『 ただ一度 ( ひとたび ) の ― (2) ― 』
・・・ うん ・・・? ここは ・・・ どこだ?
ウチのリビング・・・ じゃ ないぞ ??
― え ??
ジョーはば・・・っと飛び起き ― 目を見張った。
ついさっき、ほんの5分くらい前まであの崖っぷちに建つ邸のリビングに座っていた・・はずだ。
夕食後 子供たちを寝かしつけ妻とあれこれ語らっていた。
熱〜〜い・甘〜〜い夜を目前に つい・・・うとうとしてしまったらしい。
失敗 失敗・・・と目をぬぐえば ― 見知らぬ場所に彼は いた。
かすかにざわめきが聞こえる。
なんだ・・?? 外に大勢人が集まっている気配がする・・・
しかし ここはいったい・・・?
ジョーは油断なく周囲を見回した。
そこは ― 居室だった。 天井ははるか高く、部屋自体かなりの広さがある。
ジョーがまどろんでいたカウチは革張りで毛足の長い毛皮が幾重にも掛かっていた。
現在ではほとんど見かけない贅沢品だ。
「 ・・・? フラン ? フランソワーズ ・・・ どこだい。 」
そっと声をだしてみたが いつもならすぐに応えてくれる明るい声も聞こえるはずもなく。
・・・ カツン 足下で固い音がする。
え・・?? ここ・・・床は・・・石じゃないか?
壁にかかっているのは ・・・ ゴブラン織り??
自身の視覚・聴覚をフル稼働させ部屋の中を索敵する。
フランソワーズほどではないが、 ジョーも常人をはるかに越える超視覚・聴覚の持ち主だ。
・・・ どうやら部屋には誰もいないらしい。
ジョーはゆっくりと立ち上がった。
現在居る部屋は彼自身の居室、のようだ。
外にむかった窓がないので周囲の状況は不明だが この建物には大勢の人間の気配がする。
・・・ それにしても。 どこにも電気がないぞ。 ・・・え!これはホンモノの蜀台か??
う〜む ・・・ この家具調度 は ・・・ 少なくもと現代 ( いま ) のものじゃない・・・
どんどんどん ・・・!!
「 若様!! どうぞお出ましを。 お客人方がお待ちですよ〜〜 」
ドアの外で誰かが 声を張り上げている。
なんだ?? ここにはぼくしかいないんだぞ・・・・
ということは ・・・ この声はぼくを呼んでいるんだな。
― よし・・・! イチかバチか やってみる価値はある!
ジョーは腹を括り ずんずんとドアへ向かって歩いていった。
案内された場所は 大広間だった。
― そこは。 着飾った人々が集まり談笑し 杯を傾けていた。
皆 古風な ・・・ ジョーにとっては奇異にも思える 服装をしている。
ジョーがその広間に現れると 男性らは一斉に頭を下げ女性たちは裳裾をひろげ優雅にお辞儀をした。
「 ・・・あ ・・・ あの ・・・ 」
「 若。 ぴしっ!となさいませ。 間もなく姫君方がいらっしゃいます。 」
後ろから囁かれた声に ぎくり、と振り返れば ― 見慣れたスキン・ヘッドが厳しい顔つきで立っていた。
「 へ? ・・・ぐ ぐれ〜と・・・・?! 」
「 なにが great ! ですかな。 若、軽々しい言動はお慎みください。 」
「 ・・・ はい。 」
な なんだ なんだ なんなんだあ〜〜???
・・・ってか これ・・・ 夢 か・・??
「 今夜は 是が非でも決めていただかなくては。 宜しいですね、若。 」
「 ( 決める? なんだ・・・? ) う うむ わかった・・・・ 」
「 おお さすが我らが若君〜〜 これで王国の将来は安泰です。
どうぞ お気に召した姫君のお手をお取りください。 」
「 ・・・ ひ 姫君 ??? 」
「 お。 いらっしゃいましたよ。 ― 若! 若の花嫁候補の姫君方ですぞ! 」
「 ええええ〜〜〜 !?
( は 花嫁ェ〜〜〜 ウソだろ?? ぼくはもう子持ちの既婚者だぞ?? ) 」
ファンファーレが鳴った。
目をまん丸にしている ジョー・若君 の前にしずしずと着飾った姫君たちが進み出てきた。
「 ・・・ あ あの・・・? 」
「 若! お一人づつとダンスのお相手を。 」
「 だ・・・ だんす ゥ〜〜〜 ?? 」
「 そして ・・・ お気に召した姫をお選びください。
我が国の王妃になられる方ですよ、宜しいですね?! 」
「 選ぶって・・・そんな。 ぼくにはフランがいるのに・・・ あ コンニチワ。 」
憮然としている ( ように見える ) <ジョー・若君>の前に 一人の姫が進みでてきた。
「 ごきげんよう、ジョーさま。 いつぞやは寒い地でお別れしたきりでしたわね。 」
「 ?? ・・・あ。 し・・・ シンシア〜〜 ! 」
「 ジョーさま。 わたくしとも踊ってくださいな。 妹たちも連れて参りました。 」
「 い 妹たち・・・? う ・・わ・・・ ヘレン! い 生きてたんだね・・・! 」
「 こんにちは、ジョー。 今日は私があなたをダンスにお誘いしますわ。 」
「 キャシー ・・・! あ ごめん、キャサリン王女・・・ 」
「 私たちとも踊ってくださいな、ジョーさま。 ねえ、 リタさん? 」
「 ええ ゆりさん。 さあ 踊りましょう、 ジョーさま。 」
とりどりの美女 ・・・ いや 姫君たちがジョーを取り囲む。
「 え・・・ あの〜〜 困ったな、ぼく ・・・踊れないんだ〜〜 」
「 ・・・どうしたの? なにか・・・言った? 」
「 すまない、姫君 ・・・ ぼくは ・・・ 」
「 ?? いやだわ、ジョーってば。 寝ぼけているの? 」
「 ・・・・ ?? 」
ジョーの目の前に見慣れた天井が ある。 オシリの下にはいつものソファだ。
「 ・・・ あ あれれ・・・? ぼく・・・ 」
右手の下には さっきまで眺めていた雑誌があり 左手がお気に入りのクッションに触れた。
あれ。 ― じゃ・・・さっきのアレはなんなんだ??
