『  わたしのパートナー   ― (1)―  』 

 

 

 

 

 

 

 

  パチパチパチ 〜〜〜 ・・・・!!!

 

満場の客席から 惜しみない拍手が湧き上がった。

「 はぁ はぁ  〜〜〜 」

「 ふぇ 〜〜〜〜 ・・・! 」

にこやかに戻ってきた二人のダンサーは舞台袖に苦引っ込むなり苦し気に大息をつく。

「 はあ ・・・・ ああ ・・・ 」

「 ふ〜〜〜〜・・・  えへ  上手くいった な? 

「 ふぅ〜〜〜・・・ うん!  メルシ〜〜 ミシェル〜〜 」

「 ふへへへ〜〜〜 僕もさ! メルシ〜〜 フランソワーズ♪ 」

汗びっしょり、まだ息が少々荒い二人は 抱き合ってキスを交わす。

「 ほらほら〜〜〜 そこのお二人さん〜〜 お客さんが待ってるよ〜〜 」

舞台監督がにやにやしつつ声をかけた。

「 え? お客さん ? 」

「 だって次は マリーとアンリの組でしょ? 」

ジゼルとアルブレヒトは ― いや、フランソワーズとミシェルはきょとん、としている。

「 だ〜〜から!  お前達のパ・ド・ドゥ に拍手がおさまらないんだよ!

 ほらほら〜〜〜 二人でべたべた手繋いで挨拶してこい! 」

  

  ばん。 舞台監督は大きな手で <王子様> の背中をど突いた。

 

「 わあ ???  え〜〜〜  

「 え ・・・ うっそ〜〜〜〜〜〜☆★  あれぇ〜〜 」

 

引き裂かれた ( はず ) の恋人たちは 満面の笑顔で再び光の中に戻っていった。

 

 

 その日、 パリでも有数のバレエ学校の卒業コンサートが華やかに幕を上げていた。

今期の卒業予定の生徒たちは当然全員が参加し存分にその存在をアピールし 次の一歩へと踏み出すのだ。

とはいっても卒業試験後の一種オマツリに近い雰囲気が強いので生徒達にとっては 

開放感いっぱいの楽しい舞台となる。

今年、卒業試験を優等賞で飾った二人 ― フランソワーズとミシェルは カーテン・コールから

戻ってきて もう一度がっちり抱き合う。

・・・ どちらかと言うと、恋人同士の抱擁・・・というより やったぜ!同士! っぽい

雰囲気の方が濃厚だったけれど。

「「  メルシ〜〜〜〜  」」

「 腕を上げたな。 ― 卒業試験の時よりずっと いい。 」

ずっと舞台袖の奥でコンサートを見守っている老紳士が静かに声をかけた。

「 ― 校長先生 !?  」

「 え ・・・ わあ〜〜〜 二人で特訓した甲斐がありました! 」

「 特訓?  試験の後に かね? 」

「 はい。 試験の時 ・・・ 優等賞を頂きましたけれど校長先生の一言が 」

「 そうなんです。 アレにガツンっと・・・ で、僕たち必死で練習しました。 」

汗まみれの若いダンサー達は口々に言い立てる。

「 一言・・・というと、評価の欄に私が書いた アレ かい。 」

「「 はい。 」」

二人が同時に頷く。

「 テクニック 優秀。 しかし順番を追っているだけ。 ― はは 暗記しちゃったです。」

「 わたしもです。 ミシェルとどうしたらいいか ・・・ 必死で考えて・・・

 でも考えているだけじゃだめだ!って 踊りまくって ・・・ 」

「 試験の前よりも多くの時間、リハーサルしました。 」

  ね? と 二人は顔を見合わせる。

そんな若者たちに 老紳士は暖かい眼差しを向ける。

 

「 ああ ああ そうだな。 たくさん悩んで練習して踊って踊って踊りまくれ。

 期待しているぞ ・・・ いつかお前たちが 心から本当の  ジゼル と アルブレヒト 

 を踊る日 をな・・・  」

「「 はい! ありがとうございます 校長先生! 」」

優雅にレヴェランスをすると 二人は楽屋に戻っていった。

 

「 ― うんと悩んで いいダンサーになれ。 楽しみにしているよ。 」

 

 

   老校長の願いは 叶えられなかった。

 

女子生徒は 卒業後  ―  突如 行方不明となりその消息はぷつり、と途絶えてしまった。

 

 

 

 

 ― 少し 時間は戻る。 生徒たちが卒業試験に向かってそれぞれ練習に没頭している頃・・・

 

