『 腕の中 ― (1) ― 』
ふんふんふ〜〜〜〜ん♪♪
山内タクヤは このところ超〜〜〜ご機嫌ちゃんである。
彼は 首都にある中堅どころのバレエ団に所属するバレエ・ダンサー・・・
所謂 新進気鋭の若手・・・ それも 有望な若手 である。
「 よっ おっはよ〜〜 っす ! 」
路を歩いていても ふんふ〜〜ん♪ ハナウタだ。
「 お。 タマぁ〜〜 元気かあ? あ これ 喰えるかあ〜〜
俺の昼メシだけど ・・・ ほい。 」
塀の上の地域猫にも パンを千切ってシェア。
怪訝な顔をしてるにゃんこに 手を振って、かる〜〜い足取りで
歩いてゆく。
へっへっへ〜〜
チャンスはちゃんと降ってくる〜〜♪
しっかりつかむぜぇ〜〜〜
パートナーは あの子だし♪
へっへっへ〜〜〜
なにせ ―
次の公演で GP ( グラン・パ・ド・ドウ ) がまわってきた!
パートナーは 密かに想いを掛けていた あの・彼女☆
「 な〜にせ ふらんす人 だもんな〜〜〜
あの金髪がさ〜〜〜 いいよな〜〜〜 碧い瞳もさ〜〜〜〜
そりゃ? 俺よかすこし年上だけど んなこと かんけ〜ね〜し 」
演目は 『 ドン・キホーテ 』 ― 彼はこのヴァリエーションでコンクール入賞している。
「 やってやるぜぇ〜〜〜
さ −−−− っいこうの バジル、 踊っちゃる!
へへへ ・・・ 飛んで回って〜〜 みてろぉ〜〜 」
パートナーの彼女は いつも控えめに微笑んでいる存在だ。
押しの強さ とか 自己顕示ぎらぎら〜 は 全く感じられない。
「 ふふふ〜〜 地味っぽいけどよ いいコだぜ〜〜
俺 初めて見たときから ちゃあ〜〜んと目ぇ 付けてたんだ♪
このリハで 仲良くなる! へっへっへ〜〜〜〜 」
遅刻気味だって朝のクラスだって イチバン に来ている。
レッスン中も 超〜〜〜真面目 ・・・
自分自身のテクニックに ばっちり磨きをかけている ― つもり。
― その朝
ありがとうございましたァ〜〜
はい お疲れ様〜〜 ピアニストさん ありがとう♪
拍手とレヴェランスで 朝のクラスは終了した。
「 あ ・・・ っと? 今日から 自主リハ、オッケーだからね
空いてるスタジオ 使ってね 」
バレエ団の主宰者のマダムは に〜〜っこり、全員に伝えた。
へ〜い はあい 了解っす〜〜〜
ダンサー達はてんでに返事をし でも スタジオ中に ぱ・・・っと
緊張感が走ったのも事実だ。
「 ふふふ ・・・ いい傾向だわ♪
あ。 タクヤ〜〜 ちゃんと自主リハ するのよ?
