『 いつかその日に ― (1) ― 』
企画・構成 めぼうき ・ ばちるど
テキスト ばちるど
****** はじめに ******
【 Critical Mach number 】 様方 ( celica様・ワカバ屋さま )で
80009 のキリ番を踏みました♪
< 島村さんち> でお願いしたキリ番イラストが〜〜〜(#^.^#)
ですので! めぼうき様と頭をひねり〜〜 うんうん言って考えました♪
はい〜〜 【 島村さんち 】 へどうぞ♪
( イラストは 後編に掲載されます )
ふう ・・・・ やあ いい天気になったなあ・・・
島村ジョーは ふっとモニターから視線を浮かせ、窓の外をながめた。
ここはごくありふれた雑居ビルの4階だが、 それでも窓から四角に切り取られた真っ青な空を臨むことができた。
ずっと細かい字を追っていた目には その透き通る青が心地よい。
「 ・・・ う〜ん ・・・ すっかり秋になったなあ。 」
あと少しで区切りがつくので ジョーはぐう〜〜っと両手を上げて伸びをする。
ざわざわしている室内だが ふわ・・・り ― ちょっとだけ空気が変わった。
「 あれ・・・ 島村チーフ? もう終ったんスすか〜 」
向かい側の席から ぼさぼさ髪の青年が声をかけてきた。
「 タナカ君。 いや・・・もうちょっとなんだけどね。 あんまり 空が青いから・・・
昨夜の雨がウソみたいだなと思ってさ。 」
「 へ? 空が青いのはいっつものコトじゃないっスかあ〜
あはは ・・・ 島村チーフってば相変わらずオモシロイっすねえ〜 」
「 え ・・・ お 面白いって ・・・ そうかなあ? 」
ジョーは 少しばかり驚いて目をぱちくりしている。
常日頃から自分自身は変わり映えのしない、つまらないヤツだ・・・とがっかりしているので
青年の <島村チーフ像> はかなり意外だったのである。
「 そうっスよ〜〜 もう俺らから見れば この前だって〜 マジ、 大ウケで。
なあ アサダちゃ〜ん♪ 」
「 え? ああ そ〜なんですぅ〜 チーフ。 」
反対側にいたバイト嬢も伸び上がって笑顔を見せたのだが。
「 チーフってば ・・・・ っと。 さ〜てしごと 仕事ォ〜〜と 」
「 ・・・ あ。 」
青年は椅子をずらせてジョーの席に向き直っていたのに、慌ててまた彼のモニター前に縮こまってしまった。
バイト嬢もぴょこんとひっこみ大人しく自分の机の上に目を落とした。
「 え?? だからなんで・・・ 」
あれれ・・・と今度はジョーが椅子から腰を浮かせた途端に ―
「 えっへ〜〜ん・・・! 」
「 あ・・・ アンドウ課長・・・ 」
ジョーの後ろから派手な咳払いがきこえ のしのしと中年の女性が現れた。
「 いかにも。 タナカ君! あんた その柱、今日中でしょ。 油売ってるヒマ、ないよ!
マオちゃんを巻き込まない! ったく〜〜 ちょっと目を放すとすぐにゆとりしちゃうんだから! 」
「 アンドウ課長。 すいません、ぼくがぼんやりしていて・・・ 」
「 ふふん ・・・島ちゃんってば アンタも相変わらずねェ ヌルいよ、ヌルい!
いまどきのワカモノはね、あんまり庇うと増長するだけよ?
ピシ!っと〆るトコは〆んとな〜〜 ま、それはアタシの役目かなあ あっはっは・・・ 」
「 アンドウ課長 ・・・ 」
口では厳しいことを言いつつも 彼女は磊落に大笑いしている。
睨まれたはずのタナカ青年もバイト嬢も肩をすくめつつ、ちょこっと笑って熱心に手を動かし始めた。
あは・・・ この雰囲気 だな〜 これこそがウチの編集部の宝さ
ジョーはほっこりいい気分になった。
「 さて、ぼくもカミナリが落ちないうちに コレ、仕上げますよ。 」
ジョーも張り切ってPCの前に座りなおした。
「 頼むね・・・って言いたいトコだったんだけど。 島ちゃん、そんなに急がなくていいワ。 」
「 へ?? でもこれ、編集長にパスするゲラですよ?
