『 足し算 掛け算 ― (2) ― 』
ポッポウ ポッポウ ポッポウ ・・・・
居間の大きな鳩時計が 日付が変わることを教えてくれた。
「 ・・・ ん ? ああ もうそんな時間 か。 」
ジョーは 広げていただけの新聞から顔をあげ、溜息をついた。
彼は最近仕事が多忙すぎ < そんな時間 > に やっと帰宅することも多い。
日付が変わるころに夜食のテーブルについていたりもしている。
だからそんなに遅いとは感じていないが ・・・・ 我が家でこんな気分が重いことはなかった。
「 まいったなあ ・・・ すぴか が さあ ・・・ 」
ふうう ・・・・ 彼はもう一度ふか〜く吐息をついた。
「 気がついてやらなかった、ってのはマズいよなあ ・・・ 」
― カチャ。
リビングのドアが開き、フランソワーズが入ってきた。
「 ・・・ あ ・・・ どうだい? 」
「 ええ ・・・ やっと寝たわ。 」
「 そう か 」
「 ジョー・・・ ごめんなさいね、 せっかく早く帰ってきた日だったのに ・・・ 」
「 いや。 むしろ早く帰ってきてよかったよ。 」
「 でも ・・・ 」
「 いいんだって。 しっかし なあ ・・・ ショックだったよ、正直いって。 」
「 ・・・ ジョー ・・・ 」
フランソワーズは すとん、と彼女の夫の隣に座った。
いつもぴん!っとアイロンが掛かっているエプロンがシワだらけになっている。
裾の辺りは特に濡れている部分もあり くしゃっくしゃだ。
「 ずっとね ・・・ わたしのエプロンを握ったままで放さないのね。
眠るまでず〜っとここにいるわよ、って何回も言ったんだけど ・・・ 」
「 ・・・ そうか ・・・ すばるは? 」
「 今夜はすぐに寝ちゃったわ。 それは 助かったけど ・・・ 」
「 そっか ・・・ ぼく達 ・・・ すぴかのなにを見ていたんだろうね ・・・
いつも元気なしっかりモノ、 さすがアネキだなあ〜って褒めるばっかりで さ。
アイツの本当の気持ちとか希望とか 察してやろうともしてなかった ・・・ 」
「 それはわたしも同じよ。 お稽古の日はすごく機嫌がいいのを 当たり前と思っていたもの。
すぴかはバレエが好きなんだって単純に決めつけていたわ。 」
「 ・・・ ぼく さあ。 ホント、ショックだったよ。 」
はあ ・・・っとまたひとつ、大きな吐息をついて、ジョーはソファの背に凭れかかかる。
「 あのすぴかがさ。 ぼくの顔みて ぼろぼろ泣くんだもんな ・・・
アイツ、人前じゃぜ〜〜〜ったいに泣かないのに。 転んでもケンカしても、だよ?
いつだって ぼくの顔みればおとうさ〜〜ん! って笑顔で飛んでくるのに・・・ 」
「 ごめんなさい ジョー。 やっぱりわたしが迎えに行けばよかったのよ。 」
「 代わるって言ったの、ぼくだぜ? でも むしろ代わってみてよかったんだよ。
それにさ ・・・ それだけの問題じゃない、と思う。 」
「 そう ね そうだわね。 ・・・ わたし、 あの子達のこと、平等に扱ってきたつもりよ?
・・・っていうより、 差別なんかする必要、ないじゃない?
すぴかは すぴか なんだし すばるはすばるだわ。 別々の人間だもの。
たまたま同じ日に生まれてきただけよ。 」
「 ぼくだってさ。 ・・・ けど。 ウチのお嬢さんはそんな風には感じていなかった ・・・
というよりも、 バレエの日は どうしてもお母さんに迎えにきてほしかった。 」
「 それは ・・・ いつもの習慣だから ・・・ 」
「 その習慣がたま〜に破られたからって だけであんな風に泣くか?
帰ってからず〜〜〜っときみにしがみ付いてたじゃないか。 」
「 それは ・・・ そうなんだけど。 ああ わたし、ますますあの子がよくわからない・・・ 」
「 ・・・ 放っておいていい問題じゃないよな。
フラン ・・・ ぼくは さ。 ぼくの子供たちに 淋しい想いはさせたくない。
特に親の愛情の問題では ね。 」
「 ・・・ ジョー ・・・ 」
フランソワーズは はっとして彼の顔をみた。
「 これはぼく自身のポリシーだからな。 」
「 ・・・ ごめんなさい ・・・ 」
「 ぼくに謝る必要はないよ。 ごめんなさい、はむしろすぴかに言わなくちゃな。 」
「 ええ ・・・ 」
「 ま しばらくよ〜〜くアイツを見て ぽつぽつでいいからアイツの言い分を聞いてやってくれ。
ぼくも出来る限り アイツらが起きている時間に帰るから 」
「 ・・・ ごめんなさい ・・・! わたし ・・・ 母親失格だわね 」
「 そんなことない。 これからどうするか が母親の、いや ぼくら親のウデの見せ所さ 」
「 ・・・ そうね ・・・ わたし自身 よく考えてみるわ。 」
「 うん。 ・・・ さあ もうぼく達も休もうよ。
あああ ・・・せっかく張り切って晩御飯作ってくれたのになあ・・・ ごめんね。 」
「 また作るわ。 皆で楽しく笑いながら食べる晩御飯 がいいもの。 」
「 そうだね。 あ 明日の朝はさ、 フランはすばるの面倒はみなくていいよ。 」
「 え ・・・ ジョーが面倒みてくれるの? 」
「 ・・・ まあ 見ててくれよ。 あ 怒鳴るのは構わないよ。 早く 早く〜〜! ってさ
毎朝きみのあの声がしないと ど〜も ウチっぽくないよ ホント ・・・ 」
「 だって! あのコったら ほっんと〜〜〜〜〜〜に のんびり屋なんだもの!
