『 極北 ( きた ) の国から  − (1) − 』

 

 

 

 

 

・・・ いいえ。 なにもないわ・・・・

白一色。  雪と氷だけ・・・

そう、 ここにはなにも ・・・ ない。

血の一滴 ( ひとしずく ) さえ 感じない不気味な ・・・ 白。

白は ・・・ そう、白は。

・・・ 白は ・・・・  死の色 ・・・・

 

 

 

「 ・・・ 根気よく捜そう。 ここに向かったことは確かなのだからな。 」

「 アルベルト・・・ 」

ぽん、と肩を叩かれフランソワ−ズはほっとした思いで振り返った。

舷側の窓から一心にながめていた景色は そのあまりの強烈な白さゆえに

彼女の眼にも ・・・ そして心にも冷たい痛みだけを残していた。

 

「 フル装備のドルフィンでやって来たんだ、じっくり腰を据えてとりかかろう。

 大丈夫 ・・・ ヤツはきっと先行してどこかに潜伏しているさ。 」

「 ・・・ええ ・・・ 」

「 気にするな。 だいたい・・・アイツはいつも女の子には甘すぎるのさ。

 彼女の境遇に同情しただけだ。 」

「 ・・・ ありがとう、アルベルト 」

もう一度、彼女の背中を軽く叩き、アルベルトはふいっとコクピットに戻ってしまった。

でもそのさり気無さが フランソワ−ズには心に沁みて嬉しかった。

 

  ・・・ そうよね。 きっと。 この北極海のどこかに・・・

  わたし 信じてる。 ・・・ ジョ− ・・・!

 

もう一度 白一色のモノト−ンな世界に視線を投げてから

フランソワ−ズは ・・・ いや 003はさっと踵を返しコクピットに向かった。

そう・・・ 今はミッションの真っ最中なのだ。

感傷に浸っているヒマなど ・・・ ない。

 

着氷したドルフィン号に音もなく霏々と細かい雪が舞い降り始めていた。

 

 

 

 

 

その年の冬は 例年になく足早にやってきた。

裏山の紅葉は色づいてすぐに雪の綿帽子をかぶり、温暖なこの地方の人々をたいそう驚かせた。

 

「 ・・・ 綺麗ねえ・・・! 」

紅葉の赤と雪の白との鮮烈なコントラストに フランソワ−ズは飽かずみとれていた。

「 うん・・・ でも、こんなのって珍しいよ。 」

「 そうなの?  そうねえ・・・ パリでも雪が降る時分には枯葉も落ちてしまっているわ。」

「 だろ? 今年はやけに秋が早いな・・・と思っていたらあっという間に冬になった・・・ 」

「 なにか ・・・ イヤな事の前触れかしら。 」

「 う〜ん ・・・ ずっと温暖化は懸念されているけれど、今年はまるで逆だものな。 」

ジョ−は急に霜枯れてしまった雑木林を見渡した。

「 なにもなければいいわね。 」

「 うん ・・・ しかし、これでは農作物にも相当被害があるんじゃないかな。

 フランソワ−ズ、きみ寒くない? そのコ−トじゃ・・・ 」

「 大丈夫よ ・・・ あ ・・・ 」

クシュン ・・・!

小さなクシャミに ジョ−はフランソワ−ズの肩をそっと引き寄せた。

「 ほら。 ちょっとは温かいだろう? さ、早く帰ろう。 」

「 ・・・ ええ ・・・。 ありがとう ジョ−。 

 あ、ちょっと待って。 これを・・・ 」

「 なに ・・・ パンくず? 」

フランソワ−ズはコ−トのポケットから紙袋を出し、中味をぱらぱらと撒いた。

「 ええ。 古くなったパンを砕いたの。 

 この寒さでは小鳥さんたち、エサがなくて大変でしょう・・・ 」

「 そうだね・・・ あ、ほら・・・ もうやってきたよ。 」

「 チチチチ・・・ さあ、仲良くお食べ。 」

「 こっちにも少しくれる? 」

「 はい・・・ あら、親子かしら。 鳩? 」

「 ・・・ウン。 まだ・・・ やっと飛べるくらいのヒナだね ・・・・ 」

ジョ−は 仲間達とは少し離れた場所におずおずと飛んできた親子づれの鳩に

そっとパンくずを投げてやった。

 

・・・ いいなあ。 お前は。 母さんと一緒で・・・

 