ジョーの視界の中に 何よりも愛しい碧い瞳がはいってきた。
「 ジョーォ・・・? ほら・・・こんなトコで転寝しては風邪ひくわ。 」
「 ・・・あ うん ・・・・ あ〜ぼくってばやっぱり夢 見てたんだ? 」
「 ふふふ・・・やっぱり退屈だったのでしょう? 」
「 へ? 退屈 ・・・? 」
「 そうよ〜 教えてくれっていうから。 『 白鳥〜 』 のストーリーを話してたのに・・・ 」
「 ご ・・・ごめん ・・・ あ。 でもさ・・・
あの。 花嫁選びのパーティって・・・あるんだよね? 」
「 ええ。 三幕ってその話なのよ。 王子はね〜 花嫁候補の姫君と踊って・・・
最後に 悪魔の娘・オディールにのぼせ上がり愛を誓ってしまうの。 」
「 エエ?! 」
「 そうなのね〜 あんなに愛してる〜〜って言ったオデットのことなんかすっかり忘れてね。
もっとも、オディールは魔法でオデットとそっくりにされているのだけど。 」
「 ・・・ なんてヤツなんだ〜〜 」
「 ふふふ ・・・ おとぎ話ですもの。 」
「 あ・・・ そ そうだねよね・・・ あは・・・・ぼくってば・・・
や やあ・・・ 散らかしちゃったね、ごめん・・・ 」
ジョーは笑って 立ち上がりリビングを片付け始めた。
・・・ なんかさ・・・ 懐かしいヒト達に会った・・・よな
えへ・・・ 可笑しな夢だった・・・
「 ・・・? ジョー なにか楽しい夢でも見ていたの。 」
「 え? あ ・・・あは なんでもないんだ。 さ・・・ ここを片付けて寝ようよ。 」
「 ええ ・・・ 」
ジョーはなんとな〜く後ろめたい気もして 熱心にリビングを整頓し始めた。
あらあら・・・ 可笑しなジョーねえ・・・
クス ・・・っと笑って。 フランソワーズはトレイにお茶道具をまとめキッチンに戻った。
都心近くの若者たちが多く住むマンションの一室 ・・・ 青年が一人、行ったり来たりしている。
一人暮らし ― にしてはまあまあ掃除もしている風な部屋だ。
・・・ ぼすん ぼすん ばす・・・!!
「 ・・・ やっぱ そ〜いうことだよ。 うん・・・! 」
タクヤは でっかいバッグにレッスン着やらタオルやニット、ウオーマーなんかを放り込んだ。
「 ふん・・・ あのダンナ・・・! 甘い顔してタラシやがって〜〜
二人の可愛い子供までいる愛妻を 裏切るってのかよ! 」
タクヤは自分の妄想に 自分だけで腹を立てている。
「 許せんな! そんなヤツは だな! このオレ様が! 」
ぼす・・・! 今度はシューズ入れがとばっちりを受けた。
「 そうだよ。 フランはさ〜 じっと耐えているんだ・・・ コドモたちのためにさ!
ああ なんて健気なんだ・・・ 」
タクヤの目の前には 淋しそうな後姿が ・・・・ 見えてきた ( ような気がした ) ・・・!
「 ・・・フラン ・・・ どうかしたのかい。 オレでよかったら相談に乗るぜ。 」
「 ・・・ タクヤ ・・・ タクヤ ・・・・! 」
大きな碧い瞳がじっと・・・タクヤを見上げていてる。
「 なんだ? あれ・・・ 目にゴミでも入ったのか。 」
我ながらわざとらしい・・と思ったけれど タクヤはフランソワーズの涙なんか見たくなかったのだ。
「 ・・・ ち ちがうわ。 」
「 なら いいけどな。 ああ〜 オレ、早く 『 白鳥〜 』 のリハに参加したいな!
オレなりにさ、こう・・・いろいろ工夫してるんだ。 ロットバルトって遣り甲斐 大! 」
「 ・・・ そう? ねえ タクヤ。 あの・・・ 」
「 だからなんだって。 溜め込むなよ、オレに言っちまえ。 口は固いぜ。 」
「 ええ あの。 オトコのヒトって。 やっぱり若くて美人でむ・・・胸の大きなヒトがいいの? 」
「 へ? む むね?? ・・・ あ! フラン ・・・ ダンナがなんか言ったのかい。 」
「 ううん。 ジョーは ・・・ ジョーはなんにも言ってくれないの。 」
「 何にも? あ〜 ほら・・・ダンナ、忙しくて疲れてるんでねえの?
なんだっけか・・・う〜んと・・・ 出版社なんだろ、勤め先。 」
「 ええ ・・・ そうなだけど。 最近ね・・・話しをするどころか・・・帰ってもこないのよね・・・
ふふふ・・・ 子持ちのオバサンは嫌われちゃったのかな・・・ 」
「 お おい!! そんなこと、言うなよ!
オクサンやって母さんやって。 フランってば滅茶苦茶に頑張っているじゃないか!
フラン ・・・ フランはいつだって最高にキレイだよ!
ふん・・・アイツ〜〜 やっぱ浮気してやがんだな?
こ〜んな美人の奥さんと 可愛い子供たちがいるってのに?! 」
「 ・・・・・・・・ 」
ぱた ぱたぱた・・・・ 大粒の涙が彼女の足元に落ちる。
「 ・・・ フラン。 オレが ・・・ オレが引き受けてやる!
そうさ、踊りも人生も! オレと一緒にやってゆこう! 」
「 ・・・・ タ タクヤ・・・・! 」
「 もう無理すんな。 ほら ・・・ オレの腕の中に飛び込んでこいってば。 」
「 ・・・・・・! 」
・・・ って あの細っこいけど めっちゃしなやかな身体が オレの腕に♪
すか・・・・!! タクヤの両腕は虚しく空気を 抱いただけだった。
「 ・・・ な 訳ないよなあ・・・ フランは貞淑な人妻なんだ!
