『 いつかその日に ― (2) ― 』
イラスト ワカバ屋
企画・構成 めぼうき ・ ばちるど
テキスト ばちるど
翌日は朝からからり、と晴れ上がり、ギルモア邸の上にも秋空が広がった。
昨日の雨はもう庭の隅にジメついた空気を僅かに残すだけになり、それすらも乾いた風が早々持ち去った。
「 うわ〜 キレイに晴れたわね♪ さあ〜それじゃ 戦闘開始・・・! 」
フランソワーズは早朝から洗濯やら片付け物でてんてこ舞いだった。
昨日、子供たちは頭から爪先までげでげでになって帰宅した・・!
パーカーにTシャツに短パンに下着に靴下 ・・・いくら子供用でも ×2 ( かける に ) となれば
かなりの量である。 おまけにジョーのシャツやらタオルも加わって洗濯物はいつもよりかなり多い量になった。
「 昨夜のうちにタイマーをかけて洗っておいてよかったわ。 ・・・ うん、ちゃんと完了しているわね。
それじゃ・・・ よ〜いしょっ ! 」
ふう〜〜と特大溜息つきつき 双子の母は脱水機から洗濯ものを取り出す。
あんなに傘を持ってゆきなさい!って言っておいたのに!
二人ともお返事だけして それっきり、ね。
もう〜〜〜 ちっとも言う事、 聞いてないんだから〜
・・・ ふうう・・・ ええと? Tシャツに パンツに・・・タオル・・・
あらあ・・・ この短パン、二人とも擦り切れそう・・・ もう小さいのかしらね・・・
あら! ジョーってばまたシャツのカフス・ボタン、飛ばしてる!
ちょっとォ〜〜 腕捲くりする時には注意してよね・・・
よいしょ・・・ よ・・・! と
これで全部 ね?
洗いあがった洗濯物を山ほどかかえて 彼女は裏庭に出た。
きゅん・・・と秋の風が 亜麻色の髪を撫でてゆく。
野菜畑や温室の間をぬって物干し台のところにやってきた。
よいしょ・・・っと籠を置く。
洗濯モノはね。 ぱりッと乾いてお日様のにおいがしなくちゃ。
自動乾燥機? ・・・う〜ん・・・便利でいいなっては思うけど・・・
やっぱりお日様の匂い、 ほしいのよ
ギルモア邸の特別仕様の洗濯機には 完全滅菌乾燥機 ( 改良型 )が付いているけれど、
彼女は昔ながらに天日に干すことが好きだった。
お日様の匂いがする洗濯モノとほっこり・膨らんだ蒲団 ― それは彼女の主婦としての拘り、だった。
「 うわ〜〜 ・・・ いいなあ・・・ くんくん ・・・ これはお日様の匂いだね? 」
「 あら・・・そうよ、ジョーってばよくわかったわねえ・・・・」
初めてこの地にやってきて共住みを始めたころのこと。
ジョーは取り込んだ洗濯ものに顔を寄せ歓声をあげていた。
「 うん♪ この匂い ・・・ いいねえ・・・ すごくいいねえ・・・
ねえ、 しあわせの匂い、って。 この匂いなのかもしれないね 」
「 幸せの匂い? ふふふ・・・ ジョーらしい言い方ね・・・
あ ・・・でも乾燥機で仕上げたほうがよかったかしら・・・
あれでならちゃんと滅菌もできるし、柔軟剤もよ〜く染み込んでふんわり、になるわ。 」
「 ううん ・・・ ぼくはこっちがいい。 なんか・・・と〜っても温かいんだもの・・・ 」
ジョーは自分のシャツを探し出すと うっとりと顔の当てている。
「 あらら・・・きれいにしたばっかりなのに・・・
でも 嬉しいわ。 わたし、ほら・・・ムカシ人間だから やっぱりお日様に干したいのよ。 」
「 ・・・ お日様に今もムカシもないよ。
ね、フラン。 ぼく、手伝うから。 ず〜っと洗濯ものはこうやって乾かして・・・ 」
「 ええ ええ いいわ。 」
「 うわ〜〜 ありがとう! ・・・あ! 勿論、干すのも取り込むのも ぼく、手伝うから。 」
「 メルシ。 ・・・ついでに畳むのもお願い・・・ 」
「 ラジャ♪ 」
まだ ・・・ 恋人同士になる前。 ( お互いに充分意識していたけど・・・ )
そんな話をして、それ以来・・・ず〜〜〜っと。
この家では洗濯物は天日で乾き 蒲団はお日様の熱でふかふかになるのだった。
パン・・! パン パン ・・・!
リネン類をきゅ・・・っとひっぱって広げる。 この・・・ ぴん!とした感じが好きだ。
「 よ・・・! っと。 ふふふ、今晩 気持ちがいいわよ〜〜 お日様の匂いに包まれて眠れるわね。
あら ・・・ いけない、ソックスが残っていたわね・・・ あらら・・・・穴・・・・
これはすぴかね〜 ・・・ また木登りしたのかしら・・・ 3年生になっても相変わらずねえ・・ 」
子供達のシャツやらパンツやら・・・色とりどりの衣類がこまごまと干されてゆく。
「 すぴかのTシャツ ・・・ なんかもっと可愛いの、着て欲しいのに。 リボンもフリフリもキライなのよね。
あ ・・・ でも これからちょっと変わるかもしれないわね・・・ 」
< お母さん。 クッキー、作りたい。 >
< ・・・ お礼にあげたいの。 ・・・ は ハヤテ君に ・・・ >
昨夜 彼女の娘は真剣な顔をしてそう言っていた・・・
「 あ れ は♪ 恋する女の子 の目だったわ。 ふふふ・・・きっと自分でもまだ
なにがなんだかわからないのね。 でも すぴかも きゅん・・・! と感じたのよ。 」
娘と一緒にクッキーやらお菓子をつくる ― それはフランソワーズの長年の夢だった。
ず〜〜っと 紅一点 だった彼女は娘に恵まれたことが事の外 嬉しかった。
ねえ すぴか・・・
一緒にお買い物に行きましょう♪
お洋服を選びあったり 可愛い髪留めを捜したり。
そうね、毎朝髪を結って。 大きなリボンを結んであげる・・・
うふふふ・・・ お茶しておしゃべり しましょうね♪
すぴかの初恋、聞かせてちょうだい・・・
まだ眠っているだけの赤ん坊をあやしつつ 若い母はにこにこ<同士>に話かけていた・・・
― だけど。
たしかに彼女の娘は 見た目、彼女によく似た容貌をもっていた が。
中身は ・・・・ てんで違っていたのである。
「 ふふふ〜ん♪ お転婆さんだってね、 きゅん・・・!って胸が鳴れば 女の子 になるの。
二人でクッキー 作りましょ。 キレイに包んでハヤテ君に渡すのよ ・・・ そうすれば。
きゃ・・・ うまく行くといいなあ〜〜 」
干したシーツの向こう側には 真っ赤になってクッキーを渡す娘の姿が <見える>
「 いいわねえ〜〜 青春の入り口ね♪ えっと〜〜 あとは小物類ね・・・ 」
子供たちと夫の靴下を並べて干し、下着類も次々に吊るしてゆく。
「 ・・・ あらら・・・ ジョーのブリーフ・・・ これはゴムを入れ替えなくちゃね。
あらやだわ、端がほつれているじゃない・・・ もう〜〜ちゃんと言ってよね・・・ 」
ジョーはそれが習慣になっているのだろう、服も靴下も・・・下着も、本当に擦り切れダメになるまで着る。
洗濯にはちゃんと出すので 一応清潔なのだが ・・・ 。
独身時代には見るに見かねて 本人に代わって何気なくシャツやら靴下を買ってきた。
「 あのね 紳士ものも一緒にバーゲンだったの。 あの・・・ イヤじゃなかったら着て下さる? 」
「 え・・・ わ〜 ありがとう、フランソワーズ! イヤなんかじゃないよ〜 うれしいなあ・・・ 」
満面の笑顔で受け取り そしてまた端っこがほつれるまで、着るのだった。
下着類の差し入れだけはさすがに遠慮していたのだが・・・ 今はそういう訳にはゆかない。
「 よれよれの下着なんか着せておけないわ!
