『 お目覚めですか ― (3) ― 』
トントン ・・・ キュ キュ ・・・・
二人は それぞれ黙々と足慣らしをしている。
男性は センターで何回かジャンプを繰り返していた。
女性は バーでポアントの具合を試している。
「 ・・・ ん〜〜〜 フラン どう? 」
「 ん ん〜〜 いいかな〜〜
マダムがいらっしゃる前に もう一度合わせてみる? 」
「 あ〜 フランがやりたいなら・・・
俺 フランのタイミング、わかってるし〜〜
フランが絶対にセンターを外さないの、わかってるから 」
「 あらら・・・ ご信頼、感謝します 王子サマ 」
「 へへへ 俺ら 何回組んできたよ? 」
「 そうだけど ・・・ でも 『 眠り〜 』 は
トクベツだわ 」
「 だ な。 あ ちゃんと寝たか? 」
「 はあい。 しっかり寝てちゃんと食べてます〜〜〜
・・・ 重くてゴメンね 」
「 は! 重くなんかね〜って。 フランは! 」
「 ありがと。 でもね リプカとか・・・ ずし・・・って、
ごめんなさい ダイエットしたんだけど ・・・ 」
「 あのな〜〜 ウエイト・リフティングじゃねんだぜ?
俺ら 腕力で持ち上げてるんじゃないよ 」
「 それは そうだけど・・・ 」
「 タイミング! 俺にとっちゃフランは羽根、生えてるみたいさ 」
「 ま〜〜〜 そんなに褒めても な〜にもでませんけど? 」
「 べ 別にそんなワケじゃ〜 」
「 タクヤって 本当に優しいのね 」
「 ! そ そ そんなこと ・・・ない ことない・・? 」
「 あ〜ら 楽しそうねえ お二人さん 」
スタジオの入口で 初老の女性が笑っている。
「 あ! マダム〜 」
「「 お願いシマス! 」」
二人は さっと並ぶときっちりと挨拶をした。
「 はい。 仲良しさん達〜〜 まずは通してみようか。
二人で作ってきた踊り、見せて。 」
「「 はい お願いします 」」
「 ― 音 でます 」
音響機器の前に立つ先輩が 声をかけた。
「 ・・・ ! 」
二人は軽くうなずきあって ― 手を取り合い
センターに出てゆく。
すでに ここからがもう 踊り であり 演技 なのだ。
まずは アダージオ。
「 音 通りでね! 」
「 わ〜〜ってるって ・・・・ よっ・・・と 」
「 〜〜 はい。 メルシ 」
「 さ〜 連続ワザ 決めようぜ プッシュ な 」
「 おっけ〜 ・・・ いくわよっ 」
最初の後ろに反ってからの反転、アラベスク〜 をばっちり決める。
そして アダージオでメインになるのが 女性 パンシェ〜 から
ピルエット・アンデダンに入り リプカ ・・・ だが
これも 互いのタイミングがよくわかっているので
サポートとリフトに忙しいはずの男性も 余裕だ。
ピルエットは軽々と・・・ ラストのリプカも 綺麗にきまった。
「 ・・・ ふ どうだ? 」
「 ・・・ ん ん〜〜 ・・・ いい かんじ 」
タクヤの囁きに フランソワーズは息を弾ませつつも に・・っと
笑顔を返す。
「 ・・・ 音 とめますか 」
アシスタントを務めてくれている先輩ダンサーが そっと聞く。
「 う〜〜ん ・・・ そうね?