フランソワーズに迷惑 かけないように! 」
「 あ はぁ 〜〜〜 へ〜い 」
タクヤは ぺこん、とアタマを下げたが。
じょ〜〜〜だんでしょ〜〜〜
この俺様が がっつりリードするぜぇ
「 あの 山内さん? 」
例の金髪美女が ひそ・・・っと声をかけてきた。
ブルーの稽古着が 汗でびたくただ。
「 おう? !! ふ フランソワーズ ・・・さん 」
「 さん はいりません。
ねえ Cスタで自主リハ いいですか? 」
「 あ ああ ・・・ お願いシマス 」
「 うふ? こちらこそね〜〜〜 じゃ 12時から 」
「 お お〜〜 あ 俺も タクヤ っす。
山内サン じゃねっす〜〜 ふ フランソワーズ。 」
「 え? あ そうね〜 それでは のちほど〜〜 タクヤ 」
「 うっす! ( わっは〜〜〜〜 ) 」
タクヤは 文字通り天まで飛んでゆきたい!!!! と思った・・・
わっははは〜〜〜〜ん♪
さあ パ・ド・ドウ だあ〜〜〜
彼女と踊るんだぜえ〜〜
自然に 足が < 踊りだす >
「 俺がリードするんだ。 ああ 最高にうまく踊らせてやるさ! 」
彼は 自信と期待でも〜〜〜 どうかなりそう〜〜〜 だった。
さて。 その数十分後 ―
〜〜〜〜♪♪ ♪♪
優雅で それでいて快活な音楽が流れている。
誰もが よ〜〜〜〜く聞き慣れた、でも 一種、憧れの曲だ。
これをきっちり踊れるのは ( 指定の振り・速度通りに )
選ばれた踊り手だけだ。
・・・ しかし。 しかし だ。
Cスタジオのセンターでは ― 一組のダンサーが 揉めていた。
「 ! ちょ ちょっと待って。 引っ張らないで 」
「 ああ? 」
「 わたしのバランスを知って! 」
「 俺がリードするよ? 」
「 そうじゃないと思うけど? わたしのセンター、ずらさないで
引っ張らないで このまま回して。 」
「 だ〜から 俺が手を引いてやってるだろ〜〜
しっかり立っててくれよ 」
「 ! あのね。 わたし、ちゃんと立ってます。
だから その地点で プロムナードして。 」
「 だから〜〜〜 俺がリードするから。
君は脚、上げてればい〜んだって ! 」
「 ― タクヤ さん。 」
す・・っとフランソワーズの表情が変わり、 彼女はぱたん、と
脚をおろした。
「 ジョーク ? それとも ― 本気でそう思っているの? 」
「 ・・・え。 あ ああ〜〜 本気さ!
第一 俺はそうやって今まで パ・ド・ドウを踊ってきたんだ 」
「 ― 本気なら。 ・・・ わたし この役を降りさせて
もらうわ。 」
ぴりり。 彼女はもうにこり、ともしない。
いつだって柔らかな微笑を浮かべている彼女とは 全くの別人だ。
その白い頬からは 表情が消え、仮面のごとき冷たい顔だ。
「 な ・・・ 今さらなに言うんだよ? 」
「 今さらもなにも。 そういう考え方のヒトとGPは
踊れません。 わたし 怪我したくないわ。
どなたか他の方をさがして。」
「 おい。 そっちこそマジかよ? 」
「 はい? わたしはいつだって真剣ですけど? 」
「 だ〜〜ったら真剣にリハしようぜ?
なにカリカリしてるんだよ
」
「 カリカリなんかしてません。
当然のことを言っただけです。 失礼。 」
「 お おい〜〜 ちょっと待てってば 」
「 なにか? 貴方が都合のいいパートナーを見つけてください。
わたしは辞退します、 怪我したくありません。 」
「 ― フランソワーズ。 」
「 こ〜ら。 いいオトナ同士がどうした? 」
緊迫した空気の中に 穏やかな、ちょっとのんびりとさせした声が
入ってきた。
「 ??? あ カトウ先生・・・ 」
「 ・・・ども 」
フランソワーズもタクヤも その初老の男性に礼儀正しく
レヴェランスをした。
彼は このバレエ団で講師もやっている大ベテランの先輩ダンサーで
現役バリバリの頃は プリンシパルとして多くの作品を踊っていた。
特に 若い頃は 回転のカトウ といわれ
彼のテクニックは群を抜き 海外バレエ団にも何回も主演した経験をもつ。
現在、バレエ団では ボーイズ・クラスも担当、団員はもちろん、生徒達からも
慕われ ファンが多い。
先生は 言い合っていた二人の間にゆっくりと入ってきた。
「 タクヤ。 お前なあ オンナノコ、支えたこと、あるか? 」
彼は いつもののんびりした調子で タクヤに聞く。
「 カトウせんせ〜〜 俺 シロウトちゃいまっせ〜〜 」
「 わかってるよ けどなあ やっぱり初心者だろ?
