『 選んだのは ― (2) ― 』
ほっほっほ ・・・!
山盛りの荷物に 脚が生えて ― 玄関に到着した。
ガチャ。 ガタ。 その足がドアを蹴飛ばした。
「 ん〜〜〜〜 ただいま 〜〜〜
よっこらしょ〜〜〜 っとぉ 」
ドサ ・・・ ! 荷物の山が玄関の上がり框に積まれた。
「 ふはあ〜〜 ・・・ いやあ〜 ぼくでもちょいとヤバかったぁ
クルマに乗せてきた分、イッキ運びは無謀だったかも〜 」
はあ〜〜〜 ・・・ ジョーは大きくため息をついた。
「 えっと 買い忘れ、なよな?
う〜〜んとメインの紙オムツひと山とぉ トイレ紙〜〜
ミルクの缶と。 こっちは食糧 ・・・
お〜っとこれは卵。 こっちに避けとこ・・・ 」
ぶつぶつ言いつつ 彼は荷分けをしてゆく。
「 え〜と ・・・ じゃがいも にんじん きゃべつ ・・・
これはチキンにミルクに りんご〜〜〜 」
玄関はたちまち日常品で埋め尽くされた。
「 ・・・ だっぴゃあ〜〜 これがウチの一週間分 かあ 」
ふう〜〜 さすがのジョーも上がり框に座り込んだ。
ふわん ・・・
やっと落ち着いた空気の中に嗅ぎ慣れた < におい > が
漂ってきているのに気づいた。
「 ん ? ・・・ あっは ウチの匂いだあなあ ・・・
これは ・・・ チビ達のミルク だな〜
いや チビ達自身の匂いかもなあ 」
ジョーは 鼻をくんくんさせつつ に〜〜んまりしている。
先年 島村君は願いかなって 彼の想い人・金髪美人の彼女 と
結婚した。
それだけでも 彼はも〜 有頂天な日々なのだが
( 実際 二人だけの甘ぁ〜〜〜い生活がしばらく続いた )
去年の12月に 天使が彼らの腕の中に舞い降りてきて ― それも 二人☆
もうもう・・・ 彼の 自制のタガは完全に外れてしまった。
「 あ あああ〜〜〜 し あわせ ・・・! 」
「 うふふふ わたしも 」
ジョーとフランソワーズは幸せの海♪ だった ・・・・が。
それは同時に とんでもない戦闘状態の開始 だった。
勿論 ジョーは最初から子育てに参加する決意だったけど
― それどころじゃなかった !
フランソワーズと がっちりスクラム組んで対峙しないと
・・・ < 敵 > は 最強にしてしたたか・・・
そして なにより 最高に 愛しい のだった。
これは本当に 凶悪な最終兵器的能力 で
子育て真っ最中の現在から考えれば BGとの戦闘 なんて
あんなに甘っちょろくタルいものはなかった ・・・ と
ジョーもフランソワーズもしみじみと思うのである。
だけど。 この闘いには ひとつだけ他とは全く違う要素があるのだ。
それは ― 笑顔。
< 戦闘中 > だけど ジョーはにまにましつつ
毎日ウチに帰ってくるのだ。
「 ふ〜〜ん ・・・ えへへ いいなあ この匂いも♪ 」
彼は相変らず < ウチの匂い > に拘っているが
それは 確実に変化してきている。
「 チビ達ってさあ ・・・ ほっんといい匂いなんだよなあ
ミルクの匂い だけじゃないんだ。
なんつ〜か ・・・ う〜〜ん?? 甘いっていうか・・・
それになあ すぴかはすぴかの匂いだし
すばるはすばる で また別の匂いなんだ 」
ガサゴソ。 袋を開けて買ってきたものを整理する。
食料品とベビー用品を分け さらに冷蔵するモノを袋にいれる。
「 そうだなあ・・・ 二人ともねんねしてる時は
全然区別できないけど くんくん〜〜 すれば
すぐに分かるさ〜〜 へへへ〜〜 かっわいい〜〜 」
新米パパは もうでっれでれである。
「 ジョー?? お帰りなさ〜〜い 」
奥から声が飛んできた。
「 あ ただいまあ〜 フラン〜〜 あのミルク、あったよ〜 」
「 ご苦労さま〜〜 あのね 今 すぴかがお昼寝から起きて・・
ちょっとお願い 」
「 ああ 今ゆくよ 」
びえ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 んっ!!!
