『 王子サマの条件 − (2) − 』
ガタン・ゴトン ・・・ ガタン・ゴトン ・・・
電車にゆられ車輪の音を聞いていたら なんだかふわ〜〜っといい気持ちになってきた。
土曜日の午後、お母さんの横に座ってすばるはちょっとぼんやりしてしまった。
・・・ あ。
「 どうしたの〜 おねむになったかな? 」
「 ・・・ お母さん 」
「 寝ていいわよ。 ほら ・・・ お母さんに寄りかかって。 」
「 ぅ ・・・ ん。 ・・・ねえ、お母さん。 あのタクヤお兄さんは お母さんの<おうじさま>? 」
「 え? ああ、タクヤ君ね。 そうね〜 彼はすご〜く熱心で元気な王子サマだわ。
一緒に踊っていて楽しいのよ。 」
「 ・・・ ふうん ・・・ 」
「 すばるも仲良しになったんでしょ? 二人でなにかお話してたじゃない。 」
「 う ・・・ うん ・・・ 」
あのさ・・・と言いかけて すばるははっと口を閉じた。
そうだよ。 <約束>したんだ、オトコ同士のやくそくだもん。
アレをたとえ お母さんだってオンナノコに話すわけには行かないんだ・・・!
すばるはこころの中で、うんうんと一人で頷いていた。
「 お兄さん! タクヤお兄さん・・・! 」
「 ・・・ あ ・・・ なんだ ・・・ ? 」
お母さんがお着換えに行ってしまった後、まだぼ〜っとしていたタクヤ青年に
すばるは駆け寄って 彼のぼろぼろのセ−タ−を引っ張った。
「 お兄さん、カッコよかった! 王子さま、だった!
それに ・・・ 僕、やくそくは守るからね! 」
「 あ・・・? ああ・・・ 頼むゼ ・・・ 」
「 僕のお母さんと踊って、とってもカッコよかったよ〜〜〜 」
「 ・・・ああ ・・・ そうか ・・・ 君の お母さん ・・・なんだよなぁ・・・ 」
「 うん♪ 」
「 ・・・ 美人のママで ・・・ いいな、すばる。 」
「 うん! 」
なんだか がっかりしたみたいにタクヤお兄さんは頼りなく笑っていた。
ガタタン・・・ガタタン・・・
ちょっと電車の音が変って スピードが出てきたみたいだった。
すばるはお母さんに寄りかかっていたけれど、ちゃんと起きていた。
そうだよ・・・。
タクヤお兄さんは お母さんのことが好きなんだ・・・!
僕もタクヤお兄さん、好きだし・・・ もちろん、お母さんの事もだ〜い好きだ。
それで。 お母さんは ・・・ お母さんもきっとタクヤお兄さんのこと・・・ 好き ・・・ かな。
うん・・・キスをあげてたもん。 好き、なんだ。
・・・ でも!
お父さんは??
お父さんはお母さんのこと、大好きだ。 お母さんもお父さんが大好き。
うん、それはちゃ〜んと知ってる。
二人はいつだって らぶらぶ なんだもの。
あれれれ・・・?? それじゃ ・・・ お母さんの おうじさま は・・・誰なのかな??