お二人さん どうする? 最後まで続ける? 」
「 ん? ・・・ん。 あ 最後まで行きます 」
フランソワーズが頷き タクヤが申告? してくれた。
「 そう? じゃ ヴァリエーション お願い。 」
「 はい! ・・・ お願いします! 」
ぱきぱきっと指を鳴らすと タクヤは < 貴賓席 > へ
恭しく会釈を送り ― 踊りはじめた。
パパパ ・・・ン ッ!! カブリオールが派手に決まる。
実際に若さいっぱいの < 王子サマ > は 元気いっぱいに
踊り始めた。
まさに水を得た魚のごとく のびのびと高いジャンプでマネージュする。
その勢いは最後まですこしも変わらない。
「 ・・・やっ ! 」
すぱ ・・・っと ポーズを決め 王子サマは余裕でレヴェランスをした。
「 あ〜 オーロラさん 続けていい? 」
「 はい。 」
「 では どうぞ 」
次は女性のヴァリエーション。
〜〜〜♪♪ ♪♪
輝く笑顔で16歳のオーロラ姫は シアワセいっぱいの笑顔 で
悠々と踊り始めた。
指先 爪先 にまで神経を配り 丁寧に でも くっきりとテクニックを
見せつけ 見せつけ ― 踊る。
長い腕脚を存分に伸ばし 華麗にエカルテ・デリエールのデヴェロッペを
連続してから 姫君は余裕の笑顔でラストのポーズを決めた。
「 じゃあ コーダも行くわよ〜〜 いい 二人とも ? 」
「「 はい 」」
「 音 でます〜〜 」
テンポのよい、沸き立つみたいな音楽が流れだす。
「 ・・・ いくぜっ ! すばる〜〜〜 見てくれぇ 」
王子ははりきって センターに駆けだし
ぶんぶん ・・・ セゴン・ターン を 回り始めた。
「 ふふふ 負けませ〜〜んわよ? 」
姫君は いつもよりシェネが 速い。
さあ 行こうぜ !
ラストは ― いつものタイミングで
オッケ〜〜 ・・・ はいっ!
〜〜〜♪! 音楽の終わりと 二人のポーズはぴたり、と重なった。
満面の笑みで 幸せいっぱいの視線を交わす。
はあ はあ はあ ・・ ふ〜〜〜〜 ふ ・・・
荒い息を収めつつ ダンサー二人はマダムの前に立った。
「 ・・・ ん〜〜〜 」
二人は 固唾を飲んで彼女を見つめている。
派手なミスは ナシ!
ザン・レール は ばっちし決めたし。
リプカも俺たち 得意だし〜〜
はあ ・・・ なんとか・・・
ピルエットもふっとばなかったわ
エカルテ の デヴェロッペ、
のび〜〜〜てできた・・ と思う!
タクヤもフランソワーズも ある程度の < やったね感 >を
持ち 指導者の言葉を待っている。
「 ― お疲れさま。 よくまとめたわね 」
マダムは 脚を組んだままだ。
なにかテクニック上の指摘があれば すぐに立ち上がり
二人の前後に立つはず なのだが。
「 さすが 何回も組んだコンビね
タイミングとか しっかりわかり合ってるし。 」
ほ・・・っとした雰囲気が広がった ― が。
「 でも ね。 これは 王子様と姫君 の踊りなの。
海賊とお転婆娘 でもないし 農村のに〜ちゃん・ね〜ちゃん でもない。
― わかる ? 」
う。 あ。 同時に二人が息を呑んだ。
「 気品が 必要なの。
フランソワーズ、 深窓の令嬢 って意味、わかる? 」
「 あ ・・・ は はい ・・・ 」
「 そう よかった。 オーロラは お姫サマ、それも極め付けの
もう最高級の 深窓の令嬢 なのよ。 」
「 は あ ・・・ 」
「 おっとり ぼ〜〜〜 っていうカンジとも違うんだけど。
さあ やってやるわ〜〜〜 ほらほら 見て〜〜 ・・・
は 彼女のキャラじゃないの。 」
「 ・・・・ 」
「 王子も同じ。 城の奥までやってきて勇気もあるけど
まあ 一種 ぼんぼん なのよ。 お育ちがいいのね 」
「 ・・・ だは・・・ 」
「 いくぜ〜〜〜 って 舞台いっぱい がんがん飛んで
よ〜し って ぶんぶん回る ・・・ とはちょっと違うかな 」
「 ・・・・ 」
「 アダージオもコーダもね テクニックを見せつける のじゃなくて。
ごく自然に柔らかく 当たり前に するり、と踊る。
しかも幸せいっぱい の笑顔で ね 」
「「 ・・・・ 」」
「 日本でも 『 眠り〜 』 の時は王子も姫も 金髪のカツラを付けるわ。
王子は こう〜〜 王朝風の髪型よ。 知ってるでしょ?
