『 いちばん ・・・!  ― (1) ― 』  


                                          
写真・イラスト : めぼうき
                                                          テキスト : ばちるど




「 え・・・っと。 こくご に さんすう。 あ、たいそうふく、いるんだ! えっと・・・・ 」
すぴかは時間割とにらめっこして 教科書だのノ−トだのを机の上に並べている。
「 明日は〜 月曜・・・じゃないよね! 明日は水曜日っと ・・・ 」
「 あしたは ななにち だよ〜 」
「 ちがうも〜〜ん! 」
「 そうだよ〜 今日は ろくにち でしょ、あしたは ななにち さ。 」
「 ぶ〜〜〜〜 !! 」
隣の机から乗り出してきた双子の弟に すぴかは イイ〜〜〜をしてみせた。
「 ちがうもん。 あしたは<なのか>だよ。 ななにち なんて言わないもん。 」
「 あ・・・ そっかあ。 すぴか、すご〜い。 」
「 だって お父さんがお母さんに教えてたじゃん。 すばるも一緒にいたよ〜 」
「 そうかなあ〜〜 」
「 そうだよ! それに、ろくにち なんても言わない。 むいか だよ。 」
「 ふうん ・・・ ぼく、お母さんの子供だからよくわかんない。 」
「 アタシだって! お母さんの子供だよっ! 」
「 そっかあ〜 あははは・・・ おかし〜〜 」
暢気な弟の笑顔に すぴかはちょっとばかり溜息が出てしまった。

二人のお母さんは亜麻色の髪に碧い瞳のふらんす人で 海の向こうからお父さんのところに
お嫁にきたのだ。
普段のお買い物やお友達とは勿論 おうちでもにほんごでおしゃべりしてるけど。
ときどき・・・

「 フラン? それはね・・・ 」
お父さんはやんわり お母さんのにほんごを直してあげたりしている。
「 え。  ・・・・ ふうん、そうなの。 わかったわ、ありがとう ジョ−♪ 」
お母さんはぱっとお父さんに抱きついてキスをする。
お父さんもにこにこ・・・ お母さんを抱っこしてキスを返してる。
・・・ 要するに すばるとすぴかのお父さんとお母さんはいっつでもらぶらぶなのだ。

「 お休み、おわっちゃったけど。 またがっこうのお友達と会えるの、うれしいな♪ 」
「 うん♪ あ、僕、わたなべ君にお父さんがとったしゃしん〜〜、みせたげようっと♪ 」
すばるは大事に大事に下敷きに挟んだレ−シング・カ−の写真を取り出した。
「 ふうん・・・ とにかく ! ななにち、じゃないよ、すばる! 」
「 ・・・ うん  わかった 」
もう全然すばるは上の空、秘蔵の写真を熱心に眺めている。

  おとこのこって ・・・ ヘンなの! 車の写真なんて面白くないよ〜だ!
  あ。 明日の給食の めにゅう はな〜にかな♪ えっと・・・ 

すぴかはカレンダ−の横に張ってある給食のお献立表をのぞきこんだ。
「 え〜っと ・・・  7日〜〜? 
 あ・・・! 大変! 大変だよ、すばるッ!! 16日! 5月16日ってもうすぐだよ!! 」
「 え〜 ・・・ あ。 それって〜・・・ 」
「 うん! 」
「「 お父さんの お誕生日〜〜〜♪♪ 」」


・・・ う〜ん・・・?  うう〜〜〜ん?? う〜〜〜〜〜ん? ・・・・
すばるとすぴかは色違いのアタマをくっつけ合わせ、本当にうんうん言って考えた。

お父さん、大好きなお父さん。 
お父さんのお誕生日♪ ・・・ ぷれぜんと はどうしよう??

「 ねくたい! お父さん、青いの、好きだよね。 」
「 アタシとあんたのお小遣いで 買える? 」
「 ・・・・ う ・・・ん ・・・?  」
ねくたい がどのくらいするのか二人にはわからなかったけど。
でも 自分たちのお小遣いではと〜っても無理・・・・なのはよくわかっていた。

  だってさ。 坂の下のま−けっとには売ってないもん。

双子はよくお母さんのお使いでお家から一番近いマ−ケットまで <おかいもの> にゆく。
タコによく似たお店のオジサンはとても愉快だし、いつも白い不思議なえぷろんのオバサンは
えらいわね〜って ちっちゃなチョコをくれる。
だからお使いは大好きなんだけど・・・ マ−ケットに ねくたい はない。

「 お父さんの好きなもの、ぷれぜんと しようよ。 」
「 うん! ねくたい じゃないと〜〜 」
「 う〜ん?? お父さんの好きなもの・・・・? 」
すぴかとすばるのお父さんは いつでもにこにこ・・・とっても優しい。
すばるよかちょっとだけ濃い茶色の髪と すばるとそっくりな赤っぽい茶色の目をしている。
お仕事が忙しくて 普段は帰りも遅いけど、お休みの日にはず〜〜っと一緒だ。
双子はお父さんのくるまのお掃除を手伝うこともある。
お父さんは 家族と一緒に過せるのがとってもとっても好きなんだな・・・って 
ちゃんと二人にはわかっていた。
そして。 もしかして。 

   お父さんが アタシ ( 僕 ) よか ・・・ 好きなのは。 
   お父さんが大好きなのは ・・・?

