『 屋根の上 ― (1) ― 』
ri ri ri ri ri ・・・・・
久し振りに 玄関の固定電話が鳴った。
「 ほい ほい ・・・ あ〜〜 モシモシ? 」
「 あ カズさん? 」
「 ・・ 姉さん。 なに? 明後日の件かい 」
「 あ〜 ううん そっちはさ ホントいろいろありがとね。 」
「 いや 姉さんこそ ・・・・ 」
「 それで ね。 明後日 だから。 ― 久し振りにちょっと来ない? 明日の晩 」
「 晩? 夜か? 」
「 そ。 ほら 見納めだから さ。 夜 」
「 ・・・ あ〜〜。 ・・・ うん 8時頃になってもいいかな 」
「 いいよ。 アタシもその方がいいわ。 」
「 おう。 そんじゃ 明日 」
「 うん あ ミヨコさんによろしくって ・・・ 」
「 あ〜 そんじゃ 」
「 うん ・・・ 」
ちん。 固定電話は ほんの小さな音を立てて 切れた。
「 ― 晴れる かな ・・・ 」
彼はちょいとため息をつき 窓から夜空をちらり、と見上げた。
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§ ちび ・ ジョー
トン トン トン !
私室のドアが せわしなく叩かれた。
「 どうぞ。 開いてますよ 〜〜 」
中からは いつもの通り穏やかでちょいとのんびりした声だかえってきた。
その声が消えるまえに まるまっちい中年女性が ずい、とドアの内側に
顔を突っ込んできた。
「 シツレイします!! 神父様!! ジョーがいないんですよ〜〜
また。 」
「 ジョーくんが? 寝室にもいないんですか? 」
「 ええ! 皿洗い当番をすませ布巾を乾しにいったまま ― 戻ってきませんです。
消灯時間の今になっても です! 」
ふん! と 彼女の鼻息は荒い。
「 あ はあ ・・・ まあ 一応 当番は済ませたわけですね? 」
「 それは ね。 でも! もう ベッドに入る準備をしなくちゃいけない時間〜〜 」
「 わかりました。 あ 靴はちゃんとありますね? 」
「 靴? ああ はいはい。 玄関のドアはびっちり閉めてありますから・・
外に出たことはないですね。 」
「 それなら いいです。 ・・・ 寮母先生、どうぞ 休憩に入ってください。
私が探してみましょう 」
「 ぇ… でも 神父様の ・・・ 」
「 私はしばらく休んでいましたから。 さあ どうぞ エプロンを外して 」
「 は あ〜 ありがとうございます。 それじゃ シツレイして〜〜
おやすみなさいまし〜〜〜 」
女性は ころりとにこやかになりエプロンで手を拭いつつ出ていった。
「 はい お休みなさい。 よい夢を ・・・
」
そんな彼女を見送ると 神父様は机の前から立ち上がり よいしょ・・・と腰を伸ばした。
すぽん、と ルーム・シューズを脱ぎ捨てる。
「 ・・・ ジョー ・・・ 多分 あそこ にいますね ・・・
やれやれ ・・・ 君は楽々だろうけど私はもう決死の覚悟が居るんですがねえ 」
ふう〜〜〜〜 ・・・ 溜息を吐くと 神父様は窓を大きく開け
えいやっ! と 窓枠に足を掛けた。
ふう ・・・・・・ ・・・・
何十回目かのため息が 夜に溶け込んでゆく。
「 は ・・・ へ ・・・ 」
ぎし。 背中の下でなにかが軋む。
茶色の髪の少年は もぞもぞ・・身体を動かす。
「 ・・・ やべ ・・・ ボロいからなあ ・・・ あ〜〜〜 」
やべ と言いつつも彼は う〜〜〜んと伸びをした。
「 ち。 俺の場処が壊れちまう ・・・ へッ・・・ 」
彼の長い腕脚の下で 古い屋根がぎしっと音をたてる。
