『 ・・・ゆきが降る 』
*** はじめに ***
このSSの前半は <酒井版・超銀本> 設定です。
未読の方、ごめんなさい〜。<(_ _)>
そのホテルの外観に相応しい重厚なドアを閉めたとき、
ジョ−は自分の部屋がみょうに明るいことに気がついた。
北の果てのこの街で そろそろ日付も変わろうという時間、照明もないのに・・・。
・・・なんだ・・・? ああ、カ−テンが。
寒さも防ぐようにとのあつぼったいダマスク織のカ−テンが 一箇所だけ引かれていない。
街灯の光でも漏れているのだろう、と窓辺に寄って ジョ−は目をみはった。
雪が降っていた。
窓の外、すでに眠りについた街には漆黒の帳が下りているが、その合間から舞い落ちる
雪片が あたりをほの白く照らしているのだ。
そういえば・・・このホテルに戻る時も固く踏みしめられた雪の上を歩いてきた。
ジョ−はふいに 懐かしい香りがほのかに漂った・・・ような気がした。
あの時・・・ 亜麻色の髪が隠れるほど きみは雪だらけだったね・・・
凍て付く路を手も繋がず、ただ黙々と歩いていたぼくときみ。
でも・・・ 隣にはきみの細い肩が揺れていた・・・ ぼくはそれだけでも嬉しかった。
ふう・・・
溜息はほんのつかの間、窓ガラスを曇らせたちまち凍て付いた。
浴びるほど飲んだのに、すこしもその痕跡を感じない吐息にまで ジョ−は嫌悪感を抱いた。
なにもかも忘れたくて かさねたグラスはよけいに気持ちを荒ませただけだった。
愛しい人の面影を胸に、はるばるこの北の都までやってきた。
彼女の輝く笑顔はかわることなく、やさしい微笑みは惜しみなく自分にそそがれ・・・
熱い想いは直接口にしなくても 通じている、とジョ−は信じた。
さあ。 これでまたあの厳しい日々が始まるけれど きみさえいてくれれば。
きみが 一緒にいてくれれば ぼくはいつでも 人間 でいられる。
どんな時にも 非常な殺戮マシンに堕ちることはない・・・
そう、きっと・・・。
そんな 安堵感が彼、島村 ジョ−をふかく包み足取りも軽かった。
しかし。
久振りで見る彼女の舞台。
それはジョ−の期待を十分に上回るものだった。
専門的なことは判らないけれど 彼女から余す所なく発せられる一種のオ−ラに
ジョ−は圧倒された。
彼女の踊りは 観るもののこころに深くその煌きと影を落とした。
・・・ 上手くなった・・・! いや、彼女自身が成長したのか・・・
それは嬉しい驚きであり、ジョ−自身にとっても誇らしいことだった。
もちろん感嘆と賞賛の声につつまれ、舞台は大成功におわった。
都心からすこし離れたそのレストランは 限られた人々だけが利用できるようだった。
重厚で落ち着いた雰囲気に少々圧倒されて ジョ−はウィイタ−の後を付いていった。
「 ・・・・ジョ−・・・! まあ、本当にジョ−なのね?!」
「 ・・・ フランソワ−ズ。 あの・・・ 」
かなりの気後れでためらい勝ちに近づいたジョ−を 彼女は何の屈託もない
素直な驚きと満面の笑みで迎えてくれた。
「 ・・・あの・・・ 失礼は十分わかってるんだけど。 急ぎの用件があって・・・ 」
「 あら、ちっとも構わないのよ。 よかったらご一緒にいかが? 」
「 いや・・・それは・・・ 」
「 まあ、遠慮なんかしないで? あの・・・先生、こちらはジョ−・島村。
わたしの古い御友達ですの。 ジョ−、こちらはカンパニ−で主席バレエ・マスタ−の
アズナブ−ル先生よ。 今回の『 白鳥〜 』の芸術監督をなさったの。 」
「 ムッシュウ・島村・・・? 初めまして。 アズナブ−ルです。 」
「 あ・・・ はい、あの。 ジョ−・島村です。 すみません、お邪魔して・・・ 」
親しげに伸べられた手を ジョ−はおずおずと握り返した。
あのレストランからの帰路、雪のなか肩を並べてあるいた。
