『 それから・ウチの庭 ― (3) ― 』
カタン ・・・ ふわあ〜〜〜〜〜・・・
キッチンの窓を全開すれば 裏山から涼しい風が吹き込んでくる。
フランソワーズの金色の髪が さわさわと揺れる。
「 ん〜〜〜 ・・・ いい気持ち〜〜〜
自然の風 いいなあ〜
ウチは夏でも涼しいのよねえ ・・・
」
彼女は大きく伸び〜〜をする。
「 あ〜〜 ふんふん ・・・ この風は緑の匂いがするわ ・・・
裏山って全然手入れしていないけど ウチには貴重よね 」
海に近いギルモア邸 ― その設計と設置位置の巧みさで
夏場でも快適に過ごすことができる。
もちろん 邸は冷暖房完備、それも自家発電によるものなので
どんな厳冬・猛暑であろうとも快適に過ごせる。
しかし。 住人達も たまに訪れる客人たちも
その 人工的な環境 で過ごすことは好まなかった。
彼らは 夏場には大きく窓を開け 通り抜ける風で涼み
冬になれば部屋の奥まで差し込むお日様の温もりを楽しんだ。
春でも秋でも 海からは 朝夕涼しい風が来るし
裏山は ぼうぼうの雑木林だけど緑の風を運んでくれるのだ。
それは ここに生まれ育つ子供たちも同様だった。
たっ たっ たっ たっ −− − − !
「 たっだいまァ〜〜〜〜 」
ばた〜〜ん ・・・ 玄関のドアが勢いよく閉まった。
「 ただいま 〜〜〜〜 おか〜さ〜〜ん オヤツ〜〜〜 」
「 すぴかさん? お帰りなさい。 手、洗って・・・ 」
「 ん〜〜〜 」
たたたた ・・・ だだだだだだ !
一旦遠退いた足音は すぐにキッチンに近づいてきた。
「 オヤツ! おか〜さん 」
「 冷凍庫にあるわよ ご注文の品です 」
「 うわい♪ ・・・ あ〜〜 いいかんじィ〜〜〜
ガン・トマ〜〜〜 ♪ えへへへ つ〜めた〜〜い♪ 」
金色のお下げを振り振り すぴかは冷凍庫から < すぴかのオヤツ > を
取り出す。
「 ガンガチでしょ? ウチの温室製だから美味しいわよ 」
「 ・・・ ん〜〜 あ〜〜 ウマ〜〜〜 」
すぴかは ガンガンに凍らせ、真っ白になったホール・トマトに齧りつく。
真珠色の歯が がしがしかみ砕いてゆく。
「 ひゃ〜〜〜 つ〜めて〜〜〜 激ウマ〜〜〜 」
「 < 冷たくて・美味しい > でしょう すぴかさん 」
「 あ うん ・・・・ < おいしい > デス。
ちょっと外 ゆくね 」
「 どこ。 」
「 ん〜? アタシの木。 宿題、やっちゃう。 」
コレ 齧りながら〜 と彼女はガンガチ・トマトを母に見せる。
「 そう? あ 帽子と水筒、忘れずに! 」
「 はあい〜 」
「 あら すばるは? 」
「 しらな〜〜い 校門で追いこしたから〜〜 」
「 わたなべクンと一緒? 」
「 そ。 ど〜せ 二人でのったり・くったり帰り道〜〜 だよ 」
「 そうねえ ・・・
ま お腹空けばちゃんと帰ってくるわね
」
「 だよね〜〜 アイツ、 アリさんだからさ〜
ガン・トマは遠慮 なんだってさ 」
「 そうなのよね すばるは自分で自分用のアイス・キャンデイ、
作ってるしね 」
「 へえ・・・ どんなの? 」
「 タッパーにね カルピス入れてガンガチにしてるわ 」
「 おか〜さん 食べた? 」
「 一口 もらったけど ・・・ 」
「 けど? 」
「 甘すぎて・・・ お母さんは <遠慮> お父さんはおいし〜って
言ってたけどね
ウチの男性軍は アリさん だわ 」
