**** はじめに ****
え〜〜 【 こもりくの 】 の
むらむらむら〜〜と <正統派?? 93めろどらま@びょういん > が書きたくなり
ぱられる・注意報〜〜! めろどらま・注意報〜〜! お決まりの筋書き・注意報〜〜!
書いている本人も恥ずかしくなってます ( いえ、R指定という意味ではなく〜(^_^;) ) ので苦手な方、引き返してください。
おねがいします〜〜〜 <(_ _)>
尚、時代考証・医学考証ともにい〜かげんです、どうぞお目こぼし下さい。
メインの舞台は 昭和10年代前半、 とある高原のサナトリウムです。
・・・ですので(?) 【 ジョウ 】 です、 ジョ− ではなく・・・(^_^;)
『 あの雲の果て − (1) − 』
「 島村先生・・・ お見えです。 」
「 はい、どうぞご案内してください。 」
院長室のドアを開け、年若い看護婦が顔を出した。
ジョ−は書き物の手をとめ立ち上がりつかつかと入り口に歩み寄る。
やがて・・・
力強い足音が近づいてきた。
「 やあ、島村君 ! あ、ごめん、島村院長先生って言わなくちゃいけないよね。 」
「 お久しぶりです、ピュンマさん。 ぼくも大臣閣下ってお呼びしますか? 」
このぉ・・・!
見つめあった目と目は 今にも吹き出しそうな笑みを含んでいた。
「 ・・・ 元気でなにより! 」
「 お互いに! 」
がしり、と色の違う手がしっかりと握手しあった。
「 もう・・・10年?いやそろそろ20年近くになるかな? 」
「 そうですね。 もうそんなになりますか・・・ 」
「 この国も・・・僕の国もだけれど。 このサナトリウムもずいぶんと変ったね。 」
「 ええ。 設備や建物は変りましたけれど、ドクタ−・ギルモアの精神は
しっかりとそのまま受け継いでいるつもりです。 」
「 うん ・・・ ここに来てすぐにわかった。 」
褐色の肌の人物は ソファから立ち上がり窓辺に立つ。
「 開けてもいいかな。 」
「 どうぞ。 」
大きく開かれた窓からは 澄み切った大気がどっと流れこんできた。
秋の早いこの地の風はほんの微かに冷たさを含んでいる。
山々の上に広がる空には すこしだけ雲が出始めていた。
ピュンマは 胸いっぱいにその清澄な空気を吸い込んだ。
「 本当に・・・ 変らないな。 この眺め・・・ この、空気 ・・・
・・・ こうしてまた君と会えるのも 姫君のお導きかな。 」
「 ええ、いつも彼女はぼく達を見守っていてくれますよ。 」
「 そうだね ・・・ 」
「 ・・・ そうです ・・・ あの雲の果てから。 」
*******
トントン ・・・・ トントン ?
「 島村さん? ランチをお持ちしましたけれど。 ・・・ 島村さん? 」
軽いノックとともに細い声が何度もコテ−ジの外でひびく。
まだ残っている夏草の茂みの脇で、少女がひとり佇んでいる。
トントン ・・・ トントン ・・・・
なんど叩いても応えはなく、コテ−ジのドアは開こうとはしなかった。
・・・ お散歩かしら。 ううん、そんなわけないわ。
だって昼食の前は 安静時間のはずなのに・・・
「 島村さん? あの・・・あとでまた来ますね。
あ、ランチは食堂にとっておきますから ・・・ よかったらどうぞ。 」
相変わらず、コテ−ジの中からは物音一つ聞こえない。
ふう・・・・
ちいさな吐息をついて 少女はそのコテ−ジを後にした。
よいしょ。
腕にかけた大振りのバスケットを持ち直す。
林の中に点在するいくつかのコテ−ジにランチ・ボックスを配っているのだ。
ひとつのコテ−ジに長居する時間はない。
「 あら。 お嬢さん。 9号室はまた<お留守>でしたか。 」
「 ・・・ ヘレンさん・・・ 」
小路を戻ったところでやはり大きなバスケットを手にした看護婦と一緒になった。
「 ええ・・・。 お散歩かしら。 この時間帯にはあまり出歩かれないほうが
いいですわよねえ。 お日様はまだ結構強いし。 」
「 そうねえ。 ・・・ ま、 島村さんならそんなに心配しなくても大丈夫よ。
随分と良くなってきているし。 まだお若いから体力もあるわ。 」
「 ええ ・・・ でも、ランチ ・・・ 」
「 いいのよ。 ワガママ坊っちゃんですもの。 私達のいうコトなんて聞きゃしないわ。 」
「 でも コテ−ジでお一人でしょう、淋しいのではないかしら。 」
「 さあねえ・・・・ なんでも帝大の文科に合格したけれど、文壇デヴュ−して一躍人気作家になって
そのまま・・・奔放な生活を送ったあげくに喀血・・・ですって。
政府高官のお父上がこのサナトリウムの院長と知り合いで、去年の冬にここに来たの。 」
「 まあ・・・そうでしたの。 わたしったら東京のことはちっとも判らなくて・・・ 」
「 才能を浪費しているのよ。 さあ・・・ ワガママさんは放っておいて
次へ回りましょう。 ああ、大丈夫? お嬢さんこそ、無理をなさってはいけないわ。 」
「 わたしなら大丈夫ですわ、ヘレンさん。
出来るだけのこと、やりたいんです。 ・・・ 出来る時に・・・ 」
「 ・・・・・・ 」
ヘレン看護婦は だまって空いている手で少女をかるく抱き締めた。
「 さあ、参りましょう。 ・・・ 今日もいいお天気・・・!