「 自習用に空きスタジオ 解放、だって。 」

「 うわ〜〜 ・・ 自習せよってことね。 」

「 だ ね。 時間、足りないもん、自習するっかないよ。 」

「 ウン ・・・ 正念場ってヤツかあ〜 

大きなバッグを抱えた生徒たちが 掲示板の前で立ち話をしている。

皆 似たような体型 ・・・ 腕脚は細く長くひょろん、とした首に小さな顔だ。

「 でもね〜〜 演目は自分で選びたかったわあ〜 

「 試験はしょうがないよ〜 」

「 ウン ・・・ あ〜〜 でも〜〜〜 ドンキ とか 黒鳥、う〜んせめて パキータ とか

 踊りたかったのに〜〜〜 」

亜麻色の乙女が ため息・吐息 ・・・で 掲示板を眺めている。

「 あは そりゃ贅沢ってもんだよ〜  で なに ? 」

側にいた赤毛が訊いた。

「 ・・・ じ ぜ る ・・・ 」

「 ひゃあ〜〜〜 いいじゃん〜〜〜 

「 本気? わたし ・・・ 苦手なの〜〜〜 」

「 でも ジゼル は難しいよ?  派手に回ったり跳んだりはないけど・・・ 」

「 だから 余計に落ち込んでるの!  ・・・ シルヴィは? 」

「 私? ・・・ オーロラぁ〜 ・・・ 」

「 うわ〜〜〜 いいなあ〜 お姫様じゃない? 」

「 チビじゃなんだよ?? う〜〜〜  パリの炎 とか タンバリン・エスメ、

 やりたかったのにぃ〜〜〜 」

赤毛の娘も特大のため息〜〜 である。

 

   ふううう ・・・ ま しょうがない。 がんばろ!

 

二人は 肩を竦め苦笑いの顔で頷きあった。

 

 

 

「 え〜〜と ・・・ 3番教室 空いてますか? 」

「 ・・・ええ 今なら大丈夫よ。 」

「 ありがとうございます。 じゃ 借ります〜〜 」

フランソワーズは ちらっと手を上げて事務所の人に挨拶をした。

仲良しとぶつぶつボヤき合ったけど、落ち込んでいる時間も余裕も ない。

彼女は足を速め 奥にあるスタジオに入った。

 

 

   カツン ・・・ !    ポアントが小気味よい音をたてる。

 

 

「 ふう〜〜〜  ここで ・・・ リフト!   かあ ・・・ 」

『 ジゼル 』 第二幕の パ・ド・ドゥ は所謂 グラン・パ・ド・ドゥ とは

すこし形式が違う。

全幕もの中でストーリーに沿っての踊り なので通常のGPのように

アダージオ  女性ヴァリエーション 男性ヴァリエーション コーダ という形式は

とっていない。

その代わり 感情表現をきちんと踊りこむことが必須なのだ。

「 ・・・ やるっきゃないわ。 卒業したら出来るだけいい条件のバレエ・カンパニーに

 入りたいし。 」

 

  カッ ・・・!  大きくジャンプして。 見えないパートナーに手を差し伸べる。

 

「 お兄さん わたし、必ず最高点で卒業するわ! それで有名なカンパニーに就職するの。

 ずっと応援してくれたお兄さんのためにも ・・・ ! 」

ずっと憧れてずっとずっと努力してきて ― バレリーナへの階段は あと少し!

 

  トン  ふわり。  亜麻色の髪の乙女が軽々と回れば ふわりふわりと空気も揺れた。

 

「 だから ・・・ うんと! 練習するの! まずは自分の踊りをしっかり固めるわ。

 パートナーは ミシェルだから ― うふふ・・・もっと頑張れる! 」

 

  細く長い腕が 脚が 優美に宙を舞う。

 

 

 

     「 あなた、順番を追っているだけね。 

 

「 は ・・・? 」

この前 ミストレスの先生に振りをみてもらっていて ― ずばり、言われてしまった。

振付の確認のために、パートナーと合わせる前にチェックしてもらった時のこと。

「 あの ・・・ ? 」

「 振りはちゃんと入っているし 音取りも大丈夫。 」

「 それじゃ ・・・ 」

「 けど。 アナタが踊っているのは < ジゼル > じゃなくて

 < ジゼルの振付 > を その通りになぞって動いているだけ よ。 」

「 ・・・え ・・・ 」

「 ようく考えて ・・・ 踊って踊って踊りまくってみて? ― きっと気が付くわ。 」

「 あ  あの ・・・? 」

「 期待しているわ、フランソワ―ズ。 パートナーは誰? 」

「 あ・・・ あの ミシェルです。 」

「 まあ〜〜 ベストじゃない?  がんばってね。 あなたならできるわ。 」

「 あ ・・・ せ 先生 ・・・・ 」

笑みを残し、ミストレスの先生はスタジオから出ていった。

 

