『  足し算  掛け算  ― (1) ― 』

 

 

 

 

******  はじめに  ******

このお話は 【 島村さんち 】の設定に基づいています。

双子たちが 小学3年くらいの頃のお話です。

 

 

 

 

  ポッポウ  ポッポウ  ポッポウ ・・・・

 

子供部屋の小さい鳩時計が 朝の挨拶を告げてる。

 

     ・・・ もぞ。  もぞもぞもぞ  ・・・!

 

7つめの声をさかいに片方のベッドで 花模様のお蒲団が動き出し そして。

「 ・・・ むにゅ〜〜〜ゥ ・・・   は〜い 起きました〜 

亜麻色のアタマがむっくり起き上がった。

そのまま ぽん、とベッドから飛び降りて窓辺に駆けてゆく。

さ −−−− っとカーテンを払えば ・・・  お日様がにこにこ亜麻色の髪を照らす。

「 ふぁ〜〜〜あああ・・・・  あ〜〜 いいお天気だね! ユミちゃんとゴムとび、できるな〜 」

ふんふんふ〜〜ん♪ もうご機嫌ちゃんでさっさか着替えをする。

「 よぉ〜し・・・!  す〜〜ばる〜〜 起きろぉ〜〜 ! 」

隣のベッドにひと声かけると、 すぴかはたたた・・・っと子供部屋から駆け出していった。

 

   ―  バン ・・・ッ !

 

勢い良くドアがしまって その音でようやっともう一方のベッドで車の図柄のお蒲団が揺れた。

 

   ・・・ ごそ ・・・ ごそ  ご ・・・ そ ・・・

 

「 ・・・ う〜〜〜ん ・・・ うるさいよ〜〜ゥ ・・・ すぴかぁ・・・・ 」

ぼんやりした声が聞こえて  ―  また子供部屋は静かになってしまった。

 

   く −−−−  く 〜〜 く〜〜・・・・

 

お日様いっぱいの部屋の中には 平和〜〜な寝息が響くのだった・・・

 

 

「 ほら 早く! 」

「 急がないと 遅刻よ! 」

「 お顔は洗ったの?  ああ 髪がくしゃくしゃ・・・ 」

「 ほらほらほら!  ねえ 毎朝同じことを言わせないで。 」

「 早く 早く 早く〜〜 ! 」

「 余所見してないで さっさと食べる! 」

「 それはあとでいいから! 」

「 は や く ッ ! 

 

島村さんち の朝はそんなお母さんの声が充満している。

朝陽がいっぱいに入るキッチンも、 ふわ〜〜・・・っといい風が抜けるリビングも

どこもかしこもお母さんの声できっちきちだ。

そしてそれはどんどんボリュームアップしてゆく。

 

  ―  ついに     早くしなさいッ !!! すばるっ !!!

 

・・・キンキン声に押し出されるみたいにして茶色のクセッ毛アタマが ぱったぱったぱった・・・

玄関から駆け出してくる。

 

「 ・・・ す〜〜ばる〜〜〜 おそ〜〜〜い! もう行っちゃうよ〜〜〜 」

すぴかは ご門のところでず〜〜〜〜っと足踏みしていたのだが、弟の姿をみて口を尖らせた。

「 ・・・う ・・・うん ・・・ 」

「 ああ ごめんね、すぴか。 ちょっと待っててね、ホントにゴメンね ・・・  

 ほらほら すばる〜〜 !  体操服、忘れてますよ! いい? 持った? 

 あ! 今日こそランチョンマット、持って帰ってくるのよ? 忘れないでね わかった? 」

「 う うん ・・・ 」

「 ほらほら〜〜  すぴかが待ってますよ。  ああ 靴下、ちゃんと引っ張って! 」

「 アタシ、先にいってもいい? 」

「 あ 待って 待って すぴかさん。  下の国道、一緒に渡ってちょうだい。 」

「 う〜ん ・・・ アタシ〜〜 いっぱい遊びたいのぉ〜〜 」

「 ごめんね〜 もうちょっとだけ 待って・・・  すばる、 いい?できた? 」

「 ・・・ えっと ・・・くつ ・・・ 」

「 ほらほら ちゃんとお靴、履いて。 靴下、引っ張るわよ 」

「 ・・・ う ん ・・・ 」

「 はい、じゃ いってらっしゃい。 」

お母さんは ちゅ・・・♪ と すぴかとすばるのほっぺにキスをしてくれる。

「 うふ♪  いってきまぁ〜〜す ! 」

「 ・・・まぁ〜〜すぅ〜〜 」

「 すばる、行こ! 」

「 あ〜〜〜 待って まって まってェ〜〜 」

 

  カッチャ カッチャ カッチャ ・・・  二つのランドセルが並んで坂道を駆け下りてゆく。

 

「 行ってらっしゃ〜〜い! ああ すぴか!  道を渡るときは走らないでね! 

 すばるっ !  お帽子が脱げてますよっ ! 」

相変わらずのお母さんのきんきん声を後ろから追いかけてくる。

「 すばる〜 アタシ、ユミちゃんとゴム飛びするから。 先にいってもいい? 」

「 うん いいよ〜 」

「 じゃ ねッ! 」

「 うん ばいば〜い 」

国道の横断歩道を渡ると ( ちゃんと指導員さんがいる ) すぴかは ダッシュした。

 

    うふふ〜ん  お母さんのちゅう♪ で じゅうでん、完了〜〜

    あはは お父さんみたいかな〜〜

    お父さんってば 毎朝、お母さんと ちゅう〜〜ってやって

    えねるぎ〜 満タンにしているんだよ、うん♪

 

    ・・・ あ。  お母さんってばず〜〜〜っとすばるのこと ばっかしてる ・・・

    すばるのことだけ 見てる ね?