「 ・・・ なんだかお腹が減ってきたな〜  」

「 まあ、ジョ−ったら・・・。 そうね、もうお茶の時間だわ。

 オ−ツ・ビスケットを焼いたの、熱々のカフェ・オ・レとぴったりよ。 」

「 うわ〜 美味しそう♪  うんとあったまればきみのクシャミも

 どこかへ飛んでゆくさ。 」

「 ふふふ・・・・ そうね。 ・・・ クシュン ・・・! 」

「 ほら〜 もっと ・・・ こっちに来いよ・・・ 」

ジョ−はベ−ジュのコ−ト姿をぴたりと引き寄せ、裏山を降りていった。

ざくざくと彼らの足元で霜柱が崩れた。

 

後から思えば ・・・ その頃すでに異変は始まっていたのだ。

 

 

 

早めに訪れた冬は いつまでも居座り年が明けてもなかなか腰を上げようとはしなかった。

この国では皆が花を愛でる季節になっても まだそこここに雪が残っていた。

異常気象は世界中に広がり − それと同時に原油の生産が全くストップしてしまった。

 

   − 石油パニック ・・・

 

人々は 寒さと暴徒に恐れ慄きいつ果てるとも知れぬ暗い日々にじっと身を潜めていた。

それしか、本当にそれ以外対処の仕様がなかったのだ。

 

 

「 この邸は本当に快適だけれど・・・ 」

「 そうだね、博士の改良型・ソ−ラ−システムで随分と助かっているよ。 」

「 でも・・・ いつまでもこのままでは済まないでしょう? 」

「 ウン。 でも・・・どうしても原因が解明できないし。

ジョ−はリビングの暖炉周辺から燃えさしを掃き出した。

 

「 アナタ かわりィ〜は ナイでェ〜すか・・・ と〜♪ 」

「 グレ−ト・・・ 薪拾い、ご苦労様。 今、お茶を淹れるわね 」

「 これはマドモアゼル、感謝いたす。 また随分と枯れ枝が増えていたよ。 」

「 ・・・ムウ。 これでは山は全滅だ。 春だというのに新芽ひとつ見当たらない。 」

束ねた枯れ枝を担ぎ、グレ−トとジェロニモが裏口から入ってきた。

「 まったくなァ・・・。 日ごとォ〜 寒さが〜〜 ってな。 」

「 なあに、グレ−ト? それ・・・? 」

「 お? マドモアゼル、ご存じない? ジョ−、お前知ってるだろ? 」

グレ−トは箒をもったままのジョ−に問いかけた。

「 着てはァ〜 もらえぬ  せェたァを〜〜 」

「 ?? ・・・・ ああ・・・ なんかそんなナツメロがあったね。 

 あ、薪集め、ご苦労様〜〜 当分燃料には困らないな〜 ねえ?フランソワ−ズ 」

「 ・・・おお、なんとワカモノどもの現実的なことよ・・・

 演歌に篭められた女心の切なさも わからんとは! 

 マドモアゼル? このニブチンをなんとか教育したまえよ? 」

「 そうねえ・・・ でも着てもらえないセ−タ−をどうして編むの? 」

にこにこ問いかけるフランソワ−ズに グレ−トは大仰に肩をすくめた。

「 は・・・! 肝心の女心がこれではなあ・・・

 この殺伐とした世の中、せめて暖炉の炎を楽しもうではないか。 」

「 ふふふ・・・ じゃあね、ここに栗を入れるから。 焼き栗にして? 」

「 これはこれは。  焼き栗 ・・・ 冬の欧州の名物ですな。 」

グレ−トはほくほくして ジェロニモとともに暖炉の前に屈みこんだ。

やがて ・・・ 

ぱちぱちという賑やかな音とともに 芳しい香りが漂い始めた。

 

