『  お目覚めですか ― (3) ―  』

 

 

 

 

  トントン ・・・   キュ キュ ・・・・

 

二人は それぞれ黙々と足慣らしをしている。

男性は センターで何回かジャンプを繰り返していた。

女性は バーでポアントの具合を試している。

 

 「 ・・・ ん〜〜〜   フラン  どう? 」

「 ん ん〜〜  いいかな〜〜

 マダムがいらっしゃる前に もう一度合わせてみる? 」

「 あ〜 フランがやりたいなら・・・

 俺 フランのタイミング、わかってるし〜〜

 フランが絶対にセンターを外さないの、わかってるから 」

「 あらら・・・ ご信頼、感謝します 王子サマ 」

「 へへへ  俺ら 何回組んできたよ? 」

「 そうだけど ・・・ でも  『 眠り〜 』 は

 トクベツだわ 

「 だ な。  あ ちゃんと寝たか? 」

「 はあい。 しっかり寝てちゃんと食べてます〜〜〜

 ・・・ 重くてゴメンね 」

「 は! 重くなんかね〜って。 フランは! 」

「 ありがと。  でもね リプカとか・・・ ずし・・・って、

 ごめんなさい  ダイエットしたんだけど ・・・ 」

「 あのな〜〜  ウエイト・リフティングじゃねんだぜ?

 俺ら 腕力で持ち上げてるんじゃないよ 

「 それは そうだけど・・・ 」

「 タイミング!  俺にとっちゃフランは羽根、生えてるみたいさ 」

「 ま〜〜〜 そんなに褒めても な〜にもでませんけど? 」

「 べ 別にそんなワケじゃ〜 」

「 タクヤって 本当に優しいのね 」

「 ! そ そ そんなこと ・・・ない ことない・・? 」

 

「 あ〜ら 楽しそうねえ お二人さん 」

 

スタジオの入口で 初老の女性が笑っている。

「 あ!  マダム〜 」

「「 お願いシマス! 」」

二人は さっと並ぶときっちりと挨拶をした。

「 はい。 仲良しさん達〜〜 まずは通してみようか。

 二人で作ってきた踊り、見せて。 」

「「 はい  お願いします 」」

 

「 ― 音 でます 」

音響機器の前に立つ先輩が 声をかけた。

 

「 ・・・ ! 」

二人は軽くうなずきあって ― 手を取り合い

センターに出てゆく。

すでに ここからがもう 踊り であり 演技 なのだ。

 

まずは アダージオ。 

 

「 音 通りでね! 」

「 わ〜〜ってるって ・・・・ よっ・・・と 」

「 〜〜 はい。  メルシ 」

「 さ〜 連続ワザ 決めようぜ  プッシュ な 」

「 おっけ〜 ・・・ いくわよっ 」

 

最初の後ろに反ってからの反転、アラベスク〜 をばっちり決める。

そして アダージオでメインになるのが 女性 パンシェ〜 から

ピルエット・アンデダンに入り リプカ ・・・ だが

これも 互いのタイミングがよくわかっているので

サポートとリフトに忙しいはずの男性も 余裕だ。

ピルエットは軽々と・・・ ラストのリプカも 綺麗にきまった。

 

「 ・・・ ふ  どうだ? 」

「 ・・・  ん ん〜〜 ・・・ いい かんじ  」

タクヤの囁きに フランソワーズは息を弾ませつつも に・・っと

笑顔を返す。

 

「 ・・・ 音 とめますか 」

アシスタントを務めてくれている先輩ダンサーが そっと聞く。

「 う〜〜ん ・・・ そうね?   

 お二人さん どうする? 最後まで続ける? 」

「 ん?  ・・・ん。  あ 最後まで行きます 

フランソワーズが頷き タクヤが申告? してくれた。

「 そう?  じゃ ヴァリエーション お願い。 」

「 はい!  ・・・ お願いします! 」

 

ぱきぱきっと指を鳴らすと タクヤは < 貴賓席 > へ

恭しく会釈を送り  ―  踊りはじめた。

 

  パパパ ・・・ン ッ!!    カブリオールが派手に決まる。

 

実際に若さいっぱいの < 王子サマ > は 元気いっぱいに

踊り始めた。

まさに水を得た魚のごとく のびのびと高いジャンプでマネージュする。

その勢いは最後まですこしも変わらない。

 