― そんな二人の幸せの踊り を つくってみて 」
「「 ・・・・ 」」
「 次のリハ 楽しみにしているわ〜〜〜
二人とも ヴァリエーション、頑張ったわね〜〜〜
けど もうちょっとチカラ 抜いて? 」
じゃあね お疲れ様〜〜 と マダムは上機嫌でスタジオを出ていった。
「 ― まいったぜ〜〜 」
最初に口を開いたのは タクヤだった。
「 う〜〜〜〜 俺としてはぁ か〜〜なりいいセン、
いったな〜〜 って手応えだったんですけど〜〜〜〜 」
ぽ〜〜ん ・・・ 自棄っぱち気味に タオルを天井めがけて放る。
「 なあ? ヴァリエーションでさ ザン・レ―ル、
高さも十分、回転もきっちり五番に降りたよなあ 」
「 ・・・ ええ そうね
」
「 だろ〜〜〜〜??? リフトはほぼほぼ成功したし〜〜
・・・ アダージオの最初もさ ねば〜〜って アラベスク! って
なかなか上手くいったじゃん? 」
「 そう ねえ ・・・ でも 」
「 でも? フランのヴァリエーションもさ 余裕〜〜のエカルテ ・・・
だったぜ? 」
「 メルシ。 でも ・・・ ソレがマズイのかも ね 」
「 ソレ? 」
「 そう。 二人して さああ〜〜〜 やるぞ! っていうのが 」
「 !? なんで!? 」
「 うん・・・ マダムが仰ったでしょ。
気品のある王子と姫君の シアワセの踊りだって 」
「 あ〜。 あ あのさあ しんそうのなんとか・・・って なに。 」
「 え? ― ああ 深窓の令嬢? 」
「 そ。 それそれ。 俺 そんな女子、知らん 」
「 あは ・・・ あのねえ いいお家の、大事に大事に育てられた
お嬢様 ってこと。 ヨーロッパなら 王家のお姫様とかね 」
「 へえ〜〜〜〜 ・・・ あ 超〜〜〜箱入りムスメってことか 」
「 そうかも ・・・ 」
「 フランは ― < 深窓の令嬢 > 出身? 」
「 ぶっぶ〜〜 ウチはふつ〜の家庭でした。 」
「 あ じゃあ すぴかちゃんは? フランちの 箱入りムスメ? 」
「 きゃ〜〜〜 あはは 〜〜〜 ノン ノン !
すぴか、箱に入れたら蹴破って飛び出してくるわ 」
「 だよなあ〜 それでこそ すぴかちゃん、だもんなあ ・・・
俺 好きだなあ〜〜 すぴかちゃんって。
ああ でもさ オーロラって そ〜ゆ〜 レアもののお姫サマ ??? 」
「 王子サマだって いいトコのぼんぼん でしょう? 」
「 わかんね。 俺だって庶民の家庭だし?
それにさ 生憎 俺には おうじさま に知り合いは、いね〜んだ 」
「 そうよねえ ・・・ でも そんな二人を踊るのよ 」
「 う〜〜〜ん 」
「 とりあえず 基本通りにきっちり ・・・ 踊ってみる? 」
「 ・・・・ んなのつまんね〜〜〜 じゃん 」
「 それはそうだけど このカップルはお行儀よく上品に ってことらしいわ 」
「 そんでも なんとか俺ららしく って ダメかなあ 」
「 出来ればそうしたいけど ・・・
タクヤ。 聞いても いい 」
「 なに 」
「 この前も聞いたけど。 全然ちがう人生を送ってきたヒト ―
オーロラは100年も前のヒト だけど ・・・
そういうヒトでも 好きになれる? そして結婚できる? 」
「 ・・・ あのなあ〜 」
タクヤは ちょこっとため息して彼女を見る。
・・・ な〜に拘ってるんだあ ?
