の軽口にジョ−は赤くなりつつも、首を捻っていた。

「 …でも あの子は … ほんとうに突然車の前に現れたんだ ……? 」

確かに少し前方不注意だった。

でも、あの場所は十分に見通しがきき、だいたい通行人も対向車もない鄙びたところなのだ。

フランソワーズの靴を拾うために、足元に視線を移す前にきちんと確認した。

確かに、前方にはなにもなかった… と、思う。

まさに降って湧いたとしか思えないタイミングであの少女は出現したのだった。

「 …まあ、怪我がたいしたことなくてよかったけど。 でも … 」

こんな時には 本当はキミがいちばん頼りになるんだけど…

ジョ−はぶつぶつと言って ク−ファンに眠る赤ん坊の顔を思い浮かべていた。

 

   ― イワンはまだ起きない。  あと二週間は眠り続ける・・・

 

 

 

 

「 マリーさん。 …入ってもいいかしら。 あら。 起きて大丈夫ですか? 」

フランソワ−ズは少女の部屋を軽いノックで訪れた。

「 お早うございます。  えっと…? 」

少女は すでにベッドに半身を起こし明るい声で朝の挨拶をしてきた。

「 お早うございます。  あ、わたし、フランソワ−ズ・アルヌ−ルといいます。 

 わたしもあの車に、ジョ−と一緒に乗っていたの。 ごめんなさいね。」

「 … フランソワ−ズさん 」

「 あら、呼び捨てで結構よ。 ご気分は如何? 」

「 はい、大丈夫 元気です。 私こそ…不注意でごめんなさい。」

「 そんな・・・ともかくわたし達の責任です、どうぞここでゆっくり怪我を治してください。 」

「 ・・・ ありがとうございます。 私 ・・・ 何にも思いだせなくて・・・ 」

「 気になさらないで・・・  ね? お腹、お空きじゃありません? 

 朝御飯を持ってきたのだけれど… お口にあうかしら。 召し上がれますか? 」

「 あ、すみません。 はい、頂きます。 わぁ…美味しそう、私の好きなものばかりです。 」

少女は満面の笑顔になり素直に朝食へ手を伸ばした。

 

    あ ・・・ よかった・・・! 

 

フランソワ−ズはほっと胸をなでおろしていた。

 

    … このヒトは。 

    日本人かしら。 う〜ん、見た目は全然そうは見えないけど、でも…

 

「 ・・・わあ 〜〜 この卵焼き・・・すごく美味しいです! 」

「 まあ そう? よかったわ〜〜 ふふふ・・・これはねえ。

 卵焼き、というより 和風オムレツ、かしら。  」

「 オムレツ・・・なんですか?  あ・・・ このふわふわな感じ、大好き! お漬物、美味しい! 」

ぱりぱりと爽やかな音をたて マリーは浅漬けの胡瓜をたちまち平らげた。

「 あら、お漬物、お好き? これはねえ、ちょっと我が家の自慢の味、なの。 

 お口にあって・・・本当に嬉しいわ。 」

器用に そしてとても自然に箸をあやつり、和洋折衷な献立を自然に口に運ぶ少女を

微笑んで眺めていたが、フランソワ−ズはとても奇妙な気分だった。

 

     あら。 どうして… ? 

     わたし、彼女が絶対にこれは好き・・・って 知ってるみたい・・・

     この献立、なんとなくわたしが好きなものを作ってしまったのだけど…

     ・・・ この浅漬けも ・・・ ウチのオリジナルなのよねえ。

 

 

 

 

