『 極北 ( きた ) の国から − (2) − 』
・・・・ ゴ〜〜〜〜〜〜 ・・・・・
わずかの振動と 微かに聞こえる推進音をともなって
ドルフィン号は 極北の空を目指し航行していた。
コクピットには 軽い緊張感が漂い、それは一種引き締まった快いものだった。
特に声を掛け合わずとも、暗黙のうちに皆それぞれの担当セクションを
チェックし ・・・ 来るべき時に備えていた。
フランソワ−ズはコックピットのドアを開けると 落ち着いた足取りで自分の席についた。
誰もが ・・・ 自分自身の仕事に没頭しつつ ・・・ 眼の隅で彼女を追っていた。
− どうしてジョ−がいないのか。
− フランソワ−ズは ・・・ なにか知っているんだろうか。
− なぜ、急に一人で先行したのか。 その、なんとかいう娘までつれて。
− しかし。 格納庫は一人では開けられないシステムなのに。
皆の声にならない呟きがコクピット中に充満していた。
フランソワ−ズも 担当の計器とデ−タのチェックをし、ドルフィン号の航路を確認した。
<空飛ぶイルカ>はぐんぐんと高度をあげ やがて何回かの小さな衝撃のあと、
再び安定航行にはいった。
ジェット気流に乗ったのである。
「 O.K.〜〜 あとはしばらく自動操縦にお任せだ! 」
陽気な声をあげ、ジェットがぽん、とパイロット席から飛び出した。
「 現在位置確認 ・・・ はい、完全に設定軌道に乗りました。 」
・・・ お疲れ様、ジョ− ・・・
ふりかえったいつものその席に彼の姿は ない。
フランソワ−ズは慌てて言葉を飲み込み ・・・ そっとまた目の前のモニタ−に視線をもどした。
「 なあ!? 皆コソコソ言ってんじゃねぇよ。
どうしてジョ−がいないんだ? オレらの到着を待たずに先に行っちまったんだ? 」
無遠慮なジェットの発言に 皆どきり、としつつも同時にほっとした空気が流れた。
「 コソコソ言ってはおらんぞ? 我輩達にもわからんのだ。 」
「 行き先はちゃんと指示して行ったからね。 これも・・・作戦、なのかもしれないよ。 」
「 ・・・ 気に喰わんな。 なぜだ? 全員揃うまで待つ手はずだぞ。 」
「 その予定だったわ・・・ 」
「 ワテはそれが不満アルね。 どうして誰にも何も言わないアル? 」
「 なにか特別な状況になったのかもしれない。 」
「 ・・・ そんな 急に? 皆の到着を楽しみに待っていたわ・・・・
そうよ、前の・・・晩まで・・・ ジョ−は・・・。 」
「 ふん。 そもそも、どうしてそのアンナという娘が情報を握っていたのか。
その娘はいったい何者なんだ? 」
「 ・・・ ジョ−は ・・・ 知っていたのかも知れないわ。 」
ふいにテラスで抱き合っていた二人のシルエットが脳裏に浮かんだ。
・・・ ちがうわ・・・! なにかの ・・・ 見間違えよ。
フランソワ−ズはあわててアタマを振り、きゅ・・っと眼を閉じた。
「 ますます気に喰わん。 ミッションでの独断先行は成功した例がないぞ。 」
カツン・・・!
アルベルトの指がコンソ−ル盤を叩く。
「 すまん・・・! 諸君、すまん。 ワシが ・・・ ジョ−に頼んだのじゃ・・・
一足先に あのメモにあった場所に行ってくれ、とな。 」
「 ・・・ 博士??? 」
奥のシートから聞こえてきた声に全員が声を上げて振り返った。
いつもは悠々と座を占めているギルモア博士は 今日はじっと足元に視線を落とし、
灰色のこめかみに冷や汗すら浮かべている。
「 博士が ・・・ ジョ−に?
では 格納庫を開けて小型艇を発進させたのも・・・? 」
アルベルトの問いに博士はだまって頷いた。
「 なぜですか。 ほんの1日、全員が揃うのを待つ余裕もなかった理由が
僕には理解できないのですが。 」
ピュンマが眉根を寄せ、珍しく強い口調で言った。
「 すまん・・・すまん、すまん・・・!