「 だよね〜〜〜 アリさん! ぶははは〜〜 夏は ガン・トマ だって♪
じゃね〜〜〜 」
「 あ 虫よけも 忘れずに 」
「 おっけ〜〜 かとりせんこう もってくね 」
「 はい。 気をつけて
」
「 おっけ〜〜〜 」
ふんふんふ〜〜〜ん♪
すぴかは 宿題と本、水筒と < ガン・トマ > 二個 を持って
さっさか裏庭の < アタシの木 > に行ってしまった。
「 ・・・ ま 宿題はちゃんとやるから いっか・・・ 」
フランソワーズは 溜息つきつき・・・ テーブルを拭いた。
美味しいミルク・ティ いれて
ジュエル・ジェリー とか 切り分けて
レースのテーブル・クロスなんか出してみて
二人で女子トークでもしたいんだけど なあ・・・
彼女の大事なすぴかは ちょ〜〜〜っと母とは違う趣きの?娘なのだ。
見かけは お母さんの小型版 でも中身は ・・・
「 ま ・・・ 元気で学校大好き だからいいけど 」
ちょびっと淋しい気もする。
がった〜〜〜ん。 ただいまあ〜〜〜〜
玄関での〜んびりした声がする。
「 あ すばるだわ。 お帰り〜〜 すばる〜〜〜〜 」
母は 気を取り直し玄関に出ていった。
ギルモア邸の庭は ―
ここに住みついてかれこれ10年以上の月日が流れ ・・・
( まあ それなりにいろいろ・・・あったけど )
表庭は 放置に近いけどそれなりに風情が出てきた。
築山やら薔薇のアーチの周りで駆けまわって騒いでいたチビ達は
とっくにもっと広い外界へ飛び出していってしまった ・・・
そして 裏庭は ・・・ 相変らず ごたごたしている。
温室 洗濯モノ干し場 ハーブ畑 柿の木 ・・・
その間を家族がみんな 出たり入ったりする。
完全に < 生活の場 > なのだ。
たったった・・・
すぴかが ガン・トマ を齧りつつやってきた。
一本の大きな樹の下で 足を止める。
「 ふ〜〜〜んふんふん ・・・ えいやっと 」
彼女は 持ち物一切を詰め込んだリュックを背負ってその樹に取り付いた。
― その樹 が すぴかの < アタシの木 >
裏庭の隅っこ、裏山との境界に近い場所に生えている大きな樫の木だ。
もともと裏山の一部だったのだろう。
彼らが 住み始めた頃にもすでに大きな樹だった。
「 ― これ。 アタシの木 ! 」
チビのすぴかは専有を宣言し その日から木登りにトライし始め。
今では 彼女の第二のプライベート・ルーム になっている。
大きな枝と枝の交差部分に古い座布団を括り付け
そこで 一人の時間を楽しむ。
「 ・・・ ふ〜〜〜ん ・・・ ウマ〜〜〜
」
宿題は早々に片づけ まだガンガンに凍っているトマトを
齧りつつ 本を広げる。 ぽーたぶる・蚊取り線香 も
枝にひっかけた。
「 えっと〜〜〜 どこまで読んだんだっけ・・ あ ここだ! 」
短パンからすんなり伸びた脚を枝にかけ 帽子を目深にかぶり
すぴかは 『 シャーロック・ホームズのぼうけん 』 に没頭し始めた。
さやさやさや −−−−
裏山からの風が すぴかの金色のお下げを揺らしていった。
しゃく しゃく しゃく・・・
キッチンでは すばるが タッパーを抱えて
自作の アイス・キャンデイ に 没頭していた。
「 すばる ・・・・ 美味しい? 」
「 ん〜〜〜〜 甘くてえ 激ウマ〜〜〜〜 」
スプーンを咥えたまま すばるは顔も上げない。
「 ふうん 」