早くパスしとかないと 編集長が大変だと思いますが。 他の企画もあるし・・・ 」
「 うん ・・・ そうなんだけど、ね。
彼は ― われらがスーパー・編集長、 ミスタ・イチロー・スズキ は
只今 開店休業中 ! 私の方の企画も 足踏み状態なんだわさ。 」
アンドウ課長は 天井に向かって大きく溜息を吹き上げた。
昔に変わらぬポニー・テールがゆさゆさ揺れたが ・・・ 白いものがチラチラ見え出していた。
「 開店休業中?? あの ・・・ 編集長が、ですか? 」
「 そ。 ほら・・・ 来月 お嬢さんの結婚式でしょう? 」
「 ・・・ ああ、 アキコさん、でしたよね。 編集長、すごく可愛がっていられるから
うれしいでしょうねえ・・・ 」
「 さ〜あ それが、どうだか。 ま、今の彼の場合はソレが原因と思われ・・・ 」
「 え・・・ お嬢さんの結婚が、ですか? 」
「 そ。 ・・・ なンなら自分の目で確かめておいでよ。 」
「 そうします。 その前に・・・ これ、とにかく纏めちゃいますね。 」
「 うんうん ・・・ あは やっぱ島ちゃんチーフの顔になってきたね。 」
「 え・・・ そんなことないです、まだまだ・・・ アンドウ課長にしごいてもらわないと・・・ 」
「 あは よく言うよ〜う もう・・・ さ〜あ アタシも仕事 仕事〜〜と ・・・ 」
「 おっと ぼくもカミナリが落ちる前に避難しますよ。 」
ジョーも珍しく軽口を叩きつつ 仕事にもどった。
― ザワザワザワ ゴソゴソ カタカタ がこ〜〜ん ・・・ ぴ〜〜〜ッ
そんな音に人声が混じりあい かなり広い部屋はいつも賑やかな雰囲気で満ちている。
ここは 島村ジョーが勤めている出版社の編集部である。
まだ フランソワーズと結婚する前に ほんのアルバイト気分で始めた<仕事>だったが
いつのまにか彼には天職に思えるようになっていた。
派手に活躍するスモーター・スポーツの世界より コツコツ地道な積み重ねを要求されるこの仕事の方が
彼自身の性格に合っていたのかもしれない。
結婚を期にアルバイトから契約社員へ、そして双子の父となってからは正社員となり
この世界に腰を据えた。
雑誌がメインな中堅どころの出版社で、派手ではないがそれなりに堅実路線を敷き、
なんとかこの不況の波を掻き分け沈没しないで浮上している。
・・・ その代わり 編集部は全員が猛烈に忙しい日々を送っていた。
ジョーは、去年、当編集部のセクション・チーフに昇格しおおいに張り切っている。
仕事は超〜〜多忙だけれど遣り甲斐満杯。
家庭でも愛妻と可愛い子供達 ( 双子! )に囲まれて幸せ・モードにどっぷりと浸っているわけなのだ。
「 ・・・っと。 これでいいかな。 アンドウ課長?・・・ところで編集長は ? 」
ジョーは席を離れアンドウ課長に声をかけた。
「 うん? いるよ、ちゃんと。 」
課長は くいっと親指で後ろのドアを差した。
「 それじゃ ・・・ これ、お渡ししてきます。 」
「 うん。 ・・・ あ〜 コピー作って保存しといた方がいいかもよ? なにせ・・・ウワの空、だから。 」
再び彼女は親指をくいくい立てている。
「 え? そ、そうなんですか・・? へえ・・・珍しいですねえ、あの編集長が・・・ 」
スズキ・イチロー氏は温厚な初老の紳士だが 鋭い観察眼と洞察力を備えた凄腕の<出版人>だ。
厳しい一面もあるがジョー達編集部員は 尊敬と敬愛の情を寄せている。
ようするに ― なかなか捌けた人柄なのだ。
ウワの空・・・って。 体調でも悪いのかなあ・・・
ジョーは首を捻りつつ 編集長の部屋をノックした。
「 島村ですが。 入ります! 」
「 あ ・・・ ああ。 」
「 スズキ編集長! ご指定のデータですけど 先ほどメールでお送りしました。 」
「 うん? ・・・ ああ そうか。 」
「 はい。 それで編集長のご意見をお願いします。 それを折り込みまして・・・ 」
「 うん? ・・・ ああ そうか。 」
「 ? あの ・・・ 編集長? あの〜聞こえてますか、スズキ編集長? 」
ジョーの目の前のデスクには。 中年も終わり頃の男性が座りじ〜〜〜っとなにかに見入っている。
「 ・・・?? スズキ編集長?? 」
「 うん ? ・・・ ああ そうか・・・そうだなあ・・・ もうすぐスズキじゃなくなるんだよなあ・・・
なあ そんなにイヤかね、この苗字が。
そりゃ 好きでこんな平凡は名前でいるわけじゃないが・・・ 慣れれば味があるってもんだ・・・
そうか ・・・ スズキアキコ じゃなくなるんだ・・・ 」
編集長は 手元の写真を愛おし気に眺めている。
ジョーは遠慮がちにちらり、と視線をとばした。
そこには 小学生の女の子が パパと一緒に満開の笑顔で並んでいる。
へえ ・・・ 可愛いなあ・・・ ウチのすぴかと同じくらいの年かな?
・・・ あれ、 これはかなり旧い写真だぞ
この<若いパパ> は わあ〜〜編集長の若い頃かァ・・!
クス・・・っと思わず漏らしそうになった笑みを ジョーは慌てて引っ込めた。
「 え〜と・・・ あ 編集長、 この度はお嬢さん、おめでとうございます。 」
「 ・・・ めでたい、なんて! ・・・ あ ああ・・・ 島ちゃんか・・・ 」
「 はい。 来月でしたよね〜 よかったですねえ、喜びもひとしお・・ってとこですか。 」
ジョーは資料をそろえ、編集長のデスクに置いた。
編集長はどうやらやっと こちらの世界にもどってきたらしい。 今、捕まえておかないと・・!
ジョーはイッキに仕事モードに突入した。
「 え〜 これが資料で ・・・ データにしたものはメール 」
― ばん!
デスクが 大きな音を立てた。
「 しまむら くんっ! 」
「 ??? はい・・??? 」
「 ああ・・・ワルいな、島ちゃん。 ・・・なあ 島ちゃん!
・・・手塩に掛けて育てたムスメを取られる気持ち・・・ 君にわかるか?? ええ?
大切に大切に育ててきたのに・・・ 目に中にいれても痛くないって本当なんだ・・・
それなのに ・・・ アキコ・・・ は 嫁にいっちまうんだ・・・
ヨソのオトコのものになっちまうんだ・・・! 」
「 はあ。 よかったですよねえ。 さぞかしキレイな花嫁さんに 」
「 ・・・ 花嫁・・! アキコはパパのお嫁さんになるって言ってたんだ! 三つの頃・・・
パパとけっこんするんだ!って いつも言ってたんだよ・・・ 」
「 ああ、うちのムスメもそんなこと、言ってましたよ〜 カワイイですよねえ。
子供って皆そんなモンじゃありませんか。 」
「 ・・・ 島ちゃん。 君は優れた編集者でなかなか見所のある賢明なオトコだがな。
この ・・・ 気持ちはわかるまい・・・!