そう、お父さんが せかいでいっちばん好きなの は。

「「  お母さん! 」」



「 ・・・ ジョ−! ここよ。 」
「 ? ・・・ あ。  やあ・・・ 」
改札口で きょろきょろしていたジョ−は明るい声に振り向いた。
薄いチュ−ルがかかったフレア・スカ−トを揺らして亜麻色の髪の乙女が手を振っている。
すっきりした地下の出口は案外広くて、ジョ−は少々面食らっていたのだ。
「 フランソワ−ズ。 待ったかな。 」
「 ううん、さっきの電車で着いたとこ。 ・・・ねえ、この駅・・? 」
「 うん。 変わったね〜〜 全然別のとこかと思った。  」
「 ふふふ・・・やぁだ、ジョ−ったら。 この駅を通るの初めてでしょう? 」
「 ・・・え ? そうだっけか。 この前 ・・・ ココに来た時は え〜と・・・? 」
「 この線、確かまだ無かったわよ。 地上の駅からず〜〜っと歩いてきたと思うわ。 」
「 ああ・・・・! そうだったね。 あれって・・・う〜ん・・・? 」
「 もう10年くらい前じゃない? ・・・ だってまだ結婚する前よ、ずっと前・・・ この国に来て、
 あの場所に住むようになったころですもの。 」
「 ・・・ そっか。 そうだよね。  え〜と? こっちの出口でいいのかな。 」
「 もとまち、よね。 あ〜ん、読めないわ。 」
「 ・・・あ、こっちだ、こっち。 元町・中華街。 さあ、行こう。 」
「 ええ。 ・・・嬉しいな〜 久し振りね、二人っきりでデ−ト♪ 」
フランソワ−ズはジョ−の腕にするり、と手を絡ませた。
「 そうだなあ・・・ このごろは必ずアイツらが一緒だものね。 」
「 でもね。 まだまだ赤ちゃんだって思ってたのに。 あの子達ってば・・・ 」
「 うん・・・ こんな <けいかく> を立てるなんてね。 」
ジョ−とフランソワ−ズは仲良くエスカレ−タで地上に向かった。

「 ・・・ わあ ・・・ なんだか ・・・ 風が違うわね。 」
「 うん ・・・ ウチの方とはまたちょっとちがうな。  」
エスカレ−タを降りた先には 明るい街が広がっていた。
大きな道路も通っているが 振り返れば少し先には海がみえ白っぽい空がぐ〜んと高い。
けっこう強く風が吹きぬけ、すこ〜しだけ海の香りを運んでくる。
「 え〜〜っと? あ、あっちだあっちだ。 」
「 ?? ああ、あそこね。 わあ、随分便利になったわね。 」
道をへだてて、華やかなショッピング街の入り口が見える。

「 ほら・・・! 」
「 ・・・・ ええ♪ 」
ぱ・・・っと差し出されたジョ−の手を フランソワ−ズはしっかり握り締めた。

「 それじゃ。 元町 デ−ト に出発♪ 」



「 なんじゃ?? ぷれぜんと?? 」
博士は眼をぱちくりして 目の前の双子をみつめた。
「 そうなの〜 おじいちゃま。 お父さんのおたんじょうびでしょう、
 ぷれぜんと、あげたいの。 でもね・・・・  」
「 うん。 ぷれぜんと〜!  でもでも 僕とすぴかのおこづかいはちょっとでしょ。
 それで〜〜 お母さん! って思ったんだ〜 」
「 ????  ああ、ジョ−の誕生日じゃな。 それで・・・ おかあさん??  」
支離滅裂な子供の会話は 博士の頭脳をもってしても解明できないらしい。
「 あのね、あのね・・・・ 」
「 うんうん。 よ〜くお話しておくれ、二人とも。 」
「「 うん!!  」」
博士の書斎にはいり、大きな肘掛け椅子に並んでちょこんと座って。
すぴかとすばるは 一生懸命にお話をしはじめた。
博士は向かいの、やっぱり大きな椅子で熱心に耳を傾けている。


「 ・・・ そうか。 わかったぞ、二人とも。 」
「 わ〜〜い♪ おじいちゃま、すご〜い 」
「 すご〜い すご〜い♪ 」
二人の断片だらけの<おハナシ>を何回も聞いたのち、博士はぽん、と手を打った。
さすが、天才・・というか。 ギルモア博士は些細な断片から見事に全体像を組み立てたのだ。

「 お父さんのお誕生日プレゼントに、お父さんの一番好きなモノをあげたい。
 それは < お母さん > ・・・・というコトじゃな。 」
「 そう! そうなの〜〜 おじいちゃま! 」
「 そうだよ、<お母さん> なんだ、お母さん♪ 」
セピアと碧の瞳が まん丸になって博士をみつめている。
「 ふむ。 いいアイデイアじゃのう。  ・・・ なるほど、一番好きなのは・・・ってことか。  」
う〜む・・・とうなったきり、おじいちゃまは腕組みをしてじ〜っと考えこんでしまった。
真っ白なお髭を時々 ひっぱったりしている。
すばるとすぴかは わくわくしてそんなおじいちゃまを見つめていた。
「 うむ。 ・・・ うん、そうだったな。 よし。 」
おじいちゃまは やっとお顔をあげると双子達においで、と手招きをした。
「 ・・・ そうじゃ、 それじゃ・・・ こんな<作戦>はどうかの。 」
「 え?? なになに〜〜 おじいちゃま。  」
「 なになに〜〜〜 ? 」
「 よしよし。 二人とも・・・ ここへお座り。 ちょいと三人で内緒話をしよう。 」
「「 うん!! 」」
小さな身体が ちょこん、と博士のソファの肘掛に座りこんだ。
「 いいかな。 コレはワシら三人だけの ひみつ じゃぞ? 」
「「 うん! 」」
「 あのな・・・  」
「「 ・・・・  」」
色違いの小さな頭がふたつ、真っ白な博士の頭にくっつきそうによってきた。
三人はかなり長い時間、ぼしょぼしょと さくせんかいぎ をしていた。




