『 ああ 五月 ― (1) ― 』
四月のカレンダーが終わりに近づくと フランソワ−ズは なんとなくソワソワし始める。
「 ・・・うふふ ・・・ 五月ね〜〜〜 」
カレンダーの端をちょろっとめくっては にこにこしている。
「 はやく五月にな〜れ 」
「 なにやってんだ ファン。 コドモみたいに 」
後ろから ひょい、と兄が顔を寄せてきた。
「 え〜〜〜 いいじゃない、わたし 五月が大好きなんだも〜〜ん 」
「 へ ・・・え?? 五月にナンかイイコトあるのか?
お前の誕生日は ・・・ 一月じゃないか 」
「 誕生日とは関係ないわ。 」
「 じゃ なんだ??? 」
「 え ・・・ 別になんのイベントもないけど ・・・ でも五月って素敵な季節じゃない?
マロニエの若葉がきらきらしてるし もう寒い雲は戻ってこないもん 」
「 そりゃそうだけどな〜 変わってるよな〜〜 オマエ 」
「 ふ〜〜ん だ。 なんとでも言ってよ お兄ちゃん。
わたしは五月が好きなの。 ただそれだけよ 」
「 へいへい おひとりでときめいてください 」
「 はい 勝手に盛り上がりますので放っておいてよね〜〜 」
兄になんと言われようとも フランソワーズはご機嫌だった。
ふふふ〜〜〜ん♪ だって 夏に一歩 近づいたってことじゃない?
五月は〜〜 夏への最初の扉だわ
そして 一日 ( ついたち )には。
「 ふん ふん ふ〜〜ん♪ ただいまぁ〜〜 」
「 なんだ またご機嫌だな 」
「 お兄ちゃん。 ほら〜〜〜 みて? 」
妹は 両手に抱えてきた包を兄に披露した。
― ひゅう〜〜〜〜 口笛がひびく。
「 ・・・ 今日は プルミエ・ミュゲ か 」
「 そうよ〜〜 えっと これはパパとママンに。 メルシ〜〜って 」
「 お〜〜 写真の前に飾っとけよ。 親父もお袋も喜ぶさ。 」
「 うん 今 コップもってくるわ〜 」
「 ふん。 ・・・ で あとは近所にでも配るのか? 」
「 ぶ〜〜〜。 これはね〜〜 全部わたしがもらったもので〜す〜〜 」
「 え ・・・? ああ 管理人のば〜さん とかからか? 」
「 ノン ノン〜〜〜 こっちはミシェル、 これはフィルから ・・・
えっと これはアランからよ〜〜 」
「 ・・・ どこガキだ そいつら 」
「 あらあ〜〜 バレエ学校のクラス・メイトに マルシェのパン屋さんに
カフェの人気ギャルソンよ♪ 」
「 ふ〜〜〜ん ・・・ チビのころは親父やらお袋にしか送ってなかったのに。
家族からもらってただけだったじゃないか〜 」
「 お兄ちゃんにもあげたでしょ。 」
「 そりゃま 当然だろ〜が 」
「 ふ〜ん だ。 お兄ちゃんこそ贈ってくれるカノジョ いないのぉ 」
「 俺は忙しいんだ! ちゃらちゃらしている暇などない。 」
「 あ〜らまあ。 じゃ これ いらないかしらあ 〜 」
妹は 紙袋の中からそう〜〜〜っとスズランの一束を取りだした。
「 ! ・・・ おまえ〜〜 性格悪いぞ 」
「 お兄ちゃん似かも〜〜 」
「 こいつぅ〜〜 」
「 ふふ ・・・ これ お兄ちゃんに。 アイシテルわ 」
「 お♪ 」
ほっぺにちゅ・・・とともに白い可憐な花束がジャンの手に落ちた。
「 メルシ。 ふふ〜〜 やっぱファンからのがないとな〜〜〜
うん ベッドの横に飾っとく。
」
「 ふ〜〜ん♪ 」
「 じゃ 俺からは ― これでどうだ? 」
「 え? 」
兄はジャケットの内ポケットから封筒を出し中身を取りだした。
「 これも ミュゲ だぜ 」
「 ? わあ〜〜〜 ミュゲのブローチ! きれい・・・ 」
「 これ エナメル加工さ。 」
「 ありがと〜〜〜 お兄ちゃん! ね つけて 」
「 お〜 ・・・ 今日のセーターにぴったりだな 」
「 うふ♪ 似合う? 」
「 あ〜 うん ・・・ オトナになったな ファン。 」
「 とっくにオトナですってば。 あ〜 嬉しいわあ〜〜 うふふ・・・・
皆に見せびらかしちゃおっと♪ 」
妹はひらひら・・・手を振ると 外出していった。
ふふふ ・・・ まだまだコドモだよ ファン・・・
ま 遠からず誰かを連れてくるんだろうなあ ・・・
大事なトモダチなの〜 とか言ってさ。
俺は ― うん 一発殴らせろ。
そんでもって根性のあるヤツなら お前をくれてやる さ
なあ ファン・・・
ジャンも かなりのイケメンなので誘われることはたびたびなのだ。 いわゆる引く手数多 状態。
だが本来固いところがあるので 適当に遊んでいるわけではない。
どの女性 ( ひと ) もさらり、とかわしていて特に決まった相手はいない。
「 ま・・ いいか。 ファン、お前が落ち着いてシアワセになるのを見届けたら
おれはじっくり相手を探すさ。 おっとミュゲが枯れちまうな
」
ジャンは妹からの花束を おおぶりのコップに差し込んだ。
「 アイツ・・・ 俺以外にミュゲを送る相手 ちゃんといるんだろうな?