「 ・・・やっ ! 」

すぱ ・・・っと ポーズを決め 王子サマは余裕でレヴェランスをした。

 

「 あ〜  オーロラさん 続けていい? 」

「 はい。 」

「 では どうぞ 」

 

次は女性のヴァリエーション。

 

   〜〜〜♪♪  ♪♪

 

輝く笑顔で16歳のオーロラ姫は  シアワセいっぱいの笑顔 で

悠々と踊り始めた。

 

指先 爪先 にまで神経を配り 丁寧に でも くっきりとテクニックを

見せつけ 見せつけ  ― 踊る。

長い腕脚を存分に伸ばし 華麗にエカルテ・デリエールのデヴェロッペを

連続してから 姫君は余裕の笑顔でラストのポーズを決めた。

 

「 じゃあ コーダも行くわよ〜〜 いい 二人とも ? 」

「「  はい  」」

 

「 音 でます〜〜 」

 

テンポのよい、沸き立つみたいな音楽が流れだす。

「 ・・・ いくぜっ !  すばる〜〜〜 見てくれぇ 

王子ははりきって センターに駆けだし

 

    ぶんぶん ・・・ セゴン・ターン を 回り始めた。

 

「 ふふふ 負けませ〜〜んわよ? 」

姫君は いつもよりシェネが 速い。

 

    さあ 行こうぜ !  

    ラストは ― いつものタイミングで

 

    オッケ〜〜  ・・・ はいっ!

 

〜〜〜♪! 音楽の終わりと 二人のポーズはぴたり、と重なった。

満面の笑みで 幸せいっぱいの視線を交わす。

 

   はあ はあ はあ ・・    ふ〜〜〜〜 ふ ・・・

 

荒い息を収めつつ ダンサー二人はマダムの前に立った。

   

「 ・・・ ん〜〜〜 」

二人は 固唾を飲んで彼女を見つめている。

 

     派手なミスは ナシ!

     ザン・レール は ばっちし決めたし。

 

     リプカも俺たち 得意だし〜〜

 

 

     はあ ・・・ なんとか・・・

     ピルエットもふっとばなかったわ

 

     エカルテ の デヴェロッペ、

     のび〜〜〜てできた・・ と思う!

 

タクヤもフランソワーズも ある程度の < やったね感 >を

持ち 指導者の言葉を待っている。

 

「 ― お疲れさま。   よくまとめたわね 」

マダムは 脚を組んだままだ。

なにかテクニック上の指摘があれば すぐに立ち上がり

二人の前後に立つはず なのだが。

「 さすが 何回も組んだコンビね 

 タイミングとか しっかりわかり合ってるし。 」

 

    ほ・・・っとした雰囲気が広がった ―  が。

 

「 でも ね。  これは 王子様と姫君 の踊りなの。

 海賊とお転婆娘 でもないし 農村のに〜ちゃん・ね〜ちゃん でもない。 

  ―  わかる ? 

 

    う。  あ。  同時に二人が息を呑んだ。

 

「 気品が 必要なの。 

 フランソワーズ、 深窓の令嬢 って意味、わかる? 

「 あ ・・・ は  はい ・・・ 」

「 そう よかった。 オーロラは お姫サマ、それも極め付けの

 もう最高級の 深窓の令嬢 なのよ。 

「 は  あ ・・・ 」

「 おっとり ぼ〜〜〜 っていうカンジとも違うんだけど。

 さあ やってやるわ〜〜〜 ほらほら 見て〜〜 ・・・ 

 は 彼女のキャラじゃないの。 」

「 ・・・・ 」

「 王子も同じ。  城の奥までやってきて勇気もあるけど

 まあ 一種 ぼんぼん なのよ。  お育ちがいいのね 

「 ・・・ だは・・・ 」

「 いくぜ〜〜〜  って 舞台いっぱい がんがん飛んで

 よ〜し って ぶんぶん回る ・・・ とはちょっと違うかな 」

「 ・・・・ 」

「 アダージオもコーダもね  テクニックを見せつける のじゃなくて。

 ごく自然に柔らかく 当たり前に するり、と踊る。

 しかも幸せいっぱい の笑顔で ね 」

「「 ・・・・ 」」

「 日本でも 『 眠り〜 』 の時は王子も姫も 金髪のカツラを付けるわ。

 王子は こう〜〜 王朝風の髪型よ。 知ってるでしょ? 

