『  わだつみの都  − (3) − 』

 

 

 

 

 

 

「 無礼者! 王妃様を放せっ!! 」

甲高い声がひびき、ジョ−の身体に共の少年が飛びついてきた。

「 その手を放せ! 放すんだっ 」

「 ・・・ ごめん、君・・・ 」

ジョ−はちょっとすまなそうな顔をして、少年に軽く当身を喰らわせた。

「 ・・・うっ ・・・く ・・・ 」

少年はくたくたとバンビみたいな身体を道路に横たえてしまった。

「 ああ・・・! な・・・ なにをするのっ! 放して! 大声を上げますよっ!! 」

ジョ−の腕の中で 彼女は激しくもがいた。

「 フラン、フランソワ−ズ!  ああ・・・生きていたんだね・・・・! 」

ジョ−はあわてて自分のフ−ドをかなぐり捨て、彼女の顔を両手で挟んだ。

「 ・・・ 放して! 」

「 ? フラン・・・ ぼくが・・・ わからないのかい?! 」

「 シっ! これ以上騒いだら面倒なことになるわ。

 仕方ない、一旦ウチに戻りましょう。 」

成り行きを呆れ顔でみつめていたロビンが口を挟んだ。

「 このお供の坊や・・・ じきに気がつくとおもうけど、きっと王宮の警護兵を呼んでくるわよ。 

 ここにいては拙いわ。 」

「 うん ・・・ それじゃ 申し訳ないけど・・・ 」

ジョ−はもがいている女性の頭からベ−ルを被せしっかりと抱きなおした。

「 ほんの暫く辛抱してくれよ ・・・ フラン・・・ 」

「 そのヒトが 貴方の<尋ね人>なの? 」

「 そうです! 一月まえ クル−ザ−ごとあの大渦巻きに呑まれてしまった・・・・ 」

「 ・・・ まあ ・・・ 」

 

二人は路地を伝って再びロビン・オブライエンの家まで戻ってきた。

幸いなことに街の人々は工場方面の騒ぎに気を取られているらしく、彼を見咎める者はいなかった。

 

 

「 ・・・・・・ 」

家に入り、ようやくジョ−は腕をゆるめた。

そっと彼女を椅子にすわらせ、静かにベ−ルを外した。

しかし。

そこには硬い表情をし、きつい視線を向ける彼女がいるだけだった。

ジョ−は彼女の側に跪き、その手をしっかりと握った。

 

「 ごめん・・・手荒なことをして。 でも・・・ フランソワ−ズ、ぼくだ、ジョ−だよ! 」

「 ・・・・・・・ 」

「 ねえ・・・ わからない? ぼくをよく見て!

 ジョ−だよ、島村ジョ−だ。 ・・・ 009だよ、 フランソワ−ズ! 」

ジョ−の必死の問いかけにも <天の小鳥>さんは口を開かない。

ただじっと 大きな青い瞳を見開いて彼を見つめているだけだ。

ジョ−は大きく吐息をはき、握っている白い手を静かに愛撫した。

びくり・・・と彼女の身体が震える。

 

「 ・・・なにかのショックで忘れてしまったかい。 」

ジョ−は彼女の手を握ったまま、じっとその青く懐かしい瞳を見つめた。

「 ・・・ わたし ・・・ 」

固く結ばれていた唇が わずかに動いた。

「 ・・・ わたしは 何もわかりません。 自分の名前すら・・・ わからないのです。 」

「 フラン・・・ 」

やっと彼女の口から低い呟きがもれ始めた。

 

