『 夜想曲 ― ノクターン ―(2) 』
******* お詫び *******
平ゼロ設定、のつもりなのですが・・・
一部、原作設定が混じってしまいました。
( すぐにお判りと思いますが・・・ )
どうぞ お目を瞑ってくださいませ〜〜〜 <(_ _)>
「 ・・・ ジョー さん?! もしかして ・・・ ミスター・ジョー・シマムラ?? 」
甲高い呼び声に ジョーは思わず振り向いてしまった。
両側の立ち樹が豊かに枝葉を広げ 緑のトンネルを作っている道を女子学生が駆けてくる。
「 やっぱり! ジョーさん、・・・ジョーさんね! ハァ・・・・ 」
「 ・・・? あの ・・・? 」
ジョーは立ち止まり、 彼女が息を整えるのを待ったが ― どうも見覚えのない顔だった。
・・・ しまった・・・ 気づかないフリをすればよかった・・・!
ジョーは相変わらずの長めの前髪の陰でひそかに舌打ちをしていた。
この大学に聴講生として通い始めて3ヶ月、 ぼつぼつ顔見知りも増えた。
同窓生たちはお国柄なのだろう、だいたいが陽気で人懐っこいのだが、ジョーはなるべく親しくなるのを避けていた。
自分の特殊な事情もあったし、 なにより学業に忙しく ― こっそり補助脳の助けを借りても講義についてゆくの
はかなりの難業だった・・・! ― 遊んでいるヒマはなかったのだ。
だから 今、はあはあ大息をついている彼女とも面識はない・・・と思っていた。
「 あの・・・? すみません、どなた・・・でしたっけ? 」
「 ・・・はァ・・・ え・・・イヤねえ、忘れてしまったの? まあねえ、もう何年も前ですものね。
でも〜〜 本当に覚えてない? 」
「 ・・・ すみません。 」
ぺこりと頭をさげるジョーに彼女はじれったそうに足踏みをした。 褐色の髪が肩口から零れる。
青い瞳がにこにこ笑って・・・くるり、と回った。
「 う〜ん! それじゃ、ヒント。 @ 寒いさむ〜〜い場所で会いました。 A アナタも私も赤い色の服を
着ていました。 ・・・ どう? 」
「 ・・・ ?? ・・・・ 」
「 う〜〜ん〜〜! それじゃラストね! B 私はパパと一緒でした。アナタはお仲間と一緒でした。 」
「 ・・・! あ。 シンシア ・・・・? 」
「 あたり♪ 」
明るく笑う彼女には あの凍て付く地で出会った陰鬱な少女の面影はどこにもなかった。
ただこの地の空にも似た青い瞳だけが 微かにジョーの記憶の底にあった。
「 ・・・ き、奇遇ですね。 こんなトコで会うなんて。 シンシアさん、ここの学生ですか。 」
「 ええ、そう。 ジョーさんとは学部が違うけれどね。 奇遇だ、なんてや〜だ、ジョーさんが
ここの留学してますって教えてくれたのはギルモアのおじ様よ? 」
「 ・・・ え。 そ、そうなんですか。 」
「 ほら、ウチの父とは旧友だから。 」
「 そうでしたね。 お父上はお元気ですか。 」
「 パパ? え〜え、元気よ〜〜 今、ファームにいるけど。 」
「 ファーム ??? の、農場、ですか? 」
「 そ。 あの時以来ね、すっかり機械工学に嫌気がさしたらしくて・・・メカ相手はすっぱり止めたのよ。
それで大地を相手にし始めたってわけ。 自然は裏切らないもの。 」
「 ・・・はあ・・・ 凄いですね・・・ 」
「 ねえ、ジョーさん達こそ・・・皆さんお元気? あの綺麗な方は? たしかフランスの方だったでしょう。 」
「 え・・・ええ。 皆元気にやってます、お陰さまで・・・ 」
ジョーは あれ? と思ったが差し触りのない受け答えをしていた。
― シンシアは フランソワーズと出会ってはいないはずだぞ・・???
何気なく目の前の女性を観察したが ・・・ 特に怪しい点は見当たらない。
「 あの坊やも大きくなったでしょうね。 やっぱりパパに似てきた? 」
「 ・・・ え ・・・ パパ? 」
「 ええ。 ほらあの・・・そっくりな銀髪さんの方よ。オトナ〜の男性ってカンジで素敵だったわあ。
でもあんな綺麗な女性 ( ひと ) が奥様ならしょうがないな〜って思ったけど。 」
「 ・・・ えええ ??? 」
「 あっと! いけない! 午後の講義に遅れるわ。 ジョーさん! また会えるといいわね! 」
「 ・・・ あ ・・・は、はい・・・・ わ・・?! 」
軽く頬にキスを掠めると、シンシアはますます明るい笑顔を残し ぱっと駆け出してしまった。
「 ・・・ あ! シ、シンシアさん・・・?! 」
ジョーは呆然と 木漏れ日の中、立ち尽くしていた。
・・・ な、なんだってェ??? お、奥様 ? 誰が 誰の、だよ!?
「 ・・・ ジョー! ここにいたの。 」
「 ・・!??! 」
今度は後ろから聞き慣れた声が降ってきた。
「 フ、フランソワーズ ?! 」
「 どうしたの? ぼんやり突っ立って・・・ この道になにかあるのかしら。 とても綺麗だけど・・・ 」
慌てて振り返った彼の目の前には、亜麻色の髪を煌かせ愛しいヒトが微笑んでいた。
・・・ あれ。 フランってば こっちに来てんだっけ?