毎日どんどん空が高くなってゆくみたいですね。 」
「 ・・・ まあ、ほんとう・・・ 」
二人は小路に佇み、空を見上げた。
そろそろ夏の葉を落とし始めた樹々の間からのぞく空は 日ごとに拡がってゆく。
林全体の色が 秋色に染まり始めている。
− ・・・・ ふう ・・・・・
少女は深く大気を吸い込み 味わった。
微かに漂う、ひと夏を謳歌した草木たちの命の終る匂い・・・
今日も一日 無事にすごせますように。
まだ・・・ わたしに出来ることがありますから
神様 ・・・ どうぞもう少し時間をください。 ・・・もう少しだけ・・・・
「 フランソワ−ズさん? 」
「 あ、はい、ヘレンさん。 今・・・ 」
少女は、フランソワ−ズは ヘレン看護婦と連れ立って次のコテ−ジに向かった。
ガサガサ ・・・ シュ・・・・
葉擦れの音が 姦しく鳴き交わす小鳥たちを追い払う。
まだ勢いよく繁茂する夏草を掻き分け 青年が一人ぶらりと現れた。
白の長袖シャツにグレイの夏ズボン、長めの前髪は明るい栗色だ。
彼は時折脇の藪から小枝を折り取っては ・・・ すぐに捨てていた。
「 ・・・ 止め給え。 草木にも命はあるんだよ。 」
「 無駄な殺生はよせってことか・・・ ありがたいこって。」
「 島村くん? 」
青年の後ろから褐色の肌の人物が声をかけた。
「 ・・・ ごめん・・・ ピュンマ君。 なんか ・・・ イライラして 」
「 僕は別に気にしないけど・・・。
それで、君は結局ランチをパスしてしまったのかい。 コテ−ジの中で居留守をつかって? 」
「 ・・・ああ、まあね。 だって・・・ あれこれ煩いじゃないか。
ぼくはぼくが食べたい時に食べ、寝たい時に寝るのさ。 」
ふん、と青年は天を向いて嘯いた。
のぞいた首筋は不健康な白さで、年齢に似合わず細く頼りなかった。
ピュンマ、と呼ばれた青年は溜息をつき、彼と肩を並べた。
「 島村くん、君ね・・・ちゃんとここの規則を守らないと 療養にならないよ。
ここの清澄な空気がドクタ−・ギルモアの天才的な治療法にも一役買っているのだからね。 」
「 ・・・ 別に治りたいわけじゃないさ。 」
「 君! 」
「 ・・・ ああ、ごめん。 またピュンマ君を怒らせてしまったね。
せっかく完治したのに・・・ 本当にごめんなさい。 」
「 島村くん。 僕は君の事情を知らないけど・・・ ここはなんとか生きたい!と願う人々が
必死の思いで集まってくるところなんだよ。 そんなことを言ってはいけない。 」
まだ特効薬のなかったこの時代、肺結核は罹患すればほぼ死に至る病だった。
そんな中で、このドクタ−・ギルモアのサナトリウムからは
何人もの人々が完治し、喜びと感謝にあふれ巷へと<卒業>していった。
「 ・・・・・・ 」
島村青年はふたたびだまって深い溜息を吐いた。
「 君はまだ若い。 ここでの療養次第で充分に社会復帰できるじゃないか。
そして 君のなすべき事に邁進したまえ。 」
「 ・・・ ピュンマ君は 祖国 ( くに ) に帰るのでしょう? 」
「 ああ! この国に留学して・・・ とんだ回り道をしてしまったからね。
でも、良い勉強をしたと思っているよ。 僕には祖国での使命がある。 」
「 ・・・ 羨ましいな。 ぼくには ・・・ なにもない。
みんなぼくを見捨てていったよ・・・ 」
「 たやすく寄ってくるヤツらは またすぐに離れてゆくものさ。
それだけの仲だったんだ、と思えばいい。 」
