『 わたしのパートナー ― (2) ― 』
シャ −−− ・・・・・ !
そっと開けたつもりだったけれど、遮光性のカーテンは思いの他大きな音をたててしまった。
「 あちゃ・・・ やだ、起きちゃったかしら・・・ 」
フランソワーズは首を竦めつつ、そうっと鍵の手になっている部屋の方をながめた。
― ブルーの濃淡模様のカーテンは 少しも揺れてはいない。
「 あ ・・・ よかったあ〜〜 ふふふ そうよね〜まだぐっすり眠っている時間ですものね〜 」
ほっとしたのでついでにテラスに出た。
ふう〜〜〜〜〜 ・・・
早朝の空気、潮の香をふくんだ風を身体いっぱい吸い込み、 そして 勢いよく吐き出す。
「 ・・・ う〜〜〜ん ・・・ いい気持ち 〜〜 ふ〜〜〜〜〜・・・!
あは 一晩中くちゃくちゃ考えていたことが ・・・ キレイさっぱり消えたわ。 」
うん・・と大きく伸びをして、 ついでにテラスの縁をバー代わりに 屋外レッスンを
始めた。
「 ふう〜〜〜 ああ いい気持ち♪ う〜ん 脚さんも元気ねえ ♪ 」
シュ ・・・ シュ ・・・ 素足が気持ちよくテラスの床を踏む。
「 脚も足も足の指も ・・・ ちゃんと動くわ。 わたしの意志通りに動くじゃない?
ねえ 足さん達〜〜〜 今日もよろしく。 」
空に向かって 大き〜〜〜く腕を上げ パッセ バランス! と片脚で立ってみた。
・・・ 〜〜〜っとぉ〜〜 ぐらり。 身体が傾ぐ。
「 ! うわ・・・ ととと・・・ ! 」
以前と同じタイミングで脚を上げたはずなのだが・・・ 重心の位置がまるで違っている。
「 う〜〜〜ん ・・・ こんなこと、 なかったんだけど なあ ・・・
やっぱり < 機械 > のせいでバランスが違っちゃってるのかしら ・・・ 」
003は もっとも生身に近い、とされているが 完全な生身ではない。
集中的に改造された視覚・聴覚の他にも 全身至るところに<人工物>が使用されている。
009ほどではないが 幾つかの人工臓器、そして体内には超小型の酸素ボンベも収納されているのだ。
もっとも それを使用することはめったにないことではあるが・・・
「 ・・・ 仕方ないわ。 今の身体のバランスに慣れること よね。
いつまでもムカシの感覚に頼ってちゃ ダメってことよ。 」
すぅ 〜〜〜〜〜 ふぅ 〜〜〜〜 もう一回 大きく息をすって吐いた。
なんだかきっぱり気持ちが決まった。
「 とにかく。 やるっきゃないのよ フランソワーズ! 踊れるんだもの〜〜〜 ね! 」
太陽に 投げキスをすると、彼女は極上の笑みを浮かべ部屋に 引っ込んだ。
は ・・・ あ ・・・ やっと引っ込んでくれたかあ ・・・
ブル−の濃淡のカーテンの陰で ジョーはほっと胸をなでおろしていた。
「 まいっちゃうよなあ〜〜〜 窓、開けよう〜〜〜 と思ったら さ。
テラスで ミニのネグリジェのまんまで 脚、上げてるんだもんなあ〜〜
・・・ ぱんつ、丸見えだよ・・・
しかし ・・・ ああいう風に堂々と見えちゃうとさ ・・・ なんか少しもドキドキしないよね?