一瞬、疑問に思ったけれど彼女の笑みに ジョーのこころはたちまち蕩けてしまった。
ちらちらと木の合間から降り注ぐ光に彼女が白い手を伸ばす。
「 ふふふ・・・掬い取れそうねえ。 イワンがいたら大喜びしそうだわ。 」
「 イワンが・・? 木漏れ日に、かい。 ・・・そうなあ・・・? 」
「 ええ。 このごろ歩く範囲がどんどん広がってきて。 もう大変なの。
動くものになんでも興味があるみたいで・・・ ふふふ・・・とっても可愛いのよ。 」
「 ・・・ 歩く? イワンが? あの ・・・・ いま、何処にいるの。 」
「 え? イワン? パパと遊んでいるわ。 表の芝生で。 ここは本当に綺麗なキャンパスねえ。 」
「 ・・・ ぱぱ ・・・!? 」
「 そうよ。 仲良しなのよ、あの二人。 ふふふ 男同士、がいいんでしょ。
ねえ、そんなことよりも。 ジョー、お勉強の調子はどう? 念願の留学生活、楽しんでる? 」
「 え・・・ う、うん・・・まあまあ、かな。 」
「 そう、よかったわ。 ええ、ずっと信じていたけど・・・ ジョーは立派に博士の後を継いで
ギルモア研究所をやってゆくヒトだって。 皆も応援しているのよ。 」
「 う・・・うん ・・・ あの。 フランソワーズ、き、 きみは・・・いま? 」
「 わたし? ええ・・・平凡だけど、主人と子供と一緒に暮らせて幸せだわ。 」
「 しゅ・・・主人?? 」
ジョーはもう頭の中は真っ白で 一番インパクトの強い言葉をオウムよりもヘタクソに繰り返すだけだ。
「 そうよ。 ジョーは 009 だから。 9番目の仲間だから・・・知らなかったのかしら。
イワンは アルベルトとわたしの子供なの。 」
「 ・・・ え ・・・・! 」
「 そうねえ・・・あの時、慌しかったから。 最後に参加したジョーには詳しく自己紹介しているヒマ、
なかったわよねえ。 その後もばたばたしていたし ・・・
あら? あのヒトだわ。 ここよ〜〜〜 」
フランソワーズは ぱっとジョーから視線を外すと満面の笑みを浮かべ道の奥へ大きく手を振った。
「 まあまあ。 イワンったら遊び疲れてねんねしちゃったのね・・・ 今、行くわ〜〜 」
「 あ ・・・ ふ、フランソワーズ ぅ ・・・・ 」
「 ジョー、またね。 博士によろしく。 イワン〜〜 アルベルト〜〜 」
「 ・・・ あ ・・・ 」
ジョーは 亜麻色の髪を靡かせ、光の中を走り去ってゆく後ろ姿を ただただ呆然と見送っていた。
・・・ 009だから。 9番目だから。 最後に仲間になったから・・・!
・・・は アルベルトとわたしの ・・・ なの。
ジョーは知らなかったでしょうけれど・・・ 009だから・・・
彼女の言葉だけが がんがんと頭の中に響いていた。
「 ・・・ウソだ・・・! そ、そんなこと、聞いてないぞ! あ・・・でも ・・・
でも。 ぼくは 009 だから・・・ ラスト・ナンバーで ・・・ 知らないことばかり・・・ 」
ほんの数分前までの意欲に満ちた朝は あとかたもなく消え去ってしまった。
009 ・・・だから ・・・!?
「 ゼ ・・・ゼロゼロ ナイン だか・・・ら・・・ だからって どうして・・・ 」
・・・ ぅ ・・・う −−− ん ??
ルルル ・・・ ルルル ・・・ ルルル ・・・!
・・・ う、煩いなあ。 もう午後の講義が始まるのかな・・・ それにしてもこんな近くで聞こえるなんて?
ジリジリジリジリ 〜〜〜〜!!!
「 ・・・ ラスト・ナンバーだからって そんな ・・・ え??! 」
ジョーはがば!っと身を起こした。
「 ・・・ あ・・・? あ・・・れ? 」
彼の目の前にはしっかり抱きしめていた枕が ぼとん、と落ちていた。
ジョーは。 かがやく秋の朝日の中 ― ぼ〜〜〜っと自分のベッドの上にいる彼自身を発見した・・・!
「 あ・・・ゆ、夢かあ ・・・・ 」
はあ −−−−−− !
やたら大きな吐息を吹き上げ ジョーはもう一度ベッドに上に倒れこんだ。
よかった・・・! ああ・・・よかった〜〜〜 夢だったんだ!
道理でなんだかヘンだなあ〜って思ってたんだけど・・・
冷や汗が安堵の溜息でひっこんだところで ジョーはもぞもぞ起き上がった。
そうだよ・・・ 昨夜 こんなんじゃとても眠れないや・・・って思ってさ ・・・
寝酒でもひっかけるか いっそ徹夜しようか・・・なんてウロウロしてたのに。
― どうして 眠っちゃったんだ??
ジョーは う〜ん・・・・!と朝日の中で伸びをしてとんでもない悪夢を追い払おうとした。
目の前には初秋の海が まだ夏の華やかさをとどめ煌いていた。
昨夜 ― あまりに息の合った二人、 アルベルトのピアノで踊るフランソワーズの姿は
ジョーにとって激しくインパクトがあったのだ。
― 二人は 真剣だった。
互いの分野で意見をぶつけ合い、耳を傾けつつもはっきりと自己主張し・・・
彼らが真剣であるが故に ジョーには余計にショックだった。
ぼくには 入ってゆけない世界、なんだなあ・・・
フラン ・・・ 本当に綺麗だよ・・・!