ジョーの返事なんかなんのその。
家じゅうに響く甲高い声が はっきりと主張し始めた。
アタシ! おなか すいた〜〜〜〜〜〜 !!
「 ありゃあ〜 これじゃ相棒が泣き出すのも時間の問題だね
フラン〜〜〜 すぐに ゆくから〜〜 」
彼は手早く 食品を冷蔵庫にいれるとバス・ルームに寄った。
びぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ん ッ !!!
うっく・・うっく・・・ えぇ〜〜〜〜
ヘタリそうな泣き声が加わった。
「 だぴゃ ・・・ すばるも起きたかぁ・・・
こりゃ 戦闘開始 だよう 」
ジョーは腕まくりをしつつ ― 大にこにこで 子供部屋に飛んでいった。
「 よ〜しよしよし ・・・ おと〜さんとお散歩しようか 」
び〜び〜泣いている娘を 彼は上手に抱き上げた。
「 ああ それがいいわね すぴか・・・
オムツはキレイだし 今はお腹も空いてないはずなの。
それなのに ・・・ すぴかは寝起きが悪いのよ
ああ よしよし すばる・・・ 泣かないのね〜〜 」
フランソワーズは ぐしゅぐしゅぐずっている息子をあやしている。
「 すばるはね すぴかの泣き声にびっくりして
お付き合いでぐしゅぐしゅ言ってるだけよ 」
「 そうなんだ? すぴか〜〜 それじゃお父さんと
ちょっとお外に出てみようよ? お花が咲いてるかな〜 」
「 お願いね・・・・ あ 寒いかしら ブランケット? 」
「 あ〜 ぼくのセーターの中に入れちゃうから・・・・
これ 前開きだからさ〜 こうやってボタン 外して・・・
ほうら すぴか? 温かいだろう? 」
ジョーは すぴかを上手に自分のセーターで包んだ ―
というより 彼女を潜らせた。
「 あら ・・・ いいわね〜〜〜 すぴか?
お父さんといっしょね〜〜 」
びぇ・・・? え ・・・????
いきなりほっこり温かく少し狭い空間に入れられ すぴかは
びっくりしているらしい。
泣き声が 止まった。
「 あ〜〜 いい子だねえ すぴか?
ほうら 温かいだろう? さ お父さんと散歩しよ〜ね 」
ふぇ・・え? ・・・っくちゅう〜〜〜
「 やあ 泣き止んでくれたかな〜〜
うふふ・・・ あったかいねえ すぴか・・・
」
「 くちゅう〜〜〜 」
「 えへへ すぴか すぴか かわいいすぴかさん〜〜〜
いいこちゃんだねえ ・・・ ん? 」
小さな小さな娘を 自分の胸にしっかりと抱いて ジョーは
中庭をぷらぷらと歩いていたが ふと ― 小さな碧い瞳が
じっとこちらを見あげているのに気付いた。
「 ん? やあ すぴか。 お散歩は気に入ったかな〜〜 」
「 くちゅう 〜〜 」
「 そっか そっか そりゃよかったなあ
ねえ そこならあったかいだろ? 」
「 むにゅう ・・・ ぷっち 」
「 ふんふん そ〜かい ・・・ お父さんもすぴかと一緒で
あったかいよう〜 」
「 だあ〜〜〜 」
すぴかは ジョ―を見つめ続けている。
「 なあにかな〜〜 ああ すぴかのお目目は本当に綺麗だねえ
知ってるかい? きみの目は お母さんと同じ色でさあ
と〜〜〜ってもキレイなんだ 」
「 む〜〜〜 ぶ 」
「 そうだよ それでねえ お父さんは 大好きなんだ・・
だって すぴかのお母さんは めっちゃステキなんだよ ? 」
「 ぶ〜〜〜 」
「 それでね これはナイショなんだけど すぴかには教えたげる。
お父さんはね〜〜 すぴかのお母さんがだあ〜〜い好きなんだ♪ 」
「 ぷっち! 」
「 お母さんと同じ瞳の すぴか〜〜 ぼくの可愛いすぴか〜〜
ああ 幸せだなあ〜〜 」
「 むうにゅう〜〜〜〜ん 」
「 あれえ すぴかってば笑ってるのかい?
