『 お手をどうぞ ― (2) ― 』
カチ カチ カチ ・・・・
ジョーは ギルモア邸の裏庭まで入ってきてから加速装置を解除した。
「 ふう ・・・ なんとか間に合ってよかったなあ〜〜 」
う〜〜ん! と大きく伸びをして ついでにぼ〜〜っと空を眺めた。
まだ 昼前、朝の空気もすこしは残っている青空だ。
「 あ〜〜〜 いい天気だあ〜〜 うん 」
ぶんぶん両腕を振り回しつつ、 裏庭の真ん中に生えている柿の木を眺めた。
「 お。 天辺のアレ・・・ いい色になってきてる〜〜 よ〜し ・・・ 」
木の下までくると ぽん、 と跳びあがり ― 一番上の枝から艶々した実をいっこ、
捥いだ。
「 あは〜〜 美味そう〜〜〜 へへへ 」
きゅきゅっと防護服でその実を拭い がぶり、と一口。
「 〜〜〜〜 ん 〜〜〜〜 んま〜〜〜〜 ♪ あ 博士にも取ってこっと。」
もう一回 ひょいと跳びあがり濃いオレンジ色の実をゲット。
「 あ これも美味そう〜〜 ふんふん♪ ただいま帰りましたァ〜〜 」
009は、 柿を齧りつつの〜んびり玄関を入っていった。
「 博士〜 ただいまです〜〜 」
「 おお お帰り。 首尾はどうじゃった? 」
リビングのソファから 博士は腰を浮かせた。
「 ちゃんと時間に間に合うようにアルベルトを送り届けましたよ。
・・・ あ〜〜 やっぱ彼、重いよなあ・・・ 腕が筋肉痛になりそう〜〜 」
ジョーはさかんに両腕を振り回す。
「 ははは ・・・ ようくほぐしておけ。 そうか 間に合ったか それはよかった。」
「 ハイ 」
「 で レッスンはどうじゃった? アルベルトはちゃんと弾いておったかの?
あの大先生のご機嫌は?? 」
博士は身を乗り出し勢いこんで聞いてきた。
以前 フランソワーズがレッスンに通うことになったとき、<保護者>として
付いてゆき 主宰者のマダムに挨拶を交わしている。
「 博士〜 この服では・・・ 建物の中にだって入れませんよ〜〜〜 」
「 だ な。 まあ アイツのことじゃ、なんとかしているのじゃないか・・・ 」
「 ぼくにはよくわかんないけど・・・
最初はぶつぶつ言ってたけど 稽古場に着いた時には結構やる気満々だったですよ? 」
「 ふふふ・・・ やはりピアノに触れるのは嬉しいのじゃろ。 」
「 そうですねえ ・・・ あれ? アルベルトってばドイツではず〜っと
長距離運輸のドライバー 続けてますよねえ? ピアノ関係の仕事、すればいいのに 」
「 うむ ・・・ コズミ君の < 改造 > 後もなあ ・・・ 」
「 トラック野郎が気に入ってるのかもしれませんよ。 」
「 ワシにはようわからんが ・・・ 本人次第じゃからな。 」
「 そうですねえ。 あは なんかちょっと 羨ましいなあ〜って思いました。 」
「
羨ましい? アルベルトが か? 」
「 いえい あの二人が ・・・ やりたいこと
ちゃんと見据えてる。
フランもアルベルトも ・・・ これ!ってものを持ってていいなあ〜って。 」
「 お前はどうなんじゃ なにかやりたい事とかあるのじゃろう?
