『 夜想曲 ― ノクタ−ン ― (1) 』
「 え・・・と・・・? もうこれで全部かしら? 博士、忘れものはないですか。 」
「 うむ。 ワシはこのブリ−フ・ケ−スひとつあればそれで充分じゃよ。 」
「 ええ、ええ。 学会には充分ですけれどもね、ご旅行には足りないものだらけですわ。
お着替え、日にち分いれましたから。 ああ、タオルやパジャマもちゃんと入ってますからね。
洗面具は一番上にしておきました。 」
「 ああ、ありがとうよ。 すまんなあ・・・ 」
「 いいえェ、どうぞ快適なご旅行をなさってくださいね。
ジョ−? 博士のお荷物、ちゃんとジェロニモに手渡してね。 ・・・ジェットじゃダメよ。 」
「 うん、わかってる。 え〜と・・・ス−ツケ−スとボストン・バッグだろ。 」
「 そうよ。 あと、これは二人にオミヤゲ。 わたしが焼いた塩味のバジル・クッキ−よ。
これもジョーに預けるから、渡してね。 」
色違いのラッピングを施された小さな包みが ジョーのバッグに収められた。
爽やかに晴れあがった空は昨日よりは今日、そして明日、とどんどんその高みを増してゆくに違いない
― そんな季節がこの温暖な地域に巡ってきていた。
崖っぷちに建つ少し古びた洋館・ギルモア邸付近でも 例外ではなく、
広い庭を取り巻く生垣や 裏庭から続く雑木林にはちらほらと華やかな色が混じりはじめている。
いつものこの時間であれば 朝の早い老当主が運動もかねて庭樹の手入れをしているか、
若オクサンとおぼしき金髪の女性が庭箒を使っている姿が見られるのだけなのだが
― その朝はどうも様子がちがっていた。
玄関の前に寄せた車に 茶髪の青年が出たり入ったり忙しない。
やがて 老当主と金髪美人、そしてもう一人銀髪の男性の姿も見られた。
かれらは一様に 少々声高であり響く足音も頻繁だった。
「 あ〜〜〜 いいなあ! ぼくもこれ、大好きなんだ〜〜 いいなあ〜〜 」
「 ジョ−ったら・・・ ちゃんとあなたの分もあります。 たくさん作ったの。
帰国してからのお楽しみ、よ。 」
「 え・・・ねえねえ、ちゃんと取っておいてくれよな? ・・・食べちゃ・・・イヤだよ。 」
「 はいはい。 ちゃ〜ん取っておくから。 あ、 ほら。 そろそろ出発しないと・・・
高速が混んでいるかもしれないし・・・ 」
「 そうだね。 博士〜 それじゃ クルマ、出しますよ。 どうぞ乗ってくださ〜い 」
「 お。 ありがとう・・・ 」
「 フラン? チャイルド・シート、オッケーだよ。 イワン、乗せていいよ〜。 」
「 ありがとう、ジョー。 ほうら・・・イワン? 気をつけていってらっしゃいね。 」
「 相変わらずよく寝てるねえ。 本当に明日には目覚めるのかなあ。 」
「 多分、ね。 イワンのことはわたし達にはよくわからないわよ。
でもどんなにスーパー・ベビーでも赤ちゃんなんだから・・・ちゃんとお世話してね。 」
「 うん。 ぼく、子供の世話は慣れてるから安心して。 え〜と、イワン・グッズは・・・ ああ、トランクだっけ。 」
ジョーはフランソワーズが抱いてきたイワンを 慣れた手つきで抱き取った。
スーパー・ベビーは ・・・ 今はただの赤ん坊風で よくねんねしている。
「 スーツ・ケースもトランクだな。 ・・・ ああ、アルベルト ありがとう。 」
アルベルトは終始黙って眺めていたが ひょい、とスーツ・ケースを持ち上げると
ジョーのクルマのトランクに積み込んだ。
「 助かったよ。 ・・・ あの、体調はどう? 」
「 ・・・ メンテ明けだ、しばらくは試運転だな。 」
「 うん。 無理しないでくれよな。 ・・・留守番、頼む。 」
「 ああ、任せておけ。 女子供の相手くらいが丁度いいリハビリだ。 」
「 ・・・ 女子供が・・・なんですって? 」
窓越しに博士と話していたフランソワーズが くい、と顔を上げた。
うひゃ・・・とジョーは首をすくめたがアルベルトは悠々と言い放った。
「 留守番はリハビリにはちと物足りん、と言ったのさ。 」
「 まあ、そう? それじゃ ― 床磨きとカーテンの付け替え、あと皆の衣替えもお願いしようかしら。 」
「 ・・・ 俺はメンテ明けだぞ? 」
「 あらあ リハビリに丁度よくってよ。 ああ、ジョー? もう出かけないと・・・ 」
「 あ・・・うん。 それじゃ。 イッテキマス! 」
「 行ってらっしゃい。 お気をつけて・・・博士。 ジェットとジェロニモによろしく〜 」
「 うむ ・・・ 」
門の外にでてフランソワーズは ゆっくり発進して行くジョーのクルマに大きく手を振った。
「 ・・・ あ〜 やれやれ・・・ なんとか出発できてよかったわあ・・・ 」
「 台風一過、というところだな。 」
「 本当よ。 嵐の後はのんびりと・・・ね、お茶にしましょうか。久し振りで美味しいコーヒーが飲みたいの。 」