他のオトコの腕に・・・なんてなあ・・・ 」
ふううう ・・・・・ 溜息だけが床に転がってゆく。
タクヤは < 妻であり母であり > なおかつ クラシック・ダンサーとして頑張っている彼女が好きなのだ。
踊りのパートナーとして そして当然一人の女性として。
好きだ、大好きだ! 奪いとって抱き締め自分のモノにしたい・・・! けど・・・
<他のオトコに靡く・フランソワーズ> は ・・・ 見たくない。
つまり。 タクヤは彼自身で彼の想いを雁字搦めにしているのだ。
それに・・・
「 すばる・・・ 元気かなあ。 アイツの笑顔って なんかこう・・・いいんだよなあ。
ほっとするってか。 ダンナ似ってフランは言うけど。
知ってるのかなあ・・・ すばるの笑顔ってフランによく似てるんだぜ? 」
ばすん ぼすん ・・・!
タクヤはアレコレをバッグに放り込むと えいや!と担いで立ち上がった。
「 ふん。 ともかく! 舞台では・・・踊っている間は! 彼女はオレのもんだ。
あのイケメン・ダンナがどんなに睨んだといしても、さ。
よぉ〜〜し・・・! ロットバルト・・・! ばっちり決めてやる〜〜 」
ババン ・・・! タクヤの部屋のドアが <悪魔の一撃> の犠牲になった。
ふんふんふん 〜〜 ♪
山内タクヤは ご機嫌ちゃんである。 今日もクラス・レッスンの後、自習に励んでいた。
「 〜〜〜・・・・っと。 ここで王子と交差 ・・・か。
ふ〜ん ・・・ジュッテの高さじゃ負けね〜! オレの方が高く跳ぶ! 」
カレは鏡を見、入念に自分のジャンプ・フォームを観察している。
タン ・・・・!!
ほとんど助走をつけず、そして足音も低く ― タクヤは宙に舞った。
「 ・・・ 肩! 」
戸口から 声が飛んできた。 驚いて振り向くと ―
「 ?? あ・・・ マダム・・・ 」
「 ふふ・・・ 悪くないわね。 力んで肩を上げない! 」
「 ・・・ は はい〜〜 」
「 それで ねえ・・・ 相談なんだけど。 」
「 はい ? 」
ツカツカと初老の女性がスタジオに入ってきた。
「 『 白鳥 〜 』 は 今回 二幕と四幕だけでしょ・・・
だからねえ 二幕の初めにちょこっとタクヤ、君とオデットとのシーン入れようかなあと思うの。 どう? 」
「 オデットとのシーン??? 」
「 そう。 ロットバルトがオデットを呪にかけました・・・ってシーン。
普通そのシーンを入れるなら一幕の冒頭なんだけどね・・・・ どう、やってくれる? 」
「 !!!!! 」
タクヤはまたもや ・・・ ぶんぶんと首を縦に振るだけだ。
「 そう? じゃあ・・・ 合同リハの時に ちょっと振り付けするわね。
ふふふ〜〜〜 オデットを誘惑したいのでしょ。 」
「 え・・・ そ そんな ・・・ 」
「 ま。 君のテクニックに期待してるわよ。 」
「 はいッ !!! 」
・・・ 山内タクヤは ― またもや身も心も宙に舞ってしまった・・・・!
そうさ! オレは悪魔の王〜〜 オデット姫を落とす!!
「 ・・・・ オデット。 」
「 ロットバルト様 ・・・ 」
突然現れた人物に 姫君は少し驚いた風だったがすぐに軽く会釈をした。
湖の表面を 夜風が渡ってゆく。 湖岸の木々がざわめいている。
「 相変わらず美しい・・・ まだ私に従う気にはならないのかね。 」
「 ・・・・・・・・・ 」
「 強情な姫君だ。 私とて取って喰おうというのではないのに・・・ 」
魔王の手がそっと姫君の肩に置かれた。
「 ・・・ ロットバルト様 」
「 私の妃になれば 貴女の王国もすべてこのまま・・・わが領土になるだけだ。
そして 貴女は私の側にいる・・・ そんなに私が嫌いですか。 」
「 ・・・ キライだなんてそんな・・・ 」
「 姫 それでは・・・・! 」
「 わたくしは 愛のない結婚はできません。 」
「 ・・・ それでは真実の愛 などを信じているのか。 そなたに愛を誓う若者がいるなど と・・・ 」
「 はい。 私は信じています。 ― ジョーのことを。 」
― ドン ・・・!
タクヤの拳が壁にブチあたる。
「 いて★ ・・・くう〜〜〜〜〜!! なんだってこうなるんだよ〜〜〜
ふん! い〜さい〜さ ・・・ オレは舞台で勝負だからな! 」
イヤホーンから流れるのは、もうすみずみまで暗記してる 『 白鳥の湖 』 二幕の冒頭だ。
「 ここからだな〜 多分。 ふんふんふん・・・っと。 ここでリフト・・・かなあ
しっかし・・・! オデットは結局王子に靡くんだよなあ・・・
あんなマザコン王子のどこがいいんだよ〜〜〜 ちぇ!
フラン〜〜 フランはやっぱ あのダンナのとこに ・・・ 」
ふうう〜〜・・・・ タクヤの脚は重くなる。
「 ・・・ 手伝いましょうか。 」
「 ・・え?? あ ・・・ ああ ?! 」
彼の想い人が 彼の目の前に立っていた。
「 ふ フラン〜〜 なんなんだ・・・どうして?? 」
「 いや〜だ、何を慌てているの? 自習しに来たらタクヤがいたのじゃない。
ね? マダムから聞いたわ〜〜 アタマで一緒に踊れるのね。 」
「 あ ・・・ああ ・・・うん、そうだってな。 」
「 マダムがオリジナルで振ってくださるってことだけど・・・ ちょっと二人で振付けてみない? 」
「 え・・・ ふ 二人で?? 」
「 そうよ〜〜 なんだか楽しいじゃない?