「 あ おか〜さんもたべるぅ? 」
「 ― 遠慮しとくわ。 お母さんには甘すぎる・・・ 」
「 え〜〜〜 美味しいじゃ〜〜〜ん
」
「 ・・・ 食べ過ぎはダメよ。 晩ご飯が入らなくなりますよ
」
「 だ〜〜いじょ〜〜ぶ♪ ・・・ あ〜〜 ウマ〜〜〜 」
「 宿題は? 」
「 半分やった 」
「 半分?? どこで
」
「 帰り道〜〜 わたなべクンと一緒に〜〜
」
「 歩きながら やったの?? 」
「 うん。 二人でしゃべって やったんだ 」
「 ・・・ ああ そうなの じゃあ残りもやっちゃいなさいね 」
「 ん。 あ ここでやっていい 」
「 ここって キッチンで? 」
「 ウン ここ 涼しいも〜〜ん
ねえ おか〜さん ・・・ ミルク・ティ ほしい
」
「 いいけど。 宿題 やってね。 それと お砂糖は2つまで よ 」
「 ふぁ〜〜い 」
ごそごそごそ ーーー ランドセルから宿題を取りだし〜
「 お〜っと 算プリ は終わってるっと あとは 漢字ドリル かあ
う〜〜〜〜っんと
」
すばるはしばらく宙を見つめていたが ― 鉛筆を握りなおすと
猛然とノートを埋めはじめた。
「 ?? ねえ すばる。 空中に答えが書いてあるの?
すばるにはそれが見えるの? 」
「 ・・・ ( 書き書き書き〜〜〜〜 ) 」
「 ねえねえ すばる? 聞こえてる? 」
母は 一向に顔をあげてくれない彼女の息子の顔を覗きこむ。
「 ・・・ ( 書き〜〜〜〜) ? わ!?
おか〜〜さん なに??? 」
「 なに じゃないわよぉ さっきから聞いてるのに 」
「 ほにゃ? 」
「 すばる ってば 空中睨んでたから ・・・ 」
「 ・・・ あ〜。 帰りにさあ わたなべクンと宿題のハナシしてて
それ 思い出してた
」
「 漢字の書きとり で? 」
「 これ 書きとり じゃないよ
新しく習った漢字をつかった文を書くの。 」
「 へえ〜〜〜 あ じゃあ 創作するの?? 」
「 そうさく?? 」
「 ・・・ あ〜 あのう すばるが作ったの? 」
「 ウン。 わたなべクンとね〜〜〜
えっと次の字は なんにしたんだっけかな〜〜〜 」
すばるは再び空中に目を据えている。
あは シツレイしました〜〜〜
ふうん・・・
こういう宿題のやり方もあるのねえ
ま すばるらしいってことか
「 すばるく〜〜ん 晩ご飯は チキン南蛮 ですよ〜〜
・・・ ダメだわ 聞こえてない ・・・ 」
ふううう ・・・ 母はこっそりため息を吐くと調理台に向かった。
その夜 ジョーは彼にしては珍しく子供たちの晩御飯に間に合う時間に
帰宅した。
「 ただいまあ〜 」
「 お帰りなさい! 早かったのね うれしいわ 」
玄関で 愛妻とあつ〜〜いキスを交わし、腕を回しあいつつリビングへ。
「 あ おと〜〜さ〜〜〜ん お帰りなさあ〜〜い 」
「 おと〜〜さ〜〜〜ん 」
食卓の準備を手伝っていた子供たちが 駆け寄ってきた。
「 ぉ〜〜〜すぴか すばる ただいま〜〜 」
「 ごはんだよぉ〜〜 いっしょ〜〜〜〜 」
「 いっしょ〜〜〜〜 」
ぽん。 ぽん。 二人とも父に飛び付く。
「 あらら ・・・ お父さん、先にお風呂じゃないの? 」
「 あ そうだな〜 うん 先に食べててくれるかな 」
「 まってる!! 」
「 まってる〜〜〜 おと〜さ〜〜ん
」
「 いいよ いいよ。 二人ともお腹 ぺこぺこだろ 」
「「 まってる!
