『 ひみつ  - (1) −』  


                          絵と文 / めぼうき & ばちるど



               ***** はじめに *****
        このお話は【Eve Green】様宅の<島村さんち>の設定で
        書かれています。 
        ジョ−とフランソワ−ズはめでたく結婚し 可愛い双子の姉弟
        すぴか と すばる が生まれました。 平ゼロ設定でお読み下さい。



カッチャ・カッチャ・カッチャ・・・♪
遠くからランドセルの音が響いてくる。 合間をぬって弾んだ足取り・ほとんど駆け足の音もする。

・・・ふふふ。 今日もすぴかは元気一杯ね・・・

もうすぐ娘の賑やかな声が玄関に聞こえるだろう、とフランソワ−ズは
シンクの前で、ひとり微笑みを浮かべていた。

能力 ( ちから ) など使わなくても家族の足音はみんなちゃんとわかる。
いつもいつも、駆け出しそうに元気にあふれた・すぴか。
ゆっくり・のんびり。 でもしっかり確実なペ−スで帰ってくる・すばる。
そして・・・
なぜか 家に近づくにつれどんどんとその歩みが速くなり、終いには駆け込んでくる・ジョ−。

そうねえ。 <ただいま>の声が一番嬉しそうなのは・・・ ジョ−かも。

憧れの<家族>と<家庭>を、今やっと手にしたジョ−は
ここが世界中のどこよりも大切で、居心地のよい場所なのだろう。
・・・みんなが・・・きみがいるから。
相変わらず照れ屋の彼は そんな言葉しかいわないけれど・・・。

フランソワ−ズはきゅっと蛇口を閉め、手を拭いた。
さあ! 旋風が帰ってくる。 お母さんは戦闘開始である。



「 ただいまァ〜〜 お母さ〜ん!! 」
「 お帰り。  すぴ・・・ あら? すばる??? 」
金色の頭と甲高い声が飛び込んでくる、とばかり思っていたのだが、
息せき切って帰ってきたのは ・・・ 息子のすばるであった。

「 ただいま! お母さん。 」
「 お帰りなさい、 すばる。 」
ランドセルも降ろさずに きゅ・・・・っと抱きついてきた
息子のセピアのクセッ毛頭を 母は優しく撫ぜ上気した頬にキスをひとつ。

「 お母さん、 あのね、あのね。 僕・・・ そろばん が習いたいの。 」
「 ・・・ そろばん ??? 」
耳慣れない言葉に フランソワ−ズは目をぱちくりさせた。
セピアの瞳が真剣に自分を見上げている。

「 そろばん・・・って なあに、すばる? 」
「 うん・・・あのね、ムカシのでんたく。
 ね〜 僕も〜僕も渡辺クンと一緒にそろばんを習いに行きたい。」
「 ・・・電卓を・・・習うの? 」
「 うん。 しけんがあってね。 ごうかくすると級があがってゆくんだって。」
「 級?? ライセンスとかを取るの? 」
「 ? らいせんすってなあに?  ね〜 行ってもいいでしょう? 」
「 渡辺君も行くのね? ・・・う〜ん、お父さんに伺ってからね。 」
「 うん! ね、それでね、お母さん、 そろばんの袋、つくって。 」
「 ・・・ 電卓を袋に入れるの?? 」
「 そう。 こんなながっぽそくて〜 入り口をヒモできゅ・・・ってしめるのがいいな。 」
「 ??? お母さんには・・・よくわからないわ。 
 ともかく、お父さんがお帰りになったらお願いしてみなさい。 」
「 わい♪ ね〜 お父さん、今日は早い? お仕事、忙しいのかなあ・・・ 」
まだ日のある時間なのに、すばるはリビングの窓に駆け寄って門の方をじっと見つめた。

・・・ この子は・・・ 本当にお父さんっ子ねえ・・・

フランソワ−ズは湧き上がる微笑みを隠し切れない。
「 どうかしらね。  さ、すばる、ランドセルを置いて手をあらってうがいは?
 オヤツ、できてるわよ。 ・・・ あら、 すぴかは? 」
「 わ〜い、オヤツ〜〜♪♪ 」
「 ねえ、すぴかは ? 」
「 知らない。 校庭で鉄棒、してたけど? 」
「 ・・・ そう。 じゃあ、先に食べなさい。 」
「 うんっ。 オヤツ、なに? 」
「 蒸しパンよ。 すばるの好きなレ−ズンいり。 」
「 わぁい! お母さんの蒸しパン〜〜 蒸しパン・パン〜〜♪♪ 」
妙な節まわしの鼻歌まじりに すばるはリビングから駆け出していった。