なんなんだろう・・・ 」
ドキドキしない、と言いつつも ジョーは顔を赤くしている。
「 けど・・・ どうしてあんな風に足があがるのかな〜〜 確か・・・こうやって〜〜 」
ぐき。 ずてん どんっ! ジョーは見事に床に尻もちをついてしまった。
「 いってぇ〜〜〜〜〜 ・・・ う〜〜〜〜 脚〜〜〜 ひねったかも・・・ 」
床に転がったまま 涙目になって脚をさする。
さすがの009も 片脚を耳の横まで上げたまま片脚で爪先立つ ・・・ なんて曲芸は
不可能だった。
「 ・・・ やっぱ003は特別仕様なのかなあ〜〜 ・・・
お前には他の8人の優れた処を全て採用した、なんて博士は言ってたけど・・・ウソかも〜〜 」
とんとん腰を叩きつつ、ようやっと立ち上がる。
「 いって〜〜〜〜・・・ ううう ・・・ でもフランってばと〜ってもいい顔してたっけ。
バレエのレッスン、本当にず〜〜っとやりたかったんだろうなあ よかったよ〜 」
「 ジョー 〜〜〜〜 !! 起きてる〜〜〜 朝ご飯!! 」
素晴らしくよく通る声が インタフォンから流れてきた。
「 ジョー〜〜〜〜〜〜〜〜〜 !!! 起きた??? 」
「 あ いけね・・・ 」
彼は慌ててボタンを押して ― わざと眠そうな声で応える。
「 ・・・・ ん〜〜〜〜 起きたよぉ〜〜〜〜 ・・・ 」
・・・ホントはきみの体操で目が覚めちゃったんだけど さ ・・・
「 ん〜〜〜 今 起きるぅ〜〜 ・・・ 」
寝ぼけた声でつぶやいてから 彼はとっとと着替え始めた。
「 いってきまあ〜す! 」
元気な高声が 玄関を出ていった。
「 行っておいで・・・ 気をつけてな・・・ 」
「 いってらっしゃい〜〜 」
博士はリビングから声をかけ ジョーは玄関で見送った。
「 やれやれ ・・・ 上手くいっているようじゃなあ・・・ 」
「 ええ 毎朝元気ですよねえ〜〜 最近 晩御飯の時に居眠りなんかしないでちゃんと起きてるし 」
「 ははは ・・・ やっと新しい環境に慣れたのじゃろうよ。 」
「 そうですね。 う〜〜ん フランが笑顔で頑張ってるのを見ると なんかエネルギー
もりもり〜〜って感じになってきます。 」
「 そうじゃなあ どれ ワシも続きを頑張るか ・・・ 」
「 あ ぼくもそろそろ出かけます。 」
「 おう 行っておいで。 どうじゃ 聴講生気分は? 」
「 え〜〜 いろいろ・・・付いてゆくだけで精一杯で・・・ 」
ジョーは最近 大学の工学部に聴講生として通い始めている。
「 うむ うむ ・・・ お前もなあ 彼女に負けないように頑張れよ。 」
「 はい。 ・・・ けど もう負けてるかもなあ〜 」
「 なんじゃ 情けないのう 」
「 だって・・・ あんな笑顔、ぼくにはできませんよ〜〜 」
「 あははは そりゃそうだな。 ま お前たちが笑顔でいてくれると ワシはなあ・・・
もっともっと頑張らねば・・と思うのじゃ。 」
「 博士 ・・・ 」
「 ほれほれ 早よ出かけんかい! 聴講生だからって遅刻厳禁だろ。 」
「 え? あ 〜〜〜〜 いっけね 〜〜〜〜 ! 」
ジョーは ぴょこんと立ち上がると ダダダダ〜〜〜っと階段を駆け上っていった。
ふふふ ・・・・ お前のそのパワーもなあ ワシにはエネルギーの源じゃよ
皆 ・・・ どうか笑顔でいておくれ ・・・
岬の邸では 住人達の笑顔が満ちる平穏な日々が流れ始めていた。
季節は ゆるゆると進んでゆく。
「 あ ・・・ え〜と ごめんなさい、要らないわ。 」
「 え? あ ・・・ もう食べてきたのかい。 」
「 え ええ ・・・ごめんなさいね・・・ 」
フランソワーズは ちょっと疲れた顔で言った。
梅雨時に入って間もないころ ― その日はジョーが食事当番だった。
全員、といっても4人 ( 赤ん坊もふくむ ) しかいないけれど ― が多忙な日々を
送り始めているので 夕食の準備はジョーとフランソワーズが交代で引き受けていた。
「 そっか〜〜 今晩はちょっと自信作だったんだけどなあ 」
「 まあ ・・・ あ それじゃ 明日の朝 いただくわ 」
「 そう? それじゃ ・・・ きみの分はとっておくね 」
「 ええ ありがとう・・・ ごめんなさい、今度から早めに電話するわね。 」
「 うん 頼む、ぼくもいらない時には電話 するからさ。 」
「 ええ そう ね ・・・ あ じゃ お先に・・・ お休みなさい 」
ちょっとだけ笑うと フランソワーズはお茶をなみなみと入れたカップを、もって
自室に引き上げていった。