ふんふんふ〜〜ん♪ 可愛いすぴか 可愛い可愛いすぴか♪ 」
「 む〜む〜む〜〜〜 」
「 あは お父さんの言うコト、わかるんだ?
可愛いうえに賢いんだなあ すぴか すぴか すぴかさん 」
ジョーは すぴかを抱っこしたままスキップしたり軽くジャンプしたり
・・・ まあとにかく父と娘はご機嫌ちゃんなのだ。
「 ねえ すぴか。 これからも二人で散歩しようよ?
お父さんとすぴか〜〜〜 ふんふんふ〜〜ん♪ 」
「 ― ジョー 」
テラスの方から 明るい声が聞こえてきた。
「 あ フラン 」
「 すぴか 泣き止んだのね ネンネしたの? 」
「 ウウン にこにこ ご機嫌だよ 」
「 え。 珍しいわねえ 」
「 そうかなあ すぴかって敏感だから こっちが穏やかな気分だと
すぴかも大人しくしてるみたいだよ 」
「 ああ そうねえ 親の機嫌を敏感に感じとるって ホントね 」
「 な? あ すばるは? またネンネしちゃった? 」
「 う〜うん あのねえ
うふふ・・・ すばるもねえ お散歩に来たの。
お父さんとすぴかと 一緒にいたいんですって ね すばる? 」
フランソワーズは 腕の中にいる息子に話かけた。
「 わあ〜 〜〜 そっかあ すばる〜〜 おと〜さんだよん 」
ジョーが覗きこむと 彼の小さな息子は 茶色の瞳をむけて
に・・・っと笑う。
「 うふふ〜〜 笑ったあ 」
「 ホント すばるもお父さんが大好きなのよね 」
「 ふふふ お父さんも すばるとお母さんが大好きさ。
そして 皆と一緒がいいなあ 」
「 ね? ・・・ なんか気持ちいいわねえ・・・
チビたち 抱っこしてるととっても温かいし 」
「 うん あ そこに座ろうか・・・ 」
「 そうね 」
二人は テラスの端に腰を下ろした。
お互いの腕の中には 小さな娘と息子が 目をぱっちり開いている。
くちゅう〜〜 ぽわぽわ〜〜〜
「 あは? なんかしゃべってるよ 二人して 」
「 そうねえ 二人だけの言葉があるみたいね 」
「 二人だけのヒミツ なんだね〜
今日のミルクはちょっと熱かった〜 とか 」
「 ふふふ そうねえ あら アタシは熱い方がいいもん って。 」
「 そ〜そ〜 すぴかってばすぐに飲むもんなあ
僕はぁ もっとふ〜ふ〜してほしいも〜ん ってすばるが。 」
「 そうね そうね ・・・ あ〜〜〜 なんか・・・
ほっとしてる わたし。 」
ことん。 金色のアタマがジョーの肩に寄ってきた。
「 うん? そうだねえ ・・・ ああ 好い感じに夕焼けだあ 」
「 あら 本当・・・ 綺麗ねえ 」
「 ・・・ うん ・・・ 今日もさ なんとか夕方まできたね 」
「 そう ねえ ・・・
ふふふ 二人ともおっきしてるのに大人しいわねえ 」
「 あ? あれ すぴかってば寝てるのかと思ったら 」
ぷっち! くちゅう〜〜〜 すぴかが声を上げた。
「 まあ すぴかってばお父さんの抱っこだと大人しいのねえ
わたしだと も〜〜 もぞもぞごそごそ〜 大変なのよ 」
「 そうなんだ? なあ すぴか。 お母さんの抱っこでも
大人しくしてないとだめだぞ? 」
くっちゅう? ぶぶう〜〜〜
「 ・・・わかったのかなあ 」
「 ふふふ いいわどっちでも。 こうやって一緒いるのって
と〜〜っても いい気持ちなんだもの 」
「 そうだ ねえ 〜〜 」