そっと溜息を呑み込み、改めて彼女に見惚れていたのだが。
思わず洩らしてしまった 留学 の話も かえって不安の元になってしまった。
「 凄いわ! ビッグ・チャンスじゃない、ジョー ! 」
満面の笑みで 自分自身のことみたいに喜んでくれた彼女 ・・・
それはとっても嬉しかったのだけれど。
「 ほう? やったな、ジョー。 しっかり勉強してこい。 」
日頃あまり表情を変えない彼も にやり、と笑いばん!と背を叩いてくれた。
それは本当に嬉しかったのだけれど。
二人の祝福の笑顔を 微塵も疑ったりはしていないのだけれど・・・
・・・ ぼくが このウチからいなくなるのって。 ・・・ 全然平気なのかな。
ぼくは ・・・ 必要なヒトじゃ ・・・ないんだ・・・
ジョーは自分自身が決めかねているので なおさら妙な具合に気を回していた。
彼にとって新しい道が開けるのは、それは勿論嬉しいことなのだが、
同時に やっと味わうことができた <家庭> と。 <愛する・自分だけのひと> は
なにものにも代え難いものだったのだ。
「 こういうの ・・・ 女々しいっていうのかな。 でも・・・ぼくには。 」
ジョーは朝から深い深い溜息をもらす。
かつてなんにも持っていなかった少年は どんな時にも勇敢だった。
失くすものがないヒトは ・・・ 恐いモノなんか ない。
今 両手にタカラモノを抱えて ジョーは。 立ち竦んでいる・・・
― どうしよう ・・・
昨夜、ようく考えるはずの難問には まったく答えが出ていなかった。
「 あ、お早う、ジョー。 」
「 おう、早いな。 時差ボケは解消したか。 」
「 ・・・ お、お早う・・・ 早いんだね ・・・その、二人とも。 」
一生懸命 <いつもどおり> な顔で 何気ない足取りで ― ジョーはキッチンに顔をだした。
いつもいい匂いがして いつもほわ・・・っと温かく いつだって笑顔の彼女がいる 場所。
彼にとってこの邸で一番好きな 場所。
朝は苦手だけれど、ジョーは毎朝わくわくしつつ キッチンに降りてくるのだが。
今朝は先客が いた。
朝の早い 先客 は悠々とコーヒーを啜り 新聞を広げている。
「 ジョー? コーヒーはブラックでいいのでしょ。 」
「 ・・え?? あ ・・・う〜ん ・・・えっと。 カフェ・オ・レにしてくれる。 」
「 へえ・・・ 珍しいのね。 いいわ。 」
「 うん ・・・ 同じがいいかな〜って。 ・・・その ・・・きみと、さ。 」
何気に呟いてみせ、大いに目の前の二人の反応を期待したのだが。
「 あら、そう。 」
「 ・・・・・・・・ 」
朝の空気は静かで平穏なまま。 ジョーの気負いはたちまち萎んだ。
「 ジョー? 時差ぼけが治ったなら、車を出してもらえるかしら。 」
「 うん、いいよ。 ・・・あれ?? そういえば・・・・レッスンは? その・・・アルベルトも一緒なんだろ。 」
「 ・・・・ え? 」
「 今日は日曜だ。 お前、まだ時間の切り替えが出来てないぞ。 ちゃんとセットしなおしたか。 」
アルベルトがつんつんと頭を突ついている。
「 ・・・ゥ・・・ まだ、だった・・・・ 」
「 あらら・・・ それで昨日は夜もが〜が〜寝ていたのね。
お夕食にも降りてこないし・・・夜食持っていったら ぐっすり、だったもの。 」
「 え! き、きみ・・・ぼくの部屋・・・・ 来たの? 」
「 ジョー。 ドア、開いてたわよ。 それにね、ジョー。 ちゃんと着替えて寝て頂戴。
シャツもズボンもシワシワよ? パジャマじゃないのよ。 」
「 あ! ・・・ご、ごめん ・・・ 」
「 別に家族だけだからいいけど。 でもあのシャツ、お気に入りだったでしょう? 」
「 あ・・・ う、 うん ・・・ 」
そっか。 脳内のタイム・メモリーの調節、忘れてたんだ・・・
・・・ この身体も結構不便だよなあ。
ジョーはぼんやり自分のシャツの裾を引っ張っている。
「 おい、俺が車、出す。 コイツはまだ夢の中、らしい。 フラン、そろそろ仕度してろ。 」
アルベルトがばさり、と新聞をたたみ、残りのコーヒーを飲み干した。
「 あら、そう? そうねえ・・・お迎えに行って事故っては大変ですものね。
それじゃ ジョー? お留守番おねがい ・・・ 」
「 だ、大丈夫だよ! 博士とイワンのお迎えだろ? ぼ、ぼくが行く! 」
ジョーは勢い込んで ぶんぶんと頷いた。
「 まあ・・・・。 ふふふ・・・それだけ元気なら大丈夫ね? 」
「 ウン! 」
「 ふん、ともかく運転だけは気をつけろ。 お前一人の問題ではないんだからな。 」
「 わかってるよ。 車、出しておくね。 」
「 ジョー、朝御飯! せめてカフェ・オ・レくらい飲んで行って。 あなたのリクエストなのよ。 」
「 あ・・・う、うん ・・・ 」
ジョーは慌ててテーブルの前座ると 差し出されたマグ・カップを取り上げた。
「 ・・・ アチ・・・! 」
「 いやぁねえ・・・子供みたいよ? じゃあわたし、ちょっと着替えて来るわね。
あ、アルベルト。 なにか買い物、ある? リクエストがあればついでに寄ってくるわよ。 」
「 いや、いい。 帰りは博士とイワンを乗せているんだ、寄道せずにさっさと戻れ。
二人は疲れているはずだ。 」
「 あ、そうね。 一週間大変だったでしょう・・・ 今晩は博士のお好きなものを作るわ。 」
「 それがいいな。 ご老体に時差ボケはキツいだろう。 」
「 ・・・ そうねえ・・・ 博士もお年だし・・・ 」
― ガタン! ガチャン ・・・
ジョーが突然立ち上がった。
「 ぼ、ぼく! 博士を少しでも助けるために ・・・ 」
「 ?? ジョー?? なあに、急に。 あら、もう飲み終わったの? 急いで用意してくるわね。
じゃあ、行ってきます。 」
「 ああ。 気をつけて・・・ 」
フランソワーズは ごく自然にするり、とアルベルトに抱きつき彼も軽く抱き返す。
・・・ な! なんだよ・・・ッ!
ぼくの目の前で わざわざ ・・・ そんなコト・・・!
「 あの! 」
「 ああ? なんだ、ジョー。 あ、お前の車な、借り賃がわりに整備しておいたぞ。 」
「 ・・・ へ? あ・・・ ああ・・・・ ありがとう ・・・ 」
「 ふん。 ほら、はやく行ってこい。 」
「 う・・・ うん・・・ イッテキマス・・・ 」
ジョーは 朝っぱらからひどく疲れた気分でのろのろとガレージに下りていった。
ほんの一週間留守にしていただけなのに、季節はかなり進んだ・・・とジョーは思った。
フランソワーズを助手席に乗せ、一応は< お迎え > の任務だけれど、
二人だけのドライブは久しぶりだった。
少し開けた窓からの風が エアコンよりもずっと快適な空気を運んできてくれる。
「 ああ ・・・ いい気持ちねえ・・・ 」
亜麻色の髪を初秋の風が さらり、と梳いてゆく。
フランソワーズはいつもより少しばかりオトナっぽい服装をしていた。
普段は肩に垂らしている髪も 軽く結ってレースのリボンをむすんでいた。
ジョーは ふらふら視線が彼女の方に彷徨ってゆくのを必死で軌道修正しようとしていた・・・!