横から割り込んで彼女を連れ出しバツの悪さで ジョ−はいつにも増して寡黙だった。
懸命に明るく装っていたフランソワ−ズも いつか口数はへり、黙々と彼の側を歩んでいる。
「 ・・・本当に申し訳ないと思っているんだけど。 でも・・・ 」
「 なぜ? 謝ったりしないで。 ただ、一言いってくれればそれでいいのよ。 」
「 ・・・フランソワ−ズ 」
「 ね? 『 一緒に行こう 』 って・・・言って。 」
「 きみってひとは・・・ 本当に ・・・ 」
「 ・・・ ジョ− ? 」
粉雪を散りばめた亜麻色の髪がゆれ、とおい祖国の冬空を思わせる瞳がジョ−に
じっと注がれた。
ジョ−は 黙ったままその柔らかな身体を引き寄せた。
「 ・・・ 一緒に・・・ 行こう。 」
− あなたに ついてゆくわ。
くぐもった声が ジョ−の腕の中から彼の胸にひびいた。
凍て付く夜の道で、でも ふたりはこの瞬間( とき )が永遠に続くと信じていた・・・。
新たなるミッションへの高揚と再会の喜びを胸に このホテルへ戻って来た彼を待っていたものは、
フランソワ−ズの師・アズナブ−ル氏だった。
「 ・・・私は彼女を愛しています。 」
率直な言葉に含まれた情熱は 彼のひたむきな眼差しにも十分感じられた。
・・・この男は 本当に彼女をこころから愛しているのだ。
ホテルの落ち着いたバ−で 琥珀色のグラスを間にジョ−はつくづくとアズナブ−ルを見詰めた。
素直に自分の想いを口に出来るこの男が 嫉ましかった。
・・・ただの、あたりまえの男同士なら。 こいつと殴りあっても彼女を渡しはしない・・・!
ほの暗い灯りを幸い、ジョ−はぎり・・・と唇を噛む。
精緻なカット・グラスを握る手が 震えないようにするのが精一杯だった。
「 ・・・どちらを選ぶか、すべては彼女しだいです。 」
懸命にポ−ズを取って搾り出したジョ−の言葉に アズナブ−ルは顔を輝かせた。
それならばきっと彼女を説得してみせる、と晴れ晴れとした表情で彼は去っていった。
カラン・・・
グラスの中で 氷がひそやかに鳴った。
「 ・・・ ストレ−トでたのむ。 」
ジョ−は カウンタ−の向こうのバ−テンにグラスを押しやった。
すっかり人気の絶えた廊下をたどり、ふらつくこともなくジョ−は部屋にもどった。
キィを捻る手が ほんのすこし、震えた・・・かもしれない。
今晩、このホテルに帰って来た自分と いま、この窓辺に所在無くたつ自分。
ジョ−にはとうていそれが同じ人物とは思えなかった。
− ゆきが・・・ふる・・・、か。
ふと、いつ覚えたかも定かではないメロディーがジョ−の口を衝いて出た。
− あなたに ついてゆくわ。
・・・たしかに彼女は そう言ったんだ。
ジョ−は 何時果てるともなく舞い降りてくる雪片に語りかけていた。
空耳じゃない。
きみは・・・ ぼくの横で ぼくの耳元で 言ったよね。
ぼくは 信じているよ。 きみは・・・ きっと来る。
・・・ でも。
確信と疑心と・・・そして嫉妬。 ジョ−のこころはきしきしと軋み悲鳴をあげていた。
あの男はこれからフランソワ−ズの宿泊先を訪ねる、と言っていた。
予期せぬ訪れに眼を見張り、そしてレストランでのお詫びに・・・と彼女は快く
あの男を招き入れるだろう。
それで・・・
ジョ−は再び窓の外の凍える闇に 目を向けた。
漆黒の空らか 途切れる事なく白い切片が落ちてくる・・・
その白さは その軽やかさは。 彼女のたおやかな肢体にも似て。
ひらりひらりと身をかわし・・・ ぼくがこの手でつかむことは敵わないのだろうか。
白い肢体は 不意に見知らぬ腕に抱き取られた。
・・・ああ、そうなんだ。
きみは・・・。
そうだね、きっと・・・・。
白鳥は 人間の王子の胸に抱かれてもとの姿にもどるのだ。
− しあわせに、どうか。 フランソワ−ズ・・・・・!