 

カチャ ・・・。  ランドセルの音が止まった。

「 ・・・ アタシには お早う  と  いってらっしゃい  だけ かも ・・・ 」

風に靡いていた亜麻色のお下げが すとん・・・と肩におちた。

「 お母さん  ・・・ アタシのこと、見てるのかなあ ・・・ 」

ちゃっちゃか動いていた脚が ゆっくりになり止りそうになった。

「 アタシのこと ・・・ お母さん ・・・ アタシのこと・・・ 」

「 すぴかちゃん! おっはよう〜〜 ! 」

「 ・・・ あ! ユミちゃん〜〜 おっはよう〜 」

「 ね! ゴムとび しよ〜〜♪ 」

「 うん♪ 」

「 もっとはやく来ようと思ってたんだけどさ〜 弟が泣いてさあ ぜんぜん泣き止まなくて・・・

 朝ごはん、遅くなっちゃったんだ〜 」

「 ユミちゃんちの弟って まだ赤ちゃんだもんね。 」

「 ウン。 もうさ〜 ウチのママってば弟にへばりつきっぱなし! 

 やんなっちゃう・・・ あたしのことなんかほっぽってるの。 」

「 へ へえ・・・ でもさ、赤ちゃんだから 」

「 うん それはわかってるけど ・・・ 

 あ〜〜 すぴかちゃんのトコはいいなあ〜 弟ったって同じ年だもんねえ 」

「 え  あ  ・・・う うん ・・・ 」

「 あ〜〜〜 はやく弟が大きくなんないかなあ〜 」

「 そ だね 」

「 ね! ゴムとび、 今日はどこでやる?  マリちゃん とか りりちゃんとかもくるよね。 」

「 ウン。 」

「 じゃ〜 早く行こ ! 」

「 あ  うん!  あ〜〜 ユミちゃん 待って〜〜 」

  カッチャ カッチャ カッチャ −−−− 

再び ランドセルは賑やかな音をたてて校門の中に吸い込まれていった。

 

    ユミちゃんちの弟は まだ赤ちゃんだから。

    赤ちゃんは一人じゃなんにもできないから。

    お母さんは赤ちゃんのそばにず〜っといるよね

    ・・・ でも ・・・・

    アタシとすばるは おんなじトシなのに 

    お母さんはず〜〜〜っとすばるだけ 見てる

    ず〜〜っとすばるだけ すばる だけ ・・・

 

    アタシのこと。  ・・・ 見てる? お母さん 

 

登校の時、生まれてしまった気持ちはその日、ず〜っとすぴかのお腹の中にあった。

いつもと同じに 元気に遊んだり授業を受けたりしてたけど。

ふ・・・っと ほんとに ふ・・・っと  その気持ちが顔を出す。

 

    ・・・ お母さん  さ ・・・

    朝御飯の時もさ  すばるのトーストにはバターとジャム、ぬるよね

    たいそうふく とか 忘れないの! って言うよね

 

    アタシは自分でバターぬって 自分でたいそうふく、持ってくるのに

 

「 はい、 それじゃ〜 次の問題をやってみましょう。 問 1 と 2、 ね。

 ―  島村さん? どこ、みてるの。 」

「 ・・・・・・ 」

「 島村すぴかさん! 」

「 ・・・!  あ ・・・ 」

「 窓の外 見てないで。  先生の言う事、聞いてましたか? 問 1 と 2 をやりましょう。 」

「 はい 先生 」

すぴかはあわてて教科書に目を落とした。

ず〜〜〜っと気持ちは窓の外をふらふら ・・・ 泳いでいたのかもしれない。

すばるとは幼稚園からいつも同じクラスだったけれど、

三年生になった時、初めて別々のクラスになった。 

「 ・・・ すぴかぁ〜〜〜 僕ぅ ・・・ 2組 ・・・ 」

「 そだね〜 アタシ、1組! 」

「 僕ぅ ・・・ 僕も 1組がいい! 1組になりたいいいいい 〜〜 」

「 先生にたのむ? かえっこしてください、って。 アタシは2組でもいいもん。 」

「 え〜〜 じゃあ僕も2組〜〜 」

「 なに〜 ヘンなすばる〜 。

「 ヘンじゃなもん! ヘンじゃないもん〜〜 」

すばるは半ベソになっていて すぴかはびっくりしてしまった。

ケンカもしていないのに、すばるが泣くなんてめったにない。

だいたいすばるはいつだって にこにこ〜っとしているコなのだ。

「 なに〜 ??? 」

「 だって だってェ〜〜 」

「 いいじゃん、ちがう組だっても。 おんなじ学校なんだもん。 」

「 ・・・ だってェ 〜〜 」

「 じゃ ウチ帰ってお母さんに聞いてみよ? 」

「 う うん ・・・・ 」

へ〜んなすばる・・・ってすぴかは可笑しくてちょっと笑ってしまった。

   で もって。 お家に帰ってからお母さんに話したらば。

「 え。 ちがう組になったの?  」

「 うん お母さん。 アタシが1組 すばるは2組 だよ〜〜 ゆみちゃんとかリリちゃんも!