「 あ、彼女…あの子はどう? 元気で目を覚ましたかい? 」

ピュンマがキッチンに顔をだした時 ジョーは冷蔵庫の前でやたらにうろうろしていた。

用もなく冷蔵庫を開け また閉める。 電子レンジをのぞきこみ、また閉める。溜息を吐く・・・

「 …あら ピュンマ。 うん、いまフランソワ−ズが朝御飯を持っていってるんだけど。 」

「 <だけど>?? 」

「 うん… だけど…  あ、ごめんね。 君せっかくのんびり休暇に来てるのに。」

「 いや〜別に今も十分のんびりしてるから。 気にしなくていいよ。」

彼は母国のNGO関係の仕事で来日していたのだが、そのまま休暇を取りこの邸に滞在していた。

今、ギルモア邸には博士とイワン、ジョ−とフランソワ−ズ、そしてピュンマがいる。

「 うん ・・・ そうなんだけど、 さ・・・ 」

「 だからさ、ジョ−、君は何をしてるわけ? 」

「 え… 何って。 あの…あの朝御飯がさ、彼女の口に合ったかなって思って。

 フランソワ−ズはお粥とか卵焼きとか…和風っぽいものを持っていったんだけど。

 ト−ストにミルクとか、コ−ヒ−方がよかったかもしれない。

 ぼくが作っておこうかな・・・ ピュンマ、君はどう思う?  」

「 ああ ・・・ でもさ、…フランソワ−ズ、まだ戻ってこないんだろ? 

 あの子がちゃんと 彼女の朝御飯を食べてるってことだよ。」

「 そうかな? そうだといいんだけど…  うん ・・・ そうだよね・・・ 」

「 ジョー? きみ。 」

「 … え?」

ジョ−はまだそわそわとして それでいて何も手につかない様子だ。

ピュンマの笑みを含んだ視線になんぞ てんで気がついてはいない。

キッチンを やたらとウロウロしているだけだ。

 

    おいおい・・・ ? そんなにあの女の子が気になるのかい?

    まったくなあ・・・ジョー、君ってヤツはさ・・・!

 

ピュンマは苦笑交じりに 少しばかり意地悪い気持ちにもなっていた。

「 なんだか彼女のことがえらく気になってるようだね。 …好みのタイプかい?」

「 え! そ、そんなコト!  ち、ちがう・・・・あ、あ〜だって… 運転してたのはぼくだし。 

 やっぱり少し 前方不注意だったし。 怪我させちゃったし … それに、その … 」

「 あ〜もういいよ、いいよ。  わかったよ。 そんなに気になるのなら、

 ちゃんと様子を見て来いよ? 食後のお茶でも持ってさ。 」

「 あ! そうだね、そうだ〜。 そうしよう! ありがとう、ピュンマ! 

 うん、そうだね・・・!  え〜と・・・ お茶! お茶にしよう・・・日本茶!  え〜と?? 」

ジョーは大慌てで日本茶を淹れ、全開の笑顔を残し少女の部屋へ飛んでいった。

彼の盛大な足音を 聞きつつ・・・ ピュンマはふか〜〜く溜息をついた。

 

    …… おい〜またいつものパタ−ンかよ? 

    フランソワ−ズを泣かせるなよ〜 困ったヤツ ・・・

 

フランソワーズは彼にとって妹的な存在であり、彼女の笑顔を曇らせることはたとえジョーでも許せなかった。

 

 

 

少女が使っている客用寝室は 二階にある。 

ジョーが廊下に出た時、お盆に空の食器を乗せたフランソワ−ズが階段を下りてきた。

「 フランソワ−ズ、どう?彼女。 朝御飯、食べられた?」

「 ・・・・ あ  ジョー。  」

  カチカチ ・・・ かすかに食器が触れ合う音がした。

「 ええ、きれいに食べてくれたわ。 <彼女>じゃなくてマリ−。 そう呼んでって。」

「 ふうん… マリ−か。 御飯が終わったなら丁度いいかな〜 」

「 なあに? ・・・あら、お茶。  ええ、ええ、喜んでくれると思うわ。

 マリーは和食とか慣れているみたいだし・・・ 日本茶がいいわね。 」

「 あ・・・は。 そうかな・・・そうだといいけど。  それじゃ ちょっと行ってくるね。 」

「 ええ お願い。  ・・・ あ ・・・ 大丈夫・・・? 」

「 ・・・う ・・・ な、なんとか・・・! 」

ジョ−は少々危なっかしい手つきでお盆を捧げ、いさんで階段を登っていった。

彼の気使いがなんだか嬉しくてフランソワ−ズは ほんのりいい気分だった。

 

    … あら。 でも、どうして?