・・・そりゃ・・・わたし以外のヒトに見せてもらっちゃ困るけど。
だけどね! ゴムの伸びたブリーフは穿かせません。 これは妻としてのプライドです! 」
パン ・・・! 小さなパンツも大きなパンツも しっかり皺を伸ばしてから干す。
ふふふ ・・・ こうしてジョーの下着の心配、するようになるなんて・・・
なんだか自分でも可笑しいわ・・・
フランソワーズの唇には自然に笑みが浮かんできた。
「 でもねえ・・・あ〜あ・・・ 恋する乙女、だったのはついこの前・・・だと思っていたのに。
今じゃ パンツの心配か・・・
そうよねえ・・・ ドキドキ初めてのデート をしたのはやっぱりこんな晴れた日だったわね・・・ 」
パン ・・・ パン パン ・・・!
ハンカチ類を干せば満艦飾は完了、である。
「 う〜ん ・・・ あの日 一生懸命、オシャレして。 ドキドキして出かけたっけ・・・
大よそ行きのワンピースに タカラモノだった絹のストッキングはいて。
そうなのよ、気取っているつもりでもめったに履かないカカトの高い靴にぎくしゃく歩いて。
ああ 空が青いなあ・・・って思ったのね・・・ 」
洗濯物たちの間から 真っ青な空が彼女の笑いかける ― そう・・・あの日と同じに・・・
幸せに ・・・ 幸せに ・・・ ね ・・・
お日様はにこにこフランソワーズに微笑みかける ― そう こちらも あの日と同じに。
穏やかな日差しに 懐かしい日々がゆらゆらと浮かんできた。
不思議なことに、初デートは・・・出かける前のドキドキと、帰宅後のことしか覚えていない。
おそらく ・・・緊張しすぎてあまり記憶がないのかもしれないが、ごくありきたりのデートだったのだろう。
あの日 ―
カツ カツ カッ! ・・・・ カツ カッ
石畳の道が いつもとちがった音をたてている。
フランソワーズは慣れないヒールをもてあましつつ・・ それでも夕闇の道を大急ぎだった。
「 ・・・たいへん! 早く帰らないと・・・! 」
まだ いいじゃないか。 ・・・残念な顔で初デートのお相手は途中まで送ってきてくれた。
「 ごめんなさい ルイ。 ・・・ パパとの約束なの・・・ 」
「 ・・・ そっか。 それじゃしょうがないな。 ・・・ また誘ってもいいかい。 」
「 え ・・・ ええ・・・ ありがとう、ルイ。 」
「 うん・・・ じゃ 楽しかったよ、フランソワーズ・・・ 」
「 ・・・ あ? ・・・ 」
す・・・っと抱き締められ。 あっという間に唇を奪われた。 ・・・といっても浅いキス、だったが。
「 ・・・ じゃ またな。 」
「 ・・・ ルイ ・・・ 」
唇だけが ぽわん・・・と熱くて。 ぼや〜〜っと彼の顔を見ていた・・・と思う。
家族以外の異性と唇を合わせたのは初めてだった。
これって。 ファースト・キス なんだわ・・・ 彼女はぼんやり思ってた・・・
「 ・・・ただいま ・・・! 」
「 あら お帰り、ファン。 楽しかった? 」
「 ママン! ええ とっても。 ルイったらばね・・・ 」
「 あ・・・ パパに 今 帰りましたって言ってきなさいね、ファン。 」
「 え? うん ・・・ でもママン、わたしちゃんと門限、守ったでしょう? 」
娘は頬を染めたまま 不思議そうな顔をしている。
「 ええ ええ わかってますよ、ファンはきちんと約束を守る子ですものね。
でもね、ともかく パパに今日の報告をしてお休みのキス、してあげてね。 」
「 うん。 ・・・ あ お兄ちゃん。 ただいま〜 」
「 あ〜? おう、お子ちゃまデートは楽しかったかい。遊園地でも行ってアイスクリーム、舐めたのか。 」
「 あら! お子ちゃまデートなんかじゃないわ!
セーヌ河畔も歩いたし・・・ ふふふ〜最後に キス・・・ 」
「 ! な、なんだって?? 」
「 ふふふ〜ん♪ なんでもな〜いっと。 パパ〜〜 ただいま〜 楽しかったわあ〜 」
「 おい ファン! 」
妹は焦る兄を横目に ひらひらと父のところまで飛んで行った。
「 ジャン ・・ 放っておきなさい。 ・・・ふふふ ねえ、ジャン。 パパの顔 見て?