「 振付を踊っているだけ ・・・って だってそれが踊り じゃないの・・?? 」

スタジオの真ん中で ぼとぼと汗を落としつつフランソワーズ呆然としていた。

「 なんなの ・・・?  ・・・ でも! やらなくちゃ。 」

きゅ・・・っとタオルで顔中の汗を拭うと 彼女は再び鏡に前に立った。

「 そうよ ・・・ 踊って 踊って 踊りまくって・・・って。

 先生も言ってじゃない?  」

 

  カッ ・・・・ !   大きくジャンプした。

 

「 そう ・・・ ここでリフト〜〜〜  ああ ミシェルがいてくれたらなあ ・・・

 やっぱり パ・ド・ドゥだし〜〜  でも仕方ないわね。

 わたし自身の踊りをしっかり踊り込んでおかないと  ね。 」

止まらない汗を 首に巻いたタオルで防ぎ踊り続ける。

 

  コトン ・・・   スタジオの入口のドアが半分開いている。

 

ちらり、と見たのは黒髪と大きな黒い瞳 ―  まだ年若い少女みたいだ。

「 ・・・? ふうん ・・・・? あんなに真っ黒な髪ってある???

 ・・・ あ ・・・ もしかしたら あの子? えっと 留学生の ・・・ 」

東洋から初めて留学生がきた、というウワサは耳に入っていた。

 

  ぐにゅ。  ・・・ ポアントが つぶれた。

 

「 ふうう 〜 あ〜 ガッカリ☆  ま ちょっと休憩しようかなあ・・・ 」

靴を履き替えつつ ふとドアの方に視線をと飛ばすと。

 ― 先ほどの人物は 残念〜〜 という顔をして でもまだ熱心にこちらを見ている。

とてもキュートな少女で大きな黒い瞳が たいへん印象的だった。

「 すごい情熱的な目ねえ ・・・  あ この靴、ちょっと合わないなあ〜 」

 

    ふうう   〜〜〜〜 ・・・・ !

 

ため息が漏れてしまった。 少し気分を変えたくなって ドアの方に向き直った。

「 あの ・・・ ここ、 使うのかしら? 」

「 え!?  あ  い いいえ いいえ 〜〜 」

黒髪の少女は慌ててぶんぶん首を振っている。 

「 ・・・ そう?  アナタ、えっと・・・留学生の 確か・・・ アヤ ね? 」

「 は はい! ごめんなさい! 

「 ??  なあぜ? 」

「 あ あの・・・ 勝手に見てました・・・ 」

「 あら いいのよ〜〜 わたしも勝手に自習をしてただけだもの。 」

「 あ あの! 今度の舞台 ですか? 」

「 卒業コンサート用なの。 アヤは・・・え〜と? 来年 かしら。 」

「 はい。 あの!  すっごく ものすご〜〜〜くステキでした! 」

「 ありがとう。 でもね〜〜 ミストレスの先生に叱られちゃったわ。 がっくりよ〜 」

「 え ・・・ 叱っていただけるってすごいです。 」

「 ?? なぜ?  」

「 だって ・・・ 見込みがなかったら注意もしないでしょう? 

「 それは そうかもしれないけど ・・・ 」

「 私 外国人だから ・・・ なんにも言ってもらえません。 」

少女は少し俯いて 悔しそうに唇を噛んだ。

「 ・・・ それは ・・・ 

「 下手なのはわかってます。 でもなんでもいいから注意してほしいな〜って ・・・ 」

「 アナタの踊りを見ていないからなんにも言えないけど ・・・

 ね? 今度 クラスの先生に質問してみたら? 」

「 え ・・・ いいのですか? 」

「 勿論〜〜 ただし クラスの後で ね。 」

「 はい・・・!  私 ・・・ いつか先輩みたいな  ジゼル  踊りたいです! 」

「 きっとね アナタ、わたしよりもステキなジゼルを踊るわ。 そう感じるの。 」

「 ありがとうございます!  あ  どうぞ練習してください。 」

「 ありがとう ・・・ アナタも頑張って。」

「 はい・・・! 」

少女は頬を紅潮させ こくん・・・と頷いた。

 