「 ・・・なにやら良い匂いじゃな。 ほほう・・・ 暖炉を入れたのか。 」

「 博士・・・ お茶にしましょう。 今日は焼き栗ができますのよ。 」

「 ・・・ マロン・ショ− ( marron chaud ) か。 なんだか懐かしいのう。 」

「 ぼくは ・・・ 焼き芋のがいいな ・・・ 」

ジョ−が遠慮がちに口を挟んだ。

「 大丈夫、 ちゃ〜んとお芋も入れてあるのよ? ウチの畑のサツマイモ♪ 」

「 わい♪  日本では冬にはやっぱり い〜しやき〜イモ〜〜〜 なんだ。 」

「 ふふふ・・・ あ、お茶を淹れるの手伝ってくれる? 」

「 うん、いいよ。 あ、ついでに戸締りの確認してくるね。 」

「 お願いね。 ・・・ まだ明るいのに・・・ 物騒な世の中になってしまったわ・・・ 」

「 ぼくも、この前みたいなきみの武勇伝はもう聞きたくないし。 」

「 ジョ−ォ? わたしだって ・・・ 二度とゴメンよ。 」

先日、略奪目当てに侵入してきた無頼どもを フランソワ−ズと大人は

事も無げにに撃退してしまった。

しかし

世の中の情勢は荒んでゆくばかりだ。

 

二人は一緒に邸のセキュリティ・システムを点検してからキッチンに戻った。

どんな日も どんな時も。

火があり食べ物がある場所は 人の心をほっとさせるものだ。

ジョ−はケトルに水を満たし、レンジにかけた。

「 明日になれば 皆集まるわね。 」

「 ・・・ そうだね。 」

ギルモア博士は 世界中の異変の解明とそれに伴う大パニックに備えようと、

メンバ−達に召集をかけていた。

もしかしたら。 

この大異変の裏に ヤツら が咬んでいないか ・・・ 

誰も口には出さなかったが 誰もが皆、疑い半ば・・・ 確信をもっていた。

 

「 ・・・ また ・・・ 闘いの日が・・・ 」

「 まだわからないよ、フランソワ−ズ。 

 さあ・・・ そんな顔はやめて? 微笑んでほしいな。 きみはぼくの・・・

 ぼくだけの太陽なんだから。 」

ジョ−はフランソワ−ズの身体に腕を回した。

ケトルが煮えたぎり、ピィピィと音を上げ始めた。

「 ・・・ ジョ−ったら ・・・ お湯が ・・・ 皆が ・・・」

「 いいじゃないか ・・・ 」

「 ・・・ あ ・・・ んんん 」

ジョ−はするりと彼女の頬に手をあてると その桜色の唇を盗んだ。

このひとときを ・・・・ この至福の瞬間を ・・・ !

ジョ−はフランソワ−ズの柔らかい唇の感触を、優しく絡みつく舌の温かさを

全身に沁み込ませていた。

「 ・・・ ちょ ・・・ だめ・・・ もう ・・・ これ以上は ・・・ あとで・・・ 」

「 もうちょっと ・・・ ねえ・・・? 」

ジョ−の片手が するりと彼女の襟元に忍び込んだとき。

 

  −  だれか ・・・ 来る!

 

「 ・・・え? 」

パシリ、と飛んで来た脳波通信に ジョ−ははっと彼女から身を離した。

「 外・・・ 下の国道を車が ココにむかって来ているの。 誰か ココに来るわ。 」

ジョ−の腕の中でフランソワ−ズはじっと眼を凝らしている。

「 誰・・・? 」

「 判らない。 知らない人よ ・・・ 女の人・・・だわ。  ― あ! 銃声!

 ―― いけない! 暴徒が ・・・! 」

「 ・・・ ワシも、行ってくる。 ジョ−、ご苦労だが・・・ 頼む。 」

駆け出そうとするジョ−の前に、ジェロニモがのそりと立ち上がった。

「 あ、うん、ありがとう! 君と一緒なら心強いや。 」

「 ムウ・・・ 」

二人の姿は たちまち赤い旋風となって出て行った。

 

 

 

「 栗島 安奈、といいます。 」

その女性は静かに立ち上がり、深く頭を下げた。

日本の姓を名乗ったが 薄い色の髪と瞳、そして抜けるように白い肌は

彼女が他国の出身であることを充分に示していた。

「 いきなりお訪ねしまして・・・失礼しました。

 その上、助けていただきまして・・・ 」

「 どうぞ、おかけになって? アンナさん・・・ 

 ご無事でよかったですね。  さあ、お茶でもいかが。 」

フランソワ−ズは微笑み、彼女の前にティ−カップを置いた。

「 ジョ−から聞きましたけれど・・・ この研究所になにか御用なのですね。 

 あ・・・ ごめんなさい、わたしは フランソワ−ズ・アルヌ−ルといいます。 」

「 フランソワ−ズさん ・・・ ええ。

 <世界中にパニックが起きたら、ギルモア博士の研究所を訪ねよ>って・・・

 それだけ書かれた不思議な手紙を受け取ったのです。 」

 

  − ガチャン ・・・!