ああ アキコは嫁にいっちまうんだよ ・・・ ! 」
「 は あ・・・ 」
ジョーはどう反応してよいやら・・・デスクの前でモジモジしている。
いつも温厚で太っ腹なはずの編集長氏は どんより澱んだ眼差しをジョーに向けた。
「 ふ・・・・ 今に君にもよ〜〜くわかるさ! 君だって娘の父親だろ。 」
「 え・・・ムスメって・・・ あははは・・・ウチのお転婆はまだ小学三年ですよ?
まだまだ真っ黒に日焼けしてオトコだかオンナだかわからないみたいで・・・
鉄棒やら蝉取りに駆け回っていますよ〜 あはは・・・ 結婚だなんて ・・・ まだまだ 」
「 ・・・ あま〜い! あまいぞ 島ちゃん! 」
「 へ?? 」
「 その考えは甘いっていうんだよ。 今は9歳でも10年たてば19・・・ 立派なオトナさ。
それにあの可愛いらしさだぞ? 狙うヤツはゴマンと出てくるだろうな。
10年後 君は今の僕の気持ちがよ〜〜〜くわかるだろうさ。 」
「 まさかァ あのお転婆に貰い手なんて・・・ ははは ・・・ 」
― 19歳 ・・・ 10年経てば すぴかは19歳 ・・・!
乾いた笑いに誤魔化してしまったけれど 編集長の言葉はずず・・・ん・・・!とジョーの胸に突き刺さった。
19歳。 それは。 すぴかの、いやすぴかとすばるの母親と出会った時の彼女の年齢である。
「 ・・・ってことは。 あと・・・10年もすれば ・・・どこかの馬の骨がすぴかを狙うってことか?? 」
そう・・・ あの日。 ジョーは19歳の彼女に。 輝く髪の乙女に一目惚れをしたのだ。
自分自身が驚天動地の状態に放り込まれていたにも拘らず、 ジョーの目は ―
あの日 あの孤島で 一人の乙女に釘付けになっていた・・・!
― この ・・・ このヒト だ ・・・!
内なる声が高らかに鳴り響いていた。 あの衝撃をジョーは未だに忘れることができない。
お蔭で サイボーグに改造された というものすご〜〜〜くショッキングな事実はどこか他人事にさえ思えるのだった。
あの時、ジョーにとっては 目の前に立つりりしい亜麻色の髪の女性 が全てだった・・・
つまりは一目惚れ、自分だってどこぞの <馬の骨> だったわけなのだが、そんなことに気づいてはいない。
じゃ。 すぴかにも そんなヤロウが・・・??
じゅ 十年なんて ・・・ あっという間 ・・・だものなあ・・・
愕然としているジョーを尻目に、編集長は相変わらず古い写真を眺めては溜息の海に溺れていた。
「 あっこ・・・ パパのあっこ ・・・ ふぅ〜〜 ・・・ 」
「 あの・・・ じゃ。 ともかくコレ・・・ 宜しくお願いしマス・・・! 」
結局、 悲嘆に暮れる編集長になんとか仕事を押し付け、その日ジョーは久し振りに早帰りとなった。
「 え ・・・ だってまだまだ特集も常設企画も終ってませんよ? 」
早帰りを進めるアンドウ課長を、ジョーは驚いて見つめた。
「 ウ〜ン そうなんだけどさ。 なにせ・・・編集長がああだからねえ・・・
今はちょいと無理だわさ。 後にシワ寄せがくるけど・・・ま、今のうちに英気を養っておけば?
エネルギー・チャージ!ってことで。 」
「 は はあ・・・ でも アンドウ課長は? 」
「 アタシ? あははは・・・ アンドウ・ミキは不滅です!・・・ってのは冗談ヨ。
アタシも適当に切り上げるよ。 ・・・ふふふ たまには若いモン達にのんびりさせてやろうよ? 」
「 あ ・・・ そうですねえ。 さすが課長・・・ 」
「 あははは・・・年の功、って言いたいんだろ? いいさ いいさ、本当のことだもの。
じゃ ・・・ 週明けにはがっちり詰めよう、島村チーフ。 」
「 はい! それじゃ ・・・ 」
あは ・・・ さすがだなあ、アンドウ課長・・・
ちゃんと編集部全体を見ているんだなあ・・・
ジョーは敬意に満ちた視線を送り、大喜びで帰宅の準備を始めた。
ガタタン ・・・・ ゴトトン ・・ガタタン ガタタン ・・・
昼間の電車はその音までものんびりと聞こえる。
ジョーは空き席も目立つ下り電車に ぼ〜〜っと揺られていた。
こんな時間に電車に乗るのは本当に久し振りだった。 油断するとすう〜っと睡魔に引き込まれる・・・
こりゃ本当に秋晴れだ、昨日の雨がウソみたいだな
あ〜あ・・・チビ達をどっか連れて行ってやるか・・・
・・・ 遊んでやってないもんなあ・・・最近 ・・・
ジョーは行楽地の色鮮やかな車内広告を 何気に眺めまわしていた。
ふうん ・・・ 温泉巡りか。
いいな ・・・ フランと二人でしっぽり温泉〜♪
むふふふ〜 すべすべの白い肌が こう・・・お湯に透けてさあ〜♪
・・・ あ でもチビ達は興味ないだろうなあ・・・
へえ・・・? ブライダル・フェア? ああ 秋だものなあ
日本じゃ やっぱ秋は結婚シーズンなのかな。
・・・ ふうん ・・・ いろいろ大変なんだな ・・・
彼自身はごく質素な式を挙げたので、所謂結婚式に纏わるどたばたの経験はない。
簡素な式は自分達にはぴったりだ、と自負しているし、彼の愛妻も幸せの涙に暮れていた・・・
すぴかちゃんだって 10年たてば 19歳!
