『 ああ 皐月 ( さつき ) ― (2) ― 』
サク サク サク −−−−
ジョーのスコップが 畝の土を運んでゆく。
「 え〜〜っと こんなカンジでいいのかなあ 」
「 あ いい いい! すごく素敵よ〜〜 」
「 ふふふ・・・ なんかさ 門から こう〜〜〜
< おかえり ! > って言われてるみたいだね 」
「 そうね そうね ・・・ キレイな色・・・
みんな ちゃんと根付くといいわね 」
「 大丈夫だよ 多分。 あの花屋のオジサン、
一生懸命選んでくれてたもの 」
「 そうよね〜〜 じゃ わたし お水をあげるわ。
そ〜〜っと・・・ 」
フランソワーズは 如雨露を慎重に使い、サツキの根本に
水を与えてゆく。
港街での散歩 ( ジョー的には 立派に! で〜と☆ ) の
帰り道、 忘れずにサツキの苗木を買った。
JRの駅に近いところに 割と大きめの花屋があり
切り花の他にも いろいろな花やら野菜やら低木の苗木も並べていた。
「 あ ここだよ〜 ほら 花屋 」
「 わあ〜〜 キレイ・・・ これはなにかしら 」
フランソワーズは さっそく鉢物の側に寄ってゆく。
「 フラン〜〜 それは サツキ じゃないよ
あの色・・ えっと 緋色 のヤツ、探すんだろ 」
「 あ そうだったわね〜〜 ああ でもあのプチ・トマトの苗も
欲しいなあ 」
「 サツキ だろ〜〜 あ あるよ こっち! 」
「 え え?? わあ ・・・ 」
路面店なので 低木類は横の路地に面したところに 並べてあった。
「 これよね これ! 」
「 そうだね。 どれにする? 一緒に植木鉢も買ってこ 」
「 ・・・ あ ねえ ・・・ ジョー・・・
あのう・・・ お金 たくさんある? 」
「 え? たくさん はないけど ・・・ ? 」
「 わたし お財布の中 全部だすから。
この苗木 ・・・ 一箱 全部ほしいの 」
「 え 全部?? 」
「 そうなの。 それでね・・・ ウチのね・・・
門から玄関までの路の両側に こう〜〜 ずら〜〜〜っと
植えたいのよ 」
「 ・・・ すっげ 豪華だね ・・・ いいかも 」
「 ね! だから そのう・・・ お金 貸してください 」
「 ぼくも フランのプランに一票!
二人で 買おうよ? あ いや ・・? 」
「 ううん ううん! ありがとう〜〜 ジョー 」
・・・ というわけで 花屋のオジサンを少々驚かせ
そして 張り切らせ ― でっかい荷物を二人で持ち帰ることになった。
「 う〜〜ん なかなかいいカンジだよな〜 」
ジョーは玄関の前から 自分たちの < 作業 > を見渡す。
「 あ ・・・ ホント! ねえ ず〜〜っと
緋色のラインができてて いいわ いいわ!