諸君、 ジョ−を責めないでやってくれ。 みんな・・・このワシの責任じゃ。 」
「 博士 ・・・ どうぞ、理由( わけ )を教えてください。 」
「 ・・・ フランソワ−ズ 」
刺々しい雰囲気の中、彼女一人がいつもと同じに穏やかに静かに 博士に問いかけた。
それは ― かえって博士には最も辛く・厳しく響いたのかもしれない。
深い・深い吐息を漏らし、アイザック・ギルモア博士はとつとつと語り始めた。
「 あの娘 ・・・ アンナは ・・・ ジュリアの娘なのじゃ。
あのメモにあった数字は 彼女の・・・いや、B.G.の基地がある場所だろう。 」
「 ジュリア? それは誰です? 」
「 ジュリアは ・・・ 彼女は ・・・ ジュリア・マノ−ダ博士は ・・・
かつてワシと共に ・・・ B.G.で研究に携わっておった科学者の一人じゃ。 」
「 ・・・ やはり ・・・ B.G. の ・・・。 その人は今でも? 」
「 ああ。 ノ−ベル賞を何回も辞退したことのある優秀な女性( ひと )じゃった。
B.G. でも指折りの成果を挙げておった。 ワシとともに・・・ 諸君らの
改造をも手がけていたのだ。 」
「 その女学者はんが・・・ 今の騒動の元締めアルか? 」
「 ・・・ おそらく。 彼女はBGの理念を否定はしていなかった・・・ 」
「 アンナさんは その方のお嬢さんなのですか? ・・・ でも、どうして・・・? 」
「 あのメモでワシには ・・・ 判ったのじゃ。
彼女は ・・・ ジュリアは、ワシを・・・恨んでおる。 ワシへの復讐心で
こんなとんでもない事象を巻き起こしたのじゃろう。 彼女は巧くB.G.を利用したのじゃ。 」
「 ほいでも・・・復讐心やて? 博士と一緒に研究していた学者はん同士やろ。
なんぞ・・・研究の上であったアルか? 」
「 ワシが・・・ 諸君達とヤツらの許から逃げたからじゃ。
ワシが彼女を ・・・ 捨てていった、と思ったのだろう・・・ 」
「 しかし。 それとこの事態といったいどういう・・・? 」
メンバ−達の視線が博士の上に集まった。
博士はますます身を縮め ・・・ ぼそりと呟いた。
「 ・・・ アンナ嬢は ワシと ・・・ ジュリアの 娘 ・・・じゃ。 」
シュ・・・・ッ
圧縮空気の微かな音を響かせ、ドアは閉まった。
・・・ ふう ・・・
フランソワ−ズは大きく溜息をつき ベッドに倒れこんだ。
鼻が閊えそうな狭いコンパ−トメントだが、今はここだけが自分を曝け出せる場所なのだ。
早朝出撃、久し振りに緊張しくたくただわ・・・と思っていたのだけれど
あまりにいろいろなコトが起こり、もう限界よ・・・と感じていたけれど
なぜか
眼は冴え冴えとし、眠気は一向に訪れてはこない。
・・・ 眠りたい、なにも考えないでぐっすり眠りたかったのに・・・
眼の裏がひりひりする・・・・
ぼんやりと見つめていた天井から彼女は視線をずらせた。
・・・ あ?
なにか 鮮烈な青が眼に映った。
殺風景なドルフィン号の個人キャビンには不似合いな色彩だ。
・・・ああ ・・・ これ。 もって来ちゃったんだ・・・
フランソワ−ズはベッドに腹這いになり、手を伸ばした。
袋から零れ出た、鮮やかな青色の毛糸編。
取り出した編み物はまだなんのカタチも成してはいない。
そうよね・・・ 全然途中だったし・・・昨夜すこし解けてしまったし。
・・・ ジョ− ・・・ わたし ・・・ ごめんなさい・・・!
ぽとり。 ぽと ・・・ ぽと ・・ ぽとぽとぽと・・・
青い毛糸玉の上に涙の粒が零れ、蹲り・・・染み通って行った。
そう・・・ あれは。
あのコトは ほんのまだ昨夜のことなのだ。
「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・? ごめん、まだ・・・起きてる ? 」
ひそやかなノックと それよりももっと低い呟きが深夜の空気を揺らす。
フランソワ−ズはぴくり、と身体を震わせ突っ伏していたベッドから飛び降りた。
途中で はっと気づき素足の足音を忍ばせる。
「 ・・・ ジョ− 」
「 ああ・・・ よかった。 あの・・・ お茶、ありがとう。 その・・・ 」
ドアのむこうで ジョ−は言い澱み言葉を見つけられずに立ち尽くしている。
「 ・・・ あ ・・・ あの。 毛糸・・・ そう、毛糸を落としていたよ。 ぼくの部屋・・・
あの ・・・ ここに・・・置くから。 ・・・ あ ・・・ お休み・・・ 」
「 ・・・・・ 」
かさり、と小さな音がして。 そして。 ジョ−の足音が遠のいていった。
− ・・・ ジョ− ・・・!
