『 晴れますか ― (2) ― 』
カッコロ・・・・。
乾いた音がして 下駄が転がった。
黒い塗りの地に赤い鼻緒の下駄はたいそうフランソワーズの浴衣に合っていたのだが・・・
もうそろそろ彼女の足が悲鳴をあげ始めていた。
フランソワーズは神社の社への階段に寄りかかり、そっと裸足になった。
「 ああ ・・・ ひんやりしていい気持ちね・・・ 」
境内に続く石畳は、火照った足をやさしく冷やしてくれた。
「 ちょっとだけ・・・ 失礼させてくださいね。 」
浴衣の裾を気にしつつ、彼女は本殿への階 ( きざはし )のすみっこに腰をおろした。
そこは丁度参道が見通せる位置なので、様々な光に色彩がフランソワーズの視界の中に広がった。
とりどりに光は、どれも優しい色合いでなだらかに夜の闇に溶け込んでゆく。
この国では ― いや、この地域では 光と闇がごく自然にとなりあって棲んでいるのだ。
「 ・・・ 綺麗ねえ・・・ 浴衣のひとも多いわね。
毎年ほとんど同じお店が並ぶのに、皆楽しそう・・・ あら・・・ あれはえ〜と・・・?
そうそう、水風船釣り、だったかしら。 」
コドモ達が群がる場所はいつも決まっているらしい。
「 ふうん ・・・ 日本のカーニバル、って博士はおっしゃったけど。
ちょっと雰囲気が違うわねえ。 皆、楽しそうなんだけど・・・ なんだかこっそり涙がでそうな気分・・・ 」
ことん・・・と脱いだ下駄を足元に引き寄せ、フランソワーズはそっと膝を抱えた。
わたし・・・ どうしてこんなトコロにいるの ・・・
ココは ・・・ ヨソの国の知らないカーニバル ・・・
・・・ 兄さん ・・・ ジャン兄さん ・・・・! どこに ・・・いるの・・・
じんわりと膝が熱くなり、気が付けば浴衣地に涙がすこし 染みてしまった。
「 ・・・いっけない! わたしったら。 ・・・ 泣き虫すばるが移っちゃったかしら。 」
慌ててハンカチを袂から出して染みを摘まんだ。
「 <兄さん> か・・・ 本当にどうしたの・・・ ずっと・・・思い出すこともなかったのに・・・ 」
ほう・・・っと溜息を夜風に飛ばし、フランソワーズはゆっくりと立ち上がった。
「 さあ・・・博士はどこにいらっしゃるのかしら。 ジョーってばずっとあの子達に捕まっているのかな。」
ちょっとだけ顔を顰め、彼女は赤い鼻緒の下駄を見つめた。
「 ・・・ う〜ん ・・・ ? コレをまた履くのはかなり勇気がいるわねえ。 ポアントよりも痛いかも・・・ 」
ふうう・・・と溜息ついて ―
「 お嬢さん? 下駄をどうかされたのですか。 鼻緒が切れましたか。 」
「 え・・? 」
不意に ― なんの気配もないまま、彼女の後ろに青年が一人、立っていた。
え・・・ だってさっきまで誰もいなかった・・・わよね・・・?
この人・・・ 夜の中から滲み出てきたみたい・・・
驚いて振り向いた金髪碧眼の美女に、その青年も目を見張った。
「 おや・・・ 外国の方ですか。 浴衣がとてもよくお似合いですね。
ああ、日本語がお判りですか? 」
「 あ・・・はい。 ・・・ あのう〜・・・ 失礼ですが、あなたは ・・・ ? 」
「 この近所に住んでます、ぷらぷら縁日を見に来たのですが。 その下駄、どうかしました? 」
白っぽい浴衣の青年ははにかんだ風に笑って フランソワーズの手元を指した。
「 いえ・・・・下駄はなんともないのですけど。 わたしの足が・・・ 」
「 足? ・・・ ああ、鼻緒が痛いのですね? 外国の方にはちょっとキツいですよね。
ちょっと・・・貸してごらんなさい。 」
「 はい。 ・・・ 素敵な履物ですけど・・・ 上手く履けなくて・・・ 」
「 いや〜 最近は日本人でも若い人達はビーチ用のなんか履いてますよ。
ちょっと待ってください、ここにコレを巻けば少しは当たりが柔らかくなると・・・・ 」
青年は懐から なにやら和紙の紙片を取り出すと彼女の下駄の鼻緒に巧みにまきつけた。
「 ・・・さあ、どうです? ああ、ちょん、と引っ掛けるよりもしっかり指で挟んだ方が楽ですよ。
そうそう、そんな風に。 どうですか、まだ痛いですか? 」
「 ・・・ あら ・・・ いいえ、すごくソフトなクッションみたい♪
ちっとも痛くないです、ほら・・・歩いても全然平気・・・ ありがとうございます! 」
フランソワーズはカタカタと本殿の前を歩いてみせた。
「 そりゃあよかった・・・ 一人で縁日にいらしたのですか。 」
「 いえ ・・・ 家族皆で・・・ あ、わたしはこの先の海岸通りの方に住んでいます。
この国に来て もうかれこれ10年になりますわ。 」
「 そうですか。 ・・・ それでお国が恋しくて・・・? 」
「 ・・・え ・・・? 」
「 双の翡翠に夜露が宿っていますよ。 足が痛くて・・・ではないとお見受けしましたが。 」
「 あ・・・ あら・・・ 」
フランソワーズは慌てて浴衣の袖を目尻に当てた。
「 失礼・・・ でも なんだか、貴女がとても淋しそうに見えたので・・・ 」
「 ふふふ・・・ 見つかってしまいましたわね。 いえ、ホームシックではありませんの。