・・・ もしかして ジョー・・・? アナタもあんな感じだったの?? 」
「 え? ・・・ う〜ん ・・・ どうだったのかなあ あんまり記憶はないんだ。
っていうか。 集団生活だったからね、周りの動きに巻き込まれてたって感じかな。 」
「 そう・・・ ごめんなさい、ヘンなこと聞いて。 」
「 なんで? 謝る必要なないよ。 」
「 ・・・ そうだけど ・・・ ね、ジョーって成績優秀だったのよね。 コズミ博士から伺ったわ。
勉強、好きだったのでしょ? 」
「 あ は・・・ 純粋に勉強好きってのとはちょっと違うなあ。
ぼくらはさ、 保護者である神父さまと一対一でゆっくり話せるのって 成績表を見せる時くらい
だったんだ。 その時だけは 神父さまを独り占めできるんだ。
だから 喜ばせたくて ・・・ 褒めてもらいたくて 勉強、頑張ったんだな。 」
「 ・・・ それって ― すぴか も・・・? 」
「 まあ そこまで屈折してないと思うけどね。
ただ バレエはすぴかとお母さんだけの大切な世界、なんだろうな。 」
「 ・・・・・・ ! 」
「 おい? ・・・ 泣いているのか。 」
ぽと ・・・ ぽと ぽと ぽと ・・・!
ジョーの腕に水滴が落ちてきた。 止まらずに落ちてきて ― 彼のシャツをぬらす。
「 ・・・ ええ ええ! 泣いているわよッ
わたし、自分自身の鈍感さ加減に腹が立って! なんてバカな母親なの??
すぴか ・・・! ごめんね ごめんね ・・・ 」
「 フラン ・・・ 」
ジョーはそっと彼の細君を抱きよせた。
「 わたし。 ずっと ・・・ すぴかはバレエのお稽古が好きなんだって思ってたのよ!
だからお稽古の日は機嫌がいいんだ・・・って わたしの娘もバレエが好きなんだ・・って!
わたしと同じなんだ、って・・・ 」
「 フラン ・・・ 」
「 ひどい母親よね ・・・ 自分の娘の気持ちなんてちっともわかってなくて ・・・
ううん、知ろうともしないで ・・・ 勝手に決め付けて満足してたのよ。 」
「 フラン、それはぼくだって同じだよ。 」
「 ・・・ ううん ちがうのよ。
わたし ね。 赤ちゃんの頃から ・・・ なんとなくすぴかが苦手だったのね。
ううん、可愛くない、とかいうのとは違うの。 あのコはわたしの大切な娘。
でも ね ・・・ なんていうのかしら ・・・ よくわからない・・・っていうの?
なんか自分とこう・・・ちがうなあって気持ちが強くて。
待ちに待っていた女の子だっていうのに! わたし、なんて母親なのかしら・・・! 」
「 そんな風に思っちゃいけない。 万能な親なんていないよ。 」
「 でも ・・・! すぴかの母親なのよ? あの子を産んだのはこのわたし なのに ・・・ 」
フランソワーズの声は嗚咽に近くなってゆく。
「 さあ ・・・ そんなに泣かないで。
ぼく達がすることは ― 明日っからまたすぴかが笑っていられること。 そうだろ? 」
「 ・・・ そう ね ・・・ そうよね。 」
「 そのためにも 今晩はゆっくり休もうよ。
ぼくらがささくれた思いでいたら ― アイツは敏感に感じ取ってしまう。
いつもの通り ― おはよう! ってキスしてやらなくちゃ。 」
「 ・・・ ええ ・・・ ああ ジョー ・・・? 」
「 うん なに? 」
「 あなたがいてくれて ・・・ よかった・・・! 」
「 ぼくはいつだってきみの側にいるよ? ず〜っと前から そして これからもず〜っとね。 」
「 ・・・ ん ・・・ 」
二人は見つめ合い ゆっくりと唇を合わせ ― 深いふかいキスをした。
タタタタ ・・・・ッ ! いつもの朝と同じ、軽快な足音が聞こえてきた。
− バン ッ!
「 おっはよ〜〜! お母さん ! 」
リビングのドアが開きすぴかが元気に駆け込んできた。
「 おはよう すぴかさん。 」
フランソワーズは いつも通りの笑顔で娘を抱きとめ ちゅ・・・っとほっぺにキスをする。
・・・ ああ よかった ・・・! いつもの笑顔だわ ・・・
目も赤くなってないし ・・・元気みたいね
「 うふふ〜ん♪ ねえねえ お母さん、 朝ごはんさあ、トーストにフリカケ、かけてもいい? 」
「 え ・・・ いいけど ・・・ 」
「 わい♪ いっぺんやってみたかったんだ〜〜♪ 」
「 はいはい それじゃ先にお顔を洗っていらっしゃい。 」
「 は〜〜い♪ あ! お父さん〜〜 オハヨ! あれ〜 早いね〜 」
「 おはよう すぴか。うん お父さんもたまにはすぴか達と一緒に朝御飯 食べようと思ってさ。 」
「 うわ〜〜い♪ 」
ダダダ −−−−! すぴかはバスルームに走っていった。
「 ・・・ よかった。 いつものすぴかだな。 」
「 ええ ・・・ ふふふ いいわねえ 子供は。 あんなに大泣きしても翌朝に目が腫れたり
しないのねえ ・・・ 若さの勝利ってことかしら 」
「 あはは そうかもな。 さ〜あて ・・・ のんびり息子を見てくるか 」
「 お願いね、 一応はすぴかが起こしているはずなんだけど 」
「 どうせ そのまま寝てるんだろ 」
ジョーは 子供部屋の方を見上げて溜息をついた。
「 ・・・ オハヨ〜〜〜 ・・・ わあ〜 お父さんもいっしょだあ〜♪ 」
すばるがやっと朝食のテーブルの前まで来た時には 他の家族はもう食べ終わっていた。
「 すばる! 早くしなさいッ! 遅刻しますよ 」
「 おはよう、すばる。 早く食べないと遅刻だぞ。 」
「 うん。 お父さん、今日はお休み?」
「 いや。 たまには皆と一緒に朝御飯、食べよう〜って思ったんだけど。
すばるがなかなかこなくて がっかりだなあ 」
「 え へへへ ・・・・ 」
相変わらずの にこにこ笑顔 ・・・ すばるは何も考えていないらしい。
「 ほら 早く! 」
お母さんの声がだんだん高くなってきた。
「 うん。 あ すぴかはぁ〜〜〜 ?」
「 すぴかはもうとっくにごはんを食べて 登校したわよ。今朝は朝礼で全校縄跳びなんでしょ?