「 え?? プレゼント??? 」
「 ?? お母さんが プレゼント なのかい。 」
お父さんとお母さんは 目をぱちくりしてすぴかとすばるのお話を聞いていた。


その日、ジョ−が仕事から帰ってくると子供たちはまだ起きていた。
「 ただいま。  あれ?! 二人とも、どうしたんだい。 もう遅いよ? 」
「 おかえりなさい、ジョ− 」
「 ただいま・・・ フランソワ−ズ・・・ 」

なにはともあれ。 <お帰りなさいのキス>、これは神聖な時間で子供達だって邪魔できない。
お母さんと一緒に玄関までお出迎えにきた二人は
両親があま〜〜い一時を過すのを 大人しく待っていた。

「 ・・・っと。 それでどうしたんだい? 」
「 お父さん、お帰りなさ〜い! 」
「 お父さ〜〜ん♪♪ 」
お母さんの身体を離したお父さんに すばるとすぴかはてんでに飛びついた。
「 う・・・わ♪ ふふふ ・・・ ただいま〜〜ぼくのタカタモノ達♪ 
 なあ、こんな遅くまで起きてたら明日寝坊しちゃうぞ〜〜 」
「 あした、どようび よ〜 お父さん! 」
「 どうようび、ど・ど・どようび〜〜♪♪ 」
「 あ、そっか。 ・・・ それにしてももうとっくにお休みの時間だろう? 」
「 あのね。 」
お母さんが、お父さんにくっついてもじもじしている双子に代わってくれた。
「 なにか、お父さんに <おしらせ> があるんですって。」
「 おしらせ? ・・・ 二人から、かい。 」
「 うん! そうなの〜 ね、すばる。 」
「 うん! おしらせ、 おしらせ〜〜 」
「 いったい何かな。 ああ、こんな玄関先じゃなくてリビングに行こうか。 」
「 ・・・ う〜〜 いま、いいたいの。 」
「 うん、いま〜〜 」
「 よし。 じゃあ、なにかなあ? 」
ジョ−は身を屈め、子供達と同じ目線になった。

「 ・・・っと。 すばる? せ〜の・・・」
「 う、うん・・・ せ〜の! 」
「「 お父さん、 おたんじょうび おめでとうございます! 
 アタシ ( 僕 ) 達からのぷれぜんとです〜〜 」」 
「 ・・・え ??? 」
「 えええ???? 」
二人にぐい、と手を引っ張られたフランソワ−ズも、そしてジョ−も。
なにがなんだかちっともわからない。 
「 なんだ? プレゼント? お母さんが? 」
「 お父さんのお誕生日・・・ってのはわかったけど・・・? 」
「 あの、ね。  えっへん! 
 ぷれぜんと は、お父さんの一番スキなもの、に決定しました。 ね、すばる? 」
「 うん! お父さんが一番スキなのは お母さん、デス。 ね、すぴか。 」
「 うん。 だから〜 お誕生日にぷれぜんと、です♪ 」
「 これは〜 おじいちゃまからデス。 」
すばるは大事に抱えていた大きな封筒を ジョ−に渡した。

「 ??? ありがとう・・・? 」
「 ジョ−、あとで教えて? さあさあ、二人とも〜〜 今晩はもうお休みなさい、しなさい。
 明日、ゆっくりお話しましょ。 お父さんも眠いんですって。 」
チラ・・・っとジョ−に目顔で伝え、フランソワ−ズは子供達の手を取った。
「 そうだね〜〜 お父さんも眠いなあ〜  あ〜〜ああ・・・ 」
「 ・・・ アタシも・・・ 」
「 僕・・・ も ・・・ 」
ジョ−の大欠伸に釣られて 子供達も可愛い欠伸をし始めていた。
「 じゃ、子供部屋にゆこう。 あ、もう歯磨きは済んでいるよね?  」
「「 うん!  」」
「 まあ、ジョ− ・・・ お疲れなのに、ごめんなさい。 」
「 いいっていいって。 普段あんまり<お休みなさい>できないもの。 たまにはね。 」
「 じゃあ お願いね。 お食事は? 」
「 うん、軽く済ませてきたけど・・・  」
「 でもお腹空いてるでしょ。 用意しておくから・・・ ね?  」
「 ありがと、嬉しいな。  ・・・ これ、二人でよ〜〜く解読しなくちゃな。 」
ジョ−は手にした封筒を ひらひら振ってみせた。
「 そうね〜  じゃあ お休みなさい、すぴか。 いい夢を、すばる・・・ 」
フランソワ−ズはジョ−の手にぶら下がっている子供達のほほにキスをした。
「「 おやすみなさ〜い お母さん 」 」
「 さあ、行くぞ〜〜 二人とも♪ 」
ジョ−はひょい・・・と我が子達を抱き上げた。