「 ・・・・・ 」
「 さあ。 もう拗ねるのはいい加減にして、コテ−ジにもどろう。
きみもランチを食べなければね。 」
「 ピュンマ君はここでも最後のランチかな。 」
「 うん、明日の朝の汽車で東京に戻るよ。
待ちに待った<卒業>の日だけど マドンナとのお別れがつらいけどな。」
林の脇の小路を辿りつつピュンマ青年は周りの景色にじっと目を当てていた。
この樹々 ・・・ この緑、この光、そしてこの空気・・・
すべてがつらい療養の日々の僚友( とも ) だった。
− 僕は ・・・ 大地と空と、自然から 力をもらったんだ。
ありがとう・・・! ありったけの感謝の気持ちを置いてゆくよ。
今、彼は明日への希望に満ちた胸に、深々と高原の澄んだ空気を吸い込んだ。
「 ・・・ マドンナ? 」
隣をあるく島村青年は、ふと顔をあげた。
「 え・・・ああ。 ほら、ランチの天使、とか バスケットの姫君とか言われている彼女だよ。
彼女を知らないのかい。 」
「 いや。 ぼくはずっと、ここに来てからコテ−ジ住まいだからね。 」
このサナトリウムには本館に連なる療養病棟の他に
広大な敷地には 患者用のコテ−ジが数多く点在していた。
大自然の中で静かに病と闘う、それは一種の戦闘ブ−スでもあったのだ。
「 もったいないねえ? 一度、本館の食堂に寄ってごらん。 」
「 看護婦さんなの。 」
「 いや。 ボランティアで食事の世話をしてくれている。
綺麗な女性 ( ひと )だよ。 あの笑顔は一本の注射以上の効き目だね。 」
「 ・・・ ふうん ・・・ あ、じゃあ。
明日の朝は・・・ 多分送れないと思いますから。 ・・・ お元気で ・・・ 」
分かれ道で 島村青年は立ち止まりぺこりと頭を下げた。
「 うん、ありがとう。 ・・・ねえ、きっとまた・・・ 会おうね。
何十年たっても 僕はまたこの地を訪れるから。 」
「 ・・・・ 会えたら ・・・ いいですね。 」
「 会うよ。 必ず。 」
がっしりとピュンマ青年は島村青年の手を握った。
そして くるりと踵を返し大股で本館の方向へ去っていった。
− ・・・ 何十年、か。 ふん、そんなに生きていたかない・・・
午後の陽射しを煩そうに手で遮り、島村青年は自分のコテ−ジに戻っていった。
・・・ あれ?
9号室 : 島村 ジョウ
表札の下にメモが一枚、ピンで留めてあった。
島村さんへ ランチは本館の食堂に保管してあります。 どうぞいらしてください。
安静時間を守られますように。 F.A.
ふん・・・ 煩いなァ ・・・
くしゃり、とメモを掌に丸めたとき、ふとピュンマ青年のコトバが思い出された。
・・・ マドンナ、とか言ってたっけ。 まあ・・・気晴らしに一回眺めに行くか。
オンナなんて ・・・ どうせ ・・・
イヤな想いが蘇り、島村青年は首を振ってその面影を振り払った。
煩わしいことは全て都会に置いてきたつもりなのに・・・
忘れたいコトほど、この清明な環境の中ではよりくっきりと蘇る。
アナタだけよ、アナタが全て・・・ なんて言っていたくせに。
・・・ そうさ、ピュンマ君の言うとおり それだけのオンナだったのさ。
ふん・・・! もう・・・思い出したくもないのに。 ・・・ マユミ ・・・!
思い出したくもない ・・・ はずなのに、彼女の柔らかな唇の感触が
波打つ黒髪のひんやりとした手触りがふいに感じられてしまう。
・・・ 忘れるんだ ・・・ 忘れろ ・・・!