オデット姫とロットバルトの パ ・ ド ・ ドゥ 〜〜 なんて♪ 」
「 そ そうだな! ( ふん! さっきの妙〜な夢を粉砕してやるぞ! )
う〜んと・・・甘く二人で踊ろうか? 」
「 え〜 ・・・うふふふ・・それもいいわね〜〜 発表会だもの、楽しまなくちゃ。 」
「 ・・・ 俺。 真剣に君が す 好きなんだけど・・・ 」
「 え 何が好きなの? 」
碧い瞳がまっすぐにタクヤを見つめる。 その輝きには微塵の曇りもない。
「 ( ・・・ ううう ・・・真っ直ぐに見てくれるよなあ・・・
彼女にとって俺はただの <パートナー> なんだ・・・ ) フラン・・・ 」
「 タクヤってば〜〜 もう〜〜どうしたの? 」
「 ・・・・ あ ごめんな。 ちょっといろいろ・・・考えていてさ。 ぼ〜っとしてた・・・ 」
タクヤは きっかりと彼女を見つめ返した。
フラン ・・・! ああ なんて瞳してんだ〜〜
俺、ほっんとうに君が好きだ・・・!
「 え? タクヤも? ふうん・・・ ジョーと同じねえ。 」
「 ・・・ そ そうか? 彼もその・・・ぼ〜っとしてるのかい。 」
「 そうなのよ〜〜 ジョーもねえ、クッション抱えて宙をにらんで・・・ぼ〜っとしてるの。
どうしたの? って聞くとね、 なんでもない!って・・・
ねえ、オトコのヒトって そういうものなの? 」
「 ふ〜ん ・・・ ( あは。 あのダンナも ・・・ 妄想してるのか。)
ま うん そうだな〜〜 オトコにはいろいろ考えることがあるのさ。
さあ! やってみようぜ。 」
「 ええ そうね。 ねえ タクヤ。 いつか・・・ジョーを誘ってあげてよ。 」
「 さ 誘う??? 」
「 ええ。 ほら・・・ あかちょうちん とかいうのでしょう? そういう所に誘ってあげて? 」
「 あ 赤提灯? ・・・ あ はははは・・・フランってばよく知ってるなあ。 」
「 うふふ♪ 博士・・いえ、父に聞いたのよ。 ね、いつか・・・二人で飲みにいってみて?
きっと話が合うわ。 」
「 あ ああ ・・・ ( ・・・好きな女のダンナと飲むヤツがいるかよ〜〜フラン〜〜 )
さ ともかくやってみようぜ。 」
「 そうね。 う〜ん・・・ オデットが宮殿の庭を散歩してて・・・ 」
「 お。 いいな。 そこにロットバルトが ― 」
「 そうそう ・・・ じゃあ 後ろからリフトしてくれる? 掬い上げるみたいに。 」
「 おっけ〜〜 ・・・ こんな感じ? 」
「 ・・ うんうん ・・・ そのまま降ろして。 うん プロムナードして 」
「 おっと ここで顔 あわせて・・・ 」
「 いいわね〜〜 はっとして。 逃げるわね、追って? 」
「 ラジャ♪ ふふふ〜〜・・・っと 」
タクヤとフランソワーズは夢中になって 短いパ・ド・ドウを創作し始めていた。
「 おやおや・・・ なかなかいい線いってるじゃないの。
ふふふ・・・ これは楽しみね〜 あとは彼女がどんなオデットを踊るか、だわね。 」
芸術監督のマダムは スタジオの入り口でそっと覗いていたがやがてクスクス笑いつつ去っていった。
「 じゃ ・・・ 明日な。 」
「 ええ。 今日はありがとう! タクヤ。 とっても楽しかったわ。 」
春の陽がそろそろ傾くころ、二人はバレエ団の門を出た。
「 あ〜 もうこんな時間か〜 悪い、遅くなっちまったな〜 」
「 ううん ・・・ ありがとう、タクヤ。 とっても楽しかったわ。
ねえ ・・・いつか二人で創作 してみたいわね! 」
「 そうだよなあ。 ダンサーとして夢だもんな。 でもいいのか〜 時間・・・
すばるや・・・えっと・・すぴか! そうあのお転婆姫も待っているんだろ? 」
タクヤはフランソワーズの双子たちとも <仲良し> なのだ。
すばるは勿論、元気者のすぴかのことも気に入っている。
「 大丈夫。 今日はジョーが午後休みなの。 だから晩御飯はお父さん作。
気にかけてくれてありがとう。
そうそう すばるがねえ またタクヤお兄さんに会いたいな〜〜って言ってたわ。 」
「 あ そっか〜 ・・・ うん、それじゃ さ。 明日 頑張れよ〜〜
フラン、グラン・アダージオ ( 二幕の オデットと王子の パ・ド・ドゥ ) のリハだろ? 」
「 うん ・・・ ちょっとマズっていたんだけど。 なんとかなる・・・かな〜って気分なの。 」
「 へえ・・・すごいな、 さすが〜フラン♪ 」
「 え ・・・えへへ 実はね、ヒントをくれたのはすぴかなの。 」
「 へ。 すぴか? あの ・・・お転婆ちゃんが? 」
「 そうなのよ〜〜 すぴかはね、 いっつもたのしいなあ〜って踊るんですって。
わたし・・・そんなピュアな気持ち、忘れてたのね。 だから明日は すぴかみたいに踊ってみるわ。 」
「 ふうん? ま・・・頑張れよな。 そっちが固まったら俺、参加できるからな。」
「 了〜〜解♪ じゃ また明日ね。 」
「 うん、じゃ な。 」
二人はメトロの駅で 手を揚げて別れた。
フランソワーズは 大きなバッグを担ぎ直し。 背筋をピンと伸ばし階段を降りていった
― タクヤは そんな後姿をじっと・・・ じっと見つめていた。
あ ・・・・あ 〜〜! 俺。 やっぱ・・・
フラン〜〜〜〜 お前のこと、 好きだァ 〜〜〜
ふわ・・・
夕方の海風に亜麻色の髪が揺れる。 入日がフランソワーズの頬を茜色に染めた。
「 ・・・ ふう。 ああ いい風ねえ。 やっぱりウチが最高ね・・・ 」
フランソワーズは坂の途中で脚を止めた。
左手には 目路はるか穏やかな海が広がり、行く手には彼女の愛する場所がある。
「 さ! 帰りましょ。 皆が待ってるわ。 」
深呼吸をひとつ。 そして 彼女はまたしっかりと歩き始めた。
わたしには 家族がいるわ。
・・・ わたし ・・・ 頑張る・・・!