 

 

「 どうしてかしら … ? 」

「 え、なに。 どうかしたの、フランソワ−ズ? 」

「 … え? あら、 ピュンマ、ごめんなさい。  わたしったら独り言、言ってた?」

キッチンの入り口で フランソワ−ズはお盆をもったまま、突っ立っていた。

ピュンマはコ−ヒ−を淹れていたが、 驚いて振り返った。

「 考えごと? 熱心なのは結構だけどお盆は置いた方がいいよ。 

 ほら、僕が引き取ろう … はい? 」

「 あら、やだ。 ふふふ… ありがとう、ピュンマ。 」

食器の乗ったお盆を ピュンマは気軽に受け取り流しに運んだ。

「 どういたしまして。 あの子 … え〜と。 マリ−、だっけ? 元気になったって? 」

「 そうなのよ、本当によかったわ。

 ほら・・・ 朝御飯、きれいに食べてくれたの。 」

「 そりゃ よかったね。 」

エプロンの紐を結んで、フランソワ−ズは流しの前に立った。

万事察しのいいピュンマは 布巾を手に彼女の横に並ぶ。

  ― カチャカチャ ・・・  ザー・・・

二人の連携プレーで シンクの中はたちまち空っぽになった。

「 それで、何か思い出したのかな、彼女。 その・・・名前以外のこと。 」

ううん、とフランソワ−ズが首を振る。

「 博士がね、そのうち何かの切欠で思い出すんじゃないか、って…

 いわゆる一過性の記憶の欠落らしいわ。  」

「 ふうん … そうそう、事故のことなんだけど。 朝、ジョ−に場所を聞いて

 確かめに行ったきたけど、どうもちょっと変だなぁ。  うん・・・ 有り得ないよ。 」

「 変って… どういうこと?  … え?! なに?? 」

 

 − きゃ〜〜〜〜っ !!

 

突然 派手な悲鳴がきこえ、ほぼ同時に ばたん − − っと盛大な音をたて、ドアが閉まった。

  ・・・・ どたどたどた……  

フランソワ−ズが泡だらけの手を拭く前に、ジョ−がキッチンに飛び込んできた。

「 ジョ−?! なに、どうしたの?? マリ−は?」

「 …… ごめん! だってでもそれでもノックしたのに …… 」

「 はい? 」

「 あ …… ああ。 きみか、フランソワ−ズ。 」

「 きみか、じゃないでしょう! なにが、どうしたの? マリーは?! 」

「 … あ〜 あの 」

 

 − ごめんなさ〜〜い ちょっとびっくりしただけです〜〜〜

 

フランソワーズの見幕に ジョーがたじたじとなっていると・・・二階から明るい声が降ってきた。

「 …… だそうです。 」

「 どういうこと? マリー、なにをあんなに <びっくりした> のよ? 」

「 あのぅ そのぅ … つい。」

「 つい? 」

「 え … 彼女の部屋の前でさ。 ノックしたよ、ちゃんと! はっきり どんどん!ってさ・・・

 それで しばらく待ってたけど、だめって返事なかったから … 」

「 ・・・!  開けちゃったの?! 」

ジョーは うん、と深く項垂れ、首まで真っ赤になっている。

「 ・・・そ そしたら さ。 ・・・丁度着替えてたんだ、彼女。 」

「 … 呆れた! 」

「 わざとじゃないよ、本当だよぉ。 きみのトコだっていつも返事聞いてから開けてるよ?

 だめって言われれば開けないじゃないか〜〜  」

「 わたしとマリ−とじゃ違うでしょう! お客さまなのよ?? 若いお嬢さんなのよ??

 ・・・まったく。  ジョー、それで湯呑みとお急須は? 」

「 ? … あ! 放りだしたまま … かも。 」

「 もうっ!! 早く見てきて。 早く!! 」

 

    どどどど −−−− !!

 