さっきまでの不機嫌がウソみたいね。 」
「 あ〜 ほんとだ。 ひで〜よ、目尻さがってら。 親父ってファンには甘過ぎるよなあ〜 」
「 ふふふ・・・ いいのよ、父親ってそんなものよ。 ジャン、あなただっていつか、わかるわ。 」
「 ふん そんなの、判りたくないさ。 」
息子まで妙に不機嫌なのが可笑しくて。 その夜 マダム・アルヌールはひとり、クスクス笑いを続けていた。
「 ・・・ ふふふ ・・・ つい・・・昨日みたいな気もするのに・・・
ママン ねえ、ママン。 ママンのあの笑顔。 今なら・・・ようくわかるわ・・・
さあ ・・・ これでいいわね。 あ・・・っと、運動靴〜〜! 今日中に乾かさないと。
ここに一日中干しておけば きっと大丈夫ね。
あら・・・ すばるったらこっち側ばっかり裏が擦れているわね・・・歩き方のクセかしら・・・ 」
まだぴかぴかの朝陽のもと、ギルモア邸の裏庭では満艦飾の洗濯ものがはためいていた。
「 さあ・・・あとはお日様にお願いして、と。
あ! いっけない。 朝御飯 朝御飯〜っと。 すぴかはもう起きているかしら。 」
島村夫人は サンダルを鳴らして家へと戻っていった。
朝御飯を食べさせ、子供達を送りだして。 ジョーのお弁当をつめこんで。
「 さあ・・・っと。 これでいいわね。 あら? ジョーったらまだ寝てりかしら?
しょうがないわねえ ・・・ 」
エプロンで手を拭き 拭き ・・・ リビングを突っ切った。
「 もう・・・ あの寝坊クセだけはほっんとうにいつまでたっても・・・ 」
す〜は〜 ・・・・ 息を吸い込んで廊下へのドアをあけた。
「 ジョー 〜〜〜 ! 起きた? 」
「 はい、奥さん。 もう起きてます。 」
いきなり 後ろから声がかかり ・・・ 彼女はびっくり仰天してしまった。
「 うわ!? ・・・ やだわ〜 ジョーってば。 どこに居たの? 」
「 うん ちょっと庭を一周・・・ あんまりいい天気だからさ。 ・・・ おはようゴザイマス、奥さん 」
ジョーはす・・っと愛妻を抱き寄せ キスをした。
「 ・・・ ! ァ・・・・ んんん ・・・ オハヨウゴザイマス♪ 」
「 洗濯、ご苦労さま。 な、駅まで車で送ってゆくよ。 きみももう出かける時間だろ。 」
「 ええ・・・ でも ジョー いいの? 」
「 いいさ。 こんなにいい天気だもの、たまにはちょこっとドライブしようよ。
・・・駅までのいつもの道で悪いけど・・・ 」
「 ううん! 嬉しいわ♪ ジョーと二人でドライブ、なんて久し振りですもの。
あ、わたし 準備してくるから・・・ ジョー、朝御飯食べててね。 」
「 うん、わかった。 」
「 うふふふ・・・なんだかちょっと楽しくなってきちゃった♪ 」
「 ぼくもさ、 奥さん♪ 」
ちゅ・・・っともう一回キスをして。 ぱたぱた階段を上ってゆく彼女のオシリをジョーはたっぷり観賞した。
あは♪ ・・・ 相変わらず魅惑のヒップだよなあ・・・
ふん! ルイにミッシェルにジャック・・・!
彼女は完璧にぼくのモノだから な!!
おぼえとけ〜〜!
ジョーな ハナウタ交じりに宙をにらみ・・・ 一人で勝利宣言?をしていた。
― 要するに。 この朝、彼は極上の気分だった。
雨上がりの朝は 子供たちもいつも以上にはしゃいでにぎやかだ。
小学校はもう うわ〜〜ん・・・と元気な声でいっぱいだった。
「 お早う! すぴかちゃん! 」
「 お早う〜〜 えみちゃん。 いいお天気だね〜〜 」
「 うん、今日は外でドッジボールができるね! ・・・あれ なんで傘、持ってるの。すぴかちゃん。 」
「 あ ・・・ これ? うん・・・昨日、借りたんだ・・・ 」
「 あ 返すのかあ。 ねえねえ 今日こそ3組に勝ちたいね! 」
「 ・・・え? あ ・・・う うん・・・ 」
「 すぴかちゃん、強いもんね〜〜 びしばし、決めてね!」
「 ・・・え あ う うん ・・・ 」
「 ??? すぴかちゃん、 どうかしたの? あ・・・風邪ひいた? 」
「 え? ううん! ・・・ なんで。 」
「 だって〜 なんだかぼ〜〜っとしているんだもん。 いつもならさ、よ〜し打倒3組!とか言うのに。 」
「 そ、そうかな? 別にぼ〜っとしてないよ。 」
「 なら いっけど。 あ、ハヤテ君だァ おっはよ〜〜! 」
えみちゃんは 道の反対側に曲がってきた少年に声をかけた。
「 ん〜〜 おはよ、えみちゃん。 おはよう〜 すぴかちゃん。 」
「 あ ・・・ お おはよう・・・ 」
すぴかはなんだかいつもの声がでなくて ― 自分でもちょっとびっくりしている。
「 あれ〜 すばる君は? 」
「 あ・・・す すばるはね。 のろまさんだから。 ゆっくり来るよ。 」
「 ふうん? すぴかちゃんは走るのも速いのにな。 ふたご でも似てないのな。 」
「 あ ・・・ う うん。 あ! あの・・・ ハヤテ君! 」
「 なに? 」
くるっと振り向いたハヤテ君のとこに すぴかはたたたた・・・っと駆けて行った。
「 あの・・・ あの・・・ これ! ありがとう! 」
すぴかは きゅう〜っと握っていた傘を ― 昨日借りた青い傘を差し出した。
昨夜 ・・・ず〜っとお家の中に広げてほしておいたんだ・・・
ちゃんとお雑巾でキレイに拭いたし。
お母さんに教わってきれいに きちんと巻いてきた・・・!
目の前のハヤテ君の顔が ・・・ なんだかまぶしくて。
まっすぐに見ていられなくて。 ・・・ すぴかは俯いてしまった。
いつもは 全然へっちゃらでハヤテ君といろんなお話、するのに・・・ 今朝はなんだか・・・ヘン!
心臓が トキトキトキ・・・・って飛び出しそう・・・ 今日って暑いのかなあ・・・
「 おう! オレ、この傘学校におきっぱなんだ〜 」
「 ・・・ そ そうなの? 」
「 うん。 な、昨日のあのでかい樹さ、 すぴかちゃんは登ったこと、ある? 」
「 え・・・ あ ・・・うん ・・・ 」
「 マジ〜〜??? すっげ。 こんど僕も登ってみる! 」
「 う ・・・ うん ・・・ 」
「 あ〜 お早う〜〜〜 カワグチく〜〜ん! あの模型だけどさ〜 」
ハヤテ君は別の友達をみつけ話はじめた。
「 ・・・ あ・・・ はや ・・・」
・・・ふ〜ん ・・・だ ・・・
・・・ アタシ ・・・! どうしても つくる!
今晩、クッキー、つくるんだ・・! そんでもって・・・ ハヤテ君にお礼する!