パートナーっていう点では ね 」
「 ? 」
「 タクヤ。 お前のせいじゃないよ。 チャンスが少なかったんだ。
日本じゃ パ・ド・ドウ クラス なんてほとんど
ないからなあ・・・ きっちり習ってないだろ? 」
「 そりゃ ・・・ けど 俺、何回か踊ってますぅ 」
「 そうだろうけど。 この際だ きっちり勉強しろ 」
「 へ〜い 」
タクヤは尊敬する大先輩の言葉には 素直に頷く。
フランソワーズも 静かに耳を傾けている。
「 フランソワーズ? ちょっと・・・ お相手願えるかな 」
「 は はい! 」
先生は フランソワーズにちょっと会釈をしてから
手を差し伸べた。
「 お前ら 『 ドンキ 』 だろ?
さっき揉めてたなあ・・・ アラベスク・プロムナード。
・・・ どうぞ? 」
「 は はい ! 」
す・・・っとアラベスクで立った彼女は 先生に手を預けた。
するするする ・・・
彼女は きっちり美しいアラベスクの姿勢を保ったまま
滑るみたいにプロムナードしてゆく。
「 ・・・ っと。 お〜 さすがに軽いな ありがとう 」
「 いえ こちらこそ・・・ 」
「 ・・・・ 」
タクヤは二人の様子を食い入るように見つめている。
「 俺は彼女の周りを歩いただけ。
彼女の立っている重心を起点にね。 手は添えていただけ。 」
「 へ え ・・・ 」
「 彼女はしっかりまっすぐにキープできてるから・・・
こ〜れができてないコと組むと オトコは苦労するけどな 」
「 ・・・ へ え ・・・ 」
「 こっちがやることは パートナーの重心を見極めることかな。
あとは ― GPを踊るような相手は 一人でもちゃんとやるさ 」
「 え ・・・ 」
「 なんだ? 意外そうだな
こっちが引っ張り回しているワケじゃないんだ 」
「 ・・・ あ いや・・・ でも ピルエットとかは
俺らが回してやってるじゃないっすか 」
「 そうかな? ・・・ 百聞はってヤツかな。
フランソワーズ、 ちょっと頼める? 」
「 あ はい 」
「 普通に・・・ アンディオールで。 」
「 はい。 」
カトウ先生は フランソワーズの後ろに回るとサポートの体勢をとる。
「 ・・・ 」
フランソワーズは ごく自然にプレパレーションをし
くるくるくるくる 〜〜〜〜
彼女は軽くまるでバネ仕掛けての人形みたいに なんの雑作もなく
回転し続けた。
「 ・・・ すげ ・・・ 」
「 〜〜ん 止めるね 」
「 はい ・・・ ふふふ カトウ先生〜〜 ありがとうございます
こんなに回れるって思ってなかったです 」
回転を止め 彼女はにっこり御礼をいう。
「 ん〜〜 やっぱ先生〜〜 回してたじゃんか 」
「 いや? 俺は彼女のウエストに指二本、添えていただけだよ 」
「 え ・・・ 」
「 すご〜いです〜〜 あのね 先生はわたしの中心がズレないように
手を添えていてくださったの。
だから わたしはセンターをずらさずに常に正しい位置で
回り続けた ってこと 」
「 ― ということさ。
オトコの役割は 引っ張ったり持ち上げたりすることじゃない。
彼女が最大に輝けるように ちょいと手を貸す・・・ってことだ 」
「 ・・・ う 〜ん ・・・? 」
「 彼女がいつも以上に上手く踊ったとすれば
それはサポートは大成功だった ・・・って証明なんだ。 」
「 ・・・・ 」
タクヤは 黙ってカトウ先生の手をみている。
「 別になにもないよ? ほら 」
先生は ぱっと両手を広げた。
大きな掌 そして 長いしなやかな指。
一見 まあ 普通の中年男性の手だが ― これは魔法使いの手 なのだ。
・・・ すごい ・・・
ああ カトウ先生と踊ってみたかったなあ
『 ジゼル 』 組んでみたいなあ〜〜
すごい すごい!