「 王妃様。 どうぞ ・・・ 」

「 ミス・オブライエン? 」

茶器を差し出したロビンを、彼女は驚いて振り返った。

「 ・・・ ここは ・・・? あなたは ・・・ このヒトと知り合いなのですか。 」

「 知り合いというか・・・ 彼も貴女様や私と同じ、地上の、<天の国>のヒトです。

 貴女を捜しにいらしたそうですよ。 」

「 ・・・ わたしを・・・? 」

「 そうだよ! フランソワ−ズ、ぼくは・・・ きみが生きてるって信じてた。

 ずっと・・・ずっと捜していたんだよ。 思い出して! ほら、クル−ザ−に乗っていたろ? 」

「 ・・・ クル−ザ− ・・・ 」

「 月のない静かな夜だったよね。 星がとても綺麗だった・・・きみは<星も掬えそう>って

 言っていたよ。 」

「 ・・・・・・・・ 」

彼女は瞳を閉じ、ぐったりと椅子に身体をもたせ掛けた。

「 気分が悪いのかい。 ・・・ すこし、横にならせてもらう? 」

ジョ−は慌てて彼女の肩をさすった。

「 ・・・ いいえ、大丈夫です ・・・ どうぞ、そのまま・・・ 話を続けてください。 」

彼女は低いけれどしっかりとした声で囁いた。

「 本当に大丈夫かな・・・ 」

「 王妃様? このお茶を一口どうぞ。 気分が落ち着かれると思いますよ。

 これは ・・・ カモミ−ル・ティ−と似た香りがしますし・・・ 」

「 ・・・ まあ・・ ありがとうございます。 

 ミス・オブライエン ? 」

「 はい。 」

「 あなたは この・・・方を信用しているのですか。 」

「 私は本当に偶然に出会っただけですけれど。  

 彼は<大切なヒト>を探しにわざわざあの大渦巻きに飛び込んできた、と

 言いました。  」

「 ・・・ まあ。 」

「 それだけで充分だとお思いになりませんか。 ・・・彼は勇気のあるヒトです。 」

「 そうですね・・・ 」

彼女はお茶を静かに含み、ほっと吐息をもらした。

「 わたし・・・・ 本当に何も覚えていないのです。 船ごとあの大渦巻きに呑み込まれて・・・

 わたしは船倉にいてどうも頭を打ったらしいと言われました。

 この・・・海の底の国の人々に助けてもらったのです。 」

「 ・・・ そうなんだ・・・ よかった・・・! きみが生きているって信じてたけど・・・ 」

ジョ−はもう一度彼女の手をしっかりと握った。

 

「 さあ、私は席を外しますから。 二人だけが知っていること、二人の思い出を

 ゆっくり話してあげてください。 そうすれば、きっと・・・・ 」

ミス・オブライエンは微笑んで席を立った。

「 ありがとう。 あまり時間がないけど、一生懸命やってみる。 」

「 お願いね。 あの・・・無理強いはダメ。 逆効果になるわ。 」

「 うん ・・・ ありがとう、オブライエンさん。 」

 

 

 

「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・ 」

「 ・・・ それがわたしの本当の名前ですか。 」

「 そうだよ。 」

ジョ−は両腕を彼女の身体に回した。

ほっそりとした身体が小刻みに震えている。

「 あ・・・ 」

「 大丈夫、なにもしないよ。 ・・・ でも 思い出して、フランソワ−ズ・・・

 ぼくの声を ぼくの腕を ・・・ 」

「 ・・・・・ 」

ジョ−の腕にだんだんと温かい重みが移ってきた。

「 わたし ・・・ なにかとても懐かしい気持ちが・・・ 温かい・・・あなたの腕は

 あなたの胸は とても温かいですね・・・ 」

 

ジョ−の腕に抱かれ 彼の胸に頬を寄せ。

懐かしい彼の香りにつつまれ ・・・ 

彼女の身体は次第にほぐれ ゆったりとジョ−に身を預けだす。

 

ぼくのキス・・・・ 覚えてる?

ぼくは きみの唇も きみのキスも ・・・ 大好きさ。

 

そっと触れた唇は一瞬、ぴくりと慄いたが 素直に彼の求めに応じた。

軽いキス ・・・ そして 深いキス。

わずかに、 ほんのすこしづつ彼女の舌が応え始める・・・

 

  ・・・ ああ !  フランの、キス ・・・!

 

ジョ−は鼻腔いっぱいに彼女の香りを吸い込み、涙が溢れてきてしまった。

二度と得られない ・・・ でもどうしても諦めきれなかった、この暖か味。

千度焦がれ、万度哀しみにくれた あの苦しい想いが 今再び蘇る。

 

フラン・・・ フランソワ−ズ ・・・!