うん。
これは 絶対にお父さんに聞いてみなくっちゃ! そうだよ、今日はお父さんが帰ってくるまで
絶対に起きてまってるぞ。
ガタタン・ガタタン ・・・ ガタタ ・・・ン ・・・・
電車の音がだんだんと遠くに聞こえ始め・・・ すばるのお父さんと同じ色の頭は
ゆらゆら揺れだしてやがてお母さんの身体にぴったりとくっついてしまった。
「 ・・・ あはは・・・ それで おうじさま なんだ? 」
「 そうなのよ。 タクヤ、あ、今度のパ−トナ−ね。 <おうじさま>なんだけど・・・
彼とも仲良しになったみたいなの。 」
「 ふうん。 なんかさ・・・ ちょっとフクザツな気分だなぁ〜〜〜
すばるが見てもきみとその<おうじさま>とは 息がぴったりだったんだろ。 」
ジョ−は ほかほか湯気のたつポトフを大きく一口頬張った。
時計の針がそろそろ次の日を指すころ、ジョ−は遅い夕食のテ-ブルについていた。
「 まあ・・・ ジョ−ったら。
これは わたしの、いえわたし達の仕事なのよ。 」
「 うん ・・・ わかってるんだけどさ〜 ・・・ 」
温暖な気候のこの地方でも 一月の夜はしんしんと冷え込む。
戸外の取材が続き、さすがのジョ−もちょっとばかり疲れていた。
もっと便利な街中に仕事部屋を借りようか・・・と思ったこともある。
でも。
ここに、この家に。 きみの許に ・・・ ぼくは帰る。
そう、ここが、こここそが ぼくの本当の故郷なんだ。
ジョ−は今でも毎日わくわくしながらギルモア邸の門をくぐる。
<ただいま> って 本当にいい言葉だな。
彼は今更のようにしみじみと思う。
昔は ただの挨拶だと思っていたけれど。 そりゃ、たしかに挨拶だけど。
ただいま。
そう言ってこの家のドアを開ければ 今はいつも素敵な笑顔が彼を迎えてくれる。
冷え切った身体に 熱々のポトフがじわ〜〜〜っとしみこんでゆく。
湯気の向こうには フランソワ−ズの微笑みがある。
・・・ ああ ・・・ こんなにシアワセで ・・・ いいのかな。
ずうっと。 長い長い間・・・・ 欲しくて仕方なかったモノが
今 ・・・ ここに、確かに ある。
ジョ−は スプ−ンを持つ手で こっそりと目尻を払った。
そう・・・ まるで熱々の湯気が目に沁みたみたいなフリをして・・・・
「 ジョ−のヤキモチ焼きさん♪ 」
「 ふふふ・・・ オトコはいつだって嫉妬深いんだぜ? 知らなかった? 」
「 あら、初耳よ。 」
「 へえ? それは勉強不足ですね。 オマケにオトコって独占欲が強いのさ。 」
「 まあ そんなコト、初めて聞いたわよ? 本当かしら。 」
「 あ・・・ 疑って
好きなコを独り占めしたいのさ。 ・・・ こうやって・・・ね。 」
「 ぁ・・・ もう ・・・ お食事中でしょ・・・ 」
ジョ−は腕を伸ばして、彼の奥さんを引き寄せた。
ポトフよりももっといい匂いの、 もっと温かい、 もっと柔らかな 身体が
ぽふん・・・と彼の腕の中に納まってしまった。
「 さっき・・・ 言ったろ? デザ−トは ・・・ き ・ み ♪ 」
「 ・・・ あ ・・・・ こんなところで ・・・ダメよ ・・・ 」
「 いいじゃないか。 もう ・・・ 皆寝てるし ・・・ な? 」
「 ・・・ きゃ ・・・ ジョ− ・・・ ったら ・・・ 」
ジョ−はフランソワ−ズのエプロンを外し、セ−タ−の下に手を滑り込ませ・・・
彼自身よりもずっと饒舌な彼の指に フランソワ−ズは次第に身をまかせ・・・
二人でソファに縺れあったまま倒れ込んだ時。
「 ・・・ お母さん。 」
「 !? ・・・・あ あ・・・ すばる〜 」
「 ・・・ すばる? ・・・ まだ寝てなかったの? 」
二人の前に パジャマ姿のすばるが突然現れた。
すばるは ・・・ ものすご〜〜〜く真剣な顔をしていた。
「 す、すばる・・・ そんな格好だと風邪ひくぞ? 」
「 ・・・ そうよ・・・ 早くお休みなさい。 御手洗でしょう? 」
フランソワ−ズはジョ−の蔭に隠れ慌ててセ−タ−を引きおろしスカ−トの裾を直した。
「 お母さん。 お父さんは ・・・ 本当に王子サマ? 」
「 ・・・え ? 」
小さな息子の真剣な眼差しに ジョ−とフランソワ−ズは応える言葉がみつからない。
「 すぴかが言ってた。 お父さん、王子さまかなあ〜??って。
だって ・・・ お父さん ・・・ ちっともかっこよくないもん。 」
「 ・・・ え ・・・・ 」
「 お父さん、 とぅ〜る・ざん・れ〜る、出来ないでしょ?