島村青年はきつく目を閉じ、コント・・・っと頭をコテ−ジのドアに打ち付けた。
コテ−ジが点在する林から 小路を辿ってゆくと次第に視界がひらけ
やがて鉄筋二階建ての本館が見えてくる。
両脇に病棟を従え、それは病との闘いの本陣でもあった。
島村青年はぶらぶらと本館に付属する食堂にむかった。
「 ・・・ それでは お先に失礼いたします。 」
細い声が聞こえ、同時に厨房のドアから女性が一人、姿を現した。
・・・・ 夏の野の・・・ 妖精 ・・・ ?!
一瞬、脚がすくみ立ち止まった島村青年はあわてて廻廊の影に身を寄せた。
ベ−ジュの麻のスカ−トに淡いグリ−ンのブラウス、シンプルな立て襟からは真っ白なうなじがのぞく。
背の中ほどまである亜麻色の髪はきりりとレ−スのリボンで纏められている。
・・・ 天使 ・・・ いや ・・・ 彼女が < マドンナ > か・・・?
青年が隠れていることなど、知る由もなく彼女はすたすたと廻廊を通り過ぎて行った。
整った顔立ちだが、冷たさはなく伏目勝ちだが唇には微笑みが残っている。
ただ ・・・ 明るい色の髪が縁取る頬は透き通るように瑯たけていた・・・
「 あら。 島村さん! また、ランチをパスなさったんでしょう?
いけませんねえ・・・ 規則正し生活は一番のお薬なんですのよ。 」
「 ・・・ すいません、ヘレンさん。 ちょっと ・・・ ピュンマさんと話込んでしまって。 」
食堂に入ってゆくと、目敏く看護婦に見つけられてしまった。
「 ああ・・・ ピュンマさん、明日の朝出発ですものね。
それなら ・・・ 仕方ないですわ。 」
「 ・・・ あの それで ・・・ このメモ ・・・ 」
「 ああ、はい。 あなたのランチ・ボックスね。 ちゃんと冷蔵庫に入れてありますから
まだまだ美味しく召し上がれますよ。 」
「 いえ ・・・ あの、このメモ、・・・誰が? 」
「 え? ああ、フランソワ−ズさんね? 」
「 フランソワ−ズ・・・? 」
「 ええ。 ここの食堂のお手伝いをして下さっている方。
ふふふ ・・・ わかってよ? 島村さんも <ランチの天使> を拝みに来たってわけね。 」
ヘレン看護婦はクセッ毛の金髪を揺らしてころころと笑った。
「 イヤ・・・ そんな・・・べつに・・・。 あ・・・そのヒトは看護婦志望とかなんですか。 」
「 あ〜らま。 赤くなっちゃって♪ 綺麗なヒトだものね〜彼女。
ううん、彼女はね。 ・・・ほら、丘の上に別荘があるでしょ、あそこのお嬢様よ。
アルヌ−ル家って たしかフランスの名門のお家のはずね。 」
「 ・・・ そうですか。 」
「 あ・・・ 島村さん? ・・・ ちゃんと安静時間は守ってくださいよ〜〜!
・・・ ああ、もう行ってしまったわ。 」
「 なあに、怒鳴ったりして・・・ 」
「 あら・・・ アフロさん。 9号コテ−ジの島村さんがね・・・ 」
「 へえ・・・? まあ・・・ あの足取りなら全快は近そうね。 」
「 ・・・ そうねえ・・・ 」
ヘレン看護婦は同僚のアフロと苦笑して、早足で去ってゆく島村青年を見送った。
・・・ なんだ! 金持ちの令嬢のヒマつぶしか!
体のいい 慈善事業ってわけか。
つい先ほどののんびりした気分はたちまちに消え、彼はやみくもに夏草の残りを踏みしだき
コテ−ジへ戻っていった。
鍵などかけていないドアを開けると、人の気配がした。
「 ・・・ だあれ。 ジョウ ? 」
「 ・・・・ !」
ドアを入ってすぐの居間のソファから ゆっくりと人影が起き上がった。
「 ・・・ ああ、やっと帰ってきたのね。 勝手に入ってごめんなさい。 だって・・・
この陽射しではわたくし、日焼けしてしまうもの。
ふふふ・・・ お昼寝してしまったわ。 」
「 ・・・ なんの用ですか。 」
「 まあ。 遠路はるばるお見舞いに来た女性に そんな風に言うものじゃなくてよ。
ねえ ・・・ なにか冷たいものを頂けないかしら。 」
「 ココは ・・・ 貴女のような方が来るところじゃない。
お帰りください、キャサリンさん。 いえ、モナミ侯爵夫人。 」
「 ジョウさん・・・ 」
9号コテ−ジの居間で 島村青年は装いを凝らした貴婦人と向きあっていた。
「 嬢様・・・お帰りなさい。 お帽子を・・・ 」
「 ただいま、ジェロニモ。 ・・・ ああ、ありがとう・・・ 」
丘の上に建つ瀟洒な別荘の玄関で 少女はツバの広いピケの帽子を脱ぐと出迎えた従僕に渡した。
「 昼間はまだまだ暑いわね。 ご門からここまで・・・汗びっしょりになったわ。 」
「 フラン嬢様 ・・・ お迎えにあがります、どうぞお言いつけください。 」
「 あら・・・ いいのよ。 あなたには他に沢山のお仕事があるでしょう?