不意に編集長の声が ずずずず〜〜〜〜ん ・・・!とアタマの奥から響いてきた。
彼の目にはたちまち ブライダル特集 だの ダンドリ!集 の広告がせり出して見え始めた。
え ・・・ す すぴかが・・・・ は は はなよめ に・・・?
ははは ・・・そんなバカな・・・ まだ小三だぜ・・・
ジョーとフランソワーズの双子の姉娘・すぴか は 碧がかった大きな青い瞳と亜麻色の髪、
ようするに <見た目>は 母親そっくりの女の子。
だけど中身は かなりの豪傑?で 外で跳ね回るのが大好きな元気モノである。
「 お父さん お父さん おとうさ〜〜ん ♪ 」
赤ちゃんの頃からお父さんっ子、カンの強い赤ん坊だったけれど、ジョーの大きな手に抱かれると
すぐに泣き止み すうすう寝入ってしまったものだ。
甘えん坊の弟・すばる とは ほんの十数分差でこの世に出現した訳だが
しっかり 姉貴 として君臨しリードし、 いや・・・弟を支配下に置いている。
現在では 島村家の長男的存在なのだ。
― そんな娘が ジョーは可愛くて・可愛くてならない。
フランソワーズとはまた別の意味で、ジョーの大切な・大切なタカラモノなのだ。
だ だけど。
だけど だけど だけど・・・!
・・・ そうだよ ・・・ そうなんだ ・・・
いつか ・・・いつか アイツだって嫁に行ってしまう・・・?!
すぴかが ・・・ ぼくのすぴかが・・・!!
・・・・ すぴか ・・・ !
ズキン ・・・・ !!
未だかつて経験したことのない 痛み が。 ずん・・・!とジョーの胸を抉った。
秋晴れの午後、がらがら車両の中で 島村氏はどんより落ち込んでいた。
時間は少しもどって ― 前日
午後からしとしと・・・細かい雨が降り始めていた。
雨粒が空中に浮き漂っている雰囲気で、傘をしっかりさしていても
服はいつの間にかしっとりと濡れてしまう。 足元からじんわり冷えが這い昇る。
街ゆく人々の足取りも 自然と忙しないものになってた。
「 ・・・ ねえ すぴか。 雨、 止む? 」
「 まだ 止まない。 」
「 ねえ いつ止むの〜 僕、さむい〜〜 」
「 夜にやむって 天気予報で言ってた。 すばる、もっとこっちにおいでよ。 」
「 うん♪ あは・・・すぴかとくっついてるとちょこっとあったかい♪ 」
「 そ だね。 」
「 ・・・ ねえ 雨 ・・ 止む? 」
「 だから やまない、ってば・・・ 」
人通りも少ない田舎道、大きな橡 ( くぬぎ ) の樹の下で小学生が二人、雨宿りをしていた。
亜麻色の髪をぎっちりお下げに編んだ女の子と ひょん・・・と前髪が飛び跳ねているクセッ毛の男の子・・・
そう、島村さんちのすぴかとすばるである。
「 二人とも傘、持ってゆきなさい。 午後には雨になるらしいわ。
今日はお母さんはリハーサルで遅くなるし おじいちゃまもお泊りでお出掛けよ。
雨が降っても お迎えには行ってあげられないのよ、わかった? 」
「「 は〜〜い 」」
朝、 出掛けにお母さんがキンキン言っていたけれど。 いいお返事だけ残して傘は置いてきぼり・・・
案の定、5時間目が終るころから しとしと・・・雨が降り始めていた。
お掃除当番をして さようなら! 言って。 校門の所に来た時にはもうしっかり雨降りの日だった。
「 ・・・すぴか〜〜 どうしよう・・・ 僕、かさもってない〜 」
「 アタシだてもってこなかったもん。 」
「・・・ お母さんさ、持ってゆきなさい、って言ってたよね・・・ 」
「 アンタだって持ってこなかったじゃん! 」
「 ウン・・・ 」
「 すばる。 ・・・ 行こ。 」
「 え・・・ だって傘、ないよ? 」
「 走ってこ。 今のうちなら ・・・ だ〜〜〜って行けばそんなに濡れないよ! 」
「 え ・・・ そっかな〜 ?? 走れば〜 雨がたくさん当たると思うんだけど う〜ん?
ゆっくり歩けば・・・濡れる時間が長いよね、 どっちが濡れにくいのかなあ?? う〜〜ん・・・? 」
「 あのくぬぎ樹まで! 目標〜〜 中間基地! オッケ〜? 」
「 え〜 ・・・ くぬぎの樹って・・・ 遠いよォ〜 僕、走れるかなあ・・・ 」
「 すばる! 行くよッ !! 」
「 あ・・・! まって まって〜〜 」
だ・・・と亜麻色のお下げが駆け出し、その後をおたおたセピアのくせッ毛が追いかけていった。
で。 二人はこの橡の樹まで駆けてきて立ち往生してしまった。
ここは学校とウチのちょうど真ん中くらいの場所である。
大きな橡の樹で、木登りが得意なすぴかは当然てっぺんまで制覇していた。
すばるはどんぐりを拾ってコマを作っては楽しんでいる。 ( これはお母さんから教わった! )
二人にとって馴染みの深い樹、朝夕そばを通る <ともだち> なのであるが。
ぼとぼと ・・・ ぼとぼとぼと ・・・・!!