飛び出して、追い縋って。 ・・・ どうして? と問いただしたかった。
ジョ−・・・! どうして・・・? アンナさんが ・・・ 好き?
彼女があまりに理知的な美人で あなたと同じ様な境遇だから・・・?
ねえ ・・・ どうして ・・・
口元まで昇ってきた問いを フランソワ−ズは無理矢理に飲み下した。
そう・・・ 明日は、明日からは また闘いへの日々が始まる。
ごく個人的な、個人間の感情の問題は しばらくオアズケだ。
それに。
わたしは・・・ ジョ−の応えを聞くのが怖かった・・・のかもしれない。
<そうだよ> と全てを彼の口から肯定されたら どうしてよいかわからない。
だから・・・ 頑なに背を向けてしまった・・・
そう・・・ あの時。
ドアを開けていれば。 素足で飛び出していって・・・彼に聞いていれば。
もしかしたら 打ち明けてくれたかもしれない。
一足先に出るが、博士の依頼だから・・・と話してくれたかもしれないのだ。
そして。
ミッションの前の晩を 共に過せたかも・・・・ しれない。
− バカな ・・・ フランソワ−ズ
つまらない意地をはって。 ううん・・・ わたし、怖がりの弱虫だわ。
現実を見つめるのが 怖かったのよ。
ふふふ ・・・
そうね ・・・ グレ−トが歌ってた、あの・・・歌と同じ。
せめて儚い夢を見ていたくて
着て貰えるアテのないセ−タ−を編んでいたのね・・・・ わたし。
ごめんなさい、ジョ−。
あなたを見つけたら。 あなたに追いついたら。
わたし ・・・ もう決してどんなことがあっても 離れないわ。
ええ、あなたが ・・・ 生きてさえいてくれれば。
・・・ そう、たとえ ・・・ わたしから心が離れてしまっても ・・・
わたしは ・・・ わたしは、あなたを、ジョ−。
あなたを 愛し続けるわ。
カチカチ ・・・
フランソワ−ズは編かけの青い毛糸編をとりあげると
リズミカルに編み棒を動かし始めた。
わたし、編むわ。 あなたに着てもらうために・・・!
ゴ 〜〜〜〜〜〜 −−−−
ドルフィン号は穏やかな音を響かせ 極北 ( きた ) の国めざし
その翼をジェット気流に委ねていた。
・・・・ ふう ・・・・
細い溜息が しんとした部屋に響いて ・・・ すぐにきえた。
高い天井はよそよそしく、広すぎる部屋はどうにも馴染めなかった。
家具調度は立派だったが、余所余所しく使い込まれた暖か味が感じられない。
革張りの大きなソファには毛皮が敷き詰められ、 その上にほっそりとした少女が
所在なさげに身を投げていた。
サイド・テ−ブルには繊細な陶器のティ−セットと銀盆に果物が盛ってあるが
手がつけられた様子はなかった。
・・・ ふう ・・・・
またひとつ、少女の口から溜息がもれ・・・白い頬に涙が一筋流れ落ちた。
− カチャリ
入り口のドアが 小さく音をたて、裾までの黒服に身を包んだ女性が静かに
姿を現した。
「 ・・・ママ ・・・ ! 」
「 アンナ ・・・ 放っておいてごめんなさい。 一人で淋しかった? 」
「 ちょっとだけ。 ・・・でも、ママはお仕事なのだから仕方ないわ・・・
もう今日はお終い? ねえ・・・一緒にお茶が飲みたいの。 」
少女は、いや、アンナは豪奢なソファを滑り降りると黒服の女性の側に走りよった。
その女性は整った顔立ちに淡い色の髪を流し − 反面の顔は白い革の仮面で覆われていた。
「 そうね・・・・ ママも飲みたいわ。 アンナ、淹れてくれる? 」
「 ええ! さ、ママ、ここに、アンナの隣に座って? 」
「 はいはい・・・ 」
アンナ嬢は その女性の手を引いてソファに掛けさせた。
「 ・・・ 美味しい。 いつものお茶がこんなに美味しく感じ
きっとお前が淹れてくれたから・・・ね。 」