「 俺はメンテ明けなんですがね、お嬢さん。 」
「 あ〜ら。 コーヒーも淹れられないの? それではお茶菓子にクッキーなんてとても無理ねえ。
ヘル・アルベルト? 」
「 ・・・はいはい、わかりましたよ。 マドモアゼル ・・・ 」
邸の前の急坂を降り切ったクルマを見定め、フランソワーズはアルベルトとともに玄関に引き返した。
そんな二人の背中を つい −−− っとトンボが追い越していった。
昨日から今朝にかけて ― まさにアルベルトの言い草ではないがギルモア邸は<台風>状態だった。
以前からの予定通りにアルベルトのメンテナンスが行われている最中に 博士に国際電話が入った。
コヤナギ、と名乗った人物は日系人なのか流暢な英語でギルモア博士に・・・と言った。
フランソワーズは一瞬躊躇したが、とりあえず地下の研究室へ取り次いだ。
「 ・・・う〜ん ・・・ 困ったのう・・・ 」
「 あら、博士。 アルベルトのメンテナンスになにか・・・? 」
「 いや、こちらは順調じゃ。 今回は大規模な修復もバージョン・アップもないからな、
劣化パーツをいつくか交換しただけじゃ。 それは いいのだが・・・ 」
「 ??? 」
メンテナンスの後処理をジョーに任せ、博士はわざわざ地下の研究室からリビングに戻ってきて
電話を取っていた。
国際電話の長い話を終えたあとは これまた長い溜息が続いた。
「 博士・・・? 先ほどのお電話・・・悪い知らせだったのですか。 」
「 うん? ああ、いやいや。 そんな深刻な顔をせんでおくれ、フランソワーズ。 」
「 ・・・でも ず〜っと 困った・・・を繰り返していらっしゃるから・・・ 」
フランソワーズはいい香りの湯気をあげるカップを 博士の前に置いた。
「 どうぞ? お好きなロシアン・ティーですわ。 ウチの庭で採れた苺のジャムいりです。 」
「 おお・・・ これはありがとうよ・・・ うん ・・・ これがなくっちゃなあ。 疲れが吹き飛ぶ・・ 」
博士はどっかりソファに収まると 目を瞑り紅茶の味と香を楽しんでいる。
「 心配せんで大丈夫じゃよ。 なに、今回はあまりに急じゃて、断ればよいのじゃから・・・ 」
「 断る? ・・・ なにかのお誘いだったのですか。 」
「 うむ。 NYに本拠地を置く ドクター・コヤナギが ― 」
人工臓器学会のごく内輪のセミナーなのだが是非参加を、と誘われたのだという。
「 諸君らのメンテナンスをより簡易にそして完全に少しでも近づけるためにも
できるだけ最新の情報を集めておきたいのだ。 わしに残された時間はそう多くはないからな。 」
「 博士! そんなこと・・・おっしゃらないで! 」
「 なに、まだまだくたばらんぞ! 少なくともお前の花嫁姿をみるまでは、な。 」
「 まあ・・・ そんな・・・ 」
心配顔が さっと桜いろに染まる。
「 いやいや・・・ ともかく今回はやめておこう。
順調とはいえ、アルベルトのメンテナンスはまだ完了しておらん。
それになあ、今日の明日 ・・・ というわけにはゆかんじゃろう。
今回は実はイワンも是非、と言ってくれておるのじゃ。 」
「 え!? あの・・・ドクター・コヤナギは ・・・その、イワンのこと・・・・を? 」
「 ああ、天才赤ん坊、として認識しておるようじゃ。 サイボーグに関してはまったく知らんはずだ。
だからこそ内輪の学会に招いてくれたのだと思うがな。
学者というものは己の専門分野にしか興味をもたんのだよ。 他人の事情をあれこれ詮索する気も
時間もない、とな。 」
「 まあ・・・ あ、あの・・・エア・チケットは? もう押さえてあるのですか。 」
「 ああ。 その上での連絡じゃったのだが。 いかんせん、急すぎる。 今回は ― 」
「 ― 博士。 どうぞいらしてください。 」
きっぱりとした声が 二人の後ろから聞こえた。
「 ジョー? 」
リビングの戸口に ジョーが立っていた。
「 おお ジョー。 どうだ、アルベルトの状態は。 」
「 はい、すべて正常値のレンジに入りました。 あとは 時間をかけてアップしてゆくだけです。 」
「 そうか。 ・・・ご苦労だったね。 ありがとうよ、ジョー。 お前もそろそろ一人前だ。 」
「 いいえ・・・まだまだ勉強しないと・・・ それよりも フランソワーズ? 」
「 はい、なあに。 」
「 博士の仕度 ― 旅行の用意をお手伝いしてあげてくれるかな。 」
「 ええ、喜んで! 博士、お手伝いしますから。 今からでも間に合いますわ! 」
「 そ・・・それは ・・・ しかし・・・ 」
「 ジェットとジェロニモに連絡しておきます。 そうすればぼく達も安心です。 」
「 そうね。 あ、ジョー? もし ・・・ 同じ便でチケットが取れたら博士とご一緒して?