」」
「 ふふふ じゃ お父さん、ゆっくりお風呂 どうぞ?
あなた達 待てるのね? 」
「「 うん !!
」」
「 ・・・ そっか ・・・ うん それじゃ ・・・ 」
ジョーは なんかそっぽを向いてそそくさ〜〜とリビングを
出て行った。
ふふふ ・・・・?
誤魔化しても だ〜め。
― 泣いてるんでしょ ジョー?
ホントにチビ達のことになると
も〜〜 涙脆いんだからア
うふふ・・・
009のこんな顔
知っているのは わたし だけ(^^♪
フランソワーズは 笑いを噛み殺しつつ食卓を整え始めた。
「 すばる〜〜〜 まんから しよ? 」
「 ん♪ しよ〜〜
」
二人は ソファに上りけたけた笑いつつゲームに興じていた。
− さて いつもより( チビ達には )遅くなった晩御飯、
でも 久々お父さんと一緒の 超〜楽しいひと時となった。
チビ達は お皿の上もお茶碗の中もきれ〜〜に完食。
食後は お父さんの食器洗いの < お手伝い > だ。
まあ シンクで父の脇に立って ちょびっと手を出す程度だけれど・・・
「 ね〜〜 おと〜さん ヒミツ 教えてあげよっか
」
「 お? なんだい すぴか 」
「 へへへ あのさ〜〜 か き 」
「 かき ・・・? ああ 柿 かい? 」
「 そ! 裏庭の柿〜〜 今年はさ ちっこい実
結構ついてるよ〜〜
アタシさ < アタシの木 > から かんさつした! 」
「 お! そうかあ〜〜 今年は食べられるかな 」
「 ね! 毎日 お水 あげてるんだ〜 」
「 うんうん しってる。 うんとちっちゃい頃からだよね
なあ 明日の朝 一緒に観察しないか? 」
「 い〜よ〜〜〜♪ かきさ〜〜ん♪ 」
「 あの木 細っこいからのぼれないよ 」
すばるが口を挟む。
「 ! 登らないもん! かんさつ するだけ!
」
「 そうだなあ。 二人が中学生くらいになったら登れるかも 」
「「 ふうん 」」
「 その頃には たくさん実がなるようになってるさ
」
「 登って いっぱいとれるね〜〜 」
「 柿 ってさ。 ジャムになるかなあ 」
すばるは とにかく甘いモノに目がない。
「 は? 柿はあ 木にのぼって実、とって がぶっ! がいいの。
ね〜〜 おと〜さん 」
「 そうだねえ 柿はそのまま食べるか干し柿にするか だな 」
「 ね〜〜〜 おと〜さんも好きでしょ? 」
「 うん。 お父さんが育ったとこにはね 庭に大きな柿の木があって
秋になると登って取っていいことになってたんだ
」
「 おと〜さんものぼった? 」
「 ああ。 お父さん、これでも木登りは上手だったんだぞ 」
「 わあ〜〜い すぴかといっしょ (^^♪ 」
「 かき ってどんな味だったっけ? あまい? 」
「 すばるってば 甘ければいいわけぇ? 」
「 ・・・ じゃあ どんな味さ 」
「 柿は ・・・ う〜〜ん・・? 」
「 いい色になったら 皆で食べよう。
味は〜〜 う〜〜ん お父さんもうまく説明できないなあ
ま ・・・ 柿の味さ。 熟れたものは甘いよ 」
「「 ふうん 」」
チビ達とおしゃべりしつつ ジョーは実に手際よく洗いモノを済ませる。
「 さあ て ・・・と 皿洗い完了〜〜っと
」
「 あ アタシ ふきん係〜〜
」
「 それ 僕。 ぴかぴかにするから。 すぴか しまって 」
「 ― わかった 」
珍しく断固として? すばるが場を仕切り 布巾片手に
颯爽と 水切り籠の前に立った。
「 お。 それじゃ すばる、ふきん係を頼む。
すぴか 運搬及び収納係 だ 」
「「 了解!! 」」
すぴかもすばるも嬉々として < 任務 > に没頭。
凝り性で辛抱強いすばるは お皿も茶碗も ピカピカに拭きあげ
すぴかは それらを恭しく捧げもって食器棚にきっちり収納した。
「 まあ〜〜 すぴか すばる ありがとう〜〜〜
なんてキレイに方伝いのかしら
」
「 おか〜さ〜〜ん おさら ぴかぴかだよ? ね〜 すばる 」
「 しょっきだな きっちり、だよ? ね〜 すぴか 」
「 あら 本当(^^♪ 二人ともお手伝い、ありがとう。 」
「 おと〜さんにも!