そろばん、ねえ? 
まあ・・・ 渡辺君と一緒なら大丈夫だとは思うけど。
昔の電卓?? 古い型の計算機なのかしら。

ミルク・パンを火にかけつつ、フランス人の母親は首をひねっていた。



結局、その夜ジョ−の帰りは遅くてすばるは先に<お休みなさい>をした。
お父さんにお願いしといてね、ね、ね。
何回もくりかえし、母と指きりをして ようやくすばるはベッドに入った。

日付もそろそろ変るころ、やっと父親は帰宅した。
ジョ−は出版社勤めが軌道に乗り、かなり忙しい日々を送っている。
愛妻との熱いキスを交わし、彼は遅い夕食のテ−ブルについた。

「 え・・・ そろばん? 
 あは・・・・ そうか〜 もうそんな年頃なんだな・・・ 」
「 ? 昔の電卓と年齢が関係あるの? 」
「 昔の電卓?? ・・・ははは、確かに・・・そうかもしれないな。 」
すばるのそろばん話をきかされ、ジョ−は懐かしそうな顔をした。
「 小学校の低学年のころに流行るんだ。 ぼくの頃もそろばん塾に通ってた
 同級生は何人もいたよ。 」
「 お稽古事なの? ピアノとかバレエみたいな? 」
「 う〜ん・・・そうともいえるかな。 あのな、そろばんっていうのは
 日本の手動式計算機、なんだけど。 え・・・っと ウチにあったかなぁ・・・ 」
「 ないと思うわよ。 わたし、見たことないもの。 」
「 そう? あのね、こんな風に珠が沢山ついてて・・・ これを上げ下げして計算するのさ。」
ジョ−は手近にあった広告の裏に 奇妙な絵を描いてみせた。
「 ・・・ふうん ・・・ 」
「 実際は暗算してるんだけどね。 ま、頭脳( あたま )の鍛錬にいいと思うよ。 」
「 そうなの。 じゃあ・・・ 習いに行かせてやりましょうか。 」
「 そうだね。 例の<しんゆう>と一緒なんだろ? だったら安心じゃないか。 」
「 まあ、その点はね。 あ、あとね〜そのそろばんを入れる袋なんだけど・・・
 すばるが・・・ 」


「 あのね、それでね。 僕の名前をにょろにょろ〜って書いて欲しいの。 」
「 ??? にょろにょろ??? 」
「 うん。 ほら・・・年賀状にお父さんが書いてたみたくな字! 」
「 ・・・ひょっとして ・・・ それって <お習字> のこと? 」
「 うん、そう。 しまむら すばる って にょろにょろ〜〜〜って書いて。 」
「 ・・・ それはお父さんにお願いして頂戴。 」

「 ・・・というコトなのよ。 だから・・・ あの子の名前をお習字して欲しいの。 」
「 あははは・・・ にょろにょろ、ねえ・・・? お習字かあ。 
 あいつもなかなかシブいなあ。  」
「 今年の年賀状、ジョ−がお習字で書いたでしょ。 あれが気に入ったらしいわ。 」
「 お習字って・・・アレはちょちょっと筆ペンで書いただけなんだけど・・・
 あ〜 そういえば、ぼくが書いている間アイツはずっとそばに張り付いて見てたっけ・・・ 」
「 袋の方はなんとなくわかったの。 ちょっと渡辺君のお母さんにも教えて頂こうと思ってるけど。
 ともかく、名前、おねがいね。 」
「 うん・・・ こりゃ、ちょっと練習しなくちゃなあ・・・・。 
 自分の名前ときみのは何回も書いたけどさ。 しまむら すばる、か。 
 え〜と・・・筆ペンってどこにしまったっけ・・・ 」

口先ではぶつぶつ言いつつも、ジョ−はなんだか楽しそうだった。
家庭の雑事は施設育ちの彼にとってやはり、憧れのひとつだったのかもしれない。


「 ・・・それで、結局ご主人がお書きになったの? <にょろにょろ>って・・・ 」
渡辺君のお母さんは 柔和な顔をいっそう綻ばせ目をぱちぱちさせている。
翌日の午後、フランソワ−ズは 渡辺君の家を訪ねていた。
「 そうなんです。 それもね、すばるったらジョ・・・いえ、しゅ・・・主人、に何回も
 練習させて・・・ ほら、これです。 」
「 まあまあ・・・ 綺麗に縫っていらっしゃるわね。 
 あら〜〜 立派なお名前ね。 うん・・・ いいわよ、これ。 」
「 そ・・・ そうですか。 」
フランソワ−ズがおずおずと取り出した長細い袋を 渡辺夫人はそっと手に取った。
・・・ なるほど、表の真ん中に墨痕鮮やかに 【 島村 すばる 】 の名前入りである。
「 それで・・・ その、口のところなんですけど。
 ひもできゅっとしめるって息子が言ってたのですが・・・ 」
「 ああ、あのね。 巾着しぼり、ってこっちでは言ってるのね・・・ 」
「 きんちゃく・・・ですか・・・ 」
早速お針箱を持ち出してきて渡辺くんのお母さんは熱心に説明し始めた。