 

カップが割れる音に全員が 振り返った。

「 ・・・ う ・・・ああ、 すまん ・・・ 手がすべって・・・ 」

一番奥のソファに座っていたギルモア博士の前に カップの破片が転がっている。

「 博士! あらあら・・・・ ちょっと失礼。」

「 博士。 どうなさったのですか。 」

フランソワ−ズは台布巾を取りにキッチンへ駆けてゆき、ジョ−は咄嗟にテ−ブル・クロスの端を持ち上げ

流れ落ちようとしている紅茶を堰き止めた。

 

「 あ・・・ ああ・・・。 こりゃ ・・・ どうもすまんかったな・・・ 」

「 怪我はありませんか? 」

「 い、いや・・・ 大丈夫じゃ。 ・・・ それで その手紙は ・・・ 誰からかの。

 あ ・・・ あ〜 アンナ ・・・さん ・・・ とやら。 」

「 <母より> とだけ。 」

「 ・・・ 母、じゃと ・・・! 」

ガタン・・・! 

博士が腰をかけているソファが大きく音をたてた。

「 ・・・ あの ・・・ 何かご存知でいらっしゃいますか。

 私 ・・・ 生みの母は小さな頃に亡くなったと聞かされていたので ・・・

 もう、なにがなんだか・・・。 それで とにかくこうしてお訪ねしたのですが。 」

「 博士。 栗島嬢の母上をご存知なのですかな。 」

「 ・・・ い ・・・ いや、知らん。 ワシは ・・・ なにも ・・・・ なにもわからん・・・! 」

「 ギルモア博士。  その手紙には・・・ このメモが入っていて。

 貴方にお渡しするように、との追伸が一行ついていました。 」

「 ・・・メモ、じゃと? 」

「 はい。 数字の羅列で私には何のことかさっぱり・・・

 でも・・・この単語は 北極のことですわね? 」

「 そ、そうじゃ・・・ そうじゃ・・・が ・・・! 」

「 なにか ご存知ではありませんか。 どうぞ、教えてください。 」

「 ・・・ し、知らん。 いや、わからん、ワシには ・・・ なにがなんだかさっぱりわからんよ

 ああ・・・ ちょっと失礼します・・・ すまん ・・・ 」

「 あ・・・ 」

メンバ−達があっけに取られている中、 ギルモア博士はそそくさと席を立ってしまった。

「 あら、博士 ・・・? お洋服は濡れませんでした?  」

「 あ・・・ いや・・・わからん ・・・ ワシにはなにもわからん・・・! 」

「 はい? 」

入り口であやうく鉢合わせしそうになり、眼をまん丸にしたフランソワ−ズを

一瞥もせずに博士は足早にリビングから去っていった・・・・

 

「 ・・・ なにか、 あったの? 」

「 さあ・・・ ぼくらにも全然 ・・・ 」

「 私・・・ 失礼なことを申し上げたのでしょうか・・・ 」

呆然と博士の後姿を見つめていたアンナ嬢が ぽつり、と言った。

「 いやいや・・・ お嬢さん。 今日の博士はちょいとヘンですな。

 お気になさらずに。 」

「 はい ・・・ ありがとうございます。 あ・・・じゃあ、私、これで失礼を・・・ 」

「 う〜む・・・ 今から一人でお帰りになるのは危ないですなあ。 」

「 そうね。 もうすぐ日も落ちますし・・・ 以前なら全然安全だったのですけれど

 最近は物騒ですから。 どうぞ、今晩お泊りになって? 」

「 ・・・え ・・・ そんな・・・ 突然やって来た見ず知らずのモノですのに・・・ 」

「 いやいや・・・ 妙齢のお嬢さんを放ってはおけませんよ。

 お家の方には こちらから連絡をしましょう。 」

「 ・・・ ご迷惑ばかりお掛けして・・・ すみません・・・ 」

アンナ嬢は丁寧に頭を下げた。

 

  ・・・ 泣いている?