ぼくのこと、思い出してくれなくてもいい・・・ きみがこうして生きていてくれるだけで

ぼくは ・・・ ぼく ・・・は ・・・

 

  ・・・ わたし ・・・ わたし・・・ は ・・・・

 

ジョ−の唇が名残惜し気に彼女から離れる。

「 ほら ・・・ これ。 」

彼は防護服のポケットからハンカチの包みをとりだした。

 

ねえ。 覚えているかい。

きみが好きだ、って言ってたさくら貝だよ。

あの時 ・・・ そう、思い出を忘れるための貝の話を聞いたね。

ぼくには ・・・ その貝は見つけられなかった

これは ぼくがあの海岸で拾ったんだ。 ・・・これ、 片方だけだ。

貝も ・・・ 相手を捜して寂しがっている・・・・

 

彼女の白い指が そっとさくら色の貝片を拾い上げる。

ゆっくりと その貝を頬に当て、唇を寄せ ・・・ 

不意に彼女は瞳を閉じた。 

そして

一筋の涙が しずかにしずかに流れ落ちる・・・

 

  ・・・ ジョ− ・・・・  あなた ・・・ ジョ−・・・ ね?

 

空よりも海よりも澄んだ青い瞳が見開かれ、 おだやかにジョ−の顔に向けられた。

 

「 ・・・ 思い出した?  ・・・ 003。 」

「 ええ。 009。 」

 

しっかりと意志の光が篭った瞳で フランソワ−ズはジョ−を見つめる。

 

「 ・・・・・・ 」

それ以上言葉はいらなかった。

二人は ・・・ ジョ−とフランソワ−ズは固く抱き合い熱く・深く・唇を重ねた。

 

 

 

 

「 本当にあなた方二人だけで大丈夫なのですか。 」

この海の都を統べる若い王者は半信半疑の様子だった。

目の前の女性は ・・・ つい今朝方までの不安に慄いていた小鳥と同じ人物なのだろうか。

「 はい、あのN...の基地には 攻撃用の武器は少ないと思います。

 どちらかというと工場に近いですから。 」

「 フランソワ−ズから聞きました。 国王陛下のご判断は正しいと思います。

 ヤツらは この国の大切な海底資源が目当てなのですよ。 

 そして必ず紛争の火種をばら撒くのです。 」

ジョ−も側から口ぞえをした。

「 ですが ・・・ 二人だけでは・・・。 」

「 はい、それでは陛下の軍隊に援護と守備をお願いしますわ。 」

「 確かに引き受けました。 ・・・ 貴女は今、本当に活き活きとしていますね。 」

国王はひとつ、深い深い溜息をついた。

 

 

ミス・オブライエンに案内を頼み ジョ−とフランソワ−ズは正面から王宮を訪ねた。

そして <黒い人々> の真の狙いを王者に伝えたのだった。

ギリシア風のロ−ブとは打って変わり、活動的な服に身を包んだフランソワ−ズに

王は今までとは違った、どこか眩しげな視線を向けた。

「 わたしは・・・ 陛下、戦士の一人なのです。 

 この服は ミス・オブライエンに拝借しましたわ。 」

「 そうですか。 よくお似合いになる・・・ 

 貴女は ・・・ 天の国に帰ってしまうのですね・・・ 」

「 陛下。 何も判らなくなっていたわたしを引き取って下さり

 手厚く保護して下さったご恩は決して忘れません。

 陛下の国の、そして陛下のためになることなら わたしは何でもいたします。 」

「 恩、なんて仰らないでください。 私は 本当に貴女が・・・ 」

「 陛下。 」

フランソワ−ズは青年王の前に 腰をかがめ優雅にお辞儀をした。

 