わたしは ・・・ 大丈夫よ、 ・・・ まだ ・・・ 一人で出歩けるわ。 」
「 ・・・ 嬢様 ・・・ ! 」
巨躯を縮め項垂れてしまった従僕の手に 少女は優しく触れた。
「 わたしのことより、お庭の花壇をお願い。 きっとお花さんたち、お水を欲しがっているわ。 」
「 ・・・ はい・・・はい・・・嬢様。 」
「 フラン嬢ちゃま! お帰りなさいまし。 」
「 ばあや・・・ ただいま。 」
「 嬢ちゃま、お客さまですよ。 ・・・ 伯母上様がお見えです。 」
「 ・・・ タマラ伯母様が・・・? 」
奥から飛んで来た張夫人の顔を見て、フランソワ−ズはふと眉根を寄せた。
「 何のご用かしら。 ここはお嫌いなはずでしょう。 」
「 なんでも ・・・ 軽井沢のご別荘から回っていらしたそうですよ。
来週の御船で巴里にご帰国なさるご予定だとか・・・ 」
「 まあ、そうなの。 着替えてすぐに参ります、なにか冷たいものをお出しして。
あ、ここの井戸の水はお嫌いのようよ。 」
「 はい、ペリエとカラントのジュ−スをお持ちしてあります。 」
「 ・・・ ありがとう。 」
「 ・・・ 嬢ちゃま ・・・ 」
ふくよかな顔を心配そうに歪めている張夫人に、フランソワ−ズは微笑みかけた。
「 心配しないで。 タマラ伯母様だって悪い方ではないわ。 」
「 はあ・・・ ですが ・・・ その・・・ 」
「 大丈夫よ。 さ、わたしが行くまで伯母様のお相手をお願いね。 」
「 はい、お嬢様。 」
フランソワ−ズは早足で階段を昇っていったが・・・ 頬を引き締め唇をきゅっと結んでいた。
「 いらっしゃいませ、伯母様。 留守にしていて申し訳ありませんでした。 」
「 ・・・あら。 やっとご帰還ね。 ごきげんよう、フランソワ−ズ。 」
「 ごきげんよう、タマラ伯母様。 」
薄いブル−のレ−スのワンピ−スに着替え、自分の前で会釈をするフランソワ−ズに
中年の婦人は じろり、と冷たい視線をなげかけた。
プラチナ・ブロンドに近い髪に淡い紫のス−ツが良く映えているが
整った顔つきは険しく、目の前の少女に好感をもってはいないことがはっきりと感じられた。
「 早速だけど、ご準備はよろしい? 明日は東京に戻って来週の船で帰国ですよ。 」
「 ・・・ 伯母様。 」
「 あなたはこの・・・ あなたの母親の残した別荘が気に入っておいでのようですけれど。
夏も終りました、いつまでもぐずぐずしていないで・・・ 向こうでは婚約者のカ−ルがお待ちかねです。 」
「 婚約・・・って、伯母様。 わたし、あの御話はお断りしたはずですわ。
・・・ それに、わたしはこの家を出る気はありません。 」
「 ま・・・! あなたというヒトは勝手なことばかり言って。
カ−ル・エッカ−マン氏との婚約は一族で相談して決めたことよ。 我侭は許しません。
ちゃんと巴里に戻って・・・少しはアルヌ−ル家の為に役にたったら如何。 」
「 ・・・ 兄が・・・ わたしは兄の指示に従います。 今のアルヌ−ル家の当主は兄のはずですわ。 」
「 ・・・素直じゃないヒトね! もう・・・母親同様、アルヌ−ル家にこれ以上泥を塗るつもりなの?