ジョーの上半身には じ〜〜んわりと彼の愛妻の温かさが滲みてきている。
― そして ・・・
彼自身の、そして彼女自身の胸元からは ほわ〜〜〜〜ん と
子供たちの 匂い が漂ってきている。
それは ミルクの匂いだったり 肌着の匂いだったり
乳児特有の匂いだったり ・・・ ちょっとはオムツの匂いも混じる。
あ は ・・・
これが この匂いが
今のウチの匂い なんだなあ〜〜〜
ジョーは 愛娘を抱っこし愛妻の上半身を受け止めつつ
思いっ切り深呼吸をする。
遅い春の宵 庭の植物たちもぐん・・・と若芽を伸ばしている。
潮の香り 緑の香 そして < ウチの匂い >
ふふぁ〜〜〜〜〜〜 ・・・
・・・ ああ いいなあ ・・・
へ へへへ これがぼくのウチ なんだ。
ぼくと ぼくの家族のウチ さ。
ああ ・・・ シアワセ ・・・!
四人? で肩を寄せ合って の〜〜んびり夕暮れの空を見上げる。
白っぽい青空は だんだんと茜色に染まってきた。
「 あ〜 フラン レッスン どう? 」
「 あ〜〜 もうね 最初から よ。 」
「 最初から? 」
「 そ。 筋肉 落ちちゃってるから ・・・ もう最初から
鍛えなおし。 初心者モードだわ 」
「 え そんなに休んでた? ウチのロフトでも自習してたよね? 」
「 うん ・・・ わたしもやっていたつもり だけど 」
ギルモア邸の地下には 数室のロフトがあり一部は緊急事態以外は
固く施錠してある。
入口に近い一室は フランソワーズ専用の稽古場に改築した。
結婚前から 彼女は夜になると自習していたものだ。
そう ちょっと前 のこと。
「 ・・・ ジョー? ちょっとストレッチしてくるわ 」
「 え??? す ストレッチ?? 」
「 ええ、 地下のレッスン室で・・・」
「 おいおい〜〜〜 大丈夫かよ? 」
ジョーは 驚愕して 彼の妻を見つめた。
― そう 彼の愛妻は大きなお腹を抱えているのだ。
「 へ〜きよ。 もうきっちり安定期だし。
チビ達はもう元気いっぱいだし 」
「 だけど ・・・ 二人 入ってるんだろ?? 」
「 そうよ。 でもず〜〜っと二人詰まってるんだから
入って居る方も慣れてると思うわ 」
「 けど 転んだりしたら 」
「 だ〜から ストレッチ。 ストレッチして転ぶ? 」
「 ・・・ それなら ・・・ 気を付けて 」
「 了解〜〜 じゃ ね 」
ふんふんふ〜〜ん♪ ハナウタと共に彼女は地下に消えた。
「 ・・・大丈夫 かなあ ・・・ 」
ジョーは心配でならないけど 一緒についてゆくのは
なぜか気が引けた、というより 遠慮しなくちゃ、と感じた。
「 フラン ・・・ 踊りたいんだろうなあ ・・・
チビ達が出てきたら すぐにでも復帰したいのだろうし・・・
ストレッチ くらいなら ・・・ 」
彼は 心配しつつも彼の妻を信頼していた。
「 あ〜〜 それよか納戸、片しておかないと〜〜〜
チビ達のオムツとか収納するからな〜〜
あと ままチャリの安全度アップもしておかないと 」
ジョーは 工具入れを持って勝手口から出ていった。
「 けっこうぎりぎりまでストレッチとかやってたよね? 」
なんとなく懐かしい思いで 彼はほっこりしていた。
「 うん 予定日の一週間前までね〜 ・・・ 」
「 なんか心配してたんだぜ? 」
「 あ〜ら 大丈夫って何回も言ったでしょう?