もう ・・・ この国は半分、わたしの故郷になりましたもの。
でもちょっと淋しかったのも本当です・・・ 」
「 そうですか。 ・・・ 淋しい時には耳を傾けて、誰かのお喋りを聞くのもいいですよ。
その次は・・・ あなたが話してみればいい。 」
「 お喋りを聞く・・・・? 」
フランソワーズはいつの間にか 浴衣姿の青年と並んで再び本殿への段々に座っていた。
ヘンねえ ・・・ 知らない人と一緒なのに ・・・ ちっとも不安じゃないわ
この人の雰囲気のせい? 若いカンジなのにとっても落ち着いてて・・・
そ・・っと盗み見た横顔は 秀でた眉のしっかりした顔立ちだ。
夜の闇を切り取ったごとく、見事なぬばたまの黒髪だった。
「 ああ、失礼。 初対面の方に余計なこと、言いましたね。 すみません。 」
「 あ・・・ いいえ! わたし ・・・はい、まず<聞いて>みますわ。
なんかずっと・・・わたしの話を聞いて欲しいって思ってたのですけど・・・
聞いてから ・・・ そしてわたしも喋ります! 」
「 やあ、やっと笑いましたね? その笑顔が最高です。
黙っていても判る、なんて ・・・そんなのカミサマだって無理ですから。 」
「 まあ・・・・ そうですよね。 神様だって・・・ 悩んじゃいますわよね。 」
「 そうですとも。 」
ふふふふ ・・・・ はははは ・・・・
二人の笑い声が す・・・っと境内の空に吸い込まれていった。
― ざわ・・・ざわざわ ・・・・・
お社の後ろにある、古い杉の巨木が夜風もないのに葉擦れの音をたてた。
「 やあ。 こんなトコにいたのかい。 」
不意に夫の声が後ろから響いてきた。
「 ・・・ ジョー?! ・・・・ あら??? 」
気がつけば。
彼女は本殿前の鳥居の側に佇んでいた。
・・・あら?? たった今まで ・・・ あの段々に座っていた・・・わよね?
あのヒト・・・ 白っぽい浴衣のヒトは・・・?
フランソワーズはきょろきょろと辺りを見回したが、あの青年らしい姿はどこにも見つからない。
「 おい、どうした? ぼんやりして・・・疲れちゃったかい。 」
「 ・・・え ・・・ ううん、ちょっと・・・ね。 足が痛くなっちゃって・・・ ジョーこそ、どうして??
コドモたちと一緒に夜店を見ているはず・・・ 」
「 博士がね・・・ きみと二人で楽しんでおいで・・・って。 チビ達を引き受けて下さったんだ。 」
「 まあ・・・そうなの? ・・・ それで・・・ソレはお土産ってわけ? 」
フランソワーズはクスリ・・・と笑って彼女の夫の <荷物> に目をやった。
齧りかけ、歯型ののこるソース煎餅 やら 半分しぼみかけた綿アメ、べとべとした杏飴に
なにやら油の染みた包みに 最後の仕上げは口の開いた細長く丸っこい瓶までジョーは抱えていた。
「 いやあ・・・ < これ、もってて、おとうさん > < もってるだけ、だよ。おとうさん > ってさ。
チビ達、み〜〜んなぼくに押し付けて・・・本当の荷物もち、さ。 」
「 まあまあ・・・ ほら、そっちの糸についたアメを引き取るわ。 ジョーってば袂がべたべたになって
しまうわよ? ああ、その前にビンを頂戴。 ・・・ コレはジュース? 」
「 あ・・・ ありがとう。 あは、これはね、ラムネっていって・・・ サイダーみたいなものさ。 」
「 へええ・・・ ほら・・・ これで少しは楽でしょう? ちょっとこの階段に座らせてもらって・・・
さっきまでわたし、ここで休んでいたの。 」
「 え。 ここって本殿のまん前だろう? ちょっとヤバいんでないかな〜
神様にオシリを向けることになっちゃうぜ。 」
「 え・・・ あら、そうなの? わたし、ず〜っとここに座っていたの。 全然気がつかなかったわ・・・
神様 ・・・ ごめんなさい〜〜 」
フランソワーズはお社にむかって慌ててぴょこり、とお辞儀をした。
「 あはは・・・ まあ、今晩は縁日だし。 神様も目の保養をさせてもらって満足だろ。 」
「 めのほよう?? なあに、それ。 」
「 あ・・・ははは・・・別になんでもないよ。 ほら、こっちの横の石段にすわろう。
え〜と・・・ 何か敷くものはないかな・・・ 」
「 あら、それじゃハンカチがあるわ。 ・・・ はい。 」
フランソワーズは袂をさぐって大判のハンカチをジョーに差し出した。
「 ああ、ぼくはいいよ。 きみが敷きたまえ。 綺麗な浴衣が汚れてしまうからね。 」
「 ジョーの浴衣だって綺麗よ? ええと・・・そうだわ、懐紙があるから・・・これでいい? 」
今度は帯の間から懐紙が出てきた。
「 ・・・へえ・・・ きみってこんなこと、誰におそわったんだい。
日本人の若いコ達なんて全然しらないと思うよ。 」
「 うふふふ・・・ いつかね、コズミ先生が袂にハンカチを入れていらしたのを見たのよ。
あとはね、TVの時代劇♪ 大事なモノを帯に挟んでいたわ。 」
「 ふうん ・・・ ああ、下駄は大丈夫? 鼻緒が痛いんじゃないかい。 」
「 ううん、大丈夫。 」
フランソワーズはそ〜っと足の指を動かしてみたけれど、 あの紙のクッションは無事だった。