落ちてくる雪片が 次第に白んでくる空と見分けがつかなくなるまで、
ジョ−は じっと窓辺に佇んでいた。
− ・・・あなたは ・・・ 来ない、か。
雪は 自分のこころをも凍て付かせるのだろうか。
次第に遠くなる彼女の面影に ジョ−は静かに語りかけていた。
− フランソワ−ズ。 ・・・・ さようなら。
重い足取りで、つとめて無表情にチェック・アウトの手続きをしているジョ−に
フロント・マンが一通の封筒を差し出した。
「 ミスタ−・シマムラ? 今朝はやく届きました。 必ずお渡しするように、と・・・ 」
「 ? ・・・ ありがとう。 」
磨きこまれた御影石のカウンタ−に、彼はそっとその封書を乗せた。
優しいラベンダ−色に 見覚えのある筆跡。
− ジョ− へ
ジョ−はフロント・マンが怪訝な眼差しを向けるまで ただじっとそれを見詰めていた。
「 ・・・ お客さま? あの、なにか・・? 」
「 ・・あ、ああ、いや。 ・・・どうもありがとう。 それでは・・・ 」
「 悪いんだが・・・ ちょっと停めてくれないか? 」
ホテルの前から乗り込んだタクシ−が橋に差し掛かった時、ジョ−は運転手に声をかけた。
無愛想に急停車した車からおりると ジョ−は内ポケットから封筒を取り出した。
わかってる。 開けて見なくても・・・。
きみの字が ぼくに語りかけているよ。
・・・ きみは こない。
わかってる。 謝らないでほしい・・・。
きみは 幸せになるんだ、きっとね。
ぴり・・・とジョ−の指がラベンダ−色を裂いてゆく。
やがて それは降りしきる雪とともに しずかに凍て付いた川面に散った。
− ・・・雪が ただ降るばかり
路肩の雪を飛ばして走る去るタクシ−の中で
ジョ−は ひくくそのメロディ−を口ずさんでいた。
雪が 降る ・・・・・
雪が降っていた。
明け方、冷え込みというよりそのほの白い光にフランソワ−ズはふと目覚めた。
ガウンを羽織りそっとつっかけたスリッパは 素足にし・・んと冷気を伝えた。
あなたは 来ない。 来るはずがない。 ・・・ 雪がふっているわ。
あなたは いない。 もどってはこない。 ・・・ 雪は ふっているのに・・・
どうして あんな夢を・・・
自分は泣いていた。 でも 涙は、涙すら零れなかった。
フランソワ−ズは そっとこめかみを押さえた。
目覚める間際に見た夢が まだ重くこころに圧し掛かっている。
・・・ホット・ミルクでも飲んで・・・
足音を忍ばせて 彼女は冷え冷えとした廊下を歩いていった。
・・・ フランソワ−ズ !!
ジョ−は 自分の声に跳ね起きた。
・・・あ ・・・・ 夢、か・・・・
ぼんやりと開いた目に映るのは いつもの見慣れた自室の天井だったが
ジョ−にはまだ 座り心地の悪い北国のタクシ−に乗っている感覚が残っていた。
パジャマの襟元が 汗で濡れている。
まだ夜明けまでには 時間がありそうだった。
・・・ 夢、だよな・・・
大きな吐息が 薄暗い部屋に満ちてゆく。
なにげなく隣に伸ばした手には いりもの温もりが感じられない.。
・・・? あれ ? ・・・!