 ―  そんな二人の幸せの踊り を つくってみて 」

「「 ・・・・ 」」

「 次のリハ 楽しみにしているわ〜〜〜

 二人とも ヴァリエーション、頑張ったわね〜〜〜

 けど もうちょっとチカラ 抜いて?  

 

  じゃあね お疲れ様〜〜  と マダムは上機嫌でスタジオを出ていった。

 

「 ―  まいったぜ〜〜 」

 

最初に口を開いたのは タクヤだった。

「 う〜〜〜〜  俺としてはぁ か〜〜なりいいセン、

 いったな〜〜 って手応えだったんですけど〜〜〜〜 」

 

   ぽ〜〜ん ・・・ 自棄っぱち気味に タオルを天井めがけて放る。

 

「 なあ?  ヴァリエーションでさ ザン・レ―ル、

 高さも十分、回転もきっちり五番に降りたよなあ 」

「 ・・・ ええ そうね   」 

「 だろ〜〜〜〜???  リフトはほぼほぼ成功したし〜〜

 ・・・ アダージオの最初もさ ねば〜〜って アラベスク! って

 なかなか上手くいったじゃん? 」

「 そう ねえ ・・・ でも 」

「 でも? フランのヴァリエーションもさ 余裕〜〜のエカルテ ・・・

 だったぜ? 」

「 メルシ。  でも ・・・ ソレがマズイのかも ね 」

「 ソレ? 」

「 そう。 二人して さああ〜〜〜 やるぞ! っていうのが 」

「 !? なんで!? 」

「 うん・・・ マダムが仰ったでしょ。

 気品のある王子と姫君の シアワセの踊りだって 」

「 あ〜。  あ あのさあ しんそうのなんとか・・・って なに。 」

「 え? ― ああ 深窓の令嬢? 

「 そ。 それそれ。 俺 そんな女子、知らん 」

「 あは ・・・ あのねえ いいお家の、大事に大事に育てられた

 お嬢様 ってこと。 ヨーロッパなら 王家のお姫様とかね 」

「 へえ〜〜〜〜 ・・・ あ 超〜〜〜箱入りムスメってことか 」

「 そうかも ・・・ 」

「 フランは ― < 深窓の令嬢 > 出身? 」

「 ぶっぶ〜〜  ウチはふつ〜の家庭でした。 」

「 あ じゃあ すぴかちゃんは? フランちの 箱入りムスメ? 」

「 きゃ〜〜〜 あはは 〜〜〜 ノン ノン !

 すぴか、箱に入れたら蹴破って飛び出してくるわ 」

「 だよなあ〜  それでこそ すぴかちゃん、だもんなあ ・・・

 俺 好きだなあ〜〜 すぴかちゃんって。

 ああ でもさ オーロラって そ〜ゆ〜 レアもののお姫サマ ??? 」

「 王子サマだって いいトコのぼんぼん でしょう? 」

「 わかんね。  俺だって庶民の家庭だし?

 それにさ 生憎 俺には おうじさま に知り合いは、いね〜んだ 

「 そうよねえ ・・・ でも そんな二人を踊るのよ 」

「 う〜〜〜ん 」

「 とりあえず 基本通りにきっちり ・・・ 踊ってみる? 」

「 ・・・・ んなのつまんね〜〜〜 じゃん 」

「 それはそうだけど このカップルはお行儀よく上品に ってことらしいわ 」

「 そんでも なんとか俺ららしく って ダメかなあ 」

「 出来ればそうしたいけど ・・・

 タクヤ。 聞いても いい 

「 なに 」

「 この前も聞いたけど。 全然ちがう人生を送ってきたヒト ―

 オーロラは100年も前のヒト だけど ・・・

 そういうヒトでも 好きになれる? そして結婚できる? 

「 ・・・ あのなあ〜 」

タクヤは ちょこっとため息して彼女を見る。

 

     ・・・ な〜に拘ってるんだあ ?

     現実に シアワセな妻で母だろうが 

     ― 悔しいけど さ。

 

「 好きになったら 問題は < それから > さ。

 そんでもって 好きになるのは < 今 > のカノジョで

 それまでのコトは あんまし問題じゃない と思う。

 ・・・ 少なくとも俺は そうさ 」

「 ・・・ 問題は < それから > ・・・? 」

「 ん。  過ぎちゃったことに拘っても 仕方ね〜だろ?

