『  道  ― (1) ―  』

 

 

 

 

 

 

 

 コトコト  カチャ カチャ ・・・

 

キッチンからちいさな音が聞こえ始める。

「 ふぁ・・・ うふ、やっぱ眠いわねえ〜〜 」

フランソワーズは小さな欠伸をし、一人で肩を竦めた。

「 よ〜し。 ちょっと寒いけど〜〜〜 思い切って〜〜 えい! 」

 

   カタン。  シンクの上の窓を開けた。

 

 ヒュ ・・・  朝の風が吹きこむ。

「 きゃ 〜〜 寒い〜〜〜〜   けど!  うん シャキっとしたわ〜〜 

ぷるっと震えてしまったけれど お蔭で眠気は吹っ飛んだ。

「 ふうう〜 それじゃ今朝も美味しいオムレツめざして〜〜 がんばっちゃう♪ 」

ぶんぶんっと腕を回し 背筋をまっすぐにして背伸びをし ― 準備完了 らしい。

「 そ〜れでは〜〜〜 卵をだして、 ミルクをだして ・・・ おっとコーヒー・メーカー の準備も忘れずに っと 

ふんふ〜〜ん♪ ハナウタと軽い足取りでフランソワーズはキッチンの中を行き来し始めた。

 

崖っぷちのギルモア邸の朝は早い。

ご当主のギルモア博士は早朝の散歩と庭掃除を担当。 

これは日課というか 博士にとっては重要な思索タイムなのだそうだ。

「 ああ?  そうさなあ 朝の新鮮な空気は酸素を脳に十分に補給するとなあ

 こう・・・思わぬ展開が開ける。身体を動かすことも思考には大いにプラスなのじゃ。

掃除くらいぼくがやります、ともう一人の同居人が申し出たのだが ・・・

「 掃除くらい?  ふん、 ジョーよ、庭掃除を軽くみてはいかんぞ 」

「 え ・・・ あ まあ〜 そりゃウチの庭は広いし〜〜 風が強いからいろいろ大変

 ですけど 〜 でも ぼくが ばばばば〜〜っと速攻でやっちゃいますから。 」

「 いか〜ん いかん いかん!  速攻でできるほど 庭掃除は軽い仕事ではな〜い!

 いかに効率的に、そして 芸術的にやりとげるか。 また 海風の風向きを念頭に

 どの順序で箒を使うべきか。 その順序を検証するのは朝の脳トレに最適なのじゃ。 

「 の 脳トレ ですか ・・・? 」

「 そうじゃ。 今日一日の思索へのウオーミングアップなのじゃ。

 そして ウチの前の坂道。 あれはなあ〜 思索にもってこいだな うん。 

「 え ・・・ あの坂道でトレーニングなさるんですの?? ジョーみたいに? 」

「 あはは ・・・ ロードワークではないぞ。 ここじゃ ここ。 

 ここのトレーニングさ。 

博士は つんつん・・・と白髪頭を突いてみせた。

「 はあ ・・・ 坂道も脳トレですか 

「 そうじゃよ〜 さ ワシの大切な時間を邪魔せんでくれ。 」

「 は〜〜い ・・ 」

・・・ ということで、 博士の庭掃除タイム と 坂道の往復 は 誰も邪魔することは許されないのである。

 

 

   カチャ。   キッチンはすでにもわ〜〜っといい香の暖気でいっぱいだ。

 

「 っと・・・ これでよ〜し、ね。 あとは熱々のオムレツだけね。

 うん そろそろ博士の朝の日課も最終コーナーの時間だし ―  それじゃ! 」

彼女はタオルで手を拭くと きゅ。 エプロンのヒモを締め直した。

「 一番の大仕事 開始しま〜〜す!  

  

   とん とん とん ・・・ 

 

軽い足取りで階段を上がり。 二階の奥の左側のドアの前に立った。

彼女は す〜〜っと息を吸いこみ ― 

「 じょ〜〜〜〜〜   起きてますか〜 」

「 ・・・・・ 」

「 ジョー?  起きて? 」

「 ・・・・・ 」

「 起きてッ! 時間っ! 

「 ・・・・・ 

「 シツレイしますっ ! ( ばん )  ジョー〜〜〜 」

勢いよくドアを開けて一歩踏み込めば ―

案外片付いている彼の部屋なのだが ・・・ ベッドの上に布団のカタマリがある。

「 〜〜〜 もう〜〜  ジョー〜〜〜〜 起きてっ 」

 

  もぞ  もぞもぞ もぞ ・・・・ 布団のカタマリが揺れた。

 

「 起きましょう 島村ジョーさんっ  もうすぐ朝ご飯です! 