「 やべ ・・・ ! 穴なんかあけたら ― も〜 ここには居られない
かもな ・・・ どこ ゆく? ホームレス かあ ・・・ 」
「 それは ちょっと困りますよ 」
「 へ?? 」
びく・・・っとして身体を起こした瞬間 彼は大きくバランスを崩した。
「 う うわわわわ〜〜〜 」
「 ジョー 落ち着きなさい。 身体を低く そう ! 」
「 〜〜〜〜ん ・・・・ ! 」
「 そのまま・・ 静かに尻を落とす。 そう! 」
ごっとん。 少年はなんとか・・・ 屋根に軟着陸した。
「 あ ・・・ あ〜〜〜〜〜 ふぅ〜〜〜〜 た たすかった ・・・ 」
「 それはこっちのセリフです、 ジョー。 」
「 ・・・ し 神父さま どうして 俺がここだってわかったんですか。
ここは 俺 ・・・ い いや ぼくしかしらないはず ・・・ 」
ほっと一息つくと ジョーはもごもごと隣に座る人に聞いた。
顔は そっぽを向き ぶっきらぼうな口調なのだが ― 時折 ちらり と
流す目線は 純真なモノだった。
「 あはは ・・・ 忘れましたか ジョー。 」
「 え??? な なにを ?? 」
「 ここは。 こっちの屋根の上 を教えたのは私ですよ? 」
「 え?? ・・・ そ そうだった ・・ です か ? 」
「 覚えていませんか。 そう ・・・ あの時もこんな風に
星のきれいな夜だったですよ 」
「 あの時・・・? ― あ。 」
彼は はっとした表情になり 神父様の横顔を見つめた。
「 ・・・・ ああ 今晩も星がキレイですね 」
「 ・・・・・・・ 」
「 なんにも変わっていない 気がしますよ。
ああ 変わったのは ジョー、きみの背丈が私をとっくに追い抜いという
ことだけですね
」
「 ・・・・・・ 」
少年の茶色の前髪が どんどん前に垂れてゆく。
「 ふふ ・・・ 今晩も しばらく二人で星見しましょうか 」
「 ・・・・ 星見 ・・・ 」
「 一人になりたい気持ちはよくわかります。
私だって 誰にも邪魔されずにぼ〜〜〜っとしたくて ・・・ ここを
< 隠れ家 > にしていたのですから。 」
「 ・・・ 隠れ家 ・・・・ 」
「 そうですよ。 ふふ・・・忘れちゃったかな?
君を最初にここに連れてきたのは この私だったじゃないですか ジョー 」
「 ・・・ え ・・・ 」
「 ほら 小学生の ・・・ そう 三年生でしたか 夏休みの夜だったかな。
御聖堂 ( おみどう ) の隅っこに籠っていた君を連れて 」
「 ・・・・・? 」
少年はしばらく額にシワを寄せていたが ―
「 ! あ。 あの時かあ 」
今まで ぼそぼそとしか答えなかった彼は やっとはっきりとした声を上げた
「 思い出したかい? あの日 ・・・ 昼間派手なケンカをして
寮母先生にさんざん叱られて ― やはり消灯時間に君は < 消えて >
たんでしたよ。 」
「 あ は ・・・ ケンタとやりあって・・・ ケンタ。 あいつ、どうしてるかな 」
「 御聖堂の隅で縮こまっていた君をみつけて 」
「 ・・・ ちょっと < たび > にでようって ・・・ 神父さま が 」
「 ふふふ 」
「 ・・・えへ へ ・・・ へ ・・・・ 」
屋根の上で 初老の神父と茶髪の少年は 低い笑い声を交わした。
二人は あの夜 の思い出に ひそかに声をだして笑ったのだった。
さあ ちょっと短いけど遠くまで旅にでようね ジョー ・・・ 神父はそういって
少年の肩に触れた。
「 ・・・ たび? 遠くにゆくの 神父さま 」
「 ええ う〜〜〜んと遠くですよ。 行きましょう 」
「 ぼ ぼくだけ?? 神父さまとぼくだけ? 」