「 うひゃあ〜〜 冷たい〜〜 冷たいよ〜〜 すぴか〜〜 」
「 ・・・ うん。 」
今まで少しは屋根の代わりになってくれていた葉っぱから 雫が一気に零れてきた。
雨はかなり激しくなってきていて、もう樹の下での雨宿りは難しくなってきていた。
「 すぴか〜〜 ねえ 冷たい〜〜 」
「 アタシだって冷たいよ! ・・・すばる、ウチまで走ろう。 」
「 え〜〜〜 ヤだァ〜〜 もっと濡れちゃうよォ 僕、もう走れないもん。 」
「 じゃ・・・ず〜〜っとここに居るつもり? 雨が止むの、夜だってよ。 」
「 ・・・う ・・・ うっく ・・・ 」
すばるはぐ・・・っと詰まり、ついにはベソを掻きはじめた。
「 あ〜〜 すばる、泣くなってば! 泣き虫〜〜 !! 」
「 うっく ・・・ 僕 泣き虫だもん ・・・ うっく・・・ 」
「 ・・・・・・・・・ 」
ちっちゃな運動靴はもうびしゃくた、Tシャツも短パンもびっとり肌に張り付いて気持ちがわるい。
・・・さすがのすぴかもちょこっと涙が滲み始めた ― その時。
「 ・・・あれ? すぴかちゃん と ・・・すばる君? 」
ばっちゃ ばっちゃ ばっちゃ・・・・
青い傘が近づいてきて びっくりした声をあげた。
「 ?? あ〜〜 ハヤテ君! 」
すぴかのクラス・メイトで蝉取り仲間の ハヤテ君だった。
「 お前ら ・・・ 傘は? 」
「 もってこなかったの。 」
「 お迎え、頼めばいいじゃん。 コドモ・携帯、持ってないの? 」
「 ・・・ お母さんもおじいちゃまもお留守なの。 」
「 そっか・・・ 」
「 ・・・ うん。 」
ハヤテ君は ちょっとだけ黙っていたけど、ず・・・っと自分の傘をすぴかに差し出した。
「 これ。 もってけよ! 」
「 え・・・ だって ハヤテ君は ・・・ 」
「 僕は走ってくから。 ウチ、もうすぐそこだし。 じゃな〜〜 」
「 あ ・・・ ハヤテ君 ・・・! 」
ばちゃ ばちゃ ばちゃ ・・・・!
「 ハヤテく〜〜〜ん!!! あ〜りがと〜〜〜!! 」
「 おう〜〜 !! 」
すばるの怒鳴り声に ハヤテ君はすい、と片手を上げた。
そして
盛大に水を跳ね飛ばし ― ハヤテ君の姿はあっという間に雨の中に消えてしまった。
「 ・・・ ハヤテ君 ・・・・ 」
すぴかは じ〜〜〜っと彼が走り去った方向の雨を見つめていた。
きゅん ・・・!
すぴかの胸に 甘酸っぱい衝撃が走る ― 生まれて初めての 味 だった。
「 あらら・・・ 二人とも・・・ずぶ濡れじゃないの! 」
「 お母さ〜〜ん 冷たい〜〜 冷たいよ〜う・・・ 」
二人が 青い傘の下に縮こまってお家まで帰ると、 お母さんがびっくりしてドアを開けてくれた。
お母さんの方が早くお家に帰っていたのだ。
「 帰りが遅いからどこで遊んでいるのかしらって心配していたのよ? 」
「 ・・・ アタシ、遊んでなんかいないよお〜 」
「 お母さん、あのね、 くぬぎの樹のトコでね 僕たちね ・・・ はっくしょ〜〜ん! 」
「 くぬぎの木? まあ あんな所にいたの? 」
「 うん ・・・ 雨宿り してた。 」
「 まあ・・・ ああ、ほら ここで濡れたものを脱いで。 すぐお風呂に入って温まりなさい。 」
「 うん ・・・ 」
「 はあい♪ 」
「 イヤだわ、ほんとに。 あんなに言ったのに・・・傘、持ってゆかなかったのね?
ほらほら・・・ すぴかさんも早く! 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
「 あら? その・・・青い傘は? 」
「 あ これ。 ハヤテ君がね、貸してくれたの。 」
「 まあ・・・ ハヤテ君は二本傘を持っていたの? 」
「 ウウン。 僕は走ってくから!って。 これ ・・・ 貸してくれた・・・ 」
「 え・・・ それじゃ ハヤテ君は自分は濡れていったの? 」
「 ウン。 僕んちは近いからって。 これ 使えよって。 」
すぴかはハヤテ君の青い傘をまだしっかり握っていた。
「 まあ〜〜〜 素敵!! かっこいいわねえ・・・ あら、それじゃ ハヤテ君は ・・・ 」
「 ウン。 ばしゃ ばしゃ ばしゃ 〜〜・・・・って。 走って行っちゃった。 」
「 まあ まあ まあ〜〜♪ ヒーローだわねえ、 素敵 ♪
ねえ ねえ すぴか? もしかしたら。 ハヤテ君って すぴかのこと。 ・・・ 好きかもね♪ 」
「 え? うん、すぴかもハヤテ君のこと、好きだよ? < どうし> だもん。 」
「 ・・・ あ ・・・ ああ そう ねえ・・・ 」
フランソワーズはちょびっとがっかりした。
小三の娘には <好き> は ただの <友情> を意味しているだけらしかった。
ふうん ・・・ しっかりしているみたいだけど ・・・
まだまだ すぴかも赤ちゃんね・・・
ま・・・しょうがないか・・・
「 ほらほら・・・早くお風呂、入ってきなさい。 風邪を引きますよ。 」
「 はあ〜い・・・ 」
双子はお母さんのお小言に追いかけられてお風呂場に行った。
しゃわわわわわ −−−−−−
小さな肩に亜麻色の髪が広がる。
「 ・・・・っと よし。 」
すぴかはシャワーを止めると きゅきゅ・・・っと髪をしぼった。
「 すばる〜 詰めてよ〜 」
すぴかは えいや!と湯船に入った。 ふわ〜ん・・・ お湯がとってもいい気持ち・・・
こんな明るい時間にお風呂に入るのはめったにない。
昼間のお風呂場は なんとな〜くいつもと違うカンジで すぴかはぼんやり天井を見上げた。
ハヤテ君も。 今ごろ お風呂かなあ・・・
これ 使えよ! ― ハヤテ君の声がまだすぴかの耳の底で聞こえる。
ハヤテ君 ・・・幼稚園の頃からの <同士> だ。
セミ取りも木登りも自転車も上手で ゆうかんなのだ。
すぴかはずっと友達でいたいな〜 <しんゆう>でいたいな〜 と思っている。
泣き虫で すぐに おかあさ〜ん! を連発するすばるよりか全然 いい。 断然 かっこいい。
「 ・・・ うん。 ・・・やっぱ お礼、しなくちゃいけないよ。 ねえ すばる〜 」
・・・ぱっちゃん!