「 どうぞ、お目を広くお配りになって・・・・ 陛下の求めていらっしゃる方は

 陛下の身近にいらっしゃいますわ。 」

「 私の? 」

「 はい。 」

身を起こし、フランソワ−ズは傍らのジョ−に微笑みかけた。

「 ジョ−とわたしは 一対の貝殻なのです。  幾千の貝の中でも

 ぴたり、と合うのはたった一つの相手だけ・・・ 他の貝ではダメなのです。 」

「 それは・・・・ 」

「 さあ、時が迫っています。 N...を叩くなら今しかありません。

 陛下、どうぞわたし達の出撃の命を・・・ 」

「 そうです。 貴方の、この海の王国を守る、ぼく達は今陛下の戦士なのですから。 」

ジョ−とフランソワ−ズは肩を並べ、 海底王国の支配者の前に威を正した。

 

「 行け。 この都を護るために。 」

「「 はいっ! 」」

 

 

 

薄闇に紛れジョ−とフランソワ−ズは 港近くに建設されたN...の基地までやってきた。

警戒態勢に入っているらしく、哨戒灯が忙しなく点滅し歩哨の数も増えている。

 

「 それじゃ。 」

「 了解。 」

二人は短く言葉を交わすと 左右に分かれた。

やがて。

フランソワ−ズが比較的見通しのよい場所に 建物の蔭から半分姿を現した。

 

( ・・・気づいたわ。 狙ってる。 照準を・・・決めたわ。 )

( よし。 タイミングを誤るな! ・・・ 大丈夫か? )

( ジョ−ォ? わたしだって003なのよ! ・・・あ、 トリガ−に指を ・・・ 行くわ! )

( 了解! )

 

銃声が辺りを劈くほんの一瞬前に フランソワ−ズは地を蹴ってジャンプした。

反対側から 赤い旋風が空気を切って飛び出して来、宙に飛ぶと

かるがると彼女の身体を抱きとめた。

敵兵の正確な位置が 脳波通信でジョ−に伝えられ、彼は瞬時に照準を合わせた。

地上の兵士が慌てて銃を宙に向けたとき。

空中の二人は見事に反転、狙い違わず反撃し ・・・ その攻撃ポイントを完全に破壊した。

 

「 お見事、003。 」

「 ・・・ タイミング、ばっちりね♪ 」

「 ふふふ・・・ ねえ? 王宮で美味しいものばかり食べていたんだろう? 

 今日は 重いなァ〜〜 」

「 ジョ− ---!!! 」

「 あは♪ ごめんごめん・・・ 」

すこしだけ息を弾ませ、二人はすた・・・っと着地した。

 

「 じゃ・・・ ちょっと潜入して中枢部を破壊してくる。 」

「 わかったわ。 え・・・と、コントロ−ル・ル−ムは・・・ 」

「 うん、途中で座標を送ってくれる? とりあえず、加速してゆくから。 」

「 了解。 」

じゃ、とジョ−は軽く手をあげ ・・・ 微かな音とともに彼の姿は消えた。

ほどなくして 基地の奥から爆発音が響きもうもうと煙が立ち昇り始めた。

 

( 基地内で働かされていたこの都の人達は 安全圏に誘導したよ。 )

( よかった! ありがとう、ジョ−。 あとは陛下の軍隊が保護してくれるわ。 )

( あ、そうだ! <フランソワ−ズ号>ね、ドックに係留されていたよ。 

 ついでにお返し願った。 あれで・・・帰ろう。 )

( まあ・・・ あのクル−ザ−、無事だったのね? 嬉しいわ・・・ )

( じゃ・・・すぐにそっちに戻るよ。 )

( 了解。 一緒に陛下に報告ね♪ )

 

ジョ−の防護服姿が現れるのも もうすぐだろう。

 

 

 