今の仕事も楽しそうじゃないか。 」
「 え ・・・ 楽しい・・・っていうか〜〜 周り全部が目新しくて
出版社の雑用っていろいろあるんですけど できれば カメラ やってみたいなって・・ 」
「 カメラ? 撮影のことか? 」
「 はい。 取材の助手とかしてて・・・ ぼくにも撮れるかなあ 撮ってみたいな
こう〜〜
動いているものの美しさを 一瞬で捉えるっていいなあって思って。 」
「 ほう〜〜? それはいいなあ〜 」
「 でも具体的には まだ・・・ なにをどう撮ればいいかなあ〜 」
「 ふふふ・・・ 最高の被写体があるじゃないか。 」
「 へ? 」
「 お前の身近に さ。 ― ダンサーの美しさ。 撮らせてくださいって
頼んでみればいい。 」
「 ― あ! そ っか・・・ ふ フラン ・・・ 」
途端に ジョーは真っ赤になった。
「 動く美 か。 いいのう〜〜 加速が専売特許のお前が写真に興味をもつのも
また面白いな。 」
「 そ そうですか ・・・ えへ ・・・ フラン、オッケーしてくれる かな 」
「 それはまあお前の頼み方如何じゃな。 おい 頑張れよ? 」
「 あ ・・・ は ・・・ でも ぼくの言うコトなんかマジメに聞いて
くれるかなあ 」
「 おいおい〜〜〜 しゃきっとせんか! 」
「 ぼくなんか・・・ 視界に入ってない かも 」
コイツ〜〜〜 いい加減でちゃんと認識せんか !
お前 一目惚れしておるだろうが!
博士はこの朴念仁な青年の背中を一発 ド突きたい気分になった。
「 ま〜 とにかく着替えてこい。 うん? なにを後生大事にもっておるのじゃ? 」
「 ? あ これ! 裏庭の柿! 今年もオイシイですよ〜〜 」
ごろん。 赤い丸いものがころがった。
握っていた柿をテーブルに置くと茶髪ボーイはのんびりと自室に上がっていった。
「 ・・・ は??? いい年をして〜〜 子供みたいじゃな・・・
ふむ ・・・ 確かにこれは ウマい♪ 」
博士もむぐむぐ、色づいた柿を頬張っていた。
― さて その頃。 都心近くのバレエ団では ・・
「 あ! アルベルト〜 ここよ〜
」
フランソワーズが稽古着のまま 玄関に飛び出てきた。
「 こら。 はしたないぞ ! 」
「 え? あらあ〜 これはわたし達の仕事着なのよ。
ねえねえ 間に合ったわね。 ・・・ ジョーは? 」
「 帰った。 … あの服で顔 だせるか? 」
「 うふふ〜〜 そうねえ。 コスプレですかっていわれそう・・・
ハロウィーンにはまだちょっと早いし。 」
「 ふん おしゃべりより挨拶しないと・・・例のバアサン先生にさ。 」
「 し〜〜〜〜! 聞こえるわよぉ〜〜 こっちよ! 」
「 ふん・・・! 」
フランソワーズは 彼を事務室に連れていった。
その日 バレエ団の朝のクラスは 五分ほど遅れて始まっただけだった。
「 おはよう。 ごめんなさいね、遅れました。
え〜 ・・・ 今朝のピアニストさんは ヘル・アルベルト。 どうぞよろしく。
前に一度、ピンチ・ヒッターをお願いしたわね、皆 覚えているでしょ? 」
マダムが紹介すると ダンサーたちは一斉に優雅にレベランスをした。
「 始めますよ 二番ポジションから ! あ ・・・? 」
マダムは ふっとピアニストを振り返った。
「 日本語でどうぞ。 」
「 ありがとう。 ドゥミ・プリエ二回 グラン・プリエ一回〜〜 ポール・ド・ブラ
前 後ろ 一番 横 横 四番 後ろ 前 五番で回してね。 どうぞ 」