 ねえねえ アタシのたんにんの先生はねえ 」

「 まあ そうなの ・・・ 大丈夫、すばる?  ちゃんと宿題とか忘れないでよ? 」

「 ・・・ うん ・・・ 」

「 まあ クラスは違っても同じ学年だからだいだい宿題は同じよね。

 すばる、すぴかに聞きなさいね! プリントとかも持ってくるの、忘れないのよ。 」

「 ・・・ うん ・・・ 」

「 ・・・ 心配だわあ〜 本当に大丈夫かしら・・・ 」

「 ねえねえ お母さんってば〜〜 」

「 え? すぴかさん、あなたは大丈夫よね、お姉さんだもの。 」

「 ・・・え  あ  う   うん ・・・ 」

大丈夫かしら ・・・ お母さんはず〜っとそんなことばかり言っていたっけ・・・

 

    アタシは 大丈夫で。

    すばるは心配 なんだよね。 

 

    ・・・ アタシのこと、心配じゃないのかな、 お母さん ・・・

 

チク チク チク ・・・ そんなイガイガした気持ち、もしかしたら随分前から 

ず〜っとすぴかのお腹の中に溜まっていたのかもしれない。

 

 

「 ばいば〜い すぴかちゃ〜ん! 明日もゴムとび、しよ〜ね〜 」

「 ばいば〜い ユミちゃん〜〜 」

「 すぴかちゃん、 バイバイ〜〜 またあとで! 」

「 あ りりちゃん。 ばいばい〜〜 」

「 すぴかちゃんってば〜 今日、バレエのおけいこだよ〜 」

「 あ そだね〜 またあとで りりちゃん 」

すぴかは なんだかずっとぼ〜〜っとしていたみたいな気がしていた。

「 ・・・ ヘンなの、アタシってば。  ゴムとびのきろくこうしん、できなかったし・・・

 あ! 今日ってばおけいこの日だよね〜〜 急がなくちゃ! 」

すぴかは校門を出て 大通りを渡るとダッシュし始めた。

 

  ハッ ハッ ハッ  ・・・ もうちょっとぉ〜〜〜 

 

ウチの前の急な坂も えいやっと最後まで走って登った! すぴかは走るのが得意なのだ。

ご門を開けて 花壇の間をたたた・・・っと走ってお玄関へ。

「 たっだいま〜〜〜 お母さ〜ん ! 」

「 お帰りなさい すぴかさん。 」

バターン・・・ってお玄関のドアを開けたら お母さんはちゃんと玄関で待っていてくれた。

ぽん、と抱きついたら きゅう〜っとしてくれてほっぺに ちゅ♪

これはすぴかのお家での <ただいま> の御挨拶なのだ。

すばるは勿論、お父さんだって同じ。

  ― ううん、 お父さんとお母さんはもっとなが〜〜い時間 < ただいま >の ちゅ〜 を

している。  

「 ねえねえ お母さん、 今日ね 学校でね 」

「 はいはい ・・・ ほら すぴかさん、今日はお稽古の日でしょう? 」

「 うん。だからね、走って帰ってきたんだ〜 」

「 まあ 偉い。 すぴかさんはさすがにお姉さんねえ・・・ じゃ 髪を結ってあげるから

 ランドセル、お部屋に置いてきてね。 」

「 は〜〜い♪  あ お母さん オヤツぅ〜 」

「 ちゃんと出しておきますよ。 」

「 うん♪  あ ねえ ミルク・ティ にお砂糖、入れないでね! 」

「 わかってます。  それでお煎餅がいいのでしょ? 」

「 うん♪ 」

  タタタタタ ・・・・!  すぴかは大急ぎで二階の子供部屋に行った。

 

すぴかは一年生の時からバレエを習っている。

町のお教室に通っていて ( バレエの先生はお母さんのお友達なんだって ) りりちゃんとか

サアちゃんとかお友達もいっぱいいる。 

帰りのおしゃべりとかとっても楽しいから ・・・お稽古に行くのはキライじゃあない。

 

「 お母さん!  ランドセル、置いてきた!  これ、体操服〜〜 」

「 はい、ちゃんと洗濯しておくわよ。 」

「 うん。  ねえ すばる・・・ もって帰ってくるかなあ・・・ 」

「 ・・・ 多分、忘れてくるわね。 きっとランチョン・マットも・・・ 心配だわあ 〜 」

「 ふ ふうん ・・・ 」

「 さ こっち来て、髪を結いましょ。 ゴムとピンは? ・・・ はい そこに座って。 」

「 は〜い♪ 」

お母さんはすぴかの亜麻色の髪をブラシで丁寧に梳かして きっちりお団子に結ってくれる。

 

   いて・・・  あ〜 でもお母さん じょうず〜〜♪

 

さっさか さっさか ・・・ お母さんの手は魔法みたいにたちまお団子・ヘアにしてくれた。

ピンクのシュシュまでくっついている。 

 

   ・・・ あ。  しゅしゅ ・・・ じゃまっけだなあ・・・ 

   でも いいや ・・・ お母さん、好きだから

   

すぴかは 本当はほ〜んとうは! あんましバレエが好きじゃない。

跳んだりはねたりするのは大好きだけど ・・・ 別にオヒメサマにはなりたくないのだ。

お澄まししてポーズをとる よりもだ〜〜〜〜っと走っているほうが好き。

 けど。  バレエのお稽古の日は お母さんはず〜っとすぴかと一緒だ。

髪を結ってくれて おけいこバッグの中身を確かめてくれて自転車で送ってくれる。

しっかりお稽古するのよ 先生のいう事、よく聞いてね  ・・・ってもう一回 ちゅ♪ してくれる。

 

