『 魂喰い ― (2) ― 』
・・・ おやまあ。 今日はお客様が沢山いらっしゃることね・・・・
白い手がレースのカーテンをそっと押さえた。
女中が閉め忘れた鎧戸に感謝しつつ・・・ 一人のレディが窓際に立ちじっと門からの道を見下ろしていた。
ぼう・・・っと淡い門燈に照らされ 一人の青年の姿が闇に浮き上がる。
せピア色の髪がゆれ、ときおり白い引き締まった頬が見えた。
・・・ 整った顔立ち らしい。 はっきりとは見えないが 通った鼻筋にきりりとした口元だ。
彼はすたすたと まるで真昼間の往来を歩いている風な足取りで進んできた。
「 まあ・・・ まさか正面玄関から来るとは。 ふふふ・・・・ 可笑しなボウヤねえ。
どれ、お茶の用意を言いつけておかなくては。あら、可愛い坊やにはオヤツの甘いお菓子が必要ね。 」
くっくっ・・・と咽喉の奥で笑うと その女性はゆっくりと窓辺から離れた。
「 ― さあ。 本番の始まり、かしら。 」
長い髪を揺らし 裳裾をひるがえすと彼女はその部屋を出ていった。
ゴトリ ・・・ ! 暖炉で燃え盛る太薪が一本火床に落ち、華麗な火の花を散らした。
「 ・・・ 皆もう中に入ったらしいな。 それじゃ。 ぼくは ― 」
ジョーは暫く、石塀の彼方に見える屋敷のシルエットを眺めていたが、やがて鉄の門扉に手をかけた。
凝ったデザインの門扉で磨きこんであるがこちらもかなり年季が入っている。
キ ・・・ ィ ・・・・
ほんの微かな音をたてただけで 門扉は簡単に開いた。
「 ふうん ・・・ これは単なる飾りなんだな。 屋敷自体も・・・なんだか小説の舞台になりそうだ・・・
こういうのを ロマンチックって言うのかも・・・ ああ、彼女ならきっと・・・ 」
ジョーはふっと淡い笑みを唇に浮かべた。
「 しかし、やはりココは ― 神隠しの家、なのか?? 」
門からは石畳風の小路がずっと奥まで続いている。
ジョーは周囲に目を配りつつ ゆっくりと歩きだした。 前方にぼんやりと常夜灯の明りが浮き上がる。
玄関は、そのさらに先にあるらしい。
「 ・・・ ふうん・・・? 全然普通の庭じゃないか。 防犯用の仕掛けもなにもない・・・
赤外線探知装置も ・・・ ないな。 番犬やガードマンが飛び出してくる様子もない.。 」
カツ カツ カツ カツ カツ カツ ・・・
防護ブーツが 石畳を踏んで小さな音をたてる。
今は。 彼のそれだけが唯一ジョーを取り巻く < 音 > だった。
≪ 皆!? 遅くなってごめん! 今から侵入開始します。 各自現在位置を連絡してください。 ≫
ジョーは屋敷の玄関の手前で 仲間達全員に脳波通信で呼びかけた。
しかし
≪ ・・・ どうしたのかい?? 応答、願います。 ・・・ アルベルト・・・いや、 004?! ≫
≪ 008! 005! ・・・003?! 皆 どうしたんだ?! ≫
脳波通信のチャンネルは全員 フル・オープンにしてあるはずだ。
それなのに、 一向に返事は戻って来ず、誰ひとり <受信>の応答すらしない。
ジョーの通信は 闇夜に吸い込まれて ― 消えてしまった。
「 ・・・! 脳波通信を妨害されているのかな。 ・・・ いや ちがう。 そうじゃない・・・
これは 皆 ・・・ 各自が自発的に受信を拒否しているんだ・・・! 」
― ようし。 何が何でもこの屋敷の中に入るぞ。
・・・ 皆 ・・・! 今、ゆくから! ・・・ 003 ・・・!
ジョーは拳を固く握り締めると、真正面から玄関ポーチに進んでいった。
リン ロン ・・・ リン ロン ・・・
遠くで ほんの微かに柔らかい音色が聞こえた ― ように思えた。
ジョーが押した呼び鈴は 本来の役目しか担ってはいなかった。
・・・つまり、なにも飛び出してはこなかったし 突如爆発したり足元の石畳が崩れ落ちることも なかった。
・・・?? ここは。 この屋敷は・・・いったい??
油断なく身構える彼の耳に規則正しい足音が聞こえて来、それは徐々に近づいてきた。
ガチャリ ・・・ 重い樫材のドアが 開いた。
「 当家には貴方様が仰る方々はお見えではありません。 」
玄関先で きっちりお仕着せに身を固めた執事が慇懃に頭を下げた。
ジョーの押した呼び鈴に応えて開いたドアの中には この人物が尊大な面持ちで立っていたのだ。
彼は ジョーの用件をきき、何の反応も示さず淡々と応えた。
「 ・・・ そうですか。 彼らは ― ぼくの友人達ですが ― こちらに伺う、と確かに言っていたのですが。」
「 お間違えのようです。 」
「 しかし・・・! あの・・・失礼ですが ちょっとお屋敷内を見せてはいただけませんか。 」
「 ・・・ 何を仰っているやら・・・わかりかねます。 」
お引取りを・・・! とドアを閉めかけた執事に ジョーは必死で食い下がる。
「 あの! え〜と・・・ こちらにはどなたが住んでいらっしゃるのですか 」
「 当家のご主人様と奥様だけです。 ・・・ ご主人様はただいまご不在ですが・・・ 」
「 え・・・ あの! その方に 是非 ・・! 」
「 お約束のない方はお取次いたしかねます。 お引取りください。 」
「 あ! 待ってください・・! あの! 」
ジョーの目の前で無情にも重厚なドアは閉じられ ― そうになった時。
「 お入りなさい ― 」
「 奥様・・・! 」
「 ああ・・・ よいのよ、バトゥラー。 その方はわたくしのお客さまなの。
あの・・・どうぞ? あなた、お入りになって ・・・ 」
執事の背後から すこしハスキーな声が聞こえた。
「 ・・・ 奥様。 お宜しいのでございますか。 このような時間に・・」
「 ええ、大丈夫よ。 お通ししてちょうだい。 そしてお茶の用意を。 」
「 かしこまりました。 」
「 お願いね。 ああ、あなた? お待ちしていましたのよ、どうぞ・・・ 」
「 あ・・・ は、はい! 」
再びゆっくりと開いたドアの奥には ― 一人の婦人がにこやかに立っていた。
深緑の、床までとどくドレスが透き通るように白い顔を より一層際立たせている。
背には褐色の髪が豊かに流れていた。
「 ・・・ 初めまして。 夜分に失礼します。 島村ジョー、といいます。 」
「 いらっしゃいませ。 わたくしはこの館の当主の妻です。
・・・ 主人は生憎、今晩不在なのですが。 どうぞ ・・・ こちらへ。 」
婦人は ジョーを奥へと誘った。
「 あ・・・ あの。 ちょっとお訊ねしたいことがあっただけなんです。
あの。 ここで 玄関先で結構なんですが。 」