イワンがいるのよ、博士お一人では大変だわ。 ・・・わたし、心配・・・ 」
「 オッケー。 そうだよね。 でも アルベルトのメンテナンスがまだ完全に完了していないんだ。 」
「 大丈夫、そちらはわたしが引き受けるわ。 ― そのくらい、わたしにも手伝わせてちょうだい。 」
「 う〜ん ・・・ それじゃ頼む。 マニュアルは準備してあるから。 」
「 ありがとう。 博士? そういうことになりましたわ。 」
「 ・・・ お前たち ・・・ ありがとうよ。 」
博士は 根をつめたメンテナンスの疲れもあるのだろう、ティー・カップを抱えたまま声が途切れた。
大きな背中がかすかに震えている。
「 博士、すこしお休みくださいな。 その間にご用意しておきますから。
明日はフライトですからね。 体調管理は お任せしますわ。 」
フランソワーズはことさら明るい声でいうと、 ジョーに軽くウィンクした。
「 さあ。 加速装置〜〜 で準備開始、よ ! 」
「 ・・・ きみも乗るなあ・・・ 」
二人は軽い笑みをかわし ― ドアの陰でこっそりキスもかわし、 それぞれの<任務>にとりかかった。
― そして。
次の日の朝はやく、時間通りに、博士を乗せた車はエア・ポートへと出発した。
「 ・・・ ああ ・・・ 美味しいわあ〜〜 ・・・ 」
愛用のカフェ・オ・レ・ボウルを手にしたまま、フランソワーズは ほう・・・っと溜息をついている。
秋の朝陽が 明るく照らすリビングで 二人は一息いれていた。
ずいぶんと奥まで入り込んでくるようになった朝日にコーヒーの香りがまつわりつきつつ漂い、
ぐっと季節感を盛り上げている。
「 ふん、そんなに気に入ったのなら どぼどぼミルクを入れるな。 」
「 え・・・? あら、オ・レしてこそ、コーヒーの美味しさが引き立つのよ。 知らないの? 」
「 知らんな、そんな飲み方は。 真の美味さは ブラックでなければ味わえん。 」
「 あ〜ら、 この微妙なマイルドさが判らないなんて 貧しい味覚ね。 味覚も芸術の一種だわ。 」
「 混ぜ物に真の味はない。 」
「 まあ、随分過激な思想ですこと、独逸のお方。 」
「 俺はコーヒーの話をしているんだ。 気に食わないなら飲むな。 」
「 ・・・ 野蛮な方ねえ。 こう・・・ 人生には混ぜ物の微妙な曖昧さを味わう余裕がなくっちゃ・・・
ふう ・・・ この国の曖昧さも なかなか素敵だし。 」
「 ふん、もう身贔屓か? ヤツの曖昧さに染まったな。 そういうのをこの国ではな 」
「 朱に交われば赤くなる って言うのでしょ。 ちゃんと知ってます。 」
「 おう、さすがによくご存知で。 ― ああ、お前の背中はもう朱色だな。紅葉と同じだ。 」
「 ・・・ アルベルト 〜〜〜 」
「 あははは・・・ それじゃもうヤツに < ぼく達は別にそんな・・・ > なんて言わせるな。 」
「 もう〜〜〜 」
「 お ・・・ いていて・・・いててて・・・ 本気で叩くな〜〜 」
急にしん・・・としてしまったリビングで 二人は声を上げて笑いあった。
ぽんぽん遣り合う言葉が弾け跳ね返り心地よい。
遠慮のない軽口の応酬を アルベルトもフランソワーズも楽しんでいた。
なにしろ ― 長い付き合いなのだ。
眠っていた厖大な月日を除いてみても もう身内に近い時間をともに過してきた。
その大半が苦渋だけの日々だったことが 二人をいっそう近しい存在にしていた。
・・・ コイツが 幸せになるまで 俺は気を緩められねェな。
アルベルトにも 穏やか日々が巡ってきますように・・・
互いに 恋人同士 、とは少しちがった心根を寄せ合っていたのかもしれない。
「 ― それで どうなの? メンテナンス後の調子は。 」
「 ・・・・ 」
ちょい、と口に端をねじ上げ、銀髪男は軽く肩をすくめた。
「 そう、よかったわ。 なにか不具合があったらすぐに言ってちょうだいね。 」
「 お前に対処できるのか。 」
「 まあ、失礼ね! ちゃんとジョーから引継ぎました。 マニュアルも頭にいれたわ。 」
ツンツン・・・と彼女は亜麻色の頭をつついてみせる。
「 ・・・ふん。 経験者のみ、メンテ実践経験3年以上! って聞いてないのか。 」
「 へえ? わたしは 未経験可。 意欲のある方、 って言われましたけど? 」
「 そりゃ違う仕事だろう? ・・・ 俺のことは大丈夫だ。 」
「 あなたの大丈夫 はアテにならないわ。 引きついだ責任がありますから、
きちんと file closed まで見届けないと・・・ 」
「 それならもう エンド・マークでいいぞ。 こっちこそ引き受けた<仕事>だ。
お前もちゃんと普段通の生活に戻れ。 」
「 え? だっていつもと同じよ。 そりゃ今朝はばたばたしたけれど。
そうね、これから洗濯ものを干して・・・ あら手伝ってくれるのね。 ありがとう〜〜 」
フランソワーズはカップをテーブルに戻すと、勢い良くソファから立ちあがった。