現実に シアワセな妻で母だろうが
― 悔しいけど さ。
「 好きになったら 問題は < それから > さ。
そんでもって 好きになるのは < 今 > のカノジョで
それまでのコトは あんまし問題じゃない と思う。
・・・ 少なくとも俺は そうさ 」
「 ・・・ 問題は < それから > ・・・? 」
「 ん。 過ぎちゃったことに拘っても 仕方ね〜だろ?
もう変えらんないんだし? 」
「 そう ねえ ・・・ 」
「 だろ?? 問題は その後 さ。
あ〜〜〜〜 問題は このカップルをどう踊るか??? 」
「 ・・・ うん ・・・ そう ねえ 」
「 なあ ・・・ コレ ・・・ 本番は俺らもズラ被る? 」
「 ああ 『 眠り〜 』 の約束ですものね 」
「 だへ〜〜〜 俺 あのモーツァルトみたいなの、かぶるのかあ〜 」
「 モーツァルト?? ・・・ ああ そういえばあんな感じね。
パリでも 被ってたわよ 」
「 へえ〜〜〜〜 あ フランも? 金髪だけど 」
「 ええ あのくるくるっと巻き毛みたいなの、被るの。
わたしもあんまり好きじゃないけど・・・ 一応キマリだから 」
「 ・・・ やだなあ〜〜 じゃまっけだし〜〜
だいたい 俺に似合うわけね〜じゃん 」
「 誰も似合わないわよぉ アレは・・・ 」
「 え だってガイジンさんには普通だろ? 」
「 普通じゃないわよ ・・・ そうねえ・・ 日本だったら
ほら サムライの髪型みたいなものだもの 」
「 あは そっかあ〜〜 ・・・ でも かぶるんだろ ? 」
「 衣装の一部ッて思うしかないわね 」
「 う〜〜 ・・・ しっかし 大人しく行儀よく?
んなの 俺のキャラじゃね〜し〜〜〜 」
やんちゃ坊主は 膨れっ面である。
そうなんだけど ・・・ね。
あ〜〜 こりゃ 拗ねちゃってるなあ
・・・ ふふふ すぴかみたい・・・
この坊やを宥めないとねえ
< お母さん > は ちょっとため息ついて トン・・っと
アラベスク をして 拗ね坊に笑いかけた。
「 ・・・ きっちり踊って 上品な王子サマと姫君踊って
ラストだけ ・・・ ちょっとルール違反 しない? 」
「 へ??? 」
「 コンクールじゃないし。
叱られたら わたしがやろう〜って唆した って言って。 」
「 ・・・ フラン なに ??
」
「 あの ね 」
コソコソ ひそひそ ・・・・ うんうん ぶはは〜〜〜
イケナイ・二人 は なにやら熱心に相談し始めた ・・・ !
― その夜のこと・・・
カチャ。 デザートのお皿をゆっくりテーブルに置いた。
「 ・・・ ふう ・・・ 」
今晩も 夫は満面の笑みで晩御飯をきれいに平らげてくれた。
「 う〜ま〜〜〜〜〜♪ ねえ このひき肉いりのオムレツ〜
最高だねえ 」
ジョーの箸は最初から最後まで止まらなかった。
「 まあ よかった・・・ ちょっと子供向きかなあ〜って
思ってたんだけど ・・・ 」
「 いやいや これはちゃんとしたメニュウだよ〜
あ チビ達も喜んだ? 」
「 もうねえ〜 すばるはケチャップべたべた・・・
すぴかはソースどば〜 で 完食です 」
「 だよな〜〜 ほっんとウマ〜〜〜
ねえ これってフランスのレシピ? 」
「 あら いいえ、 これって日本のねえ <昭和の献立>よ?