「 王妃さま ・・・いえ、ファン様 ・・・ 」

再び王宮に伺候した二人に、ひとりの少年兵士が飛び出してきて低く頭を垂れた。

「 まあ、あなたは・・・ ごめんなさいね、ジョ−が乱暴なことをしてしまって ・・・ 」

「 いえ! 申し訳ありませんでした! 僕 ・・・ ファン様をお護りできませんでした・・・ 」

ぼとぼとと大粒の涙が彼の足元に落ちる。

少年は 今にもへたり込んでしまいそうだ。

「 ・・・ まあ 」

「 僕 ・・・ 警護として失格です。 」

「 そんなことないわ。 あなたはジョ−に飛びかかってくれたわ。

 勇敢な少年兵士さん。 さあ、顔をあげて・・・? 」

「 ・・・ ファン様 ・・・ 」

フランソワ−ズは少年の顔を両手で掬いあげると、涙にまみれた頬にキスをした。

「 ありがとう・・・ いろいろお話もしてくれたわね。 

 あなたのこと、忘れないわ。 そうだ・・・ 」

彼女はポケットを探り、ハンカチの包みを取り出した。

「 これ・・・ あなたの大切なヒトにあげて。 」

「 ・・・・ ?  ファン様! そんな・・・ 僕なんかに・・・ 」

「 これはさくら貝、というの。 この貝がわたしに記憶を呼び覚ませてくれたのよ。

 だから ・・・ わたしの思い出に・・・ 」

「 ファン様 ・・・ 」

少年は白いハンカチを握りしめたまま、またぼろぼろと涙をこぼした。

 

「 ・・・ みんな、気持ちのいい、素敵な人たちだったわ・・・・ 」

「 フラン・・・ きみ、帰りたくない・・・? 」

「 まあ・・・ ジョ−ったら・・・ 」

すこし憮然とした面持ちのジョ−の頬にも軽くキスを落とすと フランソワ−ズは先に立って

国王との謁見の間に進んでいった。

 

 

「 報告を聞きましたよ。 素晴しい攻撃だったそうですね。 

 これで <黒い人々> の基地は一掃されました。 ありがとう・・・礼を言います。 」

「 陛下・・・ 」

ジョ−とフランソワ−ズは青年王の玉座の前に再び並んで伺候した。

「 貴女の<戦士です>という言葉に ウソはありませんでしたね。 」

「 はい、陛下。 ジョ−とわたしはよくああいったコンビ・プレ−をするのです。 」

「 フランソワ−ズは ・・・ 戦闘時でもぼくの最良のパ−トナ−です。 」

「 ・・・ そうですか。 ああ・・・ 本当にあなた方は一対の貝殻なのですね。 」

 

玉座に身を委ね、歳若い王者はふかく・深く吐息をもらした。

「 わかりました。 あなた方の絆は 誰も何モノも解くことはできない・・・

 わだつみの神もきっと祝福してくださることでしょう・・・ 」

「 ・・・ 陛下。 」

「 諦めます。 私の小鳥は私の手から飛び去ってしまった・・・

 でもそれが小鳥の幸せなら ・・・ 私は潔く諦めますよ。  

 ・・・それに あなた方は名前を呼び合っている ・・・ 」

青年王は玉座から立ち上がると 側に控える侍従に何事かを囁いた。

 

「 あなた方の船を 天の国までお還しします。

 あの大渦巻きを逆に利用して 無事にお送りしますよ。 」

「 ありがとうございます。 」

「 出来たら・・・ ミス・オブライエンも一緒に連れて行ってあげてください。

 私のワガママで今までこの都に留めてしまった・・・・ 」

水底の国を統べる王者の横顔に 淋しげな影がふと過ぎる。

フランソワ−ズは 低い声で彼に語りかけた。

 

「 陛下 ・・・ 大切なものを見失わないでください。

 陛下はすぐ側に素晴しい宝物をもっていらっしゃるのに。 」

「 宝物、ですか。 」

「 はい。 緑の宝石が いつも陛下を見つめていられますよ・・・ 」

「 緑の ・・・? 」

「 ぼくには何も言う資格はないですけど。

 本当に大切なものって ・・・ 普段は気がつかなかったりします。 」

ぼくは、とジョ−は言葉を切り、フランソワ−ズの手をしっかりと握った。

「 この宝物を一回失って ・・・ ぼくは初めて気がつきました。 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ 」

「 フランソワ−ズはいつもぼくの側にいてぼくを見つめてくれていたのに・・・

 ぼくは ・・・ その大切さに気がついていませんでした。 」

「 ・・・・・ 」

「 ぼくは彼女を失った時・・・ぼく自身の半分が死んでしまった・・・と感じました。

 ぼくは フランソワ−ズなしでは 生きては行けません。 

 彼女が見つからなかったら・・・ そのまま海の藻屑になろうと思い、

 あの大渦巻きに飛び込んで・・・この都にきました。 」

「 あなた方は ・・・ 羨ましい・・・ 私には・・・ 」

「 陛下。 貴方の<小鳥さん>は 身近にいらっしゃいますよ、・・・ずっと。 」

「 ・・・? 」

「 ミス・オブライエンですわ。 」

 