さっきの二倍くらい派手な音をたて、ジョ−は二階へ駆け上がって行った。

「 ・・・ ほんとうにもう・・・!  あら なあに、ピュンマ。 」

コーヒーカップと布巾を手にしたまま ピュンマは肩を小刻みに震わせ笑いを抑えている。

「 なにがそんなに可笑しいの。 」

「 く く く く ・・・ ねえ、そんなに怒るなって。 ジョ−だってわざとやったわけじゃないんだし。 」

「 え? ええ。 わかってるわ、わかってるんだけど。 

 なんだかどうしてだか無性に腹がたつってか… ヘンだわねえ? わたし。 」

「 気になるあの子ってかんじ? ・・・ ああ、ハナシの途中だったよね。

 今朝、行ってみたんだ。 あの場所は通行量もほとんどないからタイヤの跡もまだわかると思ってさ。 」

「 ええ・・・ それで? 」

「 うん。 ジョーと君の話が立証されたよ。 

 事故の場所に他のタイヤの跡はなかった。 二輪のも、ね。 」

「 あの辺りは何もないから。 … あら? それじゃあ … マリーは ・・・」

「 そうなんだ。 彼女はどうしてアソコに居たか? どうやって来たのか? ・・・見当がつかないよ。

 ジョ−じゃないけど、まさに <降って湧いた> 以外の説明は成立しないんだ。 

 まさか・・・イワンみたいにテレポート・・・なんてこと以外には ね。 」

ピュンマは食器を拭き終え、布巾をぱんっと伸ばした。

「 そう…。わたし、直前まで全然前を見ていなかったの。 

 でも、そうね、なにかの気配を感じて顔をあげたら…すぐ目の前に人影があったのよ。 」

「 当たり屋とかそんな風じゃないしなぁ、彼女。 博士の言う通りしばらく様子を見るしか、

 仕方がないだろうね。 」

「 ええ。 そのうち… マリ−自身がなにか思い出すかもしれないし。 」

「 そうだね。 あ? ジョ−、湯呑みは無事だったかい。 あれ? 」

ピュンマはドアの音に振り返り、あっと目を見張った。

「 はい、割れてませんでした。 …絨毯はぬれちゃったけど。 」

「 ごめん、フラン。 シミになるかなぁ。 」

柔らかな髪をゆらし、少女が湯呑みを持ってキッチンに入ってきた。

彼女のすぐ後ろで、ジョ−がアタマを掻いている。

 

   − なんだか… とてもしっくりする図ね?

   お似合い ・・・というのとも ちょっと違う感じ・・・

   ・・・ そう 違和感がないのね うん・・・

 

フランソワ−ズは受け取った湯呑みに話しかけていた。

「 ・・・フラン?  どうかしたかい・・・ 」

「 ・・・ え ・・・ あ、ううん。 なんでも・・・ 」

ちょんちょん・・・と ジョーが肩を突いた。

彼女が ぼんやりしてる間に マリーはピュンマとすぐに打ち解けていた。

「 あの・・・ お散歩、行ってもいいですか。  こんなによいお天気なんですもの。 」

「 え、外へ? 大丈夫かな? ここは海沿いだから結構日差しがきついよ。 」

「 平気です。 病気じゃないし、波の音を聞いていたら海が見たくなって。 」

すこし頬を染めてのマリーのお願い にピュンマは首を傾げた。

「 そうねぇ。 一応博士に伺ってみましょうか。  ねえ、ジョー? 」

「 …え? あ、な、なにか言った? 」

フランソワ−ズに話を振られジョ−は びく・・・!っとこちらを向いた。

彼はじっと、突っ立ったまま。 少女のうしろ姿にみとれていたのだ。

「 …なにも言いません。 」

「 え、でも。 あの〜…? 博士になにを聞くのかい?  」

「 知りません。 」

フランソワ−ズはぷつっと話を切り湯呑みをシンクへ持っていった。

「 ごめん、ねえ、なにか言った? …あの、フランソワ−ズ? 」

「 言ってませんから。 」

「 ご・・・ごめん! あの ・・・ き、きみの話、聞いてませんでした! ごめんなさい。 」

「 ・・・ いいけど・・・ ちゃんと わたしを見て欲しい・・・です。 」

「 はい、 ごめんなさい・・・ 」

「 ・・・ あの・・・? 」

「 こっち おいで。 」

くくっと肩を震わせると、ピュンマは困り顔の少女に ぱちん、とウィンクをした。

「 え・・・?  え このまま? 外へ?   あ ・・・ 」

ピュンマは うんうん、と小さく頷いてみせ、彼女の腕をとり一緒にキッチンを出た。

マリーは ちらちらキッチンを振り返っている。

「 ピュンマさん? いいんですか、あのう・・・あの二人、放っておいても? 」

「 平気平気。 アレはあの二人のレクリエーションみたいなもんさ。 」

「 レクリエーション、ですか・・?! 」

「 そ。  ふふふ ・・・ この国では 痴話喧嘩 ともいうさ。 放っておくのが一番!