おどろいて 起き上がると ・・・ 自分のとなりはからっぽ。
羽根布団がきちんと ジョ−の方に寄せてある。
なんで・・・! どうしたんだ??
ジョ−は床に落ちていていたガウンを引っつかむと あわてて寝室を飛び出した。
廊下は冷え切っていた。
窓の外の白い闇に 眼をこらせば・・・ 雪。
雪が・・・降ってる・・・
つい先ほどまで 窓越しに眺めていた異国の雪模様がまざまざと甦る。
・・そんな・・・と、ジョ−はぷるん、と頭を振り 幻想の白い闇を振り落とした。
普段よりも格段に大きな足音をたて階段をおりた時、ジョ−はリビングのドアから
もれている細い光に気付いた。
− フランソワ−ズ ?
ヒ−タ−の落ちたリビングに 人影があった。
張り出し窓にもたれ外に見入っている姿を見つけたとき、ジョ−は声が詰まってしまった。
「 ・・・・ あ ・・・ 」
「 ? ・・・ ジョ−?? どうしたの? 」
気配に振り向いたフランソワ−ズの方が 彼の様子におどろいたようだった。
「 ・・・あ・・・う・・・ううん。 なんでもない・・・よ 」
「 ・・・ なんでもないって顔じゃ ないわ? 」
「 あ、あの。 ・・・雪が・・そう、雪が降ってて・・・ それで きみが・・・ 」
「 わたし・・・? 」
「 その。 きみが いないから。目が覚めたら・・・。 それで・・・それで・・・」
「 ・・・・・ 」
薄墨いろの空気のなかで フランソワ−ズの笑顔がほの白く浮き上がった。
つ・・・と歩み寄ると 彼女はするりとジョ−の胸元に身体を押し付けた。
「 ・・・わたし、ね。 」
「 ・・・ うん? 」
ジョ−の胸元に くぐもった声と優しい温かさがひろがった。
・・・イヤな 夢をみたの・・・ 忘れたいのに・・・
イヤな夢?
そうよ・・・。 もう とっくに忘れたって思ってたのに・・・ また・・・
どんな夢? ・・・話せば悪夢は 逃げてゆくよ?
・・・ ほんとう?
逃げなかったら・・・ ぼくが食べてやるよ!
・・・まあ、食べちゃうの? ・・・可笑しな・・・ジョ− ・・・
ぱくんって一呑みさ! ・・・・ ほら?
あの、ね。 あなたが・・・還ってこない・・・夢。 星になったまま 還って来ない・・・
フランソワ−ズ。 ぼくは ここに いるよ。
・・・ ジョ− 。
ねえ? ぼくの夢も 食べてくれないかな?
あなたの夢?? ・・・ジョ−も なにかイヤな夢を見たの?
うん・・・。 あ、でもね。 こうして・・・ きみが食べてくれれば・・・
・・・ あ ・・・ ジョ− ・・・ あ、ああ・・・・
ジョ−は亜麻色の頭をそっと上向かせると すばやく彼女の唇を奪った。
冷え切った唇に 熱い想いが満ちてゆく・・・・
・・・ ねえ ・・・ 食べてくれた?
・・・ ジョ−ったら・・・・
雪が ふる。
あなたの こころに わたしの 想いに
雪が ふる
きみの 哀しみに ぼくの 悼みに
雪が ふる
・・・あなたは きみは ここに居る
雪が ふる
・・・きみの あなたの 愛の心に・・・
雪は ふりつもる ・・・
たがいの温もりに 抱かれた恋人たちの上に
***** Fin. *****
Last updated: 03,14,2005.
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*** ひと言 ***
3月にざんざん雪が降りまして@東京地方、そんな日の妄想です。
当初、かなり悲惨なハナシだったのですが Aya様から甘あ〜〜いイラストを
頂戴しまして路線変更いたしました。(^_^;) ↑を クリック!!!
尚、ご存知と思いますが作中出てくる歌は アダモの『雪が降る(Tombe la neige)』 です。