さっきのサポート・・・
わたし 羽根が生えたみたいだった
・・・ うふ ・・・
ちょっとジョーの手に似てるかも〜〜
フランソワーズは うっとりした顔で眺めている。
「 だから。 ケンカなんかするなよ?
そのヒマがあったら 二人でよ〜〜く打合せてしろ。 」
「 打合せ ? 」
「 その過程でモメていいのさ 試行錯誤するんだ 」
「 へ〜〜い 」
「 お前ら 期待の新コンビ なんだからな・・・
いいかい 二人とも。 自分が 自分が〜 じゃだめだ。
ヴァリエーションじゃないんだ。 わかるな? 」
先生は じ〜っとフランソワーズを見て に・・・っと笑った。
君は 既婚者だから。
わかるだろう?
パートナーとの調和 がさ
「 ・・・・ 」
微妙〜な視線に 彼女もすぐ気付き軽く頷き返した。
はい。
ウチでも パートナーと
< 組んで > ますからね〜〜
「 『 ドンキ 』 だろ?
あ〜〜 じゃ 出だしだけ 踊ってみるか フランソワーズ?」
「 は はい! よろしくお願いシマス 」
フランソワーズは 上に羽織っていたニットを脱ぎすて、
音響機器の側に駆け寄った。
「 俺 だします。 」
タクヤがすっと寄ってきた。
彼も もう全身が 目 という雰囲気だ。
「 あ ・・・ 振りは オペラ座版でゆくかい 」
「 ! 先生がおよろしければ ・・・ 嬉しいです! 」
「 では 」
二人は 軽く会釈をし合い センター奥にポ―ズした。
〜〜〜〜♪♪♪ ♪♪ お馴染みの前奏が始まる。
二人がポーズを解いて センターに歩みでて ― 踊り始める。
ふ ・・・ ん ・・・?
タクヤは カトウ先生の動きをじ〜〜〜っと追っている。
バランスを取るフランソワーズを カトウ先生は絶妙のタイミングで
サポートをする。
あ ・・・ ? と思わせる寸前、もちろん音にはちゃんと合っている。
「 ・・・ くっそ〜〜〜〜 すげ〜な〜〜 」
悔しいけどタクヤは自然に 感歎の吐息が漏れてしまう。
もちろん ジャンプの高さとか脚の角度は 若いタクヤの方が
優れているだろう。
だけど そんなことはモンダイではなのだ。
先生の 伸びやかなジャンプ そして 女子顔負けの爪先の美しさ。
回転も さり気なくウエストに手を当てるだけで パートナーは
二回も三回も多く回るのだ。
う〜〜〜〜〜 ・・・・
サポートのテクだけじゃね〜よ〜
ジャンプだってセゴン・ターンだって
・・・ すげ〜よ〜〜〜
それに ― あの爪先 !
フラン〜〜〜 なんて笑顔なんだよ?
俺と踊って そんな輝く笑顔、見せたか??
う〜〜〜〜〜
・・・ 俺 まだまだ だ ・・・
もう 溜息を吐く余裕すら、ない。
タクヤは息まで詰めて 目の前のパ・ド・ドウを見つめる。
今 彼にできるのは 全身全霊でカトウ先生のテクを
学び盗みとることだけだ。
♪♪ 〜〜〜 ♪♪♪ 〜〜〜〜
ダンサーなら誰もが口ずさめる有名なあの音楽と共に
二人は実に滑らかに踊ってゆく。
アチチュード・プロムナード とか ピルエットとか。
カトウ先生がサポートすると フランソワーズは羽根みたいに軽くおどる。
そして 恍惚に近い歓喜の表情を浮かべているのだ。
・・・ お 俺の パートナーが。
負けね〜から 俺。
よぉ〜し。 ばっちり習得する。
タクヤは 硬く固く拳を握りしめ、自分自身に誓う。
〜〜〜 ♪♪ ♪。
音楽が終わり キトリとバジルはにこやか〜に微笑あっている。
「 ・・・ふ〜〜〜 はあ 久し振りに 楽しかったよ!