 案外 本人たちも楽しんでいるらしいしね。 まともに取り合ってたら当てられるだけ! 

 さあ、博士にお許しをもらったら、一緒に浜まで行こう。 」

「 わあ、ありがとうございます。  あは・・・二人の邪魔、しちゃいけませんものね。 」

「 そういうこと・・・! 」

さあ〜〜〜 っと海風が窓から渡ってきて、 二人を初夏の朝の散歩へと誘い出した。

 

 

 

「 お〜い! ピュンマ〜 」

「 ・・・ ん?  ジョー ・・・? 」

ピュンマはマリーと研究所の裏手から海岸へ降りる急な石段を辿っていたが、おもわず足を止めた。

「 なんだろう。 なにかあったのかな。 お〜い! 」

一瞬眉根を寄せ、ピュンマは振り返り大きく手を振った。

傍らの少女も降りてきた石段を振り仰いだ。

「 ジョーさん・・・? なにか急なご用かしら・・・ 」

「 なんだ、アイツ? 」

 

「 ちょっと待ってくれ〜 」

 

緊急事態なら脳波通信を使えよ ―  ピュンマは口の中でつぶやいた。

二人の側に小石がぱらぱらと落ちてきて、すぐにジョ−のスニ−カ−の足音が聞こえ始めた。

「 はあ…  追いついたっ 」

「 そんなに焦って、いったいどうしたのさ? …なにか急用かい?」

「 いや… はァ… 忘れ物だよ。 …ほら、マリ−。 帽子! 」

「 … あ、わざわざすみません。 」

  はい! とジョ−はツバの広いエレガントな帽子を差し出した。

「 ダメだよ、忘れちゃ。  海辺の陽射しって本当に強いからね。 特にこの時期はね〜 

 女の子だろ、気をつけなくちゃ。  あ、なんだよ〜 ピュンマ! 」

ピュンマは ぷっと吹き出し 、続々と湧き上って来る笑いを持て余している。

「 …… あはァ いや。ごめん。 ・・・でもジョ−、君がそんなコトに気が回るなんてな〜 」

「 どういうことさ。 ぼくだってそのくらい。  」

「 へえ?? そうかい。  フランと付き合い始めるまで 日傘 もしらなかった君がねえ? 」

「 そ! それは・・・ ぼくの周りにはああいう優雅なモノ、使うひとがいなかったから・・・

 あ〜  マリー! すごく、似合うね、 その帽子。 うん、すごく いいよ! 」

ジョーはすこしご機嫌を損じたらしかったが、少女を眺めてたちまち笑顔になった。

「 そうですか? 嬉しい! これ・・・素敵な帽子ですね、フランソワ−ズさんのでしょ。 」

「 あ〜…うん。 でも君にだったら 彼女、喜んで貸してくれるよ。 」

「 ジョ−。 君 ・・・ もしかして黙って持って来ちゃったのかい? コレ、彼女のお気に入りだよ。 」

「 え・・・ あ、そ そうだっけ?? 」

「 そうだよ! いつかさ・・・ 博士が銀座で買ってきてくださったの・・・って。

 ものすご〜〜く大事に大事に使ってるじゃないか。 」

「 あ ・・・ そ ・・・ そうだった・・・ 」

「 え、ごめんなさい。 お返ししますね。 」

「 あ! いいんだ、いいんだ。 そのまま被ってて。 ( ピュンマ! 余計なコトを〜〜 )」

慌てて、帽子を脱ごうとした少女の腕を押さえ、ジョ−はついでにピュンマをじろりと睨んだ。

     … お〜 こわ。

ピュンマはますます笑いが止まらなくなり、肩を震わせている。

「 さ。 ジョ−。選手交代だ。 帽子の件は僕から彼女に頼んでおくから。 

 こっちの姫君のエスコートを頼むよ。 」

ぱちん、とウィンクをして少女に笑いかけ ピュンマはぱっと身を翻し石段に足をかけた。

「 あ・・・ ピュンマ ・・・ あの ・・・  」

「 お二人さ〜ん  ランチまでには戻ってこいよ〜 」

「 はぁい! ピュンマさん、ありがとう〜 」

少女の高い声が 青空に気持ちよくひびいた。 

 