すぴかはかた〜〜〜く決心をした。
その日 一日。 すぴかは ハヤテ君のことばっかり見ていた。
どうしてだかすぴかにもよくわからないのだけど、 気がつくと目が彼を捜してた。
休み時間はもちろん、授業中も気になって仕方ない。
すぴかはいつもはちゃんと前を向いて先生のお話を聞いているのだが
今日なちらちら・ちらちら後ろを振り返ったりしていた。
「 ・・・ それで 次に・・・ ? 島村さん? どうかしたの? 」
「 な なんでもありません。 」
「 ・・・そう? ちゃんと前、向いてね。 」
「 はい。 」
すぴかは慌ててお背中をまっすぐにした。
・・・ なんで ??
すぴかの目、どうかしちゃったのかな・・・・
でも 自然に、勝手にね〜 見てるんだ
ハヤテ君のこと ・・・ 見てる・・・
・・・ どうしてだか 全然わけ、わかんないんだけど
― その日 ・・・ すぴかは授業なんかまったく耳に入ってこなかった。
「 すばる! ほら〜〜 早く帰る! 」
「 すぴか〜〜 先に帰っていいよ〜〜 いっつもそうじゃないかあ〜
僕 わたなべ君とぷろじぇくと・み〜てぃんぐ、するんだ。
はやぶさのうんよう計画について ・・・ 」
「 いいからさ! さっさと帰って早く作ろうよ! 」
すぴかは弟の手をぎっちり握ってずんずん歩き始めた。
放課後、 すばるが教室をでると <姉> が待ち構えていたのだ。
「 え〜〜 作るってなに〜〜 あ・・ ああ〜 そんなに引っ張らないで〜 」
「 もう! あんたってばほっんとうにのろまさんなんだから!
クッキーよ。 クッキー、つくる!って昨夜決めたでしょ! 」
「 ・・・ クッキー?? 」
「 そ。 傘のお礼。 あんただってあの傘に入って帰ったじゃん。 」
「 あ〜 ハヤテ君の傘、かあ〜 」
「 ・・・ そ だよ! 」
「 だって僕、 ちゃんと ありがとう! って言ったよ? すぴかも言ってたじゃん。 」
「 アタシだって言ったよ! だけどね〜 これはね、 気持ちの問題、なの!
お礼、しなくちゃ! ほら〜〜早く! いい? 走るよ〜〜 」
「 わあ〜〜っ す すぴかってば〜〜 わっ ・・・! 」
すばるは完全に 引き摺られる恰好でおたおた走りだした。
昨日 お母さんに頼んだもん、大丈夫。
すばるだって手伝うもんね。
・・・ クッキー、作るんだ。 そんでもって・・・
ありがとう! これ お礼・・・って あげるんだもん。
・・・ ハヤテ君に・・・
すぴかはどうしてかほっぺが かあ〜〜っと熱くなってしまった。
「 クッキー〜〜かあ、 うん いいかも〜 僕も食べたいもんね♪
ねえねえ い〜っぱい焼いてさ、オヤツに食べようよ〜 あ、わたなべ君にもあげようよ。 」
「 ・・・ いいけど。 あんた、ちゃんと手伝ってよ? 」
「 うん♪ 僕 クッキー作るの好き♪♪ 」
「 ・・・・・・ 」
すばるはご機嫌ちゃんになって 姉と並んで走りはじめた。
すぴかはなんとな〜く・・・オモシロクない気分で弟の手を放すとさっさと駆けていった。
「 あ〜〜 すぴかってば〜〜 待ってよォ〜〜 」
すばるの高声が 秋の空に響いていた。
― その頃
早帰りの真昼に電車で。 島村ジョー氏は一人・・・どよよ〜んと落ち込んでいた。
すぴかちゃんだって 10年経てば19歳だぞ!
編集長の言葉が どどん!とジョーの心に圧し掛かる。
「 ・・・ そうだよなあ。 いつまでもコドモじゃないんだもの な・・・
ついこの前までふにゃふにゃの赤ん坊だと思っていたのに あっという間に9歳、なんだものな。
あと10年なんて ・・・ すぐ・・・かも ・・・ 」
ふうう ・・・・ 何回目、いや 何十回目かの溜息が漏れてゆく。
平日の昼間、下り電車はガラ空きでジョーも他の乗客たちも のんびりと座っていた。
隅の席にワカモノのカップルがくっつき合って座っている。
同じプレイヤーから音を聞いているので自然とぴったり身体を寄せ合い、仲良くにこにこしている。
「 ・・・ なんだ?! ・・・ふん! 公衆の面前で・・・ みっともない!
ヤロウのくせににやけた顔して・・・! 彼女もはしたない! 親の顔がみたいもんだ・・・! 」
ジョーはやたらと腹が立っていた。
そのカップルは別段いちゃくちゃしているワケでもないのだが。
「 まったく・・・! 近頃の若いモノはなっちゃないな! 礼儀ってことをしらないのか。 」
見た目、まだまだ<ワカモノ>の その実、永遠の18歳氏は 一人で怒っていた。
これはまったくの八つ当たり・・・ でも本人は気が付いていない。
「 ・・・ すぴかが・・・ あんなことをしたら ・・・ ゆ、ゆるさんからな!
くそ・・・ ある日すぴかがあんなヤロウを連れてきたら・・・
な、殴ってやる・・・! 大切な娘に手をだすな!ってな。
そうだよ、例の蝉取り仲間の ・・・ ほら、ハヤテ君とかいってたぞ・・・! 」
ジョーは座席にすわったまま、ぐ・・・っと膝をにぎりしめている。
もわもわ〜〜っと彼の目の前に浮かぶのは ―
リビングのソファにダーク・スーツを着た若者がぎんぎんに緊張して固まっている。
「 ただいま〜 ・・・あ? ああ お客さんかい? いらっしゃい・・・ 」
「 ジョー! お帰りなさい。 あの ・・・ こちら ハヤテさん。 すぴかのお友達ですって。 」
「 すぴかの? ああ そうかい、ゆっくりして行ってください。 」
「 ・・・ お父さん! 」
「 ん? なんだ すぴか。 お、今日はおめかしして・・・・キレイだよ♪ うん・・・」
青年のとなりにすわっていたすぴかが ぴょこっと立ち上がった。
「 お父さん ・・・ お父さん、あの ・・・あの、ね。 」
「 うん? どうした? いつものすぴからしくないぞ。 」
「 ・・・ あ あの ・・・ 」
碧い瞳が ― フランソワーズと生き写しの瞳がじ〜〜っとジョーを見つめている。
う・・・・ ほっんとうによく似てるなあ・・・・
この眼 ・・・ この眼だよ・・・。 あの時 ・・・この眼にぼくは魅かれて・・・
いや 彼女の瞳を信じて・・・ぼくは あの時足を踏みだしたんだ・・・
娘の瞳に 懐かしい思い出まで見出してジョーは少しぼんやりしてしまった。
「 ・・・ ジョー・・・? 」
「 ・・・あ・・・ああ ・・・ なんでもないよ。 」
す・・・っと隣に彼の妻が寄り添って来た。 細い指がそっと腕に絡む。
「 すぴか? お父さんにちゃんとお話なさい。 ・・・ね? 」
「 うん ・・・ お母さん。 あの ・・・ お父さん あの ね。 」
ガタ・・・ッ !!!