」
「 はい?? 」
「 おか〜さん。 おと〜さんにも ありがとう いって。 」
「 おと〜さん きれ〜〜にあらったよ? 」
「 あ そうね。 ジョー ありがとう〜 」
「 ・・・ あは♪ 」
子供達の前でも フランス人の妻は夫にあつ〜〜いキスをする。
あちゃ・・・ ひえ〜〜〜
・・・ ま ウチのチビ達はもう慣れっこだけどさ
ジョーは何年たっても耳の付け根まで赤くなってしまう。
( 何年たっても島村ジョーは 日本人 なのだ★ )
「 さ さあ〜 すぴか すばる おいで〜〜 」
「「 うん !!
」」
リビングのソファに お父さんを真ん中にしてチビ達は
両側にぎゅう〜〜〜っとわざとぴったりくっついて座る。
そして おしゃべり する。 今日あったことを報告する。
「 うんうん それで? ふうん すごいなあ〜〜〜
そうかあ〜 頑張ったね〜〜 う〜〜ん そうだなあ 」
お父さんは どんなにちっちゃなことでもちゃ〜んと聞いてくれて
返事をしてくれるのだ。
けたけたけた〜〜〜 くすくすくす 〜〜〜〜
可愛い笑い声は しばらく続いていた。
ジョーは 至福のひと時を過ごし そんな父子の様子を眺め
三人の声を聞いているのが フランソワーズの幸せタイムなのだった。
さて その翌朝。 かなりの早朝〜〜
すぴかはお父さんの手をひっぱって裏庭に出た。
「 かきの木さ〜〜ん おはよ〜〜〜 」
「 お〜〜 今年も結構葉っぱ、繁ってるなあ〜
」
「 ね ほら。 おと〜さん あそこと ここと・・・
あ こっちにもちっこい実〜〜 」
すぴかは下から指をさす。
「 う〜〜ん・・・? 」
「 あそこだってばあ ほらほら 枝がのびてるとこ。
」
「 ん〜〜〜 よくわかんないなあ ・・・
あ そうだ すぴか。 おいで〜〜 」
ジョーはすぴかの前にしゃがみこんだ。
「 わきゃ? 」
「 肩車 しようぜ。」
「 わ〜〜〜 いい? おと〜さん のるよ〜〜 」
「 おう。 ・・・・ うわ 重くなったなア
・・・立つぞぉ よっいしょぉ〜〜っと
」
「 うわお〜〜 お〜っと うきゃ〜〜 ひさしぶり〜〜 」
「 おいおい あんまり動くなよぉ 」
「 あは ごめん〜〜 」
「 さ すぴか いくぞ
」
「 うん ・・・ 」
「 わっせ わっせ・・・と。 さあ どこかい、教えてくれよ 」
「 うん え〜〜とぉ? 」
すぴかは父の肩車で 柿の木を覗きこむ。
「 おと〜さん みて! ほら ここ ここにも ここも! 」
「 ン〜〜〜 あ ほんとだ〜〜〜 いち に さん・・・
結構ベビー柿 がコンニチワだねえ
」
「 ね!! 」
「 ああ 豊作だな。 今年の秋が楽しみだね
」
「 うん! ねえ 柿の木さんのお世話だけど ・・・
お水と ・・・あと ごはん いる? 」
「 柿の木は ごはん というか肥料だけど・・・
花壇用のでいいのかなあ あとで調べてみるよ 」