  だから ― すぴかはず〜っとバレエのお稽古は休まない。

 

お母さんを独り占めできるから バレエのお稽古の日はなんだかとっても嬉しい。

お稽古から帰っても お稽古の話はすぴかとお母さんだけしかできないから・・・

だから バレエのお稽古を続けている。

 

 

「 じゃあ ・・・ お願いします〜〜 」

「 はあい。  またね〜〜 フランソワーズ 」

「 ええ また ね。 

フランソワーズは すぴかの先生に手を振って < YUKIKO バレエスタジオ > を出た。

自転車を押して 大きな道まで出る。 

 

   ふうう ・・・ まあ とにかく機嫌よく通ってくれているから ・・・

   すぴかは本当に手がかからなくて安心なんだけど・・・

   すばる・・・きっとまた忘れて物してくるのよね 宿題、やってるかしら 

 

横断歩道を渡って 脇道に折れたところで自転車に乗った。

「 ユキコ先輩、頑張っているわねえ ・・・ 自分のスタジオか・・・ 凄いなあ・・・ 」

すぴかの通うお稽古場の先生は フランソワーズと同じバレエ団の先輩なのだ。

彼女自身は 教える方が向いているから、と現在は子供達の先生として活躍している。

たまたま同じ町の中心でお教室を開いていたので、すぴかをお願いした。

フランソワーズは 二月に一回の < 見学日 > には必ず参加している。

 

「 ユキコ先輩、あ いえ ユキコ先生。 すぴかをよろしくお願いします。 」

「 はあい。 ホント、フランソワーズのミニチュア版ねえ そっくり♪ 」

「 え ええ ・・・ でもねェ 似てるのは外側だけなの・・・ 」

「 あは ・・・ そうねえ ・・・ すぴかちゃんってアナタとは随分違うものね 」

「 あら ・・・ わかります? 」

「 うん、すぐにわかった。  踊り方とかもね、多分全然ちがうタイプだわね。 」

「 まあ そうなの? 」

「 多分、だけど。 クラシックよりもモダンとかコンテ ( コンテンポラリーダンス 現代舞踊 )

 の方が向いているかも ね。  」 

「 え ・・・ クラシックは無理ですか? 」

「 あ そういうことじゃなくて。 本人の好み、ね。 すぴかちゃんはもっと自由に

 大きく動きたいみたいなのよ。 」

「 ・・・ まあ ・・・ 」

「 でもまあ ともかくね、クラシックは全ての基礎だから。 ちゃんと教えますよ〜 」

「 はい、お願いします。 

 

 やれやれ ・・・ と フランソワーズは内心 大きく溜息をつく。

ちょっと扱い難い、お転婆娘なのだが ・・・ バレエという共通項でなんとか上手くやっている・・・

 と思う。  本人も喜んで通っている ・・・ と思う。

  ―  けど ・・・。

「 ・・・ 向いてない、 か ・・・ じゃあ すぴか自身もあんまり好きじゃないってこと? 」

先ほど見学したクラスでは 水色の稽古着で真面目〜〜な顔で踊っていたっけ・・・

「 ま・・・でも本当に好きじゃないのならちゃんとそう言うわよねえ。

 すぴかは手のかからないイイコだから ・・・ 本当に安心なんだけど すばるはねェ ・・・

 あ! そろそろソロバンから帰ってくるわね! 急がなくちゃ ! 」

フランソワーズは左右をちらり、と見て。

「 ・・・ よし。 誰もいない。 ・・・ 1キロ前後に車影も ナシ。  よぉし・・・!

 

    ぐ 〜〜〜〜〜ぅ〜〜〜ん ・・ !

 

ママチャリは亜麻色の髪のオクサンを乗せて 信じられないほどのスピードで疾走していった・・・

 

 

 

  にこにこ  にこにこ  にこ ・・・ ♪

 

すばるはいっつも にこにこしている。 にこにこしているのが好きなのだ。

こうしていれば ― なぁんにもしないでもイイから。 

にこにこしていれば ― 皆 優しくてほめてくれるから。

「 あらぁ〜 可愛い〜〜 こんにちは、ボク 」

「 まあ いいコねえ・・・ はい、コンニチワ〜 」

「 あ すばるく〜〜ん、 おはよう〜〜♪  」

「 すばる〜 図書室で電車のグラフ、みようぜ〜 」

「 はい、島村すばるクン、 いつもにこにこしてていいコですねえ 」

近所の商店街のおじさん・おばさん達や 学校の先生や用務員さんや給食のオバサンたちも

そして トモダチも ・・・ み〜んな優しい。

だから すばるはいっつも にこにこ しているのが好きだ。

 