「 ・・・ ママ。 私もママと一緒に飲めて嬉しいわ。 」
「 アンナ ・・・ ごめんね。 あとでこの基地を案内してあげるわ。
ママが作り上げたものを見てちょうだい。 ・・・ ここから全世界をコントロ−ルできるのよ。 」
「 ママ・・・ 」
黒服の女性はよい香りのするお茶を一口含んだ。
「 ママ。 ねえ、どうして。 どうして・・・あの手紙をアンナに下さったの。
ギルモア博士は ・・・ ママのお知り合いなの。 」
「 ・・・ それは ・・・ ずっとお前の事が気にかかっていたし・・・ 」
「 ママは どうしてアンナを ・・・ 捨てたの・・・ 」
「 わたしのアンナ・・・ お前が生まれるがわかった時、お前の父親が日本へ ・・・ 行ったと
ウワサを聞いて追いかけていったの。 でも ・・・ 会えなくて ・・・・
せめて同じ国にいれば いつかは・・・ってお前をあの施設にお願いしたのよ。 」
「 ・・・ そう ・・・ 」
「 信じて。 捨てたりしたんじゃない。 愛した人の子供を捨て
「 ・・・ 信じるわ・・・ ママ。 ママの手は ・・・ こんなに暖かいもの。 」
「 ・・・アンナ ・・・ 」
アンナは握ったままの女性の手に そっと頬をよせた。
「 ね、あの人・・・島村さんはどこ。 ジョ−さんをどこへ連れていったの。 」
「 ふん・・・ お前が気に掛けることではないわ。 アレは 思考回路の一部を凍結させて
基地の警備に当たらせているから。 」
「 ジョ−さんに会いたいの。 私・・・ あの人が ・・・ 好き。 」
「 アンナ? アレは全身のほとんどが<ツクリモノ>の半機械人間なのよ?
会う必要はないわ。 」
「 半 ・・・ 機械人間 ・・・? でも・・・ 彼は優しかったわ。
どうしてもママに会いたいっていう私の望みを聞いてくれたのよ?
ジョ−さんだけじゃないわ。 ギルモア博士もあの人の仲間の人たちも皆温かいいい人達だったわ。」
「 温かい? 冗談じゃない、機械に心なんかないのよ、アンナ。
あれは半機械人間。 戦闘用のマシ−ンだもの、心なんかないのよ。
さあ・・・ もうあんなモノの事は忘れなさい。 」
「 戦闘用のマシ−ン・・・・? どうして? ママはどうしてジョ−さん達のことを
知っているの。 」
「 それは ・・・ 昔、彼らを<つくる>時 ・・・ ママもその事業に関わっていたから・・・ 」
「 ・・・ ギルモア博士と一緒に? 」
「 ええ。 ああ、そんなことお前は知らなくていい。 さあ・・・今度はアンナのことを
ママに話してちょうだい。 どんなお洋服が好き? 好きな食べ物はなあに。 」
「 ママ ・・・ お願い、ジョ−さんに会わせて。 」
「 ・・・仕方ないわね。 じゃあ、毛皮を着て付いていらっしゃい。
基地の中は寒いから気をつけて。 」
「 ええ! ありがとう、ママ! 」
アンナは躊躇せずに女性の白革の仮面の顔にキスをした。
・・・・ アンナ。 ・・・ お前は。
「 ・・・どこ。 ねえママ。 ジョ−さんはどこにいるの。 」
「 そんなに乗り出しては危ないわ。 ・・・ほら。 あの強化ガラスの中で核融合炉を警備してるでしょ。
普通の人間には危険な場所だからね。 」
「 だって・・・! ジョ−さんだって危ないわ。 ジョ−さん? ジョ−さんったら! 」
広大な基地の一角で アンナは強化ガラスの窓をどんどんと叩いた。
「 ママ! ジョ−さんに・・・なにをしたの。 彼は ・・・ あんな冷たい瞳をしたヒトじゃなかったわ。
あんな ・・・ 仮面みたいな顔のヒトじゃなかった・・・
泣いてた私を・・・抱き締めてくれた腕はとても・・・・とても温かかったのに・・・ 」
「 ふん。 何回も言ったでしょう? アレは身体のほとんどを機械に置き換えた戦闘用サイボ−グ。