ネットで見つけたの 」
「 あ そうなんだ??? なんかやたら懐かしい気分だった・・・ 」
「 食べたこと ある? 」
「 ・・・ う〜〜〜ん・・・? あるのかもしれない・・・
でも ぼくはウチの、きみのオムレツが 最高だなあ
あ〜〜〜 美味かったぁ ねえ また今度作ってね 」
「 はあい。 このひき肉の中にね ピーマンの細切りも
入ってるの 気付いた? 」
「 え そうなんだ?? いい味だなあ〜って思ってたけど 」
「 すばるは気付かずに ぱくぱく食べてたわ
」
「 わあ さすがあ お母さん♪
うん うん ・・・ 昭和の献立 でも ウチの定番さ。
問題は これからなんだもんな 」
ジョーは ハナウタ混じりに食後のお茶を啜っている。
「 ふふふ ・・・ これから ね 」
「 そ。 イイものは いつだってずっといいのさ。
古くさい とか関係ないよ。
問題は〜〜 それから後 なんだからね 」
「 それから 後? 」
「 そうだと思わない? 昔のレシピだってさあ〜
こうやって今 美味しく食べてるんだもの。
そうだなあ〜 すぴか達が大きくなる頃には また別の
スパイスとか足すかもしれないし? 」
「 ああ そう ねえ・・・ 」
「 でもさ 基本 いいな って思えば あとは発展形〜〜
ってことかな 」
「 ・・・ そっか ・・・ 」
「 と〜にかく♪ これはウチの定番さ。
ねえ 明日の弁当にも〜〜 」
「 はいはい ケチャップ派? ソース派? 」
「 ・・・ 両方! いい? おか〜さん 」
「 も〜〜 その言い方 すばるそっくり 」
「 あっちが! ぼくに似てるんです。 」
「 はいはい でもね〜〜 オムレツの中にひき肉料理を入れるって
わたし的にはすっご〜〜〜く斬新だったんだけど
お い し い ♪ 」
「 ね! 好きなモノはいつだって好き なのさ♪
あ〜〜〜〜 腹いっぱ〜〜い♪ 」
「 ふふふ ・・・ よかった ・・・
あ デザートはねえ 軽くフルーツ・ゼリー 作ったの 」
「 うわお〜〜〜♪ 」
やだ〜〜〜 この顔ったら。
すばる そっくり♪
カワイイ って言ったら
怒るかもね 〜〜
フランソワーズは 笑いを噛み殺しつつ ゼリーを器に移していた。
問題は < それから >
タクヤは案外きっぱりと言い切った。
ジョーは 当然、といった調子で言っていた。
「 そう なの? オトコノコってそんなものなの?
でも わたしは ・・・ ジョーよりもずっと年上 ・・・ 」
やれやれ・・・ いつまで拘っているの?
「 ・・・え?? 」
ココロの中で 声が聞こえた。
ジョー達と出会った後で
40年の隔たりに 衝撃を受けたかな?
時代の断絶に 悩んだ?
「 ・・・ そんなことは ・・・
なかった ・・・ かも。
だって ― そんなヒマなかったんだもの 」
そう なのだ。
< 自由 > になってからは 故郷には敢えて戻らなかった。
この見知らぬ国に住むことに決めたのだ。
言葉も習慣も異なる地で ― 生きてゆくのは それは大変だった。
自動翻訳機の助けはあったけれど それは言葉だけのこと。
生活習慣などは 見よう見真似するしかなかった。
「 なんでもわからないコトは 聞いてください!
これでも ぼく 日本人ですから 」
茶髪の彼は満面の笑みで そう言ってくれた ・・・けど。
・・・ 一つ屋根の下に暮らす、地元民の彼は ― かなり変わっていた。
と いうか フランソワーズの感覚では理解不可能なトコロも多々あった。
「 そう よねえ・・ いっつも笑顔 だったけど ・・・
ミーティングの時なんかなんにも言わないし。
わざわざ聞いても 皆と一緒でいいよ・・・って にこにこ なのよね 」
「 でも 彼って本質的に優しいの。
なにも言わないけど ちゃ〜〜んと助けてくれるし必要なことは
黙ってやってくれたっけ ・・・ 」
そんな日常だから 40年のギャップなど 気にしている余裕はなかった。
日々の <この土地での暮らし> を必死でこなしていた。
そうなんだ?? ここでは そう言うのね?
こんにちは って笑って挨拶するのね?
ヘタっぴでも日本語 使うのが いいのね?
そっか・・・ 博士はわたしの お父さん って
紹介すれば 皆 すんなり受け入れるのね?
ジョーは ・・・ < お父さん > の助手?