もらうばっかりじゃないだろうなあ。
あは チビの頃のアイツの夢は ・・・ ははは ・・・ 」
白い花をちら・・・っと眺め 兄は肩を竦めるのだった。
「 ファン 大きくなったらなにになるの? 」
そんな質問をうけると 彼女は碧い瞳をいっぱいに見開いて ―
「 アタシ パパとけっこんするの! 」
小さなフランソワーズは真剣に答えるのだった。
「 まあ まあ そうなの? それは素敵ねえ〜
」
近所のオバサンは笑って髪を撫でてくれた。
「 おやあ〜 それはいい。 きみのパパはシアワセものだねえ 」
煙草屋のオヤジは 腹を揺すって笑う。
「 ええ そうよ。 アタシの夢はぱぱのお嫁さん 」
「 あらあら いいわねえ。 ママンも賛成だわ 」
「 そう? ママンも? 」
「 ええ。 パパほど素敵な男性は世界に二人といないもの。 」
「 わ〜〜〜 ほんとう? 」
「 ええ ママンが保証するわ パパはね 最高の夫よ。」
「 うふ ♪ そう? 」
「 ええ ええ だから ファン 頑張ってね 」
母はにこにこ・・・ 娘の頬にキスをする。
「 はあい。 アタシ、 ごがつにミュゲをパパにあげてけっこんを
もうしこむわ! 」
「 まあ それはいいアイディアねえ。 ママンも応援するわ。 」
「 メルシ ママン。 ミュゲを買うの、 かどのはなやさん と まるしぇ のはなやさんと
どっちにしようかな〜って まよっているの。 」
「 それじゃ ママンと一緒に行ってみましょうか? 」
「 わあ〜い 」
「 ほら ファン、お帽子をかぶってね? 陽に焼けてしまってよ 」
「 はあい 」
母と手を繋いでのお出かけに ちっちゃなファンは大喜びだった。
― そして五月最初の日。
パパはもう満面の笑みで 小さなフランソワーズの花束を受け取ってくれた。
「 パパ〜〜 アタシとけっこんしてくれる? 」
「 わほほ〜 そりゃ光栄だなあ〜 アイシテルよ〜〜 ファン。 」
パパは蕩ける笑顔で ほっぺにキスをした。
うふふ♪ アタシ、 パパのお嫁さん〜〜♪
ママンみたいに真っ白のひらひら〜 マリエ着たいの〜〜
あ おきにいりのすか〜と・・・ あれ、きるわ!
一番カワイイ服に着替えたくて、彼女は子供部屋に駆け戻った。
「 え・・・っと ・・・ あれえ ・・・どこぉ〜 あ あった! 」
引き出しをかきまわし、や〜〜っと目的のスカートを引っぱりだした。
「 えへ・・・ これ だいすきな ふりふり・すか〜と♪ うふふ〜〜 」
フリルが二段ついたよそ行きを着こむと ちっちゃなフランソワーズは
気取った足取りでリビングに戻ってきた。
「 うふふ〜〜〜ん ♪ ・・・ パパ・・・? 」
そっと開けたドアの向こうでは
愛してるよ 私もよ
父と母はゆったりと抱き合っている。
「 パパ ママン ・・・? 」
ん〜〜〜〜 ・・・ んんん
父はフランソワーズが渡したのではない、ミュゲの花束にキスし
腕に抱いていた母にを熱烈にキスをした。
父の腕の中から 母は腕を回すと父を抱き熱いキスを返している。
・・・ パパ ・・・ !