渡辺くん。
すばるの <しんゆう> である。
双子がまだ幼稚園に入って間もないころのこと、
左右から子供たちに取り縋られおまけに雨まで降ってきて
まったく立ち往生していたフランソワ−ズに手を貸してくれたのが 渡辺くんのお母さんだった。
彼女自身も双子たちと同年輩のちいさな男の子の手を引いていた。
以来、母親同士は親しく行き来し、息子たちも仲良く同じ小学校に通っている。

「 ・・・ そうそう・・・ そんなカンジ。 」
「 ありがとうございます。 もう・・・すばるの言うことじゃ、よくわからなくて。 」
「 ふふふ・・・ 男の子なんてそんなもんでしょ。 あら、今日は二人でお留守番? 」
「 ええ。 今、おじいちゃまが留守なので・・・ 大人しくしているかしら。 」
「 あまり期待しない方が・・・ 」
「 そうですわね・・・ 」
お母さん同士はくすくすと笑いあった。
「 これね、頂き物のお裾分けなんですけど。 白酒なの。 」
「 ・・・ しろざけ ? 」
「 ええ。 お酒っていってもそんなに強くないし子供でも飲めるわよ。
 こんな寒い日には熱くすると身体が温まって美味しいわ。 どうぞ?」
「 まあ・・・ いつもありがとうございます。 」
フランソワ−ズは差し出された瓶の白っぽい液体をしげしげと眺めた。

「 そうそ。 あのシフォン・ケ−キ、また焼いてみたの。
 お味見なさって? 貴女のお母様のお味にちょっとでも近づいたかしら・・・ 」
「 ・・・ まあ。 あの、これは渡辺クンのオヤツに・・・
 マカロンなんですけど。 」
「 あら、嬉しい! わたしが頂いちゃいますわ。 じゃ、こちらのお味見をお願いね。」 
渡辺夫人はにこにことキッチンから大振りのケ−キを持ってきた。
お菓子つくりが趣味の夫人は フランソワ−ズからフランスのご家庭風な
ケ−キやらビスキュイの作り方を教わり、
フランソワ−ズは沢山の<日本風のこと>を彼女に訊いていた。


「 ・・・あら 降ってきちゃった・・・ 」
ちらちらと髪に落ちてくる白い切片に フランソワ−ズは首をすくめた。
怪しい空模様なので少し早めに渡辺家を辞去したのだが・・・
バスを降りたところでついに 天気に追いつかれてしまった。
「 名残雪、かしらね・・・ 」
温暖なこの地方にな珍しい空模様に 彼女はちょっと見とれていた。

・・・ 雪か ・・・。 パリではよく降ったわね・・・

この地での暮らしにすっかり馴染んだけれど、やはり故郷は懐かしい。
フランソワ−ズは 距離も時間も遥か彼方にあるあの古い街に想いを馳せた。

冬には午後も早い時間から電燈が必要で 春の遅い石畳の街。
マフラ−に顔を埋め、ほかほかの焼き栗を頬張ってあるいたあの小路。
・・・ お兄さ〜ん・・・ お帰りなさい!
おう。 ただいま、フランソワ−ズ!
記憶の中の兄は いつまでもあの頃のままだ。

・・・ 還りたい? もし・・・できるなら。 あの頃に・・・?

ふいに聞こえた囁きに 若い母は動揺する。
そう・・・ もしできるなら。 時計の針を逆戻りさせられるなら。
今の全てを ナシ にして あの頃の わたし に還りたい・・・だろか。

わからない・・・。 今のわたしには・・・ 

ことり、と提げた袋のなかで小さな音がした。

・・・ああ、お土産もあるし。 オヤツを待っているわね、二人とも。

フランソワ−ズはぷるん、と頭を振って岬の我が家めざして
最後の坂道を登り始めた。

今の自分が帰るところ。 それは愛しい夫と子供たちの許なのだ。
舞い落ちる小雪は 亜麻色の髪に留まると・・・すっと消えていった。



                    index    /    next