・・・ なんか・・・ すごく、すごく いい・・・! ちょっとオトナっぽくて・・・
いつもも素敵だけど。 スーツみたいだな、うん、博士のお迎えだもん。
わあ、ブラウスがふりふりで可愛いなあ〜・・・
「 ・・・ ジョー。 ちゃんと前、見て? 」
「 あ・・・うん。・・・もうすっかり秋なんだね。 先週出発したときにはまだちょっとは夏っぽかったのに。 」
「 ・・・ まあ ・・・ ジョーがそんなこと言うの、珍しいわねえ。 」
「 え・・・そ、そうかな。 ぼくだって・・・季節の移り変わりくらいわかるさ。
なんたってここはぼくの生まれ育った国だもの。 」
「 あらぁ そう? だって昨日、同じ道を帰ってきたのでしょう?
その時にはなんにも気がつかなかったの? 」
「 ・・・ あ・・・う、うん ・・・そのゥ・・・いろいろ考えゴト、してて・・・ 」
「 あら〜 いくらジョーでも危ないわよ。 」
「 うん ・・・ごめん ・・・・ 」
昨日、この道を ― ずっと。 <我が家>までずっと。 ジョーは彼女のことで頭がいっぱいだった。
こっそり帰って 驚かそう てきぱき荷物を片付け 感心させよう
学会での講義録を 彼女にも見せよう ・・・・
ジョーはあれこれ、プランを練りつつ、一人で悦に入っていたのだ。
― もし。 昨日、車内を覗いたヒトがいたとしたら。
かなり紐が解けた・のほほ〜んとした笑顔の茶髪青年の運転に 肝を冷やした・・・かもしれない。
つまり ジョーは。 帰り道に風景なんぞまったく目に入ってはいなかったのだ。
「 え? まあ どうして謝るの? 可笑しなジョーねえ・・・ 」
「 え・・・ あ・・・ ごめ・・・ あ。 」
「 ふふふ・・・ やっぱりまだ時差ボケなの? あ。 そうそう・・・これ。 はい。 」
「 ? 」
フランソワーズはバッグの中から小さな包み取り出すと フロント・ガラスの前にちょこんと置いた。
「 ・・・ なんだい。 」
「 ジョーのリクエスト。 」
「 ぼくの・・・? 」
「 ええ、そうよ。 とっておいてくれ、って言ってたでしょう。 」
「 ・・・?? ・・・・ あ! 先週のバジル・クッキー ・・?! 」
「 ぴんぽ〜ん♪ あ、でもね、これ・・・今朝 焼いたの。 」
「 え・・・今朝?! すごいなぁ〜〜 ありがとう! ぼく、大好きなんだ♪ 」
ジョーは片手を伸ばし、包みを取ろうとした。
「 まあ、駄目よ。 運転中でしょ。 エア・ポートについてからにしてちょうだい。 」
「 う〜ん・・・またオアズケかあ〜〜 でも嬉しいな、焼きたてだ♪ 」
「 ふふふ・・・ ジョーってば急に帰ってくるから。今朝慌てて焼いたの。
先週のは皆食べてしまったのよ。 アルベルトもね、大好物なんですって。 」
「 え・・・ あ、そ、そうなんだ ・・・ 」
― すとん ・・・・
ジョーの弾んだ気持ちが ふわふわした風船玉がひとつ、ぺしゃんこになった。
・・・ 二人でお茶、してたんだ。
あの美味しいクッキー、つまんで。 二人っきりで・・・
「 ジョー? どうしたの。 やっぱりまだ時差ぼけが残っているのじゃないの?
運転、代わりましょうか。 」
「 ・・・え ! あ! そ、そんなコト、ないよ。 そんなこと・・・ 」
「 そう? ・・・ ああ、クッキーが食べたかった? ふふふ・・・大丈夫、ウチにも沢山あるから。
これねえ、博士もお好きなの。 だから安心してね。 」
「 うん ・・・いや! そ、そんなコトじゃないよ。
あ・・・ あの、さ。 今日の服、 素敵だね。 髪形もいいなあ、ちょっとオトナっぽい・・・ 」
「 え? あら・・・気がついてくれたの? 嬉しいわ。 ちょっとおめかししてみたの。
だってね、空港って誰と会うかわからないでしょう? ・・・一応 きちんとしなくちゃ。 」
「 へえ・・・そんなモンかなあ。 」
「 そんなモンです、シマムラさん。 」
「 はい・・・ アルヌールさん・・・ 」
ふふふ・・・っと見つめあい 微笑み合い。
ただそれだけ、手も握りあっていないけれど、ジョーはほんわか心が温まるのを感じていた。
「 ・・・あ、 そうだ! 昨日・・・すごくすっご〜〜く・・・キレイだった! 」
「 昨日? ・・・ ああ、あれ。 イヤだわ、アルベルトにさんざん言われちゃったのに・・・ 」
「 ぼく、彼みたく音楽にもバレエにも詳しくはないけど。 でも ・・・こう・・・見ててさ・・・
身体がふわふわしてきたんだ。 空中に浮いているみたいな気分だった。 」
「 え・・・ ほんとう、ジョー。 」
「 本当もなにも・・・あんなカンジ、初めてだったよ。 実際に空を飛ぶのとも違う感覚でさ・・・
う〜ん?? 夢の中を漂っているみたい、かな。 ・・・アルベルトとも そのう・・・
ぴったり息があってて・・・さ ・・・ やっぱり ・・・きみ達ってさ・・・ 」
「 ・・・ ジョーったら ・・・ジョー・・・ったら・・・ 」
「 うん、なに。 」
ジョーはチラとバック・ミラーで隣の席を見て 固まってしまった。
・・・?? あ! ヤバ・・・!