「 おいおい・・・ 俺は家政婦しに来たのじゃない。
お前、レッスンはどうした? ずっと熱心に通っている、と博士から聞いたぞ。 」
「 え・・・ ええ。 でも今朝は仕方ないわ。 もうこの時間ではレッスンには間に合わないし・・・
ジョーと博士が帰ってきてから、また頑張るわ。 」
「 留守番はちゃんとここにいる。 いいからお前も普段の自分の生活をしろ。 」
「 ・・・ ありがとう。 それじゃ明日から行かせていただきます。 」
フランソワーズは素直に頭を下げた。
「 今日からだ。 」
「 え? 」
「 まだ ・・・ 間に合うだろ? クルマを飛ばしてゆけば。 」
ぐい、とカップの中身を傾けると、アルベルトは立ち上がった。
「 急げ。 5分後に玄関ポーチだ。 俺は車を回しておくから。 ジョーの、借りるぞ。 」
「 ・・・えええ??? こ、これから?? 」
「 そうさ。 ピアノ弾きはな、一日のロスを取り戻すのには一日かければ済むが
二日のロスを埋めるにはその二乗かかる。 ・・・どの世界でも同じだぞ。 ほら、急げ! 」
「 ― メルシ ・・・! 」
がば!っと立ち上がると フランソワーズは全速力で二階の部屋へ駆け上がっていった。
「 そこを左。 ずっと行って・・・ 」
「 了解、 246に出ればいいんだな。 」
「 そうよ。 ごめんなさいね、せっかく都心に出たのだからこの後ぷらぷら買い物でもしてね。」
「 いいさ、この辺りをず〜っとドライブしたと思えば。 それより時間は大丈夫か。 」
「 ええ・・・ ギリチョンでなんとか。 ああ、そこを真っ直ぐはいって・・・その角でいいわ。 」
「 あの先の建物だろう? 門口まで送ってやる。 」
「 メルシ〜〜 ・・・ それじゃ! 」
勢い良くとまったクルマからフランソワーズは大きなバッグを抱えて飛び出した。
― ふん、まあ頑張れ。 出来るときに出来ることをしておけ。
ぱたぱた走る去る後姿に アルベルトは密かにエールを送っていた。
「 さて・・・ ここからなら、都心をぐるっと回って帰るか。 ああ、銀座に出てあの楽譜屋を覗くかな。
たまには普通のクルマを転がすのも 立派なリハビリだ。 」
フランソワーズを無事に都心近くのバレエ団まで送りとどけ、アルベルトはゆっくりと車を発進させた。
この国の交通事情はあまり歓迎できないが、案外緑の多い都心の風景は気持ちがよい。
相変わらずの仏頂面だが 彼は結構このドライブを楽しんでいた。
「 おはようございま〜〜す ! 」
「 あれ、フランソワーズ〜 お休みかと思ってたよ? 」
「 えへへへ・・・ ちょっと遅れちゃって・・・ まだ平気よね。 ・・・ どうしたの? 」
フランソワーズはバレエ団の更衣室に飛び込み、慌てて着替えはじめたが
ふと なんとなく <いつもの朝> とは違う雰囲気に気がついた。
「 うん ・・・ あのさ、ピアニストさんが来ないんだって。 」
「 ピアニストさん? 今日は ・・・ たしかTさんの日よね。 電車が遅れてるの? 」
「 ううん ・・・ そうじゃなくて、インフルエンザなんだって! 」
「 ・・・あらあ〜〜 流行っているものねえ・・・ 」
「 それでね、事務所の人がいろいろピンチ・ヒッターさんを捜しているんだけど・・・
どうも見つからないみたい。 」
「 ・・・ 大変ねえ・・・ じゃあ 今朝はMDでクラス? 」
「 それがさ・・・ウチのマダムは駄目なのよ・・・ ほら、機械オンチだしさ・・・ 」
「 ま。 聞こえるわよ・・・ 」
「 ふふふ・・・大丈夫。 だって本当のコトだもの・・・ 」
フランソワーズは仲良しのみちよとこそこそ話をしていた。
「 ・・・ 困ったわね! 私、教えながら機械の操作はできないわ。 誰か・・・いないの? 」
「 そうですねえ・・・・ あ! ××さんは・・・ 」
「 ・・・ あのヒトはイヤ。 私と感性が違うもの。 それにあと5分しかないわ。 」
「 う〜ん ・・・誰か弾けるコはいませんかね? 」
「 無理よ、だって皆クラスに来ているのよ? 」
「 ・・・ う〜〜ん ・・・?? 」
スタジオの前で事務所の人とこのバレエ団の主宰者のマダムが困り果てていた。
「 ・・・ あのう・・・ 」
「 はい? ・・・ああ、フランソワーズ? なあに。 」
「 あのう。 聞こえてしまったのですが。 ピアニストさん、都合が悪いのですか。 」
「 そうなのよ。 誰もいなくて・・・ 私、テープでやるのは好きではないの。 」
「 はあ・・・あのう・・・ もし、よければ。 わたしの知り合いが ピアノ、弾きますが。 」
「 ・・・え? 」
多少文法から外れた妙な日本語だったが、フランソワーズの気持ちが充分以上篭っていた。
そして 話はすぐにまとまり、一応恰好だけ携帯を耳に当て、ランソワーズは脳波通信を飛ばした。
― アルベルト!!! すぐに 来て!!!!