足音をしのばせつつリビングを離れると 兄の部屋に飛び込んだ。
「 お お兄ちゃん 〜〜〜 」
「 !? な なんだ なんだ ファン〜〜 」
兄は泣き顔で飛び込んできた妹にびっくり仰天 ・・・ ともかく話を聞いてくれた。
「 ・・・ パパったら ・・・ アタシのこと・・・ズビ ・・ 」
「 ほら ハナ、かめ 」
「 ん ・・・ ( ち〜〜〜〜ん ) アリガト・・・ 」
「 ばっかだな〜〜 ファン 」
「 ・・・ お兄ちゃん ・・・? 」
「 パパの奥さんはママンだぜ? お前が生まれるず〜〜っと前から 」
「 ・・・ そ そう なの ・・・? 」
「 ああ そうさ。 お前だけじゃないぜ、俺の生まれる前からさ 」
「 ・・・ アタシ・・・ ママンには勝てないもん ・・・ 」
「 当たり前だろ〜〜 ま 他の相手を探すんだな 〜 」
「 ・・・ ん ・・・ 」
「 だから もうパパやママンにいろいろ言うんじゃないぞ。 」
「 ・・・ ん ・・・ 」
「 お前だってトモダチ いるだろ
」
「 ・・・ ん ・・・ パパみたいなヒト、さがす ・・・・ 」
「 は・・・ もう立派なファザコンだな〜〜 」
「 ?? ふぁ?? 」
「 いや 知らんでいいさ。 まあ 頑張れ 」
「 ・・・ ん ・・・ 」
さあ 行った行った! 兄はぱっぱと手を振って妹を部屋から追い出した。
・・・ いいもん。 アタシ ・・・
お兄ちゃんのお嫁さん になる!
ぱたん、と閉じられたドアの前で ちっちゃなフランソワ―ズは新しい決意を
固めたのだった・・・!
コトン。 可憐な白い花を差したコップは 暗い照明をうけ鈍く輝いた。
「 ・・・ ふう ・・・ こんな時間になっちまった ・・・
ほら ファン。 お前が好きなミュゲだぞ。 」
兄は 暗い眼差しを妹の写真に向けた。
彼女の輝く笑顔は 優しく兄に向けられている。
「 ・・・ そうだよなあ。 お前はいつだってにこにこ・・・笑ってた・・・
親父やお袋が死んで二人っきりになった時も
お兄ちゃん 二人でアタシ達、パパとママンの役をするのよね って 笑ってくれた・・・
俺は ああ この笑顔、守るんだ!って ・・・ 揮いたったんだ・・・
なのに ・・・ ! 」
暗い室内でも 妹の笑顔は輝いている。
「 なあ ファン。 俺 ・・・ 世間でなんていわれてるか知ってるか?
諦めが悪いヤツだ と。 諦めてやることが供養になる とか
なあ ・・・ お前はどう思う ・・・? 」
兄は疲れた果てた顔に でもうっすらと笑みを浮かべた。
「 ふふ ・・ なあに、 俺は大丈夫。 俺は決して諦めない。
お前が ここに、俺の腕の中に戻ってくるまで 俺は諦めないぞ。 」
カツン ・・・ 遺されたブローチをそっと置いた。
「 これ・・・ 覚えているかい? 気に入ってくれていつでもコートの襟やら
ジャケットの胸に留めていたよなあ・・・
俺は ・・・ あの日、どろどろになって家に戻ってきてこれを見つけたんだ 」
妹を救うべくパリの街を転げ回り ― とうとう取り戻すことはできなかった。
絶望と疲労でボロボロになり兄は ジャン・アルヌールはアパルトマンの部屋に
戻ったのは 深夜。
「 ・・・ く ・・・っそぉ〜〜〜〜〜〜
」
バタン。 ようやっとドアを閉め そのまま床に転がってしまった。
「 ・・・ ううううう 〜〜〜〜 ・・・・ ファン ・・・ 」
じたばたともがき 呻いていた時。
カツン。 なにかがジャンの手に当たった。
「 ? ・・・ な んだ ??? 」
手さぐりで拾いあげ 目の前にもってきた。
「 ・・・ あ これ は ブローチ・・・ ミュゲのブローチ ・・・
俺がファンにおくって ・・・ あいつがいっつも付けてた・・・ 」
がば。 ジャンはしっかりと床に起き上がった。
「 ファン。 お前は生きてる。 待ってろ、きっと俺が取り戻す。
必ず・・・・! 」