「 きみってスゴイねえ・・・ 日本人よりずっと日本人だよ。 」
「 あら、そんなこと、ないわ。 ・・・ ねえ、ジョー。 あの・・・ この浴衣・・・ね。
博士が選んでくださって ・・・ あの、どう・・・ 」
「 あ・・・ う、うん ・・・ その・・・すごく・・・ 」
「 ・・・ キライ? わたしがこういう恰好するの。 」
「 え?! そ、そんなコト 全然〜〜 ! 」
ジョーは綿アメだのソース煎餅だのを持ったまま ぶんぶんと首を振った。
「 あの ・・・ あら? すぴかが・・・呼んでる。 あら、すばるもよ? 」
「 え?! なにかあったのか! まさか ・・・ 誘拐・・? 」
ジョーはばっ!と立ち上がり、境内の方に目を凝らしつつ、今にも駆け出しそうになっている。
「 あ、ちがうの、違うの! え・・・なにかしてもいいか・・・って。 」
フランソワーズは慌てて夫の帯の結び目をしっかりと捕まえた。
「 博士もご一緒だから心配はいらないけれど。 なにをしたいのかしら・・・ 」
フランソワーズはじっと耳を清ませている。
日常生活で <能力> を使うことは極力避ける彼女なのだが コドモ達が係わるコトは 特別 なのだ。
雛を護るためには 親鳥はなんだってやる! やらなければならない。
彼女って。 もしも、もしもだけど・・・ チビ達に危機がせまったら
・・・敵に対してなんの躊躇もなくスーパーガンを向けるだろうな・・
百発百中に近い彼女の射撃の腕を思い出し、ジョーは少しばかり冷たい汗を流した。
「 なにをおねだりしているんだい、チビ達。 」
「 ちょっと待って・・・ え、なあに?・・・ え? ・・・ き〜すけ? ああ、金魚掬い、ね。 」
フランソワーズは夫の帯を放し、側に寄り添った。
「 あのね、金魚掬いをしてもいい?って。 すぴかはヤル気満々らしいわ。 」
「 ・・・ なんだ・・・ああ、驚いた。 金魚すくい、かあ・・・ 懐かしいなあ。
でもちょっと見て来るよ。 」
「 わたしも行くわ。 博士に子守りを押し付けては申し訳ないもの。 」
「 そんなことないと思うけど。 博士も楽しんでいるみたいだし。 」
「 でも・・・やっぱり気になるし。 すぴかに金魚が掬えるかしらねえ・・・ 」
「 う〜ん??? おい、すばるは? 」
「 ・・・ すばるは・・・ じ〜っと金魚を見てるの。 何か言ってる・・・ き〜すけ ・・・どこ?
一緒におうちにかえろう・・・ ってぶつぶつ言ってるの。 」
「 ふうん・・・ それはちょっとなあ。 うん、行こうよ。 チビ達と一緒にいなくちゃ。 」
「 ええ、そうね。 」
二人は食べかけの <縁日のお菓子> を両手に持って、参道を降りて縁日の雑踏に混ざって行った。
「 ・・・ もっとおおきなの、ねらったのに〜〜〜 あのおしっぽがひらひらしたコ、ほしかったのに〜 」
「 そりゃ残念だったなあ、すぴか。 」
「 うん。 アタシ、こんど、ぜったいにおっきいの、つかまえる! つぎのえんにちはいつ、おかあさん。 」
「 さあ、いつかしら・・・・ 花火大会のころかもしれないわね。 」
「 そっか! アタシ、れんしゅうしなくちゃ。 」
「 ふふふ・・・ もう少しね、そ〜っと掬ってごらんなさい? すぴかったら勢いよく追いかけるから・・・
すぐに破けてしまうのよ。 あれって何で出来ているのかしらね。 」
双子達の金魚掬いの戦利品は ― 残念・参加賞の 一匹だけ、だった。
赤蜻蛉の浴衣の袖をたくし上げ、すぴかは大張り切りで頑張ったのだが・・・
大物狙いが祟ってか、ポイはすぐにふなふなになって破けてしまった。
慎重派の弟は じ〜〜〜〜っと待ち続け ・・・ 待ちすぎてはやりポイはふやけて破れた。
「 ああ、モナカの外側みたいのらしいよ。 でもいいじゃないか、一匹でももらえたんだもの。
なあ、すばる? また 大事にお世話、できるかな。 」
両親はコドモ達を真ん中に 夜店のひろがる境内をぷらぷらと抜けてゆく。
博士は <掘り出しもの!> な盆栽を手にいれ、コズミ博士宅に進路変更をしていた。
「 すまんの〜〜 是非、コズミ君に教えを乞わないとなあ・・・ 」
「 はい、どうぞ。 コズミ先生もお喜びになりますわ。 あ・・・ 盆栽、重くないですか? 」
「 平気じゃよ。 それではちょいと・・・ 寄道をさせておくれ。 」
「 おじいちゃま〜〜 きをつけてね。 」
「 おお、おお すばる〜〜 ありがとうよ。 大丈夫、神社の入り口で車を拾うよ。 」
博士は得々として盆栽を抱え、先に帰った。
「 おじいちゃまも〜 あの木をおうちでかうのでしょ。 」
「 木はね、飼う じゃなくて・・・う〜ん・・・育てる・栽培する・・・かなあ。 」
「 すばる、今度の金魚クンはなんていうお名前にするの? 」
「 これ・・・ き〜すけ、だよ? き〜すけってば、金魚屋さんちでぼくのこと、まってたんだ。
ね、き〜すけ♪ おかえり〜〜 」
すばるは小さなビニールの下げ袋をそ〜っと目の高さに持ち上げた。
「 ほら♪ これ、き〜すけだよ。 」
「 え〜〜??? ウッソだあ〜。 き〜すけ、もっと大きかったじゃん?