「 あら。 せっかく訪ねてくださった方を お玄関でお帰ししてしまってはわたくしが主人に叱られます。
そうぞ、お急ぎでなかったら。 わたくしのお喋りの相手をしてくださいな。 」
「 ・・・あ ・・・は、はい。 」
ジョーは 覚悟をきめてしん・・・とした廊下を女主人に案内されていった。
・・・ 旧い屋敷だな。 ああ・・・よく似ているな・・・
飴色の灯りが ぼんやりと彼の足元を照らす。
暗い赤色の絨毯を敷き詰めた廊下を歩きつつ ジョーはなぜか警戒心が起こらない。
漂う夜の空気さえ、よく知っている ・・・ 風に思えるのだ。
そう、ちょうど彼が育てられた教会のお聖堂( おみどう )も こんな色合いの建物だった。
今は燃え落ちてしまったけれど教会本体は由緒あるものだ、と神父様が言っていた。
・・・ ちょっと懐かしい、かな。 そうそうその角を曲がると客間なんだよね・・・
神父様もその部屋でお客さんとか信者のヒト達と会っていたよ・・・
ふんわりと温かい気持ちが お腹の底から湧き上がってきた。
ジョーは ・・・ ふと。 通り過ぎるドアを開けてみたい衝動に駆られた。
もしかしたら。 このドアをそうっとあければ ―
おずおずとカタチばかりのノックをし、軋むドア・ノブを苦心して捻ると。
「 ・・・ 誰かな。 眠りの精はなかなかやってきませんか。 」
白髪混じりの、あの方がゆっくりと振り向いて。
いつでも笑みを含んだ瞳で やさしく聞いてくれるのだ。
「 おや。 ジョー。 どうしたんだね? ・・・ ああ、なにか相談事があるのですね。
― ちょうどよかった。 私も一休みしてコーヒーでも飲みたいな、と思っていたのだよ。 」
「 ・・・ 神父さま。 あの ・・ ぼく ・・・ 」
「 もう夜は冷えますよ、こっちへお入りなさい。 ・・・ こっそりビスケットでも摘みましょう。 」
「 ・・・ 神父様 ・・・ 」
「 そんな顔はナシ。 さあさあ・・・ 話しておくれ・・・ 」
カツン ・・・・! 防護服のブーツが床の絨毯の鋲を踏んで 音をたてた。
「 ・・・ あ。 ・・・あれ ・・? ここは・・・・ 」
「 ? どうかなさいまして? えっと ・・・ ミスタ・シマムラ? 」
前をゆく婦人が ゆっくりと振り返る。
「 ・・・あ! い、いえ! 何でも・・・ ちょこっとブーツが床にひっかかっただけです。 失礼しました。 」
「 ・・・ そう? それなら ・・・ よいのだけれど。 さあ こちらへ どうぞ? 」
「 は、 はい ・・・ 」
彼女は突き当たりのドアを開けると、ジョーを招じ入れた。
「 ちらかっていて・・・ごめんなさい。 すぐにお茶が来ますわ。 」
「 あ・・・ は、はあ・・・ 」
ジョーは勧められるままに その広い ― 豪奢な部屋に入った。
「 ・・・ そうなの? まあ・・・この屋敷にそんなウワサが? 」
<神隠し> の話を聞き、当家の女主人はおおきな眼を ぱちぱちさせた。
深い紫の瞳が笑みを含んでいる。
「 は・・・あ。 そのう・・これは単なるウワサだとは思うのですけど。 こちらに向かったきり・・・
行方のわからないヒトが何人もいるそうです。 」
「 ああ ・・・ そういえば。 しばらく前に交番の巡査さんが見えた、と女中が言っていたわ。
バトゥラーが一応 屋敷内をご案内して ・・・ お帰りになった、と報告していましたわ。
あの巡査さんは何て仰っていますの? 」
「 ・・・ええ。 こちらには貴女と使用人の人たちしかいなかった・・・て。 」
「 そう。 そうなのですよ ・・・ 残念ながら。 」
「 残念 ・・・ ? 」
「 ええ。 だって貴方は ここにお友達がいるはずだ、と思っていらっしゃるのでしょう? 」
「 ・・・ いや ・・・ 彼らがこちらに行くから、と聞いただけなので・・・
はやり彼らはお邪魔していないようですね。 ・・・ 失礼しました。 」
ジョーは静かに立ち上がると 頭を下げた。
テーブルの上で ちろろ・・・と銀のスプーンが微かに音をたてる。
「 まあ、そんな ― 謝ったりなさらないで。 」
「 夜分遅くに申し訳ありませんでした。 ・・・ 神隠し なんて地元の人々は言ってますけど。
そんなの、やっぱり迷信ですよね。 お茶、美味しかったです。 あ、クッキーも。 」
「 ・・・ わたくしこそ・・・ お喋りに付き合ってくださってありがとう。
こんな夜には話し相手が欲しいものですわ。 」
「 あ・・・いや・・・ ぼくは・・・口下手で。 あの、ここ。 このお屋敷って。
以前ぼくがいたトコとちょっと似ているんです。 それで ・・・ なんか懐かしくて・・・ 」
「 まあまあ、そうでしたの? どうぞ、ゆっくり見ていらしてくださいな。 」
お茶をもっといかが・・・? と白い手がポットを取り上げる。
「 すいません。 本当にもう、失礼します。 」
「 そう・・・? それじゃ。 お友達は他へ回られたのでしょう。 」
「 はい。 」
再び玄関まで案内される途中でも ジョーは周りをゆっくりと見回していた。
「 ・・・ なにか 見つかりまして? 」
「 え? あ、いいえ。 そうじゃなくて。 ・・・ こんなところに住んでみたいなあって思ったので・・・ 」
「 まあ そうですの? ふふふ・・・またどうぞ? いらしてくださいな。 」
「 ・・・ お一人で淋しくはありませんか。 街の方にはいらっしゃらないのですか。 」
「 主人がいつ帰るかわかりませんの。 留守にはできませんわ。 」
「 そうですか。 ・・・・ ? 」
ジョーはほんの一瞬 ― 時計の針が忙しなく一周するよりも短い間、足を止めたがすぐにまた歩きだした。
「 また ・・・ いらして頂けたら嬉しいわ。 ・・・ ミスタ・シマムラ・・・ 」
「 ・・・ お邪魔しました。 マダム。 」
ジョーは丁寧に頭を下げると 静かに玄関のドアを閉めた。
「 ・・・ そうなの? 坊やはこんな家に暮らしていたのね? そして ・・・ 懐かしい誰かが
部屋の中に居てくれたのね。 ・・・ そう。 わかったわ。 」
衣擦れ音を残し 婦人は二階の居間へ戻っていった。
暖炉の薪はまだ盛んに燃えていて、部屋はほんのりと温まっていた。
「 まあ ・・・ 暖かいこと。 それにしても。 あの坊や達・・・随分変わった形 ( なり ) をしていたわ・・・
皆お揃いで ― アレはユニフォームなのかしら。 ・・・ あら? 」
彼女は正面の窓に近づいてゆく。
「 ・・・ まあ、坊やったら。 今度はかくれんぼ?