彼は きゅっとその小さなブローチを掌に握った。
「 そう さ・・・ あの日から ずっとお前を探し続けてきたんだ ・・・
外野がなんといおうと俺は お前を探して 探して 探し続けてきた 」
ふう ・・・ ため息をつくジャンの金髪にも銀色のものが目立つ。
ことん。 掌には色褪せたブローチがころがる。
「 ・・・ もう 諦めるべき なのか。 」
ふう ・・・ ため息だけががらんとした部屋に満ちてゆく。
さわ ・・・ 半分開けた窓からの風が カーテンを揺らす。
「 ・・・ 風が冷たくなくなってる ・・・ ふふ そんな事にも気がつかなかった
ああ ああ 本当に ・・・ 潮時 なのか な ・・・
五月 か。 ファン ・・・ お前が一番好きな季節 だったなあ 」
ジャンは もう一度白い可憐な花を見つめ コップの脇にそっと古びたブローチを
置くのだった。
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さわさわわ〜〜〜〜 ふわ〜〜〜り ・・・
「 あらら ・・・ 大変 ・・・ 」
フランソワーズはあわててレースのカーテンを絞った。
テラスの窓を細めに開けておくのが習慣になっていて その朝も何気なく開けておいたのだ。
「 っと これでいいわね。 今朝は風が強いわ ・・・
あら いい風 ・・・ ! 」
彼女は カーテンを確かめてから 窓を大きく開け テラスに出てみた。
ふう 〜〜〜〜 ああ いい気持ち ・・・ !
ここは眼下に海が広がる崖っぷち、いつも海風が吹き通っているのだが ・・・
今朝は その風がとても柔らかい。
「 ふんふん・・・? これは なんの匂い かしら ・・・ 」
海に近い地だから緑はあまり育たないだろう、と思っていた。
「 お庭の花壇? サクラは散ってしまったけど違う花があるのかも〜
とっても爽やかな匂いなんだけど ・・・ 」
テラスに出て海原を臨み 降り返って裏山を眺める。
「 ! うわあ〜〜 すごい緑ねえ〜〜〜 パリの街ではとても見られないわ・・
きれい ・・・ きれいねえ 〜〜 ああ あの葉っぱの香ね! 」
「 フラン〜〜〜 朝ご飯、 できたよぉ 〜〜 」
部屋の中から声がして 茶髪のアタマが出てきた。
「 どしたの? 」
「 あ ジョー。 ねえ 気持ちいいわねえ・・・ 」
「 うん? あ〜〜 そうだねえ サクラ散ったら緑いっぱいだ 」
「 ね? 」
「 五月ってさ〜〜 緑の月間 だな 」
「 ! ああ もう 五月 なのね。 二ホンの五月は・・・ 緑なのね 」
「 そうかもな〜〜 フランの国ではどうだった? 」
ミュゲ・・・ ぽつり と彼女が呟いた。
「 え? なに 」
「 ・・・ううん なんでもないわ 」
「 あ〜 なんでもない、は ナシだろ? みゅげ って聞こえたけど なに。 」
「 うん ・・・ あのう ・・・ スズランのことよ 」
「 すずらん? ・・・あ〜 北海道のチョコについてる絵かあ〜 」
「 ちょこ? そ
そうなの? 」
「 うん 有名な白いチョコなんだ もっともぼくは食べたことは一回くらいしか
ないけど ・・・ 」
「 チョコ きらいなの 」
「 いいや? 安くないからさ 誰かからもらった時くらいしか食べられなかった
んだ。 どっかの慈善家の寄付で食べたよ。 包装紙がカワイイ〜って
女子たちが大事にしてた。 みゅげ ってあのちっこい白い花のことか〜 」
「 え ええ そうなの 」
「 ふうん ・・・ フランスでは五月にスズランがいっぱい咲くの? 」
「 ・・・ そういう訳でもないんだけど ・・・ 」
「 ?? 」
「 でもね
わたし。 五月は … す 好きじゃ
ないのよね 」
「 ふうん ・・・? どうして。 あ 聞いてもいい 」
「 ええ あの 五月って いい思いでが ない から。
思い出したくない から 」
「
あ そうなんだ?