「 ・・・ へえ ・・・? <おかあさん ひとりじめ けん> ?? 」
「 すぴかの字ね。 ・・・ あら、博士のお手紙も入っていてよ? 」
「 わあ、よかった! 読んでくれる。 」
「 ええ・・・ あら? これ・・・ レストランの予約確認? 」
大きめの封筒には 画用紙に大きく書かれた <おかあさん ひとりじめ けん> と 
もう一つ普通の封筒も入っていた。
     ジョ− と フランソワ−ズ へ
表には見慣れた博士の文字が読み取れる。
「 え〜と、読むね ・・・ 」
ジョ−はかさり、と引き出した便箋を開いた。


「 ・・・ そうか。 それで・・・ プレゼントは<お母さん>なのか。 」
「 ふふふ・・・ < ひとりじめ けん> ねえ。 子供って面白いこと考えるのね。 」
「 ぼくとしては大歓迎だけど? ・・・ ねえ、せっかくなんだもの、のっちゃおうよ。 
 それにこれ、博士の・・・ 」
「 ええ。  ・・・ まあ、ここって有名な老舗じゃない? ネットで見たことがあるわ。 」
「 ふうん・・・ でも、元町か。 ・・・ 懐かしいなあ。 」
「 懐かしいわね・・・・ ほんとうに・・・ 」
子供達を寝かしつけ、深夜に近い食卓でジョ−とフランソワ−ズはほう・・・っと一緒に溜息をついた。
博士からの手紙には 子供達の計画 ― 誕生日プレゼントとして その日フランソワ−ズを
ジョ−専用に <貸し出す> ― についての説明がのべられていた。
そして一緒にと有名レストランの予約確認のファックスも入っていた。
たまには二人きりで でかけておいで、ということなのだろう。

場所は。 ヨコハマ ・ 元町。
ここからはそんなに遠い距離ではない。
そして そこは。 二人の 思い出の街 でもあったのだ。

そんな経緯があって、 五月のある晴れた日、島村さんご夫妻は仲良く
二人っきりでお出掛け・・・となったのである。








               









「 ・・・ わあ ・・・ ねえ、すごく綺麗になったわね、この街・・・ 」
「 そうだねえ。 確か ・・・ こんな路じゃなかったよね、レンガかなタイルかな。 」
「 あの頃も沢山お店があって賑やかだなあ って思ってたけど・・・ 」
「 ふふふ ・・ あの頃、か。  」
ジョ−はちょっと笑って 繋いでいるフランソワ−ズの手をきゅ・・・っと握った。
「 ? あら、なあに。 ジョ−ったらなにが可笑しいの。 」
「 うん・・・ ちょっと思い出したのさ。 あの頃のこと。 きみと初めてこの辺りに来た時さ。 」
「 ・・・ え ・・・・ ああ、そうねえ・・・ 」
フランソワ−ズはずうっと視線を飛ばし、目の前に続くショッピング街を眺めた。
そうだ。 確かにこの街だった。 それも ・・・ ちょうど、同じ時期、同じ日。
なんだか 目の前の景色がぼんやりしてきた。
・・・ いけない・・・! 
フランソワ−ズは空いている手で そっと目尻をはらった。
「 ん? どうした。 」
「 ・・・ ふふふ ・・・ ちょっと思い出しちゃった。 
 あの頃のこと。 お日様の下に出るのが恐くて。 普通の街中を歩くのが恐かった・・・ 」
「 ・・・ そうか。 そうだったんだ?
 じゃあ ・・・ 随分 迷惑だったろうなあ。 このおせっかい!って思った? ぼくのこと。」
「 正直に言うと ちょっと、ね。 放っておいて!って言いたかった。 」
「 ふうん・・・? なんか・・・ぼく、嫌われてたのかなあ・・・ 」
「 ふふふ・・・さあね? どうかしら。 ・・・ 気になる存在、だったのは確かだけど。 」
「 え〜〜〜 そりゃないなあ。 ・・・ぼくはずっと、ず〜〜〜っときみのこと・・・ 」
「 へええ??? そうなの? 」
「 ・・・ そうだよ!  」
「 まあ ちっとも知らなかったわ。 」
「 おいおい・・・ 今更なんだよ〜〜 」
「 だってあの頃のジョ−って。 ・・・ わたしのこと、避けてなかった? 」
「 え ・・・・ そ、そうだったけか。 」
「 そうよ。 なんだか遠から眺めている、ってカンジだったわ。 」
「 それはさ・・・ きみが、そのう ・・・ おっかなかったから。 」
「 え?! おっかない?? 」
「 ・・・ うん、ごめん。 でもなあ。 初めて会ったとき、ぼく・・・睨みつけられちゃっただろ。
 あれって結構、キツくてさ。 ず〜っと・・・・ そのゥ トラウマになってたな。 」
「 ・・・ そうだったの・・・ 」
「 ごめん・・・ でもな〜 こりゃ嫌われてるな、ってかなり気にしてたんだ。 」
「 嫌うだなんて ・・・ そんな。 」
「 ま、いいじゃないか。 もう ・・・・ ずっと前のことだし。 」
「 ・・・ そうね。 もうずっと前、ね。 初めてこの土地に来たのも、もうずっと前・・・ 」
「 フランソワ−ズ。 」
「 ・・・ ジョ− 」