いいわ。 よくってよ。 ふふふ・・・ 鬼はわたくし、ってわけね。 ええ、ええ・・・ゆっくりと
隠れていらっしゃい。 ずうっと ずうっと ・・・ ね。 ふふふ ・・・・ ふふふ ・・・・ 」
低い含み笑いが 部屋の中に満ちていった。
― やがて。 カチリ、と常夜灯が消えた。
キ ィ ・・・・ !
鉄の門扉は今度も微かに音を上げ 開いて閉まった。
ジョーは ブーツの音を忍ばせするり、と門脇の櫟の樹の陰に身を潜ませた。
聞こえた・・・! 確かに。 低い低い音だったけど。
アレは ・・・ なんと言う曲だったかな? う〜ん?? でも 彼のお気に入りだ、よく弾いていたもの。
それに・・・ うん。 アレは ・・・ アルベルトの 音 だ。
目の前に聳える洋館は窓辺の明りは全て落とされ ― ただ玄関の常夜灯だけが鈍い光を放っているばかり。
ジョーはそろそろと木陰を伝い 館の周りを巡り始めた。
≪ 皆 ! これから突入する。 応答してくれ。 頼む ・・・! ≫
全員への通信は またしても夜の闇へと吸い込まれてしまった。
― ふん。 今日は音が ・・・ 乗る な。
彼は機嫌よく鍵盤の上に指を滑らせていった。
質素な部屋 ― そこには必要最低限のものしか置いてはいない。
ベッドと母親の形見のチェスト そして 大量の本と楽譜が山積みになりはみ出している本棚。
それだけの部屋だった。
いや。 たった一つの宝モノ、彼の分身、彼の全て − 古びたアップライト・ピアノが壁際い鎮座している。
この部屋には寝に帰ってくるだけ、な日々だけれど そのわずかな時間を割いて彼は<分身>に向かった。
しかし なにせ壁の薄いボロ・アパートだ。
防音のフェルトを壁にはり、ピアノの中にも入れて音を消し。
辛うじて聞こえるのはキィを叩く音と ブツ切れの音だけだった・・・
それでも 彼は弾き続けた。 いつか自由に 思い切り好きな音を響かせる日を夢見て。
コン ・・・ コンコン ・・・
「 アルベルト? 入ってもいい。 」
「 ・・・・ 開いているぞ。 」
「 ありがとう。 レッスンの邪魔をしてごめんなさいね。 」
カチャリ・・ ドアが開き 麦藁色の髪をした女性が入ってきた。
・・・ あれ。 オレの部屋のドアはもっとキイキイ鳴って 建て付けがわるかったはずだが・・・
最後のフレーズを弾きつつ 彼はちらり、と思った。
「 ・・・ 今日 すごく・・・乗ってない? 音がね・・・ こう、なんと言ったらいのかしら。
そうね ・・・ 伸びやかよ。 思いっきり深呼吸をしているわ。 」
「 ほう? 過分なお言葉、恐縮ですな。 」
「 ま。 いやだわ、そんな。 お世辞なんかじゃありません。 」
ポン・・・!
最後のキィをタッチし ― 彼はやっとまともに恋人の顔をみた。
「 どうしたんだ、今頃・・・ 遅くにはあまり出歩かない方がいいぞ。 」
「 まあ、せっかく差し入れにきたのに。 よく来てくれたね、くらい言ったらどう? 」
彼女はつん、とした様子で手にしていた包みをテーブルの上においた。
「 怒るなよ。 ・・・ 疑いをかけられたらマズイからな ― 特に今は。 」
「 え? ・・・ ねえ、こっちへ来て。 いいリンゴが手にはいったから・・・取っておきのバターを使って
久し振りにアップル・パイを焼いてみたの。 いかが・・・? 」
「 お。 ・・・ いいねえ。 うん・・・懐かしい匂だな。 」
「 ふふふ ・・・ よかった。 これを食べて また弾いてちょうだい。 そうね、貴方の好きな・・・ 」
「 ・・・もう遅いから終わりだ。 いくら防音してあっても少しは音が漏れるからな。 近所迷惑だ。 」
「 あら。 防音? 近所迷惑? ― なんのこと、アルベルト。 」
「 ? なにを言っているんだ、お前。 」
「 この屋敷の堅牢な壁で護られているわ。 それに、近所の家なんてないの。
ねえ・・・ アルベルト。
あなたはここで思う存分 好きなだけピアノを弾いていればいいのよ・・・
・・・ もう・・・ 西のことは忘れましょう・・・ 」
するり、と白い手が 彼の首に絡まってきた。
「 ・・・ な、なにを言う・・? 」
「 さあ。 弾いて? 思い切り、好きなだけ ― そう、いつまでも、よ。 」
「 ! お前 ・・・ だれだ?! 」
「 まあ、恋人を忘れたの? ・・・いいわ、忘れても。 でもその代わり ・・・ 弾いて。 」
「 ・・・・・・・ 」
彼はふらふらとピアノの前に戻ると 震える指を鍵盤に置いた。
・・・ なんだ? オレは・・・何をしているんだ??