」
フランソワーズも 如雨露を置き、振り返る。
「 そうだよね〜〜 フラン、 きみのアイディア、いいね! だよ〜
なんか・・・ 花たちに迎えられちゃってさ〜 」
「 うふふ すてきなお迎えね キレイだわあ・・・
あの花屋さん、オマケしてくれたわね 」
「 まあね サツキとか買うひとってあまりいないのかもな 」
「 ? どうして? 」
「 ん〜〜 ほら これって庭とかに植えるだろ
最近は庭のあるウチって少ないし。
ここは 街外れだから土地も広いけど 」
「 ああ そうかも ・・・
わたしね ず〜〜っとお庭のあるウチって憧れていたのよ。
こんな風に 花壇とか作りたいなあ〜って 」
「 ふふふ 楽しいよね 」
「 ええ ああ いい風 ・・・ 」
さわさわさわ 〜〜
乾いた風が 植えられたばかりのサツキの列の間を吹いてゆく。
「 でも ・・ あの花は さつき なのかなあ? 」
「 ? あの花・・・? 」
「 ほら あの皿の絵さ。 」
「 ・・・ わからないわ ・・・・ 色はとても似てるけど 」
「 フランスには サツキってない? 」
「 う〜〜ん?? よくわからないのよ 」
「 そっか・・ あの絵からすると もうちょっと草っぽい
植物の花 って雰囲気だけどね 」
「 ああ そうねえ
覚えてるのはね こう・・・ ぱあ〜〜〜っと広がった野原に
緋色の花が いっぱい揺れてたのよ 」
「 きっとフランスのどこか なんだね 」
「 ― たぶん ・・・ 」
「 ここもさ、 なんかすご〜〜くいい感じだよね 」
「 ええ♪ 花たちが おかえり〜〜 って言ってる。
この家、どんどん < わたし達の家 > になってきたわ 」
「 あ あ〜〜 う うん そだね 」
「 ね え お庭の方にも花壇にいろいろ・・・植えたの。
裏庭の野菜の畑とか 好きだけど・・・ やっぱりねえ お花がほしいわ 」
「 ぼくはさ 温室のいちご♪ 自分の家でイチゴがとれる〜 なんてさ
夢みたいって思った 」
「 ふふふ ・・・ あ そうだわ ね ジョー? 」
「 ? 」
フランソワーズは 如雨露を置くとジョーの前に立った。
「 あの! 今日は誘ってくださってどうもありがとう!
と〜っても楽しかったわ。 」
「 あ あ〜〜〜 そりゃよかった 」
「 このハンカチも 嬉しいわ。 この色の花 ・・・
わたしの大切な思い出だわ 」
彼女は ポシェットからハンカチをとりだす。
「 色だけ なんだけど ・・・ 」
「 ううん ううん! な〜んとな〜くぼんやり覚えていた記憶が
はっきりしてきたわ。 ひ い ろ。 素敵な呼び方 」
「 日本の古い言葉って ちょっと不思議だよ 」
「 やあだあ 自分の国の言葉でしょう? 」
「 そうなんだけど さ。
えっと〜〜 サツキもちゃんと植えたし ・・・
あ。 あのう ・・ ごめん 」
「 え なあに 急に 」
「 ウン・・・ あの さ せっかくヨコハマまで行ったのに・・・
ランチ食べてかえってきちゃっただろ
もっとあちこち・・・ 買い物とかしたかった・・・? 」
「 ううん ううん! 大人のとこで美味しいランチを頂いたし
あの お団子のふらっぺ! おいしかった〜〜〜
それに サツキの苗木が気になっちゃって ・・・
わたしこそ はやく帰りましょ なんて言って・・・
あのう 気にしないでね 」
「 あっは♪ とにかく ぼく 今日はと〜〜〜〜〜っても
楽しかった〜〜〜 ありがと、フラン 」
「 わたしも! 」
「 ・・・ 」
ジョーは 少々躊躇ったのち そ・・・っと彼女の肩に手を伸ばし ―
「 お〜〜〜 なにやら我らが館が花盛りではないか〜〜〜 」
門の外から 陽気な声が響いてきた。
「 ! あ〜〜 グレート〜〜 いらっしゃ〜〜い 」
フランソワーズは ぱっと駆けだす。
・・・ あ ・・・・ う〜〜〜〜〜
チャンスだったんだけどぉ〜〜
ジョーも ぎこちな〜く笑ってみた。
「 いらっしゃい グレート。」
「 ほっほ 玄関までがレッド・カーペットであるな 」
英国人の俳優氏は 今日もりゅうとした背広に帽子をかぶっている。
「 うふ? 如何〜〜 ちょうど植え終わったところなの 」
ね? と彼女はジョーを振り返る。
「 あ う うん ・・・ これ 今日買ってきたんだ 」
「 ほう〜 お主らに園芸の趣味があったとは
知らなんだな 」
「 趣味っていうか 」
「 ギルモア老の盆栽弄りには及ぶまいが 若モノも大いに
天然自然に興味をもつべきだぞ 」
「 わたし、花壇づくりとか 憧れていたのよ。
この季節って とてもキレイでしょう・・・ いろんな花が 」
「 左様 左様〜〜
五月は 花の花盛り〜〜 と申してな。
わが大英帝国でも 花の季節 と言われておるさ。 」
「 へえ・・・ グレート、 植物に詳しい? 」
「 ああ? 詳しい、というほどもでもないが。
チューリップと薔薇以外でも 顔見知りの花はたくさんあるぞ 」
「 あ それなら ・・・ ねえ フラン? 」
「 そうね! グレート、知ってたら教えてください。
このサツキの花の色・・・ 緋色 というのですって 日本語で。
それでね この色の花でフランスでよく見るのって わかる? 」
「 Pardon、マドモアゼル? 」
「 あの さ。 フランスの野原なんかに沢山咲く花で
この色 緋色の花って ありますか・・・ってことなんだけど 」
珍しくも ジョーがきっちりとフォローした。
「 はあん・・・?