「 あ? ああ うん ・・・ オヤスミ〜〜 」
「 うん? フランソワーズはどうしたね? ・・・さっき帰ってきたようじゃが ・・・ 」
夕食の席で 博士ははて・・・という顔をした。
気がつけば 三人でわいわい〜〜夕食のテーブルを囲むのがいつの間にか習慣になっていた。
そんな中で二人だけ、というのはさすがに淋しい。
「 ええ なんか ・・・ 疲れたからって。 」
「 ほう? まあ いずれ空腹で降りてくるさ 」
「 ですよね〜〜〜 明日の朝でいい、なんて言ってましたけど・・・
きっと夜中に食べちゃいますよ。 」
「 ははは 夜食ってヤツか? 」
「 ええ。 えっと 今日のはちょっと自信作かな、の ま〜ぼ〜豆腐丼 です〜 」
ジョーは 湯気の立つどんぶりを 運んできた。
「 お。 これは美味そうじゃなあ〜〜 」
「 へへへ・・・・ どうぞ! 」
「 うむ うむ さあ 一緒に食べようじゃないか。 」
「 はい では イタダキマス〜〜 」
博士とジョーはきちんと両手を合わせてから ほかほかのま〜ぼ〜豆腐丼 に箸をつけた。
「 ・・・・ こりゃ ・・・ うん うん 美味しいぞ〜〜〜 うん ・・・ 」
舌鼓をうつ博士に ジョーはもう満面の笑顔だ。
「 えへ ・・・ よかったあ〜〜〜 これって疲れた時でもするする食べられますよね〜 」
「 うむ うむ ・・・ こりゃ いい 〜〜〜 フランソワーズも一口食べたら
止められなくなっちまうぞ〜〜 うむ ・・・ 」
「 そうだといいですけど ・・・ あ チン! すればいいよってメモしとこう〜 」
「 そうじゃなあ〜 これは熱々が最高じゃよ〜〜〜 ふぅ〜〜〜 」
「 海岸通り商店街の豆腐屋さんのは最高ですからね〜〜 あ〜〜〜 うま〜〜〜 」
二人は早々にどんぶりを空にして満足の吐息をついていた。
― ま〜ぼ〜豆腐丼 一人前 は そのまま冷凍庫に入れられたままだった。
翌日はジョーはバイトで帰りが遅かった。
「 ・・・ ただいま〜〜 ・・・ってもう皆 寝てるよね・・・ 」
そう〜〜っと玄関の鍵を開けそう〜〜っとリビングを覗いてみた。
「 ・・・ あれ? 」
勿論誰もいなかったけれど テーブルの上にメモが一枚 彼を待っていた。
「 うん ・・・? 」
ジョー おかえりなさい。 おしごとおつかれさまでした。
おむらいすをつくりました、 チン! してたべてね。
フランソワーズ あいをこめて
「 ・・・・ わあ〜〜〜〜〜 ありがとう〜〜〜〜〜 」
メモの下には なにやらいい匂いのする一皿に覆いがかけてある。
「 わっほほほ〜〜〜〜い♪ 」
さっそく チン! して彼はふわふわオムレツ仕様のオムライスに大感激してかぶりついた。
「 ・・・・ うわ〜〜〜〜〜 激ウマ〜〜〜♪ ・・・ むぐ むぐ ・・・
へへへ あいをこめて かあ♪ やったあ〜〜 ぼくのフラン〜〜♪ 」
ジョーはご機嫌ちゃんで 夜食を平らげ ・・・ 彼女のメモをこそっと胸ポケットに収めた。
「 ふふふ〜〜〜ん♪ こういうの、相思相愛っていうのかな〜〜〜 でへへへ♪ 」
口笛なんぞを低く吹きつつ 彼は食器を洗うと部屋に引き上げていった。
・・・ま〜ぼ〜豆腐丼 の感想を聞くことなどすっかり忘れていた。
そしてまた次の日 ・・・
< ジョー ? ごめんなさい〜〜 わたし、今晩のご飯 いいわ >
夕方にフランソワーズからメールが来た。
「 へえ ・・・? メールかあ〜〜 珍しいなあ〜 ふふふ〜ん♪ 」
彼女からメールをもらったことが嬉しくて 内容はあまり気にかけなかった。
「 えっと 返信っと。 < 忙しいのにわざわざサンキュ♪ 遅くなるなら駅まで
迎えにゆくよ〜〜 ジョー > 」
さんざん迷って < 愛をこめて > は削除しておいた。
「 ま いっか。 そんじゃ夕食は〜〜 ・・・ あ カレーちゃ〜はん にでもすっかな〜
あれなら とっておいても美味しく食べられるし〜〜 ふんふ〜〜ん♪ 」
チャーシューを刻み込んだカレー炒飯は またもや博士にも大好評だった。
< 夜食用です チンしてください > のメモには < おいしかったです ありがとう >
の返事が添えてあったので 彼はますますご満悦 ・・・ 直接感想を聞くことはなかった。
「 ・・・ ただいま帰りました・・・ 」
玄関が静かに開いた。
「 あ お帰り〜〜〜 フラン〜〜 今 熱々のチキンが揚がったよ〜〜 」
「 あ ごめんなさい ジョー・・・ わたし お夕食を食べてきたの・・・ 」
「 え〜〜〜 そうなんだ? あ でもねえ ちょっとくらい味見してみない?