バレエ団でもねえ ママの先輩達はぎりぎりまでレッスンしてたわ 」
「 ふうん 」
「 わたしもね〜 レッスンしたかったのよ !
でも さ。 ほら ウチは ・・・ 二人 でしょう? 」
「 ああ そうだよねえ ・・・ 二人一緒に詰まってたんだもんな 」
「 そ。 さすがにね〜 皆がやめておいた方がいいわよって ・・・ 」
「 うん うん ・・・ ま こうして無事に元気に生まれたし? 」
「 それは感謝してるわ。 けど ね
わたしの方は ・・・ もうすっかり <普通の人> よ。 」
「 あ〜 そうかあ ・・・ 」
「 そ。 だから 今 自習の鬼です。
あのね、 チビ達ねえ レッスン室につれていって
隅っこにクーファンに入れておくでしょ?
泣いたりしないのよ〜 こう・・・じ〜〜っと見てるの 」
「 へえ〜〜 すぴかは 将来バレリーナさんかな 」
「 う〜〜ん どうかなあ・・・
でもね すぴかはお腹の中から 大暴れしてたから・・・
何回 蹴っとばされたことか ・・・ 」
「 すばるは? 運動神経はいいと思うけど・・・
ぼくときみに似たら さ 」
「 う〜〜ん ・・・ あの子は大人しいわね。
泣くのもすぴかにつられて・・・って感じだし。
目が覚めてもじ〜〜〜っといろいろ眺めていることが多いわ 」
「 ふうん ・・・ ま それぞれってことか 」
「 そうね。 丈夫で元気に育ってくれれば 」
「 うん。 ぼくもそれが一番さ 」
「 ね? 」
「 うん 」
ぴと。 フランソワーズの身体が寄りかかってきた。
ぱふん。 ジョーは 娘と一緒に妻を息子に腕を回した。
「 ・・・ ああ ・・・ 」
「 ? なあに どうしたの 」
「 えへ ・・・ 幸せだなあ 〜〜〜 って さ 」
「 ふふふ ・・・ そうね すぴかもすばるも
大人しくネンネしてるし。 」
「 ん ・・・ 皆一緒にさ こうやって元気にいられるって
ホント ・・・ 最高だよ 」
「 そうね ・・・ふふふ チビ達、ぐっすりよ?