謁見の間の隅に控えていた彼女は はっと顔を伏せた。

「 ・・・ ミス・オブライエンは 長いこと私の身近に仕えてくれています。

 彼女は医師としての使命感で・・・きっと ・・・・ 」

青年王は 彼らしくもなく口篭っている。

「 陛下。 使命感だけで ・・・ 彼女がずっと陛下のお側にいらしたとお思いですか。

 そんなこと ・・・ 信じていらっしゃいませんよね。 」

「 ですが ・・・ 彼女は私のことなど・・・ 」

「 それは ご自分でお確かめくださいな。 」

フランソワ−ズは微笑んでミス・オブライエンを見つめた。

王は つかつかと彼女に歩み寄りそっと手を取った。

 

「 ミス・オブライエン・・・。 貴女のお名前を伺っても宜しいですか。 」

「 ・・・ はい、陛下。 わたくしは ・・・ ロビン ( 駒鳥 ) と申します・・・ 」

「 ・・・ ああ ・・・!  私の小鳥さん ・・・ 私の名は ・・・ 」

 

フランソワ−ズは静かにドアを閉め、ジョ−とともに退出した。

 

 

 

 

今宵の月は随分前に中天にさしかかったようだ。

寝室の窓からは ほの白く柔らかな光がいっぱいに射しこんでいる。

絶えることのない波の音さえ 今晩は優しく穏やかだ。

ジョ−はひとつ、大きく伸びをすると 上掛けの下でもぞもぞと動いた。

「 ・・・ だけど。 あの王様、急に態度が変ったなあ・・・ 」

「 え・・・ いつのこと。 」

「 二人で王宮に行って・・・ N...の基地を潰そうって提案したよね、

 あの時。 なんだかショックを受けてたみたいだった・・・ 深い溜息ついて・・・ 」

「 ・・・ああ。  ジョ−、あなた、わたしの名前を呼んだでしょう? 」

「 ? うん。 それが・・・? 」

「 わたしもあなたに ジョ− って呼びかけたわよね。

 あの、ね。」

フランソワ−ズは身体の向きをかえ、ジョ−の首に腕を絡めた。 

白い腕が 円やかな肩が 月の光を浴びてなおさら艶やかに見える。

「 あの・・・ わだつみの都ではね。 本当の名前を呼び合うのは

 約束をしたり、契りあった男女の間だけなんですって。

 ずっと昔からそういう習慣らしいわ。 」

「 へえ ・・・ ああ、それで・・・。 」

「 そうなのよ。 王様は ・・・ ショックだったわけ。 」

「 ・・・ きみは? 」

「 え? 」

「 きみは ・・・ そのぅ・・・ あの王様の名前 ・・・ きいたの? 」

「 ・・・ ふふふ ・・・さあ?  どうかしら。 」

「 あ・・・ なんだよ。 ねえ、きみの名前も、そのぅ・・・教えたの。 」

「 あら。 わたしは自分の名前も何もかも、覚えていなかったのよ? 」

「 うん ・・・ そうだったよね。  でも・・・ 」

「 さあね・・・ これは ひ ・ み ・ つ ♪ 」

「 あ〜〜〜 ・・・・ ふ〜ん、 それならいいさ。 ぼくは きみの か・ら・だ に訊くから♪ 」

「 あ・・・! きゃ・・・ や・・・だ ・・・ジョ−ったら・・・ 今晩はもう・・・あ・・・ 」

「 ・・・ ぼく達の夜は ・・・ これから ・・・だよ・・・! 」

 

その夜、 月の光のもと、ジョ−は彼女の内なる海に存分に溺れた。

二人は わだつみの都よりもっと深くさらに芳しい奈落へと ・・・ ともに堕ちていった。

 

 

 