 もう変えらんないんだし? 

「 そう ねえ ・・・ 」

「 だろ??  問題は その後 さ。

 あ〜〜〜〜 問題は このカップルをどう踊るか??? 」

「 ・・・ うん ・・・ そう ねえ 」

「 なあ ・・・ コレ ・・・ 本番は俺らもズラ被る? 

「 ああ 『 眠り〜 』 の約束ですものね 」

「 だへ〜〜〜  俺 あのモーツァルトみたいなの、かぶるのかあ〜 」

「 モーツァルト??  ・・・ ああ そういえばあんな感じね。

 パリでも 被ってたわよ 」

「 へえ〜〜〜〜  あ フランも?  金髪だけど 」

「 ええ あのくるくるっと巻き毛みたいなの、被るの。

 わたしもあんまり好きじゃないけど・・・ 一応キマリだから  」

「 ・・・ やだなあ〜〜 じゃまっけだし〜〜

 だいたい 俺に似合うわけね〜じゃん  」

「 誰も似合わないわよぉ アレは・・・ 」

「 え だってガイジンさんには普通だろ? 」

「 普通じゃないわよ  ・・・ そうねえ・・ 日本だったら

 ほら サムライの髪型みたいなものだもの 」

「 あは そっかあ〜〜 ・・・ でも かぶるんだろ ?  」

「 衣装の一部ッて思うしかないわね 」

「 う〜〜 ・・・  しっかし 大人しく行儀よく?

 んなの 俺のキャラじゃね〜し〜〜〜 」

やんちゃ坊主は 膨れっ面である。

 

     そうなんだけど ・・・ね。

     あ〜〜 こりゃ 拗ねちゃってるなあ

 

     ・・・ ふふふ すぴかみたい・・・

     この坊やを宥めないとねえ 

 

< お母さん > は ちょっとため息ついて トン・・っと

アラベスク をして 拗ね坊に笑いかけた。

 

「 ・・・ きっちり踊って 上品な王子サマと姫君踊って

 ラストだけ ・・・ ちょっとルール違反 しない? 」

「 へ??? 」

「 コンクールじゃないし。  

 叱られたら わたしがやろう〜って唆した って言って。 」

「 ・・・ フラン  なに ??  

「 あの ね 

 

   コソコソ  ひそひそ ・・・・ うんうん ぶはは〜〜〜

 

イケナイ・二人 は なにやら熱心に相談し始めた ・・・ !

 

  

 

 ― その夜のこと・・・

 

 

  カチャ。   デザートのお皿をゆっくりテーブルに置いた。

 

「 ・・・ ふう ・・・ 」

今晩も 夫は満面の笑みで晩御飯をきれいに平らげてくれた。

 

「 う〜ま〜〜〜〜〜♪  ねえ このひき肉いりのオムレツ〜

 最高だねえ 

ジョーの箸は最初から最後まで止まらなかった。

「 まあ よかった・・・ ちょっと子供向きかなあ〜って

 思ってたんだけど ・・・ 」

「 いやいや これはちゃんとしたメニュウだよ〜

 あ チビ達も喜んだ? 」 

「 もうねえ〜 すばるはケチャップべたべた・・・

 すぴかはソースどば〜 で 完食です 」

「 だよな〜〜 ほっんとウマ〜〜〜  

 ねえ これってフランスのレシピ? 

「 あら いいえ、 これって日本のねえ <昭和の献立>よ?