 

 

「 わあ… いい気持ち! 温かいんですね、海の水って。

 きゃ〜 あれ・・・貝かしら? 動いてる〜  わ!これなに? ムシ?? 」

「 ヤドカリだよ。 甲殻類さ。 」

「 へえ・・・  あ  こっちにも!  わあ ・・・ 」 

岩場の外れ、小さな磯溜まりに少女はこわごわ足を漬けた。

海岸に降りてから、見るもの聞くものなんでもに歓声をあげ溜息をつき。

彼女は手当たり次第、なんでも触れてみる。 

そして  ひゃ・・・・っと手を引っ込めたり  じ〜〜っと掌に受けてみたり。

ジョーは笑いつつも 不思議な気分で彼女を眺めていた。

 

    ・・・ え  本当に生まれて初めて海辺に来たのかなあ・・・・

    日本語、上手いけど ・・・ 日本人・・・というカンジじゃないし・・・

 

 

「 この時期だもの、いろいろいるさ。 マリー、君、海は初めて? 」

「 …わからない。 覚えてないだけ、かもしれないけど・・・ でもとても懐かしい気持ちがします。 」

「 そうか。 海は全ての母っていうから。 」 

ぱしゃん… 少女の足元で海水が跳ね返る。

  お母さん? そうか〜いろんな生き物がいるからかしら。  ・・・あ? カニがいる! 」

「 この辺りは引き潮になると干潟になるからね。

 カニとかいろいろ見つかるよ。 … あ〜 気をつけて! 」

少女はぱっと立ち上がりそのまま岩場を伝い歩きはじめた。

「 大丈夫。  わ〜こっちには小さなお魚が居ますよ?  キレイな色! あ、逃げる〜 」

「 マリー… 足元に 」

 

      − ぱっちゃ〜〜ん・・・

 

ジョ−が言い終わる前に派手な水音が夏の潮溜まりに響き渡った。

 

 

   ぽたぽたぽた…   ぴたぴたぴた・・・・

 

足跡と一緒に乾いた道に雫の足跡も点々と続く。

「 大丈夫? 」

「 …ハイ。 あのぅ、一人で歩けますから。 あの… 降ろして・・・ください・・・ 」

「 ダメダメ。 足だって捻ってるし、腕の傷も濡らしちゃったし。 滲みない? 」

こしょこしょ耳元でささやく声が とても ・・・愛しい。

ジョーの歩みは自然に弾んでしまう。 

よいしょ、と背負い直した身体はとても軽く、ぬれたシャツの感触もちっとも苦になっていない。

「 はい、 あの。  大丈夫ですから。  あの…  あの・・・ 」

「 いいから いいから。  あ〜〜 お昼ごはんはなんだろうね〜 咽喉、渇いたなあ・・・・ 」

「 ・・・ あ  は、はい ・・・ 」

ジョーは 海の中にシリモチをつき ぐしょ濡れのマリーに彼のシャツを貸し、

有無を言わせず背負った。

どうしてかわからないけれど、ジョーはとても ・・・ 自然に感じていた。

 

   オンブが一番さ。  

   ・・・ うん ・・・ チビの頃 ・・・ 寮母さんにオンブしてもらったっけ・・・

   ・・・ かあさん ・・・ ぼくのこと、オンブしてくれた・・・?  

 

背にあたる温か味とほのかに漂う彼女のいい匂い。

少女の小声なぞまるで何処吹く風、口笛吹き吹きジョ−はご機嫌で彼女をおんぶして行った。

 

 

 

「 ごめんなさいね。 ジョ−ったら…本当に気が利かないんだから。 」

「 いえ…そんな。 」

「 だって、ねえ? 年頃のお嬢さんをおんぶなんかして。 恥ずかしいわよねぇ?

 まったく。 彼ってば、乙女心なんてぜ〜んぜん判らないのよ。 」

「 あ、あの… 」

「 ふふふ、あなたもちょっとあわてんぼさんかな。 擦り傷はどう? 