それに ポテト・サラダも作ったから! きみ 好きだろ? 」
「 え ・・・ ええ でも あの ・・・ お腹いっぱいで 」
「 とにかく手を洗っておいでよ〜〜 博士〜〜〜 晩御飯で〜〜す〜〜 」
ジョーはご機嫌で料理を運んでいる。
ふぁ〜〜〜〜ん ・・・・ 香ばしいかおりが流れてきた。
「 ・・・ ごめんなさい ジョー ・・・ 」
フランソワーズはこっそり呟いて 自室に向かった。
「 ただいま ・・・ 遅くなってごめんなさい ・・・ 」
博士とジョーがあらかた食べ終わったころ、フランソワーズは二階から降りてきた。
「 あ〜〜 やっと降りてきたね〜〜 チン!すればすぐに熱々になるよ〜 」
ジョーは気軽に席を立とうとした。
「 あ・・・ お茶でいいわ。 自分で淹れるわね。 」
「 え 本当にお茶だけでいいのかい? 」
「 ええ ごめんなさい、せっかく用意してくれたのに。 明日 いただくわね。 」
「 食べないの? 大丈夫かい? 」
食卓についた彼女は やはり晩御飯の皿には手をつけようとしない。
お茶だけを飲んでいる。
疲れた様子で ぼんやりとTVを眺めている。
「 フラン。 あの ・・・ ホントに大丈夫かい? 」
「 なにが? ・・・ あ ・・・ 」
振り向いた途端に ぐらり と彼女の身体が傾いだ。
「 ! あぶないっ 」
「 ・・・ あ ・・・ 」
ジョーが咄嗟に支えた ― が 彼女を抱えたままじ〜〜っと見つめている。
「 ごめんなさい ・・・ ちょっと疲れてて・・・ 先に休ませて・・・
あの 手 離してくれる? 」
青白い顔が ぎこちなく微笑している。
「 ちょっと待って。 フラン。 きみ ・・・ちゃんと食べてる? 」
「 え ええ。 ちゃんと食べてるわ。 最近 忙しくてウチで晩御飯食べられなくて残念〜〜 」
「 ・・・ じゃ 昨夜は何を食べた? 」
「 え ・・・ あ あの ・・・ オレンジ ・・・ 」
「 それから? 」
「 ・・・ え〜と あ サラダ だったかしら 」
「 それから? 」
「 ・・・ あ ハンバーガー! 途中で買ってきて ・・・ 」
「 駅前には まっ○ も も○ も けん○ も ないよ。 」
「 ・・・ ごめんなさい ・・・ 」
「 あやまらなくていいよ。 けど ― 食べなかったら! ぶっ倒れるの、当たり前だよ!? 」
ジョーは珍しく強い調子で言った。
「 そりゃ ・・・ ぼくらは多少のことは平気さ。 けど! 何日もまともに
食事をしていなかったら ! 具合が悪くなるのは当然だろ?? 」
「 ・・・ ごめんなさい ・・・ 」
「 謝ることじゃないだろ! 」
「 こら ジョー ・・・ そんなに言うな。 」
見かねて博士が間に入った。
博士はさっとフランソワーズの目を診て 脈と熱を診た。
「 ・・・ふん ・・・ しばらく点滴して様子を見るぞ。 しかし な。
どうして食事を抜いたのかい。 食欲がない、とか 気分が悪いとかなら
それなりにきちんとメンテナンスしなければならんぞ。 」
「 ・・・・・・・ 」
「 うん? ワシでよかったら話してくれんかね。 」
「 ・・・ わ わたし ・・・ 重い から ・・・ 」
「 おもい??? 」
「 はい。 どんなにダイエットしても! 痩せないんです ・・・! 」
「 やせない ?? つまり 体重が減らないってことかい? 」
「 重いって言われたし ・・・ 自分でもマズイなって思うし・・・
けど! ずっとダイエットしてたのに〜 50キロを切れない ・・・! 」
くしゃ・・・っと顔を歪めると フランソワーズはぽろぽろ涙を零し始めた。
「 は あ ・・・ ダイエット ・・・・ かね ・・・ 」
「 フラン、 きみ ダイエットなんてする必要ないよ?