いっぱい跳びながらぐる〜〜っと周れないでしょ。 お母さんをぱっと持ち上げてぴたっと
ポ−ズ、決められないでしょ。 」
「 すばる・・・ お父さんは ダンサ−じゃないのよ。 」
「 ・・・ お父さん ・・・ お家でいつもごろごろしてて・・・ かっこよく ・・・ ないもん。
すぴかがさ・・・ お父さん、いっつもお母さんに叱られてるじゃない?って。
そんなの おうじさま じゃないよ〜って・・・ 」
ぽろり・・・。
すばるの瞳から 大粒の涙が落ちた。
「 あ・・・・ あの、それはね、すばる ・・・ 」
「 そうかぁ〜 そうだよなあ。 お父さん、かっこよくないよな。 」
ジョ−は笑ってすばると抱き上げた。
「 かっこよくないお父さんだけど ・・・ すばるのこと、大好きだから・・・
すばるもキライにならないでくれる? 」
「 ・・・ うん ・・・ でも ・・・ すぴかが・・・ 」
「 そっか。 じゃあ・・・ ちょっとすぴかにゴメンねって言ってこよう。 」
「 ジョ− ・・・? 」
ジョ−は彼の奥さんをちら・・・っと振り返ると、こっそりウィンクを送った。
そうして
父親の腕の中にすっぽりはまり込んで 実は大満足な息子を抱え、
子供部屋に行ってしまった。
フランソワ−ズはなんだかぼ〜っと二人を見送ってしまった。
・・・ あらら ・・・ どうするつもりなのかしら。
ジョ−の強引な誘いに半分は引きずり込まれていたので ・・・
ちょびっと残念な気がしないでもない。
でも。
そうよね。 これは・・・ なんとかしなくっちゃ。
すばるにすぴか。 あなた達の お父さん はカッコイイのよ〜
ええ、世界で一番 ・・・ カッコイイんだから!
う〜ん ・・・ でも、 どうしたら・・・ 判ってもらえるの?
「 ・・・ やあ まだ起きていてくれた。 」
「 ジョ−。 子供達は 寝たの? 」
キッチンを片付けて、フランソワ−ズがベッドル−ムで寝支度を始めたころ・・・
ジョ−がようやく子供部屋から戻ってきた。
「 うん。 なんとか ・・・ すぴかが <まあ いいわ>って言ってくれたよ。
お母さんがよく <ねぼすけ王子さま>って言ってるもんね〜 だってさ・・・ 」
「 ・・・・ あらまあ ・・・ もう、あのコったら。 」
「 そのかわり、今度の日曜に一緒に鉄棒をする約束、させられた。
手首は?って聞いたら、 おじいちゃまがいいって言ったもん! って言ってたけど? 」
ジョ−はにこにこして、ドレッサ−の前に座っているフランソワ−ズのすぐ後ろに立った。
「 ええ。 もう全然オッケ−ですって。
・・・ それがね。 メディカル・センタ−のリハビリ室へ行って ・・・ まず最初に
トレ−ナ−の先生が 『 この鉄棒を握ってごらん? 』 って言ったそうよ。
握力の回復具合とかを調べるはずだったらしいの。 」
「 ふうん ・・・ ? 」
ジョ−は お気に入りのフランソワ−ズの髪をその柔らかな感触を楽しんでいる。
長い指で梳いたり顔を押し付けたり ・・・ 時にはキスしてみたり。
「 ジョ−ォ? くちゃくちゃになっちゃうでしょ・・・ あ・・・ん、もう・・・・ 」
「 ふふふ ・・・ いいじゃないか。 どうせ ・・・ またすぐに♪ 」
ぱふん ・・・
後ろから彼の奥さんを抱えこみ、ジョ−は一緒にスツ−ルに座った。
「 それで・・・? 」
「 あ・・・・ ぁ ・・・・ ジョ− ・・・ や ・・・ 」
「 ねえねえ・・・ それで? 」