すばるはお家でもにこにこしているのが好きだ。

お母さんはもう朝から晩まできんきん きんきん言ってるけど。 すばるはにこにこしている。

こうしていれば ―  もう〜 しょうがないわねえ・・・って言っていっぱいキスしてくれるから。

お父さんは大きな手でくしゃっと髪をなでてくれるし。 すばるは勿論にこにこしている。

そうするとお父さんはもっと嬉しそうに抱き上げてくれたり ( 肩車は怖いからイヤ ) するから。

おじいちゃまはいつだってすばる達に、にこにこしてくれる。 

どんな時だって すぴかやすばるが泣いている時でもむす・・・っとしている時でも 

「 どれ・・・ ここにおいで 」 ってやっぱりにこにこしてお膝に抱いてくれる。

だから すばるはもっともっとにこにこしてしまう。

そして おじいちゃまの話はいつもと〜〜っても面白い。

ず〜〜っと聞いていて気がつくと   あれれ・・・・算数の話なのか ・・・って思ったり。

いつ〜の間にか 理科の観察の話になっていたり ・・・ びっくりするけど、楽しい。

 ― すぴかは。  いつもくるくる くるくる飛び回っている  みたいに見える。

すばるにいっつも めいれい するけど。 すばるはにこにこすることに決めている。

「 うん いいよ。 」 「 すぴか やって。 」 「 まって〜〜 」

すぴかの金色のお下げが背中で跳ねているのを見ながら いっつも後からとことこ付いてゆく。

そうすれば なんだってすぴかがやってくれるから。 すばるはただ、後ろでにこにこしている。

 

すぴかとは と〜〜っても長い付き合いだ。

いっちばん古い記憶は ―  そう ・・・ あそこに居た時だ。

暖かくてまったりして。 と〜〜っても優しい気持ちに包まれてうつらうつら眠っていた・・・

ず〜〜っとここに居たいなあ・・・っていつもぼんやり思っていた。

アタマの上のほうに よく似た相棒 が居ることはずっと前から感じていた。

相棒はときどきすばるのアタマを どん! と蹴っ飛ばしてきたけど、テキじゃなかった。

 それが ある日。  やっぱりすばるがぬくぬく眠っていると。

 

  ― げいん!!!  すごい蹴りを一発 アタマに喰らわせて ―

 

  < 行くよ!!  アンタも後から出てくるんだよっ !!! >

 

びんびんアタマに響く声を残して相棒は ―   ぽっかり居なくなってしまった。

「  え???  え〜〜〜  ああ まって まって まってェ 〜〜〜 」

すばるは大慌てで ― もぞもぞじたばた・・・もがいて追いかけてやっと  < 出て > きた。

そうしたら ・・・

「 ・・・おお おお〜〜 これはまた元気なオトコノコじゃなあ〜〜 」

「 本当に ・・・ あら お父さんそっくり〜〜 」

「 まあまあ  よかったこと。  さあ ほうら・・・ お母様ですよ? 」

ようく知ってる香りにふわ・・・っと包まれて ようく知ってる声がきこえて。

「 ・・・ mon petit  ( ぼうや )  ・・・・・! 」

あったかいキスが体中に降ってきたので ― すばるはにこにこにこ〜〜〜っと笑った。

「 まあ ・・・ 笑ったわ 」

「 ほう?  ・・・ おお おお ・・・ この坊主め、もう笑っておるなあ 」

「 じゃあ お父様に御挨拶してきましょうねえ ・・・ 」

そして それから。   ふわり。  と〜〜〜っても安心できる腕がそう〜〜っと抱っこしてくれた。

「 ・・・ ぼくの ・・・ 息子 ・・・! 」

ものすご〜〜く暖かい気持ちがシャワーみたく降ってきて ― すばるはまたにこにこした。

「 うわ・・・! 笑ってる ・・・? 笑ってる〜〜〜 」

「 おお おお ・・・ 父さんがわかるのかの。  なんと可愛い坊主じゃわい。 」

「 え えへへへ ・・・ 父さん ・・・か ・・・ 」

「 な〜にを今更照れておるんじゃ!  ほれ 二人とも抱っこしておやり。

 お前の奥方が必死の思いで産んでくれたお前の子供達じゃよ。  父さんや。 」

「 ・・・え  えへ ・・・ 」

  ― ぽと。   ぽと  ぽと  ぽと ・・・

すばるの顔に 身体に 暖かい水が降ってきた。

 

    な ・・・ んか  きもち イイ ・・・

 

にこにこ にこ〜〜 ・・・ すばるは自然に笑ってしまう。

< ちょっと! な〜にひとりでにやにやしてんの! >

突然 歯切れのよい言葉が飛んできた。

< ・・・? だあれ。 ぼくの上にいたヒト? >

< そうにきまってるじゃん〜〜 アンタ、アタシのおと〜とだから ね! >

< え・・・・ そ そうなんだ〜〜 >

< アンタ、ぐずぐずしてなかなか出てこないんだもん。 皆 心配してたんだよ〜 >

< あ そ?> 

< そう! だからね! これからもアタシのあとからついておいで >

< ウン わかった >

 

「 ・・・ふ 二人とも ・・・ 笑ってる ・・・ ぼくの ぼくの 子供たち ・・・ 」

「 ははは ほうら、どうした? 父さんが泣いていると子供達に笑われとるぞ 」

「 ・・・ うは ・・・ は ははは 」

二人を両腕で抱っこしているヒトは 泣いて笑ってまた泣いている。

< このヒト ・・・ おと〜さん  だ! >

< ・・・ おと〜さん? >

< そ!  二人でごあいさつ、しよ! >

< ・・・ ごあいさつ? >

< いい?  いっせ〜の〜せ、で笑うよ! >

< ウン わかった ・・・ >

< いっせ〜の〜せ! おとうさ〜ん  コンニチワ >

< ・・・・ チワ! >

 

「 あ!  ・・・・わあ〜〜〜 二人してぼくを見て 笑ってる・・・笑ってくれてる〜〜 」

  ― お父さんはまたしたても 泣いてしまったんだけど。

にこにこにこ・・・!  すばるはいつだって笑っているのが好きなのだ。

 