握り合った手を もう一度確かめあって。
ジョ−とフランソワ−ズはゆっくりと歩いてゆく。
明るい日差しがいっぱいのオシャレなショッピング街、吹きぬける風がどこか爽やかで
高く拡がる五月の空に駆け上がっていった。

そう ― あの頃の あの日も。 ちょうどこんな日、だった。




「 よいしょ・・・っと。 よかったわ〜 皆ぱりぱりに乾いてるわ。 」
「 えっと〜〜 ここに置いてもいいのかな。 」
ジョ−もフランソワ−ズも両手いっぱいに洗濯物を抱えている。
「 ええ。 ジョ−、そこの ・・・ ソファの上に広げておいて頂戴。 あとで畳むから。
 ふう・・・ 暑いわね〜〜 この国は夏が早いのね。  」
「 はい、置いたよ。 え? まだまだ夏じゃないよ? これから梅雨があってそれから・・・
 まだ初夏ってとこかな。 ねえ、そんなに暑い? 」
「 ええ、 わたし、アジアの気候って初めてだから・・・ ああ、暑い・・・ 」
フランソワ−ズはブラウスの袖を一生懸命捲くりあげている。
「 アジアねえ・・・ 半袖とか着れば? Tシャツとかさ。 」
「 ・・・ 夏服って。 持ってないのよね。 」
「 え? 」
「 持ってないの。 ・・・ 今までず〜っと ・・・ 防護服だけだったでしょ。
 私服って、こんなのしかないの。 これで適当にすませつもりなんだけど。 」
フランソワ−ズは今着ている長袖ブラウスと重いウ−ルのスカ−トをちょっと引っ張ってみせた。
「 ・・・ だって! 」

  ・・・ それってさ! 日本じゃ冬の恰好・・・ だよね??

ジョ−はまさか、口には出さなかったけれど心底驚いてしまった。
彼はすこしモジモジしていたが、ぶるん!とアタマを振った。
そして。 

「 な! 買い物に行こう! 今日、これから! 」


「 あ。 海。 ・・・ ここは港が近いのね。 」
「 え? どこ?  」
ジョ−はきょろきょろと辺りを見回してしまった。
駅を降りるなり、連れの少女は小さな声で、でも楽しそうに呟いたのだ。
「 あら、ごめんなさい。 ずっとね、あの丘の向こう側なんだけど。 」
「 ・・・ な〜んだ。 いいなあ、便利だね。 」
「 ふふふ ・・・ こんな時には、ね。 」
「 イイコトになら使ってもいいと思うけどなあ・・・ そのゥ 普通の時でも。」
「 ・・・ ごめんなさい。 わたしがイヤなの。 」
「 あ・・・ ご、ごめん ・・・ 」
彼女の乾いた声に、 ジョ−はどきん、としてしまった。
「 あら。 気にしないで。  ・・・ ねえ、 でも やっぱりお買い物なんてできないわ。
 第一 お金、持ってないのに。 」
「 大丈夫さ。 ・・・・ ほら! 」
ジョ−はGジャンのポケットから 封筒を引っ張り出した。
「 ? なあに。 」
「 博士がね。 必要なものはちゃんと買うように・・・って。 預かったんだ〜 ホラ! 」
「 ・・・ まあ ・・・ これ、かなりの額なんでしょう? わたし、初めてみるお金だけど。 」
「 うん・・・まあね。 でもさ、食べ物以外にもいろいろそろえなくちゃ。
 これからどんどん暑くなるし、着替えとか・・・ 一緒に見てもらえると助かるな〜  」
「 わかるかしら、わたしに。 」
「 わかるよぉ! だって買い物は女の子ってお得意だろ? 」
「 ・・・ でも ・・・ 時代も国も違うし。
 ね、ジョ−。 わたしの恰好、おかしくない? ヘンじゃない?  」
フランソワ−ズはなぜかジョ−の後ろに回ってばかりいる。
「 え?? おかしいって・・・どうして?  」
「 だって・・・ あのヒトも・・・ ほら、今すれ違ったヒトも ・・・
 わたしのこと、じろじろ見るんですもの。 ・・・ やっぱり来るじゃなかった・・・ 」
「 フランソワ−ズ・・・!  」

   そりゃね。
   こんなに綺麗な女の子、誰だって <じろじろ> 見たくなるよ・・・!