すぴかは早く行って お友達と練習するのですって。 」
早く食べるのよ! と言って お母さんはキッチンに行ってしまった。
「 え ・・・ あ〜 ・・・そ〜だったかなあ〜 あ お母さ〜ん、僕のパンは。 」
「 眼の前にあるだろう? 」
ジョーが パン皿をずず・・・っとすばるの方に押した。
確かにそこには少し冷めたトーストが乗っかっている。
「 ・・・ これ? 僕ぅ〜〜 ジャムとォ はちみつ、がいいな〜 」
「 それもここにあるぞ。 」
とん。 とん。 ジョーはジャムの瓶とはちみちの容器を すばるの前に置いた。
「 へ? ・・・ おか〜さ〜ん ジャムとはちみつ、ぬって〜〜 」
「 お母さんは洗濯モノを干しに庭だよ。 ほら はやく食べろ、遅刻だぞ! 」
「 ・・・え ・・・ う うん ・・・ 」
すばるは仕方なく ジャムの瓶にスプーンを突っ込みでろでろと苺ジャムを取り出した。
はっ はっ はっ ・・・ カッチャ カッチャ ・・・
朝からへろへろになった息使いにランドセルの音が混じって ・・・ 道を駆けてゆく。
行き交う地元に人達は 微笑を送る。
おや ・・・ すばるクン、遅刻かなあ〜〜
ふふふ ・・・ 大丈夫かな? ああ お父さんが一緒だから安心ね
お〜〜 坊主〜〜 頑張れよォ〜
真っ赤な顔で必死に駆ける小学生の後ろには よく似た青年がゆるゆると伴走していた。
「 おい ・・・ すばる? 学校に着いたら 顔・・・ 拭けよ? 」
「 はっ はっ はっ ・・・ な なに ・・・ おと〜さん ・・・ 」
「 あのな。 ほっぺたにジャムがついてる。 手もべとべと だろ? 」
「 はっ はっ はっ ・・・お おと〜さん ・・・ やっといて・・・! 」
「 ・・・ってなあ〜〜 」
すばるは ギリギリセーフ ! で校門に飛び込んだ。
門の前では 交通指導員さんが笑顔で迎えてくれた。
「 はい、 間に合ったよ、すばるクン! 」
「 おはようございます〜 」
「 おはようさんです、 おお すばる君のお父さんですか。 送っていらした? 」
「 はい ・・・というより一緒に走ってきました。 」
「 あはは それはいい! どうもお疲れさまでした。 」
「 いえ ・・・ ではどうぞヨロシク・・ 」
ジョーはぺこり、とお辞儀をして ― 門の側ですぴかがぶんぶん手を振っているのに気がついた。
「 お〜〜 すぴか〜〜! 今日も頑張れよ〜 」
「 うん! お父さんもね〜〜会社 がんばって〜 ねえねえ すばるは?? 」
「 今 来たよ。 遅刻はなんとかしなかった。 」
「 そっか〜〜 よかった。 あ チャイムだ〜 じゃね アタシ、ちょうれいだから〜 」
「 おう。 しっかりな〜 」
「 うんっ ! ばいばい〜 お父さん〜〜 ♪ 」
「 ばいばい すぴか〜 ・・・ ああ よかった。 いつものアイツだなあ・・・ 」
ジョーは娘のまったく屈託のない笑顔に ほっとした。
昨日の涙はすぴかにとってよい方向に流れてくれたのだろう。
「 ごめんな ・・・ すぴか。 お前の気持ちに気付いてやれなくて ・・・
そして すばる〜〜〜 お前、ちょっと鍛えてやらんとなあ〜 ・・・ 」
ごき ごき ・・・ ジョーは首を回し ちょいとストレッチをしてから今来た道を走りだした。
余所目には <お父さん> が やれやれ・・・と走り始めた風に見えるだろう。
勿論 ジョーは全然疲れてなんぞいない。 気持ちの重さも今のすぴかの笑顔でかなり救われた。
「 ・・・ う〜〜ん ・・・? 今後 どう持ってゆくか ・・・だな ・・・ 」
のんびりとジョギングしつつ あれこれ考えを巡らせてみる。
すばるの にこにこ ・・・って すげ〜魔力あり、だよなあ・・・
ついつい手を貸してしまうフランの気持ち、わかるよ〜〜
― アイツ ・・・ 将来 タラシにならんといいが ・・・
すぴかだって気の毒だよなあ・・・
<お姉さん> ったってほんの数十分の差 だものなあ・・・
― 将来 姉さん女房で苦労するんじゃないか ・・・
ジョーの悩みは どうも妄想の域に達してしまっている。
いつも弟の先に立ってどんどん行動する娘を見るのが好きだ。
時に横暴アネキであっても <外敵> にからは弟をしっかりと護っている。
幼稚園時代は すばるにちょっかいを出す相手と<闘って>いた。
そんな 強いすぴか が ジョーは大好きなのだ。
ふふふ ・・・ だってさ。 もうフランそっくりなんだもの・・・
フランってば自分と性格が全然ちがう、なんて言ってるけどさ、
本当はそっくりなんだもんな〜〜
おっとりしたすばるの笑顔 ― これはもう強烈に憧憬を感じている。
彼自身 記憶にある限り少年時代にあんな風に笑えたことなど ない。
息子の笑顔は 親のジョーから見えても十分に可愛らしく・心が和む。
ちょっと羨ましいなあ ・・・ アイツに悩みなんてないんだろうなあ
そりゃ いろいろ問題はあるけど さ。
ずっと アイツがあんな笑顔ができる環境であって欲しいな
自分ができなかったことを息子にやってほしい ・・・ これは彼の親としての気持ちなのだ。
「 う〜ん ・・・ しかしこのままって訳じゃダメだし なあ ・・・ 」
タッ タッ タッ ・・・・ タッ ・・・・ タッ ・・・・
ジョーの足取りはどんどんペース・ダウンしていった。
「 ・・・ん? あ〜 オトウサン、疲れてますな〜
イケメン・パパも そろそろオジサンか・・・ あ 転んだ ・・・ 」
校門周辺を掃除していた交通指導員さんは しっかり見ていた ・・・
タタタタタ −−−−−− !!! ダ −−−−!!!