感情なんてないのよ。 」
「 ママ・・・ ジョ−さんを元にもどして! あの・・・温かいセピアの瞳を返して・・・! 」
「 駄目。 こればかりはアンナの希望をかなえてはあげられないわ。 」
「 ・・・ ママ。 どうして・・・ どうして ・・・そんなに 冷たいの。 」
「 アンナ。 お前は本当に素直に育ったのね。 きっと・・・沢山愛してもらって・・・
私は ・・・ ママは ・・・ 愛が 欲しかった。 ただ ・・・ それだけだったのに。 」
「 ・・・ ママ ・・・? 」
・・・・ ビイ〜〜〜 ビイ〜〜〜〜
寒さと静寂が支配する基地内に突如けたたましい警戒音が響き渡った。
「 ・・・なに? ママ ・・・ 」
「 ・・・ ふん。 やっとお出ましのようだね。 ・・・待ちかねていたわ。
さあ・・・アンナ、お前はお部屋にもどっていなさい。 」
「 ママ ・・・ 」
「 ・・・ 仕方ないわね・・・。 あの赤い服のサイボ−グを私のコンパ−トメントに
連れてくるように。 」
仮面の女性は 後方に立っていた兵に命じるとさっと踵を返しアンナを置いて足早に去っていった。
・・・ ママ ・・・・
あちこちから次第に多くの足音が響き、集結してきていた。
「 ・・・どうだ? 」
「 ・・・ だめ。 相変わらず ・・・ 白一色よ。 氷と雪だけ。 」
「 そうか。 」
「 ・・・・・・ 」
フランソワ−ズは 舷側の窓からじっと氷雪原に眼を凝らせた。
能力のレンジを最大に引き上げても。
キャッチできるのは・・・ 白一色。
絶えず呼び掛けている脳波通信も還ってくるのは静寂ばかり。
・・・ 白って綺麗でピュアな色、って思っていたけれど。
本当は ・・・
そう、白は弔いの色。 すべてを失った空白のいろ。
空っぽのこころには涙も湧き上がってはこなかった。
「 博士、ジョ−も・・・この位置を目指して行ったのですよね。 」
「 ああ・・・ 彼にもあのメモにあったデ−タを伝えた。 」
「 確かに この座標なんだけどなァ。 」
ピュンマはコンソ−ル盤とモニタ−画面を交互に睨み首を捻っている。
「 ・・・! なにか ・・・ 音が! ?? 下よ! 下から、いえ雪原が溶ける?? 」
「 なんだって! ・・・あっ! 機体が沈んでゆく! 」
「 発進だ、垂直上昇発進をかけろ! 」
「 ・・・ダメだ! 機体が氷結してて ・・・ 間に合わない・・・! 」
「 く・・・! 周囲に注意しろ。 やはりヤツらの基地は 」
ガクンッと機体が大きく揺れた。
「 な、なんだ? どうした? 」
「 ・・・ 氷? ・・・ 氷に閉じ込められたわっ! ・・・ああ?
でも まだどんどん沈んでゆく?? 」
「 捕まったのか?! 」
驚愕の声をあげるメンバ−達を乗せたまま、氷結した機体はぐんぐんと深海へと沈んで行った。
「 ジョ−さん! ・・・ ねえ、私を見て? 」
「 ・・・・・・ 」
アンナは警備兵が連れて来た赤い服のサイボ−グの手を取った。
彼の手は ・・ ひやり、としていたがアンナはかまわず語りかけた。
手を取り、引っ張り・・・ 果ては抱きついて身体ごと揺さぶってみたのだが
赤い服を着たサイボ−グは一点を見つめたまま・・・彼女のなすがままだった。
「 ジョ−さん・・・! アンナよ、覚えていないの? 」
彼女の望みをきき、二人だけでこの極北の地まで連れてきてくれた彼・・・
お母さんに会えるかもしれない、と頬を紅潮させている彼女を 優しい眼差しで見ていた彼・・・
あの 微笑は 眼差しは
今、完全に凍りつき彼の瞳に意思の輝きは微塵もみられなかった。
・・・ ママ ・・・! ジョ−さんに ・・・なにをしたの。
ひょっとして ・・・ ママのしているコトは とても恐ろしい・・・コト?