え!? 手、が。 これは血の通った・温かい ヒト の手・・・
聞こえる?! お願い、返事をして! 受信済み、の合図だけでもいいわ!
ねえ、聞こえる? 聞こえているのでしょう・・!? アルベルト −−−!
ふと。 聞き覚えのある声が ― 乙女の声が聞こえた ・・・ 気がした。
心配気な大きな青い瞳が脳裏に浮かんだが。 彼アタアを振り、幻を追いやった。
― 今は。 ただ この音の海に溺れていたい・・・!
褐色の髪の女性が見守るなか、銀髪のピアニストの手は滑らかに鍵盤の上を踊り続ける。
「 ・・・ どう、ジェロニモ ? アナタの方には誰か反応してきた? 」
「 いや。 」
「 そう・・・ 脳波通信だけじゃなくて 眼 も 耳 も最大レンジにしているのだけれど・・・
なにもキャッチできないの。 風が揺らす葉擦れの音だけ・・・ 」
「 それは ― 妙だな。 」
「 ええ、そうよねえ。 それとも ・・・ わたしの能力 ( ちから ) を封じる装置でもあるのかしら。
でも・・・ シールドされている風にも感じないのよ。 」
彼女は東屋の陰に立ち、改めてじっと耳を澄ましている。
「 ― だから 妙だ、と言っている。 」
「 え? どういうこと。 ジョーからも、なんの返答もないの。 とっくに加速は解除したと思うのに。 」
「 ここは 静かすぎる。 この屋敷には 命の熱さ がない。 」
「 命の ― 熱さ ? 」
「 そうだ。 ヒトが住んでいるのならば それなりの 音 はする。 いくら防音装置を設置しても
<家> 自体が音をだす。 <家> も生きている。 」
「 え・・・ ああ、そうね! そう・・・ここはあまりにも静か過ぎるわね。 」
「 音もだが。 ここには 熱さがない。 生命のエネルギーを感じない。
ジョーはここはずっと空家だ、と言っていたが。 正に空虚な空間しか感じない。 」
「 でも。 グレートやピュンマは ・・・ この中で誰かに会ったみたいよ?
例の <神隠し> に遭った人たちだってなにもない屋敷をわざわざ訪ねるかしら。 」
「 003。 屋敷の裏手を見てくれ。 勝手口とか作業場はないか。 」
「 ちょっと待ってね・・・今 ・・・ え〜と・・・ ぐるりと花壇を回ってゆくでしょ。
あ・・・こっちへ行くと墓地に入ってしまうわね、 じゃあ ・・・ あ、ここがキッチンかしら。
・・・?! あら?? 」
「 どうした。 なにがあった。 」
「 ・・・ こちら側の煙突から煙が出ている! 誰か屋内にいるのよ。
水音もする・・・ 水道を使っているんだわ。 」
「 よし。 どこか開いているドアか窓は見当たらないか? 」
「 ええ・・・ ずっと見ているのだけれど。 ・・・あ。 灯りがついた! 」
「 そこから侵入しよう。 近づけばその気配が本当かどうかわかる。 」
「 判ったわ! それじゃ・・・ ずっと植え込みの陰を縫ってゆきましょう。 ― こっちよ。 」
「 よし。 防護する、屋敷内に集中してくれ。 」
「 了解 − 」
005は 003の背後を護り音も立てず、庭樹の間を進んでいった。
「 よし。 ・・・ 今度は上から失礼するか。 」
真っ暗な庭をジョーは表玄関からそろそろと回っていた。
「 ふん。 ここなら丁度角になるから少しは目立たないかな。 気休めかもしれないけど・・・ 」
― カサ ・・・・!
芝生の縁に植えてあった小菊が微かに揺れた。
次の瞬間 ジョーは地を蹴って 悠々と屋敷の屋根に立っていた。
「 ・・・ 上から見えても本当に普通の旧い家 なんだけどなあ。 ん? この風見鶏は・・?
あ ! しまった・・・! 」
ガクン・・・!っと彼の足元が ― 無くなった。
「 うわぁ −−−− ! 」
ジョーは闇の中を真っ逆さまの落ちていった。
「 く・・! 油断したな。 よし ・・・ 」
瞬時に加速した彼の目に映ったものは ― 奈落の底に累々と散らばった白骨・・・
不運な小動物たちや 忍び込もうとした盗人たちの末路がそこにあった。
「 ふん ・・・ なにか底に仕掛けがあるのかな。 ・・・ あ。 ここから侵入できそうだ・・! 」
ゆっくりと落下しつつ、ジョーは周囲を見定めていた。
底に降りた瞬間に 床を蹴り、彼は再び宙にとびあがった。
「 ・・・ ああ、ここだ、ここだ。 明りが一筋見えてから・・・ ヤ・・・! 」
途中の壁を蹴破ると ジョーは屋敷内に転がりこんでいた。
「 ・・・ ここは ・・・ 二階かな。 」
かなりの音だったので ジョーは身構えて左右を警戒したが ― 近づいてくる足音はなかった。
彼はちょうど廊下の真ん中に飛び出した模様で ぼんやりとした灯りが左右に並ぶドアを照らしている。
「 ・・・ かなりの部屋数だ。 ここに 誰か・・・いるのだろうか。 」
足音を消して 手近なドアに身を寄せる。 ぴたり、とドアに耳をつけてみたがなにも聞こえない。
鍵穴から覗く愚挙はさすがにしなかったが 彼はそうっとドア・ノブに手をかけた。
動く・・・ 開くぞ・・・!