 ネットで見つけたの 」

「 あ そうなんだ??? なんかやたら懐かしい気分だった・・・ 」

「 食べたこと  ある? 」

「 ・・・ う〜〜〜ん・・・? あるのかもしれない・・・

 でも ぼくはウチの、きみのオムレツが 最高だなあ 

 あ〜〜〜 美味かったぁ  ねえ また今度作ってね 」

「 はあい。  このひき肉の中にね ピーマンの細切りも

 入ってるの  気付いた? 」

「 え そうなんだ??  いい味だなあ〜って思ってたけど 」

「 すばるは気付かずに ぱくぱく食べてたわ  

「 わあ さすがあ お母さん♪

 うん うん ・・・ 昭和の献立 でも ウチの定番さ。

 問題は これからなんだもんな 

ジョーは ハナウタ混じりに食後のお茶を啜っている。

 「 ふふふ ・・・ これから ね 

「 そ。 イイものは いつだってずっといいのさ。

 古くさい とか関係ないよ。

 問題は〜〜 それから後 なんだからね 」

「 それから  後? 」

「 そうだと思わない?  昔のレシピだってさあ〜

 こうやって今 美味しく食べてるんだもの。

 そうだなあ〜 すぴか達が大きくなる頃には また別の

 スパイスとか足すかもしれないし? 」

「 ああ そう ねえ・・・ 」

「 でもさ 基本 いいな って思えば あとは発展形〜〜

 ってことかな 」

「 ・・・ そっか ・・・ 」

「 と〜にかく♪ これはウチの定番さ。

 ねえ 明日の弁当にも〜〜 

「 はいはい  ケチャップ派? ソース派? 

「 ・・・ 両方! いい? おか〜さん 」

「 も〜〜 その言い方 すばるそっくり 

「 あっちが! ぼくに似てるんです。 」

「 はいはい  でもね〜〜 オムレツの中にひき肉料理を入れるって

 わたし的にはすっご〜〜〜く斬新だったんだけど

 お い し い ♪ 」

「 ね!  好きなモノはいつだって好き なのさ♪

 あ〜〜〜〜 腹いっぱ〜〜い♪ 」

「 ふふふ ・・・ よかった ・・・

 あ デザートはねえ 軽くフルーツ・ゼリー 作ったの 」

「 うわお〜〜〜♪ 」

 

      やだ〜〜〜 この顔ったら。

      すばる そっくり♪

 

      カワイイ って言ったら

      怒るかもね 〜〜

 

フランソワーズは 笑いを噛み殺しつつ ゼリーを器に移していた。

 

 

 

     問題は  < それから >  

 

タクヤは案外きっぱりと言い切った。

ジョーは 当然、といった調子で言っていた。

 

「 そう なの?  オトコノコってそんなものなの? 

 でも わたしは ・・・ ジョーよりもずっと年上 ・・・ 」

 

     やれやれ・・・ いつまで拘っているの?

 

「 ・・・え?? 」

ココロの中で 声が聞こえた。

 

     ジョー達と出会った後で

     40年の隔たりに 衝撃を受けたかな?

     時代の断絶に 悩んだ?

 

「 ・・・ そんなことは  ・・・   なかった ・・・ かも。

 だって ―  そんなヒマなかったんだもの 」

そう なのだ。

< 自由 > になってからは 故郷には敢えて戻らなかった。

この見知らぬ国に住むことに決めたのだ。

言葉も習慣も異なる地で ― 生きてゆくのは それは大変だった。

自動翻訳機の助けはあったけれど それは言葉だけのこと。

生活習慣などは 見よう見真似するしかなかった。

「 なんでもわからないコトは 聞いてください! 

 これでも ぼく 日本人ですから 

茶髪の彼は満面の笑みで そう言ってくれた ・・・けど。

・・・ 一つ屋根の下に暮らす、地元民の彼は ― かなり変わっていた。

と いうか フランソワーズの感覚では理解不可能なトコロも多々あった。

 

「 そう よねえ・・ いっつも笑顔 だったけど ・・・ 

 ミーティングの時なんかなんにも言わないし。

 わざわざ聞いても  皆と一緒でいいよ・・・って にこにこ なのよね 」

「 でも 彼って本質的に優しいの。

 なにも言わないけど ちゃ〜〜んと助けてくれるし必要なことは

 黙ってやってくれたっけ ・・・ 

 

そんな日常だから 40年のギャップなど 気にしている余裕はなかった。

日々の <この土地での暮らし> を必死でこなしていた。

 

     そうなんだ??  ここでは そう言うのね?

 

     こんにちは って笑って挨拶するのね?

 

     ヘタっぴでも日本語 使うのが いいのね?

 

          そっか・・・ 博士はわたしの お父さん って

     紹介すれば 皆 すんなり受け入れるのね?

     ジョーは ・・・ < お父さん > の助手?

     弟さんですか ・・って? それは  イヤかも〜〜

 

     ・・・ こんやくしゃ? ・・・

     ああ フィアンセ のこと?