耳の後ろに熱いキス、 彼女が熱い吐息を漏らすのをジョ−は楽しんでいるみたいだ。
「 も・・・う・・・! ・・・ それで・・ね。
すぴかは いきなりその先生と博士の前で逆上がりをしてみせたのですって! 」
「 へええ?! や
「 ジョ−! ・・・ それこそパンツ丸出しで・・・ 博士達も初めびっくりしたけど
すぐに大笑いなさったそうよ。 それで・・・ 逆上がりができる人に
リハビリの必要はありません・・・・って。 」
「 あははは・・・・ そりゃそうだ! 無事に治ってよかったな。 」
「 ええ。 もう・・・あの時は寿命が縮んだもの。
博士が帰っていらしてから仰ったの。 生身に勝るモノは ・・・ ないなあって・・・
わたし・・・ わたしの、わたし達の子供達が健やかで元気で ・・・ もうそれだけで
本当に ・・・ 幸せだわ。 」
「 ・・・ そうだね。 」
ジョ−の唇が フランソワ−ズの白いうなじに点々と熱く押し付けられてゆく。
彼の腕の中の身体が だんだん柔らかく熱を帯びてくる・・・
「 あの子達は もうぐっすり・・・夢の国さ。
今度こそ ・・・ ぼくときみだけの・・・時間だよ。 ・・・ねえ ? 」
「 ・・・・ 疲れてるんじゃないの 」
「 うん、くたくたさ。 ・・・ だから きみをたべて元気になりたい♪ 」
「 ま・・・。 ・・・ わたしも ・・・ あなたを 食べたい・・・わ ・・・ 」
「 ・・・ よおし ・・・ それなら 」
「 あ ・・・ ヤダ ・・・ そこ ・・・ 」
再び身体も心も熱く燃え上がるのに そんなに時間はかからないようだった。
冬の夜寒は ジョ−とフランソワ−ズの素敵な愛の褥となった。
・・・ ふう ・・・・
深く吸った空気が ずいぶんと冷たくて美味しかった。
フランソワ−ズはジョ−の胸から腕を外し、上掛けを撥ねた。
・・・ ああ ・・・ いい気持ち ・・・
ひんやりとした夜気が火照りの名残をとどめた肌に心地よい。
満ち足りた気だるさに 身も心もふわふわと宙をただよっているみたいだ。
ゆっくり・ゆっくり。
天使の羽が宙を舞い降りてきて ・・・
フランソワ−ズの意識は やっと現実に戻ってきたようだ。
「 ・・・ あら〜 やっぱり疲れていたのね ・・・ 」
ジョ−はぐっすりと寝入っていたが 彼の腕はまだ彼女の肩に回されている。
クセのあるセピアの髪を枕に散らばせ、彼は微動だにしない。
よく寝てるわ ・・・ このところずっと忙しいもの 帰りも遅いし。
・・・ ふふふ・・・ この寝顔ってすばるそっくり ・・・・
額に掛かる髪をそっと指で払いのける。
ちょっといたずらして ゆっくり頬をなでてみる。
掠めるみたいなキスを 瞼に 頬に 鼻の頭に 唇に ちょんちょん降らせてみる。
あら・・・ま。 全然ダメだわ・・・・
ジョ−のオトコには勿体無いみたいな濃い睫毛はそより、とも動かない。
ぴたりと頬に落ちたままだ。
安心しきった笑の欠片が 彼のほんのちょっとだけ開いた唇に浮かんでいる。
う〜ん・・・
やっぱりこれは なんとかしなくっちゃ。
わたしの夫は。 子供たちの父親は。
そうよ、世界で一番強くてかっこよくて ・・・・ 本当の<おうじさま>だってこと、
絶対に あのコたちにもわからせなくちゃ。
・・・ う〜〜ん ・・・?
フランソワ−ズはジョ−の傍らに身を起こし、しばらくじ・・・っと彼の寝顔を見つめていたが。
― そうだ・・・!