「 ええ ・・・ このくらい、なんでもないです。 」

「 よかった・・・!   さあ、これでだいたい乾いたわね? 」

フランソワ−ズは鏡ごしに少女へ微笑みかけた。

 

干潟に尻もちをつきぐしょ濡れになった少女に自分のシャツを貸し、ジョ−は彼女を

背負って帰ってきた。

   とても 嬉しそうに。  そう とっても とても 楽しそうに。

真夏の昼下がり、ほんの浅瀬でのよくある出来事なのに。

フランソワーズ自身も この地に来たころは何回かシリモチをつき、ジョーに笑われた・・・

 

  ― …ジョ−ったら。 なんなの?

 

フランソワ−ズは一瞬眉を顰めたが、すぐに暖かい気持ちでいっぱいになった。

「 さあさ・・・バスルームに直行よ!  あ ・・・ ジョー? 悪いんだけど・・・

 床、拭いておいてね? 海水はシミになるから・・・ 」

「 あ・・・う、うん。  あの! すぐに傷の手当とかしないと・・・ 

 黴菌が入ったら大変だろ?  足だって・・・捻挫が余計にひどくなってないかなあ・・・

 あ! 博士、呼んでくるよ! 」

「 いいわよ、大丈夫。  海水は自然の薬だ・・・って教えてくれたの、ジョーでしょう? 」

「 ・・・ あ ・・・ そ、そうだねえ。 」

「 だから。 かえって早く治るかもしれないわ。 

 さあ マリー ♪ 女同士で楽しみましょうね〜〜 」

「 あ ・・・ あの  ぼく ・・・ 」

「 お掃除、 お願い、 ね? 」

「 ・・・う ・・・ うん ・・・ 」

わいわい騒ぐジョ−を軽くかわして、フランソワ−ズはマリ−をバスル−ムへ連れて行った。

 

 

 

シャンプーして シャワーを浴びて。

フランソワーズは彼女のガウンに包まったマリーを 得々として自分の部屋につれてきた。

「 さあ 座って座って。  ああ 髪・・・もうほとんど乾いたわね。 」

「 はい。 いいキモチ・・・! 」

ドレッサーの前で 二人の乙女は鏡の中に微笑み合う。

「 この長さだと手入れが大変でしょう。 」

目の前に広がる少女の豊かな髪に フランソワ−ズは柔らかくブラシを当てた。

「 短いほうが楽かな、って思いますけど… 」

「 あら、勿体無いわ。 こんなに綺麗な髪、初めて見るもの。 」

フランソワ−ズの手の中に 金と茶を縒り合わせた髪が豊かに波打つ。

その魅惑の海は ブラシの下で渦巻き波となり フランソワーズの手からすべり落ちた。

「 本当に…不思議な色なのね。 きれい・・・ 」

「 ありがとうございます。 ・・・私のたった一つの自慢なんです・・・ 」

「 もっと自慢していいわ?  

 ・・・子供の頃、毎朝ママンがこうやって髪をとかして 結ってくれたわ。

 ふふふ… あの・・・ 笑わないでね? 

 わたしの夢って… ね。  いつか自分の娘の髪を結ってあげることなの。

 いろんなおしゃべりしながら こんな風に、髪を梳いたり編んだりしたいな・・・って。 」

「 …素敵ですね。 」

「 ああ、あなたのお母様が羨ましいわ。 きっと小さい頃って毎日こうしていらしたわね。 」

ほう、と溜息をつきフランソワ−ズは少女の髪にそっと手を当てた。

「 …お子さんって。   ・・・ ジョ−さんの … ? 」

「 え、あら、やだわ。  …そうね、そんな日が来ればなあって。 いつか・・・ ね・・・

  あ、ジョ−には内緒よ? 」

ほんのり頬を染めたフランソワ−ズに 少女は鏡ごしに微笑み返した。

「 さあ、綺麗になったわ。 ねえ、明日お買い物に行かない? 

 あなたの服とか靴とか。 あ、下着もいるわね、他にもいろいろ。 」

「 え… 私、フランソワ−ズさんの服、拝借してたら…ダメですか。 」

「 勿論、O.K.よ。  でもね〜 わ・た・し が。  あなたの服を選びたいの。 」

ほら、とフランソワ−ズは自分の髪を一房つかみ少女の髪に合わせた。

「 髪の色が違うと、似合う色も違うでしょ。 サイズが合えばいいってものじゃないし。 」

「 本当にいいんですか。  嬉しい!