すぴかの顔にお湯が飛んできた。
「 きゅう〜〜ん・・・! さいど・すらすた 噴射! イトカワからりりくしますっ ばしゅっ! 」
「 ・・・ちょっと! お湯、飛ばさないでよッ! 」
「 イトカワのびりゅうしだも〜ん 重力が少ないからね、簡単に巻き上がるんだ〜 」
「 ああ ああ、わかった わかったってば。 」
ばっちゃ〜〜ん・・・! お風呂のお湯が勢いよく跳ね返りすぴかの髪はびしょくたになってしまった。
「 ・・・ もう〜〜! せっかくシャンプーしたのにィ〜〜 」
「 さんぷる・りた〜ん・・・開始! じゃば〜〜! はやぶさ、発進!! 」
「 あんたってば いくつになっても こ ど も! 」
すぴかはいつまでも湯船で遊んでいるすばるをほったらかして、さっさとお風呂からあがった。
「 うん。 やっぱしお礼、しなくちゃ。 うん・・・! 」
「 ぶしゅう〜〜〜! ああ〜〜 みねるば〜〜 みねるば! たーげっとまーかーが・・・! 」
すばるはまだ宇宙機の模型とお風呂の中で遊んでいる。
ふん! 幼稚園生みたい・・・! すぴかは弟なんかほったらかしてお風呂場から出た。
「 ふん ・・・ いいもんね。 アンタなんかあてにしてないもん。
・・・ なにがいいかな。 おれい ・・・ う〜ん・・・? 」
こしゅ こしゅ・・・・
亜麻色の髪を拭いつつ すぴかは一生懸命に考えた。
プレゼント・・・だよね?
お誕生日にあげるみたいな・・・ う〜ん・・・??
ハンカチ、とかは好きくないだろうなあ・・・
お礼 ・・・ お礼 かあ・・・ あ! そうだ。 そういえばさ、お母さんが・・・
お母さん♪ そのクッキー おやつ?
え? ああ これ? これはねえ、お友達へのお礼なのよ。
DVDを借りたから・・・ ありがとう、ってね。
ふうん ・・・ なあんだ・・・
ふふふ・・・ちゃんとオヤツの分もあるわよ
チーズ・くっきーと ちょこ・チップ。
わ〜〜 アタシ チーズ! 僕! チョコ〜〜
つい この前の日曜日のことがアタマに浮かんだ。
お母さんはクッキーを焼いて丁寧に包んでいたっけ。 ・・・ そうだ あれを・・・!
「 アタシ。 クッキーを焼く! ハヤテ君にお礼、するんだ。 」
うん・・!きまり。 すぴかは重々しく頷いていた。
「 あなた達・・・ もうとっくにお休みなさいの時間は過ぎているわよ。 」
「 う〜ん ・・・ もうちょっとだけ ・・・ 」
「 ねえねえ お母さ〜ん もうすぐお父さん帰ってくるよねえ? 」
「 え・・・ そうねえ・・・でももっと遅いかもよ?