「 はい、5分遅れたわね、ごめんなさい。 始めますよ! 」
いつもの朝と同じ調子でマダムはスタジオに入ってきた。
彼女の後ろから背の高い男性が大股で続く。 彼はごく自然な動きでピアノの蓋を開けた。
床に寝そべってストレッチをしていたダンサー達が ごそごそ起き上がる。
「 それじゃ・・・二番から。 ああ, Monsieur ? French or English ? 」
彼女はピアノの前に陣取った銀髪の男性に声をかけた。
「 日本語でどうぞ、先生。 」
「 あ・・あら、そう。 ではお願いね。 前奏は二小節で結構。 」
「 はい。 」
ぼそり、と一言返すと彼は鍵盤に手を置いた。 そして ― やわらなか音がスタジオに満ち始めた。
「 ・・・ はい、お疲れ様 」
「 ありがとうございました 〜 ぁ 」
最後のレヴェランスが終ると ダンサー達は一斉に拍手をしてクラスが終る。
それは通常の習慣なのだが、 その日は臨時のピアニスト氏にも惜しみない拍手が注がれた。
「 ありがとう! 助かったわ、 え〜と・・・? 」
「 アルベルト・ハインリヒです。 」
「 ハインリヒさん。 お国でもバレエ・ピアニストなのかしら。 」
「 いや、今日が初めてですよ、マダム。
俺はフランソワーズに付き合って 家で何回か弾いたことがあるだけです。 」
「 まあ・・・ すごいわね! ― ところで。 いつまで日本にいらっしゃるの。 」
「 は? 俺ですか。 ― ちょいと留守番とお守りを頼まれているんで・・・ 一週間ほど。 」
「 そう! よかったわ! その一週間、ウチで弾いてくださらないかしら。
レギュラーのピアニストさんがインフルエンザなのよ。 」
「 ・・・ は? 」
「 まあ! ありがとう〜〜! ああ、フランソワーズ? あなた、素敵なご親戚をお持ちねえ。
本当に助かったわ。 久し振りで音の感性がぴったりのピアノで 気持ちがいいわ〜 」
「 あ・・・あの ・・・? 」
「 それじゃ。 明日の朝は 10時からお願いね。え〜と・・・ミスタ・ハインリヒ。 A demain ! 」
憮然としているアルベルトの頬に なんと軽くキスを落とすとマダムはご機嫌でスタジオを出ていった。
「 ・・・ 負けたぜ・・・ 」
「 え? ・・・ アルベルト。 大丈夫・・・? 」
「 ・・・ いや。 あんまり大丈夫じゃねえな。 完敗だ・・・ 」
「 あのマダムに勝てる人なんて ・・・ この世にはいないのよ。 」
フランソワーズも呆然としてマダムを見送っていた。
「 ねえねえ、フランソワーズ!? 明日も ・・・ あの・・・この方のピアノなの?? 」
「 え ・・・ああ、みちよ。 そう・・・みたい。 あのね、こちらアルベルト・ハインリヒ ・・・さん。 」
「 わあ〜〜 初めまして。 きゃ〜〜 フランソワーズのお兄さん? 」
「 きゃ〜〜ねえねえ、私にも紹介して! なになに〜〜 フランソワーズのカレシ?
あら、それじゃあの茶髪君は? 」
「 すごく素敵だったわ! え、なあに、フランソワーズの叔父さまですって? 」
きゃいきゃい賑やかな声が押し寄せ、ピアノの回りは押せ押せになってしまった。
≪ おい! なんとかしてくれ! ・・・お前が死にそうな声で呼ぶから・・・! ≫
≪ あ〜ら。 モテモテでいいじゃありません? <叔父さま> ≫
≪ ・・・! いい加減にしろ! なんでドイツ人の俺がフランス娘のお前の おじさん なんだ! ≫
≪ さあねえ? ガイジンならみんないっしょくたみたいよ、この国の人たちって。 ≫
≪ そんなことはどうでもいいが。 俺はもう帰りたいんだ! ≫
≪ わたし、着替えてきますから。 どうぞごゆっくり。 <お守り>が必要ですから待っててね。 ≫
≪ ・・・聞いてたな! ≫
≪ ・・・・・・・・ ≫
≪ おい!? ・・・ 逃亡したな!? おい〜〜! ≫
ふと気がつくとアルベルトの周囲から亜麻色の髪の娘は姿を消していた。
― そして それから。 アルベルトのピアニストとしての一週間が始まった。
・・・ あとちょっとだ。 あの角を曲がれば海岸通りにでる。
海が見えれば 岬の先っちょのウチも・・・・
ジョーは前後を確認すると ぐい、とアクセルを踏み込んだ。
もともと通行量の少ない場所だし、平日の午後になぜかフル・スピードでぶっ飛ばしてゆく車を
咎めだてするヒマ人はいなかった。
予定より一日早く ジョーは帰国していた。
「 え・・・ ぼくだけ先に? でも、それじゃイワンの世話が。 博士一人では大変だよ? 」
「 お前な〜 オレ様とイワンがどれほどの付き合いか知ってて言うのか? 」
エア・チケットが取れたから、先に切り上げてもいいよ、と博士に告げられ、ジョーは困惑した。
今回の滞在は博士のボディ・ガード 兼 ベビーシッター だったのだが、それ以上に
特別に傍聴を許可された学会は ジョ−にとって非常に興味深いものだった。
勿論 最先端の専門家たちのプレゼンテーションであるから、彼には半分も理解はできなかったが
概要だけでも とても勉強になった。
ジョーは博士のお供をしつつ、毎日熱心に傍聴しノートを取っていた。
だから ― 最終日を待たずに帰国するのは多少なりとも心残りだったのだ。
でも。
<ウチに帰れる> ということはジョーにとってたまらなく嬉しいことでもあった。
しかし、今更そんなことを口に出しては言えなかったので イワンの世話、を持ち出してみたのだ。
そんなジョーの魂胆を見透かしたのか、ジェットは鼻先で一蹴した。
「 え? 」
「 はん! イワンは001で オレ様は002。 てめェは 009 だろ。
誰と誰が一番長い付き合いかって一目瞭然じゃん。 」
「 ・・・ あ。 そっか。 そうだよね・・・ 」
「 アイツの世話なら任せとけ。 オムツだってミルクだってアイツの好みを一番よ〜く