フランソワーズ、 きみはしっかりと勉強してきているね 」
「 いえ ・・・ カトウ先生。
わたし ・・・ こんなに踊れたのって 初めてかも・・・
ありがとうございました 」
「 いやいや ・・・ ワカモノには勝てないから。
タクヤ。 お前たちはお前達の踊りを創ってゆけよ 」
「 あ ・・・ はい 」
「 いいか パートナーが最高に輝けるよう サポートする。
それが オトコの仕事だぞ。 」
「 ・・・・ 」
タクヤは 黙って深くうなずいた。
「 フランソワーズ。 一人で踊るな。
二人で踊る それが パ・ド・ドウ だろ わかるな? 」
「
― はい。 」
それじゃ ・・・ 健闘を祈る! ぴ・・・っと手を揚げ
カトウ先生は またのんびりと出ていった。
「 ・・・ はあ ・・・ かっこいいわあ〜〜 」
「 ち・・・っくしょ〜〜〜 すげ〜よな〜 」
「 ふふふ あれが < 王子サマ > よね〜〜 」
「 そ。 プリンシパルのプリンシパルたる所以 ってこと。
・・・ くそ〜〜〜〜〜 勝てね〜 」
「 あ〜ら 先生に勝とう なんて 20年早いんじゃなあい? 」
「 ・・・う ・・ まあ な 」
「 ね。 ごめんなさい ・・・ 言い過ぎたわ。
二人で ― 頑張りましょ 」
「 ああ。 俺も ごめん。 やっぱ俺、経験 足りないし。
いろいろ・・・・そのう〜〜 指摘してくれよな 」
「 ん。 わたしにも ね 」
す・・・っと白い手が差し出された。
ぐ。 大きな手が握り返す。
「「 よろしく ! 」」
二人は 正面からじっと見つめあった。
・・・ もしかして 初めてだったかもしれない。
「 あの さ。 リハ・・・ 延長してやってゆくかい 」
「 ・・・ あ〜〜 ごめんなさい〜〜 今日はこれで帰らないと・・・ 」
「 あ そっか・・・ 教えとかあるんだ? 」
「 ええ ・・・ ウチ、遠いでしょ ごめんなさいね 」
「 いや そんな 」
「 次のリハまでに しっかり自分のパート、固めておくわ。 」
「 俺もさ。 うん ・・・ サポートも研究しておく。
カトウ先生のクラス、しっかり勉強する! 」
「 ふふふ 期待してまあす。 それじゃ ・・・ また ね 」
ちょん・・・と彼の手をつつき 小さく投げキスをする。
そして 彼女はさささ・・・と出て行った。
・・・ うっひゃあ〜〜〜〜
な なんて ・・・ 可愛いんだあ〜〜〜
す 好き だな ・・・ 好きだよっ
うん。 俺が君を最高の踊りをさせてやる!
ああ そうさ。
俺が最高のパートナーになるんだ
フランソワーズ ・・・ 俺のパートナー!