     ・・・ 彼がイヤかも★

 

  

踊りの世界が あまり変わっていなかったのは 幸いだった。

しかし それでも異国の言葉でのレッスンについてゆくのは最初は

楽ではなかった。

「 バレエは世界共通だし パの名前は同じで マダムは英語もフランス語も

 お上手だから ・・・  でも ね! 」

レッスン中の注意とかちょっとしたコメント、軽いジョークなどになると

途端に なにがなんだかわからなくなる。

真剣に聞いて 丸呑みして帰ってからよくよく考えて・・・

 

      !  やだ   なあんだ ・・・ 

      ただのジョークなんだわ

 

そんなコトの連続だったりも、した。

異文化を完全に理解するのは 不可能と思われた。

 

「 でも。 わたし ここに居てよかった って思うわ。

 この時代に この場所に生きて  シアワセって思うの。 」

フランソワーズは キッチンを片しつつ微笑む。

「 だって ― ジョーと出会えたわ。

 そして ・・・ こんなに幸せな日々を送っている ・・・

 ええ わたし なが〜〜く眠っていて シアワセでした 」

 

ジョーが 手を差し伸べてくれて ・・・わたし 目覚めたのかも・・・・

「 おはよ フラン  」  って 茶色の瞳が笑ってた。

 

タクヤと組んで ・・・ わたし 思い出したのかも・・・

「 さあ 踊ろうよ 」  って リフトしてくれた。

 

      そう よ。 わたし 眠り姫 ・・・

      何十年も 眠っていたの。

 

      でも  ね。

 

      目覚めて ― シアワセに生きているわ!

      そうよ! 姫君は幸せなの!

 

         わたし   幸せなの。

 

 

  カタン ・・・ 食器棚の中に静かにお皿を置いた。 

 

 

 

 ― さて いよいよ公演当日

 

『 眠りの森の美女 』 第三幕より GP。( グラン・パ・ド・ドゥ )

 

   ♪♪♪ 〜〜〜〜〜

 

流麗な音楽に乗って輝く王子と姫君は きっちり丁寧に優雅に 踊る。

巧みなテクニックを なんてことない顔で踊る二人に

客席も釘付けになっている。

 

女性ヴァリエーションも 拍手喝采で終わり、いよいよコーダ。

 

「 ? あら ちょっとオーロラ、速い・・・? 」

「 あ  れ 王子の立ち位置が ・・ ? 」

 

姫君は シェネ〜〜の勢いを増し ―  トリプル・ピルエット! 

そして! 

「 ! 

「 ・・・ よっ! 」

腕に飛び込んできた姫君を 王子は高々と差し上げたのだ。

 

客席は 大拍手〜〜〜の海〜〜〜  本人達もにこやか〜〜に

レヴェラスを返した  が。

 

監督席では ― 芸術監督を務めるマダムと 今回全体統括の助監督が

呆れ顔だ。

 

「 〜〜〜〜 ったく アイツらあ〜〜 」

「 ふふふ ・・・ やられた わ 」

「 楽屋で説教してきますよ!  」

「 元気、有り余ってます ってことでしょ。

 ああ いいわよ、別に。 」

「 マダム、しかし ですね! 」

「 ま 次は 思いっ切り踊りまくってもらおうかな。

 『 チャイコ 〜 』 なんか どう? 」

「 わほ? そりゃ いいかも。 ・・・ しかし 大変だろうなあ 」

「 ええ ええ。 う〜〜んと悩んで努力してもらいましょ? 

 今回の < イタズラ > のペナルティよ。 」

「 ははは そりゃ ・・・ いいですねえ  決まりだあ。 」

 

 ―  どうやら 公演は 大成功 ・・・ のようだ。

 

 

************************     Fin.    ***********************

Last updated : 06,22,2021.                back     /     index

 

***********    ひと言   *********

『 眠り〜 』 の GPって巧みなテクを抑えて 抑えて

でも きっちり踊るのが魅力 と かつてワタクシの師匠が

仰いましたっけ ・・・・ ( 遠い目 )

皆が幸せになって欲しいなあ ・・・と 望んでいます。

あ GPのラストは 音 に合わせて! シェネ〜〜 をして

男性と共に ポーズします。 高いリフトはありませんです。

本番で こんなコト、 真似してはイケマセン  (-_-)