知ってるは、このオレ様だ。 」
「 そっか。 それじゃ・・・安心して頼めるね。 あ・・・でも博士のボディ・ガード・・・ 」
「 ジョー。 俺がいる。 お前こそ安心して帰国しろ。 」
「 ・・・ ありがとう! ジェロニモ。 ・・・うん、そっか。 そうだよね。 それじゃ・・・折角だから・・・ 」
ジョーはますます複雑な心境ながら、一日早い便で帰国することになった。
ともかく挨拶を、とジョーは博士の部屋に行った。
「 ・・・ ギルモア博士? いいですか。 ジョーです・・・ 」
「 だから この場合の試験値を ・・・ ああ、ジョー? 開いてるぞ〜 」
開いているもなにも、きちん閉じていないドアを カタチだけノックしてジョーはそっと足を踏み入れた。
廊下にまで話し声が漏れていたが、案の定、ギルモアは小柳博士と熱心に話し合っていた。
「 やあ、島村君。 お疲れさんでしたな。 」
「 ドクター・小柳。 ありがとうございました。 博士、では今晩の便でお先に帰ります。 」
「 おう、そうか。 それがいい。 ・・・ お前、そろそろウチが恋しくなったんじゃないか。 」
「 え! そ、そんなことないですよ! 」
博士の軽口に ジョーはなぜか真っ赤になり ― そんな彼を眺め博士はなんだか嬉しそうだった。
「 ほほう? どなたかお待ちかね、なのですかな。
時に島村君。 きみ ・・・ もしこのままドクター・ギルモアの助手を務めるのならば。
私のところで勉強をしてみないかね? 」
「 ・・・ え・・・?! あ、ぼく、全然初心者ですから。 基礎からやらないと・・・」
「 その基礎を ウチの研究機関でやはり若い学生たちと一緒に学んでみないか。 」
「 ・・・ それって 留学 ということですか。 」
「 まあ、そういうことかな。 考えてみてはどうかな。 君は優秀だ。 」
「 ジョー。 折角のお誘いだ、ようく検討してごらん。 」
「 ・・・ は、はい。 」
「 まぁ 取り合えず、今回はこれで・・・ ははは・・・ 早く帰るんだな。 」
「 いい返事を待ってますよ、島村君。 」
「 ・・・ ありがとうございます・・・! 」
ジョーはますます複雑な心境となり、博士の部屋を辞去した。
「 ・・・ 留学、か。 」
ジョーは対向車もない海沿いの道をぶっ飛ばしてゆく。
潮の香が、波の音が ほんの数日身近になかっただけなのにやけに懐かしい。
あの岬の突端にある家と この地域は 今や彼にとって故郷となっていた。
はるか前方に 見慣れた屋根を認めつつ、ジョーの気持ちはあらぬ方に向いていた。
もっともっと勉強したい。 いや、しなければならない。
それは博士を手伝い始めて、 ジョーが日々痛感していたことだ。
ジョーには フランソワーズのように電子工学の基礎知識すらない。 彼はいわば見様見真似で
博士の助手を務めているにすぎないのだ。
最近 博士の小さくなったと思える後姿をみるにつけ、ジョーの心は痛む。
< 時間 >は。 現在の状態を保っていられる時間は 限られている。
きちんと基礎から勉強しなくちゃ駄目だ! 中途半端な積み重ねではすぐ限界がくる。
・・・ のんびりしている場合じゃ・・・ない・・・!
そう思いつつも、では具体的にはどうすればよいか。 ジョーは迷っていた。
だから今回、傍聴だけでも最先端の知識に触れることができたのは嬉しかった。
たとえ半分も理解できなかったにしても・・・
だからまさか本格的な学びのチャンスが巡ってくるとは思ってもみなかった。
・・・ どうしようか。
ジョーは まったく結論を出せないまま、時間に追われエア・ポートに急ぎ ― 帰国した。
「 ああ・・・ やっぱりこの陽射しは いいよなあ・・・ 」
窓を全開にし、潮風に髪を弄らせつつジョーは軽快に運転していった。
この時間なら、フランソワーズ、ウチにいるよな。
・・・・ふふふ ・・・びっくりするだろうなあ〜 何にも言ってないから、さ。
ただいま って当たり前の顔して玄関、開けたらさ・・・
ジョーは。 この地で初めて得た <我が家> が 今、なによりも大切に思えていた。
当たり前に育った人間が巣立つ時期になって 彼はようやっと ― たとえ擬似的なものであっても ―
彼自身の 巣 を、得ることができたのだ。
そして。 大切な存在も ・・・
「 ・・・ ただいま〜〜 」
ジョーは弾む気持ちを持て余しつつ ― 一生懸命 ごく普通 の様子で玄関の前に立った。
ギルモア邸は 要塞に近い厳重なセキュリティ・システムに護られており、
定住者 および メンバー達だけが オート・チェックをスルーできる。
玄関のドアもバイオ・センサーでロックがはずれ、難なく開くはずなのだが ―
いつもは彼がそこの立つとほぼ同時に ドアが静かに開けられる。
そして
彼女の笑顔と共に、明るい声が彼を迎えてくれるのだ。
「 お帰りなさい、 ジョー。 」
ジョーにとって その一時は大切なタカラモノであり、至福の時・・・なのだ。
それが ― 今日は。
いくら待っても マホガニーに見えるドアは 開かなかった。
「 ・・・? 出かけているのかなあ。 ・・・あ、そういえばガレージにぼくの車、なかったっけ。
あ、そうか。 うん、きっと買い物に行っているんだよ。 」
ジョーはうんうん・・・と頷きつつ、玄関ドアを開け <我が家> に入った。
「 そうだよ。 きっとアルベルトは運転手兼荷物もち、でさ。
どうしてさっさと決めないんだ! ってスーパーでイライラしているんだよ〜 ふふふ・・・ 」
誰もいない家に、自分自身の足音と独り言が結構大きな音で響き渡る。
ともかく一息いれなくちゃ・・・と ジョーは荷物を玄関に置いたままリビングのドアを開けた。
そして ― 戸口で足は止まってしまった。
・・・ あれ・・・?