いつもはネンネする時も ぐずぐず言うのに・・・
お外の空気、きっと美味しかったのね 」
「 うん ・・・ お母さんが温かいなあ〜〜 って 」
「 お父さんおんセーターの中 すき〜〜〜って 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
ことん。 ― ふわり
ジョーはすぴかを抱っこしたまま フランソワーズに身を屈め
唇にキスを落とした。
「 ― ありがと フラン。 」
「 ・・・・ 」
応えの代わりに 熱いキスが返ってきた。
ほわん 〜〜〜 あ。 フランの匂いだあ・・・
おかあさん って いいにおい ・・・・
ジョーは こそっとあの歌を呟いていた。
「 ねえ ・・・ ジョー。 」
「 うん? 」
「 この頃 コロン、やめたの? ほら 博士と同じ 4711 」
「 あ あれ・・・ 仕事に行く時だけ使ってるんだ 」
「 え どうして。 わたし 好きよ あの香り 」
「 ぼくも さ でも ほら ・・・ チビ達には
そのう〜〜 ミルクやお日様の匂いの方がいいかな〜〜って 」
「 ああ ・・・ そう そうね ・・・ 」
きゅ。 彼女は彼の手を握った。
そう ね。 この手があるから。
わたし 生きているの。
この手が わたしを支えてくれるわ。
そうよ
わたしが 選んだの ― この手を。
― さて・・・ その時は 最大に大変! と思っていても
後年 振り返れば なんてことなかったよね〜 ってのはよくあることだけど。
ジョーとフランソワーズは 現在 ― そんな感慨にふけるヒマも ない。
「 おか〜さ〜〜〜ん あははは〜〜 」
たかたかたかたか〜〜〜〜
すぴかは あっという間に駆けていってしまった。
「 ! すぴか! 止まって〜〜〜〜 」
「 な〜に〜〜〜 おか〜〜さ〜〜〜ん 」
「 すとっぷ! 」
「 はあい〜〜 」
たかたかたかたか〜〜〜〜
今度はあっと言う間に戻ってきた。
「 おか〜さん なあに? 」
「 すぴかさん ・・・ 一人で走っていっちゃ だめ 」
「 え〜〜 おか〜さんもはしろ〜よ〜 すぴかと〜 」
「 ・・・ お母さんは 走れ いえ 走りません。
すぴかさんも 道路では走りません。 」
「 ど〜して〜〜 おと〜さん いっしょにはしったよぉ 」
「 え。 いつ 」
「 ん〜〜とねえ〜〜 おかいものにいったとき! 」
「 ・・・ この前の日曜ね。
ねえ すぴか。 お父さんはいつも走るの? すぴかと。 」
「 うん! あのね〜〜 さか びゅ〜〜〜〜んって!
ふたりでね〜〜 はしるのぉ〜〜〜 」
「 そう。 でもね 道路を走ってはだめ。 」
「 ど〜して〜〜〜 アタシ おと〜さんとはしるもん〜 」
「 すぴかがお父さんと走ったのは ウチの前の坂でしょう?
あそこはお庭と同じで クルマとか来ないから ・・・・
でもね お外では走ってはだめです。 」
「 ど〜して〜〜〜〜〜 」
「 危ないから です。 クルマや自転車にぶつかったら
どうするの 」
「 すぴか にげれるもん ! 」
「 逃げられなかったら? 大怪我しますよ 」
「 おと〜さ〜〜〜ん っていうもん。 すぴか ころばないもん 」
「 ・・・ とにかく 道路では走りません。 」
「 ぶう〜〜〜 」
「 はい 手を繋いで。 」
きゅ。 フランソワ―ズは娘の小さな汗ばんだ手を握った。
「 おてて して はしる?? おか〜さん 」
「 走りません。 」
「 ぶう〜〜〜 おと〜さん はしるよう〜〜 いっしょに 」
「 お母さんは 走りません。 いいえ 道路では走りません。 」
「 ぶう〜〜〜 」
フランソワ―ズはむくれている娘を 引きずるみたいにして
夕食の買い物に出掛けた。
・・・ うううう ・・・・
ちょっとこれは。
夫婦で意見の擦り合わせ が必要ね!
道路で親子でかけっこなんかやられちゃ
大変だもの!