皆が応援してくれるんですもの
「 あ。 おか〜〜さ〜〜ん お帰りなさ〜い! 」
「 おかあさ〜〜ん・・・! 」
「 ただいま♪ すぴか すばる〜〜 いい子でお留守番していた? 」
「「 うん♪ 」」
「 やあ お帰り フランソワーズ 」
ジョーがエプロン姿のまま 子供たちの後ろから出てきた。
「 ジョー・・・ ただいま。 」
両方から母に縋りついていた子供たちは ぱっと離れた。
「「 んんん ・・・・・ 」」
まだすこし冷え込む春の夕方、 玄関先でジョーとフランソワーズは熱く抱き合いキスを交わす。
「 ・・・ まだかなあ〜 」
「 ウン。 僕ゥ〜 お腹すいたァ〜〜 」
子供達が 並んで両親を見上げているのも ― いつものことだ。
「 ・・・ 遅くなってごめんなさいね。 ジョー、ありがとう♪ 」
「 うん、二人とも手伝ってくれたから・・・な、すぴか すばる〜 」
「「 うん♪ お父さん 」」
「 あのね〜 おじいちゃまもおうちだよ〜 」
「 まあ よかった・・・皆 一緒ね。 」
「 さ ・・・それじゃ皆で御飯にしような。 あ フラン 仕上げの味付けを頼む。 」
「 はいはい・・・ じゃ 手を洗ってくるわね。 」
「 おかあさん アタシ おけいこばっぐ、持ってくね〜 」
「 僕! おかいもの、もってく。 」
「 まあ 二人ともありがとう! 」
海辺の崖っぷちに建つ邸では 家族みんなが晩御飯のテーブルを囲んだ。
賑やかで暖かい 【 島村さんち 】 の一日がのんびりと過ぎてゆく。
「 ・・・ 忙しそうだね。 カフェ・オ・レ でも淹れようか。 」
ジョーはリビングのソファでのんびりしているフランソワーズに声をかけた。
「 あら・・・ ありがとう、ジョー。 でもお茶くらいわたしに淹れさせて?
ジョーは・・・ほうじ茶? 博士にもお持ちするわね。 」
「 あ・・・そうかい。 嬉しいな、 きみのお茶は美味しいもの。 」
「 うふふ・・・ そう? じゃ ちょっと待っててね。 」
フランソワーズは勢いよくソファから立ち上がりキッチンに入っていった。
ふうん・・・? 疲れているってのに 明るい顔だな・・・
よかった・・・リハーサルの目途はついたみたいなんだ
ジョーは妻の後ろ姿を見つつ ほっとしていた。
彼女がどう迷いを解決したのか、彼には思いもよらなかったが
彼女の笑顔を見て ジョーはただただ嬉しかった。
「 ふんふんふん♪ そうだよな〜〜 あの話はさ・・・・
どんなに <悪魔・ろっとばると> が頑張っても
結局は 王子 にヤラレちまうのだものな。 ふふ〜〜ぼくの勝ちさ。 」
「 なにに勝つの ジョー。 」
フランソワーズがお盆に熱いお茶を乗せ キッチンから出てきた。
香ばしい匂いが ジョーの鼻をくすぐる。
「 え あ・・・ 別に・・・ わあ・・・いい匂いだね、ほうじ茶〜 」
「 そうね、 あ・・・こっちはジョーのよ、 はい。 」
「 あ ありがとう あっつっつ・・・・ 」
「 気をつけて、ジョー。 わたし、博士の書斎にお届けしてくるわね。 」
「 うん 頼むよ。 頂きマス〜〜 あちち ・・・・ 」
ジョーは一口含んで 慌てて湯呑をテーブルに置いた。
「 アチ・・・! ああでも ・・・ んま〜〜〜 ・・・・ 」
ソファに座りこみ ふうふう冷ましつつジョーは香りたかいお茶を楽しんだ。
あ ・・・ うま〜い・・・・
・・・・ そうだよなあ・・・ うん。 ( ごっくん )
ラストは王子だって ろっとばると を倒して
オデットとめでたし ・ めでたし・・・ だもんな・・・
ふんふんふん♪ ぼくたちは〜
< そしていつまでも幸せに暮らしました > なのさ♪
ふう〜・・・とソファの背にもたれれば眠気が襲ってきて・・・
・・・・ 彼の目の前にはまたまたきらめく湖が見てくる。
「 ここは ・・・ どこだ? うん? あれは! あの姿は ― オデット・・! 」
ジョーは 湖の岸辺にかの女性 ( ひと ) の姿をみつけた。
彼女は俯いたままゆっくりと湖畔を歩いている。 後ろから影が忍び寄る。
「 なにをしているのかな あァ〜〜!! 後ろからヤツが! 」
ジョーはダッシュして彼女のもとに急いだ。
加速装置 ・・・ ! ??? あれれ??
くそゥ〜〜〜なんだって稼働しないんだっ?
文字通り歯噛みをしつつ、彼は姫君のもとへと駆けてゆく。
すい・・・と彼女の後ろに寄った影が 彼女を取り巻いた。
「 うわあ〜〜 ダメだ だめだ だめだあ〜〜〜 !!
フランはぼくのものなんだ! ・・・あ ち ちがった・・・・
その姫君を助けるのは王子だ〜〜 ろっとばると じゃないんだからな! 」
間に合うか?? くそ〜〜〜どうして加速装置もスーパーガンもないんだ??