 

彼女の白い頬にこぼれ伝う涙の筋を ジョ−はちらり、と眼に端で捕らえていた。

 

 

 

ふう・・・

ジョ−は大きくひとつ伸びをすると、モニタ−の前から立ち上がった。

いつもより冷え込むな、と思ったらカ−テンが半分引かれていなかった。

 

・・・ う〜〜ん ・・・ こんなトコかな。

これまでの資料を 明日ピュンマやアルベルトにも検討してもらって・・・

多分 ・・・ 北極行きが決まるだろうな。

また 闘いの日々、か・・・。

 

フランソワ−ズの吐息まじりの声がジョ−の心に蘇った。

・・・ 仕方ない。

それが 自分達の運命なのだ。

 

モニタ−画面を落とすと、ジョ−は窓辺に歩み寄った。

海の、波の音だけは いつに変らず穏やかに ・・・ 淡々と響いている。

殺伐としてきたこの頃、その単調さゆえに潮騒の音はなにか聞くものの心を和ませる。

 

しばらく このB・G・M ともお別れかな・・・

・・・ あれ ・・・?

 

ジョ−は閉めかけたカ−テンを 再び掃った。

リビングから一筋灯りがもれ ・・・ 前のテラスに人影が 見えた。

 

  ・・・ 誰だ ・・・?!

 

一瞬、不審者を疑ったが、すぐに彼の偏光レンズ眼はその人影を見分けた。

 

・・・ アンナさん・・・! どうしたんだ? 眠れないのか・・・

でもあの格好じゃ、風邪を引くよ。

 

ジョ−はカ−テンもそのままに、自分のベッドの上に放りなげてあったガウンをつかむと

自室を飛び出していった。

 

栗島安奈は 結局その夜、ギルモア邸に泊まった。

グレ−トが心配していた彼女の養父母に連絡をいれ、明瞭に ― 適度に虚言を混ぜ ―

彼女の外泊を報告していた。

その晩 ・・・

フランソワ−ズと大人の心尽くしの晩餐に、皆は舌鼓をうちアンナ嬢もすこしづつ

打ち解けていったが。

ギルモア博士だけは ・・・ とうとう最後まで姿を見せなかった。

 

「 何度もお呼びしたのよ。 でもね・・・ 資料の分析に忙しい、今手が離せないって。 そればっかり 」

「 ・・・ きっと 私がお邪魔しているせいですわ。 ごめんなさい・・・ 」

「 いやいや・・・お嬢さん。 ウチのご老体は研究中毒でしてね。

 興味ある問題にブチ当たると文字通り寝食を忘れてしまうのですよ。 」

「 そう・・・ そうなのよ。 あなたがお持ちになったメモね、

 きっとあれの分析に没頭していらっしゃるんだと思うわ。 」

しゅん・・・としてしまったアンナ嬢にグレ−トとフランソワ−ズが交互にとりなした。

「 ・・・ねえ、そうようね? ジョ−。 」

「 ・・・え! ・・・え あ、 ああ ・・・ そうだね。 」

フランソワ−ズに急に話を振られ、ジョ−は箸を取り落としそうになった。

「 ま〜あ。 もう・・・美人さんを前にすると、すぐコレですもんね。 」

「 ・・・って! 」

テ−ブルの下で フランソワ−ズはジョ−の腿につい・・・とツメを立てた。

「 美しい花には 誰もが心奪われるものだ。 」

ジェロニモがぼそり、と呟く。

「 ・・・ あら。 見慣れた花に興味はないのかしら〜 」

「 そ・・・そんなコトないよ〜。 きみはキレイだよ、花よりもずっとね。 」

「 お〜お・・・ 公衆の面前でヌケヌケと。

 お嬢さん? どうぞお気を付けください、このイロオトコの甘言に乗ってはなりませんぞ? 」

「 ・・・グレ−トぉ〜〜 」

やっと和やかな笑いが食卓に満ちた。

 

 

 

・・・ 寒いな。 そうか、ヒ−タ−は切ったんだ・・・

 

リビングに入り、ジョ−はすぐにその寒さに気がついた。

最近までこの邸は 全館暖房で年中快適な温度に保たれていた。

しかし、現在は昨今の騒然たる世相を懸念し、灯りもヒ−タ−も毎晩早めに落としている。

 

それにしても ・・・ この寒さは・・・

ああ、テラスへのドアが開いているんだな。

 

リビングから海を望めるテラスには 人影があった。

星明りにも艶やかな薄い色の髪が 背に流れている。

彼女は じっと ・・・ 暗い海原を見つめているようだった。

 