ぼく、またナンか 余計なこと、言ったのかな。 うわ・・・泣くなよ、泣かないでくれ〜〜
「 あ! あの! ご、ごめん〜〜 そのゥ・・・ 気に障ったら本当にごめ・・・ 」
ジョーは慌ててスピードを落とした。
― こりゃ どこかに寄って ・・・ 彼女が落ち着くまで待たなくちゃ。
「 ? ジョー? どうして止まるの。 」
「 え。 だって・・・ きみが、そのゥ・・・ なんか気分、害したみたいだし。 」
「 やだ、違うわよ。 ほら、ちゃんと運転して? わたし・・・嬉しかったのよ。 」
「 え・・・ 嬉しい・・? 」
「 ええ。 昨夜、ジョーったらじ〜〜っと黙って見てるっきりだから・・・
きっと随分退屈でつまらないのだろうな・・・って がっかりしていたの。 」
「 退屈だ、なんて! ぼく、自分の気持ちをどういう風に言ったらいいのか解らなかったんだ。 」
「 まあ・・・、そうなの。 あのね、昨夜わたしが踊っていたのは 『 レ・シルフィード 』といって
空気の妖精の踊りなの。 だから ジョーのふわふわしてきた・・・って感想、 すごく嬉しい! 」
「 そっか ・・・・ 空気の妖精なんだ。 ふうん・・・ 」
すう〜っと気分が少しだけ軽くなり、ジョーは知らず知らずスピードを上げ始めていた。
うわ♪ こんなに喜んでくれるなんて・・・
嬉し泣き、なんて ぼくの方が 涙、でちゃうよな〜
思わず鼻歌のひとつも飛び出てしまいそうなジョーだった。
「 ・・・ジョー。 あの ね。 」
「 うん? なに、フランソワーズ 」
「 あの・・・ ジョーは。 ・・・昨日のお話、もう決めたの。 」
「 昨日の話? ・・・ アルベルトがきみのトコのレッスンでピアノを弾いてるってこと? 」
「 いやだ、違うわよ。 ジョーのこと。 ・・・あの 留学 するって・・・ 」
「 あ・・・ うん。 あ! 違うんだ・・・ ううん・・・ 」
「 まあ どうして。 」
「 え・・・ あの。 あ、そろそろエリアに入るな。 時間、大丈夫かな。
博士たちの便、延着してない? 」
「 ちょっと待ってね、調べるから。 ・・・ え〜と・・・・? 」
二人は本来の <仕事> ― 博士とイワンのお迎え − モードに突入し、
お互いに一番聞きたいコトに関しては オアズケになってしまった。
ジョー達は時間どおりに空港に到着し、博士とぐっすり寝ているイワンを無事、迎えることができた。
博士は元気そうだったが、ジョーとフランソワーズの顔を見てやはり、ほっとしたらしい。
相好を崩し、フランソワーズの <お帰りなさいのキス> を受け取っていた。
「 お疲れでしょう? ・・・あらあら イワンったらようくネンネしているわ・・・ 」
「 うむ、まだまだ 昼の時間 なのじゃがな。 まあ ・・・ 普通に疲れたのじゃろ。 」
「 博士、すいません。 ぼくが先に帰国したから・・・大変だったのではありませんか。 」
「 いやいや。 気にせんでいいよ。 」
「 さあ、帰りましょう。 博士、お帰りになったらまず、お風呂ですわね?
お気にいりの入浴剤でたっぷり沸かしてありますわ。 」
「 おお・・・そりゃありがたい。 この国の風呂はワシの生活にはもうなくてはならんよ。 」
「 そろそろススキも穂を出し始めましたから・・・ 月見風呂もいいかも・・ 」
一行はゆるゆると出口に向かっていたのであるが。 その時 ―
「 ・・・ジョー・・・さん? もしかして ・・・・ ミスター・ジョー・シマムラ? 」
すれ違った途端に声を掛けられ ジョーは思わず振り向いてしまった。
「 ・・・ え。 」
だだっ広いコンコース、到着した乗客やら出迎えの人々やらで賑わう中、一人の女性がこちらを見つめている。
「 やっぱり! ジョーさん、・・・ジョーさんね! 」
「 ・・・? あの ・・・? 」
ジョーは立ち止まり 一瞬、眩暈にも似た感覚に襲われていた。
?! デジャ・ヴ・・・か?
これって・・・ 昨夜の夢?? ぼくは今 あの夢をまた見てる・・・のか・・?
彼女は連れになにか言うと、こちらにすたすたと近づいてきた。
「 やっぱり。 ギルモアのおじさま〜〜 お久し振りです。 ふふふ お判りになるかしら。 」
「 ・・・・ おお! 君は ドルフィン君のお嬢さん ・・・ シンシアさん、じゃな。 」
博士はにこにこ顔で その女性と挨拶を交わしている。
「 はい、シンシアですわ。 まあ、ちっともお変わりなくてお元気そうですのね。 」
「 いやいや・・・もうよぼよぼですよ。 あの女学生が立派なレディになるのじゃもの。 」
「 ふふふ・・・私もオバサンになりましたわ。 ねえ・・・ ジョーさん、そうでしょう? 」
「 あ・・・ もしかして。 あの ・・・ ドルフィン教授の? 」
「 ええ、ええ。 父にかまってもらえないで拗ねていた女の子よ。
ジョーさんもお元気そうね。 あら? 」
彼女は落ち着いた物腰の婦人だったが、ジョーの後ろに控えていたフランソワーズを見ると
華やかな声をあげた。
「 まあ・・・ ジョーさん、ご結婚なさったのね? なんてお綺麗な奥様! ・・・こちらはボク? 」
「 あ・・・ は・・・ぼ、ぼく達・・・は 別にそんな・・・ いや・・・その 」
「 ははは・・・ シンシアさん、コイツも人様並みに ごく平凡にやっておりますよ。 」
どぎまぎしているジョーに 博士が何気なくフォローしてくれた。
「 ・・・ こんにちは。 フランソワーズといいます。 この子はイワン。 」
「 まあまあ・・・ふふふ、ようくネンネしていい子ちゃんだこと・・・
よかった・・・お似合いのご夫婦で、お幸せそうですね。 」
「 シンシアさん。 あなたは・・・? 」
「 私? ええ、主人とイワンちゃんよりもうちょっと大きな娘がいますの。
あ・・・っと、いけない。 主人が待ってますわ。 ジョーさん、奥様? また会えるといいですわね。
ギルモアのおじさま・・・ご機嫌よう。 お元気で・・・ 」
「 おお、お父上によろしくお伝えください。 」
はい、と微笑んで シンシアは反対側の隅で待っている男性の元へ小走りに戻って行った。
「 あ・・・ は ・・・ はい ・・・ 」
「 ? いやぁだ、ジョーったら・・・ 今頃返事して。 彼女に聞こえていないわよ。 」
「 うん ・・・ でも。 どうしてかなあ・・・ 」
「 どうしてって・・・偶然じゃない? 空港にはいろいろなヒトが来るし。 」
「 ・・・ え。 あ・・・そ、そうじゃなくて。 昨夜の夢は・・・ あ!いや なんでもないよ。 」
「 ?? 本当に可笑しなジョーねえ・・・ 」
「 ごめん ・・・ あ、先に車、まわしておくね。 チャイルド・シート、準備しておくから・・・ 」
「 あ・・・ ジョー ・・・ 」
ジョーは返事も聞かず、博士のスーツ・ケースをがらがら引きつつ早足で行ってしまった。
「 ・・・ ジョーったら。 チャイルド・シートはもうちゃんと用意してきたのに。 」
「 なんじゃ、アイツ。 急に・・・ ヘンなヤツじゃなあ。 」
「 博士。 先ほどの方 ・・・シンシアさん? わたし達のこと、ご存知なのですか。 」
「 うん? ああ、彼女はワシの旧友のお嬢さんでな。そいつもちょいと後ろ暗い方面に係わっておって・・・
以前にミッションに巻き込まれたことがあったのじゃ。 」
「 まあ。 それでジョーのことを・・・? 」
「 そうじゃ。 だがその辺は彼女も心得ておるじゃろうから 余計な詮索はせんだろうよ。
さっきは本当に偶然で ただただ懐かしかったのではないかな。
ワシは彼女とは何回か会ったことがあるしなあ。 」
「 ・・・ そう ですか。 それなら ・・・ いいのですけど。 ねえ、イワン・・?