   さあ。  しっかりキメなくちゃ ・・・。

 

 きゅ。  ポアントのリボンを結びなおし、フランソワーズはスタジオの中央に立った。

 

 

   黒い瞳の少女は 亜麻色の髪の優等生が舞台で活躍する姿を見ることはなかった。

 

 

 

 

果てしもなく長い、そして過酷な年月の果てに ― この地に、この暮らしに辿り着いた。

何回かの小競り合いの後、ようやっと静かで穏やかな ・・・ ごく当たり前の日々を

送れるようになった。

平凡だが平和な暮らしの中で 仲間たちは次々と自分の道を歩みだしている。

フランソワーズも 前を見つめ始めていた。

 

     わたし ・・・ もう一度 踊りたいの ・・・!

 

ある日、フランソワーズは真剣な顔で ジョーに言った。

「 踊る・・・って その・・・バレエを ・・・? 」

「 ええ。 もうバレリーナになることはできないけど ・・・

 でも でもね! 踊ることはできるんじゃないかって思うの。 

 ね ジョー。 この国ではどんなところでレッスンをしているの? 」

「 え〜〜 と? ごめん、どういう意味かよくわからないんだけど ・・・? 」

芸術関係にはあまり関心がなくとんと疎いので ジョーは目を白黒させている。

「 あ ・・・ あのねえ ・・・ つまり、今からプロのダンサー・・・そのう・・・

 職業舞踊家にはなれないけど ・・・ 練習ならできるでしょってこと。 」

「 あ〜 そっか。 うん、バレエを習っている女の子って結構いたよ〜〜 」

「 まあ そうなの? 」

「 ウン。 あ でも〜 ぼくはその方面はてんでダメだから・・・ 

 ネットとかで検索してみたら? 大抵のことはわかるはずだよ。 」

「 そう?  ありがとう〜〜! 」

満面の笑顔を向けてもらい ジョーは一人赤くなりつつも・・・ こちらも最高にはっぴ〜気分となった。

 

  ― そして まあ紆余曲折はあったが フランソワーズはめでたく毎朝レッスンに

通うこととなった。

都心に近い中堅どころのバレエ・カンパニーで、規模はそんなに大きくはないが実績とかなりの

評価を受けている。 主宰者の初老の女性は現役時代は長く欧米で活躍していた。

 

「 そう。 これからしっかり踊ってゆけばいいのよ。 」

長くブランクがある、と打ち明けたフランソワーズに、彼女は事も無げに言った。

「 問題なのは これから よ。 これまで じゃないわ。 」

「 ・・・ は  はい ・・・! 」

じゃあ がんばってね、スタジオで待っているわ、と きゅ・・・っと抱きしめてくれた。

「 はい !  わたし ・・・ また踊れるのが最高にうれしいです! 」

  ・・・ スタジオで再び バーに手を置いた時には 思わず涙が滲んできた。

 

    踊れるの ね!  ああ これは夢じゃない ・・・ !

 

 

 

「 ・・・ ふうう ・・・ 」

フランソワーズは タオルの陰でこっそりとため息を吐いた。

レッスン中だし、そんなヒマはない ・・・ はずなのだけど ・・・ ため息に紛らわせ

ついでに滲んできた涙を汗と一緒にゴシゴシ拭いた。

国や時代が違っても バレエはバレエだ と思っていた。

ものすごく緊張したけれど レッスンが始まれば < 懐かしいあの世界 > だと信じていた。

 

  ・・・ たしかに バレエは、そして レッスンの雰囲気 は変ってはいなかった。

 

 け れ ど。

 

レッスン参加の初日 ― バー・レッスンはなんとか・・・ついて行けた。

テンポが速くて 順番を間違えないように付いてゆくことに必死だったけれど・・・

なんとか ・・・ なった。 少なくとも一人で悪目立ちすることは なかった。

黒い目の仲間たちは 驚くほどきっちりとバー・レッスンをやっていた。

 

    すごい ・・・ 皆 ものすご〜く真面目なのねえ・・・

 