そろそろと開けたドアの向こうには ―
「 な、なんだ?? なにも ・・・ ないじゃないか?! そんなバカな・・?! 」
彼の眼の前には、深遠な暗闇が広がってた。
それは灯りを落とした暗さ、などではなく もっと奥の深いそのまま地底にでも続くか、と思われる闇だった。
「 だってここは普通の部屋なはずだぞ。 ・・・ あ ・・・ 誰かいる・・・! 」
闇に落ち込むぎりぎり境界のところに 年配の女性がドアに背を向けてすわっていた。
「 ・・・ あの・・・ もし? 失礼します。 あなたはこの屋敷の方ですか。 」
ジョーは一歩踏みいると そっと声をかけた。
「 ・・・・・・・・・ 」
「 ? あの。 勝手に入ってすみませんが・・・ 教えてください? 」
「 ・・・・ ここは私の生まれ育った村よ。 世界で一番素敵な場所・・・ いつまでもここに居るの・・・ 」
「 ・・・? あの ・・・ 失礼ですが・・・? 」
「 ここには 皆いる。 親・兄弟も。 亭主も子供たちも みんな みんな・・・ 仲良く暮らしているわ。 」
「 ・・・ だめだ。 ぼくの声は聞こえていないし・・姿も見ていないんだ。 」
ジョーはそっと引き返しドアを閉めた。
この屋敷は ・・・ なにかの療養施設、なのかな。
いや、 さっきのマダムは ここには彼女と使用人だけだって言ってたし・・・
廊下に戻れば 使用人の姿もなく、静かな<夜>が続いている。
ジョーの侵入を知ってか・知らずか ・・・ なんの反応もない事が却って不気味さを増す。
彼はスーパーガンを構えつつ そろそろと廊下を進んでいった。
次のドアも。 次の次のドアも ― そして そのまた隣のドアも ・・・
簡単に開き 中には人影があった。 一人だけの部屋も、 数人の部屋もあったが
誰もが 幸せそうに、満ち足りた笑みを浮かべ、 ほう・・・っと宙を見つめていた。
「 なんなんだ? いったい・・・ このヒト達はどうしてしまったんだ? 」
この幸せに見える人々が 神隠し に遭った人々なのだろうか。
「 そうだ! あの客間は・・・ さっきもてなしてもらった部屋はどうなっているんだ? 」
角の部屋まで覗くと ジョーは反対側に階段をみつけゆっくりと降りていった。
あははは ・・・ きゃははは・・・
・・・ うわ〜い ・・・・ うふふふふ・・・・!
「 わ・・?! な、なんなんだ?? 」
甲高いコドモの笑い声がひびくと ― ジョーの足元を小さな影たちがぱたぱたと駆け抜けていった。
「 いま ・・・ たしかに あの影はぼくを突き抜けていった・・・? 」
たしかに足音が聞こえた。 笑い声もまだ天井辺りに響いている気がする。
少年の一人は トン・・! と軽くジョーの脚にぶつかってさえしたのだ。
しかし。 彼らの身体は見えないのだ。
「 ・・・ ば ・・・・ばかな・・・・! 」
ジョーは立ちすくむ脚を無理矢理に前に進め あの部屋の前に立った。
階下の廊下は明かりが落ちていて真っ暗だった。 月明りすら差し込んでいない。
「 ・・・ 確か この辺にドアノブが・・・ 」
「 あら。 どうぞ? お入りなさいな。 ・・・不法侵入者さん。 」
「 ・・・ !? 」
ジョーは瞬時にドアの脇に身を隠した。
「 おや。 誰かと思えば。 さあさあ お入り。 こちらのマダムもお許しくださっていますよ。
相変わらず引っ込み思案ですねえ、 島村君は。 」
・・・ 神父様 ・・・!? ・・・う、うそだ・・・そんな訳は・・・
ああ・・・ でも この声・・・ この言い方は 神父様だけの・・・
「 ほら、どうぞ? お茶が冷めてしまってよ? 今ね、こちらの神父様にアナタのことを伺っていましたの。 」
「 そうですよ、島村君。 君が私の誇りとなるよい <息子> だってお話していました。
さあさあ・・・・ 夜気はもう冷たいですから。 ドアを閉めて・・・ 君はこちらにいらっしゃい。 」
「 ・・・ し、 神父さま ・・・ ぼく ・・・ 」
見えない手が 隠されたチカラが ジョーの脚を、身体を押し出す。
引き止めるのと同じ強さの <誘い> に引き摺られ彼はとうとう敷居を跨いだ。
「 ・・・ 神父さま。 」
古風な暖炉には赤々と炎がおどり、温気と紅茶の香りがふわり・・・と彼を包む。
そして テーブルの向こうには。
かの妖艶な婦人とともに ― ジョーを育ててくれた人の笑顔があった。
カツ ・・・ カツ カツ ・・・
ジョーの脚は持ち主のなけなしの理性に逆らい、前へと進んでいった。
「 ・・・ おかしいわ。 本当に ココは ・・・ なんなの?? 」
「 003。 本当になにも 聞こえず・見えない のか。 」
「 ええ。 人の話声も足音も。ええ、寝息も時計の音さえ聞こえない・・・ いえ、音が無いの。
・・・ただ ・・・ わたしの耳に残るのは どこか・・・遠く? 風の囁きかしら・・・って思うほど小さい音
・・・ あれは 機械音・・・? 」
「 むう。 ・・・ この屋敷には人の気配がない。 自然に生きるものの気配を感じない。
空家ではないが感じるのは 空( くう ) だけだ。 」
「 ジェロニモ! 空 って・・・? なにもない、ということ? 」
「 ・・・ ブラック・ホールを知っているか。 宇宙の 穴 宇宙の 空 (くう) だ。
あれに似た感覚が この屋敷の中に、 いや、 この屋敷全体から感じる。 」
「 それじゃ・・・ この家自体がブラック・ホール・・・ みたいなモノなの? 」
「 わからない。 ― ここにあるのは 永遠の暗闇 、 こころの闇だ。 」
「 こころの ・・・ 闇・・? 」
「 そうだ。 」
「 その闇に落ち込んでしまった、というの? <神隠し>に遭った人々や・・・皆も、ジョー・・・も? 」
「 むう ・・・ 」
「 ・・・ あ? 待って! 今・・・そこのドアが 開いたわ。 」
「 ・・・ ? 」
「 誰も ・・・ 出てこないわ。 中は ― 普通のキッチンに繋がっている! ちょっと古風だけど。
誰もいない・・・ けど、 廃墟ではないわ。 つい・・・さっきまで人が使っていたカンジ・・・ 」
「 ・・・ 003? 」
彼女はするり、とドアの隙間から入り込んでしまった。
「 ねえ・・・ 聞こえる 聞こえるのよ・・・ 呼んでいるわ・・・誰かが・・・
ねえ アナタは ・・・誰? わたしを呼び寄せるのは・・・ お兄さん・・・お兄さんなのね・・・
今・・・行く、 はァい〜 お兄ちゃん 〜 わたし、帰ってきたわ! 」
― ドアが閉じて また 開いた。
そのほんの一瞬後に 005は屋敷内に足を踏み入れたのだが ― 彼の目の前に003の姿はなかった。
誰もいないキッチンの、 いやかつてキッチンであったであろう空間があるだけだ。
煤ぼけ、ホコリが積もり・・・ ネズミさえもすでに姿をみせず。 そこは完全な廃墟だった。
「 むう? 003?? 何処だ?! 返事をしろ! 003!? 」
・・・ カチャン・・・・!