「 ・・・ アンナさん ・・・ 寒くありませんか。 」

「 ・・・! ・・・あ、ああ・・・ 島村さん ・・・ 」

びくり、と振り返った栗島 安奈嬢の瞳にはすぐに安堵の色が浮かんだ。

「 ちょうど・・・ ぼくの部屋からここが見えるんですよ。 

 人影が ・・・ 誰かと思った・・・ 」

「 え・・・ あの・・・ すみません。 なんだか眠れなくて・・・

 お水を頂きにキッチンまで降りてきたんですけど ・・・ 急に海が見たくなって・・・ 」

「 でも ・・・ 寒いでしょう? あの・・・イヤじゃなかったら・・・これ・・・ 」

「 あ・・・ これ・・・? 」

ジョ−は握ってきたガウンを彼女の肩にふわり、と掛けた。

「 すいません・・・ ぼくのなんですけど・・・ その・・・ 」

「 ・・・ ありがとうございます。 ・・・ ああ、温かい・・・ 」

アンナ嬢は素直に ジョ−のガウンを羽織った。

「 海 ・・・ お好きなんですか? 」

「 え・・・ええ。 子供の頃、ずっと海に近いところで育ちました。

 淋しい時とか悲しい時 ・・・ いつも一人で海を見て波の音を聞いていましたわ。」

「 ああ・・・ ぼくも ・・・ 海が好きです。 」

「 私 ・・・ 養女なんです。 私、施設で育てられました。

 実の親は生まれてすぐに亡くなった、と教えられてきましたが・・・

 本当は 捨てられていたらしいのです。 」

「 ・・・ え ・・・・ 」

「 アンナ、という縫い取りが産着にしてあったそうですわ・・・ 」

「 ・・・ そうなんですか ・・・ 」

「 そこの施設から栗島の、今の両親に貰われてゆきました。

 ええ・・・今のパパとママはとても優しく良い人達ですけれど・・・ でも ・・・ 」

「 ・・・ 施設 ・・・ ですか ・・・ 」

「 はい。 ・・・でも もし。 生きているなら・・・ 本当のお母さんに会いたい。 

 もし、北極にお母さんがいるなら ・・・ 一人で、でも行きたい・・・・! 」

「 ・・・ アンナさん・・・ 」

アンナの肩が震えている・・・

ジョ−は反射的に手を差し伸べたが、その腕はそのまま宙に浮いていた。

 

  そうか ・・・ なにかぼくの心にひっかかっていたモノ・・・

  それは 彼女のあの淋しい色の瞳だったんだ・・・

  施設育ち ・・・ ぼくも ・・・ ぼくも ・・・ ひとりで海を見つめて

  こころの中で お母さんって何百回、いや何万回 ・・・ 呼んだだろう・・・

 

振り返った彼女の頬には やはり幾筋かの涙の跡が光っていた。

「 ごめんなさい・・・ 勝手なことばっかり言って・・・ どうぞ忘れてください・・・

 ・・・ あ ・・・ クシュン ・・・! 」

「 ほら・・・やはり寒いのでしょう? さあ・・・中へ ・・・ 」

「 はい ・・・ すみません。 ・・・ あ! 」

「 おっと・・・ 」

振り向いた途端に、長めのガウンの裾にアンナは足元を取られた。

ふわり ・・・ 

フランソワ−ズとはちがった香りが ジョ−の腕の中にはまり込んだ。

「 ・・・ 大丈夫ですか。 」

「 あ・・・ ごめんなさい・・・! 」

「 泣かないで・・・ きっと君のお母さんは・・・ 生きて ・・・ 」

「 ・・・ 島村さん ・・・ ごめんなさい、ちょっとだけ・・・

 あなたの胸を貸してください・・・ ほんのちょっと・・・ 」

「 ・・・・・・・ 」

ジョ−は声を押し殺して泣く彼女の身体に ふんわりと腕を回した。

 

 

 

 

「 ジョ−?  ・・・ お茶を如何。  あら? 」

密やかなノックとともにフランソワ−ズは細目にドアを開けた。

「 ・・・ つい・・・さっきまでキ−ボ−ドの音がしていたのに・・・ 」

灯りは点っているが主のいない部屋で まだ窓辺のカ−テンがほんの少し揺れている。

「 ヘンねえ・・・ 外へ? ・・・まさか・・・ 」

お茶のトレイをジョ−の机に置くと フランソワ−ズは窓辺に近づいた。

半分、開けっ放しのカ−テンに手をかけ ・・・ 何気なく視線を外に向けた。

 

 ・・・・ あ ・・・ !