ジョ−は、でもなんにもいわずに くい、と彼女の腕を引いた。
「 さ。 行こうよ。 一緒なら いいだろ?  」
「 え ・・・ ええ ・・・。 」
「 ふん! 妙な目で見るヤツがいたら、ぼくが相手になってやるさ。 」
「 ジョ− ・・・ ダメだってば。 」
「 あ・・・うん。 えへへ・・・つい、ね。 なんだか子供の頃を思い出しちゃって。 
 教会にいたころ・・・ よく苛められたりしたからさ。 」
「 え。 ジョ−って教会にいたの?? 」
「 うん。 あれ、話さなかったっけ? ぼくって教会の施設で育ったんだ。
 親の顔は全然覚えてない。 母親がなんでも教会の前で倒れていたらしいよ。 」
「 ・・・ ごめんなさい。 」
「 あれ? どうして謝るの。 別に聞いてもいいよ? ホントウのことだもの。 」
「 ・・・ あなたは ・・・ 勇気があるのね。  」
「 え〜〜?? きみの方がよっぽどスゴイじゃないか。
 射撃の腕前だって ・・・ あんなに多くの敵を前にしても平然としてるし。 」
「 ううん。 わたしは ・・・ 意気地なし だわ。 」
「 どうして。 ・・・あ、無理に言わなくていいよ。 」
「 言いたいの。 言っても いい? 」
「 ・・・ うん。 あ、どこかお茶飲みにはいろうか。 」
「 う〜ん ・・・ こんなにいいお天気でしょ、ほら、あの角の先にベンチがあるわ。 」
フランソワ−ズは少し先の曲がり角を指差した。
「 え、そうなんだ?  ・・・ ああ、ホントウだ〜〜 やっぱ便利だねえ。  」
「 ふふふ・・・。 あなたのそんなトコ、羨ましいな。」
「 え?? 」
二人はメイン・ストリ−トから引っ込んだ場所で ベンチに腰掛けた。

   ・・・ キレイだなあ ・・・ フランソワ−ズってこんなにキレイだったっけか・・・

五月の陽射しに亜麻色の髪が輝いて、時折頬に流れている。
ジョ−はそ・・・っと隣を見ては感嘆の溜息を、これもそう・・・っと吐いていた。

「 ・・・ わたしね。 恐かったの。 」
「 え?? なにが。 」
「 この街が・・・ううん、普通の街が、当たり前の世界が・・・ 恐かったのよ。  」
「 恐い?  どうして。  」
「 だって ・・・ わたし。 本当ならこの姿でここにいるヒトじゃないのよ?
 きっとヘンだわ。 きっと皆がびっくりして ・・・ 振り返ってじろじろ見るわ・・・って思って・・・。  
 そしたら ・・・ やっぱり。 帰りたいわ、こんなトコロに来てはいけなかったのよ。 」
「 あのね! 」
ジョ−は珍しく彼女の話を遮った。
「 キレイなコがいれば 皆振り返るよ! きみの故郷でだってそうだろ。 」
「 ・・・ え ・・・ 」
「 こんなにキレイなんだもの、誰だって思わずじろじろ見ちゃうさ。 そうさ、ぼくだって。
 ね、買い物しよう。 ここは これからきみが ・・・ ぼく達が住む世界なんだからさ。 
 さあ、出発だ。 」
ジョ−はぱっと立ち上がると フランソワ−ズに向かって手を差し出した。
「 ・・・ ジョ− ・・・・ あ ・・・  」
フランソワ−ズは少し躊躇っていたけれど、やがておずおずと手を伸ばした。
そして。
「 ・・・ 行きましょう! 」
「 うん! 」

二人はしっかりと手をつなぎ 港街のオシャレなショッピング街を歩き始めた。
ふわり・・・と初夏の風がフランソワ−ズの少し重たいスカ−トを揺らした。



あれは ・・・ 何年前のことだったか。
お日様だけは今日も変わらずに この旧い港街を照らしている。
久々の夫婦二人きりの外出、
平日だったけれど、お昼に近くなってメイン・ストリ−トはやはり人が多くなってきた。
「 ふうん・・・ 懐かしいわあ・・・ ねえねえ、ジョ−。
 あの時も やっぱりあなたのお誕生日の頃だったわよねえ。 」
「 ・・・ そうだったっけか。 今日みたいな晴れだったのはよく覚えているんだ。
 お日様に きみの髪がきらきらして・・・ とってもキレイだった。  」
「 まあ。 ジョ−はわたしの髪ばっかりみてたの。 ふ〜ん・・・ 髪だけ、ねえ。 」
「 あ! そ、そんなコトないって。 髪も・・・ 顔もスタイルも脚も 何てキレイなんだろうって・・・ 」
ジョ−は一人で赤くなっている。

   ・・・ あらまあ ・・・ この人ってば。
   小学生の子供の父親になっても まだ照れ屋さんなのねえ・・・

フランソワ−ズはわざとそっぽを向いたまま、こっそり笑いを噛み殺した。
「 ま〜あ そうなの? 脚、ねえ。 それで ・・・ あの日、真っ先に靴を選んでくれたわけ? 」
「 ・・・く、くつ・・・? 」
「 そうよ。 憶えてない? この靴がいいよ!ってジョ−がずんずんお店に入っていったわ。 」
「 ・・・ そうだったっけか・・・?  」
「 もう〜〜 忘れちゃった? わたし、あの時。 防護服のブ−ツをはいていたのよ。
 靴って ・・・ 合うのが他になくて。  」
「 あ。 ・・・ うん、思い出した。 ぼく、すご〜く気になってて・・・ 」
「 ああ、あった! このお店だわ。  み・は・ま  ちゃんと憶えていてよ。 」

10年近く前のあの日。
ジョ−は、ジョ−の目から見ても野暮ったい冬服を着ていた少女を見事にヘンシンさせたのだった。
そう・・・
当時の、最新バ−ジョンに身を固めた少女は ますます美しくなり・・・ 
ジョ−はますますまともに彼女を見ることができなくなってしまった。