ぽ〜〜ん ・・・ 四拍の前奏を付けてゆっくりと音が流れだした。
フランソワーズはいつもの、壁側のバーに付きその前には仲良しのみちよがいる。
朝のレッスンは 淡々と、いつもの通りに進んでゆく。
響くのは ― ダンサー達の靴音とピアノの音 そしてマダムの指示と お小言の声。
「 三拍子ですよ! ちゃんと音、聞いて! 」
「 ポール・ド・ブラ〜〜 柔らかく〜〜〜 」
・・・すごいわあ〜〜〜 アルベルト〜〜〜
バレエ・ピアニストってやったことないのに・・・
あ! 前に一回だけ弾いてもらったこと、あったけど・・・
すご〜〜い この音 いいなあ〜〜
フランソワーズはどうも気になって仕方がない。
レッスンはどんどん進んでゆく。
「 ― はい ストレッチ〜〜 えっと 32カウントで右と左、お願い。 」
「 了解 」
ピアニストは短く答えると ショパンの曲をアレンジして弾いた。
ふううう ・・・・ あ〜〜〜 なんか聞きほれちゃった♪
バーレッスンが こんなに短く感じるなんて 〜〜
フランソワーズはストレッチをしつつ タオルに顔を埋めた。
「 ・・・ ねえ ねえ フランソワーズ〜〜 彼 ステキね! 」
隣のみちよが こそ・・・っと声をかけてきた。
「 うふふ・・・ そうでしょ? ピアノの音も 」
「 うん! すっご〜〜〜くバーが短く感じたもの〜 ね! カノジョ、いるの? 」
「 へ?? 」
「 だ〜〜から 彼・・・ 奥さん持ち? 」
「 あ ・・・ カノジョ、居るわ。 すごく大切に想っているヒトが ね 」
「 そっかあ〜〜〜 残念〜〜 」
バーのそこここで ぼそぼそ・・・声が聞こえ、皆 リンバリングをしつつ
チラチラ・・・ 銀髪のピアニストに視線を走らせていた。
「 はい センターね。 え〜〜と ? 」
ザワ ザワ ザワ ・・・ 移動バーを片づけてダンサー達がセンター後方に集まる。
「 ・・・ で 〜〜 ゆっくり ね。 え〜〜と 5人づつね〜 」
マダムは アダージオの振りをぱぱぱっと指示した。
「 音 お願い、 あ 最初、私がやるからちょっとゆっくりしてね〜〜〜 」
「 ・・・・ 」
ぽん、と < 了解 > の音が聞こえ ・・・ すこし遅めなテンポで音が流れだした。
「 ・・・ 〜〜〜 ・・・っと ロン・デ・ジャンブ アンレール〜〜〜 ね
はい それじゃファースト・グループから〜〜 」
ミストレスがぱぱぱっと順番を指示し ダンサー達はその振りを頭の中で組み立てる。
それを音と一緒に踊ってゆく。 似たパターンの振りはあるが毎回全く同じ・・というのは
プロフェショナル・クラスではありえない。
子供のクラスでも 簡単なパを幾つか順番を変えて組み合わせる。
「 悪くないわ はい next ! 」
どんどんクラスは進んでゆく。
フランソワーズは最後のグループでほぼ同年代と思われる娘たちと一緒だ。
「 フランソワーズ? どこ見てるの! みちよ〜〜 音 音 聞いて! 」
マダムの注意は厳しいが 的確で 誰もが う〜〜・・・! とイタイところを突かれた、
という顔をしている。
「 ねえ 皆? 音! ちゃんと聞いて〜〜〜 ワルツなのよ、三拍子なのよ〜〜
踊りから音が聞こえませんっ 」
「 ・・・・・ 」
「 あ もう一度弾いてくださる? 」
「 ・・・ 」
返事の代わりにすぐに柔らかいワルツが流れだす。
「 ね 〜〜 すごく素敵な音じゃない? これ 踊るのよ!
音で 踊るのじゃなくて! 音を! 踊るの! いい?