「 おんしつ のいちご や みに・とまと とは違うの? 」
「 ・・・ 多分。 お父さんは 植物のことには詳しくないんだ。
お母さんに教えてもらうまで 薔薇とチューリップと向日葵、
くらいしかわからなかったよ 」
「 へ〜〜え〜〜〜〜 お母さん お花とか好きだもんね 」
「 そうだねえ お前たちが生まれる前は 庭はず〜〜〜っと
花壇があって いつも花が咲いてたんだ 」
「 おか〜さんがつっくてたの?? おと〜さんは? 」
「 そ。 種まいたり 球根植えたりね お父さんは手伝いさ 」
「 ふうん ・・・ なんでやめたの 」
「 すぴかとすばる が生まれたからだよ。
覚えてるか? すぴかってば 花壇の中を走り回るし
すばるは 花を食べちゃったり・・・ もう大変だったんだぞ 」
「 へ〜え ・・・ 」
「 また花作りするかなあ ・・・ お前たちも大きくなったし 」
「 ・・・ アタシ。 まだ大きくないもん。
おと〜さん にかたぐるま だもん 」
「 あはは ・・・ もうそろそろ無理かもなあ 」
「 ・・・ アタシ おもい?? 」
「 小学生になれば当然だろ? それに背も高くなったしね〜〜〜 」
「 うん! すばるってばね〜〜 アタシよかず〜っと重いんだよ 」
「 お〜〜っと それじゃ 今度一緒に走ろうか 」
「 うん♪♪ 」
「 さあ そろそろ降ろすよ〜〜 」
「 おっけ〜〜 」
身の軽いすぴかは ジョーが腰を屈めただけで ぽん と飛び降りた。
「 あっは〜〜〜 楽しかったぁ〜〜〜
あ アタシ 柿の木さんにお水、あげるね 」
「 お〜〜。 おっと 洗濯モノ、干すかなあ 」
二人は てんでに朝の仕事に 着手した。
子供たちは元気いっぱい、ランドセルを鳴らして登校していった。
その日は 博士も首都に出る用事があり一緒に家を後にした。
コポコポコポ −−−−− シュワ 〜〜〜
「 はい オ・レ。 どうぞ 」
「 おう サンキュ ・・・ え〜と? 」
「 ・・・ 」
トン。 シュガー・ポットがずい、とジョーの前に押し出された。
「 あは やっぱさ〜〜 朝は甘いモノが ・・・ 」
「 はいはい すばるもそう言って ミルクにお砂糖 足してました 」
「 あは ・・・ うま〜〜〜 」
ジョーは 本当に美味しそうにマグ・カップから甘〜〜いカフェ・オ・レを
飲み乾すのだ。
ふぁ〜〜〜〜〜〜 ・・・ ふふふ
食卓には 夫婦ふたりきり ― の〜んびした時間が流れる。
「 ねえ ジョー お願いがあるんだけど 」
「 ?? なんだい 」
「 あの ね。 わたしも 肩車 して〜〜〜 」
「 は?? なに・・・? 」
「 だから 肩車。 わたしも高いトコに上ってみたいの 」
「 え ・・・ ちょ ・・・・っと それは え〜〜とぉ
ぼく つぶれちゃうかも 」
「 あ〜〜〜〜ら 009 がな〜〜〜におっしゃるの??
ね〜ね〜〜〜〜 いいでしょう???