同じ年頃の女の子とくらべたって きみはすご〜〜〜くすっきりスタイルいいよ? 」
「 ・・・ スタイルじゃなくて。 勉強会で パ・ド・トロワ で ・・・
もう一人のコはすごく細いのに わたし ・・・ 重いっていわれて ・・・
だから だから 絶対に痩せなくちゃって ・・・ それなのに〜〜 ・・・ 」
途切れ途切れに言うと またぼろぼろ涙を零しはじめた。
「 ??? なにがなんだか全然・・・ 博士〜〜〜 」
ジョーはもう混沌の極み? だ。
彼の大切な人が泣いている。 それだけでもか〜〜〜っとアタマに血が上ってしまうのに・・・
彼女が泣きながらつぶやくコトが わからない。
確かにはっきりした日本語なのに フランソワーズの呟きの意味を彼はまったく理解できなかったのだ。
「 フラン〜〜〜 ねえ 泣かないでくれよ〜〜〜 ねえ フランってば・・・ 」
「 だって ・・・ 重いって ・・・ でも全然 落ちない ・・・ 」
「 ・・・ わかった わかった・・・ もう泣かんでもいい。
泣かないでな、なにがあったか詳しく話しておくれ。 なあ フランソワーズ ・・・ 」
一方 博士はふか〜〜〜〜いため息をつくと ぽんぽん・・・ 彼女の背をそっと叩いた。
― 少し 時間は遡る。
― バタン ・・・!
「 ひゃ〜〜〜 疲れたァ〜〜〜 」
「 ふぇ〜〜〜 相変わらず キツいよねえ〜〜 」
「 ・・・ よっく跳んで回ったわさ〜 」
朝のクラスが終わって ダンサーたちが更衣室に戻ってきた。
これからはそれぞれのスケジュールに従って散ってゆく。
リハーサルが入っていたり バイトに行ったり、教えに行ったり・・・皆 活動開始!なのだ。
「 ふ〜〜〜 あ〜あ つっかれたァ〜〜 ・・・ うん? どしたの〜〜フランソワーズ? 」
みちよは 隅で稽古着を脱ぎつつ ・・・ 仲良しに声をかけた。
「 え ・・・・ あ う ううん あの ・・・ 」
「 なに〜〜 クラス終わったじゃ〜ん? なに固まってるのよぉ〜 」
「 え 固まってない わ ・・・ あ あの 緊張して ・・・ わたし・・・ 」
声を掛けられた方は 汗も拭かずに突っ立っているのだ。
「 え なに。 どしたの 」
「 あ あの・・・ 今日これから リハーサル なの・・・・ 」
「 あ〜 パ・ド・トロワ だっけ? だ〜いじょうぶだよ〜〜〜 フランソワーズなら。
それに 初回でしょ? なら大丈夫だよ、ミストレスの先生ついてくれるし。 」
「 そ そうなの? で でも 間違えないかしら・・・振りは覚えてきたつもりなんだけど 」
「 あれ トロワ、初めて? 」
「 あ ううん ・・・ 前に踊ったこと、あるけど ・・・振り、違ったし 」
「 ふ〜ん 違うとさあ 結構混乱するよね〜 もう一人は 誰? 」
「 ひろみさん。 わたし、どの人だかわからないけど ・・・ 」
「 あ ヒロミかあ〜 うんうん いんでない、似たような体型だし・・・ いいコだよ〜
ほら 今朝のレッスンで 三番目くらいのグループにいたコ。 」
「 そ そう? わたし ・・・ 迷惑かけないかしら・・・ 」
「 へ〜き へ〜き。 お互い様だもん。 がんばって〜〜 フランソワーズ♪ 」
ぴちゃ・・・っと背中をたたいてもらって 少し気持ちが落ち着いた。
彼女は大急ぎでシャワーを浴び 着替えると指定されたスタジオに行った。
「 あ あの ・・・ おはようございます〜〜〜 」
誰もいないと思っていたスタジオには すでに女子が一人、足慣らしをしていた。
フランソワーズと同じくらいの背の ひょろ〜んとした女の子だ。
「 あは よろしく〜〜〜 ヒロミで〜す 」
ぱっと振り向いて 彼女はにっこり笑った。 気さくな感じの笑顔だ。
「 ふ フランソワーズです。 来たばっかりなので ・・・ お願いします ひろみさん 」
「 ひろみ でいいってば。 嬉しいな〜 アナタと友達になりたかったんだ〜 」
「 ヨロシクお願いします。 」
「 ね? 背も同じくらいだし きっと上手くゆくわね♪ 」
「 は はい ・・・ 」
フランソワーズも笑顔で応え ポアントを履き足慣らしを始めた。
パ・ド・トロワ は 昔、何回か踊ったわ。
第一ヴァリエーションも ・・・ だからきっと !