ぱちん、と指を鳴らして ・・・
彼女は そのまま彼女の最高に愛しい恋人の上に遠慮なく覆いかぶさり
彼の広い胸に顔を埋め ・・・ あっという間に寝入ってしまった。
「 おい。 本当に ・・・ 大丈夫かな。 風邪ひかないか・・・
今朝は随分冷え込んでいるし、この分だと昼前には降ってくるよ? 」
ジョ−は資料をバッグに突っ込んでから 窓の外を眺め眉根を寄せた。
昨日とは打って変わって 朝から灰色の雲がびっしりと垂れ込めている。
庭樹の梢を揺らしている風も 冷たそうだ。
「 大丈夫よ。 しっかり着込ませたし、濡れてもいいようにアノラックを着せたわ。 」
「 うん ・・・ でもさ ・・・ 」
「 いいの、ちょっとぐらい寒くても。 とにかく一緒に連れまわしてやって。 」
「 ・・・うん。 いいけど・・・子供には面白くないかもしれないよ。
一応サ−キットだけど テスト以前ってカンジだし・・・」
「 いいのよ。 いつものジョ−のお仕事を見せてやって。 」
日曜日の朝、 島村さんちでは仕事の取材に出かけるジョ−の車に
二人の子供達が目を輝かせて、一緒に乗り込んでいた。
「 いい? 二人とも。 お父さんのお邪魔をしてはだめよ。
でも ちゃんと ・・・ お父さんがどんなお仕事をしているか見ていらっしゃい。 」
「 うん! 」
「 お父さん、雨降って来そうだよ? 」
すぴかは大喜びで後ろのシ−トから乗り出している。
すばるはつんつんと父親のウィンド・ブレ−カ−をひっぱった。
「 ああ、そうだね。 雨でもお仕事には行かなくちゃ。 お前達だって学校に行くだろ。 」
「 ・・・う、うん ・・・ 」
「 さ、それじゃ出発。 二人ともちゃんと座りなさい。
じゃ ・・・ フラン、行って来るよ。 」
「 行ってらっしゃい。 ・・・ 気をつけて・・・ 」
「 ・・・ ん ・・・・ 」
ジョ−とフランソワ−ズは窓越しに軽く唇を合わせた。
そんな両親を すぴかとすばるは大真面目な顔で眺めていた。
やがて ジョ−の車は滑らかにギルモア邸の門を出て行った。
・・・ 行っちゃったわね ・・・
リビングのドアを開け、フランソワ−ズは大きな溜息をついた。
誰も いない。
どうしてなのか 自分でもよくわかないけれど・・・
なんだか がっかりしたみたいな気分だ。
ジョ−の読み止しの新聞やら 脱ぎっ放しのすぴかの服を片付けてしまうと
フランソワ−ズは急に手持ち無沙汰になってしまった。
・・・ ヘンなの ・・・
実はちょっぴり楽しみにしていたのだ。
久し振り、本当に久し振りの − ひとりきりの日曜日。
どうやら外は ・・・ 雨が落ちてきた模様。
な〜んにもしない。 家事はなんにもしないわ。
お洗濯もお掃除も 今日はパス!
好きなコトするの。 ずっと聴きたかったCDもあるし 読みたい本もあるの。
ソファに脚を伸ばして 美味しいお茶を淹れて
そうよ、居眠りだってしちゃいましょ♪
密かにそんな優雅な日曜日を楽しむつもりだったのだけれど・・・。
・・・ ふう ・・・ん ?
フランソワ−ズは ぱふん・・・とソファに仰向けになった。
ソファの上に脚をあげて 最新号の雑誌をひろげ テーブルには湯気の立つお気に入りのカップ。
聞こえてくるのは ・・・ 雨の音だけ。
ほんとうに こんなに静かでのんびりして ひとりで過す時間って なんの予定もない日って
・・・ いったい 何日、いえ何年ぶり?
だって いっつも周りには誰かがいる。
だって ず〜っと時間に追われていた。
やらなくちゃならないコトはどんどんと増えてきて、毎日が精一杯。
子供たちだって・・・
抱っこの手が空いたな〜と思ったら、すぐに両側からエプロンをしっかり掴まれ
自分を呼ぶ声は 一日中絶えることがない。
ああ・・・! ほんの1時間、いえ 30分でいいわ。
わたしを ひとりっきりにして頂戴・・・!