じゃ アレグロね〜〜 え〜〜と ・・ 」
素人目には なにがなんだかわからない組み合わせなのだが ・・・
ダンサー達は軽々と踊る。
わ♪ 跳びやすい〜〜 音が跳ばせてくれるわあ〜
フランソワーズは 思わず、ピアノの方を見てしまった。
「 ・・・ ね〜〜 ステキ いいね! 跳ばせてくれるよね、彼の音〜〜 」
「 うふふ〜〜〜 みちよもそう思う? 」
「 思うよ〜〜〜 ほら 皆 ・・・ まりさん とか かおるさんもにこににしてるじゃん? 」
「 あら ホント。 ふふふ〜〜 先生も♪ 」
「 ごっきげんだね〜〜 」
若い二人は スタジオの隅っこでボソボソやっていた。
クラスはいつもの通り ― いや いつも以上に全員の熱気に満ちて終わった。
最後のグラン・フェッテ( 女子 )とセゴン・ターン( 男子 )では大いに盛り上がったのだった。
「 はい お疲れ様〜 」
マダムの声に ダンサー達は 一斉に優雅にレベランスをし
それから 全員でピアニスト氏へ
盛大な拍手を送った。
「
メルシ ボク
ムッシュウ 〜〜〜 」
マダムは 膝を折り優雅に会釈をすると すっとピアニスト氏に近づくと
身を屈め イスに腰かけている彼の頬にキスをした。
「 これは ・・・ 光栄ですな マダム。 」
ピアニスト氏は 静かに立ち上がると、マダムの手に口づけを返した。
きゃ・・・ ♪ ほう〜〜〜 ・・・
ダンサーたちからはため息が上がった。
ね〜〜 なんかさ〜〜 外国の映画を見てるみたいだね〜〜
あっは・・・あ〜いうのって 俺らにはできね〜な〜〜
やってもサマになんね〜よ〜〜〜
・・・ ステキ♪ ねえ ねえ〜〜 フランソワーズ〜 彼ってえ〜〜
「 ふふふ 本当に素晴らしいピアノをありがとうございます。
どうぞ 事務室にいらして? 挽きたての珈琲、いかが。 」
「 お それは願ったりですな。 では 」
外野の騒めきを他所に 主宰者とピアニスト氏は静かにスタジオを出ていった。
「 ね〜〜 ね〜〜〜 フランソワーズってばあ〜〜 」
「 あ ちょ ちょっと待って。 アルベルトォ〜〜〜 」
フランソワーズは仲間たちの輪から抜けると 後を追って駆けだした。
「 アルベルト〜〜 帰りは ・・・ ねえ 待って〜 」
事務室の前で彼をつかまえた。
「 おう? なんだ。 」
「 あのね! 帰りなんだけど ・・・ 道順 わかる? 」
「 は? 」
「 わたし、午後にベビーさんクラスのお手伝いがあって・・・ 一緒に帰れないから 」
「 あ〜 なんとかするさ。 それよりも フランソワーズ! クラス中 どこみてる!
お前な 音 外すな!
」
「 ! 外してないわよ わたし。 」
「 い〜や。 微妙〜に遅れるぞ 」
「 うそぉ〜 ・・・ あれ
だって見てなかったでしょう?? 」
「 お前の足音なら飽きるほど聞いてるからな〜 トウ・シューズでも特徴は同じだ。」
「 ・・・ う〜〜ん そう?? 」
「 レッスン 真面目に受けろ。 俺は先に帰るぞ 買い物したいからな。 」
「 買い物?? まあ〜 珍しい
〜〜 」
「 楽譜だよ バカ。 」
「 楽しそうなおしゃべりの最中にごめんなさいね〜〜 」
廊下でぼそぼそやっていると ドアが開いてマダムが顔をだした。
「 きゃ・・・ 失礼しました〜〜 」
フランソワーズはすっとんで逃げて行った。
「 うふふ? 珈琲、淹れました。 どうぞ? 」
「 あ すまんです ・・・ 」
アルベルトは事務所の奥の応接間に案内された。
ふう ・・・ん ・・・
ティ ・・・ ン 陶器のカップが静かにソーサーに戻された。
「 ・・・ いい豆ですね。 」
「 この近所に美味しい珈琲専門店がありますのよ。そこのオリジナル・ブレンドです。 」
「 ほう? 帰りに買いに寄ります。 」
「 ええ ええ お勧めしますわ。 」
「 〜〜〜 どうもご馳走様でした。 」
アルベルトは席を立とうとした。
「 あ・・ お待ちになって。 」
「 はあ? 」
「 ね これから三週間 ウチで、 私のクラスで 弾いてくださいませんか?