 

 

   カッチャ ・・・ カッチャ ・・・・

 

ランドセルが二つ、 ゆっくり並んで歩いてゆく。

「 それでさ〜 ボクんちのお父さんがね〜 きっぷ を見せてくれるって! 」

「 うわ〜〜 いいなあ〜〜 わたなべ君〜 」

「 いっしょに見ようよ〜 こんどの土曜日、こいよ、すばるクン 」

「 え〜 いいの?  うわ〜〜うれしいなあ〜〜 」

「 お父さんもね、しまむら君といっしょに見なさいって 」

「 うわ うわ〜〜♪  ・・・ あ じゃあ また明日な〜 」

「 ウン!  ばいば〜〜い ・・・! 」

「 ばいば〜〜い わたなべく〜〜ん! 」

国道の手前の角で 二人は手をぶんぶん振って左右に分かれた。

「 ばいば〜い・・・  あ〜〜 お腹すいたな〜 オヤツ、 なにかな〜〜 」

すばるは のんびり歩いてゆく。

今日はソロバンの日で 学校の帰りにソロバン教室に寄ってきたのだ。

しんゆう のわたなべ君といっしょだ。

わたなべ君とは 幼稚園の時からの  しんゆう で、お家にも遊びに行ったり来たりしている。

「 きょ〜うのオッヤツは な〜にっかな〜〜♪ ふんふんふ〜〜ん♪ 」

すばるはハナウタを歌いながら の〜んびりお家に向かった。

 

 

「 はい オヤツよ、すばる〜〜 」

「 うわ〜〜〜い♪ 

お母さんは 出来たてのほっと・け〜き と ミルク・ティのカップをテーブルに置いた。

ほっと・けーき の上にはハチミツがとろ〜〜り掛けてある。

「 あ お母さ〜ん ジャム、ある? 

「 あら ・・・ ジャムの方がよかった? すばるはハチミツが好きって思ったんだけど・・・ 」

「 ハチミツ、好きだよ〜 ジャムも好き〜 だから一緒にのっけて♪ 」

「 ・・・え ・・・ すごく甘くない? 」

「 すご〜く 甘いのがいい! 」

「 ・・・ はい はい。   あ! ミルク・ティにはもうお砂糖、入れてあるわよ! 」

「 うん でももっと甘いのがいいんだ〜 」

すばるはにこにこして お砂糖をもう一杯、ミルクティに入れた。

「 ・・・ ほら、 ジャム。  本当にすばるは甘党ねえ・・・ ジョーにそっくり。 」

「 うん♪ 僕、お父さんとそっくりだも〜ん♪ 」

すばるは甘いモノが好きなのだ。  毎朝のトーストにもたっぷりジャムを塗るし、

ミルクにもお砂糖を入れる。

チョコやアメも好きで ケーキは勿論、お饅頭とかカリントウも好き。

ぷっくりした指で ホット・ケーキをフォークに突き刺して えいや! と齧りついた。

「 うわ〜〜〜 おいしい〜〜♪ おいしいね〜 お母さん♪ 」

すばるはほっと・けーきを食べて にこにこにこ〜〜っと笑う。

「 まあ そう?  うれしいわぁ すばる ♪ 」

お母さんも にっこり笑って、すばるのほっぺに ちゅ♪ をくれた。

 

   えへ・・・へへへ・・・ ほっと・けーき 大好き♪

   でもって  お母さん〜 もっと好き♪

 

お母さんの ちゅ♪ はいつだってとびっきり甘い ・・・と思う。

だから すばるはお家でもにこにこにこ・・っとしているのだ。

「 あ ・・・ すばる〜〜 体操服、 持って帰ってきた? 

「 ・・・ あ。 忘れちゃったぁ〜 」

「 ・・・ ( やっぱりね ・・・ ) 明日、絶対に持って帰ってね! 」

「 は〜〜い  ランチョン・マット、 持ってかえってきたよ 」

「 まあ よかった ・・・ 今度から忘れないでね? 」

「 うん。  あ〜〜〜 おいしかったあ〜 ごちそうさま〜〜 」

「 うふふ ・・・ ああ お母さん、すぴかのお迎えとお買い物に行ってくるから・・・ 

 おじいちゃまとお留守番、していてね。 」

「 うん!  おじいちゃまは? 」

「 お部屋にいらっしゃるわよ。 」

「 おじ〜ちゃま〜〜 ただいま〜〜 」

すばるはにこにこしつつ おじいちゃまのお部屋に行った。

 

   いつもご機嫌で いいのだけれど・・・・

   もうちょっと キリ! っとしたところが欲しいわねぇ

   甘党もいい加減にしないと、 メタボまっしぐらだし・・・

   男の子なんだもの、 サッカーとか野球とか 

   外で暴れまわって欲しいなあ 

 

ジョーにそっくりな後姿をながめつつ、フランソワーズはこっそり溜息を零していた。

 

 

 

     サワサワ ・・・・ ザワ ・・・〜〜〜!