「 ね〜〜 今日ね、初回だけど、男性も一緒 だって。 」
「 え そ そうなんですか?? 」
「 まあ そんなに組むところないから ・・・ ちょっと合わせてみたいんじゃない? 」
「 き 緊張します ・・・ 」
「 大丈夫よ〜〜う ハシモトさんでしょう、ベテランさんだもん。
アタシたち、でかいからね〜〜〜 彼くらいのタッパがないとさあ〜 」
「 あは ・・・ そですね〜〜〜 うふふ 同じくらいの背で嬉しいです♪
・・・ そのレオタード、素敵ですね〜 どこの? 」
「 あ これ? ○○の、 あ 通販なのよ。 」
「 あとで教えてください〜 わたしも欲しいわ 」
「 おっけ〜〜〜 結構いいよ〜 あ おはようございます〜〜 」
「 おはようございます。」
「 おはようございます、ヒロミさん フランソワーズさん。 」
ミストレスを務める女性が入ってきて、にこやかに挨拶を交わした。
「 え〜〜っと? ハシモト君がくるまでに ヴァリエーション、やっておきましょ。
音は ・・・ 」
「 はい セットしてあります。 」
「 ああ ヒロミさん、ありがとう。 じゃあ ・・・ 第一ヴァリエーションからね。
えっと どっち? 」
「 あ わたし です ・・・ 」
ぎくしゃく・・・ 強張った笑顔でフランソワ―ズが前にでた。
「 はい それじゃ あ。 ねえ ほら〜 笑って〜〜〜 」
「 あ は はい ・・・ 」
フランソワーズはますます固い笑みを浮かべ プレパレーションのポ―ズを取った。
( いらぬ注: パ・ド・トロワ ・・・ ここでは『白鳥の湖』第一幕で踊られる
女性二人と男性の踊り。 王子の友人と貴族の令嬢たちが踊る。 )
第一回目のリハーサルは順調に進み、後半には男性も参加して 一応全部通した。
三人で踊るコーダの部分も なかなか息が合い、華やかな雰囲気も感じられた。
ジャン♪♪ 音楽が消え、踊り手たちはポーズを解いた。
「 ふう 〜〜〜〜〜〜 ・・・ 」
「 ・・・ ふぅ〜〜 ・・・ 」
女子二人は大きく息を吐いている。
「 はい お疲れさま。 うん ・・・ 初回だけど、なかなかいいのでない?
どう ・・・ ハシモト君 」
「 うん ・・・ ふんふんふ〜〜ん♪って アダージオのとこで ・・・
ヒロミちゃん、ちょっと入るの、早いかな〜 もう一瞬待って。 」
「 え・・・っと? ここですかあ〜 」
ひろみはすぐにステップを踏む。
「 そうそう ・・・ 僕とそっちの彼女がポーズとって はい、ってタイミング。 」
「 あ〜〜 はいわかりました。 」
「 あとは〜〜 コーダでねえ 」
三人は 音を止め 止め しつつ、確認してゆく。
彼の指示は的確でわかりやすかったから フランソワーズもすぐに対応できた。
「 ・・・ 〜〜〜で 最後に〜〜 ほい、リフト。 」
ぽん、 とフランソワ―ズは男性の肩に乗ってポーズをとった。
「 そうそう・・・そのタイミング かな。 最初のはちょっと遅かったな〜 」
「 そうね〜〜 フランソワーズ、全体的にちょっと音取りが遅いかも
ほんのちょっとなんだけど。」
ミストレスの先生も口を添えた。
「 あ ・・・ す すみません ・・・ 」
「 大丈夫、 次から気をつけて。 まあ 初回にしては 」
「 うん なかなかいいカンジ。 がんばろね〜〜 お嬢さんズ〜 」
ハシモト氏は 爽やかに〆てくれた。
「「 あ ありがとうございました! 」」
「 はい お疲れさま〜〜〜 」
レヴェランスをして リハーサルは終了した。
ふううう ・・・・ はあ ・・・ なんとか ・・・
大迷惑はかけなかった ・・・ かも
あ でも音 ・・・ 自分では合っていると思ってたんだけどな
タオルに顔を埋めて 大きく息を吐いた。
再び踊り始めて ― 一番の違和感は 音の速さ だった。
レッスンでもバーの最初から 速いな・・・と思った。
やっぱり ・・・ ムカシとはテンポが違っているのね・・・
・・・ 慣れるっきゃないわ 本当に ・・・
ゴシゴシタオルで顔を拭いて気合いを入れた。
「 あ あの さ。 」
スタジオを出かけていた男性が ちょっと立ち止まった。
「 ・・・? えっと・・・そっちの彼女。 フランソワーズさん? 」
「 は はい 」
「 うん あの さ 君って見かけより重いんだね? 」
「 え ・・・ あ ご ごめんなさい・・・ 」
「 いや こっちこそごめん。 もうちょっと軽くしてくれたら嬉しいんだけど
いや テクニックは全然問題ないよ。 」
「 は はい! 」
「 音取りが ちょっと違うのはだんだん慣らして行けばいい。 」
「 は はい ・・・ 」
「 それじゃ〜〜 次回、 楽しみにしているよ、 お疲れ様〜〜〜 」
「 あ は はい! お疲れ様でした! 」
ぺこん、と日本式に深くお辞儀をし ・・・ そっと唇を噛んだ。
― 痩せなくちゃ ・・・!