すぴか ばっかりで・・・
わたし 一度もジョーに肩車してもらったこと、ないのよ〜〜 」
「 ・・・ 当たり前じゃん 細君を肩車って聞いたことねえぞ 」
「 え なあに? 」
「 ・・・ なんでもありません
」
「 ね!? 今度ね チビ達がいない時でいいから・・・
お願いね〜〜 わたしも柿の実とか 見たいのよ 」
「 ・・・ 003が今更 な〜に言ってんだ ・・・ 」
「 はい? 」
「 ・・・ なんでもありません
」
「 あの柿の木 ずいぶん大きくなったわよねえ 」
「 ああ そうだねえ こ〜〜んな細っこいの、植えたよね 」
ジョーは指で小さなマルを作る。
「 そうそう ジョーってば 庭には夏ミカンの木と
柿の木があって ― 登って採った ・・・って言ってたわね 」
「 そうだっけか? まあ そんなこと、してたなあ 」
「 それで ね。 その発言で ・・・
わたし ジョーのこと、 大きなお屋敷のぼんぼんだと思ってたの 」
「 ・・・ へ ・・・? 」
「 だって 夏ミカンを採ったり柿の木に登ったりできる庭がある???
そんな大きなお家で育ったのね・・・って思って。 」
「 あは ― そりゃ確かにそうだけどね 」
ジョーは くすくす笑いだしている。
「 笑わないでよ? 真剣にそう思い込んでいたんだから。 」
「 はいはい ステキな誤解をありがとうございます 」
「 もう〜〜 」
「 教会の庭にでっかい夏ミカンの樹があってさ。 激すっぱで実をこっそり
食べるヤツもいなかったなあ・・・
あの実で毎年マーマレード作りを手伝わされたのは事実だし。
柿の木に登って実をとって食べたのも本当だものなあ
これは結構甘くて美味しかったよ 」
「 ― ステキな思い出よ そうでしょ? 」
「 ・・・ うん ・・ まあ ね
」
「 それでいいの。 ジョーには マーマレード作りと
柿の木の素敵な思い出があるのよね。
だから 今もウチの庭が大好きなのでしょう? 」
「 ・・・ うん そうだね 」
「 それでいいのよ それで ・・・
」
「 それにね ココにはきみがいて ぼくの奥さんで
チビ達がいて ぼく達のコドモで − だから さ。
だから ぼくはウチの庭が大好きなんだ
」
「 それはね わたしもよ。
このお家もお庭も大好き。 ここに住み始めた時から好きだったけど
今はもう最高に 好き♪ それは
」
「 ― わかってるってば 」
「 ・・・・ 」
ジョーは 彼の恋人で愛妻で永遠のパートナーを抱き寄せ
熱く深く キスをした。
「 ん〜〜〜〜 アイシテルって何百回も言って 」
「 ・・・ アイシテルよ フラン〜〜 」
「 や〜っと昼間でも言ってくれたわね 」
「 あは チビ達 いないから ・・・ 」
「 もう ・・・ でもね そんなジョーが好きなの♪ 」
「 うわ ・・・ 」
フランソワーズは 彼女の恋人で愛人で最良の夫に抱き付くと
熱く深く キスをした。
**************
その年の秋、島村さんちの家族は つやつやした柿の実を収穫することができた。
すぴかが お父さんの肩車でひとつ ひとつ丁寧にもいだ。
「 きれい〜〜〜 ぴかぴかだね〜〜 おと〜さん
」
「 そうだねえ 光ってるな 」
「 おと〜さん 食べよ・・? 」
つんつん・・・ すばるがジョーのシャツをひっぱる。
「 お? そうだな あ〜〜 ナイフとか持ってくるか 」
「 え いいよ〜〜 ここでかじっていい? 」
「 ・・・え ・・・ う〜〜ん まあいっか・・・
え〜と これにするかな ・・・ よおし 」
ジョーは一際 色濃い実を選ぶと シャツの裾でゴシゴシ拭いた。
「 ほら ・・・ 」
「 うん! が〜〜ぶ 」
すぴかがすぐに手を出し おっきく口を開けて ひとくち♪
「 !!!! ぐ わあ〜〜 なに コレ〜〜〜 」
「 ?? ど どうした? 」
「 にっが〜〜〜〜〜 ぺっ ぺっ 」
「 え ・・・ うわ〜〜〜 」