ギルモア邸のリビングはかなり広く、たとえばメンバー全員が集まっても
そんなに窮屈には感じないだけの余裕がある。
普段は窓寄りにソファと肘掛け椅子、ティー・テーブルなどを置き、そこで団欒の一時を過す。
しかし ・・・
今、 ソファやテーブル、マガジン・ラックやらフロア・ランプは片寄せられ、絨毯すら巻き上げてある。
フローリングもむき出しに、 そこはがらん・・・とした空間になっていた。
「 ・・・ なにか ・・・ どうかしたの かな。 」
ジョーはそうっと足を踏み入れた。
いつもと違った様相だったが 特にモノが散乱していることもなく、誰も居ないけれど
家の中に漂う雰囲気は <いつもの我が家> と変わることはなかった。
「 じきに帰ってくるさ。 うん、そうだよ。 ・・・ 荷物、片付けて置かなくちゃな・・・ 」
ジョーは ぱたぱたと玄関に戻っていった。
・・・ あれ・・・?!
ぼんやり開いた目に 映ったのは ― 薄闇の中に浮かぶ天井だった。
なんの変哲もない天井になのだが ・・・ なぜか見覚えがあり、左隅の染みの大きさも知っている気がした。
「 ・・・ ここ ・・・ ホテル、じゃない・・・よなぁ ・・・ あれ。 空調の音が随分煩いけど・・・?? 」
あ・・・!!!!
次の瞬間、ジョーは跳ね起きた!
「 寝ちゃったんだ・・・!! そうだ・・・部屋に荷物もってきて整理しようと思って。 ちょっとだけ・・・って。」
ほんの5分だけ、と思いベッドに突っ伏して ― そのままジョーは熟睡してしまったのだ。
開けっ放しの窓からは もう夕焼けも終った空に ちらほら星の瞬きが見えた。
「 ・・・! ヤバ・・・! フラン〜〜 もう帰っているかも・・・! 」
ジョーは皺だらけになったパーカーをひっぱり、寝癖でさらにあちこちに向いてしまった強情な髪を押さえつつ・・・
部屋を飛び出した。
「 もう〜〜! 荷物整理して、汚れ物も洗濯機の放り込んでさ。 やあ、お帰り、フランソワーズ?
びっくりしたかい? ― って玄関で迎えるはずだったのに〜〜 ! 」
ジョーはスリッパもすっ飛ばし階段を駆け下りていった。
階下には ― 当然のことだがちゃんと灯りがつけてあり、リビングからは話し声が聞こえた。
・・・ フラン!! 帰っているんだね。 そうだよ、アルベルトを荷物持ちにして
買い物に行ったんだ、 うん。
ジョーは勇んでリビングのドアに手をかけた。
「 ただい ・・・?? 」
「 アルベルト、 アナタは満足していないの? 」
不意に かなりきつい口調で彼女の声がとんできた。
・・・ え? ま、満足・・・??
ジョーの手は 数センチ、ドアを開けただけでぴたり、と止まってしまった。
「 ・・・・ ・・・・・ ・・・ ・・・・。 」
「 でも。 それは感じ方の違いだと思うわ わたしは ・・・ 」
「 ・・・ ・・・・ ・・・・・・ ? 」
フランソワーズの声ばかりが耳に入る。
返事をしているのはアルベルトにちがいなのだが、彼の言葉は聞き取れなかった。
もともと静かに話す人物であるし、ドアには背を向ける位置にいるらしい。
「 ・・・ ・・・・。 ・・・・ ・・・? 」
「 わかったわ。 それなら ・・・ もう一度・・・ アナタのお好きなようにしてちょうだい !
今から ・・・ お願い。 」
「 ・・・ 仕方のないコだな ・・・ 」
! な、なんだって・・・!!
ジョーの手脚は無意識に動いてしまい ― 気がつけばリビングのドアが振動でびりびり震えていた。
「 ・・・・! あの ・・・! 」
ドアをぶち破る勢いで 部屋に転げ込んだジョーの目に前には。
― フランソワーズが まさにカットソーの裾を捲り上げ脱ぎ捨てようとしていた・・・!
ふ! フランソワーズ ・・・! ・・・あ・・・ど、どうしたらいいんだ??
「 ん? あ〜らぁ ジョー。 やっと目が覚めた? 」
「 なんだ、ジョー。 そこのドア、どうも建付けが悪いな。 後で修理しておくか。 」
勢い込んで飛び込んだジョーの前で 二人はのんびりと話をしている。
フランソワーズのカットソーは胸のすぐ下まで捲れあがり ― 留っていた。
・・・ あ。 アンダー、着てるんだ・・・・
ジョーはほっとした反面 ちょっぴり残念がっている彼自身に気づき・・・ますます落ち込んでいる。
「 ・・・ あ ・・・ あの・・・! フラン・・・そのぅ〜 」
「 あ、お帰りなさい。 博士からご連絡があったの。
ふふふ・・・ 帰ってきたらジョーの靴が玄関にあるでしょう。 嬉しかったわ。 」
「 ご苦労だったな。 ジェットやジェロニモは元気だったか。 」
「 あ ・・・う、うん。 あの それで ・・ あのぅ〜〜 」
「 時差ボケはどう? さっきそう〜〜っとお部屋を覗いたら とっても気持ちよさそうに眠っていたから・・・
お茶の時間には起こさなかったの。 」
「 あんまり昼寝してるとかえって辛いぞ。 さっさとこっちのペースに乗ったほうがいい。 」
「 う、うん。 ・・・ あの、さ。 そのぅ・・・邪魔、してごめん・・・ ぼく、覗くつもりじゃなかったんだけど・・・ 」
「 は? 」
「 え? 」
意味不明の言葉をぶつぶつ呟き ひとり、俯き顔を赤くしている茶髪ボーイを
独逸男とフランス娘が不思議そうに眺めていた。
「 ジョー。 それじゃ・・・見ててね! 」
「 う、うん・・・ 」
「 じゃ、いいか。 ワルツ だぞ。 」
「 はい。 ・・・・ 7〜8・・・! 」
フランソワーズのカウントと共に ピアノが響き出した。 そして 同時に白い妖精が舞い始めた。
・・・ うわ ・・・・
ジョーが彼女の踊りを こんなに至近距離で見るのは初めてだった。
今までにも何回か彼女の舞台を見たことはあったが、 それは照明やら華やかな衣裳に包まれた
<別世界>であり、 いつもジョーの隣にいる彼女・・・とは別人に思えていた。
それが 今。 その息遣い、汗の滴り、髪の一筋の乱れすら見えるのだ。
ジョーのようく知っている <彼女> が ジョーの知らない世界に舞っていた。
その彼女を導くのが ― ピアノの音だ。 アルベルトの奏でる音なのだ。
すげ・・・ 踊ってるのはフラン一人だけど。
アルベルトの音と ・・・彼と一緒に 踊ってる・・・ みたいだ・・・
ジョーは気がつけば 身体を固くし、膝に当てた手をつよく握り締めていた。
ご機嫌のフランソワーズから彼の留守中にアルベルトが臨時のピアニストを務めていて ・・・
ついには毎晩 このリビングでフランソワーズの練習に付き合っているのだ、と説明してもらった。
ああ ・・・ そうなんだ・・・・と ジョーは密かに胸をなでおろしていたのであるが。
今は目の前の情景に完全にフリーズしていた・・・!