どうして・・・? ママは ママは アンナにはとても優しいのに・・・。
ぽとり・・・
アンナの涙が 赤い服のサイボ−グ戦士の手に落ちた。
しかし 彼は相変わらず微動だにしなかった。
「 お嬢さん、ボスの命令です。 ご一緒にいらしてください。 」
「 ・・?! ママの? 」
「 はい。 そのサイボ−グ戦士も一緒に連れてくるように、とのご命令です。 」
「 ・・・ そう。 今、行きます。 」
武装した兵士が 無表情に彼女の部屋にやってきた。
この兵士も サイボ−グなのかもしれない。
「 ジョ−さん、一緒に行きましょう。 私がママにお願いするわ。
あなたを元の、あの優しい瞳のあなたに戻してくれるように・・・って。
あなたは 機械なんかじゃない。 ちゃんと温かい心をもった人間よね。 」
「 急いでください。 」
「 ・・・ はい。 」
アンナは毛皮を纏うと、赤い服のサイボ−グの手を引いた。
「 一緒に ・・・ 行ってくださいね。 」
「 ・・・ ここは? ママはこの中にいるの? 」
「 はい、お嬢さん。 こちらはこの基地の中枢で同時にボスの私室です。
ボスが許可した者のみ入室できます。 」
兵士はドアの前で立ち止まり、単調な声で言った。
「 ボス。 お嬢さんとプロトタイプ・サイボ−グをご案内しました。 」
音もなくドアが開き・・・ そして閉まった。
アンナと赤い服のサイボ−グだけが ドアの内に入った。
暗闇が二人を取り巻き、アンナは手探りでジョ−の腕に縋った。
「 アンナ? さあ・・・こちらへ来なさい。 」
「 ・・・? ママ ・・・ どこ・・・ 」
カチリ、と音がして一瞬のうちに周囲は明るくなった。
「 ・・・あ ・・・! ・・・ ギルモア博士 ! フランソワ−ズさんも ?! 」
広々とした豪奢な部屋に黒衣の女性と そして
ギルモア博士と ・・・ 赤い服を着たフランソワ−ズが両手を拘束されていた。
「 ・・・ アンナさん ・・・ あ! ジョ− !! 」
「 フランソワ−ズ! 危ないっ! 」
− ・・・ バシュっ!
フランソワ−ズの足元に レ−ザ−ガンが炸裂した。
「 動くんじゃないよ。 」
部屋の隅に詰めていた兵士が レ−ザ−ガンの照準をぴたりとフランソワ−ズに合わせている。
「 フランソワ−ズ、動いてはいかん! ・・・大丈夫か?? 」
「 ・・・つ ・・・・っ ! ・・・平気です、ちょっと・・・脚を掠っただけ・・・ 」
「 私はギルモア博士と話があるんだ。 お前らは静かにしていてもらおう。 」
「 ・・・ ジョ−? どうして何の連絡もくれなかったの。
ジョ−・・・? どしたの、聞こえないの?? < ジョ−−−−−!!! > 」
「 ・・・・・・ 」
兵士に銃で押さえ込まれたまま、フランソワ−ズは精一杯ジョ−に語りかけた。
しかし
彼は 赤い服のもうひとりのサイボ−グは虚ろな表情のまま・・・・立ち尽くしていた。
「 ・・・ ジョ−に ・・・ 何をしたの? ジョ−を 返してっ! 」
脚を引き摺り、フランソワ−ズはジョ−の脇ににじり寄った。
「 動くなと言ったはずだ。 動けなくして欲しいのか。 」
黒衣の女性は 冷ややかに一瞥を投げ、兵士に合図をした。
「 そのオトコから離れろ。 」
「 いやよ。 ジョ−・・・? ねえ、わたしが・・・判らない?? 」
− カチリ・・・・
ふたたびレ−ザ−ガンが 今度はフランソワ−ズ自身に向けられ兵士の指がトリガ−にかかる。
・・・・ダンっ!! バシュ・・・!!!
レ−ザ−が彼女を狙い撃ちした・・・と見えた瞬間。
それまでただ呆然を立っていただけのプロト・タイプのサイボ−グが突如彼女の前に 身を投げ出した。
「 な・・・ なんだ?! 」
「 フランソワ−ズ! 大丈夫か?? 」
「 ・・・ はい ・・・ わたしは・・・・ でも、ジョ−が・・・! 」
「 このサイボ−グの思考回路は凍結してあるはずなのに・・・ なぜ?!
ええい、構わないわ、一緒に撃っておしまい。 」
バシュっ・・・!!
鈍い音がして、ジョ−の身体が浮きあがり・・・したたか床に叩きつけられる。
それを狙って またレ−ザ−が彼の脚を狙い撃ちする。
「 ・・・ やめてッ! ・・・ ああッ〜〜〜 」
悲鳴を上げてフランソワ−ズが彼の前に転げ出た。
パン・・・!