― その頃 リビングでは・・・
「 おか〜さ〜〜ん おか〜〜〜さ〜〜〜ん 」
珍しくすばるが 大きな声で呼んでいる。
彼は あまり怒鳴ったりわめいたりしない子なのだ。
「 ? すばる? どうした 」
ジョーは キッチンを掃除していたが 顔を覗かせた。
「 おか〜〜さ〜〜ん おと〜さん おか〜さん は 」
「 お母さんなら すぴかと買い物に行ったよ 」
「 え ・・・・ おか〜さ〜〜〜ん ・・・・ 」
茶色の瞳に みるみる涙が盛り上がり ― すばるはべそべそ泣き出した。
「 ・・・ うっく ・・・ おか〜さん ・・・・ うっく 」
「 泣くことないだろ? すぐに帰ってくるよ 商店街だもの。 」
「 うっく ! おか〜さ〜〜ん ・・・ おか〜さんが いない〜〜 」
「 いない じゃないよ、お使いに行ってるだけ 」
「 ・・・・ おか〜さ〜〜〜〜ん ・・・・ 」
「 すぐに帰ってくるってば。 」
「 うっく うっく ・・・ べそべそべそ〜〜 」
「 すばる〜〜 お父さんがいるだろ? 泣くなよ 」
「 おか〜さん おか〜〜さ〜〜〜ん 」
「 あ ほら・・ 一緒に卵焼き つくろう ね? 」
「 ・・・ たまご やき? 」
「 うん。 ほら すばるが好きな あまあ〜〜い卵焼き!
お父さんと一緒に作ろうよ 」
「 たまご やき ・・・ 」
「 ほらほら おいで〜〜 まずはお手手あらって 」
「 うん じゃ〜〜〜 」
すばるは やっと < おか〜さん > 連呼をやめた。
・・・ ちょっとなあ。
もうマザコンか???
すぴかは こんなに お母さんコールしないぞ?
これはちょっと。
夫婦で意見交換が必要だな。
「 ただいまあ〜〜〜〜 おと〜さん〜〜 」
「 ただいま ・・・ 」
玄関で 母と娘の声が聞こえてきた。
「 あ ! おか〜さ〜〜〜ん !! 」
すばるは 作りかけの卵焼きを放り投げ玄関に飛んで行ってしまった。
「 ・・・・ あ〜あ ・・・ やれやれ ・・・」
ジョーは 卵の殻やらボウルなんかを片寄せると
息子を追って玄関に出た。
「 お帰り フラン ・・・ あ。 」
玄関では ―
「 おか〜さ〜〜〜〜〜ん 」
すばるは まだ靴も脱いでいないお母さんに抱き付いている。
「 はいはい ・・・ 」
「 おか〜さ〜〜〜ん 僕ぅ ひとりでおるすばん してた 」
「 あら 偉いわねえ〜 」
あ コイツぅ〜〜〜
・・・ タラシ要素 たっぷりじゃん
ジョーが口を挟もうとした時 ・・・・
どん! ― おわ???
運動靴を脱ぎ飛ばし すぴかが抱き付いてきた。
「 おと〜さ〜〜ん! はしろ〜〜〜〜 」
「 あ? ああ そうだねえ 」
「 ね! はしろ〜〜 おと〜さん〜〜 」
「 うんうん ・・・・ あ フラン、荷物、もってゆくから 」
「 あ お願いね〜〜 すばる〜〜 降りて 」
「 ほら すぴか 手伝ってくれよ 」
「 うん おか〜さん 」
「 うん おと〜さん 」
わいわい きゃらきゃら あははは うふふふ
たちまち笑顔と日向の匂いでいっぱいになった。
ジョーはその匂いにどっぷりと浸かリ 満喫する。
あは ・・・ これが ウチの匂い かも。
そうだよね これが ぼくのウチ なんだ。
そうさ。
あの時 ― 初めて皆と出会ったとき。
ぼくは自分の意志で 仲間達を選んだんだ。
だって ・・・ きみが いたから。
うん。 選んだのは ぼく。
ぼく が 選んだ。
************************ Fin.
**********************
Last updated : 06,01,2021.
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************* ひと言 ************
ジョー君って たぶん 彼の人生の究極の目標は
穏やかで幸せな家庭生活 じゃないのかなあ・・・
せめて このサイトでは幸せに生きて欲しいのです (>_<)