まあ これなら何とか・・・付いてゆけるかも、と少し安心もした。

しかし センターでのレッスンに移った途端 ・・・ 彼女は連呼され注意されっぱなしだった。

「 脚の条件がいいのに、そんな立ち方、しない! 」

「 カカトつけて〜〜〜〜 !  ほら もう一回やってみて。・・・ だめ。 」

「 おそ〜〜い! 音、 よく聞いて! 」  

「 そのオールド・ファッション、どこで拾ってきたの? 」

「 そんな前世紀のイブツみたいなアームス、 やめて。 」

「 音の取り方! 違うでしょ、よく見て!  1 で 上よ! 」

亜麻色の髪の新人は もう ・・・さんざんだった。

注意されることは なるほど尤もだ、と思えることばかり。

だから余計に逃げ場なくて焦り か〜〜〜っとアタマに血が上り・・ますます混乱してしまう。

 

    ありがとうございました   

 

レヴェランス と 拍手でクラスが終わった時 ―

フランソワ―ズはタオルに顔を埋めたまま ・・・ 立ち尽くしてしまった。

 

     ・・・ なんで???  どうして ・・・・ できないの??

     あんなO脚のコ達にできるのに  どうして??

 

     こんなの・・・わたしの脚じゃないわ。 腕じゃないわ 身体じゃないわ!

     ・・・ 返して!!!  わたし を返してよ〜〜

 

自分自身への情けなさに 怒りさえ湧いてきた。

「 ねえ 着替えよ? 

ぽん、と誰かが肩を軽く叩いてくれた。

「 ・・・  え ・・・ あ ・・・? 隣のバ― の・・・? 」

「 アタシ みちよ。 ね シャワー 浴びてさ〜 いろいろ〜〜汗と一緒に流しちゃお! 」

くりっと目の大きな小柄な女性が に・・・っと笑っている。

そういえば バーレッスンは彼女の後ろだった。

「 え  ええ ・・・ あの わたし ・・・ 下手すぎますよ ね ・・・ 」

「 あは ・・・ いろいろ言われたこと? 」

「 ・・・ええ。 わたし一人ず〜〜っと ・・・ なにやっても・・・ わたし・・・ 」

「 へ〜〜き へいき  皆通ってきた道なのよ〜〜 」

「 ・・・え? 」

「 あのね。 ウチの先生はね〜〜 新人さんには最初 めっちゃキツいのね〜

 初日はたいてい集中攻撃だよ。  途中で泣き出したコもいたもん。」

「 え ・・・ そうなんですか? 」

「 そ〜なの。 アタシもさ〜〜 ガンガン言われて・・・ もうバレエやめる! って

 思ったもん、本気でね〜  

「 あの ・・・ だってわたし ・・・ 全然付いてゆけなかったし ・・・ 」

「 え〜 ちゃんとやってたよ〜  そんなキレイなX脚でさ〜 羨ましいなあ〜って

 皆 見てたよ? 」

「 ・・・ でも全然使えなかったし ・・・ 順番間違えて音も・・・ 」

「 そりゃね〜 最初っから完璧にできる人なんていないって。

 ね〜〜 シャワーして着替えようよ。 えっと・・・フランソワーズさん ? 」

「 ・・・ ありがと ・・・ あの・・・ < さん > はいりません。 」

「 じゃ フランソワーズ?  ねえ フランスから来たのでしょう?

 日本語 上手だね。 」

「 あの ・・・ か 家族と一緒に ・・・ みちよさん。 」

「 アタシも < みちよ > でいいよ〜   あはは 大丈夫〜〜 皆ね、

 ああ 新人だもんね〜 って思って見てるから。 気にしない〜〜 」

「 ・・・ ええ ・・・ ありがとう ・・・! 」

「 ほら 冷えるからさ・・・ 顔も洗って ね ? 

「 ・・ そう ね ・・・ みっともないわね〜〜 こんな顔・・・ 」

やっとちょびっと笑顔をのぞかせて、フランソワーズは更衣室へと戻っていった。

新しい友達もできて、カンパニーの様子も少しわかってきた。

 ― あとは レッスンに付いてゆくだけ! なのだ。

 

 

大きなバッグを抱えて 崖っぷちにある家を出てバスに乗り電車とメトロを乗り継いで・・

フランソワーズは毎朝熱心にレッスンい通い始めた。

「 行ってきます〜〜〜 ! 」

「 気をつけてな。  忘れものはないかい。 

「 え・・・っと ・・・大丈夫です。 」

「 うむ しっかりな。 」

「 はあい イッテキマス〜〜 」

大きく手を振って駆けてゆく彼女を 博士は毎朝にこにこと見送ってくれた。

 

   ・・・ そうよ!  もう〜〜 やるっきゃない!