それに白いブチがあったよ。 これってまっかなだけじゃん。 」
目敏く、そしてズバリ!と姉がツッコミを入れる。
「 ・・・ でも き〜すけ なんだってば! 」
「 ぶ〜〜〜★ ハズレ〜〜。 き〜すけ ではありませ〜ん。 」
「 ・・・ き〜すけ、だよ。 き〜すけなんだってば! ねえねえ、おかあさん〜〜〜
これ・・・ き〜すけ だよね。ね? 」
「 ちがいま〜す! すばる、アンタってよくみてないでしょ。 ねえ、おとうさん。 」
「 え・・・ う〜ん ・・・ そうねえ。 すばるがそう思うのなら・・・ 」
「 いや。 違うよ。 き〜すけ じゃない。 すぴかの言う通りだ。 」
「 ・・・ おとうさ〜ん ・・・ 」
きっぱりと言い切った父の強い口調に、すぴかも驚いた顔で振り返った。
「 おとうさん ・・・ 」
「 え・・・ でもでも〜〜 今にもっと大きくなって 白いブチもできるよ・・ ねえ、き〜すけ? 」
すばるはもう涙目になり 袋の中の金魚に必死に話しかけている。
「 ・・・ ジョー・・・? 」
「 フラン。 いや。 すばる、すぴかも・・・ き〜すけ は死んだんだよ。
皆で花壇の隣に埋めて綺麗なお墓を作ってやっただろう? 覚えているかな。 」
「 ウン ・・・ アタシ、覚えてる。 すばる、今でもちゃんとおはかのおせわしてるよね。 」
「 ・・・ ウン ・・・ でも・・・! 」
「 いいかい。 き〜すけ はもういない。 き〜すけは今・・・天国にいるんだ。 」
「 ・・・ ジョー ・・・ 」
フランソワーズはそっと夫の袂を引いたが、彼はきゅっと妻の手を握り返しただけだった。
「 この金魚は全然別の金魚だよ。 ちがう名前をつけて、お世話してやりなさい。 」
「 おとうさん・・・ でも ・・・でも ・・・ き〜すけは ・・・ 」
ぷらぷら歩いてきた一家は、すでに神社の境内の外れに来ていた。
縁日のざわめきは小さくなり提燈風のランタンがぼんやりと辺りの暗闇を照らしているだけだ。
参道の休めのために置いてあった石をみつけ、ジョーは細君を座らせた。
「 すばる。 すぴかも・・・ 二人とも判るだろう? 死ぬっていうこと。 」
「 ・・・ う・・・ うん ・・・ 」
「 二人ともあの時に初めて 死ぬ っていうことをすぐ側で見たと思うけど。
き〜すけだけじゃない。 皆 ・・・ いつかはいなくなるんだ、 死ぬんだよ。 」
「 ・・・ お ・・・ おとうさん や おかあさん ・・・・も? おじいちゃま・・・・も? 」
すぴかが強張った顔で尋ねてきた。
さっきまで弟をやり込めていた元気はどこへやら、碧い瞳を賢明に見開いている。
「 そうだ。 いつかは皆 お別れしなくちゃならない。
生きているものは、必ず ・・・ 死ぬんだよ。 」
「 ・・・ そ ・・・ そんなの ・・・ すぴかはイヤだ・・・イヤだもん! おとうさん! 」
すぴかはきゅう〜〜っと父親にしがみついてきた。
「 イヤでも。 どんなに悲しくても 仕方ないんだよ。 すぴか・・・ 」
「 ヤだぁ〜〜 そんなの・・・ うっく ・・・! 」
「 すぴか。 でもな、もしお別れしても、お父さん達はちゃ〜んとすぴかの側にいるよ。 」
「 え・・・ どこに?? 」
「 ・・・ ここ、さ。 」
ジョーはトン・・・と彼自身の胸を軽く叩いた。
「 ずっと。ず〜〜っとね・・・ お父さんもお母さんも おじいちゃまも。 すぴかやすばるの
心に中にいる。 ず〜〜っと、だよ。 」
「 ・・・ こころのなか・・・? 」
「 そうさ。 き〜すけが 今でもすばるのこころの中で元気に泳いでいるのと同じだ。
淋しいときや・・・辛いとき、苦しいときには チカラをあげる。 本当だよ。 」
「 ・・・ おとうさん・・・ 」
「 すぴか。 ・・・お別れしてもね、お母さん達はちゃんと見てるわ。 いつだってず〜っと、よ。
お父さんとお母さんはね、すぴかやすばるのこと、ず〜っと見守っているわ・・・ 」
「 おかあさん ・・・ おかあさ・・・ん・・・ うっ・・・く・・・ 」
母譲りの碧い瞳から ぼろぼろ涙が零れ落ちきゅ・・・っと結んでいたお口が緩んだとき・・・
「 ・・・ うううう うえ〜〜〜ん ・・・ うえ〜〜〜ん ・・・ 」
すばるが母の袂を握ったまま大きく泣き声を上げた。
片っ方の手には金魚の袋をしっかり握り締めたまま・・・・
「 あらら・・・ そんなに泣かなくてもいいの。 ・・・ ほら、金魚がびっくりしているわ?