メトロの駅からはもう思いっきりのダッシュ! だった。
― 加速そ〜〜〜ち!!! フランソワーズは大真面目で心の内で唱えていた。
「 ち 遅刻しちゃう〜〜〜〜 !! 」
大きなバッグを抱えなおし。 き!っと前方を見据えて。
003はBGの基地目指して じゃなくて、 フランソワーズは通っているバレエ団めざして
真剣勝負で走っているのだった。
今朝はのんびり息子の世話は ジョーが引き受けてくれた。
フランソワーズは 娘の髪を丁寧に梳いてゆっくりとお下げに編んでやった。
「 おか〜さん? なんか今日はゆっくり、だね〜 」
「 え・・・ あ あら そう? 」
「 ウン。 いっつもさ〜 きゅきゅきゅ〜って編んでくれるのに。 」
「 そ そう? いつもと同じに編んでいるつもりだけど・・・ 」
「 ううん〜〜 ちがう〜 ねえ! もっとぎゅ!ってして〜 」
「 え ・・・だってそれじゃお下げがぴん!って跳ねてしまうわよ? 」
「 いいの〜〜 ふにゅうってしていると 走ったりするとぐしゃぐしゃになっちゃうもん。
きゅ! っとあんで〜 いつもみたく。 」
「 はいはい わかりましたよ ・・・ 」
フランソワーズは苦笑しつつ手早く娘の髪を編みなおし ― 注文どおりピンピン跳ねるお下げにした。
こんな風景、 ず〜〜〜っと夢みていたのよねえ ・・・
今日は何色のおリボンがいい?
あのねえ ママン、 すかーとと同じピンクがいいわ。
そうね ほら これは どう? ピンクのレエスよ。 まあ 可愛い〜〜
うふふ・・? メルシ ママン 〜〜〜
・・・ なんて会話がしたくて ・・・
溜息を飲み込んでみつめる彼女の娘は ― ジーンズのショート・パンツに水色のTシャツ・・・
トレーナーを腰に巻いて 肩のところで亜麻色のお下げが二本 跳びはねている。
― スカート はキライなんだそうだ・・・
「 これで いい? 」
「 うん! あ ねえ すばるってば まだ〜〜?? 」
「 ああ 今朝は先に行っていいわよ。 ゆみちゃん達と縄跳びするのでしょう? 」
「 う ・・・ん ・・・ そうなんだけど ・・・ すばるは? 一人で登校するの? 」
「 下の国道まではお父さんが送ってゆくわ。 」
「 あ〜〜〜〜 いいなあ〜〜〜 いいなあ〜〜 すばるぅ〜〜〜 」
「 あら じゃあすぴかさん、待ってる? 」
「 ・・・ う う〜〜ん ・・・? 」
「 早く行って縄跳びするのでしょう? 」
「 う うん ・・・ でも ・・・ 」
「 それじゃね、 お母さんと一緒に国道まで行きましょ? 」
「 え!? だって お母さん すばるのこと、 早く! って言わなくていいの? 」
「 今朝はお父さんにお願いしちゃったの。 だからすぴかさんと一緒に行けるわ。 」
「 やったァ〜! え えへへへへ・・・・ じゃ 大急ぎで用意してくるね〜〜 」
「 ええ お玄関で待っているわ。 」
「 うん! 」
ダダダダ ・・・! すぴかは子供部屋へ突進して行った。
「 はぁ はぁ はぁ ・・・・ うううう〜〜〜 いつもよりずっと早起きしたのに〜〜
すばるの面倒はジョーが引きうけてくれたのに〜〜〜 」
フランソワーズは文字通り髪を振り乱して 走る! 都心近くの瀟洒な街の舗道を駆ける!