「 ・・・・と。 どう ・・・ こんどは・・・ 」
曲がおわり、音が消え ― 白い妖精は フランソワーズ にもどった。
荒い息の間から 訊ねる彼女に、ピアニストは憮然とした表情のままだ。
「 さっきよりはすこしは マシかな。 ・・・ お前、昨日のレッスンでも言われていただろ?
もっと音を踊れ。 技術の問題ではないと思うが。 」
「 ちゃんと 聞いているつもりだわ! 」
「 つもり、じゃ駄目だ。 お前はダンサーだろう? <聞く>のではなくて<踊る>のだろ。 」
「 ・・・ え ・・・? 」
ジョーの目の前で 二人は激しい調子で言い合っている。
いや、言い合いといっても感情的なものではない。
真剣なその調子に ジョーは一言も口を挟めず、ただじっと・・・聞いていた。
すごい・・・なあ。 ・・・アルベルトは相変わらず辛辣だけど。
でも現実をはっきり言ってるんだな・・・
フランソワーズも ・・・ 思ったこと、はっきり言ってるし・・・
持って生まれた性格か、育った環境からくるものか、 ジョーは日頃から断定的なことはあま言わない。
黙って周囲の話を聞いていることが多いのだ。
・・・ちょっと羨ましいな。 こんなにぽんぽん言い合えるヒトがいるなんて、さ・・・
かたん、と脚を組み替えた途端 ―
お前は 009 だろ。 誰と誰が一番長い付き合いかって一目瞭然じゃん
ジェットの声が不意に耳底に甦った。
・・・・ 009。 9番目。 ラスト・ナンバー。
彼女は 003。 彼は 004。 ・・・ 長い付き合いなのだ。
・・・ やっぱり ・・・ そういう仲の方が ・・・ いい、のかなあ・・・
セピアの瞳の焦点は どんどん低くなって行った。
「 ・・・ジョー? ねえ、ジョーはどう思う。 」
「 ・・・ ぼくは ・・・ 9番目だから・・・ 」
「 え? なあに? きゅう がなんですって? 」
突然 ふわり、といい匂いがして碧い瞳が 彼の顔を覗き込む。
「 わ!? ・・・な、なに・・・ なに。 」
「 あ・・・ごめんなさい、やっぱりまだ時差ボケよねえ。
ねえ、NYはどうだったの。 学会ってジョーも少しは傍聴できたのでしょう? 」
流れる汗をタオルで拭い、 彼女はふわりとジョーの隣に座った。
「 う、うん。 ずっと、聞かせてもらったんだ。 へへへ・・・・でも半分も解らなかったけどサ。 」
「 あら、でも半分は わかったのでしょう? 凄い貴重な経験よね。 」
「 ウン ・・・ それで さ。 留学しないかって。 」
「 留学!? え・・・ その ドクター・コヤナギの研究所へ?? 」
「 うん、まあ基礎コースだけど・・・・ 」
「 うわ〜〜〜凄いじゃない!!? ジョー、やったわね。 ビッグチャンスだわ! 」
「 え・・・ そ、そうかな ・・・ 」
「 そうよォ! ねえねえ アルベルト〜〜 聞いて聞いて! 」
・・・そんなに 嬉しいのかな。 ぼくが いない 方が ・・・
頬を染めはしゃぐフランソワーズを ジョーはひどく淋しい気持ちで眺めていた。
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updated : 09,08,2009.
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******** 途中ですが・・・・
す、すみません〜〜〜〜 またしても・またしても終わりませんでした ・・・ <(_
_)>
( 最近このパタンーンばっか・・・ ★ )
え〜〜 43話、じゃないですよ! ここは 93・らぶらぶサイトですからね♪
一応平ゼロ設定、ジョー君の方が世代の差?? に悩んでいるようです(^_^;)
あ、 ノクターン はショパンの ノクターン です。
バレエの 『 レ・シルフィード 』 ( ・・・ ラ・シルフィード は別作品 ) の曲です。
ちっとも サイボーグ009 じゃないですが ( いつもそうだけど・・・ )
お宜しければあと一回、お付き合いくださいませ <(_ _)>
なにか一言でもご感想 頂戴できましたら〜〜 狂喜乱舞〜〜〜♪♪