もぞ。  ぐしゃぐしゃのセピアの髪が 布団の端から出てきた。

「 ・・・ う 〜〜  あ〜  おは よ ・・・

「 何時に寝たのお?? 」

「 あ?  ・・・ う〜ん ・・・ 4時過ぎ かなあ〜〜 

「 4時?? ずっと起きてたの? 」

「 うん ・・・ 」

「 昨夜 お休み〜っていったの 12時ごろよねえ? 」

「 う ん ・・・  」

「 それから4時まで何してたの?  あ〜〜 ずっと動画とか見てたんでしょ!? 」

「 え ち ちがうよ〜〜  ・・・ ずっと 次の特集の記事、遂行してて・・・ 」

「 え  お仕事??? 」

「 ま〜 そんなトコかなあ ・・・ 」

「 まあ ・・・ でもね 4時までってのはちょっと 」

「 う 〜〜〜 ねえ あと五分〜〜 」

 もぞ。 セピアのアタマはまた布団の中に戻りそうになった。

「 だめ〜〜〜!! ご飯! 遅刻しちゃうわ! 」

 

   ば。  ジョーの布団は無情にも奪い去られてしまった。

 

「 ・・・ あ 〜〜 ・・・

「 うふ あと10分で熱々のオムレツのご飯で〜す♪ 」

「 ・・・ ふぇ〜〜い ・・・ 」

 

ジョーは 最近とある出版社の編集部で働いている。

最初は ほんのアルバイトとして始めたのだが どうも性に合っていた、というか

ジョー自身適性があるらしく、編集部側から契約社員としてのオファーをもらえた。

「 え〜〜 すごいじゃない!  ジョー、すご〜〜い 」

その話を打ち明けられた時、フランソワーズは手を打って驚いたり喜んだりした。

「 え ・・・ へへ ・・・ ぼくも ちょっとびっくり 

「 びっくり?? 

彼も照れくさそうにちょびっとだけ笑う。

「 どうして?? 」

「 だって ぼく ・・・ 雑用と原稿取りとあと・・・ちっちゃなコラム というか

 雑談みたいな記事、 時々書かせてもらってただけなのに  」

「 え。 ジョー・・ 記事も書いてたの? 」

「 ウン  あ すみっこにね、 穴埋め的に載るヤツだけから ・・・  」

「 え〜〜〜 でも すごい〜〜〜 すごい すごい〜〜 雑誌に載るなんて〜  」 

「 そんなにすごくないよ ・・・ 多分誰も読んでないだろうし 」

「 誰も読まない記事を書くヤツを契約社員にするかね? 」

「 博士〜〜 」

「 ジョー、 やったな! 」

リビングの入口に ギルモア博士がにこにこ顔で立っていた。

「 え へへ ・・・ でもどうなるかまだわかりません。 」

「 うむ。 これからが勝負だな。 頑張れよ〜〜 ジョー。 

「 はい! ありがとうございます〜 」

「 博士〜 お帰りなさい。 ね 皆でお茶にしましょ。

 わたし、オヤツにってバナナ・シフォン・ケーキ 焼いたんです。 」

「 お そりゃありがたい。 フランソワーズのシフォン・ケーキは絶品じゃからな〜 」

「 あら 嬉しい♪ 」

「 わ〜〜い ケーキ〜〜〜♪ あ ぼく、お茶淹れるね〜〜

 そうだ ほらアルベルトがもってきてくれたコーヒー豆がまだあるよね〜

 アレ 挽いて美味しいの、淹れるよ。 」

「 お願いね〜  そうね、ジョーってばアルベルトに淹れ方 教わってたわね 」

「 ・・・ アレは教わるというより 強制伝授というモノです ・・・ 」

「 あはは そうかもしれんなあ〜 ほい、ではワシはちょいと着替えてくるとしよう。」

「 は〜い ステキなティー・タイムになりそう♪ 」

「 そうだね〜 じゃ ぼく、コーヒー豆 挽くね〜 」

「 お願いします 

 

  ― そんな楽しいやりとりをしたのは つい最近のことだ。

 

 

ジョーは相変わらず張り切って出勤しているのだが。

 もともと苦手だった 朝 が ますます不得手になっていった。

 つまり〜〜〜 朝 起きれないのであ〜る。

 