どうも 彼のハートにぽっぽと火を点けてしまった・・・らしい。
― さて。 その日の夜のこと。
海辺の洋館、ギルモア邸では。
「 ・・・ あ〜〜〜 ふう ・・・ 」
フランソワーズは 大きくため息をつくとソファに座り込んだ。
「 あ〜 ・・・ いった〜〜いなあ ・・・ 」
誰もいないリビング、 彼女は脚をソファに上げ、呻いた。
「 ・・・ やっぱ剥けちゃったかあ・・・
明日のクラス、辛いかも ・・・ ううう 」
フランソワーズは 白い素足をかかえ呻吟していた。
時計の針はそろそろ深夜を指すころ。
やっと帰ってきたジョーは いま 風呂場でご機嫌ちゃんだ。
「 ・・・ あ〜〜 ・・・ ごはん、用意しなくちゃ ・・・
あ〜あ ・・・ いててて 」
この家の主婦は素足にスリッパをひっかけて キッチンに向かった。
― 今日の午後 ・・・
大急ぎで帰宅、コドモ達のオヤツ・タイムになんとか間に合った。
「 ね〜ね〜 おか〜さ〜〜ん きょうねえ〜 」
「 おか〜さ〜〜ん ・・・ うふ。 おか〜さ〜ん 」
手作りのオヤツを食べさせ 纏わりついてくる子供たちの相手をし
< 今日あったこと > を聞いてやり・・・
「 ほらほら 宿題、 やってらっしゃい。
おかあさんは 晩ご飯の準備、しなくちゃ 」
「 アタシ お使い、ゆくよ? 」
「 僕ぅ せんぎり できるよ? 」
「 はい ありがとう。 じゃ お手伝い お願いね 」
「「 うん♪♪ 」」
「 そしてね キッチンで宿題 やろうね。 お母さん 見るから。
持ってらっしゃい。 」
「「 ・・・ はあい ・・・ 」」
不承不承 チビ達は宿題を持ってきた が。
「 ん〜〜〜? あ〜〜? あれえ 」
「 ? すばるクン。 ほら 繰り上がり、忘れてるでしょ 」
「 あ あ〜〜〜 そっかあ 」
フランソワーズは菜箸を持ったまま 息子の宿題に顔を突っ込む。
「 ね〜 おか〜さん おんどく、きいて 」
「 はい。 すぴかさん ちょっとまってね〜 ガスの火 小さくするから 」
「 おか〜さん。 僕 おなべ みてる〜〜 」
「 すばるクン 算数ドリル 終わったの 」
「 うん! 僕さ〜〜 ひきざん とくい〜〜♪ 」
「 そうなの? じゃあ お願いね〜〜 はい。 」
母は息子に菜箸を渡した。
彼はもっと小さい頃から キッチン大好き・お料理少年 で
マイ包丁も持ち、お鍋番くらいお茶の子〜〜 なのだ。
「 おか〜さん? いい? よむね〜〜 」
「 はい。 どうぞ すぴかさん 」
「 え・・っと。 もちもちのき 」
彼女の娘は 高い声ではっきりと教科書を読みはじめた。
「 ・・・ じっさまといっしょに ねているのでした〜 」
ガス台の前から すばるが口を合わせる。
「 すばる〜〜 言わないで〜〜 」
「 ごめ〜〜ん 」
「 すばるクン? 覚えているの? 」
「 うん いっかいよめば おぼえるよね〜〜〜 」
「 ・・・ すごいわねえ ・・・ お母さんは覚えられません。
あ すばるクン お鍋〜〜 」
「 あ! うわ〜〜〜 まぜまぜまぜ〜〜〜〜 ・・・ 」
「 コゲた? 」
「 ・・・ん へいき! ガス とめるね〜 」
「 そうね。 じゃあ そろそろご飯にしよっか 」
「「 うん !!! 」」
晩御飯の仕上げをし、子供たちに食べさせ
宿題をみてやり 今日ね〜 を聞いてやり お風呂に追い立て
― やっとベッドに送りこんだ。
は あ ・・・・
や〜〜〜っと 自分自身を < 構って > やる時間となった。
「 ・・・ あ もうすぐジョー、帰ってくるわね
でも ちょっと ・・・ あ〜〜 指、 派手に剥けてるわあ 」
博士に作ってもらった特殊絆創膏 を広げる。