「 今晩は ね。 さあ 」
「 ! 」
差し出された手に 少年は笑顔で飛び付いた。
ぎし ・・・ ぎし ぎし・・・・ 足の下で瓦が鳴っている。
「 ジョー。 大丈夫かい? 」
「 う ・・・ うん ・・・ うわ? 」
「 そっちじゃなくて こっち、ほらそこに足をおいて 」
「 う うん ・・・ 」
「 もうちょっとですよ。 そこまで登れば 」
「 んん〜〜〜〜〜 えい えい ・・・ 」
「 そうそう・・・ ほら 手 のばしなさい。 」
「 ん〜〜〜 ・・・ っと! 」
ガタン。 少年は屋根の天辺に座り込んだ。
「 やったね! ジョー ! 」
「 あはは〜〜〜 ふう〜〜〜〜〜〜 ・・・ 」
少年は ぱか・・・っと口を周りを見回した。
「 ・・・・ ふわ〜〜〜〜 ・・・・ すっげ〜〜 」
「 どうかな? 」
「 えへ・・・ これが < りょうこう > ? 」
「 う〜ん 半分くらい かな。 これから出発ですよ 」
「 え?? こ これから? 」
「 そうです。 さあ ジョー。 寝転がって上を見てごらんなさい 」
「 ・・・うえ? あ ・・・ 星 ・・・ すご〜〜〜 」
「 でしょう? さあ これから出発します 」
「 え? ど どこに?? 」
「 さあ・・・ あの星の向こう でしょうか
ジョー ・・・ きみはどこにいってみたい ? 」
「 ・・・ ぼく は ― 」
少年は じっと夜空を見上げたまま 口を噤んでしまった。
「 ここは ね。 私の < 隠れ家 > なんですよ 」
「 ・・・ ・・・ 」
少年とならんで 星を見上げてつつ 神父さまは独り言みたいにぽつ ぽつ・・・
話す。
「 たまに ひとりっきりになりたい時 ・・・ ここにきます。
でもね 本当はひとり じゃないですよ 」
「 ? ひとり じゃない? ・・・ あ 星 ? 」
「 そう それもあるけど。 ここでこうやっているとね・・・
特にこんな夜ですけど ― 私は神様を一番身近に感じることができる。
御聖堂 ( おみどう ) で祈っているときよりも ね 」
「 ・・・・・・ 」
「 ジョーも 行きたいとこに飛んでみるといい 」
「 ・・・・ 」
「 そうだ ジョー。 ここは < ナイショ > ですよ? 」
「 ないしょ?? 」
「 そうです、 ここはだれにも教えていない私だけの隠れ家 ですから。
ジョーだけに教えたけど ・・・ ナイショにしてください。 」
「 はい ・・・ 」
少年は 柄にもなく素直に頷くと またじっと夜空を見つめていた。
お かあ さん ・・・
そんな言葉が ふ・・・っと神父の耳を掠めて 星空に消えた。
「 あ〜〜 あの時 俺・・・ わ〜ぷ してたなあ・・・ 」
「 ほう? どこか別の世界にでも行けましたか 」
「 え ああ まあ ね ・・・
でも ― へへへ 白状すると〜〜 なんかこう〜〜〜 なんもかんも
ウザったくなると ココ ・・・ 来てるんだ 」
「 この < 隠れ家 > に? 私と同じですね 」
「 え?? し 神父様もウザ〜〜〜って時あるわけ? 」
「 ふふ ・・・ 君たち ワカモノとはちょっと違うかもしれませんが ・・・
そりゃ 私だってニンゲンですからね 一人でぼ〜〜っとしたい時だって
あります。 」
「 ・・ あ は そ っか。 」
「 ここに来るのは構いませんが ― ジョー。 黙って < 消える > のは
ちょっと ね 」
「 ・・・ ぼく 当番は済ませて 」
「 それは知っています。 きみは義務はちゃんと果たすヒトです。
寮母先生を心配させるのは 感心しません。 」
「 心配??? んなわけね〜だろ?