「 ねえ 4時過ぎまでお仕事してたの?? 」

「 ウン ・・・ まあ いろいろ調べモノもしてたけど 」

「 すご・・・・い ・・・ 」

「 あは 凄くなんかないよ〜う 」

「 だって 徹夜でお仕事なんて 」

「 貫徹じゃないし ・・・ それにさ、本当に < スゴイ > んだったら

 こんなに苦戦したりしないだろ 

「 そりゃ ・・・ そうかもしれないけど ・・・ 

 あ! のんびりしている時間 ないわよ〜〜 朝ご飯! バスに遅れるわよ! 」

「 え ・・・ あ いっけね〜〜 」

ジョーは着替えをひっつかむと ばたばたバス・ルームに駆けていった。

「 ・・・ 張り切ってるのはいいけど ・・・ 大丈夫かしらあ 」

 

 ドタバタ〜〜 じたばた ― しつつもなんとかジョーは出勤して行った。

 

「 行ってらっしゃ〜〜い ・・・! 」

フランソワーズは 門の前でひらひら手を振って彼を送った。

ジョーは 一回だけ振り返りわさわさ手を振り返し ―  全速力で急坂を駆け下りて

行った。

「 うふ ・・・ 加速そ〜〜ち! なんちゃってね〜 」

「 おう あの調子ならなんとか間に合いそうじゃな。 」

ギルモア博士が後ろから声をかけた。

「 ええ 多分。 あら お出かけですの? 」

「 うむ〜 ちょいと下の煙草屋まで行ってくる。 」

「 あら 煙草でしたらわたしが買ってきますよ〜 」

「 いや いいよ。 坂道の往復はワシの貴重な 」

「 脳トレ・タイム でしたわね 」

「 いかにも。 まったくこの家は良い位置に建っておるわ。 」

じゃあな ・・・ と 博士はマフラーを引っ掛けると実に達者な足取りで 坂道を下っていった。

「 ・・・ すご〜〜い ・・・ ジョーとたいして変わりないみたい 」

フランソワーズは 少々呆気にとられてその後ろ姿を見送った。

「 あ。 いっけな〜〜い わたしも急がなくちゃ! 」

エプロンをパン、と叩くと 彼女もまたぱたぱたと玄関に戻っていった。

 

 

この極東の隅っこの国に住まうことになり 数か月が過ぎた。

激動の、などと簡単に言えるどころではない日々をかい潜り 彼らの周辺には

どうにかこうにかごく当たり前の落ち着いた、そして平凡な時間が流れるようになっていた。

 

ジョーはアルバイトを探し出し 博士は日々研究に没頭し続けている。

フランソワーズ自身も ― 念願だった踊りの世界へ再び足を踏み入れはじめ ・・・

そう この岬の洋館に住む < 家族 > は 皆それぞれの道を踏み出したのだ が。

 

休日も ジョーはリビングのソファであれこれ資料を広げている。

そんな彼を フランソワーズは何気な〜く・・・実は興味深々で眺ている。

 

    ふうん・・・?  最近って皆 ネットとか使うんじゃないの?

 

ガサガサ ・・・ バサバサ ・・・ 雑誌やら新聞を切り抜いたり綴じたり・・

彼はかなり熱中していた。

「 ?  なに? 