うん ぼくも同じだな〜
」
「 同じ? 」
「 そ。 あんましいい思い出 ないんだ〜
その … 五月 に さ 」
「 ふうん ― じゃ 忘れましょ 忘れちゃいましょうよ、五月なんて。 」
「 あ〜〜 そうだね あっと言う間に夏になるさ。 五月は夏の始まりだもん。
ね 夏になったらさ 箱根とか行ってみようよ 」
「 はこね ? 」
「 涼しいんだ〜〜 山の中でさ、 でもここからそんなに遠くないし。
湖とかもあって キレイだよ。 」
「 避暑地なの? 」
「 うん。 博士も誘ってさ、遊びに行こうよ 」
「 わあ〜〜 楽しみねえ 」
「 ね? はやく夏になれ〜〜〜って。 」
あはは ふふふ ・・・ ジョーとフランソワーズは悪巧みのガキんちょ同士
みたく笑いあっていた。
ほ ほんとは ・・・ キライなんかじゃないのよ 五月!
ちょっと強張った笑いを浮かべつつ フランソワーズは心の中で叫んでいた。
五月は ― 大好きな季節 だった。 コドモの頃から大好きだった。
ミュゲを送ったりもらったりも楽しい思い出だったけれど
マロニエの若葉が顔を出し始めるこの季節が大好きだったのだ。
そして。 あの地獄の日々。 ― そんな事 忘れていた。
いや 思い出すと涙が止まらくなるから。 生き延びるために彼女は楽しい過去の記憶を
封印して 必死に生きてきた。
― やっと やっと解放された今。 彼女のココロは戸惑っていた。
ミュゲ ・・・ そうよ アレ。
ずっと大事にしてた… アレは あの朝
ジャケットに着けるつもりでいて
でも寝坊して・・・
慌てて飛び出して 忘れたの
よ
ミュゲ
…
兄さんのくれた ミュゲ … !
「 ・・・ 」
突然 涙がぽろぽろ・・・こぼれ落ちてゆく。
「 わ?? ど どうしたの? ぼく・・・ なんかマズイこと、聞いた? 」
ジョーがびっくり、そっとタオルを渡してくれた。
「 あ ・・・ ありがと・・・ううん ううん ちょっと・・・
ちょっと あの ・・・ いろいろ思い出して ・・・ 」
「 そっか。 ね
忘れなよ? うん 完全に忘れちゃう必要ないさ。
辛くなくなる時まで 仕舞っておけばいいよ。 」
「 ジョー ・・・・ 」
隣の笑顔、 茶髪に縁取られた優しい笑顔が涙を乾かしてくれる かもしれない。
「 メルシ ・・・ ジョー 」
「 えへ ・・・ ぼくだって同じだからさ 」
「 そうなの? ずっと幸せに生きてきたヒトだと思ってたわ。 」
「 あ は ・・・ まあ 寝るトコはあったし餓えることもなかったけど・・・
ぼく 施設育ちなんだ。 家族って知らない。 」
「 ごめんなさい! 言いたくないこと、言わなくていいわ。
あ あのね。 わたしの国では五月の一日にね 親しい人とかに
ミュゲの、スズランの花束を送るの。 ありがとう・・・って気持ちで 」
「 ふうん〜〜 なんかロマンチックだね〜〜 恋人にも送るの? 」
「 そうね 勿論家族にも送るの。 ママンとか 」
「 あ〜〜 母の日 みたいなモンか。 日本じゃね カーネーションだよ。
母の日にはね おか〜さん ありがとう ってもうカーネーションだらけさ 」
「 そうなの? 」
「 ぼくは。 母の顔も覚えてないから ― 羨ましいなあ って見てた 」
「 ・・・ あ だから 五月 ・・ きらい ? 」
「 それもある かな ・・・ あは ぼくさ 五月生まれなんだ。 」
ジョーは さらりと言い ふ・・・っと視線を外した。
「 え?? お誕生日の月なのに ― きらいなの? 」
「 ま〜ね ・・・ あは でももう忘れた。 」
「 あ ・・・ そ そうよね。 辛いことは仕舞っておく、のよね 」
「 辛いこと でもないけど ― ぼくにはもう関係ないことだし 」
「 ・・・ ごめんなさい。 余計なこと、聞いてしまったわ。 」
「 気にしてないよ。 ね〜 裏山にね 木苺の木、見つけたんだ。
もうすぐ熟れるよ、 見にゆかない? 」
「 きいちご? ベリーね! ステキ! 行きましょ 」
「 オッケ〜〜 」
「 お〜〜い ! お二人さん トーストが冷めてしまうぞぉ〜〜 」
「「 あ 」」
博士の呼び声に 二人は顔を見合わせクスクス・・・笑いだした。
Last updated : 05,09,2017.
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******** 途中ですが
タイトルの <五月> は さつき とも ごがつ とも。
次回は ジョーくん・はぴば なので〜〜 (^.^)