早死したわたくしの妹もあの世で嘆いているでしょうよ。
先代のアルヌ−ル氏も困ったコトをしてくださったこと。 」
「 ・・・・ お言葉ですが。 父と母は こころから愛しあっていました。
わたくしは両親を誇りに思っています。 」
「 ・・・ 後添いの、それも愛人の娘が生意気な・・・! 」
「 伯母様 ・・・ 」
「 ストップ! ・・・ こんな暑い午後には余計なコトバが口から勝手に飛び出ますね。 」
「 ・・・・? ジャンさん? 」
「 お兄さま ・・・! 」
戸口から爽やかな声音がひびき、一人の青年が入ってきた。
大理石のテ−ブルを挟み、険悪な雰囲気だった女性達は驚きの声を上げた。
「 ごきげんよう、タマラ伯母様。 」
「 まあ、まあ・・・ジャンさん! いつこちらに? 貴方ったら忙しいの一点張りで
軽井沢の方にはちっとも顔をお見せにならないし・・・ 」
「 本当に忙しいのですよ、午後の汽車でこちらに着いたばかりです。 」
「 お兄様 ・・・! お帰りなさい。 」
「 ただいま、フランソワ−ズ。 さあ・・・そんな顔はやめて笑っておくれ。 」
「 ジャンお兄さま・・・ 」
「 伯母上、エッカ−マン氏と妹との話は僕はまだ承諾していません。 」
「 ジャンさん、でも・・・ カ−ルさんは大層熱心にお望みだし
エッカ−マン家と縁続きになればアルヌ−ル家にも随分有利だわ。 」
「 僕は、なによりも妹の幸せを一番に考えます。 」
それに、とジャン青年は張夫人が運んできたグラスを一気に飲み干した。
「 ああ・・・ 美味しいな。 この村の井戸の水だね。 最高だ・・・
ありがとう、ばあや。 」
ジャンはグラスを置くとはっきりとした口調で伯母に話しかけた。
「 タマラ伯母様。 僕は母亡き後、継母( はは )に フランソワ−ズの母上に育てて頂いたのですよ?
とても優しい・・・ そして美しい方でした、そう・・・・ 容姿だけでなく心栄えも・・・
父はそんな 継母( はは )をとても愛していました。
一族の反対できちんと入籍できないことを最後の最後まで悔やんでいましたがね。 」
「 まあ ・・・ 二人してわたくしに逆らうのですか。
もう結構。 二度とここへは参りません。 どうなってもわたくしは知りませんから。 」
タマラ夫人は顔色を変え、さっと裳裾を蹴立てて席をたった。
「 ・・・ お兄様・・・ 」
玄関のドアが音をたてて閉まるのを耳にして、フランソワ−ズは兄の顔をのぞきこんだ。
ジャンはゆったりとソファに身を預けたまま、美味しそうに妹の分のグラスも飲み干していた。
「 そんな顔するんじゃないって言ったろ。
大丈夫 ・・・ さっきお前が言った通りアルヌ−ル家の現在の当主は僕なんだ。
いくら僕の母の姉でも タマラ伯母上の思い通りにはさせやしない。 」
「 ありがとうございます、お兄様。 」
フランソワ−ズは嬉しそうに兄の隣に座った。
青白かった頬が今は淡いピンクに染まっている。
ジャンは妹の細い手をそっと握った。
「 なあ・・・ フランソワ−ズ。 兄さんと一緒に帰国しないか。
お前の身体も ・・・ 独逸でなら ・・・ 」
兄は言葉をにごし、ただ・・・そうっと掌の中の白い指をさする。
「 わたしはここに居たいの、お兄さま。 ドクタ−・ギルモアもいらっしゃるし。
パパとママンが過したこの村で・・・ 過したいの。 」
妹の頬に静かな微笑みが − 透き通るような笑みが − ほんのりと拡がった。
兄は ・・・ 空いている手で妹の亜麻色の髪をそっと梳る。
「 なら ・・・ 兄さんがもう一度帰ってくるまで ・・・元気でいろ!