突然 ソファが鳴って・・・ 黒髪の青年が立ち上がった。
「 ・・・ん? 」
「 お お嬢さんを ・・・ください! 僕に く・・・ください! 」
ジョーの顔色がさっと変わった。
「 ・・・な ・・・ なんだって?! きみ! いきなり失敬な。 何を言い出すんだ 」
「 ・・・ ジョー。 ちゃんと彼のいうことを聞いて・・? 」
「 う ・・・ うむ・・・ 」
「 お お願いします、 僕たち真剣なんです、 僕・・・すぴかさんをきっと幸せにします! 」
「 お父さん! お願い・・・! すぴか、ハヤテ君が好きなの・・愛しているのよ!」
「 な、 なんだって?? 僕たち?? いったいいつからそんな仲なんだ! 」
「 ジョー。 冷静になってちょうだい。
ハヤテ君はきちんとご挨拶にきてくれたのよ。
ね・・・すぴかの・・・ 二人の幸せを考えてあげてちょうだい ね・・? 」
「 ・・・く ・・・そっ! うう〜〜・・・ おいお前! 一発・・・殴らせろ! 」
「 はい! ・・・覚悟の上です、どうぞ! 」
「 ハヤテ君! お父さん〜〜 やめて、やめて・・・ 」
「 ジョー。 ・・・ わかっているでしょう? なぐっちゃだめ ・・・ 」
フランソワーズの指が きゅ・・・っとジョーの腕を引きとめる。
「 ・・・ く ・・・そォ〜〜 ・・・・! 」
ガタ ・・・・ン !!
世界が大きく揺れ ・・・ はっと気が付けば 電車の中。
「 くそ〜〜・・・! 殴ってやることもできない、なんて!
ああ ・・・ すぴか! すぴかはお父さんのお嫁さんになる・・・って言ったじゃないか・・・! 」
ジョーは空き空き電車の中で ひとり、真っ赤になっている。
こころの中の呻きは 最高潮に達しなにやら身体までカタカタ・・・ふるえていた。
「 そんな・・・大事に大事に育てた娘をそう簡単にやれるかってんだ!
犬や猫とはちがうんだぞ。 うん ! 」
人生の戦友・愛妻までもが にこにこ顔なのがますます気に喰わない・・・!
「 く〜そ〜〜! すぴか〜〜
それで・・・それなのに・・・話はとんとん拍子に進んでさ。 ・・・ あっという間に式の日さ。
・・・ すぴか ・・・ キレイだろうなあ・・・ フランと同じくらいキレイだろうなあ・・・
うん、きっとこう・・・ あれだ、あの着物、 なんて言ったっけか ・・・そう! 白無垢でさ・・・ 」
ジョーの頭の中では ドラマの中でよくみかける光景がばっちり展開している。
「 ・・・ジョー? なにを見ているの。 」
「 ああ フラン ・・・ いや なんでもないよ・・・ 」
ジョーはテラスでぼんやりと海に視線を向けていたが 彼女の声にゆっくりと振り向いた。
「 ・・・いい天気でよかったなあ・・・って思ってさ。 なんか・・・シャクに触るけど・・・
やあ ・・・ よく似会うねえ・・・ フラン ・・・・ 」
「 あら 嬉しいわ♪ ふふふ・・・ ジョーってばず〜っと上の空なんですもの、
気が付いてもうくれないのかしら・・・ってちょっとがっかりしていたのよ。 」
「 そんな ・・・! うん ・・・キレイだよ! すごいや・・・ 」
ジョーの目の前に立つ彼の愛妻は ― 秋草を華麗にあしらった江戸褄を着こなしていた。
結い上げた亜麻色の髪に秋の日がつややかに映える。
「 メルシ♪ だって花嫁サンが和装でしょう、母としてもここはばっちり決めなくちゃ・・・て。
ね? 帯の具合 みて ・・・ 可笑しくない? 」
「 全然 ・・・すごく・・キレイだ・・・! 」
「 よかった・・・ あ、いけない、呼びにきたのに。 すぴかが・・・ 」
「 ・・・あ ああ・・・ うん。 」
妻に促されジョーは重い足取りでゆっくりと部屋にもどった。
「 ・・・ さあ 」
「 うん ・・・ 」
からり・・とフランソワーズは座敷の襖をあけた。
この家に一間しかない和室なのだが いつも掃除は行き届いている。
今日は床の間に 秋の花が活けられて楚々とした雰囲気でいっぱいだ。
「 ・・・・・・・ 」
ジョーはぎこちなく床の間を背に正座した。
「 あ・・・ きみ、大丈夫? なんなら脚、崩していていもいいぞ。 」
「 大丈夫です。 」
「 うん ・・・ 」
フランソワーズも緊張しているのか、声がすこし上ずっていた・・・
ス ・・・・ 静かに襖が開く。
ス ススス・・・・ 白無垢の裾をゆらし花嫁が入ってきて ぴたり、と二人の前に正座した。
俯いたまま 三つ指をついて口を開く。
「 ・・・ お父様 お母様。 長い間お世話になりました。 今日までありがとうございました・・・ 」
花嫁は 深々と頭をさげた。
「 どうぞ ・・・ これからもお元気で・・・ 」
「 ・・・ うん うん ・・・ 」
「 すぴかさん あなたも元気で・・・ 幸せになるのよ。 」
「 はい ・・・・ 」
ゆっくり上げた顔には 涙の痕が幾筋もながれている・・・
すぴか ・・・! すぴか・・・! 可愛いすぴか・・・
「 ううう ・・・・すぴか・・・! 幸せに・・・幸せになるんだぞ・・・! 」
ジョーはひとりで感極まり 上を向いて涙を堪えている ・・・ 電車の中で。
現実に娘はまだ小学三年のチビっこ・・・
だから妄想の中での花嫁の顔は ― どう見てもフランソワーズなのだが・・・
ジョーにとっては愛娘の10年後・・・に見えるのだ。
「 ねえ〜 シュン? あのヒト・・・ヘンじゃない? 」
「 ・・・ああ? ・・・ 向こう側のすみっこにいるヤツ? 」
ジョーと反対の隅でくっついて音楽を聴いていたカップルは ふと顔を向けた。