 

なんだか風が強くなってきた。

「 あ〜〜〜 ヤダなあ・・・ すぴかのお迎えまでどうぞ雨になりませんように ! 」

フランソワーズは 空模様と睨めっこしつつ、シンクの中を片付けた。

晩御飯はだいたい出来上がった。 あとは 皆の顔が揃ってから最後の一味、だ。

「 今日はジョーも早く帰れるって言ってたわね。

 久し振りで全員揃って晩御飯〜〜 うふふ ・・・ なんだか嬉しいな。 

 おっと すぴかのお迎えに行かなくちゃ ・・・ 」

エプロンを外し フランソワーズはジャケットを取りにいった。

 

     ザザザ ・・・  ザザザ ・・・・

 

風は波の音をも大きくし、 夕方になって少し冷えてきた。

「 ・・・ ったく 本当にのんびり息子なんだからあ〜〜 ・・・ 」

フランソワーズはぶつぶつ言いつつ、自転車を門まで曳いてゆく。

「 男の子って・・・ 子供の頃は皆あんな感じなのかしら ・・・ 」

身の周りに男性諸氏は多いけれど、 みな大人になってからの <付き合い> だから

プライベートな姿はあまり知らないのだ。

彼女が日常の、ありのままの生活態度を知っている男性は  父や兄、そして ジョーだけ・・・

「 パパは ・・・ 大人だったし。  お兄ちゃんとは年も離れていたもの・・・

 わたしが子供の頃にはもうリセに通っていたから なあ・・・ 

 朝はパパもお兄ちゃんも 私よりずっと早かったし。  」

 

 

「 パパ〜〜 お早う〜〜 」

「 やあ お早う、ファン。  我が家の姫君の今朝のご機嫌はいかがかな 」

新聞を広げていた父は ちゅ・・・っとオデコにキスをしてくれた。

「 寝スケ・ファン〜〜 オハヨ。 」

「 お早う〜〜 お兄ちゃん。  寝坊なんかしてない! 」

「 ふん、 チビにはまだ早い時間だもんな〜 」

「 チビじゃありません〜〜 」

「 小学生だろ〜〜  おっと・・・ もう行かなくちゃ。  イッテキマス〜〜 」

兄は 早々に食事のテーブルを立って登校していった。

父も母とキスを交わし、ちっちゃな・ファン の頬にもキスを落として出勤した。

パリの朝は 活気に満ちていた。

 

恐らく 母が二人を起こしていたのだろうけれど、彼女にその記憶はない。

「 う〜〜ん・・・? ママンがぶつぶつ言ってたこともなかったような気がするし。 」

 では 一番の身近な男性 ・ ジョー ・・・ なのだが。

「 ― 確かに 寝坊大王でのんびりで甘党 よ。

 じゃ ・・・ すばるのアレは み〜〜んな父親譲りってことなの? 

 ・・・でも ねえ。 ジョーってばカッコイイのよね〜〜〜♪ 」

そろそろ西の空が染まってきた庭先で 彼女はひとり、にっこりしている。

 

  ― 彼らの 特殊な事情。  

 

幸いにも近年はあまりそちらに拘ることはなかったけれど。

あの・・・日々が始まるのは もしかしたら明日かもしれないし、一時間後かもしれないのだ。

今のこの当たり前の生活 がずっと続く保証などどこにもない。

心の隅にはいつも ひんやりした覚悟が置いてある。

勿論 そんなモノはずっとお蔵入りになってくれればそれに越したことはないのであるが。

「 そりゃ・・・ できればもうあの服は着たくはないわ。  廃棄したいくらいよ。

 でもね〜〜 うふふふ・・・ ジョーってばねぇ 〜〜 」

 クスクスクス ・・・・ 彼女は小さく笑ってしまう。

知り合った時は  009   だった。  その後もず〜〜っと 009 として接していた。

「 優しいヒトなんだ・・・ってことはすぐにわかったわ。

 そして いつだって果敢に行動して勇気があって♪  

 そうそう ・・・仮眠中には葉っぱが揺れる音でも ぱっと飛び起きてたっけ・・・

 大胆で かつ 細心の注意深さを持っているのよね。 」

彼は最後に加わったメンバーで いわば新人だったけれど、あっと言う間に皆に追いつき −

そして追い越した。  彼はいつだって真っ先に <飛び込んで> 行った ・・・

 

  ― だ け ど。   

 

ごく ・・・ ごく普通の、当たり前の日々が始まった時。

つまり 009  から 島村ジョー に戻ったとき ・・・ 彼女は我が目を疑った。

 

   ・・・え えええ ???  ・・・ このヒト、本当に 009  なの??

 

一つ屋根の下で暮らすようになった時、 それはまだまだ結婚前だったけれど 

彼女の目の前には 全然別人! と思える青年が居たのだ。

ついにある日 ― 思い余って 彼女はギルモア博士に尋ねた。

「 あのう ・・・ 博士。 ジョーって ・・・最新型 なんですよね? 」

「 うん? ・・・ ああ まあそうだが。 どうかしたかね? 」

「 いえ  あのう ・・・ 最新型にはそのう、わたし達第一世代タイプとは違って・・・

 そのう〜〜 変換スイッチ が付いているのですか? 」

「 なんじゃと? へんかん ・・?? 」

「 ええ! そうです、 そのスイッチひとつで ぱ・・・っと変わる とか・・・ 」

「 ジョーには加速装置のスイッチはあるぞ? 」

「 それは知ってます。 そうじゃなくて。 そのう ・・・ 人格がぱっと変わるスイッチです。 」

「 ・・・ ほえ ぇ ???? 」

「 だって。 ジョーってば・・・ 009 の時と別人みたいでしょう??