「 う〜〜ん??? あの靴は思い出したけど。 このお店だったっけかなあ? 」
「 そりゃ、お店の内装は変わっているけれど、 ほら・・・ ここの靴の基本パタ−ンは
 今でも同じなのよ。 ・・・ わたし、あの靴、まだ持っているわ。 」
「 へえ〜〜!? 随分物持ちがいいんだねえ・・・  」
「 だって。 ・・・ ジョ−が初めて 選んでくれたモノですもの。 大事に大事に履いて・・・
 何回か修理してもらって。 結婚するときに処分しようと思ったけど 出来なかったの。
 ふふふ ・・・ 一緒にお嫁にきたのよ、あの靴。 」
「 そう・・・なんだ?  あ。 なあ? 今なら聞いてもいいかな。 」
「 なあに。  」
「 うん ・・・ あ、いけない〜 ランチ、ランチ! 折角博士が予約してくださった店〜〜 」
「 あ! そうね。 え〜っと??? 地図を見せて?  」
「 ・・・・ああ、これだ。 え〜と・・・ この角にバッグ屋があるから・・・ 」
「 ええと ・・・ あら、これは一本山の手側に入るみたいよ?  」
「 そうか。  なあ、<見えない>?  」
「 ・・・え?! あら。 それじゃ。 ・・・・ わかったわ、もうワンブロック先を左に入るの。 」
「 おお、さすが。 我らの003は健在ですな。  」
「 Merci、 Monsieur Neuf ( ムッシュゥ・9 ) 」
島村夫妻は腕を組んで 悠然と歩いていった。


「 ハッピー バスデイ、ジョ− 」
「 ・・・ ありがとう、奥さん。 」
極上のシャンパンで乾杯して、 二人は<お誕生日・ランチ>を楽しみ始めた。
博士が予約してくれたのは こじんまりと落ち着いたレストランでかなりの老舗のようだった。
年季の入った内装はどこかヨ−ロッパ風で フランソワ−ズは懐かしかった。
「 ・・・ 素敵なお店ねえ・・・  」
「 うん、いい雰囲気だねえ。  ・・・ ああ、ここ。 開港当時の調度なんかを使っているらしいよ。 」
「 開港・・・ってヨコハマの? 」
「 うん。 100年よりも前だと思うよ。 ヨコハマって凄く旧い街なんだ。  」
「 そうなの・・・ ふふふ・・・ ジョ−のお誕生日なのにわたしの方が楽しませてもらってるわ。 」
「 いいよ。 きみが微笑んでくれれば それがぼくへのプレゼントさ。  」
「 ・・・ ジョ−。 わたし ・・・ 幸せだわ。 」
「 ぼくもさ。 ・・・ 聞いていい。 さっきのこと。 」
「 ええ どうぞ。 なあに。 」
「 うん・・・ あのさ。 あの時、きみ 言ったろ。 わたしは意気地なしだって。 」
「 そうね。 正確には あなたは勇気があるわねって言ったのよ。 」
「 それも憶えてる。 なぜ?  」
「 ・・・ 今もそう思っているけど。 ジョ−、あなたは勇気があるわ。
 ううん、戦闘がどうの・・・とかじゃないのよ。 それも勿論あるけど。 」
「 ???  」
「 ジョ−って。 いつだってちゃんと現実を見つめているでしょ。
 それがどんな現実でも しっかり見ているわ。 すごく ・・・ 勇気がいることだと思うの。 」
「 それは・・・ きみの方だろう? 悲惨な戦場とかいろいろ・・・ 見てきたじゃないか。 」
「 でも、それはミッションだから、よね。
 わたしが言いたいのは そうね、人生の現実ってことかしら。 」
「 人生の・・・?  」
「 生い立ちとか サイボ−グである、ということとか。 ジョ−は目を逸らせないわ。
 しっかり見つめて それで明日を見ているわ。  」
「 そ、そうかな。 でもそれはきみも同じじゃないか。 」
「 今は、ね。 ジョ−を見習って一生懸命努力しているの。 
 ・・・ 憶えてる? まだ踊っていたい、帰りたい・・・!って泣いていたわたしを
 幻影の世界で踊っていたわたしを 目覚めさせてくれたのは ・・・ ジョ−だったわ。 」
「 ・・・ ああ 。 そんなコト、あったね。  」
「 ええ。 それに ・・・ 普通の世界が恐くて縮こまっていたわたしを
 ぐいぐい引っ張ってくれたわ。 お日様の下に連れ出してくれたもの。 」
「 ・・・・・・・  」
「 あの時からね。 わたし あなたに付いて行きたい!って思ってたの。 」
「 フラン ・・・  」
ジョ−は手を伸ばし、テ−ブルの上に置かれた白い手をそっと持ち上げた。
「 ぼくは きみから夢を見ること、夢を追うことを教わったよ。 」
「 夢・・・・?  」
「 そうさ。 夢みて望んで・・・努力していればきっといつか叶う日がくる・・・
 きみをみていて ぼくはそのことが信じられたんだ。 」
「 わたしの 夢・・・  」
「 ずっと忘れてた。 小さな頃は沢山の夢やら願い事があったけど
 どうせ叶いっこないや・・・っていつのまにか諦めて、夢見ることすら忘れていたもの。 」
「 ・・・ ジョ− ・・・ あなたがいてくれたからなのよ。 」
「 きみはね。 いつだって。 そう、出会ったあの時から、ずうっと・・・
 ぼくの大切な姫君なんだ。 今までも今も ・・・ そう、これからもずっと。  」
「 ジョ−。 結婚してくれてありがとう。 子供達の命を ・・・ ありがとう。
 わたし ・・・ 本当に、本当に幸せだわ・・・!  」
ほろほろと真珠の涙が フランソワ−ズの頬を伝い落ちる。
「 ああ ・・・ 最高のプレゼント、もらっちゃったなあ。 」
「 ふふふ・・・ 博士と子供達に感謝しなくっちゃね。  」
「 うん、本当だよ・・・ 」
「 あ! 大変〜〜 一番大事なこと、忘れていたわ! 」
「 え・・? なんだい、急に。 」
「 今日、あなたのお誕生日に一番にやらなくちゃいけないことなのよ。
 あのね、 お墓参り。 島村のお母様にご報告しなくちゃ。 」
「 ・・・ ぼくの ・・・ 母に・・・? 」
今はもう取り壊されてしまった教会の墓地に ジョ−の母親の墓所がある。
彼女はあの教会の前で 息絶えていたのだ。
「 そうよ。 ありがとうございます、って。
 こんな素敵なヒトを生んでくださってありがとうございます、って。 」
「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・  」
「 ね。 ランチが済んだら ちょっと遠回りだけど行きましょうよ。
 ううん、絶対に行かなくちゃいけないわ。 」
「 ・・・ ありがとう、 フラン・・・ 」
木陰の隠れ家みたいなレストランで ジョ−とフランソワ−ズは黄金( きん ) の時間を過していた。