緋色の花 かい? ・・・ マドモアゼルの故郷で ・・・? 」
「 そうよ! イギリスでもいいわ。
なにか文学とか 戯曲でもいいの、登場する花 あるかしら
この季節に咲くのよ、 緋色で! 」
「 ふむ・・・ ちょいと調べさせてくれるかな 」
「 ええ ええ お願いシマス。 あ お茶にしましょう〜
グレート 上がって あがって〜 」
「 うん ヨコハマでさあ 美味しそうなお菓子、買ってきたんだ
博士もいらっしゃるから 皆でお茶にしようよ 」
「 ほう ハマに行ったのかい 」
「 そうなの! あのね ジョーが誘ってくれたの♪
いろいろなお店が い〜〜っぱいあって・・・
あ! と〜〜っても美味しいスウィーツ 食べたの!
あのね お団子で フラッペで みたらし なの〜〜 」
「 はて またわかならいぞ ? 」
「 続きはお茶たいむで、だよ〜
あ グレート、 なにか用事でこっちに来たの? 」
「 おう my boy。 吾輩の本業の関係でな。
この国の演劇仲間から 依頼があったのさ。 」
「 依頼? あ なにか舞台があるの? 」
「 マドモアゼル、 いやいや 今回は戯曲さ。 」
「 戯曲? ふうん 新しい作品を書き降ろすのね 」
「 ふ ・・・ ん ・・・
なにかよい題材はないものか、 と思案中なのだよ
映像にもしたい、 とのことなのさ 」
「 へえ ・・・ じゃあ しばらくこちらにいるの? 」
「 そう なるかな。 ・・・ 張大人の店で
しばらく ネタを集めようか、と思ってるのさ 」
「 わあ〜〜 そうなの〜〜
あ 博士が きっとチェスの相手を待ってるかもよ 」
「 ふむ ふむ〜〜 ギルモア老にもあれこれ・・・
取材したいなあ とも思うよ 」
「 ほら〜〜 お茶にしようよ! 」
「 そうね そうね〜〜
博士〜〜〜 グレートが来ましたよ〜〜う 」
フランソワ―ズは ぱたぱた・・・ 邸の中に駆けこんでいった。
そんな彼女の後ろ姿を グレートはにこにこ眺めていた。
「 ふふふ おい ジョーよ、首尾は? 」
「 へ??? 」
「 へ じゃないぞ。 ・・・ しっかり捕まえとけよ 」
「 は へ・・・? 」
「 あの娘はお前さんにゃ 過ぎた女性だぞ〜 ガンバレよ 」
「 う ・・・ ん 」
「 美しき・目出度い・六月 を 吾輩は心から望んでおるよ 」
「 へ?? 六月? 」
「 ・・・ は ・・・ まあ いいさ。
ふう〜〜〜 ほんに いい日だな 」
「 あ うん 日本の五月って いい天気だよね 」
「 ああ ・・ 確かに。 お前さんのアタマも だな 」
この天然坊主め と グレートは口の中だけで毒づいた。
ちゅん ちゅんちゅん! ちゅん!