頼んでいたピアニストさん、急に留学が決まってしまって・・・
是非 お願いできませんこと? 」
「 いやあ … 正直言ってバレエの曲は 『 白鳥〜 』 くらいしかきちんと
弾いたことないんで とてもレギュラーでのバレエ・ピアニストは務まらないですよ。 」
「 いいえぇ とんでもない! 今朝のクラス、本当に 素晴らしかったわ!
ウチのダンサー達も 普段よりずっと素晴らしく踊っていました。
クラシック・バレエには やはり古典の曲が一番ですわ。 」
「 ・・・ ちょっと考えさせてもらえますか 」
「 勿論〜 せっかく休暇にいらしたのに ・・・ 申し訳ないんですけど 」
「 いや それはいいんです、気分転換に来たんですから ・・・
ただ俺のピアノでいいのかって そこが問題です。 」
「 問題はありませんわ、ええ ピアノに関しては ね。
いいお返事をお待ちしております。 」
「 今日中に返事しますよ。 明日の朝のレッスンに間に会うようにね。 」
「 メルシ ムッシュウ いえ。 ダンケ・シェーン ヘル・アルベルト。 」
ぎゅ。 二人はしっかりと握手をした。
アルベルトは帰りに銀座に足を向け専門店で山ほど楽譜を買った。
「 ただいま 」
「 あ アルベルト〜〜〜 お帰り! うわ・・・すごい荷物だねえ 〜〜
あ そっちの袋持つよ。 」
帰宅すると ジョーが玄関に飛び出してきた。
「 ダンケ ・・・ 重いことはないがなあ 嵩張って持ちにくいんだ。 」
「 本? それにしては大きいね? 」
「 楽譜 さ。 ちょいとバレエ音楽について勉強せんとな〜 」
「 あ じゃあ フランのバレエ団の仕事、上手くいったんだね〜〜 さすがだね 」
「 いや もう冷や汗ものさ。 ・・・しばらく臨時のピアニストを引き受けようと
思ってな。 そのためには練習しなけりゃ ・・・ あちらさんはプロフェッショナルなんだ。
こっちもプロの仕事、せにゃならん。 」
「 そっか〜〜 凄いなあ〜 」
「 いや これからが勝負さ。 あ リビングでしばらく練習してもいいかな? 」
「 もっちろ〜〜ん♪ あ 一応博士に聞いてみるけど・・・僕は大歓迎さ。 」
「 ダンケ。 博士には俺からお願いしてみる。 」
「 オッケーだよ、絶対に。 ・・・ なんかさ〜 羨ましいや ぼく 」
「 羨ましい?? 」
「 ウン ・・・ アルベルトやフランが さ。
こう〜〜 やりたいことがはっきりしてて・・・ なんていのうかなあ〜
目標が射程距離内に見えてるってカンジ。 」
「 あは ・・・ 見えてても射止められるかどうかは ― 神のみぞ知る、だ。 」
「 そうかもしれないけど ・・・ 」
「 ジョー お前は? お前のマトはなんだ。 」
「 え ・・・ ウン ・・・ 博士にもハッパを掛けられちゃったんだけど ・・・ 」
ジョーは とつとつと < ぼくのやってみたいこと > について話した。
「 ふ〜ん ・・・ それじゃ 駅まで迎えに行け! 彼女をさ! 」
「 え?? 」
「 自転車でいいさ、飛んでゆけ。 それで ― 」
「 う うん ・・・ 」
ジョーは ものすご〜〜〜く真剣な顔で頷いた。
たたた ・・・ 金髪美女が息せき切って改札口から駆け出してきた。
せっかくの金髪はきゅっと括られ大きなバッグをタスキにかけて スニーカー履きだ。
「 わ〜 急がなくちゃ〜 晩御飯は