「 そ。 さっきから一人で顔、真っ赤にしてさ。 ぶるぶる震えたり 眼、こすったり。 」
「 ふ〜ん・・・あ、花粉症でねえの? ほら・・・ブタクサとかよ。 」
「 あ・・・そっか〜 イケメンなのに台無しだよ、気の毒だね〜 」
「 おい それよか次の曲! いいぜ〜〜 」
「 うん どれ? 」
カップルの関心はすぐに逸れてしまった・・・
ガタタン ・・・ガタタン ガタン −−−−−
平日午後のローカル線、電車はのんびりと海に近い地域を走っていった。
ふ〜ん ・・・ いい天気だなあ・・・
ジョーは駅前のパーキングから今朝預けた愛車で帰路についた。
海に近いこの地域は都内よりも一層秋の訪れが早く 窓から抜けてゆく風に熱気はもうない。
・・・ なんかさ。 空が青すぎて ・・・ 淋しいなあ・・・
空 ・・・ 高いな。 ・・・ ああ ・・・ 海も 静かになった・・・
・・・ そうか・・・ 編集長〜〜 編集長の気持ち、判りますよ・・・
秋 ・・・ か。 なんかさ 淋しいなあ ・・・
今朝 愛妻を横にご機嫌ちゃんで通った同じ道を 彼はどよよ〜ん・・・と落ち込みつつ辿っていた。
「 ただいまァ・・・ 」
「 お帰りなさい! うわ〜〜 早く帰ってきてくれたのね、嬉しいわ・・・ 」
「 ウン ・・・ 編集部の都合で早帰りになってね。 た だ い ま♪ 」
落ち込んでいようが、どよよ〜ん・・・だろうが 帰宅してドアを開ければ ― この微笑が待っている。
ジョーは救われる想いでフランソワーズを抱き寄せた。
「 お帰りなさい♪ 子供たちも喜ぶわ ・・・ んんん ・・・ 」
二人はいつものごとく濃密なキス交わす。
「 ・・・ んんん ・・・ あれ? アイツら・・・ まだ帰ってないのかい。 」
「 ううん 今日はねえ、二人ともさっさと帰ってきたのよ。 」
「 へえ・・・ 珍しいなあ。 なんだ、宿題でも沢山でたのかな・・・ 」
ジョーはすこしばかり拍子抜けした顔だ。
― お父さん お父さ〜〜ん !!! お帰り〜〜〜
お帰りなさ〜〜い お父さ〜〜ん♪
起きている限り、たいてい双子の子供達は父親を迎えに玄関へ飛んでくる・・・のだが。
・・・ あ ・・・・ そろそろ アレ か?
< ウザ〜〜 > とか < 別にィ・・・ > とか。
き ・・・ 嫌われちまったかなあ・・・
ジョーはますます落ち込んできた。
「 え?? いやあだ・・・ そんなことないわ、安心して、ジョー。
実はね・・・ ああ、自分の目で見たほうがいいわね、こっちに来て? 」
「 え・・・ う うん ・・・ 」
腕を引かれるままに ジョーはリビングに向かい、そして通り抜け。
「 ・・・ ほら。 あそこよ。 」
「 え・・・ キッチン・・・? アイツら 料理でもしているかい。 」
ジョーは 半分だけあいたドアから そ〜っとキッチンを覗きこんだ。
「 ― ダメじゃん!!! もっとしっかり押さえててよっ!! 」
「 う ・・・ うん ・・・ すぴか、そんなに力いっぱいこねこねしちゃダメ ・・・ 」
「 え?! なに ?! 」
「 ・・・ な なんでもないよ ・・・ うん しょ・・・っと・・・ 」
「 これ まぜまぜしたら えっとぉ〜〜 ? 」
「 生地を伸ばす。 平らにのべ〜〜って広げるんだ。 」
「 ふ〜ん ・・・ それじゃ のばす のはアンタの役目。 」
「 え〜 僕ぅ? 」
「 そ。 アタシ達、双子だもん、なんでも代わり番つ。 いい? 」
「 ・・・ わかったよ。 あ・・・! 」
「 ちゃんと押さえてなってば〜〜! 」
「 ・・・ ごめん。 ・・・ すぴかが急にぐん!ってやったんじゃないかァ〜〜 ・・・ 」
「 なに?? 」
「 ・・・ なでもない。 ・・・ すぴか、はみ出したよ・・・ 」
「 おっとぉ〜〜 拾って。 」
「 ・・・ うん。 」
完全にすぴかが現場監督、すばるの指揮命令者になっていた。
イラスト : ワカバ屋さま
「 ・・・ な なに やってんだ? 二人で・・・ いや、すばるはわかるけど・・・
すぴかが??? なんだかやたらと張り切っているぜ? あ・・・宿題とか?? 」
「 ぶ〜〜〜★ ハズレです。 二人・・・というかすぴかはね クッキーを作っているの。 」
「 クッキー??? ・・・ ああ ハロウィンのアレかい? 」
ジョーはちら・・・とリビングの飾りを見上げた。
「 ぶ〜〜〜★ またもやハズレ。 ふふふ・・・ すぴかはねえ、カレシのために頑張ってます。 」
「 ええ〜〜〜 か カレシだって??? 」
「 し〜〜〜〜 !! ほら・・・見て? 真剣な顔してるでしょ。
ああ 懐かしいわ・・・わたしもねえ、憧れの先輩に・・・って物凄く真剣にこわ〜い顔して
クッキーを焼いたのよ。 」
「 ・・・ え 。 」
ジョーは ― 一瞬真っ白になってしまった。
娘は ・・・ ヨソのオトコのために真剣にクッキーを焼き・・・
妻も ・・・ かつてヨソのオトコのためにクッキーを焼いた・・・!
「 ほら・・・見てみて・・・うふふふ・・・すぴかにもあんなに女の子らしいところがあったのねえ・・・
よかったわ〜〜 いつまでも木登りと鉄棒に夢中、じゃないわよね。 」
「 ・・・ あ ああ ・・・ 」
「 あの恰好もね、自分達でやったの。 エプロンだけかな〜と思ってらちゃんと三角巾まで! 」
・・・ああ ありゃ給食当番のまねっこだな、とジョーにはすぐにわかったが
妻の感激に水を注しそうなので黙っていた。
キッチンではまだまだ くっきー作成・大作戦 の真っ最中なのだ・・・!