午後の陽射しをうけ スズメ達が賑やかに飛び交っている。
「 ふう・・・ん ・・・ ああ 楽しかったな〜〜 」
フランソワーズは ベッドの上にぱふん と腰をおろす。
「 ヨコハマ って面白い〜〜 こんど 一人で行ってみよっかな〜〜
あのぺたんこ靴 やっぱりほしいかも・・・・ 」
ぽ〜ん ・・・と スリッパを飛ばす。
本当は素足でいるのが好きなのだが ・・・
「 あ〜 冷たくて気持ちいいわあ〜〜
そうそう ふらっぺ! あの味〜〜〜 好きよ♪
日本のスウィーツって ホント 面白いわあ〜〜 」
手を伸ばし サイド・テーブルに置いたバッグを引き寄せる。
「 うふふ・・・ ジョーに買ってもらっちゃった♪
可愛いハンカチ・・・ ねえ この色 本当にとっても懐かしいのね
なんのお花だったのかな
」
取りだしたハンカチを広げ 灯にかざす。
明かりに透けて 緋色の影が落ちる。
「 ・・・ パパとママンがいて。 お兄ちゃんも側にいて
わたし ・・・ 赤い花がとても好きだった・・・
夏のバカンス? ・・・ ううん ちがうわ。
季節がね〜 夏 よりもちょっと前だと思うのね
こう〜〜〜 風が吹いてね ゆらゆら〜〜 草やらお花が揺れて 」」
はらり。 ハンカチを振る。
「 ・・・ う〜ん 」
何回振っても 昼間みた、あの野原は現れない。
「 ・・・やっぱり見間違い なのかしら ・・・
見えたような気がした ってことなのかなあ 」
あの公園で 海からの風を受け ほんの一瞬だけどこのハンカチの向うに
ぱあ〜〜〜〜っと 明るい野原が広がったのだ。
「 ジョーも見えたって言ってたわよねえ?
・・・ あのお花 ・・・ なんでこんなに気になるのかしら
別に 子供の頃の思い出 って割り切ってもいいのに 」
なんでかなあ ・・・・
ぱっふん。 大きな枕に顔を埋める。
「 わかんない ・・・ ま いっか ・・・
今晩 夢であの野原にゆけるかも ・・・ ふぁ〜〜〜〜 」
フランソワーズは 花模様のハンカチを枕に敷いて
すぐに寝入ってしまった。
― 同じころ、一階リビングでは。
カラン ・・・ グラスの中で氷が小さな音をたてる。
「 ふ ん ・・・ そろそろ寝るか 」
グレートは ソファの肘掛椅子から ようやっと立ち上がった。
「 ・・・ おう 結構な時間じゃないか ・・・
あまりに居心地がよくて ついつい過ごしてしまったな 」
サイド・テーブルに置いたウィスキーのボトルは 半分に減っていた。
「 う〜〜む ・・・ 心地よい時間を過ごしたわりには
拾うべきプロットが 浮かばんなあ 」
彼は とんとん・・と腰を叩く。
「 今晩はそろそろ幕引き とするか・・・ 」
カチン。 カチカチ・・・
グラスとアイス・バッグ、ウィスキーのボトルをトレイに乗せた。
「 ごくありふれた光景でも 主人公の心に響く ・・・ 」
ふむ・・・ 彼はまたソファに腰を落としてしまった。
トントン トン。 ガタン。
誰かが二階から降りてきた。
「 ・・・ うん ? 」
ひょっこり 茶髪アタマが リビングに現れた。
「 あれ・・・ グレート。 まだ起きてたんだ? 」
「 ふふん ・・・ オトナにはまだ宵の口であるよ 」
「 え〜〜 そうかなあ〜 」
「 お主は何用かね? トイレか 」
「 戸締りの確認 です! 」
「 そりゃまたご苦労さん。 ・・・マドモアゼルの部屋へ
忍んで行くのかと思ったが 」
「 ! ぐ ぐれ〜と!! ぼ ぼく達はそんな・・・! 」
「 そんな? ほう それではどんな仲なのかい。
青少年よ そんなこっちゃ 誰かに盗られてしまうぞ
あの美女を! 」
「 え ・・・ う〜〜〜 」
「 ひとつ屋根の下に あれほどの美女と暮らしているんだぜ?