肉じゃが だもんね〜 」
教えを終えて 大急ぎで帰ってきたところだ。
「 スーパー 寄って〜〜 え? 」
キキ〜 ・・・ ! 赤い自転車が目の前に停まった。
「 あ あの! 」
「 ?? まあ ジョー ? 」
よく知ったセピアの瞳が に・・・っと笑っている。
「 えへ
買い物の荷物持ちするよ! 」
「
うわ アリガト〜
あ ジョーも 今帰り? すごい偶然ねえ 」
「
あ あ〜うん
まあね〜
さ 買い物、行こ! 」
「 うん。 わあ〜〜 嬉しいわあ〜〜 」
「 あは ・・・ 」
二人でスーパー行って 満杯買い物をした。
「 ・・・ ジョー・・・ 大丈夫? 」
「 へ〜き へ〜き。 さ 後ろに乗って! 」
「 え ええ ・・・ 」
満杯のレジ袋を抱えたフランソワーズをのせてジョーは 漕ぐ。
真っ赤な自転車を 漕ぐ。
「 〜〜〜〜 ジョー〜〜〜 ホントに だいじょうぶぅ〜〜〜 」
「 大丈夫 ! だって ぼくは 」
「 ぼくは ? 」
「 ぜろ ぜろ ないん なんだ〜〜〜〜〜よ! 」
「 うふふ ・・・ そうね〜〜〜 」
ジョーは 漕ぐ。 田舎道をぐいぐい〜〜 赤い自転車を漕いでゆく。
「 あの
さ ・・・ ! 」
「 ・・・ なあに 」
「
あの〜 頼みたいこと あってさ きみに ・・・
」
「 頼み? あ ! 肉じゃがに人参入れるな でしょ? 」
「 !! ち 違うよっ あの さ 写真 撮らせてくれる? 」
「 写真? なんの? 」
「 き きみ の! 」
「 ・・・ え ??? 」
「 あ あの! ぼく カメラやりたいんだ。 フラン、きみを撮りたい
動く 踊る 活き活きとほほ笑むきみを! 」
「 ・・・ ジョー ・・・ ステキ ね! 」
いやっほ〜〜〜〜 ・・・・!!! 赤い自転車はぐん!とスピードを上げた。
「 ただいま〜〜〜 」
「 ただいまもどりましたァ 」
ジョーとフランソワーズが 玄関のドア開けると ― ピアノの音がした。
「 あら・・・・ 」
「 アルベルトが練習してるんだ。 あ 荷物、キッチンにもってゆくね。 」
「 ありがとう ジョー。 」
フランソワーズはそっとリビングのドアを開けた。
「 ― ずっと弾いてなかったからな。 指が縺れる・・・ 」
「 うそ言って♪ 今日のクラス、ステキだったわあ〜〜 」
「 ダメだ。 練習しないと ・・・ お前達ダンサーに、それに あのバアサン先生に
負けるわけにはゆかん。 」
「 し〜〜〜〜っ! 聞こえる・・・わけ ないか うふふ・・・ 」
「 ふふふ お前な〜〜 レッスン中はもっと集中しろよ? 」
「 あ〜〜ら・・・ ピアニストさんのことが心配で 心配で〜〜 」
「 コイツぅ〜〜 」
「 ね! 明日から弾いてくれるのでしょ? 」
「 ・・・ こっちからお願いした。 弾かせてくださいってな。 」
「 きゃ〜〜〜♪ レッスンがもっと楽しみになったわ〜〜 」
「 真面目にやらんと こうだぞ〜〜 」
こん。 手袋をした鋼鉄の拳が金髪に触れた。
「 わ〜〜〜 暴力 はんた〜〜い
」
「 ば〜か 」
「 うふふ ・・・ よろしくお願いしまァす♪ 」
「 また ― 音楽の世界に触れたくなったよ 」
「 まあ! ステキ〜〜〜 」
「 博士とコズミ先生がせっかく開発してくれたんだ ・・・ 使わなくちゃ な 」
アルベルトは しげしげと自分自身の手を見つめた。