今朝は娘とおしゃべりをしつつ 途中まで送っていった。
「 ねえ すぴか。 昨日のお稽古、どうだった? 新しいパ、習ったの? 」
「 え〜 ・・・ あ! お母さん、走るよ〜〜 」
家の前、門を出て少し坂を下ると 娘がつんつん・・・エプロンを引っ張った。
「 走る?? この ・・・坂を? 」
「 そ! き〜もちいいよ〜〜〜 いっせ〜のォ せっ!! 」
「 え??? ああ あ 待って まって すぴかさ〜〜ん 〜〜〜 」
「 うわ〜〜〜〜〜〜いぃ 〜〜〜〜 ♪ 」
「 っとに 〜〜〜〜 ・・・ 」
フランソワーズの娘は 信じられない程走るのが速かった。
後ろに亜麻色のお下げを二本 なびかせつつ、 彼女は朝の空気の中疾走してゆく。
う・・・っそ・・・? なんて速いの〜〜〜
・・・ あら。 青い防護服に金のマフラー ・・ みたい♪
可愛いわあ〜〜
「 ・・・ す〜ぴか〜〜〜 ちょっと待って ェ 〜〜 」
「 は〜〜い お母さん〜〜 ね〜〜気持ちいいでしょ〜〜 」
坂の下で すぴかがにこにこ・・・待っていた。
「 ・・・ はぁ はぁ はぁ ・・・ええ そうね 気持ちいい 」
「 アタシねえ 走るの、だいすき♪ 」
「 ねえ すぴか。 」
「 なに お母さん 」
「 あの ね。 もし・・・ すぴかが・・・そのう、イヤなら バレエのお稽古、やめてもいいのよ? 」
「 え〜〜〜〜 どうして?? 」
「 どうして、って ・・・ 」
「 アタシ、好きだよ? お稽古、好きだもん。 ゆみちゃんやサアちゃんといっしょで ・・・」
「 そう? それならいいけど。 」
「 うん! 」
「 すぴか。 昨日 ごめんね。 来週からはお母さんがお迎えにゆくから。
それで 習ったパのこととかお母さんに教えてくれる? 」
「 うん!! お母さん〜〜〜 」
すぴかは ぴょん、と飛んで抱きついてきた。
「 うわ・・・ うふふ・・・ お母さんも楽しみにしているわね。 さ ・・・ 行ってらっしゃい。 」
「 うん! じゃあね〜〜 いってきます〜〜 」
ちゅ・・・っとほっぺにキスをもらって。 すぴかはまた駆け出そうとした。
「 ああ 走らなくていいのよ! 早足でいいの。 気をつけて・・・! 」
「 は〜〜い〜〜 バイバイ お母さん〜〜 」
「 いってらっしゃい、すぴか ・・・ 」
結局、フランソワーズの娘は小走りに 登校して行った。
ふう ・・・ ま 元気いっぱいで いいことよね
すぴか。 元気なアナタが大好きよ♪
ずっと夢見ていた・お人形みたいな娘 とはちょっと違うけれど。
フランソワーズは、このお転婆娘が好きだった。
彼女がくるくる動いている姿、 よく動く表情 は、 夫ととてもよく似ていたから。
姿形は自分とそっくりだけれど、 娘の<中身>はジョーと同じなのだ。
「 ふふふ ・・・ 娘は父親に似る、って本当なのね。
そういえば ・・・ わたしだって性格的にはパパ似だもの。 」
ふいにはるか昔の記憶が蘇る。 ― 父の大きな手を 頭の上に感じた。
・・・ あったかい大きな手だったわ ・・・
だ〜〜い好きだった ・・・
ほっんとうはパパのお嫁さんになる!って思ってたわ
ママンがいるから すぐに諦めたけど・・・
懐かしい面影が浮かんできて 思わずほっこりした気分になっていたが ―
はっと現実に戻れば。
「 ! いっけない!! うわ〜〜〜 間に合わない〜〜 」
ダダダダダ −−−−− ・・・・!
フランソワーズは ほとんど < 003 > で稽古場まで疾走していった。
「 おっはようございます〜〜〜!!! 」
「 ありがとうございました 〜〜 」
「 お疲れ様。 」
レベランス ( お辞儀 ) と 盛大な拍手で朝のクラスは終った。
「 ・・・ ハア ・・・ 」
フランソワーズはおっきく溜息をついて タオルの中に顔を埋めた。
「 どしたの、フランソワーズ? 」
「 みちよ・・・ あは ・・・なんかね わたし、起きてから今までず〜〜っと走っていた気分なの。
実際にそうかも ・・・ 駅からは全力疾走してきたし・・・ 」
「 お母さんは忙しいもの、大変だよねえ・・・ 」
「 わたし 手際が悪いから ・・・ あ ねえ? みちよにひとつ、聞いてもいい? 」
「 ?? なに? 」
「 あの ・・・子供の頃、兄弟と比べられて・・・ どんな気分だった? 」
「 ― はあ ?? 」
― フランソワーズは 同じ質問をもう一人の仲間にも聞いてみた。 そして ・・・
「 え・・・・ う〜〜ん??? アタシは妹だからさあ・・ 姉にはず〜っと甘ったれてたかも・・・
そりゃ ケンカもしたけど。 結構性格ちがうけど、好きだわさ・・・ 」
「 え?? オレ?? 」
<もう一人の仲間>、タクヤは いきなりの質問に目を白黒させていたが。
「 ・・・う〜ん ・・・ オレと弟は全然ちがうからな〜 お互い、わが道をゆく、ってカンジで・・・
え? ああ ガキんちょの頃は そりゃまあふつ〜に泣かせたりしたけどな〜
そんなの、兄弟なら当たり前だろ? すばるのことか?
あは・・・ オレ、アイツの笑顔、好きだなあ〜〜 アイツ、将来モテモテだよ、きっと。 」
う〜〜〜ん ・・・・?
フランソワーズはますます・・・ 唸ってしまった。
どうやら <事情> は 人それぞれ・・・ということらしい。 全く同じ、なんて有り得ないってことだ。
そっか。 そうよねえ ・・・ 皆違うものねえ・・・
― あ ? ・・・ってことは。
ウチにはウチだけの解決法があるってこと よね?
「 そうよ〜〜 ウチはウチの方法でいいのよね〜
要するに。 ウチのお嬢さんと坊ちゃんがにこにこ暮してゆければ いいのよね? 」
よ〜し・・・! フランソワーズは腕まくりしちゃいたい気分だ。
「 わかったわ! これは母親の特権よ。 すぴかをう〜んと甘やかしてみよう!