お父さん この頃とっても忙しい!って言ってらっしゃったから。 」
「 え〜 そうなんだ〜 ・・・ 」
その夜 晩御飯のあと、双子は寝る時間になってもリビングでぐずぐずしていた。
雨に濡れて寒かったけど、お風呂でしっかり温まってもう大丈夫。
お腹はいっぱいだし、ちゃんと二人で宿題もやっつけた。
瞼もとろ〜ん・・・と重くなってきているのだけど・・・ 二人は頑張って起きていた。
だってさ。 お父さんにお休みなさい、言いたいもん。
お父さ〜ん ・・・ よォ すばる! ってアタマ くしゃくしゃして・・・
二人は何にも言わなかったけど、お互いの気持ちはちゃ〜んとわかっていた。
最近お父さんは大抵は二人が寝てしまってから帰ってくる。
お仕事が忙しいってそれはよ〜くわかっているのだけど・・・ けど。
今晩は なぜかどうしてもお父さんの顔が見たかった ― だって淋しかったから。
おじいちゃまはお出掛けで 晩御飯はお母さんと双子だけ。
御飯はとっても美味しかったけど。 お母さんはにこにこ・・・優しかったけど。
でも でも。 すぴかもすばるもまだ寝たくなかった ― だって淋しかったから。
「 ほらほら・・・ もうお休みなさい でしょ・・・ 」
お母さんはソファで縫い物をしながら、二人に言うのだけど怒っているのとはちょっと違っていた。
・・・ あ。 もしかして。 お母さんも淋しいの・・・かな・・・
すぴかはお母さんの脇に背中をくっつけて雑誌のページを捲っていた。
ねえねえ お母さ〜ん ・・・ お母さ〜ん・・・ ♪
すばるはお母さんのお膝に頭をくっつけソファではやぶさの模型を弄ってごろごろしていた。
「 あら。 すぴか・・・ お料理雑誌、読んでるの? 」
「 ・・・ うん。 」
「 へえ〜〜 珍しいのねえ。 あ、今度の遠足のお弁当リクエスト、考えているんでしょ? 」
お母さんは縫い物を置いて、すぴかが持っている雑誌を覗き込んだ。
「 ち・・・ちがうもん。 あの ・・・さ。 お母さん ・・・ 教えて。 」
「 え 何を? お料理? 」
「 ううん ・・・ あ あれもお料理かなあ・・・ キッチンでガス、使うし?? 」
「 まあ なんなのよ? なにか作りたいの。 」
「 うん。 あの ・・・ね、 クッキー。 お母さんがお礼したクッキー。 」
「 ??? ・・・ああ! お礼にってみちよにあげたクッキーね? 」
「 ウン。 」
「 僕もアレ、好き〜〜〜 ♪ ねえねえ また作って〜 」
「 ちょっとだまっててよ〜 すばる! ・・・ お母さん 作り方、教えて。 」
「 いいけど・・・ 誰かお友達に上げるの? 」
「 ・・・ うん。 あの ・・・ あの さ。 傘のお礼 ・・・ ハヤテ君 に ・・・ 」
いつもはきはき・元気なお転婆娘が 珍しく消え入りそうなお返事をした。
あら。 ・・・・ あら〜〜〜〜♪
これは もしかして〜〜 うふふふ・・・・
すぴか〜 すぴかもやっぱり オンナノコなのよね〜〜
賢明なる母は ぴん♪ と来たけれど、何気ない顔で応えた。
「 あら そうなの? それじゃ・・・ う〜んと美味しいの、作りましょう ね? 」
「 うん・・・ あ! すばる、アンタも手伝う! いい? 」
「 え〜 ・・・ クッキー? あ、なら やる♪ 味見係りも やる! 」
実は料理好きのすばるも乗ってきて、たちまち相談は纏まった。
「 ハヤテ君ね〜 きっと大喜び、するわよ〜 わあ〜 すぴかちゃん、ありがとう!って。
女の子から手作りクッキーもらったら 男の子はイチコロよォ 」
「 ・・・ イチコロ?? 」
「 あ ・・・い、いえ そうじゃなくて ( ・・・うわ マズ ・・・ )
え〜と ・・・ あ、 あ〜 ・・・ い、いちばん 喜ぶわ。 感激してくれるわよ。 」
フランソワーズは思わず相手が小三のわが娘だ、ということを忘れつい <友達対応> してしまった・・・
「 そ・・・ そっかな〜〜 すばる? アンタ、クッキーもらったらうれしい? 」
「 う〜〜れしいよォ〜〜♪ あ でも チョコの方がもっとうれしいィ〜〜 」
「 ・・・ダメだ こりゃ。 アンタ、ただの甘党だもんね・・・
・・・! お母さん、 お母さんも〜 お父さんに手作りクッキー、プレゼントした?」
「 ・・・え ・・・?? お父さんに? ううん?
だっていつもお父さんってばお家でクッキーやケーキ、いっぱい食べてるもの。 」
「 う〜ん ・・・ ちがくって・・・ もっと前! 」
「 もっと前? ・・・ ああ、お父さんと結婚する前ってこと? ・・・う〜ん???
あら ・・・ そういえばプレゼントしたこと ないわねえ・・・ 」
この夫婦は出会ってからは ほとんど一つ屋根の下に暮らしているのだから 当然なのだが・・・
事情 ( わけ ) を知らない子供たちにはびっくりモノだったらしい。
「 え・・・ そうなんだ〜 」
「 ふ〜ん ・・・ ほかの人にあげたの? 」
「 え ・・・ ええ。 そうね、クッキーや チョコを作ってあげたこともあったわね・・・ 」
「 誰に? 」
「 えっとねえ・・・・初めてデートに誘ってくれたルイ でしょ。 ダンス・パーティで踊ったミッシェルに・・・
そうそう・・・憧れの上級生・ジャックにも贈ったわねえ・・・ ふふふ♪ 」
もう ・・・ 半世紀以上も経ってしまうが、あの頃のどきどきな気持ちはすぐに思い出すことができた。
金髪やらブルネットの少年・青年たちの顔が 意外なほどはっきりと浮かんでくる。
ふふふ・・ フランソワーズは魅惑の笑みを唇に浮かべた。
「 お父さんは ハツコイのヒト じゃないの? 」
「 あら 違うわよ。 でも ・・・ね。 あんなにまっすぐに・・・じ〜〜っと見つめてくれたのは
ジョーが・・・ お父さんが初めてなの。 すっご〜くドキドキしちゃった♪ 」
魅惑の笑み、は 蕩けそうな笑顔 に変わった。
「 な〜んだ・・・ いつもと同じじゃん、ね〜すばる 」
「 うん。 はいはい ごちそ〜さま。 」
「 ま・・・ この子たちは〜〜 親をからかって〜 こら♪ こら♪ 」
つん ・・・ つん・・・ お母さんの指が二人のほっぺをちょん・・・と突いた。
「 えへへへへ〜〜〜 」
「 うふふふふ〜〜〜 」
「 こら♪ こら♪ も〜〜 」
三人はソファの上で 団子になってじゃれあっていた。
― カタン ・・・
「 ただいま ・・・ 」
「 ? ・・・ あ〜〜〜 お父さん !! 」
リビングのドアが開いて お父さんが入ってきた ・・・!!