 

朝のレッスンに出て 他の仲間たちはそれぞれ次の舞台のリハーサルやらバイトに散ってゆく。

「 あの ・・・ 空いているスタジオ、使ってもいいですか? 」

「 はい? 」

「 あの ・・・ 練習したいのですけど ・・・ 

事務所に恐る恐る尋ねてみた。

「 ええ ええ どうぞ。 ウチはね〜 カンパニーのメンバーだったら自由に使えます。

 まあ 音を使うのはちょっと遠慮してほしいけど ・・・ 

 ああ自分のMDとかで聞くのは自由ですよ、スタジオの音響は使わないでね。 」

「 あ はい。 勿論 ・・・ 」

「 では どうぞ。 その都度申告しなくてもいいですよ〜〜 

「 はい ありがとうございます。 

事務所の人はにこやかに応対してくれたので 少しほっとした。

 

   ようし ・・・ やるわ!  時間の許す限り やる!

   

   えっとそれじゃ 今日のアダージオから ・・・ 

 

フランソワーズはレッスン後、熱心に復習を続けるのだった。

 

 

 

  パタパタパタ ・・・・  軽快な足音が近づいてくる。

 

「 た ただいま〜〜 帰りましたあ〜 」

バタン  ―  勢いよく玄関のドアが開いて高い声が響いてきた。

「 きゃ〜〜 遅くなってすみません〜〜 」

パタパタ ・・・ スリッパの音がリビングに飛び込んできた。

「 ほい お帰り〜〜  今日のレッスンはどうじゃったかの? 」

ソファでのんびり読書をしていた博士は パタン、と本を閉じて立ち上がった。

「 オレンジをな、 冷やしておいたぞ?  手を洗っておいで。 」

「 え? わ〜〜〜〜 うれしい〜〜〜  すぐにウガイしてきますね〜〜 」

パタパタ ・・・ 

「 ふふふ  元気でいいのう〜〜 あの笑顔をみているとこちらも元気になるなあ 

 どれ ・・・ お茶でも淹れるか ・・・ 」

博士は案外身軽にキッチンに入って行った。

 

  カチン ・・・ 紅茶のいい香がリビングに満ちている。

 

「 あ〜〜 ・・・ 美味しい〜〜 

「 ほっほ 上手く淹れられたかの。 」

「 ええ あ〜〜 ・・・ じわ〜〜〜〜 ・・・っと身体中に美味しさが行き渡って

 ゆきます〜〜〜 」

「 ふふふ ・・・ どうだ、レッスンの調子は? 」

「 え ・・・ もう〜〜ね 叱られたばっかりで ・・・ 毎日ついてゆくだけで

 必死なんです。 」

「 ふん ふん  なかなかいい時間を過ごしておるのだな。 」

「 ぼろぼろですけど ・・・  あ いっけな〜〜い、晩御飯の用意しなくちゃ 

フランソワーズはカップを置いて慌てて立ち上がった。

「 ああ 今晩は久々に 張々湖飯店 にでも行こうかの。 」

「 え ・・・ あ でもジョーが・・・ 」

「 うむ、おっつけ帰ってくるじゃろうから ジョーの車で繰り出そうじゃないか。 」

「 わあ〜〜〜♪  ・・・ えへ ・・・ いいのですか? 」

「 勿論じゃ。 たまには大人やグレートの話も聞きたいしな。 」

「 そうですね〜 じゃ もうちょっとここでお茶、楽しみます。 」

「 うむ うむ そうしたらよいよ。 ワシもしばらくここでのんびり読書しておるから 」

「 ふふふ〜〜 今晩は大人の美味しい中華をお腹い〜〜っぱい食べちゃお♪ 」

二人は 笑いあいそれぞれ気に入りのソファの座り心地を楽しんでいた  が

しばらく静かな時間が流れていたが 博士がふと本から顔を上げた。

「 〜〜〜っと そうじゃ ジョーに連絡しておくか? うん? 」

「 ・・・・・・・ 」

「 フランソワーズ、一応ジョーに連絡しておいた方がいいかもしれんよ。 」

「 ・・・・・・・ 」

亜麻色の髪はじっとおなじ姿勢を取り続けている ― つまり全然動かない。

「 ?  フランソワーズ?  どうかしたのかい 」

さすがに心配になり 立ち上がって彼女の肩にそっと手を置いた。

「 ・・・ フランソワーズ ? 