・・・別にそんな、なんて言わなくても・・・ ねえ? 」
フランソワーズは眠っている赤ん坊に頬ずりをし ― よだれかけの端っこでこっそり涙をぬぐった。
・・・ ぼく達は 別に ・・・って。
ジョー ・・・ こうやって 一緒に歩くの ・・・ イヤ?
そうよね ・・・ 妻子持ちになんか 見られたくないわよ ・・・ ね・・・・
「 ? おい、フランソワーズ? どっちへ行くのじゃ。 駐車場はこっちだぞ。 」
「 ・・・ ! あ。 す、すみません ・・・ 」
「 ?? なんじゃあ? ジョーも お前も どうした。 」
「 あ、い、いえ。 ・・・あ、ジョーの車、来ましたわ。 どうぞ博士・・・ 」
空港までの道程、二人きりのドライブ・・・と弾んでいた気持ちは 跡形もなく消えてしまった。
帰り道、さすがに疲れた博士はうとうとし、ジョーもフランソワーズもほとんど喋らず・・・
タクシーよりも静かなドライブになってしまった。
「 ただいま戻りました。 ― アルベルト? 」
「 ・・・ おう。 お帰り。 お帰りなさい、博士。 お疲れさんでした。 」
一行が玄関に入ると、のそりとアルベルトが現れた。
「 おお ただいま。 ― どうじゃ? その後なにか変わりはないかの。 」
博士は自分自身のことよりも アルベルトにメンテナンス後が気掛かりな様子だ。
「 いや〜 もう・・・ ボロボロですな。 」
「 なに? どこか不具合があるのか。 なぜすぐに連絡せんのだ! 」
「 アルベルト! そんなこと ・・・ 一言も言ってなかったじゃない! どうして・・・? 」
玄関で靴も脱がずに、血相を変えている二人に銀髪男は ニヤリ、と口の端をねじ上げた。
「 いや、なに、ね。 とんでもない難業を押し付けられちまって・・・
毎朝 コキ使われ ・・・ やれやれ帰宅してもこちらのお嬢さんのお相手で。 」
彼はぽきぽきと指を鳴らし鍵盤を叩く恰好をしてみせた。
「 ・・・ なんじゃい〜〜 脅かすな。 フランソワーズから聞いたよ。
まあ、そんな <仕事> ができるのじゃったら概ね良好、というわけじゃな。 」
「 もう〜〜〜 アルベルトったら〜〜 脅かさないで! 」
「 ふふん・・・ ま、この難業も明日でお終いですがね。 おい、ジョーは? 」
「 え? ああ・・・ガレージじゃない? あ、博士、お風呂でしたわね。
さあ イワン ・・・ ちょっとリビングでネンネしていてね。 」
フランソワーズはイワンをつれてぱたぱたとリビングに駆け込んだ。
「 ふん・・・ フランソワーズも疲れたようじゃな。 どれ・・・ワシも一風呂浴びてくるよ。 」
「 ゆっくり休んでくださいよ、博士。 こっちは俺たちでやりますから。 」
「 おお、 ありがとうよ アルベルト・・・ 」
博士は のろのろとバス・ルームに消えた。
「 ま、長旅は老体には堪えるさ。 それにしても フラン・・・なんだ、アイツ。 元気ないな。
お、ジョー。 ご苦労さん。 」
ガチャリとドアが開き、ジョーが入ってきた。
「 あ! アルベルト ・・・ た、ただいま・・・ 」
「 なんだ、お前まで。 俺の顔みて あ! なんて気に喰わねェな。 フランはしょんぼりしてるし。」
「 ・・・べ、べつに ぼく達は そんな・・・ 」
「 ― は? 」
「 ! う、ううん! なんでもない! あ、博士の荷物 部屋に運ぶね。 」
「 あ、ああ・・・ 」
ゴツン・・・とスーツ・ケースを持ち上げると ジョーはすたすたと博士の私室へ向かった。
「 なんだ、アイツら ・・・ あ。 ・・・ なるほど、なあ。
ふん・・・ 少年少女の面倒を見るのは オジサンの務め、ってことか・・・
まったく世話の焼ける 坊やと嬢ちゃんだ。 」
もう一つハナを鳴らしてから、 彼はゆっくりとリビングに戻っていった。
― ぼすん ・・・ ! はぁ〜〜〜 ・・・・
― ・・・ ばたん はぁ〜〜〜 ・・・・
もう何回 − いや何十回繰り返しているのだろう。
ジョーは数えるのもイヤになるくらい 同じコトを延々続けていた。
・・・ いや、彼にしてみれば それぞれが違った <はぁ〜〜> なのだろうが
傍目には制御装置が壊れたメカか、エンドレスで最初に戻ってしまうMDプレイヤ−に見える。
― どったん ・・・ はぁ〜〜〜・・・・
何十回目かの後、ついについに。 ジョーはのろのろと起き上がった。
今朝 フランソワーズが換えてくれたパリっと糊の効いたリネン類と お日様の匂いのする枕カヴァーは
くしゃくしゃのシワシワ・・・ 彼のベッドは惨憺たる有様だった。
「 ・・・眠れない ・・・ だめだ。 」
ベッドに端に腰掛け ダメ押しの特大溜息がさらにもう一つ 追加された。
「 ・・・ なんだってあんな夢、見たんだ? デジャヴ・・・・?