大丈夫。 お父さんもお母さんも あなた達がもっともっと大きくなるまで・・・一緒よ。 」
「 ・・・ フランソワーズ・・・ 」
ジョーだけが 彼女の言葉に奥にある、暗い影を感じ取った。
自分達は いつか、この子達の前から姿を消さなければならない ―
日頃は忘れている影をジョーもフランソワーズも イヤというほど感じていた。
「 おかあさん! ほんとう? すぴかが6年生になってちゅうがくせいになって・・・
もっとおとなになるまで ・・・ 死なない? 」
「 ええ。 ちゃ〜んと・・・側にいますよ。 ほらほら・・・お顔を拭かなくちゃ。
すばる〜〜? ちょっと袂を放してくれるかしら。 ここにハンカチが・・・ 」
「 ・・・ やだ! やだやだやだ〜〜 ! おかあさ〜ん ・・・ 」
「 ・・・うっく ・・・ すばる、ずるい〜〜 」
すぴかは父の浴衣を放すと 今度は母の膝に縋りついてきた。
「 あらら・・・ もう・・・二人ともどうしたの。 甘えん坊さんばっかりね。
そんなに泣いていたら せっかくの浴衣が台無しだし、お月さまにも笑われますよ。 」
「 ・・・ ごめんな〜 お父さんが泣かせちゃったみたいだな。 」
「 そんなことないわ。 さ、そろそろお家に帰りましょう。 ほら、その金魚さんを水槽に
移してあげないと・・・ ね? 」
「 う ・・・ うん ・・・ おかあさん ・・・ き〜すけ・・・じゃないのか・・・ 」
すばるはそうっと 金魚を見つめている。
「 ・・・ おとうさん ・・・ ほんとう? 」
「 え、なにが。 すぴか。 」
すぴかはと・・・・っても真剣な顔でジョーを真正面から見ていた。
「 あのね。 ず〜っと・・・いっしょにいる? ・・・ しんじゃっても・・・ 」
「 ・・・ ああ、そうだよ。 あのな・・・ 」
ジョーはすぴかのちっちゃな手を握ってゆっくりと歩き始めた。
「 お父さんのお母さんはさ、まだお父さんがすぴかよりもず〜〜〜っと小さな頃に亡くなってしまったけど。
・・・ お父さんがピンチの時、勇気をくれたんだ。 」
「 ・・・ ゆうき・・・? 」
「 うん。 もうダメだ〜って思った時。 お父さんのお母さんの笑顔が ふ・・っと浮かんだよ。
そうしたらね、すごいパワーを与えてくれた。 お父さんはピンチを脱出できたんだ。 」
「 えがお・・・ 」
「 そうさ。 そしてね、すぴか達のお母さんの笑顔が愛を教えてくれた。
すぴかとすばるのお母さんのとこに もう一度帰るんだ・・・!ってお父さんは頑張ったんだよ。 」
「 ・・・ そうなんだ・・・ 」
「 だからな、どんな時でも <いっしょ> なのさ。 カタチは変わっても心はいつも一緒だ。 」
「 うん・・・わかった。 き〜すけもさ・・・ず〜っとすばるの思い出の中にいるもんね。 」
「 そうだよ。 すぴかはとっても優しい子だねえ・・・ 」
「 ・・・ おとうさん・・・ 」
すぴかはぴと・・・っとお父さんの大きな手にほっぺたを当てた。
「 さあさあ。 もう帰りましょう。 おじいちゃまの方が先にお帰りになっているかもしれないわ。
お父さんと一緒に縁日に来られて楽しかったわね。 」
フランソワーズは殊更明るい声で 子供達に話かけた。
彼女自身、 大急ぎで涙を拭い懸命に微笑んでいる。
・・・ ああ・・・ きみってヒトは。
なんて ・・・ なんて素敵なんだ・・・!
ぼくはこの笑顔を目印に、そうさ! 空の果てから 黄泉の底から
・・・ 還ってきたんだよ ・・・
ジョーは改めて彼の細君の笑顔を、そしてはんなりした浴衣姿を惚れ惚れと眺めていた。
4人でぶらぶら岬の家まで戻ってくれば、リビングにはすでに灯りが点っていた。
「 ・・・ あら。 博士はもうお帰りなのね。 ジョー、子供達を寝かしつけてくださる?