「 ・・・ う〜〜ん ・・・・ 」

しなやかな身体が ぱたん と倒れてきた。

「 !? お〜っと ・・・・?  」

慌てて抱き留め そっとその顔を覗き込んでみれば ―

 

  す〜〜〜〜 ・・・ す 〜〜〜〜 ・・・・  す〜〜〜 ・・・

 

実に気持ちよさそうな寝息が聞こえ  彼女は完全に熟睡していた。

「 おやおや・・・ お姫様はお疲れ か ・・・ 

 まあ 久々ジョーにインスタント料理 でも味わうとするかの。 」

 どれ ・・・ 博士はひざ掛け用の毛布をそっと居眠り姫に掛けてやるのだった。

 

 

「 ただいま帰りました〜〜 」

ジョーが ばたん、とリビングのドアを開けた。

「 し〜〜〜〜 ・・・ お帰り ジョー ・・・ 」

ギルモア博士が さっと立ち上がって彼を制した。

「 は・・・・い??? 」

「 じゃから、  ほれ 静かに、な。 」

博士は くい・・とソファの上を指した。

「 は??  ・・・ あ フラン 〜〜〜 

リビングの上には フランソワーズがぱたん、と横に倒れたままの格好で眠っていた。

「 あの! なにか不具合が??? 」

「 いいや。 

「 じゃ ・・・ あの 緊急メンテ とか・・」

「 いいや。 」

「 じゃ あの 敵の攻撃とか?? え〜〜〜 と? 」

いやいや・・・と博士は軽く首を振る。

「 だから 寝てるのじゃ。 」

「 寝てる? 」

「 うむ。  まあなあ レッスンでいろいろ・・・緊張しておるんじゃろうなあ〜 」

「 ・・・ そうかあ〜  彼女、頑張ってるんですねえ〜  

「 ふふふ 叱られてばかりでもう大変・・・とか言っておったがの・・・

 でもなあ 実に楽しそうなのでな。 」

「 そうですか・・・ よかった ・・・ あ ぼく、部屋まで連れて行きますね。 」

「 頼めるかのう・・・ ここで転寝をしておったら風邪を引くし ・・・

 なにより身体をやすめることにはならんからなあ 」

「 よっぽど疲れているんですね〜 それだけ頑張ってるってことかあ〜 」

「 帰ってきて ティー・タイムを楽しんでいて  そのまま沈没じゃよ。 」

「 あは ・・・ あ  それじゃ 食事の用意は ・・・ 」

「 うむ ・・・起こすのも可哀想でなあ・・・

 お前も疲れているところ、悪いが ジョー・・・ 頼めるかい? 」

「 ええ  < ジョーのインスタント料理 > で良ければ喜んで〜〜 」

「 そうか そうか すまぬなあ〜〜 」

「 いやあ〜 いいですよ。 ぼく、料理も結構好きなんだ〜 」

ジョーはまたまたにっこり笑った。

「 それじゃ・・・ そう〜っと ・・・そう〜っと・・・と。 」

ジョーはこそ・・・っと まるで壊れ物を扱うみたいに 眠りこけている彼女を抱き上げた。

「 ・・・ んん 〜〜〜 

「 あ ・・・ 起きちゃったかな ・・・? 」

「 ・・・・・ 」

彼の腕の中で フランソワーズは少しむにゃむにゃ言っていたがすぐにまた寝息を立て始めた。

「 あは・・・ よかった・・・ さあ ゆっくりお休み ・・・ 」

 

  とん とん とん ・・・  優しい足音が階段を登っていった。

 

 

 

「 ・・・ あれ? 」

目が覚めたら ― 自分のベッドの中だった。

ソファで寝こけてしまったはずだが ・・・ 気が付けばちゃんとベッドに寝ていた。

 

   ・・・ あちゃ〜〜 またやっちゃったぁ 

   全然覚えてなわあ〜〜 ・・・ マズったわ〜

 

   あ。  もしかして ・・・ ジョーが ??

   うわ〜〜〜・・ なんか悪かったわあ〜

 

彼女はそっと起き上がるとシワシワになったブラウスやらスカートをひっぱると廊下にでた。

すこし先のドアの下から光が、廊下に一筋零れ出ていた。

「 あ・・・ まだ起きてるのかしら・・・ 」

ノックしようとしたが 寸前に手をひっこめた。

 

   こんな恰好で ・・・ 夜中に男性の部屋を訪れるなんてふしだらよね ・・・

 

いくら一つ屋根の下に住む < 家族 > でも  ― やっぱり他人なのだ。

古風なレディ教育を受けた彼女は 立ち止まった。

足音を忍ばせて自分の部屋に戻ると チェストを開けた。

「 ん〜〜〜〜 ・・・ あったわ〜〜 これこれ ・・・ 」

フランソワーズはカードを取り出した。

「 これね ・・・ 四葉のクローバーの写真が気に入っているの。

 ジョーにもシアワセが来ますように・・・ 」

5分後、 彼女は再びそ〜〜〜っと彼の部屋の前までゆくと こそ・・っとカードを挟んだ。

 