ジョーはなんだかすばるを鍛える ・・・とか言ってたけど・・・
まあ いいわ、任せちゃう。 」
よいしょっと大きなバッグを持ち直し、彼女はガシガシ ・・・ オシャレな店が並ぶ道を
勢い良く歩いていった。
「 ・・・ なあ みちよちゃん。 ナンかあったのか? 」
「 さ さあ・・・? けど フランソワーズ・・・ なんだかやたらと強そう・・・ 」
「 うん。 なんか ・・・ おっかね〜な〜・・・宿題は!? とか怒鳴られそう・・・ 」
「 あははは・・・タクヤ君ったらトラウマなんでない? 」
「 うっせ〜〜 ・・・ でも 考えてみればフランって 現役・母 だもんな〜 」
「 そうだよ〜 だから迫力とかモノホンなのさ。 」
「 だ な ・・・ 」
タクヤとみちよは ちょっとばかり感心しつつ、同僚の後姿を眺めていた。
そして その週末のこと ・・・
「 え〜〜〜?? おでかけ?? お父さんとお母さんと? 」
すぴかの甲高い声がリビングに響いた。
土曜日のお昼過ぎ、島村さんち のリビングは珍しくしん・・・として静かだった。
珍しくジョーは休日だったけれど 博士は学会でお留守、夕方帰ってくる予定。
そして すばるは鉄道博物館へ<しんゆう>のわたなべ君と一緒に、わたなべ君のお父さんが
連れていってくれていた。
すぴかは ・・・・
「 え〜〜〜 てつどうはくぶつかん? いいよ〜 アタシは。 別に電車にきょうみ、ないもん。
それにさ〜 土曜日はね、お稽古だし。 すばる、行ってきなよ。 」
という訳で 島村さんちの双子はこれも珍しく別行動だった。
「 ふうん ・・・ ウチのリビングはこんなに広かったっけなあ〜 」
ジョーは新聞を広げたまま ぼ〜・・・っとリビングを見回した。
「 ふふふ ・・・いっつも誰かが何かしてるもんなあ・・・ 一人ってのも珍しいし ・・・
すばるはお出掛で すぴかはバレエのお稽古、か。 ふ〜ん ・・・ 」
ぼわぼわ欠伸なんぞして のんびりソファに寛いでいたが。
「 ・・・ あ。 そうだ・・・ うん、ちょうどいい機会かも ・・・
うん そうだよ、 たまにはいいかも。 お出掛け組が帰るのは夕方なんだし。 」
お父さんは ぽん、とソファから起き上がった。
「 ただいま〜〜〜 お父さん〜〜 」
「 ただいま、 ジョー。 」
元気な声が玄関から聞こえてきた。
いつも通りに、お迎えに行ったお母さんと一緒にすぴかがご機嫌で帰ってきた。
「 ねえねえ お父さん〜〜 お父さん〜〜 」
すぴかはにこにこ顔でリビングに駆け込んできた。
「 ああ お帰り、すぴか。 」
「 ただいま〜 ねえ 聞いて きいて〜 お父さん!
アタシね! 今日ね、お稽古でね! あんとるしゃ・かとる ならったの〜〜 」
「 あんとる・・・? ふうん すごいなあ〜 」
「 それでね それでね〜〜 アタシ、先生にほめられちゃった〜!
すぴかちゃんが一番、高くとべてるって! 」
「 え〜〜 すごいじゃないか〜〜 」
「 でしょ でしょ? お母さんもねえ、あんましとくいじゃないんだって!
ほら みて みて〜〜 」
「 うん? 」
すぴかはジョーの前でぴょんぴょん跳んで見せた。 どうやら跳びながら両脚を交差させて
いる・・・らしいのだが。
「 ( お? なんか・・・空中バタ足〜〜 みたいだけど・・・ ) うわあ〜 じょうずだねえ〜 」
「 うふふふ♪ アタシ、がんばっちゃうもんね〜〜 」
「 ほらほら すぴかさん。 お稽古着、洗濯カゴに入れて手を洗ってらっしゃい。 」
「 はあ〜い。 ねえねえ お母さん。 お父さんもねえ すごいな〜〜って。 」
「 まあ よかったわねえ。 じゃ 来週もしっかりお稽古しなくちゃね。 」
「 うん! えっへっへ〜〜〜 ふんふんふ〜〜ん♪ 」
すぴかはちょんちょん跳びながら お稽古バッグを持ってバスルームに行った。
「 お帰り。 ・・・ なんだかご機嫌でよかったなあ。 」
「 ただいま ジョー。 ふふふ ・・・ あのパはねえ、跳びはねるのが好きなすぴかには
ぴったりかもしれないわ。 」
「 当分、ウチでもばたばたやって見せるだろうね。 可愛いなあ・・・ 」
「 ばたばた・・・ってね、 本当は こうやるのよ。 」
「 ・・・? 」
フランソワーズはその場で シュ・・・っと アントルシャ・カトル をやって見せた。
( いらぬ注 : アントルシャ・カトル ― ジャンプして空中で一回両脚を前後に交差するパ )
ふわり ・・・ スカートが揺れて形のいい脚が付け根近くまでジョーの目の前に露わになった。
・・・ うわ・・・ っ チラリ 〜って余計に刺激的 ・・・ !
「 あ ・・・ あ そうなんだ ? ふう〜〜ん ( うほ。 眼福〜〜♪ ) 」
「 すぴかのはどうみてもバタ足っぽいけど。 ジャンプが高いから褒めてもらったみたい。 」
「 ふうん ・・・ アイツ、ぴょんぴょんよく跳ぶもんなあ。 」
「 身が軽いのよね。 ・・・ もうご機嫌でねえ・・・ よかったわ。 」
「 そうだねえ。 なあ、ちょっと計画があるんだけど 」
「 まあ なあに? 」
「 あのなあ ・・・ 」
ジョーは細君の耳元で ボソボソ・・・囁いた。
「 ・・・え? ・・・ まあ それはいいわね! 」
「 だろ? 」
「 うふふふ ・・・ わたし、大急ぎで着替えてくるわね。 」
「 お早めにお願いします。 」
「 了解 ( ラジャ ) ! 」
娘がバシャ バシャ 手を洗ってくる間に、両親はさささ!っとヒミツ会議をした。
― それで。 バス・ルームから戻ってきたすぴかは。 びっくり声を上げたのだった。
「 うん。 おじいちゃまもすばるもお出掛けだろ?