彼女の視線を感じたのだろう、 ふっとジョーは顔を上げた。

「 あ・・・  う ううん なんでも・・ 熱心だな〜って思って 」

「 あは ・・・ 資料作りなんだ〜 ぼく、全然知識が足りないから ・・・ 」

「 記事を書くのに必要なの? 」

「 う〜ん ・・・ 今すぐってことじゃないけど ・・・ いつか必要になるかな〜って

 モノが多いけどね 

「 ふうん・・・・ ねえ ジョーはずっとエディターとかになりたかったの? 」

「 え?? え えでいた〜 ?? 」

「 あ う〜〜ん ・・・ そうね、モノを書くヒトって感じ 」

「 あ〜 そうだなあ〜〜 なりたい・・・っていうか〜 ぼくは  書くこと 好きなんだ 」

「 書くこと? 」

「 うん。 ぼく さ。 口下手で ・・・口ではうまく言えないけど  書けば通じるだろ? 」

「 それは そうだけど ・・・ 子供のころからいろいろ書いてたの? 」

「 書くっていうか・・・ま〜ね〜 神父さま は忙しかったから

 何か大切な用事とか有る時には  手紙 書いてたなあ 」

「 そうなんだ〜〜  今は どう? 」

「  今?  今は う〜ん  そうだなあ〜  クルマの魅力を 皆に伝えたい から かなあ〜 」

「 ふうん ・・・ ね ・・・ 今度 わたしにも書いてくれる? 」

「 え。 クルマの魅力について??? 」

「 じゃ〜〜なくて。 ・・・手紙 ちょうだい。 」

「 え〜〜  同じ家に住んでて ・・・手紙 ・・・? 」

「 だって ・・・ < 口下手 > なんでしょ 」

「 あ  う  うん ・・・ 大事なこと、伝えたいから。 手紙 かくね! 」

にこ。 セピアの瞳がとて〜〜も嬉しそうに笑った。

 

   きゅん。  ―  ああ この瞳 たまんない〜〜〜

 

「 なに? 

「 あ い いえ ・・・・ あの ちょっと羨ましいなあ〜って思ったの。 」

「 羨ましい???  なにが。 

「 え その ・・・ ジョーのことが。 なんか そのう〜〜 ・・・

 これ!って決めたことに向かって行ってるって いいなあ〜〜 って 

「 え〜〜〜 なんでフランがそんなこと、言うんだい?? 」

「 え ??? 

あまりにジョーが 本気にびっくりした顔をしたので フランソワーズはなぜか

どぎまぎし顔が熱くなってしまった。

「 な なんで ・・・って  なんで?? 」

蚊の鳴くみたいな声で 彼女は辛うじて聞き返した。

「 え? だってさあ  ぼく達の中で一番 < これ > って ・・・

 < これがやりたい > ってことがあるのが フランソワーズだろ?? 

「 ・・・ あ バレエのこと ? 」

「 そうだよ〜〜〜  だってずっとずっと望んでいたんだろ?

 そのう ・・・ あ〜〜 コドモの頃から さ 」

ジョーはちょっとばかり言いにくそうに言葉を濁した。

「 生身の頃からってことでしょ? 

フランソワーズは 冷静にきっぱりと言った。

 

    気にしても仕方ないわ ― だって事実なのだから。

 

「 え ・・・ ああ まあ そういうこと かな ・・・ 

「 うん まあ そうなんだけど ・・・ 」

「 毎日 レッスンに通ってさ 頑張ってるじゃないか 」

「 それは そうなんだけど ね ・・・ そうよね、うん・・・ でもね

 本当にやりたいこと なんなんだろうな〜って思うこともあるの。

 わたし なぜ 踊りたいのかな  って 」

「 う〜〜ん ・・・ 」

「 ねえ  ジョーは? 

「 ぼく? 」

「 あの ジョーはどうして記事とかいろいろ・・・書きたいの? 

 書くのが好き・・・っていうのはわかったけど。 その理由っていうか〜 

「 う ・・・ん  あの ― 言ってもいいかな 」

「 話して? 

「 うん ・・ ぼくは 半機械人間 だけど ちゃんと 心は あるのさ。

  その証し っていうか〜  う〜ん そうだなあ〜 う〜〜ん ・・・? 」

ジョーは少し考えこむ、というか言葉を探している風だった。

そして 思い切った顔で口を開いた。

「 うん、  島村ジョー ってひとりの人間が生きた証し を残したいのかもしれないな

「 ・・・ そう ・・・ すごい わ。 やっぱりスゴイわ〜〜 ジョー。 「

「 えへ そ そうかな〜〜 あ でもね そんなこと、できるかどうかわかんないけど。

 つまりその ・・・ 009 じゃなくて 島村ジョー ってヤツがさ、生きてたって 」

「  そうなの  ・・・  わたし   ただ好きで踊ってるだけだわ 

「 その、 好き って気持ちが一番大切だろ?  なにをやるにも さ。 」

「 そう    かしら ・・・ 」

「 そうさ! だから  きみ 踊れよ〜 踊っているきみが好きさ。 

「 ― え ・・・ 」

さらり、と言ってのけ ジョーはまたにっこり笑った。

 

   きゅん。  ―  あ〜〜 もう反則だわ〜〜 この笑顔〜〜

 

フランソワーズはさりげなく下を向いたけど、頬が熱くなるのを抑えるのは無理だった。

 

   わたし。  ・・・ ジョーが  すき ・・・

 

「 あ! 忘れてた! 