 

カ−テンを引く手が 止まった。

脚が ・・・ そんなに寒くないのにかくかくと震えだした。

カサリ・・・紙袋がフランソワ−ズの足元に落ち、中から明るいブル−の毛糸玉が零れ出た。

まだカタチを成していない編み物の端が すこし解けてしまった。

 

 ・・・ ジョ− ・・・ どうして ・・・?

 

口の中が ひゅ・・・っと干上がり 舌が縺れ ・・・ 閉じてしまいたいのに 瞳は

張り裂けんばかりに見開かれたままだ。

 

窓から斜に見下ろせるリビングのテラスで。

ジョ−と あの娘が 栗島安奈が 抱き合っていた・・・・

 

フランソワ−ズは必死で自分の口を押さえ 震える脚を無理矢理に動かし

そっと ・・・ ジョ−の部屋から出て行った。

 

 

 

・・・ あれ。 カ−テンを引いておいたっけ?

 

ジョ−は自室に戻り、ふと首をひねった。

なんとかアンナ嬢を落ち着かせ、階下の客用寝室に送り届けた。

静まり返った廊下を戻ってきた時には そろそろ日付も変る時刻になっていた。

溜息をひとつ、そしてジョ−はぼすん・・・とベッドに腰を下ろした。

 

あ。 フランソワ−ズ・・・ 持ってきてくれたのか・・・

 

机の上にティ−・ポットを載せたトレイがあった。

最近、二人で過す夜には まず温かいお茶を楽しむのが習慣になっていた。

 

なんだか ・・・ 申し訳なかったな・・・ 

 

ティ−・ポットは すでに冷え切っている。

ジョ−はぼんやりと伏せたままのペア・カップを見つめていた。

不意に 眼の端に何か ・・・ 鮮やかな色彩が映った。

 

・・・?

 

机に下にジョ−は手を伸ばし ― 拾い上げたのは毛糸玉。

それは。 ジョ−の好きな明るい青・・・ そう、彼女の瞳の色だった。

 

・・・ フランソワ−ズ ・・・

 

 

「 ・・・ ジョ−? ・・・ まだ、起きているかね。 ちょっといいかの。 」

「 ・・・ 博士?! 」

低いノックの音に、ジョ−ははっと我にかえった。

「 どうぞ。 ・・・あの? 」

「 ・・・ ジョ−。 」

「 博士 ・・・ あの、どこか具合でも・・・ ? 」

ドアを開けたジョ−は そこに立ち尽くしている博士を見て息を呑んだ。

ギルモア博士は ・・・ 急に一回りも小さくなり、老け込んだように感じられた。

「 う ・・・ いや。 ワシは大丈夫じゃ・・・ 

 ジョ− ・・・ すまんが。 その ・・・ 頼みがあっての。 」

「 はい? あ、どうぞ中へ。 廊下は冷えますから。 」

ジョ−は博士を自室に通し そっとドアを閉めた。

 

 

「 ・・・ わかりました。 任せてください。 」

「 おお ・・・ やってくれるか・・・ 申し訳ない・・・ 本当に・・・

 ワシの問題に君を巻き込んでしまう・・・ じゃが・・・ 」

「 博士。 これは博士個人の問題ではないと思います。

 これが現在の状況打破のキ−になるなら ・・・ ぼくは喜んで。 」

「 ・・・ 頼む ・・・ 頼む・・・ ジョ−・・・! 」

「 ・・・・・・ 」

ジョ−は黙って震える博士の手を握った。

 

   − やはり・・・ 闘いの中に飛び込んでゆくのが宿命なんだ。

 

 

暦の上ではとっくに春だというのに ひどく凍て付く夜、

海を望むギルモア邸では 何人もの住人が眠れぬ時を過していた。

身体の寒さより 心の寒さに ・・・ ひとり・ひとりが 凍えていた。

 

明日から ・・・ また、闘いの日々が始まる。

 

 

Last updated : 02,13,2007.                         index       /       next

 

 

*****  途中ですが・・・

すみません〜〜〜 またまた終わりませんでした。( 大泣 )

はい、例のあのお話であります。 

あれって・・・・博士のろぉまんす??? かもな〜〜〜なんて思ったのがそもそもの。

管理人は理系はからっきし・・・ですので後半も<物理学的理屈>につきましては

一切 頬被りを決めこみますので〜〜 どうぞお見逃しくださいませ。

あと一回 ・・・ 宜しければお付合いくださいませ。 <(_ _)>