それじゃ ぼくはシンシアのことがず〜っと気になってたって・・・ことなのか・・?
・・・ ぼくは・・・ いっそ ・・・ 留学してなにもかも忘れて・・・
そうすれば 彼女だって ・・・ 彼と。 そ、それが彼女の幸せならば。
でも ・・・ でも。 ぼくは・・・! 」
我ながら思い切りが悪い、とも潔さに欠ける、とも思う。 それは解っているのだが。
「 ・・・ 女々しいっていわれても。 ぼくには ・・・大切なものなんだ・・・! 」
くしゃくしゃになったシーツと上掛けに手を当て ジョーはその感触をじっと確かめる。
彼女が洗って乾して ・・・ ピンとアイロンをかけてくれた夜具。
それをシワシワにできる幸せを ジョーはどうしてもどうしても捨てることは出来なかった。
― ばさ・・・!
堂々巡りの果て、ジョーはとうとう眠ることを諦め、着替え始めた。
「 ちょっと 頭、冷やしてこよう・・・! 」
「 ・・・ あ。 」
「 よう。 」
足音を忍ばせたつもりだった。
パーカーを羽織って階段をそうっと降りて ― 玄関ポーチで鉢合わせしてしまった。
「 ・・・ 遅いお出ましだな。 」
「 ! アルベルト・・・! 」
火の消えた煙草を銜え、アルベルトはドアを閉めたところだった。
「 き、きみこそ。 どこへ・・・ あ。 あの ・・・で、デートとか・・・ 」
「 ばか。 ちょいと一服噴かしてきたのさ。 」
「 あ・・・そ、そっか。 ぼく ・・・ 咽喉が乾いて・・・ 」
「 ほう? 夕食の味付けはそんなに塩辛かったか? さっきフランも同じことを言っていたぞ。 」
「 え・・・! あ、そ、そうなんだ? それで ・・・ 彼女・・? 」
「 さあなあ。 なんでか知らんが散歩してくるそうだ。 」
「 え! こ、こんな時間に!? 女の子が一人で・・・危ないよ! 」
「 あのなあ。 ここの海岸はこの邸の庭みたいなもんだろ。 それにアイツは・・・ 」
「 だけども! 女の子じゃないか! フランソワーズは女の子なんだよ! 迎えに行く! 」
ジョーはたった今までの忍び足などこへやら、盛大な音でドアを閉めると足音高く駆けていった。
「 は。 まあ、加速しないだけ上等、ということか。 あとはなるようになるだろうさ。
・・・さて こっちはもう少々調整しておくか。 あのマダムには負けたくねえからな。
これは ピアノ弾きの意地だ。 ・・・ふん! 」
相変わらず煙草を銜えたまま、アルベルトは深夜のリビングに入っていった。
そして 静かにピアノの蓋を開けた。
「 ・・・ フラン! フランソワーズ・・・? どこだ〜〜 」
― ザザザザ ・・・・!
ジョーのスニーカーが砂を跳ね飛ばす。
波の音も負けそうな勢いで海岸まで降りてくると ― 果たして波打ち際の岩に人影があった。
「 ・・・ フランソワーズ! 」
「 ?! ジョー ・・・・?? やだ、波の音で全然気がつかなかったわ。 どうしたの? 」
「 どうしたのって。 それ、ぼくのセリフだよ! こんな夜中に・・・女の子が一人で危ないじゃないか。 」
「 ・・・ ジョー ・・・ あなたこそどうしてこんな時間に? 」
「 きみは、フラン。 あのゥ・・・一人でこんなトコで? 」
星明りと遠くに見える街の灯だけの深夜の海岸ではお互いの姿がぼうっと見えるだけだ。
「「 なんだか 眠れなくて・・・ 」」
「 あ・・・ やだ・・・ ジョーも? 」
「 あは ・・・ フランもかあ。 」
二人は思わず顔を寄せ見つめあい、小さく笑い声を上げた。
「 なあ、ここに座ってもいいかな。 ・・・ちょっとだけ。 」
「 ええ、どうぞ。 ねえ ・・・ 夜の海ってね。 引きこまれそうね。 」
「 え。 おい・・・! 」
ジョーは慌てて隣に座る細い身体を引き寄せた。
「 ふふふ・・・大丈夫、別に飛び込んだりしないわ。 安心していいのよ。 」
「 え あ・・・うん。 」
「 ― わたし、ね。 我侭でイヤなコなの。 自分勝手で最低なの。 」
「 ・・・? 」
「 あの。 ・・・ ジョーのこと。 留学のことよ、 凄いチャンスでよかったわね、って思うの。
おめでとう!って思うのよ、心から。 ・・・ でも ・・・ でも、ね・・・
・・・淋しくてたまらないの。 ジョーが ・・・ いない毎日が ず〜っと続くのかって思うと・・・ 」
「 フラン ・・・ 」
「 ごめんなさい、本当に勝手なコよねえ。
ジョーは ・・・ こんなおばあちゃん、イヤでしょ。 もっと若くてキレイで素直なヒトがいいわよね・・・ 」
「 フラン。 その言い方、キライだって言ったろ。
きみは ぼくが ― 9番目だから ラスト・メンバーだから ・・・ キライかい。
こんな頼りないヤツよりか ・・・ ずっと一緒にいたオトナの男の方が 好きか。 」
「 ・・・? 誰のこと・・・? ・・・ あ。 もしかして。 アルベルトのこと?? 」
「 ・・・ うん。 だって きみ達・・・とっても息があってた。
きみは 彼の音と一緒に踊ってた。 あの音にきみは・・・ そのゥ 抱かれているみたいだった。 」
「 ジョー? あの、ね・・・ 」
フランソワーズは肩に掛けていたストールを羽織直した。
ふわり、と微かに甘い香りがジョーの鼻腔をつく。
彼女の 香り。 ジョーだけが 知っている彼女のにおい・・・
ジョーは身の芯が熱くなってくるのを感じていた。
「 いいんだよ。 きみが ・・・ 幸せなら。 ぼくは ・・・ きみが誰と一緒になろうとも・・・ 」
「 ジョー? なにを言っているの?