「 もっとさ! のべ〜〜〜っと伸ばして。 」
「 ・・・ わかったよ・・・ 」
「 さ〜〜 型を抜くよっ。 えい ! えい! えい・・・!! ほ〜ら とれた! 」
「 ・・・ ああ そんな真ん中から抜いたらだめだよう ・・・ 端っこから順番に ・・・ 」
「 え なに? 」
「 ・・・ なんでもない・・・ 」
「 さ・・・ジョー、わたし達は退散しましょ。 オーブンに入れる時に呼びなさい、って言ってあるから。
それまであっちでお茶でもいかが? 」
「 おい・・・大丈夫か、子供たちだけで・・・ 」
「 大丈夫。 すばるがいるもの。 すぴかが仕切っているみたいだけど
ちゃんとすばるはフォローしてくれているわ。 それにあの段階なら粘土遊びみたいなものよ。 」
「 う ・・・ うん ・・・ 」
どうも 母はしっかり子供達の力関係を見抜いているらしかった。
「 さ お茶しましょ。 たまには昼間にゆ〜っくり♪ 」
「 う うん ・・・ 」
ジョーは細君に背を押されて 渋々リビングに引き上げた。
「 ・・・ へえ・・・傘を? ああ そのお礼なのか。 」
「 そうなのよ。 ねえ・・・かっこよくない? 」
「 なにが。 」
「 いやだ、ハヤテ君よ〜〜 これ 持ってけよ! って。 すぴか達に傘を貸してくれて
自分は だ・・・っと雨のなか 走って行ったのですって♪ 素敵じゃない?? 」
「 ・・・ そうかね。 」
・・・ぼくなら加速装置できみを運ぶけれどな。 ― ジョーは心の中で付け加えた。
「 そうよぉ〜〜 うふふふふ・・・ムカシね、 ピエールも・・・ デートの時にね
わたしが寒い・・・っていったら 上着を脱いで貸してくれたわ・・・ 秋も終わりの寒い日だったのに・・・ 」
「 ・・・ そうかね。 」
・・・ぼくなら加速装置で・・・ え?? ぴ、ピエール だって??
ルイにミッシェルにジャック・・・だけじゃないのか・・・!?? ―ジョーは心の中で喚いた。
「 はい お茶。 ねえ? ハヤテ君ってね、カッコイイのよ〜〜 走るのも速いし、
算数とかもとっても得意なんですって。 すごいわよねえ・・・ 」
「 ・・・ そうかね。 」
・・・ぼくだって <走るのは速い>ぞ! け、計算だって補助脳を使えば・・・ ― ジョーはまたも呟く。
「 いいわねえ〜〜 微笑ましいわよねえ。 すぴかの想いが届きますように・・・♪ 」
「 おい。 」
「 ・・・ え? なあに、もう一杯お茶、飲む? 」
「 もう一回 ・・・ キス ・・・! 」
「 え・・・?? あ ・・・ な なにを・・・ んんんん 」
ジョーはがば!っと彼の細君を抱き締め 滅茶苦茶に熱烈にキスをした。
ピエールにグザヴィエにジョルジュにジャンにシルリにアンリ!
いいか! よ〜〜〜く聞け! そして よ〜〜〜く見ろ!!
このオンナは・・・ オレのものだから!!!
「 ・・・ねえ〜〜 まだ やってるよ〜 ・・・ 」
「 うん・・・ 今日の ちゅ〜 は長いねえ・・・ 」
「 うん ・・・ まだかなあ〜 オーブン、点けてほしいんだけど〜 」
「 ・・・ まだだねえ・・・ 」
キッチンのドアの前で。 色違いの三角巾をした頭が並んでソファの両親を眺めていた。
次の日は土曜日、双子たちの学校はお休みだけど、お父さんはいつもと同じに出勤していった。
双子はお母さんと一緒に いってらっしゃい をした。
「 ジョー・・・行ってらっしゃい。 気をつけてね。 」
「 ウン・・・ イッテキマス♪ 」
両親は朝も軽くキスする。
「 いってらっしゃ〜〜い お父さん♪ 」
「 お父さ〜〜ん 行ってらっしゃ〜〜い♪ 」
「 おう。 行ってくるよ。 」
ジョーは身を屈め双子を抱き寄せた。
「 うわ〜〜お♪ お父さ〜ん♪ 」
「 わい♪ お父さん〜〜♪ 」
双子は大喜びだったけど ・・・ 父はこっそり溜息を吐いていた。
二人とも・・・! あんまり早く大きくならないでくれよ・・・
そんな父子を母は微笑みつつもしっかり見つめていた。
「 ・・・ おい。 どうしたんだ? 」
つんつん ・・・ジョーはフランソワーズの袖を引いた。
「 え? なにが。 」
「 なにが・・・って。 すぴかだよ! アイツ ・・・ なんだってあんなトコにいるんだ? 」
「 ああ ・・・ あのねえ・・・ 」
その日の午後 ジョーが帰宅すると ― リビングの隅っこ、テラスへの窓辺にすぴかがいた。
クッションを抱いて座り込み じ〜〜〜っと外を見ている。
小さな肩がしょんぼり・・・下がり 小さな溜息がときどき零れてくる。
「 なあ・・・ 冷えないかなあ。 床にぺったりすわってるぞ? おい すぴ・・ 」
「 し・・・! 放っておいてやってよ。 」
フランソワーズは ぐい・・・っと夫をひっぱり、ついでにずんずんキッチンまで連れていった。
「 お・・おい ・・・うわ・・・! 」
「 し〜〜〜。 大声出さないで ・・・ 」
「 ご ごめん ・・・ でも アイツ・・? あ!? もしかして・・・
あのヤロウ〜〜 ハヤテだっけ、すぴかのこと、振ったのか??? 」
「 いやだ、ちがうわよ。 あのね・・・転校 なんですって。 」
「 てんこう?? 雨でも降るのかい。 」
「 ちがうわよ、お天気じゃなくて ・・・ お父様の急な転勤でね、ハヤテ君も転校するんですって。 」
「 ・・・ え・・・ ああ ・・・それで すぴかのヤツ・・・ 」
「 そうなのよ〜〜 クッキーはね、とっても喜んでくれたんですって。 でもねえ・・・ 」
「 ふ〜〜ん♪ そりゃめでた・・・じゃなくて 残念だったなあ〜 」
「 ・・・ジョーぉ?? 」
「 ・・・ すいません・・・ 」
ジョーは一応は恐縮してみせたが にまにま笑いが隠せない。
「 もう・・・! ちょっとここで待ってて。 あ、すぴかのクッキー、摘まんでいいから。 」
「 おっけ♪ うわ〜い・・・ すぴかのクッキーだあ♪ 」
・・・っとに コドモみたいなヒトね?!