    ごめんなさい! ありがとうございました。  あいをこめて フランソワーズ

 

・・・ 平仮名だらけの、四葉のクローバーのカード。 

ジョーは 彼女と結婚したあともず〜〜〜っと大事に大事にしていた。  

 

 

 

「 いってきま〜〜す!  博士〜〜〜 ランチとオレンジは〜 冷蔵庫ですから〜 

フランソワーズは玄関から 叫んだ。

「 おお ありがとうよ ・・・ 気をつけてな。 ジョーはちゃんと起こすから。 」

「 はい〜〜 お願いします〜 」

 

 パタパタパタ ・・・  元気な足音が遠ざかってゆく。

 

相変わらず フランソワーズは嬉々として毎朝レッスンに通っている。

バテバテ状態で帰宅してくるが 夜になる前に< 沈没 >することも減ってきた。

 

    やるっきゃないのよ!  踊れるんだもの、シアワセじゃない?

 

「 おはよう〜〜 フランソワーズ〜〜 」

「 あ おはよう みちよ ・・・ わあ 素敵なレオタードね!  」

「 えへへ〜〜 これねえ 海外の通販でさ、安かったんだ〜〜 」

「 え〜〜 いいわねえ〜 わたしも買おうかなあ 」

「 あ 私も混ぜてぇ〜 」

「 いいよ いいよ〜 人数増えれば送料分担も減るしね〜 あとでスマホで見ようよ 」

「 わ〜〜い♪ 」

「 ねえねえ フランソワーズ〜 今度さあ フランスのメーカーの、頼みたいの。

 全然わかんないから通訳して〜〜〜 

「 あ わかることなら ・・・ 」

「 わお〜〜 力強い味方ができた〜〜  

更衣室でおしゃべりする仲間も増えてきた。 レッスンの要領も少し飲みこめてきた。

 

  が。  肝心の踊りの方は ―  ・・・・

 

「 え べんきょうかい? 」

「 うん。 発表会みたいなもんなんだけどね〜 」

「 はっぴょうかい?  あ ・・・ スタジオ・パフォーマンスみたいなもの? 」

「 あ〜〜 そう そんなもん。  お客さんも入れるけど ね。 」

「 ふうん ・・・ それでみちよは 何を踊るの? 」

「 アタシ?  パキータ のヴァリエーション なんだ 〜 

「 わあ すごいわねえ。 あ レイコは? 」

「 ・・・ シルヴィア よ〜〜 アレさあ・・・ 衣装が〜〜苦手! 」

「 え でも踊りは素敵じゃない? 皆 凄いわねえ〜〜 」

クラスの後、掲示板の前でのおしゃべりにも花が咲く。

「 凄いわねえ〜って フランソワーズ? キミも出るのよ〜〜 」

「 え?? だってわたし、来たばかりだし・・・ 」

「 あのね。 カンパニー の研究生メンバー全員なの。 ほらほら 自分の役、さがして! 」

「 え ・・・ ええ。 えっと ・・・? 」

フランソワーズは こちゃこちゃ書いてある配役表を見ていたのだが ・・・

「 ・・・ みちよ ・・・ わかんない わたし。 読んでくれる? 」

「 え。 ・・・ あ〜 えっと・・・・ あ あった〜〜 

 わほ。 フランソワーズ〜〜  パ・ド・トロワだよ〜〜ん、 『 白鳥〜 』 の。 」

「 え!!??  ・・・ く 組むのぉ〜〜〜〜??? 

「 ― 男性のいない パ・ド・トロワ ってないと思うけど? 」

「 ・・・ そ そうよね ・・・ うっそぉ〜〜〜 」

「 うっそ〜 じゃないよ、ホント。 もう一人は ・・・ ヒロミかあ〜

 細い二人だから〜〜 男性も楽だよね〜〜 」

「 ・・・・・・・ 」

きゃらきゃら華やいでいる仲間たちの中で フランソワーズは一人、重く沈んでいた。

 

 

Last updated : 03,06,2014.                     index         /       next

 

 

**********   途中ですが

一応 平ゼロ設定 ですが < 島村さんち > 以前ですね〜

ダンサー・フランちゃん の奮闘を描いてみたいので・・・