何回、何百回 そんなコトを密かにココロの内で叫んだことだろう。
・・・・ それなのに。
ふぅ 〜〜〜〜
うす蒼い溜息が がら・・・んとした部屋に放たれる。
行き何処をなくした視線が うろうろとリビング中をさまよう。
静かすぎる部屋にCDの音楽が だらだらと響いてすぐにきえてゆく。
・・・ つ ・ ま ・ ん ・ な ・ い ・・・・・
久し振りにゆっくりできるはずなのに。 ・・・ なんだか淋しい。
のんびり飲んでいるカフェ・オ・レも ・・・ なんだかあんまり美味しくない。
だって。
あのコ達が ・・・ ジョ−が ・・・ いないんだもの。
フランソワ−ズはしばらくぱらぱら雑誌をめくっていたが やがて。
ばさり。
雑誌もひざ掛けも足元に落とし、彼女はすっくとソファから立ち上がった。
やめ。
だらだら考えてるくらいなら ・・・ なにかしましょ。
・・・そうだ♪ 今日のオヤツ! う〜んと ・・・ 冷蔵庫には何があったかな・・・
ついさっきの溜息・吐息はどこへやら。
島村さんちの奥さんは エプロン片手に張り切ってキッチンに入っていった。
・・・ やがて。
コトコトコト・・・・ ぷつぷつぷつ ・・・
小さな・ちいさな・音が聞こえだし、素敵な匂いがキッチン中に溢れてきた。
フランソワ−ズはそっとオ−ブンを覗き込み 満足の笑みを浮かべる。
イイカンジ。 うまく膨らんできたわ・・・!
そう・・・ 今日は。 あまり材料もないけど、皆のお気に入り・バナナ・シフォン・ケ−キを焼いてみた♪
これならあまり甘いものが好きじゃないすぴかも喜んで食べてくれる。
蟻サンみたいなすばるには しろっぷをかけてあげよう。
実はバナナが大好きなジョ−は大喜びするだろう。
ふふふ・・・・
なんだか。 ふわ〜〜〜っと温かい笑みがお腹の底から湧き上がってきた。
頬が どうしてだかぽ・・・っと染まってしまう。
わたし。
幸せ、だわ・・・。 そう、 これが わたしの幸せ・・・ ずっとずっと欲しかった・しあわせ・・・・
ことことこと ・・・ プツプツプツ ・・・
オ−ブンの中でふんわり膨らむケ−キと一緒に
フランソワ−ズの心も 幸せではち切れそうに ・・・ ふわふわになっていった。
「 お母さん、お母さ〜〜ん、ただいま! 」
「 ただいま〜〜 お母さん! 」
− あらら・・・ チビッコ・台風達のお帰りね。
玄関のドアが勢いよく開いて わ・・・っと賑やかな声が飛び込んできた。
たった今まで BGM代わりだった雨の音などあっと言う間に聞こえなくなってしまった。
さ〜て。
きっと濡れねずみと泥だらけ・・・の集団と格闘だわ。
フランソワ−ズはエプロンの紐をきゅっと結びなおし、セ−タ−の腕まくりをした。
「 お帰りなさい。 すぴか、すばる。 」
「「 ただいま〜〜 お母さん! 」」
どたどた〜〜と色違いの小さな頭が リビングに飛び込んでくる。
「 お父さんね! かっこよかった! 」
「 お父さん ・・・ すごいよ〜 びしょびしょに濡れてず〜っと写真撮ったり 」
「 すごいの、すごいの〜〜。 いろんな人にお話聞いたりね〜
たっくさん車があってね〜 お父さんがじっと見た車がね、ぜったい一番前に出てくるの! 」
「 いろんな人がね、お父さんにコンニチワ〜って言うんだ。 みんな お父さんのお友達なんだ。
みんな にこにこ・・・ お父さんとお話していったよ。 」
「 まあ・・・ そうなの。 お父さんは? 」
「 ガレ−ジ。 車の中、お掃除してくるって・・・ 」
「 そう。 それじゃ・・・ あなた方もその濡れたモノを脱いで〜〜〜
ちょっと早いけど お風呂に入っていらっしゃい。 」
「 は〜い。 」
「 それから ・・・ 皆でオヤツを頂きましょ。 今日はバナナ・シフォン・ケ−キよ♪ 」
「「 わぁ〜〜〜〜い♪ 」」
「 そして・・・ お父さんのお仕事、どんなだったかお話ししてちょうだい。 ね? 」
「 うん! あたし・・・オフロ、いっちば〜〜ん♪ 」
すぴかはぱ・・・っと濡れたアノラックやらセ−タ−を脱ぎ捨てるとバスル−ムへ駆け出した。
「 あらら・・・ もう! すばる、靴下もここで脱いでね。 」
「 ウン ・・・ あのね、お母さん・・・ 」
「 はい? 」
フランソワ−ズの小さな息子は真剣な眼差しで母を見つめている。
「 なあに、すばる。 」
「 あの・・ね。 お父さん ・・・ おうじさま だった! すごく・・・おうじさま だった! 」
「 すばる・・・・ 」
すばるはそれだけ言うとぱたぱたと姉の後を追いかけていった。
・・・そうよ。 そうなのよ、すばる。
あなたのお父さんは ・・・ 素敵だったでしょう? 泥だらけになってぬれねずみでも・・・
かっこよかったでしょう?