「 まあ・・・ ちっとも気がつかなかったわ。 ごめんなさい、ジョー・・! 」
お母さんはす・・・っと双子達をおいてソファから立ち上がった。
ひら ひら ひら ・・・
お母さんは踊るみたいに 飛ぶみたいに。 羽みたいに軽い足取りでお父さんの元に駆けていった。
「 いいさ、もう遅いし・・・。 でも ・・・ ちょっとがっかりした。 」
「 ごめんなさいね。 ・・・ ジョー お か え り な さ い ♪ 」
「 うん ・・・ただいま 〜 フラン・・・ 」
二人はしっかり抱き合って熱く熱くあつ〜〜〜いキスを交わしている。
すぴかもすばるも もう慣れっこなので 大人しく待っていた。
「 ・・・ んん・・・・ っと。 あれ? なんだ〜 お前たちまだ起きていたのかい? 」
「「 うん! お父さ〜〜ん お帰りなさ〜〜い♪ 」」
すぴかとすばるは いっせ〜の〜せ!でお父さんに抱きついた。
「 ただいま。 うわ・・・ ははは・・・二人いっぺんじゃおも〜〜い〜〜〜 」
「 お父さん! お父さんに〜 お帰りなさい と お休みなさ〜い 言いたくてね、待ってたの。 」
「 うん、僕も! おとうさ〜ん よう、すばる!って やってェ〜〜 」
子供たちは ジョーに甘え放題である。 ― そして ジョーもだらしないほど目尻が下がりっぱなし。
こんどは 父子でだんごになって。 ともかく子供部屋へ配達してもらった。
ふふふ・・・ あんなジョーって。 初めて見る かも・・・・
あんな風にも 笑うのね
フランソワーズも自然零れる笑みをそのままに、夫の食卓を整えにキッチンへ立った。
「 ・・・ ルイに ミッシェルに ジャック、 だって? 」
ジョーはベッド・ルームに戻ってくるなり 聞いた。
「 あ〜あ・・・ なんだか顔がカサカサするみたい? やっぱりトシなのかしら・・・ 」
彼の奥方は熱心に鏡に向かっている。
「 そんな・・・ この頃乾燥しているからだろ。 それよりもさ。
ルイとミッシェルとジャック だよ! ・・・ ぼくはしらないぜ? 」
「 え・・・??? ルイ・・? あら ・・・やだ! ジョーってば聞いていたの? 」
「 ・・・ 聞こえただけさ。 そんなヤツら・・・忘れさせてやる・・・ 」
「 あ ・・・ あ ん・・・ や ・・・ ただのオトモダチよ? 少女時代の・・・
きゃ・・・ もう〜〜〜 ・・・ あ ァ ・・・! 」
「 だめだめ。 そいつら、 きみの笑顔を貰って大満足だったんだろ?
・・・ くそ〜〜 許せない〜〜 フランの笑顔はぼくだけのものなんだ・・・! 」
「 ・・・ あ! ・・・ もう ・・・ 」
ジョーはそれきり口を噤むと、彼女をベッドに押し倒し ― 熱い時間に没入し始めた。
・・・ あ ・・・ 本当にヤキモチヤキなんだから・・・
キスした、なんて言ったら大変ね
ちょっとばかり呆れつつも フランソワーズもすぐに彼の熱い奔流に呑み込まれた。
要するに。 この日、 ジョーは家族の愛情を両腕に溢れさせご機嫌ちゃん・・・だったのである。
な の に ・・・・
ガタタン ・・・・ ゴトトン ・・ガタタン ガタタン ・・・
のんびり鈍行電車は 午後の秋の光の中、走ってゆく。
電車の中はガラガラで 座っているヒトの大半はこっくり・こっくり居眠りしている。
― たった一人の男性を除いて。
昨日は ・・・ 昨夜は あんなに幸せだったのに・・・!
最高の幸せ家族だったのに・・・!
妻と子供たち ・・・ みんな ず〜〜っと一緒で 仲良く幸せだって思った・・・
でも。 でも ・・・ 10年たてば すぴは 19歳なんだ・・・!
ジョーはすみっこの座席で きゅ・・・っと目を瞑ってしまった。
「 お父様 お母様 ・・・ 長い間お世話になりました。
今日まで・・・ありがとうございました。 ・・・どうぞいつまでもお元気で ・・・ 」
白無垢の乙女が 三つ指をついて丁寧に頭を下げた。
「 ・・・す ・・・ すぴか・・・ 」
「 すぴかさん。 すぴかさんも元気でね。 幸せに・・・幸せになるのよ・・・ 」
「 はい お母様。 お父様 ・・・ 」
頭を上げたその顔は ― ジョーの最愛の娘なのだ ・・・・!!!
「 ・・・わあ〜〜 すぴか! すぴかァ〜〜〜 ・・・あれ?? 」
は・・・!っと飛び起きれば相変わらず 昼間ののんびりローカル線・・・
「 ・・・ あ あああ ・・・・ 夢、かあ・・・・ 」
ジョーはこっそり大溜息を吐き こっそりこっそり涙をぬぐった。
久し振りの早帰り、陽気な秋晴れの日に島村ジョー氏は底なし沼みたいにどよよ〜〜ん・・・としていた。
Last updated : 10,05,2010. index /
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******* 途中ですが♪
へへへ・・・・ 続きます(#^.^#)
素敵イラストは 後半 にアップいたしますので〜〜 どうぞお楽しみに♪
例によって編集部風景 は大嘘 80009★★★
編集部現役さま 及び OB OG の方々〜〜 お目を瞑ってくださいませ〜〜<(_ _)>