わたし、なにか軽いものを用意するわ。 ・・・ お腹、空いたでしょ。 」
「 あは・・・ わかっちゃった? 実はさ〜〜 すぴかのソース煎餅が食べたいな〜って
道々思ってたんだ。 これって魅惑的なニオイだよなあ。 」
「 ま・・・ そんなことしたらまた言われるわよ? お父さんが食べちゃった〜〜って。 」
「 まいったなぁ ・・・でも、あ・・・ すげ〜腹ペコかも・・・ 」
「 はいはい、わかりました。 あらら・・・すばる? ほら〜ちゃんと歩かないと金魚クンが
びっくりしているわよ? 」
「 ・・・ う ・・・ うん ・・・ 」
すばるは母と手を繋いでいるのだが、足元がよれよれしている。 眠いのだ ・・・
「 すぴか? 眠くないかい。 」
「 ・・・ ううん。 へいき。 」
父の脇で娘は返事をしたけれど、どうやらこちらもアクビの連続だ。
「 ほら〜〜 二人とも? もうちょっとだから頑張れ〜〜 」
「 そうよ、あなた達、もう重いんですもの、お母さんはオンブ、できません〜〜 」
「 うん ・・・ 」
「 ・・・ うん わかった ・・・ 」
ぼんやりと答える子供たちの手を引っ張ったり背中をそっと押したり・・・団子になって
島村さん一家はやっと玄関に辿りついた。
「「 ただいま戻りました・・・ 博士? 」」
「 おお おお お帰り。 おや、チビさん達はオネムじゃのう。 」
「 や、こんばんは。 お邪魔しとります。 」
「 あら、コズミ先生。 こんばんは〜 いらっしゃいませ。 お久し振りです。 」
一家を <おじいちゃま> と一緒にコズミ博士も玄関に迎えてくれた。
「 いや〜〜 これは素晴しい・・・! 日本の夏姿じゃのう・・・ 」
「 じゃろ? ワシはどうしても自慢の家族達を見てほしくてなあ。 無理矢理コズミ君をひっぱってきてしもうた。 」
半分寝こけた子供たちを、コズミ博士も一緒になってにこにこと眺めている。
夜分にすまんですな・・・と恐縮する博士に どうぞどうぞ、と歓迎し、ともかくジョーは
沈没寸前の子供達を部屋に連れていった。
「 ・・・ いかが。 お腹、いっぱいになった? 」
「 ・・・ うん ・・・ あ〜〜 ・・・ 美味かったぁ〜〜 」
ジョーはやっと箸を置き、満足の溜息をついた。
深夜に近いキッチンで、 夫婦は久々に差し向かいで夜食を食べていた。
― もっともフランソワーズはお付き合い程度で、浅漬けを摘まんでいたのであるが・・・
<夜のお茶> につきあってくれたコズミ、ギルモアの両博士も もうとっくに寝室にひきとっている。
コズミ博士はジョー達がひきとめ、ギルモア邸に一泊してゆくことになったのだ。
「 ふふふ・・・ 完全に一食分、いえ、もっと御飯の量はあったかもしれないわよ。
そんなに食べて・・・ 大丈夫? 」
「 平気さ。 縁日で結構歩きまわったし。 ・・・ ああ・・・ お茶漬けってホント・・・久し振りだよ〜
いや・・・きみと一緒になってから・・・初めてかもしれないなあ。 」
「 あら・・・・そう? そうねえ・・・ 夜食にってお握りとかカップ麺を用意したことはあるけど・・・
お茶漬けって・・・ 初めてかも。 」
「 うん ・・・ あ、ごめん、 きみ・・・キライだった? 」
ジョーは食後のお茶を啜っていたが、ふと気がついたらしい。
あ・・・ そうだよな〜〜 やっぱ・・・ウチの奥さんはフランス人だもんな〜
ずるずる音たてて・・・ぶっかけメシを掻き込むのなんて見たくもない・・・・かも・・・
「 ごめん・・・ あの、さ。 不愉快だった・・・? 」
「 え・・・なにが。 」
「 うん ・・・ あのう〜 ぼくがさ、お茶漬け食べるの。 その・・・音とかマナーとか・・・ 」
「 え・・・別にそんな。 不愉快だ、なんて。 だってお蕎麦とかお茶漬けとかは、そうやって食べるモノ
なのでしょう? 」
「 ・・・ うん ・・・まあ、そう言えば・・・ そうだけどさ。 でも ・・・ 」
「 ジョー? そんなに気を使わないでいいのよ。 ここはジョーが一番リラックスできる場所、でしょ。 」
「 ・・・ ありがと、フラン。 」
「 ふふふ ・・・ ああ、そうだわ、果物でも召し上がる? コズミ博士のお土産で水蜜桃があるわ。 」
「 すいみつとう・・・・ ああ、
「 そうよ、すごく美味しそうなの。 ちょうど冷えた頃だし・・・剥きましょうか。 」
「 う〜ん ・・・ いいよ、明日さ、皆で食べよう。 博士やチビ達と食べたいや。 」
「 ・・・ そうね。 皆で・・・ね。 」
「 うん。 それが一番美味しいよ。 」
「 そうね・・・ それが 一番ね。 」
ほう −−−− と溜息をつき、二人はなんとなく見つめあってしまった。
・・・ ぱちゃん ・・・ !
テーブルの上に置いたボールの中で すばるの金魚が水音をたてる。
「 ? ああ、元気な金魚だねえ。 明日、金魚鉢に入れてやらなくちゃな。
え〜と・・・どこに仕舞ったっけか・・・? 」
「 多分、階段の下の納戸だと思うけど・・・。 ふふふ・・・でも、こんな入れ物も、いいわね。 」
「 そうだね。 今度も長生きしてくれるといいけどな。 すばるの友達だもんなあ。 」
「 大丈夫よ。 縁日で出会ったのですもの、<御縁>があるのよ。 」
フランソワーズは小さく笑って チビの金魚を眺めている。
「 ・・・ きみってさ。 ぼくよか <日本人> になってきたね。 あの・・・無理してない? 」
「 え?? どういうこと、ジョー。 」
「 だってさ。 そりゃ・・・ この国に住んでいるから日本風な暮らし、してるけど。
きみが・・・ もし、無理にぼくや子供たちに合わせているのだったら。