・・・ カタり。

テラスへのフレンチ・ドアが 微かな音をたてた。

フランソワ−ズはそっとベッドを振り返ったが、 ジョ−が目覚めた気配はない。

もっとも、さっき身体に巻きつく腕を外した時でさえ、彼はよく寝入ったままだった・・・・

 

  ・・・ ふふふ ・・・どうぞ 素敵な夢を ・・・ジョ−。

 

フランソワ−ズは愛しげに彼の寝顔を見やると、静かにテラスに出た。

 

星々は 今晩も実に饒舌に冷たい光を彼女に注ぎかける。

そして 大海原は。

どこまでも凪いでゆるゆると波が寄せては返してゆく。

ふ・・・と耳を澄ませば たゆとう波間から聞こえるのは ・・・ あれは歌声・・・?

フランソワ−ズはテラスに身をもたせ、満天の星空とそれを映す海原に一杯に腕を差し伸べた。

 

  ・・・ 陛下・・・

  プレゼントはお手元に届きましたか。

 

 

つい最近、フランソワ−ズはピュンマにある<届け物>を頼んだ。

 

「 ・・・ これを 出来る限り深く沈めてくればいいんだね。 」

「 ええ、お願いね。 」

「 何かなあ。 ・・・ 聞いてもいい? 」

白いレ−スでラッピングされた強化プラスチックの箱を ピュンマは面白そうに眺めた。

「 これね。 

 わだつみの都の・・・王様への結婚のお祝いなの。 お花の苗よ。 

 王妃さまと幸せに・・・って・・・ 地上の花だけど根付くといいな・・・ 」

「 ふうん ・・・ ウェディング・ブ−ケになるといいね。 」

「 王妃様も 故郷の花が懐かしい・・・って思うかもしれないわね。 」

「 オッケ−。 それじゃ ・・・ 僕も国王夫妻の幸せを祈って・・・ コレを<贈って>くるね。 」

「 どうぞ ・・・ よろしく。 」

 

ピュンマの報告によると、深海の中にさらに水底へと引きこんでゆく小さな渦巻きあったという。

・・・贈り物は無事に届いたと思うよ。

彼は 白い歯を見せて爽やかに笑った。

 

 

 

フランソワ−ズは 身も心も ・・・ 大きく空に海に開き

満天の星に 遥か拡がる波間に いっぱいに彼女自身を解き放った。

 

ねえ ・・・ 時々はこうして 貴方の国に ・・・ 貴方に想いを馳せてもいいでしょう?

ほら・・・ 耳を澄ませると 聞こえるわ。

あれは 貴方の歌声ね・・・ 王妃様は貴方に故郷の歌を教えたのかしら・・・

ね? 貴方の小鳥さんは すぐ側にいたでしょう?

 

 

寄せては返す大海原、その底の底の奥の院に もうひとつの国がある。

わたし ・・・

貴方のことが 嫌いじゃなかったわ。

濃い色の瞳は やっぱりどこか淋しそうだった・・・

でも もう大丈夫ね?

 

どうぞ 幸せに。

そうして 時には・・・こっそり貴方の名を呼ばせてね。

ねえ・・・ 陛下?  

 

 海にいる ・・・ もう一人のわたしの ・・・ ジャン。

 

 

 

*******   Fin.   *******

Last updated: 01,23,2007.                       back      /      index

 

 

 

*****  ひと言  *****

やっと終りました♪♪ 

原作とはぜ〜んぜんちがったお話になってしまったです。(^_^;)

オブライエン嬢の名前は原作通りです。

ジョ−君とフランちゃんのコンビ・プレ−は 『海底ピラミッド編』 の

あのシ−ンから・・・ですが、タイミング的には

『 海賊 』 の G..より、 アダ−ジオ部分の最後のリフトです〜〜♪♪♪

そして・・・はい、(>_<) 海の王様のお名前は ・・・ なのでした☆☆☆

海底人とど〜してコトバが通じるか・・・・とかその辺は目をつぶってくださいませ〜〜〜

( 宇宙人??とでもラブ・シ−ンするヒトですから・・・ )

最後までお付合い、ありがとうございました <(_ _)>