慌てて自分も齧ってみて ジョーも叫んでしまった。
これ シブ柿 だあ〜〜〜〜〜
「 ・・・ あ〜あ ・・・ キレイなのになあ 」
すぴかは艶々した実を並べ 残念そう〜〜に眺めていた。
渋い柿は 激すっぱい夏ミカンとは違って
お砂糖をかけても 煮込んでみても ― 甘くはならなかったのだ。
「 食べられないのかなあ ・・・ 」
「 ほっほ ・・・ 干し柿にすればよいよ 」
「 コズミのおじいちゃま〜〜 」
博士と書斎で話し込んでいたコズミ博士が ひょい、と顔をだした。
「 すぴかちゃん。 シブ柿だったんだって? 」
「 そうなの〜〜〜 すっげ〜〜〜にがい 」
「 まあ この辺りの柿はだいたいが渋柿じゃよ 」
「 え ・・・ そうなの? 」
「 農家さんが栽培しているのは 甘くなる種類なんだよ。
もともとこの土地に生えているのは 渋柿がほとんどじゃ。 」
「 ・・・ そうなの ・・・ 」
「 じゃがな そんな渋柿でも甘あ〜〜く美味しく食べることは
できるんだよ 」
「 え??? どうやるの コズミのおじいちゃまあ〜〜 」
「 あまくなるの??? どうするの コズミせんせい〜〜 」
すばるも熱心に寄ってきた。
「 干し柿 にするんじゃ 」
「「 ほしがき ??? 」」
すばるが丹念に ヒモで柿を結び 暖簾 みたいに仕上げた。
「 ふんふんふ〜〜ん♪
あまあああ〜〜い ほしがき になあ〜〜れ (^^♪ 」
「 うわぁ すばる 上手ねえ 」
「 えへへ コズミのおじいちゃまに教わったんだ〜 どう? 」
「 すてき! 柿のオブジェみたいよ〜〜 飾っておきたいわ 」
「 うう〜〜ん これはねえ 陽当たりとぉ 風通しがいいトコに
ぶら下げておくんだ。 」
すばるは < 干し柿のつくりかた > を 熱心に教わったのだ。
つんつん・・・ すぴかが突っつく。
「 ふうん〜 これってさあ どうなるんだろ?
」
「 ・・・ わかんない。 おと〜さん しってる?
」
「 さあなあ ・・・すばる よ〜〜く観察していてごらんよ
」
「 うん!!!
」
すばるの < 甘いモノ > への情熱は 誰にも負けない らしい。
「 アタシ〜〜 木にのぼってとって齧りたい〜〜〜
」
すぴかは どうにも残念がっている。
「 あ それじゃ 後でコズミ先生のお庭にお邪魔しようよ?
あそこには 大きな柿の木があるからね 」
「 ほんと!? うわ〜〜〜い ♪ 」
「 じゃあ 干し柿作り は 二人に任せるからね 」
「「 はあい 」」
ウチの庭 は ごたごた がやがや 柿は渋柿。
でも ね。
皆が過ごす素敵な場所なんだよ
***********
そして ― 時は流れ ヒトも移り
何年も何十年も その倍くらい経ったころ 岬の地は再び荒地に戻っていた。
住んでいた人々も いつの間にか去っていた。
垣根だったであろう場所には なぜか ひょん、と 樅の木が一本。
なぜこんなところに針葉樹が? と 専門家は首を捻るだろう。
坂の天辺近くには 松の古木とおそらく柑橘類と思われる木が数本、
集まって野生化し 小さな実をつけている。
草ぼうぼうの地は さらに奥の雑木林になるが
その手前にはごつごつした樹が一本。
オバケみたいに枝を四方に垂れているが 秋になると山ほど橙色の実がなる。
でも ほとんど鳥さん達のオヤツになっている ・・・
愛された想い出を抱え この地は穏やかに眠っている
******************** Fin.
*******************
Last updated : 06.21.2022.
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************** ひと言 ************
【島村さんち】 は いつもなんか ・・・ 切なく終わってしまいます ・・・
長々お付き合いくださいまして ありがとうございました <m(__)m>