ええ、そうなのよ。
お母さんが・・・わたしが愛した人だもの ・・・ 素敵な人に決まっているわ・・・
ね・・・ そうでしょう?
どんなに素敵だったか ・・・ ゆっくりお話してちょうだい。
玄関のドアが開いた。
ちょびっと重い足音がする。
彼女に愛しい二人の天使をくれたひとが
彼女の 世界で一番愛しいひとが 彼女の許に帰ってきた・・・!
「 ・・・ お帰りなさい、 ジョ−・・・ 」
「 ただいま ・・・ フランソワ−ズ 」
恋人達は 離れていた僅かの時間を取り戻そうと
愛しい相手を抱き寄せて 深く ・ 熱く 唇を重ね合わせていた。
そうして
王子様とお姫様は いつまでも幸せに暮らしている・・・らしい。
< おまけ ・ 劇場にて >
「 ・・なあ、おい・・・ジョ−よ。 ・・・大丈夫じゃろうなあ・・? 」
「 博士・・・。 大丈夫ですよ。 」
「 お前、随分と落ち着いているじゃないか。 ワシは ・・・ もう心臓が破裂しそうじゃ。 」
「 博士〜〜 しっかりしてください。 フランソワ−ズの舞台は何回もご覧になっているでしょう? 」
反対側から グレ−トが呆れ顔で口をはさむ。
「 そうなんじゃが・・・ それに今夜はチビどもが・・・なあ? 」
「 そんな ・・・ ただ花束を渡すだけですよ? 」
「 まったくもって・・・ そうなんじゃが ・・・ 」
ふうう〜〜〜 ・・・ 大息をつき、ギルモア博士はハンカチでゴシゴシと顔を拭っている。
ジョ−はちょっと笑って 座席に座りなおした。
・・・ あれ。 もしかして。 ぼくも緊張しているのかな・・・?
何回もめくってみたプログラムを ジョ−はもう一度確かめる。
本日の公演、 第三部の小品集。
トリは 『 眠りの森の美女 』 第三幕より グラン・パ・ド・ドゥ
大丈夫。 フランソワ−ズはきっと見事に踊る。
そう・・・ 彼女は心配いらない。 だってこれは<仕事>なんだ。
王子サマと素晴しい踊りを披露し 満場の拍手を貰うよ。
そう・・・ お母さんは大丈夫。 心配なのは・・・
ジョ−は こっそり・そ〜〜っと 深い溜息をついた。
・・・ ぼくだって 心臓が破裂しそうだ ・・・・!
− ワァ 〜〜〜〜 !!
満場の観客は盛大な拍手で カ−テン・コ−ルに現れたカップルを迎えた。
愛と幸せに満ちた オ−ロラ姫とデジレ王子
素晴しい踊りを見せた二人に 観客は惜しみない賛辞を呈した。
やがて 小さな紳士と淑女が自分達の身の丈ほどもある花束を抱え
しずしずと ・・・ 気取って舞台の袖から出てきた。
先に歩いて来た亜麻色の髪の少女は にっこり笑って王子さまに花束を差し出し
ちょっと遅れてきた茶色の髪の少年は たたた・・・っとわき目も降らずに抱えてきた花束を
・・・ 王子サマに 差し出した!