「 ・・・ジョーぉ? ほら・・・また居眠りして・・・ 」
「 う ・・・ああ?? 姫君?? 」
「 え? やあだ・・・また寝ぼけて・・・ あらら、お茶が冷めてしまった? 」
「 あ ・・・ フラン ・・・ 」
ジョーの目の前には フランソワーズの暖かい微笑みがあった。
「 フラン ・・・ ご ごめん・・・ あの・・・ あの〜〜 オデットは さ・・・ 」
「 オデット? 」
「 う うん ・・・ そのう・・・オデットはろっとばるとの方が好きだったのかな・・・ 」
「 え〜〜?? どうして?? 呪をかけては白鳥にされてしまったのよ? 」
「 う うん ・・・ そうなんだけど・・・ この前lきみが・・・ 」
「 ・・・ ああ そうねえ・・でも関心はあったかもしれないけど・・・
とにかくオデットが愛していたのは王子だけよ。 」
「 そ そうだよね! あ そうだ、きみ リハーサル、巧く行きそうかい。 明日なんだろ? 」
「 ええ。 うふふ・・・じつはね〜 苦戦してたのだけど・・・
すぴかに助けてもらえそうなの。 」
「 ええ? す すぴかに?? 」
「 そうなのよ。 それで ね。 思ったの。 ジョーに逢えてよかった・・・って。 」
「 ???? 」
「 うふふ・・・ ともかくね、わたし、がんばっちゃうから。 」
「 そ そうなんだ? よかった・・・ きみの笑顔ってば本当に最高だよ♪ 」
「 ジョーってば・・・ ねえ? わたしがどうして笑っていられるか わかる? 」
「 え・・・ 」
「 ジョーが ・・・ ジョーやすぴかやすばるや ・・・ 博士や皆がいるから なの。
皆がわたしに微笑みのモトをくれるの。 」
「 ・・・ フラン ・・・ きみってひとは ・・・! 」
「 ・・・・・・・・ 」
フランソワーズは満面の笑みを浮かべ ジョーの首に腕を絡めてきた。
「 あ ・・・ あの・・・ 」
「 ジョー・・・ うんと ・・・ う〜んと愛して・・・ 」
「 ・・・ ん ♪ 」
ジョーは静かに微笑み 彼の細君を抱き上げた。
「「 お願いします 」」
二人のダンサーは軽く会釈をしてから 中央にでてポーズを取った。
フランソワーズ、いや オデット姫は半身を伏し王子は側に立つ。
『 白鳥の湖 』 第二幕より オデットと王子の グラン・アダージオ の始まりである。
ピアノが鳴り始め、二人はゆっくりと踊り始めた。
すぴかみたいに踊ればいいのよね・・・
いま 踊れてたのしいなあ〜って。 この音を聞いて楽しいなあって・・・
いま この時を いま この音を 踊るの・・・!
「 ・・・ふうん ・・・? 」
鏡の前の椅子に座るマダムが脚を組み替えた。
王子とオデットは 見つめ合い手を取り合い ― 抱きあい ・・・ 愛の踊りをおどる。
人間の姿に戻ったオデット姫、その白く細い腕 ( かいな ) は水鳥のそれの如く優雅に舞う。
王子の巧みなサポートに オデットは身体を預け、 また彼女の正確なテクニックで回転も安定している。
・・・ 王子と姫は 音と共に静かに舞い終った。
ハアハアハア ・・・・・
荒い息だけがスタジオに響く。 誰も口を開くものはいない。
いや ・・・ 皆 今の踊りに引き込まれていたのだ。
「 ・・・ あの ・・・? 」
「 フランソワーズ。 今日はなにを考えて踊った? 」
「 え・・・ あ ・・・はい、 あの。 今 ・・・ この時、踊れて楽しいな・・・って・・・
すみません、 そのことしか考えられなくて・・・ 」
「 そう? ・・・ よかったわ。 この前のヴァリエーションよりずっと。 」
「 え ・・・ 」
「 この前は。 あなたは頭に中で考えている以前に聞いた音で踊っていたわ。
いつのことだか知らないけど、 少なくとも < 今 > は踊っていなかったわ。 」
「 ・・・ 今 ・・・? 」
「 そうよ。 この前、フランソワーズはアタマの中でだけで、観念の中で踊ってた。
でも 今日は ― ねえ、山川くん。 」
「 あは・・・そうですね。 僕はその踊りを見ていないけれど・・・
うん、今の君は ・・・ なんといかな、僕はすっかり引き込まれたな。 」
「 あ・・・は はい ・・・ あの・・・ 」
「 ふふふ ・・・ あのね、今日のフランソワーズは見違えるほど生き生きしていたわ。
<いきいき>ってね。 日本語でこう・・・かくの。 そう 生きること、 vivre なのよ。」
「 はい。 あの ・・・ 実は 」
「 え? 」
「 娘のすぴかが <いっつも楽しいなあ〜って思って踊ってるの。>って言いました。
わたし、娘に ― いえ バレエを始めたばかりのコに教わりました。 」
「 まあ ・・・ ステキなおチビちゃんねえ、 お母さん? 」
「 は はい・・・ 」
「 だけど、テクニックはもっと鍛えて! ちょっと始めからやってみて? 音はいいわ。 」
「 はい! 」
フランソワーズは センターで最初のポーズを取った。
今 を生きる ― そう・・・そうだわ。
ジョーとの巡り合いだって ― 今 を生きているから!
生きているから 素敵なのね
「 ・・・・もう一度!! 」
「 はい・・! 」
厳しい声がスタジオに響き そして汗も飛び散った。
でも。 今日は涙は含まれていない。 フランソワーズは全身全霊で 踊った。
ざわざわざわ ・・・・
「 う ・・・ ウソだろ〜〜〜?! 」
ドン ・・・! ジョーは劇場の座席で固まっていた。
「 え ・・・ こ こんなのって・・・あるかい!? アイツ〜〜〜 」
『 白鳥の湖 』 より 第二幕 第四幕
オデット : フランソワーズ・アルヌール
第二幕は無事に ― 艶やかに感動的に終った。
誰もが オデット姫と王子の愛の踊り ― グラン・アダージオ に吐息し、整然とした群舞に拍手した。
一部の同業者たちは 冒頭のオデットとロットバルトの踊りに注目していた。
ジョーも ・・・ かなりフクザツな気分だったが。
こ これは 演技 なんだ・・・!