「 明日のクラス ・・・ 痛いだろうなあ ・・ う〜〜 」
ぴんぽ〜〜ん 玄関のチャイムが鳴る。
「 ! お帰りなさ〜〜〜い!! 」
ペタペタペタペタ ・・・ 彼女は裸足のまま玄関に飛んでいった。
「 ん〜〜〜〜 美味かったぁ〜〜 」
ジョーは満足の吐息で 箸をおいた。
「 ・・・ ご馳走様でした。 あ〜〜 シアワセ ・・・
遅くにごめんな〜 」
「 ジョーこそ 遅くまでお仕事、お疲れ様 ・・・ ありがと♪
ふふふ 今夜の煮物はほとんどすばる製よ
」
とぽぽぽ ・・・ フランソワーズは熱いお茶を淹れた。
「 へ え〜 アイツ ますます料理少年だな 」
「 そうね〜 すごく助かるの。 すばるにお鍋の番を任せて
わたし、サラダとか作れるでしょ 」
「 あ〜 そうだねえ ・・・ ねえ フラン。
その足 ・・・ どうかしたのかい 」
ジョーの視線が 彼の細君の足元に落ちる。
「 え ・・・ あ ・・・ あのう 」
フランソワーズは 素足にカタチばかりスリッパをひっかけていたのだ。
「 ・・・ 次の舞台、近いのかい? 」
「 ジョー。 そうなのよ 」
「 大変・・・? 足 どうしたのさ 裸足で。 」
ジョーは ちゃんと気付いているのだ。
「 え あ う〜〜ん あのね ちょっとレッスン、ハードで・・・
足の指の皮、剥けちゃった 」
「 え。 指の皮・・・? むけた?? だって ― 」
「 そ〜なんですけど。 どうもね〜〜 BGはダンサーの足について
大変無知だったのね〜。 003の足の仕様は 大変ヤワなの。 」
フランソワーズは少し茶化したけれど ジョーは引っ掛からなかった。
「 ― 博士に相談した? 」
「 ええ。 ちゃんと特別の絆創膏を作って頂いているわ 」
「 そっか それなら 心配ないね 」
「 ・・・ え ええ ・・・ 」
ずきん。 足指の損傷が痛む ・・・
確かに 損傷部分は保護されているけれど ― 明日 また ポアントを履き
同じところが 当たる のだ。
・・・ あ〜あ
これ ダンサーじゃないと この痛さ、
わかんないわよねえ・・・
痛いんだわねえ ・・・
あ〜あ ・・・
フランソワーズは こっそりため息を吐く。
「 なあ 今晩の筑前煮 すご〜〜くいい味だった! 」
「 ふふふ すばる、張り切って煮てくれたもの。
あ ちょっち焦げてなかった? 」
「 ううん 全然〜〜 」
「 そうそう このイチゴ。 すぴかが温室から探してきたの。
どこに生ってるかよ〜く知ってるのよ〜〜 」
「 へえ 〜〜 温室はすぴかの縄張りだもんなあ
・・・ん ♪ あまあ〜〜い♪ 」
ジョーは 小粒のイチゴを摘み もう笑顔満開だ。
「 あっは・・・ いいなあ〜〜 ウチって最高さ♪ 」
家族が笑顔なら ― それでいいわ
フランソワーズは 自分のコト は呑み込んだ。
ずきん ・・・
ベッドの中でも 足の傷は疼いていた。
生身なら たとえ一晩でも少しは自然治癒するだろう。
でも。 サイボーグの皮膚は < 作りモノ >。
やはり 自然に勝るモノはこの世にはありえない のかもしれない。
Last updated : 02.01.2022.
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*********** 途中ですが
バレエ物、 なんのこっちゃ? なトコもあるかも <m(__)m>
パ・ド・ドウ云々〜 は むか〜し先生に教わったコト・・・
当時は なんのこっちゃ? と思ったですが (^-^;
お話の時間軸として 拙作 『王子サマがいいの』 の
前です〜〜 タクヤく〜〜ん がんばれ♪