弟さんですか ・・って? それは イヤかも〜〜
・・・ こんやくしゃ? ・・・
ああ フィアンセ のこと?
・・・ 彼がイヤかも★
踊りの世界が あまり変わっていなかったのは 幸いだった。
しかし それでも異国の言葉でのレッスンについてゆくのは最初は
楽ではなかった。
「 バレエは世界共通だし パの名前は同じで マダムは英語もフランス語も
お上手だから ・・・ でも ね! 」
レッスン中の注意とかちょっとしたコメント、軽いジョークなどになると
途端に なにがなんだかわからなくなる。
真剣に聞いて 丸呑みして帰ってからよくよく考えて・・・
! やだ なあんだ ・・・
ただのジョークなんだわ
そんなコトの連続だったりも、した。
異文化を完全に理解するのは 不可能と思われた。
「 でも。 わたし ここに居てよかった って思うわ。
この時代に この場所に生きて シアワセって思うの。 」
フランソワーズは キッチンを片しつつ微笑む。
「 だって ― ジョーと出会えたわ。
そして ・・・ こんなに幸せな日々を送っている ・・・
ええ わたし なが〜〜く眠っていて シアワセでした 」
ジョーが 手を差し伸べてくれて ・・・わたし 目覚めたのかも・・・・
「 おはよ フラン 」 って 茶色の瞳が笑ってた。
タクヤと組んで ・・・ わたし 思い出したのかも・・・
「 さあ 踊ろうよ 」 って リフトしてくれた。
そう よ。 わたし 眠り姫 ・・・
何十年も 眠っていたの。
でも ね。
目覚めて ― シアワセに生きているわ!
そうよ! 姫君は幸せなの!
わたし 幸せなの。
カタン ・・・ 食器棚の中に静かにお皿を置いた。
― さて いよいよ公演当日
『 眠りの森の美女 』 第三幕より GP。( グラン・パ・ド・ドゥ )
♪♪♪ 〜〜〜〜〜
流麗な音楽に乗って輝く王子と姫君は きっちり丁寧に優雅に 踊る。
巧みなテクニックを なんてことない顔で踊る二人に
客席も釘付けになっている。
女性ヴァリエーションも 拍手喝采で終わり、いよいよコーダ。
「 ? あら ちょっとオーロラ、速い・・・? 」
「 あ れ 王子の立ち位置が ・・ ? 」
姫君は シェネ〜〜の勢いを増し ― トリプル・ピルエット!
そして!
「 ! 」
「 ・・・ よっ! 」
腕に飛び込んできた姫君を 王子は高々と差し上げたのだ。
客席は 大拍手〜〜〜の海〜〜〜 本人達もにこやか〜〜に
レヴェラスを返した が。
監督席では ― 芸術監督を務めるマダムと 今回全体統括の助監督が
呆れ顔だ。
「 〜〜〜〜 ったく アイツらあ〜〜 」
「 ふふふ ・・・ やられた わ 」
「 楽屋で説教してきますよ! 」
「 元気、有り余ってます ってことでしょ。
ああ いいわよ、別に。 」
「 マダム、しかし ですね! 」
「 ま 次は 思いっ切り踊りまくってもらおうかな。
『 チャイコ 〜 』 なんか どう? 」
「 わほ? そりゃ いいかも。 ・・・ しかし 大変だろうなあ 」
「 ええ ええ。 う〜〜んと悩んで努力してもらいましょ?
今回の < イタズラ > のペナルティよ。 」
「 ははは そりゃ ・・・ いいですねえ 決まりだあ。 」
― どうやら 公演は 大成功 ・・・ のようだ。
************************ Fin. ***********************
Last updated : 06,22,2021.
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*********** ひと言 *********
『 眠り〜 』 の GPって巧みなテクを抑えて 抑えて
でも きっちり踊るのが魅力 と かつてワタクシの師匠が
仰いましたっけ ・・・・ ( 遠い目 )
皆が幸せになって欲しいなあ ・・・と 望んでいます。
あ GPのラストは 音 に合わせて! シェネ〜〜 をして
男性と共に ポーズします。 高いリフトはありませんです。
本番で こんなコト、 真似してはイケマセン (-_-)