 私、お買い物したかったんです。  ・・・ あなたと ・・・ 」

「 じゃあ、決まり!  わたし、朝はレッスンがあるから帰りに待ち合わせましょ。

 この辺じゃかわいいお店もほとんどないから、都心にでましょうよ。 

 わ〜楽しみだわ。  うふふ〜〜ん♪ まずは・・・ 」

はしゃぐフランソワ−ズを少女はじっと見つめていた。  やがて…

「 あら。 なあに、どうしたの? 」

 

   ほろ  ほろほろ   ほろ ・・・・

 

少女の頬に 瑠璃の雫が伝い落ちていた ・・・ 

「 ……あ… ごめんなさい、なんか… 嬉しいのに 勝手に涙が…  あは・・・ 」

「 あらら… おかしなマリ−ねえ… 」

「 ご・・・ごめんなさい ・・・ 私ったら ・・・ ヘン ・・・・ 」

ついに小さく嗚咽しだした少女を フランソワ−ズは笑って抱き締めた。

少女の涙は なかなか止まらなかった。

 

 

ランチ・タイムは 当然女性陣の明日の予定で盛り上がった。

「 楽しそうだねえ。 やっぱり女性にとって買い物は最大のレクリエーションかあ。 」

「 そうよ〜〜 ピュンマ。 あなたもよ〜〜く覚えておくことね。 」

「 はいはい・・・ 」

「 え、買い物? じゃあ、ぼくも一緒にゆくよ。 荷物持ちだっているだろ。 」

ジョ−は ショッピングなど、いつもはまるで関心を示さないのだが。

「 あ〜 … いいわ、ジョ−。 レッスンの後で行くし、マリーと二人でぶらぶら歩きたいの。 」

「 ・・・ じゃあ 帰り! 迎えに行くよ。 電話してくれれば・・・ 」

「 あのね。 女同士で楽しみたいの。  ご好意だけ受け取っておきます。 」

「 振られたね、ジョ−。  まあ、女性同士の買い物になんか付き合わない方が

 精神衛生上、いいかもしれないよ。 」

憮然とした表情のジョ−に ピュンマが笑ってフォロ−をいれてくれた。

「 そうそう。  あら、ピュンマ、よくご存知ね。 」

「 ま、ね。僕だってソレくらいは。 」

「 ピュンマさん素敵ですもの。 もてるでしょ。 」

「 わあ、ありがとう、マリ−。  君はヒトを見る目があるよ、うん。 」

楽しげな笑い声のなか、ジョ−は珍しく不機嫌だった。

「 ・・ じゃあさ! 今週末にぼく、マリーを予約! 」

「 え ・・・ 予約?  」

「 うん。 ぼくに付き合ってくれる・予約。  いいだろ?  」

「 あ ・・・ あら。 だってフランソワーズさんが ・・・ 」

「 いいのよ、マリー。 付き合ってやって? わたし、週末はリハーサルで忙しいの。 」

「 そうですか・・・ 」

「 ええ。 わたしからもお願い、 ジョーに付き合ってやってくださいな。 」

「 いいだろ ? マリー ・・・ 」

「 え ええ・・・ 」

「 あは、 マリーこそモテモテじゃないか。  じゃあ来週は僕。 」

「 うわあ〜〜 凄い〜〜 私、こんなの、初めて♪ 」

 

   あはは・・・ うふふふ・・・・

 

明るい笑い声を 真昼の海風が運んで行った。

 

 

 

Last updated : 06,22,2010.                     index       /       next

 

 

 

*********  途中ですが・・・

す、すみません〜〜〜 <(_ _)>

激多忙週間  プラス  はやぶさの帰還 で毎晩おいおい泣いていまして・・・

新作を書き上げる余裕がありませんでした<(_ _)>

2006年・・・ってたった4年前なのですが・・・ 現在と書き方?が違ってしまって・・・

加筆に苦労してしまいました。  

オフ本、お持ちのかた、比べてご覧になるのも一興かと・・・・

すみません〜〜 あと一回、お付き合いくださいませ <(_ _)>

ご感想のひと言でも頂戴できますれば 望外の幸せでございます〜〜〜 

お願いします・お願いします〜〜〜 <(_ _)>