強い声の衝撃に ヒビだらけのガラス戸が崩れ落ちた。
「 あら? ・・・ まあまあ・・・また新しいお客さまがいらしたようね。 」
− ガタン ・・・!
話の途中で この屋敷のおんな主人は唐突に立ち上がった。
「 え。 新しい ・・・ 客? 誰だろう・・・ 」
「 おお・・・ ああ、島村君のお友達ですよ。 可愛いお嬢さんで私はとても気に入っています。
・・・ 君は本当に果報者ですね。 」
「 ・・・ 神父様 ・・・ どうして・・・? 」
「 ほほほ・・・・ ほほほ ・・・・ さあ いらっしゃい。 わたくしの屋敷へ。 」
「 ジョー、 彼女を放してはいけませんよ。 そうです、ずっと! 」
「 ・・・・・・・ 」
「 ああ! ここに居たのね! 捜したわ・・・・ ああ、よかったわ・・・!
また 一緒に暮らせるわね、ええ、休暇を待ちわびているわ・・・ ああ 嬉しい! 」
ドアが開いて 彼女が飛び込んできた。
「 よかった・・・! やっと帰ってこられたわ。・・・こんなに遅くなってごめんなさい。
ものすごく遠くから、遠くの国の街から帰ってきたの・・・ ああ 疲れた・・・ 」
彼女は満面の笑みを湛えると ジョーの隣にぽすん・・・と座った。
「 怒らないで? ・・・やっと帰ってこれたのよ ・・・ ジャンお兄さん・・・ 」
「 ・・・!? 」
「 もう ・・・どこへも行かない・・・! 」
「 ・・・ほほほ・・・ ふふふ ・・・ 捕まえた! 捕まえたわ!! これで全員ね!
あはははは・・・・ とうとう虜にしたわ! 裏切り者のネズミたち!!! 」
「 な、なだってっ?? うわ〜〜 !! 」
― ガラガラガラ ・・・・!
突如 部屋全体が大きく傾ぎソファもテーブルも吹ッとんだ。
ジョーは咄嗟に隣に座っていた彼女を抱きかかえ部屋の隅に飛び退いた。
「 な、なんだ?? あ! 神父さま?? 大丈夫ですか・・・え? ああ??!! 」
「 しまむらくん し〜ま 〜 む ら くん 〜 ど〜う し・・・ た .・・・ね ・・・・・・ 」
「 ・・・神父様 ・・・・ 」
ジョーの目の前で 彼を育ててくれた人の姿は みるみるうちに崩れ溶け落ちていった。
「 やっぱり! 罠だったんだな! これは・・・まやかしだ!
お前は 何者なんだ!? 」
「 ・・・! く! お前!! お前の魂も取り込んだと思っていたのに!
騙されたフリをしていたのね! ・・・ ふん、まあいいわ。 その女と一緒に ・・・取り込んでやる!
お前たち全員の魂を吸い取り 永遠の闇の底に落としてさしあげるわ! ほほほ・・・・ ! 」
「 ・・・あ!? ど、どこだ?? どこへ・・・行った?! 」
たった今まで優雅な微笑を浮かべていた婦人は形相を一変すると ふっと姿を消した。
「 出て来い! どこにいる!? 」
「 ほほほ・・・・ ほほほ ・・・ わたくしは逃げも隠れもしていません。
ちゃんとアナタの目の前にいるでしょう? ・・・ おばかさん達ね、わざわざ飛び込んできてくれて。 」
「 ・・・目の前? 飛び込む・・・って まさか・・・ここが この屋敷が?? 」
「 ほほほ・・・そうよ、やっと気がついたのね。 この屋敷の全てがわたくし。
わたくしの支配下にあるのよ。 魂は エネルギーの源・・・ふふふ ・・・ ほほほ・・・さあ、誰から食べてやろうか・・・ 」
「 ・・・くそ・・・! 」
ジョーはスーパーガンを抜き 四方を撃ち抜いたが ― レーザーのパワーは壁に炸裂はしなかった。
光線は そのまま・・・闇に吸い込まれてしまった。
「 そ、そんな ・・・バカな・・? 」
「 ほほほ ・・・ ほほほ ・・・ エネルギーを パワーをありがとう。 ゴチソウサマ・・・可愛い坊や。
さあ、ひとりづつ、パワーに満ちた特別活きのよい魂を いただくとしましょう。
ほほほ ・・・ほほほ・・・ あっははは・・・・! 」
「 くそ・・・ッ! あ・・?? 」
バチン・・!と全ての明りが落ち その部屋は真の闇になった。
「 ・・・ 兄さん? どこ・・・? 」
「 ?! ここにいるよ! でも・・・ ぼくはきみの兄さんじゃない。 」
「 え? そんなウソ言ってからかうつもりでしょ? だ〜めよ、ちゃんと判るんだから・・・
ほうら・・・捕まえた♪ これは ジャン兄さんの手だわ。 ね? そうでしょ。 」
細い指が ジョーの手を探り当て縋りついてきた。
「 003? ぼくだ、ジョーだよ。 怪我はないかい、他の皆はどうした?きみは005と一緒のはずだよね。」
「 ・・・ なあに? お兄さんってば 今日はなんだかヘンよ?