それに彼女も お前さんに好意をもっている。
と なったら あとは押しの一手 だろ〜が〜〜 」
「 ・・・ で でも その ・・・ 」
「 命 短し、恋せよ 乙女 だ 」
「 ぼくは 乙女 じゃないよ ・・・ 」
「 た〜〜〜〜 ったく〜〜〜
憧れの仏蘭西美女 だろうが! 」
「 ・・・ ぼくには ・・・ 素敵すぎる よ フランは・・・ 」
「 はあ?? おいおい〜〜 情けない顔 するなよ
そうだ、 一緒にきみの故郷を訪ねてみよう とでも
誘ってはどうだ? 」
「 そ そんな・・・ 」
「 今どき、チケット 買えば すぐに行けるんだぞ??
お前らの先輩たちが 恋い焦がれた地へいって
彼女にプロポーズでも してこいや 」
「 ・・・ そ そ んな 」
ジョーは ますます赤くなり 蚊の鳴くような声となりもじもじしている。
か〜〜〜〜〜〜 !!!
オトコかあ〜〜 オマエ〜〜
さすがのグレートも 苛々してきた。
「 ・・・ 青少年よ 聞きたまえ。
ふらんすへ行きたしと思へども
ふらんすはあまりに遠し
せめては新しき背廣をきて
きままなる旅にいでてみん。 」
「 ? なに それ? マザー・グース とか? 」
「 おいおい〜〜〜 お前の国の詩人の作品だぞ? 」
( いらぬ注 : 萩原朔太郎/旅上(純情小曲集) より )
「 ?? 聞いたこと ないなあ
」
「 お前なあ〜〜 国語の成績、大丈夫か 」
「 ・・・う ・・・ 忘れた ・・・ 」
「 〜〜〜 ったく! あ ・・・? 」
グレートの動きが止まった。
立ち尽くしたまま じ〜〜っと宙を睨んでいる。
「 ? ぐ グレート・・? だ 大丈夫 ・・・?
もしかして ・・・ なにか不具合・・・? 」
ちょん ちょん。 彼のガウンをひっぱってみる。
「 あ あの〜〜 グレート・・・? 」
「 ・・・・ 」
「 博士 呼んでこよう か?
か 加速装置の異常 とか? ・・・ あ グレートには
搭載してない か・・・ グレートぉ〜〜〜 」
「 ! 」
微動だにしていなかった俳優氏は ぱちん、と指を鳴らす。
「 わかった! わかったぞ〜〜〜 」
「 ・・・ え な なにが ・・・? 」
「 花 だよ! 花! マドモアゼルの 花 さ 」
「 は 花?? あ 今日、フランと買ってきたアレ?
サツキ だけど ・・・? 」
「 ちゃう ちゃう〜〜 あ〜〜 ちょいと待っていてくれよ
確認してみるからな 」
彼は テーブルに置いてあったタブレットを取り上げると
ささささ・・・と操作した。
「 へえ 〜〜 グレートって タブレット派 なんだ?
ふうん 渋くてなんか いいかもなあ 」
ジョーが ぼ〜〜〜っと眺めていると ―
「 ん〜〜〜 これだ これ! 」
「 はへ? 」
「 ほれ この花さ 」
ずい、と差し出された画面には ―
青々と茂る草の中に 緋色の花がいっぱいに開き揺れている。
「 あ・・・ そう だね! そうだよ!