規則を守らないってガタガタ言ってるだけ 」
「 かもしれませんが 君はもう小さな子供じゃないのですから
余計な心配をかけないことです。 」
「 ・・・ う 〜〜〜〜 けどぉ〜〜 ココは ナイショ って
そうだよ〜〜 ナイショですよって さ。 神父さま 言ったじゃん。 」
「 ははは そうでしたねぇ・・・
それじゃ ― 御聖堂 ( おみどう )にゆく、とでも言いなさい。 」
「 ・・・わ〜〜〜 いいのかなあ〜〜〜 」
「 ふふふ 神様も ナイショにしてくださいます。 」
「 ・・・ え ・・・ 」
「 あ〜 ・・・ 今夜も 星がキレイだ ・・・ 」
神父様は ほう・・・と息を吐き視線を上げた。
「 あ う うん ・・・ 」
ジョーもつられて空を眺める。
「 ジョー。 君はどこにだってゆけますよ。 飛んでゆきなさい。
君の思いのままに ・・・ 」
「 俺・・・ ココを直す。 ココにいるよ。 神父さま! 」
「 ・・・・・・ 」
神父様は なにも答えずただ微笑をうかべ ― 星を見上げていた。
§ 乙女 ・ フランソワーズ
四月になって もう待ちきれなくてちょっとまだ寒いけど カーテンを春用にした。
「 うふふ〜〜〜 なんかウチだけ春が来たみたい・・・
ああはやく 温かい風が吹いてこないかなあ 〜〜〜 あれ? 」
フランソワーズはお気に入りのカーテンを引っ張っていて ふと ― 気が付いてしまった。
「 あらぁ・・・ 窓 けっこう汚れてるぅ〜〜〜 」
冬のカーテンを外した時、 フランソワーズは額にシワを寄せた。
「 やだあ〜〜 ちゃんと拭いてたつもりだったんだけどなあ ・・・
冬ってすごく窓ガラス汚れるのよねえ ・・・ う〜〜〜 」
彼女はカーテンを抱え ぱたぱたとキッチンに駆けていった。
「 ・・・ ん〜〜〜っと。 どうかな〜〜〜 」
フランソワーズは 雑巾を手にしたまま窓を眺めた。
「 う〜〜〜ん ・・・ あまりキレイにならないわねえ・・・
あ そっか。 外側からも拭かないとね 失敗 失敗 」
バケツに洗剤と雑巾を入れたまま 窓を大きく開けた。 そして 窓枠に足を掛け ―
「 よ・・・っと。 あら? 」
窓枠に登ると 窓の外の格子が 案外低いことに気がついた。
「 ふうん? ちょっと ・・・ ここに・・・ えい やっ! 」
格子を利用し 彼女は ― するり、とアパルトマンの屋根に出ることに成功した。
「 わ ぁ ・・・・ うふふ〜〜〜 パリの街が足元に ・・・!
すご〜〜い すごい ! 」
勿論 もっと高い建物もあるが 視界は抜群なのだ。
「 きもちいい〜〜〜〜 空ってこんなに近いの?
うふ 風が冷たいけど 〜〜〜 ねえ 風に乗れないかしら・・・ 」
自然に身体が動きだし 脚が上がり 腕がしなやかに上下する。
「 空に ゆきたいわ ・・・ !
ええ ― そしてね 思いっ切り 好きなだけ 踊りたいの! 」
「 こらっ!! ファン もどれっ 」
いきなり足元から 兄の怒号が響いてきた。
「 ! お お兄ちゃん ? 」
「 ファン! なにやってんだ〜〜〜 オマエ、 丸見え だぞっ! 」
Last updated : 08,29,2017.
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************* 途中ですが
短かくて申し訳ありません 〜〜〜〜 (ノД`)・゜・。
もうやめようと思ったのですが ・・・・
この季節になると どうしてもあのハナシが
書きたくなって ・・・ ホント、すみません <m(__)m>