ああ、疲れたのね? いいわ、美味しい オ・レ を入れましょう。 そうそう・・・マドレーヌ、焼いたの。
マロン・ペーストを入れたの、好きでしょ、兄さん・・・ ほら、ここれよ? 」
「 おい? しっかりしてくれ。 ここは ・・・ きみの、きみとお兄さんのアパルトマンじゃない。
ここは ・・・ 矢吹町13番地。 ぼく達はコズミ博士を捜しにきたんだ。 ミッションなんだよ! 」
ジョーは彼女の肩を抱き、 正面からしっかりと見つめた。
闇の中、ほんのりと白く彼女の顔が浮き上がる。
「 思い出してくれ・・・! 」
見つめた碧い瞳は ― 闇の中空をほう・・・っと見つめたままだ。
「 コズミ ・・・ 誰ですって? ― 知らないわ。
ほら オ・レがはいったわ。 はい、兄さんのお気に入りのカップ・・・ ア、溢さないでね。
ああ・・ ここは静かでいいわね・・・ ずうっと。 ずうっと・・・こうやってここの居たいわ・・・ 」
ジョーの腕の中に 彼女の身体がふんわりと寄りかかってきた。
「 おい! ・・・ しっかりしてくれ! ああ・・・こんなに汗が・・・ あ、そうだ! きみのハンカチ・・・ 」
ジョーは胸のポケットを探り、収めてあったハンカチを引っ張り出した。
「 ほら これ。 覚えているだろう? ・・・一緒に紅葉を眺めたよね、あの後のカフェで・・・
きみが貸してくれた・・・ ほら? 」
「 ・・・ え ・・・ ああ ・・・このハンカチ、わたしのコロンの香りが ・・・ あら 違う香もするわ
あ・・・? なにか・・・・ 落ちたわ? カサコソ って・・・ 」
「 ? あ・・・ああ! これ。あの時、きみが拾っていた紅葉だよ!
こっちは ・・・ いてて・・・ きみの髪の付いていた松葉だ ・・・ ほら、綺麗だね。 」
「 もみじ・・・? まつ ば・・・? 」
「 そうだよ。 さわってご覧。 ほら ・・・ 裏山の秋の音がするよ。 」
「 ・・・ 秋のおと ・・・ そう・・・ 綺麗な赤や黄色だったわ・・・
わたし、見とれてたの。 ・・・ でも 本当はこっそり。 こっそり 一緒にいるヒトのことばかり考えてた・・・
景色に夢中になっている ・・・フリして。 見とれているフリして。
わたしのこころの中は ・・・ 隣に座っていた ・・・ ヒトでいっぱい・・・ 」
パタ ・・・ パタ パタ・・・
ジョーの手に熱い水が ― 彼女の涙が落ちる。
「 わたし ・・・ 過去から来たわたしは ・・・ 眺めていることしかできない・・・ 」
ジョーは 腕の中の女性 ( ひと ) を抱き締めた。
「 ・・・ フランソワーズ −−−−−! 」
「 ・・・ え・・・? 」
「 愛してる、愛してるよ・・・! きみだけだ、きみだけ・・・! 」
「 ・・・ ジョ ・・・ ジョー・・?? あ・・・ 」
ジョーは愛しい人に熱く・熱く口付けをした。
「 ・・・ ぎゃあ 〜〜〜〜 !! ううううう ・・・・!
縛っていたチカラが・・・ チカラが・・・・ 効かない・・・・!!! 」
突如、不気味な悲鳴と共に この大きな洋館がびりびりと震え出した。
「 うわぁ〜 !! な、なんだ?! 」
「 きゃあ .・・・! 床が うねってるわ・・・! 」
「 危ない! ぼくから離れるな! 」
「 待って! ・・・ 見えるわ・・・ あ! 壁が迫ってくるわ! 天井のシャンデリアが・・・落ちる! 」
「 ふん、総攻撃ってわけだな。 ようし・・・ こっちから破壊してやるぞ。
いいかい、四方に向けてスーパー・ガンを撃ちこむんだ。 ・・・ 003! 」
「 了解! ・・・ あ・・・でも、ね。 」
「 ?! なんだい、どうした? 」
「 あの・・・ もう一度 ・・・ 名前で呼んで・・・ 」
「 ! ・・・ それはあとのお楽しみ! ・・・ 行くぞ!
この屋敷を壊せば。 きっと皆 ・・・ <神隠し>にあった人たちも、解放されるんだ。 」
「 わかったわ! それじゃ・・・ 行くわよ!! 」
「 おっと・・・ ぼくも負けないからな! 」
2人は背中合わせになり 四方の壁に、天井にスーパーガンを撃ちこんだ。
「 ― ふふふ・・・ ふふふ・・・・ おばかさんたち。
屋敷を壊してどうするの? こんなの、ただのイレモノなのに。
ふふふ ・・・ ふふふ・・・・ 魂たちはわたくしが持っているのよ・・・ ははは ・・・ ははは・・・! 」
ザザザ −−−−−
衣擦れの音が2人の横をすり抜けてゆく。
「 ジョー・・・! ほら! あの女性 ( ひと ) ! 逃げてゆくわ・・・! 」
「 あ・・・! 追いかけて捕まえるんだ! 」
「 ええ。 あ・・・外に出るわ! 」
「 ようし・・・! 」
「 あ! 加速しては・・・ダメよ! あのひと、 魂を みんなの魂を持っているって・・・
本当かどうかわからないけど・・・でも・・・ 」
「 わかったよ! 行こう! 」
2人は破壊した部屋を飛び出した。
― あ ・・・・!
先ほどまで穏やかな光に照らされ、優雅な雰囲気に包まれていた洋館は一変していた。
壁は崩れかけ、天井は破れ ・・・ 割れた窓からはひゅうひゅうと夜風が吹きこんでいる。
そこは ただの廃屋だった。
「 ・・・ ジョー! 早く! 」
「 ああ。 外へってどっちへ行ったんだ? 」
「 花壇を抜けて ・・・ あ! 墓地の方よ! 」
「 よし! 」
「 ほほほ・・・・返すものか! ほほほ・・・ 全部の魂をつれてゆくわ! 」
「 待てーーー! 」
2人は婦人を追って墓地の中に駆け込んだ。
「 ほほほ・・・ ここから出てしまえば・・・ わたくしの勝ち、ね。 ほら もうすぐ・・・ 」
「 ・・・く! 加速 ・・・! 」
「 ジョー! 待って! ・・・ ほら!? 」
「 ・・・ え? 」
― ・・・・ あ??! きゃあ〜〜〜!!