― 翌日から三週間 アルベルトは毎朝バレエ団のレッスンで弾いた。
そして最終日の後でバレエ団のピアニストとして契約してくれないか と乞われた。
「 あ すまんです、 あっちで仕事がありましてね。 」
「 まあ ・・・そうね、ドイツでも弾いていらっしゃるんですものね。 」
「 いや。 トラック輸送です。 長距離運輸のドライバーなんで 」
「 !? と トラック??? 」
「 そうです。 ドイツ中のチビたちへクリスマスのプレゼント、
遅れないように届けないと・・・ ソレが俺の仕事なんです。 」
「 そう ・・・ ステキなサンタクロースさんね 」
「 ま 裏方ですけど 」
「 いいえ 最高の仕事だわ。 すごく残念ですけど・・・
それじゃ ― せめてランチにお誘いしてもいいかしら。 」
「 これは光栄ですな。 」
「 あら こんなおばあちゃんでいいの? 」
「 勿論。 マダム? お手をどうぞ 」
「 ・・・ メルシ、ムッシュウ 」
銀髪の紳士の腕に手を預け やはり銀の髪の淑女はハイヒールの音も高らかに
昼の光の中に出かけて行った。
― 同じ日 ・・・
「 ジョー ・・・ なにか あったの? 」
玄関のドアを開けて フランソワーズは思わず声を低くして聞いてしまった。
ジョーが ぼ〜っとした顔で突っ立っているのだ。
「 あ? ああ あ 別に
… 」
「 そう? ねえ ・・・ なんか悪いことでもあったの? 」
「
え あ
ううん
ううん …
あの ! なんか
あったんだ! 」
「 え? 」
ジョーは ぱっと顔を上げ フランソワーズをしっかりと見つめた。
「 あの! せ せ
正社員前提で 契約社員にならないかって!
編集部の
ぶ 部長さんが〜 チーフも推薦してくれたんだ! 」
「 え〜〜〜 すご〜〜〜い〜〜〜 すごいじゃない ジョー〜〜 」
「 う うん ・・・ あの写真、認めてもらえた ・・・ 」
「 写真? あ! わたしを撮ってくれた アレ? 」
「 うん ・・・ 」
『 躍動
』 というタイトルで ジョーは フランの 踊る足、 足首から先 の連写を
作品にして社内誌に投稿していた。
それがどうも目に留まった らしい。
「 アレ さ。 面白いね〜 って。 カメラマンのテクはまだまだ、 でも着想がいいって。
その着想で記事 書いてみろ・・・って! 」
「 すご〜い
よかったわねえ ジョー〜〜 ステキ! 」
「 え えへへ そ
そ それで さ。
」
「 ?? なあに? 」
「 うん ・・・ 」
― がばっとジョーはフランソワーズの前に片膝を突いた。
「
ぼ ぼくと …
!
」
「 ! え ・・・ 」
「 つ つきあって クダサイ ! 」
・・・ お手をどうぞ。 彼の大きな手が
そ … っと差し出された。
***************************** Fin. *******************************
Last updated : 10,13,2015.
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************ ひと言 *********
え〜〜 どうってことない話なんですが ・・・
ピアノ弾くアルベルト 書きたかったんです〜〜
彼のピアノでレッスンしたいなあああああ