彼女の両手を拘束していた電磁ロックが レ−ザ−に当たり砕け散った。
白い手に 血が赤い流れを幾筋も描き滴り落ちる。
「 く・・・・ ジョ− ・・・ 眼を覚ませて! お願い・・・ 」
フランソワ−ズは そのまま倒れているジョ−の頬に手を当てた。
ぽと・・・ぽと・・・・ ぽと・・・
熱い涙が ・・・ 血潮が ジョ−の顔に落ちた。
「 ・・・・ フラ ・・・ン ・・・ソワ−ズ ・・・ 」
「 ・・・? ジョ− ・・・? わかる? ねえ・・・わたしが・・・わかるの? 」
「 ・・・ ウン ・・・ 」
ぼろぼろの身体で横たわったまま、ジョ−はゆっくりと首を起こし・・・
セピアの瞳で フランソワ−ズをじっと見つめた。
「 なにか ・・・ ぼくの心を縛っていたものが ・・・ 溶け去ったよ ・・・
遠くから きみの声が聞こえた。 きみの瞳が見えた。
・・・きみの 涙・・・ きみの 血 ・・・ ? 」
ジョ−は そっと彼女の手を取ると唇を当てた。
「 ・・・ 温かい ・・・ この温かさが ぼくを救ってくれたんだ・・・ 」
「 ・・・ ジョ−・・・! 」
「 フランソワ−ズ・・・・ 」
「 ジョ−さん・・・私には ・・・ 私の涙には視線すら向けてくれなかったのに・・・ 」
アンナの細い呟きがもれる。
「 ふん・・・。 プロト・タイプは何でも不完全な反応しか示さないらしい。
丁度いい。 ギルモア博士? アナタが再び協力することを承諾しないのなら
目の前でアナタのコドモ達を始末するよ。 」
「 ・・・ ジュリア、君は・・・ なんという・・・!
ジュリア。 恨むなら ワシを恨め。
サイボ−グの諸君や ・・・ まして全世界の人々を巻き込むのはやめろ。 」
「 ふん。 ・・・ 全てはアナタの答え次第なのよ、ギルモア博士? 」
ジリ・・・っと兵士がレ−ザ−ガンをジョ−とフランソワ−ズに突きつける。
「 博士・・・! 承諾なさってはいけません! 」
「 ・・・ 博士・・・ ぼく達のことは構わずに・・・! 」
「 小ざかしい半機械人間どもめ・・・ ええい、面倒だわ、やっておしまい。 」
銃を構えた兵士は 無表情のまま命令を遂行し・・・
「 やめてっ! ママ・・・! お願い、やめて〜〜!」
栗島 安奈が兵士の制止を振り切って庇いあい抱き合っている二人の前に飛び出した。
「 アンナ!!! 撃つな、やめろ〜〜 」
黒衣の女性は咄嗟に兵士を突き飛ばし、レ−ザ−は見当はずれの壁を焦がした。
「 ママ! やめて・・・・ もうこれ以上 ・・・ 誰かを苦しめるのは止めて。
アンナは ・・・ そんなママを ・・・見たくないわ・・・ 」
「 ・・・ アンナ ・・・ アンナ ・・・ ママは お前にまで嫌われたら・・・ 」
「 ママ ・・・ 可哀想な 私の ・・・ ママ・・・
お願い・・・もうこれ以上罪を重ねないで・・・ アンナの最後の望みよ・・・ 」
「 ? ・・・アンナ! 」
アンナは警護の兵士の銃を抜き取るとそのままわが胸に向けた。
「 ・・・ だめよっ! 」
悲鳴にちかい叫びとともに、アンナの手から銃が飛んだ。
「 絶対に ・・・ ダメよ・・・! 」
フランソワ−ズの血にまみれた手が アンナの腕を握った。
カタン ・・・ 銃が部屋の隅の床に転がり落ちた。
「 ・・・ フランソワ−ズさん ・・・ 」
「 アンナ ・・・ ママは・・・ 」
「 ママ・・・ 」
「 私は ・・・ 明晰な頭脳も富も名誉も地位も・・・ すべて手に入れたけれど。
・・・ 愛だけが ・・・ 愛だけは得ることができなかったわ・・・
誰も 私を愛してはくれなかった・・・ 愛したオトコも ・・・私を捨てて行ったわ・・・ 」
黒衣の女性は 呆然と呟いた。
「 愛は得るものではないわ。 」
フランソワ−ズはジョ−に肩を貸し、二人は支えあって立ち上がった。
「 愛は ・・・ もらうだけじゃないわ。
愛されるだけが すべてじゃない。 自分から愛そうとしなければ・・・ 」
「 自分から・・・愛する ・・・ ? 」
「 ママ! ママは ・・・ アンナのことを愛して下さったじゃない?