・・・ そんなこと、ナシにしようよ。 」
「 ジョー・・・ 別にわたし、無理なんかしていないわ。 わたしはこの・・・ 今、このお家での
暮らし方が好きなの。 気に入っているのよ。 」
「 うん ・・・ でも、でもな。 ぼくは・・・ 家族の誰かが我慢している、なんてイヤなんだ。
そりゃ、好き勝手放題は困るけど。 一人が犠牲に・・・なんて・・・ ぼくはイヤだ。 」
「 我慢なんかしていないわ、ジョー。 本当よ? 」
フランソワーズは 立ち上がるとキッチンの窓を完全に閉めた。
細目に開けてあった窓から入る夜風は まだまだ夏のものではない。
深夜を回れば 海を臨む邸の周囲はやはり冷えてくるのだ。
「 ・・・あ ありがとう ・・・ やっぱり浴衣ではまだ冷えるね。 」
「 熱いお茶、入れましょうか。 美味しいお煎茶があるの。 」
「 へえ・・・ いいなあ。 ・・・あ ・・・ あの。 きみはカフェ・オ・レが飲みたいだろ? 」
「 あら、今はね、わたしもあつ〜いお煎茶の方がいいわ。 ジョー? 気を回さなくていいのよ。 」
「 あ・・・ う、うん ・・・ 」
「 そりゃ・・・ 冬には熱々の焼き栗を齧りながら石畳の道を歩きたいわ。
初夏には木陰のカフェでオ・レを楽しんで 秋にはマロニエの葉を踏んで散歩したい。
でも。 でもね。 今のわたしが一番好きなのはね。
この ・・・ いつでも波の音がきこえるお家で ジョーと子供達と一緒に過す毎日なのよ。
今日が雨でもいいわ。 明日は晴れるよね・・・って微笑んで暮らすのが好きなの。 」
「 ・・・ フランソワーズ ・・・ 」
「 あ・・・ お湯が沸いたわね。 さあ 熱々のお煎茶を頂きましょう。 」
「 ・・・ う〜ん ・・・いい香りだね。 」
「 ふふふ・・・ はい、どうぞ。 熱いわよ、気をつけて 」
「 うん。 ・・・ ああ ・・・ 美味しいね。 」
「 ・・・ ええ 美味しいわ。 」
真夜中のキッチンで 夫婦はお茶と一緒に二人だけの時間( とき )を味わっていた。
「 コドモの頃って お祭りとか縁日って ・・・ 好きだけど好きじゃなかったんだ。 」
「 え? どういうこと。 」
「 うん ・・・ 施設のヒトが付き添ってくれてさ、夜の外出はやっぱり嬉しかったけど。
見ているだけで、どうしてもあの雰囲気の中に入っては行けなかったよ。 」
「 ・・・ 今日はもう、しっかり溶け込んでいたわよ? 」
「 うん・・・ あのコ達がひっぱり込んでくれた。
ぼくはやっと・・・この土地のヒトになれたのかもしれない。 」
あら ・・・ 珍しいわね。 ジョーが子供の頃の話をするなんて・・・
子供達が成長するにつれて、ジョーはそこそこ家族と話をするようになったが 元来は口が重い。
そんなジョーが、ぽつぽつとでも思い出話をするのは珍しいことなのだ。
― 誰かのおしゃべりを聞くのも いいものですよ ・・・
あ・・・。
不意にフランソワーズの耳の底に神社の前で出合ったあの青年の言葉が甦った。
わたし ・・・ < 聞いて欲しい! > って思うばっかりで・・・
ジョーのコト、ちっとも ・・・ 聞いてあげてない・・・!
コトン ・・・
夫婦湯呑みの小さいほうが そうっとテーブルに置かれた。
「 ねえ、ジョー・・・ 」
「 ・・・ うん? 」
「 ジョー。 ジョーだっていろいろ・・・あるでしょ。 お仕事のこととか・・・人間関係とか。
わたし、お仕事のことはわからないからなにも意見とかは言えないけど。 でも 聞くことはできるわ。
・・・ だから ・・・ 何でも話して? 」
「 うん ・・・ ありがとう・・・!」
ジョーは茶碗を持ったまま、すこし眩しいみたいな顔でフランソワーズを見た。
「 ・・・ うん・・・ なんか・・・すごく嬉しいなあ。 すごい応援団が到着した気分だよ。 」
「 そうよ〜〜 わたしがね! ジョーの最強のサポーターなんですもの。
ねえ? 気が付いたのだけど。 わたし達 ・・・ミッション中の方がまだおしゃべりするわよね? 」
「 ・・・ あ ・・・ ああ、そうだね。 お喋り・・・とはちょっと違うけど。
ともかく話はするよな。 」
「 ね? わたしもね、ちゃんと言うから。 ジョーも ・・・ いろいろ言って?
それで ・・・ わたしのお喋りも 聞いて欲しいわ。 」
「 ・・・ ん。 そうだね・・・ ごめん。 忙しい、なんて理由にならないよな。 」
「 あのね、イイコトを教えてもらったの。
黙っていても気持ちが伝わる・・・なんてウソですよって。 」
「 ・・・ 誰が教えてくれたのかい? 」
「 うふふふ・・・内緒! でもね、黙っていたら神様だってわかりません、って。 」
「 なかなか言うじゃないか。 誰に聞いたのかい。 縁日で会ったひと? 」
「 ・・・ まあそんなトコかしら。 浴衣のとってもよく似合うヒトだったの♪
白っぽい浴衣に濃紺の・・・なにか織り模様の入った帯でね。 すごく素敵だったわ。
日本の男性って パシ!っと決めると静かな魅力があるのね。 」
「 ・・・ ふうん ・・・ 」
ジョーは無意識に自分の浴衣を引っ張っていた。
濃淡の藍の波模様は相変わらず素晴しかったが ・・・ かなりヨレてシワになってきていた。
あら・・・ ふふふ・・・また、ヤキモチ、焼いているんだから・・・
本当にコドモみたいなヒト ・・・
「 ふふふ・・・わたし達って。 おじいちゃんとおばあちゃんみたいね。
お茶を飲んで の〜んびりお喋りして。 にこにこ笑って・・・ 」
「 ・・・ ジジイとババアじゃないさ。 ぼく達は ― 証拠、見せてやるよ。 」