ある大きな墓を踏んだ時。 彼女は脚を捕まれ、ぴたりと止まってしまった。
「 !! なに??! わたくしの邪魔をするのは?? 」
「 ・・・ リリ − ・・・ 」
「 ・・・ あ あなた・・・! 」
「 どこへ行っていたのだ。 私はずっと・・・ここで君を待っていたのに。
君は 君の魂は一向に訪れてはくれなかったね。 」
「 ああ・・・ ああ、あなた・・・! あなた・・・わたくし、どんなにお待ちしていたことか・・・! 」
「 君を護ってやれずに・・・悪かったね。 さあ、おいで。 これでやっと・・・一緒に眠れる・・・ 」
「 ええ、ええ・・・あなた。 愛しています、いつまでも・・・ 」
「 ああ、私もだ。 死してなお・・・ 永遠に君を愛する・・・・ 」
「 ああ ・・・ もう ・・・ もう淋しくないわ・・・ 一人じゃないのですもの・・・
これは ・・・ 空に還しますわ ・・・ 」
「 そうだね、 そうしたまえ。 」
「 ええ ・・・あなた。 」
婦人は ほう・・・っと両手を宙に広げた。
その瞬間 ― なにかキラキラしたあぶくが 沢山のあぶくが 一斉に宙に舞い上がり・・・そして消えた。
「 ・・・ これでいいわ。 あなた・・・ 」
「 ああ。 もう離さない。 」
抱きあう男女の姿は すう・・・っとその墓碑の中に消えていった。
「 ・・・ 見えた? 」
「 うん・・・ 幻、じゃないよな・・・ 」
「 ! ・・・ ここ。 このお屋敷のご主人のお墓だったのね・・・ 」
「 ああ ・・・ ずっと 待ってたんだ、彼も・・・ 」
「 そうね。 ずっと ずっと・・・ね。 」
ジョーとフランソワーズは いつの間にかしっかりと寄り添い夜空を見上げていた。
「 ・・・ お〜〜い・・・! 009? 003〜〜〜どこだア〜〜 」
「 皆無事だぞォ〜〜! 」
「 あ。 アルベルトよ! ・・・ ピュンマも グレートも。 あ、ジェロニモがジェットを担いでいるわ! 」
「 皆 <帰って>きだんだね。 」
「 ええ。 行きましょう! 皆のところへ! 」
「 ああ! 」
ジョーは ぱっと手を差し出し彼の愛しい人の白い手を待った。
するり、と細い手が彼の掌に収まる。
「 ・・・ 行こう。 」
「 ええ。 」
・・・ いったい 囚われ人 は誰だったのか。
ジョーとフランソワーズは 屋敷の朽ちてゆく音を背後にききつつ足早に去っていった。
― ザザザ −−−−−−
目の前に広がる海は華やかな季節を過ぎ どこか波音までひそやかになってきた。
海辺に砕ける波も もう2人の足元を濡らすことはない。
悪戯な風が ひゅるり・・・とセピアと亜麻色の髪を揺らしてゆく。
「 でもね。 ジョーはどうして・・・ あの屋敷に取り込まれなかったの?
あの ・・・ 思い出の空間 ― 本当に居心地がよかったの・・・
皆もね、そうよ、アルベルトも苦笑していたわ。 ちょっと惜しい気もするな、って。 」
「 ぼくには 空間のまやかしは 見えなかったんだ。 」
「 え? ・・・でも・・・ ジョーもあの部屋にいたでしょう? そう・・・神父様がいらしたわ。 」
「 うん。 カタチは・・・ぼくを育ててくださった神父様だったよ。
でも。 中身が違ってた。 あの婦人はぼくの今のこころを読んで <神父様>を作ってたんだ。
神父さまにとって ぼくはいつだって 小さな・ジョー だった・・・ 島村くん、じゃない。 」
「 まあ。 あなたの <思い出> を手繰ったのではなく? 」
「 ・・・ ああ。 思い出は全て燃えてしまった。 ぼくのこころからも・・・・
だから ぼくを取り込むための幻影が作れなかったんだろうね。
ぼくには もう・・・待つ人がいないから。 」
ジョーは足元の小石を握ると すいーーーっと海に投げた。
「 ジョー 。 あなたが還るのは ここ よ!
わたしが いるわ。 わたしが あなたの帰りを待っているわ。・・・いつも、いつも よ! 」
「 ・・・ うん。 そうだね。 そうだよね。 」
「 ジェロニモが言ってたわ。 彼もね、まやかしの空間が見えなかったのですって。
それで 還る場所は ・・・ ココにある、って。 自分の胸を差していたの。 」
「 そうか・・・。 うん・・・
そういえばコズミ博士も幻影には惑わされなかったので眠らされていたそうだよ。 」
「 ご無事で本当によかったわ。 」
「 うん。 さあ そろそろ帰ろうよ。
今夜は張大人が腕をふるってくれるって。 」
「 ええ・・・ 帰りましょう。 わたし達の家へ・・・ 」
「 うん・・・ 」
「 あ。 ねえ・・・? 」
「 なに。 」
「 お願いがあるの。 ・・・ ちゃんと名前、呼んで・・・ 」
「 う、うん。 ・・・ フランソワーズ。 」
満面の笑みがジョーに向けられ ― 恋人たちは寄り添って歩んでいった。
************************** Fin. **************************
Last
updated: 10,13,2009.
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************** ひと言 *************
あは・・・・ や〜〜〜〜っと終わりましただ・・・・ だは〜〜〜
ううう・・・もうちょいと書き込みたかったので もしかしたら加筆・訂正するかもしれませんが・・・
とりあえず、今回はこんなトコで。
え〜〜 ジョー君は照れ屋ってか気後れ?して フランちゃんを名前で呼べなかった模様(^_^;)
一応、平ゼロ設定ですが ・・・ 原作っぽさも出したかったなあ・・・ 難しい〜〜!!!
ともかく! めでたし・めでたし♪
・・・でもさ、幸せ時間・思い出に浸っていられる、なんてちょいとウラヤマシかも・・・・
ご感想の一言でも頂戴できますれば 感謝感激〜〜 デス<(_
_)>