だからお父さんとお母さんとすぴかも お出掛けしよう。 」
「 どこへ ゆくの? 遠く? 」
「 遠くじゃないけど。 オヤツ、食べにさ、駅の方まで行こうよ。 」
「 駅のほう? 」
「 そうよ。 ほら ・・・ ステキなケーキ屋さん、あるでしょう?
< パティスリー・ジュン > だっけ? あそこに行ってみない?
チーズ・ケーキ、とっても美味しいのですってよ。 」
お母さんもにこにこ・・・すぴかに話してくれる。
「 うわ うわ〜〜♪ ホント? お父さんとお母さんとすぴか で? 」
「 うん そうさ。 今から行こう。 」
「 さあ それじゃ・・・髪を解きましょ。 お下げにしてあげる。 」
「 このままでいい、 お母さん。 アタシ、お団子ヘアがいい。 」
「 あら そう・・? それじゃ・・・ちょっとピンを直させてね・・・ 」
フランソワーズは娘の髪のほつれをきれいにピンで留めなおしてやった。
「 よォし。 それじゃ ・・・ お出掛け隊、出発〜〜 お天気よくて いいなあ。 」
どきどきどき・・・♪ ふんふんふん〜〜♪
お父さんとお母さんの間に挟まって。 すぴかはほっぺが赤くなる気分だ。
三人だけ!でのお出掛けなんて ・・・ もしかしたら初めてかもしれない。
どきどきどき ・・・! ものすごく嬉しい ― けど ちょっとヘンな気分。
嬉しいけど けど。 なんか忘れ物、したみたい・・・なに?
・・・ あれ? な ・・・ んか チクンってするよ?
すごくうれしい〜 けど。 なんだろ・・
― あ。 すばる がいないから。 すばるが いないよ ・・・
・・・ やっぱ ・・・ チクン・・・ってするよ。
すぴかは家の前の坂を降り切ったところで、ぴたっと立ち止まった。
「 どうした、すぴか? 」
「 なあに? あ・・・御手洗? 」
お父さんとお母さんは 両側から あれ・・・?って顔ですぴかを見た。
「 ― 皆 一緒がいいよ! ね・・・ おうちでオヤツ 食べよ! 」
「 すぴか ・・・ 」
「 ね!? お父さん。 ねね!? お母さん。 一緒がいいよ〜〜
ぱてぃすり〜 に行くの、すばるも一緒がいいよ〜〜 そうしたい、アタシ。 」
「 すぴか。 それでいいのかい? 」
「 すばるにはちゃんとお土産、買ってゆくつもりよ? 」
「 ウン ・・・でも、一緒にゆくのがいい! ねえ お母さん いい? 」
「 お母さんは すぴかが良ければそれでいいわ? 」
「 わあ〜〜〜い♪ それじゃ 決まり きまり〜〜〜 ね、お家に帰ろう〜〜 」
「 すぴか ・・・ 」
お母さんはすぴかの前に屈みこむと きゅ・・・っと抱いてほっぺに何回もちゅ♪をしてくれた。
「 えへ? お母さん ・・・ お母さ〜〜〜ん♪ むぎゅう〜〜 」
すぴかも きゅ・・・っとお母さんに抱きついた。
「 ・・・ よ よォし。 それじゃ晩御飯はお父さんがとっておきのメニュウを披露するぞ! 」
「 わ〜〜〜 わ〜〜 なになに?? 」
「 ・・・え あ〜〜 ・・・ カレー ・・・ 」
「 え〜〜〜〜 またぁ? でもいいや、すぴか、お父さんのカレー、大好きだもん。
すばるだってだ〜〜い好きだよ! おじいちゃまも大好きだよ! 」
「 あは ・・・そうかなあ 」
「 そうだよ〜〜 それでね、おじいちゃまは帰ってきて、あ〜ウチが一番じゃ・・・って言うよ! 」
「 うふふふ・・・そうねえ。 それじゃ すぴか、お母さんといっしょにとびっきり美味しいサラダ、
作りましょ? 温室のぷち・とまととラディッシュ、採ってきましょうよ? 」
「 わあ〜〜〜い♪ ねえねえ いちご、まだあるかなあ? 」
「 う〜ん・・・ 二人で探してみましょう。 」
「 うん♪ じゃあさあ・・・三人でェ 走って帰ろうよ〜〜 」
「 ・・・え。 走って? この ・・・坂を? 」
「 うん! 行くよ〜〜 お父さん お母さん! いっせ〜〜のせっ!!! 」
「 うわあ・・ おい待てよ〜〜 」
島村さんち の若いご主人とその奥様は。 お団子ヘアの娘の後を追って
かな〜りマジに全力疾走をしていったのだった ・・・
「 わあ〜〜 カレーだあ〜〜♪ 」
夕方、すばるは玄関に入ってくるなり 歓声をあげた。
晩御飯ちょっと前に彼もご機嫌ちゃんで帰宅した。
駅前までお父さんがお迎えに行ってくれたので 大にこにこ・・・だ。
「 お帰り、すばる。 」
「 ただいま〜〜 お母さん♪ おか〜〜さ〜ん♪ ね〜 今晩 カレー? 」
「 ええそうよ、 お父さんのカレー。 ねえ、すばる、楽しかった? いっぱい電車とか見られた? 」
「 うん!! あのねえ〜〜 8000系のね〜〜 あ! すぴか〜〜〜 」
「 すぴかはお父さんとキッチンよ。 」
すばるは、いきなり話をやめるとキッチンへ駆け込んでいった。
「 ?? なんなのかしら ・・・ 」
キッチンではすぴかが苺をより分けていた。
「 ねえねえ すぴか! これ! 」
ゴソゴソ ・・・ ゴソ! すばるはリュックから小さい包みを引っ張り出す。
「 ・・・ なに〜? 」
「 これ〜〜! すぴかの好きなハムサンドだから! 」
「 はむさんど? 」
ずい・・・!っと サンドイッチを二切れ、差し出した。
今日のお弁当は わたなべ君のお母さん製で、 すばるはとて〜も楽しみにしていたのだ。
「 これ ・・・ だってすばるのお弁当でしょ? 」
「 うん! でもね、僕ね! ジャム・ち〜ずサンド と バナナサンドたべたから!