ぼくをこんな気分にさせるほど・・・ 素晴しい演技なんだ〜〜
二幕の間中、ぎゅう〜〜・・・っと座席のてすりを握り締めジョーは ・・・ 耐えた。
く ・・・そう〜〜
こんなダメージは ・・・ は はじめて・・・だ・・!
そして。 問題の アイツ が活躍するシーンが始まろうとしている。
たった今 その <第四幕> が 佳境を迎えていたのだ ・・・ が。
― 上天気だ。
「 じゃ。 しっかりやってこい。 」
「 ・・・ ん。 」
その朝、 玄関でジョーは心をこめてフランソワーズにキスをした。
「 子供たちのこと、よろしくね。 」
「 任せとけ。 ちゃんと開演までにはいい子にして連れてゆくよ。
さあ。 きみはもうここでウチのことは忘れろ。 」
「 え・・・? 」
「 一切忘れて ・・・ フランソワーズ・アルヌール として ゆけ。 」
「 ん。 ・・・ ありがとう、ジョー。 」
「 ん。 」
見つめ合った瞳と瞳 ― 二人の想いがきっちり伝わりあう。
頬に微笑をまとい、フランソワーズは静かに玄関を出ていった。
そうさ。 これは ― フランの 出陣 なんだ。
ぼくは応援しかできないけど ― しっかりやれよ。
ジョーは人生の戦友に静かにエールを送った。
ざわざわ −−−− タタタタ ・・・ がやがやがや・・・・
はやく はやく はやく ・・・
ダンサー達の足音の合間に全員を急かす声が聞こえ続ける。
「 ・・・ 上手 全員揃いました・・・ 」
「 下手もオッケーです ・・・・ 」
「 時間です ― 四幕、開けます ・・・! 」
照明が入り 幕があがってゆく。 そして ―
誰もがすみずみまで知っている音楽が流れ始めた。
『 白鳥の湖 』 第四幕 が始まった。
「 ね〜ね〜 お母さん、でてくるよね〜 」
「 し〜〜〜! すばる! お話、しちゃだめ! 」
「 ・・・ うん。 」
ジョーと博士の間で すぴかとすばるも固唾をのんで舞台を見つめていた。
「 ( フラン ・・・ 頑張れ! ) 」
ジョーは真一文字に口を引き結び、座席の肘掛をぎゅ・・・っと握っている。
「 おと〜さん・・・! おかあさんってば きっとどきどきだよね〜〜 」
「 し!! すばる!!! 」
「 ・・・ うん。 」
「 あは そうだね、すばる。 お母さんも頑張っているんだから静かに見ようね。 」
「 う うん ・・・ お父さん 」
すばるはジョーの上着の裾を握っている。
「 すばる・・・ いい子だな。 」
「 ― おとうさん! し〜〜〜〜!! 」
すぴかが すごく真面目な顔でジョーを見つめている。
「 あ ・・・ごめんごめん・・・ さあ 皆で見ようね。 ほら・・・幕があくぞ 」
― するすると幕があがり 湖畔の寂しい風景が浮かびあがった。
フラン・・・! 頑張れよ ・・・!
ジョーのテンションはがんがんに上がってきていた・・・!
白鳥たちの群舞が始まった。 そして 白鳥姫が ― フランソワーズが 走り出てきた。
・・・・! ジョーは固まったままだ。 実はジョーが一番緊張していたのかもしれない。
どんどんと舞台は進み ― ついに王子と悪魔・ロットバルトの対決の場面になった。
王子はオデットを護らんとして、勇敢に悪魔に立ち向かう。
ロットバルトは 初めは優勢に戦いを進め王子を追い詰めてゆくのだが ・・・
王子が決死の反撃に出て ―
かっきーーーーーん ・・・・と 音はしないけれど 王子とロットバルトが空中で交差する。
王子はロットバルトの羽をもぎ取 ・・・るはずなのだが。
羽はしっかりくっついたまま、悪魔は反転し、そのまま なんと、反撃に出てきた!
あ? あれれ・・?? おい〜〜〜 ここで羽がもげるはずだろ〜〜〜
王子は明らかにうろたえていた。 音楽に合わせ辛うじて演技をしていたが・・・
悪魔は 華麗に大跳躍をすると傲然と王子に立ち向かう!
・・・ おい! タクヤ〜〜! お前 なにやってんだよッ!
ふん! オレのオデットはてめ〜なんかには渡さん!!
フラン〜〜〜 オレの胸にとびこんでこい・・・!
悪魔 ・・・ いやタクヤはもうなにがなんだかミックス・ジュース状態となり。
・・・・ くらえッ!! ・・・あ? し しまった・・・すまんです〜〜先輩!
― パリーーーーン ・・・ と音はしなかったけれど。
王子と悪魔はもつれ合ったまま床に転がり ― やっと正気に返った悪魔は ― 自主的に死んだ。
ジャーーーーン じゃじゃじゃじゃ じゃ〜じゃじゃ〜〜〜ん・・・!!
メイン・テーマが高らかに演奏され ― 王子は凱歌を ( やれやれ気分で ) あげた。
ふうう −−−−−−−−−− ・・・・・ !!!
舞台の袖で固まっていたダンサー達もあっけにとられていた観客たちも。
劇場内のすべての人間が 特大の溜息をついた・・・
ただ一人、 袖で芸術監督のマダムが声を押し殺し大笑いしていた。
やがて 王子とオデット姫は登ってくる朝陽のなかで永遠の愛を誓い合い・・・・
群舞の白鳥たちを従え ― めでたしめでたし で幕が降りる。
わ・・・わあ・・・・・・・・・・!!!!