− ・・・おお〜〜?
会場が少しざわめいた。
王子サマは ちょっとびっくりした風だったけど、すぐににこにこと二つの花束を受け取り
屈んで少年と少女のほっぺにキスをしてくれた!
そして。 ・・・ そのまま ・・・
彼はスタ・・・っと <オ−ロラ姫> の前に跪くと花束を − 二つとも −
彼の愛しい姫君に捧げたのである。
− わぁ〜〜〜〜・・・!!
客席は大喜び・・・前にも増した盛大な拍手に歓声もあがった。
お姫サマも ・・・ 頬を染めてとても嬉しそうだった。
皆が 今晩の舞台の心温まる素敵な幕切れに にこにこ・ふんわり いい気持ちになっていた。
そう ・・・ たったひとりを除いて。
ただ一人、 客席で強張った笑顔のまま ・・・ 座席の手すりをぎゅう〜〜っと握っている
茶髪の青年を除いて・・・・
でも だあれもそんな彼に気づいた人はいなかった。
「 お疲れ様〜〜 」
「 お疲れ様でした〜 ありがとうございましたァ 」
「 お休みなさい ・・・ あら? こんばんわ。
あの・・・ 多分もうすぐ出てくると思いますけど・・・ 」
「 あ〜 こんばんわ。 ふふふ ・・・ 素敵な坊やとお嬢ちゃんですね〜 」
劇場の楽屋口、 舞台の興奮をまだ引き摺っているダンサ−たちが
賑やかに出てゆく。
何人かは 出口のすぐ脇に寄りかかっている人影に声をかけていた・・・
その人物は かるく会釈を返しているようだ。
やがて。
・・・ 出口脇にいたオトコはつ・・・っと壁を離れた。
楽屋から最後の集団が出てきたようだ。
「 本当に ・・・ ありがとう、タクヤ。 」
「 いや。 お礼言うのはオレの方です。 」
「 また ・・・ 組めるといいわね。 」
「 是非。 ドンキ とか 海賊 とか・・・ 」
「 そうね。 タクヤにぴったりね。 」
「 フランソワ−ズ、きみにも。 僕の お姫サマ・・・ 」
今日のラストを飾ったカップルが楽しそうに、荷物やら花束を抱えてやったきた。
「 フランソワ−ズ。 」
「 ・・・え? あら、ジョ−。 ・・・ きゃ・・・! 」
つかつかとカップルに歩み寄ったオトコは 花束を二つ持っていた女性を軽々と抱き上げた。
「 まあ ・・・ ジョ−ったら。 」
「 お疲れ様。 素敵なオ−ロラ姫だったよ。 」
「 ・・・ふふふ ありがとう♪ 」
「 君・・・ タクヤ君? いろいろとありがとう。 妻と息子がお世話になったね。 」
「 ・・・ あ ・・・! あ。 あの ・・・ 」
「 それじゃ ・・・ お疲れ様。 お先に失礼するよ。 」
「 ・・・ はァ ・・・ お疲れ ・・・ サマ でした・・・ 」
茶髪の王子様は 亜麻色の髪のお姫様を両手に抱いて ・・・
悠々と愛の棲家へ浚っていったのでした。
「 タクヤ。 ・・・ どうもこの勝負は完全に君の負け、だわねえ。
本物の王子サマになるにはお姫サマの愛が必須条件みたいよ? 」
一番最後に出てきた品の良い老婦人が くすくすといつまでも笑っていた。
********* Fin. *********
Last updated
: 02,06,2007. back / index
***** ひと言 *****
防護服を着ていなくても。 加速装置を稼動させス−パ−ガンで百発百中じゃなくても。
寝起きが悪いって叱られていても。 ごろごろソファで寝転んでいても。
島村さんち の お父さんは お母さんの王子サマ なのです♪♪
そんな お父さんとお母さん を すぴかとすばるは大好き♪なのでした。
・・・ タクヤ君、頑張れ???
な〜にも起きない・のほほ〜ん話に お付合いくださいましてありがとうございました(^_^;)