「 な  なに ・・?? 」

ジョーはいきなり声を上げ、フランソワーズは どきん、と心臓が跳びあがった。

「 あの!  アルベルトがさ〜 来日するって。 」

「 まあ いつ? メンテナンスじゃあないわよね。 」

「 うん なんか仕事ついでだって。 しばらくまたピアノ、聞けるね。 」

リビングのピアノを振り返り ジョーは笑う。

「 そうね〜 楽しみね。 コーヒーの淹れ方、上手になったって言ってくれるかもよ?

「 う・・・ まだまだだ! っじろり、睨まれるかも ・・・ 」

「 そうねえ〜〜 」

二人は声を上げて笑いあった。 仲間、というか遠くに住む < 家族 > の一人が

帰ってくるのは やはり楽しみなイベントなのだ。

 

「 ふんふんふ〜〜ん♪  え〜〜と ・・・ お部屋の空気を入れ替えて

 毛布とかリネン類を出しておかなくちゃ 

この邸の主婦として フランソワーズはテキパキ・・・準備を始めた。

「 おう アルベルトが来るそうじゃなあ 」

博士の声も弾んでいる。

「 はい、なんか仕事のついでですって。 」

「 ほう ほう〜〜 アイツの音楽活動は順調のようじゃなあ 」

「 そうらしいですわ。  トラック運転手も気に入っていたようですけどね〜 」

「 ほっほ ・・・ 面白いヤツじゃな 」

「 ええ。 」

 

   あ  そうだわ。 博士にも聞いてみようかしら・・・

 

「 あの〜〜 博士。 伺ってもいいですか? 」

「 なんじゃな 」

あのう・・・ と フランソワーズはとつとつと切りだした。

   ― 博士はなぜ研究に没頭しているのか と。

「 ワシが かい。 」

「 はい 

博士の鳶色の瞳がじっと彼女を見つめる。

「 ワシは自分自身の所業の後始末と懺悔のために死ぬまで働く。

 それがワシの人生なのじゃよ。 」

「 え ・・・? 」

「 ワシのやったことは ・・・ 謝って済むことなどではない。 

 お前たちに罵られ憎悪されて当然だ。 それなのに ― こうして温かい存在として側にい てくれる ・・ 

ワシはもう感謝してもしきれんよ ・・・

「 ・・・ そんな ・・・ 感謝だなんて ・・・ 」

「 ワシは死ぬまで この道を進む。 それはワシの義務であり責任なのだよ。 」

「 そう ・・・ですか ・・・ 」

「 お前たちは フランソワーズ、お前の信ずる道を歩んでほしい 

 

    道  か ・・・  

 

なぜか 家の前の急な坂道が脳裏に浮かんだ。

 

    trrrrrr ・・・・  trrrrr  ・・・・・

 

リビングの固定電話が鳴った。

 

「 あら 珍しわね〜〜  」

フランソワーズは パタパタ駆けてゆき受話器を取った。

「 は〜い ギルモアですが ・・・ あら アルベルト?? 」

電話の向こうは話題の主だったので 彼女はなんとなく笑ってしまった。

「 ええ ジョーから聞いたわ。 それで いつ ・・・ え? なに? 」

 

  ―  以下 電話盗聴??

 

「 ベーゼンドルファーのことだが ジョーは問い合わせてくれたか? 」

「 なに??  なんのこと?  」

「 あ〜〜 アイツ、話してないのか? 」

「 え ・・・ アルベルトが来るよってそれだけよ?

 あ お部屋はもうちゃんと準備してあるわ。 ピアノも掃除してるわよ〜 」

「 ダンケ。 すまんが、ジョーに伝えておいてくれ。

 ベーゼンドルファーの件 頼むってな。 

「 べーゼ ・・・ なに?? 」

「 ベーゼンドルファー。  ベーゼ ( キスのこと ) じゃねえぞ!

 世界三大ピアノのひとつでな、 かつて ウィーンの至宝 とまで言われたピアノのことだ。

「 わかったけど ・・・ それがどうかしたの? 」

「 〜〜〜 ともかくそうジョーに伝えてくれ。 あとはそっちに行ってからだ。 」

  ガチャ。  電話は素っ気なく切られてしまった。

「 ??? もう〜〜 いったいなんなのよ〜〜〜 」

フランソワーズは 憮然として受話器を見つめていた。

 

 

Last updated : 12,08,2015.                  index       /      next

 

 

 

**********   途中ですが

え〜〜  平ゼロ設定ですな どう見ても。

まだ 恋人未満な二人かな・・・

ピアノ云々は 同窓会の会報から拾ったネタです〜