いいな? いいな?! きっとだぞ? 」
「 お兄ちゃま ・・・ 」
「 ああ・・・ 昔のように そうやって呼んでくれ。
可愛いいファンション・・・ 」
「 パパとママンとお兄ちゃまとわたし ・・・ 幸せな日ばっかりだったわ・・・ 」
「 ・・・ そうだね。 この家で・・・皆・・・ 愛しかしらなかった・・・ 」
兄と妹はぴたりと寄り添って 互いの温かさを確かめていた。
遠くで夏の名残の雷が鳴り始めた。
雷がしきりと鳴った午後から、高原は雨模様の日々が続いた。
そめそめと優しく降る雨は 大自然の模様替えを始めたようだ。
「 ・・・ また雨か ・・・ 」
島村ジョウは コテ−ジの広い窓から白茶けた空を見上げた。
連日の雨でコテ−ジに閉じ籠もり通しで さすがの彼も退屈し始めていた。
この雨では ランチを配るのも大変だろう・・・
ふと、先日見つけた < 天使 >の面影が浮かんだ。
あの日 ・・・ 予期せぬ客に翻弄され取り紛れてしまったけれど
彼女はどうしているだろう・・・
− 勝手に金持ちの令嬢の気紛れ、と決め付けてたけど。
林に点在するコテ−ジに毎日ランチを配って歩くのは<お遊び>でできる仕事ではない。
ましてや ・・・ 肺病患者相手なのだ。
そう思うとジョウは傘を手に コテ−ジを飛び出していた。
高原の秋は一雨ごとに深まってきていた。
ついこの前まで緑が猛々しく萌えていた野原は まるで違った色に染まり始めている。
傘を伝う雨はまだ冷たくはないが、時折吹き抜ける風にはぞくりとする寒さがあった。
・・・ あれ。
本館への小路は途中でサナトリウムの裏門を経由してゆく。
低い鉄柵が 雨に打たれキイキイと揺れていた。
ジョウは門の外の私道になんとなく目を転じ、鮮やかな色彩を認めた。
なんだろう・・・ 花? いや、植物の色じゃない・・・ ?
あ! と思った瞬間、彼は傘を捨てて走り出した。
あれは ・・・ あの色には見覚えある! そうだよ、あのヒトのだ・・・!!
はたして、朽ちかけた夏草が覆う道でその女性 ( ひと ) は溝に足を取られ
倒れていた。
傘は手から飛び、冷たい雨が亜麻色の髪をしとど濡らしている。
「 大丈夫ですか? ・・・ フ、フランソワ−ズさん ・・・ 」
「 ・・・ え ? 」
半ば意識を失いかけていた少女はジョウの腕の中で 目を開いた。
いきなり名を呼ばれ、驚いた風だったが・・・
その瞳は。
「 ・・・ ああ ・・・ 空・・・いや、海 ・・・? ちがう、もっともっと・・・ 」
ジョウはしばし呆然と少女の顔を見つめていた。
「 ・・・ あの ・・・ ? 」
「 あ、失礼しました。 ぼく、そこのサナトリウムの者です。
貴女が倒れているが見えたので・・・ 」
「 あ ・・・ ありがとうございます・・・ すみません、足を滑らせてしまって・・・ 」
「 ・・・あ、い、いえ・・・ あの、歩けますか? どうぞ・・・ぼくの肩に縋ってください。
ああ、ずぶ濡れじゃないですか。 どうぞこれを。 」
ジョウは自分のジャケットを脱ぎ、少女の冷え切った身体を包んだ。
「 ・・・ あのう・・・ もしかして、島村ジョウさんですの? 9号コテ−ジの・・・ 」
「 よくご存知ですね。 」
「 何回か本館でお見かけしましたわ。 なぜかコテ−ジではお目にかかれません
でしたけれど・・・ 」
「 あ・・・ そ、そうですか。 どうも・・・ すみません。
あ! 足! 大丈夫ですか。 サナトリウムでも少しは治療できると思いますが。 」
「 いえ・・・ ちょっと捻っただけみたいですから。
すみません、わたしの傘を拾って下さいません? 家まで杖代わりにしてゆきますわ。 」
「 お送りします! ああ、こんなに身体が冷えているじゃないですか!