 ジョーってば  朝、寝坊ばっかりだし  なんかいつもぽ〜〜っとしてるし。

 ごめんね が口癖だし。  いつもこそ・・・っとリビングの隅にいるし。 

 ねえ 全然別のヒトみたいですよねえ? 」

「 ・・・フランソワーズ お前 ・・・ 」

「 だから ですね、 そんなジョーが ぱ!っと  009  になる時には ・・・

 なにか変換スイッチ が ON! になるのかなあ〜って思って。 」

「 いや  その ・・・ フランソワーズ ・・・ 」

「 そのスイッチ、どこにあるんですか?  お腹の中、かしら。 」

「 ・・・ フランソワーズ ・・・ お前はほんにアイツには勿体ない女性( ヒト ) じゃなあ 

「 ・・・ はい ?? 」

今度はフランソワーズがアタマをかしげている。

「 なんですの?  あの なにかあったのですか? 」

「 いやいや〜〜  まあ 仲良きことは美しい哉、 となあ。 」

「 ・・・ はあ ・・・ 」

フランソワーズには わかんないことだらけだった。

思えば 今の彼女の夫の姿こそが 島村ジョー という人間の本質なのだろう。

そしてまた 009の怜悧さ大胆さ そして 勇敢さもまた 彼の資質でもある。

 

「 ・・・ そうよね〜〜 人間って複雑なのよ。 

 あら ・・・ じゃあ すばるだってそんな素質も持っているってこと?  う〜ん・・? 」

母親の彼女でさえ  いつもにこにこ・・・すばるクン  の姿しか思い浮かばない。

「 う〜ん ・・・・?    男性の生態はナゾだわ〜〜〜  

  ヒュン ・・・・  木枯らしのシッポみたいな風が寒さをつれてきたようだ。

 

   ザザザ ・・・ ズサ ッ !

 

フランソワーズは下り坂を利用して イッキにスピードをあげた。

「 さあ〜〜 このまま突っ走れば〜〜 あっという間に 〜〜 あら? 」

国道に差し掛かったところで 前方に見慣れた姿を発見した。

「  ジョー〜〜〜 !  お帰りなさ〜〜い ! 」

「 ?  やあ フラン〜〜  タダイマ〜〜   あれ。 これから買い物かい。 」

彼女の旦那様が ぷらぷら国道沿いに歩いてくるところだった。

   キュ キュ 〜〜〜  ザ ・・・!  彼女は急ブレーキをかけた。

「 ううん。 これからね、すぴかのお稽古のお迎えに行くのよ。 

「 お稽古?  ああ バレエの日だったね、今日は。 」

「 そうなのよ。 」

「 ふうん ・・・ それじゃ さ。 ぼくが代わるよ。 

 なんだか冷えて来たし。  その自転車、貸してくれ、 ぼくがすぴかを迎えに行こう。 」

「 あら いいの? お仕事帰りで 疲れてない? 」

「 あ そんなにオジサンじゃないぞ? それに自転車で飛ばせば気分爽快さ。 」

 ピュ・・・ !   ジョーは手で風を切ってみせた。

「 気をつけてよ? すぴかを乗せてるんだから。 ・・・加速装置!ってしないでよ? 」

「 ははは ・・・ 冗談さ。  じゃあ ― タッチ交代〜 」

「 はいはい。 それじゃ ・・・ お願いね。 あ 場所は知ってるでしょ。 」

「 うん、何回かすぴかと一緒に行ったからね。 じゃあな〜 」

「 ええ。  あ! ねえねえ ・・・ 帰りにね、商店街で調理用のワインを買ってきて? 」

「 へいへい。  了解いたしました〜〜 」

ジョーの自転車は あっという間に道を曲がって行った。

「 ふふふ ・・・ やっぱりスピードが違うわねえ。 さすが ジョー・・・♪ 」

彼女は ちゅ・・・っとキスを投げてから ぽくぽく家路についた。

 

 

「 おかあさ〜〜ん♪ ・・・・  え? 」

 

すぴかはお稽古場の出入り口から走って出てきて ― 固まってしまった。

見慣れたウチの自転車には  お父さんがにこにこ・・・ すぴかを待っていた。

 

    え ・・・?  お かあさ ん  じゃ  ない の?

    お母さん ・・・ 来て くれない  の ??

 

お稽古の後の身体も気持ちもふわふわ〜っとかる〜くなっていたのが ぺっちゃんこになった。

「 やあ すぴか。  ちゃんとお稽古、してきたかい。 」

「 ・・・ お父さん ・・・ あの  お母さん は? 

「 さあ 後ろに乗って。  え? なに。 」

「 あの さ。 お母さん は? 」

「 ああ ・・・ お母さん、晩御飯の準備とかで忙しいだろう? 

 だから代わりに 今日はお父さんがすぴかのお迎えに来たんだ。 ほら 乗って? 」

「 ・・・ お母さん ・・・  」

「 さあ 帰るよ。  ・・・ おい すぴか? 」

「 ・・・・・・・ 」 

すぴかは じ〜〜〜っとその場に立ち尽くしていたが ― 

 

    ポロポロ ポロポロポロ ・・・!   突如 大粒の涙を盛大に零し始めた。

 

「 ??? え えええええ・・・?? 」

ジョーはびっくり仰天 ―  彼も娘の傍らに立ち尽くしてしまった ・・・

 

 

 

Last updated : 10,30,2012.                 index       /       next

 

 

 

*******  途中ですが

【 島村さんち 】 の設定を拝借しております <(_ _)>

なにも起きない、あったり前の日々 ・・・