アルベルトは。 そりゃ・・・もう身内みたいね。 勿論兄さんとは違うけど。 ええ 好きよ。 」
「 そ、そうなんだ・・・ だったら。 」
「 ジョー。 」
白い手が きゅ・・・っとジョーの腕を握った。
「 ジョー? 好き って。 恋してる とは違うのよ? 愛しているわ、身内として。 長い長いあいだ、
辛い時を過してきた仲間として。 でも・・・恋人じゃあないの。
なんていうのかしら・・・ ぴかり、とした煌きを感じないの。 」
「 ・・・ 煌き? 」
「 ええ。 ほんのすこしの ・・・エッセンスみたいなもの。 ほんの一滴、かもしれない。
でも その雫がなければ 恋 にはならない ・・・ 天使のプレゼント、かしら。 」
ぴちょん・・・ と声に出して、彼女はジョーの胸を人差し指で突いた。
「 ・・・ 天使の一滴・・! 」
「 フランソワーズ・・・! 」
ジョーは自分の腕に絡まる手をそうっと外すと 両手で大事に大事に包み込んだ。
「 ぼくは。 だらしない、男らしくないって言われてもいい。
そりゃ 留学は魅惑的な誘いだよ、 ぼくはもっともっと勉強したい。
でも。 ・・・ でも。 さっきは物分りがいい風なこと、言ったけど。 本音はさ。
きみを誰にも渡したくないんだ。 きみと 一緒に居たいんだ! ・・・笑うかい。 」
「 笑わない。 ・・・ 絶対に笑わない! 」
「 フラン ・・・ おいで。 」
「 ん ・・・ 」
すぽん、と細い身体がジョーの腕の中に納まった。
「 ・・・ ね、 ジョー。 昼間、どうしてあんなに驚いていたの。 」
「 驚くって・・・? ああ、空港で会った彼女のことかい。 」
「 そ。 博士に伺ったわ。 前にミッションで出会った・・・って。 」
「 うん。 あの、さ。 ― いつか ある日 またシンシアに出会ったら。
この人がぼくの妻ですって はっきり紹介する。 もう決めたんだ。 」
「 ・・・ ジョー ・・・! 」
きゅっと彼女が抱きついてきて ・・・ ジョーもごく自然に彼女を抱きかかえた。
亜麻色の髪に顔を埋め、ココロの中で反芻する。
そうさ。 あれは ・・・ あの夢はそのためのデジャヴだったんだ!
「 ジョー。 こんなわがまま娘で いいの。 」
「 こんな・・・煮え切らないヤツで いいのかい。 」
うん ・・・ うん ・・・・
闇のなかで 二人はだまって頷きあい ― 抱き合ったままゆっくりと歩き始めた。
「 ・・・ ふん、やっとご帰還か。 」
アルベルトは ぼそっと呟いた。
リビングに溢れる音は 低く流れるノクターン ・・・
二人分の足音が 絡まりつつ同じ部屋に消えてゆく間も 彼の指は鍵盤の上を滑り続ける。
誰の心の奥そこにも 大事にしまっているノクタ−ンがある。
きみを想い 眠れぬ夜をすごした日々の記憶は なんと甘やかに懐かしいことか・・・
お前ら。 これから 沢山の想いを作ってゆけ・・・
・・・ いつか 遠い日に どんなに辛いことがあっても
その想いが お前らを支えてくれるさ・・・・ なあ ・・・
ああ そうさ。
夜毎に想うのは どれほど歳月が過ぎようとも。 君のこと
・・・ 俺のこの音を捧げるのは 君だけ だ ・・・
その夜、密やかな調べは 夜が白むまで続いていた。
「 え。 ジョーが送ってくれるの? 」
翌朝、フランソワーズが仕度をしてリビングに降りてくると もうジョーがコーヒーを淹れていた。
「 うん。 今、ぼく、ヒマだから。 お二人さんを稽古場までちゃんと送るよ。 」
「 ほう? そりゃありがたいが。 そういえば、ジョー。 お前昨日の留学の件はどうするつもりだ? 」
「 うん。 ― まずは 基礎をしっかりしてからって思うんだ。 こっちで専門学校に行くよ。
そして大検とかもちゃんと受ける。 ・・・ それから、さ。 」
「 すごいわ、ジョー。 わたしも負けない。 」
「 うん。 きみがいてくれれば。 」
「 ・・・ ん。 」
「 は! お邪魔虫は退散するぞ。 チケットが取れ次第、帰る。 」
「 え。 ゆっくりして行ってよ・・・ ねえ、フラン? 」
「 そうよ〜 ウチのマダムだって皆だって アルベルトの大ファンなのよ。 」
「 ダメだ。 これ以上 あそこでピアノを弾かされるのはゴメンだからな。
俺はバレエ・ピアニストじゃあないぞ。 」
「 あらぁ・・・マダムとすご〜〜く息が合ってるって 皆うわさしてるわよォ〜 」
「 ふ、ふん! 知るか。 おい、ジョー! はやく 車だしてくれ。 」
「 あ・・・うん。 わかったよ。 」
「 あ! ちょっと待って・・・ カフェ・オ・レくらい飲ませてよ・・・・ 」
ぱたぱたぱた・・・
ギルモア邸のにぎやかな朝が始まった。
******************************* Fin. *******************************
Last
updated : 09,15,2009.
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************* ひと言 ***********
・・・やっと終りました★
例によって ぜ〜〜〜んぜん! サイボーグ009 じゃありません。
二人の <告白のきっかけ>、 ただの青春物語・・・と思ってくださいませ。
前書きにも書きましたが 決定的な設定ミス〜〜〜
申し訳ありません〜〜 <(_ _)>
・・・ 多分 ジョー君は シンシアさんのあの最後の表情が
ず〜っとず〜〜〜っとココロの底に沈んでいたので あんな夢を見た
のじゃないかな〜・・・と思うのですが。
なにしろ 無事に命永らえた数少ない女性ゲスト・キャラ ですからね〜〜
シンシアさん♪
なにか一言でもご感想を頂けましたなら 幸いです〜〜〜 (ぺこぺこ)