「 ほ〜いほいほい。 あれ、どうしたネ。 大好物の桃饅、減ってないアルよ? 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
「 ? お腹、いっぱいアルか?  アイヤ〜〜 嬢や、こっちもどうしたネ?
 嬢やが好きや〜言うよってたんと作といたんやデ、胡麻揚げ煎餅。 」
「 ・・・ うん ・・・  」
陽気な張大人の前で すばるとすぴかはじ〜〜っとお皿を眺めているだけなのだ。
二人の前のお皿には 一口齧ったきりの桃饅と ほとんど手付かずの揚げ煎餅の山がある。
張々湖飯店の 奥まった個室席で双子達は珍しく黙って・・・座っていた。

「 ほんまに・・・ どないしたアル? 博士〜〜 坊も嬢やも元気ないアルよ? 」
「 うむ・・・・ 食事の途中までは元気いっぱいじゃったのだが・・・
 ん? どうした。 お腹いっぱいになっておねむかの。 」
「 ・・・ ううん。 」
すぴかがぶんぶんとアタマを振った。
「 ・・・ 眠くなんかないもん。 歯磨き、してないし。 それに ・・・ 」
それに。 
お父さんとお母さんに < おやすみなさい > もしてない・・・ 
すぴかはお口の中でごにょごにょ言っていた。
いつもはきはきお話するすぴかとは全然ちがい、ギルモア博士はひたすら困り顔をしている。
「 今日は学校から帰ってこっちへ来たからのう、くたびれてしまったのかな。 」
「 ・・・・・・・ ! 」
もうなんにも言わないで、お口をきゅ・・・!っと結んだまま すぴかはまだアタマを振っている。
   
   ・・・ だって。 お口を開いたら。 涙がこぼれちゃう・・・

「 ぼ・・・ 僕 ・・・ お ・・・ おかあさ・・・ 」
それまで ず〜〜っとお口を閉じていたすばるが いきなり妙な声をだした。
「 ん? どうした、すばる。 ・・・ おや・・・ すぴか、なんじゃの? あれれ・・・ 」
すぴかの大きな碧い瞳から ぽろぽろぽろり。 涙が零れ落ちてきた。
「 アタシ ・・・・ おか ・・・ お母さ〜ん ・・・ 」
「 く・・・ゥ ・・・ お母さん お母さん、おかあさ・・・ 」
「 ややや ・・・ どうした、どうした二人とも? 」
ギルモア博士は 二人の孫達に泣きだされて仰天してしまっている。

「 はい、なあに。 遅くなってごめんなさいね。 」

小部屋の入り口に掛かった帳をあげてフランソワ−ズが入ってきた。
「 ・・・・! お母さんッ!!  」
「 あ〜〜 お母さん〜〜〜 」
すばるとすぴかは ぱっと立ち上がると両側からお母さんに飛びついた。
そして。
細くて真っ白なお母さんの腕につかまると わ〜わ〜泣きだしてしまった。




Last updated : 05,13,2008.                 index       /       next







*******  途中ですが
はい、お馴染み・島村さんち・スト−リ−です。
ありゃ〜 お誕生日デ−トというより結婚記念日デ−トみたくなっちゃいました(^_^;)
相変わらずなにも起きません、のほほん・のんびり。ごく普通の日常話です♪
え〜・・・
別に ヨコハマ・元町商店街 や み〇ま の回しモノではありません〜〜
が。
ジョ−君とフランちゃんにはぴったりの街かな〜〜と♪
なお、イラストのバック写真はホンモノの元町ですよ〜〜 (撮影:めぼうき)