絵皿の景色って こんな感じだった ・・・・ 」
「 はやりな〜〜 うん この画像は プロヴァンス地方のものだが 」
「 ぷろばんす?? 」
「 フランスの中部の辺りさ。 」
「 ふうん ・・・ フランってそこに行ったことがあるのかなあ 」
「 それは わからんが 」
「 あ ねえ この花 なんていう花? 日本にもあるかなあ 」
「 おお おそらく日本でも我が英国でも 見られるだろうよ。
こんなに沢山は珍しいが 割とポピュラーな花だから 」
「 ふうん ・・・ なんて花? 」
「 コクリコ さ。 お前さんの国では 雛罌粟。
我らが英語圏では ポピー だな 」
「 ! ポピー なら知ってる!!! ・・・ 麻薬 だよね? 」
「 その種もある。 しかし 無害なものがほとんどさ。 」
「 そっか。 あ フランに教えてくるね ! 」
「 わ よせ〜〜 今 何時だと〜〜 」
飛び出しかけたジョーを グレートががしっとロックした。
「 ・・・ ぐへ 」
「 この慌てモノが〜〜 いいか my boy?
このチャンスを使うんだ。 この花、コクリコを描いた皿を
彼女にプレゼントしろ 」
「 え ・・・ で でも あれはめっちゃ高くて ・・・ 」
ジョーはアンテイーク・ショップのショーウィンドウを思い起こし
深いため息 だ。
「 それは聞いたよ。 だ〜から。 普通の皿にさ
コクリコの写真なり絵なりを プリントするのだよ。 」
「 あ そっか! 」
「 ま 方法は デジタル世代のお前さんの方が
よく知っているだろう? 」
「 あ ・・・ うん!
あのさ 大人の店で一緒にバイトしたヤツ・・
ITオタクなんだ。 彼に相談してみる〜〜 」
「 ほっほ〜〜 持つべきものは友 だな 」
「 グレート〜〜〜〜 ありがとう〜〜〜〜 」
「 なに ・・・ 吾輩も偉大なるインスピレーションを
もらったからなあ お前さん達の話から 」
「 へ え??? あ 新しい戯曲のこと? 」
「 左様 左様。
ああ タイトルは決まった。 」
「 え もう?? 」
「 おう。 瞬時に決定したぞ。
『 ああ 五月 ( さつき ) 』 という。 」
「 ふうん ・・・? 五月の話 ?? 」
「 いや。 まあ 自分自身に出逢う旅 とでもいうか な
」
「 自分自身 と ? 」
「 ふむ。 マドモアゼルのコクリコの野原がイメージなのだ。
それに この国の女流歌人の歌 が絡まる。 」
「 ふうん フランって ちょっとポピーっぽいかも・・・
野原でも草の中でも しっかり自分自身を主張してるもん 」
「 ほっほ〜〜 わかっておるじゃないか ジョー君よ?
」
「 だ〜から〜〜 大変なんだってば 」
「 まあ 頑張りたまえ 青少年よ 」
ぽん ぽん。 少年の肩を軽くたたくと
グレートは どっかとソファに腰を据え PCを広げ猛然とキーボードを叩き始めた。
ひゃあ ・・・ すげ・・・
ジョーは そっとリビングを離れた。
数日後 ―
コクリコの花模様の絵皿を手に フランソワーズは何回も頷いていた。
あの・・・ ぼくとつきあってクダサイ・・・
ジョーの言葉に 雛罌粟色に頬を染めつつ。
「 そ れで。 あの いつか・・・
こくりこ の咲く野原 ゆきませんか い 一緒に 」
はい。 彼女はしっかりと頷いてくれた。
さて グレートの戯曲 『 ああ 五月 ( さつき ) 』 は
日本でまず上演され 予想通り大好評を博した。
翌年には 若手の監督が映像化し なかなかの評価を得たようだ。
そのラスト・シーン ―
雛罌粟咲く野原に ふわり と金髪娘の姿が浮かび
古い歌が これまた古風な書体のテロップで流れたという。
ああ皐月 仏蘭西の野は火の色す
君も雛罌粟 われも雛罌粟
与謝野晶子
************************ Fin.
************************
Last updated : 06,16,2020.
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************ ひと言 **********
ジョーくん がんばれ☆
実際に 雛罌粟が咲き乱れる野原、 あるみたいです。
以前に ワタクシの叔母が訪れ写真をくれましたっけ・・・