「 ・・・ ふうん ・・・ それでダイエット、というか食事を抜いた というわけかい。 」
「 前もそうやって体重管理してましたから ・・・ 」
「 ふうん ・・・ バレリーナの体型管理は凄まじい、と聞いたことがあるよ。
スタミナも体力も必要じゃが 余分な肉はいらん、とな。 」
「 はい ・・・ でも でも〜〜 ちっとも痩せないんです 体重、落ちない〜〜 」
碧い瞳から またまた涙が堰を切って溢れ落ち始めた。
「 フラン ・・・ はっきり言うけど 」
ジョーは呆気にとられた風でいたが 少し強い口調で言った。
「 ぼく達には < 痩せる > つまり体重の減少は不可能だろう?
それはきみだってわかっているはずだよ。 」
「 ・・・・・・ 」
「 きみが見かけよりも体重があるのは当然じゃないか。 ぼくだって 」
「 博士!! 」
突然、フランソワ―ズは ジョーの言葉を遮り、声を張り上げた。
「 ?? フラン ・・・??? 」
ジョーはもとより、博士も一瞬驚いて彼女を見つめた。
「 博士! あの! 酸素ボンベ ・・・ 撤去してください! 」
「 !? 体内に埋め込んである超小型のアレか? 」
「 はい。 アレだけでもなくなれば ・・・ 少し軽くなるかも ・・・ 」
「 しかし ・・・ 万が一の時に必要だと ・・・ 」
「 かまいません。 」
「 ぼくは 構うよ。 」
「 ・・・ ジョー? 」
「 ぼくは多いに構うな。 もし宇宙空間とか水中での戦闘があったらどうする? 」
「 足手纏いになるから でしょ! その時は見捨てて結構よ。 」
「 フランっ ! 」
「 どうせもともと足手纏いだって思ってるんでしょ? 」
「 フランソワーズ。 」
博士がたまりかねて口を挟んだが、夢中になっている二人の耳には全く届いていない らしい。
「 どんな時だってぼくはきみを護る! もしもの時はぼくの酸素ボンベを使ったらいい。 」
「 ・・・ ジョー・・・ 」
「 けど いつだって側にいられるとは限らない。 そんな時に ・・・
機能の欠損のためにきみが 生命の危機に瀕したりしたら! 」
「 ・・・・・・ 」
「 お願いだから。 そんなこと、考えないでくれ。 」
「 ジョー ・・・ 」
「 ぼ ぼくは ぼくの愛する人の命を危険にさらすなんて ― できない! 」
ジョーは 真っ赤になりつつもきっぱりと宣言した。
「 え ??? あの そのぅ〜〜〜〜〜 」
「 う ・・・ だ だから その き きみが大事なんです! 」
「 ・・・・・ 」
今度は彼女が頬を染める番だ。
「 わかった わかった ご両人〜〜 お前たちの気持ちはよ〜〜〜くわかったよ。 」
しかし その前に、と博士はフランソワーズの前に座りきっちりと向き合った。
「 フランソワーズ。 お前は一番生身の部分が多いということは十分わかっておるだろう? 」
「 ・・・ はい 」
「 それゆえ、きちんと食事をとらねばならん。 < 普通に > じゃ。 」
「 でも。 ダイエットしてもちっとも体重 落ちないんです ! 」
「 余分な部分なぞないからじゃよ。 」
「 でもでも 〜〜〜 50キロを切らなくちゃ ・・・ 迷惑なんです 」
「 ?? めいわく ? 」
「 ・・・ 今度 パ・ド・トロワ で。 男性と組むんです。 そんなにないけど ・・・
ちょっとだけリフトもあって ・・・ 重いねって・・・言われて… 」
「 ! そ そんなこと! 」
ジョーは反射的に立ち上がり声を上げてしまった。
「 ジョー。 ちょいと静かにしていてくれんかね。」
「 で でも〜〜〜 」
「 まあまあ・・・声を荒げてもどうなることでもあるまい? 」
「 ・・・ すみません ・・・ つい ・・・ 」
「 いいんじゃよ、ジョー。 お前 フランソワーズのことになると
安全装置が吹っ飛んじまうからなあ・・・ 」
「 え あ あの その〜〜 」
「 ジョー ・・・ 」
フランソワーズは涙ぐみつつも 頬を真っ赤にしている。
「 二人の問題は後ほど二人で解決しておくれ。 ワシや邪魔せんから。
その前に フランソワーズ。 きみが今直面している難問について だが 」
「 はい ・・・ 」
「 はっきり言う。 体重の減少は不可能じゃ。 しかし な 」
「 はい ・・・?