お世辞と義理だけじゃない拍手が 響き渡った。
「 ・・・ あ ・・・ ああ 〜〜〜 よ よかったァ・・・ 」
ジョーは どさ・・・・っと背もたれに身体を投げ出した。
ああ ・・・・ 戦闘の何百倍も・・・ つ・・疲れた・・・!!!
「 すごい!!! すごいよ〜〜〜 タクヤお兄さんっ! ね、ね、 ね?? すぴか!! 」
「 うん・・・すご〜〜い〜〜〜 王子サマよか・・・かっこいいね! 」
「 うむ・・・・? 『 白鳥の湖 』 はこんなに迫力のある作品じゃったかの?
それとも 最近の演出が凝っておるのかの〜〜 」
子供たちは大はしゃぎ、 博士も大いに感銘を受けたらしい。
「 ねえねえ お父さん! お母さんも〜 タクヤお兄さんも〜 かっこよかった〜〜 」
「 お父さん! お母さんはさあ〜 王子さまとろっとばるとのどっちがすきなんだろ? 」
「「 ねえねえ お父さん!! 」」
子供達の声で ジョーはやっと現実に戻ってきた。
「 あ ああ・・・ 皆かっこいいな、すばる。
すぴか。 お母さんが好きなのは な ・・・ 」
「 うん、 どっち。 お父さん! 」
「 えっへん! お母さんが一番好きなのは。 お父さん に決まってるじゃないか。 」
「「 あは。 そうなのか〜〜〜 」」
「 ジョー・・・あははは・・・これはどうも御馳走サン・・・! 」
「 え? あ あはははは・・・そうかなあ。
あ! カーテン・コールだよ、二人ともた〜〜くさんはくしゅ〜〜♪ 」
「「 うん!!! 」」
この作品は。 ― なんだかすご〜〜く迫力があった・・・! と評判の舞台となった・・・
お疲れ様 〜〜 おつかれ〜〜 ど〜も〜〜 じゃあね〜〜〜
賑やかな声が華やかな雰囲気と一緒に流れだしてきた。
大きなバッグやメイク道具入れを抱えて ダンサー達がやってくる。
ジョーは楽屋口の外で待っていた。
「 あ〜〜 疲れた〜〜・・・ あれ? 島村さん? 」
「 や やあ・・・ みちよさん。 こんばんは ・・・ あの・・・? 」
ジョーも顔見知りのフランソワーズの仲良しサンが通りかかった。
「 もうすぐ来ますヨ フランってばステキだったですよね〜〜♪ 」
「 あ・・・う うん・・・ありがとう、みちよさん。 」
「 い〜〜えぇ また観にきてくださいね〜〜 」
「 あ は はい・・・ 」
ジョーはどうも女の子のクスクス笑いは苦手なのである。
「 ― ジョーォ ・・・。 」
ぽん・・・と肩を叩かれ ― 振り向けば彼の愛妻が立っていた。
「 フランソワーズ 〜〜〜!!! 」
「 ・・え? あ あらら・・・ジョーってば 」
ジョーは思わず彼女を引き寄せ抱きしめた。
「 あは・・・ お疲れさま! フラン ・・・
なあ お世辞じゃなく よかったよ! きみも ・・・ ロットバルトも。 」
「 まあ うれしいわ。 あら? 子供達は? 」
「 車で待ってる。 ちょっとだけ・・・きみと二人っきりになりたくてさ。
ここの公園を歩いて突っ切ってゆこう。 荷物、持つよ。 」
「 ・・・ ありがとう・・・♪ 」
二人はゆっくり夜の公園の中へと歩き始める。
都心の公園は夜でもほの明るく、散策しているヒトもちらちら見受けられる。
「 面白かった・・・! あ う〜ん・・・?興味深かった、と言うべきかな。 」
「 そう? ねえ、王子サマもステキだったけど。
タクヤ、頑張っていたでしょう? 初めにわたしと踊るところ、とか・・・ 」
「 う うん ・・・ アイツ・・・ぼくが見ても ( きみにぞっこん♪ って) みえみえだよ。 」
「 ?? みえみえ? なあに、それ。
でね〜〜 ほら、あの最後の決闘シーン〜〜♪
わたし達、袖で見てて・・・ きゃ〜〜〜〜♪ だったのよ。 」
「 ふん ・・・ オンナ受けするヤツだ・・・! 」
「 それでね〜〜 王子役の先輩もね、 ああいうの、いいねえ、面白いって。
芸術監督のマダムも 笑って褒めてくださったの♪ 」
「 ふ ふん ・・・ そりゃ よかったな。 それで きみは・・? 」
「 わたし? ええ 勿論〜〜 いつか彼と 『 白鳥〜 』 を踊ってみたいわ。
ホント素敵♪ わたし達、 感覚がぴったりなの。 」
「 ・・・・・・・ 」
ジョーの歩みはだんだんとのろくなり 止まった。
「 ・・・ フラン ・・・ 」
「 いやだわ、ジョー。 なんて顔、してるの?
タクヤは ・・・ 素敵でいいコよ。 女の子にもてるわね。 オンナなら皆魅かれるわ。 」
「 ・・・・ 」
「 だ け ど。 」
フランソワーズはくるり、と向きなおり、ジョーの正面に立った。
「 だけど ね。
うふふ・・・ 愛しているのは ジョーだけ、よ。
ただ一度きりの人生を 一緒に生きる あなた だけ♪ 」
「 ・・・・・・・・・!!! 」
王子はオデット姫をしっか・・・とその腕に抱いたのだった。
******************** Fin. *******************
Last
updated : 04,12,2011.
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************ ひと言 ************
えっと・・・一応 【 島村さんち 】 設定なので 平ゼロです〜〜〜
タクヤは、ですねえ・・・
「 ふ ふん・・・! オレはな、 ちゃんと妻して母してるフランが好きなんだ!
踊っている限りは あのイケメン・旦那だってオレには勝てね〜んだ〜〜 ! 」
ということです はい (^.^)v
・・・ ネタは実際にレッスンで言われたコトなのでした〜〜★