ママは 本当はとても優しい・・・温かい心のヒトだわ! 」
「 ・・・ アンナ ・・・ わ・・・わたしは ・・・ 」
− ポトリ ・・・ ポト ・・・ ポト ・・・
黒衣の女性、いや、ジュリア・マノ−ダの瞳から大粒の涙が落ちた。
「 ・・・ アンナ ・・・ ママの、私のやってきたことは許されることでは ・・・ ないわ。
ギルモア博士。 アナタの<コドモ達>と一緒に どうぞアンナを連れて
・・・ この氷の基地から脱出してちょうだい。 」
さっとドアに駆け寄ると、彼女は大きく開け放った。
「 ・・・ 自分の始末は自分でつけるわ。 ・・・さあ、早く! 」
「 ジュリア。 」
ギルモア博士はジュリア・マノ−ダをじっと見つめた。
「 ・・・ 嫌いな女性と・・・枕を交わせると思うのか。
ワシはそんなに器用な男ではないよ。 」
「 ・・・ アイザック ・・・ 」
「 ・・・ ありがとう・・・ ヒトとして・・・死ねるわ。 」
「 ・・・ ジュリア ・・・ 」
二人は 全ての、今までの全ての想いをこめて見つめあい・・・
やがて、ジュリア・マノ−ダは部屋の奥へと身を翻した。
・・・ わかったよ、ジュリア。 なにも・・・言うまい。
さらば・・・!
ゴゴゴ ・・・ ゴゴゴゴゴ〜〜〜〜!!!
やがて 基地の奥から不気味な振動が伝わりだした。
博士とサイボ−グ達を乗せたドルフィン号の姿が見えなくなるのを計っていたかのように
雪と氷に守られた巨大な基地は 大音響とともに崩れ去った。
ドルフィン号は 雪煙を蹴って悠々と大空に舞い始めた。
オ−ロラが するすると降り、全てをその華麗な姿の下に隠し
・・・ ステ−ジは ・・・ 終った。
「 ・・・ねえ、ジョ− ・・・
アンナさん、栗島のご両親とこれからも仲良くやってゆけるかしら。 」
フランソワ−ズがぽつりと言った。
「 大丈夫。 」
「 ・・・そう ? それなら・・・いいけれど。 」
「 うん。 あの人達はあの薄い色の髪と瞳の彼女を躊躇なく引き取って・・・
娘として育てたんだ ・・・ 愛がなければ できっこないよ。 」
「 ・・・ そうね。 」
「 ・・・ うん。
それに 二人とも迎えにきて涙を流して彼女を抱き締めてた・・・ 」
「 そうね・・・ 」
フランソワ−ズはゆっくりと上半身を起こすと 傍らにまどろんでいるジョ−の脇に
ぴたりと寄り添った。
「 ・・・ ジョ− ・・・ わたし。 あなたが生きている限り側にいるわ。 」
「 フランソワ−ズ ・・・ 」
「 ジョ−。 ・・・ わたしが編んだセ−タ− ・・・ 着てくれる? 」
「 ・・・ 今は きみ自身で暖まりたいな。 」
ジョ−はぱふん・・・とフランソワ−ズの胸に顔を埋めた。
− ぼくは この ・・・ きみの温かさがある限り生きてゆける・・・!
「 ・・・ きゃ ・・・ もう ・・・ ジョ−ったら・・・ ァ・ヤダ・・・ 」
セピアの頭が白磁の胸を愛撫する。
「 セ−タ−は ・・・次の冬までとっておこうよ。 」
「 ・・・・・・ 」
・・・・もうフランソワ−ズには 応えることが出来なかった。
春の夜は ・・・ 恋人たちの上に優しい闇の帳を下ろした。
********* Fin. *********
Last
updated: 02,20,2007.
index / back
***** ひと言 *****
93があまり活躍しませんでしたが・・・・ ( 汗 )
だ〜れも極悪人?にはしたくなかったのです。
そうか〜そんな事情があったんだね・・・って。
アンナさんも育ての親元に戻って欲しかったし。
私的変換ばかりですが・・・お付合いくださいましてありがとうございました<(_ _)>