フランソワーズはちら・・・っと夫を睨んでから そっと娘の側に行った。
「 ・・・ すぴか? 」
「 ・・・ お母さん ・・・ 」
すとん、と肩を並べ膝を抱えて母は娘の隣に座った。
「 クッキー、喜んでもらってよかったわね。 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
「 ね すぴか。 ハヤテ君、すぴかのこと、きっと忘れないわよ。 」
「 ・・・ うん ・・・」
「 すぴかも ず〜〜っとず〜〜っと・・・大きくなっても忘れないでしょ? 」
「 うん。 ・・・忘れない、アタシ。 」
「 それってものすご〜〜く素敵なタカラモノだと思わない?
ちょっと思い出せば いつだってちゃ〜〜んとハヤテ君は すぴかの思い出の中にいるわ。
ハヤテ君だって同じよ。 すぴかのこと、思い出の中にしまってるわ、きっと。 」
「 ・・・ そ ・・・そう かな・・・ 」
「 そうよ〜〜 最高にステキな思い出でしょ。 」
「 ・・・ お母さんも ? タカラモノ、持ってる? 」
「 うん。 」
に・・・っとお母さんはすぴかを見て笑った。
「 そのヒト、誰? 」
「 ・・・ ん〜〜 本当はナイショなんだけど。 すぴかにだけ、よ? いい? 」
「 うん! ・・・・・」
「 あのね ・・・・ ( ごにょ ごにょ ごにょ ♪ ) 」
「 ・・・そっか〜〜〜♪ 」
「 そうなの〜〜 」
に〜んまり ― 母と娘、いや 女同士はオンナにだけ判る笑みを交わした。
「 ただいま〜〜 おかあさ〜〜ん オヤツ! あ! お父さん〜〜 お帰りなさい♪ 」
「 おう すばる、お帰り。 お、わたなべ君、 いらっしゃい。 」
「 ・・・ コンニチワ、 すばる君のお父さん ・・・・ 」
すばるが <しんゆう> と一緒にどたどたリビングに駆け込んできた。
「 あ! お父さんってば〜〜 僕たちのクッキー、食べてる〜 」
「 美味いぞ〜〜 お父さん これ、大好きさ。 」
「 本当? わ〜〜うれしい〜〜〜 ♪ 」
「 ははは ・・・ お父さんも < うれし〜〜〜い♪> はっはっは♪ 」
「 お父さん、コレにねえ〜 ジャム と ハチミツ のっけると超〜〜ウマ♪ 」
「 お、やろうやろう☆ 」
オトコ同士はやたらと陽気に盛り上がっている。
たたた・・・っとわたなべ君が すぴかの側まで駆けてきた。
「 すぴかちゃん。 あの・・・ クッキー ありがとう! すご〜〜〜く美味しかった!! 」
「 ・・・ わたなべ君 ・・・ 」
「 僕 すぴかちゃんのこと、尊敬しちゃうな! カッコイイ〜〜! 」
「 そ ・・・ そっかな〜〜 」
「 僕 大好きさ、 クッキーもすぴかちゃんも! 」
「 ・・・ え あ・・・そ ・・・? 」
わたなべ君は に〜〜っこり・・・天使みたく笑った。
ほ〜ら ほらほら・・・・次のナイトは もうちゃ〜〜んと現れてるわよ、お父さん?
ふふふ・・・ これは楽しみだわねえ・・・
ジョーォ? いつかその日に さ〜てどんな顔、するのかな・・・ ふふふ
「 ・・・ あら♪ よかったわねえ〜〜 すぴか・・・ ありがとう、わたなべ君♪ 」
母は娘とその ぼ〜いふれんど を抱き締め・・・ちゅ♪ とキスをした。
春・・・・! この邸にも小さな春が巡ってくるのももうすぐなのだ。
******** おまけ ウン十年後?? *******
「 おい、 親父とお袋に挨拶したかい。 写真、もってるだろ? 」
「 もっちろん! それにね、今朝 おじいちゃまのお墓掃除も済ませたわよ、アタシ。 」
「 おし! 合格だ。 ・・・ それじゃ 姉上? 謹んでお送りいたしますヨ。 」
「 うむ、頼むぞ、弟よ。 」
に・・・っと笑いあい すばるはモーニング姿の腕をすぴかに差し出した。
すぴかは ― 花嫁は そっとその腕に手を置いた。
豪奢な白い衣裳はない。 お気に入りのワンピースにベール。 そしてマーガレットのブーケ。
それだけの質素な花嫁だった。
これで ・・・ ううん、これがいいだもん。
アタシも お母さんと同じに ・・・
古ぼけたオルガンが 優しい音を奏でている。
二人は御聖堂 ( おみどう ) に入りヴァージン・ロードを歩き始めた。
「 ・・・・ と・・ やだ、音とあわせてよ、すば・・・? ・・・・ え ?? 」
一瞬、 花嫁の足がとまった。
「 そのまま 歩きなさい。 ・・・ すぴか。 」
「 ・・・・・・・ 」
すぴかは かくかくする足を懸命に前に押し出した。
― ・・・ お父さん ・・・・!!!!
ついさっき。 この絨毯を踏む前までは確かに弟の腕だった。
でも ・・・ でもでもでも。 これは。 この感触は ・・・ ぜったいに忘れないこの感触は!
「 ・・・ おめでとう ・・・ 本当によかったね・・・
こんちくしょ〜〜!! なんだけど。 アイツを一発 殴ってやりたいんだ、お父さんは。 」
「 ・・・・・・ 」
「 すぴか。 幸せに・・・な。
お母さんと ず〜〜っといつでもどこでも愛しているから。 見守っているから・・・
・・・ さあ ・・・ 行きなさい、お前が信ずる道を! 」
「 ・・・ う ん ・・・ お父さん ・・・! 」
すぴかはやっとそれだけ言えた。 そして ・・・祭壇の前で待つわたなべ君の元へと進んで行った。
― わかってた・・・! ちゃ〜〜んとわかってたもん。
お父さんが 来るって。
― わかってたさ。 ずっと前からわかってたよ・・・・
父さんが 来るってな。
・・・ そう、 いつかその日に ・・・・
***********************
Fin. *************************
Last updated : 10,12,2010.
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************* ひと言 ************
まずは! 素適イラスト を存分にご観賞ください〜〜〜 (#^.^#)
もうもう・・・双子ちゃん達の可愛らしさに (>_<)〜〜☆
二人のソックスのたるみ具合に胸きゅん・・・な管理人なのでした♪
あまりに素適なイラストを頂戴し、めぼうき様とうんうんうなりつつ・・・・
こんな具合に な〜〜んにも起きない後半になりました。
でも それが幸せ・・・かな♪
この夫婦は 似たもの夫婦の妄想夫婦 なのでした♪
ちなみに すぴかちゃんはかなり遅くにお嫁に行きます。
( お父さん・お母さんとは <お別れ> したず〜〜っと後 )
キリリクにお応えくださいました celica様・ワカバ屋さま〜〜 ありがとうございました<(_ _)>