お家はあの丘の上でしょう? ぼく、お家の方を呼んできます。 」
「 島村さん、 あなたこそ・・・ 秋の雨は身体に障りますわ。
家の者は ・・・ ばあやも従僕のジェロニモも今日は所用で出かけていますの。 」
「 ・・・ あなたは 一人で ・・・ ? 」
「 ええ。 父も母も亡くなって・・・ 一人きりの兄も本国に帰っています。
ああ、失礼しました、わたしはフランソワ−ズ・アルヌ−ルといいます。 ・・・あら !? 」
「 なら、どうしてもお送りします。 こんな雨でぶり返すほどぼくはヤワではありませんよ。
ドクタ−・ギルモアの処方は完璧です。 」
島村ジョウは ひょいとフランソワ−ズを抱き上げるとそのまますたすたと歩き始めた。
「 さあ・・・ 行きましょう。 」
ピィ −−−−−−−−
霧雨のなか、鋭い音が響いてきた。
高原駅に入る列車が警笛を鳴らし、峡谷にかかった鉄橋を渡っていった。
「 本当に本当に・・・ありがとうございました! 」
張夫人はふくよかな身体を何回も何回も屈め仕舞いには涙をこぼして
ジョウに礼を述べた。
「 いや・・・ どうぞ、そんなに・・・・ 」
「 ばあや ・・・ 今日は午後遅くに戻る予定だったのに・・・
もっとゆっくりお買い物でもしていらっしゃいな。 」
「 嬢ちゃま! ばあやはなんだか胸騒ぎがして・・・ こう・・・胸がきゅ〜っとなって
あわてて戻って来たんですよ。 ああ・・・ よかった・・・! 」
張夫人はまめまめしく動きまわり、あっという間にフランソワ−ズの足首の手当てを済ませ
濡れねずみの二人を温かい部屋着とタオルで包んでくれた。
「 ・・・ さ。 ばあやはちょっと温かいものをご用意してきますから・・・
フラン嬢ちゃま? 島村様のお相手をお願いしますよ。 」
「 ええ、ばあや。 お願いね。 」
ぱたぱたと彼女が出ていってしまうと 広い居間は急にし・・・んとしてしまった。
二人は バスタオルに埋もれたまま ただ見つめあっていた。
「 ・・・ ぁ・・・ あの。 本当にありがとうございました。 」
「 え・・・ あ、そんな ・・・ あ〜 ・・・ 素敵な別荘ですね。 」
「 はい、母のお気に入りの別荘で、わたしに残してくれました。 」
「 そうなんですか。 ・・・ あのう・・・ お願いがあるのですが・・・ 」
「 まあ、なんでしょう? 」
「 ・・・ あ、あの。 フランソワ−ズさん、とお呼びしてもいいですか。 」
「 あら、勿論ですわ。 ふふふ・・・ お友達になってくださ
フランソワ−ズ、 で構いませんのよ、島村さん。 」
フランソワ−ズは部屋着の胸元を気にして、俯いた。
青白い頬が ・・・ 淡く朱鷺色に染まる。
ジョウは ほれぼれと彼女を見つめていたが、自分の胸元を指しにっこりと笑った。
「 ジョウ、です。 ぼくを友達と思ってくださ
「 ・・・ ジョウ ・・・ 」
「 フランソワ−ズ ・・・ 」
ずっと聞こえている雨音は いま、優しい静かな調になって二人の耳に心地よい。
「 嬉しいわ・・・ お友達って初めてなの。
でも・・・島村さ・・・あ、ジョウ・・・はサナトリウムを<卒業>なさったら東京に戻られるのでしょう? 」
「 さあ・・・ まだ、決めていません。 ぼくを待ってるヒトなんか ・・・ いないし。 」
「 そんなこと・・・。 ジョウはこれから何でもお出来になるじゃない? 」
「 きみと、フランソワ−ズと一緒に・・・って望んだら失礼かな。 きみの夢はなに? 」
「 夢・・・・? そうね・・・ あの雲の果てまで行ってみたいわ。 」
ふいに彼女の視線はジョウをはずれ、霧雨けぶる窓の外に飛んでいった。
すこし血色が良くなった頬に また 灰色の影が過ぎる。
「 へえ・・・ なんだか小さな子供みたいだね。 」
「 そう? そうかもしれないわ。 小さいころ、幸せな頃に ・・・ 戻れれば。
あそこには パパもママンも居るから・・・ 」
「 ・・・ きみのご両親は ともにこの地で亡くなったの? 」
「 ええ。 でも ・・・ もうすぐ ・・・ 淋しくなくなるわ。 」
「 ・・・え ? 」
わたし。 あのね あまり ・・・ 生きられないの。
・・・ わたし ・・・ 白血病なの。
ジョウの耳に、心に、フランソワ−ズの声だけががんがんと響き続けていた。
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updated : 03,06,2007.
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**** 途中ですが
え〜〜 あと一回続きます。
もう筋書きはお判りかと思いますが ・・・ 大真面目で?? めろどらま、続けます〜〜
退屈ですみませぬ 〜〜 <(_ _)>