「 え? あ・・・ あ、あら・・・ きゃ・・・! 」
ジョーはさっと立ち上がると テーブルを回り彼の愛妻を抱き上げた。
「 ちょ・・・ ちょっと・・・! ジョーったら・・・ 片付け、しないと・・・
明日の朝の用意もあるし・・・ ねえ・・・ きゃ・・・! 」
「 いいよ、そんなの。 明日の朝、手伝ってやるから。 んんん・・・! 」
ジョーは彼女のお喋りをキスで封じると そのまま二階の寝室に抱いていった。
海上遥かに登った歪つな月が 二人のベッドにも白い光を届けてくれている。
ジョーは静かに彼女を降ろすと ゆっくりと帯を解き始めた。
「 ・・・ ジョー ・・・ったら・・・ ほんとうに ・・・ 」
「 し・・・♪ 今はおしゃべり、ナシ。 ぼくに任せて欲しいな。 」
「 ・・・ わかったわ。 ・・・愛してるわ・・・ジョー・・・ 」
「 ふふふ・・・ それは黙っていてもちゃ〜〜んと判るさ。 きみの身体が教えてくれている・・・ 」
「 きゃ・・・ 意地悪・・・ 」
ジョーはそれきり口を噤み、帯を抜くと藍染の浴衣を左右に開いた。
・・・・ うわ ・・・・
思わず、感嘆の吐息が漏れる。
藍の地に横たわった肢体は その白さをなおさら際立たせていた。
そればかりか、重なり合う乳房の谷や泉への入り口には濃い藍色の影が溜まっている。
ジョーは。
渇き と 飢え を満たす旅人のごとく、その藍色の影に顔を伏せ ・・・ 貪った。
「 ・・・ 今度は わたしの ・・・ 番よ ・・・ 」
白い手が伸びてジョーの帯をしゅるり、と抜いた。
たちまち、藍の波の浴衣は脱げ落ち、今度は白い身体が覆いかぶさってくる。
「 ・・・ く ・・・ゥ ・・・・ 」
白い白い月の光が。 熱く絡みあう二人をほんのりと照らしだすのだった。
「 いや〜〜 急に闖入して申し訳なかったですなあ。 美味しい朝御飯まで頂いてしまって・・・ 」
「 あら、いいえェ。 お粗末さまでした。 」
翌朝、家族と一緒に朝御飯を済ませ、コズミ博士はギルモア邸を辞去した。
「 いやいや・・・ お嬢さん、あ・・・失礼、奥さん。 久々に<日本の朝御飯>を頂きましたよ。
ワシはず〜〜っと朝はパンとコーヒー・・・の不精モノですのでなあ。 」
「 あら・・・! そう言っていただけば コンチネンタル風のをご用意しましたのに。 」
「 とんでもない。 いや〜〜 ギルモア君が羨ましい。 や、それではこれで失礼します。 」
「 はい、どうぞまたいつでもいらしてくださいね。 」
「 おお、ありがとう ありがとう・・・ 」
フランソワーズは昨夜の下駄をつっかけ、コズミ博士を送りに出た。
― カサリ となにか白い紙切れが風に転がった。
・・・ あら? ・・・ああ、あの紙ね。 解けてしまったわ。
これ・・・ 和紙・・・? 懐紙とも違うわねえ?
足元に落ちていた紙を拾いあげ、広げてみた。
「 コズミ先生、この紙って・・・ 何でしょう? 」
「 うん? ・・・ ああ、これは ・・・幣帛 ( へいはく ) の一部ではないかな。 」
「 へいはく ・・? 」
「 そうじゃ。 ご幣 とも言ってな、神社のお社などに奉納する ・・・ ほれ、和紙で出来ていて、
神社の奥に飾ってあったりするじゃろう? 」
「 ・・・ まあ・・・・ 」
「 昨日の縁日でどこかに紛れておったのかの。 まあ・・・そこいらに捨てたりはせん方がいいですな。
一応 神サンの管轄でしょうからなあ。 」
「 ・・・ はあ ・・・ 」
「 や、それでは ワシはこれで・・・ 」
「 あ、失礼いたします・・・ 」
拾いあげた和紙を手に フランソワーズは慌ててお辞儀をした。
え・・・?
・・・ それじゃ ・・・ あのヒトって ・・・?
― その笑顔が最高ですよ
あの青年の声が はっきりと甦ってきた。
やっとわたしもこの地域のヒトになれたのかもしれない・・・
フランソワーズは微笑んで鼻緒に巻いてあった紙をそうっと折り畳んだ。
「 あ・・・ ちょっと待ってて! 」
「 あ・・・ フランソワーズ・・・ 」
その夏以来、近所の小さな神社の前を通るたびに。
島村さんちの奥さんは 律儀に手を合わせ頭を下げている。
その後ろで 島村さんちの旦那さんは お社を睨むみたいに見据えている。
・・・ なんだ、なんだ、なんだよ・・・!
このオンナはですね! オレのオンナですから!
そんな島村さんの呟きを 神様はちゃ〜んと知っている・・・ のかもしれなかった。
つい・・・・と海鳥が空高く舞っている。
遥か水平線には 今年もそろそろ入道雲が現れる頃かもしれない。
フランソワーズは 深呼吸をしてこころの中で呟いた。
明日 ― 晴れますか
*************************** Fin. ******************************
Last
updated : 07,07,2009.
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********* ひと言 ************
やっと終わりました・・・・
せっかく 七夕さま・更新 なのに全然関係のないハナシですみません〜〜<(_
_)>
はい、例によってな〜〜〜んにも起きませんでした(^_^;)
夏は大好きなんですけど、その前のちょっと不安定な空模様の頃、
そう、まさに <梅雨のあとさき>の頃って好きなのです♪
・・・・ ジョー君??? しっかりしないと! 神様だってキミの奥さんを
狙って?いるかもしれないよ???
ほんわか気分に浸って頂ければ幸いです。
ご感想の一言でも頂戴できますれば ・・・ 狂喜乱舞〜〜♪♪