」
「 物体の重量は 垂直にかかる時が最も軽い。 その理屈を応用してみてはどうかね?
そのパートナーになるべく垂直に体重を乗せる風にしてみては ・・・ 」
「 あ ・・・ 」
ジョーもフランソワーズも ほぼ同時に頷いた。
「 ・・・ そうだ・・・! そんなこと、ムカシ習った かも・・ 」
「 あとは跳躍力の強化で補助、かのう。 そして 笑顔 じゃ。 」
「 笑顔? 」
「 そうだよ。 お前の笑顔は ― なによりも素晴らしいからのう。 」
「 博士! わたし ・・・ わたし、 やります!!! 」
涙にぬれた頬を抑えつつ フランソワーズははっきりと言った。
「 すごいや ・・・ フラン、頑張って! 」
「 ジョー〜〜〜 ありがとう!! 」
「 だからさ ちゃんと食べなきゃだめだよ。 食事しなくちゃ・・・ 笑えないだろ。 」
「 う うん ・・・ 」
「 それにさ〜〜 体力不足でふらふらしてたら ジャンプ力だって落ちるよ? 」
「 うん。 ごめんなさい ・・・ 」
「 謝らなくていいってば。 ぼくはきみが好き・・・あ! そ その頑張っているきみを
見ているのが! 好きなんだから 」
やたらと顔を赤くして それでも彼はにこにこ・・・フランソワーズを見つめている。
ああ この人のこの茶色の瞳 ・・・ この暖かい瞳に
わたし 救われてきたの かも ・・・
思えば 出会ってからずっと側にいてくれた ひと。
頼りない なんて思ったことも、年下のオトコノコじゃない、と思ったこともあった。
でも。 彼の誠実で真摯な愛情は いつも変わっていない。
わたしこそ ― アナタから生きるエネルギーをもらったのよ!
・・・ あ。
わたしのパートナー、 人生のパートナーは このひと かも。
うふふ ・・・でもね まだナイショ♪
ジョー。 あ い し て る ♪
「 うふ♪ メルシ ・・・ ジョー〜〜〜 」
フランソワーズは 立ち上がると身を屈めて ― 目の前にいる青年に キスをした。
!!?? う ・・・ わ〜〜〜〜〜〜〜 ・・・・・ !!!
全く予期せぬいきなりの 柔らかい唇 に ジョーは爆発寸前の花火みたいになってしまった。
「 いつか ― きっと。 わたし 『 ジゼル 』 を踊るわ! 」
「 ぼくが パートナーじゃなくてちょっと悔しいけど ・・・ 」
「 あら ふふふ〜〜誰が相手だって ジョーなんだって思って踊るわ〜〜〜 」
「 え ・・・ うは〜〜〜 えへへ ・・・最高〜〜♪ 」
後年 ― かなりずっと後・・・ フランソワーズがめでたくジョーの奥方となり
さらに二人の子供たちがさずかった そのまた後 ・・・
ジョーはこの彼女の言葉を思い出し 必死で自分自身に言い聞かせるハメになるのであるが。
( フランソワーズは最高の踊りのパートナーと 『 ジゼル 』 を踊るのだ。)
この時には ひたすらぼ〜〜〜〜っと 恋しい女性 ( ひと )の笑顔に
見とれていたのだった。
**** おまけ ****
「 きみのメモ・・・ すごく嬉しかったんだ。 いつも最後の一言がさ・・・ 」
「 < あいをこめて > ? 『 手紙の書き方 』 に出ていたの。
・・・ じゃあね〜〜 って意味なんでしょ? 」
「 ・・・ じゃ じゃあね ??? 」
「 うん。 さようなら とかの代わりにちょっと添えると素敵ですって書いてあったのよ。
ねえ 日本語っておしゃれねえ〜〜 」
「 ・・・ あ う うん ・・・ そう か な ? 」
それでも ジョーは彼女からの手紙を ず〜〜っとず〜〜〜っと大切にしていた。
*************************** Fin.
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Last updated : 06,10,2014.
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********** ひと言 *********
ダイエット騒動? は ダンサーは皆一度は経験済みですだ・・・
この話の遥か未来?に タクヤ君 がいるのであります♪