ハムきゅうりサンド は すぴかにおみやげ! はい! 」
「 え〜〜〜 もらっていいのォ〜 」
「 うん! おいしいよ〜〜 」
「 ありがと♪ 」
すぴかは喜んで ハムサンド をかじった。
― あ。 ジョーは側で見ていて、一瞬止めようとしたが ・・・ やめた。
・・・ まあ ・・・冬場だからなあ・・・ 傷むってこともないだろ。
「 わお〜〜〜 カラシばっちり♪ おいし〜〜〜♪ 」
「 え へへへへ ・・・ ね? 」
「 うん♪ ありがと〜〜〜 すばる〜〜 」
にこにこにこ 〜〜〜 ・・・ すばるは笑顔満開である。
あは ・・・ いい笑顔だなあ・・・
ま ・・・ これはこれで いいか
おい すばる? にこにこ笑っていられる歳の間に
た〜くさんの笑顔を見せておくれ ・・・ 家族だけじゃない 皆に な ・・・
ジョーは ウチはこれでいいのだ、と確信した。
「 二人とも よかったねえ。 楽しい土曜日だったね。 」
「「 うん!!! 」」
― その日の晩御飯 ジョーの特製カレー は大好評だった。
「 あ〜〜〜 ・・・ おいしかったぁ〜〜 」
「 ウン♪ 僕のとこ、りんごとかパインとかはいっててあまくておいしい〜〜♪ 」
「 ジョー、お前 腕を上げたなあ 〜 」
お帰りになったおじいちゃまも ご満悦だ。
「 アタシ。 カレーも皆もだ〜いすき♪ 」
「 僕も 僕も〜〜 おとうさんもおあかさんもおじいちゃまもすぴかも だ〜いすき♪
あ! かれーもだいすき だいすき〜〜 」
ジョーは にんま〜りしていたが さりげなく口を開いた。
「 あのさ。 家族 大好き〜〜って思う気持ちはね、 足し算 じゃなくて 掛け算 なのさ。 」
「 ??? たしざん と かけざん?? 」
「 うん。 大好き〜って気持ちは 1 + 1 じゃなくて。
実はさ、 1 × 1 がい〜〜っぱいあるんだ。 」
「 1 × 1 ? 」
「 そうさ。 1 × 1 はいくつだ? 」
「 1 × 1 は 1 !!! 」
「 だろ? それじゃ ・・・ 1 × 1 × 1 × 1 は? 」
「 ・・・ 1 !! 」
「 ぴんぽん。 家族が何人いても、 いっつだって 1♪ なんだ。
ピザやケーキをさ、 家族の人数分、分けるのとは違うんだよ。 」
「 そっか〜〜 かけ算 なんだ〜 」
「 そうだよ。 どこのお家だっても何人家族がいても 掛け算なのさ。 」
「 ふうん・・・ じゃあさあ お父さん。 3 × 3 は? 5 × 5 の時は? 」
「 1 × 1 まで! お父さんとお母さん は 一人づつ、 だろ! 」
「 ・・・ ふうん ・・? 」
「 さあさあ デザートよ? 皆の大好きなミルク・ゼリーを作っておいたわ。 」
お母さんが大きなお皿の上に ぷるるん・・・と震える白いゼリーを持ってきた。
「 わあ〜〜〜い♪ 」
「 温室のね、苺がまだ生っていたの。 すぴかが見つけたのよ。 」
「 すご〜〜い すぴか〜〜〜 」
「 えっへっへ ・・・ でもちっこいよ〜 」
「 ゼリーの中にいれたの。 ほら・・・ 綺麗でしょう? 」
「 うわ〜〜〜い♪ ほうせき みたい〜〜 」
「 お いしそう〜〜〜♪ おかあさん〜〜 はやく はやくわけて〜 」
「 お。 お父さんもお母さんのゼリー、大好きなんだけど〜 」
「 みんな すきだよ〜〜 アタシ みぃ〜〜〜んな すき♪ 」
「 僕も 僕も 僕もォ〜〜〜 」
茶髪と茶髪 亜麻色と亜麻色。 よく似た笑顔が二組並んでいる。
博士は思わず安堵と感嘆の溜息をもらし ・・・
「 う〜ん やはりウチが一番じゃのう 」
そうして。 ― きゃらきゃらと 家族みんなでわらった。
・・・ そう、 島村さんち はいつだって笑い声が聞こえている・・・
*********************************** Fin. *************************************
Last updated : 06,11,2012.
back
/
index
*********** ひと言 **********
いつもの定番・ストーリーです >> なにも起きません。
某名監督様 に倣って話を極力家族内だけで進めてみました。
ゲスト・キャラなし、で のほほん・・・ 島村さんち となりました。
フランちゃんの ミルク・ゼリー のレシピは ず〜〜っと以前の
残暑お見舞い企画 の中にありますよん♪